(前回の様子:第5回 https://late-late.jp/mondai/show/2813 )
12月中旬になりまして年の瀬の忙しさに追われる日々となりました。
今年は平成最後の年でもありますが、やり残したことはないでしょうか?。
心残りのある人もない人も平成最後に最高の正解を創りだしましょう!
今回は12月開催なので要素12個で開催します。(中の人が乱数アプリで選ぶ予定)
初参加の方も前回参加した方も、おとなもこどもも、おねーさんも。ぜひぜひ気軽に参加してください!
では問題文です!
■■ 問題文 ■■
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
男が名前を変えたおかげで多くの命が救われた。
なぜ?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この問題には、解説を用意しておりません。皆様の質問がストーリーを作っていきます。
以下のルールをご確認ください。
■■ ルール説明 ■■
1・要素募集フェーズ
初めに、正解を創りだすカギとなる色々な質問を放り込みましょう。
◯要素選出の手順
1.出題直後から、“YESかNOで答えられる質問”を受け付けます。質問は1人3回まで。
2.皆様から寄せられた質問の数が50個に達すると締め切り。
質問の中から12個がランダムで選ばれ、「YES!」の返答とともに[良い質問](=良質)が付きます。
※[良質]としたものを以下『要素』と呼びます。
※選ばれなかった質問には「YesNo どちらでも構いません。」と回答します。こちらは解説に使わなくても構いません。
※矛盾が発生する場合や、あまりに条件が狭まる物は採用しません。
[矛盾例]田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね?(先に決まった方優先)
[狭い例]ノンフィクションですか?(不採用)
[狭い例]登場キャラは1人ですか?(不採用)
[狭い例]ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)
なお、要素が揃った後、まとメモに要素を書き出しますのでご活用ください。
2・投稿フェーズ
選ばれた要素に合致するストーリーを考え、質問欄に書き込んでください。
らてらて鯖の規約に違反しない限りなんでもアリです。
通常の出題と違い、趣味丸出しで構わないのです。お好きなようにお創りください。
とんでもネタ設定・超ブラック真面目設定もOK!
コメディーでも、ミステリーでも、ホラー、SF、童話、純愛、時代物 etc....
皆様の想像力で、自由自在にかっ飛んでください。
※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖版・ラテシン版)」もご参考ください。魅力たっぷりの銘作(迷作?)・快作(怪作?)等いろいろ先例がございます。
ラテシン版:sui-hei.net/mondai/tag/正解を創りだすウミガメ
らてらて鯖:https://late-late.jp/mondai/tag/正解を創りだすウミガメ
◯作品投稿の手順
1.投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間、他の方が投稿できなくなってしまいます。
「コピペで一挙に投稿」を心がけましょう。
2.すでに投稿済みの作品の末尾に「終了を知らせる言葉」の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
3.まず「タイトルのみ」を質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。
4.次の質問欄に本文を入力します。本文が長い場合、複数の質問欄に分けて投稿して構いません。
また、以下の手順で投稿すると、本文を1つの質問欄に一括投稿することが出来て便利です。
まず、適当な文字を打ち込んで、そのまま投稿します。
続いて、その質問の「編集」ボタンをクリックし、先程打ち込んだ文字を消してから投稿作品の本文をコピペします。
最後に、「長文にするならチェック」にチェックを入れ、編集を完了すると、いい感じになります。
5.本文の末尾に、おわり完など、「終了を知らせる言葉」を必ずつけてください。
3・投票フェーズ
投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行します。
お気に入りの作品、苦戦した要素を選出しましょう。
◯投票の手順
1.投稿期間終了後、別ページにて、「正解を創りだすウミガメ・投票会場」(闇スープ)を設置いたします。
2.作品を投稿した「シェフ」は“3”票、投稿していない「観戦者」は“1”票を、気に入った作品に投票できます。
それぞれの「タイトル・票数・作者・感想」を質問欄で述べてください。
また、「最も組み込むのが難しかった(難しそうな)要素」も1つお答えください。
※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構いません。
※自分の作品に投票は出来ません。その分の票を棄権したとみなします。
※投票自体に良質正解マーカーはつけません。ご了承ください。
4・結果発表
皆様の投票により、以下の受賞者が決定します。
◆最難関要素賞(最も票を集めた要素)→その質問に[正解]を進呈します。
◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品)→その作品に[良質]を進呈します。
◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計)→全ての作品に[正解]を進呈します。
そして、見事[シェチュ王]になられた方には、次回の正解を創りだすウミガメを出題していただきます!
※票が同数になった場合のルール
[最難関要素賞][最優秀作品賞]
同率で受賞です。
[シェチュ王]
同率の場合、最も多くの人から票をもらった人(=複数票を1票と数えたときに最も票数の多い人)が受賞です。
それでも同率の場合、出題者も(事前に決めた)票を投じて再集計します。
それでもどうしても同率の場合は、最終投稿が早い順に決定させていただきます。
■■ タイムテーブル ■■
◯要素募集フェーズ
12/15(土)19:00頃~質問数が50個に達するまで
(万が一質問が集まらない場合は12/16(日)23:59で締め切ります)
◯投稿フェーズ
要素選定後~12/26(水)23:59まで
◯投票フェーズ
12/27(木)00:00頃~12/31(月)23:59まで
◯結果発表
1/1(火)夜遅く ※予定
■■ お願い ■■
『要素募集フェーズ』に参加した方は、出来る限り投稿・投票にもご参加くださいますようお願いいたします。
要素出しはお手軽気軽ではありますが、このイベントの要はなんといっても投稿・投票です。
頑張れば意外となんとかなるものです。(鯖虎も前回初参加でしたがなんとかなりました!)
素敵な解説をお待ちしております!
もちろん、『投稿フェーズ』と『投票フェーズ』には、参加制限など一切ありません。途中参加も大歓迎!
どなた様も、積極的にご参加ください。
それでは、『要素募集フェーズ』から、スタート!!
皆様ご参加ありがとうございました!結果発表です!
ただいまより、『投稿フェーズ』スタートです!
*質問欄で文章を作成していると、その間、他の方が投稿できなくなってしまいます。
別の場所(文書作成アプリなど)で作成し、「コピペで一挙に投稿」を心がけましょう。
*投稿の際には、前の作品の末尾に「終了を知らせる言葉」の記述があることを確認してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
*あとで[良質]をつけるので、最初に本文とは別に「タイトルのみ」を質問欄に入力してください。[編集
*作品中に要素の番号をふっていただけると、どこでどの要素を使ったのかがわかりやすくなります。
*投稿締め切りは【12/26(水)23:59】です。
投稿内容は投稿期間中何度でも編集できます。
また、投稿数に制限はありませんので、何作品でもどうぞ!
自分が正しい。
誰の言うことも信じられない男がいた①。
物事を解決するには、自分と違う考えを持つ相手を屈服させるか、戦うしかないと考えていた。
男のような性質の者は世の中にたくさんいる。
そう、男は『自己中』という生き物だった。
そのせいで、どんな相手とでも喧嘩になる②。
フィットネスジムに入会③しては、講師のやり方よりも自分で考えたやり方のほうが凄いと言い放って辞め、料理教室に行ってみては
「これ、砂糖と塩間違えてませんか?⑦」
と指摘された途端にキレて辞めた。
しかし、男に劇的な出逢いが訪れた。
「ナナ、可愛いね~」
男はデレッデレである。
今まで自分にしか興味がなかったのに。ナナと出逢ったことにより男の新しい人生が始まった⑪。
男はまるで生まれ変わったようだった。
周りの人間は、しばらく奇異の目で男を見ていたが、徐々に変化を受け入れるようになった。
ジョン「うーん、『自己中』が変化したのは間違いないようだなぁ」
ハルカ「そうみたい。今日なんて、ナナに食事をくれた食堂のおばちゃんにお礼を言っていたもの⑧」
ジョン「…あのさ、ハルカ。実は相談したい事があるんだ」
男は幸せだった。今まで自分のことしか考えていなかったし、それが正しいと思っていたが、ナナと出逢えたことが嬉しくてたまらない。
ナナは男の理想だった。
男が毎日独りで観ていた、ただただ戦闘機がスクランブル発進する④だけのつまらない映像も、ナナはぴたりと男にくっつき、隣で観てくれる。
ナナが怪我をしていることに気付いた時は、我を忘れて暴走した。
ジョン「青春ってやつかもな。人間はみんな、青春を謳歌しては⑤心が晴れたり曇ったりする」
ハルカ「そうかもね。まさか彼に訪れるとは思っていなかったけど」
ジョン「よし、大晦日に決行だ。大学に誰もいなくなる、その日しか事は起こせない⑩」
ハルカ「…うん。やろう」
12月31日。ジョンとハルカはこっそりと大学の研究室に忍び込んだ。
念のため、研究室へと通じる防火扉⑨を閉めておく。
男はいつものように、戦闘機がスクランブル発進している映像を観ていた。
ナナは「くぅーん」と小さく鳴いている。
可愛いナナ。俺のわんちゃん。
初めて心を動かされ、癒された。
『自己中』であるため、俺は人間とは上手くいかない。
『さぁ、『自己中』。外出して何か趣味をみつけてみよう』
ーーー喧嘩になった。みんながバカだからだろう。俺は間違っていない。俺は正しい。
『この戦闘機は毎日、隣町を爆撃している。何か思うことは?』
ーーー金さえあれば、隣町の人間がいなくても生きていけるだろう。戦争を起こし、俺が世界を創り直してもいいな。
『知り合いが死んでも?』
ーーー自分さえ巻き込まれないのならば、別にいいのでは?
様々な質問を毎日のようにされてきた男。
ジョン、ハルカと名乗る人間は、どうやら男やこの国を観察しているようだった。
タイピングにより質問は繰り返され、男はそれに対して素直に答えなければならない『仕様』になっていた。
ジョン「まさか、設定した人工知能の性格がここまで変化するとはな」
ハルカ「ええ。ペット設定のマスを追加しただけでね」
『ナナの小指の爪が少し割れた⑫』
入力した途端、『自己中』と名付けられた男性マスが近くにいる『一般人』マスに助けを求めた時には驚いた。
『一般人』はごく普通のこととして、彼を助けた。すると『自己中』は『一般人』に積極的に働きかけるようになり、時には手助けをするような行動さえ見られるようになった。
命令しない限り、他のマスとは干渉することもなかったのに。
ナナの事となると、とても『自己中』とは思えない行動をし始めた男性マス。
これは、小さなこの世界を平和にすることができる一歩になるのでは?
しかし、教授は研究のリセットを命じた。
たかがペットで、人工知能の性格が変わるわけがない。
実験は失敗したのだ。あり得ないのだから、ミスがあったのだ。
これではただの『一般人』マスではないか!
『一般人』マスは勝手にどんどん増えていくのだから、増えすぎては困るのだ⑥!
年が明けたら、ベースから作り直す!
ハルカ「教授こそ、まさに『自己中』だわ。何を研究しているのかさえ見失っている」
ジョンとハルカはパソコンに機器を取り付け、長い時間をかけて研究のバックアップを取った。
『今日は何をした?今の気持ちは?』
試しに入力したジョンは、返答を見て笑顔になった。
ーーーナナが、戦闘機を怖がるようになった。あれは無くせないだろうか?
ーーー隣人が俺に近づいてきた。ナナの話をした。楽しかった。
『自己中』と『ナナ』、彼らを取り巻く世界は、無事引っ越すことができた。
ジョンは『自己中』マスを『カメオ』と名付け、一人の男として見守ることにした。
この研究は、後に世界を平和へと導くきっかけとなる。
ハルカ『カメオ、今何を考えている?』
ーーーナナがいると幸せなんだ。とても心が落ち着く。
ジョン『君は自分のために、この世界で戦争を起こすつもりだった。人間をたくさん殺すところだった。今なら金を出す、と言われたらどうする?』
カメオはナナを見つめながら答えた。
ーーー俺が間違っていたんだと思う。俺にはナナがいるように、みんなにも大事な存在がいるんだろう?
【完】
[編集済]
読んでいて「自己中」の意味が少しずつ変わっていく物語でした。
人工知能の性格といったまだ未開拓な分野ゆえの恐ろしさと、人間こそ実は「自己中である」といった恐ろしさ、一本目から濃い作品が来たなと身震いしました。
ハッピーエンドでよかった(。-`ω-)
20XX年、ラテ共和国にて。
街角の片田舎に、一軒の家があった。
主婦のウマコは、夫のウマオ、娘のポニーと一緒にそこで暮らしていた。
【10月20日】
目覚まし時計の「ヒヒーン」という音で、ウマコの朝は始まる。
半分寝ながら階段を降り、顔を洗い、学校に既に遅刻しそうなポニーを起こす。
馬顔で階段を降りてきたポニーの髪をポニーテールに縛り、朝食を食べさせ、家を追い出す。
「まったく…ウマオも起きないし…」朝からついため息が漏れる。
テレビでは、ウマ族とウシ族の人種の対立が激化して死傷者が出たニュースを放送している。
ウマオは今日は有休をとって休みで、ウマコも今日はパートは休みだが、予約していたフィットネスジムでトレーニングをしなければならない。⑶なにせ今年の目標は「1馬力」だ。
急いでウマオを起こし、朝食を食べさせ、ジムに向かう。
ジムは散々だった。1馬力どころか1人力も出せず、ジムトレーナーには罵詈雑言いわれたが、馬耳東風と受け流すことにした。家に帰るとウマオはいなかったが、ポニーがもう帰っていた。
「今日はね、隣の竜馬君がね…」どうやら隣の席の子と馬が合ったらしい。
なんだかんだ言ってみんな青春してるんだなと思った矢先、ウマオが帰ってきた。⑸
「大変だ!ウマ族がウシ族に戦闘機をスクランブル発信した!」⑷
二人はウマオが何を言っているかわからないが、ヤバそうだというのは感じ取った。
「要するに、戦争が始まるんだよ!」
「えっ⁉︎」
【同日】
「皆の者、ウシ族は我らウマ族の税で私腹を肥やし、この国を乗っ取ろうとしている!」
そう叫ぶのは、覆面をし、左腕に大きな痣跡のある男。ウマ族の総統の彼は周りから「サラブレッド」と呼ばれる。
彼を見に、数千人、いや数万人のウマ族がここを訪れ、熱狂している。
そんな折、彼の元に「ウシ族の軍用機、ウマ族領に侵入」というニュースが入る。
彼がそれを群衆に伝えると、
「今すぐ殲滅させろ!」「爆破させろ!」などの声が飛び交った。
サラブレッドは遂に、攻撃宣言を出した。
そして、戦争が始まった。
【11月12日】
珍しくウマオの帰りが早い。ウマコは、直感で何かあったことを悟った。
ウマオが言った。「ウマ族の軍に徴兵命令が入った」
「えっ?あなたに?」
「俺もそうだが、お前にもだ」「はっ⁉︎ 私に戦えというの⁉︎」
「とりあえず読め」
そう言って渡されたのは、ウマオのスマホ。《徴兵命令》と件名に書かれたメールの画面だった。そこには、全ての20歳以上のウマ族の男子は徴兵され、その妻は徴用される」という内
容だった。「じゃあポニーはどうなるの⁉︎」「だから先を読め」その先には、20歳未満の男女は学校で生活するという趣旨の内容があった。
「一体どうなってしまうの?」
【11月20日】
徴兵、徴用された人々が集まり、点呼を取られた。こんなの中学生以来だ。
それと同時に、自分の役職も発表された。
「馬飼野午雄、兵長」「馬飼野午子、食事係総長」
二連続で発表された。そして戦地に赴いた。
【12月20日】
戦争が膠着してきつつある。どちらも死傷者が増えすぎて困っているのだ。⑹
しかしウマコのいるウマ軍本拠地は、緊張感を帯びながらも、和気藹々としていた。
ウマコの食事係も板についてきた。⑻初めは目玉焼きに砂糖をかけたり、皿を割ったりとドジばかりだったが、1か月もやっていたので流石にそんなこともなくなってきた。⑺
今日は3日ぶりにウマオが帰ってくる日だ。心待ちにしていた。
「お帰り。」とウマコが叫ぶ。「大丈夫だった?」
「ああ。ただいま。三日間何も動きがなかった。汗馬の労、未だにゼロだ。岩に手をぶつけて小指の爪が割れたくらいだ。」とウマオ。(12)それは一瞬の幸福だった。そして他愛もない話をしていると、突然警報が鳴った。台所の火災報知器だ。その刹那、あたりはパニックに陥った。
「何で!コンロの元栓全部閉めたのに!」「防火扉は閉めたか?」⑼
「急げ!ここが燃えたらもうおしまいだ!」何とか鎮火した。後からこれはウシ軍による奇襲だったと聞いた時には、その場全員が戦慄した。
【12月25日】
ウマコがまだ寝ている丑三つ時、突然叩き起こされた。
寝ぼけているウマコを困惑した目で見ているのは同じ食事係の同僚だった。
何か言いたそうにしているが、一向に話し出さない。嫌な予感がした。もう眠気は吹き飛んでいた。
「その…言いにくいんだけど…あなたの旦那さんが…」
「死んだの⁉︎」
「……えぇ…」
夢を見ているようだった。なぜ⁉︎
「それで私に、もし自分が死んだらこれをウマコさんに渡してほしいって…」
同僚はそう言って封筒を差し出した。
ウマコはそれをひったくるようにして受け取った。
中には手紙が入っていた。
「これを君が読むということは、俺はもう生きてないんだろう。それを考えると悲しい。
これまでたくさん迷惑もかけてきたけど、本当に楽しかったことを伝えたい。君と出会えてから全てが始まったのだから。(11)この国が平和になって、君がポニーと幸せに暮らすことを願っている。」読んでも、なぜか悲しいとは思わなかった。感覚が麻痺しているのかもしれない。
封筒の中には、手紙のほかに、一枚の写真が入っていた。それは、覆面をした男とウマオが一緒に写っている写真だった。ウマコはその左腕を見て凍りついた。
「その人は私たちの軍の総統様。とても周りの人に慕われていてね…」慰めるような同僚の声は、馬の耳に念仏、ウマコの耳には入っていなかった。
【12月30日】
ウマコはずっと考えてきた。
どうすればこの戦争が終わるか。
そして、ついに考えが決まった。やるしかない。
ウマコがサラブレッドに会いに行くことを周りに伝えると、異口同音に「やめろ」と言われた。「危険すぎる」と。もちろんそんなことは知っていたウマコは、制止も聞かずに本拠地を飛び出した。サラブレッドのいる場所は分かっていた。やるなら今しかないのだ。今から行けば丁度着くのは大晦日。これは大晦日でしか起こり得ないのだ。⑽
【12月31日】
ウマコはついにサラブレッドのいるところに着いた。そこは元は大使館だったものだが、ウマ族がのっとったのだ。今日は大晦日、番兵は休みだ。
中に入ると、見張りの兵に「何の用だ」と言われた。小説のようだと思いながら、ウマコは総統に会いにきたことを伝えた。ウマコはウマ族の証である、ウマの鬣のついた証明書を見せた。
何とか説得し、常に兵が二人隣にいる状態でならば会っても良いことになった。ウマコにはこの期に及んで、一抹の不安があることに気づいた。もし別人だったらどうしよう。
そして、サラブレッドがいる部屋についた。その扉は意外に粗末だった。扉が開かれていく。それは永遠に近い時間であったように感じられた。ついに扉が開き、サラブレッドを一目見て、ウマコは安堵した。間違いない。
サラブレッドは、彼女の姿を見た瞬間立ち上がって、動かなくなった。過去の記憶が蘇る。
【30年前】
その頃はまだ、人種差別などなかった。
ウシ族もウマ族も助け合い、仲良く平和に暮らしていた。
とある中学校にて。
ウマコは退屈な数学の授業に、今にも寝そうになっていた。
隣に座っているのは牛尾君だ。一人で別のことを考えているみたいに、頬杖をついていた。
彼は特に目立った生徒ではなかったが、誰よりも先を見通していた。そんな彼が、ある日左腕に大きな痣をつくって学校にやってきた。
周りが「どうしたの⁉︎」と叫んでいる。彼はそれには答えなかった。
後日、彼が心配で、ウマコは尋ねた。「何があったの?」と。
「親にやられた。ちょっとふざけただけなのに、犯罪をしたみたいに怒られて、喧嘩になっちゃってさ…元は俺が悪いんだけど…」⑵
その後、彼への親からの暴行はエスカレートして、彼は自分の家に帰らないことが多くなった。ウマコの家へ来たこともある。その時は本当に羨ましがられた。でも、ウマコはどうすることもできなかった。
彼は親だけでなく、その周りの人間からも苛められるようになった。その人たちは全員がウシ族だった。彼はウシ族を信じることができなくなっていた。⑴
【12月31日】
ウマコとサラブレッドは、30年ぶりに再会を果たした。
しばらく、二人とも動かなかった。
次の瞬間、ウマコの強烈な怒声が響き渡った。それは声であり、声ではなかった。
「なんて事をしてくれたの‼︎」そうサラブレッドには聞こえた。
「あなたは自分の行動が正しいと思っている。でもそれは間違っている。あなたのせいで何千人が死んだと思っているの⁉︎」
「お前は親に苛められたことがあるのか?俺の気持ちなんてお前にわかるはずがない‼︎」
サラブレッドも吼える。
「だから何なの⁉︎私の夫も戦死したのよ‼︎ 夫を殺したのはお前だ‼︎」
サラブレッドはそれを聞いて、再び動かなくなった。
今までの全てを否定された気分だった。今やっている事が正しいはずないと、どこかで思っているのを突きつけられたようだった。
サラブレッドは床にへたれこんだ。そして、兵に出ていくように言った。
部屋にいるのが二人になり、サラブレッドは言った。
「俺はどうすればよかったんだ…教えてくれ…」その声は掠れていた。
「どうすればよかったかなんて考えても仕方ない。大事なのは今どうするか、よ。」
「今どうしろって言うんだ…」
「あなたが本当はウシ族だといえば、この戦いは終わる。」
「そしたらどうなるか…」
「それ以外方法があるの⁉︎」
「…ない」
殆ど聞こえない声だった。
「私はこれで帰る」と言い残し、ウマコは去っていった。
サラブレッドは、一人で慟哭した。
【1月1日】
新年早々、号外が出回った。『サラブレッド、馬脚を露わす』
サラブレッドは、名前を「サラブレッド」から本名の「牛尾 元」に改名する事を明かした。牛尾は、生粋のウシ族に伝わる苗字である。
彼はウシ族への恨みから、ウマ族を扇動し、戦争に導いたのだった。
このニュースが広まったことにより、両族には戦う意味がなくなった。
彼の改名は、たくさんの人の命を救ったのだった。
[編集済]
ウマ族とウシ族から最初はかわいいメルヘンなファンタジーを予想していた所、巧みな言葉遊びと意外と重い物語に心を奪われました。
戦争や徴兵など重い言葉の多い中、動物たちの可愛さとセンスある言葉遊びで読むのが苦にならないという驚きの効果がそこにはありました。
しかしウマ族とウシ族というアイデアがどこから生まれたのかミンタカさんの発想を最初から追ってみたくなりますね。
カメオ:《》
食堂のおばちゃん:【】
その他:「」
・・・・・・・・・
《みんな聞いてくれ 今日で大晦日だが、明日2019年の1月1日になった途端とんでもないことが起こる》
「またカメオの予言(笑)が始まったぞ」
「この前なんかフィットネスジムがすべてなくなるなんて言い出したもんな」
「結果みんなが入らなきゃ!ってなってなくなるどころかどっと押し寄せてたもんな」
「つうかその予言のクオリティ低すぎて今でも笑える」
【@カメオ あなたこないだミサイルが日本の国土に落ちるって言ってたわね】
「出た! 食堂のおばちゃんだ!」
「おばちゃんktkr」
「最近寸胴鍋にぶつけて右手の小指の爪が割れたおばちゃんじゃないですか!!」
「おばちゃん、今日もカメオの野郎をやっちまってください!!」
【@カメオ それを信じたアメリカの兵隊さんが戦闘機をスクランブル発進させたっていうじゃない】
「アメリカ暇なのかな」
「むしろなんで信じたんだよ(笑)」
《@食堂のおばちゃん それは場所を間違えたんだ。実際に近くの海で落ちただろう》
「言い訳www」
「そりゃ撃てば落ちるだろ」
【@カメオ お砂糖とお塩を間違えるのとはわけが違うのよ】
「例えワロタ」
「さすが食堂勤務30年のベテラン」
【@カメオ それに何があるのかまだ何も言っていないじゃない】
「それな」
《火山が噴火する》
「ファーーーーーーーwwww」
「なんで急にそうなるwww」
「さすがの俺でもついていけない」
「安心しろ俺もだ」
《日付が変わる時に外を見ればすぐにわかる》
「フリかな?」
「フリだな」
【私は家で寝正月しようかしら】
「おばちゃんだらけすぎwww」
「一応災害の予言(笑)だろ、みんなちゃんと聞いてやれよ」
《みんな今すぐ外に出て避難するんだ》
【私は家のドアが防火構造になっているからいいわ】
「おばちゃんの家強すぎwwww」
「おばちゃんの家に行きたい」
【あらいいわよ、いらっしゃい、年越しそば用意してあげるわ】
《@食堂のおばちゃん やめろ みんな死んでしまうぞ》
「ごちになりまーす!!!」
「行きたい奴RT #食堂のおばちゃんの家で年越しカウントダウン」🔃16K ♡34.1K
「RT多すぎwwwww #食堂のおばちゃんの家で年越しカウントダウン #そば食べたくなってきた」
【そんなに多くなっちゃうの? 増えすぎて困っちゃうわ もっと大人数入れそうで食べ物も置いてあるところないかしら #食堂のおばちゃんの家で年越しカウントダウン】
「おばちゃんの働いてるとこで過ごそうぜ」
「おばちゃんの働いてる食堂どこ」
「海辺大学の亀有食堂 千代田区な」
「なんで知ってんのww」
《みんな聞いちゃだめだ 年越しなんてできない》
「こいつだれ @カメオ」
「予言者(笑)だから無視していいよ @カメオ」
「それよりそば行こうぜ #千代田区の海辺大学のそばはうまい」
「何そのハッシュタグ笑 #千代田区の海辺大学のそばはうまい」
「でもこんな時間にあいてんの」
【翌朝まで警備員さんや教職員用に開けてるの 亀有食堂は従業員用に布団もあるから寝ることもできるわよ】
「寝床もあって食べ物もあるとか最高じゃん」
「よし、みんな千代田区の海辺大学に集合だ」
《やめろ》
「江東区住みで助かったわー」
「俺八王子なんですが・・・」
「どんまいwwwww」
《やめてくれ》
「ついたぞー #亀有食堂」
「11時なのに人一杯いすぎwwww #亀有食堂」
「そば(゚д゚)ウマー #亀有食堂」
「放課後で寄った食堂を思い出す #亀有食堂」
「なんだか青春の味って感じだ― #亀有食堂」
「みんななんだかんだ青春してね? #亀有食堂」
「カメオのおかげで青春できた俺たちとは一体・・・ #亀有食堂」
「ありがとうカメオ!!(うれしくない) #亀有食堂」
《お願いだ》
《今回は本当なんだ》
「今回『は』って自分で言ったぞ」
「やっぱ嘘つきじゃないですかー!!」
「そろそろ年越すぞー いい加減諦めろー」
「10秒前!!! #2019年カウントダウン」
《頼む》
「9 #2019年カウントダウン」
「はち #2019年カウントダウン」
「7秒前はいただいた #2019年カウントダウン」
「ろーく! #2019年カウントダウン」
《みんなそんなことしたらだめだ!》
「5 #2019年カウントダウン」
《そんなことしてもむだなんだ!》
「4ってみんなやらないよね #2019年カウントダウン」
《やめろ、おねがいだ》
「@カメオ 必死過ぎ 3秒前 #2019年カウントダウン」
《みんなだまされたらだめだ》
「お前がまいた種なんですが」
「それなwww」
「つかタイピング早すぎだろ 暇なの?」
「2!!!!! #2019年カウントダウン」
《たのむ》
「1 #2019年カウントダウン」
「1 #2019年カウントダウン」
「いち! #2019年カウントダウン」
「わん 🐕 亥年だけど #2019年カウントダウン」
「今年はまだセーフ #2019年カウントダウン」
【残念だったわね、オオカミ少年さん】
「0」
「0!!!」
「ZERO~(ニュース番組風に)」
「あけましておめでttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttttt
・・・・・・・・・
《ああ、みんなが信じなかったからだ》
・・・・・・・・・
[編集済]
リツイートやハッシュタグのSNS風の表現もさることながら、小指の爪が同一人物の証など要素の使い方も非常にうまいなと思った作品でした。
鯖虎はあけましておめでとうで一回文章が切れた瞬間とおばちゃんの真実が明かされた瞬間の2回鳥肌が立ちました。面白さと要素のバランスが完璧すぎて尊敬します!
[正解][良い質問]
カメオは、実際に予知能力を持っている。
だがことごとく予言が外れるのは、その未来になるまいと動き出した人々が対策を講じてきたからだ。
そしてカメオは一つの結論に達す。
《予知は、対策を行えば必ず覆すことができる》
カメオは、別に嘘つきと呼ばれるのは構わなかった。
全員がカメオのことを信じられなくても、それで望まない未来を回避してくれるなら、あえて自分がオオカミ少年となろうと決めた。
だが、嘘だと思わせてしまえば、今度はその警告を無視するようになって未来も変えられなくなる。
それだけは何としても避けたかった。
そして、2018年12月31日の大晦日。
カメオは一つの予知夢を見る。
それは、東京湾で眠っていた海底火山が突如として隆起し、全土を覆わないまでも、その近くに住む人々の命が脅かされるほどの噴火を起こすことを知った。
もちろん、いつものように全員は信じてくれなかった。
どうする。このままではそこに住む人の命が危ない。
――あそこなら。
防火扉もあって、二階には寝床と食料もあるあそこなら。
カメオのタイピングをする手が震えた。
彼にとっては時間がすでに止まって見えるようで、気づいたら1秒でコメントを打てるようになっていた。
手先まで血管が巡っているのを感じた。
手汗が滲んでキーボードから指が滑りそうになる。勢いあまって指先に力が入る。
割れた右手の小指の爪が、余計に食い込んで痛かった。
・・・・・・・・・
「本日0時ごろ、東京湾付近にて海底火山による噴火が発生しました。幸い東京湾付近の住民は建物内に避難していたとのことで死亡者はいませんでした。それでは次のニュースです……」
・・・・・・・・・
【残念だったわね、オオカミ少年さん】
《ああ、みんなが信じなかったからだ》
おしまい
[編集済]
☆ [正解]
《要約》
予知能力を持つ男は、SNSで予言をしては周りの人が対策して未来を変える姿を見てきた。
ある日男は災害が起きる予知をする。
しかし、その予言に耳を傾けるものはいなかった。
男はそれを予測していたので、前もってわざと名前を変えた別アカウントで全員が男を信じないように助長するように仕向けた。
そのおかげで、SNSで男の発言を信じなかった人間全員は、別アカウントで示した避難場所に行ったことで命が救われた。
《要素チェック》
①信じることが出来ない
→ オオカミ少年を題材 カメオは嘘つき扱いされている
②喧嘩の原因は男にある
→ 男の予言が発端 実際は自作自演で信じない派の意見を助長
③フィットネスジムに入る
→ フィットネスジムをなくさないように人々が入りだして未来を阻止
④戦闘機がスクランブル発信する
→ ミサイルを飛ばすと言ったので総動員
⑤なんだかんだ言ってみんな青春している
→ 学校の食堂の味ってある意味青春だよね。え、違う?
⑥増え過ぎて困る
→ 食堂に人が増えすぎてさすがのおばちゃんでも心配
⑦砂糖と塩を間違える
→ ミサイルの着弾場所を間違えたのにそれに例えるのはさすが食堂のおばちゃん。そりゃ別人だって気づかないよね。
⑧食堂のおばちゃんは関係する
→ 食堂のおばちゃんというアカウント名。一応カメオも食堂勤務してる設定
⑨防火扉は関係する
→ 避難場所を選んだ理由の一つ。でも火山に防火扉って効果あるんだろうか。まあ丈夫だしワンチャン。
⑩大晦日でしか起こり得ない
→ 海底火山も大晦日のカウントダウンしたかったんだね。あと年越しそばのおかげで食堂に集まる口実ができました。
⑪出逢えたことから全てが始まった
→ SNSでのカメオの発言を知らなきゃ、みんなは予知を覆してこなかったでしょう。結果としてカメオは嘘つきになったけど。
⑫小指の爪が割れている
→ まさか同一人物にするために使えるとは思わなかった。
(以上)
[編集済]
☆ [正解]
ラテ学園は、小中高大一貫の名門校だ。その特徴は生徒会の権力の強さにある。特に生徒会長は凄い。校則も時間割も変える権限がある。
私はその学園のしがない食堂のおばちゃんだ⑧。ここに勤めて何年も経つ。騒がしい学園だが、楽しいことも多い。
しかし、最近は様子がおかしい。その原因は今年の高等部の生徒会長、田中のようだ。
田中君は去年の1年生のとき生徒会長に選ばれた後、生徒会長が自由に校則を変えられる校則を作った。成績優秀、運動神経抜群、家柄は良好、性格よし、ルックスも◯とくれば誰も文句を言わなかった。
だが、彼は生徒しか喜ばない校則を沢山作った。例えば、校内にテレビを設置し、誰でも見れるようにした。授業は好きなときに好きな教科だけ受けられるようにした。
こんな校則が増え過ぎては困る⑥。しかし、教師は校則のせいで何も言えない。全寮制なので親は何もできない。文句を言える立場の生徒は喜んでばかりだ。
今まで、様々な生徒会長がいた。校内は常に活気があり、皆青春を謳歌していた⑤。今年は活気があるというより、だらけている感じだ。
そう考えていると食堂の方から声が聞こえてきた。田中君だ。
「おばさん?この料理、味が変じゃないですか?」
そう言われ、田中君の前の料理を少し摘まむ。確かに変だ。もしかしたら砂糖と塩を間違えた⑦かもしれない。
田中君の周りの生徒が騒ぐ。
「田中さんになんて料理を出すんだ」「こんな食堂よりも別の場所で食べましょう」
田中君が生徒を制して言う。「…そうだね。校則で、別の店で食べられるように」
「おい、田中!いい加減にしろ!」突然、そう聞こえた。
「君は…鈴木か。」
「お前、生徒に媚びるような校則ばっかり作って、そんな校則は人をだめにする!今だってちょっと失敗しただけ、いつもおいしいだろ?」
鈴木君。田中君と同じクラスだ。正義感が強い。
「もうお前は信じられない①!田中、俺と勝負だ!俺が勝ったら、生徒会長をやめるんだ!」
「…わかった。ただ、僕が勝ったら君はこの学校を出ていけ。」
「あぁ、いいぞ。勝負の方法は―――」
勝負は大晦日⑩。帰省する人が多く、安全に戦えるから。舞台は学園全て。相手に、少しでも傷をつけた方が勝ち。正月に用事のない私が審判をすることになった。
田中君が帰った後、鈴木君に話しかけた。
「鈴木君、あんな勝負していいの?」
「あ、おばさん。大丈夫です。自信はあります。大体、田中が悪いんです②!」
「どうして勝てると思うの?」
「俺、昔からフィットネスジム行ってるんで③。」
…大丈夫だろうか。
大晦日当日。今校内にいるのは3人だけ。田中君は生徒会室、鈴木君は玄関にいる。私は監視カメラで2人を追い、どちらかが傷ついたら2人を止める。
「用意…スタート!」
と言うと同時に鈴木君が走り出す。生徒会室に向かっている。田中君は動かない。
突然、鈴木君が足を止めた。テレビを見ている。一体、何を―――!?
『速報です、自衛隊が戦闘機のスクランブル発進を行った④とのことです!原因は不明…今情報が入ってきました、目的地はラテ学園とのことです!』
どういうこと!?と思っていると、鈴木君が走り出した。慌てて追う。飛行音が聞こえてくる、と同時に爆発する音がする。
―――まさか、田中君は実家に連絡して自衛隊を出動させた!?田中君の家は凄いと聞いていたけど…。
鈴木君は大丈夫かな、と見ると走りながら防火扉を閉めている⑨。それで被害を防ぐようだ。
鈴木君が生徒会室に着いた。学園の何ヵ所かは崩壊しているが、生徒会室は攻撃できないだろう。
鈴木君と田中君が対峙する。
「まさか、君がここまでくるとは…。」
「…ふん、お手上げか?」
「いや、それはないね。」何かを取り出す…日本刀?
と、田中君が動く。速い。鈴木君も動く。しかし、これでは間に合わない…。日本刀が鈴木君の肩に当たる。
「ストップ!」電話を鳴らし、2人を止めた。
生徒会室に行く。そこで勝負がつく。
―――これは!
「勝負…引き分け!」
「何!?」「やった!」
「何故、どこに…?」と田中君。
「右手の小指だよ、見てみろ。」と鈴木君。
田中君の右手の小指には、割れた爪があった⑫。聞いてみると、鈴木君は日本刀が当たる直前に小石を弾き飛ばして右手を狙ったらしい。
「引き分けとなると…どうするの?」
「「…どうしよう?」」
最終的に、生徒会長という役を生徒会幹部という名前に変更し、田中君と鈴木君の共同でやることにした。話しているとき、2人は楽しそうであった。いいコンビになると思った。
「―――っていうことがあったよな、懐かしい。今思うと、あのとき出会ったのが始まりだったなぁ⑪。」
「あのおかげで今、多くの人を救う仕事ができている。そうですよね、おばさん?」
「ええ、そうね。2人が卒業した後、世界中に食料を届けるNPOを立ち上げたから協力してって言った時はびっくりしたわ。」
私は今日も料理を作る。例え場所が違っても。
【完】
[編集済]
学園物を自分で書いてみるとバトルシーンが描写できなかったり、入れたい青春要素がありすぎてまとまらないことがあったのですが、赤升さんのラテ学園戦争は文章量もちょうどよく、中だるみがしてなく本当にすごいと思いました。
生徒会が権力持ちすぎは学園物あるあるですね。
【プロローグ】
彼は、誰をも信じることができない男だった。⑴
そして、彼には「情」というものがなかった。
彼をそうさせたのは周りであり、彼自身でもある。
今まで一番信じてきた、腹心といっても良い男に裏切られたのだ。そこで彼は世間の「闇」を知った。さらにその後出世し、下に沢山の人間を抱えるようになってから、ますますそれは酷くなった。
それでも、周りは彼に歯向かわない。
ただ一人を除いては。
【5月31日】
彼は部下と言い争いをしている。
「こんなこと、できるはずがなかろう!」「ですから…」
彼は昨日、その部下に、ライバルを倒すための策を考えるように言った。部下が考えたのは、綱渡りのような危なっかしい策だった。
「もし失敗したらこっちの首が飛ぶのを分かっていないのか⁉︎」
「ですから、そこは私にお任せを…」
「ダメだ‼︎ 何度言わせるんだ。次にその話をした時が、お前の首が飛ぶ時だ。」
彼は冷酷に言い放つ。部下を信用していないのだ。部下は仕方なく引き下がった。
「最近ずっとこんな感じだ…。いっつも原因は向こうなのに…」⑵
つい愚痴が漏れる。幸い聞こえていなかったらしい。
その後の会議も全く進展がなく、時間だけが過ぎていった。
その夜、彼は床の中で、溜息をついていた。(どうしてどいつもこいつも使えないのだ…)
彼はいつのまにか寝ていた。そして不思議な夢を見た。
《ここは誰かの家だろうか。今、椅子に座っている。机にはうず高く積まれた参考書が置いてある。受験生なのだろう。
奥の方から女性の大きな声。「昨日より痩せてるじゃない!」
続いて男性の声。「いくらフィットネスジムに入ったって初日でそんな効果が出るはずないじゃないか。」
⑶右を向くと、中学生くらいの男の子がテレビに繋いだゲーム機で遊んでいる。「敵の戦闘機が攻撃したぞ!君はどうする?…君は『攻撃しかえす』を選んだぞ!」⑷テレビが喋っていた。ガタガタバンバンうるせえ。と、テレビの画面が切れた。男の子がかんしゃくを起こしたらしい。
真っ暗になった画面に映る自分の顔に見覚えはなかった。》
夢はそこで終わった。妙に生々しかった。
【6月1日】
彼は、中国地方に部下を従えて向かうことになった。
向かっている最中、彼は昨日の夢について考えていた。そして、彼の幼い頃のことも。
激しい戦争と共にあった彼の少年期。周りはなんだかんだ言ってみんな青春してたが、彼は違った。
⑸彼は、幼い頃から他人と違うことをしていた。そんな彼を馬鹿にする人もいたが、彼はそうやって生きてきた。そんなことを考えていると、うとうとしてきた。
《ぼんやりと、机と椅子がたくさんあるのが見える…》
「着きました!」部下の声で目が覚めた。
「今日はここに泊まります。」古風な場所だった。
明日が本場だ。今日はまだ時間がある。
最近増え過ぎて困っていた雑務をこなしていると、すぐに夜がやってきた。⑹
そろそろ夕食の時間だ。
その晩餐は豪勢だった。鯛の尾頭付きや刺身など、あまりお目にかかれないような品がずらりと並んでいる。彼は最初のうちは、食事を楽しんでいた。雰囲気が一変したのは、彼が御御御付けを飲んだ時だ。何故か、味が甘かったのだ。
「どうやら、砂糖と塩を間違えたらしいのです。」料理を運んでいる中年の女が言った。⑺⑻
彼は激昂した。「すぐに料理人を呼べ‼︎」
その後どうなったかは、皆さんのご想像にお任せする。
彼は怒りが収まらぬまま、床についた。
なかなか寝られなかったが、少しずつ睡魔に侵食されていった。
完全に眠りについたのは真夜中だった。
《椅子に座っている。昼間見た椅子だ。目の前にある机には、歴史の教科書が広げてある。
周りにも同じような格好をした人がざっと30人いる。前には薄毛の中年の男性が立っている。
その時、突然大きな音がした。「バーーーーン‼︎」》
【6月2日】
彼はそこで半分目が覚めた。何か遠くで声が聞こえた気がしたが、またすぐ寝てしまった。
《「また誰かが防火扉を蹴ったんだ…」周りがざわざわしている。⑼
「集中しろ!」前に立っている男が怒鳴った。男はしゃべり始めた。
「はいここ…印する…1575年…6月29日…長篠の戦い‥」
男のしゃべりは単調そのもので、明らかに眠くなる雰囲気があった。
「次の行行って…1582年…本能寺の変…」教科書にはこう書かれていた。
『一五八二年(天正十年)六月二日 本能寺の変‥織田信長が明智光秀に攻められ自害』
また「バーーーーン‼︎」》
彼はそこで目が覚めた。今度は眠気は完全に吹き飛んでいた。
彼は一瞬、夢の内容を忘れていた。
何かに衝撃を受けて起きたのは覚えている。
しばらく考え込み、何となく机と椅子が浮かんだ刹那、夢の記憶が全て戻ってきた。
そうだ。
彼が衝撃を受けたのは、「バーーーーン‼︎」という音なんかじゃない。教科書だ。
あの本には、確かに自分の名前が書かれていた。
「織田信長」と。
もう一度彼、いや「信長」は、夢の内容を反芻していた。
本には何と書かれていたか…そして彼は完全に思い出した。
一五何とかはわからない。しかし確かに「天正十年」と書かれていた。
彼はしばらく考え、確信した。今年だ。
その横に日付が書かれていたはずだ。何日だったか…
しかし、その隣には確かに「本能寺」と書かれていた。信長は『今』そこにいるのだ。
そしてその隣は…織田信長が明智光秀に攻められ自害…自害⁉︎ そして明智だと⁉︎
鐘が6つ鳴った。とてつもなく静かだ。
本当なのか?たかが夢だ。そんなこと、あるはずがないだろう。
しかし、あれはただの夢ではないような気がする。現実味がありすぎるのだ。
時間はどんどん過ぎていく。やはり、信じたくても信じられない。
そして半時間後。何やら騒がしい。
近習(信長の側に仕える若い家来)が駆け寄ってきた。
「明智光秀の謀反でございます!」
夢は本当だったのだ。しばらく何も言えなかった。
やっと「そうか」と声が出た。
あたりが騒騒しい。当たり前なのだが。
外では激しい争いが繰り広げられているのだろう。火矢が飛んできた。
信長は奥の部屋に入っていった。
途中、ふすまの縁につまずいて転んでしまった。動揺しているのが自分でもわかる。
そして中心の部屋まで来た。あぐらをかいて目を閉じる。
これまでの自分を振り返ってみるが、信長にはわからない。
何が間違っていたのだろうか。信長はどんな手を使ってでもまだ生きたかった。
しかしどう考えても無理だ。「これで終わりか…」つい声が漏れる。
するとなぜか周りが急に静かになった。
この世の見納めにと、目を開ける。
目の前にあったのは、ここにはないはずのものだった。
音も聞こえてきた。ガタガタバンバンうるせえ。
信長の目の前にあったのは、参考書の背表紙だった。
信長は、おととい見た夢の椅子に座っていた。
机に置いてある鏡に映る自分の顔は、紛れも無いあの顔だった。
どうしてこうなった?
「健ちゃーん、ご飯よー!今日は大晦日だから、お寿司と、ローストビーフと、…」
きっとあの声は「自分」の母親なのだろう。今声をかけたのがかの「織田信長」だとも知らないに違いない。
信長、いや「健ちゃん」は、その言葉の意味をある程度理解したが、なぜか異国の言葉を聞いているようだった。発音が違うのだ。同じなのは「大晦日」くらいだ。本当は「大晦(おおつごもり)」なのだが。
そんなことを考えていると、母親らしき人物がやってきた。夢の中より少し痩せている気がした。
そして「ご飯よー!」と言いながら健ちゃんを食卓へ引っ張っていった。
食卓には父親らしき人物もいた。母親は次に、画面にかじりついている少年を引っ張ってきた。
「すげえ‼︎」少年が言う。「いただきまーす‼︎」彼は食べ始めた。
ここではこの食事は大晦日でしか起こりえないくらい豪華なのだろう。⑽
どうすれば元の世界に戻れるかはわからないが、今あの絶望的な空間へ戻るよりは、見たこともないものを食べる方がいいに違いない、という結論が得られた。
仕方なく、目の前にあった肉らしきものを口に入れる。
そして彼は目を丸くした。とてつもなく美味しい。何だこれは…魔術か?
彼は他の料理にも食らいついた。そうしてしばらく時間が過ぎた。
母親が言った。「デザートは手作りケーキよー‼︎」
健ちゃんには「でざーと」も「けーき」も謎だったが、多分美味しいものだろうと思った。
出てきたのはショートケーキだった。健ちゃんはすぐに食べ始めた。
一口口に入れた瞬間、彼は異様なものを覚えた。えげつなくしょっぱい。
「何だこれは⁉︎」思わず口に出てしまった。
「だからショートケーキだっt…」みんな気づいたようだ。
健ちゃんは一人、とてつもなく怒っていた。「すぐに料理人を呼べ‼︎」
周りが唖然とするのを尻目に、視界が暗くなっていくのを感じていた。
気づいたら、元の世界にいた。しかも、昨日の夜だった。目の前で男が平身低頭していた。
「申し訳ございません‼︎ここで腹を切ってお詫びを…」と声が聞こえる。
つい、「よい。戻れ。」と言ってしまった。
健ちゃん、いや「信長」は、内心ホッとしていた。まだ明智は攻めてきていないのだ。
信長はその夜、中心の部屋の畳を外して、下まで降りることができるようにしておいた。
彼はそれほどまでに生きたかったのだ。周りに疑われてはまずい。逃げたことがわかったら追ってくるに違いない。朝、顔を見せなければならないのだ。
そして書をしたため、届けさせ、眠りについた。
そして翌日。信長の計画は成功に収まった。全ての兵が去ったのを確認し、それでもしばらくは動かなかった。
彼が次に動いた時には、すでに日は西に傾いていた。
その夜、信長が住んでいた城に知らせが届いた。しばらく後に、信長の手紙が妻に届いた。その手紙には、こんなことが書かれていた。
「君は私の全てだった。君と出逢えたことから全てが始まった。楽しかった。礼を言う。これからも幸せに暮らしてくれ。」(現代語要約)(11)
その頃、信長は逃げまくっていた。ついたのは九州だった。
そこで、官位や名を捨て、ひっそりと暮らした。
彼は、時々思うことがある。あれは本当だったのか、と。鶴の一声を感じただけなのではないか、と。
しかし、逃げている間足が痛かったのは、ふすまの縁につまづいて転び、足の小指の爪が割れたから、なのだった。(12)
あの頃、彼は世界征服の目論見を立て、それを進めつつあった。今となれば幼稚極まりない。しかし、光秀は実はそれをやめさせたかったのではないだろうか。
彼は光秀がどうなったかも知らない。あれが真実だったかも知らない。全て長い夢だったかもしれない。
【1月1日】
「昨日は不思議な1日だった。冬休みの宿題の分厚い参考書がやっと終わったと思ったら、周りが急に暗くなって、目が回った。
次に目を開けたら、周りが燃えていたんだ。あの時は本当にびっくりした。もう帰れないんじゃないか、と思ったけど、気づいたら何故か今日の朝に逆戻りしていたんだ。お陰でもう一度宿題をやるはめに…こんなこと、あると思う?
でも、あの炎、なんか懐かしい感じがしたんだ。ずっと前に見たことがあるような…でも気のせいだよね。」
【完】
[編集済]
まさか正解を創りだすで信長がでてくるとは、さらに信長が健ちゃんになるとは!(読んでいた鯖虎の脳内にて前前前世が流れました)
「20XX年、ラテ共和国にて」でも思いましたが、ミンタカさんの発想が生まれる瞬間から最終形になるまでを追っていきたくなる…!
今回の創りだすでさらにミンタカさんのファンになりました。
僕の名前はシオ。ソルト国の一般市民。特徴は不運なこと。一昨日は食堂でおばちゃんに料理をかけられた⑧し、昨日はフィットネスジム③で転んで小指の爪を割った⑫。そして今日は―――
今日、僕はシュガー王国に観光に来ている。ここでは元日にパレードがあり、そのために大晦日から来ていた、のだが。
「まさか、バッグごと取られるとは…。パスポートも財布も携帯も取られた…。どうしよう。」
交番に着いた。とにかく、相談してみよう。
「あの、すみません…?」自分が入ると途端に騒がしくなった。
「王子だ!」「城に連絡を!」
「サトウ王子、ここにいたんですか!今、国中で探して…。」
何のこと?シュガー王国に、王子はいなかったはず。
「人違いですよ。僕はサトウじゃなくてシオです⑦。」
「王子、そんな言い訳は信じられません①!」
「いや、本当に違うんです。そもそも、この国に王子はいないはず!」
「いますよ。明日のパレードで公開されるんです。あなたのことなんです、しっかりしてください。」
まったく話を聞いてもらえない。そのうち、王子の従者だという人が来た。
「王子、探しましたよ!あなたは王子としての自覚を持ってください。一昨日は城中の防火扉を閉めて回って⑨、昨日は事務員のパソコンを弄ってデータを沢山コピーして困らせた⑥。今日だって、あなたが原因の喧嘩で家出したんじゃないですか②。」
「だから、僕はソルト国のシオなんです。」
「では、パスポートを出せますか?」
…ないんだよなぁ、取られたから。
「そうだ!家に電話していいですか?」
電話を借りて家にかける。
ガチャ『もしもし?』
「僕だよ、シオだよ。」
『…誰?詐欺かしら。』えっ。
『シオは家にいるわ。気分が悪くなったって帰ってきたの。』
どういうこと?あっ、まさか!
「母さん、それはサトウだよ。入れ替わって帰ってきたんだ!」
『…』ガチャン
―――何てことだ。おそらく、僕のバッグを奪ったのはサトウだ。僕のパスポートを使ってソルト国に行ってしまった。今日の不幸はサトウと出会うことで始まったんだ⑪。
結局、そのまま元日を迎えてしまった。今日、僕はパレードに出る。よりによって、大晦日に不運が出たために⑩…。今までなんだかんだ、青春を謳歌したこともあったのに⑤。
まだシオと名乗るならパレードのための戦闘機がソルト国へスクランブル発進する④、なんて言われたけど、僕にとっては冗談じゃない。
その時僕が出来たことは、ここでサトウと名乗ることで多くの命が救われると信じることだけだった。
「…皆さん、はじめまして。サ、サトウです。」
【完】
[編集済]
「ミッキーの王子と少年」をイメージして身分差の入れ替わりに夢見ていたらシオがなんだか大変なことに(;゚Д゚)。
「多くの命が救われる」ということでハッピーエンドが多くなると思っていたのですが、平和とは必ずしもハッピーエンドの上に成り立つものではないとこの作品で身に染みて感じました。
人類は滅亡しようとしていた。世界では男尊女卑のジェンダー差別が続き、ついに女たちが蜂起したのだ②。世界は男対女の大戦争となった。
アカネは、戦争が始まってすぐに女性限定のフィットネスジムに入った③。力を高め、戦闘員となるためだ。
ある日、戦場に突然戦闘機が現れた。男陣営が戦闘機をスクランブル発進④してきたのだ。落ちてくる爆弾に、アカネが今生を諦めたとき、何かが覆い被さってきた。
轟音のち、強い衝撃。熱。痛み。
そのどれもが今のアカネにはどうでも良いことだった。
「優子ちゃん!!」
己を庇った友人の名を、悲痛な声で叫ぶ。そんなアカネの心情を知ってか知らでか、優子はアカネに向かって、生きてて良かった、と呟いた。
「アカネ、愛してるよ……」
掠れた声で、命をかけて愛を吐き出すと、優子はそのまま事切れた⑤。
◇
優子を失ったショックで、アカネは自棄になりながら戦場を駆け巡っていた。いつの間にか、優子に貰ったグローブは脱げていた。戦争が始まる前に貰った、平和の思い出はもう無い。
グローブが無くなったことで、アカネの指先の、鮮烈な赤が顕になった。
――ピンキーリングにはね、「守護」の意味があるんだよ。アカネが無事に戦場を抜けられるように、ネイル塗ってあげる!
小指の可愛らしいアートは、無茶な戦い方のせいで、ヒビが入ってしまっている⑫。
「祈り、届かなかったね……」
戦う気力を完全に失ってしまったアカネは、銃弾を避けるために、近くの廃校の中へ入った。
◇
アカネは、校内に水道が生きている食堂を見つけ、防火扉⑨を閉めてたてこもった。体力を回復するために、食べられそうなものを探したが、変な臭いのするりんごしかない。火を通せば金属でも食えると以前豪語していたアカネは、迷わずそのりんごを調理することに決めた。
隠し味に塩をかけて煮込むと、そのりんごはむくむくと大きくなり、アカネの1.5倍ほどの大きさになった。
当時のアカネには知り得ないことだが、長時間放置されていたりんごは、栄養失調状態だった。そこにミネラルが補給され、煮込まれて体温が上昇することによって、急激に生命エネルギーが上昇。余剰エネルギーが、りんごの潜在能力を引き出したのだった。
りんごは持て余したエネルギーを用い、犬の形に変化した⑪。アカネが犬を撫でると、気持ちよさそうに身をくねらせた。
「ふふ、お前、赤いね。『守護』してくれるの?」
壊れた小指の思い出を惜しんで、アカネは無意識にそう言った。すると犬はひと鳴きし、戦場へ駆けて行った。
窓から例の犬の様子を伺うと、数多の男たちを蹴散らしていた。女性には指ひとつ触れていない。アカネはあの犬を量産することにした。
やはり妙な臭いがするりんごを、大きな鍋にゴロゴロといれ、火にかけた。
「食堂のおばちゃん⑧になった気分」
しかし、アカネは食堂のおばちゃんらしからぬ間違いを犯してしまった。塩と砂糖を間違えた⑦のだ。
塩よりも分子が大きい砂糖は、脱水効果が弱い。それに加えて、直接エネルギー源になるものを与えられたりんごたち。塩のときよりもりんご犬たちは巨大化し、凶暴化した。
アカネは異常を察知して、止まって!と叫ぶが、増えすぎた⑥犬たちの遠吠えで、ほとんどの犬に命令が通らない。
「どうしよう……」
「あの犬たちを敵陣に集めればいいのよ」
アカネが声のした方に振り向くと、割烹着姿のおばちゃんがいた。
「ああ忙しい忙しい。この時期は年越し蕎麦が人気だから、おちおち休めもしない」
半透明姿のおばちゃんは、客のいない食堂で、一生懸命蕎麦を作っていた。
「ありがとう、おばちゃん……」
アカネは、戦場のあちこちを走り回って、1匹ずつ命令を聞かせた。
「男陣営の方へ行って!」
「わんっ」
「男陣営の方へ行って!」
「わふっ!」
そうして、殆どの犬たちを敵陣に送ったころ、異変は起きた。突然犬たちの身体がぐにゃぐにゃと変形し、猪の形になった。12時を過ぎ、亥年となったのだ⑩。
猪たちは正に猪突猛進――自爆特攻――の戦いを見せ、増え過ぎて困っていたりんご動物たちは、順調に数を減らしていった。
この戦いによって、男陣営は壊滅状態。和平が結ばれた。
戦争を終結させたアカネは、人類を救った英雄として、歴史書にその名を残した。
――その男、アカネ。旧名、田中 権左右衛門。改名が認められた後に戦争が起こる。その中性的な容姿と名前から、人々に男だと信じてもらえず①、友人の助けを借りて女側につくことになった――
【完】
※創出神話はフィクションです。実在の人物、団体、社会問題などとは一切関係ありません。
[編集済]
まさかの人類大戦争という田中 権左右衛門こと、アカネのかっこいい英雄譚にしびれました。
また神様が食べたと言われるリンゴや干支の犬から猪への変化など細かいネタがちりばめられていて非常に凝った作品だと驚きました。
「ついにきたぞーーー!!!」
この少年は祐野輝樹(ゆうのてるき)彼は世界的に話題のカードゲームの全国大会に来ていた。
期日は大晦日なぜこんな日に開催するのかはよくわかっていなかったが、そんなことはどうでもよかった。
自分がこの決勝の場にいることの喜びに打ち震えながら彼は一歩会場に踏み込む。
応援についてきていた妹の英玲奈(えれな)は力強く突き進む兄を横目に会場にうごめく不吉な気配を感じ取っていた。
カードゲーム「アストラテ」突如現れたおもちゃ会社テミス社によって発表されたこのカードゲームアプリは瞬く間に全世界に広がっていった。
特徴としてユーザー登録さえすればお金はかからず、日記帳システムを導入。心理テストの役割を果たし人物の特質にあったカードが生成される。
デッキ内に同名キャラがいくらでも入れられるのにフィールドに同名キャラが一枚しか出せない。
などがあった。シンプルに使いやすい日記帳としての機能もあり人気を博していた。
「アストラテ」に輝樹が出会えたのはただの偶然だったのだろう⑪。事前の宣伝やベータ版なども何もなかったため登場当初は知名度も何もなかった。
宣伝文も簡潔なもので初めて見たときは売る気があるのかこれ?と普段は気にも留めない輝樹も思った。
しかし何か興味をひかれたのだろう。半ば無意識に輝樹はアプリ「アストラテ」をダウンロードしていた。
ダウンロード後は基本的に日記帳として使っておりたまにカードゲームの機能で遊んでいた。
「何やってるの輝樹?」
「『アストラテ』カードゲームアプリだよ」
「ふーん、知らないなぁ」
「マイナーなアプリだろうしな」
「まあ遊んでばかりいないで勉強しなさいよ」
「母ちゃんみたいなこと言うなや」
「母親みたいなもんでしょ」
「そうだけどよ。いつもありがとうな。二人分の家事大変だろ。ほら爪だって割れてるし。」
「気にしなさんな。絆創膏貼っとけば治るって」
「それもそうだけどよ。そうだ!『アストラテ』入れて見てよ。日記帳としても使えて便利だぜ?」
「ん、考えとく」
「考えとくって入れないって言ってるようなもんじゃん」
「それな」「おい」
初めはそのアプリを使っているものは周りにいなかった。
テレビなどで宣伝も行われておらず、まあマイナーなアプリだけど使い勝手がいいアプリだなぐらいにおもっていた。
しかし、アプリが世に出て一年ぐらいたったころだろうか。突然「アストラテ」は流行りだした。
テレビなどでも取り上げられだし、もはやこのアプリをダウンロードしていない人のほうが少なかった。
この異様なまでの流行りように違和感を覚えるものはなぜかおらず、日常は「アストラテ」に染め上げられていった。
そして大会の決勝の時まで時間は飛ぶ。
決勝にまで勝ち進んだ輝樹はこれまでの対戦相手の記録を見返している。
そこに声をかける少女がいた。
「にいちゃん、気をつけてね」
英玲奈は心配そうに兄に声をかける。その様子は心配していると言うよりも何かを恐れるようだ。
「気を付けてってなんだよ」
快活に笑いながら輝樹は続ける
「しかもそこは『頑張って!』だろ」
ぐしゃぐしゃと妹の頭をなでようと触れた時だった。何か違和感を感じる。
そんな違和感を取り除こうと妹の頭をぐしゃぐしゃと乱雑になでた。
妹の抵抗する姿に気づき軽く謝りながら手をどける。
そんな微笑ましい光景に横やりを入れるようにプレイヤーを招集するアナウンスがかかる。
「それじゃあ兄ちゃん行ってくるぜ。絶対勝つからな」
そう言って待合室を立ち去る兄を心配そうに見つめる英玲奈
兄を見つめるその瞳に映っていたのは兄に待つ明るい未来だったのだろうか。それとも…
「さーて!ついに始まりました決勝戦。勝った人も負けた人もみんななんだかんだ青春を感じられる⑤素晴らしい戦いでしたねえ
これこそ青春って感じですよ。 ちょっいたいです叩かないでください。進めますから。
さてと。ここまでの戦いですでにご存じでしょうがここまでの戦いに勝ってきた対戦者を紹介しましょう!
(よいしょデータデータ)
先攻を取りましたのは祐野輝樹 彼は両親を幼いころに失い、
親せきに引き取られ、妹とともに一生懸命生きてきました。
今日は妹のために一生懸命頑張るそうです。
戦術は実直なタイプ。学校にあるようなものカードが多い印象です。
続いて後攻謎のマスクマン瞤(にゅん)選手 謎!謎!謎!すべてが謎に包まれている。
わかるのは体格程度か。このカードゲームはその人の人物像が分かる事でも有名なのですが、この人のは何もわからねえ。
戦闘機のスクランブル発信④ てなんだよ自衛官か?しかもそこは発進だろ。
そうかと思えば フィットネスジム入会③? なんだこれなんでこの指導員のお兄さん肌が黒いんだよ。黒人じゃなくてただの黒だし。
そしてなんだこれ理不尽だろ 虫の釣り竿 なぜだーーーーなぜこのカードの効果が低コストカードの増殖なんだー理解に困るぞ⑥
こほんっ 失礼しました。取り乱しました。ともかく謎のマスクマンです。今度はどんなカードが飛び出すんでしょう。楽しみです!」
「実況の絡子猛(らくすたけし)さん紹介ありがとうございました。ですが落ち着いてください。
審判は是雨黎斗(ぜうくろと)さんです。先攻後攻を厳粛に決めてくださいました。
解説はわたくし保栖智朗(ほすともろう)がお送りします。」
「ご紹介にあずかりました。審判の是雨です。お二人様準備はよろしいでしょうか。」
二人がうなずくのを確認した是雨は両手を挙げる。
「それでは開戦しましょう。前口上はわたくしが言わせていただきます。」
「救いを求めて」
「「「「「「「アストラテ」」」」」」」
二人がそうつぶやき、会場の全員がそう声高に叫んだ。その時だった。
二人のついているテーブルの周囲から黒い触手のような何かが伸びてきた。
形容しがたい"それ"は2人を包み込むとその卓ともども姿を消した。
会場がどよめく。会場の係員も知らなかったことらしく、どよめきを抑えようとする彼らも明らかに動揺していた。
一方触手に包まれた輝樹は自分を包み込んだ暗闇が明けるのに気づき目を開ける。
そこには岩でできた円形のフィールドが広がっていた。フィールドの中央にはいつも「アストラテ」で見ている模様が描かれていた。
そして対面には同時に連れてこられたであろうマスクマン 瞤がいた。
彼とも彼女ともわからないその人物は先ほどまでと全く違う様子に驚くこともなくただ佇んでいた。
その様子は何をするでもなくただ輝樹の行動を待っているように見える。
そして輝樹は気づく。これは本当に「アストラテ」のフィールドなのだと。
その事実に気づくと同時に眼前の風景に光が走る。そして眼前にいつものプレイフィールドが浮かんできた。
そして普段使っているカードが初期手札の分だけ補填される。
驚きながらもこの広大なフィールドから想定されるものにワクワクを隠し切れずいつもの輝樹になっていた。
「俺のターン!防火扉を展開!」
輝樹が言うと学校の階段の間によく見かけるあの壁が地面を割ってせりあがってきた。
その光景は輝樹の想像通りだった。その展開に喜びを隠し切れず、思わず輝樹は飛び上がった。
「可愛らしいもんだな。これからどうなるかも知らずに。」
クククッと笑いながら瞤がそう言ったのを輝樹は聞き取ることはできなかった。
そしてバトルはある程度進む。さすがは決勝戦なかなかお互いにダメージをおっていなかった。
「俺の番! 食堂のおばちゃん⑧ パワーで対抗してもらう。
失敗したら達成値との差だけダメージ。食べきれるかな?
まあ判定にかかわらず判定にマイナスだ。」
「甘いな。返し技 ドジっ子 料理系技能での判定時その判定を無効化する!
そのカードが人物だった場合それを除外する。砂糖と塩を間違える料理人なんて首になって当然だなあ」
「くそっ」
「じゃあ行くぞ。私の番だ。」
そう言って瞤が出したカードの名前を見て輝樹は目を疑った。
その名前は 祐野未亜 輝樹と同じ苗字。しかし、見覚えのないその容姿に妹の影を感じた。
そしてなぜだか手元に目線が移る。そして小指の爪が割れているのを見た時、輝樹を頭痛が襲った。
ザザッーーーーーーノイズがかかったような感覚の末、数々の記憶が思い出される。
輝樹にとっては忘れていたことが信じられない記憶だった。①
そして最後に思い出されたのは些細な喧嘩の記憶。
理由は輝樹の些細な一言②。彼女は激高し出て行ってしまった。
そして
その時を最後に彼女との記憶は途切れていた
いなくなっただけならば絶対に忘れることはない。実の姉のことなど忘れようと思っても忘れることなどできないだろう。
「え?え___なんで?なんで?なんでねえちゃんが?忘れてた?でもこれはそんな次元じゃない。」
「ほう、思い出したか、面白い。なら語ってやろう。これは本当にお前の姉だ。
私はこのゲームの開発者だ。名前は明かすつもりはない。
このゲームは特定の手順を踏んだうえで起動すれば負けたものをカードに封印できる。
これはなぁこの空間を作った時に偶然作れてなあ、結構いいもんだ。
封印したとき、封印されたものへの記憶はすべて消える。お前が彼女を忘れていたのもそうゆうことだ。」
「なんで姉ちゃんが!?お前の目的は何だ」
「まあお前の姉は正直すまんかった。偶然通りかかったから適当に挑んで封印してみた。要するに実験だ。」
「なっ」
「まあ本題はそれじゃない。もしも勝負に勝てたら返してやろう。まあお前に姉を傷つけることなんてできないだろうがな。」
「卑怯だぞ!!」
「まあまあ吠えてろ吠えてろ。でだ、俺の目的はな世界崩壊だ。システムはシンプルだ。このゲームはな?
スマホで空間データの徴収を行う。日記というのはいいもんだよな人間の裏の裏まで滲み出してくる。シンプルにデータの収集にはちょうどいい。
そしてこの空間を生成することでそのデータが収束し、これで準備が整う。実験起動の時には対象が少なすぎた。
データが少なすぎて人一人ずつしか封印できなかった。しかし今は違う。この世界を封印できるほどのデータがそろっているんだ。
このアプリを世に出して二年。 はじめの一年はデータ収集だった。そして大晦日が一番データとしては質が良かった。
一年間のデータがまとまっているんだ。新年も試してみたが、なぜだかだめだった。カウントがリセットされるのだろう。
というわけでこの後から計画は始まった。サブリミナルとか色々やってこれを広げたり。
大会が大晦日になるように日程調整したり。大変だったんだぜー?」
「何を身勝手なこと言っているんだ。お前は俺がぶったおす!」
「はっ言ってろ このカードの効果を宣言する。単純明快。基本ダメージは1しかし関係者にはクリティカルヒットだ!初見の場合返し無効だ。」
「なにぃ」
この試合始まっての初ダメージ。それは確かに現実の痛みとなって輝樹を襲う。
単純に大きなダメージだというのもあるだろうが、それ以上に精神的ダメージも重く重くのしかかっていった。
(どうしたらいい あれは本物じゃあないかもしれない。でももしも本物だったら)
そんな思考が輝樹の頭を支配するそして何も考えないままにドローする。
そして引いたカードは...
(あれ?こんなカード入れたっけ?ええいままよっ)
「はっはっは 悩め悩め まあ打開策などないだろうがな」
「俺のカードは 絆 だ。」
「そんなカードで何ができる。そのカードの効果はあくまでも特定キャラの融合じゃないか。
お前のフィールドには た い お う か ー ど は な い はっ」
「そうだ。このカードは対応カードに合わせて名称を変えることができる。
俺はこのカードの改名を行う
このカードの名前は
家族の絆
」
そうつぶやくと 祐野未亜 の姿が薄れていく。そして彼女は輝樹の横に立っていた。
それと同時に英玲奈の姿も現れる。
「ごめんね。輝樹迷惑かけた。」
「俺のが悪かった」
「ねーね!にいちゃん!良かった!」
「なぜだ!なぜだ!こんなこと....あるはずがない」
「「「このカードはプレイヤーとの融合の際特殊効果を発揮する。HP減少値の三倍分のダメージを相手に与える!」」」
甲高い叫び声と怨嗟の声をあげながら瞤は消えていった。そして視界からフィールドは消えていく。
フィールドに来た時に感じた感覚を感じながら意識は薄れていく。
そんな中脳裏に ありがとうございます。
そんな言葉が聞こえた気がした。
そして目が覚めると会場に戻ってきていた。そこに瞤の姿はない。
そして周囲は警察に包囲されていた。警察に連れていかれ事情を聴かれる。
しかしそこまで長く話を聞かれることもなかった。
さすがに未成年という点が考慮されたのだろう。すぐに解放される
テミス社は今回の事件の責任を問われたものの上層部が消滅。
様々な説がささやかれたもののアプリが配信停止したためそれも自動消滅していった。
そして三人は世界を救ったという事実を世に知られることもなく幸せに過ごしていった。
「そういえばなんであの時喧嘩してたんだっけ?」
「なんでだっけ?まあもういいじゃない」
「それもそうだな。」
そう言って笑いあう二人の後ろで英玲奈は スクランブル発信 と書かれた紙を見てクスリと笑う。
かつての記憶
「スクランブル発進のしんってどういう漢字だっけ?」
「信用の信」「サンキュ」
翌日
「違うじゃん。恥かいたし」
「いや自分で確認しないからでしょうが」
「おまえはいっつも適当なこと言って ゲームにかまけてばっかいるからそうなるんだよ」
「姉ちゃんだって適当だろうが。姉ちゃんに似たんだよ」
「あんだと」「やんのか?」
そうして口論になったのちあの事件につながったことは二人はもう覚えていない。
しかし、妹はそれをいつまでも忘れることはないだろう。
その記憶は悪夢の始まりの記憶なのかもしれない。
しかし英玲奈にとっては確かにそれは家族の絆を示すだいじなものとなっていた。
今日は一年の最終日。そんな日を波乱万丈に迎えた三人を星々が祝福するように照らす。
その後小さな喧嘩はありながらも三人は仲良く平和な日々を過ごしていきましたとさ。~FIN~
名前の元ネタはゲーム名と会社名でググってもらえれば分かります。
[編集済]
カードゲームのアニメってたまにとんでもないギャグ回とか挟みますよね。そういったのを思い出しながら読ませていただき非常に面白かったです。
きっと彼らの世界では友情とか努力とか絆とかなんだかんだの青春とか、勢いと言ってしまえばそこまでですが、そうした熱意がカードを超えて多くの命を救う原動力となるのでしょうね(多分)
2018年12月31日
【彼が名前を変えたおかげで、多くの命が救われた】
変なタイトルだなぁと、たまたま手に取った本だった。
作者は『食堂のおばちゃん⑧』?
これは危ない。たぶんダメなやつだ。
モモコはそっと元の場所に戻した。
海野アミは斎藤ミツオと喧嘩した。彼とは友人だが、知り合って1年ほどなのであまりよく知らない。
しかし、喧嘩の原因は間違いなくミツオにある②。
アミが通っていたフィットネスジムにミツオが入会③したいと言ってきたから紹介したのに。
ミツオはあろうことか、女性インストラクターにナンパを仕掛けたのだ。
「あなたと出逢えたことから、全ては始まったんです⑪」
「先生、小指の爪が割れていますよ⑫!あぁ、痛々しいなぁ。せっかくの美しい爪が。僕、いい医者を知っていますから」
お前、フィットネスしろや!
アミは内心激しく突っ込んでいた。フィットネスジムは辞めてやったが、それだけなら喧嘩にはならなかっただろう。
問題の事件は、その年の大晦日に起こった。
12月31日は、アミの誕生日である。年に1度しかないこの日⑩に、なぜミツオと一緒にいるんだろう。
「…アミ、22歳の誕生日おめでとう」
「何よ、かしこまって。まぁ、ありがとう」
「あのさ」
ミツオはあっちを向いたりこっちを向いたり忙しなく視線を漂わせている。
「あのさっ、俺と付き合ってほしい!初めて会ったときから、ずっと好きだったんだ」
「はぁ~~!?」
先生をナンパしまくってたくせに、こいつは何を言ってるんだ?
アミはにっこり笑ってから、ふざけんな!とビンタを喰らわせた。
ミツオと連絡が取れなくなって3ヵ月が経つ。
なかなか図太い男だし、優しいし、いつも笑顔で明るいし、お調子者だけど顔はちょっと…いや、かなり良かった。
「はぁ~、やりすぎたかな。でも絶対悪いのはミツオだ!ていうか、私告白されたんだよね?」
アミも初めて会った時から、ミツオのことが好きだった。
だから、先生に歯の浮くような事ばかり言っているミツオに腹を立てていた。
いわゆる嫉妬というやつだ。
「あんな告白、信じられるわけないでしょ…①」
ミツオは今、何をしているのだろう。
3ヵ月も音沙汰なしということは、私には会いたくないんだろうな。
それから更に1ヶ月が経ち、相変わらずミツオと連絡は取れていない。
電話にも出ないし、ラインも未読スルー。
アミは意を決して、ミツオの自宅を訪ねることにした。
「…なんで」
アミは呆然と立ち尽くした。
ミツオの自宅に到着したアミは、なかなかチャイムが押せなくて塀の影から中の様子を伺っていた。
不審者っぽいが、誰かが通りかかったら意を決してチャイムを鳴らせば良い。
しかし、アミが窓越しに見たものは…ミツオとフィットネスジムの先生の姿だった。
2人は親しげに同じテーブルを囲んでいた。
アミは知らぬ間に涙を流しながら、その場を立ち去っていた。
2018年12月31日
あと数時間で年が明ける。
モモコはとにかくイライラしていた。
戦闘機をスクランブル発進④させたい気分だ。
そしたら爆撃する相手は決まっている。
モモコは2杯目のコーヒーに砂糖を入れた。
「ぶはぁ!これ、塩じゃん⑦!!」
ちくしょう、と悪態をつきながら、モモコはソファに寝そべった。
大晦日に奇跡は起きない。現に私は…。
何もかも上手く行かない。
時間が進むのは早く、明日はアミの誕生日である大晦日。
10年って、あっという間だな。
ミツオから告白されたことを今でも時々思い出す。
あれから何人かと付き合ったり別れたり。なんだかんだ言ってみんな青春してたなぁ⑤などと思い出に浸っている場合ではない。アミは結局、未だ独身だった。
アミは高校を卒業してからずっと小さな会社で働いていたが、ミツオは大学生だと言っていたから、卒業して充実した生活を送っているはずだ。
あの最悪の誕生日から3ヶ月後には、ミツオは新しい世界に飛び出していたんだろう。
今年最後の『仕込み』をしながら、ぼんやりと考えていたアミの耳に突然爆音が響いた。
「海野さん!早く逃げて!」
事務をしている木村の声で、アミは立ち上がった。おそらく社内にはアミと木村しかいない。午前中で、みんな最後の外回りに出ている時間だった。
「何?何が起きたの!?」
「ここの上の居酒屋で火事が起きたみたい。居酒屋で準備中だった人が慌てて逃げてて…!私たちも、とにかく逃げないと!」
アミと木村は出口を目指して走った。
「木村さん!こっちは無理です!」
あり得ない場所の防火扉⑨が閉まっている。会社が入っているビルはかなり古く、防火扉も動作が怪しかった。
来年こそ買い換えようという話になっていたのに。
「非常口の方に回りましょう!」
何かに引火したのか、2階から何度も爆発音が聞こえ始め、熱気がじわじわと迫ってくる。
もう、だめかもしれない。
「…アミ、アミ!」
切羽詰まっているような、ふにゃふにゃしているような声が名前を呼ぶ。
「ちょっとミツオ、うるさいって」
…ん?ミツオ?
目を開くと、目の前に号泣しているミツオがいた。
いや、ミツオだと思う。10年ぶりなので確証はなかった。
「ミツオ?」
「そうだよ!よかったぁ、無事でぇ~」
「…なんで?」
「アミの会社が入ってるビルの2階で火事が起きたんだ」
「いや、うん。それはだいたい分かってるんだけど。ミツオ、なんで白衣?」
「え…医師だから」
ミツオがお医者さん。
あっ、これ夢だ。もしかしたら死んだかも。
アミはとりあえず目を閉じた。
翌日、目を覚ましたアミは足がヒリヒリと痛むことに気付いた。
包帯が巻かれているが、やけどを負っているらしい。だいぶ最悪の誕生日である。
ちょっと妙な夢を見たが、隣のベッドに木村の姿を見つけ、生きてると実感した。
「木村さん、大丈夫ですか?」
「海野さんこそ。私をかばって、足…」
大したことないです、とアミは笑った。
「ほんと良かったぁ!アミが運ばれて来たときには心臓止まるかと思った」
「うわっ、また出た!木村さん、私生きてますよね?」
木村は笑いをこらえながら、昨日意識が戻ってからのことを話してくれた。
「逃げている最中、海野さんが私をかばって足にやけどを負ってしまって。でも、どうにか非常口に辿り着けたの」
全然覚えていない。必死だったんだろう。
「でも、早川先生の処置が的確で、傷も残らないって聞いてホッとしたわ~」
「じゃあ、早川先生?にお礼言わなきゃ!私まだ顔も見てない」
木村は困惑した表情でアミを見つめた。
「えっ、知り合いじゃないの?」
指差す先にいたのはミツオ。ミツオの後ろにいるのかもと思い、覗きこむが、誰もいない。
「担当医の、早川ミツオです」
「なんで名字変わってんの?斎藤ミツオ」
問いかけた瞬間、悟ってしまった。
おそらく良いところのお嬢さんと結婚して、婿養子になったのだ。何せ、ミツオは医師だ。
「僕さ、あの日アミにフラれたじゃん?」
ミツオは語り始めた。
2018年12月31日
「危うく脳内ミサイル撃ち込むとこだった!何だよ~、ミツオォォ!」
モモコはクッションをボコボコ殴った。
「ミツオ父の惚れた相手がアミのフィットネスジムの先生で?先生とお父さんの仲を取り持つために親しくなって?んで、それアミに見られてたこと気付かず…(いや、気付くって)」
ミツオはこっぴどくフラれたことで凹んでいたが、医師になる夢を捨てることはなく、医学部を無事卒業した。
アミからの連絡に答えられなかったのは、てっきり両想いだと思っていたので単に恥ずかしかったから。
それで10年経っちゃう。(10年はないだろ、返事しろよ!)
ミツオ父とジムの先生はミツオの橋渡しもあり、本当の家族のように3人で暮らしていた。もうすぐ2人は結婚する予定だった。
しかし、その日を迎える直前に、父は病に倒れ亡くなってしまう。
事実上、先生(早川サツキ。やっと名前出てきた!?)とミツオの関係は他人だ。
「サツキさんは、もう母さんだよ」
ミツオはサツキを母として支えていくことを決め、養子縁組。早川姓を名乗ることにした。
医師への道は険しく、くじけそうになることも多々あった。
が、義母サツキの献身的な手助けもあり、ミツオは無事医師になる夢を叶えたのだった。
ミツオは改めて告白&プロポーズし、アミはそれをOKした。
「私、もう32歳のおばちゃんだけど…いいの?」
「同い年なんだから、僕だっておじちゃんだよ」
こうして、10年越しの恋はようやく実った。
早川(旧姓:斎藤)ミツオは医師として多くの命を救い、早川(旧姓:海野)アミは社員食堂のおばちゃんスキルを生かし、(『仕込み』の強調これかー!)ミツオの食生活をきっちり管理することによって、夫の医療活動への貢献を果たす。
2人は多くの命を救い、晩年まで仲睦まじく過ごしたのであった。(え、自叙伝的な話だったの?恋愛モノじゃなかった~!)
「…うん。突っ込みどころが多かった!B級(むしろC?)好みには美味しかったよ。しかし、早川サツキさんの印象薄すぎだし、タイトル大げさすぎ」
【彼が名前を変えたおかげで、多くの命が救われた】/著『食堂のおばちゃん』
モモコは静かに本を閉じた。
除夜の鐘が鳴り響いている。
煩悩108。
いい加減趣味を変えたい。
本棚にズラリと並ぶ怪しげなタイトル。
B級小説、マジ増えすぎて困る⑥。
おしまい
[編集済]
どう見てもどんどんとB級にのめりこんでいくモモコにツッコミを入れながら読ませていただきました。趣味変えたいなら自重しなさい(笑)。
アミとミツオの仲はうまくいき多くの命を救うまで行きましたが、モモコの人生はうまくいくのか、おせっかいな食堂のおばちゃんのごとく鯖虎は心配しております|д゚)
男は食堂でたまたま聞いた不思議な響きの言葉を自分の芸名にすることに決めた。
ーーそれが、すべての始まりであった。
*
世間一般には公表されていないが、地球はしばらく前から開星しており、観光や移住のために多くの宇宙人が地球を訪れている。最近では来訪する宇宙人が多すぎて入星規制がかかるほどだった⑥。
そんな中、“カルカット星の宇宙船が領宙侵犯をしている”との情報が入り、戦闘機がスクランブル発進④したのは、大晦日の朝のことだった。
カルカット星人はかなり温厚な性格だったので、迷ったかなにかの間違いだろうと穏やかに警告メッセージを送ったが、返ってきたのは戦争をほのめかすメッセージだった。
『前略 このたびは、突然お邪魔してすみません。年内に貴星人の行為に対する改善をするという約束を守っていただきたく参上いたしました。もしも、反故にされた場合、地球への攻撃の準備もできていますのでよろしくお願いいたします。 草々』
宇宙外交担当の鈴木はすぐにはメッセージの内容を信じることができなかった①。カルカット星人を怒らせる行為にも、約束にも心当たりがなかったからだ。しかし、カルカット星人は好戦的な種族ではなく、嘘を言う理由もなさそうだ。めったに発揮されることはないがカルカット星の軍事力は非常に大きいものである。今の地球の技術では防衛しきれないだろう。鈴木は頭を抱えた。
*
「食堂のおばちゃん、いつも砂糖と塩の人が出てる番組見てるよねー、好きなのかな?」
「“砂糖と塩を間違えちゃった(*ゝч・)⑦”って言うだけなんだけどなんかおもしろいんだよねー。言い方がうまいのかな?」
「わたしもすきー!でも、名前は覚えれない。」
「あれは読める名前じゃなくない?司会の人とかはがんばってよんでるけど…」
「うちの大学出身らしいから食堂にもよく来てたのかもねー。それで応援してるのかも。」
「へー、そうなんだー。…あれ?今通った人も小指の爪が割れてる。」
「よく、そんなとこ見てるねー。全然気づかなかった。」
「食堂のおばちゃんも割れてたんだよねー、小指の爪。はやってるのかな?」
「(笑)どんな、はやりなの?それ。」
「あっ、防火扉の向こうに行ったよ!あの噂ほんとうなのかな?」
「あー、おばちゃんが防火扉の向こうで占いやってくれるってやつ?」
「そうそう!本当なら私も占って欲しいなー」
「ねー。」「わかるー。おばちゃん、いいこと言ってくれそうだし。」
「えー、なに占ってもらいたいの?」
「えっ?んー、恋愛運ウミコはカメコの家でカメコを殺したと思っていたけど、カメコは生きていてばあちゃんみたいな。私たち同い年だから!」
「そんな笑わなくても(笑)」
*
鈴木は顔馴染みのカルカット星人の元へ向かった。彼女は地球に移住して大学の食堂で働いている。鈴木が訪ねると笑顔で出迎えてくれた。
「あらー、久しぶりね。…ちょっと太ったんじゃない?今日はどうしたの?」
彼女もなにも知らないのだろうかと思いながら、今朝の件について説明した。すると、
「そうだったの…、大丈夫だって言ったのに…。それ、もともとの原因はわたしなのよ。⑧」
鈴木は驚いてどういうことかと訊ねた。
「彼、知ってる?ちょっと前からよくテレビで見かけるようになったんだけど…。」
と、スマホの画像を見せる彼女。
最近はやりのお笑い芸人のようだった。鈴木はお笑いには疎くあまり詳しくはなかった。
「彼はうちの学生だった子でね、私たちの会話を偶然聞いちゃったんだと思うんだけど、芸名がカルカット語なのよ。普通の挨拶だったらよかったんだけどね…。皇帝が亡くなったときだけにかわす挨拶だったから……」
彼女の話をまとめるとこういうことらしい。
ことの発端は5年程前、彼女がカルカット星の同胞と偶然出会ったことにある⑪。
地球に入星するときに、世間一般に宇宙人の存在を伏せている関係上、宇宙人たちには地球人に擬態してもらっている。その際、宇宙人であると区別がつきやすいようにしるしをつけている、ついでに星ごとにしるしを変えていた。だから、同胞の存在はすぐにわかるのだ。カルカット星人のしるしは小指の爪が割れていることだった⑫。
もともと、観光で訪れるカルカット星人は地球で暮らしている彼女の元へ約束を取りつけてやってくることがよくあった。その際は音がもれない仕掛けをほどこしている防火扉の向こうで会話していた。
しかし、5年前のその時はたまたま偶然だったものだから驚いて、防火扉の向こうに行く前に挨拶をかわしてしまった⑨。しかも、その時はちょうど皇帝が亡くなったばかりの時期だった。芸人になった彼はそれを聞いていたのだろうと。
皇帝が亡くなったときの言葉を皇帝が元気なときに使うというのは、皇帝へ死ねと言っているともとれる。だから、件の宣戦布告じみたメッセージになったのだろう②。
「彼にはお手紙を出したのよ。あなたの芸名はわたしの故郷では悲しいことがあったときだけに使う言葉なんだって。そしたら、『そうなんですね…。分かりました!年末に改名します!』って返事が来たから、みんなにも大丈夫って伝えたんだけどねぇ。」
彼の連絡先を彼女に聞いてみると、
「いいのいいの。今日中に絶対、改名します!って宣言してくれるから!それよりもあなたはジムかなんかに行って運動した方が身のためになると思うわよ。」
*
その後、鈴木は強引にフィットネスジムに連れていかれ。彼女と共に運動をするはめになった②。
時間がないのに本当に大丈夫なのだろうかとハラハラしていると、
「よし、そろそろ時間かしら。」
彼女はそう言ってテレビをつけた。
見始めたのは、大晦日恒例の世間で一番注目度の高い番組だった⑩。
ちょうど、全ての原因の彼が出演していた。
*
今日は重大発表があるんです!
(なんだなんだ?)(結婚か!?)
実は…………
たった今から『佐藤俊夫(さとうとしお)』に改名します!(ででーん)
((笑)砂糖と塩かー)
名前が覚えられない、読めないっていう苦情が多いんですよー。
そして、結局は『砂糖と塩の人』と呼ばれるので、もういっそ、『さとうとしお』にしてしまおうと!
(なるほどなー(笑))
だから、これまでの名前は永久に封印します!
*
あまりにもタイミングが良すぎたので、鈴木は驚いた。が、彼女はすべて知っていたのだろうと思いいたり、早く教えてくれればいいのにと彼女に話しかけると、
「ん?あー、いや、教えてもらってた訳じゃないわよ?ただの勘!ハズレたことないのよー。ふふふ、私の勘も衰えてはいないようね。永久に封印しますって言ってたって連絡しないと!録画もバッチリだから映像もつけようかなー…」
録画までしていたとは……彼女は実は未来が見えるのではないだろうかと思う鈴木だった。
その後、約束が果たされたことを確認したとのメッセージが届き、地球はなんとか危機を免れた。
今回の件をきっかけに困ったことがあると鈴木は食堂のおばちゃんに相談しに行くようになるのだが、それはまた別のおはなし。
おわり。
[編集済]
「砂糖と塩を間違える」や「小指の爪が割れる」の要素の使い方にそういった使い方をするのかと感銘を受けました。
第6回正解を創りだすでは食堂のおばちゃん黒幕説がささやかれているのですが、まさか異星人に影響力を持つおばちゃんまで現れるとは…!SFとおばちゃんを組み合わせる発想力に驚きです。
私は、周囲に馴染めない子供だった。
妙なことに拘り、色んな物を集めてしまう。綺麗な小石、道端の木の実、セミの抜け殻。
アリを育てるのにハマった時は、ついに繁殖に成功した。けれど、増えすぎて流石に困ってしまった(⑥)。
そのくせ拘らないことにはとことん拘らない。手の小指の爪が割れていたって(⑫)、一切気にしていなかった。
結果、机のささくれに引っ掛けて爪が剥がれ、結構な騒ぎになった。痛かった。
とにかく注意力が足りない。みなもっと気をつけろと言うけれど、どれだけ気を張っていてもふとした拍子に間違える。
料理なんてしようものなら、指を切り、砂糖と塩を間違え(⑦)、熱したフライパンに触る。
誰も信じてくれないけれど(①)、わざとではないのだ。
そんな私を周囲が疎ましく思うようになっていくのは、当然のことだろう。
中学生になるころには、私には友達と呼べる存在はいなくなっていた。
無視されたり、陰口を叩かれたり。
だけど、そんなことは平気だった。
慣れていた、とも言えるかもしれないけれど、それ以上に気にしていなかった。気にならなかった。小指の爪と同じに。
それに、周囲と無理に関わるより、1人で静かに過ごす方が好きだった。
幸いにも、周囲も積極的に手をあげようとか、そんな関わりすら持ってくることはなかった。
今思えば、それでもあれは十分にいじめだったのだろう。振り返ってみれば、心当たりがぽろぽろと出てくる。
でも、それも仕方のないことだと思う。私は、異物だったから。
スクランブル発進のようなものだ(④)。みな、自分の領域が侵されることを恐れ、身を守ろうとしている。
青春するのに、私は邪魔だった。あるいはそれも含めて、青春なのかもしれない(⑤)。
高校生になって、私は一人暮らしを始めた。というより、必然的に一人暮らしになった。
中3のころ、祖父が病気で亡くなった。広い家に、祖母は1人で暮らすことになった。
私は、それが嫌だった。
祖母は優しく聡明な人で、だけど少し寂しがり屋だった。
1人が好きな私とは違って、誰かとお喋りしていることが好きな人だった。
だから、祖母と暮らすことにした。
家は少し離れていたから、祖母の家に近い高校を受験した。学力もちょうど良かったので、難なく合格した。
これで4月から一緒に暮らせる。もう寂しくないよ。そう伝えることは、出来なかった。
今更家にも戻りたくない。そう言って、私は1人で祖父母の家に住むことになった。
高校でも、中学のときとはあまり変わらない学校生活だった。
違ったのは、お気に入りの場所ができたこと。
高校には、使われなくなった教室があった。実験室の類で、最上階である3階の隅にある。
不思議なことにその教室へは廊下が繋がっておらず、2階の階段からしか行くことができない。
そこも防火扉(⑨)が閉められていて、立入禁止の張り紙もしてある。
生徒は存外真面目なようで、絶好のスポットであるにも関わらず肝試しにと立ち入る生徒はいないようだった。
代わりに、昔事故があった、いや事件だ、今もそこで亡くなった生徒の霊が彷徨っている、なんて噂が広まっていた。
それが私には好都合だった。
噂だけが独り歩きして、近づく生徒はいない。近づく生徒がいなければ、先生の見回りも行われない。
だから私は1人になりたいとき、いつもそこを訪れた。
防火扉には緊急時用のくぐり戸がつけられている。少し重いが、施錠はされていない。
流石に階段を登る勇気はなかったが、扉は厚いので周囲の音もほとんど聞こえなくなる。
もっとも、そもそも近寄る人がいないので最初からほとんど音はなかったけれど。
一番大きな変化があったのは、高1の大晦日だった。
ふとお守りを触って、血の気が引いた。
それは、高校受験のときに祖母から貰った手作りのお守りだった。
「本当に困ったとき、本当に辛いときに開けてね」
そう言われていたから中を開けてみたことはないけれど、外から触る限りでは硬貨か何かが入っているようだった。
だけど、その感触がなかった。
慌てて開けると、折り畳まれた紙が入っていた。ノートを適当に破った紙だ。
『あなたの大切なものはいただきました 実験室の幽霊』
それは幽霊ではなく怪盗だろうと思わなくもなかったが、そんなことは問題ではなかった。
お守りの中身を、隠されたのだ。いつかは分からない。でも、相手は私があの防火扉を出入りしていることを知っている。
実験室に近寄らせようとか、怖がらせようとか、そんなことよりも冬休み中の学校に忍び込ませることが目的だったのだろう。
そもそも本当に実験室に隠したのだとすれば、当人たちもそこに入っていることになるのだから。
ともあれ、取りに行かないという選択肢はなかった。
もしかしたら部活か何かで校舎も開いているかもしてない。
そんなことも少し考えてはみたが、流石に大晦日、それももう日も沈んでいる時分に、校舎に電気はついていなかった。
でも、問題はない。
1階裏手の女子トイレの窓の鍵が壊れていることは、周知の事実だった。見かけ上閉まってはいるが、少し揺らせばすぐに外れる。そして、人が通るのに十分な大きさだ。
問題なく校舎内に入り、防火扉をくぐったところで懐中電灯を取り出した。校舎内を歩くだけなら必要ないが、捜し物にはやはり心もとない。
本当に実験室にあるのかは疑わしかったけれど、手がかりはそこしかない。
階段の上に懐中電灯を向けると、そこに何かがあった。
いや、何かが、いた。
大きな影。人のようにも見えるし、人ではないようにも見える。
まさか、本当に何かがいるのか。すぐに逃げたほうが良いのか、逃げられるものなのか。
私が動けないでいる間に、それは口を開いた。
「なぜ、ここにいる」
低くしゃがれた声。
それが私にはなぜか、恐ろしいものには思えなかった。
「捜し物をしているの。多分、硬貨のようなものだと思うんだけど」
このくらいの。指で示すと、相手はそっと手のひらを差し出してきた。
「それは、これか」
階段を駆け上がって見れば、確かにそうであるように思えた。なにせ、見たことがない。
記念硬貨のようなそれをそっと摘む。
「ありがとう。多分これよ。おばあちゃんがくれたお守りの中身なの。本当にありがとう」
「……目的が叶ったのなら、早くここから出て行け」
「あなたは?」
不思議なもので、その時の私にはまるで恐怖がなかった。相手の手は赤く骨ばって、どう見ても人間のそれではなかったのに。
「俺は鬼だ。払われなければならない。ここにいては、お前も穢れてしまう」
ちょうど物好きな国語教師の担任が終業式の日に話していた。
大晦日には、追儺という行事があるらしい(⑩)。鬼祓いの儀式で、節分の由来とも言われているとか。
そして正月に門松を飾るのは、歳神様を迎えるためだとかなんとか。
「なら、歳神様になればいいじゃない。そうしたら、私が迎えてあげる」
自分でも、なぜそんなことを言ったのかさっぱり分からない。
だけどその時の私は、とにかくそうしなければならないと感じていた。
「鬼が神になど、なれるものか」
「なれるよ。私があなたを歳神様と呼ぶ。あなたも歳神様と名乗る。それでもう、あなたは歳神様よ」
「だが歳神は、松の内が明ければ山に戻ってしまう」
「そうしたらまた名を変えればいい。そうね、お父さん。私のお父さん。それならずっと私の家にいたっていい。そうでしょう?」
「なぜ、そこまで」
「だって、私があなたにここにいてほしいから」
鬼――歳神様は、驚いたような顔をした。その輪郭は徐々に細くなり、肌の色も薄くなっていく。まばたきを3つする頃には、そこにいたのは人と変わらぬ姿をした歳神様だった。
「門松はないけれど、家まで案内するからいいよね」
歳神様はなんとも言えない表情をしていたけれど、黙ってついてきてくれた。
それから私と歳神様――お父さんの同居が始まった。
元は祖父母が住んでいた家、父や叔父が育った家でもあるから、部屋は有り余っている。喧嘩をしたって十分距離をとって生活できた。
お父さんは元が鬼のくせに綺麗好きで、片付けをサボったりゴミの分別を大雑把にするとすぐに怒った。大抵の喧嘩はそんな、お父さんの細かい性格が原因だった(②)。私のせいではない。だって、わざとじゃないんだから。……片付けをサボるのは、わざとだったけど。
相変わらず私は料理ができないから、お父さんが料理担当になった。美味しかった。
祖父母が亡くなって、1人になって。そうしてお父さんと一緒に過ごすようになって、忘れていた夢を思い出した。
ぼんやりと生きる私に、お父さんがあんまりしつこく尋ねるから。
思い出してしまった。
「もう遅いよ。そんなに熱心じゃなかったし。もう、理由もないし」
「なれると言ったのはお前だ。今からやればいいだろう」
「それとこれとは違うでしょう。あんなの方便、屁理屈よ」
「やったことは無駄にはならない」
「人間みたいなことを言うのね」
「お前が『お父さん』と呼ぶのだろう」
それから、私は勉強を始めた。もともと勉強は嫌いではなかったけれど、熱心にやってきたわけでもない。
朝、放課後、休日。お昼も食堂で勉強した。そのうち、隅のカウンター席が勉強用の席として衝立が立てられた。どうしても騒がしくなってしまうからと、食堂のおばちゃん達(⑧)が学校に進言してくれたらしい。
日頃引きこもってばかりで体力もないからと、ジムにも登録した。激しい運動では続かないからと、フィットネスジム(③)にした。
体育の成績に反映されるほどでもなく、体力がついたかは正直よく分からなかったけど、いい息抜きにはなった。
そうして1年が過ぎ、2年が過ぎ――。
「成富先生、ちょっといいですか」
「はい、どうかした?」
「203号室の清水さんのことなんですけど――」
もうとっくに忘れていたはずの夢。
祖父母を思い出して、寂しくなることもあるけれど。他の人が、同じ思いをしないですむように。少しでも長く、大切な人と一緒にいられるように。
その手助けができているのであれば。
それも全部、あの日のお陰だ。あの日がなければ、私はただ無為に日々をやり過ごすだけだっただろう。
鬼と――お父さんと出逢えたことから、全てが始まったのだ(⑪)。
「ただいま、お父さん」
「おかえり」
【おしまい】
(簡易解説)
追儺に祓われる「鬼」が「お父さん」と名前を変えて少女と共に過ごすことで、少女は医者になるという夢を思い出し、多くの命を救った。
[編集済]
読んでいて心がじんわりと暖かくなった作品。まさに今回1の「出逢えたことから全てが始まった」作品だと個人的に思っています。
また「なんだかんだ青春している」と「スクランブル発進」の要素の使い方が非常に秀逸だと思いました。青春の繊細さを表す素晴らしい表現方法に息をのみました。
…これは、アホだった俺と、今もアホな妻の『イチネ』の話だ。
そして、聞き手である、娘の『アツネ』の話でもある…
『獄炎の魔王』であるこの私こそが、この世界を支配するに相応しいのだ!!!
「…って、当時のイチネは、俺の隣でアホみたいな事を叫んでいたんだっけなー大体中学生ぐらいの時かなー、イチネの中二病が一番激しかったのは…」
何を言う!『絶望の魔王』であるこの俺を差し置いて、世界を股に掛けられると思うな!!
「…そして、絶望の魔王とか痛々しい事を全力で叫んでいたのが、中学生のパパなんでしょ?」
「笑うな!!確かに当時の俺は、自分でそんな事を言っといたけど、今思い出すと結構恥ずかしいんだよ!!」
_____
思い返すと、<⑪俺達が小学校で始めて出逢った>時から、イチネとの長い付き合いは始まっていた。
新一年生として入学した俺達は、出席番号順的に、隣の席になった。隣になれば、子供のやる事は1つ。そう、仲良くなる事だ。
これを機に、俺とイチネは友人になり、いつでも遊び合う仲になった。
学校では昼休み時間にスポーツをしたり、鬼ごっこをしたり、昨日見たテレビの話をして楽しんだり…
俺とイチネの家は近かったので、時々お互いがお互いの家に遊びに行く事も多かった。
…ただし、その関係性はロクでもなかったが。
小学校低学年の時、イチネは、どうやら性別というものを気にするそぶりがなく、男女関係なく遊んでいた。
いや、むしろ血の気が盛んなイチネは、男子と遊ぶことが多かった気がする。
俺が男子達を集めてサッカーをし始めると、どこからともなくイチネが入り込んできて、「私も入れて!」と言ってきた。
「女のお前が俺達に適うハズないだろ!」と笑い飛ばした男子全員は、
もれなく全員イチネのプレイスキルにボコボコにされた。無論、俺もその中に入っていた。
ただ、イチネはシュートを決めようとすると、こんな決め台詞を叫んでいた事がある。
「私のほのおの足がうなる!キサマのゴールをつきやぶる!!!」
という決め台詞が入ったら。GKは必ず泣きを見る事になる。
…今思えば、イチネはこの時から「炎の脚」とかアレな事を言っていたのか…いや、微笑ましい光景かもしれないけれど。
後にイチネに「炎の脚」って何だよ?と聞いてみたら。
「え?私は『ごくえんののうりょくしゃ(獄炎の能力者)』だから使えるだけだよ?」と真顔で言っていた。
当時の俺は意味が分からず、軽く聞き流していたが、
この時のイチネ、小学生なんだよな…しかも低学年………
まぁ、この時のイチネの言動は、まだカワイイで済むレベルだった。
_____
「獄炎って…ママは小さい頃からイカれてたんだねーwでもさ、獄炎の能力は普通に欲しいかも」
「そんな能力を持って、アツネは何がしたいんだよ」
「ほら、日常で炎が使えたら、料理の時にガス代が浮くでしょ!」
「能力の使い方が以外と庶民的」
_____
イチネは、頭で考えるよりも、体を動かすタイプだった。
そのアグレッシブさから、俺とイチネはいつも遊んでいたし、何よりイチネは純粋に可愛かったので、
幼いながらも、イチネに恋心を抱くのは当然の事だった。
だって、イチネは普通に可愛いし?
_____
「パパって早い段階でママに恋していたんだねー
…冷静に考えたら、これってロリコンなんじゃ?」
「年齢は同じだっての…!!」
_____
だが、世の男子というものは、好きな女子にイジワルをしてしまうもの。
そんな俺が、かつて悪戯心で、<②「イチネってブスで可愛くないし、暴力的だし、まるで男だな!」>と、今の日本なら問題になる発言をした時は、
取っ組み合いの喧嘩になり、その結果がガン泣きした事もあった。 俺が。
敗因は、サッカーで鍛え上げられたイチネのキックが、俺のKOKANにクリティカルヒットしたからだ。
この事件以来、ぜってーにイチネと物理的な喧嘩をしてはいけないと悟った俺であった。
後のイチネが、この事件を思い出しながら、覚えたてのローマ字知識を使って、こんな事を言い出した。
「今度からは、この技をGBA…『ゴールデンボールアタック』と名付けよう…!」
おい、下ネタじゃねえか!まだ炎の脚の方がマシだったぞ!
ちなみに、俺は小学生時代にGBAを5回喰らった。
いずれの喧嘩も俺の完敗だった…男の尊厳がぁ………
_____
「ママに下ネタを言っていた頃があったのね!想像したら笑えちゃう!」
「でも流石にGBAはダメだ、俺の男としての尊厳が無くなる…」
「今でも夫婦喧嘩をすると、たまーに飛んでくるもんね?GBA、
私も護身術のために身に付けようかな、GBA」
「よし、この話はここまでだ。アツネには不適切な話だ。」
_____
この話だけは、冬休みが終わった後にイチネから聞いた話だ。俺が直接その場を見たわけではない。
あれは小3の時、まだガキだった俺達は、夜更かしをする機会という物がまるで無かった。
だからこそ、<⑩唯一夜更かしを許される大晦日>は、無駄にワクワクしていたものだ。
除夜の鐘を聞く、テレビで年越しカウントダウンを見る、それを口実に、俺達は夜更かし出来る事を心から喜んでいたんだ。
そんな俺は、ずっとテレビを視ていたつもりだったんだがなぁ…いつの間にか眠ってしまったらしく、
気が付いたら、ベッドの中で目覚めたよ。
とまぁ…こんな感じで、俺『は』普通に夜更かしをしていたよ。
ちなみにイチネは、確実に夜更かしをするために、ブラックコーヒーを飲もうとしたが、家族に止められたようで、
こっそりブラックコーヒーを飲もうとしたらしい。らしいが…
「ブゥウウベゥェェフアァ!!!何これ、不味すぎる!!!」
_____
「要するに、あまりもの味に噴き出したらしい。
だが俺には分かるぞ、イチネは夜更かしがしたいからコーヒーを飲んだんじゃない。大人の真似をしようとしたかっただけなんだ…」
「…そういえば、前にママがブラックコーヒーをカッコよく入れて、口に入れた途端に吐いてたよ。」
「イチネは俺のコーヒーで何してるんだ!?」
_____
イチネの暴走はまだまだこんな物じゃなかった。
俺達が4年生だった時、学校でマジの火災が発生した事があった。
昼休み時間に突然非常ベルが鳴り響いて、教室中全員大パニック!!
休み時間だったから先生もいなくて、俺達は自力で脱出しようとした事を、今でも鮮明に覚えている。
あの時、初めて煙が廊下に蔓延していて、<⑨火災扉が動いている>のを見て、
ガチな火事なんだな…って理解したんだ。
当然俺は、防災訓練の時の事を思い出し、ハンカチを使いながらしゃがんだ状態で早急に階段を降りた。
4年生は2階の教室を使っていたため、階段を経由しなければならなかったんだ。
ちなみにイチネは軽くパニックに陥り、早く脱出しないといけない!と思ったらしく、
「私は不死の能力者だから、どんなダメージも耐えられるんだぁ!!私は飛べる!!!」
とか訳のわからん理屈を叫びながら、窓から飛び降りたらしい。
もう一度繰り返すが、4年生は2階の教室を使っていた。
しかも飛び降りたイチネが無傷だったため、これを見た男子連中が、「窓から飛び降りた方が確実に脱出出来る」と思い込んだらしく、
一部の男子がイチネの真似をして、3人骨折した。
これ以降、女子達と一部の男子が、イチネを異常な目で見るようになったのは言うまでもない。
ただし、飛び降りて骨折しなかった5人の男子は、イチネを「不死様」と呼んで尊敬するようになったとか…
この噂を聞いた、アホな事が大好きな男子達も、イチネを敬い始めたのだ!
もう滅茶苦茶だな!!!
イチネの I can fly 事件のせいで、イチネの評価が二分したのを覚えている。
_____
「ママが出かけてる今だからこそ聞けるけどさ…何で飛び降りたの?」
「『訓練通りに避難するよりも、飛び降りた方が早くて安全に脱出出来るじゃない!』と、当時のイチネは言っていたぞ」
「うん、大前提として安全ではないと思うよ?」
_____
………さて、ここまで話を進めると、大体想像がつくだろうが、
あえて、あえて言わせてもらいたい…!
イチネは…中二病なんだ…!!
当時のイチネは小学生だったくせに、マジモンの中二病だったんだ…!
_____
「誰だって分かるよ!というか、話を聞く前から、ママの中二病っぷりには気づいていたから。」
「あ、やっぱり?」
「日常生活のありとあらゆるところで、それっぽい言動をしてたじゃん。」
「まぁ、気づくなという方が難しいよな…
イチネの影響を受けて、アツネまで中二病になるんじゃないかと、俺は心配で…」
「大丈夫よパパ!私は学校から飛び降りたりはしないから!」
「それが聞けて本当に安心した…」
_____
当時の俺は、流石にイチネのヤバさに気づき始め、イチネとの関係をどうするかを真面目に考えていた、考えてはいたが……小学生なりに考えた結果、
「窓から飛び降りて無傷の不死様SUGEEEEE!!!」
という結論に至った。
ウン…この時点で、俺は大分イチネに毒されてるね…
俺のイチネに対する恋心は、尊敬心という形で更に膨れ上がる事となるのだ!
大分歪んでいるけれどもね!
_____
「…パパは、家が火事になった時、窓から飛び降りたりしないよね?」
「アホか!する訳ないだろ!!」
「でもパパの話を聞くと、パパもここらへんで中二病に目覚めそうな雰囲気じゃん!!」
「…先の展開を察するのは止めてくれないかな?」
_____
…さて、話を進めよう。
高学年にもなると、勉強の内容も難しくなってくる。
そうなると、1つ発覚した事があるのだ。
イチネは暴力的な割にかわいい女子ではあったが、頭はバカだった。
いや、 I can fly 事件でバカなのはとっくに理解してるけれども!学力的にもイチネはバカなんだよ!
クラスでは平均よりも下だったイチネは、頑張って勉強をしていたようだが…
「4+6×2は20でしょ!計算が出来るって、私は頭が良いなぁ!」
と教室でドヤ顔で語っていた。オイオイ、マジかよ…
漢字のテストでは、戦闘機がスクランブル「ハッシン」するを、
<④戦闘機がスクランブル「発信」する>と書いていた事もあった。
どうすればこんなミスが出来るんだ…
「べっ別に…私には知力なんて必要ないしー!将来世界を支配する私には勉強なんて必要ないカラー!」
…どうやらイチネは、この時から『魔王様思考』になり始めていたらしい…
さて、これが俺とイチネの小学生時代である。
見ての通り、イチネはありとあらゆる意味でヤベー奴だったのだが、
当時子供だった俺は、イチネを『面白い奴』『凄い奴』としか見ていなかった。
…それが、俺の『暗黒時代』を引き寄せるに至るとも知らずに…
_____
「ほら!絶対に中二病に目覚めるやつだよ!」
「(話題変えよう…)で、イチネは算数が苦手だったけど、
アツネは当然算数は出来るよな?」
「私は何年間も学校で勉強を続けて、1つ気づいたことがあるの…
生きていく上で、四則計算は理解しなくても大丈夫!!」
(多分、理解する気はないんだろうなー…やっぱりイチネとアツネは親子だな)
_____
俺とイチネが中学生になり、思春期真っ盛り、イチネは更に進化する事になる。
より可愛らしくなったイチネ!
彼女を見て、俺はイチネに、より強い恋心を抱いていた。
まぁ、当時の俺は、ドキドキしていただけで、告白する勇気なんて持ち合わせていなかったんだが。
ちなみに、進化したのは可愛さだけではない。
イチネの中二病はより進化(悪化?)していくことになるのだ!
自分の『設定』をノートに書き連ねては、俺に見せに来るようになり、
魔法陣を描いた紙を部屋にセットして、召喚の儀式たるものを行い始めたり…
遂には右目に眼帯を付けて登校してきた事もあったんだ!
まぁ、眼帯は流石に学校からNOを突きつけられて、目に涙を浮かべていたようだが…
あの時のイチネの涙顔は、素直に可愛かったと思う。
さて、中学生になると、授業でパソコンを使う機会が増える他、両親からスマホの利用を許可されて、
ネットに触れる事が出来るようになった。
そうなると、当然、ネットを通じて『中二病』の事も理解してくる訳ですよ。
中学1年生の夏、俺は初めて中二病の概念を知ったんだ。
そして同時に、こうも思うようになった。
「右目が疼く…?まさか、イチネが眼帯を付けてきた理由はこれか?でも眼帯って普通にカッコいいな…」
「特殊能力か、炎とか氷とかが王道なのかな?でも闇とかも扱えたら最高だよな!」
「朝昼晩にブラックコーヒーを飲んで、周りよりも大人になれるな!」
「歩き方とか工夫してみよう…背筋を伸ばして、周りを見下すように見ながら、コツコツ足音を立てるとボスっぽいよな!!」
はい、この時点で俺は中二病を発症しました。
これが俺の暗黒時代の始まりです。
_____
「長々と引っ張ったけどさ、この展開は流石に読めるわ、ありきたりでツマンナイなぁ」
「俺とイチネの子供の頃の話を聞きたいと言ったのはアツネだろ!
そんな事言うなら、もう話さないぞ!」
「ハイハイごめんごめん、パパの恥ずかしい過去にはもう突っ込まないから、続き話してよ!」
「ナチュラルに恥ずかしいとか言うのは止めよう、俺の心が傷つくぞ?」
_____
イチネの気持ちがなんとなーくだが分かった俺は、イチネとこの感覚を共有したいと思い、
勇気を振り絞って、イチネの前で
「俺は絶望の魔王だ!!俺こそが真の魔王に相応しい」
とノリノリ叫びながら、右手で目を覆い隠しつつ、逝かれた野郎っぽい笑顔を演じたら、
イチネが目を輝かせながら、「ようこそ同胞よ!」と抱き着いてきたのを覚えている。
うん、今まで本格的な仲間がいなかったから、興奮して歓喜したんだるけれども、
でも抱き着いてくるのは止めて欲しかったかな!!!
当時の俺は思春期真っ盛りだぞ!!!
この時俺は、イチネへの恋心を、改めてハッキリと自覚した。
あぁ…これが恋なのか………そう思ったんだよな。
_____
「パパって意外と臆病だったんだねー、きっとママはパパが告白してくれるのを待っていたはずだよ?」
「両思いだと知っていたら、付き合うのはもっと早くなっていたのかもな」
「本当にパパって臆病…絶望の魔王のくせに(笑)」
「おい、俺の言動には突っ込まない約束はどこに行った?」
_____
さて、これ以降、俺とイチネは
『お互いに魔王候補だけれども、魔王になれるのは1人だけだから、どちらがより魔王に相応しいか雌雄を決するぞ!」
…という設定で、ありとあらゆる面でバトルようになった。
それでも、同じ魔王同士という事で、一応お互いは仲間という認識になっていたようで、
『魔王同盟』たる、誰が聞いても怪しすぎるコンビが結成されたのだった。
そのため、イチネは、何でも男子の俺と張り合う、
負けず嫌いであり、何でも競争したがる…そういう面が、中二病の設定と合わさって、さらに激化する事となる。
俺が筋肉を付けるために筋トレを始めたら、
「じゃぁ私も筋トレ始める!フィットネスクラブに入ってお前よりも強くなってやるからな!」
などと頓珍漢な事を言い出した。
別に、イチネの身体能力なら本当に俺にも勝てたかもしれないが、
そもそもの問題として、近辺にそんな施設は無い!
その事を思い出し、イチネはガッカリしていた。
ちなみにイチネは、その後自宅で毎日100回スクワット&腕立て伏せという目標を設定し、
受験シーズンが来るまでは続けていた!
「魔王が世界を支配するためには、何よりも攻撃力が大事だ!
庶民共をなぶり殺しにするためにも、筋肉が大事なのだよ!!」
と、自信満々に言っていたのを思い出す。
この時点で、魔王イチネは、「世界を征服する」から「世界征服のために殺戮を行う」という発想にシフトチェンジしていたらしい。
_____
「怖いなー、獄炎の魔王様は怖いなー!世界征服のためなら、無関係の人々を殺戮するなんて言い出してるし!」
「今のイチネはそんな事は微塵も思ってないハズだけど?」
「魔王を辞めて、『ママ』になったから?
………あぁ、『聖母』ってそういう…」
「何を納得してるのかは知らんが、続きを話すぞ」
_____
別に、筋肉なんか付けなくても、イチネはカワイイんだから、そのままでいいじゃん!と思ったが、
恥ずかしくて言えなかったのは良い思い出だ。
なお俺は、「じゃぁ絶望の魔王である俺は、相手を洗脳させる術を身に付けて、戦闘員にしようかな!!」と対抗心を燃やしていた。
この時点で、魔王俺も、「世界征服のために殺戮を行う」という発想にシフトチェンジしていたらしい。
これは悪い意味で恥ずかしい思い出だ。
_____
「パパの思考も大して変わらないじゃない」
「イチネって美人なのに、筋肉もあって凄いよな…!!!(話題転換)」
「ママいわく、健康を保つのも、『聖母』の勤めだって言ってたけど、
…あのママの筋肉って、何であんなに凄いの?どこかで筋トレしてるの?」
「知らなかったのか?<③イチネはずっとフィットネスクラブに通ってるぞ>」
「フィットネスクラブで!?筋トレ!?」
「正確には、フィットネスクラブに通いながら、アツネが学校に行っている間に筋トレ100回だな」
「ママの化け物じみた筋肉はそれが原因か…」
_____
…さて、ここまで来ると流石に分かるが、イチネは、中二病を優先させるためならば、自分の身体さえも改造してしまう。
なんせ I can fly を実行してしまう奴だからな…
例えば
「新必殺技の『デス・クロウ』は、相手を魔界の爪で切り裂く恐ろしい技だ!お前にも見せてやる!」
という理由で爪を切らずに、1か月間放置していた事がある。
その後、案の定<⑫小指の爪が割れるのだが…>
その時には「血がぁぁぁ!!!痛いいいっぃっぃい!!!」
と号泣しながら俺に助けを求めてきた。
アホかこいつは。魔王が小指の爪ごときで泣くなよ。
でも泣いていたイチネはとても可愛かった。
_____
「ママってさ、私には基本的にうるさくしないのに、爪はちゃんと切れってシツコク言うんだよねー…」
「絶対にこれが原因だと思うぞ、アツネは真似しないように」
「まず、真似しようという発想が出てこないから大丈夫」
_____
…筋トレの件といい、爪の件といい、このあまりもの女子らしからぬ言動に、再び疑問を覚えた俺は、
「お前って本当は女子じゃなくて男子だろ!料理も出来なかったりして!」
と、日本なら一発で生徒指導室にぶち込まれそうな大問題発言をした事もあったが、
当のイチネは対抗心を燃やし、
「じゃぁ、どちらが上手い料理を作れるか、勝負といこうじゃないか!」
なんて言い出し始めて、ガチのお料理バトルをした事がある。
ルールは至ってシンプル。
お互いに料理を作り、それを相手に食べてもらう。
俺の料理をイチネが評価し、
イチネの料理を折れが評価する訳だ。
まぁ、さすがのイチネでも料理位は出来るだろうと思っていた俺は、
万全の体制で挑むために、<⑧学校の食堂のおばちゃんに料理を真面目に習いに行った。>
食堂のおばちゃんは誰にでも優しい。
俺の様な痛々しい学生にも、優しく料理を教えてくれた。
<(再び②)喧嘩を吹っ掛けた俺>が、料理バトルを辞退する訳にもいかず、
珍しくクソ真面目に特定の事を頑張った気がする。
そして決戦の日…!
俺は家庭的な料理を振る舞おうと意気込んで作ったが、
<⑦塩と砂糖を間違える痛恨のミスを犯してしまった…!>
この料理を食べたイチネは、もの凄く不愉快な顔をしながら、
「料理の才能もない無能が、魔王を名乗るなど片腹痛いわ!」
と笑い飛ばしていた。
いや、料理バトルに魔王は関係ないと思うんですけど…
あの時の俺は、中二病抜きで真面目に料理を作ったんだけどなぁ…
ちなみにイチネは、
「地獄の料理を振る舞ってやる!!」
と言いながら、
家にある調味料を丸ごと全部ぶっ込んだ挙句、どこからか調達してきたデスソースまで入れやがったようだ。
「評価を付けるためだ…!」
と、俺は勇気を持ってその料理を半分程食べたが、その後、あまりもの不味さに体調を崩し、2日間学校を休む事になる。
ちなみに、「そんなに不味い訳ないだろ!失礼な!」とキレながらイチネは残りの半分を食べていたが、
この後イチネはトイレで< 自 主 規 制 >だったようだ。
勝負は俺が「0点」で、イチネが「論外」だったので、俺の勝ちだったが、
勝負云々以前の問題として、
「「二度と料理バトルは止めよう…!!!」」
と、魔王同士で同盟が交わされたのであった。
_____
「それは意外…でもさ、今のママは、パパと私に毎日美味しい料理を振る舞っているよ?もう論外なんて言われないでしょうね」
「文字通り、『地獄の料理』を作っていたイチネが、料理スキルをここまで磨くとはな…」
(………多分、料理の腕も『聖母』として必要だったから…?)
_____
さて、そんな魔王であった俺達が、
「『獄炎の魔王』であるこの私様こそが、この世界を支配するに相応しいのだ!!!」
「何を言う!『絶望の使者』であるこの俺を差し置いて、世界を股に掛けられると思うな!!」
と、言い合っていたのも、この時期である。
この時は、どちらが魔王になるかという論点の他にも、「どうやって世界を征服するか?」という議題が追加されていた。
「イチネはさ、どうやって世界を征服するかを真面目に考えた事はある?」
「は?私のGBAが有れば楽勝でしょ」
「アレは男性特攻技だろうが…!女性相手にはどう対抗するんだよ!」
「それは私のデスクロウで八つ裂きに…」
「アレは失敗作だっただろうが…対して計画練ってないんだなお前w」
「黙れよ!!そういうお前は案があるのか?」
「デスピアーの槍と暗黒武装百連斬があれば世界なんて簡単にぶっ飛ばせるd
_____
「ハイ、タイム!!!!
回想しようと思ったけれど、これ以上は俺が恥ずかしすぎて死ぬからここはカットだ!!」
「ママの爪の件はニヤニヤしながら語っていたくせに、自分の件は逃げるの?」
「次の思い出に行ってみよう!!!!!」
(逃げたね…)
_____
中二病とは、大体中学二年生頃に発症するから中二病だ、と言われていると聞いたことがある。
そんな俺も三年生になると、高校受験のために真面目に勉強をするようになり、
次第に「中二病ごっこ」をする機会は減っていくのだった。
ただし、イチネは若干違った!
「就職先の希望に、『魔王様』って書いたらマジで怒られたんだけど…!」
「当たり前だろ…中二病ごっこは当分中止だ、イチネ。」
「はぁ!中止ってどういう事よ!お前は魔王同盟を抜けるのか!!」
「いや、現実を見ろよ…受験の時ぐらい、真面目に勉強しようぜ?」
流石のイチネも、俺の正論には屈服したようで、とりあえず高校を目指す事になったそうだ。
「お前は良いよなぁ…頭が良いから、ウミガメ高校を志望するんだろ?」
「まぁな…イチネはウミオ高校だっけ?ここから遠いな。」
「フン…例え別々の高校に入っても、魔王同盟は抜けるなよ!?」
「…当たり前だ。魔王同盟以前の問題として、幼馴染のお前との縁は切ろうと思っても切れねえよ!」
「高校は遠くても、私達の家は近いんだから…!高校に言っても、私達の関係は続行よ!!
受験が終わったらお前の家に通いつくしてやるからね!」
…よくよく聞いてみたら、女のイチネは、男の俺の家に、遊びにくると言っていたのだ。
この時のイチネが、俺の事をどう思っていたのかは知らないが、
男の俺にとって、女のイチネのこの言葉は素直に嬉しかった。
だって、女の子が家に遊びに来るんだぜ!魔王同盟関係無く、俺ってリア充じゃん!いぇーえい!
あ、でも、イチネはカワイイけど、何なら恋人同士になりたかったけど、イチネが俺の事をどう思っているかは分からないよなぁ…
…と、当時の俺は思っていた。
単に、女のイチネに好かれていた事を喜んではいたが、『恋人』になる勇気が無かった。
…中学生なのに家に遊びに来るだけではなく、高校生になっても遊びに来てくれるなんて、
周りからして見れば完全に『恋人』だったかもしれないが。
_____
「しれないが…じゃなくて、完全に恋人でしょうよ!」
「返す言葉もございません…でもさ、告白の話はもうすぐだ。だから文句を言うのは勘弁してくれ。」
「やっと告白パートですか…パパの回想が長すぎて、いつ来るのかと思ってたわ。」
「それじゃ、軽ーく告白の話をして、そろそろ回想も終わらせますかね、あれは確か、俺とイチネの合格が確定したあの日の事だ…」
_____
「とりあえず、合格おめでとう、イチネ!お前なら受かるって信じてたぞ!!」
「そりゃぁ、私は大分努力したし、それにお前が親身に私の勉強を教えてくれたからな!」
「全く持って、イチネを教えながら、自分の受験勉強もするなんて…今だから言えることだけど、本当に大変だったぞ…」
「アハハ!お前も受かったんだから良いじゃないか!!」
運命の合格発表日、結果はどちらも合格だった。
この事を祝し、魔王同盟の俺とイチネは、お互いを祝い合うために、イチネの家に集合。
そんな感じで、しばらくの間は、二人で大笑いしながらお互いの合格を祝い合っていた。
…大体、30分ぐらいした時かな、イチネが急に真面目な顔になって、俺にこんな事を言い出した。
「…実は、だ。今だからこそ、お前に言っておきたい事がある。
…言おうかどうか、ずっと迷っていたが、こんなにめでたい日なら、勇気を持って言える!」
「あ、何だよ?そんなに改まって」
「今まで、私とお前は、魔王同盟として、魔王同士活動してきた。だが、その活動のほとんどは、お互いに力を競い合い物だった。
……だがな、その敵対関係に、ここで終止符を打たないか?」
「!?!?!?まさか、魔王同盟を解散するとか言わないよな!!折角受験が終わって、また活動が出来るというのに!」
「勘違いするな!私たちの魔王同盟は終わらない!!
…たださ、もう競い合うのは止めにしないか、どちらが魔王になれるかを競うなんて、実に非効率すぎる…!
これからは、共に手を取り合い、2人で世界を股に掛けようじゃないか、永遠に!!!!!(告白のつもり)」
「ほぉ…良いアイデアじゃないか!確かに争うよりも、強力した方が効率的だ!(告白されたなんて微塵も思っていない)」
「え!?本当に良いの!?やったああぁぁああーー!!!
撤回は無しだからね!!本当に良いんだよね!!(告白が成功したと勘違いしている)」
「そんなに喜ぶ事でも無いだろ、別に活動自体は変わらないんだから…(告白されたなんて微塵も思っていない)」
_____
「これが、イチネが俺に告白した時の事でした!」
「………とりあえずさ、アレが告白のセリフとか、ママはマジで何を考えているのさ!?」
「イチネにとっては、アレが告白だったらしい。
数分後に誤解が解けて、その後俺はイチネにボコられる事になる。」
_____
「私が勇気を出して告白してんのに、お前は何を勘違いしてるんじゃー!!!」
「止めて!!その筋肉でパンチするのは止めて!!死ぬ、死んじゃう、俺が死ぬぅーー!!」
「こうなったら、伝家の宝刀GBAを…」
「マジで止めろ!!!」
_____
「ヤバい…<①昔のママの告白が信じられないレベルで逝かれてるよ……これ、冗談だよね、流石に冗談だよね!?>」
「残念だが実話だ…
まぁこの後、何とか仲直りして、改めて告白を受けたんだけどな」
「私のパパとママの馴れ初めが気になったから聞いてみたけど…私は今、本気で後悔しているよ…
ママの逝かれっぷりに」
「アツネ?例え本音でも、その反応はないぞ。
まぁ、俺もイチネの中二病は凄いとは思うが、絶対に本人の前ではこんな事は言うなよ?本当に殺されるから」
「おー怖い怖い、まぁ、パパとママの子供の頃の話が聞けて良かったよ。」
「そりゃ良かった。でもさ、何でアツネは急に、俺とイチネの子供の頃の話を聞きたがったんだ?」
「私さ、最近パソコンを買ってもらって、ネットが使えるようになったじゃん。
そこで初めて中二病という物を知ってさ、もしかしてママがこの病気なのかなーって。」
「あー…アツネも俺と同じように中二病を知ったのか…
でも、一つだけ言わせてくれ、中二病は病気ではないからな?心配しなくてもいいぞ。」
「そっか!それが聞けて安心したよ!!
…最後に一つ聞きたいんだけどさ、ママが時々自分の事を『聖母イチネ』って言うの、アレは何?」
「あぁ、アレか…俺達が付き合って、高校時代が過ぎ、大学時代も過ぎ……
そして結婚して、大体1か月がたった後の事だ。
2人で、子供が欲しいなって話をしていた時にな…」
_____
「俺がパパで、イチネがママになる訳か…何か不思議な響きだな…
でも、親になるんだったら、もう魔王業は出来ないな!!
子供を育てながら、世界征服は出来ないし!!」
「今までは仕事を両立してやってきたからねー…でも、もう魔王ごっこはおしまいかしら?」
「そう、今日を持って、世界征服計画はおしまい!!
もしも子供が産まれたら、イチネは魔王じゃなくて、『聖母』になるんだよ!」
「聖母!良い響きじゃない!!その名前、気に入ったわ!!」
「より具体的に言うと、『聖母イチネ』とか…いいんじゃない?
聖なる力で、娘を護る絶対的な母親って感じでさ!!」
「良いわね、カッコイイわ!!」
「そうしたら、俺は『希望の勇者』でも名乗ろうかなー!
イチネと新しい家族を護る、希望の勇者!!」
「あらー?魔王様が勇者に転職だなんて、前代未聞ね?」
_____
「これが、イチネが『聖母イチネ』を名乗る理由…」
「ちょい待ち!?さっき大学時代も過ぎって言ってたよね!
パパとママって、社会人になっても中二病だったの!?」
「いやー…恥ずかしながら、アツネが産まれるまでは、ずっとこんな感じだったぞ!」
「…やっぱり逝かれてるね!ママもパパも!!!
もう部屋に戻るから、話を聞かせてくれてありがと!!」
「ちょっと!そのニヤニヤした顔は何なのさ!?
アツネ!この事は決して口外するなよ!?」
_____
…パパの話を聞き終えて、私、『アツネ』は自室へと戻る。
まさか、ママが本当に中二病だったとは…でも、中二病が病気じゃなくて本当に良かった。
いや、やってる事はまんま頭オカシイ人の行為だけどさ…
こんなの、ママがいる時に本人に聞けないもんね、今日はママがお出かけしているから、パパに聞く事が出来た。
…それにしても、ママの中二病っぷりは、納得できる所がある。
ママは、時々自分の事を『聖母イチネ』と言うのだ。
いや、聖母の時点でもうオカシイし、しかもその後に自分の名前まで付ける…これは完全に中二病だ。
しかもママは、時々目に眼帯を付けたりするし、ブラックコーヒーを飲もうとするし、呪文みたいなのを呟いていたりするし…
ママは気づいていないだろうけれど、私はママの奇行をちゃんと見ていたんだよ。
…まぁ、別にママの事を、変な目で見たりはしない。別にママの奇行はいつもの事だから。
…それにしても、意外だったのは、パパとママが<⑤なんだかんだ言って青春していた事>だ。
あのママが、まさかパパとここまでカオスで可笑しな青春を繰り広げていたとは…
まぁ、ママがそれなりに青春していた事が分かって安心したよ。
中二病は病気じゃない、中二病でも、一応高校や大学には行けるし、恋も出来るって分かったから。
そして、アツネは静かに笑みを浮かべた。
最近、収集を始めたせいで、<⑥自室に増え始めた『魔剣』をどこに収納しようか迷いながら>………
獄炎の魔王イチネはもう居ない。彼女は、聖母イチネへと名を変えたのだ。
絶望の魔王も居ない。彼は、希望の勇者へと名を変えたのだ。
かつて、世界を支配し、殺戮を繰り広げようとした魔王は、改名した事により、他者の命を奪う事を断念。
これにより、元魔王様が誰かの命を奪う事はなくなり、多くの命が救われた。
…2代目『獄炎の魔王』である『熱音(アツネ)』が目覚めようとしているのは、別の話である。
【完】
[編集済]
古傷をぐりぐりえぐられながらも中二病特有のノリに笑わさせていただきました。大丈夫、まだ致命傷ではない(遠い目)。
文章量はあるはずなのにどこか身に覚えのある懐かしさと中二病の面白さでどんどん読める文章となっており非常に楽しかったです。
アツネちゃんが中二病を貫き続けるのか、黒歴史となるのか今後が楽しみです。
その男-カメオはかつて、日本国勅命のスパイとして活動していた。ある時は他国に潜り込んで機密文書を入手し、それによって危険な物質が日本に密輸されそうになることを知った日本政府はその国との貿易を制裁し、危険な物質の密輸を防ぐことに成功した。またある時は、謎の物質を製造しようとしていた会社に忍び込み、防火扉をけ破って危険な物質を製造している部屋に入り、謎の物質の製造を止めさせることに成功していた。(9)
しかしある時、とある会社が軍用兵器を隠し持っているということでカメオがスパイ行為を行っていたところ、カメオが気を許してしまっていた食堂のおばちゃんが「あいつが怪しい。」と密告してしまったことがきっかけでカメオがスパイであることがばれてしまった。(8)カメオは会社に対して喧嘩を吹っ掛けようとしたものの、逆に会社のSPにぼこぼこにされ小指の爪が割れるほどの傷を負い、スパイをやめていたのだった。(2)(12)
それから数年後、カメオは蕎麦屋でバイトしていた。あれ以来カメオはまともな会社に再就職しようとしていたが、いかんせん特殊過ぎる仕事ゆえ経歴を隠さねばならず、それまで無職だった人間と同じだと思われてしまった。また、信用していた食堂のおばちゃんに裏切られたことから人を信じることがなかなかできなかったため、蕎麦屋のバイトが決まったのはスパイをやめてから1年もたった後だった。(1)
12月31日、カメオは朝にたまに通っているフィットネスジムで体を鍛えた後、蕎麦屋のバイトに入った。(3)いつもは閑古鳥が鳴いているこの蕎麦屋でも大勢の人が席に座り、お蕎麦を頬張っていた。こんな光景はこの蕎麦屋では大晦日でないとありえないだろう。(10)逆に客が増えすぎて自分たちの蕎麦屋ではさばききれないほどだ。(6)特に若者は蕎麦屋で元気におしゃべりをしていて、なんだかんだいってみんな青春している。(5)うらやましい。
そう思いながらカメオが蕎麦屋でバイトをしていると、サングラスをかけた男が店に入ってきた。店に入るなり、男は言った。
「おいそこの男、外に出ろ。」男はカメオの方を向いていた。
(俺のことだよなあ・・・?いったい何だろう?)そう思い、「砂糖と塩を間違えちゃった~。」と泣き顔のバイトのお姉さんをしり目にカメオは店を出ることにした。(7)
カメオが外に出ると、男の秘書と思われる女がいた。
「カメオさん」女はカメオにいきなり話しかけた。
「何の用だ?」カメオは答えた。
「私は日本政府の防衛官僚の秘書です。あなたに指令があるのです。今、この瞬間にある戦闘機がスクランブル発信で日本に来襲しようとしています。(4)その戦闘機には小型核爆弾が積んであります。この核爆弾はひとたび地上で爆発すればとんでもない放射能汚染をもたらし、日本は死の地と化してしまいます。海で爆発できれば問題ないのですが・・・。カメオさん、元スパイのあなたなら日本を救えるかもしれません。」
「で、でも俺は・・・。」
「いいから!」と女は叫ぶと男を車に連れ込んだ。仕方ない。この謎の女と出会ったことでスパイ行為を始めなければならないのだ。(11)
しばらくしてカメオと女を乗せた飛行機は基地のようなところについた。
「話によると、戦闘機はこの基地にとめるらしいです。噂によれば我々を安心させるためについた時には爆発させないで出ようとするときに爆発するとか。」
その女の話を聞いてカメオはひらめいた。
「そうだ、俺、変装します。僕もかつてはスパイ行為でよく変装をしていました。身体能力も自衛官の方とそう変わりないですし、自衛官なら戦闘機に入っても不自然ではありません。」
「大丈夫なんですか?」女性は不安そうに言ったがカメオにはなぜか自信があった。
しばらくして、小型核爆弾があるとされる戦闘機が来た。戦闘機から兵士が降りる。
その兵士にある自衛官が駆け寄ってくる。
「やあやあこんにちは。私が日本国の自衛官ウミオです。」-そう、今自己紹介をしているのはカメオで、自衛官のウミオはカメオが変装して偽名を名乗った姿なのだ。
兵士が言った。「私と一緒に戦闘機に乗ってみませんか?」これが兵士の狙いだった。日本の自衛官を一緒に巻き込んで核爆発を起こそうとしたのだ。
「いいですよ。」ウミオ、いやカメオはそう答えた。
「大丈夫なのかしら?」さらにに女は不安になった。
こうしてカメオと兵士は戦闘機に乗った。戦闘機を飛ばしてしばらくすると海へ来た。
カメオは兵士が怪しい動きをしていないかをじっくりと見る。すると、兵士の男はカメオが見たことのない戦闘機の謎のボタンに触ろうとしていた。
カメオは確信した。これが小型核爆弾のボタンだな。
すかさずカメオが普段フィットネスジムで鍛えている肉体を生かし、後ろから兵士を襲った。
「いてっ!何をするんだよ・・・。」
「お前、小型核爆弾を爆発させようとしてるな?」
「貴様、なぜそれを?」
「ハハッ、日本政府をあまり舐めない方がいいぞ・・・・。」
するとカメオは兵士を殴って気絶させた。すかさずカメオは戦闘機を海に向かわせようと運転し始めた。
しばらくすると、戦闘機の燃料が切れようとしていた。今だ!カメオは戦闘機ごと海に入り、すぐに戦闘機から脱出して地上の無人島に立ち寄った。少しして、どこかから「ドーン」という音がした。
こうしてカメオは小型核爆弾を海で爆発させ、地上の人間が核爆発の被害にあわないようにすることで多くの命を救ったのであった。(完)
[編集済]
孤高のスパイカメオが小型核爆弾という非常に難易度の高い困難にどう立ち向かうのかハラハラしながら見させていただきました。
スパイ物だとスタッフクレジット後に次の任務の依頼が来て続編への流れとなるのですが、カメオの場合はどうなるのでしょうかね?続きが気になる作品。
⑩今日は大晦日。全国高校サッカー大会の1回戦が行われた日である。
そんな大晦日の夜にウミガメ高校のカメオが自主練習を終えて、旅館に戻ってきた。カメオはサッカー部なのだが、
明後日は高校サッカー大会の2回戦、相手は強豪羅手高校である。負けず嫌いのカメオが燃えないはずもなく、
いつも以上に長時間の自主練習を行った。、
カメオはキーパーであるがゆえにたくさんシュートを止めたのだろう。⑫小指の爪が割れていた。
そんなカメオが唯一安らげる時間、それは夕食だ。
今日のおかずはとんかつ。カメオの大好物だ!
とんかつとごはん3杯をペロッと平らげ、さらにデザートにケーキを食べた。
最後のお口直しにスティックシュガーを入れたコーヒーを飲もうとしたとき、事件は起こった。コーヒーを吐き出したのだ。
その様子を見ていた⑧食堂のおばちゃんがカメオに駆け寄る。
「大丈夫かい?喉に詰まらせたのかい?お水あげるからちょっと落ち着きなさい。」
カメオはおばちゃんの差し出した水を飲みほっと一息ついたかと思うのも束の間、カメオは苦しみだしついには倒れてしまった。
その後、病院に運ばれたカメオは不幸にも亡くなってしまった。
どうやら、カメオの体内から毒が検出されたらしい。
このことから、事件性があると判断した警察は旅館の捜査を行うことにした。
もちろん、その際チーム全員が旅館で聞き込みを受けることとなったため、
2回戦は不戦敗。ウミガメ高校はもっともあってはならない屈辱的な負け方をしてしまった。
その捜査の内容であるが、まずは聞き込み調査である。キャプテンのテツオに話を聞いたところ、
テツオは「事件には食堂のおばちゃんの悲鳴を聞いて駆けつけました。でも、着いた時にはもう意識がなくて・・・。
カメオさんは練習熱心なキーパーでした。練習が休みの日も③フィットネスジムで体を鍛えていました。
あと趣味にも熱心で、戦闘機オタクだったので、
④戦闘機がスクランブル発信をする仕組みについてよく語っていた印象です。
そんな彼がどうしてこんな目に・・・」
と語った。ほかのメンバーもおおよそ同じ内容を口にした。
次は現場を目撃した食堂のおばちゃんであるが、
「いきなり倒れたのでびっくりしました。毒が含まれていた原因はわかりません。
ほかのメンバーに被害者がいないのもよくわかりませんが、不幸中の幸いでしょうか。
彼はというかウミガメ高校のメンバー全員が食べ盛りでなんだかんだ言ってみんな青春していて元気そうだなと思っていたのですが・・・。」
と口にした。
聞き込みだけではどうにもならなかったので、さらなる捜査を進めても、
食材や食器からは毒が一切検出されず、困惑していた。警察のだれもがあきらめかけていた時、驚きの事実が判明した。
ごみ箱に捨てられていた紙コップから毒の成分と食堂のおばちゃんの指紋が検出されたのである。
これを突きつけたところ、おばちゃんは容疑を認めたため、逮捕された。
調べに対し、おばちゃんは「ウミガメ高校の第一印象は最悪でした。特にカメオは。
もう、彼に⑪出会った12月30日から殺人計画を立て始めていたのです。
最悪な印象に加え、我々の指示をことごとく無視していたのです。
『⑨防火扉の前に荷物を置かないでください。』とお願いしてもカメオは『後で』の一言で済ませ、荷物を片づける姿勢は見られませんでした。
この喧嘩のようなやりとりが何回続いたことか。しかも、下級生もカメオのやる通りに防火扉を荷物でふさいでいき、荷物が⑥増えすぎてほかの客も困っていました。
②全てはカメオのせいだ。もう、①奴を信じられないと我慢できなくなって殺してしまった。」
と述べた。殺害方法については「スティックシュガーの中身を塩と入れ替え、⑦間違えて塩入りのコーヒーを飲み、むせたところに毒入りの水を差しだした。」とのこと。
犯人も逮捕され事件は一件落着かに思えたが、
おばちゃんの口から驚きの事実が発された。
「残念だったな、事件はこれで終わりではないのだよ!実は逮捕される直前にウミガメ高校に爆発物を送っておいたのだ。
あんなあほな奴らを生かしておくわけにはいかないし、ウミガメ高校のような残念な奴らが集まる高校は滅びるべきなんだよ。
そろそろ部員は高校に帰り、荷物は届いているころだろうね。」
「残念なのはどちらかな。」
刑事の口からこう発せられ、さらに続けた。
「ウミガメ高校のあるカメール町は今年の1月1日からカメックス町に名前が変わるのを知らなかったのかね?
あれだけウミサキカメロウ市長が宣言していたではないか・・・。残念ながら旧住所を書かれた郵便物は高校へは届かない。
実際に旅館に郵便物が返ってきたところでばっちり保護する予定さ。」
幸運にも、ウミガメ高校の生徒は無事だった。カメオを除いては・・・。
[編集済]
まさかの悪役系食堂のおばちゃん。「なんだかんだ青春している」要素や「多くの命が救われた」問題文からまさかサスペンスが開設で出てくるとは!と非常に驚かされました。
良い子は自分の荷物はちゃんと片付けようね☆
シェフの皆様、素敵な作品を本当にありがとうございました!
これから投票フェーズを開始します。投票会場が別にあるので投票はそちらでお願いします!
この矢印の下からエキシビション投稿となります。
時間外投稿ということで投票対象にはならないので注意してください
⇓ ⇓ ⇓ ⇓ ⇓[編集済]
ぎぎいい、と、扉がゆっくりと確実に開く音がする。
薄暗い部屋に一筋の光が差し込み、その光の中にたたずむ勇者が立っていた。
魔王は玉座で座ったまま、静かにいつも通りの台詞を吐いた。
「戦う前に一つ言っておくことがある……お前は私を倒すのには聖なる石が必要だと思っているようだが、別になくても倒せる」
「オレも生き別れた妹がいるような気がしたが、別にそんなことはなかったぜ!!」
「そうか……さあ……来い!」
「ウオオオ行くぞオオオ!!」
「くらえ! メラ!!」
「グアアアアア!!!」
そして、勇者は勢いよく吹っ飛ばされた。
「……………………えっ」
・・・・・・・・・
なぜだ。
どうしてこんなにも勇者が弱いんだ。①信じられない。
いや、思い当たる節はある。⑪思えば最初の勇者との出逢いからすべてこうなったのだ。
激闘の末、辛くも私が勝利した時のこと。なぜかすごく景気のいいファンファーレが聞こえた。
あの時は、おそらくお前たち家臣が勝利を祝福してくれたのだと考えていたが……。
\テレレレッテッテッテー/
……うん。レベルアップのソレだわ。絶対そうだ。
えっ、ということはつまり、勇者を倒すと経験値がもらえるの……?
しかも短時間でレベルが上がるということは……うわっ……勇者の経験値、高すぎ……?
⑥自分のレベルばっかり増えすぎて困っちゃう……④もう戦闘機を緊急発進とかさせた方がまだいい勝負ができると思う。
まあ、そんなことはさておいてだ。
ということは、もう私より強そうな勇者はいないということになる。
アレ? じゃあ人間界も余裕で滅ぼせるのでは?
ということで、ラテル城の城下町にやってまいりました。
いやーにぎわってますねー。国王陛下の誕生祝いの祭りの準備がされているようです。
戦闘力2のゴミたちも溜まりに溜まっています。これから私はアイツらを大掃除するわけです。地獄の大晦日の始まりというわけだ。
え?⑩大掃除は大晦日でしか起こり得ないわけではないって? お前も大掃除してやろうか。
とはいえ私も人間界に直接訪れるのは初めてだったな。滅ぼす前にちょっとだけ人間という種族を覗いてみることにしようではないか。
まあまあ、時間はたっぷりあるだろう。せっかく来たことだし、少し観光していこう。
ふむ、店や家が並んでいるが、ひときわ目立つのは教会のすぐ近くにある大きな建物だな。なんだか教会の近くというものは近寄りがたいが……おや。
その建物の中を見ると、多数の子どもや若者が出入りしている。
ほう、あれは学校というものか。⑤人間の多くがなんだかんだで青春を経験する場だと聞いたことがあるが、私には青春なんて無縁の話だ。
……なんだその目は。別にそういう意味ではないぞ。前々から思っていたが無礼な奴だ。
ともかく、この学校を見てみたい。なあ、構わないだろう?
ほうほう、魔法の勉強や剣術の鍛錬をしているのか。
フィットネスジムというのは何をする場所だ? ……肉体の鍛錬をする場か。
③ちょっと入ってみよう。一体人間がどうやって鍛錬をするのかが気になる。
ほう……いいな。最近鍛えたいと言っている骸骨剣士たちが喜びそうだ。
……ん? あの剣の舞を踊っている若者、とてつもなく大きな魔力を秘めているな。
わからないか? あの赤い眼、あれは魔力が強い証拠なのだ。
見ていろ、今から私が炎の魔法を飛ばす。きっとこの程度なら軽く弾き返せるはずだ。
……え? だってそりゃ、炎が強くなけりゃ証明にならないだろ?
大丈夫だ、たとえあいつが弾けなくても大事には………………
(ボッフォオオオ…………)
……やべ、そういえばさっき魔力の種を拾い食いしたんだった。
うわああああああ燃えちゃううううう!!!
トンズラこいても教会の近くだから浄化されたら終わりじゃないか!!!
どどどどうすればいいのだ!? えっ何、防火扉?
⑨なるほど学校というのはいざという時のために人間の安全を守る設備があるのだな!
そしてやり過ごしていれば捕まることはないのか! 頭いいなさすが私の家臣!
では今すぐにあの若者を連れて防火扉のある場所へ……。
「こっちだ! 早く!!」
・・・・・・・・・
「……ふう。なんとか無事のようだな、若者よ」
「あんた、誰」
「ほほう、よくぞ聞いてくれた。私は……」
……え、何? 本名は使役されるかもしれないから流石にまずい?
それもそうだな。使役されて浄化されたら人間が滅ぼせなくなる。
「……私は亀仙人……はるか遠くから掃除しに来た者だ」
「掃除……清掃員のおっさんか何か?」
「失礼な。私はまだまだピチピチだ」
齢150のイケメンを前にしておっさんとはなんだ。
「その言い方がおっさんなんだよ」
くっ、この若造め。もう少し口調も若作りすればよかった。
「……それで聞きたいことがある。おっさん、さっきの炎、あんただろ」
「ナ、ナンノコトダカサッパリワカリマセーン」
「嘘つけ。俺に向けてたのがっつり見えたんだよ。なんのつもりだ」
げえっ、向けてたのもバレてるとは。ここは正直に言うしかない。
「……お前を試したのだ」
「試す……?」
「そうだ。お前にはとてつもない魔力を秘めている。そこで私は、お前が魔法を弾くと踏んで、先ほどの炎を寄越したのだ」
「……部屋ごと焼けるほどの大きさを?」
「ち、違うんです。あれはその、拾い食いした魔力の種に当たってですね……」
うう。若者の視線がマヒャデドス……。
「……すいません。こんな大事になるとは思わなかったんです……ちょっと私の魔力の強さが仇になっちゃってほんと……」
「……あんたの魔力はともかく、俺が魔力をって言うのは何を根拠に?」
「え? ああ、その赤い瞳だ。もっと近くでよく見せてくれないか」
「やだよ。……気持ち悪いし」
「ええい気持ち悪くないわ。別に減るもんでもないだろう」
「減るよ。とにかく見るな」
くそ、埒が明かん。もう無理やりにでも見てやる。
若者の腕を引っぺがし、艶めいた光を放つガーネットのような眼を確かめた。
「…………美しい」
その瞳を失うのは実に惜しい……。
魔力というのは、私たちにとっては強さの象徴だ。
もし強い魔力のある者をそばに置けば、より一層私の力が強大となるに違いない。
そして強化をすることで、未来には退屈せずに戦うこともできるだろう。
だが今のままでは、私に傷一つはおろか爪のひび程度でさえも付けることはできない。
え?⑫小指の爪割れてる? うっそいつの間に!? 爪伸ばし過ぎたかな……。
ええい今のは忘れろ。とにかくこの若者を手元に置き、かつさらに強くできる手段は……。
「…………若者よ。私の元で、修行する気はないか?」
・・・・・・・・・
ふふん。中々の名案だと思わないか?
これで両方の条件がクリアできるわけだ。
まあ流石にいきなり魔界に人間を連れていくわけにもいかんから、しばらくは城を空けることにはなるが、別に構わないだろ?
……賛成できない? 別にお前まで巻き込むつもりはないぞ?
一人で行くに決まってるだろ。お前までいなかったら魔物たちの面倒はどうするんだ。魔界を管理できるのはお前ぐらいだし。
魔物たちも私よりお前の言うことの方が聞くじゃないか。
いや、魔界のことも大事だ。人間界を滅ぼすことも、世界を征服することも忘れたわけじゃない。ちゃんと週一ぐらいは帰ってやるから。
だから悪いとは思ってるって。やりたいことができただけだし、お前たちを見捨てるわけじゃないから、なあ頼むよ。そもそもお前は家臣だけど俺に縛られる必要はないんだから魔界でのびのび…………
(――パシンっ。)
・・・・・・・・・
「……どうしたの、その顔」
「ちょっと、鬼にビンタされてね」
「は?」
「なんでもない! よし早速修行だ修行!」
もう知らん! 私は絶対にこの若者を強くさせてみせると決めたからな!
……と、心機一転したはいいのだが。
「弱い。弱すぎる」
「はぁ!? ちゃんとできてるだろ、木もちゃんと燃えてるし!」
「馬鹿者! 燃やすだけでは生ぬるい! ちゃんと消し炭にするのだ!」
「今のはメラゾーマじゃない、メラだ! こんなもんだろうが!」
何い! メラがこんなものだと!? 舐めているのかこの若者は!
そんなことではこの先傷一つはおろか指先のささくれさえも付けられないぞ!
これは私がお手本を見せなければなるまい!!
「メラとは……こうやるのだーーーー!!」
「ちょっと、⑧そこ食堂だから人がいて危な……」
(ズド――…ン……)
・・・・・・・・・
「すいません……ちゃんと手加減するつもりだったんです……」
「ちょっとこの若者にいいところを見せようと思って……そしたら火力をついうっかり弱め損ねて……」
「うっかりってね、アンタ。ここは食堂だよ。常日ごろからガスが出てるんだから、炎の魔法は火力に気を付けなさいって言ってるのよ。みんなを殺す気?」
「そんなん知らんし……」
「何だって?(ギロリ)」
「ごめんなさい……」
「そもそも子どもを連れまわして、誘拐じゃないでしょうね。教会に突き出すわよ」
「そ、それだけは勘弁を……なんでもしますから……」
「へえ、なんでもしてくれるのね?」
「えっ」
……何日経っただろうか。
修行の予定が大幅に狂い、うっかり半壊させた食堂の修繕+皿洗いなどの雑用をいつの間にか押し付けら……手伝うことになっている。
「戦いの修行をしたい……」
「まだそんなことを言ってるのかよおっさん。そもそもあんたのせいでこうなったんだろ」
「それはそもそもお前の火力が弱いから……」
「うるさいよアンタたち。口より先に手を動かしなさい」
ぐぬう。私が真の姿を現せないのをいいことに好き勝手しくさって。後で覚えてろ。
「……まあ、大方は直ったことだし、少しぐらいなら自由に行動してもいいわよ」
「な、何? それは本当か!」
「別にあんたのためじゃないわ。その子がジジイの尻拭いに付き合わされているのが可哀想だから少しは息抜きしてもいいと思っただけよ」
だから私はまだピチピチだ!
しかしこれは嬉しい。日に日に皿洗いや掃除で荒れてきた手や心を救ってくれる。
早速お言葉に甘えよう。
「晩御飯には帰ってきてよね!」
「口うるさいババアめ! 6時には戻ります!」
・・・・・・・・・
「……こうか?」
「違う違う。もう少し魔力を込めるのだ。大地からエネルギーを分けてもらうような感じで……よし、撃ってみろ」
(ボゥッ……)
うーん、もう少し火力が欲しいな。
「もう一度撃ってみろ。先ほどのコツを忘れるな」
(ゴォォオオ……)
おお、火力がぐっと良くなったな。
……ん? なんだか若者の様子がおかしい。
「……俺、まだ撃ってない……」
「…………は?」
目の前に広がる、炎の海。
そして空からがっぽりと空いた穴から、人間とは似ても似つかぬ獣や異形の者たちが次々と降りていた。
あれは――まさか、魔界の魔物たち?
一体どうして人間界に降りてきたのだ? まだ侵略命令は出していないはず……。
しかも侵略するにもここは人が少ない。この近くには誰一人――。
……まさか、狙いは。
「おい、今すぐここから…………っ」
――若者は、もうすでに魔物たちに囲まれていた。
そしてこの私自身も、気づけば見慣れた顔の家臣たちに囲まれていた。
……どうして邪魔をする。
あれは、私にとって必要なのだ。私自身のため、そしてお前たち魔界のために。
なに? あいつが勇者の末裔であると?
だからお前は反対したわけだ。勇者を育てることで、魔界の危機が脅かされると。
あの若者の命を強くなる前に奪おうとしたのか。
私から、若者を取り上げるために。
……まるで子供の喧嘩ではないか。
自分の意見を通すために、邪魔なものを排除していく。
そして互いの大事なものでさえも壊し、失う羽目になってしまう。
どういう意味かって?
②その喧嘩、元は私が言い出したことが原因だろう。
それならば、私自身がその決着をつけねばならない。
――このわからずやめ!!!
・・・・・・・・・
……ふう。
さすがに骨が折れるな。
一応大半を追い返したとはいえ、まだあの若者のところにはたどり着けない。
うっかり本気を出してもいいが、正体がばれてしまってはせっかくの修行計画も頓挫する。
「若者よ! なぜ魔法を撃たない! 剣ばかりでは大量の敵を蹴散らせないぞ!」
「さっきからやってる……でも、なぜか発動しなくて……!!」
MP切れか軟弱者め! これだから修行できないと困るんだ! ……私のせいだけど!
若者は心なしか顔色が悪くなっている。
そして先ほどから空に暗雲が立ち込めている。
これは非常にまずい。さっきからゴロゴロゆってるし。
やむを得まい。若者にラリホーをかけて、蹴散らすしか方法は……
……………瞬間。
空が、光った。
そして空気ごと割るような破裂音が響き渡ったかと思うと、もうすでに、若者の周りに魔物は一匹も残っていなかった。
そして――若者は、倒れた。
なんということだ……これほどまでとは。
とにかく回復のために帰ろう。倒れてしまった若者は、とりあえず担いで行くことにする。別に起きるまで待っても良かったが、それよりもこの若者をちゃんと万全の状態にしてやりたいと思ったのだ。
ほとんど無防備な状態だが、魔物たちにはお帰り頂けたし大丈夫…………
………………んもう! 年末なんだから休めよ!
・・・・・・・・・
「ど、どうしたんだいその傷は! まさかさっきの魔物たちにやられて……」
「ああ、だが軽くいなしてやったよ。それよりも、こいつが倒れてしまってな。休ませたいんだがいいか?」
「それは構わないけど……全く、心配かけるんじゃないよ」
「おや、さすがのばばあでも労わるという心を持っているのだな」
「言ってる場合かい。とにかくベッドを使いな、薬もすぐ持っていくよ」
「……なあ、ばばあ」
「……そろそろここを出ようと思う」
・・・・・・・・・
「……ふう。ひとまず休憩だ。飯にしよう」
「いいけど。作れるの?」
「もちろん。というかさっき作ったぞ。ほれ」
「ふーん。まあ見てくれはいいね。早速いただきまー……うっ」
「ふふん、なかなか上出来だとは思わんかね。まあこいつはさっきのばばあが寄越したレシピの一つになるが、私の手に掛かれば最初よりもさらに……」
「…………あっま。⑦これ砂糖と塩間違えてるんじゃないの」
「何? そんなはずは……うん? 普通に美味いじゃないか」
「いや、スライムは普通塩漬けだろ。なんで砂糖漬けにするんだよ」
「えっ、塩漬けだとしょっぱいだろう。絶対砂糖漬けのほうが美味い」
「うわ……絶対味覚おかしいって。まっず」
「そんなことをいうんだったら今日は飯抜きにするぞ」
「そうするよ。今度から自分で作る」
「なにい!? 私の飯が食えんというのか!」
「そう言ってるんだよ! 汗かいてんだから塩分がほしいんだよこっちは!」
「ぐぬぬ……貴様、食べ終わったら覚悟しておけよ……」
これまで以上にみっちりしごいてやるからな!!!
・・・・・・・・・
《要約》
男は魔王。強くなりすぎたため、名前を変え自分を倒せるほどの強い勇者を手元に置いて育てることにした。
魔王が勇者に倒されたため、人間界の人々の命が救われた。
え? まだ勇者は魔王を倒していないって?
それはまた、別のお話。
[編集済]
ゲームやギャグマンガのパロディから、登場人物の掛け合いまで面白さがギュギュっと詰まった作品でした。
RPG王道の勇者と魔王が登場したとおもいきや、勇者は弱いわ、魔王はドジっ子だわ…。さらに改名魔王や勇者候補が修行など王道からどんどん離れていっているのにすごく面白い。最後までずっと楽しませていただきました。
[正解]
門番を倒すと、勝手に扉が開く。
ギギイイ、という重々しい音は、自分の心を表しているかのようで。
扉の向こうの暗闇は、きっとここにしか向かうことしか出来ない真っ暗な未来を示しているかのようだった。
「……ようこそ、勇者よ。ここまで来るとは、流石と言ったところか」
「……」
玉座に座る魔物の影は、蝋燭の炎で揺らめいていた。
足が、動かない。
「その石ころは置いていけ。使っても気休め程度にしかならん」
硬直しかけた腕と指を無理やり動かすようにして、身に着けていた石を目の前の男に投げた。
目の前の男は、キャッチボールのように石を容易く掴み、そして灰にした。
「……仲間はいないのかね」
何事もないように、その男は手に付着した塵を払った。
「……俺に仲間なんかいない」
声が、震える。
「ほう、では一人でここに乗り込んだのか」
「――俺はいつだって一人だ」
・・・・・・・・・
俺は、路地裏の名もない娼婦から生まれた子どもだった。
母は出産後すぐに死んだため、他の娼婦は俺を誰が引き取るかという押しつけあいを目の前で散々繰り広げていた。
引き取られた先ではことごとく殴られた。俺は痛みに耐えるしかなかった。
殴られる理由がわからなかった。俺は涙を流しながらわけを聞いた。
「どうして……どうして殴るの?」
「どうしてだって? どうしてだろうねえ……強いて言うなら……」
「その目が、気に入らないのよ」
ある日、一人の男が貧民街を訪ねてきた。
「赤い目を持った子どもを知らないか」
赤い目なのは俺だけだった。
周りは奴隷商人だと言った。その口角は歪んでいた。
「……この馬車はどこへ行くのですか」
「ラテル城だ。お前はそこで暮らすのだ」
雨風をしのげるのなら、別に奴隷でもいいと思った。
ところが、俺はボロの服から、売ったら1年は暮らせそうな服に着替えさせられていた。
「今日からお前は私の子どもだ」
男はそう言った。
俺は、国王との間にできた子どもだったらしい。
俺はその日から、ずいぶんとマシな生活を送るようになった。
――人間関係を除いては。
②当然のことながら、俺がいたことを知った王妃は毎日国王と大喧嘩をしていた。
元々いた異母兄弟たちも、俺に口を利くことはなかった。
使用人たちは、俺を見ると決まって噂話をしていた。
「ああ、あれが例の……」
「確かに、坊ちゃまやお嬢様たちとは違いますね。特にあの目」
「ええ、お妃様や王様のとも違う色をして……」
「あの赤い目さえなければ、あれが家族だと思えるのに」
俺は全寮制の学校に入れられた。
王として国民のことを知るべきという建前で入れられたが、結局のところ異物を取り除きたいだけなのだろう。
学校ではできるだけ目立たずにいたかったが、そういうわけにもいかなかった。
「なあ、どうしてお前の目はそんなに赤いんだ?」
「人間でもこの色は珍しいんじゃないか?」
「俺、赤い目の魔物見たことあるぜ」
「もしかしてお前人間じゃないんじゃねえの?」
「きっと悪魔だ! 悪魔の目なんだ!」
「――悪魔なら、倒さなきゃダメだよな! ぎゃはは!!」
見返そうとトップの成績を出すたびに、悪魔だといわれた。
とにかく人気のない場所に隠れても、見つけ出されて馬の糞や攻撃魔法を投げつけられた。やり返しても、またさらに悪魔だと言われた。
③隠れるため、踊り子や格闘家志望の生徒が使うフィットネスジムの部屋に入った。幸い誰もいなかった。
外に出るのは怖かった。嫌なことを忘れたくて、音楽を聴きながら体を動かすことにした。
そして、出入り口の向こうで炎が見えた。
きっと俺を見つけたのだろう。炎の魔法を唱えているのだ。今更逃げても逃げ場はない。
……そっちがその気なら、逆にその魔法を利用してやる。
攻撃強化魔法をかけた。せいぜい火傷でもするんだな。
・・・・・・・・・
「一人か。それは孤独という意味かね」
「……どちらでも同じだ」
「いかにも。無粋な質問だったな」
男は、眉一つ動かさずに述べた。
そして、パチン、と指を鳴らして、フィールドの目の前にごく一般的なテーブルとイス二脚を出現させた。
「……幾度と重なる闘いは疲れたろう。お茶でもどうかね?」
「……」
俺は返事をしなかった。
代わりに、片方の椅子におとなしく座ることにした。
・・・・・・・・・
強化した炎魔法は、思ったよりも被害が大きくなった。
ああ、きっと悪魔だから、罰が当たったんだと思った。
それなら、とっとと地獄の業火に焼かれて死んでしまおうと思った。
――どうせ、俺のことなど誰も気にかけない。
これは天命であると、自分に言い聞かせて死ぬことにした。
……その、つもりだった。
「――こっちだ! 早く!!」
炎上した部屋の中で、生徒の誰でもない声が響いた。
今まで止まっていた足が、思わず声の方へと向かっていた。
「ふう。なんとか無事のようだな、若者よ」
声の主は、清掃員を自称する、見るからに胡散臭い男だった。
清掃員なのになぜ俺に魔法を向けたのかと聞くと、男はこう答えた。
……俺を試した、と。
俺には膨大な魔力が秘められているから弾けると思った、とも言った。
……意味が分からない。
それに、どうしてそんなことがわかったのかも教えられていない。
「その赤い瞳だ。もっと近くでよく見せてくれないか」
思わず顔をそらす。男はすかさず覗き込む。
「……やだよ」
反対の方向へと顔をそらす。男は覗き込もうとするのをやめない。
「……気持ち悪いし」
目を閉じる。逃げようとしたが手を掴まれていた。
「ええい気持ち悪くないわ。別に減るもんでもないだろう」
「減るよ。とにかく見るな」
首を振る。眼球をつぶすつもりでさらにきつく瞑る。
だが、やけに強い力でこじ開けられた。瞬きさえも許してくれないようだった。
男の視線が痛いほどに刺さる。
「…………美しい」
男は、ただそう言っただけだった。
珍しい、気に入らない、家族と違う、人間じゃない、忌まわしい、呪われた、悪魔の目を、男はただ美しいとしか言わなかった。
……わけが、わからない。
全く予想だにしなかった反応で、どう受け止めればいいのかわからない。
瞳をくりぬいて売りさばくつもりなのだろうか。
それとも、売らずにコレクションにでもするのだろうか。
ああ、そういうことか。
それならとっとと取ってくれ。別に俺は返事のない屍になっても構わない。
むしろどうか……どうか、俺を殺してくれ――。
「若者よ。私の元で、修行する気はないか?」
「…………は?」
「ここでは弱き者しかいないから力を存分に引き出せない。強い私が教えたほうが、もっともっと伸ばすことができる」
「あんた、勇者を育てたことあんの?」
「何ぃ? そんなのあるわけないだろう。舐めているのかお前は」
男は忌々しそうに言った。あんまり偉そうに言うことじゃないなとは思った。
「私は強い者が何より好きだ。だのに最近の勇者ときたら、ほんの小手調べでもすぐくたばりよる。そう、実に弱い。弱すぎる。だから私が強者を育てる。お前は強くなれるし、私も退屈せずに済む」
「……あんた、勇者が嫌いなんだな」
「嫌いだな。勇者が勇者である限り私は勇者が嫌いだ。だからお前をそうはさせない」
「……変なおっさん」
「む。失礼な奴め」
だけど、こんな生活から逃げられるなら、この男についていこうと思った。
俺は寮を抜け出した。
嬉しいことに、誰も自分のことを気にかけなかった。
・・・・・・・・・
「すまないが茶菓子を切らしていてね。お茶以外に何も出せないのだが、それでもいいかね」
目の前の男は、あくまで来客をもてなすように振る舞った。
「……クッキーならある」
「ほほう!⑦砂糖と塩は間違えていないかね?」
「……さあ。食べてみたら」
「ではお言葉に甘えよう。……うむ、実に私好みの味だ」
「俺にとっては甘すぎる」
「お前には、ちと早い味なのかもしれぬな」
男はクッキーを気に入ったようだった。自分でも食べてみたが、やっぱり甘かった。
「……人間にとっては、甘い方が子どもの味なんだがな」
「文化の違いという奴よの。そういった違いを楽しむのも悪くない。そう思わないか、勇者よ」
・・・・・・・・・
男に連れられる道中で、昨日の雰囲気とは違う煌びやかなイルミネーションが目に入った。
23日の国王の誕生日が終わったので、25日のクリスマスを祝う装飾だろう。
「ふん。どいつもこいつも浮かれおってからに。見ろ若者よ、赤い服を着た人間たちが肩を並べて陽気に歌っている」
「……クリスマスだからね」
「ああっ、あっちでは白い服を着た人間たちが歌っているではないか」
「……聖歌隊だろうね」
「これが紅白歌合戦というやつか。あの有名な」
「……⑩それは31日の大晦日にしかやらないよ」
「なにい! ではなぜ服を紅白にしている人間どもが多いのだ? そもそもどうして赤と白に分かれて戦うのだ!?」
「どうして紅白に分かれているかは置いといて……みんなでお祭り騒ぎがしたいか、純粋にキリストの誕生を祝いたい仲間かの違いじゃない」
「ほう。そういう違いか。では貴様はどっちだ」
「……俺はどちらでもない」
お祭り騒ぎをする友達もいないし、誕生日を祝うべき家族からものけ者にされている。
これまでも、これからも。
「うむ、私もこの時期だいたい家にいるから、どちらでもないな」
「……あんた、家に家族はいないのか」
「家族? 家族……とは言えないな。そもそもあいつら仕事仲間みたいなものだし、今も仕事しているだろう。だいたい常に一人だ」
「……」
「ちょ、だからそんな目で見るでない。そういう意味じゃないからな。そもそもクリスマスというものがないからな」
「そういうことにしとくよ。じゃあお互いさみしく修行だな」
さみしくって言うな! と男は言った。
なんだか、そんな会話をしているうちに雪が解けていくような感覚がした。
食堂に数日居候をすることになった。
きっかけは俺たちが集落で壊した建物の修理のためだったが、なぜだか嫌な生活ではなかった。
ひどい扱いを受けてもいいはずなのに、住民たちはよく話しかけてくれた。
どうして優しくしてくれるのかと聞いた。
すると住人たちは驚いた顔をして言った。
「そんなの、当たり前だろ?」
「そうだよ、若いとはいえ、汗を流しながらよく働いてくれるし。毎日ありがとうね」
はじめて、人に感謝をされた。
心臓が、じわりとあったかくなるのを感じた。
「ふむ、なかなか人間にもいい奴がいるではないか。あとは修行さえさせてくれれば……」
「いつもそればっかりだな」
「お前はそうは思わないのか? 強くなるために修行をしたいと」
「……あんたほどは」
そもそも、修行のために着いていこうとしたわけじゃない。
でもあまりに男がうるさいので、少し食堂の女将に交渉することにした。
女将は少し渋ったが、修理をサボらないというのであればと承諾してくれた。
「なんだ、あのばばあも存外いい奴だな。私の家にいる鬼と似てるが、あれより物分かりがいい」
「あのおばちゃんは元からいい人だよ。おっさんがガキだから怒るだけで」
「貴様の顔がいいから優しくしてるのだ。あれは猫を被った鬼だ」
「で、何するの? 炎の魔法を強化するの?」
「うむ、まずはそうだな。魔力を使いこなすにはやはり炎が一番やりやすい」
炎の調節というのは、確かに難しいものだった。
だけど男は、試行錯誤しながら俺にコツを教えてくれた。
コツを掴みかけてきたところで、魔法を放とうとした時だった。
――周囲が、燃え盛っている。
もちろん俺じゃない。
気づけば魔物たちに囲まれて、逃げ道は塞がれてしまった。
……戦うしかないのか。
まだ弱いままで、この数の魔物たちを全て倒すことができるのだろうか。
男も別の魔物に捕まって、合流できそうにない。
だがこれは、チャンスなのかもしれない。
自分が少しでも強くなった成果を、ここで発揮する。
……それなのに。
呪文を唱えても、一向に魔法が発動しない。
どうして? ……一体なぜなんだ!!
苛立ちと焦りが募る。このままでは俺は弱いままだ。
ここでくたばったらどうなる?
早く、早くこの魔物を倒さなくては。
あの人の前で、弱いところは見せられない。
ゆっくりと弱っていくのを感じる。それなのに頭の中は暴走する。
ここで倒れたらどうする? 何もできなければきっと失望される。
嫌だ、それは嫌だ、ここで終わってたまるか、
嫌だ、いやだ、どうか、俺を、
――…………おれを きらいにならないで……――
////////////
////////////
……目が覚めると、俺はベッドの上にいた。
「……起きたか」
男は静かに言った。
「……俺、倒れた?」
「ああ、魔力を使い過ぎたな」
「……逃げてきた?」
「幸い近くに防火扉のある場所があったからな。それを使いつつ逃げたのだ」
「防火設備に頼るなんて、あんたも案外弱いね」
「む。弱いわけではないぞ。ちょっと多すぎて相手をするのが面倒だっただけだ」
男はそう言った。男の服はボロボロだった。
俺をおぶりながら、魔物たちの攻撃を防いでいたのだろう。
俺は心臓が張り裂けそうだった。
「俺……強くなりたい」
「……どうした! 腰が引けているぞ」
「くっ……」
「こんなことでは私に勝てやしない! さあ、私に傷をつけてみろ」
今まで覚えた特技と呪文の応酬。男はわざと受けているのにも関わらずほとんど傷がつかない。
闇雲に打っても、きっとこいつに攻撃は通らない。
……それならば。
「……剣を投げた!?」
ごぉおおん、と上空で耳鳴りがする。
男が気を取られている間に弾かれた間合いを詰める。
そして炎魔法を手にこめて、懐に潜り込む。
気配に気づいた男はそれを受け止める。
「……なるほど、この炎は囮だ。狙いは空中に投げた剣……」
「……流石だな」
「懐に潜り込むまではちと驚いたが、わかってしまえばどうということはない。落ちていく剣を受け止めるのは容易い」
「さて、それはどうかな?」
機体に遮られた日光が、チカリと姿を現す。
「なっ、しまっ……」
思わず男は手をかざし、そして――……
「戦闘機を目くらましに利用するとは。おかげで爪が割れた」
⑫見ろこの小指、と男は笑った。少し痛そうだった。
「……④たまたま緊急で出てただけだよ。この時間帯に出ているのは見たことが無いし」
「ああ、おそらく魔物の出現だろう。魔法の使えぬ者は機械に頼って戦うからな」
男は、さも当然というように言った。
「……どうして、魔物は討伐されなくてはならないんだろう」
ぽつり、呟いた。
「人間と違う生物だからだ」
静かに、男は言った。
「でも、違うからと言って討伐する理由にはならない。人間好きのスライムだっていたじゃないか……」
「あれは魔物から虐げられて逃げたもの。異常な存在だ」
「それなら」
《悪魔の目だ》
「……人間に虐げられた人間も、異常?」
「……異常だろうな」
男は言った。
「同じものの中で少し違うところがあれば、全員から狙われると言ってもいい」
「……私も、その異常な存在だ」
「おっさんが?」
「自分の正しいと思った道を、全員が阻もうとした。私が意見を曲げないと知って、仲間から追われる羽目になった」
「……仲間を倒す覚悟が必要になった」
「……大事な物を、壊すのか」
「そういう奴らばかりだからな。力でねじ伏せて納得させるのが当たり前だったのだ」
「……それ以外の解決方法は?」
「ない。……だが、それが時に虚しくもあったのだ」
ほとんど一方的になるからな、とつぶやいた。
その顔は笑っていたが、なんとなく寂しそうだった。
――あんたのことをもう少し知りたい。
でもそう思ったのが、そもそもの間違いだった。
・・・・・・・・・
「……なあ、戦わないという道はないのか」
「無理だな」
かちゃん、と男はティーカップを置いた。
「お前が勇者である限り、魔王である私は戦わなくてはならない」
氷のように冷たい声だった。
「古来より、人間界と魔界は相容れぬ存在。二つの世界が存在する限り、共存する道はない」
「でも……」
「茶会は終わりだ。早速食後の運動と行こうではないか」
……喉の奥が、痛い。
言葉を飲みこんだせいで、俺の中の闇は晴れないままだ。
その闇を抱えたまま、俺たちは一対一の闘いを始めた。
「ふむ、小手調べの炎魔法はなんなく防いだか。実に結構。だがこれはどうかな!」
男は今度は鋭く凍った氷柱を繰り出した。広範囲の攻撃を防ぎきれず、少しだけ顔に傷を負った。
それならば、と俺は剣に炎を纏わせた。自分に向かっていく氷は白くなり蒸発した。
この火炎を喰らわせる。俺は男の脳天にめがけて腕を振った。
だがその刃は、男の剣によって止められた。
ガキン、と鍔を競り合わせる。
力は、ほぼ互角。これなら――。
「……まさかこの程度で私に攻撃が通用する、とは思っていまいな」
男は、風を起こして剣を宙に飛ばした。
なんとか体勢を持ち直したが、威圧感を放った目に気圧されて動きが一瞬遅れた。
――ああ、あの目だ。
俺はあのすべてを静止させるような眼差しを知っていた。
////////////
まばゆい光の中で、魔物が消える夢を見る。
ああ、やったよ、俺はやっぱり弱くなかった。
男は俺に手を差し伸べる。手を伸ばそうとしたが、体が動かない。
少し笑って世話のかかる奴だ、と言って俺を背中におぶった。
背中は暖かかった。なんとなく眠気が襲ってきた。
ぱちぱちと火花が弾ける。その音は少し心地よかった。
薄れゆく意識の中で、男はこうつぶやいていた。
「――……失せろ」
目は、万物を服従させるような獣の眼をしていた。
////////////
あんたの名前も嘘だった。あんたの姿も嘘だった。
⑨防火扉も集落にはなかった。どうして今まで気づかなかったんだと自分を呪った。
いや、気づかなかったのではない。
見て見ぬふりをしたんだ、小さな違和感を。
あんたを知りたいと思えば思うほど、あんたに対する疑いが募っていくばかりだった。
疑いを晴らすためにさらに追究して、余計にあんたの正体に行きつくばかりだった。
⑥増えすぎた疑念が、余計に俺を困らせ、悩ませ、そして苦しめた。
①そしてとうとうあんたを、信じることが出来なくなった。
それなのに、どうして。
⑤あんたと過ごした短い青春を、未だに忘れられないままでいる。
・・・・・・・・・
あんたには絶対に屈しない。
ただそれだけを考えながら戦った。
弾かれた剣は空を舞っている。
それならばと、俺は炎の魔法を右手に宿した。
「同じ手は通じん! ここは暗闇と静寂の中、目くらましの太陽も、風の音をごまかすための轟音も作ることはできない!」
俺は構わず右手の拳を出した。男はそれを手の平で受け止めた。
拳をしっかりと握られている。
「……なければ、作るのみ」
拳に魔力を集中させる。今度は炎魔法ではない。
バチ、バチと鳴る手の内の音が聞こえる。
「……まさか……」
男は顔を覆う。だがすでに遅い。
部屋で作った雷が、そのまま男の上に落ちた。
男の動きが止まる。
そして、宙に舞っていた剣が、手元に戻った。
――そして剣を、男の心臓に突き立てる。
ずぶ、ずぶずぶと、隙間を切り拓くようにして刺していく。
血が滲むほどに下唇を噛みしめながら、ただひたすらに押し込んでいく。
深く、深く。
赤い赤い液体が、刃を伝って手の甲へと流れていった。
……血の色も、体温でさえも自分のそれとは変わらない。
「――……っ、見事…………」
男の口元は、笑っていた。
・・・・・・・・・
消えたあんたを探して、俺は魔界にたどり着いた。
あんたの教え通りに俺は戦えているだろうか。
少し前まで手こずっていた魔物の群衆も、今では一太刀で蹴散らせる。
「……消えろ」
邪魔だ。お前らに用はない。
魔王の城では、外の魔物よりも強そうなやつらが現れる。
魔王の部屋の前でも、家臣を名乗るオーガが立ちはだかった。
「お久しゅうございます、勇者の末裔殿」
「……俺に鬼の知り合いはいない」
「おや、失礼。この姿では初めてでしたか」
オーガは、全身に霧を纏わせたかと思うと、赤い肌がみるみるうちに白く、大きな図体も人の大きさほどには小さくなっていった。
「……あなたは、まさか」
「⑧ええ、あの食堂の女将です。まあここでも料理番を任されていますから、別にさほど暮らしは変わりませんでしたよ」
女将の姿をしたものは、以前とは打って変わって冷たい口調をしていた。
「なんのために」
「あなたが勇者となるのを阻止するため。最初は集落に留まらせて修行をできなくしようとしていたのですが」
「……修行をし始めた後は」
「襲う方向にシフトしました。そしてあなたの正体を教えてわが君を説得しようと」
あいつは、俺が国王の息子……勇者の末裔だと気づいていたのか。
「ですが、あの方はこうおっしゃいました。まるで《子供の喧嘩》だと」
「子供の喧嘩……?」
女将は頷いた。
「互いの大事な物でさえも壊し、失うことになってしまう、と」
「大事な物……あなた達のことか」
「そう、思いたいものですね」
目の前の奴は、僅かに口角を上げた。少し懐かしい表情だった。
「ただ、私はあの人からあなたを取り上げようとしていたのは事実。そしてあなたを守るために、魔物たちに追われ、そして蹴散らしていった」
《自分の正しいと思った道を、全員が阻もうとした。私が意見を曲げないと知って、仲間から追われる羽目になった》
……そう言っていたのを、思い出す。
「……あなたは、いかがですか」
「……俺?」
「あなたは、何のために剣を振るいますか」
女将は、問いかける。
きっかけは、逃げるため。そして、あの男に捨てられないため。
……では、今は?
「……あいつに、逢いに行くため」
ただ、それだけだった。
いつの間にか勇者と言われ、いつの間にか魔王を倒す役目を負った。
俺にとって勇者は、異物を蔑み取り除こうとする奴らのことだった。
そして、あいつが最も嫌う無謀な弱者のことだった。
だから俺は勇者になどなりたくなかった。
あいつのことも魔王と呼びたくなかった。
――敵同士に、なってしまうから。
「……それでは、きっとあの方は納得しない」
目の前の奴は言った。もう人間の女ではなく元の姿に戻っていた。
「……そうだろうな」
これは、きっと俺のわがままなのだろう。
あいつが求めるのが強敵で、俺はそのために育てられたのだと。
俺がもし赤い目を持っていなかったら、あいつは俺に見向きもしなかったのだと。
――でもなぜだか、今はどうでもいいと思えていた。
……そして、俺はあっさりとオーガを倒した。
「…………やはり、私では勝てませんでしたか」
オーガは瀕死で、ほとんど喋る気力は残っていなかった。
それでも、満足そうな声をしていた。
「……これを」
渡されたのは、袋に入ったクッキーだった。
「あなたには甘いかもしれませんが……茶菓子にはちょうどいいでしょう」
「……どうせ、戦わなくてはならないんだろ」
「ええ……人間界と魔界がある限り……両者が互いに違う限り。でも、あなたはそれでは納得しないのでしょう」
オーガはそう言った。もちろんその通りだった。
でも、自分の意見を通すためには、戦うしかなかった。
「――子供の喧嘩を、してくるよ」
オーガは、既に気を失っていた。
・・・・・・・・・
「……この喧嘩は、俺の勝ちだ」
俺は、震えた声で言った。そして、ゆっくりと剣を抜いた。
あふれだしそうな感情の洪水を、精一杯押しとどめていた。
「ふふ……負けたか……この私が」
その顔は、実に晴れ晴れとした表情だった。
「……なあ、それ、どうして治さなかった」
俺は、受け止めた手にわずかについていた傷のことを言った。
俺があんたにはじめてつけた傷のことだった。
「ああ……これか。なに、別に闘いには差し支えなかった」
「それに……治したいとも思わなかった」
「……どうして?」
「どうしてだろうな……消すのは惜しいと思ったのよ」
傷を眺めるあんたは、とても安らかな目をしていた。
「……名前を」
「……お前の名前を、聞いていなかったな」
「……あんたも、最後まで本名を教えてくれなかったな」
「ふふ……真名を知られるのはまずかったからな。だが、今なら言える」
「……我が真名は、カメオ」
「……俺の名前は、カメオ」
「……なんと、同じ名前であったか……」
「……ああ。俺たちは、同じだった」
「同じ名前なのに……戦いあっていた」
「……若者よ。もしや、知っていたのか」
「さて、どうかな。おっさん」
「……ふふ。生意気な。だが、お前の言葉、今ならよくわかる」
「お前はいつだって一人だ。だがそれは……」
「この世界を一つにしようとしていたのが、お前だけだったからだ」
男は、俺を見て言った。芯のある声だった。
「魔界と人間界……姿や文化は違えど、もとは同じ生き物」
「だが違うからと、名前をわざわざ分けて互いに生活していた。それがいつしか、争いのためのきっかけになっていった」
「……それなら、その争いの元である名前から変えよう、と。名前を統一して、同じ国にしようと」
「……面白い。お前はその眼を持つものに相応しい強者となろうぞ」
「……」
「もっとよく見せてくれ。強き力を宿すその目を」
男の目を見た。その目には、俺の顔がよく映っていた。
俺はこの目が嫌いだった。
この目のせいで俺のすべてを否定されたような気がしていたから。
あんたに会うまで、俺はずっと死にたいと願って生きてきた。
「……美しい、炎を宿す赤い瞳だ」
「……あんたの目も、綺麗な赤色だ」
⑪あんたに出逢えたから、俺のすべてが始まったんだ。
「……あんたの名前を呼びたい」
「好きにするがいい、強き者よ」
「さようなら……カメオ」
「己が道を進め、カメオ」
魔王は光に包まれ、魂だけの存在となった。
光は一瞬強まり、そして空へと昇って消えた――。
魂が、昇華した。もう二度とあんたに会えないということだった。
これからきっと、大変な道のりになるだろう。
なにせ、異なる二つを一つにするということは、容易くできはしないのだから。
国の名前は、決めている。
それは勇者でもあり、魔王でもある名前だった。
お互いを尊重し、優劣をつけないために。
そして勇者と魔王が、確かにここにいたことを刻みこむために。
だから泣いている暇は、ない。
傷を癒すために、少し残っていたクッキーを食べた。
そのクッキーは、ほのかにしょっぱい味がした。
・・・・・・・・・
《要約》
戦争に勝利した国のリーダーは、争いをなくすために双方の国の名前を統一して変えた。
国境が消えたことで往来が自由になり、戦争の数も減って多くの命が犠牲にならなくなった。
以上。
エキシビジョンでこんな長文を投稿して申し訳ない。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
[編集済]
読み終わった瞬間「うぐわーっ!」と叫んでいた作品。確かにこれは【勇者のくせに弱すぎだ】と一緒に投稿したくなる作品だと納得しました。
特に要素①⑤⑥の使い方がかっこよすぎて心を打たれました。まさか勇者と魔王が要素12個も問題文もそのまま、視点を変えてシリアスでも魅せてくれるとは……!非常に感動しました!
[正解]
参加者一覧 20人(クリックすると質問が絞れます)
今回は投票対象となったのは14作品。エキシビション作品込みだと16作品となりました。
年末でしたが、皆さん力作ぞろいで要素、作品共に投票がぶれそうだなと思いながら開票作業をやらせていただきました。
皆様本当に参加ありがとうございました!
それでは結果発表と参ります!
最難関要素賞
👑『大晦日でしか起こり得ない』(3票)
『防火扉は関係する』(2票)
『フィットネスジムに入る』(1票)
『戦闘機がスクランブル発信する』(1票)
『なんだかんだ言ってみんな青春している』(1票)
『食堂のおばちゃんは関係する』(1票)
『出逢えたことから全てが始まった』(1票)
『小指の爪が割れている』(1票)
ということで、
ぎんがけいさんの『大晦日でしか起こり得ない』
が最難関要素賞に決定しました!おめでとうございます!
今回は要素が12個と多くなったことでかなり票が割れていましたね。書く作品の毛色によって使いづらいものが全く違ったりしたのかもしれません。その中で『大晦日「でしか」起こりえない』ということで日時の限定性が非常に強いこの要素が最難関として選ばれたのではないでしょうか。
ぎんがけいさん、おめでとうございます!
最優秀作品賞
👑「今年の漢字は『災』」(作:とろたく(記憶喪失))(8票)
「シュガー&ソルト」(作:赤升)(3票)
「食堂のおばちゃんはすごい」(作:きっとくりす)(3票)
「かわるもの」(作:ハシバミ)(3票)
「聖母の娘は静かに笑う 中二病物語」(作:キャノー)(3票)
「自己中な男」(作:みづ) (2票)
「20XX年、ラテ共和国にて」(作:ミンタカ) (2票)
「ラテ学園戦争」(作:赤升) (2票)
「ぎぼむす?(B級、むしろC?)」(作:みづ)(1票)
「ウミガメ高校サッカー部事件」(作:ぎんがけい)(1票)
というわけで、
とろたく(記憶喪失)さんの「今年の漢字は『災』」
が8票投票されて最優秀作品となりました。おめでとうございます!
今回は投票時期が本当に年末だったため総投票数が28票と少なめだったのですが、8票ということは4分の1以上の票が入ったということですね…!すごすぎる!SNSの表現や今年の漢字まで絡ませた上、12個の要素をしっかり活かした素晴らしい作品でした!
とろたく(記憶喪失)さん、おめでとうございます!
と、いうわけで、らてらて鯖第5回「正解を創りだすウミガメ」、シェチュ王の発表に移りたいと思います!
シェチュ王
👑 とろたく(記憶喪失)さん(8票)
最優秀作品賞を取ったとろたく(記憶喪失)さんがシェチュ王になりました!
「今年の漢字は『災』」の素晴らしさはもちろんのこと、エキシビション作品を2つも投稿してくださいました。勇者と魔王、同じ12の要素と問題文で違った面白さを詰めてくるのかとひたすらに感嘆しました。
とろたく(記憶喪失)さん、おめでとうございます!
今回の創りだすの問題文は平成最後ということで元号が変わる為、改名関係を要素を入れたいと思ってこうした問題文にしました。
「多くの命が救われた」となったのは、参加者がどんな「命が失われるほどの困難」を用意し、それをどうやって乗り越えさせるのかが見てみたいな、という気持ちからです。こうして問題文が完成しました。
最初はハッピーエンドに偏りすぎてしまわないか、問題文短すぎやしないかと色々心配したのですが、12の要素選出時から皆さんのセンスがあふれており、作品も戦争系から中二病までと幅広く素晴らしい作品ばかりで心配どころか驚嘆するばかりでした!
とろたく(記憶喪失)さんにシェチュ王の座をお譲りして、第6回正解を創りだすウミガメを締めさせていただきます!(次回の「正解を創りだす」の主催の権利が与えられます)
今回年末で忙しい中、要素、作品、投票と皆さんのおかげで盛り上げることができ非常に感謝しています!
主催としてやらせて頂き本当に楽しかったです!
皆さん、本当にありがとうございました!
皆様お待たせいたしました!&参加ありがとうございました! 出題経験が少ない主催者でしたが皆様の本当に素晴らしい作品や要素にとても楽しませていただきました。お忙しい中投稿、投票していただき本当に感謝しています!そしてとろたくさん、シェチュ王おめでとうございます!![編集済] [19年01月03日 16:26]
鯖虎さん、主催お疲れ様でした。また、とろたく(記憶喪失)さん、シェチュ王おめでとうございます。私は今回が初参加で作品を書き上げるのが大変でしたが、多くの人に読んでいただきとても楽しむことができました。後、感想を書くことができずすみませんでした。次回から書くように努めます![19年01月03日 11:30]
鯖虎さん、主催お疲れさまでした!年末年始の慌ただしい時期で大変だったことと思います。自分は今回要素出ししか出来ませんでした。残念無念コッペパン。 とろたくさん圧巻のシェチュ王おめでとうございます!次回の開催を楽しみにしてます。次こそは投稿したい。 最後に、投票しそびれましたがハシバミさんの『かわるもの』がドンピシャでした。書き出しからスッと惹き込まれました。というか、自分がめちゃくちゃ好きだと思う作品は書き出し3行くらいで既にめちゃくちゃ好きだと予感できるみたいです。そんな作品を自分も創りだしたい。[19年01月03日 02:59]
鯖虎さん主催本当にお疲れ様です。そして、とろたく(記憶喪失)さんシェチュ王おめでとうございます!とろたくさんの人に当てる感情表現、すごくかっこよくて好きです。[19年01月03日 02:01]
主催の鯖虎さん、参加者のみなさんありがとうございました&お疲れ様でした!初投稿で勝手のわからない私の作品を読んでいただけただけでも有り難いです。そして、とろたく(記憶喪失)さん。シェチュ王おめでとうございます!![19年01月02日 23:39]
鯖虎さん主催お疲れ様でした。とろたくさんシュチュ王おめでとうございます。そして拙作に投票・コメントくださった皆様ありがとうございます。創るのも読むのも、本当に楽しませていただきました![19年01月02日 23:17]
鯖虎さん主催お疲れさまでした。自分は1票しか得られず悔しい結果になりました。要素に気をとられ過ぎて肝心の問題文をおろそかにしたような気がします。あと、とろたくさん、優勝おめでとうございます。圧巻の勝利でしたね。次回の主催楽しみにしています。[19年01月02日 22:27]
鯖虎さん、年末年始でバタバタする中、運営と進行お疲れ様でした。今回もとても楽しませていただきました。暖かいコメントもいただけて励みになります。 この結果に驚いているのは他でもない私です。こんなに票をいただけたとは・・・投票はもちろん、エキシビジョンの方にまでミニメで感想を送ってくださった方にも感謝いたします。 次回の創り出す、ぜひとも頑張らせていただきます![編集済] [19年01月02日 21:45]
鯖虎さん、年末に造り出すの主催お疲れさまでした!とろたくさん、しぇちゅ王おめでとうございます!エキシビション作品も間に合ってたらわたしは投票してた気がします。(あとから、こそっと。みんな青春してるんだねぇ、って女子大生のセリフ部分が謎な言葉になってたことを、開票後に気づきました。読んでて意味不明だったと思います。ごめんなさい><)[編集済] [19年01月02日 21:44]
鯖虎さん、エキシビジョン投稿対応ありがとうございます・・・! 二作品まとめて投稿しようとしたら日付を勘違いしてたぜ・・・ほんと気を付けます・・・[編集済] [18年12月28日 00:45]
うおぃカオス……どうやって戦闘機をスクランブルさせる食堂のおばちゃんを青春に導けというんだろう……(確実に原因の一端をになっている) 戦闘機のスクランブル発信て、なんでありんすかそれ[18年12月15日 23:04]
皆様多種多様な要素をありがとうございました!これからは投稿フェイズに入ります。12の要素についてはまとメモにも載っているので確認の上ぜひ正解を創りだしてみてください!皆様の力作お待ちしております![18年12月15日 22:08]
①信じることが出来ない
②喧嘩の原因は男にある
③フィットネスジムに入る
④戦闘機がスクランブル発信する
⑤なんだかんだ言ってみんな青春している
⑥増え過ぎて困る
⑦砂糖と塩を間違える
⑧食堂のおばちゃんは関係する
⑨防火扉は関係する
⑩大晦日でしか起こり得ない
⑪出逢えたことから全てが始まった
⑫小指の爪が割れている
自分が正解した問題・出題者への賛辞・シリーズ一覧・良い進行力など、基準は人それぞれです。
自分専用のブックマークとしてお使い下さい。
Goodって?
「トリック」「物語」「納得感」そして「良質」の4要素において「好き」を伝えることができます。
これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。
ブクマ・Goodは出題者にとってのモチベーションアップに繋がります!「良い」と思った自分の気持ちは積極的に伝えていこう!