「ひみつのイヤフォン」「15ブックマーク」
ある日の昼下がり。
古びたテープレコーダーから流れ出すのは途切れ途切れの音。
その音を聴きながら、
《縁側に腰掛けてこのテープレコーダーを片手に日向ぼっこをする祖母が、いつもイヤフォンをしていたこと》を思い出した私は
“あの時”とは違う涙を流した。
では、“あの時”の涙の理由はいったい何だろうか?
古びたテープレコーダーから流れ出すのは途切れ途切れの音。
その音を聴きながら、
《縁側に腰掛けてこのテープレコーダーを片手に日向ぼっこをする祖母が、いつもイヤフォンをしていたこと》を思い出した私は
“あの時”とは違う涙を流した。
では、“あの時”の涙の理由はいったい何だろうか?
19年06月13日 01:24
【ウミガメのスープ】 [藤井]
【ウミガメのスープ】 [藤井]
解説を見る
【解答】
途切れ途切れの音は、幼き頃のピアノの発表会での私の演奏。たくさん間違えて聴くに堪えない失敗の演奏だった。
それを録音した母が祖母に聴かせようと再生した“あの時”、私は恥ずかしさや悔しさから祖母に聴かせるのが嫌で泣いた。
【解説】
私は幼き頃からピアノを習っていた。
小学1年生の頃、初めての発表会に挑んだ。課題曲には祖母の大好きな童謡『茶摘み』を選んだ。家で何度も何度も練習をし、ついに本番を迎える。
しかし当日私はひどく緊張していて、たくさん間違えてしまった。いつもはミスなく弾けるところも指が震えて何度もつっかえてしまい、聴くに堪えない演奏だった。どうにか最後まで弾き終えて礼をする。響き渡る拍手は全然嬉しくなんかなくて、私は泣きたい気持ちをこらえるのに必死だった。
客席で見守っていた母は私の演奏をテープに録音しており、帰宅後、あのひどい演奏を祖母に聴かせたのだ。
私は声を荒げて怒った。
「そんなの聴かせないでよ!!!!」
恥ずかしくて悔しくて涙が溢れた。あんなにたくさん練習したのに、あんなにたくさん間違えて……二度と聴きたくない演奏だ。祖母は私の背中を撫で、テープの再生を止めた。
それ以来、私の前でそのテープが再生されることはなかった。
歌が好きな祖母は日頃からよく童謡などを口ずさんでいて、たまに天気のいい日には縁側に腰掛けてテープレコーダーを片手に音楽を聴いているようだった。しかし、常にイヤフォンを装着していたので、祖母が何の曲を聴いているのかわからなかった。
私が近づいて隣に座ると、祖母はテープを止めてイヤフォンを外し、手遊びなどをたくさん教えてくれたものだ。
私は祖母が大好きだった。
季節は巡り、私は中学生になった。祖母は年々老衰により耳が遠くなり、声も出にくくなっているようだった。次第に部屋にこもりがちになり、縁側に置かれたテープレコーダーはついに再生されることがなくなってしまった。
私はふと、気になった。
祖母はイヤフォンで何の曲を聴いていたのだろうか?
興味本意でテープレコーダーを手に取り、イヤフォンを取り外して、再生ボタンを押す。
流れ出したのは、途切れ途切れのピアノの音。
聴くに堪えなかったあの日の私の演奏。
祖母はずっと、これを聴いていたのだ。
私が悔しさと恥ずかしさで泣き出したあの日から、私が傷つくことのないように、私に聴かれることのないように、わざわざイヤフォンをつけて。
「……おばあちゃんね、ウミコが発表会でその曲弾くって知ったとき、すっごく喜んだのよ」
いつの間にか後ろにいた母がそっと囁いた。
「おばあちゃんの好きな曲を選んでくれたことが嬉しくて仕方なかったみたいでね。ウミコにとっては失敗の演奏だったかもしれないけど、おばあちゃんにとってはとびっきりの宝物よ」
下手くそな演奏が終わり、拍手が響く。
それはとても温かくて、まるでその中に笑顔で手を叩く祖母の姿が見えるようで……
こらえきれず溢れる涙を、私は震える指で拭った。
途切れ途切れの音は、幼き頃のピアノの発表会での私の演奏。たくさん間違えて聴くに堪えない失敗の演奏だった。
それを録音した母が祖母に聴かせようと再生した“あの時”、私は恥ずかしさや悔しさから祖母に聴かせるのが嫌で泣いた。
【解説】
私は幼き頃からピアノを習っていた。
小学1年生の頃、初めての発表会に挑んだ。課題曲には祖母の大好きな童謡『茶摘み』を選んだ。家で何度も何度も練習をし、ついに本番を迎える。
しかし当日私はひどく緊張していて、たくさん間違えてしまった。いつもはミスなく弾けるところも指が震えて何度もつっかえてしまい、聴くに堪えない演奏だった。どうにか最後まで弾き終えて礼をする。響き渡る拍手は全然嬉しくなんかなくて、私は泣きたい気持ちをこらえるのに必死だった。
客席で見守っていた母は私の演奏をテープに録音しており、帰宅後、あのひどい演奏を祖母に聴かせたのだ。
私は声を荒げて怒った。
「そんなの聴かせないでよ!!!!」
恥ずかしくて悔しくて涙が溢れた。あんなにたくさん練習したのに、あんなにたくさん間違えて……二度と聴きたくない演奏だ。祖母は私の背中を撫で、テープの再生を止めた。
それ以来、私の前でそのテープが再生されることはなかった。
歌が好きな祖母は日頃からよく童謡などを口ずさんでいて、たまに天気のいい日には縁側に腰掛けてテープレコーダーを片手に音楽を聴いているようだった。しかし、常にイヤフォンを装着していたので、祖母が何の曲を聴いているのかわからなかった。
私が近づいて隣に座ると、祖母はテープを止めてイヤフォンを外し、手遊びなどをたくさん教えてくれたものだ。
私は祖母が大好きだった。
季節は巡り、私は中学生になった。祖母は年々老衰により耳が遠くなり、声も出にくくなっているようだった。次第に部屋にこもりがちになり、縁側に置かれたテープレコーダーはついに再生されることがなくなってしまった。
私はふと、気になった。
祖母はイヤフォンで何の曲を聴いていたのだろうか?
興味本意でテープレコーダーを手に取り、イヤフォンを取り外して、再生ボタンを押す。
流れ出したのは、途切れ途切れのピアノの音。
聴くに堪えなかったあの日の私の演奏。
祖母はずっと、これを聴いていたのだ。
私が悔しさと恥ずかしさで泣き出したあの日から、私が傷つくことのないように、私に聴かれることのないように、わざわざイヤフォンをつけて。
「……おばあちゃんね、ウミコが発表会でその曲弾くって知ったとき、すっごく喜んだのよ」
いつの間にか後ろにいた母がそっと囁いた。
「おばあちゃんの好きな曲を選んでくれたことが嬉しくて仕方なかったみたいでね。ウミコにとっては失敗の演奏だったかもしれないけど、おばあちゃんにとってはとびっきりの宝物よ」
下手くそな演奏が終わり、拍手が響く。
それはとても温かくて、まるでその中に笑顔で手を叩く祖母の姿が見えるようで……
こらえきれず溢れる涙を、私は震える指で拭った。
「ド忘れしました」「15ブックマーク」
「背伸びしたっていいよ。」「15ブックマーク」
伸び盛りの弟を持つ私は、家の柱に傷をつけては彼の身長を記録していた。
弟「ちぇっ、まだ全然だぁ。」
1ヶ月で5cmも伸びれば大したものだと思ったが、
弟はなんだか不満そうである。
私「じゃあこれ、おまけね。」
そう言って、私が弟の身長より少し高い場所に印をつけると、
弟は途端に怒り出した。
それは私の優しさだよって言っても聞いてくれない…一体なぜだろう??
弟「ちぇっ、まだ全然だぁ。」
1ヶ月で5cmも伸びれば大したものだと思ったが、
弟はなんだか不満そうである。
私「じゃあこれ、おまけね。」
そう言って、私が弟の身長より少し高い場所に印をつけると、
弟は途端に怒り出した。
それは私の優しさだよって言っても聞いてくれない…一体なぜだろう??
20年04月01日 21:28
【ウミガメのスープ】 [弥七]
【ウミガメのスープ】 [弥七]

Special Thanks!!! さなめ。さん^ ^
解説を見る
<解説>
簡易解答:ただ姉の身長を追い越す瞬間が見たいなら、お互い背中を合わせればそれでいい。弟は柱に私の身長を刻んだことを、「もうこの家に帰ってくることはない」という意思表示だと捉えたから。
春から県外の大学へ進学する私。家族との別れに寂しさを覚えつつ、弟が私の身長を追い越す瞬間が見られるように、【私の身長】を柱に刻んだ。すると弟は「寂しいっていう割に、帰ってくる気ないじゃん!」と怒り始めたのだった。
ーーーーーーーーーー
もし、もしも。
私が今抱いている感情が、私一人だけのものだとしたら。
それはとても、悲しいことだと思う。
「まあ、そうですよね。七海先輩くらいの成績だったら、進学しますよねー。」
「七海ちゃん、よく勉強してたもんね。」
「県外の大学だって??いいなー頭の良い子は。」
ああ、そういうもんなのかなって。
「ーーー私、東京の大学に行くんだ。」
私の一世一代の決心は、そうして、すんなりと周囲の人に受け入れられていった。
それは、家族に対しても同じことだ。
三者面談の日。
読み上げられた進路希望に、母は何も言わずただ頷いてくれた。家に帰って父にそのことを話すと、「お金のことは心配するな」と、たった一言交わしただけで終わった。
先生に何度教えられたことか。
「進路はよく考えること」「よく悩んで選ぶこと」
誰に勧められたわけでもない。自分の好きなものを選んで、絞って。その末に、私の将来はこれしかないと決めた。
私の中で、とても大切な決断だったのに。
しかしその結末は、あまりにあっさりしすぎていた。
どうして?
どうしてそんなにすっきりはっきり、感情を入れ替えれるのだろう??
私には理解できない。
だって、私が東京の大学に行くということは、つまりーーー
「……姉ちゃん!!聞いてんの!?」
はっと我に帰る。
私は家の柱の前でぼうっと立ち尽くしていた。隣では弟が壁に張り付いたまま私に向かって話しかけている。
「姉ちゃん、まだ??」
「ああ、ごめんね、すぐやるから。」
私は弟の身長に合わせて柱に傷をつけた。過去の自分とを交互に見比べながら、弟は不満そうに鼻を鳴らした。
「ちぇっ、まだ全然だぁ。」
1ヶ月で5cmも伸びれば大したものだと思ったが。それでも物足りないのだろうか??
台所にいた母がひょっこりと顔を出す。
「はあ〜男の子の成長期ってすごいね〜。制服、もっと大きいサイズにしておけばよかったね〜。」
「やだよ!だぼだぼしてダサいじゃん!!」
「新しく買うよりいいでしょうが。」
ああケンカしてる。いつもの家族風景だ。
私がいなくとも、きっと何も変わらないだろう。
「…今に七海の身長、追い越しちゃうかもしれないねえ。」
私は柱の方を振り返った。
不揃いに重ねられた、弟の成長の記録。なんとも誇らしく、そして悲しいのだろう。
私の身長を弟が越す瞬間を、私は見ることができないのだから。
強烈な寂しさに背中を押されて、私は再びナイフの柄を強く握った。
カリカリ…
「姉ちゃん、なにしてるの??」
「これ、おまけね。これでいつでも、比べられるでしょ。」
私は自分の身長を測って、柱に傷をつけた。
「やめろよ。」
急に肩を掴まれたので、私の傷は大きく曲がってしまった。誰の声だろうと思うくらい、真剣な口調で弟は言った。
「姉ちゃんって、ほんとずるいわ。試すようなことばっかりして。」
「え?」
「急に東京の大学に行くって言うから、みんなすげー心配して。
でも姉ちゃんが決めたことだから、そんな悲しい顔しないようにしゃんとしてたのに…。母ちゃんだって言ってたよ。ほんとに一人で生活できるのかって、寂しくなるって言ってたし。
でも姉ちゃんからは『寂しい』なんて一言も聞かなかった!!」
「……」
「俺、ずっと一緒だからまだわかんないけど、姉ちゃんがいなくなったらきっと寂しいと思う。けど、けどさ!!寂しいなら、帰って来ればいいじゃんか、戻って来ればいいじゃんか!」
「……ごめん。」
私は下を向いて、ただ謝った。涙が出るかと思ったからだ。
「謝ってばっかりだ、姉ちゃんなんて、もう知らねえよ。」
こんな調子で東京でやっていけるのかねえ、と母親のようなことを言った。そして、柱の方にぐいと私を押し付けた。もうすぐ私を追い越してしまう彼の身長が、ことさら大きく見えた。
「もういい、姉ちゃんは、東京で大人しく勉強でもしてろ。
……俺が迎えに行ってやるから待っとけ。」
いつの間に
人間というものは、人知れず成長してゆくものなのだろう。
随分と男らしくなったなぁ、なんて思いながら
こくりと、私は頷いた。
柱の傷は、おとどしの。
窓辺からそよそよとやってくる柔らかな風を感じながら、私はベッドの上でうんと背伸びをして周囲を見渡した。
私だけのテレビに、私だけの本棚。ソファの上のパーカーは、誰に片付けられることもなく無造作に、おとなしくそこにかけられている。
目覚まし時計が鳴る前なんて…全く行儀の良い時間に起きてしまったものだ。
(……どうして目が覚めてしまったのだろう?)
耳をすますと、繰り返し鳴っているインターフォンの音を、寝ぼけた私の頭がやっと認知した。
(ああ、なるほどね。)
私はスキップしながらリビングを後にした。
そう、きっとこれは、私の待ち望んでいた春の訪れ。
しかし決して悟られないようにどうぞ、と少しぶっきらぼうに玄関の扉を開ける。
「久しぶり、姉ちゃん。
やっと迎えに来たよ^ ^」
不意に口元が緩んだのを、私はちゃんと隠せただろうか??
いてっ、
などと言いながら戸枠に頭をぶつける彼が、小憎らしいほど愛らしかった。
(おしまい)(この物語は全てフィクションです。)
簡易解答:ただ姉の身長を追い越す瞬間が見たいなら、お互い背中を合わせればそれでいい。弟は柱に私の身長を刻んだことを、「もうこの家に帰ってくることはない」という意思表示だと捉えたから。
春から県外の大学へ進学する私。家族との別れに寂しさを覚えつつ、弟が私の身長を追い越す瞬間が見られるように、【私の身長】を柱に刻んだ。すると弟は「寂しいっていう割に、帰ってくる気ないじゃん!」と怒り始めたのだった。
ーーーーーーーーーー
もし、もしも。
私が今抱いている感情が、私一人だけのものだとしたら。
それはとても、悲しいことだと思う。
「まあ、そうですよね。七海先輩くらいの成績だったら、進学しますよねー。」
「七海ちゃん、よく勉強してたもんね。」
「県外の大学だって??いいなー頭の良い子は。」
ああ、そういうもんなのかなって。
「ーーー私、東京の大学に行くんだ。」
私の一世一代の決心は、そうして、すんなりと周囲の人に受け入れられていった。
それは、家族に対しても同じことだ。
三者面談の日。
読み上げられた進路希望に、母は何も言わずただ頷いてくれた。家に帰って父にそのことを話すと、「お金のことは心配するな」と、たった一言交わしただけで終わった。
先生に何度教えられたことか。
「進路はよく考えること」「よく悩んで選ぶこと」
誰に勧められたわけでもない。自分の好きなものを選んで、絞って。その末に、私の将来はこれしかないと決めた。
私の中で、とても大切な決断だったのに。
しかしその結末は、あまりにあっさりしすぎていた。
どうして?
どうしてそんなにすっきりはっきり、感情を入れ替えれるのだろう??
私には理解できない。
だって、私が東京の大学に行くということは、つまりーーー
「……姉ちゃん!!聞いてんの!?」
はっと我に帰る。
私は家の柱の前でぼうっと立ち尽くしていた。隣では弟が壁に張り付いたまま私に向かって話しかけている。
「姉ちゃん、まだ??」
「ああ、ごめんね、すぐやるから。」
私は弟の身長に合わせて柱に傷をつけた。過去の自分とを交互に見比べながら、弟は不満そうに鼻を鳴らした。
「ちぇっ、まだ全然だぁ。」
1ヶ月で5cmも伸びれば大したものだと思ったが。それでも物足りないのだろうか??
台所にいた母がひょっこりと顔を出す。
「はあ〜男の子の成長期ってすごいね〜。制服、もっと大きいサイズにしておけばよかったね〜。」
「やだよ!だぼだぼしてダサいじゃん!!」
「新しく買うよりいいでしょうが。」
ああケンカしてる。いつもの家族風景だ。
私がいなくとも、きっと何も変わらないだろう。
「…今に七海の身長、追い越しちゃうかもしれないねえ。」
私は柱の方を振り返った。
不揃いに重ねられた、弟の成長の記録。なんとも誇らしく、そして悲しいのだろう。
私の身長を弟が越す瞬間を、私は見ることができないのだから。
強烈な寂しさに背中を押されて、私は再びナイフの柄を強く握った。
カリカリ…
「姉ちゃん、なにしてるの??」
「これ、おまけね。これでいつでも、比べられるでしょ。」
私は自分の身長を測って、柱に傷をつけた。
「やめろよ。」
急に肩を掴まれたので、私の傷は大きく曲がってしまった。誰の声だろうと思うくらい、真剣な口調で弟は言った。
「姉ちゃんって、ほんとずるいわ。試すようなことばっかりして。」
「え?」
「急に東京の大学に行くって言うから、みんなすげー心配して。
でも姉ちゃんが決めたことだから、そんな悲しい顔しないようにしゃんとしてたのに…。母ちゃんだって言ってたよ。ほんとに一人で生活できるのかって、寂しくなるって言ってたし。
でも姉ちゃんからは『寂しい』なんて一言も聞かなかった!!」
「……」
「俺、ずっと一緒だからまだわかんないけど、姉ちゃんがいなくなったらきっと寂しいと思う。けど、けどさ!!寂しいなら、帰って来ればいいじゃんか、戻って来ればいいじゃんか!」
「……ごめん。」
私は下を向いて、ただ謝った。涙が出るかと思ったからだ。
「謝ってばっかりだ、姉ちゃんなんて、もう知らねえよ。」
こんな調子で東京でやっていけるのかねえ、と母親のようなことを言った。そして、柱の方にぐいと私を押し付けた。もうすぐ私を追い越してしまう彼の身長が、ことさら大きく見えた。
「もういい、姉ちゃんは、東京で大人しく勉強でもしてろ。
……俺が迎えに行ってやるから待っとけ。」
いつの間に
人間というものは、人知れず成長してゆくものなのだろう。
随分と男らしくなったなぁ、なんて思いながら
こくりと、私は頷いた。
柱の傷は、おとどしの。
窓辺からそよそよとやってくる柔らかな風を感じながら、私はベッドの上でうんと背伸びをして周囲を見渡した。
私だけのテレビに、私だけの本棚。ソファの上のパーカーは、誰に片付けられることもなく無造作に、おとなしくそこにかけられている。
目覚まし時計が鳴る前なんて…全く行儀の良い時間に起きてしまったものだ。
(……どうして目が覚めてしまったのだろう?)
耳をすますと、繰り返し鳴っているインターフォンの音を、寝ぼけた私の頭がやっと認知した。
(ああ、なるほどね。)
私はスキップしながらリビングを後にした。
そう、きっとこれは、私の待ち望んでいた春の訪れ。
しかし決して悟られないようにどうぞ、と少しぶっきらぼうに玄関の扉を開ける。
「久しぶり、姉ちゃん。
やっと迎えに来たよ^ ^」
不意に口元が緩んだのを、私はちゃんと隠せただろうか??
いてっ、
などと言いながら戸枠に頭をぶつける彼が、小憎らしいほど愛らしかった。
(おしまい)(この物語は全てフィクションです。)
「AIに不可能はないのだから」「15ブックマーク」
20XX年、繁栄を極めたAI技術はついに人型ロボットの個人所有を可能にした。
通称『ナナミ』と名付けられたそのアンドロイドは、優秀な演算能力と人間らしい柔軟な思考能力とをあわせ持ち、どのような状況においても最速かつ最善の選択をすることができる。
その利便性から徐々に一般家庭への普及も進み、カオルも『ナナミ』を購入した1人であった。
そんな『ナナミ』たちは月に一度、本社の建物に集められて試験を受ける。システムに劣化や故障がないか確認するために、大量の問題をいかに速く処理できるかを計測するのだ。
カオルの家の『ナナミ』は同型のロボットの中でも優秀な成績を維持していたが、ある月を境に底辺に近い結果を出すようになってしまった。
その報告を聞いたカオルが嬉しそうにしているのは、一体何故だろう?
20年05月17日 21:00
【ウミガメのスープ】 [「マクガフィン」]
【ウミガメのスープ】 [「マクガフィン」]

久々の出題は渾身の一杯。
解説を見る
『簡易解説』
ある日カオルに{婚約を申し込まれた}『ナナミ』は、毎月行われる{筆記試験}で自分の名前に添えて{カオルの名字}を記すようになった。
コンマ何秒を争うロボットの試験においてその{わずか数秒は命とり}だが、『ナナミ』が{結婚の申し出を受け入れてくれた}と感じたカオルは歓喜した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アンドロイドと人間は何が違うのか?
それは心を持つかどうかである。
では人間がアンドロイドに恋をするのは、おかしいことなのだろうか?
篠崎カオルの思考はいつもこの疑問に行き着いて止まる。その名前や中性的な容姿からよく女性に間違われる彼は自分の優柔不断な性格に悩んでいたが、その恋心だけは疑いようもなかった。
『ナナミ』を購入した数ヶ月前は、まさかこんな感情を抱くことになるとは思いもよらずにいた。職業柄効率的な事務処理が必要とされる彼にとって、その全てを的確にこなすロボットに興味を惹かれただけだった。
だが一つ屋根の下で毎日を共に過ごすうちに、いつしか彼女をただの鉄の塊だとは思えなくなっていった。いつでもカオルを助けてくれるその頼もしさに、時折見せる柔らかな笑顔に、それがプログラムに過ぎないことはわかっていても、胸の高鳴りを抑えられなかった。
毎月ナナミは試験を受けるためにカオルの家を離れて東京へ向かう。アンドロイドがわざわざ筆記試験なんて前時代的なと思うものの、いかにもロボットらしい演算処理に加えて、専属の係員が直接視認して歩く、話す、書くといった人間らしい動作に異常はないかをチェックするというのだから、あながち非合理的でもないのだろう。
しかしそんな一時の留守でさえ、カオルの心をかき乱すには十分だった。
だからある時カオルは、思いの丈をナナミに伝えることにした。夕飯の後に話があると改まった様子の彼を見て、彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。
{「あなたのことが好きです。僕と結婚してください。」}
カオルらしくどもりながらもハッキリとそう口にした。きっと彼女は困ったように断るのだろうと、心のどこかで思いながら。
気まずい沈黙の後、ナナミはゆっくりと口を開く。
「……すみません、私は明日、月例試験に行かなくてはいけないので、今日は失礼します。」
どこまでも無機質なその声は、彼女が閉めたドアの音は、2人の埋めがたい距離を冷たく示すようだった。わかってはいても、拒絶はやはり身にこたえる。カオルは肩を落としながら床についた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「E判定!?」
試験を終えて帰宅したナナミからの報告に、カオルは耳を疑った。
演算処理能力を中心とした月例試験においては、正答を出すことは大前提とされ、その速度を計測してシステムに不具合がないかを調査する。アンドロイドらしいハイレベルなテストでもカオルの家のナナミ・・・『ナナミ J20557』は優秀な成績を収めており、全国に数万台いる『ナナミ』の上位10%にあたるA判定から漏れたことはなかった。それなのに…
「E判定だなんて、最底辺に近い結果じゃないか、まさか、誤答を…」
「していません」
「じゃあ、演算能力が…」
「落ちていません」
「そ、それなら筆記スピードの劣化…」
「そのままです」
「な、なら一体、どうしていきなり成績が落ちたんだろう?」
「それは」
彼女はそこでふいと目を逸らした。
「それはきっと、名前が変わったからだと思います。」
「ん、名前?」
訝しげに首をひねるカオルに、ナナミは一枚の紙を差し出した。
それは月例試験の答案用紙だった。採点後すぐに返却された答案を眺めていたカオルの目は、ふと一点に釘付けになる。
『ナナミ J20557』
もはや見慣れた機体名に通し番号。しかしその横には見慣れぬ、いやむしろ見慣れすぎた二文字が記されていた。
『篠崎ナナミ J20557』
怒涛の進歩を遂げたAIによる試験はコンマ何秒を争うものだ。確かに無駄な漢字なんて書いていたら、一気に抜かれるのも当然と言えよう。
でも、これって……
「すみません、余計なことをしてしまいました。」
下を向くナナミに余計だなんてと紡ぎかけた声は、「でも」という彼女の言葉にかき消された。
「でも、仕方ないですよね。だって…」
「だって私たち、夫婦なんですから。」
はにかんだように笑うナナミは、他の誰よりも人間らしかった。
僕はこの笑顔を、守りたいと思う。人か機械かなんて関係ない。誰が何と言おうと僕が幸せにしてみせる。
きっと大丈夫だ。だって、
{愛に不可能はないのだから。}
ある日カオルに{婚約を申し込まれた}『ナナミ』は、毎月行われる{筆記試験}で自分の名前に添えて{カオルの名字}を記すようになった。
コンマ何秒を争うロボットの試験においてその{わずか数秒は命とり}だが、『ナナミ』が{結婚の申し出を受け入れてくれた}と感じたカオルは歓喜した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アンドロイドと人間は何が違うのか?
それは心を持つかどうかである。
では人間がアンドロイドに恋をするのは、おかしいことなのだろうか?
篠崎カオルの思考はいつもこの疑問に行き着いて止まる。その名前や中性的な容姿からよく女性に間違われる彼は自分の優柔不断な性格に悩んでいたが、その恋心だけは疑いようもなかった。
『ナナミ』を購入した数ヶ月前は、まさかこんな感情を抱くことになるとは思いもよらずにいた。職業柄効率的な事務処理が必要とされる彼にとって、その全てを的確にこなすロボットに興味を惹かれただけだった。
だが一つ屋根の下で毎日を共に過ごすうちに、いつしか彼女をただの鉄の塊だとは思えなくなっていった。いつでもカオルを助けてくれるその頼もしさに、時折見せる柔らかな笑顔に、それがプログラムに過ぎないことはわかっていても、胸の高鳴りを抑えられなかった。
毎月ナナミは試験を受けるためにカオルの家を離れて東京へ向かう。アンドロイドがわざわざ筆記試験なんて前時代的なと思うものの、いかにもロボットらしい演算処理に加えて、専属の係員が直接視認して歩く、話す、書くといった人間らしい動作に異常はないかをチェックするというのだから、あながち非合理的でもないのだろう。
しかしそんな一時の留守でさえ、カオルの心をかき乱すには十分だった。
だからある時カオルは、思いの丈をナナミに伝えることにした。夕飯の後に話があると改まった様子の彼を見て、彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。
{「あなたのことが好きです。僕と結婚してください。」}
カオルらしくどもりながらもハッキリとそう口にした。きっと彼女は困ったように断るのだろうと、心のどこかで思いながら。
気まずい沈黙の後、ナナミはゆっくりと口を開く。
「……すみません、私は明日、月例試験に行かなくてはいけないので、今日は失礼します。」
どこまでも無機質なその声は、彼女が閉めたドアの音は、2人の埋めがたい距離を冷たく示すようだった。わかってはいても、拒絶はやはり身にこたえる。カオルは肩を落としながら床についた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「E判定!?」
試験を終えて帰宅したナナミからの報告に、カオルは耳を疑った。
演算処理能力を中心とした月例試験においては、正答を出すことは大前提とされ、その速度を計測してシステムに不具合がないかを調査する。アンドロイドらしいハイレベルなテストでもカオルの家のナナミ・・・『ナナミ J20557』は優秀な成績を収めており、全国に数万台いる『ナナミ』の上位10%にあたるA判定から漏れたことはなかった。それなのに…
「E判定だなんて、最底辺に近い結果じゃないか、まさか、誤答を…」
「していません」
「じゃあ、演算能力が…」
「落ちていません」
「そ、それなら筆記スピードの劣化…」
「そのままです」
「な、なら一体、どうしていきなり成績が落ちたんだろう?」
「それは」
彼女はそこでふいと目を逸らした。
「それはきっと、名前が変わったからだと思います。」
「ん、名前?」
訝しげに首をひねるカオルに、ナナミは一枚の紙を差し出した。
それは月例試験の答案用紙だった。採点後すぐに返却された答案を眺めていたカオルの目は、ふと一点に釘付けになる。
『ナナミ J20557』
もはや見慣れた機体名に通し番号。しかしその横には見慣れぬ、いやむしろ見慣れすぎた二文字が記されていた。
『篠崎ナナミ J20557』
怒涛の進歩を遂げたAIによる試験はコンマ何秒を争うものだ。確かに無駄な漢字なんて書いていたら、一気に抜かれるのも当然と言えよう。
でも、これって……
「すみません、余計なことをしてしまいました。」
下を向くナナミに余計だなんてと紡ぎかけた声は、「でも」という彼女の言葉にかき消された。
「でも、仕方ないですよね。だって…」
「だって私たち、夫婦なんですから。」
はにかんだように笑うナナミは、他の誰よりも人間らしかった。
僕はこの笑顔を、守りたいと思う。人か機械かなんて関係ない。誰が何と言おうと僕が幸せにしてみせる。
きっと大丈夫だ。だって、
{愛に不可能はないのだから。}
「出られない男」「15ブックマーク」
男は車を静かに駐車場へと滑り込ませた。
後ろを確認しながら、慎重に車を停める。
手に取ったスマートフォンは白く光り、消えた。
男は体の力を抜き、所在無げにバックミラーを眺める。
それから数分。微かに聞こえている音は少しずつ大きくなる・・・
よし、と男はドアに手を掛けた。
その時、音がやんだ。
思わずドアから手を離す。
危ない危ない。もう失敗はご免だぞ。
男は深く座り直すと、そっと息をついた。
音は再び聞こえ始めている。
念には念を、だよな。
さて、男はいったい何をしようとしているのだろうか?
状況を推理してみて欲しい。
後ろを確認しながら、慎重に車を停める。
手に取ったスマートフォンは白く光り、消えた。
男は体の力を抜き、所在無げにバックミラーを眺める。
それから数分。微かに聞こえている音は少しずつ大きくなる・・・
よし、と男はドアに手を掛けた。
その時、音がやんだ。
思わずドアから手を離す。
危ない危ない。もう失敗はご免だぞ。
男は深く座り直すと、そっと息をついた。
音は再び聞こえ始めている。
念には念を、だよな。
さて、男はいったい何をしようとしているのだろうか?
状況を推理してみて欲しい。
20年05月26日 17:57
【ウミガメのスープ】 [名無します]
【ウミガメのスープ】 [名無します]

SP靴下さんに最大級の感謝を。
解説を見る
【簡易解説】
男は、後部座席の息子(子ども)が完全に寝入るのを待って自宅に連れて帰ろうとしている。
以前、眠りの浅いうちに抱き上げて起こしてしまい、その後寝かしつけるのに苦労したことがあるため、かなり慎重になっているのである。
寝息が一瞬途切れただけでビクつくほどに。
【解説】
マンションの駐車場に着いた、と夫からメールがきた。続けて、念のためもうちょっと車の中で待つよ、と。
私は思わず吹き出してしまった。
かなり慎重になってるみたい。まあ、無理もないか。
先日、下の娘の世話をする私を残して、夫は2歳の息子を連れ、車で小一時間のところにある私の実家までドライブ旅行に出かけた。
今日と同じように。
二人だけのお出かけは初めてとあって、夫は少し緊張した様子ながらも、「なんだか王子さまのお供で冒険に行くみたいな気分だなあ」と嬉しそう。
パパ大好きの息子も、いつもよりはしゃぎ気味で出発。
おじいちゃん、おばあちゃんと楽しい時間を過ごし、晩ご飯をごちそうになって、そして二人の冒険は無事ゴールを迎える・・・はずだったのだけれど。
マンションの駐車場まで帰りついた夫は、長旅に疲れて小さく寝息をたてている息子をチャイルドシートから降ろそうとしたのだが、どうやら眠りがまだ浅かったらしい。
寝入り端を起こされた息子はグズりだした。さらに、思いがけない展開にうろたえる夫の不安が伝染して、息子はたちまちギャン泣き。
そうなったら男の人はもう無力だ。
身をよじって泣く息子に顔をペチペチと叩かれながら、夫はショボンと帰ってきた。
それから一時間近くかけてなんとか寝かしつけたのだけど、その間、夫は私と息子に交互に謝っていた。
それがトラウマになったみたい。
今日も出掛けに「今日は楽しく終わりたいなあ」と情けない顔で言っていた。
大丈夫。泣いたって怒ったって、あなたの息子はパパとの冒険をきっと楽しんでいますよ。
よーし。寝床はできたし、お風呂も沸いた。パパのビールも冷えてます。下の娘は白河夜船。あとは二人を待つだけだ。もしも泣いて帰っても、私がなんとかしようじゃないか。
さてさて、今夜の首尾はどうかな?
チャイムが鳴った。
私は立ちあがり、玄関に向かう。
おかえりなさい、王子さま。
そして。
パパ、お疲れさまでした。
男は、後部座席の息子(子ども)が完全に寝入るのを待って自宅に連れて帰ろうとしている。
以前、眠りの浅いうちに抱き上げて起こしてしまい、その後寝かしつけるのに苦労したことがあるため、かなり慎重になっているのである。
寝息が一瞬途切れただけでビクつくほどに。
【解説】
マンションの駐車場に着いた、と夫からメールがきた。続けて、念のためもうちょっと車の中で待つよ、と。
私は思わず吹き出してしまった。
かなり慎重になってるみたい。まあ、無理もないか。
先日、下の娘の世話をする私を残して、夫は2歳の息子を連れ、車で小一時間のところにある私の実家までドライブ旅行に出かけた。
今日と同じように。
二人だけのお出かけは初めてとあって、夫は少し緊張した様子ながらも、「なんだか王子さまのお供で冒険に行くみたいな気分だなあ」と嬉しそう。
パパ大好きの息子も、いつもよりはしゃぎ気味で出発。
おじいちゃん、おばあちゃんと楽しい時間を過ごし、晩ご飯をごちそうになって、そして二人の冒険は無事ゴールを迎える・・・はずだったのだけれど。
マンションの駐車場まで帰りついた夫は、長旅に疲れて小さく寝息をたてている息子をチャイルドシートから降ろそうとしたのだが、どうやら眠りがまだ浅かったらしい。
寝入り端を起こされた息子はグズりだした。さらに、思いがけない展開にうろたえる夫の不安が伝染して、息子はたちまちギャン泣き。
そうなったら男の人はもう無力だ。
身をよじって泣く息子に顔をペチペチと叩かれながら、夫はショボンと帰ってきた。
それから一時間近くかけてなんとか寝かしつけたのだけど、その間、夫は私と息子に交互に謝っていた。
それがトラウマになったみたい。
今日も出掛けに「今日は楽しく終わりたいなあ」と情けない顔で言っていた。
大丈夫。泣いたって怒ったって、あなたの息子はパパとの冒険をきっと楽しんでいますよ。
よーし。寝床はできたし、お風呂も沸いた。パパのビールも冷えてます。下の娘は白河夜船。あとは二人を待つだけだ。もしも泣いて帰っても、私がなんとかしようじゃないか。
さてさて、今夜の首尾はどうかな?
チャイムが鳴った。
私は立ちあがり、玄関に向かう。
おかえりなさい、王子さま。
そして。
パパ、お疲れさまでした。