【正解を創りだすウミガメ】ほうき星をナントヤラ【第38回】

「明日は雨が降るから、決してワジには近付いてはいけないよ」

そう親切な老人が教えてくださった。日本でも亀の甲より年の功(29)というように、老人の言うことは本当に正しいことだった。
ワジとは砂漠を流れる涸れ川のことだ。涸れ川というだけあって、普段は川底に足が届く(2)、というかそもそも水が流れていない。しかし、舐めていては恐ろしい目に遭う。一度上流で激しい雨が降ると、大量の泥水が鉄砲水となって襲ってくるのだ。
もしあいつがこの知識を知っていたら、もしあいつが優しい老人に出会っていたら。もう会えないあいつに思いを馳せる――


あいつ、賢治と私が出会ったのは中学一年生のとき。星を見るのが好きだった私たちはすぐに意気投合し、親友になるまでそう長い時間はかからなかった。
賢治が家族について話してくれることは少なかったが、祖父についてだけはよく話してくれた。

有名な童話作家の宮沢賢治には、それを真似する二匹目のドジョウがたくさん現れた(7)そうだが、賢治の祖父もその一人だったのだという。宮沢賢治風童話作家であり、孫に同じ名前をつけるほどに宮沢賢治のファンでもあったその祖父は、いつも賢治に宮沢賢治を読み聞かせていたらしい。
その祖父は、賢治が小さい頃に亡くなってしまった。死ぬ直前に、こんなことを言っていたのだとか。
「人が死んだら、銀河鉄道に乗って星になるんだ」
「でもそれじゃあ星は毎日どんどん増えていくってことになっちゃうよ」
「いいや、その星は死んじゃった人の大切な人しか見ることができない星なんだ。カメラで撮ることもできない、裸眼じゃないと見ることができない(32)星なんだよ。
私が死んだ後、賢治が空に正体不明の(22)星を見つけたら、それを双眼鏡から覗いてごらん。もし双眼鏡に星が映らなければ、その星はきっと私だよ」

それから毎日星になった祖父を探すために、祖父の形見の双眼鏡で星を見ていたのだという。
その双眼鏡は賢治が大学生のときに残念ながら壊れてしまったが、「俺が死んだら墓に入れて欲しい」と言って私に預けてくれた。


祖父を見つけるための天体観測は、中学の頃には趣味となり、大人になった後は仕事となった。賢治はなんと天文学者になったのだった。
天職についた賢治は本当に楽しそうで、仕事と趣味を兼ねて世界中の星空を訪ね歩いていた。

そしてある年、サウジアラビアの砂漠の星空を見に行った賢治は、そのまま帰らぬ人となってしまった。
ワジの近くでテントを張ってしまった賢治は、雨が降るまで寝過ごしてしまい(18)、目を覚ましたときには鉄砲水に飲み込まれたいたのだろう。下流で発見されたテントの残骸からそう推測されたが、遺体は発見されなかったため真相は不明だ。


賢治が死んだ後、賢治の両親と初めて会った。両親は賢治が死んだということを信じられずにいて、賢治がいなくなったのは鬼の仕業で(14)、きっと鬼に攫われたのだと主張した。
流石に非現実的すぎるその主張に、「現実が認められないからといって、非現実的な存在のせいにしているわけにはいきません。それにもしそれが正しくても、魑魅魍魎(26)を相手に賢治を取り返すことなど不可能でしょう」と反論した。
すると両親は「奴らに勝つ算段はあります(33)。神(38)に祈るのです」などと言い出した。
賢治が両親について話そうとしない理由が分かった気がした。

賢治の両親が何を信じようと構わないが、少し困ったことがあった。賢治の死を信じようとしない彼らは、賢治の墓を建てなかったのだ(11)。
これでは賢治との約束を果たす事ができない。思い出の双眼鏡を墓に埋めようと思っても、墓がなければ埋められるはずがない。


どうやって賢治に双眼鏡を届けようか、思い悩んだ私はサウジアラビアの地を訪れた。


――そして、今に至る。
明日は雨だと老人は言っていた。彼の忠告を反故にしてしまうのは申し訳ないが、賢治の思い出の双眼鏡をカバンに入れ、ワジの近くへ向かう。
賢治が死んだのと同じ川に双眼鏡を投げ捨てれば、賢治に届くのではないかと考えたのだ。

ワジのほとりで、雨が降り出すのを待つ。やがて降り出した雨は鉄砲水としてワジを流れ、辺りには轟音が鳴り響く。
巨大な質量を持った存在が轟音を響かせながら通り過ぎるそのさまに、まるで大きな列車(15)が目の前を通ったかのように錯覚した。途端に私が銀河鉄道を想像してしまったのも無理のないことだと思う。

私は暫し呆然としていたが、ここに来た目的を思い出してカバンから双眼鏡を取り出す。
「賢治、受け取ってくれ！」
そう言って双眼鏡を濁流に向かって全力で投げ込む。この銀河鉄道が、双眼鏡を賢治の元に届けてくれるはずだ。


そういえば、『銀河鉄道の夜』で主人公ジョバンニの親友カムパネルラは川に溺れて死んでしまうのだったと思い出す。
死んでしまったカムパネルラを銀河鉄道に乗って空まで送り出す物語なのだと賢治が説明していた。

太陽系の第３惑星(37)である地球からずっとずっと先で(8)、見知らぬ星がきらりとひかった(5)。そんな気がした。 [編集済]

2＋

【簡易解説】
川の氾濫で命を落とした親友の墓に、生前彼が大事にしていた双眼鏡を埋めようと思ったが、遺体が見つからなかったため墓が存在しなかった。
そこで彼が死んだ川に双眼鏡を投げ捨てようと決めたが、その川は普段は水が流れない涸れ川であったため、雨が降るまで待つ必要があったのだった。

【使用要素】
15個全部

完

　ピロン。かすかな音が耳に届き、スマートフォンに手を伸ばす。通知を見ると、近所のドラッグストアのLINEアカウントだ。どうせまた使えぬクーポンが届いたのだろう。あとで適当に既読だけつけておけば良い。問題は、ロック画面上部に大きく表示された現在時刻。
「しまった……！」
　すっかり寝過ごしてしまったらしい。(18)急がなくては。

〜〜〜〜　　〜〜〜〜

　まずは、食事の用意。夕方から降りだした雨で暗くなるのが早かった分時間感覚が狂ったのか、いつもより遅い時間だ。
　用意と言っても大したことはしない。作りおきのおかずを二、三品温めるだけ。風通しを意識してというよりおそらくただの横着で部屋とキッチンを遮るはずの扉は開けたままだ。
　温めおわれば机に運んで、テレビを見ながら食事を始める。今日はご飯も温めたが、茶碗に盛りなおすことはなく保存容器からそのまま食べる。やはり横着だ。
　ふと窓に視線を向ける。雨もあるが、そもそもとうに日が落ちている時間、外は暗闇だ。それが見えるということはつまり、カーテンが開いているということ。それどころかレースのカーテンにも隙間がある。当然部屋の電気は点いている。
　箸を置いて立ち上がり、きちんとカーテンを閉める。……つもりであろうと、どうしても少しばかり隙間ができてしまう。
　とはいえ、その程度では電気が点いているか否かしか分からないから、意味がない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


　明日は朝には晴れ間が覗きますが、夕方から雨になるでしょう。昨日の天気予報に、久しぶりのチャンスだと胸が踊った。
　晴れの日ならば、電気を点けるのは日が落ちてから。朝から雨が降っていれば、カーテンを開けることはない。
　朝の晴れ間にカーテンを開け、昼から徐々に暗くなり電気を点ける日。それが一番、油断が生まれる。
　すなわち、カーテンを開けたまま部屋の電気を点けることになるのだ。
　
　双眼鏡を用意し、目覚めた朝。果たして予報通り、朝日が差し込んでいた。どの家もカーテンを開け放っている。
　三階のあの部屋など、レースのカーテンも半分ほど開いている。(37)夜を待たずとも丸見えだ。無論、そんな危険は侵さないが。
　あちらの家は洗濯物を干している。天気予報を見ていないのか、夕方までに取り込むつもりなのか。どのみち取り込んだタイミングでカーテンを閉めるだろうから、あの家は駄目だ。
　目星をつけながら、昼過ぎ。未だ外は明るい。暗くなるまで今少し、仮眠でも取ろう。


　そうして見事に寝過ごして、いつも世話になっている横着なひとり暮らしの部屋にもカーテンを閉められてしまった。
　仕方ない、次を探そう。一度双眼鏡を目から話そうとしたところで、視界の端で何かが光った。(5)
　はてと見渡すと、朝に目をつけていた三階の部屋のようだ。流石にレースのカーテンは閉まってはいるが、僅かな隙間から鏡でも反射したのだろう。さて、拝見。
　


　家の中の人物がどのようなパーソナリティか、なんてことに興味はない。年齢も、容姿も、趣味も好みのタイプも、性別も。
　とはいえ隙のある人間というのは、少なくはないが多いわけでもない。何度も繰り返していれば当然同じ人間の生活を垣間見、人となりも見えてくるもの。
　あの横着な女は、そろそろ潮時だ。相手が見えてしまえば、面白くない。正体が不明であればこそ、垣間見は面白いのだ。(22)
　隙を見せれど正体を見せぬ間だけの、儚い関係。(11)俺が求めるのはそれだけだ。これからも、ずっと。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


　遠くから、サイレンの音が近づいてくる。


（おわり）
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【簡易解説】
覗きの常習犯である男。雨の日はカーテンを開けたまま電気が点けられる家が多いため、男は翌日の覗き活動に備えて双眼鏡を用意した。

【使用要素】5個／約1625字
②きらりとひかりますか？(5)
⑤はかないですか？(11)
⑧寝過ごしましたか？(18)
⑨正体不明ですか？(22)
⑭3ですか？(37) [編集済]

「あ～した　てんきに　な～あれ！」

靴で天気占いをする息子。
しばらくすると、裸足のまま嬉しそうに駆けよってきた。(11)
我が子のきらりとした笑顔は、やはり同世代の中でもひと際輝いて見える。(5)

「ねえパパ見て！あした雨だよ！」
「ん？どれどれ～？」

3年生の中でいちばん足が速い息子。(37)
その健脚から、靴はかなり遠くへ飛んでいた。(8)
ちょうど手元にあった双眼鏡で確認してみる。
うん、確かに裏向きだ。神さまによると明日は雨になるらしい。(38)



「しかし息子よ、なんで雨だと嬉しいんだ？」
「だって、運動会の片付けめんどくさいんだもん…。」

-終-　要素5個/本文約250文字