外は快晴、絶好のお出かけ日和。彼女が「外に出よう」と言ったので、僕は家で映画を見る準備を始めた。
いったいなぜ?
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ウミガメのスープ、そして「創りだす」を愛する皆々様。
お待たせしました。第43回正解を創りだすウミガメのお時間です。
今回の司会を務めさせていただきます、ほずみと申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
前回はこちら→https://late-late.jp/mondai/show/16199
そろそろ世間ではゴールデンウィークですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?どこかへお出かけする人も、お家でゆっくりする人も、Let’s創りだす!
※「正解を創りだすウミガメ」って何?という方はこちらをどうぞ
→https://late-late.jp/secret/show/d8MCaJqldjB6JV9SOlry2do4DhGUmmpYsCcIDbNu04c.
※主催からの連絡や「創りだす」への疑問はこちらをご活用ください→
https://late-late.jp/secret/show/2wgwozfnBGIHYj6XOBB5pAp1m5T6aQIf2Ii8bKsEboA.
それでは、詳しいルール説明へどうぞ!
★★ 1・要素募集フェーズ ★★
[出題〜要素が50個集まるまでor23:59]
まず、正解を創りだすカギとなる質問(要素選出)をしていただきます。
☆要素選出の手順
①要素の投稿
出題直後から、YESかNOで答えられる質問を受け付けます。質問は1人4回まででお願いします。
皆様から寄せられた質問の数が50個に達すると締め切りです。または、出題日の23:59で50個に達していなくても締め切ります。その時点で投稿された要素が10個未満の場合は別途アナウンスします。
②要素の選出
選出は全てランダムです。
選ばれた質問には「YES!」もしくは「NO!」の返答とともに『[良い質問]』(=良質)がつきます。
※良質としたものを以下『要素』と呼びます。
※ただし、問題文や前出の要素と矛盾するものや、条件が狭まりすぎるものは採用されないことがあります。あらかじめご了承ください。
[矛盾例]田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね?(不採用)
[狭い例]ノンフィクションですか?(不採用)
[狭い例]登場キャラは1人ですか?(不採用)
[狭い例]ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)
要素が揃った後、まとメモに要素を書き出しますのでご活用ください。
★★ 2・投稿フェーズ ★★
[要素選定後~5/13(金)23:59]
要素募集フェーズが終わったら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズ』に移行します。
各要素を含んだ解説案をご投稿ください。文字数・投稿数に制限はございません。
らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだしましょう。
※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖・ラテシン版)」も参考になさってください。
ラテシン版
http://sui-hei.net/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
らてらて鯖
https://late-late.jp/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
☆作品投稿の手順
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。複数投稿も可とします。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
③まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。
④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾には、「おわり」などの終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
投稿フェーズ終了までは、本文・タイトル共に自由に編集していただいて構いません。
⑤ 簡易解説(解説文の要約)をつけるかどうかは投稿者の皆さまにお任せします。
※エントリーを辞退される際は、作品タイトルに<投票対象外>を付記して下さい。
メイン投票は対象外となりますが、サブ投票の対象となります。
※投稿フェーズ終了後に投稿(=ロスタイム投稿)をされる場合、タイトルに<ロスタイム>と付記してください。
メイン投票は対象外となりますが、サブ投票の対象となります。
※少しでも気軽にご参加いただくために、今回の創りだすでも次回主催辞退制度を採用しております。
仮にシェチュ王を獲得しても次回の主催を務める時間・自信がない……という方は、投稿フェーズ終了後に設置される投票所にて、その旨をお伝えください。投票所の相談チャットにて「出題者のみに表示」にチェックを入れて書き込むか、主催までミニメールを送る形でも結構です。
★★ 3・投票フェーズ ★★
[投票会場設置後~5/21(土)23:59]
投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行します。
お気に入りの作品、苦戦した要素を選出しましょう。フィーリングで全然OKです。心向くままに楽しみましょう!
☆投票の手順
①投稿期間終了後、別ページにて、「正解を創りだすウミガメ・投票会場」(闇スープ)を設置いたします。
②作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、気に入った作品に投票できます。
※ロスタイム、投票対象外作品を投稿したシェフも、持ち票は3票とします。
それぞれの「タイトル・票数・作者・感想」を質問欄で述べてください。感想については、簡略なもので構いません。一文でも大丈夫です。
また、「最も組み込むのが難しかった(難しそうな)要素」も1つお答えください。こちらの投票数は「シェフ」と「観戦者」で共通です。
※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構いません。
※自分の作品に投票は出来ません。その分の票を棄権したとみなします。
※投票自体に良質正解マーカーはつけません。ご了承ください。
またこれらとは別にサブ賞を設けさせていただきます。どのサブ賞を実施するかもふくめ、これらの詳細は投票会場にてご説明いたします。
③皆様の投票により、以下の受賞者が決定します。
◆最難関要素賞(最も票を集めた要素)
→その質問に[正解]を進呈
◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品)
→その作品に[正解]を進呈
◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計)
→全ての作品に[正解]を進呈
→見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題していただきます!
※票が同数になった場合のルール
[最難関要素賞][最優秀作品賞]
同率で受賞です。
[シェチュ王]
同率の場合、最も多くの人から票をもらった人(=一人の方からの複数票を1票と数えたときに最も票数の多い人)が受賞です。(投票者の頭数です。)
それでも同率の場合、出題者も事前に決めた3票を投じて再集計します。
それでもどうしても同率の場合は、最終投稿が早い順に決定させていただきます。
◇◇ コインバッジについて ◇◇
シェチュ王……400c
最優秀作品賞…100c
最難関要素賞…10c
シェフ参加賞…15c
投票参加賞……10c
要素採用賞……10c New!
上記の通り賞に応じてコインを発行する予定ですので、皆様ぜひお気軽にご参加ください。要素採用賞については「正解を創りだす連絡所」https://late-late.jp/secret/show/2wgwozfnBGIHYj6XOBB5pAp1m5T6aQIf2Ii8bKsEboA.もご確認ください。
※「最優秀作品賞」および「最難関要素賞」については、1名分のコインコードしか用意がございません。
このため同率受賞の場合は、先に投稿された要素/作品の投稿者の方にコインコードを贈呈させていただきます。あらかじめご了承ください。
■■ タイムテーブル ■■
※状況に応じて変更の可能性もございます。
☆要素募集フェーズ
出題 ~ 質問数が50個に達するまでor4/28(木)23:59
☆投稿フェーズ
要素選定後 ~ 5/13(金) 23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後 ~ 5/21(土) 23:59まで
☆結果発表
5/22(日) 21:00(予定)
毎度恒例、長い説明にお付き合いいただき、ありがとうございました!
細かいルールについては、そのフェーズが始まった時にでもご確認ください。
もしくは連絡所に書き込みをお願いします。
これより、第43回正解を創りだすウミガメを開始いたします!
まずは要素投稿フェーズです!お忘れなく、要素投稿は1人4回までですよ!
それでは、よーい…………
スタート!!!
結果発表~!!!!
採用要素数は10個、使用要素数は【10個すべて】とします。質問数が少なかった場合は後ほど追加でアナウンスします!
投稿フェーズの締切は 5/13(金) 23:59 です。
要素一覧をまとメモに載せましたのでご活用ください。
使用要素は【10個すべて】です。[編集済]
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。
④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
投稿フェーズ終了までは、自由に編集していただいて構いません。終了アナウンス後の編集はお控えください。
※ロスタイム、投票対象外作品を投稿する場合、タイトルに<ロスタイム>や<投票対象外>の付記をお願いいたします。
それでは、投稿フェーズ、スタートです!
皆様のご作品を、心よりお待ちしております。[編集済]
「今日は晴れてよかったね」
彼女はそう言って笑った。
でも、雨の方が好き①な僕は少し憂鬱な気分だ。晴れだと差し込む陽射しが目に刺さる。
「うん、そうだね。今日は本当にいい天気だ」
ただそんな事、雨の日は気圧の変化のせいでよく体調を崩す彼女の前ではとても言えない。
一昨日だってそうだ。「頭が痛い、耳が痛い⑩」と彼女がぶつぶつ雨に対して恨み言を繰り返すのを、僕は黙って聞き流すしかなかった。
「ほい、カルボナーラいっちょあがりっと。テーブルに運ぶの手伝ってくれる?」
「りょーかい。ついでに飲み物も私が用意するね」
彼女の白く華奢な手で湯気を上げる皿が運ばれて行く。
彼女はこの上なく素敵な女性だけど、料理が苦手な事だけがたまに傷だ。
何故彼女は料理をする際に限って極端に手際が悪くなるのだろうか。以前自分用に茹でて和えるだけのパスタを作ろうとした時も、茹で上がりまであと1分も無い④というタイミングで食器やら何やら用意し始めたものだから、麺がぐでんぐでんに伸びてしまっていたっけ②。
想定外の量に膨れ上がった③パスタを仏頂面で掻き込んでいた彼女を思い出してしまい、僕はバレないようにこっそり笑った。
「……ねえ、コーヒーと紅茶どっちが良い?」
「うーん、じゃあコーヒーで」
「残念、コーヒーの粉は切れてました~。紅茶一択です⑥」
じゃあ何故聞いたし。でも、そんな所も可愛い。
「今日はこれからどうしようか」
「せっかくのお出かけ日和だし、やっぱり外に出ようよ。ショッピングとか、ショッピングとかさ」
「えーまた買い物? どこ行きたいの?」
「うーん、まずはチョキチョキクラフトワーク⑤かな」
「あー、あの手芸店ね。最近はまってるもんな」
たわいもない会話。彼女の声を聞くだけで僕は幸せに包まれる。何もできなくても、こうして彼女のそばに居られればそれだけで充分だ⑨。
「メイクOK、戸締まりOK! それじゃ行こうか」
ガチャリと鍵の掛かる音がして、二人分の足音が遠ざかっていく。
僕は隠しカメラのモニターから目を離すと、足下の天板を外してクローゼットの中に下り立った。
ここは彼女の家。さっきまで、彼女が僕の知らない男と会話し、一緒に過ごしていた部屋。
その天井裏に、彼女に一目惚れした僕は半年前から住みついている⑧。
クローゼットを開けた僕は部屋の中を見回して、昨日とは違う所を探した⑦。
──彼女の映画コレクションがまた一つ増えてる。今回も僕の知らない映画だ、彼女はどんな映画を見ているんだろう?
僕は整然と並んだコレクションから新しい一枚を抜き取った。そして、彼女の部屋のデッキにセットして、彼女の部屋のテレビを点ける。
テレビの明かりが、ぼんやりと薄暗い部屋に踞る僕を照らした。
もうすぐ映画が始まる。ああ、こうしてまた彼女の事を一つ知れるんだ。
僕は今、本当に幸せだ。
終了
[編集済]
何気ない休日の恋人たちの一幕かと思えば、最後の展開に驚きでした。彼と彼女の関係性が意外でしたで賞。 [編集済] [良い質問]
【おはよう。目覚めたかい?】
彼女は不気味な声で目覚めた。
真っ白な部屋に何人かの見知らぬ人。
テレビが1台と監視カメラが2台。
ここはどこなの?私になにをしたの?
【今からみなさんにはゲームをしてもらいます。】
えっ、まさか…
こいつ私の話を聞いていない。質問と違う回答をするなんて、キモい。誰だコイツは。
「誰だ!俺をこんなところに連れてきやがって!出せ!早く出せよ!」
やめろ。一番最初にマスターっぽいやつに反抗したやつは大抵、見せしめになるぞ。やめとけ。
【自己紹介をしよう。僕は、そうだな。ウッドアンダーとでも名乗っておこうか。】
なるほど。やっぱりコイツは話を聞いていない。そして隠してるつもりだろうが本名は木下だな。もう安易。安易だ。ケータイのパスワードも絶対誕生日で設定するタイプだ。
【君たちにはゲームをしてもらう。ゲームが始まり制限時間内にこの部屋を出ることができたら君たちの勝ち。もし制限時間が来てしまうと…まぁ大体わかるよね。】
くそっ。爆発か毒ガスか。皆殺しってことか。
【この真っ白な部屋をマッキーで真っ黒にしてもらいます。】
まぁまぁの地獄じゃねーか。きつー。
ピッ、ピッ
「おい!テレビにタイマーが付いてる!もうあと10分しかないぞ!」
【ふははは。それではごゆっくり。】
ちくしょう。木下め。なめやがって。なにをしろって言うんだ。何かヒントになるものはないかな。
「おい!テレビにタイマーが付いてる!もうあと9分しかないぞ!」
さっきから誰だ。適当にここにいる人間にあだ名をつけよう。
モヒカン、インテリ、双子、アラサー、イケメン、オタク、部長、姉御、三つ子、おさげ、筋肉、三つ子。
いや、想定外の多さの人。そしておんなじ顔多すぎなんですけど。でも大丈夫。多分、みんなモブだから。気にしない。
「テレビの後ろに何か紙があるみたいだ。」
なになに。三つ子のポケットに赤、緑、青の三つのボタンが入っている。質問の答えに合うボタンを押せばドアが開かれる。
そうだと思えば赤、違うと思えば青、ジェノベーゼなら緑を押せ。
[私の得意料理はパスタだ。]
なんで私が問題になっているんだ。そして何だこの問題は。とりあえずボタン。三つ子集合。
6人来た。しくってる。
全員がポケットを探る。なんか色んなところから三つのボタンが出てきた。
さぁ、ここからが問題だ。
私はまず、パスタは得意料理ではない。
しかし、他人には得意だと言っている。しかもカルボナーラだ。
と、言うことは赤か青の2択。他の人が私がパスタを作れないことを知るわけがない。
よし、赤だ。
赤のボタンを押して!私はパスタが得意料理よ。
「わかった。赤だな。ポチ」
ブブー。
くそっ!知っていたのか!2択を外した。どうなる。失敗したらどうなるんだ。
ブーン
何もなかった所にドアが出現。そこから三つ子と同じ顔がもう1人現れた。
くそっ!四つ子だったのか。めちゃくちゃどうでもいい。知るか。
ピッ、ピッ
「おい!テレビにタイマーが付いてる!もうあと8分しかないぞ!」
わかってるよ、おさげ。
「次はこれだそうだ。」
さっき出てきた、三つ子の四つ子目が紙を差し出した。
[まちがいさがしです。足りないものなんでしょう?明らかに違うものがあるよ。虹が出てたとか、灰色と青が似てるとかそんなんじゃないからね。頑張って考えてね。さよならエレジー。]
そこには一枚の写真。ここにいる全員がバスに乗っている写真だった。
なんだこれ。いや、その前にすごい菅田将暉感。菅田将暉が気になってちょっと話がまとまらないんですけど。
ピッ、ピッ
「おい!テレビにタイマーが付いてる!もうあと7分しかないぞ!」
大丈夫だ、おさげ。わかっている。
バスの写真…全員が乗っている。増えた四つ子も。何だ、何が足りない。考えろ。考えるんだ。
はっ!思い出した。かすかだが私はこの人たちを知っている。ここに連れて来られる前、私は『カニ食べ放題しゃぶり倒しツアー』に参加したんだった。
1人で参加した私は車酔い予防のため、ずっとアメを舐めていた。どちらかといえば好きなアメ。キンカンのやつ。
「すいません。私にもアメを一ついただけませんか?」
隣に座っていたイケメンにそう言われ、アメを渡したのがきっかけで話をした。確かその時に得意料理はパスタだと言った気がする。
ピッ、ピッ
「おい!テレビにタイマーが付いてる!もうあと6分しかないぞ!」
今、大事な回想中だ。黙れおさげ。
着くまでの間、部長のしょーもないじゃんけん大会などもあった。最初はチョキとかふざけてたな。すごく嫌いになった。部長。
その時に撮られた写真だと思う。
サービスエリアで止まり、出発するまでの間。
そう、その時に撮ったものだ。
思い出せ。何が足りない。
わからない。足りないものなんてないじゃないか。
ピッ、ピッ
「おい!テレビにタイマーが付いてる!もうあと1分もないぞ!」
なんだと!毎分毎にずっと言っていたのに、何故そこまで言わないんだ!おさげ!
まずい、時間がない。なんだ。なんだ。
ピッ、ピッ、ピーーーーーーー
わからないまま時計はゼロを表示した。
【やぁ、ではそろそろ始めるよ。恐怖のゲームをね!!!】
は?
【え?】
どゆこと?
【なにが?まだ始まってないよ。さっきのは始まる前のカウントダウンだよ。ごゆっくりって言ったじゃん。始まるまでゆっくりしてねってことじゃん。】
きもーーーーーーうぜーーーーー
何だこいつ
【じゃあ始めるよ。制限時間は3分。もうギリギリだよ。外に出られたら勝ちだからね!】
ピーーーーーーーーーーー
時計の電子音がまだ響いている。耳が痛い。しかし考えることをやめてはいけない。
何が足りないんだ。
ちょっと待て。ここに映っていないもの。この写真には全員写っている。と、思っていた。誰だ、これを撮ったのは。思い出した。
運転手だ。
運転手の名前は確か…………木下!!!!
わかった!足りないものは、木下!運転手だ!
ピーーーーーーーーーーー
【よくわかったね。そう、僕もいたんだよ。あの場所にね。正解だよ。外に出ていいよ。さっき四つ子が出てきたドアを開けておくよ。じゃあね。】
よっし!
私はドアを開けた。外は快晴。出るには今しかない。
さぁ、みんな一緒に出よう!ゲームは終わったよ。
「俺らは行けない。選ばれてないんだよ。」
どういうこと?何を言ってるの?
ピーーーーーーーーーーー
どんどん音が大きくなる。耳が痛い。早く出たい。しかし、みんなは。
「早く出ないと。時間切れになってしまう。君しか助からないんだよ。もとからそう決まってた。早く!行くんだ!」
どうする。さっきの2択とは比べ物にならない重さ。もう時間がない。
彼らの叫んでる声すらも、もう聞こえなくなってる。
どうしよう。
ピーーーーーーーーーーー
【そろそろ時間だよ。行くの?行かないの?】
行きます。皆さんが行けと言ってくれるので。では。
私が外に出る時少し聞こえた気がする。
【もう来ないでね】
えっ?
ピッ、ピッ
「先生!意識が戻りました!3分前に心肺停止しましたが、戻りました!」
私は一命を取り留めた。トンネル内で大型バスの事故が起こり、そこで助かったのは私だけだったそうだ。
事故以降のことは何も覚えていない。
でも想定外の多さの人が背中を押してくれている気がする。
この後、どうなるかわからないが一生懸命に生きよう。
【彼女、良かったね。さぁ映画でも見ようかな。彼女の人生という映画を。
みんなが作ってくれたこの黒い部屋で】
えんど
軽快なテンポのギャグのつもりで読み進め、最後のセリフにぞわっとしました。前半との温度差で風邪ひきそうで賞。 [編集済]
「あ、飴細工。」
僕は飴細工が好きだ①。
綺麗だし、重厚感があるし、そして…意外と高価だ。
趣味が合うんだな。
その横で、ガラクタをせわしなく袋に投げ入れる彼女。
「こら、ぼーっとしないの。」
のんびりと眺めていると、彼女からたしなめられる。
こんなにたくさん荷物があるんじゃ③、気が進まないな。
そもそも新築なのに、荷物が多すぎだよ。
きちんと整理されている前の家の方が良かったなあ⑥。
こんなのは、間違いが100個ある間違い探しだよ⑦。
勝手なことをすると彼女に怒られそうだし…
やる気にならない。
ピーンポーン
インターホンが鳴る。
「すみません、警察のものです。この付近に不審な人物がいると通報がありました。」
ドア越しに声が聞こえる。
「早く外に出よう。」
彼女を無視して、僕は棚にあったDVDを手に取り、映画を流し始めた。
「ちょっと、何してるの?」
「まあ、いいじゃん。」
これ以上待たせると、警察が僕らを不審だと思うだろう④。
「すみません、お待たせしました。ちょうど映画を見ていたところでして。」
「いえいえ、休日のところすみません。このあたりで不審な人物は見かけませんでしたか?」
「特に見ていないですね。通報があったんですって?」
「そうなんですよ。この辺りは平和ですからね。問題はないと思いますが、一応見回りをしなくてはいけないのです。」
「それはお疲れ様です。そろそろ映画のほうに戻ってもいいですか?」
「ええどうぞ。失礼しました。」
警察は去っていく。
「なんでわざわざDVDなんてつけたのよ?すぐに出ようって言ったでしょ。」
「わかってないなあ。そっちのほうが怪しいよ。」
「いーや、ジャンケンで『最初はチョキ』って言うくらいおかしいわ⑤。」
まったく、ああいえばこう言う。耳が痛いよ⑩。
「はいはい。それより、もう持っていくものは整理できた?」
「完璧よ⑨。あなたがのんびり飴細工を見ている間にね。」
さて、じゃあ外に出ますか。
今日は快晴、絶好のお出かけ日和。
みんな家にいない、最高の“泥棒”日和だね⑧。
「今日は大漁だから、カルボナーラお願いね。」
「うまくいくとあんたはいつもそれね。わざと私が下手な料理を選ぶんだから②。」
「ふーん。僕は気に入ってるんだけどなあ。」
「この天邪鬼め。」
【簡易解説】
泥棒の僕と彼女は、家に忍び込んだ際、不審人物の通報があった警察の訪問を受ける。
「早く外に出よう」と言う彼女を無視して、映画を流し始める僕。
休日に映画を見ている人のフリをして、警察をやりすごすのだった。
完
[編集済]
1つ1つの言葉選びに見事にひっかかってしまいました。彼女を無視しているのも含め天邪鬼な彼に、ひねくれすぎで賞。 [編集済]
彼女ができた。
僕も彼女も一人暮らし。
おうちデートでイチャつく姿を想像するとニヤけてしまって仕方がない。
初めてのデートの日はあいにくの雨だったけど、僕はいきなり舞い込んだチャンスに感謝した。
家に誘う口実が出来たからだ。
電話で「雨だから出かけるのはやめてうちに来ない?」と聞いてみると、彼女の弾んだ声が返ってきた。
①(6)「え~ 外にしようよ! 私、雨の日も好きなんだ! お気にの傘でデートって楽しそうだよね!」
2度目のデートは、彼女から「うちに来ない?手料理御馳走するよ!」とお誘いがあった。
何が食べたいか聞かれて「パスタかな」と答えた僕は、彼女の表情が曇ったのを見逃してしまった。
デート当日、彼女の家に着くと、彼女が慌てたように家から飛び出してきた。
「ゴメン!やっぱ、手料理は今度にしよう。近所に美味しいパスタ屋さんあるから、そこに行こうよ!」
②(9)後で知ったことだが、彼女はパスタ料理が得意ではないらしい。
あの日の慌てようから想像すると、かなりヤバい代物が出来上がったのだろう。
3度目のデートは、僕の家でペットのお披露目会となった。
彼女は柴犬を飼っていて1匹ではないが「少しくらいなら家に入れても大丈夫だろう」と高を括っていた。
約束の時間がきたので外に出てみると、それぞれの手にリードを10本づつ持った彼女の姿が見えた。
③(10)ちょっと待って!20匹は想定外の多さだよ!
さすがに僕の狭いアパートに入れるのは無理なので、お披露目会場は近所の公園に変更になった。
4度目のデートの後、彼女の家まで送る帰り道で、すごく話が盛り上がった。
家の前に着くと彼女から「もっと話したいから、うちに寄ってかない?」と誘われた。
願ってもない話に「いいね!」と返事しようとしたが、「あっ、ダメだ。今日はお父さんが早く帰ってくるんだった」と無情な彼女の言葉に遮られてしまった。
僕は「そうなんだ、でもちょっとぐらいならどうかな?」と粘ってみたけど、彼女の返事は「帰ってくるの7時なんだよね」
④(11)はい、あと1分もないですね。
5度目のデートの行先ををジャンケンで決めることになった。
僕が勝ったら僕の家で、いや、やっぱり彼女の家でデートだ!
すると彼女が「ねえねえ、何出す?」と聞いてきた。
「(お、駆け引きか。まあ、必要だよね)う~ん、チョキかな」と答えた僕に
「チョキだね。絶対だよね。信じるからね。嘘なんかつかれたら悲しくてデートどころじゃないからね」と言う彼女。
「いや、ちょっとそれは卑怯じゃないですか?」
⑤(19)とも言えないまま、僕は宣言通り最初にチョキを出した。
彼女は当然のようにグーを出して、デートの行き先は水族館に決定した。
6度目の週末デートは、手料理のリベンジがしたいということで彼女の家に決定!
土日のどっちがいいか聞かれた僕は、ワンチャンお泊りも狙って土曜を選択。
すると金曜の夜に彼女から電話があって「お母さんが来てて泊ってくって。『明日出かけるから』って言って帰ってもらおうとしたんだけど、『家で一人で待ってるからいいよ』だって。仕方ないから明日は買い物にでも行こうか。」
➅(34)しまった、2択を外してしまった。
正解は日曜だったか。
僕の家でおうちデートということに決まった7度目のデートの日、彼女は約束の時間より随分早くうちにやってきた。
まだ部屋を片付ける前だったので、彼女には家の前の公園で少し待ってもらうことにした。
⑦(38)マッハで部屋を片付けて迎えに行くと、彼女はベンチに座って「まちがい探しブック」に夢中になっていた。
「部屋片付いたよ」「ちょっと待ってて!」
(しばらく待ったあと)
「ねえ、それ部屋でやるといいよ」「もう少しなんだから、ちょっと待ってって!」
(かなり待ったあと)
「ねえ、僕も手伝うから部屋にきてやらない?」「もう!気が散るから家で待っててよ!」
こうなったらテコでも動かないので仕方なく家で待ってると、かなり経ってから彼女がやってきた。
「やっと終わったよ。すごい時間かかっちゃったよ。ゴメンね、もう帰らなきゃ。」
前回のお詫びということで、彼女の家にお呼ばれした8度目のデートの日。
⑧(40)僕は高熱が出てフラフラだったけど、そのことを隠して何食わぬ顔で彼女の家の呼び鈴を押した。
でも、全然「何食わぬ顔」が出来てなかったようで、彼女に速攻でバレてしまった。
「こんな熱あるのに、馬鹿じゃないの? タクシーで病院に行くよ!」
相当ひどかったようで、そのまま1日入院することになった。
もちろんデートはお預けだ。
9度目のバーベキューデートの朝、彼女がお父さんの車を借りて、うちに迎えに来てくれることになった。
僕の家から車に道具を運んだあとに「疲れたから少し家で休憩してから出掛けようよ!」と誘う作戦をたてる。
出かけるまでの少しの時間だけど、それでも「おうちデート」に変わりはないよね。
車の音がしたので外に出てみると、ミニバンの窓が開いて彼女が言った。
⑨(44)「お父さんの車、バーベキューやキャンプの道具が載せっぱなしなの。足りないものないから早く乗って!」
10回目のデートの前日。
僕は彼女に電話をして「なかなか、おうちデート出来ないから、明日は買い物やめて、うちに来ない?」とストレートに誘ってみた。
すると彼女は「えっ!どういうこと? 買い物って決めてたよね? そんなに家に呼びたいの? 家で何する気?」と早口でまくしたてる。
そしてトドメの一撃が繰り出された。
「男の人って『おうちデート』に持ち込めばエッチ出来ると思ってるんでしょ? そんなわけないじゃん、馬鹿なの!?」
はい、すみません、僕も思っていました。
⑩(48)まことに耳が痛いです。
そして、今日は11回目のデートの日だ。
外は快晴、絶好のお出かけ日和。
電話越しに彼女が「外に出よう」と言ったけど、僕は諦めずに、どうやって「おうちデート」に持ち込むかを考える。
そうだ、彼女をネズミーランドに連れて行こう!
そして、ネズミー気分で盛り上がった彼女を誘うんだ。
「帰りにうちに寄らない? ネズミー映画のDVDを一緒に見ようよ!」
僕は早速、家で映画を見る準備に取り掛かった。
だって、僕は知らなかったんだ。
彼女が、ネズミーランドで遊ぶのは大好きだけど、ネズミー映画には全く興味ないってことを。
【簡易解説】
彼女とネズミーランドで遊んだあとにネズミー映画をダシに家に誘う計画をたてた僕は、映画を観る準備してから出掛けることにした。
終了
[編集済]
意外にも4作品目で初のデート話。彼の苦労を思うと明るいお話のはずなのに涙が…あれ? 12回目も頑張ってほしいで賞。 [編集済]
「外に出たい!」
「無理です」
「…本っ当につまらん人間だな、君は」
ああ、耳が痛い⑩。
彼女はいつも、僕の弱点を的確についてくる。
彼女のお父上から、教育係兼監視役を命じられた時点で、僕の一生は決まった。
相手方にとって、足りないものがない⑨ように、気に入られるように。
僕は彼女を立派な淑女へと育て上げなければならない。
要するに花嫁修業みたいなものだ。
パスタ料理が得意でない②彼女に、僕が完璧な作り方を教えるとか。
「時代錯誤」
僕は思わず口走った。
「何か言った?」
「いえ」
それにしても…。
出来ないことが多すぎる、想定外だ③。
生みの親には悪いが、こんなのを「嫁」にしたいやつがいるか?
前述の通り、料理は壊滅的。
パスタどころか、塩むすびすら作れない。
塩を入れなければならない時には砂糖を入れる。
逆もまたしかり。
なぜその2択を確実に外す⑥?
ラベルを見ろ。ちょっとくらい考えろ。
「ジャンケンでは最初にチョキを出して下さい⑤」
「なぜ?」
「勝つためです。20XX年現在は、統計上チョキが勝つ確率が高い。なぜなら」
「クソ面白くないな、君は」
何とでも言え。
僕は僕の仕事を全うせねば。
「…では問題です」
Qまちがいをさがせ⑦!
Aウォーリーが鼻をほじっている
ウォーリーはそんなことしない!そもそもこれはウォーリーを探せではない!
「違います」
ダメだ。
彼女を嫁に送り出すなんて出来るはずない。
これは無理だ。可哀想に。
「それにしても可哀想に」
一瞬、心を読まれたかと思った。
「何がです?」
「君、売り飛ばされてここに来たんだろう?」
「は??」
「君に比べたら、私は賢いとは言えないし、不器用だ」
わざわざ僕と比べなくても、だいぶ賢くないのは知ってる。
「君は父上から厄介な娘を押しつけられて、教育係をさせられている。売り飛ばされた以外に理由が思いつかない」
いや、飛躍しすぎ。
思い込み激しすぎ、怖い。
売り飛ばされただって?僕が?
「ほら君、前に雨が好き①って言ってただろう?」
「はい。言いました」
確かに雨は好きだが、同時に細心の注意を払う必要があるので、僕は日々気圧配置や湿度、風向きなど事細かに調べることにしている。
「それが何か?」
「あれは嘘だな。断言する」
彼女は窓際に走り、空を指さす。
「こんな気分の時には、外に出よう!外は快晴、絶好のお出かけ日和」
まさか、気を遣っているのか?
僕はこんな気分でも何の気分でもないのに。
でも、彼女の笑顔から目を逸らした。
なぜ?
「駄目です。あなたは今から恋愛映画を観るんです。僕はこの部屋でセッティングを開始します」
カチャカチャ、ピ。ウィーン
「絶対に?」
何だその顔は。
「絶対に、です」
「…そうか」
やめろ、わかり易くシュンとするな!
「1分だけ。いや1分もない④ので、失礼します」
僕は彼女を抱えて庭を駆け回った。
地面を踏みつける度にガシャガシャと鳴る機械音。
見た目や感触はまるっきり人間でも、脳の代わりにAIが搭載されているし、中身は鉄やら何やらの塊。
「よし、戻ります!」
「何で!」
「あと30秒で雨が降り始めるから!」
彼女を部屋に押し込み、僕はぐったりと倒れ込んだ。
すぐに雨音が聞こえ始める。
僕の隠し事⑧は、すっかりバレてしまっただろう。
アンドロイドだと知ったら、感性だけは豊かな彼女がショックを受けると思って黙っていたのに。
「さて。せっかく準備してくれたのだから映画を観よう!」
「え、観るんですか?」
「君は本当に、クソ面白くて優秀なアンドロイドだな」
ふふふと笑う彼女。
「それに意外と馬鹿だ。濡れたら壊れるのに、雨が好きなはずがない」
………………。
「えっ?」
いやいやいやいや、違う!
僕じゃなくて
あなたが、売り飛ばされそうになってるアンドロイドなんだってば!
(簡易解説)
雨には細心の注意を払っており、その日が快晴から雨になることを事前に調べていた僕。
彼女が外に出たがったので、アンドロイド(販売用)である彼女が濡れないように、僕は部屋で映画を観る準備を始めなければならなかった。
おわり
終盤の視点の変化に驚いたと同時に、彼は本当に人間なのか?実は彼も…?と疑ってしまいたくなりました。ぜひとも彼には彼女のお世話を続けてほしいで賞。 [編集済]
【簡易解説】
以前オススメの映画を彼女から教えてもらった男。彼女からは「次デートした時映画の感想聞かせて!」と言われていた。
「絶対観る!」と言いながらズルズルと観るのを先延ばしにしていたが、ある日彼女から電話でお散歩デートに誘われたので、慌てて例の映画を鑑賞し始めた。
【以下簡易じゃない解説】
これは自慢じゃないようで普通に自慢なのだが、俺には付き合っている彼女がいる。
色々あるけど何だかんだ関係が出来てから三年は経っている。
優しいし、可愛いし、俺のことも気遣ってくれるし、文武両道の具現化の様な実績を持ってるし、こんな俺にはもったいないくらい素晴らしい人間だ。
本当に何で俺と付き合っているのか分からない。彼女は「作ってくれるパスタが美味しいから」と言っていたが。確かに彼女はパスタが大好きなのに料理上手ながらどういう訳か唯一パスタが得意料理じゃない②(9)ので、彼女とは逆にパスタだけは得意な俺と関係を持つメリットは皆無ではないのだが。
逆と言えば、完璧と言える彼女と凡人の俺、真面目で快活な彼女と自堕落で陰気な俺、晴れが好きでアウトドア派な彼女と雨が好き①(8)でインドア派の俺・・・と何もかもが真逆だ。
・・・こうやって並べていくと、本当に何で俺と付き合って関係が続いているのか分からないな。時折喧嘩とかもするのに・・・。
まあそんな素晴らしい彼女と付き合っている俺だが―
「今日天気が良いからさ、外に出てお散歩デートしようよ!」
―今、窮地に立たされている。
いやデートのお誘いを受けたことはとても嬉しいんだ。
この反応には全く深くないワケがあるんだ。
アウトドア派の彼女とインドア派の俺。当然趣味もほぼ合わないのだが、その中で映画鑑賞は数少ない共通の趣味だった。
学業にアルバイト、課題に他の趣味に人付き合い。その中でどうやって映画に時間を捻出しているか全く見当がつかないが、とにかく彼女の映画に関する熱意はかなりのものだった。
含蓄の多さと深さなんて、それこそそこらの映画の論説で飯を食ってる者やそれにすら満たない批評家気取りとは比較にならないほどだとすら思っている。まあそれを無暗にひけらかすことも、それでマウントを取ることも、それを基にバッシングを行うことも無いのも彼女の良さの一つだ。むしろ重箱の隅をつついてでも良いところを探すタイプだ。
それと比べて俺は確かに映画好きだが、それに対して熱意を持ってるとかそういうわけではない。たまにDVDを借りたり、テレビで放送されているのを観たりする程度。一応自分なりの価値観や評価基準はあるが、知識は量も質も凡程度、と同じ趣味でもそれに対する姿勢はやはり正反対だ。
そんな俺たちだが、映画の好みはけっこう似ているらしく、彼女からオススメしてもらった映画はまずハズレが無い。俺が彼女にオススメした場合もおかげさまで彼女に楽しんでもらっているようだ。まあ俺が教えた映画はすでに観たことがある、というパターンがほとんどだが。
今の俺の焦燥感は、この映画鑑賞趣味が大きく関わっている。
話は二週間前に遡る。
例年より長めのゴールデンウィークに浮かれていたところ
「ところでゴールデンウィークって用事ある?私は家族の事情で北海道に行くんだけど」
これといった予定は無いなと返すと
「じゃあ私がオススメしたい映画あるんだけど、それ観る?」
是非とも教えてくれ、何ならゴールデンウィーク期間映画をたくさん鑑賞したいからいくつか教えてくれと述べると
「ホント!?私もオススメしたいのがたくさんあったんだ!今からリストアップするね!」
そうしてLINEでいくつか映画を教えてもらった。
「ゴールデンウィーク中は会えないけど、次デートした時映画の感想聞かせて!」
最高以外の言葉が存在しない。
こうしてゴールデンウィークを迎えたわけだが・・・色々なことに追われて映画を一つも観ることが出来ず、大変失礼なことにオススメされたこと自体を忘れ去ってしまい今日に至った。
そして午前8時。珍しく早起き出来たので何をしようかと思っていたところ彼女からの着信。ウキウキしながら出たところデートのお誘い、せっかくの快晴だから外に出てお散歩デートしようと。ウキウキは最高潮へ。不意に思い出す例の映画。高ぶってきた今までの感情が全て冷や汗へと変換された。
リストアップしてもらった映画は・・・7作。想定外の多さ③(10)!5作くらいだった気がしたが、こんなにオススメしてもらってたっけ・・・教えてもらった数すらも完全に忘れているあたり本当に申し訳ない。『ありがとう!絶対観る!』と返信した二週間前の俺と映画を観そびれたゴールデンウィーク中の俺にデコピンしたい。
しかしせっかくオススメしてもらったのに全く観なかった、というのは流石にマズイ。もしかしたら愛想を尽かされて・・・
そうなったら最悪だ。彼女より素晴らしい相手は二度と巡り合えないだろう。今付き合えていること自体奇跡に近いのに。
現在午前9時。約束の時間は午後2時。待ち合わせ場所を考えれば遅くとも午後1時45分には家を出る必要がある。タイムリミットは4時間とおよそ45分・・・。
幸いオススメしてもらったその日のうちに全てDVDを買っていたようで、今から借りたり買ったりする必要はない⑨(44)。早送りを駆使すれば何とか・・・
俺は急いでテレビの電源を付けた【問題文】。
とりあえず全部観終わった。まあ何倍速で観てたのだが。
・・・正直内容が全然頭に入っていない。要所要所は一応覚えているが。
どれも割と短めのだったので助かった。後は大まかなあらすじを覚えて・・・
とかやってたら1時44分10、11、12・・・。デッドラインまであと一分もない④(11)!
急いで身支度して家を出た・・・
午後2時3分。亀汁駅にて。
「ごめん!待たせちゃった?」
『大丈夫、俺も今来たところだから』
これで本当に今来たところだったパターンは体験と外聞の双方で初めてかもしれない。荒れた息を整える時間が出来た分むしろありがたい。
心の底から申し訳なさそうにしている彼女。俺から言わせてもらえば、この程度は何てことない。俺が身を置いている現状を考慮すればより一層、である。
今日は本当に素晴らしい天気だ。雲一つ無い青空。しかし暑すぎず寒すぎず、心地よい風が吹き、お散歩デートに相応しい。新緑も、鳥の鳴き声、目に耳に心地よい。最高のロケーション、最上のシチュエーション。
・・・いつ映画のことを切り出されるか気が気じゃなくて、楽しむ余裕が一切ない。
横にいる彼女の顔は本当に楽しそうだ。どうか以前彼女自身が発したあの文章を忘れててはくれないだろうか。
・・・俺がとある懸念事項に頭を支配されて今をほとんど楽しめていないと知ったらどう思うのだろうか。
やはり本当のことを言いだして謝罪するべきではないか。こういうのは下手に誤魔化すのが一番良くないと言うし、俺が見栄を張って平気で噓をつくような人間だと知ったら彼女はとても悲しむだろう。
よし覚悟を決めた。俺は彼女に誠意を込めて本当のことを
「あ、そうだ!この前オススメした映画どうだった?」
『え?ああ面白かったよ』
・・・もはや後には退けない。
・・・これから俺はまともに映画を観ていないことを隠し通しながら⑧(40)、彼女と楽しくお喋りしなければならない。
この状況はまさしくかの夏と海が似合う音楽グループの名曲さながらで・・・。
いや違う、彼らは「見つめ合うと素直にお喋り出来ない」のだった。こんな間抜けなシチュエーションと比較されたらファンの方々が怒りのあまり緊急搬送されるであろう。
いや、そんな下らないこと考えてる場合ではないのだ。全ての意識を映画と彼女との会話に向けねば。
「いくつかオススメしたよね?
『7作品だったよね』
「うん。一番面白かったのはどれ?」
『え?えーと・・・『ヘル・バナナ』かな?』
「あ、そう?私も!私が普段観てるジャンルとは違うんだけど、興味本位で手を出してみればけっこう面白くてさ!」
『あー、確かに』
化学薬品を浴びて巨大化・凶暴化したバナナが街を襲うパニック映画。バナナが笑い声をあげながら人を吞み込んでいくシーンは中々印象的だった。
・・・どの映画も飛ばし飛ばしで観ていたので、こういう前後の繋がりがあまり関係ない衝撃的シーンばかり覚えてるから一番面白く感じた、という話は内緒だ。
「うん!私が見たパニック物でも五本の指に入る作品だね!」
『へ、へえー』
彼女がそこまで言うのなら本当に面白いのだろう。ゴールデンウィーク期間にちゃんと観ればよかった。
「あ、そうだ。『コーヒーカップ・ラブストーリー』はどうだった?」
『え?え、えーと・・・恋愛物ってあまり観ないけど、面白かったよ』
「ふーん・・・そうなんだ」
・・・何か妙な反応だな。そういえば彼女は割と人の感情に機敏で、嘘を見抜くことも得意な方だった。・・・バレてないよな?さっきから変な汗かいてることを悟られてなければいいのだが。
「じゃあさ、『青林檎物語・転』は?」
『ええと、面白かったよ』
「うん、どんなストーリーだったけ?」
『え?』
マズイ。彼女は普段こういう知識を試したりするようなことは決して人にしないタイプだ。やはり怪しまれているようだ。
とりあえずあたりさわりない感じで・・・。
『・・・一作目二作目と共に評価が高かったからかなり期待をかけられてはずだけど、それを裏切らない出来だったね。ボクシングとラブストーリーを上手く融合するスタイルは今回もとても良く出来てたよ。最後は所謂クリフハンガーだったからシリーズ最後の次回作がとても気になるよね』
「うんうん・・・」
・・・純粋に俺の感想が気になるっていう反応じゃないな。むしろ俺の説明に何か間違いが無かったか探っているような⑦(38)・・・。
「それから、『ハンドクリームファイター』はどうだった?」
『シンプルなアクション物だったけど面白かったね。ああいうのもたまにはいいよね』
「うん、私が一番好きなシーンはさ」
『ん?』
「主人公とライバルの初めての邂逅シーンだけど・・・どんな感じだったけ?」
『え、えっと・・・』
たしか彼らはスーパーのじゃんけん大会決勝で初めて会うんだった。その時『最初はグー!』のタイミングで主人公は普通にグーを出したのに対し、ライバルはグーを出さなかったのだが・・・どっちだったか思い出せない。チョキだっけ?パーだったっけ?
『・・・じゃんけん大会の決勝で『最初はグー!』の時にライバルがパーを出したんだよね?』
「・・・あそこは確か『最初はグー!』の時にチョキを出して主人公に勝ちを譲ったんじゃなかったっけ⑤(19)?」
『えっ?』
完全にミスった!チョキとパーの二択を外してしまった⑥(34)!
あそこは作品のターニングポイント。ちゃんと観てたら間違えることはあり得ない。観てから一か月も経ってないなら尚更。
『あ、え、えっとそうだっけ?』
「・・・・・」
俺を見る目が変わった。完全に怪しんでる。よくよく考えればライバルの性格上『最初はグー!』でパーを出して勝ちをもぎ取るようことはあり得ないと作品を観た人ならそう判断するはずだ。この考えに至らなかった己が憎い。いや、むしろ憎むべきは知ったかぶりをしてることかもしれない・・・。
「・・・『アルプス百万尺』ラスト30分の舞台は?」
『え?アルプス山脈でしょ?』
「ラスト30分は月面上のロボットバトルだよ?」
『え?』
ヤバイ。
「『タブレット充電中』で怪異に襲われる条件は?」
『えっと・・・』
ヤバイヤバイヤバイ。
「『レッドマインド』の導入はどんな感じだったっけ?」
『えっと・・・熱帯夜にコンビニで・・・』
「・・・私がオススメしたのは『ミントガム・インシデント』だよ?」
『ええ?』
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
「ねえ・・・」
『えっと・・・あの・・・』
「私に・・・隠してること・・・ない?」
誰か・・・助けて・・・。
結局俺は色々忙しくて映画を観れなかったことを白状して謝罪した。
「下手に取り繕ったりすると余計に苦労することになるんだよ?」
と彼女は笑いながら諭した。
・・・怒られるどころかアッサリと許してくれた分、余計に耳が痛い⑩(48)・・・
その後お散歩デートを楽しんだ後
「ゴールデンウィークに観れなかった分さ、今度私の家で一緒に観よ?」
と言ってくれて、その後彼女と一緒に因縁の7作品を観た。しつこいくらいに述べるが本当に最高の彼女だ。
ちなみに7作品の中では『ヘル・バナナ』が一番面白かった。
(終)
[編集済]
冒頭の「これは自慢じゃないようで普通に自慢なのだが、俺には付き合っている彼女がいる。」が彼の性格を見事に表しています。好き。心の広い彼女に愛想つかされないでね賞 [編集済]
「チョキです!!(⑤最初はチョキです) ・・・・・・・じゃなくてっ! ちゅきっ、しゅっ、すっ、好きです!! 僕とお付き合いしてください!」
こうして僕と彼女の交際は始まった。
大学1年で同じクラスになった太陽みたいな彼女に僕はどうしようもなく惹かれた。快活でアウトドア派な彼女と付き合うために、僕は映画鑑賞が趣味であることを隠して(⑧僕は隠し事をしています)、彼女の趣味に話を合わせる努力をした。 それが功を奏してか告白には成功したものの、筋金入りのインドア派であることが今更バレるワケにはいかない。どうにかしてボロが出ないデートを考えなくてはならなかった。
動物園、遊園地、ショッピング・・・外に出つつも運動音痴であることを隠し通せるデートを選んできたが、どれも予想以上に歩きまわって体力を使うものだった。正直限界だ。インドアデートに方向転換しなくては身が保たない。
彼女の趣味に合わせて耳がキンキンするようなバンド系の曲を聴くようにしているが(⑩耳が痛いです)、僕にはあんな激しい曲は歌えない。カラオケはダメだ。
映画館という僕のホームグラウンドは、ホームグラウンドであるが故にうっかりインドア趣味であることがバレてしまうような不安が過ぎって選べなかった。
そうだ、おうちデートだ。彼女は料理が得意だと言っていて、その内に手料理を振る舞ってくれる約束をしていたのだ。 どちらの家に行くかで僕の家が選ばれても、以前まではどこからどう見てもインドア派と丸分かりの部屋にだったが、彼女と付き合ってからというもの持ち物にもそれなりにアウトドア趣味感は出てきている。どうにか誤魔化せるはずだ。
ということで、大学の食堂で待ち合わせしていた彼女に会うと、彼女が何か言い出す前に「次の休みは手料理が食べたいな」と先制攻撃を仕掛けた。
「えっ。でも私たち、まだ付き合って1ヶ月ちょっとだよ。おうちデートは早いんじゃないかなっ」
・・・至極真っ当な反論を受けてしまった。 おかげで僕の家に来る流れにもならなかったけれど、続く彼女の発言が僕を凍り付かせた。
「それよりっ、もうすぐ冬が終わっちゃうし、雪景色を楽しめるところに行きたいな」
マズイ。先制攻撃が空振りどころか、カウンターパンチで候補を絞られてしまった。こっちから次のデートについて切り出した手前、話をうやむやにすわけにもいかない。
言うまでも無く僕にウィンタースポーツはできない。スキーに行きたいだなんて言われる前に彼女が納得する行き先を返さないと。雪景色と聞いて温泉旅行が浮かんだけど、おうちデートが却下されたのに温泉旅行が承諾されるとは思えなかった。
彼女と付き合いたいがために趣味や嗜好を彼女に合わせて、好きでもない音楽を聴き、興味の無い雑誌を読み、趣味じゃない服を着てきた。しかし実際に体を動かすとなると、これらの上っ面じゃ隠し切れなくなってくる。体力は根性でカバーして来たものの、運動神経はどうしようも無い。
「そうだね! 冬のキャンプなんてどうかな!」
・・・気付けば僕はそんなことを言っていた。なんて馬鹿なことを。確かにキャンプなら運動神経は問われないかもしれないが、それこそアウトドア経験がものを言うやつじゃないか。キャンプなんて中学校での野外活動以来だというのに。どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。
「えっ、キャンプ? あー、んー、そー、だね。キャンプ。良いかも、ね?」
何故か彼女も戸惑っていた。
「・・・えっと、キャンプじゃない方が良い?」
「あ、いや、キャンプで良いよ!」
彼女がどう考えてキャンプで良いよと言ったのかは僕には分からなかった。改めてキャンプ以外のデートを提案しても良さそうな雰囲気は察している。けれど、他に良い案を思い付いているワケでも無く。
「じゃあキャンプ、調べておくね」と言うと僕は逃げるように食堂を出た。そうさ、キャンプなら事前準備次第ではまだ誤魔化せる。そうしてまたしても僕はニセモノの自分を演じてしまうのだった。
・
・
・
僕と彼女は早朝から夕方までの日帰りであるデイキャンプに出発した。キャンプやBBQ一式が一通り供えてあるコテージをレンタルしてある(⑨足りないものがありません)。本格的なキャンプから遠ざかれば遠ざかるほどボロは出なくなるし、これなら荷物も少なくて済む。キャンプやBBQでの振る舞い方も勉強してきた。 大丈夫だ、上手くいく。
その期待は、脆くも崩れ去った。
駐車場からキャンプ地までは、雑木林や小高い丘を越えながら2時間近く歩くことになる。冬も終わりが近くて駐車場付近には雪は影も無かったが、10分も歩くと雪道を歩くこととなった。雪歩きは想像していた以上に体力を使うもので20分もすれば汗だくになったが、隣で同じく汗だくになりながらも楽しそうにしている彼女を見れば元気も出た。この2時間弱を大荷物で歩き通せる自信が無かったのもあってフル装備のコテージを借りたのだ。予想以上にハードだったからこそ、むしろ先読みした計画が上手く行っている手応えを感じていた。
大誤算は、キャンプ地を目指して歩き始めて1時間ほど経ったところで猛吹雪に襲われたことだ(③想定外の多さです)。
まだまだ朝の早い時間ということもあって前後に人はいなかった。それでも道なりに進めば良いはずだと歩いていたが、だんだんと雪が深くなるにつれて今歩いているのが本当に道なのかも自信が無くなってきた。どこかで道を逸れたかもしれないと不安になって後ろを振り返ると、僕たちの足跡の大半が搔き消されていた。 進むか、退くか。迷いながら前を向く。距離的には駐車場よりもコテージの方が近いはずだけど、この道が正しい保証も無いし、辿り着いたところで雪の中に閉じ込められることになるだろう。
引き返そう。そう判断してもう一度後ろを振り返った時には、僕が向き直した方向が来た道かどうかすら分からなくなっていた。吹き荒ぶ雪で天地が白く塗り潰された。
僕と彼女は必死で道を引き返していた。さっきまではこう歩いていたのだからこの方向に違いないと、心許ない根拠で自分を納得させながら歩き続けた。
10分、30分、いや1時間? どれだけ歩いたかも分からない状況で、僕たちは急斜面に出くわした。来た道にこんな地形は無かった。道を間違えていることは明白だった。しかし、急斜面のおかげで白い世界の中にありながら岩肌がところどころ露出しており、久しぶりに見る僕と彼女以外の色の付いた存在にどこかホッとしていた。岩肌を辿るように進んでいくと、白い世界にぽっかりと空いた黒い洞穴が現れた。
あの中なら雪も吹き込まないし風除けもできるかもしれない。だけど、あれがクマのねぐらだったら? 一休みするにも、洞穴内の安全を確認しなくてはならない。雪を掘ると手頃な石ころが見つかったが、じゃあそれを投げ入れてクマが出てきた時はどうしろと言うのか。キャンプに必要なものはコテージに揃っているから、バックパックの中には大した物が無い。 思わず彼女の方を見ると、ガタガタと震えながら不安そうな顔で僕の方を見返してきた。その表情は力無い。いくらアクティブな彼女でも体力は限界だろう。僕に至ってはとうの昔に限界は超えている。彼女を守らなくてはいけないという思いだけでここまで歩いてきた。
覚悟を決めよう。このまま歩いたとしても、それこそ希望は見えない。洞穴を、調べよう。
僕は彼女に少しでも遠ざかるように告げると、懐中電灯と大ぶりの石を持って洞穴へと近付いて行った。入口近くまで来ると、足元から掬い上げるように懐中電灯の光を差し込んでいった。光は暗闇に吸い込まていくと思っていたが、すぐに何かが照らし出された。心臓が止まりそうになった。恐怖の余り、声は出なかった。照らされたのは、洞穴の壁だった。洞穴は思いのほか浅く、懐中電灯の光がすぐに返ってきただけであった。洞穴内には、何もいなかった。
振り返ると、それほど遠くない距離に彼女の赤いウェアが見えた。そんな距離じゃ僕がクマに襲われた後に彼女もすぐに見付かるだろうにと思うが、結果オーライだ。 吹雪に搔き消されながらも大丈夫だよと声をかけて近付くと、彼女の方からも急いで駆け寄ってきた。疲労か恐怖か、彼女目に涙を浮かべていた。
僕たちは洞穴内で身を寄せ合うようにして雪が止むのを待った。携帯は圏外で繋がらなかった。荷物はBBQ用の食材とスナック菓子と飲み物といった具合だ。ライターはあるが、薪が無い。洞穴近くの木の枝を折ってみたが、生木は燃えてくれなかった。腕時計を見ると、時刻は午後1時。朝一番にコテージを目指したというのに、随分と長いこと雪の中を彷徨っていたようだ。僕にもたれ掛かって休眠を取る彼女の頬には涙の筋があった。彼女の汗混じりの華やいだ香りに、僕は何故か泣きそうになった。僕も少し寝よう。雪は、止みそうになかった。
寒さで目を覚ますと、時刻は午後4時になっていた。僕が起きた動きにつられて彼女も目を覚ます。雪の勢いに変わりは無く、事態は何一つ好転せずにいた。
僕は判断を迫られていた。帰路を目指すか、このまま洞穴で一夜を明かすか。これ以上時間帯が遅くなれば、雪が止んだとしても危険となるだろう。今決断しなければ、朝まで耐えるしか無い。だけど、どちらの選択が正しいのか分かるようなサバイバル知識なんて僕には無い。 不安そうな彼女の表情と外の吹雪を見比べて、僕は、帰路を選択することができなかった。 今はどっちに行けば良いのかも分からないんだ、明日の朝には必ず帰れるよ。僕がそう言うと、彼女は力無く頷いた。
風は収まったが降る雪の量は変わらず、闇夜の中、懐中電灯で照らされる洞穴内に僕たちはいた。
生肉は食べられず、スナック菓子でどうにか腹を満たそうとしたが、大した量は持ってきていなかった。
雪、止まないね。 うん。
何度目の同じやり取りだっただろうか。 ついに緊張の糸が途切れたのか、彼女が堰を切ったように泣き出してしまった。
僕は謝り続けた。ごめん、ごめんと。彼女は、ちがうと首を振った。 それでも彼女は泣き止まなかった。怖いのかと聞いても痛いのかと聞いてもやっぱりごめんと言っても、彼女は「ちがう、ちがう」と言うだけで僕には何が何だか分からなかった。(⑦まちがいをさがします)
ただ、どれだけ彼女が違うと言っても、今こうして彼女が泣く原因を作ったのは間違いなく僕だった。僕の判断がこの状況を作っていた。僕の嘘が全ての始まりだった。
(全てを白状しよう。ハリボテの自分を終わらせよう・・・)
そう思うと同時に、
(今ここで全てを白状して何になる。嘘も吹雪も黙ってやり過ごそう・・・)
そう考える僕がいた。
泣きじゃくる彼女にもう一度「ごめん」と言うと僕は、それ以上、何も言わなかった。僕はどこまでも臆病で卑怯で優柔不断だった。
その時は急に来た。 泣き止んで静かになったかと思っていた彼女がカクンと頭を揺らした。ただでさえ疲労が溜まっている状態で大泣きして、体力を使い果たしてしまったのだ。 寝ちゃダメだと彼女を揺するが、起きる気配は一向に無い。
どうにか、どうにかして彼女の体温を維持しないと。僕は必死だった。
僕は以前、頭部から体は冷えるので頭の防寒が大事だと聞いたことがあった。僕も彼女もニット帽を被っているが、顔は無防備だ。僕は必死で考えた。必死で考えた末に、中身を全部出したバックパックを彼女に頭から被せることにした。息苦しくならないように気にしながら、それでも体温が下がらないことを最優先した。 自分の足が冷たいことから彼女の足も冷えていると判断して、彼女の足をスナック菓子の空き袋に突っ込んだ。丁度4袋あったことに僕は奇跡さえ感じながら、自分の足もスナック菓子の袋に突っ込んだ。そして僕もバックパックを頭から被ると、後はただひたすらに彼女の体を包み込むように抱き締めた。
そうして幾らかの時間が経った頃、バックパックを被って酸素が薄くなったせいか、僕にも眠気が襲ってきた。もう、限界だった。あと1分と保たずに僕は意識を手放してしまうことを確信した。(④あと1分もないです)
僕が最後に耳にしたのは、バックパック越しに聞こえる雨の音だった。雨は好きだ(①あめが好きです)。雨音と匂いを微かに感じながら自分の部屋で映画を観るひと時が、僕の至福の瞬間だった。
ああ、今の僕は飾ることの無い僕だ。 そう思いながら、僕の意識は闇へと消えた。
・
・
・
「ッッチョキしょい!!!!」
盛大にくしゃみをして、僕は意識を取り戻した。 僕が目覚めた世界は、暗闇に包まれていた。
ああそうか。僕は――死んだんだ。
間違いない。ここは死後の世界だ。嘘ばかりついて彼女を騙した僕は、こうして永遠に闇夜の世界に来てしまったんだ。 ああ、暗く、息苦しい。これが死というものなのか。僕は受け入れがたい現実を前に思わず顔に手をやった。
あ、違う。バックパックの中だここ。(⑥2択を外しました)
自分の頭に被せていたバックパックを外すと、一気に光が差し込んできた。思わず閉じたまぶたをゆっくりと開けると、洞穴の外には春が広がっていた。雪はどこにも無かった。
・・・やっぱり死んだのかな。そんなことを思っていたら、春景色の中から彼女が現れた。
「おはよう。よく眠れた?」
「・・・おはよう。あの、僕、生きてる?」
一瞬ぽかんとした顔をした彼女は、洞穴内に入ってくると、僕の胸に耳を当ててきた。わっと驚く僕を意に介さず、彼女はしばらくそうしていると、
「大丈夫。生きてるよ。ちゃんと生きてる」
優しくも力強く、そう教えてくれた。 昨日はそれどころじゃなくて意識していなかったけれど彼女とこれほどに触れ合ったのは初めてのことで、僕の心臓がバクバクと鳴り響いた。うん、自分でも分かる。僕は生きている。
彼女の温もりと生きている喜びの次に僕が感じたのは、どうしようもない罪悪感だった。
もう、隠せない。隠したくない。 何かが吹っ切れた僕は、驚くほどすんなりと今までの嘘を彼女に白状した。
真っ直ぐに僕を見て話を聞いてくれていた彼女は、話を聞き終えるとこう言った。
「うん。知ってたよ」
「・・・・・・えぇ?」
「最初から分かってるよ。明らかにムリしてるんだもの」
・・・・・・えぇ・・・。
「別に私、君がアウトドア趣味だから告白にOKしたんじゃないよ? 君が凄く真剣だったから、良いかなって思ったの」
「うん。必死だった。こんな気持ち初めてで。だからって嘘ついて良いワケ無いんだけど・・・」
「分かるよ。私のこと凄く・・・チョキだったんだもんね?」(⑤最初はチョキです)
「それはもう忘れてもらえませんか」
「忘れないよ。一生忘れられない告白だったもの」
「うぅ」
「それとね・・・私も嘘ついてた」
「え?」
「私さ、料理が得意で特にパスタには自信があるって言ってたじゃない? ホントはね、パスタが得意なんじゃなくて、パスタしか作れないの。しかも、茹でて市販のソースに絡めるだけのやつ」(②彼女はパスタが得意料理ではありません)
「え、あ、そうだったの。でもまあそんなの大した嘘じゃないよ」
「それが、そうでも無いんだ・・・。 君と今日のデートの約束をした日、ホントはあの時、これ以上ムリしないでって言うつもりだったの。 でもね、私が言うより前に君の方から『手料理が食べたい』って言われちゃってね。ヤバい、料理できないのがバレる! と思って、とっさにまた君がムリしちゃうデートを提案してたんだ。
ああ、やっちゃったって思ったんだけど、君がキャンプなんて言い出すから更に焦ったよ。家で料理できないのに外でなんてもっとできないよ! って。でも私から雪景色を楽しみたいって言い出した手前、却下なんてできないじゃない? 結局、君のムリに甘えちゃった。
・・・だからね、吹雪で遭難した時、罰が当たったんだって思ったの。君が私のために趣味も時間もお金も何もかも犠牲にしてるの分かってたのに、その一生懸命さが嬉しくて、『これが愛されてるってことなんだな』って思うことにして、君を止めなかった。 いつからこんなイヤな女になっちゃったんだろう、どうして君をこんなに苦しめてるんだろう、どうして君が死にそうな目に遭ってるんだろうって思ったら、涙が止まらなくなっちゃってた」
「・・・そっか」
「本当にごめんなさい。本当にありがとう・・・私の頭にリュック被せてくれて」
「うっ!!」
「私のために、足にはポテチの袋まで履かせてくれたんだもんね?」
「いやっ、そのっ、あの時はホントに必死で!」
「起きて頭に被さってるリュックを外したら、頭からリュック被った人に抱き締められててね? 心臓止まるかと思っちゃった」
「・・・はい、誠に申し訳ありませんでした・・・」
「・・・アハハハハっ! あーおっかしい! 理由が分かるまで何事かと思っちゃった! ・・・ウフフッ、ウフッ、ウッ、ゴホッゴホッ!」
「むせるほど笑うこと無いじゃないか!」
「ゴメンゴメン、ふふふっ。じゃあコレでお互い謝りっこ無しってことで良い?」
「・・・良いの?」
「私は良いよ。これからも、私の恋人でいてくれる?」
「うん。これからも、僕と付き合ってください! ・・・でも、何か、からかわれるネタが増えた気がするんだけど」
「そう? ・・・それじゃあ、今度は君のホントに得意なことや好きなことを教えてほしいな。私、もっと君のことが知りたい」
「幻滅しない?」
「君の好きなもの、私も好きになりたい」
「じゃあ、次のデートは僕の家で一緒に映画を観ない? 君の作ったパスタを食べながら」
「うんっ! それじゃあ、外に出ようっ」
こうして、彼女に引かれるようにして僕は洞穴を出た。2人で初めて観る映画は何が良いかを考えながら。
外は快晴、絶好のお出かけ日和。 家に帰るのにうってつけだ。
【簡易解説】:インドア趣味を隠して彼女が好きなアウトドアに出掛けたところ、悪天候に見舞われ洞穴で一晩を過ごす。 翌日、隠し事を正直に話しても別れを切り出されることはなく、共に外に出てくれた彼女。 今度は僕が好きなことに付き合ってくれるというので、どの映画を観ようか考えをめぐらせ始めた。)
『完』
イン&アウトのタイトル回収もさることながら、最後の問題文回収がとても好きです。
これから色んなことを2人で経験していってほしいで賞。
[編集済]
初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりでございます。以前は名乗る名もございませんでしたが、私俚諺屋と申します。名前ではなく屋号ではありますが無いよりかはましでございましょう。それでは、今宵も一つ私の集めた俚諺の一つをご紹介いたしましょう。それでは、「死人に梔子」の始まり始まり…
―――――
一日、また一日と、変化の無い退屈な日常をこの個室で半年程繰り返し朽ちてゆくこの身にどれだけの生きる価値があるのであろうか。齢十八にして肺を患い早二年、僕はすでにこのベッドの上の日常に微塵の価値すら見出すことができなくなっていた。そんな僕の日常を変えた彼女との出会いは春の終わり、桜ももう青々と茂り桃色の欠片は連日の雨によって道端から姿を消した頃に訪れた。
その日、ふとベッドの傍を見るといつから居たのであろうか、スラリと背の高い美しい女性が一人佇んでいた。彼女はつい先程までそこに居なかったはずであるが、不思議なことにまるで僕がここで過ごした二年間ずうっとそこに居たかのようにも思えた。幼き頃より病弱であり学校も休みがちであった僕には知人友人という者が居らず、また家族も兄が二人と両親共に健在であるが僕のような病人に構っている暇は無いと非情な事に見舞いに来た事は一度として無い。そのため僕の病室を訪れるのは決まって人違いか部屋違いの類であった。それ故彼女もまた部屋を間違えたか、あるいは僕の命を刈りに来た死神かと冗談めいた考えの末
「ここは田中三四郎の病室ですが、部屋をお間違えではありませんか?」
そう彼女に問いかけたところ
「いえ、貴方に用があって参りました。サンシロウ様」
というものだから
「そうでしたか。では一体どのようなご用でわざわざこんな山奥まで?」
そう聞くと
「初めまして。ご挨拶が遅れましたが、死者となる貴方の命を刈り取る為、貴方を幸せにする為に参りました死神です。」
どうやら僕は、常識的に考えてまず間違えることのない二択を外したようだ。⑥(34)
それから少し話を聞くと、どうやら死後の世界では一部の熟れた魂を“収穫”して資源としているらしい。しかし、その魂が死ぬときに未練などを抱えていると不純物として魂を濁らせてしまい質が悪くなるため資源として活用することも難しくなってしまうのだとか。そこで、彼女達死神は死者の魂を刈り取り,その人間を死が訪れるまで幸せにする役目を担っているらしい。本来であれば誰もが眉に唾をつけるような話であったが、僕は不思議とそれを疑うことなく受け入れていた。
「あまり、驚いていないのですね。」
そして、そう言われるくらいには僕は動じていなかった。生い先短い事はすでに医者からの余命宣告で二年前からわかっていた事であるし、死後の世界というのについてはもはや僕の関心の外にあった。むしろ、これからの半年間はこれまでよりいくらかマシなものになるかもしれないという淡い期待さえ抱いていた。
「で、貴女は一体どのようにして僕を幸せにしてくれるのですか?」
そう問いかけると、彼女はどこからかクロッシュの被せられた皿を取り出してきて僕の前に置いた。
「私達は貴方を幸せにする為ならばその寿命に影響を与えない範囲で様々な事を実現させる事ができます。」
そう言いながら眼の前に供された食事は実に美味しそうなスパゲッティナポリタンであった。奇遇なことにその時僕はちょうど何か口にしたい気分であったし、こと洋食や麺類が食べたい気分であった。
「先程申し上げた通り、寿命に影響を与える事はできませんので毒等は入っておりません。どうぞお召し上がりください。」
そう彼女に言われるまま眼前のパスタに手を伸ばし口に運ぶと、どこか懐かしく思える味が口の中に広がった。高級なレストラン等のそれとは明らかに異なるが、僕が求めていた落ち着く味わいでとても美味だった。
「とても美味しいですね。パスタが得意なのですか?」
そう尋ねると
「いえ、私達は幸せになっていただく為なら至高の一品から思い出の味まで、完璧な物を提供することができます。今回サンシロウ様が食べたいと願った物がこのパスタであったというだけで、パスタが得意料理というわけではありません。私達は幸せにする為ならば何一つ欠けることも足らぬこともない、完全な存在なのです。」②(9)⑨(44)
そう言って彼女は食べ終えた食器をいつの間にかどこかへ片付けてしまった。
満腹になると人間眠気というものがやってくる事には逆らえないらしく、僕もそれに違わずだんだんと意識が不明瞭になり始めた。
「…少し眠くなってきました。今日はもうひとりにしていただけますか?」
と絞り出すように言うと
「かしこまりました。ではまた後日、貴方を幸せにするために参りますので。」
そう言ったのが聞こえたか聞こえなかったか、曖昧なところで僕の意識は眠りに落ちた。
目が覚めると、そこはいつもと同じ薄暗い病室で、時計の針は午後の七時頃を指しており、微かな風の音が聞こえるのみ。昼間の出来事がまるで白昼夢であったかと錯覚しそうな程の現実感が薄闇と共にそこにあった。そして、僕は再び昼間の出来事を振り返った。死神を名乗る、燃えるような紅髪に、同じく業火を灯したような真っ赤な瞳を備えた女性との邂逅は、この退屈な日常に軟禁されていた僕にとってこの上ない刺激であった。そんな中、僕は自分の中に渦巻く一つの感情の存在に気づいた。どうやら、僕は彼女にどうしようもなく心を奪われてしまったようである。一目惚れというやつだ。しかし、だからなんだというのだ。あと半年程で命尽きるこの二十年の人生で彼女などという存在は一度としてできたことの無いこの僕が、最期に誰かを好きになったからといってどうするというのだ。そんな事を考えたが、僕はすぐにその考えを改めるべきだと考え直した。むしろ、残りわずかな人生だからこそ好きなように生きてみるべきではないか。もう長くないこの生命、最期くらいは恋人という存在に憧れるのも悪くないだろう。そうして、珍しく色めき立った僕の想いと共にその日の夜は更けていった。
次に彼女が現れたのは、彼女の存在が退屈のあまりおかしくなった僕の作り出した幻覚なのではないかと疑い始めた一週間程経った頃であった。例のごとくずっと昔から居たかのような不思議な存在感でベッドの傍らに佇む彼女に対し僕は花が欲しいと願った。すると彼女はどこからか赤いバラを一輪くれたが、それは僕の想像以上に虚しさの塊であった。そもそも、彼女は僕を幸せにする為にいるのだから僕が願えばきっと二つ返事で恋人の真似事に付き合ってくれるだろう。がしかし、それは彼女が僕を幸せにする為にいるからであって、決して、断じて僕を愛しているからでは無い。きっと彼女に勝利を願えば、不思議な力で勝たせてくれるだろう。しかし、それはイカサマよりも虚しい勝利である。例えばジャンケンで相手が最初はチョキで負けてくれたようなものだ。⑤(19) その勝利にどれだけの価値があるのだろうか。そうして得たものは僕に幸せではなく虚しさをもたらすのだ。だから、僕はこの想いを彼女に伝える事はできない。彼女からその言葉を聞くまでは、この想いを胸の内に隠しておかなければいけないのだ。⑧(40)
「一週間ぶりですね。長くても二-三日でまた会えると思っていたのですが。そういえば、その間は一体何をされていたのですか?」
そう、ふと僕は聞いてしまった。聞かなければよかったとも思ったが、もう聞いてしまったのだから仕方がない。
「私達は貴方以外にも収穫するべき多くの人間を幸せにする必要があります。そのため、貴方と接触していない間も他の対象者と接触し幸せにしていました。」
僕以外にも死神に幸せを与えられている人間がいるらしい。一日に一人と考えて7人くらいであろうか。
「そうか、僕以外にもいますよね。ちなみにどれくらいいるんですか?」
と尋ねると
「全世界で、収穫の対象となっているのは二百万人程です。そのうち私個人が担当している魂は四千人程です。」
…想定外の多さであった。③(10) まあ、僕とて彼女と出会った日に死んだ訳では無い。きっと死ぬ半年程前から接触しているのだろうと考えれば、まあそれだけ多くてもおかしくは無い。が、やはり僕の知らないところでそれだけの人に幸せを振りまいていると考えると、少し妬けてしまう。
「ところで、よろしければ貴女の名前を教えてはいただけませんか?これからも貴女とかキミとか呼ぶのはいささか不便でしょうし。」
すると、少し驚いたように
「私達には、基本的に個体名が存在しません。わずかではありますが、対象者に名前をつけてもらった死神も居るには居ますが、レアケースですね。基本的に皆様私達を恐れ否定したがるので名前などなくても不便ではないのです。」
どうやら、僕のように積極的に死神と接触しようとするのは珍しいようだ。
「では、僕に貴女の名前をつけさせてはいただけませんか?」
と申し出ると
「それが、貴方の望みであれば私はそれを叶えるまでです。」
と受け入れてくれた。
「燃えるような紅い髪と瞳が印象的だから…アカネ。アカネさんなんてどうでしょうか。」
そう、いうと彼女は微笑を浮かべ
「分かりました。では、これから三四郎様に対しては『アカネ』として接させて頂きます。」
といってくれた。そして、ここからが僕の本題である。彼女に少しでも好印象を与える為僕は彼女に一緒に外に出て散歩でもしないかと持ちかけた。すると彼女はどこからか車いすを用意してきて
「では、こちらにお座りください。」
と僕を座らせて施設の裏手から外に出て山頂へ連れてきてくれた。思えば、この時の僕は手のつけようのない阿呆であった。しかし、恋慕の情が私の理性といったタガを外してしまっていたのだ。僕は無理をしてでも病弱であるという印象を払拭したかった。死神である彼女は僕の病弱さをよく知っているはずであったが、男としての矜持がそれを許さなかったのだ。そうして僕は無理やり車いすを降りると
「今日はとても天気がいいですね。こんな日はただ山を歩くだけじゃあいささか勿体ないように思えます。一つ、思い切りあそこまで競走しませんか。」
と言って走り始めた。が、途端に胸が苦しくなり息ができなくなった。当然の帰結である。肺の病は勿論、そもそも昔から病弱であった僕にとって、好きな異性の前で格好つけたいという願いは音を立てて崩れていった。朦朧としながら崩れ落ちる僕の身体を、アカネさんが受け止めてくれるのを感じながら僕の意識は途絶えた。
次に目が覚めると、僕はいつもの病室で横たわっていた。
「気が付きましたか。」
そう言われあたりを見回すと、部屋の隅にアカネさんが座っていた。
「三四郎様は外出許可を取った後施設を出てすぐ発作を起こし、施設に戻ったところで意識を失ったという事になっています。私達の存在は、他の人間には認識できませんので。」
どうやら、僕は山頂につくことすらできなかったという事になっているらしかった。
「それにしても、何故あのような自殺行為をしたのですか?私達は、貴方に幸せな状態で天寿を全うしていただく必要があるのですから、もう二度とあのような事はしないでいただきたいのです。三四郎様の身体はとても虚弱である為、今回の一件により今後はどんなに天気が良くとも外出の願いは寿命に影響する為応えることができなくなりました。」
そう言って珍しく怒る彼女の言葉には、とても耳が痛かった。⑩(48)
「そういえば、肝心の僕の寿命というのはあとどれくらいあるのか、教えてもらえませんか?医者からは後半年程と聞いていますが…」
そうふと気になって尋ねてみたが
「…申し訳ありませんが、対象者に寿命をお伝えする事はできません。」
と言われてしまい取り付く島もなかった。
それからしばらくは、彼女と適当な話をしてアカネさんの事を知りながら新しい作戦を考えていたものの、あまり有意義な情報は得られないまま夏も終わりへと近づいていった。
そんなある日、僕はある張り紙を見つけ彼女に次会う日を今度の日曜にできないかと頼み込んだ。
「その次に会える日まで少し長くなってしまいますが、それでよろしければ。」
そういう彼女に構わないと伝えてその日は別れた。その後すぐに僕は貯めてあった僅かな貯金を崩し医師や顔見知りの看護師さんの協力の元作戦の為物資の調達を始めた。
―チリン。と風鈴の涼やかな音が響く夜に彼女は現れた。それはちょうど僕が望んでいた頃合いであった。
「わざわざ今日を指定されたという事は、何か理由があるのでしょうか。わざわざ微々たるものとはいえ身体によろしく無い蚊取り線香を焚いてまで窓を開けているのも。」
そう問いかける彼女に、僕は
「もうすぐ夏も終わるから、一度くらい一緒に夏を感じたくて。」
そう、僕は今日の日の為に夏らしいものを用意してもらったのだった。風鈴や蚊取り線香もその一つである。キャビネットの上にはわざわざ桶に氷水を張ってもらいスイカとラムネを二本冷やしている。
「確かに、こうして季節を感じるというのも悪くないかもしれませんね。」
そう言ってスイカを切り分けながら彼女も椅子に座る。
「いつも僕だけ食べるというのも悪いから、アカネさんも一緒に食べてくれないかな?嫌ならいいんだけど。」
というと、彼女も一切れスイカを取り上げシャクリと小さな口でかじり始めた。
「もうすぐ、出会ったあの日から二月も経つんだね。」
「三四郎様は、珍しく初めてお会いした時から恐れずに私と接してくださいましたからね。この部屋の中での出来事がほとんどではありますが、良い思い出がたくさんできていれば幸いです。」
互いに残り数ヶ月で終わりが来ると知っているせいか、しんみりとした静寂が蒸し暑い闇を支配する。ソレが静寂を切り裂くまで。
ヒュルルルゥゥゥゥゥゥゥゥ―
という気の抜けたような音が窓の外から聞こえてきたかと思うと
ドォン
と、腹の底に響くような低い轟音と共に外の景色に光の花が咲き誇った。
「花火―ですか。」
そう。今日は近くで花火大会が行われる為、夏っぽい物を集めていい感じの雰囲気を作り出すことでいい感じの関係になれないかと考えたのだ。
「ああ、ちょうどこの前花火大会の張り紙を見つけてね。一人で夏に浸るのも悪くはなかったのだけど、最期の夏の終わりくらい誰かと一緒に見たくなったんだ。さあ、一緒にラムネでも飲みながら見よう。」
そう言って冷やしてあったラムネをアカネさんに渡して自分の分も口に含む。軽い炭酸が喉の奥を刺激しながら爽やかな甘さが口の中を駆け抜ける。ふと横を見ると、いつの間にか浴衣姿になりラムネを口にした彼女がふぅと一息付きながら窓の外を眺めていた。扇風機の風に煽られて靡く紅髪と、燃えるようなその瞳のその横顔は、僕はつい自分の胸の内を明かしてしまいそうになる程に魅力的であった。
ラムネを飲み終えた後に、僕は蓋をこじ開けて中のガラス玉を口に含んだ。
「それは、美味しいのですか?あまり味がしないように思えますが。」
という彼女に
「びいどろというのは、幽かな涼しい味がするらしい。―まあ、アレはラムネのガラス玉ではなくおはじきだったが。」
と言うと
「梶井基次郎ですか。」
そう返ってきた。
「ああ。肺を病んだせいか、彼の作品はよく読んだものだけど、殊にあの描写は印象的で憶えているんだ。幽かな涼しい味…飴を舐めているようだけれども、それとはまた少し違う。一瞬で終わってしまうこの儚さがいいんだろうな。」
その日は、二人して何も言わず口の中でぬるくなってしまったガラス玉を未練がましく舌の上で転がしながら、夜の空に咲き刹那で散ってしまう花を眺めていた。
―あと少しだけでいい。数ヶ月でもいいから一緒にいたい。そんなふうに思いどこかに間違いが無いか資料を確認していきますが、そんなものはありません。むしろ、間違いはきっとこの感情そのものなのでしょう。⑦(38) かつて、天界が資源不足に喘いだ理由は死神が人間に情が移り死者が減ったからだと言われているのですから、私達は人間を幸せにする道具であり続けなくてはならないのです。ですが、それでも。どんなに求められていても、これだけは貴方に与える事はできないのです。―
結局、幽かな夏の涼しさを二人で味わったあの夜が最もいい雰囲気になれたものの、ソレ以上にはなれないまま二週間程が経った。あれからもアカネさんとは他愛も無い会話を交わしていたが、その日はいつもと様子が違っていた。もしかしたら、その時点で僕は薄っすら気づいていたのかもしれない。外は快晴、絶好のお出かけ日和の日であった。いつものようにベッドの傍らに現れた彼女は、
「三四郎さん、外に出ましょう。」
とだけ言って車いすを出した。それで僕は確信した。今まで寿命に影響が出るからと外に出る事を許してくれなかった彼女が、わざわざ外に出ようなんて言うという事は、もう僕にはそこまで時間が残されていないのだろう。長くて明日か、もしかしたら今日かもしれない。それならば、最期に一つやりたい事があった。
「どうせなら、家に帰らせてくれないかな?最期にキミと一緒に映画が見たいんだ。」
そう言って、僕は一本の映画を用意した。見ているこっちが恥ずかしくなると言われるような甘い、甘ったるい程のラブロマンス映画だ。ここには再生できる機材がなかったから取り寄せてもらっても見ることができなかったが、死ぬ間際なら家で見る事ができるだろう。外出許可を取り、施設の車で自宅まで送ってもらった。明日には迎えが来る手筈になっている。
数年ぶりに訪れた実家だが、そこには誰も居なかった。両親は常に出張や赴任で遠くへ行っているし、二人の兄はどちらも家を出て暮らしているから、実家を使う人間はいつも僕だけだった。うろ覚えの手付きでテレビをつけ、せっかくだからと暗闇の中で数年ぶりに映画を再生する。
それからの事は、よく覚えていない。ヒロインがアカネさんとよく似た真っ赤な髪であった事と、時折挟まれるキスシーンは噂通り見ているこっちまで恥ずかしくなってくるような内容だった事くらいだ。
そうして映画がクライマックスを迎えた時、彼女がふと
「もうすぐ、あと一分もないです。」④(11)
と言ったのが聞こえて、僕はいよいよかと覚悟を決めた。
「そっか、じゃあもうすぐお別れなんだね。」
「ええ。…これは、最期に私から三四郎さんへ私の願いを込めた餞です。」
そう言って、彼女は僕に一輪の白い花をくれた。
「クチナシ…か。確か花言葉は…」
その言葉を塞ぐように、僕はアカネさんにキスをされた。それは、見ていた映画のような熱烈なものではなく、無垢な乙女のするような、軽い、触れるような口づけだった。
それ以降、とある死神は常に一粒の飴を舐めているらしい。曰く
「この飴が好きなのです。決して溶ける事の無い、されど一瞬だけ、私と出会ったその死の間際、花火のように幽かな涼やかさを感じさせてくれたこの飴が。」①(6)
とのこと。きっとそれは飴では無いのかもしれないが、些細なことである。飴も、びいどろも、魂も。
―――――
以上が、私が或る死神から集めた俚諺でございます。いかがでしたでしょうか。一瞬で消えてしまうからこそその美しさが際立つというのは、人も同じ事なのかもしれませんね。
それでは。またいつか、どこかで。
アカネ科・クチナシ属・クチナシ/漢名:山梔(さんし)の花言葉
・とても幸せです
「死人に梔子」
・死に向かう人に幸せを願う死神の祈り。
転じて、無駄と切り捨てられるようなまごころを込めた祈りの事。
・死者がその死の間際幸せであったという証。
転じて、一瞬で失われてしまう幽かな涼やかさの事。
【簡易解説】
余命あと僅かと言われ病院で死を待つのみであった“僕”は、その虚弱さ故天気が良くても外に出る事を彼女に禁じられていた。そんな彼女が「外に出よう」と言ったから、もう自分は長くないのだと悟り最期は好きな人と一緒にラブロマンス映画を見たいと家で映画を見る準備を始めた。
※実在する諺は…いや、そんなのは野暮ってものですかね。
―了―
OUTIS節が久々に読めたことに感謝。不思議な雰囲気とは裏腹に、きちんと要素も謎も回収してしまう。儚さゆえの美しさで賞。 [編集済] [良い質問]
投稿した皆様、本当にありがとうございました。
投票所設置までしばらくお待ちください。
https://late-late.jp/mondai/show/16636
締め切りは5/21(土)23:59です!
ロスタイム投稿作品はメイン投票の対象にはなりませんが、サブ投票の対象となります。
ご投稿の際はタイトルに「ロスタイム」と付けて下さい。
https://late-late.jp/secret/show/2wgwozfnBGIHYj6XOBB5pAp1m5T6aQIf2Ii8bKsEboA.
もご活用ください![編集済]
「もしもし。
久しぶり、元気だった?
今日は全くもって悪い天気だね。
僕は雨が好き(6)だって言うのに…今日の天気ときたら、嫌になるほどの晴天だ。
…ん、早く要件を言えって?相変わらずせっかちな奴だな。
まあまあ、そう急かさないでくれよ。
どうせ、今日は何もないだろ?
だったらさ、ゆっくり僕の話を聞いてくれよ。
きっと最期になるからさ。
…お、聞いてくれる気になった?
ありがとう、兄弟。
まず…僕にはお前も知っての通り、大嫌いなものが2つある。
1つ目は、太陽ってやつだ。
アレは僕の肌を容赦なく焼いて痛め付けるからな。何よりも嫌いだね。
ん、お前も?知っているとも。
それで2つ目は、人間ってやつだ。
異口同音に尖った耳の痛くなるような(48)言葉を投げ付けて…それで、最後には決まって僕を置いていくからな。嫌いだよ。
けれどもな、僕は彼女の事だけは好きになれたんだよ。
うん、彼女。
同棲5年目の彼女のことさ。
…言ってなかったっけ?
凄く可愛いんだ。
料理が苦手なんだけど…たまには彼女っぽく手料理振る舞いたいーって、1ヶ月に1回くらい作ってくれるんだ。でも、特にパスタが苦手で。(9) なのに、僕の好物だからってチャレンジして、そんで失敗して酷く落ち込んで…そういう所が可愛い。
あとはな、じゃんけんで毎回最初にチョキを出す(19)もんだから全然勝てなくて…だから、たまにわざとパーを出してやったら、めちゃくちゃ喜ぶんだよね。そういう無邪気なところも可愛いんだ。
それから……と、待て待て、切らないでくれ。
わかってるだろ、惚気の為だけに連絡したわけじゃ無いから!
…こほん。
とにかく…そんな彼女と居られる僕は、幸せだったよ。
…だから、僕は…彼女と別れ話をしようって思ったんだ。
…彼女に、僕が化け物だってバレる前に。
最初は、喰ってやるつもりで近付いた。
彼女、初めて会った時は、べろんべろんに酔っ払っててさ…隙だらけだし、連れて帰って食べようって。
…でも、介抱してみたら、あんまりにも弱そうで。
全く食べ応えが無さそうで…だから、言いくるめて連絡先交換して、太らせてから喰おうって、餌付けしてたら思ったより懐かれて…絆されて。
…んで、そのままずるずる続けて…5年間。
その間、なんとなく他の人間は襲えなくて…でも良い加減、動物の血と人間の食事だけじゃ足りなくなった。
それで先月…彼女に噛み付きそうになって…初めて、このままじゃ駄目だって思ったんだ。
…それで、何も教えずに別れるか、全部教えて振られるか迷って…何も教えない事にしたんだよ。
だから、彼女に普通に別れ話をした後は…すぐに出て行こうとしたんだ。
けれども、思ったより彼女が感情的になったんだよね。
それで後頭部を殴られて、気絶して…目が覚めたら手錠と足枷で拘束されて、寝室に閉じ込められてた。
…いやー、人間だったら死んでたね、あれは。
それで、僕の好きなところを延々と聞かされて、「こんなに貴方の事好きな人、他にいないでしょ!」…だって。…なんというか…想定外に沢山(10)挙げてもらえてさ…そんなに愛されてたのかって驚いたよ。
…それで、結局…バラしたんだ。
出会った日に介抱した理由も、その後も約束を取り付け続けて、餌付けしていた理由も、ね。
そのままじゃ別れには同意してくれそうにも無かったし。
『僕が君と別れたいって言ったのは、君が好きじゃなくなったワケでも、他の人が好きになったワケでも無い。僕が実は化け物だからなんだ。』ってね。
…それでまぁ、めちゃくちゃ怒られたよ。
『そんなことで別れようとしたの!?』…って。
それで結局、別れないって言い切られちゃった。
…彼女も、最終的には別れを選ぶと思っていたんだけど…2択を外したよ。(34)
それでもって…死なない程度なら、血液くらいなら飲ませてあげるってさ。
ただ、罰として私以外の連絡先を全部消してって言われちゃってさ。
特に異論は無かったんだけど…お前にだけは、挨拶しとこうって思ったんだ。
…うん、僕はこれで良いんだよ。
彼女が一生僕を想ってくれるなら、ね。
…あ、ごめん、もうそろそろ時間だ。
…うん、1時間だけって約束なんだよ。
だから、最後に一つだけ。
僕は今、最高に幸せだよ。何にも後悔なんかしちゃいないさ。
…だから、さようなら、我が親友よ。
どうか、元気で。」
…電話を切って、数十秒。
約束の通りに親友の連絡先を消して、別室で待つ彼女を呼んだ。
そして、その携帯を彼女に手渡した。
連絡先が自分だけになった事を確認した彼女は、満足そうににっこりと笑って…そして、口を開いた。
「終わったなら…天気が良いから外に出よう?」
…僕は、彼女に隠している事が2つある。(40)
一つは僕が『吸血鬼』である事だ。
彼女は、僕の事を『人を主食にする化け物』であるとだけ認識している。
もう一つは、僕が今日、自殺しようと思っていることだ。
太陽は、僕の肌を容赦無く焼く。
だから、今日みたいな晴天の日に2人で外を出歩けば…すぐに僕は灰になって死ぬだろう。
…隣を歩く彼女の目の前で。
鼻歌交じりにDVDプレイヤーを操作して、そして中身のディスクを取り出した。
中身は、彼女との初めてのデートで観た恋愛映画…と、そのエンドロールの後に僕からのビデオレターを挿入した特別製。
僕の事情についてと、彼女への愛の言葉をありったけ詰め込んでおいた。
…僕の事を、一生忘れられなくなるような、そんな言葉を。
…彼女がもしも、僕との別れを望まなかったなら、僕は死んでしまおうと決めていた。
彼女は血液くらいなら、と言ってくれたけど、少しの血液なんかじゃ、この餓えは収まりはしない。
このままじゃ僕は彼女を殺めてしまう。
けれども、僕が化け物だと知っても愛すと決めてくれた、彼女のいない生なんて、耐えられない。
…彼女に置いて逝かれるのも、耐えられない。
だから僕は、彼女を置いて逝く。
そんな最期を、ずっと望んでいた。
彼女が別れに応じたら、彼女も他の人間と同じように喰い殺してしまおうと思っていた。
…だけど彼女は、僕とずっと一緒に居る事を選んでしまったから。
だから、僕が死ぬところを彼女の目に焼き付けてから、この映画を見て貰う。
彼女がどこで間違ったのか、敢えて探すとするなら…(38)きっとあの日、僕と出会った事自体が間違いだったんだろう。
僕と出会ったから…こんな悪意に満ちたエゴを押し付けられて、愛すると決めた矢先に裏切られて。
それで、苦しい思いをする羽目になるんだから。
…嗚呼、彼女の呼ぶ声がする。
早く行かなくちゃ。
口の開いたままのDVDプレイヤーの中に、ディスクを嵌めて押し込んだ。
DVDプレイヤーが抵抗せずにディスクを飲み込んでいく様をただ黙って見守って、玄関に向かった。
玄関先では、帽子を被った彼女が待っている。
可愛らしく着飾った彼女が…これから僕の死灰で汚れるんだ。
その瞬間が、楽しみで…ほんの少しだけ胸が痛い。
ドアノブに片手を掛けて、もう片方で彼女の小さな手を握る。
そして、彼女の顔を覗き込んで、言った。
「帰ったら…見て欲しい映画があるんだ。準備は済ませてあるからさ。」
彼女が不思議そうな顔で頷いたのを確認して、僕はドアノブを捻った。
…これで完璧だ。準備は全て整った。足りないものはもう何も無い。(44)
僕が死ぬまで、きっとあと1分も無い(11)。
…30秒すらも、もたないかも。
けれども、それで良い。
僕が目の前で死んで…そしてその後で、全部を知った彼女は、どんな顔をするんだろう?
泣いてくれるんだろうか?ふざけるなって怒るんだろうか?それとも…笑うんだろうか?
君は僕の愛の言葉を聞いて、何を思ってくれるんだろう。
…もしも、叶うなら…
【簡易解説】
僕は、生きるのに疲れて狂った吸血鬼。最愛の彼女に一生忘れられない為に、彼女の目の前で陽を浴びて自殺した後、彼女へのビデオレターを挿入した思い出の映画を観てもらう計画を立てていた僕は、映画がいつでも観れるように準備をした。
-完-
悲しき吸血鬼のお話。ここまで愛してくれる彼女ならお出かけすら狙っていそうで怖いです。お互いの愛がすれ違ってしまったで賞。 [編集済]
ふ、と鳥の囀りで目を覚ました。
遮光カーテンの隙間から漏れた光が眩しくて、何度か瞬きをする。
ああ、今日は良い天気だ。
きっと彼女がおおはしゃぎすることだろう。
隣の部屋で眠る彼女の顔を思い浮かべて、朝食の準備をする為に布団を出た。
彼女というのは、今日でちょうど12歳になる僕の実の娘の事だ。
来年には中学校に上がる可愛い娘。
彼女を育てて見守ってきた12年間、思い返せば長いようであっという間だった。
去年には、家庭科で習ったというパスタを振る舞ってくれた。
僕は「お父さんは手を出さないで!」なんて言われていたから、見守る事しか出来なかったけれど。
彼女が作った2度目のパスタは、なんだかしょっぱくて、麺がふやけていた。
それを2人して微妙な顔して頬張って。
「まだまだ得意料理とは言えないね」(9)って笑ったら、怒られてしまったっけ。
小学校でじゃんけんで何度か最初にパーを出されて揶揄われたからって、最初の掛け声でチョキを出して来たこともあったな(19)。
けれども、それを知らない僕が普通にグーを出したから、自滅して一頻り悔しがった後で「なんでパー出さないの!」…なんて、理不尽に怒られたんだった。
僕の誕生日に、似顔絵を描いて贈ってくれたこともあった。それもなんと、そっくりなものを2枚。
困惑していたら、「10個違いがあるんだよ!」…なんて得意気に言われたから、四苦八苦しながら間違いを探したっけ(38)。
答え合わせの後で貰った玩具の金メダルは、2枚の似顔絵に挟まれて、今も僕の部屋の壁で輝いている。
…そんな事を思い返していたら、彼女が起きてきたみたいだ。
どたどたと大きな足音が聞こえてくる。
「おはよう、お父さん!何かあたしに言うことない!?」
廊下から、段々と近付いてきながら響く声に苦笑する。
彼女が望む言葉はわかっていた。
けれども、僕は敢えて「おはよう」と挨拶をする。
透かさずリビングに入って来た彼女は「そっちじゃない!」と膨れっ面で僕を睨んだ。
その様子が可愛らしくって、僕は「ごめんごめん、2択を外しちゃったよ。」(34)と戯けて見せた後で、「誕生日おめでとう。」と頭を撫でた。
彼女は、「子供扱いしないで!」とさらに膨れていたが。
「ねぇお父さん、早く外に出よう?あたしのケーキとキャンディー、今年も買いに行くんでしょ!」
暫く膨れていた彼女だったが、朝ご飯を食べてからはすぐにケロッとした様子でそう言った。
彼女の誕生日の日には近所のお菓子屋で、小さなケーキを3つと、彼女の大好物の飴(6)を一瓶買いに行くのが、昔からの習慣だった。
「ほら、はーやーくー!あと15分で支度して!」
彼女に押されて、リビングを出る。
力が強くなったなぁ、なんて感慨深く思いながら和室に入って、仏壇の前に線香を供え、目前で微笑む妻の写真に向かって手を合わせた。
10年前、妻は病院の検査で聴神経腫瘍と診断された。
手術によって摘出は成功したものの、患部…左耳の痛み(48)と手足の痺れの後遺症が残った。
そしてそのリハビリで体力が落ちていた妻は結局、流行病を拗らせて呆気なく死んでしまった。
妻が死んでから10年間、父子家庭の父として僕がやるべきことは予想外に多かった(10)。
彼女を実家に預けて仕事に行く事も多く、彼女には寂しい思いをさせてしまっていたと思う。
それでも僕自身は、この生活に不満は無かった。
妻によく似た、明るくて笑顔の似合う彼女が、健やかに生きてくれていれば、足りないものなんて無かった。(44)
…娘の誕生日だからだろうか、どうも今日は色々と昔の事を考えてしまう。
目を開いてそっと立ち上がり、自室に戻る。
棚の一番上の引き出しを開き、そこにカラフルなデザインのDVDが8枚と、真っ白なDVDが入っていることを確認する。
カラフルなDVDは、映画好きだった妻が、大きくなったら彼女と一緒に観たいから、と用意していたものだった。
彼女が5歳になってから、20歳になるまで…1年に1枚、誕生日に一緒に観られるように。
結局、妻が彼女と共に映画を観る事は無かった。
しかし妻は、病気になった時にそうなる事を覚悟していた。
だから、妻は手術の前に、真っ白なDVD…妻が彼女に遺した15枚の映画の感想と、21歳の彼女へのメッセージが入ったビデオレターを用意していた。
…これの存在は、彼女の21歳の誕生日までは、隠し通すつもりだ。(40)
彼女は、毎年妻から贈られる映画を、楽しみにしている。
1枚1枚大切にケースに入れて、気に入ったものは何度も繰り返し観て。
彼女が全ての映画を観た後で、ビデオレターのことを伝えるつもりだった。
…と、そこで、彼女の声が響いてきた。
「30…29…28…」
…どうやら、僕を待ちくたびれた彼女は、カウントダウンを始めたようだ。
大変だ、あと1分も無い!(11)
僕は引き出しの中のDVDの束から今年の分の1枚だけを、傷付けないよう取り出した。
次に、車のキーと財布を持ち、ジャケットを着てリビングに向かう。
そして、テレビ台の下のDVDプレイヤーの中に、用意したDVDを差し込んだ。
帰ったらすぐに、映画を観られるように。
カウントダウンが5秒を切った頃、やっと玄関にたどり着いた僕に対して、彼女は嬉しそうに笑って言った。
「お父さん、今日は良い天気だから、ケーキ屋さんまで歩いて行こう!」と。
…どうやら、車の鍵は要らなかったみたいだ。
【簡易解説】
今日は僕の娘の12歳の誕生日。娘の誕生日ケーキを買いに行った後で、死んだ妻が娘に遺した映画を一緒に見るために、僕は映画の準備をした。
-完-
かわいい彼女とその彼女を見守る僕の心情の対比が、穏やかながらささりました。これからも彼女に振り回されてほしいで賞。 [編集済]
参加者一覧 20人(クリックすると質問が絞れます)
結果だけさらっと見たい方は投票会場https://late-late.jp/mondai/show/16636の解説をご覧ください!
ついにやって参りました、「第43回正解を創りだすウミガメ」結果発表のお時間です!!
今回は連絡所を設置したり、投稿期間をGWを含めた2週間に延長したりと比較的参加しやすかったのでしょうか。9名の方に作品をご投稿いただき、11名の方にご投票いただきました!ありがとうございます!
サブ賞も多くあるため、最難関要素とサブ賞は各ジャンル1位のみ、最優秀作品賞はベスト3を発表していきます!
(投票所の方では全ての開票結果をまとめておりますので、そちらもどうぞ!)
早速発表いたしましょう!!まずは、最難関要素です!!
◇最難関要素賞◇
最難関要素賞に選ばれたのは……
🥇(5票)
②彼女はパスタが得意料理ではありません(こがれさん)
こちらはNO良質の要素だったこともあって、苦戦したシェフが多かったようです。突然のパスタ、しかも得意料理ではないのに言及しなくてはいけない…結果として難しい要素となりました。
こがれさん、おめでとうございます。
それではサブ賞の発表に移ります!
まずは匠賞から行きますよ!
最も皆様を唸らせたのは、この作品だっ……!
◇匠賞◇
🥇(5票)
④『10度あることは・・・』(作・ごらんしんさん)
何度誘ってもデートがうまくいかない、というのはよくある話ですが、まさか10回とは…!各エピソードで要素を1つずつ回収するテンポのよさも匠でした。
ごらんしんさん、おめでとうございます!
◇エモンガ賞◇
続いてはエモンガ賞です!
勝利のエモンガが微笑んだのは……?
🥇(6票)
⑧『死人に梔子』(作・OUTISさん)
死期のせまった病人と死神、という非現実な設定を最大限利用した独特な雰囲気にエモンガを感じた方が多かったようです。
OUTISさん、おめでとうございます!
◇スッキリ賞◇
サブ賞の最後を締めくくるのは、スッキリ賞です!
皆様を最もスッキリさせた作品は……?
🥇(6票)
①『彼氏彼女の関係』(作・あひるださん)
最後のどんでん返しがあるにもかかわらず、無駄なくスッキリとまとまったこの作品がスッキリ賞です!
あひるださん、おめでとうございます!
さて、続いては皆様お待ちかねの本投票です!
心の準備はよろしいでしょうか?
では、発表いたします!!
◇最優秀作品賞◇
🥉(3票)
②『もう一つの2択』(作・Takaさん)
デスゲーム?いや、わちゃわちゃコメディ?と思わせておいての結末に引き込まれた方が多かったのではないでしょうか。
Takaさん、おめでとうございます!
🥈(4票)
⑤『晴れのち雨だから』(作・みづさん)
彼と彼女の正体への驚き、問題文の「快晴」の回収への匠さでの評価が高かった作品です。ポンコツアンドロイドかわいい。
みづさん、おめでとうございます!
さて、いよいよ最優秀作品賞の発表となります。大接戦を制し、栄えある最優秀作品賞を受賞したのは……!
と、その前に。今回は今までの創りだすからの変更を見据えての開催となりました。計10作品ものご投稿、11名からのご投票があったこと、誠にありがとうございます。その結果、どの部門も非常に接戦でした。その結果…
その天井裏に、彼女に一目惚れした僕は半年前から住みついている。
「この飴が好きなのです。決して溶ける事の無い、されど一瞬だけ、私と出会ったその死の間際、花火のように幽かな涼やかさを感じさせてくれたこの飴が。」
🥇(6票)
①『彼氏彼女の関係』(作・あひるださん)
⑧『死人に梔子』(作・OUTISさん)
こちらの2作品が同率で最優秀作品賞を受賞です!あひるださんはスッキリ賞、OUTISさんはエモンガ賞との同時受賞です。それぞれ別の観点で評価された最優秀にふさわしい作品でした。本当におめでとうございます~!!!
そして、最後を飾る、シェチュ王の発表に移りましょう!
得票数が同じ場合、投票した人数が多い方がシェチュ王受賞なのですが、今回あひるださん、OUTISさんともに5名からの票をもらっていました。そのため主催者票による再集計なのですが、それでも同率でした。そのため、最終投稿が早い順に決定させていただきます。
発表します。今回のシェチュ王はこの方……!
シェチュ王
👑あひるださん
おめでとうございます!
皆様、盛大な拍手をお願いいたします!!!
また、見事シェチュ王に輝いたあひるださんには、唯一称号[◇シェチュ王◇]と次回である「第44回正解を創りだすウミガメ」の出題権を進呈いたします!!
🍊っ👑 🦆
本当に、おめでとうございます!!
これにて「第43回正解を創りだすウミガメ」閉幕となります!
改めまして、皆様、本当にありがとうございました!!
連絡所にて、今回の創りだすについてのご意見も募集中です。お時間あるときにでも覗いていただけますと幸いです!
遅れました!!シェチュ王のあひるださん並びに投票同数のOUTISさん、おめでとうございます!!そして拙作へ投票して下さった方、ありがとうございました!!面白い作品が沢山で凄く読んでて楽しかったですー!!!ほずみさん運営ありがとうございました!![22年05月23日 00:11]
あひるださん、シェチュ王おめでとうございます!OUTISさんも、最優秀賞おめでとうございます!素晴らしい作品ばかりで楽しかったです(*^^*)そしてほずみさん、開催ありがとう&お疲れ様でしたー![22年05月22日 23:00]
ほずみさん、ありがとうございました!あひるださん、おめでとうございます! 投票した「彼氏彼女の関係」が最優秀作品賞に選ばれて自分のことのように嬉しかったです。 また、自分の作品「10度あることは・・・」が思いがけず匠賞に選ばれてビックリしました。 自分なりに要素の回収の仕方につての評価かなと分析しています。 投票いただいたみなさま、ありがとうございました。[22年05月22日 22:34]
あわわ自分がシェチュ王の冠を戴いてしまって良いのだろうか…!投票してくださった皆さん、及び進行のほずみさんありがとうございます!! 自分が何故か締め切りを日曜日だと思い込んで投票出来なかった事だけが悔やまれます(汗)[22年05月22日 22:12]
あひるださんシェチュ王おめでとうございます!こういった長めの物語を書いた経験がなく、勉強になりました。面白い作品がたくさんありましたね。ほずみさん、運営ありがとうございました![編集済] [22年05月22日 21:30]
呵々,拙作へ投票していただいた方への感謝と投票締め切りを勘違いし投票できなかった皆様への謝罪をこの場を借りてさせていただくヨ.僭越ながら皆様より多少長く創り出すには参加していると自負しているものの,シェチュ王決定で投稿時間差決定まで持ち込んだのは4年程の年月の中でも初じゃないかナ?いやはや あひるださん,シェチュ王獲得心より祝福させていただくヨ.[22年05月22日 21:25]
外は快晴、絶好のお出かけ日和。彼女が「外に出よう」と言ったので、僕は家で映画を見る準備を始めた。
いったいなぜ?
◆◆要素◆◆( )は質問番号です。アンカーを付けるかどうかはおまかせします。
①あめが好きです(6)
②彼女はパスタが得意料理ではありません(9)
③想定外の多さです(10)
④あと1分もないです(11)
⑤最初はチョキです(19)
➅2択を外しました(34)
⑦まちがいをさがします(38)
⑧僕は隠し事をしています(40)
⑨足りないものがありません(44)
⑩耳が痛いです(48)
タイムテーブル
☆要素募集フェーズ
出題 ~ 質問数が50個に達するまでor4/28(木)23:59
☆投稿フェーズ
要素選定後 ~ 5/13(金) 23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後 ~ 5/21(土) 23:59まで
☆結果発表
5/22(日) 21:00(予定)
≪エキシビション≫
【簡易解説】
時は未来、人々はAIに管理された快適な都市空間に密集して生活している。都市とそれ以外の場所は隔離され、行き来することは基本的にできない。都市の外の天候が穏やかなある日、そんな生活から脱しようと彼女が提案したので、計画がバレないようにカモフラージュとして僕は映画を流し始めた。
【解説】
「──ソフトの解除まで④あと1分もないよ、いける?」
この時代では珍しい、彼女の肉声がすぐそばで聞こえる。
「③さすがにこの量は想定外だな… 今でもこんな物理的な機構が残ってるもんなんだな」
「わーお、これって『カギアナ』ってやつ? 教科書でしか見たことないや」
こんなこともあろうかと用意しておいた物理ガジェットセットが役立つとは。
針金を曲げ、鍵穴に差し込む。中で何かにひっかかった手ごたえはある。これを回せば、あるいは。
「右か、左か…」
祈りを込めて右に回すが、何も起こらない。⑥僕は、2択を外したのだ。
「────…って感じはどうかな!?」
「スチームパンクねぇ… それにしては技術が今っぽすぎるし、あんまり『スチーム』って感じじゃないよ」
「やっぱり? かっこいいとは思うんだけどいまいちイメージができなくてさぁ」
「それなら、今度うちで映画でも見ようか? 確か親父のコレクションがあったはず」
「いいね! 天気もいいみたいだし、明日ね!」
■■■
今の流れなら、僕らの『脱出計画』はごまかせただろうか。
この星はとうの昔に生き物が暮らせる環境を失い、『都市』と呼ばれるAIが管理するエリアで少しの人間が細々と生かされている。『都市』の外がどうなっているかは基本的に人間には知らされないし、外に出ようとすることはタブーとされている。
人間はAI様の指示に従って悠々自適に生命活動を行えばいい、ということらしい。衣食住も、娯楽も、大体がAIで判断された最適なものが提供される。だから人間は食事を作る必要もないし、あくせく働く必要もないし、⑨足りないものなんて何もない。
でも。そういわれると従いたくないのが僕らの悪いところだ。
──コンコン。
「今日はじゃんけん5回」
ドアの外に答える。
⑤「チョキ、パー、パー、グー、チョキ」
「OK」
ドアを開けると見慣れた彼女の顔。ノックをした後にチョキから始まる言葉を言えば僕が開ける約束だ。こうでもしないと危険がある、と彼女は主張する。
今時、ドアにノックをする人もいないだろうに、やたらと心配症だ。
「リクエストは?」
「パスタがいいな」
「またぁ?」
彼女がここに来るとき、僕はいつも彼女にパスタをねだる。
「②おいしくないパスタなんて食べる機会なかなかないからさ」
「なんだと~!!!」
笑いながら話すけど、この時代に完璧ではない食事を食べられることそのものに、僕は感謝をしたりしているのだ。…⑧本人には言ってやらないけど。
「さて、と。映画でも見ようか。たまにはフィルムで」
「フィルムなんてあるの? お父さんのコレクションすごいね」
まあ、この日のためにブラックマーケットで手に入れたジャンク品ではあるけども。データに残らない形で入手するにはこれしかないし、ネットワークに繋がないように映画を見るためには仕方あるまい。AIが管理する社会といえども、最低限のプライバシーの保護だとかで、家の中の音声や画像データは保存されないことになっている。だが、いつ何がきっかけで情報が洩れるとも限らない。彼女と『脱出計画』について話すときはもっぱらこんな感じだ。
2人とも口では映画のことを話しつつ、ノートとペンを取り出す。ここだけ数世紀戻ったみたい。
『今日から明日にかけて、ここも外も天気がいいんだよね?』
『ああ。数年に一度しかないメンテナンスの日だ』
筆談ができるほどスムーズに字が書ける人間も少ないのではないだろうか。
基本は人々が外に出ないよう、外の天気がいい日は都市周辺の天気が悪くなるよう調整しているらしい。でも、今日から明日にかけて、都市の天候調整システムがメンテナンスになる。このメンテナンスの際に災害が起きないよう、都市の外の天気がいい時を狙ってメンテナンスが行われる──とはアンダーグラウンドのやつらの中では常識だ。
その分、警備のシステムは強化されるようだが、それでも外に出るチャンスなのには変わりない。
『①私、都市で降る雨は好きだけど外の雨ってどんななのかな』
外の雨は、と書こうとしてやめる。代わりに。
『どうだろうね、僕も分からないな』
『この晴れの日は絶好のチャンスね。今夜、外に出よう』
あぁ。ついにこの日が来てしまったか。そう仕向けていたのは自分なのに、とても、辛い。
彼女のその言葉を見た僕は、映画のスタートボタンを押す。
彼女に、「彼女を捕まえる」計画がバレないように。
⑦ごめん、どこで間違ったんだろうな。考えてるけど分かんないんだ。
僕が押したボタンを合図に、警備の人員が来ることになっている。徹底的にAI対策をしている彼女には、こちらもローテクな対応を、ということなんだろう。
さすがに足音で何かに気付いたのだろう。彼女が探るような目で見てくる。
「なんで…? いつから…?」
「⑩外の雨はね、耳が痛いほどうるさいんだ」
望んで出る場所じゃない。僕は、彼女を守りたかっただけなんだ。
【エキシビション終わり】
自分が正解した問題・出題者への賛辞・シリーズ一覧・良い進行力など、基準は人それぞれです。
自分専用のブックマークとしてお使い下さい。
Goodって?
「トリック」「物語」「納得感」そして「良質」の4要素において「好き」を伝えることができます。
これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。
ブクマ・Goodは出題者にとってのモチベーションアップに繋がります!「良い」と思った自分の気持ちは積極的に伝えていこう!