みんなのGood

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およそ残酷な形で恋人に捨てられ、借金で困窮し、また頼れる友達をも失ってしまった理沙子は、絶望の淵で怪しげな路頭商人から口紅をもらった。

曰く、『人と入れ替わることができる口紅』である。使用者が自身の唇に付着させた上で任意の相手とキスをすると、その相手と身体を入れ替えられるというもの。

理沙子は、自分の絶望に満ちた人生を捨てようと思い、それを用いることにした。

ターゲットは、大学の後輩である美里。その容姿と天衣無縫で活発な性格から皆に愛される存在だった。自分のような、陰気で卑屈な日陰者とは大違いだった。

理沙子は計画的に口紅を用いることにした。美里と入れ替わったあとに、美里の友達などに怪しまれてしまっては立つ瀬がない。非現実的とはいえ、仮にもこの口紅の存在や正体が露見することはあってはならない。自分が実は美里ではないと、疑われてはいけない。

入れ替わった後にも周りから怪しまれることがないように、理沙子は美里のことを徹底的に研究した。

彼女の身長、体重、誕生日、血液型、好きなアイドル、親の名前…。誰かに尋ねられそうな事象はひとまず頭に叩き込んだ。

彼女が大学に遅刻しそうな時の表情、友達の欠席を心配する悲しげな表情、仲間を責め立てる表情。彼女の振る舞いも研究した。陰気な自分を押し殺し、いわば美里をトレースするのだ。

理沙子は美里の狼狽する姿を想像した。普段から笑みを絶やさない美里が、自分のような逸れ者の立場を手に入れてしまったことを自覚し、焦りに飽和する姿。想像するだけで、理沙子は似合わない優越感が生まれるようで面白い。

——————

さて、実際に理沙子が口紅を使用した後、理沙子は記憶障害のふりをした。{無事成功して入れ替わったというのに、そこで美里のふりをすることは一切しなかったのだ。}

では、どうせ記憶障害ということにするのに、理沙子はなぜ美里のことを先のように徹底的に研究したのだろうか?
23年06月21日 23:10
【ウミガメのスープ】 [みさこ]

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【簡易解説】
実際に入れ替わる前から美里のふりをすることで理沙子自身が『身体が入れ替わってしまった美里だと思い込むおかしな人』を演じ、口紅を使用したタイミングを曖昧にするため。
(オオカミ少年を想像してもらえると展開がわかりやすい。)

【詳述】

全てを失った私は、その路頭で起死回生のアイテムをもらった。『路頭に迷う』とはよくいうものだが、それはひとえに悪いことにはないようである。

その口紅は、{最近の世間で都市伝説みたいに話題になっている}『人と入れ替わることができる口紅』その物だった。実現しているのか激しい議論が起こっていたが、まさか本当に実在していたなんて。

あの商人がなぜ私なんかにこれをくれたのかはわからないが、使うことに迷わなかった。

恋人には無碍に捨てられ、そのためにできた借金も残り、恋人といるために捨てた友達への信用も元に戻らない。あるいはこうした苦悩の果て、{ついには記憶障害に陥った。}そんな状況。

私の中には、楽しかった頃の記憶はない。今を取り巻く絶望だけが、私の全てだった。

『理沙子』という自分に未練などない。今すぐに、幸せな誰かと成り代わりたかった。

ターゲットは簡単に定められた。後輩の美里。私の記憶の中に残る少ない人物だった。

天衣無縫で活発可憐。それにおしゃれで容姿端麗な美里を嫌うものはいない。女子はもちろん、男子の思いも無意識に独り占めにする子だった。

それは私のかつての恋人も、例外ではなかった。だから私が捨てられたというのは、別にどうでもいいけれど。

陰気で卑屈な自分を捨てるには、美里と入れ替わるしかない。狭い視野のうちそう確信していたが、私には都合の悪いことが一つあった。

{この口紅のことが、都市伝説並みでも知れ渡っていることである。}

もちろん、多くの人は(現に今までの私だって)そんな非科学的なものを信じていない。私が今すぐに美里にキスしても、疑いの余地は残らないかもしれない。

しかし、多くの人の脳裏に口紅がよぎるのも事実なんだ。

私と美里がいきなり入れ替わったら、美里はひどく狼狽するだろう。そして私の身体で、自分は本当は美里なんだと連呼する。初めはみんな本気にしなくとも、やがて疑い始める人が現れるかもしれない。この口紅を頭に浮かべながら。

その疑いは非現実的かもしれないけど、数多くのうちの誰かは徹底的に調べるだろう。そして、君は本当に美里なのか、と{両人に}尋ねる。そこで私の姿の美里が次々に自分のプロフィールを言い当てていけば、その疑いは大きくなる。美里のふりをしなければならない私は、それを覆すほどうまく美里のふりができるだろうか?

どこかでボロを出してしまうに違いない。確信こそされなくても、「この子はもしかすると美里ではない」と疑い思われ続けて生きるのは苦痛だ。しかも、そのまま月日が経ってもし口紅の存在が都市伝説の域を出て明らかになれば、その疑いは確信に変わりうる。

それならば始めから美里のふりをしなければいいかとも思うが、諦めてただ単に記憶障害のふりをしても、疑いは生まれるもの。私の姿をした美里が必死に訴える不自然さには変わりがないのだから、むしろこちらが弁明できないことが不利になるかもしれない。

どうすれば入れ替わった後も怪しまれずにいられるか。美里の姿で美里のふりをすることを諦めた私は、ある計画を思いついた。

すなわち、今まさに問題になっている疑われ方を、そのまま利用するのだ。

-入れ替わった後にも周りから怪しまれることがないように、理沙子は美里のことを徹底的に研究した。

彼女の身長、体重、誕生日、血液型、好きなアイドル、親の名前…。誰かに尋ねられそうな事象はひとまず頭に叩き込んだ。

彼女が大学に遅刻しそうな時の表情、友達の欠席を心配する悲しげな表情、仲間を責め立てる表情。彼女の振る舞いも研究した。陰気な自分を押し殺し、いわば美里をトレースするのだ。-

しかし、そのトレースを実行するのは美里の姿でではない。{私の姿で}である。

「お願いみんな!信じてよ!

私は本当は有坂 美里なの!

誕生日は6/22、B型で、あとは、サークルのみんなの名前も知ってる!それに小学校の頃には…。」

私の姿のまま、『身体が入れ替わって狼狽する美里』を演じる。そうすれば先のように、初めは誰もが冗談としてしか相手にしないが、やがて口紅の都市伝説を挙げる者が現れる。完璧に美里のふりをするのは難しいかもしれないけど、『この人は実は本当に美里なのではないか』と疑わせるくらいなら私にもできそうだ。

そして、誰かが本物の美里に尋ねる。『君は本当に美里なのか?』それを返答するのは他でもない美里なのだから、いくら質問しても質問する人たちの持つ疑いが晴れていくだけ。

「ごめん、やっぱり美里は美里だよね。
あんな都市伝説、あるわけないか。」

「あの女の人がおかしいだけだったんだ。
変な噂で疑っちゃってごめんね、美里ちゃん。」

純粋な美里を疑ったことに、周囲は罪悪感すら持ち始める。そして友達の多い美里はどんどん信頼を獲得し、私『理沙子』はただの『自分が、身体が入れ替わってしまった美里だと思い込むおかしな人』と一蹴され始める。

「どうして…。どうしてみんな信じてくれないの!」

-理沙子は美里の狼狽する姿を想像した。普段から笑みを絶やさない美里が、自分のような逸れ者の立場を手に入れてしまったことを自覚し、焦りに飽和する姿。想像するだけで、理沙子は似合わない優越感が生まれるようで面白い。-

その想像を一つ一つ形にして演じる私。完全に周囲に軽蔑されゆくまで、私は自分の姿のまま、狼狽し焦り絶望する美里を演じ続けた。

そして、そうなってから件の口紅を使った。

夜、授業帰りに遅くなった美里の頭を背後から殴る。{この後この身体は記憶障害ということになる}こともあって、気絶させるには一石二鳥だ。

気絶した美里と無理やりキスをした後は、口紅は捨てた。なるべく口紅の存在が露見しないためだ。

そうして翌日、美里の姿となった私は、大学構内でまた一人の女性が奇妙なことを騒ぎ立てているということを耳にする。

{「お願いみんな!信じてよ!

私は本当は有坂 美里なの!

誕生日は6/22、B型で、あとは、サークルのみんなの名前も知ってる!それに小学校の頃には…。」}

本物の美里である。しかし、その『理沙子』を信じる者はもう一人もいない。この前までは私が演じていたということを弁明しようが、美里を信じる人はすでにいないのだ。

{「どうして…。どうしてみんな信じてくれないの!」}

そして私は、自分が『殴られた』傷の悪化によって記憶障害になったことにした。これで何を尋ねられることもないし、周囲は私をただ憐れむだけだろう。診断だって、私は口紅を使う前より元から現に記憶障害なのだから、そう下されるだけ。

いずれ、『私を殴った』犯人も『理沙子』だと特定され、彼女は捕まる。大方、『自分が美里だと思い込むあまり、錯乱して本物の美里を襲ったのだろう』と推測されるのではないか。

私は今、長い間大学で話題になっていた異常者に襲われ、記憶障害になった哀れな被害者なんだ。始め美里を本物の美里か疑った人たちも、前にあらぬ疑いをかけた罪悪感から同じ疑いを生むことはほとんど絶対にない。

やがて私の美里のふりが不完全で齟齬が生じても、記憶障害のせいにできるし、少しずつ記憶が回復するふりをすれば、周囲は私を優しく扱ってくれる。

{嘘をつき続けて本当を喰らうオオカミ少年。
私はそれを一人二役で行ったことで、ついに完全に美里と成り替わることができた。}

病室に一人、美里は微かに笑みを浮かべた。
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寝不足と疲労で つい居眠りしてしまったメアリーは
目覚めたとき ベッドの上にある汚れたテディベアを見て絶叫した

テディベアは メアリー自身が寝る前にベッドに置いた物なのだが
何故そんなに狼狽えたのだろう?
24年02月27日 21:31
【ウミガメのスープ】 [オリオン]

ʕ•ᴥ•ʔ<デビルじゃないもん




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メアリーはここのところ 生まれて間もない娘の世話と
僅かにできた時間にこなす家事との両立で 極限状態にあった

今日も朦朧とした意識の中 娘の鳴き声にすぐさま駆けつけ
オムツをかえて 抱っこであやす

そうして娘がようやく寝付いてくれたタイミングで ふと
娘のお気に入りのテディベアが汚れていることに気が付いた

今日はせっかく天気がいいから 洗ってしまおう

{メアリーは汚れているテディベアを抱きかかえると}
{それを洗濯機に入れ}
{そして 抱っこしていた娘を優しくベビーベッドへと寝かせた}

……はずなのに そのはずなのに
{なんで今} {ベッドの上にテディベアが寝てるのかしら……?}
発見は非推奨「27Good」
良質:18票トリック:6票納得感:3票
カメオに、はいかいいえで、どちらかを答えるような質問}をしてください。
ただし、<○○○○>があるので、カメオの回答は後者一択と決まっています。
あらかじめご了承ください。


<○○○○>とは、一体何でしょうか?

二つある答えのうち、一つは{嘘発見器}です。
もう一つの物は何か、当ててください。



◆ 締切 ◆ 4/1 0:00くらいまで
25年03月28日 21:44
【新・形式】 [霜ばしら]

ごめんなさい。しばらくしたら戻ります。




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【 〖 答え 〗 置き手紙(書き置き)】



『嘘発見器』とかけまして、『置き手紙を残して失踪した老人』と解きます。

その心は、『はいかいいえで(「はい」か「{いいえ}」/「徘徊」「{家出}」)』、どちらかを答える質問をされたら、どちらも回答は{後者}になるでしょう。






◆ タイトル
置き手紙の定番「探さないでください」をイメージしたものです。

◆一言コメント
出題者が離席する時の置き手紙とも、家出の置き手紙とも読めそうな内容とも読めそうなものを目指したメッセージです。

◆回答
嘘発見器の使用法に従って、「はい」か「いいえ」の二択で答える質問には必ず「いいえ」と答えていましたが、「はいかい」「いえで」の二択で答える質問には、「いえで」と答えました。

汗に反応する嘘発見器だったので、回答が「はい」の時は「いいえ(╹_╹; )」、「いいえ」の時は、「いいえ(╹_╹ )」になっていました。
募る想いは雪に似て「27Good」
良質:9票トリック:3票物語:9票納得感:6票
幼馴染のタカフミに、密かに想いを寄せているハルカ。
いつか告白しようと心に決めながらも、恋愛には奥手な彼女はなかなか気持ちを伝えられずにいた。

そんなある日のこと。
部活中に不慮の事故で足を捻挫してしまったハルカを、たまたま居合わせたタカフミが家まで送ってくれることになった。
幼馴染ゆえ家が近い二人だが、一緒に登下校することはほとんどなかった。
この機会を逃したら、二人きりの時間はそうそう訪れない。
ハルカは、この機会に勇気を振り絞って告白することを決意した。



さて、ハルカが告白の際に{Aに少し力を込めた}のは、今日が肌寒い冬の日であったからだという。

{A}とは何か?
状況を踏まえて答えて欲しい。
25年07月21日 21:12
【20の扉】 [だだだだ3号機]

7/27(日)23:59頃に〆!




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【{A、人差し指}】

部活中に足を捻挫したハルカは、タカフミに自転車で家まで送って貰うことになった。
帰り道、タカフミに告白をしようと決め、{タカフミの背中に指文字で「スキ」と書く}ことで想いを伝えようとしたが、{その日は肌寒くタカフミは厚着をしていたため}、伝わり損なうことが無いように指に力を込めた。



【読まなくていいやつ】

「やっちゃったなぁ…」

肌を撫ぜる風が冷たい冬のある日のこと。
放課後のウミガメ高校のグラウンドでは、運動部の生徒たちの掛け声が響き渡っている。
その様子を横目に、学校から少し離れた広場のベンチで、座り込んで足首を擦る女子生徒がいた。

ハルカである。

陸上部に所属する彼女は、先ほど練習中に足首を捻ってしまい、左足をひどく痛めてしまった。

「…本当に、大丈夫なのね?」

さっき、心配そうにハルカを送り出した保健室の先生の表情を思い出した。
基本的に気が強くプライドの高い彼女は、一人で帰れるか、としつこく尋ねる先生を半ば強引に説得して帰路についてしまったのだ。
そのときは『大して痛んでいないから』と強がったが、アドレナリンが切れてきたのか、今になって鋭い痛みが強くなってきた。

「今からでも戻るか…?」

陸上部の彼女は、基本的に毎日の登下校をランニング代わりにしている。実際学校からハルカの家までの距離は朝練のウォームアップにもちょうど良く、着替えの手間も省けるのでお得だった。
だがそのストイックさが、ここにて彼女の首を締める。

ランニング代わりにはちょうど良い距離でも、普通に歩くにはやや遠く、足を痛めたハルカには厳しい道のりであった。

───普通なら自転車で通ってちょうど良い距離だ。実際アイツも…


「何してんの?」

唐突な声掛けに顔を上げたハルカの前に立っていたのは、幼馴染のタカフミであった。

「…怪我か?」

傍らに止めたグレーの自転車から跳ねるように、タカフミが側に寄ってきた。

「お前これ歩いていいやつじゃないだろ。何一人で帰ろうとしてんの。」

「だってさっきまでそんな痛くなかったし…ゴニョゴニョ」

「アホか」

そう言ってため息をついたタカフミは、何やら少し思案した後、不意に意を決したように呟いた。

「送ってくよ。後ろに乗れ。」

「………はぁっ!?」

「家近いしちょうど良いだろ。早よ乗れ。」

「いや、2ケツはさすがに見つかったらマズい…」

「緊急事態だろ。つべこべ言うな。」

半ば強引に促されるまま、ハルカはタカフミの自転車の後ろに乗せられた。

「よし、しっかり掴まってろよ。」

ハルカのスクールバッグを籠に入れつつタカフミがそう言うと、二人をのせた自転車が勢いよく走り出した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

煙のようにゆっくり後方へ流れる家々。
走り出しこそ勢いがあったが、タカフミの漕ぐ自転車の速度はそれなりに緩やかであった。
二人分の体重を乗せているからというのもあるだろうが、一番はハルカを気遣ってのことだろう。

心地の良い風を感じながら、ハルカは久方ぶりの時間に想いを馳せていた。
二人きりで帰るなんて、一体いつぶりだろうか。

高校生になってハルカが陸上部に入ってからすぐ、登下校はランニングの時間になり、タカフミはずっと自転車通学をしているから、こうして二人で帰るなんて久しぶりのことだった。

クラスは違うし、たまに学校で話もするが、お互いに別の友達だっている。
避けているわけではないが、示し合わせたかのように二人きりの時間は全く無かった。

…いつしかその空白が淡い恋心に化けてからも、その想いを伝えられる機会はなかった。

「重くない?」

「毎朝の通学で鍛えられた健脚をナメんな」

「ってことは私の方が鍛えられてるよね」

──いや、それは言い訳かもしれない。
別に何かとつけて二人きりの時間を作ることだって出来たはず。私がそれをしなかったのは、私にそれだけの勇気が無かっただけのことだ。

高校生になってから陸上一筋。
恋愛なんて大して考える余裕はなくて。
いつしか慣れないものになってしまったその感情は、生来の気の強さと相容れなくなったのだ。

「あのさ」

「何?」

ぶっきらぼうに返すタカフミ。
自転車が切り裂いた風が唸って、声が少し聞こえづらい。

「今から背中に文字書くからさ、なんて書いたか当ててよ」

「暇かよ…こっちは親切で送ってやってんだぞ」

そう言いつつタカフミは拒絶しない。
昔からなんやかんや付き合ってくれる、優しいところが好きだった。

「今日は寒いね」

「あーもう12月だしなー、来週雪降るらしいぜ」

「うへ~練習失くなるかなぁ…いやこの足じゃ関係無いか~」

重く聞こえないよう少し笑いながら、タカフミの背中に指を置いた。
ふわっとしたコートの感触がして、指が少し生地に沈む。

───こんなに大きかったっけな。

ああ、でもこの気温でこの厚着だ。
しっかり書かないと伝わらないかもしれない。

そう思ったハルカはほんの少しだけ、人差し指に力を込めた。

「じゃあ集中してよね、外したから罰ゲームだから」

「聞いてないんだが」

───二度も伝えられる勇気は無いから。

少し深呼吸をして。

耳の先まで熱くなるのを感じながら、ハルカはしっかりとタカフミの背中に「スキ」の2文字をなぞった。




静寂。

時が止まったような感覚の中、景色が揺れ、視界がキラキラと光った。
頭が真っ白になっていたハルカは、慌てて口を開いた。

「さて」



【「…なんて、書いたでしょうか?」】





良質:12票トリック:6票物語:7票納得感:1票
小さい頃からクランの花が大好きで、一度でいいからクランの花畑に行きたいと望んでいたコトミ。

しかしコトミは体が弱いため、なかなか遠くの地にしか咲かないクランの花畑に行くことが出来なかった。

それでもなんとかして連れて行きたいと、両親は、コトミの18歳の誕生日にクランの花畑に連れて行こうと決めた。

そして迎えた18歳の誕生日、両親に連れられ、コトミは念願のクランの花畑に行くことができた。

クランの花畑を初めて目にしたコトミは、涙を浮かべ、頬を緩めた。

「これがクランの花… とってもきれい…」

さて、クランの花に囲まれ、微笑むコトミの頬を伝う涙は、{嬉しさではなく、悲しみによるものである}。

一体なぜ?
22年10月03日 22:33
【ウミガメのスープ】 [ベルン]

月曜22時頃まで!




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【簡易解説】
クランの花畑を見た夜、発作に対応できず、そのまま亡くなってしまったコトミ。
死ぬまでに見ておきたかったクランの花を見ることができたのか、その死に顔は微笑んでいた。
さて、お葬式のとき、棺の中でクランの花に囲まれて横たわるコトミを見て母親の流した涙がコトミの頬に落ち、そのまま流れていった。

【物語風解説】

コトミは少し貧しい家に、一人娘として生まれた。

念願の子供だったのもあり、両親は大変愛情をこめてコトミを育てた。
コトミもそんな両親が大好きだった。

しかし、コトミは生まれつき体が弱く、ほとんどの時間を病院で過ごしていた。
両親はそんなコトミの治療費を稼ぐため、必死になって働いていた。
そのため、コトミのそばにはいつもおばあちゃんがいて、話し相手になったり、簡単なゲームをしたり、本を読んであげたりした。
その中でもコトミが大好きだったのは、おばあちゃんの昔話。
おばあちゃんは旅がとても大好きで、色々なところに行っており、ほとんど病院から出られないコトミにとって見たことのない所の話は、とても新鮮で面白かった。

アフリカに行ってピラミッドという大きなお墓の中に入った話。
アメリカに行って今は亡きおじいちゃんと運命的な出会いをした話。
インドに行って大量のお金を盗まれた話。

この世界は色々なことで満ちあふれているというのは、コトミにとってとても魅力的だった。

その中でも特にコトミが気に入っていたのは、北欧にあるというクランの花のお話。
なんとクランは、雪の中から鮮やかな青色をした花を咲かすという。
そのためその花は、どんな辛いときでも希望を与えてくれる花だと現地では言い伝えられているらしい。

そしてその花畑は、おじいちゃんがおばあちゃんに結婚を申し込んだところでもあった。

懐かしそうに、それでいてどこか淋しそうにその話をしてくれるおばあちゃんを見ていると、コトミもクランの花畑にとっても行きたくなった。

おばあちゃんが見せてくれた、当時撮った写真の中のクランの花は、色あせているのにも関わらずコトミの瞳にとても鮮やかに映った。

私もこんな綺麗なところ、おばあちゃんの思い出の場所に行ってみたいなぁ。

コトミの口からは自然とその言葉が漏れた。

…そうだね、大きくなって、元気になったらおばあちゃんと一緒に行こうね。

おばあちゃんは笑顔でそう言った。

うん!

コトミも嬉しそうに返した。



それから約一年、おばあちゃんは病気にかかり、そのまま天国に行ってしまった。

生まれてから一番長く一緒の時間を過ごした人の死。
コトミはそれが受け入れがたく、固く心を閉ざしてしまった。

それを見た両親は、少なくとも片方はずっとコトミのそばにいてあげようと誓った。

ある日、お母さんがおばあちゃんの遺品を整理していると、コトミ、と書かれた箱が出てきた。
箱を開けると、中からはノートが一冊入っていた。

ノートを開くと、そこにはコトミと過ごした日々が日記に綴られていた。
とりとめもない日常のことばかりだったが、コトミとおばあちゃんが二人で過ごした日々が、明確に脳裏に浮かんでくるようで、お母さんの目からは涙がこぼれた。

そのままペラペラとノートをめくっていくと、中から何枚かの写真が落ちた。

ピラミッドに行ったときの写真や、おじいちゃんとのツーショット。
そして、雪の中に咲き誇るクランの花畑。

こんなにいろんなお話をしてくれたんだね...
ありがとう...

そう思いながらもお母さんは、その形見をコトミの病室に持って行った。

コトミにそれを見せると、コトミの目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。
…そしてまた一筋。

そのノートと写真は、コトミの心を開く鍵となり、それからおばあちゃんとの思い出をコトミはゆっくりと話してくれた。
そして、おばあちゃんはもうここにはいないと知っているのに、全然実感が湧かなかったということも。
そして…

でも、最近は夢でずっとおばあちゃんが色々な話をしてくれるんだ。
…だから、もう悲しくなんてないよ。
今まで、折角そばにいてくれたのに態度悪くしてごめんね。

お母さんには、7歳になるコトミの姿が、ずいぶんと大人びて見えた。

こちらこそごめんね、お母さん、こんなにコトミのこと知らなかったなんて気付かなかった。
こんなお母さんだけど、これからもよろしくね。

…うん!

それからコトミは、お母さんやお父さんとも、生前のおばあちゃんと同じくらい心を開き、それからの入院生活を楽しそうに送り始めた。


そんなある日、お母さんは、8歳の誕生日を祝おうと、誕生日に何が欲しいかを尋ねてみた。

するとコトミは、クランの花を実際に見たいと告げた。
家があまり裕福でない上に病気の治療費がかさんでいるのを知っていたのか、滅多に欲しいものなど言わなかったコトミが求めたもの。
それは、遠くの地にしか咲かない、今は亡きおばあちゃんの思い出の地である花畑だった。

滅多に願い事を言わない娘が希望したものだったので、クランの花畑は絶対に見せようと両親は心に誓った。

…いつか絶対一緒に見ようね。ただ、今すぐにはコトミの体調もあるし、ちょっと遠い場所にあるからなぁ。
大きくなって、体調が良くなったら絶対見に行こう、約束するね。




それから十年近く経った。
コトミの病気はなかなか良くならず、いまだにクランの花畑まで連れて行くことは出来ていなかった。

もうすぐ18歳、ついに成人だな。
誕生日は何が欲しい?

…やっぱりクランの花畑が見たい

そうだよな、小さい頃からずっと言ってるもんな。

でも私の病気がっていうんでしょ?

…いや、数日病院を離れるくらいは何とか出来るか、お医者さんにもう一度尋ねてみよう

そうやって毎年のように言ってるじゃない

…はは、でも折角成人になるんだ、今年こそコトミの夢を叶えてあげたいんだ


そして何度も無理言って医者に頼んだ結果、お医者さん同行のもと、数日間の旅行をなんとか許可して貰えた。

コトミ! 今年こそクランの花畑に行けるぞ!

え! 本当に?

コトミの体調が良かったら、という条件付きだけど、サトミ先生も一緒に来てくれるんだって!

ぱぁっと満面の笑みを咲かせるコトミ。
それだけで、両親の心は温かくなった。


そして迎えた旅行前日。
コトミの体調も旅行に合わせたかのように、絶好調だった。
これなら数日病院を離れても大丈夫でしょう、という先生の言葉は、それだけでコトミと両親をとっても嬉しくさせた。


そして出発の日。
コトミは初めて日本を出た。
初めての飛行機、初めての外国、初めての景色…
初めてだらけの経験にコトミは胸を躍らせていた。

…と同時に、体には負担がとてもかかっていることにコトミは気づけていなかった。


そのまま、コトミ一行はクランの花畑のある国に到着した。

明日はついに長年の夢だった、クランの花畑。
今が満開で一番の見頃だという。

興奮とある種の緊張で、その晩はなかなか寝付けなかったコトミだが、ホテルのベッドで微睡むうちにいつのまにか翌朝になっていた。

今日、ついに、クランの花畑が見れる。
おばあちゃんの思い出の場所に行ける。

そう思うだけでワクワクしていた。

そして、母親に車椅子を押してもらいながら、クランの花畑に到着したコトミ。
実はコトミには内緒で、両親は花畑を一時間だけ貸し切りにしてもらっていた。

貸切状態に驚くカメコの目の前に広がっているのは、雪の積もる中、一面に咲き誇る青色の花。
どんなに辛いときでも希望を、幸せを運んでくれるという花。
そして、おばあちゃんとおじいちゃんの思い出の花。

クランの花畑を初めて目にしたコトミは、涙を浮かべ、笑みを浮かべた。
「これがクランの花… とってもきれい…」

車椅子からいつの間にか立ち上がり、ただただ青色の花々に見とれるコトミ。
その目からは嬉し涙が溢れていた。
「本当にクランの花畑を私、見てるのね…」

普段は観光客でいっぱいの花畑が、この一時間だけはコトミだけのものである。

心の底から喜ぶコトミを見ながら、両親も涙を流して微笑んでいる。
コトミが人生で一番見たかったもの、それを一緒に見れている。
私たちはなんて幸せなんだろう。

「コトミ、18歳の誕生日、おめでとう」

「お父さん、お母さん… ありがとう… 本当にありがとう…」

このまま時が止まってしまえばいいのに。
ずっとここにいられたらいいのに。

しかし時間は残酷で、貸し切りの一時間は一瞬で過ぎ去り、閉園時刻が訪れた。

あとはホテルに戻って、明日には飛行機で日本に帰ってしまう。

あぁ、クランの花畑は本当に綺麗だったな…
もっともっといたかったな…

そう思いを馳せながら、タクシーに揺られるコトミ。

でも本当に幸せだったな…

そんな時だった。
慣れない旅行で疲れていたのか、予期せぬ発作が起こった。

「う゛っ!!」
突然苦しみ出すコトミ。

必死に呼びかける両親。

異常に気付き、急いでタクシーを路肩に止める、言葉のほとんど通じない運転手。

鞄から発作を収める薬を取り出し、焦りつつも慣れた手つきで注射する医者。

「う゛っ げほっ げほっ」
「コトミ! 大丈夫か!?」
「コトミちゃん!」
「… うん、 げほっ 薬のおかげで大分落ち着いたみたい…」

胸をなで下ろす両親と医者。

「よかった…」
「う゛ぅ … ふぅ。。」
「いったんタクシーから降りて、そこに横になろう」
「…うん」

タクシーの外に運ばれながら、コトミは直感的に感じていた。
この発作は今までに無いほど辛いもので、
このまま自分は死んでいくことを。

「クランの花… とっても綺麗だったよ」

「…うん、綺麗だったね」

「本当に連れてきてくれてありがとう。
 私のわがままを聞いてくれてありがとう」

「…」

「本当にお父さんとお母さんの元に生まれれて幸せだった」


そのままそっとコトミは息を引き取った。
その顔は、発作が起こったとは思えないほど穏やかで、口元には笑みすらたたえていた。





数日後。

特別に許可をもらい、クランの花畑から摘んで持って帰ってきたクランの花が、コトミのお葬式で大量に飾られた。
その中心で微笑む、写真の中のコトミ。
両親は改めて愛娘の死を実感したが、もはや涙は出なかった。


そしてお葬式が終わり、式場を飾っていたたくさんのクランの花がコトミの入った棺の中に全て入れられた。

クランの花に囲まれるコトミ。
その微笑みを浮かべた死に顔を見て、両親の目からは枯れたと思っていた涙が再び溢れ出してきた。

その中の一滴がコトミの頬に落ち、そのまま流れてクランの花びらに染みを作った。

どんな辛いときでも希望を運んでくれるという、幸せの花。


その見事なまでに青い花は、コトミと一緒に灰となり、天高く昇っていった。