【正解を創りだすウミガメ】投票会場【第48回】

☆エキシビションその１『背信開始に捧げる』


ポストの底で軽い衝突音がころんっとなったとき、私の全身には高揚という血液が流れていた。

やった、やった。私はついにやり遂げた。なんの取り柄もなく生き、閉塞的な心に支配された私が、ついにレイトに、大好きな子にチョコを渡すことができた。

私のバレンタインは、見事に成功に終わったのだった。

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千夜越レイト(ちよこえ れいと)。三年前に華々しくデビューした、今や超有名な男性配信者である。

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帰宅する電車の中で、手慣れた動作でツイッターを確認すると、レイトがこんなツイートをしていた。

『えー、今日は至って普通の日ですが、無性に悲しいので深夜配信をします。探さないでください。』

返信：

美月☆＠チョコレー党「配信了解！」

ふらんす🍫「あっ…。」

三階の虫🍫🧢☂️「何もなかった、いいな？」

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千夜越レイトはデビュー当時から「モテないキャラ」をこすり続けている(21)ので、バレンタイン当日も「チョコが一つももらえなかった」という文脈がファンの間で共有されている。ちなみに、チョコレートが名前の由来である彼のファンネームは「チョコレー党(34)」、ファンマークは🍫である。

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返信欄には、レイトの必死のキャラ作りに踊らされているイタい(27)にわかファンが群がっている。哀れなことに、きっと三年前のデビュー時か、それよりもっと遅くからしかレイトを知っていなかったのだろう。

このファンたちに、レイトは「千夜越レイト」になる前の名前「はすむ」の頃から配信予定を破ったことがない(5)、なんてことを教えたら嫉妬するだろうか。

「モテない」とひたすら豪語するレイトに、「私だけがチョコを渡せたと教えたら」、嫉妬するだろうか。

そのはずだ。それでいい。

レイトのことを一番わかってあげられるのは、この私なのだから。私が、この私が、誰よりもレイトを愛しているのだから。

そうして、私はレイトの配信予定枠をリマインドしておく。一年前のゲリラ配信をリアタイできなかった傷はまだ癒えない(15)。もう二度と、彼の配信を見逃すまい。

レイトの傾向からして、「朝まで」と言いつつ眠気の限界に達する４時頃に配信は終わるだろう。今日はそれまで、勝利の高みで他のチョコレー党を見物するのである(問題文)。

配信予定枠のチャットを開き、お金のマークのボタンを押し込む。今日はざっと一万か。「投げ銭機能」に一旦打ち込んだ金額を見て思案する(2)が、私は金額をその五倍に釣り上げて送信した。無論、一回に投げられる上限金額。

今日は、やっと私の思いが実った記念日なのだから、盛大に行こう。そう心に決めた。

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配信が始まって十数分。戸締りを確認してくる旨を伝えて配信を一旦離脱したレイトに、私は思わず歓声を上げた。珍しくこんな深夜まで起きている妹にうるさいと諭されるが、身体の奥底から溢れる興奮は抑えが効かない。

レイトは鍵をしっかり閉めていたはずだった(3)。だって、さっき家に行ったとき確認したから。

こんな情報は、レイトの家を特定できた私しか知らない。これ以上ない優越感で、喜びが有頂天に達しそうだ。

しかし、きっとまだご褒美は待っている。

戸締りのついでに、レイトはポストを確認するだろう。そこには、私の作った手製のチョコが入っている。

早く、それを持って、配信の場に戻ってきて。

私のありったけの思いを、レイトの配信で見せて。

他の有象無象のチョコレー党は放って、私と一緒に。

ああ。レイトが帰ってきた。

彼は素直な子だから。

昔から、思ったことをすぐに言っちゃう。

私への思いも、正直に。

ほら、今ちょうど。

ポストに入ったチョコレートの。

はなしが

でて

きて

『咲あれ🍫 ¥50,000』
「それは、私からの愛のチョコです。ずっと一緒に」

『咲あれ🍫 ¥50,000』
「いようね。約束だよ。」

『咲あれ🍫 ¥50,000』
「ねえ。前みたいに。」

『咲あれ🍫 ¥50,000』
「こっちを向いて。」





[ライブストリームはオフラインです]



【簡易解説】
ある配信者の大ファンの女の子が、バレンタインまでにその配信者の家を特定し、当日にチョコをポストに投函した。その配信者が配信をするというので、自分だけが他のファンと違ってチョコを渡せたという優越感に浸りつつ、配信が終わるであろう深夜４時まで起き、配信を見ようと思った。

（終わり）




☆エキシビションその２『春の嵐と予報はずれ』


私は決して、決してこの爆弾の管理を怠ってはいけない。

カバンの中に潜んでいる、このチョコレート。

もちろん、もし友達にバレたらからかい嵐の木枯らし荒らしでは済まないというのもある。親友でもあるが、噂話に恋話の中毒である菜月ちゃんに見つかった場面を想像すると、散々私の気持ちの妄想を語りきっかけを訊き、最後には肘で私の脇腹をつっつき手を握って鼓舞し…。の手の感触まで容易に想像がついて恐ろしくなる。

しかし、本当にバレてはいけないのは菜月ちゃんではない。先生だ。

私の学校では、校則でバレンタインチョコの持ち込みが禁止になっている。風紀の乱れがどうこうと。けちくさい。

そういって、どうせ先生たちだって職員室でチョコの配りの一つや二つ、していると思うんだけど。学校で唯一、チョコが舞い散る空間に思いを馳せ、羨望が渦巻く。これが権益のなせる密室のチョコレート”パーティー”、いやチョコレー党(34)なのか。

私だって、菜月ちゃんのからかいセンサーや先生の校則センサーに引っかかってまでこんな恥ずかしいイベントに馳せ参じる気はなかった。好きの気持ちは、しまい込むうちが嶺中の花だと思っていたんだけど、チョコを期待する話声を背に受けてしまっては、頭の片隅に這い寄る一撃の応酬に耐えられなくなる。

決して得意でもない料理の腕を奮って、思いをも包み込んだチョコの爆弾。これを死守して華々しく歩くのが、私の今日の議題だった。

だったんだけどね…。

授業が終わるまで、決して表に出さなかったそのグレネードは、放課後のいざってときに爆発した。いや、いざってときまで来たから、ついつい油断がこちらを向いたのかもしれない。

下駄箱前。意中の子がもうすぐ来るだろうという時間に、私は不意に声をかけられた。

あの、宮本さん。

先生の声。さっきまでとは違うドキドキに支配され、慌てて飛び上がって頭をぶつける。

せ、先生っ。あの。

私はその瞬間、自分の愚を露呈させた今までに気がついた。しっかり閉めていたはずだった(2)のに。カバンのチャックが開いて、ルビーのように場違いに輝く包装が見えていたのだった。

それは…。校則で禁止だと、昨日も伝えましたよね？

冷静に指摘する先生の切長な視線が痛い(27)。そうだ。これはゲームオーバー。一瞥の報いが一蓮托生の仕舞いの合図。意中の子にチョコを渡すというかくて単純なイベントを遂行できなかった自分は、思い尽きせじにも散る運命にある。そう思って、先生に潔く爆弾を差し出す。

先生は、そんな私を見て、呆れたように言った。

他の先生が来ないうちに、ね。

それだけ。言い残して、下駄箱を去っていった。

何が起きたかわかっていない私に、先生の退出を待っていたかのようなベストタイミングで、意中の子がやってきた。

あっ、先輩！

短く叫ぶと、さっき下駄箱にぶつけた頭に痛みが走る。癒えない傷(15)を置き去りに、考えていた言い訳など全てすっ飛ばして、これだけ言って足早に帰った。

これです！好き、ですっ！

爆弾処理班に任命された先輩の顔なんか、私には見ている暇はない。

疾走の源である恥ずかしさとは別に、私には嬉しさも舞い降りた。形はどうあれ、バレンタインに成功した！返事とかややこしいことは抜きにして、それだけで十分だった。

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自分の部屋まで戻った私が課題に立ち向かう勇を鼓する(21)に至ったのは、二つの原因があった。

一つは、チョコ作り。

下手な料理を試行錯誤し、ようやく築き上げたあのチョコレート。武勲の裏には、数学の課題という尊い犠牲がそっちのけだったということ。

キッチンの片付けが終わった今、その犠牲を弔う時が来ているのである。

もう一つは、先生。

私の校則違反を見逃してくれた先生の出した課題が、その数学の課題なのだ。

後から思い返すと、先生への感謝の念が絶えない。見逃してくれた先生との約束を破る訳にはいかない。約束は守る(5)。その姿勢を取り戻して、先生へのお礼にしたい。

こんな理由あって、私は夜もふける中、商品の値段から関数を導出しようと思案(2)する課題と格闘している。

この量だと、今からでも４時間はくだらない。

そんな目算を立てた私は、４時までの半徹を固く決意したのだった(問題文)。

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【簡易解説】
チョコを作ってきたはいいものの、先生に見つかってしまった女の子。本当は校則的に禁止のはずだが、優しい先生は見逃してくれた。かくして無事にチョコを渡せた女の子は、先生に恩義を感じたため、チョコ作りに必死になって全くやっていなかった課題を早く終わらせるために、課題が終わる予定の４時まで半徹しようと決めた。

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その翌日の朝のこと。

眠い目を擦っていた私の下駄箱の前にいたのは、意中の子。

先輩は、昨日のチョコの返事をくれた。

え、その結果は？

みんなには、そこまで教える必要もないだろう。

ただ一つ言えることは…。

菜月ちゃんのからかい嵐は、思ってた３倍はあった、ってこと。

（終わり）