みんなのブックマーク

雨、それは人の妄なり。「10ブックマーク」
頭に雫が一滴落ちたので、私は向かいに住む素性の分からない男のことを心配した。

一体なぜか??YESかNOで答えられる質問で、真実を解き明かしなさい。
19年10月13日 21:30
【ウミガメのスープ】 [弥七]

ちいさなあめ。にさそわれて。




解説を見る
<解説>
簡易解答:囚人である私は天井に掘った穴から脱獄を計画していた。完成する直前、このトンネルが地上ではなく海に繋がっていることを知った。そこで仮に開通した場合自分は泳いで脱出することは可能でも、檻に閉じ込められた向かいの囚人は水流に飲まれて死んでしまうだろう、と考えたのである。

ーーーーーーーーーー
『オウムガイの唄』





独房。


私は5年もの歳月を、この独房の中で過ごした。

ここがどこかは知らぬ。何もわからぬ。

最初の数年は、なぜ私が閉じ込められたのか、そればかり考えていたが、ぐわんぐわんと頭が鳴るばかりで、やはり答えは出てこない。

ただ一つ、確かなことは。

毎週木曜日になると運ばれてくる腐ったウミガメのスープと、私だけに偶然配られた2本のスプーン。そして、暗闇の中のさらに深淵、独房の天井にネズミがあけた、小さな穴ひとつ


それから20年がたった。



消灯時間を過ぎた刑務所内では日中の刑務作業で疲れた囚人たちが、泥のように皆眠っていた。時々うつ寝返りで、簡素なベッドがキィキィと軋む音がこだましている。

私は冷たい独房の床にそっと降り立つと、音を立てないように人差し指の腹を使いながら全身の土を丁寧に落とした。舞う土埃で咳をしないよう、私は天井を見上げる。

20年間、毎日毎日、指の皮一枚ほどの距離を私は掘り続けた。

あのとき見つけた穴は、時を経て随分と大きく、そして深くなっていた。

もうすぐだ。確証はないが、もうすぐ完成するであろう。

自分の創作物を誇らしげにまじまじと見つめた。まるで子供が自分で作った砂城を見るかのごとく。私の頬はほころんだ。

さて、朝日が昇るまで、疲れ切った老体を休めようとベッドに手を伸ばしたところ、背後から掠れるかのごとく小さな声が聞こえてきた。


(おい、そこで何してる?)


私の心臓が大きく脈打つ。看守に見つかったか??身体に石炭でも放り込まれたかのようのに肺腑が激しく上下し始めた。吐く息が熱いのに、体は冷汗を伴う。しかしながら私は平静を保ちつつ、そして音をたてずゆっくりと後ろを振り返った。

向かいの独房から、1人の囚人がこちらを見ている。

そこに人がいるのを見るのは初めてだった。きっと最近になって収容されたのだろう。暗闇で顔こそわからなかったが、檻を掴む筋肉質な腕が2本、暗闇から伸びていた。どうやら若い男であるらしい。

(あんた、今、天井から現れなかったか!?)
「見間違いじゃないのかい?新入り君」

男は動揺していた。私は人差し指を唇に当てながら、大きな声を出すなと指示した。

(いいや、見間違いじゃないとも。)

男は反論した。

(あんたが音も立てず床に降り立つのを、俺は見た。手に持っているのは金属か?おおかた天井に穴を掘って脱獄を試みていたのだろう。)

私は男に向かって両手を見せた。右手には柄の折れたスプーンが握られている。土に汚れ、錆びついたその食器はくすんでもはや反射する光さえ失っていた。

「どうやら君の言い分は正しいようだな。新入り君。」

私は鷹揚に頭を縦に振って見せた。震える唇を隠しつつ言葉を重ねる。

「結構。ではひとつ聞こう。君は私のことを、看守に訴えるかね??」

20年もこの計画を遂行してきたのだ。このような状況も、勿論想定の範囲内にあった。

「その行為は正義か?それとも贖罪か?...新入り君がどうしてこの場所にいるのかは知らないが、ここは刑務所だ。人を騙し、殺し、金を盗み…君と同じような境遇の人間で溢れている。ここは外の世界とは違う。独自の社会だ。」

暗闇の中で対峙する名前も分からぬ男を前にして、私は用意していた言葉で説得を試みる。

「看守への密告はすなわち囚人への裏切り。この社会の鉄則だ。見たところお前はまだ若い。長生きしたければ、他人との関わりは避けることだな。」
(まてまてまて!)

男は私の話を手で制しながら、いやいやをするように首を振った。

(俺はあんたを看守に売ったりはしない、約束する。)
「そうだ。それが刑務所の正義だ。」

私は掲げていた両手を、やっと下ろした。安心はできないが、現状その場は乗り切ったのだろうと胸を撫で下ろした。しかし次の瞬間、私は男の言葉に耳を疑った。

(そう、逆だ。俺はあんたの脱獄に協力したい。)
「なんだって??」

想定し得なかった言葉に、私は少しうろたえた。男は暗闇に消え、自分のベッドの下に手を滑らせるとまた檻の前に戻ってきてこれを見ろと言ってきた。小さな鏡の破片だ。

(俺は鏡を持ってる。あんたが穴を掘る間、俺は看守の見張りをする。そしたらあんたは作業に集中できるはずだ。)

男は早口で必死に私に語りかけた。

(嫌だって言っても俺は関わるぜ、でなきゃ俺は看守に密告する。)

理由は全く分からないが、男はどうしても私の脱獄に加担したいらしい。この男を信用するべきか?しかし私にとって、男の言い分は利益でしかなかった。

「…私は君と2人で脱獄しようとは考えていない。それでも協力するのか??」
(ああ、勿論だ。そうだ、あんた名前は?俺はそうだな……『J』と呼んでくれ。)

私は少し考えると、口を開いた。

「なら、私は『K』だ。」
(K…Kevinか、それともKeithか…なんだっていい。)

男、いやJの姿は相変わらず暗闇で見えなかったが、笑っているようにもなぜか安堵しているようにも見えた。Jは私の返事に満足してこう言った。

(よし、俺たちは、今日から共犯者だ。)

ーーーーーーーーーー

その日から向かいの住人、Jとの奇妙な生活が始まった。

私の予想とは裏腹に、彼はとても賢く、そして有能だった。

深夜の決まった時間になると、2人はベッドから起き出して秘密の仕事を始めた。

Jは鏡の破片を使って看守の位置を把握し、巡回にくるときには私に合図を出してくれた。

私は音さえ気を付けていれば人を気にする必要がなくなったので、作業に集中できた。この20年間が嘘のように穴は掘り進められていく。私の湿気た身体が陽の光を浴びるのも、時間の問題に思われた。

しかし、穴が深くなるほどに、うず高く積る疑問があった。なぜJは私の脱獄にこんなにも協力的なのだろう??私の興味は依然としてそこにあった。

K「なあJ。私は君に本当に感謝している。ぜひ腹を割って話がしたいね。」
J「ああ、いいとも。」

暗闇の中で行われるこの会話劇も、すっかり当たり前のようになってしまった。

K「では単刀直入に聞こうじゃないか?君は自分が脱獄できないことを知っていながら、素性もわからない私になぜ協力しようとする??」
J「俺は自分が脱獄しようなんざ思っちゃいない。もしあんたがこの刑務所から出られたら、一つだけお願いしたいことがあるんだ。」

それはなんだ?と私は聞いた。

J「俺には父親がいない。母親は女手ひとつで俺を育ててくれた。だから大人になった俺は孝行のために必死に働いた。象牙細工の職人になって、町で一番の市場で店を構えようとしたんだ。だけどその場所取りで揉めて、男を銃で撃った。警察が来た頃には男は死んでた。俺はその場で自首した。殺すつもりはなかったと言ったが、2発撃ったのがまずかった。誤射では済まされないと、裁判でそう言われた。」

彼は滔々と自分の経緯について語った。

J「母親に恩を返すつもりが、まったくとりかえしのつかないことをしてしまった。もしKが脱獄するときは母親を探し、今から渡す手紙を必ず届けてほしい。」

Jは机の引き出しから一枚の便箋を取り出すと、それをぐちゃぐちゃに丸めてこちらの方に投げた。私は檻の間から手を伸ばしてそれを受け取った。

K「そうか、それが望みか。…しかしだなJ。」

手紙を囚人服のポケットに忍ばせながら、私は新たな疑問をぶつけた。

K「君はまだ若いんだ。罪を償ってから直接母親に会って話せばいいだろう?それに看守の間では君は評判が良い。模範囚に選ばれれば、もっと早く出所することもできるだろう?私と関わってわざわざこんな危ない橋、いや穴に手を突っ込むことはないと思うのだがね??」

矢継ぎ早な質問。Jはそれに苛立つかのようにまた早口に答えた。

J「そんな不確定なものに頼ってはいられないんだよ、K。」

脱獄の成功以上に不確定なものはないと思ったが、私は口を噤んだ。

J「刑務所に入る直前、あのクソッタレな医者が、クソッタレなことを言いやがった。俺の母親は病気でもう長くないんだと。クソッタレなタイミングさ。いつ出られるかもわからないこの刑務所の中で、ただ待ってることなんてできないんだ。」

彼は自分に対する怒りと悔しさとで身体を震わせていた。私の方から檻を握る手に力が入っているのが見えた。

J「俺は母親が生きている間に感謝を伝えたい。俺はあんたの掘った穴に賭ける、賽を投げ入れるぜ。あんたはただ自分が外に出ることだけ考えてくれりゃあいい。俺は全力でそれを手助けする。ただそれだけのことさ。」

彼の身に降りかかっている境遇は、自業自得と言ってしまえばそれまでだ。罪の償いは、きっと必ず、どこかで果たさねばなるまい。しかしJにとって、それは今すべきことでもないのかもしれない、と私は思った。

J「俺の話はそんなところさ。さてK。今度はあんたの話を聞かせてくれ。あんたは20余年、なぜこんな暗い独房に閉じ込められているんだ?」
K「いやはや、それが私にも、全く身に覚えがないのだよ。」
J「身に覚えがないということはないだろう。俺はあんたの罪を責めたりしない。正直に話すべきだ。今俺がしたように。」

私は深いため息をついて、独房の床に固く敷き詰められたタイルを冷たい目で見つめた。

K「今言ったことは真実だ。いや、身に覚えがないというか、わからないというのが正しい答えだろう。私は記憶がないのだ。この独房に閉じ込められる以前のことを、少しも覚えていないのだ。白状すれば、自分の名前さえ、もう覚えていないのだ。Kと名乗ったのはアルファベットの次の文字を言ったに過ぎないのだよ、君。」
J「そうか、あんたは記憶がないと。」

私は彼に暫しの沈黙をもって返した。

K「…罪人としてまったく恥ずかしいことだ。監獄に入れられていながら、私の頭の中には罪を償う気持ちさえないのだから!!看守は何も教えてはくれない…私は以前、刑務所仲間の占い師に、自分を占ってもらったことがあったがね。私は人生の内、過去か未来かわからぬが、ひとりの人間の死に関わるのだという。そんな不確定な言葉だけで私は25年間、どこかもわからぬこの暗闇の世界で生きてきた。」
J「なるほど…」

Jは独房の天井を見上げた。それもまた独房であることに変わりないが、彼の見上げる虚空には私と違って傷ひとつない、まっさらな天井が広がっていた。

K「私は知りたいのだ。私がなぜ、ここに閉じ込められているのかを。外の世界へ行けば、何か掴めるかもしれないのだ。私は大罪人か、それとも冤罪を喰らった身か。どちらにせよ、私はもうじき罪を犯す。やはり君は、私に関わるべきではなかったな。」

彼はまた、いやいやをするように首を振った。

J「あんたが過去にどんな人間だったのかは、俺にはわからない。しかしこの場所での生き方や、暗闇だけのこの場所で守ってくれたのはあんただけだ。絶望の底に潜っていた俺に、太陽の光を与えてくれたんだ。俺はあんたに感謝するぜ、K。」

全くの勘であるが、きっとこの穴はもうじき開通する。根拠もなく、これがどこに続いているのか皆目検討もつかないが、この穴に希望の光がさすことを、ただ2人は願った。

ーーーーーーーーーー

その夜。

昏々と深い夢路を辿る私は、頭蓋の中に響く単調な音の連なりによって目を覚ました。何者の仕業か?

見るとそれは独房の一角、檻の前。ひたひたと天井から落ちる水滴が、したたかに鉄のタイルを撃ち続けていた。私は急いで掛け布団を床に敷くと、その出元を探るべく、上を見上げた。


穴だ。


大きく空いた穴から、水滴が落ち続けている。ぼちゃんと雫が一滴、頭に落ちた。

頬を伝う水が口元へと流れた時、同時に私の血の気が全身から引いていくのが感じられた。それは私の汗よりも、はるかに塩辛かった。夢か?今際の幻か?私は天井の穴に飛び込んだ。

じっとりと濡れた洞の外壁に手を滑らせながら、私はその長い道のりを辿った。ひとりの力では削り取れなかった大石。危うくぶつかりかけた刑務所の基礎など右へ左へ二転三転、紆余曲折。暗闇の中のさらに深淵、一点の光もない洞を私は進んだ。いつしか横道となり、私は這うようにして穴の底に着いた。

目を閉じても開いても視界は暗いままだ。しかし確かに水はそこから溢れていた。体をくねらせ手を伸ばして触ってみる。今にも決壊しそうなその薄い壁はとても心許無く。その先でわずかに人間の拍動に似た水の対流を感じた。

間違いない。この穴は海へとつながっている。

私は再び自分の意識が遠のくのを感じた。この穴は確かに外につながっていた。しかしそこは地上ではなかったのだ。私は来た道を戻りながら、どうしたものかと頭を抱えた。いや私の一抹の不安は決して、自分の身を案じたものではない。

私は、向かいに住むひとりの囚人のことを考えていた。独房に戻ると、何かを察知していたその男は檻の前で私を待っていた。

J「どうした?一体何があった?教えてくれ、K!!」

期待と不安が入り混じるその声に、私は答えた。

K「どうやら私の願いは、つい先程叶ったようだ。」
J「そうか、では…!!」

上気した彼の言葉を、私は手で制した。

K「しかしご覧の有様だ。この穴は地上に届いてはいなかったな。続いた先は海に違いない。素人ゆえ計り知ることはできぬが、穴が壊れていないということは、泳いで脱獄出来ない深さではないと思うがね。おや、こんなにも部屋が濡れてしまった。」

私は自分の独房をぐるりと見渡した。もはや穴から垂れていた水滴は蛇口から溢れる水流の如く。鉄製のタイルが濡れて更に深い黒色に染まっていた。潮の香りが狭い部屋の中に立ち込める。

私はJのいる独房を真っ直ぐに見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。

K「こうなってしまった以上、もうなかったことにもできまい。この先の結果がどうなろうと、私の犯した罪が白日の下に晒されるのも時間の問題だ。」

そして続けざまに、私は彼に向かって言った。

K「正直に話そう。Jよ、私は今、愚かにもこの穴を埋めようかと思っているよ。」
J「何を言っている?まさかここまできてやめるとでもいうのか?臆病者!!」

あんたの言葉は理解不能だ、と彼は騒ぎ立てた。

K「馬鹿なことを言うな!!」

私があまりにも大きな声を出すので、彼は少しうろたえた。その声で何人かの囚人が目を覚ました。

K「この独房に入って20年、ずっと連れ添ってきた女だぞ!!J、お前より付き合いが長いわい!今更この頭上に広がる海が深かろうが浅かろうが…この穴と駆け落ちして溺れて心中しようが私は一向に構わないに決まっている!!」

私は目の前の親友に向かって激昂した。

K「しかしながらJよ!!お前はどうなる?…この穴を開ければ、濁流が如く海水が間違いなく洞を通ってこちらに流れ込んでくるに違いない。私はいい、穴から逃げればいい。穴から逃げて水面を目指して泳ぎ続ければいい。しかし親友よ。君は哀れにも檻の中から出られず、大量の水に呑まれて死ぬ。私はそれが耐えられないのだ。」

私は悲痛を持って目の前の年の離れた親友に訴えた。短い間、脱獄の手助けをするという、ただそれだけの関係。それはこの長い監獄生活の中で出会った唯一の信頼関係でもあった。私は心の底から彼に死んでほしくないと願ったのだ。

J「言いたいことはそれだけか、K。」

Jは下を向きながら、重々しい口調で話し始めた。

J「それがお前の正義か?それとも贖罪か?…K、あんたは本当になっちゃいない。俺はあんたに助けられ、あんたはそれで満足する…だが俺の心は、それで救われたりはしない。あんたが用意した結末は物語の終わりにしては御笑い種だ。」

騒ぎを知った囚人が囚人を呼び、看守がそれを聞きつけた。時間が迫っている。

J「前にも言った通りだ。俺は人を殺した。罪は償う、必ずだ。だからここで溺れて死んだとしても、それは仕方のないことなのだろう。しかしそれでは終れないのだ。たったひとり残した母親に、この世で唯一の肉親に、死ぬ前にしっかりと謝っておきたいのだ。」

「「何をしている!!!そこを動くな!!!」」

看守が私たちの間に割って入った。Jが目の前で取り押さえられる。檻の前で、私は泣いた。

K「私は君を助けたかったんだ…」
J「だから御笑い種だというのに。滑稽だというのに。」

彼は渾身の力を込めて、私に叫んだ。


J「さあ、海へ出るのだ、Kよ!鉄の殻に閉じ込められ、年老いた哀れな鸚鵡貝(オウムガイ)よ!!その手、檻に阻まれ伸ばせずとも、せめて俺の心を救い出せ。それこそが、あんたの贖罪だ!!」


彼が言い終わるが早いか。私は天井の穴を目指して駆け上り、暗い洞の中を水の音を頼りに突き進んだ。そして子宮から生まれる胎児の如く、目の前の壁を突き破った。瞬時にどうどうと海水が自分の空間を包み込み、空気が泡となって押し流された。音が消え、目も開ける方ができなかったが、瞼の裏からはうっすらと深い蒼が透けて見えた。水の流れに身を任せ、喉をがりがりと掻くこともなく私は身体を動かすことをやめた。

突然、私は水面に浮かび上がった。顔だけ出した私の口から、勝手に水が飛び出した。私は暫く喘ぎ、火のついた石炭を押し込んだかのように熱い肺腑に空気を送り込んだ。まるで鍛冶屋だ。見るとここは地獄ではない。

視界に広がるのは、太平の海であった。振り返ると海岸から迫り出すようにして建てられた鉄の刑務所がそこにはあった。館内の照明が其処彼処で点々と灯り始めている。しかし私はすでに独房の中に在らず。

外だ。外にでたのだ。霧がかった夜の水面を、私は行先もわからずに泳いだ。

ーーーーーーーーーー

「世の中物騒なことが多いですねぇ。」

朝食の配膳にきた看護師が、病棟の中をぼやいて回る。

Marthaはその看護師から、頼んでいた新聞を取り上げると、ある見出しを見つけて注意深くその中身を読んだ。

「囚人が刑務所から脱走したって、このあたりらしいですよ。」

彼女は配られた盆からヨーグルトだけを取り出すと、それ以外のものを机の端に寄せた。いらないのですか?と聞く看護師に対して、好きじゃないから。と突き放した。本当はもう流動食しか口に受け付けないと知りながら、彼女はそれでも虚勢を張って見せた。

看護師が朝食の残りを片付けましょうと手を伸ばした時、お盆の隅に置かれた小さな紙屑の塊を見つけた。

「ああ、これですか??」

看護師は困った顔をして彼女に話しかける。

「病院の入り口で、あなたに渡してくれって頼まれたんですよ。…ただのごみに見えますけど、親族の方かもしれないと一応…ご気分を害されましたか?」

彼女は震える手で、そのくず紙を開いてみた。水と塩の結晶によって破け、原型を留めてはいなかったが、それは鉛筆で書き殴られた手紙のように見えた。読めるのは断片的で乱雑な文章と最後の名前だけであった。

「ほら…またこの話題ですよ。本当に怖いわねぇ。」

彼女はそっと病衣の中に手紙を隠すと、看護師の指差したテレビの方へ顔を向けた。ニュースキャスターが昨日の夜に起きた事件について話している。



///……続いてのニュースです。///

■■州、海岸沿いの州立刑務所にて、1名の囚人が脱走しました。

男は海底■■Mに作られた収容施設に穴を開け、海を泳いで脱獄したことが調べによって分かっています。これにより刑務所内において水害事故が発生し、収容されていた1名の囚人が溺水による意識不明の重体です。脱走した囚人は過去に25年前の殺人事件に対して冤罪の疑いが浮上し、世間では再審を要求する声が上がっておりました。

警察はこの囚人が未だ刑務所近隣の住宅街に潜伏している可能性を示唆し、周囲の市民に安全の確保を促しています。万が一発見した場合は接触を避け、速やかに州立警察に連絡をとるようにしてください。囚人番号、名前は以下の通りです。

囚人番号:13390871

氏名:Chris Ford







彼女は、先程の手紙に書かれた言葉を、思い出していた。

==========

親愛なる母、Marthaへ。

私は今、暗い独房の中でこの手紙を書いています。

自分をたった1人で育ててくれた、そんな母に恩を返すつもりがどうしてこうなったのか。全く取り返しのつかないことをしてしまったと後悔しています。母の死に目に会えないことをとても恥ずかしく思います。…せめてこの手紙が届けばいいと、ある人に託しました。…

…刑務所の中で、私は1人の老人と出会いました。老人とは言い過ぎですが20余年、この独房に閉じ込められている彼は陽の光を浴びることもなく衰弱しておりました。ですが彼は罪人である私に、この監獄の中で唯一と言っていいですが、敬意をもって接してくれました。

私は彼のことを何一つ知りません。しかし彼はこの刑務所の中で私を守ってくれ、そしてたくさんのことを教えてくれました。私はそこに父親の背中を見ました。いつしか私はこの手紙を渡すこと以上に、彼に幸せに生きて欲しいと願うようになりました。…

…不孝者の息子の、最後のお願いです。あなたにこの手紙を届けるために、ある男がやってくるでしょう。それは私の、唯一無二の親友です。どうか彼にひとくちのパンとワインをお与えください。




John Ford

==========






外は太陽の光が差しているというのに、不思議と雨が降っている。

「ああ、風邪、引かないといいけれど。」

彼女は誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと一言呟いた。


(おしまい)(この物語は全てフィクションです。)
にせウミガメのスープ「10ブックマーク」
「すみません。これは本当にウミガメのスープですか?」
「はい……ウミガメのスープに間違いございません。」

女は首をかしげた。
思っていたウミガメのスープと全然違う。

――そうか、昔食べたスープはウミガメじゃなかったんだ……

味の違いがしめす真実に思い至り、彼女の顔から思わず笑みがこぼれた。

以来、人生がちょっぴり楽しくなったそうな。

一体、何があったのだろう?
19年10月20日 16:58
【ウミガメのスープ】 [もっぷさん]

原点回帰の本歌取り!




解説を見る
【短い解説】
女は、それまで水平思考ゲームを知らなかった。
思いがけず「ウミガメのスープ」とめぐりあって感激!
すっかりはまって人生が少しばかり楽しくなったのだった。



【私の物語】
数年前のとある夜。
自宅でひとり、自分の人生をふりかえっていると、小さい頃に遊んだコンピュータゲームが気になって仕方なくなった。
(なぜ人生をふりかえっていたのかは重要ではない。大人は突発的に幼少期の思い出にひたりたくなるものなのだ。)

しかし調べようにも「こんなゲームがあったな」というおぼろげな記憶しかなく、タイトルもストーリーも覚えていない。

かろうじて思い出せるのは、ゲームの舞台がルイス・キャロルの不思議の国のアリスをモチーフにした遊園地だということ。遊園地の屋台で「ウミガメモドキ」のキャラクターが「ウミガメのスープ」を売っていたのが、妙に印象に残っている。

私は手始めにスマートフォンで〔アリス 遊園地 ゲーム〕と検索してみた。
「うーん、ないなあ」
それらしきものはヒットしなかった。
〔90年代後半 PC用 ゲーム〕〔ウミガメモドキ ゲーム〕……
手当たり次第に検索ワードを変えてみるが、一向に見つからない。相当マイナーなゲームみたいだ。

これは時間の無駄ですね、諦めよう。
私は潔く電気を消してベッドに潜った。なくした思い出に執着しないこともまた大人には大切なことだ。



しかし眠りに落ちる間際になって、また別の興味が頭をもたげた。

{「ウミガメのスープっておいしいのかな……」}

どんな味がするのだろう。子牛で代用するくらいだから牛肉のような食感だろうか。海の生き物だし塩味強めかな。

料理の画像なんて見たら睡眠が阻害されると思ったものの、やはり気になりはじめたら止まらない。暗闇のなか、再度スマートフォンを手に取り〔ウミガメのスープ 〕とサーチ。

すると思いがけないことばが。

【「ウミガメのスープとは、推理ゲームの一種です。」】

……えっ、なんだろうこれ?
水平思考? 推理ゲーム? 思ってたのと違う。

私ははげしく興味をひかれ、詳しく書いてありそうなページをクリックした。

✳︎✳︎
ある男が、とある海の見えるレストランで「ウミガメのスープ」を注文しました。
しかし、彼はその「ウミガメのスープ」を一口飲んだところで止め、シェフを呼びました。
「すみません。これは本当にウミガメのスープですか?」
「はい……ウミガメのスープに間違いございません。」
男は勘定を済ませ、帰宅した後、自殺をしました。
何故でしょう?
✳︎✳︎

「むむ、なぜだろう」
不思議な問題に私は首をかしげた。胸が高鳴りはじめる。

思い返せば、大した楽しみもなく味気ない我が人生(趣味は寝ること)。
しかし唯一ミステリーは好きだった。文章を読むこと自体はどちらかといえば苦手なのだが、「なぜ?」「どうやって?」という謎めいた話が好きだったのだ。探偵が「徐々に真相に迫っていく」感覚も好きだった……

私は爬虫類の味なぞすっかりどうでもよくなり、男が自殺した理由に思いを巡らせた。



やがて――
{「そうか、昔食べたスープはウミガメのスープじゃなかったんだ…… 人肉だったんだ!」}
衝撃の解説に震えながらも、気づけば感激でにやけ顔になっていた。

味の違いがしめすおぞましい真実。
問題文に描かれない壮絶な過去。
そして、男が自殺せざるを得なかった理由の圧倒的納得感……!

「すごいものに出会ってしまった。こんなにわくわくしたのはいつぶりだろう!?」
もっともっと! と私の脳みそは「ウミガメのスープ」を渇望した。

……そして、その欲求が満たされるまでにそう時間はかからなかったのだ。
なぜ? ――数秒後には{"ラテシン"}にたどりついたからである。

それが私と「ウミガメのスープ」の出会い。
死んだウホ「10ブックマーク」
バナナ嫌いのゴリラとしてお茶の間で愛されていたゴリラ「カメオ」くん。

彼の死後に建てられたお墓には、毎年多くの墓参り客が訪れるのだが、
その際、バナナを持っていく人がちらほら見かけられるという。

彼らは一体何を考えてこんなことをするのだろう?
19年11月03日 00:30
【ウミガメのスープ】 [るょ]

新・深夜の小ネタ集2




解説を見る
カメオ君の墓には、彼が好きだったたくさんの果物が植えられているが、
その中の一つには、彼の嫌いだったバナナが含まれている。

墓参りに来た客は、自由にそのバナナを持って行っても構わないことになっているのだ。


「彼はバナナが嫌いなんだ。むしろ全部持っていってくれると助かる。」

そう話すのは、カメオの専属トレーナー兼、このアイデアの提案者のウミオ。
毎年多くの客が訪れてくれるように、と、バナナを植え、そして配布することを決めたのは彼だ。

彼の計らいにより、カメオの墓は今でも多くの客が訪れ、
墓参り客はというと、墓から何かを持って帰ることに後ろめたさを感じることもなく、
おいしいバナナをお土産に持って帰る事のできる観光名所として楽しんでいるのだった。


答え:
カメオはバナナが嫌いだから、墓からバナナを持って行っても構わないと考えている。
困った先住民「10ブックマーク」
あなたが新しくこのマンションに入居する方ですね?
ようこそいらっしゃいました。私がここの大家でございます。

早速ですがお部屋のご案内を・・・と行きたいところなのですが、実は今トラブルが発生していまして。

軽く掃除をしようとしたところ、いつの間にか人が勝手に住み着いていたんです。

何度も注意をしているんですが、ずっと無視され続けていまして。
電気や水道を止めてもまったく動じないので、もうどうすればいいのか困ってしまいまして・・・

いくらホームレスだとはいえ、さすがにこうも居座られると、近隣の住民が迷惑してしまいます。
代わりの部屋をご用意しようにも、人気のマンションですから空きが全然なくて・・・


ですので、あなたから勝手に住み着いている男「カメオ」に直接言って、どうにか追い出してくれませんか?


※話しかけられる相手は「カメオ」のみです。あらかじめご了承ください。
19年11月11日 19:00
【亀夫君問題】 [とろたく(記憶喪失)]

ゆる~く亀夫君です。




解説を見る
ああ、本当にありがとうございます!

なにぶんここは【幽霊しか住めないマンション】ですので、生きている人間がいらっしゃると近隣の住民が怖がって【ポルターガイスト】を起こしてしまうんですよ。
ですので直接ちゃんと話したかったんですけど、どうも幽霊は見えない上に信じない類の人間で、とても困っていたんです。

【死んだばかりのあなた】でしたら、まだあの人には"{見える}"し【壁をすり抜けて】幽霊であることも証明できるんじゃないかと思いましたが・・・いやはや、なんとお礼を言ったらいいのか。

そうだ、せっかくの1000人目のお客様ですし、今月の家賃は無料にさせていただきます。
いえいえ、これぐらい、生きているときの苦しみに比べれば屁でもございません。


{死亡証明書}はお持ちですか? ――はい、ご提示ありがとうございます。


それでは、ようこそ――{ホーンテッドマンション}へ。


住民全員が、あなたを歓迎いたします!

【1on1】リボン【for めしるか】「10ブックマーク」
いつものようにリコの制服のリボンを結びながら、ヤスが密かに喜んでいたのは
1か月前からリコがスニーカーを履き出したせいだという。

カメオは何が嬉しかったのだろう?


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本問は藤井とめしるかさんの1on1であり、参加できるのはめしるかさんのみとなります。
他の方はチャットにて応援・ご観戦ください!
(答えがわかった方は出のみコメントでも受け付けます)
19年11月13日 00:33
【ウミガメのスープ】 [藤井]

オフ飲みの帰り道に作ったスープ。




解説を見る
【解答】
蝶々結びができるようになったリコが、それでも尚自分を頼ってくれること


【解説】
幼い頃から手先がひどく不器用で、洋服のリボンも靴紐も自分で結ぶことができなかったリコ。
靴紐を結ぶのにあまりにも時間がかかるため、彼女はずっと紐のない靴を選んで履いていた。
かたや手先が器用な幼馴染みのヤス。いつしかリコのリボンを結んであげるのがヤスの役目になっていた。

中学生になり、男女が互いを意識する頃。
リコの制服のリボンを結びながら、ヤスは自分の役目がもう終わってしまうのではないかと考えた。
それは少し前からリコがスニーカーを履くようになったせいだ。
靴紐はいつも綺麗な蝶々結び。リコは自分で靴紐を結べるようになったのだろうか。
尋ねたかったが、尋ねた瞬間に自分が用無しになってしまう気がしてなにも言えずにいた。

一週間、二週間。
過ぎ行く日々の中、リコは変わらず毎朝ヤスにリボンを差し出した。

「ヤッちゃん、結んで」


ヤスはこくりと頷いてリボンを結ぶ。
左右をきゅっと引っ張ると、綺麗なリボンの形になる。
満足そうに微笑むリコを見て、ヤスの胸はきゅっと締め付けられるのだった。