みんなのGood

良質:3票トリック:3票物語:1票納得感:1票
【台風が過ぎ去ったその日、ウミオは小学校のクラスで大恥をかいた。】
だが、ウミオの友人であり物知りだったカメオは”{ウミオのそれは実は間違いではないのでは?}”と思っていた。
火に油を注ぎそうだから黙ってはいたが‥‥

どういうこと?
25年10月15日 22:41
【ウミガメのスープ】 [mintadel]

正解到達率71%、スナイプ2名でした。




解説を見る
ウミオは{「台風一過」を「台風一家」と書いてしまった}ので、クラス中に笑われた。
しかし、ニュースを普段から見ている物知りのカメオは
{【南の海上に台風が大小合わせて3つあること】}
を知っていた。

🐢.。oO(あれ?台風一家??あながち間違いじゃないんじゃ‥‥)


この問題を他で出題される方への情報:ウミオが間違えるパターンと、ウミオの発言に対して笑う側が間違えるパターンの両方の道筋がありますが、どちらを通っても良いと思います。柔軟に対応してください。
走る走る俺たち「8Good」
トリック:2票物語:2票納得感:4票
健康を気にし始めたカメオは、ちょっと試しに走ってみることにした。
そうしたらカメオの周りの人達も、カメオが走るのなら、という事で自ら一緒に走る事にした。

走り終えたカメオが思った事は
({俺も意外と若いじゃん})
だったのだが、カメオと一緒に走った人達は
({ふざけんなこのオッサン})
と思った。

いったいどういう事?
25年10月22日 10:37
【ウミガメのスープ】 [琴水]

みんなもレッツジョギング♪




解説を見る
健康を気にし始めてエスカレーターではなく階段を利用したカメオ。
(そういえば若い頃は1段飛ばしとかで登ってたよなぁ。ちょっと試しにやってみるか)

そうしてカメオが駅のホームに続く階段を駆け上ったところ、周りの人達が、あれ?電車きてる?と勘違いしてつられて走ったお話。
平穏なER「8Good」
良質:3票トリック:3票物語:1票納得感:1票
ある日の昼下がり、病院の救急外来(ER)の前に、{次々と救急車が到着}していた。一台が患者を下ろせば、ほどなくしてまた一台がサイレンを鳴らしながらやってくる。
しかし、その喧騒とは裏腹に、救急救命室への通路や救急患者受け入れ口付近にいる医師たちは、奇妙なほどに落ち着いていた。
彼らは、{緊急オペの準備をするでもなく、患者の容態を必死に確認するでもなく、中にはペットボトルのお茶をのんびりと飲んでいる者さえいる}という。

一体、この病院で何が起きているのだろうか?
そして、なぜERの医師たちは、これほどまでに平穏な様子なのだろうか?
紐解いてほしい。
25年11月02日 17:38
【ウミガメのスープ】 [mintadel]

正解到達率60%、スナイプ1名でした。




解説を見る
【「あ、また救急車が来たね。お疲れ様です~
この患者の名前はっと(タグをスキャナでスキャンして)「mintadel」サンだね~。
患者さ~ん、ちゃんと聞こえてるね?あなたのお名前フルネームで言って。(‥‥‥‥)はい、OK、本人だね~。
(カルテを見ながら軽く様子を見て)急変とかないね、大丈夫だね。ならOK。
(リストを見て)あった、この人ね、行き先は高度管理センター2階2号室!はい、移動させていいよ~」】
‥‥
その日、病院に救急車が頻繁に訪れていたのは、大規模な災害が起きたからではない。
実は、この病院は新築されたばかりで、{従前の古い病院から、入院中の患者たちの移送が行われていた}のである。
搬送されてくるのはERで緊急処置が必要な患者ではなく、すでに容態が安定している入院患者たちだったため、ERの医師たちは普段の救急対応に追われることなく、むしろ比較的暇を持て余していたのだ。
しかし、移送中に患者の容体が急変する可能性もゼロではないため、ERの医師たちは待機しており、暇だからといって移送作業を手伝うわけにもいかない状況だ。ER医師たちの平穏さは、実は病院全体の緊張感の裏返しでもあったのだ。
もちろん、今日の救急外来はすべて近隣の病院にお任せである。消防も今日だけはこの病院に救急患者の割り当てをすることはない。

「タマにはこういう日があってもいいね。{ほんとの救急が来ない日}なんてめったにないからね~」

以下は当スープの元ネタになりますが、作問時に参考にした事例は今回の近大の事例ではないため、以下の事実とスープには食い違いがあります。ご了承ください。

小生管理情報 [今が旬]称号候補1号:
移転情報本体(近大医学部HP・重要なお知らせ:20251104閲覧)
https://www.med.kindai.ac.jp/notice/2025_0808_6553.html
移転準備日程            
 ・10月30日(木)~11月5日(水) 移転作業日
 ・11月 1日(土) 入院患者さま移送日
 ・11月 6日(木) 新病院外来診療開始日

ドクターカーを使用した実績のニュースソ-ス
https://news.yahoo.co.jp/articles/c0a8397e38e42d6c9134da735865c0fa11481877
youtube動画による証拠
https://www.youtube.com/watch?v=0BRDtSaiE-8
デートに行くなら「8Good」
物語:5票納得感:3票
毎週末は妻の晴美とデートに行くことにしていた洋介。この週末デートは二人が出会った頃からずっと続いてる習慣であり、自然が好きな晴美の希望で海や山などに行くことが多かった。

しかしある時、晴美が「今日は新しく駅前にできたカフェに行きたい」と言い出した。それからというもの、晴美の希望する行き先は町のデパートやレストランが殆どで、あれだけ好きだった自然を見に行きたがることは全く無くなった。

さて、{晴美が上記のようなことを言い出した理由}を答えてほしい。
25年11月29日 21:04
【ウミガメのスープ】 [だだだだ3号機]



解説を見る
【簡易解説】
生前、年老いた夫に車を運転するのを止めて欲しかった晴美だったが、直接言っても洋介は免許を返納してくれなかった。その理由の一つが週末デートで遠出をする機会(=晴美の希望)にあると悟った晴美は、デートの行き先に近場を希望するようになった。



【長め】

1.

「洋介さん、少し…お話があります」

そう言うと晴美は、居間でテレビを見ていた洋介の向かい──ちゃぶ台を挟んだ反対側に腰を落とした。
雰囲気があまりにも仰々しかったので、洋介の頭には一瞬離婚の二文字が過ったが、どうやらその手の話題ではないらしい。


「今週末のお出かけなんですけどねぇ」


内容は2人での今週末のお出かけ、有り体に言えばドライブの行き先の"希望"を伝えに来たようだった。
週末のドライブデートは2人が付き合い始めたばかりの大学生の頃からの習慣であり、特別用事がなければ欠かさず行われている、ある種のルーティーンだ。
2人とも定年し、平日の予定にもすっかり空きができてからは、週の中頃に晴美からそれとなく行き先の希望を伝えに来る───これもいつものことだった。

だから驚いたのは「晴美がデートの行き先の希望を伝えに来た」ことに対してではなく、その肝心の希望内容が「このあいだ駅前に新しくカフェ」だったこと、に対してである。

晴美は昔から自然というものが好きだった。
初めての週末デートはやはり大学生の頃であったが、その時も晴美の希望で隣県の山に行った。今日日に至るまでその傾向は変わらず、少なくとも「駅前のカフェ」なんて人里の極みのような場所を希望されたのは、この時が初めてのことだった。

2.

洋介さんはよく気の回る人で、少なくとも自分のプライドを優先して意固地になるようなことは決して無い人だった。
だから私が「そろそろ免許を返納しませんか」と言った時、その表情がなんとなく渋いものになっていたのも、「老人扱いされたから」なんて理由では無いことは察しがついた。

ほぼ同時に、週末のお出かけのことが気がかりだったのだろう、と思った。車を運転しなくなったら、"私が希望する"山や海に気軽に行けなくなるから。

私はそれから、お出かけの行き先にあまり遠方は希望しなくなった。
洋介さんは不思議そうな反応をしていたけど、「義娘との話題を増やすためにハイカラな場所に行ってみたい」とか言って納得させた。それでも最初はあまり腑に落ちていない様子だったけれど、一月二月と続けば理由を問うてくることもなくなった。

確かに自然は好きだし、あまり人の多い場所は得意では無いけれど、別に洋介さんと一緒ならどこだって良いと思った。

そんな日々が半年くらい続いて、洋介さんは観念したように免許を返納した。薄々自分でも「危ない」と思っていたのだろう。
それを見て自分でも驚くくらい、ほっとしたのを覚えている。

3.

「信也、晴美の…母さんのお墓だけどな、山の方の寺で納めてもらうことにしたから」

母の遺品整理の最中、唐突に父はそう言った。
その内容に別段不満も反対意見も無かったけれど、作業の手を止めた俺を見た彼は「思うところがある」と判断したらしい。なんの相談もしないで決めたことを謝られた。

詳しく聞いてみればその寺は最寄りこそ実家と同じ駅だが、かなり山あいの方にある寺で、父の家から徒歩だと一時間くらいかかる場所だった。

「もうちょい近場でもいいんじゃないの」

「…母さん、静かなとこが好きだっただろ」

その返答を聞いて「ああ」と思い出したのは、両親が昔から習慣にしていたデートの件だった。小さい頃は俺も一緒に連れていって貰ったけど、俺が大学生になって実家を出てからもずっと続いていたし、実は行く先が山やら海ばかりだったのは母の希望だったという話は、このあいだの葬式で父から初めて聞いたのだった。

どうも晩年は、母はあまり遠出を希望しなくなったらしかった。父は「今思うと運転を止めてほしくて気を使ったのかもなぁ」なんて言っていた。これも葬式で聞いた話だった。

つまるところ父は、母に気を使わせたことが心残りなので、母の好きそうな場所に墓を建てたいと言っているようだった。尚更反対意見など無いわけだが、気がかりなことは一つある。

「免許返納したんでしょ、まさか歩いて行くの」

父もいい歳だ。別に元々老人には違いなかったが、特に母が亡くなってからは一層痩せたし、一層老けたように思う。長時間歩くのはどうあっても無茶だった。
車がある頃はどうとでもなったかもしれないが、母が亡くなる一年前に父は運転をやめた。
より正確に言えば、父が免許返納するのを見届けてから、母は弱っていったようにも思う。それからスイッチを切ったみたいに、あっけないくらいのスピードで、母は目を覚まさなくなった。ひょっとしたらずっと心配だったのかもしれないな、なんてことを考えた。

「うん、自転車をな、買おうと思う」

「ああ…」

乗り物と言えば車を運転する姿しか見たことがなかったので思わず「乗れるのか」と聞いてしまったが、「馬鹿にするな」と笑われた。

まあ、最近は電動でアシストしてくれるものもあるし、かえっていい運動になるだろう。自転車なら母も許してくれるんじゃないだろうか。

そう言うと父は「そうだな」なんて笑って、また遺品整理の作業に戻った。

最後に母と話したとき、母は「洋介さんが暇そうにしてたら新しい趣味でも作ってあげて欲しい」と言っていた。
自分が死んだ後、週末デートという習慣が無くなった父を心配しての言葉だったのだろうが、たぶん大丈夫だろうと思った。

きっと父は週末になったら、新しく買った自転車で母の墓参りに行くのだろう。どちらかと言えば俺は、その時父が母と話す話題かなんかを提供する方に注力した方がいいかもしれない。

とりあえず、「父には週一くらいで電話をしようかな」なんて、そんなことを考えた。

(了)
170811_193749.mp4「8Good」
良質:3票物語:5票
夏。
久々に車を出した父に、遊園地に連れていってもらった4歳の哲平。
店売りのお菓子や大好きなジェットコースターを堪能し、閉園時間まで遊んでから二人は遊園地をあとにした。

さて、その夜。
哲平が歓喜の声を上げる直前、{父が泣きながら見ていた窓の外の景色}はどんなものだろう?
25年12月01日 20:42
【ウミガメのスープ】 [らりぷす]



解説を見る
車は暴走する猪のように速度を上げ、踊るように崖から海に向かって突っ込んで行った。
唸る鉄塊は一瞬だけ空を駆けた後、項垂れるように落ちていく。


【「わあああああああ!!!」】


{哲平は先刻堪能したジェットコースターを思い出し}、スピードと浮遊感に無邪気な歓声を上げた。
父は迫る海面を前にして、咄嗟に強く目を閉じる。

直後、爆ぜるような着水の衝撃が車全体に響いた。

哲平の父が目を開くと、予想していた終わりは無く、2人を乗せた車両は静かに暗い海に浮かんでいた。
隣を見ると、哲平は先ほどの歓喜の叫びが嘘のように眠っている。正確に言えば、着水の衝撃で気絶したのだろう。

父親はほっと胸を撫で下ろしていた。

リストラに遭った。妻には逃げられた。
もはや愛する息子のためにすら、生きていく気力は無かった。
だから最後に、夏休み中の息子に遊園地の楽しい思い出をプレゼントして、二人で死のうと思ったのだ。

飛び込む直前、{フロントガラスの外に迫る海を見て、泣きながら謝った事}を思い出す。
あのときは確かに死ぬ決意があったのに、今は生き残ったことに安堵している。矛盾だった。

父が自身の弱さを責める中、ふとした異変に気づいた。

車両が、傾いている。

当たり前のことだった。車はいつまでも水上に浮かんでいられない。

脱出を試みたが、すでに水圧により封じられたドアはびくりともしなかった。
そのまま傾いた車両は海中に向かっていく。
フロントガラスが黒い水中を全面に映し出した時には、すでに父親は抵抗を止めていた。

隣を見ると、まだ哲平は眠っている。

死を覚悟する中、父は呟いた。




「────哲平は寝てる間で、良かったなぁ」





【簡易解説】

人生に絶望した父親は、最後に哲平に遊園地での楽しい思い出を与えた後、その帰りに車で海に突っ込んで心中しようとした。
アクセルを踏む直前、父はフロントガラス(=窓の外)に広がる{崖下の海}を見ながら、泣きながら哲平に謝った。
{投げ出された車の浮遊感にジェットコースターに似た楽しさを見いだし喜ぶ4歳の哲平}は、最期まで何も知らないままだった。