「お経のおいしい喫茶店」のGoodトリック・物語・納得で良かったら1票分。全体評価で特に良かったら3票分Goodができます。
喫茶〈らてらて〉でランチを食べていたカメコが、
おしぼりで手を拭き始めると、〈らてらて〉のマスターは
何も書いてないお皿を指して、「お経でも書いたのかい?」と尋ねた。
一体なぜ?
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《 簡易解説 》 耳なし芳一
サンドイッチの耳だけが残された皿を見たマスターは、
「お経が書いてあるから耳しか見えないのか」
という趣旨のジョークを言った。
カメコが初めて、喫茶〈らてらて〉でランチを食べた日。
おしぼりで手を拭くカメコの姿を見たマスターは、
彼女のテーブルに食後の珈琲を運んだ。
「お嬢さん、サンドイッチにお経でも書いたのかね?」
「え?」
マスターのふさふさとした白い眉の下のつぶらな瞳に映る
カメコの表情には、戸惑いが滲んでいる。
「耳なし芳一って知ってるかい?」
首を横に振るカメコに、マスターはゆっくりと語り出した。
「…物の怪から守る為に、和尚は芳一の身体中にお経を書いた。
すると、お経が芳一の姿を隠してくれたんだんだが、
うっかり耳にお経を書き忘れてしまった。
だから物の怪には、耳しか見えなかったんだねぇ…」
あっと思い当たったカメコは、目の前の皿に視線を落とした。
サンドイッチのパンの耳だけがぽつんとのっている。
チラッと見上げると、悪戯っぽく笑うマスターと目が合った。
ーー「お経が書いてあるから耳しか見えないのか?」
って意味だったのね……。
食べ残してしまった後ろめたさに、カメコは俯いた。
「ごめんなさい。私パンの耳が苦手で…」
「そうかい、そうかい。
じゃあこの耳は物の怪が持っていこうかね。
……こうして芳一は妖怪に耳を取られてしまったのである。
耳だけで済んでよかったと言うべきかねぇ」
おどけたマスターは、そっとカメコの皿を下げて行った。
彼の髪、眉、ひげは真っ白でもしゃもしゃしていて、
物の怪に見えなくもないが、くしゃくしゃの目尻は
とても優しそうだ。
去年亡くなった祖父に少しだけ似ている気がする。
珈琲を飲む前からぽかぽかしてきたカメコは、
ゆったりとした心地でレトロなソファに体を預けた。
翌週、カメコは再び〈らてらて〉を訪れた。
注文したのは、前と同じサンドイッチランチだったが、
カメコに提供されたのは、耳なしサンドイッチだった。
「あれ?耳が…」
「今日は先に耳をいただいておいたよ」
皿に残っているのは、お経に守られたサンドイッチというわけだ。
「耳は揚げるとおいしいから物の怪のおやつになるんだ」
と言って笑うマスター目が幼い子供のように光るのを見て、
カメコも思わず目を細めた。
ここは海の見える喫茶店。
ドアを鳴らすと、珈琲と潮の匂いがふわりと混ざり、
優しい物の怪が迎えてくれる、どこか懐かしい気がするお店。
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