ウグイスの鳴き声が聞こえた為、男は梅の枝を折った。
いったいなんのため?
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どうも、今回初めて司会を務めさせてもらうOUTISだヨ。
不慣れ故、拙い所も多々あると思うけれど、どうかよろしく頼むヨ。
** 前回はこちらだヨ **
https://late-late.jp/mondai/show/13544
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★★ 1・要素募集フェーズ ★★
[3/15(月)0:10頃~質問が40個集まるまでだヨ]
まず、正解を創り出すカギとなる質問(要素選出)をして頂くヨ。
☆要素選出の手順
①出題直後から、YESかNOで答えられる質問を受け付けるヨ。質問は1人4回までで頼むヨ。
②皆様から寄せられた質問の数が40個に達すると締め切りだヨ。
全ての質問のうち"5個"を出題者の独断、さらに"5個"をランダムで選ぶヨ。合計10個の質問(=要素)が選ばれ、「YES!」の返答とともに良質がつくヨ。
良質以外の物は「YesNo どちらでも構わないヨ」と回答するヨ。こちらは解説に使わなくても構わないヨ。
※矛盾が発生する場合や、あまりに条件が狭まる物は採用しないから、注意してネ。
▼矛盾例
田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね?(先に決まった方優先)
▼狭い例①
ノンフィクションですか?(不採用)
▼狭い例②
登場キャラは1人ですか?(不採用)
▼狭い例③
ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)
要素が揃った後、問題文と共にまとメモに要素を書き出すヨ。
★★ 2・投稿フェーズ ★★
[要素選定後~3/21(日)23:59]
要素募集フェーズが終わったら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズ』に移行するヨ。
各要素を含んだ解説案を投稿してネ。
らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだそうネ!
※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖版・ラテシン版)」も参考にしてネ。
** ラテシン版 **
http://sui-hei.net/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
** らてらて鯖 **
https://late-late.jp/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
☆作品投稿の手順
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成してネ。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまうヨ。
コピペで一挙に投稿を心がけてネ。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してネ。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があるヨ。
しばらく時間をおいてから再び確認してネ。
③まずタイトルのみを質問欄に入力してネ。
後でタイトル部分のみを[良質]にするヨ。
④次の質問欄に本文を入力してネ。
「長文にするならチェック」がなくなりましたので、私が長文許可を忘れてなければそのまま質問欄にて改行込みでのコピペが可能のはずだヨ。
⑤本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてネ。
★★ 3・投票フェーズ ★★
[投票会場設置後~3/27(土)23:59]
投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行するヨ。
お気に入りの作品、苦戦した要素に投票してネ。
☆投票の手順
①投稿期間終了後、アンケートにて、「正解を創りだすウミガメ・投票会場」を設置するヨ。
②作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、気に入った作品に投票できるヨ。
その他詳細については投票会場に記すヨ。
※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構わないヨ。
※自分の作品に投票は出来ないヨ。その分の票を棄権したとみなすからネ。
※投票自体に良質正解マーカーはつけないヨ。
③皆様の投票によって、以下の受賞者が決定するヨ。
◆最難関要素賞(最も票を集めた要素)
→その質問に[正解]を進呈
◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品)
→その作品に[正解]を進呈
◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計)
→全ての作品に[正解]を進呈
見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題してもらうヨ!
※票が同数になった場合のルール
◆最難関要素賞
◆最優秀作品賞
→同率で受賞だヨ。
◆[シェチュ王]
獲得票数が同率の場合、最も多くの人数から票を獲得したシェフが受賞するヨ。(投票者の頭数だネ。)
それでも同率の場合、出題者が事前に投じた3票を計算に入れて、再集計するヨ。
それでもなお同率の場合は、最終作品の投稿が早い順に決定させてもらうヨ。
■■ タイムテーブル ■■
☆要素募集フェーズ
3/15(月)00:10~質問数が40個に達するまで
☆投稿フェーズ
要素選定後~3/21(日)23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後~3/27(土)23:59まで ※予定
☆結果発表
3/28(日)21:00 ※予定
◇◇ コインバッジについて ◇◇
シェチュ王……400c
最優秀作品賞…100c
最難関要素賞…10c
シェフ参加賞…5c
投票参加賞……5c
上記の通り、賞に応じてコインコードを発行する予定だヨ。皆様お気軽に参加していただけると幸いだヨ。
※「最優秀作品賞」および「最難関要素賞」については、1名分のコインコードしか用意できないヨ。
このため同率受賞の場合は、先に投稿された要素/作品の投稿者の方にコインコードを贈呈させてもらうヨ。
それでは、これより『要素募集フェーズ』を始めるヨ。質問は一人4回までだからネ。
Are you ready?
結果発表!お疲れ様!!
夢なら覚めないでほしいですか?
YesNo このフレーズ、基本的に幸せな現実での様子を表現する際によく使われるけど、本当の夢の中の描写ではほとんど使われないよネ…
気持ちがレイムではダメですか?
YesNo サクヤのようなキリサメの降る日なら…ってえ? 違う?そのレイムじゃない? ああ、そうなんだネ…
これから解説投稿フェーズに移るヨ
皆様の熱いパッションをどしどしぶつけてネ
試験会場で冷や汗を流している俺は、高校入試に挑んでいる中学3年生だ。
第一志望の高校に入るため、俺は絶対に合格するぞという意志を燃やしながら、毎日夜を使いはたすように必死に勉強を続けてきた。
今日、試験会場に向かう前には、自身の服装をしっかりとチェックするために鏡の前に立っては、緊張のあまり視界が歪んでしまったので、何度も目を閉じては集中するように意識した。
親父が激励のために背中を叩いてくれたが、突然のことなので倒れ込んでしまった。叩きつけるのは止めて欲しいものだ。
しかし、いざ本番となると、極度の緊張の影響もあり、自分が思っている以上に自分の回答に自信が持てなかった。
国語ではよめないかんじがあり、4択問題では2択まで絞り切れた所でどちらが正解なのか迷いに迷い、それに加えて、普段は覚えているハズの王道問題さえ分からない。
更に俺を悩ませたのが、歴史や地理といった社会系の問題だ。
有名な土地を模した地図に記された謎の地図記号の意味を推察する問題は、もう太刀打ちができなかった。
もっと勉強すれば良かったと今更思っても、時すでに遅しである。
なんとか答えを捻りだすも、そんな状態で出された次の問題には頭を悩ませるしかなかった。
『794年から1869年まで日本の首都とされていた場所を何というか?』
…どうすればいい!?と焦る俺だったが、ふと耳を澄ませてみると何かが聞こえる。
………ホーホケキョ!
どうやら、外で鳴いているウグイスの声が聞こえているようだが、これは?
待てよ…そうか!鳴くよウグイス平安京だ!これは貰った!
受験生の中でも特に知られている王道のごろ合わせを思い出し、無事に正解できたのだ!
その数日後、俺は緊張の表情を崩さないまま合格発表が記された掲示板に行ったのだが、見事合格!!
後の自己採点で俺の点数はどちらかというと低かったため、1点差でも落ちていたかもしれない。ウグイスには感謝してもしきれない。
校内には合格者を称えるかのように、春の風物詩の梅が咲き誇っており、夏、秋、冬と毎日勉強に費やしていた膨大な時の流れを感じた。
合格した感動もあり、立派な梅に注目して地面に気を付けていなかった俺は、不注意で落ちている梅の枝を踏んでしまい、その枝を足で折ってしまったのであった。
【完】
※訂正事項:問題文を「男は"桜"の枝を折った。」と勘違いしていたため、該当部分を梅に訂正致しました。
そのため、物語に矛盾点が生じる可能性がありますが、それも含めて評価していただいて構いません。
[編集済]
受験をテーマに、というのは地面の謎の文字やよめない漢字といった癖の強い要素を違和感なく活かすことのできる良いテーマだと感じたヨ。また、受験から歴史の語呂合わせ「鳴くよウグイス平安京」という有名なフレーズを使うことで問題文のウグイスとの関連性を自然に導いているのもよくできていると感じたネ。少々トラブルがあったようだけど、短時間でこの発想から解説を書き上げたというのには本当に驚かされたヨ。
湿っぽいほら穴から力無く這い出たトニーは、この場所で26回目の朝を迎えた。
元が何だったのかもわからない割れた木の板に、彼はがりがりと新たな線を引く。
タリーマーク…日本でいう正の字のように、線を足していくことで数を数えられるようにする文字である。今、尖った小石で記した26本目の線は、彼の船が大破し、この無人島に流れ着いてから26日が経つことを示している。①
彼は生気のない目を一、二度しばたかせた後、緩慢な動作で木の実を探しに向かった。
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船乗りだったトニーたちは、アメリカからはるばる太平洋を横断し、日本へと物資を届ける手はずだった。少子化の影響で大きく人口を減らした日本は、もはや米国からの支援なくしては生活を維持できないほどになっていたのである。
飛行機では運べない重油の類いを積んだ彼らの船は、数日かけてアメリカから日本へと到達するはずだった。幾度となく繰り返したその運搬行程において重大な過失が起ころうとは、トニーを含め誰も想定していなかった。
始まりはコックの不注意だった。⑧
調理室で船員の昼食を作っている最中、ふと火元から目を離してしまったのがいけなかった。炎は瞬く間に調理室から廊下、船室へと燃え広がり、船内は大騒ぎとなった。③
もし運搬中の重油に引火しようものなら大事故である。トニーたちは大急ぎで消化活動にとりかかったが、火の回りは想定をはるかに超えたスピードで、全ての消化器と予備の消火用中性強化液(氵夜)を使い果たしても、鎮火することはできなかった。⑩
船長の号令のもと、船体もろとも海に沈んでしまう前に、乗組員たちはみな非常用ボートに乗り込んで船から脱出する。なんとか命は助かったかと皆で胸を撫で下ろした直後、船は爆発・大破した。
十分に離れることができなかったボートはその爆風を受けて吹き飛ばされ、転覆してしまう。海面に背中から叩きつけられたトニーは、そのまま意識を失った。④
・・・ふと気がつくと、彼は夕暮れの砂浜に一人倒れていた。あたりを見渡しても仲間の姿はどこにもなく、同じく貨物船から流れてきたであろう木箱や金属片などがいくつか打ち上げられているのみだった。
幸いトニーの身体に大きな怪我はないようだったが、全身が泥のように重く、向こうに見えるほら穴まで移動するので精一杯だった。
翌朝目覚めてから再び海岸沿いを探し回ったものの、仲間らしき人影は見当たらず、また誰かが自分のようにどこかに移動したような形跡も残されていなかった。
ここにたどり着いたのは自分だけなのかと落胆したトニーだったが、しばらく周囲を探索したところ、さらに悪いことに、ここはいわゆる無人島であることが明らかになった。島の大きさや荒れ具合、今となっては不可欠なライフラインの類いも一切見つからず、少なく見積もっても数十年前から誰も住んでいないようだった。
船の最終位置からおそらくここは日本の海域だろうと推測したトニーだが、その仮説を裏付ける発見があった。砂浜の少し内地に位置する開けた地面に、古ぼけた白線で日本語とおぼしき謎の文字列が記されていたのである。⑤
それらは日本の港で目にする「ヒラガナ」や「カンジ」によく似ており、日本語を知らないトニーには意味を理解することはできなかった。それでも、以前ここで暮らしており、急激な人口減少の波に呑まれて島を離れた日本人が残していったものだろうと考えることはできた。⑥
それからというもの、彼は来る日も来る日も砂浜に座り続けた。突然連絡の途絶えた貨物船を調査しに来た人々に見つけてもらえることを信じて。船から流されてきたであろうひび割れた鏡台を前に、仲間たちを、そして自分をどうかお助けくださいと神に祈った。②
しかし、待てど暮らせど船も飛行機も一向に現れず、ただ時間ばかりが過ぎていった。わずかな木の実と雨水で空腹をしのいでいたトニーだったが、次第にそれも限界に近づいていた。
動物を捕まえて食べようにもそもそも獲物が見つからず、そういえば日本は他国からの援助に頼るまいと食用や観賞用に野生動物を乱獲して輸出していたのだったか、と思い出す。その影響で生態系はめちゃくちゃになり、多くの動植物が絶滅してしまったらしい。
足元をガサゴソと這う小さな虫を見つめて、トニーは絶望に頭を抱えた。
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そうして迎えた26日目、ついに頼みの綱の木の実さえも見つけることができなかった。
もはや空腹感すら感じず、ひたすら続く頭痛と耳鳴りを振り払おうとも思えない。もしも仲間が一緒に流れ着いていれば、そいつの肉で飢えを…などと考えてしまう自分が恐ろしくて、あぁ、こうやって人は理性を失っていくのかと天を仰いだ。
今日も今日とて島に近づく影はひとつも見えず、このまま人としての尊厳を失うくらいなら、と最期の手段に思いを馳せる。
流れ着いた太いロープを手に取り、重たい身体をひきずるようにしてトニーは森に入る。そして見つけた手頃な高さの木には、綺麗な赤い花がいくつも咲いていた。日本で見た桜と似ているようだが、どこか違う気もする。
その華やかな光景にしばらく見惚れ、気持ちも少し落ち着いてきたその時だった。
ホー ホケキョ
トニーはその鳴き声を昔の映像で聞いたことがあった。確か、日本の春の象徴でもある、ウグイスという鳥・・・え?
彼は自身が思い出した事実に戦慄し、聞き間違いではないかと再び耳をすます。
ホー ホケキョ
もう一度聞こえたその鳴き声に呼応するように、次から次へとホケキョ、ホケキョと鳴き交わす声が聞こえた。
誤魔化しようもなく響き渡る声に、彼はどこか覚悟を決めたような表情でロープを握りしめた。そしてその片端を木の枝に結びつけると、もう片端で輪をつくる。ちょうど、彼の首が通るくらいの大きさに。
ずっと迷っていた。⑦
おそらく自分はあと数日で極度の飢えと不安からおかしくなってしまうだろう。そうなるくらいならいっそ、自ら命を絶ったほうがいいのではないか。
しかし、もしその数日の間に助けが来たらと思うと、どうしても一歩を踏み出せなかった。その救いの可能性を言い訳に、死の恐怖から逃げていたのかもしれない。
しかし今、心は決まった。
自分はすでにおかしくなり始めている。
彼は思い出す。
例の日本での乱獲によって、既にウグイスは絶滅している、ということを。
綺麗な声で鳴くウグイスたちは、その多くが観賞用として捕らえられ、今はもう一羽もいなくなってしまったはずである。
そのウグイスの鳴き声が、まだ頭上で飛び交い続けている。日本、そして春らしい花をつけた木、それらから連想されたであろう幻聴を、自分で勝手に作り上げているに違いない。正気を保てなくなっている何よりの証だ。
あぁ、今向こうで人影らしきものが動いたように見えたが、それもきっと脳が作り出した幻覚だろう。いよいよ自分の命を絶つ時が来たか。
首をロープに通して踏み台の木箱の上に立ったトニーは、ふと脳裏に蘇る自分のこれまでの人生を思い返し、これが走馬灯というやつかとため息をつく。
こんなことになるならもっと家族を大切にすればよかった。迷惑をかけた友人にもきちんと償いたかった。今更だとわかってはいたが、自分の過ちを思い返しては、せめてこれからはとありもしない未来を思った。⑨
ふう、と大きく息を吐いた彼は、最後にせめて仲間たちは一人でも多く助かってくれと念じ、思い切って木箱を蹴飛ばした。
ロープが喉に食い込む。苦しい。息ができない。あぁ、意識が遠のいていく・・・
バキッ
大きな音がして、トニーの体は地面に叩きつけられた。ゲホゲホと咳き込み、何が起きたのだと頭上に目をやったその眼に映ったのは、つけ根から折れた木の枝だった。
死に損なったはずの彼が、どこか生き返ったかのような感覚を得ていたその時・・・
ボーーーッ
海の方から音が聞こえた。慌てて視線を向けると、かなり離れてはいるものの、大きな船がゆっくりとこちらに近づいてくるように見える。彼の虚ろな目が、再び輝き始めた瞬間だった。
それが幻聴でも幻覚でもないことを願いながら、トニーは先ほどまで力尽きていたのが嘘のような速さで砂浜へと走る。
ほら穴の鏡台から鏡を取り外し、陽の光をチカチカと反射させて合図を送った。
諦めていた未来を彼に届けるかのように、船はこちらへと舵を切って・・・
[編集済]
外国人であるトニーを主人公の男とすることで、地面の謎の文字とよめない漢字を同時に回収することのできる見事な回収方法だと感じたヨ。また、ウグイスを筆頭として様々な動物が日本ではすでに絶滅しているという設定からの老人が無人島でそういった動物たちを保護しているという流れは問題文の回収として食糧不足から男が絶望し自殺≒梅の枝を折るという行為とも関連していてよく描かれていると感じたヨ。
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「あいつらはもう行ったかな?」
見事な梅の木の横で、一人の老人が誰に尋ねるともなくつぶやいた。
くるりと踵を返して森の奥深くへと歩みを進める老人は、ふと思い出したようにもう一度砂浜を振り返る。
「そういえばあの男は、【危険につき立ち入り禁止】の白文字を見なかったんじゃろうか…せっかく誰にも邪魔されんように脅しておいたというのに。」
不思議そうに首を傾げる老人の右腕に、一羽の小さな鳥が舞い降りる。そのくりくりとした瞳を愛おしそうに見つめた老人は言う。
「おまえたちがここにいると気づかれれば、またあの時のようにみな捕らえられ、売り飛ばされてしまうじゃろう。それだけは、何としてでも避けなければのう。」
彼の言葉の意味を知ってか知らずか、薄緑色のその鳥は、ホケキョと一度小さく鳴いた。
【終】
『簡易解説』
遭難し極度の飢えに怯えていた男は、既に絶滅したはずのウグイスの鳴き声を聞いたことで、自分はおかしくなってしまったのだと感じた。どうせ助からないのならと木で首を吊ろうとした彼だが、梅の枝が折れて一命を取り留めた。
[編集済]
Σd(°∀°d)オウイエ
三月、今の時期に咲く花といえば梅、梅といえばウグイスでございます。
『梅に鶯』と言いまして、古来より絵になる取り合わせの良いものとしてよく知られており、古今和歌集にも、『梅に鶯』を題材にした和歌が詠まれております。①(2)
さて、皆様。ウグイスといえば、ホーホケキョと、a(特徴的)な鳴き声がよく知られておりますが、一体どんな時に鳴くのか、ご存知ですか?
一説によりますと、自分の縄張りを主張する時に、ホーホケキョと鳴くそうでございます。
動物の縄張り意識というものは大変に強く、それを侵すものに対しては時に狂暴にもなるものです。
特に強い念のこもった場所では。
本日は不注意にも、そんな禁忌を侵してしまった、哀れな青年のお話でございます。⑧(28)
数年前、ちょうど梅の花が咲き始めた季節。福岡県のb(太宰府)天満宮に、その青年は旅行に来ておりました。
太宰府天満宮といえば、学問の神と呼ばれる菅原道真公が祀られた、人気の観光地ですが、道真公には、太宰府へc(左遷)された無念から怨霊となり、様々な災いを起こしたという伝説もあるのです。
そんな道真公が愛した花が梅の花。d(境内)にも多くの梅が咲き誇っております。道真公の強い強い念のこもった梅でございます。
青年はそんなことなどつゆほども知らず、ただただ梅の花を眺め、春の訪れを感じておりました。
梅の花の香りを感じつつ、境内の散策しておった青年、ふと気付けば人気の少ない場所におりました。
おや、気付かぬ間に境内の端まで迷い込んでしまったか、⑦(26)そう思った青年の眼前には、小さくも、ひときわ立派な花を咲かせた梅の木がありました。
青年はなぜかその梅の木が気になってしまいました。
境内に咲くほかの梅と比べて、小さくも立派に花をつけた、そんなe(健気)な姿に見とれてしまったのでしょうか。
しばらくその梅を見つめていた青年。そんな折に、
『ホーホケキョ』
青年の耳にウグイスの鳴き声が聞こえました。
ああなんと風流なものだ、日本に生まれて良かったなどと思った青年。ふと今まで感じたことのない事を思ってしまいました。
ああなんと美しい梅だろう、この梅を旅のf(土産)に持って帰りたいな、と。
青年の周囲には青年の行動をg(咎める)人は誰もおりませんでした。
青年は梅の木の細い枝に手を伸ばすと、そのままぽきりと梅の枝を折り、鞄の中にしまい込みました。
そのまま青年は足早にその場を後にすると、帰路に着き、新幹線に乗って地元へと帰っていきました。
さて、それに怒ったのがウグイスです。
申しましたとおり、『ホーホケキョ』という鳴き声には、自分の縄張りを主張する意味合いがあります。
そんな自分の縄張りにある梅の木の枝が折られて、持ち去られてしまいました。
縄張りを侵されたウグイスは青年へ恨みを募らせます。
道真公の霊的な力場で育ったウグイス。その身には他の土地の動物にはない特別な力が宿っていたのです。
ウグイスは青年の家へ向けて飛び立ちます。羽を一つ羽ばたかせるたびに、その恨みの想いも強くしながら。
ウグイスは一晩中飛び続け、⑩(35)そして朝方、ついに青年の家に辿り着きます。
洗面台の鏡の前で顔を洗っていた青年。②(3)目を開けてびっくり仰天。そこには青年の身体を優に超えるような巨体で翼を大きく広げ、燃えるような③(5)眼光で目をh(規らせ)ながら青年を睨み付けるウグイスがおりました。
震え上がりながら、青年は太宰府のウグイスが復讐に来たのだと悟ります。
ああ、あの時、梅の枝を折ったりしなければ。
今更ながら自分の行いを後悔し⑨(30)、折った梅の枝をウグイスへ差し出します。
当然、ウグイスの怒りがそれで治まるわけもなし。ウグイスは青年を鷲掴みにすると、そのままバサッと翼を羽ばたかせ、天高く飛び立ちました。
その後、青年は変死体で見つかりました。
背中を高所から叩きつけられたように落下したと思われ、全身の骨が砕けていたそうです。
警察は青年の死を自殺として処理したそうですが、本来のi(顛末)はこういったものだったのでございます。
皆様、決して、ウグイスの鳴く場所で梅の枝を折らないように。
『鶯の縄張り』(著:西沢敏伸)
~~
問1.a()~i()の漢字の読みを答えなさい。
問2.青年が梅の枝を折ったのは何故か、理由を答えなさい。
問3...
...
...
...
[編集済]
規すが読めない高校生のお話だネ。最近は使われなくなってきているから、まあしょうがないといえばしょうがないのかナ?少し前も伊るや佐うが読めないということで話題になった事が思い出されるネ。それにしても巨大なウグイスが目を規して睨んでいる、想像するだけでも恐ろしい景色だネ…。問題文を国語のテストに見立てるという発想は、某サンマやバンソウコウが出てくる問題を彷彿とさせるいい視点だと感じたヨ。
~~
放課後、2人の男子生徒が校舎裏の話している。
「今回のテストやばかったな。」
「わかる。特に国語やばかったよな。」
「国語なー。そもそもなんか怖い小説だったよな。」
「お前あんなので怖がってんのかよ。」
「ち、ちげーよ!普通テストの問題文で死ぬとか書かないだろ!」
「なんだお前ホラーダメなタイプ?ウケる。」
「だからちげーって!」
「あー、でも俺漢字の読み1個わかんなかったな。⑥(22)」
「は?俺全部楽勝だったぜ。」
「マジかよー。あれ、あれは何て読むの?h()。」
「どれだっけ?」
「あのウグイスがでっかくなって現れて、青年を睨み付けるーってとこの。」
「ああ、規らせる?いやお前あれ読めなかったのかよ。」
「え?は?」
「もしかしてキラセ、とか書いたの?バカだなー。」
「ごめん、それなに?」
「は?」
「いや、その、あれ?」
「規らせる?」1人の男子生徒がさらさらと地面に指で『規らせる』と書く。⑤(19)
「え?あ、うん。それだけど...何これ?」
「どういうこと?」
「いや、その、何?どういう意味?」
「どうって、まぁこんな感じ?」男子生徒が目を規らせてみせる。
「うん?うーん。」もう1人の生徒は首を傾げている。
「おい田中。」急に生徒の背後から声がかかる。
生徒が振り返ると、そこには国語教師がいた。
「テストのことで大事な話がある。来なさい。」その目は規らっていた。
生徒は、教師のその目がどのようになっているか皆目分からなかったが、何故か嫌な予感がした。
終
Σd(°∀°d)オウイエ
鶯の鳴き声を聞いた男は、かつて弟が詠んだ句を思い出した。弟が好んで詠んだ梅の枝を仏壇に供え、懐かしく語りかける。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
いつの間にか庭に鶯の訪れる季節になって、君を思い出しました。というのも、丁度手慰みにはたきをかけていたところに、その声が聞こえたものだから。
うくひすやはたきの音もつひやめる
君は何かと仕事も上手いけれど、さぼるのも随分と上手なものでした。少し目を離せば寝転がり、人がいなくなれば木刀を持ち出し。そして言い訳を重ねては、らんに尻を叩かれる。あの小気味良い音は、よく覚えていますよ。
けれども、君の気持ちもよく分かります。折角鶯が庭を訪ねてくれているのだから、はたきなぞかけていては失礼というもの。
そう同調してやれば私まで叩かれるのだから、全く君の姉にも困ったものだ。らんも君も私も、似たようなものだけれど。
ああそうだ、君も似たようなものだった。人伝に聞く君の姿は随分と立派なものだから、忘れてしまいそうになる。あの小生意気な茨餓鬼が、大人になったものだね。(2)
忘れちゃあいないよ、山門から道行く人に卵を投げつけたのも、奉公先で二度とも問題起こして帰ってきたのも。
いやあ、あれは傑作だった。どんなに生意気でも所詮は子供と思っていた末子が、ちょいと怒られただけで十里の道を歩って帰ってくるんだから。
俺ぁね、あんときにゃあもう覚悟を決めてたのさ。お前さんは商家にもこの家にも収まるようなタマじゃあないってね。
それでも、十七の頃だったかい、そろそろ大人になったかと思えば今度は、はは、奉公先の娘に手ぇ出す大人がどこにいるってんだ、ねえ?
後腐れない相手を選ばなかったお前さんの落ち度だよ。お前にしちゃあ、不注意だったねえ。(28)
全く、喜六もらんも全部俺の影響だって、酷いもんだ。俺と同じってんなら親父の血だろうに。
まあ、そうさねえ。お前さんは父親はもちろん母親の顔も覚えちゃいねぇだろうから、俺の責任になるのか。俺だって、もう覚えてねぇようなもんだが。
お前さんの顔も……ああ、忘れちまいそうだ。姿をそのまま写しとるったって、写真なんざ触ったって分からねぇからなあ。
いつだったか、庭先に引っ張って、地面に何やら書き付けてみせたことがあったろう。読めない漢字がある、掘れば俺にも分かるだろうって。(22)
子供の小せぇ指で、それも見様見真似で掘られた不格好な字なんか、辿ったって分かるわけねぇのになあ。
なあ、としよ。ありゃあ一体、なんて文字だったんだい。お前さんが教えてくれねぇから、俺にゃあ謎のままじゃねぇか。(19)
あの日。お前を送り出したこと、それを許したこと。悔やんでなんかいねぇよ。
言ったろ、覚悟決めてたって。役人に小遣いよりも小柄を強請って、庭に矢竹植えて。棒きれ担いで薬売りに行くお前さんの姿を見ていりゃあ、ねえ。
さしむかふ心は清き水かゝみ
あの日、俺の前に座ったお前さんも、そんな風に澄んた鏡だったのかい。
この瞼の裏に映っていたのは確かに凪いだ水面で、だけれども静かに、確かに、燃える炎であったよ。(3)(5)
しれは迷ひしらねは迷ふ法の道
だったか。わざわざ、くく、書き直してなあ。いいじゃあねぇか、恋の道に迷っている方がよっぽどお前さんらしい。実際、迷いまくってたろう。(26)
ちょいと善きにも悪きにも頭と口が回って、ちょいと顔が良いからって調子に乗りやがって。
まあ何にしても。あの時ばかりはもう、迷いはなかったんだろう。そんなお前さんを、止める道理はねぇよ。
いつだってそうだ。自分の行くべき場所を、やるべきことを見定めたお前さんは、決してそれを曲げねぇからな。
俺にできることなんざ、その背を押してやることくらいなものだろう?
俺を引っ張るお前さんの手が、俺ぁ好きだったんでね。その背中が、随分と大きくなったものだ。
餓鬼の頃からあちこち駆け回って、喧嘩だって山程して。それでも背中に泥つけて帰ってきたことはなかったろう。
喧嘩ばかり上手くなってと皆頭を抱えてたが、そんなお前さんでも勝てねぇ戦があったわけだ。
お前は俺に似て負けず嫌いだからなあ、さぞ悔しかったろう。悔しくて、悔しくて、今更、後にゃあ引けねぇって、馬鹿みたいに。(30)
馬上で撃たれたというお前さんは、最後の最後にその背を汚したってわけだ。(15)
時代の移りを、夜明けなんて言うやつもいるがね。果たしてそんな立派なもんなのか。何が変わったのか、俺にゃあ分かりゃしねぇよ。
分かりゃあしねぇが、今が夜明けだってんなら。あれが長い、短い夜だったってんなら。
お前さんは確かにその夜を、最後まで、生き抜いたんだろう。(35)
菜の花のすたれを登る朝日哉
お前さんが見たかったのはそんな、なんてことのない朝だったのかねえ。
どうだい、今の世は。この朝は、お前さんのお眼鏡に適うかい。
お前なら、なんと詠むんだろうね。
年々に折られて梅のすかた哉
俺からお前さんにやれるもんは、もう花か、後は句くらいしかないからね。本田の家のでも彦んとこのでも、俺が持ってきてやらあ。
その代わり、俺がそっちに行ったときは土産話を聞かせてもらおうか。
京の話も聞き足りねぇし、会津に仙台に蝦夷に、さぞ面白ぇもんを見てきたろう。
まあ、まだ先の話さ。それまでにまた精々、まとめといてくれや。
俺はお前さんの見してくれる景色が、一等好きなんでね。頼んだよ、とし。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
男の指が、そっと位牌の文字を辿る。歳進院殿誠山義豊大居士。始めの一字を優しく撫でる。二十三も年の離れた弟に、よくそうしてやったように。通称より取られたその字は、男が、皆が弟を呼ぶ音。
弟の名は、土方歳三という。
(終わり)
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土方歳三の兄の目線から、弟の詩から過去を回想する男の物語だネ。とても素朴な物語だけれど語り部について知るとグッと物語が深く感じる、陳腐な例えになってしまうけれど噛めば噛むほど味が出てくるスルメのような物語だネ。本文では直接は描かれていないけれど、語り部である土方為二郎という方は後天性の盲目だったようだネ。写真や位牌などに触れる描写でそれを表現しているのはとても美しいと感じたヨ。
ごとん、ごとんと列車の規則正しい揺れが伝わってくる。その心地よいリズムに誘われるように、小さなあくびが漏れた。
車窓から見える景色は、数刻前までは灰色のビルの埋め尽くされていたが、今では青々とした緑が広がるばかりだ。のどか、と言う言葉がぴったりくるような、まさに日本の田舎の風景。
俺は今、田舎にある祖父母の家に向かっている。世の中は夏休み真っ盛りであり、旅行客も多いはずなのだが、この車内にいるのは疲れたような顔をした会社員風の男性と、熟睡する小さな子供を連れた男女くらいのものだった。
俺の親は夏休みにも関わらずトラブルだとかで出張に駆り出されていて、なんとか俺を預ける先を探した結果が、父方の祖父母の家だった。今までにも何度か行ったことはあるが、今時珍しいくらいの田舎にある、これまた珍しいほどに古い家で、天井から降ってくるカメムシに怯えながら廊下を通らなければならなかった。ちなみに、一人で平気だという俺の主張は、食事をどうするのかという母親の至極まっとうな理屈に敗北した。俺が部活もバイトもやっていなかったのも大きいのだろう。
正直に言おう。憂鬱だ。
暗い方に沈み込んでいく心を振り払うように、俺はぐっと目を閉じる。そのまま眠ってしまおうという算段だ。目を閉じた瞬間に、列車の音が鮮明になったかのような錯覚を抱く。その音に聞くともなしに耳を傾けているうちに、すっと意識が遠のいていった。
日差しは悪意を感じさせるほどに強く、汗ではりついた前髪が視界を遮って鬱陶しい。全身が燃えそうだ。③(5) 祖父母の家までのバスは1時間に一本しか無いらしく、あのまま虫が這い回るバス停で待ち続けるくらいなら歩いた方がまだましかと思ったが、これならバスを使うべきだったかもしれない。
坂を上り切った先に、真新しい四角の屋根が見えた。この大自然の中にそぐわない鮮烈な白に、一度我が目を疑う。さらに登ると、くすんだ茶色の屋根が見えた。見慣れた、と言うほど来ているわけでも無いが、幾度か目にしている祖父母の家だった。先ほどの白い建物は祖父母の家のすぐ隣にあり、そこだけ別の場所から切り取って貼り付けたかのような、不自然な空気を纏っていた。
気力だけで坂を上り切った瞬間、視界が開け、生温い風が頬を撫でた。その熱気に、顔をしかめる。その瞬間。
ホー、ホケキョ。
澄み渡った声が、夏の蒸し暑さを取り払っていくようだった。さながら、高原に吹く風。音が頬を撫でた、というのも不思議な表現だが、そんな錯覚を抱くような鳴き声だった。
ホーー、ホケキョ。
途切れ途切れに聞こえるその声は、真新しい四角の建物、祖父母の家の隣から聞こえてくるようだった。気になることは気になる。綺麗な声だと思う。が、この暑さのほうが先決だ。肌にまとわりつく不快な熱から逃げるように、俺は祖父母の家の扉を動かした。
ホー、ホケキョ。
与えられた部屋に入った瞬間に俺の耳に届いたのは、ウグイスの声だった。聞こえてくるのは、やはり隣の建物か。部屋に入る前に祖母に聞いた話によると、新しくできた病院らしい。適当にその辺に転がっていた日に焼けた古いサンダルを突っ掛け、縁側から外に出る。病院の二階にある一室、庭にある立派な木のそばの窓が大きく開いていた。
ホー、ホケキョ。
また聞こえた。先程よりもはるかに鮮明な声に、その窓から声が聞こえていることを確信する。窓を見上げた時、その近くで人影が動いた。窓辺に姿を現したのは、幼い女の子だった。まだあどけない顔立ちで、不思議そうにこちらを見下ろしている。その折れそうに細い腕と真っ白な肌に、隣の建物が病院であることを否が応でも感じずにはいられなかった。
「……あなた、だれ?」
細い声が、風に乗って届いてきた。
「……俺?」
聞き返してはみたものの、俺以外にいるわけがない。軽く周りを見回してみるが、当然のことながら他に人影は見えなかった。案の定何も答えようとしない女の子に、とりあえずと名前を告げる。
「樋口、大。この家に住んでる婆ちゃんの孫」
そう答えるも、女の子は首を傾げるばかり。答え方を間違えたか。
「きこえない」
そういう女の子の声が、風に乗って微かに届いた。風向きか、単純に俺の声が聞こえにくいのか。かなり声を張り上げたつもりだったが、届いていなかったようだ。だがこの早朝に、これ以上の大声を張り上げるのもどこか憚られ、落ちている枝を拾い上げて地面に字を書く。
樋口 大。
書いてから、漢字が読めないかもしれないと思い当たった。実際そうだったようで、女の子は樋口の「樋」の字を指差して首を傾げる。⑤(19)⑥(22)
ひぐち、だい。
その横にひらがなで名前を書くと、女の子は小さく頷いた。
「ゆうは、さとう、ゆう」
そう言って、女の子……ゆうは、小さく俺を手招きする。従う義理はないはずだが、その妙に必死な瞳に呼ばれて、俺はふらりと窓の方へ足を踏み出した。下に立ってみると分かるが、真下から見上げると二階はそこそこ高い。ゆうはそれでは納得がいかないようで、さらに手招きを繰り返した。
仕方無く、庭に生えた木に足をかける。木登りは相当に久しぶりだが、幼い頃はよく公園の木を登っていた。かなり大きな木だし、登っても大丈夫だろう。
慎重に体重をかけ、ざらざらとした木肌に沿うようにして、木を登っていく。確かこれは梅の木だったはずだ。春は艶やかな桃色に染まる木だが、今は目も覚めるような瑞々しい緑色を纏っていた。その中に埋まるように、ぽつりぽつりと同じ色の実が見える。つややかな緑の葉が数度頬を擦り、微妙な擽ったさに首を竦めた。久しぶりの木登りに少し心を踊らせながら、次の枝へと手を伸ばす。さすがに二階まではたどり着けなかったが、すぐにその少し下に落ち着く場所を探すと、そこに腰掛けた。
近くで見るゆうは、決して整っているわけではないが、周りの人をつい微笑ませるような、穏やかな顔立ちをしていた。
にこり、とゆうは満足げに笑う。
「だいは、なんでここにいるの?」
「その家がじいちゃんの家だからさ、夏休みに遊びにきてたんだ」
「……あのね、ゆうは、ここにいなきゃいけないの」
そう呟いて、ゆうは小さく目を伏せた。その幼い顔には、はっとするほどに大人びた光が点っている。
「ゆう、びょうきだから。でかけられないし、ままにもちょっとしかあえないの」
ひやりとしたものが背筋を走った。遊びに来た、は無神経すぎた。外に出られないほどの病気なら、尚更だ。
「ずっとひとりだったんだけど、だいがきた!」
にこ、とゆうが微笑む。年相応の無邪気な笑顔。
「だい、ゆうとおはなししてくれる?」
「……分かった、お話しようか」
結論は一瞬で出た。やることといえば課題くらいのものだ。夜を使い果たせば余裕で終わるだろう。⑩(35) 一緒に話すくらいでゆうを笑顔にできるのなら喜んで協力しようと思う。大人びたゆうが浮かべるその無邪気な笑顔が、とても尊いものに思えた。
「だい、おはなしきかせて?」
そういうゆうに、色々なことを話す。都会のこと、学校のこと。楽しかったこと、美味しかったもの。
「そういえば、ゆうってウグイス飼ってたりする?」
ふと思い出して言っただけだが、その瞬間に、ぱあっと、花開くように、ゆうの瞳が輝いた。
「うぐいす、しってるの?! うぐいすね、あんなにかわいいのにかっちゃだめなんだって」
そういえば、ウグイスは絶滅危惧種だか天然記念物だかだったような気がする。確かに飼うのは難しそうだ。
「でもね、いつもね、ないてるこえだけはきいてるの」
cdか何かだろうか。時折聞こえていたのは、そのcdだったようだ。通りで遠くまで聞こえてきたわけだ。相当な音量で聴いているのではないだろうか。さっき俺の声も聞こえていなかったし、耳があまり良くないのだろうか。
詮索は良くない。それ以上考えることをやめ、口を開こうとしたとき。
音を立てて、ゆうの後ろの扉が開いた。やましいことをしているわけでもないが、面会許可も取らずにこうして話しているのは良くなかったかもしれない。自らの軽率さを軽く呪う。
少し低い位置だから、よほど窓の側にこない限り俺の姿は見えないと思うが、出来るだけ素早く、だが静かに、下の枝に足を下ろす。
上で、ゆうが窓を閉めたのがわかった。聞こえてきていたウグイスの声が一気に小さくなる。
上を見上げ、心ここにあらずと言った状態で木を降りる。しかも久しぶりに。あまりにも不注意だった。⑧(28) その結果は目に見えていた。
足が空を切った。心臓が跳ね上がる。危ない、と思ったときにはもう遅く、俺は背中から地面に叩きつけられていた。④(15)
「っ!」
背中から広がる痛みに、声にならない悲鳴が漏れる。じくじくと広がる痛みに、軽く涙が滲んだ。落ちた高さがさほど高くなく、綺麗に背中から落ちたので、痛いだけで重症ではなさそうだ。
背中をさすりながら立ち上がり、もう一度ゆうの病室を見上げてから、家の中に入った。鏡の前に立ち、乱れた服を治す。目を閉じて、顔についた土を払った。②(3)
家の奥から、俺を呼ぶ祖母の声が聞こえる。音に気づかれたか。適当な言い訳を考えながら、部屋の扉を開いた。
ゆうとは、それからも何度か会って話をした。合図は、ウグイスの声。ゆうが窓を開けた瞬間に、鮮明になったウグイスの声が、祖父母の家中に響くから、俺にはゆうが話をしたがっていることがすぐに分かった。面会許可が取れるとも思えなかったから、相変わらず開けた窓から話している。
ゆうの無邪気な笑顔が好きだった。愛しかった、といってもいいかもしれない。憂鬱な気持ちなど気づけば消え失せ、日々聞こえてくるウグイスの声を楽しみにしている自分がいた。
だが、終わりはやってくる。
家に帰る日だった。朝から準備を整えて、お世話になりました、と祖母に声をかけ家を出る。
帰らなければいけない、とゆうに伝えようにも、ここ3日ほどウグイスの声は聞こえなかった。今まではほぼ毎日、空いても一日だったから、明日伝えられる、と思って前回は伝えなかったのだ。
初めての空白に、不安がないといえば嘘になる。ましてや病院だ。だが、それこそ俺が関与することではないし、これから俺も帰るのだから、もうゆうにはどうせ会えない。だから気にするな、ゆうも飽きたのだろう、と自分に言い聞かせる。そう、言い聞かせている自覚はあった。
行きと同じように、道を歩き始める。家を出てすぐに、黒い車がかなりのスピードで走ってきて病院の前に止まった。嫌な予感が胸を焦がす。
焦燥した様子で病院を飛び出してきた白衣の女性。その人が、口を開いた。
「佐藤優さんのご家族ですね?! こちらへ来てください!」
聞こえて、しまった。やけに蝉の声が耳につく。自分の呼吸音でさえうるさい。ふらりと足元が揺らぐような感覚がありながら、どこか冷静な部分が冷たく俺を諭した。
俺に何が出来る?
面会許可さえも取れないのに? 偶然隣の家に居ただけの俺が? 今更?⑨(30)
戻って何になる?
息が苦しかった。一歩前に足を進めた。だが、すぐにのろのろと振り返る。病院は硬く扉を閉ざしていて、入るものを拒絶しているかのようだった。家に向かおうとする足を、迷いが釘付けにしていた。⑦(26)
戻っても何もできない、どうせ会えない……。冷静な俺が語りかけてくるその言葉は、諭しているのではなく、ただの言い訳か。戻らない、戻って真実を知る勇気のない俺を、正当化するための言い訳……。
ぐっと歯を噛み締めた。駅に向かう道に背を向けて、全力で地面を蹴る。祖父母の家の扉を勢いよく引くと、おっとりと祖母が話しかけてくる。
「忘れ物かい?」
「違う、ばあちゃんごめん、もうちょっと泊めてください」
驚いた顔の祖母にぼそぼそと言い訳をする。もうちょっと泊まりたくなったとか、田舎が思ったより良かったとか。
「そうかい、好きなだけ泊まってきぃ」
「……ありがとう」
そう穏やかに微笑む祖母。
親にもメールをする。夏休みにはまだ余裕はある。ぎりぎりまで、真実を知るまで、ここにいようという決心が揺るがないように。弱い自分の、抜け道を潰すために。
何もできない。そうだ、俺には何もできない。でも。
このまま、何もなかったかのように帰ることはできない。
何度も日が昇って、沈んだ。ぼんやりとしている間に時は流れていき、ゆっくりと日付の感覚は失われていった。①(2)
何日経ったかもわからない。そんな早朝。
ホー、ホケキョ。
透き通った声に、弾かれたように顔を上げた。
ホー、ホケキョ。
途切れ途切れに聞こえるのは、ウグイスの、声だった。
サンダルを突っ掛け、庭に出る。迷いなく梅の枝に手をかけた。その自分の手が、ひどく震えているのが、見えた。
全力で梅の木を登る。上の枝を掴み、体重をかけようとした瞬間に、枝が乾いた音を立てて折れた。(問題文) 上体が傾ぎ、枝を投げ捨てると慌てて他の枝に捕まった。そのまま梅の木を登り続ける。
窓は開いていた。
「だいっ!」
無邪気で屈託のない、ゆうの笑顔が俺を待っていた。
完
【簡易解説】
男の家の隣の病院には、ウグイスの声を録音したcdをいつも聞いている少女がいた。男は梅の木を登って少女と会話していたが、ある日、少女の病状が悪化し、ウグイスの声が聞こえなくなる。暫くして、少女が病室に戻り、再びウグイスの声がはっきり聞こえたので、男は梅の木を登った。その時にひどく急いでいたので、うっかり梅の枝を折った。
[編集済]
田舎に帰省しに来た青年と病院で療養している少女の物語という時点でもうエモの片鱗が垣間見えているよネ。高い階の女性に木に登り会いに行くというのはいわゆるお姫様とそれを攫いに行く身分の低い男というテーマでよくある形で、更に少女ゆうの家族が呼ばれるシーンで主人公が疎外感を覚えるのも所謂身分違いの恋のような関係を彷彿とさせる描き方でとても美しいと感じたヨ。続編があれば読んでみたいものだネ。 [正解]
「どうぞ。」
この日私は…ある貴重なものを見ることができた。
「こちらが…かの有名な”本能寺の変”の状況を事細かに記した古文書です。」
「はあ…これが…。」
本能寺の跡地にて歴史的文書の保護活動を行う高宮さんに見せてもらえたその文章。私は期待に胸を躍らせ見てみるわけだが…
「よ、読めない…。」
草書であることもさることながら単純に難しくて読めない漢字の連続。…⑥私は歴史こそ好きだがそれと古文書の解読能力は別である。そう考えると文章や書体の変遷は時の流れを感じるものがあるな。…①
「…まあ、そうですよねえ。それでは私がこの文章の内容を分かりやすく解説いたします。」
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天保10年5月、安土城。
天下統一に向けて数々の戦を制してきた武将、織田信長。
野望をかなえる目前の彼はある1人の家臣と話し合いをしていた。
「君たちの努力の甲斐あって我々織田家はもう間もなく天下を取れるというところまで来た。感謝する。」
「感謝を申し上げたいのはこちらです、お館様。」
「しかし…天下を統一するにあたって多くの恨みも買ってきた。この先いつ誰に襲われるかもわからん。」
「しかし…そんな存在が仮にいたとして我々織田家の軍勢に勝てる相手だとはとても…」
織田家の軍勢は強く天下統一が目前、そのような状態なら何も心配はいらぬと楽観視する家臣と、そんな状態だからこそ詰めこそしっかりしておきたい信長との話し合いである。
そして話し合いの末信長はこう決断した。
「せめてあと1回だけでも家臣を集めて作戦会議を行おうではないか。」
結局のところ信長は、詰めまでしっかりと考えることにしたのである。
「……お館様がそう決められたのであれば仕方ありません。では…その会議場ですが私の生まれた国に、”本能寺”という寺があります。そこで…どうでしょう。」
「わかった。では少し後、そこに家臣を集めて作戦会議を開こう。伝令の者にこのことを伝えてこい。」
「はい。」
そして5月末、織田軍の一斉移動が始まった。
…そして数日流れ、6月1日のことである。
「おい、本当にこの辺か!」
馬に乗って移動していた信長は怒号を飛ばす。
「この辺は少々立地が悪うございまして…と、あちらをご覧くださいなお館様。」
同行させていた家臣…信長に本能寺を提案したあの家臣が指をさした方向、そこにあった梅の木々の枝には少々季節外れのウグイスが止まっていた。
「鳥…ウグイスか?」
「本能寺にはこのウグイスの道を通ると行けるようになっています。この辺は不思議と夏前までいるんですよ。」
「なるほど…。ではお前を信じて行くとするか。」
先へ進む信長一行。木々を抜けるとそこには確かに、寺があった。
「本当にあった…。」
「ね?あるでしょ?さあ行きましょうお館様。」
そして信長一行は本能寺の中に入ることができた。
家臣に伝えていた会議時間の夜までくつろいでいると…
「申し訳ありませんでした!!!」
大きな謝罪の声が信長のもとに飛び込んできた。
「何事だ!!」
「ああ、お館様。彼なんですがさんざん約束の時間と目印、さらには余裕を持って来ることを伝令に書かせたにもかかわらずギリギリに来たんですよ。」
いつもの家臣が起こりながら今来た別の家臣の失態を説明する。
「いやしかしですねお館様、ここほんとわかりづらいですって。手紙の”ウグイスが目印”がなければどうなっていたことか。ちょっと前まで迷ってましたよ私…。」…⑦
「言い訳はいい!お館様に誠意を見せんか誠意を!」
「ああいいよいいよ、遅刻したわけじゃないんだから。」
「あ、しかしお館様!」
遅刻家臣はほかにも言いたいことがあるようである。
「なんだ?」
「どうやら…ここが狙われているようです。」
「何!?」
「道中…武装した集団を発見いたしました。おそらくこの辺りでお館様が会議を開く情報を事前につかんでいたのでしょう。逆にここの立地の悪さが幸いして…到着には時間がかかりそうですが。」
そう、奇襲だ。
「まずいな…。とりあえず周辺の軍勢に警備を強化させよう、確か国がここのお前の管轄だったな。」
「…手配しておきます。」
本能寺提案家臣はその命令を受け本能寺周辺の警備をありあわせの軍勢で強化した。とはいえ本拠地ではないため限度はある、と信長に言い残して。
「というわけで会議を始める。」
「お館様、その前に。」
本能寺提案家臣が会議の前に報告を行う。
「例の襲撃者ですが…それなりに近づいていることが判明しました。ここが破られるのも時間の問題でしょう。」
会議に参加していた家臣から驚きの声が上がる。
「ああ落ち着け落ち着け!そうは言っても…ここは立地が悪い。」
「ホーホケキョ」
運悪くウグイスの声が聞こえてくる。
「ただウグイスだけは…わかりやすいな。よし分かった、今からこいつらを撤退させるぞ。」
「撤退って…どうやって。」
「止めなければいいんだよ。枝にな。」
彼の提案は”木の枝を折ってウグイスを止めないようにし目印を消してしまおう”という作戦だった。
「しかしお館様、それはあまりにも無謀すぎます。並大抵の量ではありませんし…。」
「ここにいる軍勢を総動員してやろう、私も加わる。」
「………」
そして信長軍は総動員して本能寺の周りの梅の木の枝を切り落とした。
作業は夜通し行われた。…問題文、⑩
それから信長は枝折りを始めた。簡単に折れないものは武士ゆえの剣の腕ですぱんと切り落とし、往生際悪くしがみつこうとするウグイスは殺すこともあった。
『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』とは言うが『鳴くなら殺してしまえウグイス』という言い回しも流行ってよいのではないのだろうか。
そして早朝までの作業の甲斐あってウグイスは一切本能寺の周辺からは消え去った。間違いなくこれで外から本能寺の所在が分かる人間はいないだろう。
…『外から』はね。
作業も終わり、早朝。鏡に自分の顔を映しながら、目を瞑り信長は考える。…②
『………本当に自分に天下は統一できるのか?』
『この日本を…理想の世にできるのか…?』
一部の思いは声に出されていた。
そんな思いを…
私が、断つ。
私は直々にそんな信長を蹴り背中からたたきつけ…④、そして槍で刺した。
「…!お前か…光秀…。」
「すみませんねお館様。先ほどの作業…すべて無駄だったんですよ。すでに手下もこの本能寺に潜り込ませてあります。」
「何…?」
「ここを隠したところで今更だったんですよ…。…⑨ここが私の国というのも全てうそです。私を信じて疑わなかった…不注意でしたね。…⑧」
「あなたは最初から…私の手の上で転がされていたんですよ。」
この私…明智光秀は織田信長の背中を討つことに成功した。
「させん…。」
弱弱しい声で信長はそう言った。
「どうさせないと言うのです!もうあなたに力はない!!!」
「わしにないところで…お前に力を付けさせるわけにもいかん…!」
「ほざけ!!!」
「もう幾ばくも無いこの命…織田信長は最後の務めに使わせていただこう…!」
そう言うと信長は近くにあった火のついた蝋燭を思い切り倒した。
当然燃えやすい素材でできている部屋の中なので徐々に燃え広がっていった。…③
「何をする貴様…!」
「死なばもろとも…だぞ。」
彼は燃える部屋の中でも逃げなかった。しかし私の方も逃がす気がなかったようである。必死に私の足をつかみ…私を道連れにしようとたくらんでいる。
「離せ!離せよ!!!」
「離さぬ…!」
「離せ!離せ!離せ!!!おらっ!おらっ!!!」
つかまれていない方の足で信長を何度も蹴ったり踏みつけたりして、やっと彼はこと切れた。
「…狂ってやがる!!!」
それから私は本能寺を脱出し近くにあった私の味方の拠点に身をひそめた。
この書記もここで記している。
これから始まる…私の天下に向けて。
天保10年6月2日 明智光秀
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なるほど!」
「この書によれば信長に本能寺を勧めたのは明智自身でありすべてが最初から仕組まれていた…そういうことになりますね。」
「ほほう…。いやしかしお恥ずかしい。わざわざここまで来てあなたにこんなお手数をおかけするなんて…。」
「ならば…面白いものをお見せしましょう。」
高宮さんは書が読めずに少し落ち込んだ私を建物内の別の場所へと連れて行った。
「…どうぞ。ここが…実際に信長が明智に討たれた場所です。」
今は資料庫の1つとして使われているその部屋に、私は案内された。
床には謎の文字が書いてあった。…⑤
「なんですかこれ?」
「これはこの部屋がその場所だという証拠です。信長の眠るこの地に…信長の目指していた天下統一を示しているのです。」
「なるほど!」
私はまた、歴史というものに惹かれていく気がした。
完
※大部分はフィクションですので実際の歴史とは異なります
簡易解説
本能寺にて作戦会議を行っていた信長軍。
敵軍が近くにいるとのうわさを受け目印のウグイスさえいなければ本能寺は隠れ家には絶好になるのをいいことに一晩かけて木の枝を折り、ウグイスを追い払ったのである。
[編集済]
かの有名な本能寺の変を舞台に描かれた作品だネ。明智光秀の手記が見つかったという体で描かれるその内容は文字通り歴史の一頁といったところかナ。元々梅の木に止まるウグイスが信長公の居所を示す印となってしまっていたため、ウグイスを立ち去らせるために梅の枝を折ったというのは問題文の回収として極めてスッキリとした流れだったと思うヨ。ウグイスとホトトギスは托卵関係にあるから、詩と絡めたのもナイスだネ。
木漏れ日すら許さないほど鬱蒼と茂った深緑の小道を、少年と少女は手を繋いで歩いていた。
外界から隔絶されたように静まり返ったこの森は、肌寒い冷気に包まれて人を遠ざける。
「ほんとうに、この先に青い鳥がいるのかな…」⑦
「大丈夫だよ、ミチル。僕らは青い鳥を見つけて、幸せになるんだ。」
ミチルと呼ばれた少女は不安そうな表情を浮かべながらも、こくりと小さく頷いた。
少年の温もりを左手に感じながらまた一歩を踏み出すと、靴裏の小石が踵を刺激する。
その時、かすかな鳴き声が二人の鼓膜を揺らした。
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ジリリリリリリ
秋の冷たい空気を震わせるアラームに、竹野は思わず耳を塞ぐ。判然としない意識の中でも、左手だけはいつものように時計を探して暗い部屋の空間を撫でた。
朝は嫌いだ。
小鳥のさえずりを聴くとき、金木犀の香りを嗅ぐとき、カーテンの隙間から溢れた陽光が彼の背中をあたためるとき。
そんなふとした瞬間に、真っ暗な自分の世界に閉じこもっている自分が、なんだか責められているような気がして。
右腕に慣れ親しんだベッドのスプリングを感じながら、ゆっくりと上体を起こす。脇に立てかけた自宅用の白杖を手に取ると、ドア近くの棚まで一歩二歩とつま先を向けた。
AIスピーカーに声をかけると、天井の照明が音もなく点灯した。人工的な光に照らし出された部屋は、程よく整頓されている。そもそも家具や荷物があまりないのは、足場が減ってしまっては生活に不便だという理由からであった。
まぶたの裏側から明るさの変化を微かに感じ取った竹野は、棚の中から銀色に鈍く光る缶詰を取り出す。
彼は指を缶の側面に這わせると、大きく記された文字の横にある控えめな点字を探り当てた。
「…よ…る…っと。間違いなさそうだ。」
乾いた声でつぶやいた竹野は、杖を脇に抱えると、蓋の取っ手を強く握った。
両足でしっかりと踏ん張ってから、勢いよく缶を開けると、ほとんど真っ暗なはずの視界が白に染まり・・・
・・・ふわっといういつもの一瞬の浮遊感によろめくと、慌てて伸ばした右足が背の低い草をさらさらと揺らした。
前方から響いてくる水音に向かって慎重に足を踏み出すと、杖の立てる音がコツコツと硬質に変化する。
どうやら今度の「夜」は真夜中の河原のようだ。
つい先ほどまで燦々と輝く太陽から逃れるように自室で独り立ち尽くしていた竹野は、今は光ひとつ見当たらない真っ暗な川辺で、虫の鳴き声に耳を澄ませていた。
今からおよそ8年前に販売が開始されたその缶詰は、日本では一般に『時缶』と呼ばれている。時缶の中にはとある日のとある場所に流れる時間が閉じ込められており、それを開けることで特定の時間を完全に再現することができる。
と言っても過去にタイムスリップできるというわけではなく、時缶の中に復元された世界に竹野の意識だけが入った形になる。彼の身体は今も自分の部屋から動いていないだろう。
夜は好きだ。
周りに広がる世界を、見たいと思わないで済むから。
川のせせらぎに身を委ねながら、竹野は暗闇で一人感じ入る。
特に用事がない日、彼は多くの時間を「夜」の時缶の中で過ごしていた。夜の森、夜の海、夜の住宅街。様々な場所で、誰にも邪魔されることなくただ聴覚や嗅覚、触覚を満足させることができた。
人と会って話すのが嫌いなわけでもないし、今更世界をこの目で眺められないことを嘆いているわけでもない。⑨
それでも、10年前までは確かに網膜に映っていた景色を思い出すとどこか切なく、ないものねだりをしたくなる自分がいた。
そんな時竹野は決まって、自らの願いから目を背けるかのように夜の闇に身を投じていた。
彼が失明したのはおよそ10年前、工場で働いている時だった。
まさに不注意としか言いようのないミス。寒い冬の朝で手がかじかんでいたのだ、としか思えないミスだった。竹野はもちろん、他の働き手たちもしたことのないような失敗で、細い鉄の部品が両方の眼球を大きく傷つけてしまった。⑧
せめて、と彼はたまに考える。
せめてもっと、どうしようもない不可抗力によって、誰も予想できないような事故や事件、病気なんかによって失明していたのなら、まだしもはっきりとした感情を抱けていたのかもしれない。
どうして自分がと泣き崩れたり、悲劇に負けるものかと生きる闘志を燃やしたり。③
それがこれじゃあな、と自嘲の笑みを浮かべながら、足元に転がる石らしきものを拾い上げると、川の方へ向かって放る。
ぽちゃん、とどこか間の抜けた音が虫たちの歌声に異なる調べを添えた。
肌に触れる湿気を含んだ風をどこかよそよそしく感じながら、竹野は別の石を手に取ると地面に押し当て、がりがりとくぼんだ線を引いていく。河原の土が石を握る指に何とも言えない奇妙な感触を残した。
戯れに自分の名前を書いてみようとしたけれど、ペンを手にすることすらほとんどないこの10年間は、彼に文字の書き方を忘れるさせるには十分だった。
代わりに日常生活で困らない程度に点字を習得したものの、以前のように本を読もうなどという気にはなれなかった。漢字を表す漢点字を覚える気が起きなかったことも理由の一つと言えるだろう。⑥
自分の名前になり損ねた線の集合を、なかったことにするかのように軽く手で払う。まったく、画数の多さを考えれば福笑いよりタチが悪い。もし誰かがここを通りかかって地面を見たとしても、子供の落書きのような謎の文字が書かれているとしか思わないことだろう。⑤
と、そこまで考えて竹野はふっと息を吐く。
心配せずとも、時缶の中に再現された世界に他の人が立ち入ってくることはない。もともと人がいることもない。
だからこそ彼はここで、見えないことが当たり前の世界で、ずっと何かを探し続けている、何故だかそんな気がしていた。
それは生きがいのようなものかもしれないし、没頭できる音楽かもしれない。もともと自分の中にあるものかもしれないし、目を開くことさえできれば足元に転がっているのかもしれない。
はるか昔に探し回った青い鳥のように、わかりやすい幸せの象徴があれば、私は満たされるのだろうか。
何も考えずに安らぐための時缶の中でそんなことに悩んでいる自分に少し苛立って、竹野はまたひとつ石を川に向かって放り投げた。
ガン
感情に任せて投げた石が立てた鈍い音を聞いて、彼はびくりと肩を震わせる。
バシャン
石にしては大きく重い水音がすると同時に、視界が再び白く染まって・・・
ガン
「いったたた…」
二度目の鈍い音は、慌ててバランスを崩した竹野が自室の壁に背中をぶつけた音だった。④
くそ、やってしまったと頭を抱えながら杖を探し、ベッドに腰掛ける。
種類にもよるが、一般的な時缶はおよそ2〜3時間で自動的に世界が消滅し、使用者の意識は現実の身体へと戻ってくる。
しかし今回竹野は、1時間足らずの「夜」しか体験できなかった。
直前に時缶の中で耳にした2つの音を思い返し、彼は眉間に皺を寄せる。
時缶のもうひとつのルールとして、再現された世界を壊してはいけない、というものがある。過去を忠実に再現した時缶は忠実さを失うとその効力をなくしてしまうため、下手に何かを傷つけると使用者は強制的に追い出されてしまう。
おそらく川のそばに立てられていた柵や看板の類いに石をぶつけて破損してしまったのだろう。石を動かしたくらいでは問題ないが、柵が壊れては取り返しがつかない、ということだろうか。
何にせよ、時間も時缶も限りがあるというのにもったいない。あの河原も気持ちが良かったが、また別の「夜」に浸ることにしよう。
そう思い、棚を開けて中を探っていた竹野の顔がくもる。どうやら「夜」はもう使い果たしてしまったようだ。「早朝」「真夏」「山頂」様々な缶はあれど、彼の欲する暗闇は、すぐには得られないようだった。⑩
なんとも間の悪い不運にがくりと肩を落とした竹野の耳にめがけて、AIスピーカーが留守電の存在を知らせた。
電話の主である彼の友人は、現在は時缶を製造する会社で若くして部長の肩書を持っている。そんなエリートが、どこか興奮を抑えるような口調で竹野を呼び出していた。
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「おう、竹野。久しぶりだな。」
友人の挨拶に曖昧に頷いた竹野は、この部屋まで案内してくれた若い声の社員に小さくお礼を言って向き直った。
「で、どうしたんだ。こんなところに呼び出して。」
彼は今、友人の勤める会社、つまり時缶を作る会社の応接室で友人と向かい合っていた。
都心にほど近いビルに位置する本社は人も部屋も多く、好んで訪れたいとは思えない。
それでも竹野が毎週のように夜に浸っていられるのは、この友人が善意で融通してくれているためなので、そうそう無下にもできなかった。
「あぁ、竹野に来てもらったのは他でもない、うちの時缶のことだ。ちょっとこれを見てくれないか。」
「見えないよ。嫌味か?」
「む、すまん。『これ』というのは俺が今持っている時缶のことだ。確認したいんだが、おまえが事故で失明したのは10年前であっているか?」
「そうだな、もうそんなになるか。あの頃から本当に世話になってるよ。厚かましいついでに頼みたいんだが、今朝がた「夜」を使い切ってしまったんだ。」
「手配しておこう。ま、それはいいんだが、聞いて驚くなよ、今おまえの目の前にある時缶はな、」
そこで友人は言葉を切る。
当然竹野に彼の表情は窺い知れないのだが、こんな風に意味ありげに間を取る時の彼はきっとにやりと笑っているだろうことが手に取るようにわかった。
「なんだ?一日中夜にいられる新製品とかか?」
「新製品?逆だよ、竹野。
これは時缶が発売される2年前、つまり今から10年前に作られた試作品なんだ。」
ひゅっ、と思わず息を吸い込む音が出た。
10年、前?彼が言わんとすることを理解した頭が、必死に感情の高ぶりを抑えている。
「なぁ、竹野。もう一度目を開いてみたくないか?」
時缶は、過去のある世界を忠実に再現する。建物も、風景も、そして使用者自身も。
使用者の意識は現在のものでも、時缶の中で再現される身体は、その缶が作られた世界での身体だ。
今日竹野が開けた「夜」は、2年前のとある日の河原を再現していた。ここ数年変化のない日々を過ごす彼にとっては大きな違いではないが、あの河原で石を投げていた彼の身体には、去年転倒してできた傷はなかったはずだ。
つまり、10年前の時缶に入るということは…
「だが、」
と一転不安げな口調で友人は言った。
「期待させるようなことを言って悪いんだが、この試作品は10年前のいつを再現しているのかわからないんだ。」
要するに、おまえが失明する前と後、どっちの世界を再現できるか確信が持てないんだ。
そう言ってため息をついてみせる友人に、竹野は恐る恐る問いかける。
「それを私に、使わせてくれるのか?」
「もちろんだ。もう一度おまえが光を見られることを願ってるよ。」
そしてその感動体験をぜひ我が社の宣伝に・・・と、本音を語り出す友人におざなりに頷きながら、竹野は緊張に震えていた。
ついに?ようやく?いや、こんなこと期待も想像もしていなかった。とっくに諦めていたことが唐突に叶えられる可能性を目前にして、はやる胸を何とか鎮めるので精一杯だった。
缶を受け取った竹野はふと、自分がずっと探していたものに想いを巡らせた。
たかだか2,3時間であっても、また空を、海を、人の顔を目に焼き付けることができるならば。何の前触れもなく全てを失ったあの頃に戻って、誠実に失い直すことができるならば。そのとき私は、探し物を見つけることができるかもしれない。何故だかそう思った。
椅子に深く座り、蓋の取っ手を持つ右手に力を込める。
事故よりも前の世界が再現されることを願って、真っ暗な世界に一筋の光がさすことを祈って、ふぅと息を強く吐くと、力任せに引き開けた・・・
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-
・・・なんだかいつもの何倍もの間、視界が白く染まっていた気がして、これもプロトタイプだからかと首を二度三度振ってみる。
いよいよだ、と期待と不安に苛まれる胸も、確かに10年という歳月を超えたのだとわかるほどの全身の違和感を彼に伝えていた。①
意を決した竹野は、思い切ってそのまぶたを開く・・・
・・・ことができなかった。
何度目元に力を込めてみても、閉ざされた暗闇の中から抜け出す術は見つからない。
いや、そんなばかな、私は、私はここで、生きる意味を、幸せを、青い鳥を…
カツン
顔を覆おうとした両手が、何か硬いものに触れて音を立てた。
ゆっくりと目元をなでまわした彼は、自分の両眼を塞ぐように金属とゴムの器具が装着されていることに気づき、血の気が引いた。
あの事故の直後、手術をした病院で巻いてもらった眼の固定具にそっくりだった。
ばん、と思わず立ち上がると、足に力が入らずよろめく。酔っぱらったかのように二歩三歩と進んだ先で、前に出した腕が偶然何かをとらえて体重をかけた。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、竹野は信じられない思いをもてあましていた。わかっていたはずだった。事故より前の世界である保証はないと。それでもなまじ期待が大きかっただけに、諦めたくなかった。目を貫く眩い光を。3時間の楽園を。
何かに縋るように顔を上げた彼の鼓膜を、甲高い音が刺激した。
ホー ホケキョ
ホー ホー ホケキョ
すっ、と胸に氷を押し込まれた心地がして、彼の腕はだらりと垂れ下がった。
あの日、事故が起きた日の凍えるような寒風を、庭の霜柱を思い出す。
冬だった。間違いなく。
ホー ホケキョ
唇を震わせる彼を嘲笑うかのように、春を告げる鳥は高らかに鳴いた。生暖かい風がそよそよと木々を揺らし、一枚の花びらが竹野の頬に落ちた。
あぁ、と彼はまるで他人事のように考える。
私は何も見られないのだ。この世界の美しさをこの目に焼き付けることは、もうできないのだ。
やはり何も求めず、見つけようとせず、ただ夜にこもっていればそれでよかったのかもしれないな。自重気味に微笑むと、竹野は自分が寄りかかる木、花びらを舞わせる大きな木に向かって手を伸ばす。
さよなら、10年前の私。
さよなら、目に映る全て。
さよなら、幸せの青い鳥。
彼は頭上の細い枝をゆっくりと掴むと、ぽきり、と弱々しい音を立てて、この世界を傷つけた。
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『簡易解説』
「時缶」を使って失明する前の世界を再現しようとした男は、ウグイスの声でそこが春だと知り、失明した後の世界だと確信する。
再び光を見ることを諦めた男は、「時缶」の世界の物を傷つけることで「現在」に戻ろうとした。
[編集済]
やはり、「マクガフィン」さんに特殊な世界観やアイテムを創らせるととんでもないことになると感じたネ。時缶というアイテムの存在する近未来と目が見えない男。特殊な設定で視覚が登場するといえば第21回の「大切なものは目に見えない」が思い出されるけど、それと共に第12回の「アンドロイドは月とすっぽんの夢を見るか?」も思い出させる「マクガフィン」さんのお家芸の二段階回収。所感を200文字には収めがたい作品だネ。 [正解]
・・・おかしい。
竹野は一人つぶやいた。
木の枝を確かに折ったというのに、時缶から追い出されるどころか視界が白く染まることすらない。
目が開けないことよりもさらに不可思議な状況に、彼は思わずその場にへたりこんだ。
その時、ありえない音が聞こえた。
「あ、ちょっと、梅の枝を折っちゃ困りますよ!」
女性の声、のように聞こえるが、そんなはずがない。時缶の中に他者が存在するはずがない。
さらなる混乱の極地に立たされた彼に、謎の女性はどこか聞き覚えのある声で話しかけた。
「竹野さんでしたか。ようやく目を覚まされたんですね。今日中には意識を取り戻すだろうって聞いたので、中庭に連れてきて差し上げましたよ。」
「意識を…取り戻す…?」
おうむ返しにした彼に、女性はくすりと笑ってみせた。
「混乱なさって当然ですよ。きちんとご説明しますね。」
そう言うと彼女は、ゆっくりと、何故だか懐かしい口調で話し始めた。
時缶の試作品を使用した男性、つまり竹野が3時間を大幅に過ぎても目を覚まさなかったこと。
慌ててその試作品を調査したところ、中は空っぽで、何もない世界に竹野の意識だけを中に閉じ込めてしまったこと。
意識のない竹野の身体は病院に運び込まれ、生命維持装置に繋がれていたこと。
「先ほどの様子を見るに、竹野さんの感覚上ではここは10年前の世界のようですが、」
彼の眠っていた病院に勤める医師だという彼女は、どこか得意そうに言った。
「10年前の世界を再現するはずだって時缶は竹野さんの意識を10年間奪ってしまいました。つまりここは、あなたからすれば10年後の世界、ということになります。」
なおも戸惑いを隠せない竹野の顔を見て彼女は、あ、と驚いたような声を上げた。
「そういえば、竹野さんの固定具、外してませんでしたね。」
そう言うとじりっ、と一歩にじり寄り、彼の後頭部に手を回した。カチ、という何かが外れたような音がして、突如真っ暗だった視界がほのかに赤く姿を変えた。
「さあ、目を開けてください、竹野さん。」
え、と間の抜けた声を出した彼の肩に手を置くと、彼女は竹野を落ち着かせるように一言一言はっきりと伝えた。
「この10年で医療技術も進歩しました。意識のなかったあなたの眼は、私たちが治したんですよ。」
だから安心してください、という言葉は最後まで彼の耳に届いていただろうか。
ぎこちなくまぶたを持ち上げた彼の視界に、突然色とりどりの光が飛び込んできた。
それがあまりに鮮やかで、その動きがあまりに軽やかで、竹野は思わず目をつむる。
再びゆっくりと目を開けた彼の前には、優しげな笑みをたたえる白衣の女性が足をそろえて座っていた。
彼女は竹野の背後を指差し、楽しげに言った。
「ほら、見てくださいよ。ここの庭、梅の花が綺麗でしょう?」
10年ぶり、いえ、20年ぶりの梅の花はいかがですか?
その言葉は確実に、彼には届いていなかった。
あれが花だ。あれが空だ。あれが雲だ。
地面に長い影を落とす建物でさえも、彼がこの10年思い描いてきたものより、何倍も美しく見えた。
ひゅう、と大きく息を吸い込むと、もう何も聞こえなくなった。目に映る全てのものを一つたりとも見落としたくなくて、彼は瞬きを懸命にこらえる。
どれくらいそうしていただろうか、微笑んだ彼女に肩を叩かれて竹野は振り返る。
「竹野さん、10年ぶりに見る自分の顔って、一体どう見えるんでしょうね?」
そう問いかける彼女の手には大きめの手鏡が握られていた。
そこに映る男の顔は、頬がこけ、肌は荒れ、髪はぼさぼさ。それでもその瞳だけは、長い時を超えて光を得た2つの瞳だけは、見たことがないほど輝いていた。
「ありがとう…ございます…」
途切れ途切れにそうつぶやくのがやっとだった。それは彼女への感謝なのか、神様への感謝なのか、この美しい世界への感謝なのか。それは彼自身にもわからなかったが、今は目を閉じなければいけないことははっきりとわかった。②
そうしなければ、10年ぶりに潤んだ眼の奥から、大切なものが溢れてしまいそうな気がして。せっかくの光に満ちた世界が、涙でぼやけてしまいそうな気がして。
目が見えなかったことが全てじゃない、と彼は胸の奥で思う。見えなかったからこそ、そして再び見ることができたからこそ、この輝く世界の美しさを知れた。
もしまた真っ暗な世界に陥ることがあったとしても、もう大丈夫だろうと思う。そんなことは本質じゃないとわかったから。光を映さない瞳の周りにも、同じように光あふれる世界が広がっているとわかったから。
子どものように涙を拭う彼に、不意に声色を変えた彼女が呼びかけた。
「竹野くん、」
竹野くん?
またしても混乱が生じた彼の胸をじっと見つめて、彼女は再び口を開く。
「幸せの青い鳥は、もう見つかった?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女の胸に揺れるプレートには、『羽田満流』と、ただ名前だけが記されていた。
[編集済]
Σd(°∀°d)オウイエ [正解]
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木漏れ日すら許さないほど鬱蒼と茂った深緑の小道を、少年と少女は手を繋いで歩いていた。外界から隔絶されたように静まり返ったこの森は、肌寒い冷気に包まれて人を遠ざける。
見つけた人には幸せが訪れる、幻の青いウグイス。
そんなどこにいるとも知れない鳥を探して、2人は森をひた歩いていた。不安そうな少女に少年が声をかけた時、森の奥から鳴き声が響いた。
ホー ホケキョ
少年の方をぱっ、と振り向いた少女は、
「きこえた!ウグイスの声!あっち!」
そう叫ぶと躊躇うことなく走り出した。
慌てて後を追おうとした少年は、ふと立ち止まって近くの木の枝をぽきりと手折る。
彼が後ろを振り返ると、同じように枝の折れた木々が一直線に連なっていた。
「よし、これで枝の折れた木を順に通って帰れば道に迷わないな。」
そう小さくつぶやいた少年は、離れていく少女の背中を追って駆け出す。
「待ってよ、ミチル!」
2人の声が遠ざかる小道に、ただ梅の枝だけが取り残されていた。
【終】
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『簡易解説』
幸せの青いウグイスを探して森を歩いていた少年は、ウグイスの鳴き声を聞いて自分の進む方向を決めることができたため、帰るときの目印としてそばにあった梅の木の枝を折った。
[編集済]
(╯⊙ ω ⊙╰ ) [編集済] [正解]
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タイトル:泣くぞウグイス虫の雨(※虫あり閲覧注意)
日付:3/15(月)
皆さんこんにちは!
だいぶ暖かくなって、過ごしやすくなりましたね。
今年も庭の梅の木は満開です。
いやぁ春ですねぇ。①(2)
➡写真を挿入:梅の木A
オラわくわくしてきたぞ!いっちょお花見すっか!
と縁側に行きますと、
・
・
・
虫のバラバラ死体が。
➡写真を挿入:残骸
ぎゃあああああああΣΣ(゚д゚lll)
しかも、よくみると文字の様に見えます。⑤(19)
➡写真を挿入:虫文字?
こ、これは虫達による命懸けのダイイングメッセージ・・・?
と考えていると、
・
・
・
ホーホケキョ
いや犯人お前かーい(*´Д`)ノ
コメント2件
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タイトル:ウグイス危機一髪
日付:3/17(水)
頭上でウグイスが食事をしているらしく、
その残骸が降ってきたようです。
コンニャロ~と追い払おうとしたところ。。。
➡写真を挿入:ウグイスの巣と雛
あら、こんにちは(;・∀・)
コメント3件
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タイトル:ウグイス危機一髪2
日付:3/17(水)
はい、というわけで。
ウグイス、絶賛子育て中でした。
もちろん邪魔はしたくないのですが、
位置的に、給餌の残骸が降ってくる( ´д`ll)
うーんどうしよう。
ヘタに触るのも怖いし。。。
少し考えてみます。
P.S.
皆さまコメントありがとうございました。
相談のため、写真を持って役所へ行ってきました。
担当の方にお話を聞くと、
・少しの変化でもストレスになる
・人間の手が入ると自然界で生きていけなくなる
・出来れば触らない方が良い
ということでした。
とりあえず虫よけネットを張って、しばらく様子を見ようと思います。
コメント8件
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タイトル:得意科目は図工でした
日付:3/21(日)
ドン!
➡写真を挿入:大工道具
ドドン!
➡写真を挿入:日曜大工の本
はい、というわけで。
巣箱つくります巣箱。
・・・はい、すみません。説明します。
まずウグイス達ですが、元気でやっています。
しかも、虫もほとんど降ってこなくなりました!
どうやらあの後、親鳥が巣を補強したようです。
➡写真を挿入:ウグイスの巣・補強後
とりあえずはホッと一安心ですね。
・・・で、しばらく彼らを観察していて思ったのです。
野鳥って。。。イイな。。。(´∀`*)
こう、表情はよめないかんじなんですが、⑥(22)
その裏に、母性や野生のたくましさを感じさせる瞬間があるのです。
今は不審者の如く遠巻きに観察しているのですが、
出来れば近くで見たい!ということで、
カメラ付きの巣箱をつくることにしました。
➡イラストを挿入:完成予想図
何とか今日中に完成させようと思います。
よーし燃えてきた!③(5)
今こそ、図工A評価の実力を見せるときじゃあ!
コメント5件
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タイトル:得意科目は図工でした2
日付:3/21(日)
えー、ご報告が二点あります。
一点目は、
巣箱が無事に完成しました!
じゃーん
➡写真を挿入:巣箱
二点目は、
腰の骨を折りました!
じゃーん
➡写真を挿入:患部
脚立に上って作業をしていたのですが、
うっかりバランスを崩しちゃいました。④(15)⑧(28)
色々あって、巣箱の設置は後日になりそうです。
楽しみにしてくださった皆さま申し訳ありません。
コメント9件
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タイトル:ほーほ兄今日
日付:3/23(火)
いきなり無理やりなタイトルですみません(;^ω^)
本日もご報告が二点。
一点目は、
あのウグイス達が巣立ちました!
いつものように様子を確認すると、
あれ、いない!?(;゚Д゚)
という感じで、気づいたら居なくなっていました。
うーん、巣立ちの瞬間を見たかった(´・ω・`)
➡写真を挿入:もぬけの殻
それに関連して二点目のご報告です。
巣箱を設置してきました!
というのも、
場所は例の梅の木にしようと思っていて、
ウグイスたちが巣立つまで待っていたのです。
そして、事情を聞いた兄が助っ人に来てくれました!
持つべきものは兄弟ですね。
さっそくお願いしてきます。
兄「よう、大丈夫か?」
私「大丈夫。じゃ、巣箱の設置頼んでいい?」
兄「わかったわかった。後で怪我の具合も聞かせてくれな。」
快諾も頂いたところで、設置に移りましょう。
また皺が増えたと鏡の前で眉間を押さえる兄を連れ、梅の木へ。②(3)
最近苦労が多いのでしょうか、心配です。
・
・
・
さあやって来ました梅の木。
➡写真を挿入:梅の木B
作戦としましては、
梅の木に紛れ込ませるように設置しようと思います。
梅の美しさに惹かれるという心理を利用するのです。
それと、ウグイスたちが巣立ったので、
巣があった枝は折っておきます。
また虫の雨は勘弁です(;^ω^)
兄の力と、
➡写真を挿入:設置
私の力で、
➡写真を挿入:応援
設置完了です!
➡写真を挿入:設置完了
さあ、どんな野鳥がくるでしょうか。
お楽しみに!
コメント7件
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タイトル:新たな出会い
日付:3/25(木)
巣箱にお客さまがいらっしゃいました!
こちらです!
➡写真を挿入:二代目ウグイス
な、な、なんと!
まさかのウグイス二世帯目!
梅にウグイスとはよく言ったものです。
その時の写真もあるのでどうぞ。
巣箱を発見したウグイス。戸惑っているようす。
➡写真を挿入:発見ウグイス
しばし迷っていたが、恐る恐る中へ。様子を確かめている。⑦(26)
➡写真を挿入:侵入ウグイス
しばらくすると視察が済んだのか帰っていく。
➡写真を挿入:帰宅ウグイス
夜通し見ていましたがその日は帰ってきませんでした。⑩(35)
まだどうなるか分かりませんが、
気に入ってくれたらうれしいなあ、と思います。
巣箱の観察はこれからも続けていくので、
今後ともよろしくお願いします!
P.S.
ご意見ありがとうございます!
確かに音声もあると良いですね。
録音機やカメラ等の設置も検討してみます。
また兄に登ってもらうことになりそうですが(;^ω^)
コメント7件
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◆簡易解説
男の家には立派な梅の木がある。
そこでウグイスが子育てをしていたため、男の家に餌となる虫の残骸が降ってきていた。
しばらくのちヒナが巣立ったのを確認すると、同じことが起きないようにその位置の枝を折ってしまった。
あと、男はバードウォッチングにはまったらしい。
尾張…じゃなくて終わり
ブログというのは盲点だったネ。一人称での文章を違和感なくスラスラと読むことのできるこの書き方は、ところどころに挟まれる顔文字とともに語り部の人間味を感じさせる素晴らしい書き方だと感じたヨ。また日付と内容を書く都合上、必然的にいつ何が起こったのかが明確になる形だから、読み手にも時系列と共に出来事をスムーズに理解させることのできるいい方法だと思ったヨ。ウグイスのその後も気になるいい終わり方だネ…
これ以降の作品はロスタイムとして受け付けるから、間に合わなかった人も気兼ねなく気楽に投稿してネ~
こちらが投票会場だヨ。
https://late-late.jp/enquete/show/266
むかしむかしあるところに、照と空という名前の人間が居ました。彼らは全くと言っていいほど正反対でしたが、二人の仲は良いものでした。―
「まぁた盗みかよ。」
「仕方ないでしょ?照兄さんがやってる農作業の手伝いは冬になったら出来ないんだから。」
「分かってっけどなぁ」
「そもそも金が足りないのはあいつらが重い税を課して搾り取ってくるからだよ?取られた分を返してもらってるだけ。それに」
「今まで何度もやって来たんだからもう一度やったって変わらない➈(30)、だろ?」
「よろしい。それでは今回の本命を発表しまーす。」
説明を聞き終えた俺はとりあえず寝ることにした。なんとか覚えたが頭がショートしそうだ。寝てる間に勝手に脳が整理するから馬鹿な照兄でも大丈夫だの何だの言ってくれたが、比べる奴が間違ってんだよなぁ。
その晩、妙な夢を見た。
赤ん坊が化け物に食われた。しかも、その赤ん坊に化けやがった。奴が少しずつ近づいて来る。あぁ…来るな…来るな!
何重にも被っていた布団も意に介さず飛び起きた。寒いのに額の汗は止まらず、大きく呼吸をする度に冷たい空気が肺を刺す。と同時に夢の内容も薄れていく。あの赤ん坊、どっかで見たような…
呼吸が整い、正気に戻る。額の汗を拭きながら、周囲を見回す。同じ布団で寝ているはずの空がいない。厠にでも行ったのか?見られたらからかわれるだろうから、タイミングが良かった。明日の計画にも支障が出るだろうし、さっさと寝てしまおう。
その後、あの夢を見ることはなかったが、一度見てしまったせいだろうか。少し体が重い。動けないことはないので、まぁ大丈夫だろう。
「あんたら、まだ一緒に寝とるんかぁ。もういい年やから分けてもええと思うが」
「一緒の方が温かいし場所の節約にもなるから大丈夫だよ、婆ちゃん。」
「まぁ無理にとは言わんよ。それにしてもあんたらはよく似とるねぇ。血がちゃぁんと繋がっとるって感じがするねぇ。」
「血が繋がってなかったとしても、同じ場所で生きていれば結構似るものらしいですよ?」
「へえ。よぅそんなこと知ってんねぇ。」
そうだ。空はあまり外に出向くこともなかったはず。その割に色んなことを知ってるのは何故だ?
「照、あんたも見習いなよ。照?」
「―あ、あぁ。なんだって?」
「ぼうっとしてないでしゃんとしなって言ったんだよ。春になったらまたよろしくねえ」
あっはっはと笑いながら婆ちゃんは装った飯を差し出してくる。それを受け取りながら今日決行する計画を思い出す。
(今回の目的は八咫鏡。直接見ると目が潰れる、なーんて言われている三種の神器の一つだよ。今の天皇が病気だから、跡継ぎが産まれた後すぐに代替わりの儀式をする為に御所の中に運び込まれたみたい。)
(盗りに入るのは夜、日が昇る前に終わらせよう⑩(35)。今日は新月だからあまり目立たないはず。)
煌々と燃える一番星が顔を出す頃➂(5)、俺は準備を終えて目的地へと向かった…
(門番は時によって違うけど大体四、五人。練度はそこまで高くない。強い奴は天皇の近くに配置されてるからね。殺したくないんだったら手加減しながら一人ずつ、確実に気絶させること。侵入がバレたら結構きついと思う。)
門の前は二人立っていた。
一人目の顎を叩き、脳を揺らす。気付いた二人目が叫ぼうとしたので首を折らないようゆっくりと首を締める。
扉を叩いた後、跳躍し屋根に乗る。扉に気をとられた三人目は一旦放っておき、もう一人を後ろから口を塞ぎ、えー…なんとか脈を抑え失神させる。振り返った四人目の…みぞおち?に蹴りをかます。
全員の気絶を確認して、次に向かうと。あからさまに手加減しなくても死なないのは良いが、いつもより疲れるな。
(ここの廊下は鶯張り、つまり踏んだら音が鳴るよ。ただ、端は踏んでも鳴らないみたいだから、つま先歩きで進んでね。端の硬いところがない所は、出来るだけゆっくり歩くようにね。)
これが大分きつい。調子は悪化していくし、そもそもつま先立ちを保ち続けるのがつらい。
一旦休憩だ。ゆっくり、ゆっくりかかとを…おろす…
キィーギシッ!!
クソッ!
思わず舌打ちしてしまいながら、必死に頭を回すが、打開策が全く思いつかない。どうすれば!
縄張りに侵入されたことに気付いた鶯の鳴き声がだんだんと大きく耳を打つ。
警備兵が着くまで後三十秒。
庭に植えられた梅の木から枝が折れる音と共に見覚えのある顔が音もなく隣に降り立つ。
(空、お前がなんでここにいんだよッ)
(とりあえず質問は後、そうだね、外に逃げたぞーって叫んで)
「――侵入者だー!!外に逃げたぞー!!」
(とりあえずここを離れよう。こっちには人がいないみたい)
俺の手を引きながら空は後ろにある襖を開け、入って閉じる。
あら。誰か来たようね。夕餉は必要ないと言っておいたはず。皇后様の嫌がらせかしら…
(調子が良くないように見えて心配だったから見てたの。そしたらお困りみたいだったから、つい)
(…まぁ助かった。ありがとよ。)
私は意を決し、強く告げる。
「どなたかしら?今は誰も来ないようにと言ったでしょう」
(いるじゃあねえかよッ)
(気を付けて。この人、全く気配がしなかった。)
何か話しているわ。そういえば先ほどから騒がしいし。盗人かしら。もしそうなら人を呼ぶ?いや、いっそ…
そんな考えは、彼らの顔を見た瞬間に吹き飛んでしまった。
「あの、安心して。ここならしばらく誰も来ないから。代わりに、少しお話に付き合って?今はお化粧が崩れてるから、直接顔を合わせられないのだけど。」
「え?」
「―分かっ、りました。」
「え?」
「…ということ、です。」
どうしてここに入って来たのか。今までどんな生活をしていたのか。慣れない敬語を使いながらだったが、あらましを話し終えた。
首を少し右に動かすと、空から睨まれているのが見えた。
とりあえずそっぽを向いておく。
彼女はそんな俺たちの様子を伺い見て、笑った気がした。
「付き合ってくれてありがとう。そろそろ警備も油断する頃でしょう。夜も更けて来ましたから。」
「あ、えーと、はい」
「また会えることを願っています。…ごきげんよう」
(照兄さんったら、綺麗な人だからって―)
(ん?顔はほとんど見えなかったぞ?大分暗かったし)
(雰囲気だよ!雰囲気!いい人?だったから良かったものの、人を呼ばれたらどうするつもりだったの?)
(言うこと聞かなきゃ呼ばれてたかもしれねぇだろ?)
(うっ…まぁそうなんだけどさ、とにかく!言いたいのは油断しすぎってことだよ。)
俺たちはそんなことを言い合いながらついに宝物庫に辿り着いた。そういえば空はやけに元気だな。
(鍵開けするから照兄さんは、ってそうだ)
(どうした)
(名前だよ名前。さっきの人にバレてたでしょ?顔を見られたやつはこっちからも分かるから始末できる。でも、名前は聞かれたかどうか分からないこともあるから偽名を使った方が良いね)
(なるほど。じゃあどうすんだ?)
(まぁシンプルなのでいいかな。兄さんがショウで、兄さんはクウって呼んで)
(へーい、で、鍵開け終わったか)
(終わったよ)
立ち上がる空に手の平を差し伸べ、それ自体の重さで軋む扉をゆっくりと引き開ける。
高めに作られた格子窓から星明かりが差し込み、視界はさほど悪くはない。
(ショウ、鏡あったよ。)
そう言って空が鏡を差し出して来る…って!直接見ちゃ駄目じゃあねぇか!慌てて目を瞑ると②(3)クスクスと笑い声が聞こえるので思い切って目を開けるが、目が潰れる…なんてことはなかった。
(ショウ、覚えてたんだねーあの冗談。)
(冗談かよ…)
(まぁそういう噂があるって話。十中八九嘘だとは思ってたけど)
悪びれない空にため息をつきながら、本命のお宝ー八咫の鏡に目を向ける。
なんかの金属で出来た鏡だ。
まぁ鏡ってだけで相当高値なのは分かる。ただ神器と言うには地味な気がするが…ん?
鏡の裏…地の面にも文字が刻まれてあるが…分からん⑤(19)。
とりあえずそこら中にある他のものも袋に詰め込んでいく。
くさなぎの剣も同じ金属で出来ているみたいで、地味な印象を受けるこれにも何か刻まれている…漢字か⑥(22)…?
八尺…かにの?勾玉は白っぽい変な形の石だった。穴の部分にこれまた同じ金属の紐が通されている。これもあまり目立たない。紐をとって外の玉砂利と混ざれば見つけるのは困難だろう。
ただ、持っていると不思議と怠かった体が軽くなって行くのを感じる。右の手首に嵌めておこう。
外から鐘の音が聞こえる。そういえば今日は大晦日か。罰当たりだな…
そんなことを考えていた照は、鏡をひっくり返したりして何か考えていた風の空がぶつぶつと呟いたことに気付かなかった。その時、鏡からじわじわと闇が広がって周囲のものを取り込みながら広がっていく。一番近くにいた空のことも。照は慌てて空の手を掴んで引き寄せるがその闇は照をも呑み込み、視界が暗転する。
あ痛た…背中から叩きつけられたものの④(15)、抱えていた空はどうやら無事のようだ。周囲は
お宝もあらかた一緒に来たらしく、壊れたりしてはいないようだ。
持ち物を確認すると、いつの間にか左手に黒っぽい石を持っていた。
あの勾玉に似た形だ。
「要すむかしむかしあるところに、照と空という名前の人間が居ました。彼らは正反対と言っていいほど真逆でした。
「まぁた盗みかよ。」
「仕方ないでしょ?照兄さんがやってる農作業の手伝いは冬になったら出来ないんだから。」
「分かってっけどなぁ」
「そもそも金が足りないのはあいつらが重い税を課して搾り取ってくるからだよ?それ
に」
「今まで何度もやって来たんだからもう一度やったって変わらない➈(30)、だろ?」
「よろしい。それでは今回の本命を発表しまーす。」
説明を聞き終えた俺はとりあえず寝ることにした。なんとか覚えたが頭がショートしそうだ。寝てる間に勝手に脳が整理するから馬鹿な照兄でも大丈夫だの何だの言ってくれたが、比べる奴が間違ってんだよなぁ。
その晩、妙な夢を見た。
赤ん坊が化け物に食われた。しかも、その赤ん坊に化けやがった…
夢見が悪かったせいか少し調子が悪いが、動けないことはない。まぁ、大丈夫だろう。
ところであの赤ん坊、どっかで見たような…
「あんたら、まだ一緒に寝とるんかぁ。もういい年やから分けてもええと思うが」
「一緒の方が温かいし場所の節約にもなるから大丈夫だよ、婆ちゃん。」
「まぁ無理にとは言わんよ。それにしてもあんたらはよく似とるねぇ。血がちゃぁんと繋がっとるって感じがするねぇ。」
「血が繋がってなかったとしても、同じ場所で生きていれば結構似るものらしいですよ?」
「へえぇ。よぅそんなこと知ってんねぇ。」
そうだ。空はあまり外に出向くこともなかったはず…その割に色んなことを知ってるのは何故だ…?
「照、あんたも見習いなよ。照?」
「あ、あぁ。なんだって?」
「ぼうっとしてないでしゃんとしなって言ったんだよ。春になったらまたよろしくねえ」
あっはっはと笑いながら婆ちゃんは装った飯を差し出してくる。それを受け取りながら今日決行する計画を反復することにした。
(今回の目的は八咫の鏡。直接見ると目が潰れる…なんて言われている三種の神器の一つだよ。今の天皇が病気だから、跡継ぎが産まれた後すぐに代替わりの儀式をする為に御所の中に運び込まれたみたい。)…
(盗りに入るのは夜、日が昇る前に終わらせよう⑩(35)。今日は新月だからあまり目立たないはず。)
煌々と燃える一番星が顔を出す頃➂(5)、俺は準備を終え、目的地へと向かった…
門の前に二人立っている。
(門番は時によって違うけど大体四、五人。練度はそこまで高くない。強い奴は天皇の近くに配置されてるからね。殺したくないんだったら手加減しながら一人ずつ、確実に気絶させること。侵入がバレたら結構きついと思う。)
一人目の顎を叩き、のーしんとー?を起こす。気付いた二人目が叫ぼうとしたので首を折らないようゆっくりと首を締める。
潜り戸を叩いた後、跳躍し屋根に乗る。戸に気をとられた方は一旦放っておき、三人目の…みぞおち?に屋根から飛び降りながら蹴りをかます。振り返ろうとする四人目の後ろから口を塞ぎ、えー…なんとか脈を抑え失神させる。
全員の気絶を確認して、次に向かう…と。やはりいつもより動きが鈍っている。昼時ぐらいの調子ならもっと早く終わらせられたんだがなぁ…
(ここの廊下は鶯張り、つまり踏んだら音が鳴るよ。ただ、端は踏んでも鳴らないみたいだから、つま先歩きで進んでね。端の硬いところがない所は、出来るだけゆっくり歩くようにね。)
これが大分きついな…調子は悪化していくし、そもそもつま先立ちを保ち続けるのがつらい。一旦休憩だ。ゆっくり、ゆっくりかかとを…おろす…
キィーギシッ!!
クソッ!
思わず舌打ちしてしまいながら、必死に頭を回すが、打開策が全く思いつかない。どうすれば…!
縄張りに侵入されたことに気付いた鶯の鳴き声がだんだんと大きくなる。(問題文)
庭に植えられた梅の木から枝が折れる音と共に見覚えのある顔が音もなく隣に降り立つ。
(空、お前がなんでここにいんだよッ)
(とりあえず質問は後、そうだね、外に逃げたぞーって叫んで)
「…侵入者だー!!外に逃げたぞー!!」
(とりあえずここを離れよう。こっちには人がいないみたい)
俺の手を引きながら空は後ろにある襖を開け、入って閉じる。
誰か来た?夕餉は必要ないと言っておいたはず。本妻様の嫌がらせかしら…
(お困りみたいだったから、つい)
(まぁ助かった。ありがとよ。)
私は意を決し、強く告げる。
「どなたかしら?今は誰も来ないようにと言ったでしょう」
(いるじゃあねえかよッ)
(気を付けて。この人、全く気配がしなかった。)
何か話しているわ。そういえば先ほどから騒がしいし…盗人かしら。もしそうなら人を…いや、いっそ…
そんな考えは、彼らの顔を見た瞬間に吹き飛んでしまった。
「あの、安心して。ここならしばらく誰も来ないから。代わりに、少しお話に付き合って?今はお化粧が崩れてるから、直接顔を合わせられないのだけど。」
「え?」
「…分かっ、りました。」
「え?」
「…ということ、です。」
どうしてここに入って来たのか。今までどんな生活をしていたのか。慣れない敬語を使いながらだったが、あらましを話し終えた。
空に睨まれてる。めっちゃ睨まれてる。
なんかお前と雰囲気が似てたんだよ!この人も体弱そうだし。え?駄目だって?
とりあえずそっぽを向いておく。
彼女はそんな俺たちの様子を伺い見て、笑った気がした。
「お話してくれてありがとう。そろそろ警備も油断する頃でしょう。夜も更けて来ましたから。」
「あ、えーと、はい」
「また会えることを願っています。」
(照兄さんったら、綺麗な人だからって…)
(ん?顔はほとんど見えなかったぞ?大分暗かったし)
(雰囲気だよ!雰囲気!いい人?だったから良かったものの、人呼ばれたらどうするつもりだったの?)
(言うこと聞かなきゃ呼ばれてたかもしれねぇだろ?)
(うっ…まぁそうなんだけどさ。とにかく!言いたいのは油断しすぎってことだよ。)
俺たちはそんなことを言い合いながらついに宝物庫に辿り着いた。そういえば空はやけに元気だな。
(鍵開けするから照兄さんは…ってそうだ)
(どうした)
(名前だよ名前。さっきの人にバレてたでしょ?顔を見られたやつはこっちからも分かるから始末できる。でも、名前は聞かれたかどうか分からないこともあるから偽名を使った方が良いね)
(なるほど。じゃあどうすんだ?)
(まぁシンプルなのでいいかな。兄さんがショウで、兄さんはクウって呼んで)
(へーい、で、鍵開け終わったか)
(終わったよ)
立ち上がる空に手の平を差し伸べ、それ自体の重さで軋む扉をゆっくりと引き開ける。
高めに作られた格子窓から星明かりが差し込み、視界はさほど悪くはない。
(ショウ、鏡あったよ。)
そう言って空が鏡を差し出して来る…って!直接見ちゃ駄目じゃあねぇか!慌てて目を瞑ると②(3)クスクスと笑い声が聞こえるので思い切って目を開けるが、目が潰れる…なんてことはなかった。
(ショウ、覚えてたんだねーあの冗談。)
(冗談かよ…)
(まぁそういう噂があるって話。十中八九嘘だとは思ってたけど)
悪びれない空にため息をつきながら、本命のお宝ー八咫の鏡に目を向ける。
暗い青緑に独特な光沢のある金属で出来た鏡だ。
まぁ鏡ってだけで相当高値なのは分かる。ただ近くにあるものと比べると神器と言うには地味な気がするが…ん?
鏡の裏…地の面にも文字が刻まれてあるが…分からん⑤(19)。
とりあえずそこら中にある他のものも袋に詰め込んでいく。
草なぎの剣の形はなだらかな反のある刀だ。同じ金属で出来ていて地味な印象を受ける。これにも何か刻まれている…漢字か⑥(22)…?
八尺かにの勾玉は、日陰から日向を見た時のように、光があることは感じるがこちらに来ることは無く、その部分だけ塗りつぶしたように白い、変な形の石だった。穴の部分にこれまた同じ金属の紐が通されている。
ただ、持っていると不思議と怠かった体が軽くなって行くのを感じる。右の手首に紐をニ、三度ほど捻り嵌める。
外から鐘の音が聞こえる。そういえば今日は大晦日か。罰当たりだな…
そんなことを考えていた照は、鏡をひっくり返したりして何か考えていた風の空がぶつぶつと呟いたことに気付かなかった⑧(28)。その時、鏡からじわじわと闇が広がって周囲のものを取り込みながら広がっていく。一番近くにいた空のことも。照は慌てて空の手を掴んで引き寄せるがその闇は照をも呑み込み、やがて何も見えなくなる。
あ痛た…
しばらくの浮遊感の後、背中から叩きつけられたものの④(15)、抱えていた空はどうやら無事のようだ。
空は気を失いながらも、鏡をしっかりと持っていた。鏡にはさっきまでいた宝物庫の天井が映っている。ここは言うなれば、鏡の中の世界ってところか。
周囲は灰色の硬い地面で遠近感が狂いそうだ。空も灰色で、黒い月が瞬いている。こういうのを黒光りするって言うんだったか?
また、他にもいくつか光っている物がある。星かと思ったが、すぐ近くにあるものを確認したところ、おそらく鏡みたいだ。向こう側ーおそらく元いた世界ーを映しているようだが、あの月も、もしかしたら鏡かもしれないな。それにしても何かに見られているようであまり居心地は良くないな…
お宝もあらかた一緒に来たらしく、どれも壊れたりしてはいない。袋の底に敷いた柔らかい布のお陰だ。取り出して地面に敷き、底に空を寝かせる。
見つからなかったのは八尺瓊勾玉くらいだ。紐は嵌まったままなのにどうやって取れたのやら。
持ち物を確認すると、いつの間にか左手に真っ黒な石を持っていた。光沢の無い全てを呑み込むような黒だ。
あの勾玉と形は同じだが、色が正反対なのもあって、全く違うもののように感じるな。
と、つまんであちこち眺めていたのだが、突然指先が弾かれる。
カン、カンと金属同士のぶつかるような音を立てて空の方へと転がっていく。
そして空の額に溶けるように吸い込まれていった。
照は驚き、目を見開く。そして、空ではない何かが目を覚ます。
「おはよう、照。」
欠伸をしながら伸びをして、話しかけて来る。
見た目は空だ。そして空のような喋り方。さっきの光景が嘘のようだが、黒い石は手元から失くなっている。警戒をしていると、奴が突然笑い出した。
「流石に引っかからないか。やぁ、照。直接話すのは初めてだね。」
「――お前は一体誰なんだ?」
「ショゴス、って言っても分からないか。今じゃ僕はショゴスとしても大分異質だし…そうだ、空からは虚と呼ばれてるよ。君もそう呼んだら?」
「とりあえず君達に会うまでの話からしようか。ティンダロスというもう一つこんな感じの世界があると考えるといいよ。そこには四つ足の生物がいる。猟犬なんて呼ばれることもあるかな。」
「あいつらは陽の気を持つもの、僕たちを作った奴らや人間なんかを襲う。それに対抗して僕らが作られた。僕らの半分は地球、君達のいたところに、そしてもう半分はこの世界で四つ足共と戦っていたんだけど、突然大群がここに押し寄せて来た。僕以外の全員を引き換えに奴らの三分の一ほどを倒し、僕は応援を呼ぶ為に外に出たとき、凄く強大な力を感じた。力を取り込み鏡から出てくる奴らを潰してしまおうと思って見つけたのが死にかけの君だった。取り込もうとした途端君の力が強すぎて僕が消えそうになったよ。」
「僕は必死で力を外に流した。力は僕と君を癒し、近くに居たあいつらを全滅させた。そして気がついたら景色も変わっていたのさ。後で近くに落ちていた四つ足の死体を調べて分かったけど、四つ足の持っている角は魔力を込めると時間移動を可能にする力があるみたい。」
「なるほどな。要するに助けてくれた訳だ。貰った恩は返したい。」
「君達がいなかったら僕も死んでただろうし、気にしなくても良いんだけど…」
虚は皮肉ったような笑みを引っ込め、真剣な顔で続ける。
それでも僕のお願いを聞いてくれるんだったら。この世界の皆、ひいては僕の為に。
―君を殺していいかい?
「四つ足の角が使えるのは後一度きりだ。このまま戦えば僕達は死ぬだろうし、ティンダロスのやつらは習性としてこの世界の時間の流れを管理してるから、仮に勝ったとしても全滅させると面倒なことになる。」
「奴らの一番の狙いは君だ。君は陽の気が随分と強い。ティンダロスの王、ミゼーアに匹敵する程に。だから君達を連れて時間移動をするときに、ティンダロスの存在するとがった時間を横切るんだけど①(2)、それで目をつけられたんだろうね。」
「解決策は移動する前に君を殺す。他の方法も思いつく限り試したけど失敗に終わったよ。これが一番確実だ。空は君のことを殺すなんて出来ないし、出来たとしてもやらないだろうから僕がやる。」
「それで、俺を殺すと」
「うん。殺した後に残る魔力も僕と空じゃないと処理出来ないし。」
「それで、どうする?」
話し終えた虚は、俺の方をじっと見て黙る。虚のことは半信半疑だったが、今の話で大体の疑問は解消された。寝ている時に虚が空に色んなことを教えていたんだろう。その時に空が変な話し方を真似たんだろうな。
少し前にも空に睨まれたが、その時とは全く違う感情を空の―虚の目に見た。
俺も腹を括るしかないな。
「そうか。いいぞ、やってくれ。」
「本当に、良いのかい?」
「頼みを聞くのが兄さんの仕事だ。だから、代わりに空の兄を半分やってくれたお前に空を、俺達の妹を頼みたい。やってくれるか?」
虚はしばらく考えた後、またあの笑みを浮かべる。
「……兄さんってずるいね。」
「おいおい、気づいてないのか?お前も大概だぞ。」
虚を見送り、動きを確かめながら待ち構える。ショゴス達には巻き込まれないよう、猟犬が逃げても仕留められる鏡の外で待ってもらうことにした。夢のことを思い出してしまったが。うん?あの時の赤ん坊は俺自身だから。あの視点は俺じゃなくてショゴスの視界なのか。
そんなことを考えていると、五十歩ほど離れた所にある鏡から紫煙が立ち込め、卵の腐ったような匂いがする。
「さぁて、人生最期の大喧嘩だ。付き合ってもらおうか。まぁ俺目当てだから言われなくてもそうするだろうけどッ!」
草薙の剣を真っ直ぐに振り下ろす。煙が薄れ、二つに割れた赤黒い身体が姿を現す。剣に付いた青い血を柄を叩いて落とす。小さいやつは気にしなくて良さそうだ。問題は、さっきから圧をかけてくる奴。そいつが恐らくミゼーアだろう。
どのくらい経っただろうか。ミゼーアは一向に仕掛けて来ない。近づいて来ているのか、圧は少しずつ大きくなっていっているが…。
奴らの攻撃は、噛みつき、舌の針を刺す、角を向けて突進する、爪の四つだ。
奴らの攻撃は何度か受けてしまったが身体、精神共に問題はない。血払いをする暇がないので、猟犬を切るときに若干切りづらいくらいだ。
やられたフリをするか?いや、奴らは頭が良いし、演技や嘘の類いは空の得意とするところだ。下手にやれば隙にしかならない。
そんなことを考えるうち、
ふと虚との会話を思い出す。
皮肉ったような笑みを浮かべ、剣を構えるのを止める。
そして、圧を感じる方向、煙の中へと走る。道を塞ぐ猟犬を。剣を振り、拳を振るい、剣を投げ、殴り、爪を腕で受け、頭突き、掴み、投げ飛ばし、押し退け、剣を再び掴み、蹴り、飛び越え、踏み越え、走る、走る、走る。
煙が晴れ燃えるような色合いの巨大な猟犬の王、ミゼーアが俺を見下ろしていた。
音の無い、振動のみの咆哮と共に、圧が更に大きくなる。
違和感を感じたとき、骨が軋み、肉が弾け、視界がぐるぐると廻る。ミゼーアを見下ろしていたことに気付いたのは、奴に呑み込まれた頃だった。
目が潰れた。耳は咆哮で、鼻なんか戦いの始めの辺りでとっくにやられている。なんだかザラザラしている。肌が痺れる。身体が悲鳴を上げている。でも動く。剣も放していない。なら…!
「喰らえミゼーア!!!デカい花火を打ち上げてッ―」
喉もイカれたか。舌打ちしようとしたが口の中は乾ききっていた。まぁいい。
仰向けのまま、何処かで折れてしまったのか軽く、短くなった剣を持ち上げ、思い切り下ろす。痛みは感じなかった。見えないはずの視界はやがて白く染まり―
…さん
…兄さん。
照兄さん!
「ん…うーん…」
「お。起きたね。おはよう」
「おう、おはよう…ん?ちょっと待て、何で空が居るんだよ!まさか、お前も死んじまったのか!?」
ズゴンッ
頭に衝撃が走る。
痛みを堪えながら後ろを向くともう一人石の板を抱えた空が!いや、空がこんなことする訳ない…つまり虚だ!
「何で殴んだよ虚、もう一度殺すつもりか!」
「虚じゃない!」
もう一度殴られた。
笑い転げる虚と、まだ石版を構える空を宥めて話を聞くと、旧神の鍵というのを使って生き返らせることが出来るという情報を得て、駄目元でやったらしい。
話す内に嬉しい気持ちが戻って来たのか、
「照兄ざんが帰っで来で本当に良がっだぁ…」
とグズグズ鼻を鳴らしながら喜ぶ空。
「ミゼーアを倒すなんてね…驚いたよ。」
と目尻に溜まる涙を拭いながら賞賛する虚。
二人を見て、帰って来たという実感と共に、涙も自然と湧いてくる。
「婆ちゃんやあの人にも会いに行こう。虚を紹介しなくちゃな。」
―空と照、そして虚。同じ顔をした3つの存在はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
[編集済]
皇族?と盗人の和風ロマンスが始まったかと思った直後、文章がまた最初から書かれていてコピー&ペーストに失敗したのかと思ったら急に神話生物が登場して正直びっくりしたヨ。鏡の前で目を瞑るという要素に対して直視してはいけないという八咫鏡、鶯から鴬張りの床、地面を地の面といったように各要素について無理のない範囲で想像の斜め上を行く解釈が多くされていてどれも目から鱗が落ちるかのような気分だったヨ。
お前達、良い演奏だった。もう下がって良いぞ。
…父様。助けてしまって本当によかったのですか?父様の血が流れる彼らは言わば私の弟妹達。私としては助けても良かったのですがね?
( … )
いえ、父様がハッピーエンドを御所望になられるなんて随分と久しぶりなものですから。普段は矮小な人間どもの苦悩し、狂う様を楽しんでおられる父様が珍しいと思っただけですよ。
(∵)
ご不満がないのであれば良いのです。ここまでお話を修正するのは大変でしたし。あのショゴス…おっと、今は虚でしたね。奴も随分足掻いていましたから。
(∴)
確かに覗き見されていますね。〜の仕業でしょうか?
(︙)
あちらですね。
(完)
――――ブツン
Σd(°∀°d)オウイエ
これより集計に入るネ。
参加者一覧 16人(クリックすると質問が絞れます)
Ladies and gentlemen!
第33回 正解を創りだすウミガメ結果発表のお時間だヨ
●というわけで、結果発表の時間が始まっ…
★ちょっと待った~!
●うん?…ってなんだ、誰かと思ったら君カ。最近見てなかったけど、まだ居たんだネ。で、何の用かナ?
★いやさぁ、君前も企画物やってたけど返事は定型文だし会場は最低限の事しか言わないしで全っ然盛り上がらなかったじゃん。だから、僕が来てあげたの!
●いや、私もあれで懲りて少しはマシに…
★つべこべ言わない!さ、始めるよ!
今回は8名のシェフから9作品もの投稿が寄せられました!みんなありがとね!
こっちでは各部門で1位を獲得した作品、そして最優秀作品部門上位3つを紹介するよ!それ以外の作品とその獲得票数については投票会場を見てね!
それじゃ、Let's Go!
最難関要素賞
~謎、それは甘美でありながら時に毒のように痺れさせる。~
『 ⑤地面に謎の文字が書いてある(by きっとくりすさん)』
謎の文字というだけでももう難しいのに、それが地面に書かれているというシチュエーション。こんな状況想像するのさえ難しいよね!
匠賞
~なんということでしょう。要素の回収にも、匠の粋な計らいが。~
🥇②『春を告げるタナトス』(作:「マクガフィン」さん)
投票会場では⑩夜を使い果たします。の使い方が匠だと話題になってたね!え?どう回収されたかって?それはもちろん、本文を読んでみてのお楽しみ~♪是非読んでみてね!
エモンガ賞
~探すのをやめたとき、見つかる事もよくある話で。~
🥇⑦『探し物はなんですか』(作:「マクガフィン」さん)
ここで「マクガフィン」さんのエモンガ爆弾が投下されたね!
時缶という特別なアイテムを使いながらも無理矢理さを感じさせない鮮やかな問題文の二重回収。それでいて物語も美しいときたらこれはもうエモンガとしか言いようが無いよね!
スッキリ賞
~敵が何処に居るかって?そんなの、本能寺に決まっているじゃないか。~
🥇⑥『鳴くならば』(作:アルカディオさん)
イチゴパンツ(1582)の語呂合わせで有名な本能寺の変をモチーフにした作品!有名なあの事件を問題と絡めて綺麗にまとめた作品だね!多くの人が知っている知識を元に作ることで余計な情報を削りスッキリとした作品に仕上げた、まさにスッキリ賞に相応しい作品だね!
さてと、サブの方はこれでいいかな!
それじゃあ、いよいよメインの賞の発表だよ!
最優秀作品賞
第3位
~極限状態の男の目に映ったのは、絶滅したはずの鳥だった。~
~全て断たねばなるまい。でなければこの場所が知られてしまうのだから。~
🥉 ②『春を告げるタナトス』(作:「マクガフィン」さん)
🥉 ⑥『鳴くならば』(作:アルカディオさん)
ということで、なんと2つの作品が3位にランクインしたよ!
片やウグイスを見た事がきっかけで、片やウグイスを見せぬようにすることがきっかけで引き起こされたストーリーであったり、主人公が自分の居る場所を知って欲しい水夫と自分の居る場所を隠したい武将であったり、絶望した水夫に希望が与えられて覇権を目の前にした武将に絶望が訪れたりといろいろ対照的な作品が3位に選ばれたよ!
第2位
~兄弟愛 死に別れても 永遠に~
🥈④『おと々にひかれて』(作:ハシバミさん)
かの有名な明治の侍、土方歳三を想うその兄について描いた作品が2位にランクイン!盲目であるという事を様々な箇所に散りばめながらもその想いを見事に描いた作品だったね!
第1位
君のその笑顔が見たくて。
ただひたすら、探し求めて。
だから俺は、
だから私は、
この窓を、
この瞼を、
「「開けるんだ。」」
「だい、おはなしきかせて?」
「幸せの青い鳥は、もう見つかった?」
🥇 ⑤『となりの少女』(作:輝夜さん)
🥇 ⑦『探し物はなんですか』(作:「マクガフィン」さん)
なんと!最優秀作品賞、同率で2作品受賞だよ!おめでとう!!!
夏休みに父親の実家へ遊びに来ていた少年と事故で光を失った男。枝を折った理由からウグイスの鳴き声の音源すら異なるこの二つの作品。けれど、最後はどちらも大切な隣人を見つける事が出来たというとても素晴らしい、素晴らしい作品が最優秀作品賞に選ばれたよ!
さて、それじゃあ、シェチュ王の表彰を行っちゃうよ!
第33回、正解を創りだすウミガメ、シェチュ王となったのは!
👑「マクガフィン」さん👑だよ!!
今回、最優秀作品賞が2つ同率で並んだんだけど、「マクガフィン」さんにはそれとは別の作品に2票入っていたから合計8票で「マクガフィン」さんに決定したよ!おめでとう!
それじゃ、「マクガフィン」さんに王冠を授けちゃうよ!!
ヘイッ![丿 °∀°]丿シー==三三 👑Σd(°∀°d)オウイエ
それじゃ「マクガフィン」さん、第34回正解を創り出すウミガメの開催よろしくね!
以上、拙い司会だったけどご参加いただきありがとうございました!また次回も参加してね~♪
あ、あと最後に司会から最優秀作品賞にちょっとしたオマケをプレゼントだよ♪
OUTISさん、主催ありがとうございました(誤字はお気になさらず……!)。「マクガフィン」さん、シェチュ王おめでとうございます! 拙作に投票・感想くださった皆様、ありがとうございました。ちなみに作中のエピソードは概ね史実(仮)です。[21年04月01日 12:58]
OUTISさん、主催ありがとうございました。そしてマクガフィンさん、シェチュ王おめでとうございます🎉個人的にはまたホラーが書けて楽しかったです。課題はいっぱいあるのでこれから精進します。[21年04月01日 02:26]
OUTISさん、主催お疲れ様でした&ありがとうございました。イラストもありがとうございます!!すごく素敵で、先程からずっと見とれています。本当に嬉しいです!!そして、ガフィンさん、シェチュ王おめでとうございます!!最高にエモンガな、大好きな作品でした。[21年03月31日 12:09]
ちょっと参加の敷居を極力下げるべくスケジュール変更を予定しているヨ 少なくとも投稿フェーズが今よりも短くなることはまずないと思うけど、頭に入れておいてもらえると助かるヨ[21年03月15日 01:40]
ウグイスの鳴き声が聞こえた為、男は梅の枝を折った。
いったいなんのため?
----------------
◇要素一覧◇
①時の流れを感じます(2)
②鏡の前で目を瞑ります(3)
③燃えます(5)
④背中から叩きつけられます(15)
⑤地面に謎の文字が書いてあります(19)
⑥よめないかんじがあります(22)
⑦迷っていました(26)
⑧不注意でした(28)
⑨今更でした(30)
⑩夜を使い果たします(35)
----------------
◇投稿規定◇
使用要素数:10つ全て使用
文字数制限:無し
投稿作品数制限:無し
☆要素募集フェーズ
3/15(月)00:10~質問数が40個に達するまで
☆投稿フェーズ
要素選定後~3/25(木)23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後~3/30(火)23:59まで ※予定
☆結果発表
3/31(水)21:00 ※予定
―◆エキシビション◆―
【梅にウグイス】
今日、私は祖父の喜寿のお祝いで父親の実家まで来ていた。挨拶しようと祖父を探していると、祖父が縁側で大きな梅の樹を眺めているのが目に入った。
「お祖父様、お邪魔しています。」
そう言うと祖父はゆっくりと振り返り
「おお、梅彦(うめひこ)か、ちょうどよかった。お前も来るかぇ?」
と言って自らの隣を手で示した。
「では、失礼します。」
そう言って縁側に腰掛けたのと同時に
―ホーホケキョ―
ウグイスの鳴き声が庭に響いた。
「ウグイスか。ふっ、奴も祝いに来てくれたということかのぅ。」
「奴…?」
「ああ、お前に話したことはなかったか。丁度いい、この機会にお前には話しておこうかの。」
そう言って、祖父は私に話し始めた。祖父が子供の頃に体験したという不思議な出会いについて。
―――――――――――――――
あれは50年ほど前、丁度私が17ほどのことだった。戦争が終わり、皆がせわしなく其処此処を行き来していた時代。当時の私には家族や住む場所が無かった。全て、戦争で燃えてしまったからだ③。もちろん食事も満足にできず、いつも食べられる野草等を求めては山に入っていた。そんなある日、いつも探していた辺りの食べられる野草はほとんど食べ尽くしてしまったらしく一向に食料が見つからず彷徨っていると、いつのまにやら日も傾き始め、完全に迷ってしまった⑦。そんな時、ふと甘い花の香りがしたと思ったら私の足は無意識にそちらへ駆け出していた。いつの間にか目の前は眩くなっていて、私は一軒の屋敷にたどり着いていた。
その屋敷の前で呆然と佇んでいると、
「おや、客人とは珍しい。こんな場所へ何の用かな?」
若草色の着物を着た端正な顔立ちの青年に声をかけられた。その姿に一瞬見とれてしまっていたが、すぐに我に返ると食べるものが無く山に入っていたが迷ってしまったということを伝えた。すると。
「ほぅ、その年では空腹は殊に堪えるであろう。折角の客人だ、なにか食わせてやろう。付いてこい。」
そう言って屋敷の中に入っていった。慌てて後を追うと立派な座敷に案内されたが、まだ現状が信じられず夢でも見ている気分だった。
「ところで主、名は何という?」
「わ、私は、須藤・礼司(すとう・れいじ)、です。」
「ふむ、レイジか。私は…そうだな、キンイとでも名乗っておこうか。好きに呼ぶと良い、」
キンイ、そう名乗った彼は私の動揺を見て取ったのか、
「ふふ、その様子では狐狸の類いに化かされているとでも思っているようだな。その廊下を左に行き着きあたりを右に曲がった先に洗面所がある。一度顔を洗ってさっぱりしてくると良い。」
その言葉に従い私は洗面所で顔を洗った②。さっぱりはしたものの、鏡にはまだ自分の間抜け面が映っていた。だんだんとこれが現実であると理解しながら座敷に戻ると、慎ましやかではあるもののしっかりとした食事が机の上に並べられていた。
「えっと、これ、食べても?」
慌ててそう尋ねると
「ああ、好きなだけ食べるといい。おかわりもあるぞ。」
そう言われ、空腹の限界に達していた私は
「いただきます!」
そう言うやいなや振る舞われた膳を食べ始めた。空腹で倒れそうだった私にとっては、雑穀米に味噌汁、魚の塩焼きという食事はこの上ないご馳走だった。ひとしきり食べた後、人心ついた私は慌てて彼に礼を言った。
「このような食事を振る舞っていただきありがとうございました。ですがこの私、天涯孤独の身故、満足なお礼をすることができないことをどうかお許しください。」
「よいよい。私も主のような童が次から次に皿を平らげるのは見ていて心地の良いものであったからな。ただまあ、もし対価を気にするのであれば少し外の話を聞かせてはくれないか。ここしばらくここに籠もりきり故、外界の情勢には疎くなってしまっていてな。」
「その程度のことでしたら喜んで、話させていただきます。」
そう言って私は戦争等のことについて話し始めた。
ひとしきり話した後、彼は私を見送ってくれると言った。
「えっと、また来てもいいでしょうか?」
「ああ、最近は刺激もなくて退屈していたからな。主のような童ならば歓迎しよう。日の暮れる頃合いに山を歩けばたどり着けるだろう。」
その言葉と共に見送られ、私は元の森へと帰っていった。
それからは足繁く毎晩のように屋敷を訪ねては外の話をして、ご飯を頂いていた。彼と過ごしていくにつれて、私達の間にはある決め事ができた。それは、ある一つの扉だけは開けてはいけないというものだった。その先に何があるのかと訪ねても、いつも適当な事を返され煙に巻かれてきた。
そんなある日のこと、ふと話をしている途中に尿意を催したため
「えっと、お手洗いを貸してもらえないかな?」
と言うと
「そこの廊下を左に行き、突き当りを左に曲がった先の右が手洗い場だ。」
と言われ急いで言われた通りに進んでいた。しかし、慌てていたせいで不注意になっていたのか、最後に右側の扉ではなく左側の扉を開けそうになってしまった⑧。その瞬間、超常の力によって私は弾き飛ばされ、背中から叩きつけられた④。
「そこは、開けてはならぬと言っただろう。手洗い場は右側だ。」
いつの間にか近くに来ていたキンイに叱られてしまった。なんとなくそんな気はしていたが、やはりキンイはこの世の者ではないと私が確信した瞬間であった。それ以降はしばらく気まずくなったものの、不思議と恐ろしいとか怖いとか、そういった思いは抱かなかった。その後もいつものようにご飯を頂いては世間話をして、そんな日々が続くと思っていた。
その日も、いつものように夕暮れ時に森に入り屋敷を目指して歩いていた。いつもどおり花の甘い香りを感じるのと同時に屋敷へたどり着くと、キンイがいつもとは違う立派な格好で外に立っていた。
「おお、レイジか。すまぬが私は所用により明日の朝まで屋敷を離れなければならなくなった。だが、だからといってわざわざ来てくれた主に帰れと言うのも忍びないな。うむ、今まで主に開けてはいけないと言い続けてきた扉の先へ入ることを特別に許そう。だが、あの扉の先には更に十二の扉が並んでいる。このうち「二月」と書かれた扉以外は好きに出入りして構わぬが、決して、決して二つ目の扉にだけは入ってはならぬぞ。」
そう言い残して彼は屋敷から出ていってしまった。仕方ないので、私は言われたとおり座敷の奥の、開けてはならないと言われてきた扉を開けた。すると、その先には長い廊下が続いていて、左に六つ右に六つの扉が並んでいた。それぞれの扉の上には月番号と共に文字が書かれていた。月番号はもちろん、文字の方もいくらか読めたものの、十二月の扉に並べられた「鳳凰」という漢字などの読めない漢字も並んでいた⑥。
試しに「一月」と書かれた扉を開けてみると、そこには立派な松の木々が立ち並び美しい鶴が佇んでいた。地面には「あめよろし」とよくわからない言葉が書かれていたが、それすらその部屋の一部として無くてはならないものに思えた⑤。その景色に見とれ突っ立っていたのもつかの間、導かれるように私はその部屋の中に足を踏み入れた。松と、鶴。逆に言えばそれしか無かったが、その景色はいつまでも見ていられると思うほど美しかった。
その部屋から出ると「二月」と書かれた扉は開けず、次は「三月」と書かれた扉を開ける。そこにはまだ季節には早いはずの桜が咲き乱れ、幕が垂れ地面には「みよしの」という謎の文字。また、一歩踏み出してはその景色に見とれていた。
同じように、四月以降の部屋も巡っていくと、どの部屋も四季折々の植物と共に鳥獣が居てとても美しい景色が広がっていた。まあ、十一月の部屋は雨が降っていたため入ることもなくすぐに閉じてしまいよく見ることができなかったり、十二月の部屋はこの世のものとは思えない程美しい鳥が居てその神々しいまでの迫力に踏み入ることができなかったりという事もあったが。だが、こうして全ての部屋を見てしまうとどうしても「二月」と書かれた扉の先も見てみたくなるのが人の性というもの。少し開けて、中を見たらすぐに閉じてしまえばバレることはあるまい。そう思い扉を開けてしまった。十一もの扉を巡るのに夜を使い果たし、すでに空は薄っすらと白んできたことにも気づかずに⑩。
扉を開けると、その先には立派な梅の樹がそびえ立ち、ウグイスたちがその枝に止まって羽根を休めていた。相変わらず地面にはよくわからない文字が書かれている。
美しい。ただ、そう心から思った。それまでの部屋も美しい景色ばかりであったが、特にその部屋は美しく感じた。それはきっと、単に季節が合っていたというだけではないだろう。そう思わせる程私はその部屋に心を奪われていた。そして私がその景色に見とれているとウグイスが一声、
―ホーホケキョ―
そう鳴いた。その一声は、いつも物音一つしない屋敷にやけに大きく響き渡った。
ふと気配を感じ振り返ると、そこにはいつの間に帰ってきていたのか、キンイが物寂しそうな顔でこちらを見ていた。
「ウグイスの声が聞こえたということは、開けてしまったということだな。」
咎めるようでもなく、あくまで淡々と事実を述べる彼に私は何も言うことができなかった。
「残念だ、折角お主とは良き友になれると思っていたのに。」
その顔は、いつもの飄々としたものとは違い本当に心の底から残念がっているように見えた。私が何も言えずに佇んでいると
「お主とはもうお別れだ。二度と会う事も叶うまい。だがまあ、せめて餞別くらいは渡しても良いだろう。」
そう言うと彼は「二月」の部屋に入りそこにそびえ立っていた梅の枝を一つ手折ると、私に差し出した。その枝を受け取った途端、私はいつもの森に一人立っていた。周りには一本も生えていない梅の枝を持って。その事にやっと状況を理解した私は、泣いて謝った。「もう開けたりしない、」「ほんの出来心だったんだ。」そう何度叫んでも、今更のことで、二度と屋敷にたどり着くことはできなかった⑨。
―――――――――――――――
「その後、色々あったが人の縁に恵まれ家を買った際にあの時の枝を挿し木してみようと思ってやってみたら、信じられない勢いで根を張ってな。それから数十年、こうして大きく育ったというわけよ。あの時はほんの小さな枝切れだったのが、今じゃこんな大きな樹に育っての。全く、時の流れというものを感じさせてくれる①。
そうだ、お前も確か高校に受かったんだったか。祝いの品と言っては難だが、持っていくと良い。きっと、あやつがお前を守ってくれるだろう。」
そう言って祖父は庭に降りると低い位置に伸びていた梅の枝をパキリと手折り私に差し出した。祖父の話は突拍子もない話だったが、その枝を前にするとなんだか信じてしまいそうになるほど、それは不思議な魅力のある枝だった。
―了―
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