夏の夜に月を眺める女。
その月が満月であった為に私は彼女に刃物の切っ先を向けた。
状況を説明してください。
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創りだすを愛する紳士淑女の皆様、良い夜だネ。
どうも、1年少しぶりに第肆拾伍回正解を創りだすウミガメの司会を務めさせてもらうOUTISだヨ。よろしくどうぞ。
** 前回はこちらだヨ **
https://late-late.jp/mondai/show/16974
第肆拾伍回…不吉な肆を除けば拾伍。
拾伍といえば十五夜満月…なんてネ。
夏は夜、なんていったのは誰だったカ、風流とは程遠い熱帯夜による猛暑…酷暑…否、獄暑の現代を生きる皆様へ、余白に踊る言の葉の上だけでも幾ばくかの涼を感じられるような問題文をご用意できていれば幸いだヨ。
ちなみに、芒という字は鋭利な物の先端といった意味も持っているらしいネ。
※「正解を創りだすウミガメ」って何?という方はこちらを参照してネ→https://late-late.jp/secret/show/d8MCaJqldjB6JV9SOlry2do4DhGUmmpYsCcIDbNu04c.
※主催からの連絡や「創りだす」への疑問はこちらを参照してネ→https://late-late.jp/secret/show/2wgwozfnBGIHYj6XOBB5pAp1m5T6aQIf2Ii8bKsEboA.
★★ 1・要素募集フェーズ ★★
[8/5(金)22:00~質問が40個集まるまでだヨ]
まず、正解を創り出すカギとなる質問(要素選出)をして頂くヨ。
☆要素選出の手順
①出題直後から、YESかNOで答えられる質問を受け付けるヨ。質問は1人4回までで頼むヨ。
②皆様から寄せられた質問の数が40個に達すると締め切りだヨ。
全ての質問のうち"5個"を出題者の独断、さらに"5個"をランダムで選ぶヨ。合計10個の質問(=要素)が選ばれ、「YES!」の返答とともに良質がつくヨ。
良質以外の物は「YesNo どちらでも構わないヨ」と回答するヨ。こちらは解説に使わなくても構わないヨ。
※矛盾が発生する場合や、あまりに条件が狭まるものは採用しないから、注意してネ。
▼矛盾例
田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね?(先に決まった方優先)
▼狭い例①
ノンフィクションですか?(不採用)
▼狭い例②
登場キャラは1人ですか?(不採用)
▼狭い例③
ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)
要素が揃った後、問題文と共にまとメモに要素を書き出すヨ。
★★ 2・投稿フェーズA ★★
[要素決定~8/21(日)23:59]
要素が決定したら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズA』に移行するヨ。
各要素を含んだ解説案を投稿してネ。
らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだそうネ!
※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖版・ラテシン版)」も参考にしてネ。
** ラテシン版 **
http://sui-hei.net/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
** らてらて鯖 **
https://late-late.jp/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
☆作品投稿の手順
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成してネ。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまうヨ。
コピペで一挙に投稿を心がけてネ。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してネ。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があるヨ。
しばらく時間をおいてから再び確認してネ。
③まずタイトルのみを質問欄に入力してネ。
後でタイトル部分のみを[良質]にするヨ。
④次の質問欄に本文を入力してネ。
「長文にするならチェック」がなくなったから、私が長文許可を忘れてなければそのまま質問欄にて改行込みでのコピペが可能のはずだヨ。
⑤本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてネ。
⑥ロスタイムに投稿する場合はタイトルに<ロスタイム>とつけてネ。
⑦次回主催者辞退制度、今回も採用するヨ。もしシェチュ王になっても主催を辞退したい場合は投票会場やミニメールなどで主催に伝えてネ。
★★ 3・投稿フェーズB ★★
[8/22(月)0:00~8/28(日)23:59]
今回は本来の投稿フェーズが終わっても更にもう1週間夏休みスペシャルという事で投稿フェーズを設けるヨ。
このフェーズで投稿された作品は、投稿フェーズAで投稿されたものと同様に投票対象になるけれど、シェフ参加賞のコインの対象にはならないヨ。注意してネ。
ただし、投稿フェーズAでも投稿されていた場合にはシェフ参加賞のコイン対象になるヨ。
また、この期間の後でも従来通りメイン投票対象外となるロスタイム投稿は受け付けるヨ
★★ 4・投票フェーズ ★★
[投票会場設置後~9/6(土)23:59]
投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行するヨ。
お気に入りの作品、苦戦した要素に投票してネ。
☆投票の手順
①投稿期間終了後に別途、「正解を創りだすウミガメ・投票会場(闇スープ)」を設置するヨ。
②作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、気に入った作品に投票できるヨ。
※ロスタイム、投票対象外作品を投稿したシェフも、持ち票は3票とするヨ。
その他詳細については投票会場に記すヨ。
※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構わないヨ。
※自分の作品に投票は出来ないヨ。その分の票を棄権したとみなすからネ。
※投票自体に良質正解マーカーはつけないヨ。
③皆様の投票によって、以下の受賞者が決定するヨ。
◆最難関要素賞(最も票を集めた要素)
→その質問に[正解]を進呈
◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品)
→その作品に[正解]を進呈
◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計)
→全ての作品に[正解]を進呈
見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題してもらうヨ!
※票が同数になった場合のルール
◆最難関要素賞
◆最優秀作品賞
→同率で受賞だヨ。
◆[シェチュ王]
獲得票数が同率の場合、最も多くの人数から票を獲得したシェフが受賞するヨ。(投票者の頭数だネ。)
それでも同率の場合、出題者が事前に投じた3票を計算に入れて、再集計するヨ。
それでもなお同率の場合は、最終作品の投稿が早い順に決定させてもらうヨ。
■■ タイムテーブル ■■
☆要素募集フェーズ
8/5(金)22:00~質問数が40個に達するまで
☆投稿フェーズA
要素選定後~8/21(日)23:59まで
☆投稿フェーズB
8/22(月)0:00~8/28(日)23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後~9/6(土)23:59まで ※予定
☆結果発表
9/7(日)00:00 ※予定であって、遅れる可能性は十分にあるヨ
◇◇ コインバッジについて ◇◇
シェチュ王……400c
最優秀作品賞…100c
最難関要素賞…10c
シェフ参加賞…15c
投票参加賞……10c
要素採用賞……10c
上記の通り、賞に応じてコインコードを発行する予定だヨ。皆様お気軽に参加していただけると幸いだヨ。
※「最優秀作品賞」および「最難関要素賞」については、1名分のコインコードしか用意できないヨ。
このため同率受賞の場合は、先に投稿された要素/作品の投稿者の方にコインコードを贈呈させてもらうヨ。
毎度、長い説明を丁寧に読んでくれた皆様には感謝の言葉とともに…それでは、これより『要素募集フェーズ』を始めるヨ。質問は一人4回までだからネ。
Are you ready?
現在投票フェーズ(9/4まで) 毎日小クイズ出題
クッキーを焼きますか?
YESNO 関係ないヨ
クッキーを沢山作り、そのクッキーを使いおばあさんを増やして更にクッキー生産の効率化を目指すゲームの名称は?
最後の答え:ケントの花
[編集済]
ケーキを焼きますか?
YESNO 関係ないヨ
その名前は小麦粉、卵、砂糖、バターという4つの材料を同じ量ずつ混ぜて焼いた事に由来する、質量の単位を冠するケーキの名は?
昨日の答え:クッキークリッカー
タルトを焼きますか?
YESNO 関係ないヨ
その由来はある姉妹がりんごのタルトを作ろうとした際にタルトの生地を忘れて焼いてしまったという、その姉妹の名を冠したタルトの名は?
昨日の答え:パウンドケーキ
手紙を焼きますか?
YESNO 関係ないヨ
「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いたとき」という楽曲も作曲したとされる、ドイツの作曲家の名は?
昨日の答え:タルトタタン
にぶいですか?
YESNO 関係ないヨ
元は切れ味の鈍い刀を指す、役に立たない人間を指す言葉を何という?
昨日の答え:モーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)
蛍がいますか?
YESNO 関係ないヨ
七十二候の一つにもその名が残る、昔は蛍がこれからなったと表現されていたことからついた蛍の異名をなんという?
昨日の答え:なまくら
棒のようになりますか?
YESNO 関係ないヨ
足が「」なる に入れて慣用句になるのは「棒に」
腕が「」なる に入れて慣用句になるのは?
昨日の答え:朽草(腐草)
ももは登場しますか?
YESNO 関係ないヨ
桃が登場する日本神話にて、イザナギが黄泉の国の者に追われ桃を投げ追い払ったとされる、黄泉の国と地上との境にあるとされる坂の名前は?
昨日の答え:なし(腕が鳴る)
どちらかと言えば消極的ですか?
YESNO 関係ないヨ
安楽死の中でもどちらかというと消極的な安楽死である、延命治療を行わないことで患者の苦痛を長引かせない対処の事を漢字3字でなんという?
昨日の答え:黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)
どこまでも伸びますか?
YESNO 関係ないヨ
遠近法において、視線と平行な線などをどこまでも伸ばしていった際にそれらが交わる点のことをなんという?
昨日の答え:凍
青いですか?
YESNO 関係ないヨ
古く日本では色は「青・白・赤・黒」の四色でありその意味は赤は明るい、黒は暗い。では青の意味は?
昨日の答え:消失点
噛みちぎりましたか?
YESNO 関係ないヨ
「噛む」+「ちぎる」=「噛みちぎる」
のように複数の動詞を組み合わせた動詞の事をなんという?
昨日の答え:淡い(澹い)
明日の方が良いですか?
YESNO 関係ないヨ
「明日はきっといい日になる」や「虹」等の代表曲がある日本の男性シンガーソングライターの名は?
昨日の答え:複合動詞
声が枯れますか?
YESNO 関係ないヨ
メタル系の楽曲で用いられる、意図的に声を枯れたように歌う技法をなんという?
昨日の答え:野球
運の悪さのせいにしますか?
YESNO 関係ないヨ
7回別々の場所で雷に打たれながらも生き残ったとしてギネスに認定されている運の悪い人物の名は?
昨日の答え:デスボイス
火を見るより明らかですか?
YESNO 関係ないヨ
「火を見るより明らか」の由来となった、「五経」「十三経」のひとつに数えられる58編からなる中国の古典の名は?
昨日の答え:ロイ・サリヴァン
邪魔が入りましたか?
YESNO 関係ないヨ
ぷよぷよにて、対戦相手の攻撃によって振ってくる4つ並べてもけせない「お邪魔ぷよ」の色は?
昨日の答え:書経
向かい合っていますか?
YESNO 関係ないヨ
剣道や相撲などで、試合前などに両膝を折って向かい合う姿勢のことをなんという?
昨日の答え:透明
見失いましたか?
YESNO 関係ないヨ
“時には急ぎすぎて見失う 事もあるよ仕方ない”というフレーズが有名な、合唱曲として歌われることも多いKiroroの楽曲は?
昨日の答え:蹲踞
手触りが良かったですか?
YESNO 関係ないヨ
もとは「人絹」と呼ばれるようにシルクの代替品として開発された、絹のように光沢があり手触りが良い生地の名は?
昨日の答え:Best Friend
残念がりましたか?
YESNO 関係ないヨ
本来の意味は「残念である」という意味であり、非難や抗議の意味を強めて政治や記者会見などの場でよく使われる言葉は?
昨日の答え:レーヨン
野菜が好きですか?
YESNO 関係ないヨ
野菜を好んで食べる人をベジタリアンというが、その中でも動物製の製品を忌避する生活をする人のことをなんという?
昨日の答え:遺憾
猫がワンと鳴きますか?
YESNO 関係ないヨ
猫がニャーと鳴いた時よりも猫がワンと鳴いた時の方が話題になりやすいように、生起確率が小さい方が話題になるという諺として「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」という言葉を通説では残したとされているイギリスの新聞王と呼ばれた人物の名は?
昨日の答え:ヴィーガン
とりあえず結論からいいますか?
YESNO 関係ないヨ
結論を最初に、その後理由、具体例、そして最後にもう一度結論を言う話し方を、各内容の頭文字を取ってなんという?
昨日の答え:アルフレッド・ハームズワース
見解の相違がありますか?
YESNO 関係ないヨ
同人活動等において、場合によっては激しい論争や諍いの元になることもあるアニメや漫画のキャラクターの関係に関する見解の相違の事をなんという?
昨日の答え:PREP法
あーおいち、ですか?
YESNO 関係ないヨ
ヒトの血液が赤いのは鉄が含まれる血中のヘモグロビンによるものだが、イカ等の血液が青いのは血中の銅を含む何という成分のため?
昨日の答え:解釈違い
魔除けの代わりですか?
YESNO 関係ないヨ
節分において、魔除けとして柊の枝に頭を挿して置く魚の名前は?
昨日の答え:ヘモシアニン
りんごますか?
YESNO 関係ないヨ
かのニュートンが万有引力を発見したという逸話において、そのきっかけとなったセイヨウリンゴの品種名は?
昨日の答え:イワシ
要素選定するからちょっと待っててネ
問題文中で採用された要素には「Yes」で返答すると記述していたけれど、今回No良質採用も行わせていただくヨ
それでは、これより解説投稿フェーズAに入るヨ。
10の要素すべてを用いて解説を投稿してネ。
今回は文字数制限・簡易解説の縛りは無いヨ。
各種項目はまとめもにまとめておくから活用してネ。[編集済]
初っ端から景気が悪くて申し訳ありませんが、万が一の場合、開催に不安があるので【投票対象外】の投稿です。
なので、読んでも読まなくてもどちらでも構いません。
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きゅうけつ-き【吸血鬼】
〔英・仏・羅〕vampire 〔伊〕vampiro 〔独〕Vampir
生物の血を吸う妖魔。提喩としてドラキュラと呼ばれることもある。多くの作品では、人の形をしており、こうもりに変身が可能とされる。また、招き入れられないと家に入れない、鏡に映らないなどの特徴もあわせ持つ場合がある。弱点は、太陽光・大蒜・流水・銀の杭など。バンパイア。(大原大志ら編『創作のためのビジュアル架空生物事典』より)
【Vampire Syndrome】ヴァンパイア・シンドローム
一九二一年、イギリスの民俗学者エバンズと、医師ミルトンが連名で報告した稀な病。重度の光線過敏症・軽度の恐水症状・偏食・貧血などの症状に吸血衝動が伴う。ミルトン=エバンズ病。ミルトンは病の原因を、栄養素、特に鉄分の欠乏であるとした。二人は風土病と考えたが、Lady Mと二人が仮称する少女の他、イギリスで四例、フランスで一例報告されている。ミルトンの誤診もしくは捏造、少女による詐病、などの批判が相次ぎ、二人は報告を取り消した。最後の報告はLady Mの治療に成功したというものだったが、その方法は残っていない。当時の連載小説で多く題材となったが、現代の主たる医学書には記載のない幻の病である。医師であり作家のエミリー・キャロル(一九七七~)はエッセイ「吸血鬼として生きた少女」で、精神疾患の一種と述べている。(Osmand Corder, "Diseases as Culture", 拙訳)
◎
一九一八年、秋。
依頼の帰り、無人のはずの書斎で音がした。何かを蹴るような音だ。しまったとばかりに音はやんだが、目撃者がいたなら面倒だ。仮面はつけているが、油断して、声を出してしまった。
一つの本棚の前で立ち止まる。何か違和感があった。本を抜き取ろうとしたとき、違和感の正体に気がついた。この本棚だけ、すべての本が接着されているのだ。私は試しに本棚をこちら側に倒してみた。すべての本を接着する理由は、散らばったときに面倒だからだろうと考えたのだ。
予感は的中した。本棚の後ろには檻があり、中には少女が一人。一二歳くらいだろうか。彼女は、怯えたような表情で私を見ていた。
こういう反応には慣れている。
私は近づき、ナイフを振り下ろそうとした。
が、その眼を見て躊躇った。その眼は私に怯えているのではなく、世界そのものに怯えている眼だった。
仕事を知らなかった、昔の私の眼。
私は机の引き出しにあった鍵を檻へと乱暴に放り、その場を立ち去ろうとした。
「……待って! わたしも、連れて行ってください……」
そんな声が聞こえるまでは。
◎
少女はミラと名乗った。
本名かどうかは分からないし、どうでもいい。私は隠れ家へ、彼女を連れ帰った。
ミラにパンを与えたが、食べようとしない。私は、オレンジをかじりながら訊ねた。
「食べないの?」
「わたし、血しか飲めないんです」
「そう、可哀想だね。オレンジも食べられないなんて」
「オレンジがお好きなんですか」
「血がオレンジの香りだったら、いくらでも飲むよ」
「わたしにとってはオレンジの香りです」
ミラは、わずかに笑みを浮かべながらいった。冗談のつもりではなかったので心外だったが。
「怖くないんですか?」
「血ならいつも見ているから」
「いつもこんなことを?」
「仕事だからね。あの変態に捕まったのは、それが理由?」
「私、昔から変なんです。日にあたると肌がただれて、肌も青白くて。八歳のとき、ペットの犬が怪我をしたとき、その血を啜りたくなりました。……両親は、不気味がりました」
ミラの説明によれば、私が殺した男とミラの両親は、ミラが八歳のときにはすでに契約をしていたらしい。潰す動物の値段と車一台分の値段。それがミラを売る条件だった。一二歳の誕生日に出荷(と男はいったらしい)するように。そして送られたばかりのミラを、わたしが無料で拝借したわけだ。
「でも噛まないでしょう?」
ミラは苦笑した。
「ふつうの人はそうやって割り切れませんよ。噛まないから安心ってわけじゃないんです」
暴力を振るわないだけマシだと思うのだが、そういうものなのだろうか。
◎
数か月して、冬になった。
「はい、ご飯」
仮面を外すと、スイッチがオフになる。
私は、革袋に入れた血を、いつものようにミラに差し出した。
「ありがとうございます。ここにいれば、お腹がすく暇もありませんね」
逃げたら殺すと警告していることへのあてこすりかとも思ったが、そういうわけではなさそうだった。
相変わらずほかの人間の表情は読めないが、ミラの表情の変化は読めるようになってきた。
「……でも、その。私は、ルーナさんが心配です」
「きみに心配されることは、何もないよ」
ルーナは私の名前だ。私が名乗らないので、勝手につけられた。
「ルーナさんは辛くないんですか?」
「こうして温かい場所で、温かいパンを食べられれば、充分だよ」
「でも、ふつうなら、そんなことをしなくても――」
「それに、きみもだけど、私も逃げられないんだ」
「え?」
「ずっと、監視されている」
◎
「最近、ペットの世話で忙しいようだな」
春になり、監視人がいった。
「ええ、まあ」
「仕事を断ることが増えたのは、そのせいか?」
「そういうわけでは」
「ボスは、獣臭いのが苦手だ。いくらグズでも、この意味はわかるだろう?」
タイムリミットだ。
◎
私はミラを連れて町を出た。
打ち捨てられた山小屋で動物を狩り、暮らした。ミラも跳ねる兎を捕まえることができるようになった。
組織による山狩りが行われたのは、そんなときだった。
ミラの風邪薬を買いに町へ降りた私を、組織の人間が見たらしい。私のミスだ。
まだこの小屋は見つかっていないが、見つかるのは時間の問題だろう。
私はミラが眠っている間に仮面をつけ、小屋を出ようとした。
「ルーナ」
「……」
「どこへ行くんですか? その仮面は」
「ミラには関係ない」
「関係あります!」
大きな声を出し、喉を痛めたのか、ミラは咳き込んだ。
「追手が来るからここを引き払う。悪いけど、足手まといはいらないからね」
私は、冷たい声をだした。
「ねえ、ルーナ。また会えますよね」
私は答えなかった。
「わたし、もう一人は嫌なんです。ねえルーナ――あなたと過ごした日々は、本当に楽しかった。いえ、今も楽しいです。だから――」
踵を返し、小屋をでる。
ああ。
私もだよ、ミラ。
●
わたしは、小屋を抜け出すことにした。足手まといがいなければ、殺す必要さえなければ、ルーナなら逃げられるに決まっている。
雨がわたしの身体を鞭打った。雨はずっとやまなかった。それでも、晴れているよりはマシだった。
途中、血の臭いがした。
わたしは血に吸い寄せられるように、その場所へ近づいた。
死体。
ルーナのではない。
わたしは安堵する。ルーナのではない女の人だ。
首をナイフで一突き。ルーナがあの男にやった手口と同じだった。
わたしは血を吸い、その場を立ち去った。
死体は、点々と転がっていた。
血の臭いを辿れば、ルーナに辿りつく。
わたしは、自分がどうしたいのかわからなかった。ルーナの足手まといになりたくないと思いながらも、ルーナのいる場所を辿っている。
体力が消耗したのか、死体の距離は短くなっている。
そうして歩き続けて少し開けた場所へ出たとき、話し声が聞こえた。
「やっと見つけたぞ」
「女一人を見つけるのに、一年がかりか? 組織の力も、落ちたものだ」
やっぱり、ルーナはわたしを守ろうとしている。
わたしは胸がいっぱいになった。
「おっと――二人だ。忘れてやるなよ。監視を殺してまで駆け落ちした仲だろう?」
「……」
「ミラといったな。小屋で捕まえたよ。お前と違って、随分と可愛いらしい娘じゃないか。お前が夢中になるのも無理はない。俺たちにやられる前に、やっておいたか?」
男はルーナを動揺させようとしている……。おそらく、小屋に入ったのは事実だ。でも、わたしはここにいる。名前を知られている理由として考えられるのは、文字の練習をしたノートを読まれたことだ。
だが、そこに勝機があった。向こうのほうが実力が圧倒的に上なら、こんなことをする必要はない。
だから、わたしがするべきことは。
「ルーナ!」
大声をあげて、男の注意をそらすことだ。
男がこちらを向いたその隙に、ルーナは素早く、男の胸を刺した。
「……どうして」
「わたしのせいでごめんなさい、ルーナ」
「どうしてここに来たの? いったでしょ? 足手まといはいらない」
「ルーナ、わたしがそんなに馬鹿に見えますか?」
「……」
ルーナはふてくされたような顔をした。
表情が読みにくい顔だけれど、わたしは、わたしだけはルーナの表情がわかる。
「ねえルーナ……わがままをいいます」
「だめといったら?」
「良いっていうまで離しません」
「……」
「わたし、ずっとルーナといたいです。もし死ぬことになったとしても」
わたしも、きっとルーナも、ずっと一人だった。
それでも二人になることができた。二人の日々は楽しかったから――欲張りなわたしは、それを捨てられそうにない。
そしてまた一人になるまで、ずっと。
◎
あの山をあとにして、べつの国へ逃げた。
この国の言葉はわからないが、だからこそ、追手もない。
山で迷子になっていた民俗学者を助け(何とかという遺跡のフィールドワークに来たらしい)、雑談をよそおって相談すると、信頼できる医師を知っているというので、その縁に頼った。
ミラの症状は、徐々に改善している。
ミラと穏やかな時間を過ごせることは嬉しかった。
満月の夏夜だった。
私は外で月を眺めているミラに話しかけた。
「ミラ、今日が誕生日だったよね」
「……そうなんですか?」
「これ、気にいるかわからないけど」
町で買ってきた髪飾りだった。
「つけていいですか」
私は頷く。
「……ねえルーナ、これ、似合ってます?」
「似合っているよ」
「可愛いですか?」
「確かめてごらん」
わたしはナイフにミラの顔を映し出す。
今夜は満月。
夜でも光は充分だ。
「暗くてわからないです。……ねえルーナ、可愛いですか?」
(おしまい)
----------
①お腹は減らない(9)
▼ここにいれば、お腹がすく暇もありませんね
②「またね」よりも「さよなら」(17)
▼「ねえ、ルーナ。また会えますよね」
▼私は答えなかった。
③そしてまた一人になる(20)
▼そしてまた一人になるまで、ずっと。
⑤晴れなかった(23)
▼雨はずっとやまなかった。
④変化する(21)
▼ミラの表情の変化は読めるようになってきた
⑥うさぎがはねた(27)
▼ミラも跳ねる兎を捕まえることができるようになった
⑦噛まないから安心ではない(32)
▼「噛まないから安心ってわけじゃないんです」
⑧血液はオレンジの香り(34)
▼わたしにとってはオレンジの香りです
⑨仮面は関係ない(38)
▼「どこへ行くんですか? その仮面は」
▼「ミラには関係ない」
⑩楽しい(40)
▼「〔…〕あなたと過ごした日々は、本当に楽しかった。いえ、今も楽しいです〔…〕」
----------
簡易解説:刃物に女の顔を反射させ、髪飾りが似合っていることを確認させた。
(本当の本当に終わり)
出典が明記されていて「そんな本あるんだ、買ってみようかな。」とか「そんな病気あるんだ、面白いな。」なんて思って調べてみたらこのザマだヨ…呵呵
ヴァンパイアとよく似た症状を発症する奇病、ヴァンパイア・シンドローム。その発症者である少女と仮面の仕事人によって築かれた疑似家族の物語。
心を閉ざした者同士が似た境遇で寄り添い合い心を開くというのは、宵闇に差した一筋の月明かりのように美しいよネ。
虚実織り交ぜその稀有な世界をまるで良き隣人のように映し出す葛原さんの作品を久しぶりに読めて嬉しかったヨ。
[編集済]
※AとBには任意の作品のキャラクター名を入れるとたのしいかもしれません。
(なお当方では一切の責任を負いかねます)
【簡易解説】
満月ならもっと光の量が多いはずなので、
漫画キャラのBにかかっている影を表すスクリーントーンを切り取るためにBにカッターの先を向けた。
―――――――
需要と供給。消費と生産。私はいやしくも生産者の側でもある人間なのだけれども、
最近いまいち、こう…自ジャンルの趨勢が変化して(21)、いいやはっきり言ってしまおう、熱量が減ってきたのを感じる。
あんなに何度も読み返していた新刊も本棚へ「またね」よりも古本屋に「さよなら」(17)が増えてきた。買うのも半ば義務というか、惰性というか。
今まで投資し続けてたんだから、最後まで見届けないと勿体ないというか。コンコルドの誤謬的なあれだ。
何というか、公式が好きというよりファンが記号化した二次創作上のキャラクター達が好きなんだろうなぁ。
我がことながら言語化すると微妙な気分になる。おまえそれファンって言えんの?自答するもモヤモヤは晴れない(23)。
人の体は食べたもので出来ているという。
いま血吸われたらエナジードリンク由来でオレンジの香りがする(34)んだろうか?
…ハロウィンに向けて喰種や吸血鬼とかのパロも良いなぁ…
Bだけは喰ったり噛んだりしない人外AとAに対する殺意の高い人外ハンターBの不穏なやつ(32)とか。
結局どっちかがいなくなってまた一人になる(20)死別ENDっぽいなぁ…
おっとその前に今の原稿チェックだ!!
B女体化動物パロのABで(我ながら業の深い設定だ)
夏の終わりの満月を眺めるうさぎのBとその横顔を見つめるオオカミのA、
声を掛けられて肩が跳ねる(27)B、
ん?
満月だったらもっとBに光が当たってるんじゃないか?
よし、、カッターでBのトーンを切り取ろう。
PC持ってるくせに絵はアナログなのですよ。
ネットでいっぱいいっぱいの安ノートですから。
あー危ない危ない…
作品作りに夢中になっている間は空腹も眠気も忘れる(9)程没頭できる。
何故書くのかって、畢竟楽しい(40)からだ。
同好の士からの感想なんか頂いた日には対一般人用の仮面も関係なく(38)、人様にはいっそうお見せできない顔でPCの前でぐへぐへと喜んでしまう。
なんだ、やっぱりまだまだ好きなんじゃないか。どの道まっとうじゃないにせよ。
【おわり】
眩しいっ…!圧倒的創作家の眩しさだネッ…!
二次創作家の独白。自らの持つ唯一無二の世界観をこの世に生み出す作業を楽しげに葛藤する者の物語。
創作活動を楽しめる人間はまっとうかどうかなんて関係なく、皆素晴らしい才能の持ち主だとつくづく思うヨ。
きの…たけの子さんの創りだした世界を、その眩いまでの光を今後も楽しみにしているヨ。
[編集済]
[正解]
【簡易解説】
夏の夜に、増えるミカンを斬るよ。
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【詳細解説】
彼女、被検体Oは改造ミカンである。
和歌山シェルターの技術の粋を集めて生まれた異端の存在・マザーミカン。
少しでも親しみが持てるように、と仮面で顔を付けてみたものの、
かつてミカン農家だった私以外の人間にとっては全く関係なかった。(38)
僅かな光で光合成し、細胞分裂のごとく増殖するソレは、生産の在り方を変化させた。(21)
マザーたる彼女がいる限り、ミカンは無限に増殖することができる。
倉庫が一杯になるまで放置され。
そして、娘細胞体は出荷され、各地で孫細胞体を生産することになる。
出荷後、彼女はまた一人になる。(20)
彼女がいる限り、シェルターの住民のお腹は減らず、楽しく暮らせることが約束されていた。(9)(40)
しかし、ある夏に各地のシェルターが破損した。
隕石とも、他県からの攻撃とも言われるそれは、各地に重大な損傷を与えた。
日中は晴れていなかったが、それでも僅かな光で彼女達は増殖し続けた。(23)
晩になっても雲が出ていれば、あるいは満月でなければ、結末は違っていたのかもしれない。
しかし、夜には雲一つなく、そして満月だった。
昼も夜も制御を失った彼女達は増殖した。とにかく増殖した。増殖し続けた。
彼女達はミカンだ。ゾンビではない。
溢れかえっても噛んだり感染したりしない。
だが、だからなんだというのか。(32)
増殖し続けたミカンによってシェルター内の破損は更に広がり、最早僅かな光制御能すら失われている。
このままではこのシェルター、いや世界……宇宙の終わりだ。
既に決断のための猶予はなかった。
ミカン農家だった私は。プラズマミカンカッターを手にした私は。
彼女にそれを。かつて「またね」と送り出したあの子にそれを。
彼女に「さよなら」を。(17)
首切りウサギの刎ねる首がごとく、マザーの房は宙を舞い。(27)
噴き出した果汁で、
倉庫内は咽せ返るほどのオレンジの香りが充満していた。(34)
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次回作
しかし、私は気付いていなかったのだ。
倉庫の片隅に、彼女の「種」が残っていたことに。
この宇宙に「さよなら」を。
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【お わ り】
バイ○イン的SFパニックにて期待の新星登場かナ。
県ごとに独立したシェルターになった近未来日本において、光さえあれば無限に増え続けるミカンと戦う物語。
物語を書く上で、その世界観に対する知識や理解というのは多ければ多い程書きやすくなるけれど、SFという実在資料が無いほぼ完全に脳内にのみ存在する世界を書くのは凄い事だヨ。最後のホラー風の〆もいい味を出しているよネ。
今回初参加の白さんが、これを機に今後も創りだすに参加して多くの新規さんがこのイベントを救ってくれる事を祈っているヨ。
[編集済]
これより1週間8/28(日)23:59まで投稿フェーズBに入るヨ
シェフ参加賞のコインはもらえないけれどシェチュ王はまだ狙えるヨ
期待しているヨ
頑張ってネ
ある夏の夜のこと。
年若い女が1人、狭い部屋の中で就寝の準備をしていた。
テレビを消して、布団を敷いて、歯を磨く。
やがてすっかり寝支度を調えた女は、電気が消えて薄暗い中、小さな窓の前に歩み寄り、静かに夜空を見上げた。
空には大きな満月が、厚い雲の隙間から薄く光を放っていた。
○
世界には、3種類の人間がいる。
一つは、ごく普通の人間。
正確な人数は知らないけれども、普通というだけはあって、全人類の殆どはこれらしい。
一つは『ケーキ』。
大体1000人に1人くらいがこれ…らしい。
個人に差はあれども、共通して生まれ付きに、甘くて良い匂いがして…『フォーク』にとっては、つま先から、頭のてっぺんまで、身体の全部が極上のケーキみたいに美味しい人間。
一つは『フォーク』。大体10000人に1人くらい…って言われているけれど、最近は増加傾向にあるらしい。『ケーキ』の人間を美味しいって感じてしまう人間。その殆どが後天性で、理由は様々ながら、通常の味覚を失った人間は、『フォーク』になる可能性があるらしい。
さて、そんな『フォーク』は所謂予備殺人鬼。通常の味覚が無い分、唯一美味しく食べられる『ケーキ』に執着し、彼らへの捕食衝動を抑えることのできない異常者達…っていうのが、どうやら世間一般様の見解らしくって。
『フォーク』というものは、大抵は忌避され、疎まれるものらしい。
だから…正真正銘の『フォーク』である私の周囲に人が集まらないのも、ある種自然な事なんだと思う。…まぁ、単純に私自身に問題があるってだけかもしれないけれども。
理由はどうあれ、煩いくらいに騒がしい教室の中、私だけはいつもひとり。
眠ったふりで机に突っ伏して、味のしないお弁当を食べて、図書館で借りた小説を読んで。
せめて、賑やかな教室の中で悪目立ちすることがないように、隅っこで息を潜めて縮こまるのが常だった。
しかし、高校に入ってから1年間と数ヶ月続いたそんな生活は、ある日突然に一変した。(21)
○
ある暑い日の放課後、私は中庭のベンチの前に立っていた。
『何日後でも構いません。放課後に、中庭のベンチに来て下さい。』
…そう書かれた手紙を持って。
これは今朝、自分の下駄箱の中に入っていたものだった。
上履きを取ろうと手を入れたら、可愛らしい兎の描かれた封筒が落ちてきた時は、心臓が止まるかと思った。
…決して周囲に好かれてはいない自分に届いた、どんな要件なのかも、どんな人からの呼び出しなのかもわからない手紙。
それでも、すぐに応じようと思ったのは、その手紙が、可愛らしい兎が飛び出してくる、手製のポップアップカードだったから。
二つ折りの中身を開いてすぐ、目の前を跳ねた可愛らしい兎に、気付けば警戒心は溶けていた。(27)
それと同時に、それを私に送ってくるような人間に、なんだか興味が湧いてしまったのだった。
手紙の送り主を待ち始めてから5分くらいが経った頃、突然甘いオレンジの匂いがした。
きょろきょろとその出処を探っていると、1人の女生徒が、駆け足で近づいてくるのが見えた。
「……先輩!来てくれたんですね…!」
オレンジの匂いが近づいて来る。
声をかけられたのと同時に、私は直感的に理解した。彼女が『ケーキ』…『フォーク』に捕食される側の人間であることを。
だから私は、彼女に背を向けて、思いっきり走り出した。
…『ケーキ』の人間と2人きりなんて、面倒事になる気がしたからだ。
「えっ、先輩!?待って、待ってくださーい!」
しかし、当然のように彼女は私を追いかけ始て…すぐにコケた。
そのまま逃げようかとも思ったけれども、後ろからあまりにも悲痛な呻き声が聞こえてきたものだから、思わず彼女を助け起こしに戻ってしまった。
…私は、何をしているんだろう?
「…せ、せんぱぁい…せっかく来てくれたのに、何で逃げたんですかー…?まだ自己紹介すらしてないのに…」
「…貴方が『ケーキ』だから。」
半べその彼女を助け起こしながら、そう投げ掛けると、目の前の彼女は、首を傾げた。
「…『フォーク』は、『ケーキ』を食べる。常識でしょ?…貴女、『フォーク』の私に食べられたりするかもとか、思ったりしないわけ?」
「…え、先輩、『フォーク』なんですか?」
「…知らないで呼び出したの?…だったら、尚更。今からでも遅くないから、もう私に近付かないで。用件なら、手紙とかで聞くから。」
…目の前の彼女は、私が『フォーク』である事すら知らなかったらしい。
しかし、それなら話が早い。
目の前の人間が『フォーク』と知って近づきたいなんて言う、変な『ケーキ』はいる訳が無い。
手紙の送り主を見るって目的は達成したし、私はこのまま帰って…
「い、いやですっ!」
「…なんでよ。」
…訂正。ここにいた。とびっきり変なのが。
思わず、顔を顰めてしまった。
理由を問えば、彼女は頬を染めて一言。
「…私、先輩と仲良くなりたいんです…!」
「話聞いてた?私、『フォーク』なんだけど。貴女を食べようとするかもしれないよ?」
「…少なくとも現状、私はなんにもされてないじゃないですか。」
「…急に噛み付いてこないから、安全だとでも思ってるの?…そんな訳ないじゃない。」(32)
本気でそう思ってるなら、彼女は相当な能天気だ。害意があったとしても、直ぐに襲いかかってくるような人間なんて滅多にいないだろうに。
「…仮に…今現在は大丈夫だとしても、これから先はわからない。『ケーキ』なのに、いつか牙を剥くことがわかりきってるような『フォーク』の側に居たいなんて、貴女、ちょっとおかしいよ。」
「…お、おかしくてもいいんです!…ううん、むしろ尚更…先輩と仲良くなりたいって思いました。」
「何、言って…」
「だって先輩、さっきから私を傷付けない為の話しかしてないじゃないですか。…私が転んだ時も、戻ってきてくれたし……私、多少傷付いたって後悔しません。だから、先輩ともっと、お話ししたいです。」
……おかしい。
面倒ごとなら避けたいし、ちょっと強く言えばすぐに諦めるかと思ったのに…彼女はどんどん距離を詰めてくる。
私には、見知らぬ後輩(多分)にこんなに好かれるようになる覚えは無いのに。
「…そ、それでも…ほら、『フォーク』の私と一緒にいたら、浮いちゃうかもしれないけど?」
「先輩が『フォーク』で、私が『ケーキ』で…捕食する側とされる側だから、仲良くなんて出来ないって言うんですか?」
「う、うん。」
「…そんな他人に無理矢理被せられた仮面なんて、関係ないです。それに、そんなことで距離置くような人達のことも、どうだっていいです。…私はただ、先輩のことが好きなんです。仲良くしたいんです。だから先輩も、私と仲良くしたいか、したくないか、それだけ教えて下さい…!」(38)
そう彼女が、あまりにも必死な様子で私に縋るものだから。
言えるような意地悪も、正論も、底をついてしまった私は、しどろもどろにこう答えてしまった。
「…仲良くしたくない、訳ではない、けど。」と。
…これが、私と彼女の出会いだった。
○
それからと言うもの、彼女に約束を取り付けられ、私と彼女は放課後に、中庭のベンチで待ち合わせて、何気ない話をするようになった。
学校のこと、家族のこと、最近読んだ本のこと、趣味のこと…お互いについて、少しずつ知っていく。
初めは、押し切られるように始まった交流だったけれども、彼女と過ごす時間は、案外悪くなかった。
…いや、むしろ対極に…心地よくて、楽しい時間だと思っていた。(40)
ずっと1人で過ごしていたからか、彼女との時間がどんどん大切なものになっているのが、自分でもわかった。
…だから、甘い匂いに、衝動的に噛み付いてしまいそうになることがあっても、なんとか耐えて一緒にいた。
『フォーク』が、『ケーキ』への捕食衝動を抑えられない予備殺人鬼…というのもあながち間違ってはいないのかもしれないと感じながら。
○
ある日、すっかりお馴染みとなったベンチで話していた時、突然に彼女が倒れた。
震える手で119番に電話をかけて、救急車が来るまで、必死に彼女の名前を呼び続けた。
彼女と出会ってから、丁度季節が一つ巡った頃のことだった。
彼女はどうも、発作で倒れたらしかった。
元々持病があるのだと、運び込まれた病室の中、彼女は語った。
「…ねぇ、先輩」
「…どうしたの?」
彼女が心細そうに、ベッドの淵に置いた私の手をきゅっと握る。
初めて触った彼女の手は、想像よりも少しだけ冷たかった。
「…私…もう少しで、死ぬんです。」
「…、え?」
彼女が、死ぬ。
予想していなかった言葉に、思わず呼吸が止まる。
「……元々、20歳までは生きられないって言われてたんです。…こんなに早いとは、思ってなかったけど。」
「……」
少しの間、沈黙が流れる。
なんと声を掛けるべきか、わからなかった。
慰めも、同情も、彼女は求めていないように見えたから。
「…先輩は、優しいから。なんだかんだ、断らずに私とお話ししてくれてるし…私とのお話、ちゃんと楽しみにしててくれてますよね。私、先輩と過ごせるの…本当に嬉しいんです。」
「…そう。」
沈黙を破った唐突なその発言に、私は驚きながらも、小さく頷いた。
彼女の素直な好意が、純粋に嬉しかった。
しかし、私の手を握る彼女の手に、力がこもる。
そして、彼女はまた、恐る恐ると口を開く。
「…でも…」
「…でも?」
「……先輩、私のこと食べたいのも、ずっと…我慢してるでしょう?」
「!」
自身の浅ましい欲を見透かされていた事に、思わず顔がかっと熱くなる。
目の前の彼女は、それに小さく笑って、言葉を重ねた。
「…先輩の…理性的で、優しいところ…私はすごく大好きです。…でも…とても、酷いことを言いますけれども…それを全部…捨ててほしい。今までの努力を全部、駄目にして欲しい。…私の為に、いけない事をして欲しいんです。」
「…それって、つまり…」
「…先輩に、私のこと…全部食べて欲しいってことです。」
また、沈黙が落ちる。
目の前の彼女が何を言っているのか、暫く噛み砕く事が出来なかった。
数秒の後、私の手を握る力をさらに強めた彼女は、またゆっくりと話し始める。
「……どうせ死ぬなら私…先輩に食べられて死にたいんです。…貴女の、糧になって…だから…ねぇ、先輩…私のこと、食べてくれますか?」
「わたし、は…」
言い淀む私に、彼女は薄く笑った。
「…月曜日の放課後、いつもの場所で待ってます。…お願いを聞いてくれるなら…来てくださいね。」
その言葉に私は、何も返すことが出来なかった。
○
「…来てくれたんですね、先輩。」
…結局私は、悩んだ末に…彼女の下に来てしまった。
この選択は間違っていると、わかっている。
なのに、誘惑に抗うことが出来ずに、ここにいる。
いつものベンチに座って、緊張した面持ちで私を待っていた彼女の顔が、嬉しそうに綻ぶ。
対照的に私の顔は、固く強張って、彼女に微笑んでみせることも出来なくなっていた。
…いつもより少し重い鞄から、包装された錠剤を一粒取り出す。
空全体を薄く覆った雲は、日除けにはあまりなっていないようで、じっとりとした暑さに、居心地の悪さを感じながら私は、彼女にそれを手渡した。
「…これ、飲んで。」
「えっと、これは…?」
「…睡眠薬。…起きてる状態で殺されるの、嫌でしょ。」
「…そっか…ありがとうございます、先輩。」
彼女は、迷うことなく睡眠薬を飲み干してから、すぐにいつも通り話し始める。
私は彼女の隣に腰掛けて、彼女の話に相槌を打つ。
しかし、時間が経つにつれて、私の方の口数も増えていき…結局、いつも通りに…いや、寧ろいつも以上に、互いに話をしていた。
最後の話に、悔いが残らないように。
○
傾きかけていた太陽が姿を消し、空が暗くなった頃、ふ、と会話が途切れた。
どちらともなく、目が合って…眠そうな様子の彼女が、こちらの肩に頭を預けてきた。
オレンジの甘い匂いが、鼻腔をくすぐる。
「…こんなに、長い時間…お話したのは、初めてですね。」
「…そうだね。…いつもは、暗くなる前には帰ってたから。」
夏の暑さのせいか、眠気のせいか、別の要因か、肩に触れる彼女の肌が、少し汗ばんでいるのに気がつく。
それに何故だか、どうしようもないような気持ちになって…衝動的に、彼女の肩を引き寄せて、噛み付きそうになったのを、ぐっと堪える。
「…ふふ。…吸血鬼みたいに噛んで…私を食べてくれるんですか、先輩?」
「…貴女が辛いだけでしょ。そんな食べ方したら…」
とろんとした声に、胸が痛くなる。
…私が『フォーク』みたいな、中途半端な人間じゃなくって、吸血鬼みたいな化け物だったなら…彼女を苦しませる事もなかったのに。
いや、そもそも…私が『フォーク』でなければ、彼女がこんなことを言い出す事も、無かったんだろうけど。
…こんなことは、考えていても仕方のない事だ。
賽は既に投げられていて…私にはもう、後戻りは出来ない。
…彼女が眠ってしまう前にと、横になるよう誘導する。
ベンチに横たわった彼女の上に跨って、私は、鞄から鞘の付いた肉切り包丁を取り出した。
彼女が、私の肩越しに空を見上げて、穏やかに笑った。
「…ねぇ、せんぱい。今日は…月が綺麗ですね。」
「……ずっと曇ってて、月なんて碌に見えないじゃない。(23)」
「…見えなくたって、綺麗なんです。せかいで、1番…先輩も、そう思ってるでしょ?」
「…もう、黙っててよ。」
脅すみたいに、彼女の喉元に包丁の切っ先を向ける。
鋭く研がれた刃が、薄く月明かりを受けて、銀色に輝いた。
「…ねぇ、先輩。私のこと…残さずたべてくださいね?」
「…」
最後にそれだけ言い残して、彼女は眠った。
私は、寝ている彼女の心臓の辺りに刃を押し込んで、体重を掛けて突き刺した。
彼女が、早く死ねるように、深く、深く。
少しして、動かなくなった彼女の傷口に吸い付くと、口の中に甘酸っぱいオレンジムースの味が広がった。
久しぶりに刺激された味覚が、いとも容易く理性の糸を解いていく。
お腹が減っていた訳ではなかった。(9)
それでも、ただ夢中になって、彼女の血肉を口に運び続けた。
彼女の血液のオレンジの香りが、私の手から、頬から、口から…私の身体中から香ってくる。(34)
彼女が少しずつ、私の中に収まっていく。
彼女の原型が段々と無くなっていって、辺りには私の咀嚼音だけが響く。
やがてすっかり食べ終えて、その場には彼女の骨と、彼女の血に塗れたベンチと私だけとなった。
「…ごちそうさまでした。…さよなら、美味しかったよ。」
…「またね」とは、言わない。(17)
だって、彼女のつま先から頭のてっぺんまで、全部私が食べてしまったから。
私の一部になった彼女は、もう二度と、私と出会うことは無い。
目の奥が熱くなるのを感じながら、私は雲の隙間から覗いた満月に、手を伸ばした。
○
空が白み始めた頃に、女は勢いよく身体を起こした。
女は、蒸し暑さのせいか、長い夢のせいか、じっとりと汗ばんだ額をタオルで拭い、荒くなった呼吸を整える。
「(…満月の夜は、いつもこうだ。)」
…女には、繰り返し、繰り返し見る夢がある。
孤独な高校生の頃の女が、女を全力で慕う少女と出会い、2人で幸せな日常を過ごして…しかし最後には、その最愛の少女を殺して食べてしまう、そんな、長い夢。
彼女は満月の夜の度に、高校生に戻り、後輩と出会い、2人幸せな日常を過ごし、そして後輩を殺して食べ尽くして、また1人になる。(20)
そんなことを、繰り返し続けている。
月明かりに照らされた狭い檻の中で、何度も、何度も。
腹の中の最愛に、想いを馳せながら。
-了-
【簡易解説】
かつて、仲の良かった後輩を殺めた女。女は、満月の夜はいつも、彼女を殺した日の夢を見る。
とある夏の夜、いつものように窓から夜空を眺めた女。その日の月が満月であった為、女はその夜も、いつもと同じ夢を見た。
「夢の中の"私"は、満月を眺める"彼女"に刃物の切っ先を向けた。"彼女"を、食べるために。」
【参考】
・ケーキバース (けーきばーす)とは【ピクシブ百科事典】
https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9
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『ケーキバース』という設定を私はこれで初めて知ったヨ。カニバリズムが主軸になりやすい世界観というのはなかなか捗りそうだネ
2つの種族の存在する『ケーキバース』における少女たちの甘い(物理)物語
ナイさんも創りだすに慣れてきた頃かナ、また素晴らしい物語を書いてくれたネ。後輩の『…私の為に、いけない事をして欲しいんです。』というセリフ。この蜜のように甘い響きが誘う結末の苦味を更に引き立てる、まさに極上のスイーツのような作品だネ
今後もどうかその熱意で多くの人が食いつくような素晴らしい物語を描いてほしいヨ
[編集済]
【簡易解説】
『現代のかぐや姫』を名乗る動画の配信者に兄が入れ込んだ末に多額の借金を背負って失踪した。キャラ設定になぞらえて満月の日に行われる配信ライブ中、妹はその配信者に復讐する機会を窺っていた。
【長い解説】
───以下は、ネット上で「かぐや姫事件」と呼ばれる出来事を起こしたとされる人物の残した手記にTurtle Web編集部で追記・注釈を加えたものである。
□□□
まず、こんなことになって両親や友人知人には申し訳ないと思っています。でも、今の私が兄のためにできる精一杯のことがこれしか思いつかなかったのです。どうしてこうなってしまったのか、私の目線からいきさつを説明します。
2年前、私が就職して一人暮らしを始めた頃。家で暇をつぶそうとネットで動画配信を見るようになりました。その中で彼女の配信を見つけました。当時は流行りの歌を歌ったり、ゲームをしたり、まあ言ってしまえばよくある配信の1つでした。
特徴といえば「かぐや姫キャラ」でしょうか。こう聞くとそこまで突飛なものには思えませんよね。昨今はそういうキャラ付けをしてネットで活動する人も珍しくないですし、昔のアイドルだって「別の星から来たんですぅ」なんて言っている人もいたし。でも、彼女は徹底的だったんです。
リスナーからの質問には竹取物語準拠で的確に答えていたし、何より、「成長していた」んです。過去の動画を見るといかにも舌ったらずで配信の手際もおぼつかないです。それが回を重ねるごとに話も流暢になるし、どんどんスムーズになっていってるんです。アカウントこそ同じでも最初のうちは初期ネームであろう名前だったのが途中で「かぐや」と名前がついたり。
普通に考えたら配信に慣れただけでしょうが、声の高さ、語彙、興味を持つもの、言動のすべてがどう考えても幼児から少女へと成長しているように見えました。しかも月に2回の配信の度に成長している。
私が見つけた当時で10回分くらいのアーカイブがあったでしょうか。竹取物語を研究したくて大学の文学部に入った私にとっては運命の出会いのように感じられました。夢中になって配信を見るようになりました。彼女の配信は満月と新月の日の月に2回。
あの頃は純粋に⑩楽しかった(40)です。だから私は、兄にも紹介したんです。こういう面白いことしてる人がいるよ、って。話したときは「ふーん」と興味なさそうな返事でしたが、ほどなくして、兄から「すごいね!!」と感想が来るようになりました。それからは配信の感想を言い合ったり、彼女が参考にしたであろう竹取物語のエピソードを私が紹介したり。まだ、まだあの頃は健全に楽しんでいたと思います。
そんな日常が④変わった(21)のは竹取物語でいうと多くの男性から求婚されるようになったくらいまで「成長」した頃です。ここまでくると彼女のかぐや姫キャラも少しずつ有名になり、配信の視聴者も増えていきました。まさに物語の通り。
彼女の言動も純真無垢な少女というより、あざとい系とでもいえばいいのでしょうか。リスナーのことを手玉にとるようなものが増えていきました。この変化に着いていけなくてファンを辞める、と宣言する人もいたほど。一方で翁たち[編集部注 「かぐや」の古くからのファンのことを「翁」「嫗」と呼ぶ]はそんな彼女のふるまいをたしなめたり。
ちなみに竹取物語ではこのころ何があったか知っていますか?絵本のかぐや姫ではあまり描かれない場面です。かぐや姫が5人の公達の求婚にいい顔をしないのを見て、翁が「仏のように大切なわが子よ、変化の者[編集部注 神仏や化け物が人間の姿をしていることを指す]とはいえ翁も七十となり今日とも明日とも知れない。この世の男女は結婚するもので、あなたも結婚のないままいらっしゃるわけにはいかない」とたしなめるんです。
このあたりから私はゾッとしました。もしかしたら竹取物語のストーリーに沿うようにわざと声を上げたファンもいたでしょう。もしくは彼女のキャラづくりの仕掛け人として動くように頼まれていた人もいるかもしれません。どちらにせよ、ファンも彼女の世界観作りに知ってか知らずか参加し、それを楽しんでいるのです。
私もこの頃から彼女の配信を前ほどは熱心には見ないようになりました。あまりに物語の中で、男性たちがかぐや姫に熱狂する様子と似ていて。物語の舞台は平安時代、貴族の時代です。その頃の女性は他の人に顔を見せない、だとか和歌をはじめとした手紙のやりとりがメインだ、というのも顔を出さない配信やそこでのコメントのやりとりでコミュニケーションをとっている彼女と重なります。
いつしか、彼女は名実ともに「現代のかぐや姫」になっていました。
□□□
私は兄に、のめり込まないようにそれとなく忠告しました。だってこの後の展開は日本人なら誰もが知る、あの場面です。でももう手遅れでした。後から知りましたが、兄は知らず知らずのうちに彼女と私を重ね合わせていたようなのです。確かに幼い頃の私もかぐや姫みたいなものでしたから。[編集部注 この人物は病弱で入退院を繰り返していた。たまに会うたびに成長している彼女のことを兄はかぐや姫の急成長に重ねたのだろうか。あるいは病弱で両親にわがままを聞いてもらった様子からそう感じたのかもしれない。]
次第に、彼女のファンは彼女の気を惹こうと過激なことを始めました。配信時に高額な投げ銭をしたり、彼女が欲しがるものをプレゼントしたり。兄もその1人でした。私はもはや彼女の配信を見なくなっていたのですが、それでも話が耳に入ってくるほどに彼女は有名になっていました。
恐らく兄もお金をつぎこんでいたのでしょう。でも、彼女から無理難題が出されたことはまだありませんでした。この時は彼女の「あれが気になるんだよね~」と言った言葉を受けてファンが先回りしてプレゼントしているだけでした。彼女も貰ったものには好意を示していたようです。
そして、ついにその日が来ました。
「リスナーのみなさんへ」と題したその動画で彼女は、いくつか“お願い”をしたのです。
勝手なプレゼントはやめてほしい、欲しいものはハッキリというから、と。
最初の要望は今にして思えばかわいいものでした。自分がプレイしているゲームのフレンドになってほしいだとか、動画で使うイラストを描いてほしいだとか。
だとしてもリスナーに堂々と物を要求しているのです。しかも「勝手な」プレゼントはやめてほしいということは、勝手でなければ許されるということです。異常な関係であることは明らかなのに、リスナーは誰も異を唱えませんでした。過激なことを言うと一人くらい発言に⑦噛みつきそうなのに、誰もたしなめることも、不満をもらすこともなかったのです。もはや良識のあるファンは誰もいなくなっていて、コミュニティとしての良心を失ったも同然でした(32)。
それからも彼女は無理難題を出し続けました。
あのゲームのレアアイテム[編集部注 ゲームによってはランキング上位1%に入らないと入手できないものや、”ガチャ”を何回もする必要があるアイテムもあった]がほしいだとか、オレンジを食べさせることで⑧血液までオレンジの香りがついたブランド肉(34)がほしいだとか。
ファンは必死になって彼女の要求にこたえようと寝る間を惜しんでゲームをプレイしたり、入手困難な高級食材を求めて生産者まで会いに行ったり、それはもう5人の公達どころの頑張りではありません。
でもそうして入手したものを彼女にあげたところで、難癖をつけられてまともに受け取ってもらえません。「どうせお金を積んで誰かからもらったアイテムでしょ」とか「月の住人は月に2回しか①お腹は減らない(9)から食べていない」とか。
公達のようにズルをしたファンもいたのでしょうが、そうではなく真剣に入手しようとしたファンも多かったのでしょう。ファンの間でどれだけ彼女の無理難題に答えられるか競争が始まりました。
「ゲームをするために仕事を辞めた」「100万円以上お金をかけた」なんて声もちらほら聞こえてきました。
彼女自身がそれに対してどう思っていたかは知りませんが、彼らに対して心配や軽蔑の目が向けられたのは事実です。そして、私の兄も。小さな頃の私に構えなかった分を埋めようとしていたのでしょうか。日々の生活のためのお金すらやりくりできない状態になっていました。
私がそれに気付いたのは、借金の督促が私に来たことがきっかけでした。厳密には督促ではなかったのですが、要約すると「兄が失踪したので行方を知らないか」というものでした。もちろん私は兄がそんな状態になっていることなんて知りません。連絡を取ろうとするも連絡先を変えたのか何一つ通じませんでした。
両親はすでに他界し、たった一人も家族であった兄を失い、私はひとりぼっちになってしまいました。よりによって私が勧めた配信者のせいで。私が好きな竹取物語のせいで。
どうしたらいいのか、考えに考えました。
そして、彼女に復讐しようと思いつきました。【問題文】ちょうどその時、彼女のSNS投稿があった通知が来ました。満月の写真とともに、今夜は満月なので配信をする、との告知でした。
確かに窓の外を見ると大きな丸い月が。
奇しくもその日は8月15日、満月の日でした。
かぐや姫がいなくなるのにぴったりの日だ、と私は感激すら覚えました。[編集部注 竹取物語でかぐや姫が月に帰るのは旧暦の8月15日。中秋の名月の日。]
彼女の配信はもうすぐ始まることでしょう。そのときが決行の時です。
□□□
うさぎのイラストが描かれた背景画像を見ながら彼女の配信を待ちます。彼女の最初の”お願い”で寄せられたものです。絵が上手かった兄のイラストも採用されていました。そのイラストを見ると涙が出そうになりましたが、ぐっと堪えます。
イラストの⑥うさぎが1羽、跳ねました。(27)
配信開始の合図です。
彼女のことです。今日の配信で何かしら竹取物語になぞらえたアクションを起こすことも考えられましたが、いつもと変わらない配信のようです。”帝”が現れていないからか、新暦に合わせるためか。昔のように考察してしまい、乾いた笑いが漏れます。
もうそんなことしても意味がないのに。
配信はいつも通りの盛り上がりを見せ、彼女のお願いのコーナーが始まります。
どんなお願いが来るのか、そしていかに速くそれに答えるか。ファンたちはその一瞬に集中します。
彼女が「今日はね、」と口を開いた瞬間。
私は、「今夜お迎えに行きますね。もう充分地上にいたのではないですか」とコメントした。彼女にはもちろん、リスナー全員に見えただろう。彼女にとって”お迎え”は禁句です。それはすなわち、かぐや姫の終わりを意味するから。ある意味、どんな罵詈雑言よりも鋭く、【問題文】深く刺さる刃物のような言葉。私はそれを彼女に向けました。
彼女に今夜、リスナーに向けて②「またね」よりも「さよなら」(17)を言ってほしくて。もうこんなことやめてほしくて。かぐや姫の⑨仮面なんて関係なく、本来の彼女に戻ってほしくて。(38)
言いたかったことを彼女に言っても復讐の心は⑤晴れませんでした(23)。当たり前です。兄がああなってしまったのには私自身にも原因があるからです。分かっていました。だから私は、私自身にも刃物を向けました。
私も「かぐや」だったから。
□□□
病院で意識を取り戻してしまった私は、なぜ自分がここにいるか分かりませんでした。看護師さんに聞くと誰かが救急車を呼んだものの、到着したときにはその人はいなくなっていたそうです。
そして彼女の配信は私のコメント以降、急に終わり、様々な憶測が飛び交っているようです。彼女が襲われただとか、これが事実上の引退宣言なのでは、とか。
私は彼女に連絡をしました。ありがとう、と。たぶん救急車を呼んだのは彼女だから。
返信はありません。でも彼女がこれで考え直してくれたのならよかったのかもしれません。
③こうして、兄も彼女も失ってひとりぼっちになった(20)私はこの手記を書いています。一連の出来事が今後、どのように伝わっていくかは分かりませんし、このあとのことはまだ何も考えていないのですが、私にとってこの出来事は、こういういきさつでした。それだけを言っておきます。
[以下、編集部注]
この人物の素性については様々な推測がなされている。本人の言うように、熱狂的なファンの親族であるという説や、かぐや本人あるいは「かぐや」という存在を作り上げるために助言をした人物ではないかという説もある。
途中で「私も『かぐや』だった」「本来の彼女に戻ってほしい」との記述があるが、これは「自分もかぐやとして活動していた、あるいはそのサポートをしていた」という意味と解釈できるためだ。
手記が進むにつれ、要領を得なくなるのは自分自身の行動が暴走していることに対して混乱しているようからだとも、かつての友人の行動がエスカレートして暴走しているのを心配しているからだとも受け取れる。
いずれにせよ、かぐやという配信者がいて、そのファンのふるまいが外野から見て問題になっていたこと、かぐやがあの日以来活動していないことは事実である。
少なくとも編集部はこの手記を送ってきた人物が例のコメントとした人物と同一人物あるいはかなり近しい人物である、という確認を取ったもののその内容の真偽については言及しない。
これを読んだ皆さんがどう感じるかは自由である。
だが、ネットコンテンツとの付き合い方を見直す機会にしてはどうだろうか。
(文責・加藤)
≪おわり≫
[編集済]
かぐや姫という物語を主軸に、インターネットの闇の恐ろしさを感じたヨ。
インターネット上で配信活動を行う「かぐや」と語り部である破滅した男の妹「かぐや」の物語。
随所に編集部の注釈がつくことで物語の雰囲気を壊さないままわかりやすく書き上げられた文章、親しみやすい「かぐや姫」という物語のモチーフを元に当時の文化の今風解釈には鳥肌がたったヨ。
ほずみさんの安定感のある物語は読んでいて安心するよネ。この人ならどんな壁に突き当たっても簡単に壊してしまいそうだと改めて感じたヨ。
[編集済]
これで投稿フェーズBを終了とするヨ
これから投票所設置を行うから少し待ってネ
その場合、タイトルに「ロスタイム」の表記を忘れないよう頼むヨ
参加者一覧 14人(クリックすると質問が絞れます)
結果だけさらっと見たい方は投票会場https://late-late.jp/mondai/show/17313の解説を見てネ。
さあ、ついにやって来た「第肆拾伍回 正解を創りだすウミガメ」結果発表のお時間だヨ。
今回は投稿期間を三週間に延長して皆様の創作意欲を受け止められるようにと準備してみたけれど、如何だったかナ。5名の方に作品をご投稿いただき、9名の方にご投票いただけたヨ。まずはその事に心より感謝の言葉を送らせてもらうネ。
今回は最難関要素と最優秀作品賞、どちらも1位の発表のみとさせてもらうヨ。
(投票所の方では全ての開票結果をまとめているから是非よってみてネ)
早速発表といこうカ…まずは、最難関要素だヨ。
◇最難関要素賞◇
2位の要素と6票も差をつけて堂々一位の最難関要素賞に選ばれたのは……
🥇(7票)
⑧血液はオレンジの香り(弥七さん)
血液はオレンジの香りという、要素として聞かなければとてもエモーショナルなフレーズ…その本来出会うことのないエモい組み合わせが余計に難易度を跳ね上げたようだネ。
弥七さん、良かったネ。
さて、長い長いと前降った割にすぐ来てしまった最優秀作品賞の発表だヨ!!
◇最優秀作品賞◇
-何故書くのかって、畢竟楽しいからだ。
🥇(5票)
①『丑三つ時のナチュラルハイ』(作:たけの子さん)
深夜に漫画を描く創作家の独白を描いたたけの子さんの作品が半数近い投票によって選ばれたヨ。
やはり正解を創りだすウミガメを愛する皆様の中に眠る創作魂に響くものがあったのだろうネ、刃物というおどろおどろしいワードをメタ視点にすることで日常設定の中に溶け込ませるその腕前には感嘆のコメントが投票所で伺えたヨ。
そして、最後を飾る、シェチュ王の発表に移ろうカ。
といっても、今回は最優秀作品賞は同率一位では無く作品も一人一作品だから…今回のシェチュ王はこの方だヨ!
シェチュ王
👑たけの子さん
祝福を、心からの祝福をこの場を借りて贈らせてもらうネ。
皆様、盛大な拍手をよろしく頼むヨ!!!
また、見事シェチュ王に輝いたたけの子さんには、唯一称号[◇シェチュ王◇]と次回である「第46回正解を創りだすウミガメ」の出題権を進呈するヨ!!
🎭っ👑 🍄 (゚Д゚;≡;゚Д゚) 🎍
これにて「第肆拾伍回 正解を創りだすウミガメ」閉幕だヨ!
改めまして、皆様、本当に感謝するヨ!!
連絡所にて、今回の創りだすについてのご意見も募集中だヨ。時間があるときにでも覗いてもらえると嬉しいヨ~
こういった企画で称号をいただくのは初めてです嬉しいです拙作に投票してくださった皆様ありがとうございました〜OUTISさん企画運営お疲れ様です! 次回はわたくしが行うのですね頑張ります😇[編集済] [22年09月05日 22:41]
夏の夜に月を眺める女。
その月が満月であった為に私は彼女に刃物の切っ先を向けた。
状況を説明してください。
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①お腹は減らない(9)
②「またね」よりも「さよなら」(17)
③そしてまた一人になる(20)
④変化する(21)
⑤晴れなかった(23)
⑥うさぎがはねた(27)
⑦噛まないから安心ではない(32)
⑧血液はオレンジの香り(34)
⑨仮面は関係ない(38)
⑩楽しい(40)
要素は全て使用・文字数制限無し・簡易解説は必須ではない
自分が正解した問題・出題者への賛辞・シリーズ一覧・良い進行力など、基準は人それぞれです。
自分専用のブックマークとしてお使い下さい。
Goodって?
「トリック」「物語」「納得感」そして「良質」の4要素において「好き」を伝えることができます。
これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。
ブクマ・Goodは出題者にとってのモチベーションアップに繋がります!「良い」と思った自分の気持ちは積極的に伝えていこう!