お盆のある日に墓参りに来た男。
彼は墓前に五十円玉をお供えしてから手を合わせた。
一体なぜ?
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Welcome to Tukuridasu!!!!
紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせいたしました。正解を創りだすを開催します。
今回、司会進行を務めますラピ丸でございます。お見知り置きを
前回はこちら→https://late-late.jp/mondai/show/11598
暑く、そしていろんな意味で大変な今夏。皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。私は海に山に旅行に、充実した夏休みを妄想してなんとか凌いでおります。あー、温泉行きたい。
コホン、創り出すはめでたく26回となりまして、今回は間違いなく記憶に残るであろう夏の記念回でもございます。皆さん張り切ったり、ゆるーくだったり各々の好きなように楽しんでいってください。
では、いつものルール説明どぞ!
★★ 1・要素募集フェーズ ★★
[8/21(金)20:00頃~質問が50個集まるまで]
まず、正解を創り出すカギとなる質問(要素選出)をして頂きます。
☆要素選出の手順
1.出題直後から、YESかNOで答えられる質問を受け付けます。質問は1人4回まででお願いします。
2.皆様から寄せられた質問の数が50個に達すると締め切りです。
選出は全てランダムです。今回も、ある程度の矛盾要素をOKとします。
選ばれた質問には「YES!」もしくは「NO!」の返答とともに『[良い質問]』(=良質)がつきます。
※良質としたものを以下『要素』と呼びます。
※条件が狭まりすぎる物は採用いたしません。
[矛盾例]田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね? →今回もOKとします。例は今回も田中さんで譲りません。
[狭い例]ノンフィクションですか?(不採用)
[狭い例]登場キャラは1人ですか?(不採用)
[狭い例]ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)
要素が揃った後、まとメモに要素を書き出しますのでご活用ください。
★★ 2・投稿フェーズ ★★
[要素選定後~8/29(土)23:59]
要素募集フェーズが終わったら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズ』に移行します。
各要素を含んだ解説案をご投稿ください。
※今回はいつもより短めの期間になっています。ご注意ください
らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだしましょう!
※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖版・ラテシン版)」もご参考ください。
ラテシン版:sui-hei.net/mondai/tag/正解を創りだすウミガメ
らてらて鯖:https://late-late.jp/mondai/tag/正解を創りだすウミガメ
☆作品投稿の手順
1.投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
2.すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
3.まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。タイトルは作品フェーズが終わり次第返信させていただきます。
4.次の質問欄に本文を入力します。
「長文にするならチェック」がなくなりましたので、主催が長文許可を忘れてなければそのまま質問欄にて改行込みでのコピペが可能です。
つけ忘れていた場合は、お手数ですが適当な文字を入力した後に質問の編集画面に飛び、作品をコピペしてください。
5.本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
6.原則として、作品の冒頭もしくは末尾などに、問題文の問いかけに対する簡易解説(要約)をつけてください。文字数や行数の指定はありません。
※作品自体が簡易解説のような形である場合は、新たに要約をつける必要はありません。
※作品のエントリーを辞退される際は、タイトルに<投票対象外>を付記して下さい。
★★ 3・投票フェーズ ★★
[投票会場設置後~9/2(水)23:59]
※作品数多数の場合や司会者の判断により、期間を延長する場合もございますのでご了承ください。
投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行します。
お気に入りの作品、苦戦した要素を選出しましょう。
☆投票の手順
1.投稿期間終了後、別ページにて、「正解を創りだすウミガメ・投票会場」(闇スープ)を設置いたします。
2.作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、気に入った作品に投票できます。
それぞれの「タイトル・票数・作者・感想」を質問欄で述べてください。
また、「最も組み込むのが難しかった(難しそうな)要素」も1つお答えください。
※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構いません。
※自分の作品に投票は出来ません。その分の票を棄権したとみなします。
※投票自体に良質正解マーカーはつけません。ご了承ください。
3.今回もサブ投票を設けます。任意で投票してください。
素敵な作品には「エモンガ票」上手いと唸るものには「匠賞」
そして!!
今回はさらに「スッキリ賞」を設けたいと思います!!!!
※ 「スッキリ賞」の投票基準はいかに短くわかりやすくまとっているかです。短めの解説や長い解説の要約のみが対象となります。コチラも任意です。
4.皆様の投票により、以下の受賞者が決定します。
◆エモンガ大賞
◆匠de賞
◆スッキリ大賞:上3つとも任意の賞です。
◆最難関要素賞(最も票を集めた要素):その質問に[正解]を進呈
◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品):その作品に[良い質問]を進呈
◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計):全ての作品に[正解]を進呈
→見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題していただきます!
※票が同数になった場合のルール
[最難関要素賞][最優秀作品賞]
同率で受賞です。
[シェチュ王]
同率の場合、最も多くの人から票をもらった人(=複数票を1票と数えたときに最も票数の多い人)が受賞です。
それでも同率の場合、出題者も(事前に決めた)票を投じて再集計します。
それでもどうしても同率の場合は、最終投稿が早い順に決定させていただきます。
■■ タイムテーブル ■■
☆要素募集フェーズ
8/21(金)20:00~質問数が50個に達するまで
☆投稿フェーズ
要素選定後~8/29(土)23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後~9/2(水)23:59まで ※予定
☆結果発表
9/3(木)21:00 ※予定
◇◇ お願い ◇◇
要素募集フェーズに参加した方は、できる限り投稿・投票にもご参加くださいますようお願いいたします。
質問だけならお手軽気軽、でもメインはあくまで投稿・投票です。
投稿は意外と何とかなるし、投票もフィーリングで全然OKです。心向くままに楽しみましょう!もちろん投稿フェーズと投票フェーズには、参加制限など一切ありません。
どなた様もお気軽にご参加ください。
皆様の思考や試行、思う存分形にしてみて下さい。
☆そして『正解を創りだすウミガメ』では参加賞・入賞にコインバッジの贈呈を行なっております。企画終了後、参加者さまに私がミニメにてコード配布を行います。詳細は管理者さまとご相談の上、追ってご連絡いたします。少々お待ちくださいませ。
以上です! 長らくお待たせいたしました!!
それでは、これより要素募集フェーズを始めます。再度確認ですが、質問は一人、4回まで!
新古参問わず、誰でもかれでもウェルカムです!!
それでは、はじめ!!
結果発表、1時間遅れて十時からになります。申し訳ありません。
これより、投稿フェーズに移行します。締め切りは8月29日(土)です!
要素一覧をまとメモに記載しますのでご活用ください[編集済]
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
[編集済]
後でタイトル部分のみを[良質]にします。
④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
⑤今回も原則として簡易解説をつけていただきたいと思います。
作品の冒頭もしくは末尾に、問題文の問いかけに対する簡易解説(要約)をつけてください。文字数や行数の指定はありません。
※作品自体が簡易解説のような形である場合は、新たに要約をつける必要はありません。
私は水曜日の朝が一番しんどい。⑤
それは、その日が兄との思い出の日であり、また悲劇の日でもあるからだ。
「だあー!!また負けた!!!」
「ふふ、まだまだ甘いな。」
小学生の頃、ゲームで絶対に兄に勝てなかった。
特に戦略がものをいうゲームは苦手。いつもどこかでミスをしてしまう。
「お前重要アイテム持ってんの分かり易すぎ!ほんと隠し事が下手だよなぁ」
「えーでもあそこで使うしかないし…」
「隠そうと思えば隠せたろ?そうすれば俺も悩んだし、勝負はわからなかったよ。」⑨
兄貴は夜にこっそり僕を連れ出し、「秘密の場所」に連れて行ってくれたことがあったよな。②
そこはさびれたゲームセンターで、古いゲームのアーケード筐体がたくさん置いてあった。なんと1プレイ50円!子供の財布にも優しい額だったなあ。
ゲームが終わったら親が起きないうちに家に帰って寝たふりして。ちょっとした冒険気分だったよ。
格闘ゲーム、レースゲーム、恋愛ゲーム、二人でいろいろなゲームをプレイしたよな。中でもシューティングが僕のお気に入りで、大画面でパイロットになってレーザーを打つのはとても楽しかったよ。④
スコアボードをお店に貸してもらって、得点を競ったりもしたな。
そのゲームに詳しい店のおじさんに攻略法を聞いて初めて兄貴に勝った時はすごくうれしかった。でも、兄貴が負けたのが悔しくて下の机にうつるほど、しかも指でこすっても消えないほど強く鉛筆で「私の負け」って書いてお店の人を困らせたりしたのは笑ったよ。①⑥
おかげで、いまでも僕は鉛筆派だよw⑩
そんな日の帰り道だったよな。兄貴が事故にあったのは。
勝って舞い上がってたからかな、それとも空が白むまで遊んで疲れてたからかな、おれは死角から迫るトラックの轟音に気づかなかった。③
兄貴は俺をかばって、あの時、俺が勝たなければ、こんなことにはならなかったのに⑧
……すまん、辛気臭くなった。
そういやあのゲーム屋も、店主が亡くなってからつぶれちゃったらしいよ。
世の無常というか、時代の移ろいを感じるよな。⑦
そっちではゲーム屋のおやじさんと会った?
もし会えたなら、これで先にゲームの腕磨いて待っててよ。
今度の俺は、そう簡単には負けないぜ!
終わり
【解説】
亡くなった兄との思い出のゲームが1プレイ50円だったから
[編集済]
✳︎
【簡易解説】
いつもは掲げられていないお盆がある日に友人宅に向かい、
亡き友人の日記から幼少時に50円の借金をしていたことを思い出したので、墓前に50円玉を供えて返済した。
----------
[④レーザービームを空に放つ]のが、私の日課だった。銀のお盆を自宅の屋根に掲げるのが、友人の日課だった。
レーザービームが銀盆によって反射されれば、「遊びに来ていいよ」の合図だったのだ。
尤も、友人が交通事故で亡くなってからは、私は彼の命日にだけレーザービームを放つようになっている。
ところが、である。
私が友人の命日にいつも通りレーザービームを放ったところ、[⑧予想に反して][問:お盆によって反射された]のである。
驚いて友人宅に向かうと、友人のお母さんが出迎えてくれた。
「息子がこっそりつけていた日記が見つかったんです。貴方にも見てもらいたいと思って」
そう言ってお母さんは一冊のノートを私に手渡した。パラパラと捲ると、友人らしい無骨な文字が書き留められていた。
[⑥紙を撫でると、文字が掠れるほどではないが黒鉛が指の腹に付着した。][⑩そういえば、友人はシャーペンより鉛筆派だったっけ。]
日記の内容は子供らしい、日々の出来事で溢れていた。
「[①②プラネタリウムの解説をしてくれるお姉さん]がキレイだったからそっちばかり見てた」
社会科見学の時かな。何やってんだ。
「万歩計を買ってもらった」
万歩計、流行ったなぁ。[⑦時代の移り変わりを感じる。]
「今度の有馬記念、[③4か9]が来ると思うんだけどなぁ」
本当に子供か?
ふと、1つのページで手が止まる。
「今日はアイツとだがし屋に行った。サイフを忘れてたから50円玉をかしてあげて、いっしょにブタメンを食べた。いつか返せよ!」
そんなこともあったなぁ。あのブタメンは本当に美味しかった。そうだ・・・。
私は友人のお母さんの許可を得て、彼のお墓に挨拶をすることにした。
友人の墓を前にして、私は50円玉を取り出す。
「[⑨このまま隠し通すこともできたんだろうけど・・・。][問:あの時の50円玉、返すよ。]ありがとう」
そう呟いて手を合わせた私は、涙が止められなくなった。
ああ、私は今やっと、友の死を実感してしまったんだ。今まで心の奥底にしまって見ないようにしてきたのに。
この50円玉は、私にとっての喪の作業なんだ・・・。
その日は水曜日だった。だから私は、[⑤水曜日の朝が一番しんどい。]
【おわり】
[編集済]
✳︎
あの日、雲一つない青空に花火が咲いた。一生その景色を忘れることは無いだろう。
私がまだ幼かった頃、両親が事故で亡くなったとかで遠い親戚の子供を受け入れることになった。彼女の名前は輝夜といって黒いストレートがよく似合う子だった。歳はそこまで離れていなかったから私達は兄妹のように互いを思っていた。輝夜は昔から頭が良くて私のずっと先を歩いていた。私はシャープペンシルよりも鉛筆のような昔ながらの物を好んでいたが、彼女は指で触れても掠れることの無い最先端のペンを使っていた⑩⑥。またある時は私が5円玉に水を一滴垂らしてレンズにして遊んでいるのを見てはどうして虫メガネを使わないのか尋ねてきた。けれど、そんな私達にも共通する趣味があった。宇宙だ。よく二人で夜空の月を眺めて思いを馳せては近所の科学館で専門家の人の話を聞いた①。
「ねえ輝夜、宇宙ステーションってどんなことしていると思う?」
「お兄ちゃん科学館の人の話聞いてなかったの?いろんな実験をしているって言っていたでしょ。」
「だから、どんな実験をしていると思う?」
「それは…こう、いろんな実験よ。きっとレーザーとかを宇宙空間に放ったりしているのよ④。」
そんな風に二人の会話は宇宙の話が多かった。それを聞いて父さんはいつも
「お前達みたいな子供がそんな難しい話をするなんて、時代は変わったな⑦。」
なんて言って笑っていた。
そうして十年が経ち、輝夜は宇宙飛行士を目指していた。対して私は彼女がどこか遠くへ行ってしまうような気がしてだんだんと宇宙が好きでなくなっていった。彼女への憧れは自己嫌悪となって私を苛んだ。
そんな中彼女が宇宙飛行士公募の話を聞きつけ応募した。数日後、家に一通の封書が届いた。悪いとは思っていたけれど、私は勝手に開けて中を見てしまった。どうか、受かっていないようにと祈りながら。また一緒に同じところから宇宙を眺めたくて。けれどもそんな願いに関係なく彼女は一次審査を通過していた。この封書を隠す事は出来る。一次審査が通ったことに気づかずに2次審査へ行かなければ勝手に落ちてくれるだろうと。けれど、それをしてしまったら本当に自分がどうしようもないところまで落ちてしまうようで隠すことはできなかった⑨。あの時隠していればと何度思ったことか。
「良かったな輝夜、一次審査通過だってよ。」
一次審査通過の旨を伝えると
「本当!?!」
そう言って無邪気に笑う彼女はとても眩しかった。
何もできない私と違って、彼女は才能に溢れていた。昔から1を聞いて10を理解する頭を持ち、運動も常に周囲より頭一つ抜きんでていた。そのためまるで最初から決まっていたかのように順調に審査を通っていき、彼女は宇宙飛行士となる資格を得た③。22歳女性の宇宙飛行士というのは世界最年少ということで世界的にも有名になった。
輝夜はアメリカに行き、それからもう会う事は無かった。父さんと母さんはよく連絡していたみたいだけど、私は連絡をしなかった。もう手の届かないところにいるようで、どこか諦めていた。そんな中初めてのミッションが彼女に通達された。彼女の乗るロケットは月まで行って月を調べることが目的らしかった。そんなある日、彼女から電話がかかってきた。
「兄さん、私とうとう月に行くよ。」
「良かったな、輝夜。お前昔から月に行きたいって言っていたし。」
「そういえば、そうだったね。うん。」
「じゃあ、またな。」
「うん、またね。」
それだけの、短い会話だった。それが、最後の会話になるなんて思ってもいなかった。
ロケット打ち上げ当日、雲一つない青空だったのを覚えている。家族でアメリカまで見届けに行った。カウントダウンが終わり、ロケットが火を噴き煙が噴き出した。
宙にゆっくりと昇っていくロケット。それは、月に向かって真っすぐ進む…
ことなく、上空で爆散した。爆音と共に悲鳴が響き渡り辺りはパニックに陥った。私は何もせず呆然としていた。まるで、映画でも見ているかのような気分だった。ロケットはきちんと整備されていて、本当ならこんな事故にならなかったはずなのに⑧。そんな現実を受け入れられない心だけが私の中を埋め尽くしていた。
乗組員は全員死亡、不幸中の幸いというべきか輝夜の遺体は見つかり日本で埋葬された。けれど、私はまだ彼女の墓に行けていない。現実を受け入れ切れていない。昨夜、火曜日だからという理由で決まった花火大会で打ち上げられた花火を見たせいか、今朝は彼女の事を思い出してしまいとてもつらかった⑤。火曜日が花火の火ならば水曜日は涙の水だろう。今日はずっと彼女の事を思い出していたせいで仕事が碌に手につかず上司にまで心配される始末だった。季節もお盆、まるで輝夜の墓参りに行けと言われているような気がして衝動的に彼女の墓前に向かっていた。その夜は皮肉にも綺麗な満月だった。墓前につき手を合わせようとした瞬間、草の露に映った黄金の月が目に入った。夜に来たのは正解だった。何も用意できなかったが、一番の捧げものができるのだから②。財布の小銭入れを開くと、ちょうど50円玉が入っていた。草の露を50円玉の穴に移して墓前に掲げ供える。しばらく試行錯誤を繰り返すと、綺麗な満月が墓前に映し出された。
「ほら、お前が行きたかった月だぞ…」
そう言った瞬間、突風が吹いて50円玉の雫が落ちてしまった。けれど、私にはその瞬間雫の中に長い黒髪の女性が映っていたように見えた。それを見たせいか涙が止まらなくなってしばらくの間ただひたすら泣いた。ひとしきり泣いた後、手を合わせてその場を去った。やっと、輝夜と向き合えた気がして。
【簡易解説】
月に行けなかった故人に50円玉に垂らした雫をレンズの代わりにして月を供えるため。
―了―
[編集済]
✳︎
【要約】
男は内心苦手に思っていた祖父の50円を過去の清算のつもりで墓前に返すことにしたから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
レーザービームと呼ばれた返球を何度も放った④のも、
150キロ越えを連発したマウンドも今となっては遠い話。
専門家のセンセー曰く①日常生活を送るには支障はない、ただ競技を続けるのは厳しいだろう。
大きな大会の直前にそういうふうに言われて目の前が真っ暗になった。
隠そうと思えば隠すこともできた⑨怪我を部活の関係者に告げて、
選手以外ででも残らないかって言ってくれた声を振り払って十数年捧げた俺の野球人生はあっさり終わった。
休日の練習が無くなったけど普通に授業はあるから週の折り返しの水曜日の朝が一番しんどくなって⑤、
あぁ体力落ちたな、気力もか、と抜け殻の様になって過ごしていた。
幸いというか福祉系の大学だったし理不尽耐性は非体育会系のやつらよりあると思うから介護士の資格③でも取ろうかな、
とそうならなかったはず⑧の未来には蓋をして考えないことにした。
そんなある日、じーさまが死んだという連絡がスマホに入っていた。
時刻を見たら真夜中②といって良い時間で俺はグースカ寝ている頃だった。
週末で都合が良かったので、新幹線で急いで帰るよ、と告げたら
「勿体無いからやめなさい」と母親の返信が来た。変なところでケチだな相変わらず。
お通夜②や告別式でも10年ぶりぐらいに会う人会う人
「いやでかいなー、何センチあんの?」と聞いてくるのには少し笑った。
むしろみんな縮んでて時代の移ろいを感じた⑦。
火葬してだいぶ小さくなったじーさまを抱えて車に乗り込んだ時も涙は出なかった。
正直母親の介護での愚痴を電話でだいぶ聞かされていたから不謹慎ながら「やっとか」という思いすらあった。
じーさまは我が家の専制君主だった。機嫌が悪いとすぐに怒鳴ってた。
小学生の頃、庭でバッティングの練習をしていてじーさまご自慢の盆栽を破壊した時鼻血が出る勢いで殴られたりしたからな。
「俺はシャーペンより鉛筆派なんだ⑩。相手に刺したとき傷がずっと大きいからな」って言われて震え上がったし。
中学生になって身長も伸びてじーさまくらいはっ倒せるようになっても内心おっかながってた。
家を出たいなぁと思っていたので野球留学の話は渡りに船だった。
高校生の頃、年末に久々に帰宅してくつろいでいたら、
じーさまに「おい兄ちゃん、タバコ買ってきてくれや」と言われて50円を握らされた。
50円って何だ。それでタバコが買えたとか何十年前だよ、とか、
未成年にタバコ買わせるなよバレたらどうしてくれるんだ、周りまで巻き添えなんだぞって、
それに名前じゃなくて兄ちゃん呼ばわりかよ、と認知入ってるから仕方ない事なんだって思えずにじーさまに腹を立ててそのままリビングから去った。
50円は財布に入れたまま寮に帰る途中にコンビニだかで使った。
それ以降顔も合わせずにここまで来た。
思い返すとモヤモヤする感情は薄くなったけど指でなぞっても掠れることのない⑥シミの様になって残り続けていた。
そんな感情も死なれてしまった以上本人にぶつける事が出来なくなってしまった。
ボケてたとはいえそれはやっておくべきだった。たとえわかってなくても。
じーさまから逃げ回ってた自分が介護とか、という気持ちになってたまに落ち込むし。
とりあえずこれ、タバコ代は返す。
なんか借りっぽいし、50円ぽっちでデカい顔されるのも何かやだし。
いい加減解放されたいんだ。頼むから化けて出ないでくれよ。
【おしまい】(約1370字)
✳︎
「いってきます、姉さん。」
墓前に供えた五十円玉が、月明かりを反射して鈍く光る。
一世一代の大勝負、どうか君は、見守っていないでほしい。
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25年前、ある夏の朝。姉は帰って来なかった。
昨夜に友達の家に遊びに行くと言って、それっきりだった。夜明けに黒電話が鳴って、寝ぼけ眼でそれをとっただけなのに。『お宅の娘さんらしき遺体が見つかった』『廃ビルから転落死したようだ』『身元確認を行いたい』僕の日常も二度と帰って来なかった。
「姉が自殺なんてするもんか!」
ガシャンと何かがぶつかる音がした。自分が掴みかかった勢いで、カップが倒れた音だった。
『思春期ってのは色々と難しいこともありますからねぇ』屋上に残されていたという遺書を片手にそう宣ったのは目の前の恰幅の良い刑事だった。①訳知り顔で同意したのはもう1人の若い見習い刑事。
諦めきれなかった。自殺?そんなわけない。つい数日前に楽しそうに長期休みの計画を立てていた姉がそんなことをするはずがないし、鉛筆をこよなく愛する姉がボールペンで遺書を書くはずがない。⑩力の限り散々に訴えたが、しかし訴えてみたところで何の有力な証拠も出せない、証言能力もない。『最期くらい、消えない跡を残したかったんじゃないですかねぇ』と刑事はのんびり答えた。⑥自分が掴みかかった男は微動だにしていなかった。所詮僕は感情に任せて喚くだけの、無力な子供だった。
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だが、もう違う。
墓地を出て山のほうに進む。重なり合う木々は黒黒と生い茂り、溢れ落ちた幾ばくかの月明かりだけが青年の丸みの消えた頬を照らしている。しばらく進むと中年も終わりかけの男が1人佇んでいた。自分がおどし……呼び出した男だった。
「お、お、おそいぞ。はな、話ってなんだ。」
挙動不審な男に、先ずは掌の中のものを見せる。時間が惜しかった。
「この女性と…それから、この血痕に見覚えは?」
数枚の写真には、姉と、それからルミノール反応で浮かび上がった廃ビル内の血痕が映っていた。男がびくりと震える。
「25年目、この女性を殺したね?……おっと、逃げようと思わないほうが身のためだね。この周りには数日かけて散々罠を仕掛け、それをさっき発動させた。この夜道で無事に帰れると思うな。②」
じりりと後ずさっていた男は足を止めた。しきりに手首を気にしている。
「ビルの死角に血痕が残ってた。③隠そうと思えば隠せたんだろうけど……かなり慌てていたみたいだね。⑨見逃してたみたいだよ。そこからあの日に何があったのか、誰が訪れたのか、一つ一つ調べて分かった。肝心の、アンタの行方を掴むのに時間がかかったが」
聞いているのかいないのか、しきりに腕時計をいじっている。僕は一歩、男の方に踏み出す。と同時に、今まで黙りこくっていた男が喚き出した。
「やっ、やったぞ、時効だ!オレがあの女を殺ったのはちょうど25年前の水曜日、そしてあと1時間で25年目の水曜日!知ってたか、起訴が終わるまでが時効なんだよ!どうあがいても1時間じゃ無理むりムリィ!残念でしたぁあ、オマエはオレを捕まえられないぃい!!」
……くすり、くすくす。思わず笑みが溢れる。男の嗤いが止まり、訝しげにこちらを見遣る。
「知らなかったのか?時効制度、廃止されたよ。」
「…………、は?」
「殺人等の刑事事件に限るらしいけどさ…時代の移り変わりを感じるね。」⑦
ポケットに手を入れながら僕は驚愕を顔に浮かべた男に歩み寄る。
「……まあ僕には関係ないんだけど。」
コツンと手に当たるのは最新式の科学の結晶。パリパリと軽いスパークを放つそれをポケットから出し構える。
「安心しなよ。そもそもの目的はアンタを捕まえることじゃない…僕は刑事じゃない。」
銃身を目にした男の顔が硬直するのを見て僕は笑った。随分と表情豊かなことで。
「真相を暴いたところで逮捕もできない。」
狙いは外さないよう、そう、ちょうど心臓の真ん中に。
「警察なんかに駆け込んだところで、まともに取り合ってもらえるかも怪しい。」
レーザー銃の引き金に指をかける。
「じゃあ、自分で罰するしかないじゃないか。」
男が目を限界まで見開く。白い閃光が瞳の中を迸った。④
あたりを照らす光が止んだ時、目の前には男が倒れていた。時計を確認する。時刻は23時11分。
男に語ったのは半分本当で半分嘘だった。殺人事件の時効が廃止されたのは本当。ただし、姉の件がそれに当てはまるかはかなり難しかった。姉はあくまで『自殺』とされている。
「これで、アンタは一般市民じゃなく、犯罪者として死んだ……日が変わる前でよかった。」
そのまま銃口を自分の頭に向ける。
「僕も……犯罪者として死ぬ。けれどオマエと同じになるのはごめんだ。自分で……罰を受ける。」
もう一度、辺りが白く照らされて、僕の世界は真っ暗になった。
……。
………………。
白い天井だ。体が重い。誰かが覗き込んできて、そして何か叫びながら駆けていった。
死んだはずだったが、どうやら僕は生き残ってしまったらしい。⑧
なんでも、ホームレスの男が道端に落ちていた五十円玉を拾おうとしたところ、コロコロと幾度も手を逃れて追いかけた山中で僕と息絶えた男を見つけたのだと、病室に訪れた刑事が話していた。
あの森に罠を仕掛けたと言ったのは出任せじゃなかった。本当に周囲を囲むように張り巡らせていて、しかも自分は生きて出る気はなかったから退路も確保していなかった。ホームレスの男が辿り着いて僕らが救助された後、一つも怪我をしなかった強運に感嘆されたらしい。
昔。神主様が『ご縁』を祈祷してくれる行事の日に、五円玉を持っていくのを忘れて落ち込んでいた僕に、同じ穴が空いてるから大丈夫でしょ、と言って姉が小さな財布の中から渡してくれた五十円玉。ずっと持ち歩いてきたあの御守りは、あの夜、姉の元に返してきた。今や形見となった御守りには姉が宿っている気がして、自分が手を汚すところを見られたくなかったから。
けれどどうやら、最初から最後まで見守られていたらしい。
カレンダーはあの日から丸々1週間後を示している。最悪な水曜日だった。
水曜日の朝がいちばんしんどい。⑤
あれだけ姉を殺した相手を憎いと思っていながら、あの男と同じ土俵に立ってしまったことがしんどい。
自分が汚くなってしまった様を姉に見守られてしまったのがしんどい。
しんどいまま、それでも僕は生きていく。
《完》
【要約】
姉の形見を犯行現場で身につけていたくなかったため、墓前に返すことにしたから。
[編集済]
✳︎
【簡易解説】
出会いのきっかけとなった、自販機に忘れられていたお釣りの五十円玉。
返すタイミングを失ったままになっていたが、相手が亡くなったことを知り今度こそ返さなければいけないと思ったから。
【解説】
日差しがジリジリと肌を焼く。ジワジワと忙しない蝉の声が思考を奪う。
「七列進んで右、向かって左、洋式の隣……」
スマホの画面を見返す。二週間前に久しぶりに来た通知。大学生のころに作られたグループだ。卒業してから数年は飲み会だなんだと連絡もあったが、それも五年もすればなくなり。その飲み会にも一度も顔を出さないまま、みなの顔も名前も忘れてきたころ。
「あ、った」
すっかり遠くなった名前。それでもあのグループの中で、大学生活の中で、一番はっきりと覚えている名前。それが刻まれている、墓石。傍らの墓碑に刻まれた一番新しい日付は、二年前。俊樹。そういえば、そんな名前だった。
生けられた花はまだ瑞々しい。家族か、友人か。そういえば花も何も持ってきてはいない。俺に供えられるもの、供えなければいけないものは、一つ。財布の中から五十円玉を取り出す。
「やっと、返せた」
きっとお前は、知らないだろうけど。
大学一年、四月。学部毎に集まって、いくつかの書類を書いて、必修科目や履修登録、それに図書館やナレッジスクエア――要はPCルームの説明を受けて。その日はそれで解散だった。入学前にどこで知り合ったのかわいわいと食堂に移動する人達もいるが、あいにく俺はまだ大学に話したことのある人はいない。いや、広い大学だ。同じ高校から進学した人も探せばいただろうが、結局卒業まで誰とも出会わないままだった。
さっさと帰って履修科目を決めてしまおう、と考えながらキャンパスを歩いていると、ガコンという音が耳に入った。こんなところにも自販機があるのか。何か飲もうかと百円玉を一つ入れたところでランプが光った。缶コーヒーも三百五十ミリリットルのジュースも五百ミリリットルのお茶も。百円しか入れていないはずなのに。そこまで考えて思い至った。――さっきの人だ。
慌てて見回す。ちらりと見ていた後ろ姿を頼りに探せば、ちょうど近くの教室に入るところが目に入った。釣り銭レバーを下げれば、百円玉が一枚に、五十円玉。教室の後ろのドアからそっと覗けば、教室の四分の一も埋まっていなかった。
意を決して中に入り、彼を探す。教室の中ほど、壁際の席に座っていた。
「あ、あの」
まだ同級生かも分からない。緊張しながら声をかけると、彼は携帯から目を上げた。ニコリと笑って、通路側の席を示して言った。
「ああ、空いてるよ、どうぞ」
「あ、いや、そうじゃなくて」
空席を訪ねたわけではない。慌てて否定をするが、なにぶん話すことが苦手な俺はそのまま彼の勢いに飲まれてしまった。
「もうすぐ始まるから、座りなよ。いやあ、思ったより男子少なくてさ。君がいてくれて良かった。史学科?」
「いや、日文」
「へえ。あ、俺は史学科ね。日本史」
「そうなんだ……あ、じゃなくて、あの」
いい人だ。クラスの中心にいるタイプの。なんと切り出したものか、うまく話せないでいる間に教室に教授が入ってきてしまった。
「えー、じゃ、初めますね。座ってください」
「ほら、早く」
「あ、うん」
ああ、だから違う、早く五十円を渡さないと。
それが俺と彼――岡野の出会いだった。その教室で行われたのは司書資格と学芸員資格(③)の説明。それらの資格が大学の講義と実習で取れることはそのとき初めて知った。特に学芸員資格はほとんどの講義が卒業単位に入るというので、ついでに取っておくのも悪くないかもしれない。正直あまり興味はなかったが、そんな適当な理由で資格取得を目指すことにした。
岡野はもっと真面目に、と言っても「博物館結構好きだし。それに他に履歴書に書ける資格、持ってないんだよね」という理由で。とにかく同じ資格を目指す者同士――同学年二十人中で男子が俺たち二人だけだったこともあって、俺と岡野は友人になった。
学芸員資格のために必要な講義は、そう難しくないものがほとんどだった。話の面白い教授も多くて、講義も苦痛でないし、実際に博物館に行ってレポートを書くのも最初こそ億劫だったが慣れてしまえば楽しめる。
ただ唯一、水曜一限にあった博物館経営論だけは別だ。あれは他の全講義を合わせても一番しんどかった(⑤)。内容も面白くなければ教授の話も面白くない。試験は無駄に難しく、聞く限り最高でC評価だった。俺は言うまでもなくD評価。ギリギリ合格だ。
レポートのため、そしてそれ以上に、岡野はしょっちゅう俺を博物館へ連れ出した。
キャンパスメンバーズなる便利な制度で、都内の国立博物館は学生証を見せれば常設展は無料で入ることができる。週末は夜間開館(②)もしていたものだから、金曜四限の博物館概論の後は毎週のように博物館へ足を運んだ。
常設展と侮るなかれ、きちんと見て回れば丸一日あっても足りない。それどころか二時間もすれば疲れ果てる。キャプション――解説文を一から十まで読んではいけない、というのが最初の学びだった。
博物館のマナーも、今更常識だからか講義では教わらず、俺は岡野から教えてもらった。
展示室内ではメモをとるにもボールペンやシャーペンは禁止で、鉛筆を使わなければいけない(⑩)。平日夜なんて職員以前に客も少ないから隠そうと思えば隠せた(⑨)が、インクが消えないからとか金属部分が傷つけるとか、ちゃんと理由もあってのことだ。
それに小学生以来に鉛筆を使ってみれば、案外悪くない。常設展ならばともかく、混雑する特別展では走り書きをせざるをえないことも多くある。うっかり指で擦っても掠れない(⑥)のは便利だった。
博物館はただ物が展示しているだけの、興味がなければ面白くないものだと思っていた。だが実際に行ってみると、特に常設展は分かりやすく楽しい工夫がされた展示が多くあった。
実際に触れる展示に、古い町並みを再現したもの。長屋の一角を再現した展示は家の中に上がることもできて、箪笥の中身は衣替えもしているのだという。
タッチパネルで自分の欲しい情報を詳しく見ることもできれば、地図や模型の関連箇所をレーザーで示してくれる(④)こともある。自分で動いて結果が見られるというのは、興味のない分野でもなんとも面白いものだった。
いつだったろう。なんという題だったか、日本の書を取り上げた特別展があった。土器から木簡、屏風。和歌に日記、物語、手紙。漢文から万葉仮名、そして仮名へ。文字の移り変わりをあれだけの史料から見られるのは圧巻だった(⑦)。岡野も興味を持ったのか――いや。多分あれは、俺が気になっていたことを察して。ちょうど展示解説を終えた学芸員に色々と質問をしていた(①)。あのコミュ力は、俺には手に入らないものだ。
もし。もしあの、あんなコミュ力が俺にあったなら。ここに来るまでに、二年もかからなかっただろうか。
卒業してから一度も顔を合わせないまま。学芸員過程での全体グループの飲み会のとき、俺が興味のありそうな特別展があるとき、そして多分、何にもないとき。岡野からは度々誘いの連絡があった。俺はなんやかんやと理由を付けて、全て断った。
深い意味はない。本当に用事があったとき、なんとなく面倒だったとき。そうして時間が空けば空くほど、もう戻れなくなる。
もし俺が誘いを受けていれば。自分から誘うことができていれば。そうはならなかったはずだ(⑧)、なんて。考えても仕方のないことを。
――いや。そう、こうはならなかったはずだ。
もし俺に岡野のようなコミュ力があったのなら。最初に出会ったあのときあの場所で、五十円玉を返していた。教授が来るよりも前に教室を出て、学芸員なんて資格を意識することもなく。岡野の学部も連絡先も名前も知ることのないまま。
それは、少し。
「勿体なかった、な」
供えた五十円玉をもう一度手に取る。置いていったって、家族が掃除に来たときに困るだろうし。なんて無意味に言い訳もして。
「やっぱりもう少し、借りとくよ」
これは俺が臆病な証。お前には何の意味もない、存在すら知らないたった一枚の硬貨。あの日から十一年。年を経る毎に重くなる。
まだ手放せない。手放したくない、重さ。
《終わり》
✳︎
※簡易解説は1番下にございます。
カキン、と甲高い音が小気味よく聞こえた。
振り向いて、校舎の窓から空に探す。
混じりけのない青と、そこにポツンと浮かぶ白。
天(そら)に、白球。
この美しいコントラストを生んだ巨匠は誰だろうと、空から地へ視線を移した。
そこで見つけた土まみれの巨匠は、太陽のように私の心を灼いた。
※※※※※※
高校球児の朝は早い。
とはいえ、練習が始まるにしては早すぎる時間、安藤はランニングに勤しんでいた。
緑の多い田舎だ。猛暑と言われる夏でも早朝ならまだ涼しい。
住宅地、田んぼのあぜ道を抜けて、公園へ。
いつものランニングコースで公園まで走ってきた安藤は、そこでいつもとは違う光景を目にした。
制服を着た少女の後ろ姿だ。同じ学校の、女子のセーラー。小脇にはスケッチブック。
公園の自販機の前でなんだか挙動不審だ。
…あ、もしかして…
「足りんがか」
「え?あ…」
安藤は少女に声を掛けながら勝手に小銭を入れた。
50円玉。自販機の表示は100円から150円に変わり、ボタンにランプが灯った。
「ここの自販機全部150円なん知らんかってんろ。50円くらいやるわ」
「え、し、知っとったし!うっかり小銭がなかっただけやし!」
「あぁ、そうなん。まぁ、好きなん買いや」
少女は少し悩んだのち、遠慮がちにお茶を買った。
自販機からお茶を取り出し、安藤に向き直る。
「あの、ありがとう…安藤くん」
「え、なんで名前知っとるん」
「知っとるよ。有名やもん。野球部の救世主やーって、夏体予選で勝ち進めとるのは安藤くんのおかげやーってみんな言うよ」
そんなスゴイもんじゃないけど、と安藤は思う。
野球はチーム戦だ。1人が凄いだけで勝てるものではない。
「…俺だけちゃうて。みんなが強いんや」
「おー、カッコいいやん!ねぇ、お礼になるか分からんけど、ウチの絵見て行かん?今ここで絵描いとってん!」
そう言って笑う彼女は小脇に挟んでいたスケッチブックを見せた。
住宅地、田んぼのあぜ道を抜けて、公園へ。
そしてその公園で一休みし、来た道を戻るのが安藤のルーティンだった。
「じゃあ、見せてもらおうかな」
そういうと、彼女は心底嬉しそうにはにかんだ。
彼女、三崎は美術部らしい。
スケッチブックには風景画や人物画などのラフ絵が描きこまれていた。
なかなか上手なものであり、あまり美術に造詣が深くない安藤でも、それなりに興味を持って見ることができた。
「鉛筆で書いとるんや。シャーペンとか使わんがか」
「んー、シャーペンの人も多いけどね。【⑩ウチは鉛筆派やな】!太い線の方が描いとるーって感じがして好き!」
「ふーん…そんなもんなん。あ、借りて見ていいけ?」
「…。いいよ!」
一瞬微妙に間があった気がするが、とくに気にすることもなく安藤はスケッチブックを受け取った。ぺらぺらと何枚か目を通す。
山と昔ながらの家、田んぼ、犬の散歩をする老婆、そして…
「…これ、誰?」
「…それは…」
走っているところを切り取ったかのような躍動感溢れるポーズに、野球部の練習着。
顔は書かれておらず誰だか分からない。
誰だろう。野球部のメンツなら全員知ってるが…。
「…昨日、練習中に、ホームラン打った人や」
「………俺やん」
「…そ、そうやと思う…」
まさかの自分だった。
確かにあのホームランはぜひ本番で打ちたいレベルの大飛球だったが。
「昨日美術室で絵描いとったら!カキーンってめっちゃいい音して!窓から見たらすっごいいい笑顔で走っとる人おって!描きたいってなってんもん!」
三崎は顔を真っ赤にしながら、謎の言い訳を並べ立てる。
いや別に何も言ってないんやけど、と思いながら、もう一度自分のラフ絵を見る。いい笑顔だったという割には表情が描かれてないが、まだ途中なのだろうか。
「じゃあ、この絵完成したらもう一回見せてや。色とか塗るんやろ?」
「えっ、あ、うん。ちょっと時間かかるけど、できたら見せるね」
「ん。じゃあ俺行くわ」
安藤は立ち上がり帽子をかぶりなおす。
少し長居しすぎた。帰りは少しペースを上げよう。
「じゃあまた!えっと、練習頑張って!」
「おん。あんがと」
朝の日差しは、行きよりも強くなっていた。
※※※※※※
野球部の夏体予選は順調に勝ち進み、ついに甲子園まであと1勝というところまできた。
こんな片田舎の野球部が県の代表になれるかもしれない日が来るとは、【⑦時代の移ろいを感じる】。強い選手は強い学校に行くのが常だった。
だが今年は違う!聖地に赴ける最大のチャンス。明日は絶対勝つ!
最後の練習も終え、【①監督の話に耳を傾けた】。全員の気持ちは一つだった。
それぞれの思いを秘め、明日の朝に試合が始まる野球部の面々は続々と帰路に就く。
夏と言えど夜の8時近くとなればそれなりに暗い。
安藤も帰るところだった。
が、校門に向かう途中で声を掛けられた。
「安藤くん!帰るとこごめんやけど、ちょっといいけ?」
三崎だった。
まだ学校にいたのか。こんな時間まで。
「…出来たん?絵」
「うん!明日決勝戦ねんろ?急いで作ってん!」
三崎とは最初に公園で会ったっきりだったので、安藤はすっかり忘れられていると思っていたのだが、今日に間に合うようにこんなに遅くなるまで頑張っていたらしい。
絵を描くって、そんなに時間がかかるのか。
三崎に引っ張られながら、安藤は踵を返し校舎の中へ入っていった。
美術室は校舎3階。運動場に面した教室だ。
なるほど、ここからなら野球部の練習はよく見える。
すっかり暗くなった運動場を眺めながら、三崎の絵を待つ。
そして。
「お待たせ!カッコよく描けてんよ!」
嬉々として差し出すその絵には。
「………」
鉛筆の太い線は清書されスッキリしたラインに。
色が付き立体感がある。
表情が加わり、まるで生きているかのようにそこに在る。
あの時の自分は、こんな顔をしていたのか。
「ふふ、どう?結構自信作なんやけど」
「…すごいやん。やっぱ上手いんやなお前」
「へへ…べた褒めやん…」
恥ずかしそうにはにかみながら、彼女は背を向けた。
手で絵を撫でてみる。着色は絵の具だろうか。しっかり乾いていて【⑥指でなぞっても掠れない】。
…いつ、完成したのだろう。
「安藤くん」
声を掛けられ振り向く。彼女と、さっきまではなかったはずの、布のかかった大きなキャンバス。
「なに?」
「…【⑨本当は、見せんつもりやってん】。その絵も、この絵も」
「…? 他にもなんか描いたん?」
「その絵の下書きも、見せんとこうと思えばそうできた。この絵も、今なんも言わんとけば自分だけの秘密やった。でも、やっぱり、描いたからには見てほしいやん?…とくに、きみには」
「…言いたいことが分からん」
「この絵は、きみのおかげで描けたってこと!」
ばさぁと大げさに布を取り払う。
まず目に入ってきたのは、ただの青。
とにかく目を引かれる、一面の青と、ぽつんと落とされただけのような、それでいて負けじと主張する小さな白。
たった、それだけ。
99.9%の青色と、0.1%の白色。
「…なんこれ。手抜きか?」
「手抜き!?言うに事欠いて、手抜きー!? 確かに見るとこ少ないけどめっちゃこだわったんやぞ!」
「いや、うん…まずこれなんの絵なん?」
青と白しかないこの絵から何を読み取ればいいのか、安藤には分からない。
この絵を俺が描かせた?なにひとつ思い当たるフシがなかった。
「…この前、練習でホームラン打ったって話したやろ?あのホームラン見たときの、空の絵」
「…空?」
三崎には未だに思い出せる。
金属バットの甲高い音。あの日の晴天。まるで浮かぶような白球。
美しいと思ったのだ。焦がれるほどに。
「この青は天(そら)、この色出すのにけっこう時間かけたんやよ?で、この白いのがボール。このボールを打ったのが、安藤くん。で、で!このボールの大きさ!1番のこだわりポイント!!」
と言って三崎は制服のスカートのポケットから何かを取り出した。
安藤の目が揺れた。
「50円玉…」
「ふふ、ウチらまともに喋ったの、これで2回目やね。たったの2回。その縁を繋いだのが、あの時の50円玉」
そう言いながら、三崎は50円玉を白色の上に重ねる。
50円玉は白色をピッタリと覆い、後ろから白がはみ出すこともなく、そこに収まっていた。
「明日、勝ってね」
「明日もきっと打てるよ」
「だってきみは」
「野球しとるときが、1番かっこいい」
言われたことを理解するのに時間がかかって、三崎に押し付けられたものを辛うじて受け取るのが精いっぱいで、何か言うことも、顔を真っ赤にしながら逃げるように美術室から出ていく彼女を追いかけることも、何もできず。
「………へ…?」
彼女に押し付けられた手作りのお守りを握りしめながら、茹でダコのように顔を赤くして、ただただ立ち尽くしていた。
…もし。もしも、だ。
俺がこの時固まったりしないで、追いかけられたら。
あの言葉の意味はとりあえずいったん置いといて、もう暗いから家まで送ると言えたなら。
帰路に就く三崎が、【③死角】から現れた車に轢かれて、即死する、なんてことには。
【⑧きっと、ならなかったはず】だ。
【⑤夏体予選決勝【②前夜】の、20時半過ぎの火曜日のことだった】。
※※※※※※
幸か不幸か、不謹慎なのかどうなのか、三崎の訃報に多少の混乱と困惑がチーム内を襲ったが、彼らの調子はいつも通りだった。三崎と接点のある部員がほとんどいなかったせいだろうか。
…接点のあった、ただ1人を除いて。
「安藤絶不調やん。大丈夫なんけ?全然打てとらん」
「アレです、ほら…昨日亡くなった子…」
「あぁ…なんや、安藤の友達やったん?」
「みたいっすわ。バスん中でこの世の終わりみたいな顔しとったし…」
「…その安藤はどこ行ったん」
「頭冷やしますってそこのトイレに…」
「気持ちは分かるけど…頼むぞホンマ…」
監督とチームメイトの視線の先、ベンチ裏のトイレの中にて。
安藤は蛇口から乱暴に注がれる水を頭からかぶって頭を冷やしていた。
物理的に頭を冷やしながら、昨日のことを反芻している。
…なんで、あの時、先に帰してしまったのだろう。なんで追いかけられなかったのだろう。
固まってしまったけど、すぐ追いかければ追いついたかもしれないのに。
なぜ、なぜ、俺は、どうして、なんで、
なんで!!!
自分のふがいなさに歯ぎしりする。
悔やんでも悔やみきれない後悔に思考のすべてが支配される。
ユニフォームのズボンを握り締めたその時、ポケットの違和感に気づいた。
うしろのポケットに詰め込まれていたのは―――…。
「…お守り…」
美術室から出ていく直前に押し付けられる形で受け取ったお守りだった。
無意識にユニフォームに突っ込んでいたらしい。
改めて持ってみて初めて気づく。…中になにか、固い、丸いものが、入っている―――。
必勝祈願と縫われたお守りからコロンと転げ落ちてきたのは。
「…えっ」
50円玉だった。
昨日絵に重ねただけの50円玉とは違う、白い…絵の具だろうか、そんなものが少しだけこびりついた、そんな50円玉…。
『このボールの大きさ!1番のこだわりポイント!!』
ぶわりと脳裏に浮き上がってきたのは、あの絵。
青と白だけの。
『明日、勝ってね』
俺がかっ飛ばした白球。
50円玉。
『明日もきっと打てるよ』
あぁ。
『野球しとるきみが、1番かっこいい』
…かっこわるい。
水を止め、立ち上がる。
脳裏は晴れ渡っていた。
※※※※※※
安藤の復活もあって、一進一退。
9回裏相手チームの攻撃、4-3、現在勝ち越し、ただしランナー3塁。
選手層は向こうの方が厚い。同点延長戦はあまりにも不利な状況。
ヒット、もしくはホームランでも出てしまえば、負けと言ってもいい。
安藤の守備はセンター。
飛んでくるだろうか…?
カキィン…!
打たれた。
金属バットに飛ばされたボールは高く、そして遠くへ。
その光景は、まさに。
(…アレやん)
あの絵だ。青い天に、白いボールが浮かぶ様。
天に、白球。
(おい、アレは、あの絵で打ったんは、俺ちゃうんかったんかい)
まさかあの絵が今の自分視点のものだとは恐れ入った。
ボールは内野を越え、センターへ。
(…あ、ちゃうわ)
(あの絵やなかった)
(全然ちゃうかった)
あの時、練習で打ったホームランは、もっともっと高く、遠い。
それこそ50円玉と重なるくらいに小さく見えるほど。
これはホームランにならない。
下降するボールを冷静にグラブに収め、まずはアウトひとつ。
その瞬間、3塁の選手がホームに向かい走る。
相手も必死だ。全速力で駆ける。
(させん)
俺の強肩を舐めるな。
渾身の力と思いを込めて、キャッチャーの元へ。
【④レーザービームを放った】。
※※※※※※
ジリジリと日差しが肌を刺し、ジリジリとセミが存在を主張する、真夏の昼下がり。
花やらなんやらを抱え込んだ少年、安藤はとある墓の前で立ち止まった。
「…報告、しにきた」
三崎家之墓。
彼女が眠るその場に、花、線香、新しいスケッチブックと鉛筆を供えていく。
そして、お守り。中にはあの50円玉が入ったままだ。
「甲子園行ったぞ。…初戦負けしたけどな。あ、これ、甲子園の土」
墓に砂の入った小瓶も追加する。
予選のレーザービームは見事3塁ランナーより早く、キャッチャーミットに収まり、甲子園初出場を決めた。しかし、全国の強豪の壁は高く、そこで生き残ることはできなかったが。
だからこそお盆の時期に墓参りができたというのは、まぁまぁの皮肉を感じる。
「…お前さ、ズルない?言うだけ言って終わりとか。返事いらんのか。球児のジュンジョ―弄びやがって。おこやぞ」
自分モデルの絵まで描いて、あんな熱烈な思いをぶつけられて、意識しないわけがないのに。
返事どころか言葉を噛みしめる間もなくいなくなってしまった。
「…あと、50円くらいやる言うたやろ。わざわざお守りに入れるってなんやねん。気づかんかったやん。…しかも絵に使ったヤツ」
さっきから悪態しかついてない。
いや違う、こんなこと言いたくてここまで来たんじゃない。
「…どうやった。野球しとる俺は、負けてもかっこよかったか?」
「これからいくらでも打ったるわ。そっちに1番近いとこまで、ボール打ち飛ばしてやる」
「だって、なぁ?」
「好きな子には、いつだってかっこよく思われたいやろ?」
墓に手を合わせた後、安藤はお守りから50円玉を取り出し、天に翳した。
これから何度でも、きみへ送ろう。
天(そら)に、白球を。
【終】
簡易解説:小銭が足りなくて困っていたところに50円玉をあげた事で仲良くなった少女。彼女はそれに縁を感じ、球児である男に50円玉サイズのボールを空に浮かべたような絵とお守りを送るが、送った直後に不慮の事故により帰らぬ人となる。翌日の試合中男は気落ちするも、お守りの中に入っていた50円玉を見て彼女の気持ちを思い出し、調子を取り戻す。後日、お盆の日に試合の報告とともに感謝を伝えるべく、件の50円玉が入ったお守りも一緒に供えた。
[編集済]
✳︎
≪簡易解説≫
地獄の役人として働いた逸話を持つ小野篁(おののたかむら)の墓に六文銭代わりの50円玉を供えることで、連絡が取れなくなった友人が死んでいたとしても、代わりに六文銭を届けてもらい弔いたいと思ったから。
≪詳細解説≫ ※の部分は最後にあまり参考にならない注釈があります。
地獄の鬼も仕事を休み、「地獄の釜も開く」なんて言われる8月16日。
僕はここ数年の習慣となっている墓参りに行くことにした。……と言っても自分の家の墓ではない。京都にある小野篁の墓だ。
ポケットから50円玉とアイツの描いた絵を取り出して並べていると、もうすっかり聞きなれた声がした。
「今年も来たんですか」
「はい。まだアイツの消息は分からないので」
「だからといって、わざわざこの日に私のお墓に来る人も珍しいですよ」
この人は何を隠そう、ここで眠っているはずの小野篁さんだ。※1
平安時代に活躍した歌人で、エピソードには事欠かない。身長が190cmあったとか、天皇の怒りを買って島流しになったとか、夜は地獄の役人として閻魔大王の補佐をしていた、とか。
その小野篁さんの幽霊と、毎年こうして話をしている。
◇ ◇ ◇
「あなたがここに来るのも、もう3回目ですか。最初の時は驚きましたよ、お盆の夜にごそごそしている人影が見えたんですから」
「それはこっちのセリフですよ、まさかご本人が出てくるとは思わないじゃないですか。夜に来たのは、あなたの逸話を踏まえるなら夜に来ないと意味がないと思って②」
「あっちの紫式部さんのお墓ならともかく、私のお墓に来る人なんて何かの間違いか、よっぽどの変わり者ですんで、何かしでかさないかと思いましてね。※2
そういえば、あなたはどうやって私のことをお知りに? 最近は歴史上の偉人が出てくるゲームも多いと聞きますが、さすがに私は出てないでしょう?
レーザービームを放ったり④、美少女になったりしている戦国武将なんかもいるそうですが、私はそんなことありませんし。知名度としてはB級だと思うんですよねぇ。なにより、閻魔大王を祀ったお寺もたくさんある中で、なぜ私なんです?」
「レーザービームを放ってる歴史上の人物の方が少ないと思いますが… アイツと知り合ったきっかけが、地獄に関する大学の講義だったので。その中であなたの逸話も聞きました。六文銭の意味とか、今の価値に直すと300円くらいだとか、そんな話も。
うちの大学に地獄研究が専門の先生がいまして、その先生の話を聞けたのでとても面白い経験でした①。閻魔さまに直接お願いするのはさすがに気が引けて…って言ったら怒ります?」
「はぁ、そんなものですか。それでも井戸ではなくお墓の方に来るなんて変わっていると思いますけど。※3
今の大学はそんな講義まであるんですか。穴が開いているから50円玉を持ってきているのかと思っていましたが、案外ちゃんとした理由だったんですね」
墓前に6枚並べられた50円玉を指でいじりながら、しみじみとつぶやく篁さん。
「アイツ、忘れっぽかったから。もしあの世に行っても三途の川の渡し賃忘れて泳ぎそうだし。親戚もあんまりいないって言ってたから僕以外に用意する奴もいないと思って」
「今はお金そのものよりもそういうご遺族の気持ちを重視していますけどね。お金の単位も違いますし、一緒に燃やすこともできませんから。時代の変化ですよねぇ⑦」
「そんなもんなんですか」
「そんなもんです。私がこちらの仕事を本業にし始めて1000年ほどですが、地獄も今じゃシフト組んで3交代制ですし。しかも私のシフトは月火休みなんで、水曜の朝が一番しんどいですよ⑤。
……そんなことはさておき。いつの時代にもこうして大切な人のことを思う気持ちというのは変わらないものなのかもしれませんね。あなたのやってる方法は少々突飛ですが」
「僕にはアイツのことを探す資格なんてないですし、これが僕にできる精一杯なんです」
「……資格、ですか③」
「ええ。大学の時に知り合った、と言いましたが僕とアイツは学部が違ったんです。僕は経済学部で、アイツは芸術学部。さっき言った地獄の講義は一般教養の講義でした。
勉強の内容も夢も、性格も違ったのになぜかウマが合って、講義の後には一緒に図書館に行って調べものをしたり、話し合ったりとよく一緒にいました。
ですが、就活も始まりつつあった4年の春、大喧嘩をしてしまったんです。きっかけは覚えてませんが、当時周りほど就活がうまくいってなかった僕はストレスが溜まっていたんでしょう。言ってはいけないことを言ってしまったんです。『お前はいいよなぁ!絵を描いていればいいんだから』って。それが原因で、僕と会ってくれなくなったんです。卒業はしたようですが、その後どうなったかは……」
「そうですか……」
「僕も就職して忙しかったので、あまり気にしていなかったのですが、ふと気になりまして。連絡してみるも繋がらず。
学部も違ったので共通の友人もいなくてそうそうに行き詰りました。アイツの名前でイラストレーターとかを検索してみましたがそれもダメで……。もしあの一言がなければ、そんなことにはならなかったはず⑧、もっと活躍していたはず、もしかしたらあの時のショックで……と思って。でもあんなこと言った僕にはそれ以上何かをする資格がないんです」
「だから、六文銭を、ってことですか」
「はい。僕のことを忘れていたり恨んでいてもなんとか生きているなら、会わない方がいいでしょう。でももし、もし。あの時のことと関係なくともあの世に行っていたとしたら、葬式にも墓参りにも行ってやれない分、せめて六文銭は渡してやりたいんです。アイツの実家も知らない僕が確実にできる弔いはそれしかないと思って。
……自分でも分かってるんです。生きてるか死んでるかも分からない友人のために六文銭代わりの50円玉を用意して、アイツに渡してくれ、って手を合わせて小野篁に頼むなんてどうかしてるって」
「まあどうかしていると思います。今時SNSや何かで友人の消息くらい調べられるでしょう? そうでなくても探偵だってなんだって雇えばいい。
それをしないのは、できないのは、なぜです? そして、いくらあなた方の出会ったきっかけが地獄に関することだからって死後のことにこだわるのはなぜです?」
篁さんの声が夜中の墓所に響く。
「……なぜでしょうね」
アイツの描いてくれた絵を手に取りながら返す僕も内心答えは分かっている。『絵を描くのはシャーペンよりも鉛筆の方がいいんだ⑩』と言ったアイツがノートの切れ端に描いてくれた、共に通ったキャンパスの風景。鉛筆で描かれているその絵を指でなぞっても『掠れない』⑥。その理由も。
もう3年目だ。これ以上続けるのは難しいことも。
「そろそろタイムリミットですね。あなたは元の場所に戻る時が来た。お盆のこの時期はあの世とこの世の境が曖昧になります。それもあって大目にみていましたが、さすがに3年目にもなるとはっきりさせないといけません」
そうだ。僕は念願叶って大手企業に就職したはいいものの、激務に加え職場の人間関係が上手くいかず、心身を病んでしまった。そして、ある日。駅のホームから飛び込んだのだ。
つまり、僕はゆうれ──
「ですから、とっとと自分の体に戻っていただけますか?」
「へ?」
「あなたは3年前の春、会社の最寄駅の線路に飛び込んだものの一命をとりとめました。ですが意識は戻らず、ずっと眠っている状態です。なのであなたはいわゆる生き霊ってやつですね」
「幽霊ではなく?」
「ええ。その様子だとお気付きではなかったようですが。体に大きなダメージを受けた際、よっぽど強い思いがあると、たまに魂が外に出たままどこかに行ってしまうんですよねぇ。それが今のあなたです。そこで自分が死ぬことではなく、友人が死ぬことを心配するあなたもあなたですがね」
「そうだったのか……」
「いわゆる幽霊とは違い、少しなら現実世界に干渉できるのも生き霊の特徴ですね。あなたの場合、50円玉やその絵を持つことはできても、絵を掠れさせるほどの力は込められない。そんな具合に」
僕はもう、何がなんだか分からなくなってきた。
「あなたの状態を詳しく説明しないままお帰りいただくこともできたんですが⑨、変にあの世の知識がある分、また面倒を起こさないとも限りませんし。それこそ三途の川べりで待たれても困ります。
だいたい、こっちじゃ『地獄の釜の蓋が開く』のは8月16日とされていますが、今日はお盆の最終日なんで帰ってくる亡者を待ち受けるので忙しいんです! 本来こちらの管轄ではない生き霊の相手までしてられません!」
「はぁ、なんかすみません……」
「申し訳ないと思うならさっさと帰ってください。あなたはまだ生きていますし、ご友人も少しずつですがイラストが評価され始めているようですよ」
「本当ですか……!!」
「ええ。ですからもうここには来ないでくださいね。頼みますから。いくら子孫とはいえ、もう少し近いご先祖のお墓に行ってください」
◇ ◇ ◇
気が付くと僕はベッドに寝ていた。篁さんの言葉を信じるなら3年以上病院で寝ていたということになる。
起き上がって周りを見渡すと、一冊のスケッチブックが置かれている。表紙には僕の名前がある。中を見ると。
「小野へ
お前が眠ったままだと聞いて、見舞いに来ました。あの時、お前に言われた言葉にハッとして少し自分を見つめ直すことができました。
あれからの色々を話したいし、お前のことも聞きたいです。これから見舞いに来るたびに絵を1枚ずつ描きます。このスケッチブックが終わるまでには起きて欲しいです。
高村より」
そう書かれたスケッチブックの続きには色んな絵が描かれていた。大学時代の僕ら、大学近くの公園、あの講義で聞いた地獄に住んでいる変な生き物……。
「そう言えば、『小野篁って俺とお前を合わせたみたいな名前だよな』って言って笑ったっけ……」
スケッチブックに描かれたたくさんの絵を見ながらそう呟いたとき、病室のドアが開く。
「よぉ!小野! 今日は何の絵を……!!!」
「……そうだね、今の高村の顔なんてどう? 一生の思い出になる表情だと思うよ?」
【終わり】
≪参考文献≫
この解説を書くにあたって、地獄の知識ならびに世界観について、江口夏実さんの『鬼灯の冷徹』を参考にいたしました。(『鬼灯の冷徹』作中の篁さんとは別設定です。)
≪以下読まなくてもいい注釈≫
※1 百人一首の参議篁としても知られる。歴史の教科書より古典の教科書の方が登場率は高い。
※2 小野篁の墓は京都にある紫式部墓所の中にある。源氏物語で人々を惑わせて地獄行きと言われていた紫式部の減刑を篁に頼むために、源氏物語ファンが篁の墓の隣に紫式部の墓を移したと言われている。
※3 京都の六道珍皇寺には小野篁が夜に冥土に向かうために通ったとされる井戸がある。小野篁スポットとしてはそっちの方が多分有名。
【今度こそ終わり】
[編集済]
✳︎
サイダーに浮かぶ氷の中、涼しげに咲くブルーの花。
からり、耳をくすぐる音。
この世界にこんなにも美しいものがあったのかと、僕の胸は高鳴った。
『枯れゆく前に』
毎週水曜日の会社の朝礼は、僕がスピーチ担当となっていた。[⑤]
日常の出来事や時事問題を取り上げて3分間スピーチをする。
おしゃべりは好きだがスピーチとなると話は別だ。いつも火曜の夕方あたりから焦ってネタを探すのがお決まりのパターンだった。
そしてこの日も例外なく、何か珍しいものはないかと終業後に街を散策していた。
そして偶然見つけた小さな喫茶店で、僕は廣瀬さんに出会ったのだ。
「これ、どうなってるんですか」
「見ての通り、水の中に花を入れて凍らせてるだけだ」
「こんなの初めて見ました。綺麗ですね」
「開口一番『珍しいもの出してください』なんてオーダーする奴を俺は初めて見たがな」
「いやぁ、すみません。明日の朝会社でスピーチしなきゃいけなくて、話題を探してまして」
「そんなの適当に作り話喋ったらいいんじゃないのか。喫茶店の店主がレーザービーム放ちました、とか」[④]
「レーザービーム撃てるんですか?」
「人の話聞いてたか?」
周りの客にくすくすと笑われながら、僕は廣瀬さんとの会話を純粋に楽しんでいた。初対面ではあったが絶妙に波長が合う感じがした。
しんどいだけだった毎週のスピーチに初めて感謝した瞬間だった。
「ところでこのサイダー、メニュー表に載ってないみたいですけど。おいくらですか?」
「50円」
「50円?安すぎませんか?」
「おしゃべり代だ」
「いや、さすがにダメです。お金取ってください」
「だったら氷の中の花代、50円」
「サイダーは?」
「サイダーは脇役だからいいんだ」
「なんと」
僕は50円を支払って店を後にした。
その後僕は頻繁に廣瀬さんのお店に足を運ぶようになった。
「俺が死んだら墓の花を食べてくれ」
定番となったサイダーを毎回飽きもせず眺める僕に、ある日廣瀬さんはぽつりと呟いた。
「なんですか、それは?」
「中年男の戯言だ」
「墓前で花を食べる男がいたらメチャクチャ怖いですよ」
「だろうな」
「だろうなって」
「人のいない時間にやればいい」
「それはそれで怖すぎますけどね」
からからと氷の音を楽しみながらサイダーで喉を潤す。
廣瀬さんは水を張った製氷皿に花を浮かべていた。
「花、好きなんですか?」
「似合わないだろう」
「そんなこと言ってませんよ」
「お前が言わなくとも他の奴が言うんだよ」
「そうですか。僕には魅力的に映りますけど」
「お前、乱視か?」
「視力の話じゃあないんですよ」
ごつごつとした指先で丁寧に扱われる小さな花たちは、なんだか幸せそうに見えた。
サイダーの中の氷がとけて青い花びらが浮かぶ。
グラスの中に広がる非日常感がいつしか僕の日常になっていった。
その数日後、僕は花を食べて病院に運ばれた。
廣瀬さんの言葉を思い出して何となく練習がてら食べてみたのだ。
しかしチョイスが悪かった。
可愛らしい見た目に惹かれてスズランを食べたのだが、どうやらかなり毒性の強い花だったらしい。
花を食べて死にかけたのは生まれて初めてだった。
その後専門家の話を聞くと、食べられる花はそもそも最初から食用として栽培されていることがわかった。[①]
廣瀬さんが使用していたのは食用花だったのだ。
このことを廣瀬さんに話すと、めずらしく大きな声を上げたのちに盛大に呆れられた。
「お前さてはバカなのか?」
「好奇心旺盛と言い替えていただけますか?」
「本当に花食うやつがいるか」
「廣瀬さんが墓の花食えとか言わなきゃ僕も食べなかったですよ」[⑧]
「危うく俺が人殺しになるとこだったじゃねぇか」
サイダーに浮かぶ黄色い花を眺めながら僕は口を尖らせた。
すると廣瀬さんは何を思ったのか、おもむろに鉛筆とメモ用紙を取り出した。[⑩]
「ほら。俺の連絡先だ」
渡されたその紙には、廣瀬さんの自宅の住所と電話番号が書かれていた。
「どうしたんですか、急に?」
「何かあったらいつでも頼れ。殺しかけたお詫びだ」
「いやいや、殺されかけたとは思ってないですよ」
「……いや、お詫びってのは語弊があるな。俺がそうしたいと思ったんだ」
思いのほか真剣な声で紡がれたその言葉に、僕は廣瀬さんが自分のことを大事に思ってくれていることを理解し胸が熱くなった。
照れ隠しに思わず茶化してしまいそうになったが、僕もまっすぐに応えたいと思い、深く頷いてメモを受け取った。[⑨]
「ありがたく頂戴します」
「もう花は食うなよ」
「わかってますよ」
僕は財布にいつも廣瀬さんのメモを入れておき、ことあるごとに連絡をした。
川沿いの桜が綺麗だとか、スズランはやっぱり可愛いとか。
廣瀬さんはそんな僕のくだらない話に毎回まじめに耳を傾けた。
年賀状には下手くそな花を描いた。
メモ用紙は折れ目で破れかかっており、鉛筆の文字は掠れていた。
僕たちは長い年月を過ごした。
廣瀬さんの訃報が舞い込んだのは、ある春のことだった。
棺の中、綺麗な花に囲まれて静かに眠る廣瀬さんを見て、誰かが「相変わらず花が似合わねぇ男だ」と呟いた。
その声はまるで廣瀬さんの綴る文字のように柔らかくて、僕はたまらなくなった。
僕は廣瀬さんの手元に、破れかかったメモ用紙をそっと差し込んだ。
廣瀬さんの文字のそばに僕の連絡先を書き足したものだ。
「いつでも、連絡してくださいよ」
葬儀場からの帰り道、風に揺れるスズランに僕は強く惹かれた。
季節は移ろい、初盆を迎える。
辺りを広く見渡すと、色とりどりの花が空を仰いでいる。洋風の墓石や珍しい形の墓石も多く見られ、スマートフォンを握りしめた子どもの明るい声が響いていた。
墓地までもがどんどんモダンになっていく。[⑦]そんな時代に逆行するように、どこか素朴で懐かしい廣瀬さんのそばが僕は心地よかった。
「廣瀬さん」
よう、元気でやってるのか。
「元気ですけど、話し相手がいなくて寂しいですよ」
お前はおしゃべり好きだからな。
「お供えの花、綺麗ですね」
似合わないだろう?
「そんなことないですよ。廣瀬さんによくお似合いです」
相変わらず乱視がひどいんだな。
「視力の話じゃあないんですよ」
鉛筆の文字はすぐに掠れてしまうのに、なぞればなぞるほど色濃くなっていく廣瀬さんとの記憶が僕の胸を締めつけた。[⑥]
線香をあげて手を合わせる。
周囲の音がスッと消えていくようだった。
その日の夜、ある思いを胸に僕は家を出た。[②]
車を走らせ向かった先は昼間訪れた墓地だ。
懐中電灯の明かりを頼りに僕は廣瀬さんの墓前へと歩く。
はたから見れば不気味なことこの上ないが、不思議と恐怖はない。
僕はあの日の廣瀬さんの言葉の意味をずっと考えていた。
廣瀬さんは何を思ってその言葉を口にしたのだろうか。
わからない。けれど。
何の意味もなく発された言葉ではないということだけは、僕にはわかった。
少し乾いた花びらに指先で触れる。
しかし躊躇する。
廣瀬さんからの希望とはいえ、故人に供えられた花を摘み取る資格が僕にあるのか?[③]
いや、でも。
僕は財布から50円玉を取り出した。
「花代です、廣瀬さん」
そして懐中電灯を傍らに置くと、静かに手を合わせた。
いただきます、と言葉を添えて。
暗闇の墓地に、携帯電話の着信音がピリリと鳴り響いた。
【fin.】
《簡易解説》
生前、故人に告げられた「俺が死んだら墓の花を食べてくれ」という言葉を思い出し墓に足を運んだ男。
花の対価として50円を供えた男は、故人との約束を果たすべく、いただきますと手を合わせた。
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✳︎
8月8日(土)
今日、虫をとりにうら山に行ったら山道に入ってすぐネコの鳴き声がしてネコがケースに入れられて捨てられてた。飼いたいけどお母さんもお父さんも動物がきらいだからできないや…
ネコは夜のほうが元気になるって言うからこれから毎晩にぼしと牛乳を持って遊びに来よう②!
ネコの名前は近くにおもちゃの旗が落ちてたからハタにした。
8月9日(日)
今日は家でネコのおもちゃについて色々調べて持ってきた。今はレーザーを使ったネコのおもちゃが売っててすごい未来っぽかった⑦! 流石に家におもちゃは無かったから、四角い積み木とかお父さんのレーザーポインタとか持ってきた③④。あと、自作で50円玉にタコ糸を結んで作った眠くなりそうなおもちゃも作って来た。ハタはこの50円玉のおもちゃが一番気に入ったみたいで目の前で揺らすと前足でじゃれてきて可愛かった!
8月10日(月)
なんだかハタの具合が悪そう、少しも動かないしすごく眠そう。おもちゃを出しても全然反応しないしにぼしと牛乳にも口をつけない…大丈夫かな。
明日は昼のうちに近所の動物病院に連れて行って診てもらわないと。
8月11日(火)
ハタを動物病院に連れて行ってみてもらった①。ジンフゼンっていう病気のマッキらしい。なんでもじゅみょうみたいなものでもう助からないんだって。何もできないってこんなにくやしいことだって知った。
夜にも様子を見に行ったけど疲れたのか動かないでじっとしてた。ハタを見つけたときはまだ元気で、こんな風になんてなるはずじゃなかったのに…⑧
8月12日(水)
朝一番でハタのところに行った。ハタはもう冷たくなってた。むねがすごい苦しくなった⑤。
お墓を作ってあげたかったけど、ぼく一人じゃ深い穴なんてほれなかった。このまま山の中に置いておけばハタのことはお父さんもお母さんも知らないままかくし通すことができたけど、お墓を作ってあげられないのは嫌だったからお父さんとお母さんに正直にハタのことを話した⑨。そうしたらお父さんが頭をなでてうちの庭に穴をほってくれた。
8月13日(木)
お墓を作ったら改め■ハタがいなくなったことを実感し■なみだが出てきた。ハタのことを忘れ■いように学校じゃシャー■ンはダメだからって使っているえんぴつでハタの絵をたくさん描いた⑩。鉛筆だと指でな■ったらかすれちゃうけど、お父■んにたのんでらみねーと加工■てもらったからなぞって■大丈夫な絵になった⑥。ハタのこと、ずっと覚えているからね。
8月14日(金)
一日中泣いて落ち着いたから、改めて墓の前に立ってハタのお気に入りだった50円玉のおもちゃをゆらした。その時どこかからネコの鳴き声が聞こえた。
手をあわせてハタが天国に行けるようにお願いした。
【かんいかいせつ】
8月■■日(■)
こっそり飼っていた捨てネコが死んだため生前のお気に入りだった50円玉で作ったおもちゃを墓前に供えて手を合わせました。
-了-
[編集済]
✳︎
死と同じように避けられないものがある。
それは生きることだ。
チャールズ・チャップリン
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「おまえか?寿命を高値で買い取ってくれるっていうのは。」
都内の中心部からはやや離れたところにある、真っ白な外壁が特徴のビルの一室。この近辺も日中は落ち着いた空気を醸し出しているものの、夜になるとあまり評判の良くない連中がたむろするとかで、用もなければ近づきたいとは思わない。青年を招き入れるなり挨拶もそこそこに問いかけた中年の男は、冷房の効いたこの部屋でもしきりに額の汗を拭っていた。
「はい、あくまで俺は連絡担当ですが。秋山と申します、ご連絡いただいた東村大吾さんで間違いないでしょうか。」
無愛想にそう応じるのは、いまだ学生然とした雰囲気の抜けない若い男だった。毎日のように高温注意情報の出るこの都市の路地を歩いてきたにしては、いささかの疲れも見せていないあたりに瑞々しさを感じるものの、どこか投げやりな口調と無感動にも見えるその細い眼だけが場違いに老けた印象を与えていた。
こんな若造が本当にそうなのか、とでも言いたいのだろう、全身を舐め回すように見た中年男は、軽く頷くともう一度同じ質問をした。
「本当に寿命を高値で買い取ってくれるのか?」
「高値になるかどうかは査定してみないとわかりませんが、買い取り自体は基本的にお断りしませんよ。」
ため息でも吐きそうな低い声でそう言うと、秋山はちらりと男の高級そうな腕時計に目をやり、眉間を一度強く押さえた。細い目をさらに細めながら、事務的な口調で言葉を放つ。
「それでは俺の方から説明させていただきます。」
そういうと秋山は慣れた手つきで鞄からクリップボードを取り出し、そこに記された重要事項を読み上げ始める。
「寿命の買い取りにあたっては、お客様の今後の人生を独自の方法で調査させていただきます。その上で一生を通してお客様がどれだけ充実した時間を送るか、どれだけのことを成し遂げ、どれだけの満足感を得られるか、いわば人生の幸福度に基づいて買い取り価格を提示いたします。
お客様はその査定結果を聞いたのち、契約を行うかどうか、行うとしたらどれほどの時間を売るのか、正式に決定してください。契約が成立しましたら、後日こちらの事務所に足を運んでいただき、そこで寿命を抜かせていただく形になります。」
「いや待て待て、ちょっと待てって。」
男が慌てたように手を振ると、部屋の隅の観葉植物がカサリと揺れた。意図して作ったような薄ら笑いを浮かべて、秋山に向けて肩をすくめて見せる。
「こっちから連絡しておいてなんだが、そんな話を信じろっていうのか?人生を調べるとか寿命を奪うとかって、そんな悪魔みたいな話を?」
それを聞いた秋山は、この日初めてわずかに口角を上げた。自分より背の低い男を見下ろすようにして口を開く。
「別に無理に信じてもらわなくてもいいですよ。東村さんは事務所に来て、俺の上司と少し話をして、お金を受け取って帰る。自分の寿命がどうなったかなんてわからない。それで何か問題がありますか?」
早口で畳み掛ける彼の口から覗く真っ赤な舌がまさに悪魔のそれのようで、東村はへへっと下品な笑い声をあげた。
「ちょっと言ってみただけだって。そうムキになんなよ。」
男はまるまると膨らんだ自分の腹を二度三度と撫で回すと、胸ポケットからひしゃげた煙草の箱を取り出した。少し安堵したように、目線を天井に泳がせながら言う。
「にしても本当に金がもらえるんなら助かったよ。この間ギャンブルで大負けしちまってな・・・次のための元手が必要なんだよ。」
チッと音を立てたのは、東村のライターか、はたまた秋山の舌打ちか。いずれにしてももう不機嫌な内面を隠そうともしなくなった秋山は、そうですか、と低い声でつぶやくとぱらりと一枚書類をめくった。⑨
「説明を続けます。
査定結果についてですが、値段の根拠となる未来の出来事やお客様の寿命がいつまでなのかといった質問にはお答えしかねます。基本的に人生はすでに決定しているものですが、この特別な取引に関わることによってのみ、変化が生じ、査定結果も変わることがありますので、そうした影響を抑えるための措置です。次に、最終的に契約をしないことになった場合ですが・・・・・」
------------------------------------------
それから数十分ほどして、諸々の細かい説明を終えた秋山は、では、と切り出した。
「では、説明の方はこれにて終了です。特に質問もないようでしたら、査定結果の連絡日時を決めたいのですが。」
二十分ほど前にはすでに話を聞くのに飽きていた東村は、どこか他人事のように答える。
「難しい話はわからないからいい。要するに欲しい値段に見合うだけの寿命を言えばいいんだろ? 連絡は来週のどこかだったな、それじゃあ水曜日で頼むよ。平日のど真ん中なんて起きるのも億劫だけどよ、楽しみがあればしんどさも乗りきれそうだろ。⑤」
はぁ、とひとつ息を吐くと、秋山はソファから立ち上がった。
「分かりました。たぶん俺ではないですが、うちの者が水曜日にここに来ますので。では。」
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ビルを出ると、夕暮れの光が真っ白な建物をオレンジ色に照らしていた。左手の鞄をぐっと強く握りなおしてから、秋山は路傍に転がる石ころを力任せに蹴飛ばす。目の前のガードレールがカランと音を立て、引っ掻いたような小さな傷が残った。
これ見よがしな腕時計の光沢を、やけにふかふかなソファの触感を思い出しながら、あいつは自分の命をなんだと思ってるんだ、と独りつぶやく。暮らしに困っているわけでもない、誰かに借金しているわけでもない。そんな中であいつにとって命は、売れば金になるモノよりも軽いとでも言うのか。命の値段だなんて大切な連絡日時を、そんな適当な理由で決めていいのか。
もう一度石を蹴ろうと片足に重心を乗せたとき、
「苛立ちを物にぶつけるのは感心しませんね。」
そう背後から声がした。
「三条さん、お疲れ様です。」
すらりと伸びた長い足に、後ろで一つにまとめた長い髪。いかにも冷徹で生真面目といった風貌の上司の出現はいつも唐突なので、秋山は特に驚きもしないで応じる。
彼女は眼鏡をわずかに上にずらしながら、秋山に話しかけた。
「東村さんはいかがでしたか?」
秋山はまた何かを蹴りつけたい衝動に駆られながら、低く抑えた声で報告する。
「今のところはかなり前向きに検討してくれているみたいです。事前連絡通り数年分の契約になりそうですが、査定結果報告は来週の水曜日がいいとのことです。」
ふむ、了解しましたと手帳にメモを取る三条に、秋山はところで、と問いかける。
「ところで、この前の徳森さんでしたっけ? こちらから契約を断るかもとか話してましたが、どうなったんですか?」
三条はペンを走らせる手を止め、秋山の目をじっと見つめた。
「あの方でしたら結局お断りしました。査定結果自体は一年につき40万円と、比較的安めではありましたが、お金を手に入れたいというより、寿命を全部売って自然に死ねるならそうしたいという動機だったようですので。我々は別に自殺のお手伝いをしているわけではありませんし。」
「東村って男はギャンブルがしたいかららしいですよ。そっちは断らないんですか?」
全くどいつもこいつも、という思いが募って、秋山はつい口走ってしまった。この仕事に就く前は誰しも最も大切にすると思っていた命が、いとも簡単に金に変えられていくのを見ているうちに、靴の中に入った小石をずっと気にし続けているような居心地の悪さとともに過ごすようになった。
もちろんやむを得ない事情がある客もいれば、命に代えても良いと言えるほど大切な人のためにと訪れる客もいた。しかしほとんどは我欲のため、刹那的な欲求を満たすための依頼だった。
「すみません、勝手なことを・・・」
顧客を悪く言うような失言を謝りながらも、秋山はこの胸のしこりの存在を次第に忘れていく自分を想像し、底の見えない恐怖を感じていた。黙ったままの三条に再び向けた言葉は、やはり確かに彼の本心だった。
「三条さん、俺、この仕事辞めたいです。自分まで命を軽く考えそうになるのが怖いんです。」
口をついて出た言葉に自分でも少し驚きながらも三条を見上げると、彼女は眉一つ動かさずに涼しげな顔で応じた。
「分かりました。退職手続きの準備をしておきます。」
お願いします、と小さく答えて俯く秋山の耳に、ですが、と鋭利な声が響く。
「ですが、すぐにという訳にもいきません。もう仕事は割り当ててありますので。最後にもう一件だけ、あなたにお願いしたいクライアントがいます。」
大事な案件なので、心して・・・
そう言う三条の表情は、沈みかけた夕陽が眩しくて、よく見えなかった。鳴き続ける蝉の声とまとわりつく熱気に促されるように、秋山は小さく頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「秋山と申します。ご連絡いただいた香本詩織さんで間違いないでしょうか。」
次の日、秋山が向かったのは大きな国立病院の三階にある病室の一つだった。昨日のビルとはまた異なる種類の白に染まったその建物の中に入ると、うだるような外気とは隔絶された空気感が漂っており、不謹慎かもしれないと思いながらも、どこかこの世のものではないみたいだなと秋山は感じていた。
「はい、私が香本です。こんな格好でごめんなさい、秋山さん、よろしくお願いしますね。」
そう言って花が咲いたような笑顔を見せたのは、頭に巻かれた包帯からはらりと綺麗な黒髪をこぼす若い女性だった。よいしょ、と無理にベッドの上で体勢を起こそうとする彼女を押しとどめると、ありがとうございます、とこれから寿命の話をするには似つかわしくない明るい声をあげた。
「それでは俺の方から説明させていただきます。」
いつも通りの定型文を口にしてマニュアル冊子を開きながら、彼は今朝受けた指示の内容を思い出していた。
三条の話によれば、香本はすでに病院から余命はおよそ一年ほどだろうと宣告されているそうだ。脳腫瘍、と聞いてもせいぜい医療ドラマ程度のイメージしか持っていないが、彼女のものは相当に治療が難しい場所にあるらしく、その手の専門家たちに相談しても誰もがさじを投げているらしい。①
そして、と三条は言う。
「そして彼女の両親はすでに他界しています。また、10歳年下で現在中学生の妹がいるのですが、彼女はもうすぐ両親が遺してくれたお金が自分の入院費用でなくなってしまい、妹が生活できなくなると憂えています。」
そこで一旦言葉を切った三条は、それでも淡々とした口調で続けた。
「ですから彼女は、自分に残された寿命の全てを売り払い、そのお金を全て妹さんに譲るとおっしゃっています。」
「秋山さん、秋山さん?」
香本の呼ぶ声で我にかえる。すみません、と彼女に向き直ると、確かによく見ればやつれている口が再度開かれた。
「お話ありがとうございました。ところで、査定結果が変わる可能性があるとおっしゃってましたが、その場合のお金とかって・・・」
いくつかの質問に答えながらも、秋山は彼女の優しげな目元を見つめてその境遇に思いを馳せていた。考えてみればこの建物も、すでに治療は困難となり、安らかに死を待つ患者のためのものなのだろう。出歩く人もほぼいない廊下、患者一人ひとりに用意された個室、自然の多い立地。それらに囲まれた静寂の中で彼が感じた薄ら寒さは、冷房が効きすぎているせいではなかった。
彼女のように、と秋山は独りごちる。彼女のように生きたくても生きられない人がいるというのに、一方で簡単に寿命を売ってしまう人がいる。その両方を知る自分はせめて、彼女に対して誠実でありたいと、潔癖な白の中でそう思った。
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「それではこれで説明を終わります。できるだけ早くとのことでしたので、明日査定結果を持ってきますね。」
そう告げて書類を片付けると、三条から伝えられたもう一つの仕事を思い起こす。
「香本さん、この後なんですが、少し話を聞かせてもらってもいいですか?
生死に直結する契約の際は、きちんと取引相手としてふさわしいか確かめる必要があるみたいなんです。」
はい、もちろん、と笑顔で答える彼女の細い腕は、今にも折れてしまいそうだった。
「妹は、両親のこともあまり覚えていないんです。当時まだ4歳でしたから。」
ベッド近くの椅子に腰を下ろした秋山に、香本はそうつぶやいた。
「美郷っていうんですけどね、あの子は物心ついてからずっと私と二人きりでしたし、私もその頃は学生でまともにお金も稼げなかったので、ずいぶん我慢させちゃいました。」
病室の窓から見える公園では、流行りのヒーローのお面をかぶった子どもたちが楽しげな声を上げながら走り回っていた。それを見つめて寂しげに俯く彼女の頬を、冷房の風が静かに撫でていく。
「やっと働き出したと思ったら病気だって分かって。お金を稼ぐこともできないのに入院してたら、貯金も減っていく一方じゃないですか。だったら少しでも妹の今後の生活の足しになれたらなって。」
たまらなくなって、俺が口を挟むことではないでしょうが、と断ってから言葉を紡ぐ。
「でも、香本さんが死んだら妹さんは今度こそ一人になってしまうんですよ。彼女はあなたに少しでも長生きしてほしいと思ってるんじゃないですか。」
ええ、わかってます、と香本は柔らかい微笑みを浮かべて言った。
「そりゃ、生きていられるならその方が良いに決まってます。でも、私はどのみち一年もしたら死んでしまうんですよ。」
お薬とか、レーザー光線を使った手術とかも試みてもらったんですけどね、と頭の包帯に手を当てる。④
「妹にとっては、私がいなくなってからの人生の方が何倍も何十倍も長いんです。だったら早く立ち直って、お金に困らない人生を生きた方がいいでしょ?」
彼女の笑顔があまりにも自然で、でもあまりにも鋭くて、秋山は何も言えなかった。
外で騒いでいた子どもの声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
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そ、そんな・・・そんなばかな・・・
日光の入らない薄暗い部屋で、秋山はあまりの驚きに身を震わせていた。
「それでは香本さんに、こちらの査定結果の伝達をよろしくお願いします。」
熱のない声でそう言って背を向ける三条に、秋山は叫ぶように言葉をかける。
「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか、どうしてこんなに安いんですか!」
彼女はゆっくりと振り向き、驚愕に見開かれた彼の目をじっと見据えて言った。
「それを知ってどうするつもりですか? 査定結果は間違っていませんし、この値段を聞いて契約をするかどうかはお客様次第です。」
バタン、と音を立てて部屋を出る三条の背に揺れる髪を見つめながら、秋山はどうしようもない絶望を肌で感じていた。
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「あ、秋山さん、おはようございます。」
次の日、もう太陽も高く上っているというのにそう笑いかける香本の顔を、彼は直視することができなかった。身体にかぶさる掛け布団を足元に押しやり、彼女はベッドの縁に腰掛ける形になる。一度目を瞑り、ふぅ、と大きく深呼吸をすると、再び人懐っこい笑みを浮かべた。
「査定結果を持ってきてくれたんですよね。期待しないようにしていても、やっぱりちょっと緊張します。」
へへ、と照れたように頬をかく彼女にゆっくりと頷きながら、秋山も覚悟を決めた。
「香本詩織さん、あなたの残りの人生の査定額は、10万円です。」
焦らしも演出もする余裕はなく、一息で言い放った。一人の命の値段として似つかわしいとは思えない、その金額を。
何も言わない香本に、さすがにショックだっただろうかと恐る恐る声をかけようとすると、ガバッと音を立てるように、彼女が突然立ち上がった。
「おお!本当ですか!」
昨日より心なしか血色の悪く見えた顔に明かりが灯るように、頬を上気させながら香本は言う。
「思ってたより全然良かった! こんな命いらないって言われたらどうしようと思ってました。」
どうやら落ち込んではいないようだと胸を撫で下ろしながらも、あまりぬか喜びさせてもいけないと思い、本来こういうことを言うべきではないのでしょうが、と前置きしてから伝える。
「香本さんの寿命が残り一年だとすると、10万円という値段は決して十分高いとは言えない数字です。安すぎると契約を取りやめる方もいます。それでも寿命を売るかどうか、もう一度考えてみてください。」
すると彼女は、一片の逡巡も見せずに言い切った。
「契約は、お願いします。秋山さんは安いって言いますけど、私、こうして病室にいてばっかりで、体調だって良くないんですよ? ほとんど出歩くこともできない残りの人生ですから、多少安くても仕方ないと思います。」
香本は枕元の写真立てに目を落とす。そこに写っているのは陸上トラックを溌剌と駆け抜ける短髪の少女で、どこか彼女に似た顔立ちに見える。
ささやくような声で、それに、と言葉を続ける。
「それに、あの子のためには私はそろそろいなくなった方がいいんです。」
その絞り出した声とは裏腹に、顔をあげた香本はあの陽だまりのような笑顔で、秋山の心をしめつけた。
俺は間違っていない、彼はそう自分に言い聞かせるしかなかった。
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できるなら明日にでも取引を、という彼女の意向を三条に連絡してから病室に戻ると、先ほどの写真の少女が高らかな笑い声を上げていた。ドアを開ける音で気づいたのかこちらを振り返ると、ピタリと笑うのをやめて訝しげな目線を向けてくる。
「あ、おかえりなさい。こちら、妹の美郷です。陸上部に入っているの。」
香本の紹介が終わるや否や美郷は一、二歩と後ずさりし、写真よりさらに日に焼けた顔に驚きの表情を浮かべる。
「え、姉ちゃん、この人だれ? まさか、姉ちゃんの彼氏!?」
その言葉に思わず吹き出しかけ、慌てて否定しようとすると、香本は意味ありげに目配せをし、わざとらしい口調で言った。
「こ、こら!美郷、何言ってるの!秋山さんはただの友達よ!」
うろたえてみせる香本と実際にうろたえている秋山とを交互に見た美郷は、年頃の少女らしくニヤニヤと笑いながら出口へと向かう。
「もうお姉ちゃん、そうならそうと言ってよ・・・
じゃあ私は二人のお邪魔にならないようにこの辺で。」
たんたんたん、と元気な足音が遠ざかるのを聞いて、香本はすみません、と頭を下げる。
「すみません、変なことを言ってしまって。あの子には心配をかけたくなくて、つい。」
いや、大丈夫です、とかぶりを振りながら、秋山は不思議とどこか暖かい気持ちに包まれていた。しかし、
「もう美郷にも会えないのかと思うと、最後に一目見ておきたくなってしまって。」
その重い言葉でふわふわとした感覚も露と消え、彼は自分の仕事を思い出す。
「香本さんの希望通り、明日の午前中にでも契約を履行できるそうです。普段は事務所まで来てもらうんですが、今回は俺の上司がここに来られるとのことでした。」
それは良かったです、と微笑む彼女に、秋山は三条からのもう一つの指示を伝える。
「契約履行の前日ということで、香本さんが無謀な行動をとらないか俺が近くで見守るよう言われました。できるだけ迷惑にならないようにするので、どうぞ好きなようにしていてください。」
その言葉に彼女はふふ、と楽しげな声を漏らすと、
「それじゃ、私の話し相手になってくれません?」
真っ直ぐな瞳に見つめられて、秋山に断ることはできなかった。
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それから香本は、いろいろなことを話して聞かせた。両親のこと、妹のこと。もし健康だったらこんなことがしたい、あんなところに行ってみたい。辛くないのだろうかと心配になる話題も彼女の口から次々に飛び出し、秋山はその度に適切な表現を探していたが、次第にそれすらも気にならなくなるほど、ただひたすらに言葉を交わした。
彼女に促されるまま、秋山も自分のことを話した。過去のことも、未来のことも、今抱えている仕事へのくすんだ思いも、全て。
それは楽しい時間だった。暗い思いも吹き飛ばしてくれるほどに、幸福な時間だった。
一度だけ会話が途切れたのは、彼女が病室の引き出しから紙と封筒を取り出した時だった。何をするのだろうと見つめる秋山に、彼女は笑って言った。
「遺書を書こうと思って。もう明日死んじゃうんだって分かってるわけですから、せめて何か書いておきたいんです。」
シャーペンの手触りは無機質で苦手なんです、と言う香本は、ベッド脇の台に紙を敷き、鉛筆片手に下書きを始めた。⑩
「もっとも、伝えたいことがある相手なんてほとんどいないんですけどね。」
そんなことを言うときですら、彼女は寂しげに笑っていた。
その日、彼女が笑みを絶やすことはなかった。
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異変が起きたのはその夜、秋山が病院内の売店で自分の夕食を買い、面会が許されるギリギリの時刻までとどまる準備を終えたときだった。
その後病室に戻るとどこにも香本の姿はなく、トイレにでも行ったのだろうと思っていた彼も、30分が過ぎる頃には焦りとともに立ち上がっていた。看護師に確認してもどこにいるかわからないという。その言葉を聞いた秋山は、三条からの指示を思い出していた。
「もうすぐ死んでしまうと思っている人間は、少々無茶なことでもしてしまいます。それが犯罪にならないか、クライアントの身に害を及ぼさないか、注意してください。
特に契約履行の迫る前日の夜は大変危険ですので、重点的にお願いします。」②
見つかったら連絡するよう頼み、彼は病院を飛び出した。ひとつだけ、心当たりがあった。
日が落ちてもまだ蒸し暑い空気を押しのけるようにして走り出す。自然の中での療養を意識したであろうこの病院の裏には、1時間ほどで登れる小さな山があるのだが、その頂上を目指して走る。
彼女はそこが、この近くで一番眺めが良いところなのだと話していた。死ぬ前にもう一度だけでも、行ってみたかった場所なのだと。
あまり通る人のいない山道には木々が左右から押し寄せており、夜の暗闇の中ではいっそう薄気味悪く感じる。ふと段差の脇の手すりを見ると、枝葉で切ったのであろうか、真新しく見える血が線のように付いている箇所があった。だが指でなぞってみるとそれはすでに固まっており、少なくとも数分やそこらの間に付着したものではないとわかる。⑥
秋山は嫌な予感に苛まれながら、山頂へ向け急いだ。
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「香本さん!」
そう叫んだ彼が手すりにもたれてぜいぜいと肩で息をする彼女に駆け寄ったのは、それから数十分登った山道の八合目あたりだった。秋山さん、とか細い声で応じた彼女は無理に笑顔を作ろうとし、直後激しく咳き込む。
「何してるんですか!どうしてこんな無茶を・・・」
彼女はすみません、と口にした後秋山から目をそらし、木々の間からのぞく夏の星空を見上げて言った。
「なんだか、虚しくなっちゃって。どうせ明日死ぬんだったら、最後にちょっとくらい無理して綺麗な景色を見たいなって、そう思ったんです。」
その言葉に、思わず唇を噛む。
甘かった。彼女の思いをわかったつもりで、実は何も理解していなかった。あんなに明るかったから。あんなに笑顔だったから。もう自分が死ぬことなんてとっくに受け入れていて、諦めていて、あとはただ妹のために全てを投げ出すだけなんだと、そう思い込んでいた。貼り付けた仮面の裏で、彼女は誰よりも自分の不幸な運命を呪っていたのだろう。
俺の行動が彼女の生に意味を与えるのだなどと満足していた自分が滑稽に思えて、顔を見られないうちに彼女の目の前にしゃがみ込む。
「乗ってください。頂上まで行きましょう。」
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「秋山さん、」
姿の見えない虫の声が幾重にも響く中で、香本は声をかけた。彼女が足元を照らすライトの他は月明かりしかない暗闇にぽつりと言葉が溶けていく。
「私、やっぱり怖いんです。」
何が、とは聞かなかった。
死ぬことが、怖い。そんなことはきっと誰もがわかっていて、でもその恐怖が死の縁遠さとフィクションで薄められて、忘れかけている。どんな大義があろうとも、大切な誰かのためであろうとも、命がひとつ消えることは当たり前に不幸で、悲劇的だ。
一段一段、山道を踏みしめ登っていく。こうして背負ってみると彼女の身体はあまりにも軽くて、ふとした瞬間に消えてなくなりそうな、そんな儚さがあった。
「私、」
鼻をすする音が聞こえる。
「私、本当は生きたい。死にたくない。」
かすかに耳に届いた声が今までのどれよりも幼く聞こえて、秋山はようやく彼女の本心を知れたような気がした。背後の見えない顔が偽物の笑顔ではないことを願いながら、彼も少しだけ自分に正直になる。
「俺も、香本さんに生きていてほしいです。」
ひっく、としゃくり上げる声が聞こえた。それは秋山の足音と呼応するようにしばらく続き、そして止んだ。
ありがとうございます、と空耳ともわからないほどにか細い声がして、同時に彼の首筋を濡らした何かが、彼女の血でなければいいなと思った。
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「秋山さん、ここです。」
香本に言われて、頂上に着いたのだとわかった。静かに彼女を下ろすと、少しふらつきながらも確かにその足で立ち、眼下に広がる夜景を眺めている。それは確かに無理を押してでも訪れたいと思える光景で、街の明かりが闇夜を彩る中で、ふもとの病院はやけに小さく見えた。
暗闇にのまれてよく見えない景色よりも月明かりに照らされて佇む彼女の方にむしろ見とれながら、秋山もまた呆けたように立ち尽くしていた。
「ありがとうございます、秋山さん。」
彼女はしっかりとした声でそういうと、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「これでもう思い残すことはありません。」
そんな芝居がかった台詞を口にする香本はどこか満足げな表情を浮かべていて、そこにはもう悲しみを押し殺してはいない、純粋に美しい一人の女性がいた。
「私はわがままをきいてもらったので、あとは美郷に譲ります。大した額じゃなくても、あの子に残せるのなら十分嬉しいです。」
そのすがすがしい微笑を見て、言わなくては、と思った。彼女のためと言い訳をして、ひそかに誤魔化したことも、どうせいなくなってしまうのなら全て知っておいてほしいと、優しさと称した俺の身勝手な振る舞いを責めてほしいと、そう思った。
「すみません香本さん、あなたの、あなたの人生の本当の値段は・・・」
しっ!
とでも言うように彼女は人差し指を立て、血の気のない唇に寄せる。その悪戯っぽい仕草は全てを見透かしているようで、彼はうっと言葉に詰まる。
細い三日月がふと雲に隠れたとき、その表情を暗闇に隠した病衣の小悪魔は静かに言った。
「私が死んだら、教えてください。」
再び月が顔を出すと、彼女はまた眼下の暗景に目をやる。頭を垂れたまま目を瞑るその様子は、何かを祈っているようにも見えた。
さよなら
声は届かなかったけれど、確かにそう言った気がした。その心からの別れの言葉は、秋山にでも、妹にでもなく、命に溢れたこの世界に向けられていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日、香本詩織は若くしてこの世を去った。
あの後彼女は連絡を受けて迎えにきた病院の職員に保護され、秋山は勤務を終えて家に帰った。
自室に戻された彼女はひどく衰弱してはいたものの容態は安定し、次の日には予定通り三条と面会できるまでに回復した。だからこそ、三条が去ってしばらくしたあの日の午後に体調が急変し、死に至ったことは少なからず驚かれたようだ。
聞くところによれば、死の間際の彼女はひどい痛みを感じていただろうに、心なしか安らかに微笑んでいたようであったらしい。それを知った秋山は彼女らしいと苦笑しながら、やはりどこか胸の穴から自分自身というものが流れ出していくような喪失感を覚えていた。
暑い夏の日のことだった。
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ざり、ざり、ざり・・・
やや使い古されたよそ行きの真っ黒な靴が、敷き詰められた砂利を一歩ごとに踏み分ける。
その音が高く炎天に響いて、秋山は額に滴る汗を拭った。
数日後、彼は郊外の小さな霊園を訪れていた。
彼女は自分の死後に妹が困らないよう、墓石などの手配を早い段階で済ませていたそうで、まだ彼女の声も表情もありありと思い出せるというのに、その飾り気のない石には確かに香本と記されていた。
「約束を守りに来ました。」
強い意志のこもった声で、彼は言う。
あの夜、伝えようとして伝えられなかったことを、彼女を思ってついた嘘を、もう取り戻せないとしても、深く胸に刻むために。
秋山はポケットから取り出した五十円玉を、そっと彼女の墓前に置いた。
「これだけです。
あなたの命の値段は、これだけでした。」
太陽を反射してやけに眩しいその硬貨を見つめていられなくて、彼はぎゅっと目を瞑り、手を合わせる。あの日の絶望と葛藤は消えるはずもなく、今でも三条の冷たい声はまざまざと思い起こされた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「香本詩織さんの査定結果は、50円です。」
聞き間違いかと思い、もう一度お願いします、と慌てて耳をすませる。
「ですから、50円です。」
三条は呆れたように言い直す。
どうして、どうしてそんな金額が、と狼狽する彼にぴしゃりと言い放って立ち去る彼女の靴の音を聞きながら、秋山はなんとか呼吸を整える。
信じられない、いや、信じたくないことだが、この値段はつまり彼女のこれからの人生に何の価値もないということだ。これまで妹のために必死に苦労してきた彼女が、仮に契約をやめても、ただ不幸に塗れた人生を送るだけ。かと言って寿命を売ったところで、妹にとってプラスになるわけでもない。どのみち、絶望しか待ち受けていないのではないだろうか。
これを彼女に伝えるわけにはいかない。彼はそう思った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
だから、と秋山は真新しい碑に独り語りかける。
「だからせめて、俺がすぐにポンと出せるだけの価格を上乗せして、例えほんの少しでも幸福に旅立ってもらえたらと思ったんです。」
『香本詩織さん、あなたの残りの人生の査定額は、10万円です。』
あの日そう伝えた秋山は、代金の支払いに合わせて自分の10万円を指定された口座に振り込むつもりだ。彼女はもうそれを見てはいないけれど、彼女の妹のためになるといいな。そう思いながら。
でも、と彼はあの月夜の香本を思い出して息を吐く。
でも、彼女は病院を抜け出した。両親を亡くし、自分まで死の淵に立たされる。その絶望はきっと金額の多寡でどうこうできるものでもなく、彼女の病気と同じように、最も深いところに巣食っていたのだろう。彼女の救いにもなれず、結局自己満足で終わるのだと嘲笑うかのように、カラスが鳴きながら頭上を通り過ぎた。
「仕事のアフターケアとは随分感心なことですね。」
不意に背後から声が響いた。感情のこもらない皮肉めいた台詞に、彼は慌てて振り返る。
「三条さん・・・」
墓石を前にうずくまる秋山を呆れたように見下ろしながら、三条はつつ、と眼鏡を押し上げた。突然の登場はいつものこととはいえどうしてこんなところにまで、と驚く彼の耳に、普段通りの理性的な声が響く。
「あなたにいくつか渡さなくてはならないものがありまして。」
まずは、と言って彼女が取り出したのは、見覚えのある質素な封筒だった。その中に丁寧に折り畳まれた紙のうち一枚を、一瞥して確かめてから秋山に向けて差し出す。
「香本詩織さんの遺書の中に、あなたに宛てた箇所があったようです。」
これがそのコピーです、と言う三条から紙を受け取った彼は、香本が握り締めていた短い鉛筆を思い出す。あの時俺に向けて書いてもいたのかと思うと、悲しみの中にどこかこそばゆい気持ちもあった。
彼女からの手紙には、誰が読むかもわからないので当たり前だが、契約については何も書かれていなかった。二人でたくさん話ができてとても楽しかったこと、もし可能であればたまに妹と連絡をとってやってほしいことが、当たり障りのない言葉で綴られていた。
だがその書きぶりがまさに彼女の話し言葉そのもののようで、あの声を聞くことはもうないのだと彼は改めて実感した。
一陣の風に紙を飛ばされそうになり、指で強く掴み直す。
そこで秋山はふと、手紙の最後の数行だけが、後から無理に書き加えたかのように小さな文字が並んでいるのに目を留めた。そこに記された言葉を見て、彼は目を見張った。
『私のわがままに付き合ってくれた優しい秋山さん。結果が良くなかったことについてあなたは何も悪くないのに、そんなに苦しそうな顔をしていたら、秋山さんの嘘なんてすぐバレちゃいますよ? 本当はもっともっと良くない結果だったのを、黙っていてくれたんだろうなって、ずっとわかってました。こんな私のために、ありがとうございます。』
気づかれていた。初めから。全て知っていて、わかっていて、それでも彼女は笑っていた。やり場のない思いを抱えて、誰にも助けを求められないまま、彼女は明るく振る舞い続けた。彼女のためにとした選択は彼女の助けになるどころか、むしろ気を遣わせてしまった。俺のために、偽物の笑顔を作らせてしまった。
やるせなくて、悔しくて、秋山は拳を強く握る。あの夜道での気持ちを思い出し、唇を噛む。そうでもしないと自分のみじめさを夏空の下に吐き出してしまいそうで、強く、強く歯を食いしばった。
下を向き肩を震わせる秋山を無感動な目で見つめる三条は、それからもう一つ、と彼女の懐をまさぐった。機械的な明朝体が並ぶ紙を彼の前に広げると、言った。
「退職受理状です。今回の仕事をもって辞職するとのことでしたので。」
思わず顔を上げる。そうだ、この仕事はもう辞めたいと、そう伝えていたんだったか。
「ま、待ってください。」
思わず大きな声が出てしまい、誰かに聞かれていやしないかと辺りを見回す。
「もう少しこの仕事を続けさせてください。その、俺・・・」
一瞬迷って、でももう嘘で誤魔化して後悔したくないと、正直に伝えることにした。姉ちゃん、と明るく笑いかけていた美郷を思い浮かべながら叫ぶように言う。
「俺、彼女の妹の力になれないかなって。せめて自立できるようになるまで手助けができないかなって、思ってるんです。でもそのためには、この仕事を続けてしっかりお金を貰わないと・・・」
「それはできません。」
三条はぴしゃりと言った。眼鏡の奥の瞳が厳しい光を放っている。
「あなたは命に関わる取引の際、クライアントに対して意図的に嘘の査定結果を伝えました。どういった理由があろうとも許されないことをしたあなたに、ここで働く資格はありません。本来ならば解雇という形を取るところです。」③
あまりにも正しく強いその言葉に、秋山は何も言えなくなる。彼女たちにとって自分の行動は幾重にも裏目に出たのだと、目の前が真っ暗になった気がした。真夏の日差しが照りつける中、人気のない霊園に響く蝉の声までもが、墓にいる彼女と共に自分を責めているように聞こえて、秋山は力なくうなだれる。
「ですが、お金の心配はいらないでしょう。」
どういうことだろうといぶかしみながら顔を上げると、三条はいつになく優しげな、慈愛を感じさせる表情を浮かべていた。すっと秋山に近づくと、開いた右手に何かを握らせる。
それは・・・札束だった。
一つ、二つ、三つの札束が、彼の手に確かな重みを感じさせていた。
驚きに目を見開く秋山に、三条ははっきりとした声で、これが彼女の値段です、と言った。
「香本詩織さんの寿命の価値は、300万円でした。」
な・・・どういうことだ・・・
驚いて声が出ない彼の目を真っ直ぐに見つめて、彼女は普段見せない馴れ馴れしい口調をのぞかせる。
「もしかして忘れたんですか? あなたの口から毎回クライアントに伝えてもらっているはずですよ。」
そう言うと彼女は、聞き慣れた注意事項を口にした。
『寿命の取引に関わった場合にのみ、査定結果が変わることがある』
今だから言えることですが、と三条は言う。
「確かに彼女の人生は、絶望に満ちていました。こんなことならいつ死んでも同じだ、彼女自身がそう思っていました。」
ですから、と続けながら、眩しい日差しを遮るように眼鏡の縁に手を当てる。
「本来彼女は、契約を履行しなくてもあの日のうちに亡くなっていました。生きる意味を見失った彼女は、あの日の夜に起きた発作の中で、生きたいと思えずに命を落とすはずでした。50円という査定は、つまりそういうことです。」
余命なんて本人の気の持ちよう次第ですし、と彼女は素っ気なく言った。
「ですが、」
ふっ、と空気が和らいだ気がした。どこか彼に寄り添うように、三条は言葉を紡ぐ。
「寿命を売ろうと思い立って、彼女はあなたに出会いました。あなたと言葉を交わし、あなたの優しさに触れ、この世界で生きたいと、そう強く思えました。」
三条は今や、笑顔を隠そうともしなかった。
「彼女の死後にわかったことですが、仮に契約が取り消されていたら、彼女はその夜の発作を、希望を力に耐え抜きました。その後およそ2年もの間、妹さん、そしてあなたと共に、ベッドの上で笑顔と愛情に満ち溢れた時間を過ごしました。病気とともにあったとしても、妹に何も遺せなくても、彼女は何物にも代えがたい幸福な人生を手にしました。」
余命なんて本人の気の持ちよう次第ですし、と今度は嬉しげに言った三条は、彼の方へと手のひらを向ける。
「秋山さん、あなたのおかげです。もしあなたが彼女の担当でなければ、あなたが彼女のために嘘をつかなければ、彼女の人生は50円のままだったでしょう。」⑧
三条はそこで言葉を切ると、秋山の耳元でささやくように言った。
「彼女の笑顔は、本物でしたよ。」
もう三条の顔など見ていられなかった。眼の奥からとめどなく溢れ出る何かで視界がぼやけて、何も見えなかった。ひぐ、としゃくり上げるように声を上げると、墓前の地面に次から次へと涙がこぼれて乾いた土を湿らせていく。立っていることもできず、彼女の墓石の前に首を垂れる。
彼女は、救われていた。命の灯が消える最期の一瞬まで、彼女は自分の価値を信じることができた。両親はいないままでも、病気は治らなくても、絶えることのない笑顔を、希望を、確かに掴んでいたんだ。自分の選択の意味よりも、ただ彼女の幸せが嬉しくて、どうしようもなく胸に渦巻く思いが頬を濡らしていた。
「香本さんは妹ではなくあなたにお金を渡してほしいと仰っていました。」
三条が彼の肩にそっと手を置いた。
「彼女から預かった命を、大切にしてください。」
お、お、と口を開けば漏れ出る嗚咽に身を委ねながら、秋山は震えるように頷いた。
多くの命が活気づく、暑い夏の日のことだった。
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✳︎
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
・
・・
・・・
どれだけ手を合わせていただろうか、ふと横から肩を叩かれてゆっくりと目を開ければ、よく日に焼けた短髪の女性が麦わら帽子のつばを持ち上げながら、そろそろ戻ろうよ、と促していた。
こんな山中の墓地であってもみな平等に照りつける夏の日差しは、確かな生の実感を伴う痛みをもたらす。ひりひりと火照る腕をさすりながら立ち上がると、彼女は青空を見上げながら言った。
「今年で十年目だよね。」
そうだな、と首肯して目の前の墓を眺めれば、ところどころ苔生して『香本』の字も読み取りにくくなっている。⑦
この苔もまた、生きている。地を這う虫も、空を駆ける鳥も、そして俺たちも。
そんな当たり前に溢れた世界の眺め方を教えてくれた彼女に、もう一度深々と頭を下げて、よく似た顔でにかっと笑う女性の方へと向き直る。
「よし!それじゃ駐車場まで競争な!」
言うが早いか遠ざかり始めた彼女の背中を目で追いながら、おいおい、陸上女子日本代表に勝てるわけないだろ、とつぶやき、走り出す。
暑い夏の日のことだった。
【完】
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✳︎
【簡易解説】
顧客の寿命を買い取る商売に従事する男。
ある女性客の命の値段を偽って伝えていたが、実はたったの50円の価値しかなかったのだということを彼女に示すために五十円玉を墓前に供え、冥福を祈った。
原案図書
・・・三秋縋『三日間の幸福』(KADOKAWA)
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✳︎
水曜の朝が一番しんどい⑤のは、どう考えたって君のせいだ。
一週間に一授業だけの、合同数学の時間。理系クラスに向かう前席の子と引き換えに他組からやってくるのは、私の真ん前に座る君。君がそこに座ると私は、なぜだか知らないまま、抑えようとも思えないまま、心臓がばくばくと暴れだし、それは体の外へ脱獄せんとばかりになる。
数学は苦手だし、君のせいで心臓は高鳴るし、この一限だけは全然集中できない。それもこれもは全て、君が、君が気になって仕方ないからだと思う。…
菜摘ちゃんはとってもとっても良い子だが、ごくたまに極悪非道ないじわるをする。哲也君のことが気になっているのをこっそり話した時の彼女の悪戯な目は、やはり嫌な予感センサーが憤慨するには十分だった。擬音でいうなら、きらりーん。菜摘ちゃんはとってもとっても悪い子だ。
あーおっいー!
それから少し経っての日、席に座る私の後ろから元気よく絡み付いてきた菜摘ちゃんに、怪訝な目を向けた。いつもならこっちも、なーつっみー!って返すくらいに仲良しだが、今の菜摘ちゃんは明らかに声色がおかしい。例えるならそう、お菓子を持って公園に来た、帽子にマスクにサングラスの男。身長170cm程の中肉中背で、黒いパーカーを着ている。心当たりはこちらにお電話を。
どうしたんだいぼけっとしなさって。まるでお菓子を持って公園に来た、帽子にマスクにサングラスの男でも見るような目じゃないの
…菜摘ちゃんは、いつから心の読める設定になったの?
私の返事を無視して菜摘ちゃんが渡してきたのは、一枚のパンフレットだった。確かこの近所で開催される、神社の花火大会のもの。
蒼衣ちゃん、日曜の夜ならどうせ、予定たっぷり空いてるハズだよね。
私がおずおず頷くと、菜摘ちゃんはきらりんな瞳を更に輝かせて、早口言葉みたいにその後を捲し立てた。一部を抜粋すると、こんな感じ。
3組の「王子様」にね、私が直々に約束を交わしてきた。
そっちは良樹と哲也君で良いから、私とあともう一人女の子と一緒に、花火大会に行かない?って。
良樹はOKしてくれたし、なんと哲也君ももれなくセット、今宵はお得なキャンペーン中って感じ。
本当に、私が良樹と顔馴染みで良かったねぇ。これで蒼衣はめでたく、愛しの王子様と一夏の思い出。なんなら上手く行っちゃえば…それは運命の始まりに…。きゃー、あつあつー!蒼衣ちゃん、どうぞお幸せにー♪
押せ押せな性格な菜摘ちゃんと違って、夏休みはお昼までお休みお昼寝するハズだった私には、色々と急過ぎる約束だった。私がこのあと大大大パニックしながら抗議するも、からかいタイム到来な菜摘ちゃんのおもちゃになったのは言うまでもないし、結局、そこに馳せ参じることになってしまったのも惨憺たる事実である。…本当ならば片思いに、水曜の朝に後ろから、こっそり見ているだけで良かったのに。菜摘ちゃんもいるとはいえ、一緒に花火を見ることになんてならなかったハズ⑧なのに。
蒼衣はうじうじちゃんなんだからさあ、この機会はむしろ、私なりのささやかなプレゼントと解してほしいな!
からかいタイムで水を得た魚の如く、生き生きとした笑顔を浮かべる私の親友。菜摘ちゃんは、とってもとっても悪い子である。
自称恋の専門家、板垣菜摘はこう言った。曰く、哲也君への当たって砕けろアタックは、必ずあなたの身を結ぶ。こういうのは思い出、記念を作る積極性が一番、と。
かの専門家の話を聞いた①私は、その専売特許はとっとと返上した方が天上天下の為になるやとも、冗談を返す意志の余地もなく、当日は心ここに非ずな状態でいた。待ち合わせに菜摘が最後に来る前も、電車で短い距離を邁進する時も、神社までの道を歩く時も。
気になる男の子を前にした緊張。菜摘ちゃんのぞんざいな後押し。そして頭に昇った血の熱さ。「うじうじちゃん」が行動に出たのは、神社に着いてからである。その根底にあった意志は。
せめて、何か積極性を。何か会話を。何か、戦利品を。
…だからといって、哲也君の持ってる50円玉を記念に貰う子が、この広き世界にいようとは。
花火のさなか、菜摘ちゃんは呆れたように呟いた。隣にいるのは、哲也君たちと打ち解けて、いくらか緊張の解けた私。成果報告のため、男子二人からは暫し離れている。
あの、お賽銭に使う小銭がちょうどなくて、お願いなんだけど、その、50円玉を、貸してくれない、かな?
夕方、神社にお参りに来た私は咄嗟に、真っ赤になって哲也君に話し掛けていた。小銭がないというのは無論、嘘である。お財布から出てくるお賽銭を見ていた私はどうにかパニックを抜け出したい一心で、彼から賜物を得ようとしたのである。
何とも奇怪でシュールな記念硬貨だが、このお願いを機に緊張を解いていった私は、三人の話の輪の中に入って、男子二人と打ち解けることができた。哲也君とも、初めてしっかりお話ができた。
だからまあでも、結果オーライではあるんじゃないの。よくやった。蒼衣は頑張った。もうたくさん褒めちゃう。よしよしよーし。
短めのボブに切り揃えた私の髪を精一杯くしゃくしゃにする菜摘ちゃん。受け取った50円玉は改めて見ると、それは形そのものの○よりも☆、勝利の星にも見えた気がした。
空に向けては一拍を置いて再び、レーザービームが放たれる④。二人で男子のもとへ戻るさなか、私たち四人を照らして打ち上がった赤い花火は、50円玉に彫られた菊のように尾を引いていた。今日は、私にとって大切な夜②になる。
+++++++
じっと、こちらを見つめてくる視線は、これほどに鋭い。にらめっこはどうやら私の敗北のようだ。年老いた猫の目に、これだけの力が宿っていようとは。
ここは、野良猫の長の秘密基地。今日は、菜摘ちゃんと二人で図書館に行く道すがら、猫の観察をしていた。というのも、良樹君曰く、哲也君の家のもとに最近、よく老いた野良猫が出没するらしい。猫好きな哲也君はよくその猫と遊んでいるそうだが、その子は野良猫なのに、なぜか首輪を付けているという。そんな話をしていた正にそのとき、偶然見つけた件の猫-真っ白な体の模様から、私たちはユキグニと名付けた-を、菜摘ちゃんの提案で追ってきたのである。
落ち葉の積もった基地の奥には、指でなぞったくらいでは掠れない⑥くらいにくっきりと爪痕の残る大石がある。その大石を中心とする集会場や、流行りのマスコット、「ミーハーちゃん3号」のほつれた縫いぐるみ、チキンを振り回す大道芸公演のあとのチキンように散らかった魚の骨など、ユキグニの生活の印がそこかしこに散見される。長の風格あるこの猫の人生、いや猫生が窺える面白い基地だった。
発案者の菜摘ちゃんはこの基地に直ぐ飽きてしまったらしく、先に図書館に向かったのだが、私は暫く留まり、やがて開かれた猫の集会を観察した。思ったよりも静かな、そして厳かな猫たちの議会。彼らは一体何を話しているのだろう。今日のご飯はどこから漁ろうかとか、寝床の権利関係をそろそろ人事異動、いや猫事異動しようかとか。想像するとなんだか楽しかった。
…とそこで、ユキグニの後ろに積もる落ち葉を改めて見ていると、その見覚えにふと記憶が繋がった。
私はここで一つ気づいたのだ。野良猫の長が哲也君の家辺りに来るのは、その近くの公園で食べ物を漁った帰り道だからなのだろう。基地に積もった落ち葉は、公園にある木のものと同じだった。
思わぬ発見にはっとしている間に、集会はお開きとなっていた。ユキグニ以外の猫は自身の根城に帰るようである。再びユキグニは、さっきのように独り、じっとこちらを見つめてくる。
この猫は哲也君のもとに何度も訪れ、彼はこの猫と遊んでいる。風格のある猫は私に何か訴えかけるような鋭い眼光を向けていた。そのときの感覚は、水曜の朝と少し似ている気がした。近くにいるだけで緊張で動けなくなってしまう、あの感覚。
花火大会のあと、私は結局記念の50円玉を後生大事に取っておくだけで、「積極性」を見せることは出来なかった。菜摘ちゃんがいないと、やっぱり私は見つめるだけ。じっとこちらを見つめるユキグニと同じだった。
当たって砕けろアタックは、必ずあなたの身を結ぶ。
哲也君への思いを、伝えたい。
私は半ば意地になって、専門家の助言を実行すると決めた。リュックからメモ帳と鉛筆を取り出す。シャーペンより鉛筆派⑩な私が適当に取り出したのは青鉛筆。名前と同じ色だからと気に入って、ちょくちょく青い色鉛筆ばかり買っているからだろう。メモ帳からはデイジーの花畑柄のメモ用紙を一枚破る。紙には一緒にあの50円玉も貼り付けて、そこに青鉛筆で思いの丈を綴った。この50円玉を手放すくらいに全力で、隠そうと思えばいつまでも隠せた⑨この思いの全てを。
ただそれでも、それを直接伝えなかったのは、緊張が頂点に達していたからだろう。
+++++++
積もった落ち葉をどけ、大石を覗くと、古い爪痕の他にもう一つ、大きな爪痕があった。きっと第二の長が選挙で決まったのだろう。二つの爪痕は、あの頃からの時代の移ろいを感じる⑦。
彼女に初めてこの基地のことを教えて貰ってから、随分と時が経った。それはつまり、二人が結ばれてから時が経ったとも言える。
花畑の柄のメモ用紙には、蒼衣のものとは思えないほど震えて汚い字。いつものようにユキグニと遊んでいたとき、ふと気づいてなんとなく取り外したメモ用紙。それについている50円玉を外すと、今度は向かい側のお墓に目をやった。ユキグニのお墓だと分かるのだろうか、蒼衣の作ったこのお墓を荒らす野良猫は一匹としていない。
ユキグニー。久しぶり。元気にしてるか。
墓石に語りかけると途端に、なぜか正面から鋭い視線を感じるような気がした。年老いた猫の、風格をなす視線。
哲也は墓前に、あの50円玉を供えた。あの時に蒼衣が、このメモ用紙を託したように。
そして、哲也は手を合わせた。二人の縁を結んでくれた、集会場の長に向けた感謝を込めて。
哲也君、もう入っても良いー?
基地の入り口から、蒼衣がひょこっと顔を覗かせた。高校生の頃の短めボブも初々しく可愛らしかったが、今のロングストレートヘアも大人びた印象で良く似合っている。
蒼衣はあの時、ユキグニの首輪にメモ用紙と50円玉を括って、哲也に渡そうとした。よくよく考えれば届かない可能性の方が高かったが、哲也は無事にそのメモを受け取った。今度は哲也がその告白をなぞろうと、この50円玉を持ち寄ったのである。
お墓で「これ」を渡すと考えると不躾な気もしそうであるが、それ以前にこの場所は蒼衣たちの想いを運んだ猫の集会場である。そう思えば、それも悪くないな。
哲也はバッグからこっそりとしかく③いケースを取り出した。中に秘められた煌めきをしっかりと確認すると、彼はようやく、蒼衣を基地に入場させたのだった。
【簡易解説】
男があげたお賽銭代としての50円玉を記念に大切に取っておいた女の子、蒼衣。彼女は50円玉と恋文を、野良猫の伝書を通じて渡して男に告白をした。
やがて蒼衣と結ばれた男は、かつて彼女の想いを運んでくれた亡き猫に感謝を伝えるため、そして、今度は男からプロポーズする際、想いの詰まったその50円玉を、同じ方法で再び蒼衣の元に返すために、野良猫の墓前に50円玉を供えた。
おわり。(本文総字数 4380字 要素数10+α)
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【詳細解説】
目に眩しいほどに真っ白な紙に、鉛筆をそっと押し当てる。
ここは光、ここは影。反射光が入って、ここははっきり、こっちはグラデーション。
頭の中で設計図を組み立てるように。構図、バランス、色彩、印象、黄金比。持てる全ての技術を費やして、紙の上に本物を。
僕はこの瞬間が好きで、嫌いだ。
どれだけ集中しようとも勉強しようとも、紙の上に描き出されるのは所詮作り物。紛い物は、どうやったって本物には勝てない。そんなことは痛いほどわかっている。
それでも、それでも。「本物」を狂おしく求めてしまう。
もう、こんな不毛なことはやめたはずだった。あの日、鷺谷先生の元を去った時から。
世界的に有名な画家であり、とても厳しいと噂の鷺谷先生に師事することができたのは、本当に奇跡だったと思う。
鷺谷先生の元で過ごした数年間は、時間が粘度の高い液体でできているようだった。それと同時に、急流どころか滝のような速さで過ぎ去っていった。
上達していると自負していた。コンクールで賞も取った。天才。百年に一度の逸材。絵の神に愛されている。そんな名で呼ばれていたこともあった。
だからこそ、鷺谷先生に突きつけられた言葉は衝撃的だった。
「お前の絵には、決定的に心が欠けている」
心なんて、精神論だと思った。全ては数字で、計算で表せる。比率で、角度で、面積で。緻密に作り上げられた「本物」こそが、人の心を打つ。「心」を込めたって、気がつける人などいない。いたとしてもごく僅か、感受性の高い人だけだろう。大切なのは、いかに美しく「本物」を切り取るかだ。
だから衝撃を受けた。いや、違う。正確に言おう。
あの日、僕は鷺谷先生に失望したのだ。
そして僕は鷺谷先生の元を離れた。
1人になってからは、ずっと焦燥感のようなものが付き纏っていた。描いても、描いても納得がいくものが描けない。描けば描くほど、深みにはまっていくようだった。
そんな日が延々と続き……僕は思い知った。
結局、僕は鷺谷先生がいないと何もできなかったのだ。後悔した。後悔という言葉では足りないほどに。
でも、今更調子良く顔など出せないというプライドと……僕の方が正しい、という心が邪魔をして、もう一度門を叩くことができなかった。
だから、絵をやめようと思った。もう二度と描くまい、と思った。
……でも、今僕は絵を描いている。馬鹿げた話だ。結局2日と持たなかった。どう足掻こうと、僕は絵から離れられなかったのだ。
そして高校に上がった時に、悩みに悩んだ末、美術部に入った。あの日に失ってしまった、いや自分で投げ捨てた「自分の居場所」というものが欲しかった。
その選択を死ぬほど後悔することになるとは思わなかったが。
ピピピッ、ピピピッ。
静まりかえった部屋に、タイマーの音が響く。僕は鉛筆を置いて、ため息をついた。
今日は水曜日。1週間で唯一、部活のある日だ。練習日程から察せられる通り、美術部は恐ろしいほどにゆるい部活だった。
描くのは、おそらくアニメキャラがほとんど。最近の流行りはレーザービームを放つ美少女戦士らしい。(④)
デッサンもクロッキーもまともにやらずに、部活の間中ぐだぐだと話しながら絵を描いて……いや、僕はあれを絵だと呼びたくない。話す内容も、推しがどうとか、ライブチケットがどうとかばかり。
つまり、美術部は典型的なオタク集団だった。それが悪いと言うつもりはないが、曲がりなりにも美術部なのだ。部活の間くらいはきちんとした絵を描いて欲しいと考えてしまうのは、間違っているのだろうか。
少し前、シャーペン派か鉛筆派かという話を聞いたことがある。
その時、僕は思い切って会話に参加し、僕は絶対に鉛筆派だと言った。(⑩)
シャーペンは指でなぞっても掠れないから、グラデーションができない。(⑥) 繊細な表現をするには、圧倒的に鉛筆の方が向いているから、と。
だがそれを聞いたあの人たちは、驚いたような顔でこちらを見て、曖昧に笑った。
その、どこか哀れむような笑みを見て、僕は美術部の中でも完全に浮いていることを思い知った。
なんで美術部を辞めないのか。これも馬鹿げた話だが、美術部をやめたら、自分と絵とのつながりが決定的に絶たれてしまうような気がしたからだ。書いたものの、どうしても退部届を出すことができなかった。
だから、僕は水曜日の朝が一番しんどい。(⑤)
嫌いだ、という感情ばかりが心を埋め尽くしていく。それが、絵なのか、美術部の部員なのか、はたまた自分なのか、自分でも分からなかった。
———————————————
その夜。重い体を引きずって家に帰ってきた僕を出迎えたのは、巨大な荷物の山だった。
「優希。お帰り。突然だけど、お盆だし、今からおばあちゃん家行こっか」
「……は?今から?急すぎない?」
母親と関係が悪いわけではないが、いわゆる思春期だからなのかどうなのか、母親のこういう計画性のない言動に苛立って仕方がない。
「まあまあ、優希は寝ていけばいいから。着替え準備して」
急だと思ったことは確かだけれど、祖母の家は嫌いではない。いわゆる田舎にある家は、どことなく風情があって、絵の題材とするには最適だった。
……大したものも描けないくせに、暇さえあればうだうだと絵のことを考える自分に苛立つ。そんな重苦しい気持ちを振り払うように、わざと叫ぶように返事をした。
車に揺られること数時間。僕たちを乗せた車は、祖母の家へと滑り込んだ。
時刻は深夜。荷物を解く気にもならない。母親も祖母もすぐに眠りについたが、僕は車で寝てしまったせいで全く眠気がない。
ふと思い立って、玄関脇にある懐中電灯を手に取る。軽くスイッチを上下させ、電池が切れていないことを確認する。そして、ガラガラと音を立てる歪んだ扉をスライドさせた。
向かうのは裏の山の中。深夜に山に入るなど無茶なことかもしれないが、夜の森はどこか落ち着く。そこまで深く入らなければ大丈夫だろう。
懐中電灯のスイッチを入れ、僕は山の中へと足を踏み出した。
深夜、しかも田舎だけあって、周囲は静まりかえり、闇に包まれていた。時折虫の声や、切羽詰まったような何かの鳴き声が聞こえてくる。明かりは懐中電灯が足元に切り取る頼りなく小さい円と、微かな月明かりしかない。でも、不思議と怖くはなかった。
突然、ひらけた場所にでて、何かが懐中電灯の光をきらりと反射した。近寄ってみると、金属の何かが地面に半分ほど埋もれているように見えた。拾い上げ土を払って、懐中電灯の光を当てる。丸い明かりに照らし出されたのは、硬貨……さらに詳しくいうと、五十円玉だった。もっと詳しく言うと、穴のない。
僅かに残っている土を服で拭う。そこに刻まれた文字は、「昭和四十二年」。
出がけにポケットに入れてきたスマートフォンを取り出して、検索する。当時の五十円玉を現代の物価に照らし合わせると……大体現代の2〜4倍程度の価値があったらしい。50円だと大して高い気はしないが、1万円だったら4万円。なんというか、時代の移ろいを感じる。(⑦)
でも、実際は大した金額ではないし、穴のない五十円玉は、希少価値はあるものの現代でもほとんど値段が付かないらしい。とはいえ、珍しいことに変わりはないので、ポケットにしまう。
夜でなかったら、絶対に気がつかなかっただろう。ある意味、深夜に来て良かったかもしれない。(②)
それだけで、終わるはずだった。もう一つ、地中に埋もれるそれに気が付かなければ。
闇の中に、そこだけ切り取ったかのように浮かび上がる白いもの。半分ほど地中に埋もれたそれに、僕は何も考えずに手を伸ばし……悲鳴を上げて飛び退った。
白骨、だった。
四足歩行の動物というには無理がある。でも、猿にしては大きすぎる。特徴的な頭部から、人間としか思えない。……などと考えたのは、全速力で家に帰り、息を切らせながら、現実から逃げるようにぬるい麦茶を口に含んだ時だった。
もう一度見にいく気にはなれなかった。なにも興味がないといえば嘘になるが、深夜に白骨を見つけてしまった恐怖はなかなか去ることはない。なにも見なかったことにすれば良い。
そう、それだけで終わるはずだったのだ。
震える体で布団に入り、寝返りを打った時、足に硬いものが食い込んだ。鈍い痛みが走り、妙にはっきりとした頭でそれが何かを認識する。
体の下敷きになったそれ……例の五十円玉を取り出すと、僅かに差し込む月明かりが表面に刻まれた模様を浮かび上がらせる。あの時は綺麗で珍しいと思ったはずの五十円玉が、あれを見てしまった後だと妙に歪んで、禍々しく見えた。
いっそ、明日もう一度山に入って、目立たないところに捨ててくれば気も軽くなるだろうか。正直、もう持っていたくない。
明日、捨ててこよう。そう決めたことで胸のつかえが取れたようで、僕はゆっくりと眠りに吸い込まれていった。
ツツピ、ツツピと、名前も知らぬ鳥の鳴き声が聞こえる。木目が描かれた見慣れぬ天井と、背中に当たる妙に硬い感触に、祖母の家に来ていたことを思い出した。
寝ている間は閉めていた雨戸を開けると、朝の澄んだ空気が流れ込んでくる。いつもの癖で、咄嗟に窓から見える景色を俯瞰するように眺める。
かつては、構図を考えるために日常的にやっていた行動。もう僕の体の中に染み付いてしまったようで、何をしても離れることはない。
暗い方へと流れていく心を無視して、部屋の隅に放置していた荷物へと手を伸ばした。
しばらくは黙々と手を動かしていた。荷物をほどき、財布を取り出したところで、僕は観念した。
あの五十円玉。現実逃避も、もう限界だ。仕方ない、山へ行こう。
万が一にも落とさぬよう、取り出したばかりの財布の中に例の50円玉をしまう。それとスマホだけをポケットに突っ込み、靴を引っ掛けて、家を出た。
朝の森は、昨日とは全く違う姿をしていた。静謐で透き通っていて、でも生き物の気配はある。しかし、決して獣臭くはなく、どこかこの世ならざる生き物がまとうような気配だった。
しばらく歩くうち、薄暗い一角にたどり着いた。周囲に人がいないことを確認し、ポケットから財布を取り出す。その時。
「ねえ、そこの君」
突然声をかけられ、僕は文字通り飛び上がった。周囲は確認したつもりだったが、僕の死角にいたのだろうか。(③)
「君。何してるの?」
もう一度声をかけられ、僕は改めてその人の姿を目に捉えた。
長い黒髪は頭の高い位置でまとめられ、結い上げられている。細めの目と小さめの口から、咄嗟に教科書で見た平安時代の女性を連想してしまった。でもそう思うのも仕方ないほど、彼女は浮世離れした雰囲気を漂わせていた。
「あっ……ええと」
隠そうと思えば隠せたのかもしれない。(⑨)
でも、気がつけば僕は、五十円玉の事から白骨のことまで洗いざらい、得体のしれないこの人に話していた。話してもどうにもならないだろうと思いながらも、口から溢れ出る言葉は止まらない。白骨は、一人で抱え込むには重すぎた。
僕が、感情のまま不器用に紡ぐ言葉を、その人は真剣な表情で聞いていた。
僕が話し終え、軽く息を切らしていると、その人はすっと目を細め、その小さな口を開いた。
「その場所に、案内してくれないかな」
唐突に放たれた言葉は意外なものだった。てっきり一笑に付されて終わりだと思っていたから。
「あ、忘れてた。わたしは、森下沙耶っていいます。一応郷土史家のようなことをやってます。君、そこの橋本さんのとこのお孫さんだよね?」
そう言ってその人——ではなく森下さんは、祖母の家の方向を指差した。
「はい。橋本優希といいます」
「そっか、そうだよね。あの時のこーんなにちっちゃかった男の子が、もうこんなに大きくなって」
そう言って森下さんが作ったのは、親指と人差し指を目一杯開いた、せいぜい15センチくらいの隙間だった。まさかそんなはずはないだろうが、向こうは僕のことを知っているらしい。
「あー、ごめん脱線した。五十円玉の話だよね。そう、一応わたしもここの郷土史に関しては専門家みたいなものだから、力になれると思うんだよね。(①)……やっぱやめた! ごめん嘘。それは建前で、わたしが調べてたことと君が見つけた白骨、関係ありそうだから教えて欲しいなーってことです」
「はい、それは構わないどころか本当にありがたいんですが……実はどこで見つけたか正確に覚えてないんです」
それを聞いた森下さんは、からからと笑った。
「だいじょぶだいじょぶ、そうだと思ったから。あのさ、この後暇だったりする? 図書館があっちにあるでしょ、そこに古い地形図があるんだよね。それを見て欲しくって。ついてきてくれる?」
「はい、もちろんです」
気がつけば承諾していた。森下さんの、強引なのに不快感を感じさせないペースに、いつの間にか巻き込まれていたらしい。
「ほんと! ありがとう。じゃあこっちきて!」
そう言った瞬間、森下さんが僕の手を掴んだ。指先にダイレクトに伝わってくる柔らかい感触に、停止しかける思考。慌てて意識を手から離し、森下さんに追いつくために僕は小走りになった。
図書館の扉を押し上げた瞬間、冷気が足元を滑っていった。森下さんは相変わらず僕の手を掴んだままだ。今はなるべくそのことを考えないようにしている。
大して興味もないが、本の背表紙を眺めながら歩く。それはひとえに現実逃避のため……いや考えてはいけない。
僕の内心の葛藤を無視して、森下さんは迷いのない足取りでずんずん進み、ひときわ人気のない一角にたどり着いた。
これまた迷いのない動きで大きめの紙を取り出し、閲覧用の机の上に置く。何一つ無駄のない動きから、森下さんがどれだけこの場所に訪れているかが分かる。
森下さんが机の上にその紙を広げた。古い紙の独特な匂いが辺りに立ち込める。
「これなんだけどさ、ここが優希くんの家ね」
そう言って地形図の一角を指差した指は、簡単に折れそうなほど細くて真っ白で、身を乗り出した時に、ふわりとシャンプーのような清潔な香りが僕の鼻に……いや考えてはいけない。
「この地形図で見て、どこで見つけたかわかるかな?」
「自信はありませんが、やってみます」
「ありがとー!」
そう言って明るく笑う森下さんから目を逸らし、地形図に不自然なほどに集中する。
結論から言えば、昨日の場所はあっさりと見つかった。家からほぼ一直線に歩いていたのと、開けた場所だったのが幸いして、さほど時間はかからなかった。
「多分、ここ……だと思います」
そう言って僕が指差した一点を見つめた森下さんは、今までの明るい笑顔をすっと引っ込ませ、案内して欲しい、と言った時のような真剣な表情になった。
「そう……ありがとう……やっぱり……ごめんなさい、少し待ってもらえませんか」
改まった森下さんの雰囲気に、訳もなく緊張してくる。
「もちろんです」
そう言った僕の声も聞こえていないようで、森下さんは食い入るような目で先ほど取り出したパソコンを見つめている。
時計の音だけが響く時間がしばらく続いた。
そして、おもむろに森下さんが鞄の中から分厚い紙の束を取り出す。森下さんは、慎重な手つきでそれを机の上に広げた。かなり古いものだろう。びっしりと手書きの文字が書かれている。
「これのことなんだけどね」
そう言って森下さんが紙の束を僕の方に押しやる。
「ちょっと長くなるんだけど、聞いてくれる?」
そう言う森下さんの顔は期待に溢れて輝いていて、とても嫌だと言える雰囲気ではない。もともと断る気などかけらもないが。
「わたしの家さ、ご先祖様が結構裕福な人だったらしくて、家の敷地も広いんだけど、その中に蔵があってさ。古い紙とか壺とかがいっぱい並んでて、子供のころから宝探しーなんていってしょっちゅう入り浸ってたんだよね。今思うと、郷土史家になったきっかけの大きな一つだったと思う。まあいいや、そうじゃなくて、つい最近、久しぶりに蔵に入ったら、これを見つけたの。わたしのご先祖様の手記というか、日記らしいんだけど、書かれたのは戦後っぽいから、読みにくいけど読めなくはないと思う。読んでくれないかな?」
そこまで一気に言うと、森下さんは大きく息をついた。興奮でか、少し赤く染まった頬が……僕、もう考えるな。
「読むのは構いませんが……なぜ突然こんなものを?」
「あっ、説明忘れてた。ごめん。君がその……白骨を見つけた場所、どうも昔家が建ってたらしくてさ。で、うちがその家を所有してたみたいで、さらに言うとこの手記を書いた人がそこに住んでた人なの。今は取り壊されてるんだけどね。白骨が誰のものでなぜあそこにあったかは、これを読めば予想はつくよ。説明するのは簡単だけど……これは、読むべきだと思う」
「分かりました、ありがとうございます。これ、普通に触っちゃって大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。大して歴史的な価値もないしね」
「ありがとうございます。お借りします」
そう言って、紙の束に手を伸ばす。森下さんがあらかじめ該当する場所を取り出してくれていたようで、断片的で唐突な部分もあるが、僕は食い入るようにしてその細かい文字を追っていた。
———————————————
最近、山の前で男の人を助けました。なぜこんなことをしたかは自分でもわかりません。強いていうとしたら……寂しかったからでしょう。
助けた彼、佐助さんという名前のようですが、どこか変わった人です。本当に絵がお上手で、本物のような絵を描くのに、絵を描いていてもあまり楽しそうではありません。自分と戦っているような、苦しそうな顔をして紙を見つめているのが、少し心配です。
今日、久しぶりに家の人が来ました。偶然佐助さんが出かけていて本当にほっとしました。病気療養中と言う名目でここに住んでいるのに、家に男性を連れ込んだ、なんていったら問題になってしまいます。
家の人はやっぱり、まるで道端の雑草を見るかのように私を見ます。嫌いだとか、蔑みだとかでしたらまだ良かったのでしょうが、心底興味もない目で見られると、さすがに苦しいです。慣れたと、思っていたのだけれど。生まれや、母だけでこうも違うものかと思わされます。
わたしはずっと母のことで空気のように扱われてきたけれど、佐助さんはわたしを人として見てくれています。普通と言われればその通りなのかもしれないけれど、私にはその普通が嬉しい。佐助さんは母のことを知らないから、それは当然のことでしょう。いつかは打ち明けなければならないとしても……今だけは、この束の間の幸せに浸っても許されるでしょうか。
わたし、佐助さんのことをどう思っているのでしょうか。名前しか知らない人なのに、あの人のことを思うと胸が高鳴るのはなぜでしょう。こんなこと、初めてです。
それに、わたしはこの場所が好きです。自然でいっぱいで、空気も綺麗ですから。住んでいる皆さんも、明らかに異質なわたしのことをそっとしておいてくれます。
今までにないくらい、心が休まっています。厄介払いのための引っ越しですが、わたしはここに来て良かったと思います。
佐助さんが、わたしの絵を描いてくれました。その時、佐助さんが安らいだ表情をしていたような気がするのは気のせいでしょうか。そう見たいと思っただけかもしれません。それでも、本当に嬉しいです。
でも、罪悪感も募ります。わたしの生まれのことを知らせぬまま、こうして日々を過ごしていて良いのでしょうか。家のことを打ち明けるのが怖くてたまりません。わたしの生まれを知った日から、震えて何も話してくれなくなった聡子のように、嫌われたらどうしようと思うと勇気が出ません。
認めます。わたしは、佐助さんが好きです。ずっと空気のように扱われていたことが嫌だったけれど、その結果佐助さんに出会えたなら、これで良かったのだと思えるようになりました。
やっぱり打ち明けるべきでしょう。真実を隠したまま日々を過ごすのは、佐助さんに失礼です。いえ、わたしは佐助さんに認めてもらいたいだけですね。あなたはあなた、家のことなど関係ない。そういう言葉をかけて欲しいだけの、自己満足なのかもしれません。
それでも、どんな形になっても、いつかはこの想いを伝えたいです。
佐助さん、佐助さん。好きです。佐助さんは、わたしのそばにいたいと言ってくれました。佐助さんもわたしのことが好きだと。
ずっと空気のように扱われてきたのは、わたしにも原因があったのかもしれません。うずくまって、隠れて、怯えているだけでは、何も変わりません。自分から手を伸ばすべき時もあります。佐助さんは、わたしにそう教えてくれました。
佐助さんが、佐助さんが、わたしと結婚したいって。一緒に来て欲しいって。
佐助さんは心配そうにしていたけれど、無用な心配ですね。わたしは佐助さんが思っている以上に、佐助さんのことが好きです。
わたしはもうとっくに家を捨てる覚悟はしています、といった時の佐助さんの顔。珍しいものが見られました。
元から家はあまり居心地のいい場所ではなかったので、わたしにとっての幸せは佐助さんと共に生きることです。この場所も出ないといけませんが、ほとんど心が動かないのは、わたしが好きなのはこの場所ではなく、この場所にいる佐助さんだったからでしょうね。
佐助さんと旅に出るのは楽しみなはずなのに、どうしても動きたくありません。少し、頭が痛いです。今日は早く寝ようと思います。
頭の痛みがひどくなって来ました。佐助さんにも心配をかけてしまっています。疲れが出たのでしょう。あと少しで家の人が来る日です。医者を呼んでもらった方がいいでしょうか。
わたしは、もう佐助さんの側にはいられない。もって数ヶ月のようです。わたしが死ぬのは、お盆の頃でしょうか。
もっと、もっと佐助さんの隣にいたかった
そんなことを言っても、現実は変わりません。後少しの命でも、わたしには佐助さんがいます。大丈夫、絶対に大丈夫です。大丈夫です。
佐助さんに、わたしが死んだら家の人には知らせず、こっそり埋めてもらうようにお願いしました。ここ最近は、家の墓が主流になっているようですから。わたしは、わたしを嫌う人たちの家の墓ではなく、佐助さんとの思い出の詰まったこの家に眠りたいです。
もうやり残したことはありません。唯一の心残りといえば、やっぱり佐助さんのことです。佐助さんは不器用な人ですから、きっとお金を稼ぐのは苦手でしょうね。お墓は立てなくていいと言っておきましたが、あの人のことだからきっと何かしてしまうのでしょう。それが原因で、佐助さんが困ったことにならないと良いのですが。釘を刺しておきましょう。
この手記も、これが最後になるでしょう。手に力が入りません。文字も乱れて来ました。ここで、筆をおきますか。
もし、これを読んでくださった方がいるとするのならば。誰に届くかは分かりませんが、断言します。
わたしは、幸せでした。
———————————————
言葉が出なかった。震える手で紙の束を握り締めたまま、ぴくりとも動かなくなった僕を、森下さんは静かに見守っていてくれた。
大きく息を吸って、吐く。
「……すみません。もう大丈夫です」
そう言い、森下さんに手記を返した。森下さんは小さく頷いて手記を受け取り、鞄にしまった。
「ここから先は、わたしの推論というか、言っちゃえば妄想に近いんだけど、聞いてくれるかな?」
「はい。聞かせてください」
森下さんはすっと目を伏せ、口を開いた。
「この手記を書いた女性……文子って名前なんだけどね。彼女は名門の家に生まれたけれど……有り体に言えば、愛人の娘だったみたい。当然、正妻からは疎まれていたようで、病気療養って名目でここに厄介払いされたらしいの。彼女が、優希くんの見つけた白骨の人なんじゃないかな」
そう言うと、森下さんは鞄から水筒を取り出しかけ、慌てて鞄に戻した。図書館は飲食禁止だ。
「で、この佐助さんって人が文子を埋めたんだと思う。文子の望んだ通りに。だから、墓は作らなかった。違う、作れなかった」
彼女……文子さんの手記の通りなら、佐助は画家だった。もしそうなら、なかったはずなのだ。(⑧) 佐助には墓を建てるためのお金は。
文子さんはそれを全て分かっていて、墓を建てなくていいと言ったのだろう。
「もうほとんど妄想だけど、優希くんが見つけた五十円玉はさ、佐助さんが置いた墓石の代わりだったんじゃないかな。山の中だから、石を置いても分からなくなっちゃうし、画家の佐助さんに石を加工する技術もお金もなかったはずだし。その点、お金ならずっと残り続けるから。他にも、お金には発行年数も刻まれてるから、没年を示すこともできる。墓石の代わりとしては、最適だと思うよ。(問題文)」
はっとした。……僕は、なんてことを。
「養ってくれていた人を、愛していた人を失った佐助さんには、本当に余裕がなかったんだと思う。金銭的にも精神的にも。もっと賢いやり方もあったような気もするけれど、佐助さんと文子にとって、その五十円玉は本当に大切なものなんじゃないかな」
ポケットから財布を取り出し、その中から五十円玉を取り出す。
かつては禍々しく見えた五十円玉。でも今は、今は見つめているだけで胸が締め付けられる。
「……森下さん。この五十円玉、返してきていいですか」
「ん。そう言うと思ってたよ」
そう言って森下さんは軽やかに立ち上がり、ドアから差し込む光を背にして、僕の前に立った。一筋の光を背に、まっすぐに僕を見つめる森下さんは、本当に綺麗だった。
「行こっか、一緒に」
そう言って差し出された手を、僕は迷いなく掴んだ。
———————————————
迷いながらも、なんとかあの場所にたどり着いた時には、日が傾きかけていた。
夕陽に照らされ、木々が赤々と燃えている。静かに息づく森の中、僕と森下さんは、僕の家から持ってきたスコップで地面を掘り始めた。
夕方とはいえ、今はお盆真っ盛り。照りつける夕陽に、汗が頬を伝って地面に模様を描く。どちらも何も言わずに、黙々と作業を続けた。
穴がある程度の大きさになったところで、地上に出ていた白骨をそっと手に取り、穴のなかに置く。土をかけて埋め直し、そっとあの五十円玉を取り出した。
元の姿を取り戻した文子さんのお墓の上に、あの五十円玉を置く。そして、もう一つ普通の五十円玉を置いた。
僕も文子さんと佐助に何かを伝えたい。追悼なのか、感謝なのか、はたまた同情なのか。分からないけれど、この場所にふさわしいお供えものは、五十円玉しか考えられなかった。そして、僕は手を合わせる。(問題文)
目を開けると、並んだ二つの五十円玉が目に飛び込んできた。
片方は、穴がなく古びているけれど、きっとどんな五十円玉よりも大切な五十円玉。
片方は、穴が空いていて新品の、見慣れた五十円玉。
二つの五十円玉は、夕陽を反射して片方は柔らかい、片方は鮮烈な光を放った。(⑦)
突然、思いが迸った。鞄を開け、スケッチブックを取り出す。ページをめくるのももどかしく、適当にページを開く。
夕陽に染まり、オレンジ色の紙に、鉛筆を勢いよく押し当てる。
ここは文子さん、ここは佐助。家があって、ここは笑顔で、こっちは切なく。
頭の中で想像の世界を創りだして。構図、バランス、色彩、印象、黄金比。そんなことは露ほども考えず、ただ紙の上に2人を。
一心不乱にスケッチブックに鉛筆を走らせる僕を、森下さんは静かに見つめていた。
それが、かつての2人の影とぴったり重なることを、夕陽だけが知っていた。
完
【簡易解説】
昭和時代。
婚約していた女性を亡くした男は、女性の希望により、その女性を家の近くに埋葬した。だが、墓を建てるお金の余裕がなかったため、墓石の代わりが必要だった。そのため、いつまでも残り続け、発行年によって没年を示すことのできる五十円玉を供えた。
現在。(⑦)
その五十円玉を偶然拾った男は、五十円玉が墓石の代わりだったと知る。その五十円玉を墓に返した時、お供え物として2人の想いがこもった品である五十円玉を選択した。
[編集済]
✳︎
【簡易解説】
飛行機事故で父の代理としてお墓参りに行った男は、お墓の隣の慰霊碑の下にお金を入れる寄付金箱があることに気づき、そこに父の友人を含めて犠牲になった50人を弔うために50円を入れた。
【本文】
「あー今年のこの水曜の朝は人生で一番しんどいな。(5)」男はそう思いながら朝の新幹線の中にいた。今日は8月13日。いつもならこの時期俺は普通に友人と会って海やプールで泳いだり、友人とテレビゲームでレーザービームを放ちあって対戦していただろう。(4)しかし今年は違う。なぜかって?今年海外赴任した父親の代わりに20年前のこの日に飛行機事故で亡くなった父の友人の墓参りに行ってほしいと言われたからだ。俺はその父の友人とやらに会ったこともなければその事故がどのようなものだったかすら父の話でしか知らない。なのになんで友人の遊びをわざわざ断ってまで行きたくもない墓参りに行かなきゃいけないんだ。俺はそう思いつつ目的地の駅まで時間があるので手帳に墓までのルートを書いていた。俺は電車にいるときのような筆記が不安定になるときは芯がよく折れるシャーペンよりも鉛筆を使う。(10)しかし、友人と遊べないことでイライラしていたのか筆圧がいつもより強くなっていた。筆記中にある文字を間違えてしまったので消しゴムを探したが、家においてきたらしく、文字を消せない。じゃあせめて指でなぞって掠れさせようとしたが、筆圧の強さのためになかなか掠れなかった。(6)
しばらくして、俺は目的地となる駅に着いた。ここから山のふもとまでタクシーで行く。タクシーの車中で俺は父親から聞いた事故の話を思い出していた。それによると、事故の原因は飛行機のある小さなボルトの変形が原因だったみたいで事故を起こした飛行機のメーカーが事故発生時に前からボルトに不具合があったことを隠し通そうとしてわざと報告しなかったという。実際それまでその飛行機のボルトの不具合は事故が起こるまで報告されず、メーカーの社員の内部告発さえなければその不具合は隠し通せていたのかもしれないという。(9)そして亡くなった父の友人をはじめとしたあの事故の犠牲者はほとんど体がバラバラ状態で焼け焦げている死体も多数あったこともあり、犠牲者は山の墜落地点にある墓に合同で埋葬されたという。今考えるとひどい話だなとは思いつつもまだ慰霊碑や墓を見ていない俺にとってはなかなか実感がわいてこなかった。やがてタクシーは飛行機が墜落した山のふもとについた。
俺は過去に墓に行ったこともなければ事故現場となる山にも上ったことがないので墓に行く途中で迷ったこともあったが、なんとか墓にたどり着いた。墓には周りに草がぼうぼうに生えており、時代の移ろいを感じた。(7)
男はさっそく墓に手を合わせようとした。その時、墓の隣に一つの石板があるのを発見した。それは、この事故で犠牲となった人達の名前が刻まれていたものだった。その数は50人に及んだ。むろん父から聞かされた父の友人の名前もこの中に入っている。男はそれを見るとずっとその石板を見たい気分になった。
「この事故で犠牲になった父の友人、そしてほかの人たち50人にはどんな人生があったのだろう・・・・。」犠牲者たちは普通に生活し、普通に病気で死ぬと思っていただろう。まさか事故であっという間に死ぬなんてそうならないと思っていたはずだ(8)。男は会ったことがないはずの犠牲者たちに朝の時とは違って思いをはせるようになった。
ふと石板の下を見ると、そこにはお金を入れるための箱があった。四角い箱に貼ってある貼り紙を見るとこう書かれていた。(3)
「慰霊碑の整備そして飛行機事故の防止のためにご協力ください。」男はお金を入れることにした。入れたのは50円玉だ。50人すべての命を1円ずつでもいいから弔おう。男はそう思った。寄付金箱にお金を入れて墓に手を合わせた後、ふとあることを思い出した。
「そういえば、今日の午後6時から下の川で灯篭流しがあるって言ってたな・・・。」
俺はなぜか参加したいと思うようになった。今日のこの夜は犠牲者を弔うのにも重要だ。(2)せっかくここまで来てそのまま帰るわけにはいかない。俺は灯篭流しに参加することにした。
灯篭流しの前には慰霊式のようなことが行われていた。慰霊式では事故の遺族や航空事故に詳しい専門家が壇上で話していた。(1)遺族の話では話を聞くたびにあの事故の悲惨さが朝の時と比べてだんだん想像できるようになった。専門家の話では不具合を隠すというメーカーの態度にますますの怒りを感じるようになった。そしてこう思うようになった。
「こういう事故、二度と同じことが起こらないようにしないとな・・・・。」
そして灯篭流し、俺は灯篭にこのようなメッセージを書いて川に流した。
「航空事故が二度と起きませんように。」
灯篭は俺が流したものも含めた事故の犠牲者と同じ50個がゆっくりと下流に向かって流れていった。灯篭を見ながら俺は犠牲者たちの冥福を祈り静かに1日を終えるのであった。(終)
(Special Thanks:黒部第四ダム慰霊碑(今回の寄付金箱の発想は今年黒部第四ダムを観光した際、工事中に殉職した人たちを弔う慰霊碑に寄付金箱があったことから思いついたものです。))
✳︎
【簡易解説】
レーザー光線に貫かれて死んでしまったペットのミジンコに、
お盆の暑い時期くらいは、50円玉の穴を利用したプールで水浴びさせてやりたいと思ったから。
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火曜日は研究室に泊まり込みで卒論研究の実験を行なう日であり、夜には床に雑魚寝することになる。
したがって、[⑤水曜日の朝は必然的に腰がバッキバキになり、しんどい。]
しかし、私はそんな水曜日の朝も楽しみにしていた。
何故なら、研究室のシャーレで飼っているミジンコのジン子に朝一番で会えるからだ。
シャーレを顕微鏡にセットし、接眼レンズを覗くと、今日もジン子の愛くるしい姿がそこに・・・なかった。
「し、死んでる――――!?!?」
シャーレには、黒コゲになったジン子の無残な姿があった。
私はさめざめと泣きながらジン子の亡き骸を[③四角い]プレパラートに挟むと、
研究室のある6号館前の赤土に埋め、バリバリ君ソーダ味のはずれ棒に、[⑩禿びた鉛筆]でジン子の名を記し、ささやかな墓標とした。
昨日の夜、寝る前にジン子を見たときには、シャーレでたゆたゆ漂っていたはずだ。
つまり、ジン子は私が就寝した23:30から現在時刻5:20までの[②夜間]に黒コゲにされたことになる。
私の所属する石黒研究室のゼミ員は2名。石黒教授とポスドクの西園寺さんは帰宅していたから、
犯人はもう1人のゼミ員であり、今まさに私の隣で大いびきをかいている水沼に相違なかった。
「おい!水沼!起きろ!!」
私に叩き起こされた水沼は、突如寸断された眠りに不快感を示しつつも、
すぐにハッと目を見開き、私に向き直った。
「浅井!本ッッッ当にすまなかった!!」
私の予想に反して、水沼はあっさりとジン子殺害を認めた。
彼の自白は以下の通りである。
昨日は昼間に[①緒方教授の「催眠講義」を聴講した後、]何時間もぶっ続けで実験をやっていたから、
夜の時点ではもう意識が朦朧としていたんだ・・・。
だから、実験に使っていたレーザー射出装置の角度の設定をミスったんだと思う。
[⑧そうはならんやろ、って方向に][④レーザーが照射されてしまったんだ。]
レーザーは窓際のシャーレに直撃して、ジン子が・・・。
私は、目の前で眉を下げる水沼を見て、怒りが驚くほどあっという間に消えてゆくのを感じた。
水沼は、ジン子の死を[⑨隠そうと思えば隠せたはずだ。]
ミジンコなんて、大学構内の池から浚ってくれば誤魔化しは利く。
にも拘わらず、水沼は私に嘘を吐くことを潔しとしなかった。
その誠実さに、私は胸を打たれた。得難き友、とはこの男のためにある言葉ではないか。
「水沼。正直に話してくれて、ありがとう。ジン子のお墓を急ごしらえで作ったんだ。弔ってやってくれないか―」
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それから1年後。地方の化学メーカーに就職した私は、[問:お盆休みを利用して]大学にやって来た。
構内はこの1年間で改装工事が進んだようで、様変わりしていた。こうやって[⑦時代が変わっていくのだな。]
私の目的は、もちろんジン子の[問:墓参り]だ。
ジン子の墓標は、1年経っても相変わらずひっそりとそこに立っていた。
[⑥ジン子の名前を指でなぞる。鉛筆で書いた割には、まったく掠れなかった。]
この時期は特に暑くなる。私は、ジン子のために[問:50円玉]を用意してきた。
50円玉に1滴水を垂らす。そうすると、穴のところに表面張力で水が盛り上がる。
ジン子のための簡易プールの完成だ。
シャーレよりはだいぶ狭いけれど、ジン子が涼んでくれたらいいな。
そんな願いを込めて、目を瞑り手を合わせた。
【おわり】
✳︎
【簡易解説】
肝試しとお参りを兼ねて古墳を訪れた。古墳前の入口でお供え兼入場料の50円を支払い、古墳に入って手を合わせた。
【以下簡易でない解説】
『伊部さん、起きてください』
「・・・・・・」
『今日はお盆ですよ。ご先祖様のお墓参りに行くんじゃなかったんですか?』
「・・・・・・」
『狸寝入りしないでください。緑のたぬきより赤いきつね派なんですよね?』
「ヴゥウゥゥウゥ・・・」
『ギギネブラみたいな声出さないでください。早くしないとどんどん暑くなってしまいますよ』
「アパシシシホホ・・・」
『何言ってるんですか。早くしないと強硬手段に出ますよ』
「・・・・・・」
『はーいもう時間切れですぅー強硬手段に出ますぅー』
「ふう。悪かったな。俺の墓参りに付き合ってもらって」
『いえいえ。こちらも暇でしたから』
「こちらが頼んだのに寝坊してしまいすまなかった・・・しかしあの強硬手段は流石にないというか・・・」
『伊部さんの自業自得ですよね?』
「いやそうなんだけどさ。まさか顔面にペンで落書きされるとは思ってなかったよ」
『寝てる人へのイタズラとしてはベタでは?』
「よりにもよってシオン君がやるとは思わなかったんだ。ああいう言ってしまえば幼稚というか可愛らしいというか。悪いけどもっとエグいタイプのイタズラするタイプと思ってたからね」
『ええ、何でですか?自分そんなにヤバイ人間に見えます?』
「ヤバイ人間とは思ってないけど、イタズラはヤバイと思ってるからな。先月のなんて、本当にヒドかったぞ」
『まだ根に持ってるんですか?あれは絶対に遅刻できない用事の日に自力で起きれなかった伊部さんの問題ですよ』
「根本的にはそうなんだけどさ、もっとやり方があったじゃん!いきなり芯を出したシャーペンで額を突き刺してくるなんて!」
『ああいうのが刺激になって目が覚めたらな~って思いました』
「刺激どころの騒ぎじゃないよね?芯が額に突き刺さったよね?あの日以来周辺のシャーペンを全て先の丸まった鉛筆にしたくらいだよ⑩!根に持つ通り越してトラウマだよ!」
『まあそれは悪かったと思っていますよ』
「『それ』以外の全ても悪かったと思ってほしいけどね?今日だって顔に落書きするなんて・・・何というか幼稚というか可愛らしいというか・・・ある意味ベタなイタズラをするなんて逆にビックリしたよ。まあでも油性で書かれたことに気付いた時はさらに驚いたけどね。水で洗って指でなぞりまくっても全然落ちないし掠れもしないし⑥。シオン君に『化粧落とすヤツ貸してくれない?』って頼むのがどれだけ恥ずかしかったか」
『スマホで撮ってホーム画面にすればよかったなと思いました』
「シオン君もしかして俺に恨みでもある?やっぱり墓参り嫌だった?最近親族に不幸があって墓に対して悪感情抱いてる?」
『そういう類の心配は無用です。伊部さんに対する恨みも無いですし、親族はおかげさまで曾祖父母に至るまで元気一杯です』
「君の一家凄いね!?まあ色々と言いたいことはあるけど、とにかく今日は助かったよ」
『いえいえ』
「それにしても全然起きれなくて自分でもビックリしたわ」
『今年はお盆が週末だから良かったものの、もっと平日だったら大変でしたね』
「ああ。水曜日に行くとなったら本当にヤバかったな。水曜日の朝とか一番しんどいじゃん⑤」
『そうなんですか?』
「まああくまで個人的には、だけどな。月曜日火曜日はまだスタミナが多少残ってるし、木曜日と金曜日は目と鼻の先に土日があるという事実が自分を奮い立たせる。しかし丁度中間にある水曜日ってさ、スタミナもないし土日からも遠いしでしんどい要素ばかりだし、その日の朝なんてもう活力ゼロよ?人間よりゾンビの方が近いんじゃないかとすら思ってる」
『しかし伊部さんは自宅と職場が同一化されてますし、サラリーマンじゃないでしょう』
「そうなんだけどさ!早起きして電車に乗る必要が無いだけかなりマシなんだけどさ!しんどいことには変わりないわけだよ!まあこういう性分だから一般企業での就職を諦めたという節もあるけど」
『はあ、そうですか』
「あと、墓参りっていうのにも問題があると思う」
『問題?』
「運動会とか文化祭とかってワクワクするから、当日の朝もスッキリ起きられたりするじゃん?大好きな音楽グループのライブに行く日やスポーツ生観戦の日の朝もそうだよね?そういったイベントってのは『ワクワク』するんだよね。そしてその『ワクワク』が活力となるんだ。しかし墓参りにはそういった『ワクワク』が無い。だから活力も生まれず・・・となるわけだ」
『いや、お墓参りに活力も何もないでしょう。そもそもお墓参りはイベントというよりご先祖を慈しみ悼み感謝するための行為なんですから』
「それは承知の上だけど、同じ墓参りなら楽しんだ方がいいよね?」
『まあそれはそうかもしれませんが、『お墓参り』と『楽しむ』という二つの要素がどうにも結びつかないというか・・・』
「そういうような一見思いも寄らないことを新しい常識にするのが俺の仕事だ。まあ案を言えば・・・」
『言えば?』
「まず墓地とか墓石ってどうしても地味になりがちじゃん」
『なりがちというか派手な墓地とか自分は嫌ですよ』
「だからどうしても陰気なイメージになってしまうよね」
『亡くなった人を供養する場なのですから、容器でないのは必定でしょう』
「でも遺族やその子孫の暗い顔なんて、ご先祖様も見たくはないんじゃないかな?」
『まあ・・・それはそうかもしれませんね』
「だから雰囲気を明るくするために・・・」
『するために?』
「演出面に力を入れるというのはどうだろう」
『嫌な予感しかしませんが、とりあえず具体的にはどういった感じにするのですか?』
「ハッキリとコレ!というのはないけど、ライブ会場みたいな感じにしようかなって」
『墓地とは対極の施設を参考にしないでください』
「墓地特有の暗い空気を払拭しようとするんだから、むしろ対極であるべきだよ。まあ例えば紙吹雪とかパイロとかレーザービームとか④?」
『最悪が過ぎます』
「でもこうやってライブ会場みたいな雰囲気にすれば、皆もワクワクしながら墓参り行くようになると思わない?」
『それで雰囲気が明るくなるとは思いませんし、そもそもお墓参りでワクワクする必要性が皆無ですよ』
「明るい声とかが聞かれるようになるかもしれないし」
『ご先祖様の怨嗟の声の間違いでは?』
「うーん、しかし設置費用とかが大変そうだし、実現は難しいだろうな」
『それ以前の問題だということに気付いてください。大丈夫ですか?一旦涼しい場所で休みますか?』
「暑さで頭やられたわけじゃないから大丈夫」
『なるほど。暑さ関係なく頭がやられてたと』
「だいぶ失礼だな!?しかし墓の方をどうこうするのは難しそうだな。日本ってどうしてもこういうのでは保守的な考えの人が多いし」
『先ほどの案に反対するのが保守的というなら、この世に革新派は存在しないことになりますが』
「墓ではなく、参拝者の意識を変えるようにしよう」
『ついに洗脳やプロパガンダに手を出すのですか?』
「いや、そんなヤベエことはしないよ。墓地をどうこうするんじゃなくてこちらが墓参りを楽しく感じたりするようにするという発想の転換だよ」
『具体的にはどのようにするのですか?』
「まあ一番手っ取り早いのは墓場でイベントを開くことかな」
『イベントですか』
「多くの人が眠っている場所と考えるから暗くなってしまうのであって、単にイベントの会場と捉えたらそういう雰囲気にならないんじゃないんかなー、と」
『まさか墓場で音楽ライブを開いたりするとか言わないですよね?』
「まさか。何事にも適材適所ってモノがあるんだ。無理に環境に合わない物や人を引っ張ってきたところで、皆不幸になってしまうのがオチだよ」
『素晴らしい考えですね。ぜひ数分前のあなたに聞かせてあげてください。それで、墓場でどのようなイベントを開くのですか?』
「まあ安直だけど肝試しかな」
『『死者が眠ってる場所と考えるだから雰囲気が暗くなる』みたいなこと言ってたのに、その死者に全力で乗っかるんですね』
「正直他に何も思い付かなかった」
『ちゃんと発想を働かせてください。そういうお仕事でしょ』
「まあ他にはかくれんぼとか鬼ごっことか・・・でもイベントと言うにはなー、というわけで肝試しになった」
『やれやれ』
「・・・よし、思い立ったが吉日と言うし、早速今夜肝試しをやるぞ!」
『今夜ですか?
「そうだよ。夜にやってこその肝試しでしょ②。それとも今夜は何か用事があるのか?」
『いえ自分は構いませんが、伊部さんの自宅からここって結構遠いですよね?それにここは夜間は閉鎖されていますし勝手に忍び込んでしまうのはいかがなものかと』
「いや、ここには来ないよ?もっと近場。車は使うけど」
『近場?伊部さんの自宅の周辺に墓地は無かったはずですが』
「まあ墓地は無いよ。少なくともそう呼ばれるようなものは。何せそこにはもっと適切な呼び名があるからね」
「ほい着いたぞ。そんなにかからなかっただろう。まあここからだと言われないとただの丘だと思ってしまうけどね」
『なるほど。古墳ですか』
「ある意味墓地と呼べるだろ?それにここは色々と特殊でね。立ち入りが許可されているんだ。墳丘には自由に踏み入れるし、内部は流石に全部は無理でも一部は自由に見学できるようになってる」
『へえ。そういうのもあるんですね』
「まあここは『古墳自然公園』て呼ばれてるからね。古墳の形や歴史的価値を遺しつつも遊び場として開放しているって感じだな。24時間開放されてるからそこら辺の心配もない」
『では肝試しというのは・・・』
「この古墳を歩き回る、ということだな。ルートは決まってないからテキトーに歩いて戻ってこよう。まあ墓場とは違って多少は街灯もあるし、内部も照明は付いてるけど、雰囲気は出てるだろ?」
『たしかにそうですね。幽霊とか出てくるんですかね』
「うーん、墓地と違ってここに憑いていそうな霊も少なそうだしなあ」
『ところで伊部さんって幽霊は実在すると思いますか?』
「ん?ああ、いると思うよ」
『へえ、意外でした。伊部さんのような人って幽霊とか宇宙人とかの非現実的存在を信じなさそうなのに』
「まあ大体はそうかもしれないけど、俺はいると思うよ」
『どうしてですか?』
「うん。今ではインターネットのおかげで世界中の人がリアルタイムで繋がることができるけど、当時は情報の伝達には非常に時間がかかったんだ。世界と言わず国内でも飛脚やら何やらを使う必要があったし。それでも何日もかかった。道路とかも今よりも劣悪だったしね。ましてや外国の情報を取り入れたり、反対に発信したりするなど限りなく不可能に近かった」
『なるほど?』
「でも昔から世界中で幽霊、あるいはその類の話は存在した。少なくとも情報速度が非常に遅かった時代でも『幽霊』という概念は共通して持ち合わせていたんだ。だから存在すると思うよ。作り話が広まっただけにしては不自然だしね」
『なるほど。それで伊部さんは幽霊の存在を証明したいと思ったりしないんですか?』
「え?ないよ?幽霊苦手だもん」
『ビビりっですか?』
「ビビりじゃないですぅー霊的なモノが苦手なだけですぅー」
『それをビビりと呼ぶのでは?まあでもこれもある意味お墓参りと言えるのかもしれませんね』
「古墳へ墓参りか。お盆という意味でもピッタリだな」
『ご先祖様というか国のご先祖さまって感じですね』
「お、それいいな。じゃあ肝試しとお参りを兼ねて、内部の入れるところの一番奥まで行って手を合わせて戻るという感じにしよう」
『なるほど。じゃあどちらから先に行きます?』
「え、二人で行くんじゃないの?」
『まあペアで行くというのありますけど、自分にとって肝試しは一人ずつ行く、というイメージです』
「でも女性が一人というのは危険じゃない?」
『力や足には自信があります。というより実際に襲われてマズイのは伊部さんの方ですよね?』
「まあ確かに運動面で誇れるものは皆無だけど」
『あ、でも公園だと防犯カメラとかが無いかもしれませんね』
「いや、この広い古墳自然公園の余すところなくカメラは設置されてるし、警備員も複数名が見回りしてるから、防犯面での問題は無いと思うけど」
『そうですか?』
「正直引くレベルでカメラある」
『引くレベルて。だったら一人で大丈夫ですよ』
「そう?・・・じゃあまずは俺が行ってくるよ」
『分かりました。あ、そうだ。ちょっと待ってください』
「何?」
『肝試しって、一番奥まで行ったことを証明するために何か持ち帰ったりするんでしたよね?』
「ああ~たしかに」
『まあああいうのって事前に置いてきたりするんでしょうけど、どうします?』
「うーん、じゃあ古墳に入って奥まで行って手を合わせたら何かチラシとかパンフレットとか持って帰ろう。何も無かったらスマホで写真でも撮るわ」
『分かりました』
「じゃあほい、車の鍵。それと懐中電灯。ああそうだ、どこから入るか分かる?」
『入口があるんですか?』
「うん、ここはとある団体が管理運営してるんだけど、そこが入り口を設置してるんだ。そして中に入るにはお金が必要となる?」
『有料なんですか?』
「まあ50円なんだけどね。『ここに眠る方のためのお供え料』となってるけど、実際は運営費とかに兼ねてるんだろう。とにかく古墳前の入口で50円を『お供え』してから古墳に踏み入ることが出来る」
『入口はどこですか?』
「あそこだよ」
『どこですか?』
「あそこだよ」
『暗くて入口が分からないです』
「どうだ明るくなったろう」
『財布とライター取り出しながら言うのシャレに聞こえないんでやめてください』
「あ、このライター切れてたか。仕方ない、別の方法にするか」
『切れてなかったら実際にやったんですか?』
「お、丁度よかった。このレーザービームで・・・④」
『レーザービームっていうかレーザーポインターじゃないですか。まああそこにあるんですね?』
「そうそう。じゃあ念のためロックしておいてね」
『はい。伊部さんもお気をつけて』
「えっと、古墳の前の入口で・・・ここに50円玉を・・・うわ、お賽銭箱のデザインしてる。『お供え』って書いてあるし。とにかくここに入れて・・・お、入口のゲートが開いた。じゃあ失礼しまーす・・・【問題文】」
「外灯もあるしそこまで怖くないと思ったが、入口から進むにつれて結構それっぽい雰囲気は出てきたな。近くに木とかたくさんあってそれが風で揺れたりしてるし。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんて言うけど、けっこう説得力あるな。俺がビビりだからかもしれんけど・・・」
「ここから内部に入れるのか・・・うわあ照明あるけど薄暗い感じだな・・・お、壁に看板がいくつかあって解説が書かれてる・・・埴輪の展示もあるな・・・お、ここが最奥か・・・この先にもっと貴重な何かがあるのだろうな。じゃあここで手を合わせて・・・【問題文】。それじゃあ何か・・・お、パンフレット置き場があるじゃん。うわ何これ分厚いな広辞苑かと思ったわ」
「戻ったぞ~。後これパンフレットね」
『お疲れさまでした。では自分が行ってきますね。うわ何ですかそのパンフレット。六法全書ですか。それで、どうでしたか?』
「ああ、やっぱり行ってみると結構雰囲気あったな」
『なるほど』
「あと懐中電灯と間違えてレーザーポインター持ってきちまった」
『アホなんですか?まあ行ってきますね』
「気を付けてなー。俺はパンフレット読んで待ってるわ」
「ふむふむなるほど・・・何か日本の埋葬についての歴史とか載ってる・・・へえ、けっこう面白いな・・・埋葬の歴史とか見てると時代の移ろいを何となく感じることが出来るな⑦・・・ふむふむ、この古墳は・・・『ナントカ古墳』?そんなギャグみたいな名前ありえるのか?あ、『南灯火(なんとうか)古墳』って言うのね!紛らわしいな。所謂前方③後円墳か・・・お、QRコード載ってる。YouTubeで専門家の解説が聞けます・・・?試してみよう」
『戻りました』
「おおう、お疲れ。俺はパンフレット読んでたけど、やっぱ専門家の話って凄く面白いわ①。」
『そうですか』
「怖かった?いや案外平気そうだね。良かった良かった」
『ずっとビビってました』
「隠そうと思えば隠せたのに正直に言うの個人的に高評価⑨。あ、やっぱ怖かったの?」
『はい。自分ホラー系が苦手で』
「そうだったんだ。全然気付かなかった。でもこういうのって人が出てくる方が怖くない?」
『人なら殴れるじゃないですか』
「その発想が一番怖いわ」
『後これパンフレットです』
「やっぱでけえよ。Wii本体くらいの分厚さはあるよ。まあとにかく帰ろう・・・ん?待って?」
『どうしました?』
「何かシオン君の背中に土みたいなの付いてない?転んだりした?」
『いえそんなことはないですよ。おかしいですね。古墳の壁に寄りかかったりもしてないので背中に土が付いたりしたはずはないのですが』
「そうならなかったはず⑧と言っても実際にそうなってるんだよな・・・ちょっと懐中電灯で確認して・・・」
『伊部さん、それレーザーポインターです』
「また間違えたよ。そろそろ心配になるわ・・・よし、今度こそ懐中電灯を・・・あっ・・・」
『どうしましたか?』
「・・・背中に土が手形のように付いてる・・・」
『えっ?』
「な、な、な・・・・・」
「何じゃこりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
この後ポテトチップスうすしお味でお祓いしました。
【終】
✳︎
【簡易解説】
少年は、きっと天国や地獄があったとしても、死んだ彼女に再会することは叶わないような気がしていた。
それでも少年は、死んだ彼女とまた会いたいと思い、彼女と強い縁で結ばれるよう「五十円玉」を彼女の墓に供えることで願掛けをした。
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「新しい季節は、いつだって雨が連れてくる。」なんて書き出しで始まる小説をどこかで読んだことがある。僕は本を読むわけじゃないから、きっと彼女が言ってたんだろうな。
彼女は何というか、雨が似合う人だった。あの人が僕といるときは、たとえそうじゃないにしてもいつも雨が降っているように感じられた。それは彼女の持つ物憂げだったり、大人びた雰囲気だとかが関係しているんだと思うけど…それらを全部まとめて、「雨が似合う人だった」のだ。
今日の天気も、また雨で、
「……5月26日午後16時15分、ご臨終です。」
………彼女の最期の日としては、とても「らしい」んだろうなぁ、と思った。
「いつもお見舞いに来てくれていたのよね。……にこんなにもかっこいいカレシがいたなんて、知らなかったわ。」
病院の入り口で、彼女の母親が僕に言う。彼氏なんて、そんなんじゃない。今言われるまで、僕はあの人の名前すら知らなかったんだから。
「葬儀は明日行います。予定が合うようであれば、是非………。」
葬儀には行く気になれなかった。きっと、彼女はそこにはいないのだろうな、と感じられたからだ。連絡先も交換したけれど、こちらからは何か送ることもないだろう。
「ありがとうございました」と軽く礼だけして、病院を去る。
道の途中ふと立ち止まって、さっき聞いた彼女の名前をメモ帳に書いて、指でなぞってみる。くっきりと書いたから、なぞっても少しも掠れない。それなのに、彼女の跡は名前には少しも残っていないように感じる…………。名前よりも、メモ帳に当たる雨の雫に彼女の面影が思い出されたのだ。[⑥]
それから家に帰るまで、一滴の涙も零さなかった。
きっとまだ僕は彼女が死んだということを正しく分かっていなかったのだと思う。
5月27日の水曜日を迎えて、窓を開け、晴れ渡る朝日を見た時、胸がきつく締め付けられるようなしんどさと共に、はじめて涙が出た。[⑤]
新しい季節は、いつだって雨が連れてくる。
5月も終わり、もうすぐ夏が始まる。……彼女のいない新しい夏は、僕にはどう映るんだろうな。
----------------------------------------
夢を見ていた。………彼女の事を、出会いから思い出すような夢を、最近は毎日のように見る。
夢とは、記憶の整理によって起こるもの。僕は彼女の足跡を、心の底から消したくないのだろうな。
彼女との出会いは、中学3年の頃だった。早いもので、もう5年も経つ。
通っていた塾の帰り道、僕はふと、川の河川敷に同い年くらいの少女がいることに気づいた。
もう夜も遅いというのに、少女が川を眺めている。変な人もいるものだなぁと思って、僕は最初はその場を通り過ぎた。
けれど、その次の日も、次の日もやはり彼女は川にいた。
ある時、僕はいよいよ気になって10分程遠くから彼女を眺めてみたけれど、結局彼女は何をするわけでも無く、誰かを待っているという事でもなさそうで……何も分からなかった。気づいたのは、彼女の着ている制服が近くの女子中の制服ということだけだった。
僕がついに声をかけた日には、強い雨が降っていた。まるで、空から大量のレーザービームが放たれたような雨で、[④]「流石にこの天気の中ではいないだろうな」と思って河川敷を通ると、いつも通り彼女は川を見ていたのだ。
とても驚いた。いや、何となくいるような気がしていたけれど……。
声をかけたのは、風邪をひかないかっていう心配と、日に日に積もった興味によるもの…。それともう一つ。
彼女には、いつ消えてしまってもおかしくないような、そんな不安感が強く感じられたのだ。夜だからかもしれない。遠くから見た彼女は闇の中で曖昧になって、次の瞬間には溶け込んでいなくなるかもしれないと思うような雰囲気で…………だから、声をかけて僕の中でこっちに繋ぎ止めておきたかった。
僕が詳しく何を言ったのかは覚えていないけれど、多分「なんでいつも川を見てるの」とかそういう事を言った。彼女はこっちを見ずに「自分探し」と答えた。僕は分からなかった。川の中に自分がいるのだろうか。ここにいる自分が自分で、それ以外には無いんじゃないか?そう尋ねるも、彼女は何も答えなかった。
川に近づいて、水面を見る。雨で若干揺れる自分の像だけがそこにいる。
こんなものを毎日見ているの、と思ったが、どうにもそういう事じゃないらしい。ますます謎が深まって、ますますそんな彼女に僕は興味を持った。
今から考えるとこの執着も異常なもので、実際のところ一目惚れだったのかもしれない。
それからも、僕は塾が終わると何度も川に訪れた。
彼女は僕の事を別に気にするわけでも無く、いつも通り何も言わずに佇んでいた。でも完全に無視という訳でもなく、僕が何かを聞くと一言だけ返事をしてくれる。
だから僕は、いつからこんなことをしているの、だとか、普段はどんなことをしているの、だとか。そんな他愛もない話題を何度も振ってみたりした。
彼女は本が好きだという事は比較的早めに知れた情報だった。今日読んだ本のこと、好きな本の一節だったりを教えてくれた。僕も本を読む人だから話に入ることが出来た。
何か月か通うにつれ、彼女の言う「自分探し」の意味が次第に分かってきた。というか、彼女が自分から話してくれるようになった。
「教室とか、人ごみの中に居ても私がちゃんと見えない」と彼女は言った。「この静かな夜がいいの。「私」がよく見えないから。目で見える私がいない、静かな川の自然の中で、本当の意味で一つだけ自然じゃない私があらわれる。だから、私はありのままになれる」
人との関わりの中で見える自分と、自分自身の本質はまた別物だという事だろうか。
でも確かに、川の前で自分の事を考えていると、いつもよりも考えが深く進むことがある。夜で辺りが暗くて、隣にいる彼女も、自分自身すらも良く見えない。そんななかふと空を見上げると、明るくて広い星空が良く見えて…そしてふと視点を戻すと、ひどくちっぽけな自分に気づかされるのだ。彼女の言った「夜が大事」って言うのも、きっとそういう意味なのだと思う。[②]
それにしても、彼女は何がきっかけでこんなことをするようになったのだろうか?
そういう疑問を持ち始めたのも、この頃だったな。
中学生の少女が自分を見直そうなんて、滅多なことがないと起こらないような気がして……同時に、触れてもいけないような気がしたから、その話題に触れられたのは、こんな関係が続いてから、3,4年くらい後だった。
その頃にはお互いに世間話などもするようになったし、彼女も何言も返してくれるようになった。普通に友人としての間柄という感じであったけれど、川以外で出会いを増やそうとはしなかったし、考えることも無かった。
………ああ、あの日も雨が降っていたな。
この疑問を口に出してから彼女はかなり驚いたようで、暗くても分かるくらいに目を見開いてから数秒間考え込む素振りを見せた。それから、「まぁ、君ならいいか。」と軽く呟いて語る。
「私はね、中学一年生の時にお父さんを殺したの。」
予想外の回答に、言葉が止まった。そんな僕を横目に、「隠そうと思えたら隠せたんだけどね。」と話を続ける。[⑨]
彼女曰く、彼女の家は小さいころから父親の暴力が激しかったのだという。殴られ蹴られ、それを彼女の母親が止めて、母親も………というのが日常的だった、と彼女は語る。
「私はね、お母さんだけは好きだったから。お母さんが殴られるのは耐えられなかった。
お母さんはね。お父さんがいると笑わないんだ。お父さんが不機嫌な時に笑ったら、殴られるから。
だから気づいたんだ。あの人一人いなくなるだけで平和なんだって。」
悲しむ素振り、というよりはあの日を懐かしむように話す。
「お父さんは釣りが好きでね。私はいつも機嫌を損なわないようにいつも一緒に山まで行ってたんだ。だから、山道の途中でちょっと体重をかけて押したの。そしたら本当に綺麗に転がり落ちて行ってさ。これは死んだんだなぁって、すぐに分かったし、まさか私が押したとは誰も思わなかったみたいで、事故だって片付けられた。」
彼女の目から、罪悪感のようなものは少しも感じられなかった。
「お父さんの葬式でお母さんは涙は流さなかったし、一週間くらいしたら「普通の日常」になっていったんだ。私のやったことは間違ってなかったんだなぁって、安心した。私がお父さんを殺さなかったら、きっとそうはならなかったはずだから。[⑧]」
そんな彼女の目が当時の僕は怖くて、少しくらい罪悪感を感じ取りたくて。でも人を殺したんだろって僕が言うと、「そうなの」って彼女は悲しげに答えた。
「私は、自分が嫌い。あんな父親でも、一人の人間だから。人を殺しても少しも悪いと思っていない自分の本質は本当に恐ろしくて、嫌いなの。だから、ようやく得られた普通の日々の中で、おぞましい私の部分を忘れないように、自分を見つめるようにしてるの。」
また、僕は何も言えなくなって、雨の音と川の音がその場を支配した。
気まずくなって飲み物を買ってこようと思って………でも、財布を見たら全然お金が無くて…彼女に10円借りたのを恥ずかしすぎて覚えている。あれ、結局返してないな。
今でも、ここで何と言えば良かったのかが分からない。けれど、今思えばこれも彼女なりの前への進み方だったのだろうな。これが分かったのは、彼女の亡くなる直前だった。
そう、彼女の、彼女の病が発覚したのはそれからすぐのことだった。
「しばらく入院するから、お見舞いに来てね。」と彼女に入院先の病院と部屋の番号が書かれたメモ用紙を渡されたのは意外だった。彼女の事だから、何も言わずに消えてしまうと思ったから。そう聞くと、「何年も一緒だし、私も寂しいかなって」と笑った。
そのメモ用紙は数少ない彼女の痕跡として今でも持っている。鉛筆で書かれた特徴的な筆跡だった。彼女が言うには、「お母さんがこの書き方なの」という事らしく、本当に母親の事が好きなんだな、と思った。[⑩]
………
……
…
----------------------------------------
『私、長く生きられないんだって。』
『お医者さんが言うには、テロメア?っていうところが生まれつき短くて、細胞の分裂する回数がもうすぐ限界みたいなんだ。寿命がもうすぐ来るってことだから、もう治らないみたい。』
____!!
『嘘だって?私も嘘だと思いたいけど、お医者さんってその道の専門家だし、その人の話だったら正しいんだろうなと思うよ。本当に、突然なことだよね』[①]
___?
『………うーん、多分、もってあと一年じゃないかな。』
『不幸だと思う?私も思うよ。けれどね、逆に私は幸せなんじゃないかなぁと思うんだ____。』
………………
………
…
『………私、肌には自信あったから、日焼け止め以外は使わないようにしてたんだけどなぁ。こんな姿、君には見せたくなかったよ。』
____。
『そっか。優しいね。』
___?
『うん、多分そろそろ。』
『………ねえ、天国とか、地獄ってあると思う?』
____?
『考えないようにしてたんだけどね。死んだ後の事をどうしても考えるんだ。私は地獄に落ちるだろうなって。………うん、人を殺したからね。言い逃れなんてしないし、罰を受けて当然だから。』
『それよりも、君のことだから、また私を追いかけて死んだり、誰かを殺して地獄まで来ないかが心配。………今ちょっと、考えたでしょ?』
___。
『うん。素直でよろしい。最初はなんだこいつって思ったけど、なんだかんだここ何年かは楽しかったんだ。だからさ?』
___君は、ちゃんと生きてね?
----------------------------------------
…………
……
…
目を覚ます。
窓から日差しが漏れていないのに気づいて、自分は明るいうちに目覚められなかったんだと気づく。
ここのところは蝉のおかげで、目覚ましが無くても朝や昼には目覚められたんだけど………まぁ、どうでもいいか。
そういえば、もうすぐ夏も終わるんじゃないか、とスマホの電源を付ける。ディスプレイに表示される「8月15日午後18時45分」の文字。あぁ。
「そっか、今日はお盆だったか。」
結局、葬式には行かなかった。四十九日もとっくに過ぎて、彼女はもう死後の世界にいるのだろう。今はお盆だから、もしかしたらこっちに帰って来ているかもしれないな……。もしくは、もう帰っているか。
…………彼女が帰って来ているのなら、きっとあの川にいるだろうか。
久しぶりに外に出る準備をして、靴を出して自転車で川に向かう。
彼女が亡くなってからは、一度も川に行く気になれなかった。彼女がいないから、というのもあるが、今の自分を直視したくなかったのが一番大きいのかな。
川に行くと、そこはいつもの静かな川じゃなかった。
茂っていた草は知らぬ間に刈られており、自分と同い年くらいの大学生のペアが花火で遊んでいた。 ……僕は、夜の河川敷に彼女と自分以外の人がいるのを初めて見た。時代の移ろい、と捉えるべきか。[⑦] 自分のいない間に川はあの人たちの物になっていて、彼女はここにはいないだろうな、と分かった。
家に帰ると、ポストに大量の郵便物がたまっているのに気づいた。流石に片付けるかとポストを開ける。
一番上に、僕宛の手書きの葉書があった。その鉛筆で書かれた筆跡が何となく彼女のものに近いように感じて、手に取る。
葉書は、彼女が亡くなった時に病院で話した、彼女の母親からのものだった。
「お盆であの子も帰って来ていると思うから、良ければ」という前置きと共に、彼女の墓の場所が記されている。
もう時間は20時を回っていて、行ってもいないと思っていたけれど折角だから、と、地図を頼りに向かうことにした。
…………
…
『私は、老いるのが怖いよ。昨日できたことが、今日には出来なくなっていく。あらゆるものが、年を重ねるごとにどうでも良くなって………いつしか、全てに無関心になる。そうして、毎日少しづつ死んでいくよりは、こっちの方が幸せなんじゃないかって思うんだ』
『死ぬのは怖いし、死んだ後のことは考えたくない。けれど、それよりも私は、今日までを生ききったことを、誇りに思いたいんだ。』
『君も、最後にそう思えるような人生にしなよ。』
彼女の墓の前で僕は、病院で彼女がそんなことを言っていたのをふと思い出した。
彼女の名前が刻まれた四角い素朴な墓からは、やっぱり彼女の面影は感じられないし、彼女がこんな四角い箱の中にいるとも考えたくなかった。[③]
けれど周囲の雰囲気や現実感から、僕は自身の死をも意識せざるを得なかった。ああ、そうか。今も僕は、少しづつ死んでいるんじゃないか?もしも今の僕を彼女が見たら、どう思うのだろうか…。
「叱られるだろうな。」
自分のこと、考えると怖いけれど、それでも胸を張って生きられるようにしないとな。
そう決めたその時。
ぽちゃん、と墓石に水の落ちる音がして、それからざぁぁ、と僕にも水が降りかかった。雨だ。雨が、降ったのだ。
「…………はは。」
それだけで彼女がここにいると感じるのは、少々自意識過剰だろうか。それでも、僕はいると思いたくて、墓石に話しかける。
「言われた通り、ちゃんと『生きる』ことにする。今のままだと、死んでるのと変わんないからさ。」
_____。
「君は地獄に落ちちゃうかもって言ってたね。僕は生き続けて、地獄には落ちないようにするよ。………だけど、君にも会いたい。会って、話がしたい。」
あとは何か、言う事があったか。いざ墓石に向かって何か話すとなると、何も出てこない。
あぁ、そういえば、10円借りたままだったな………。と、思い出すと同時にふと閃く。そして、財布から50円玉を取り出して、墓前に供えた。
「借りてたお金、返すよ。けど、10円じゃ足りないような気がしてさ。その5倍、えんをかけておく。」
精一杯生きて、死んだあと。天国と地獄で離れても、また『縁』で繋がってまた会えるように。
そうして、また会えたら、何をしようか。………ああ、そうだ。
「三途の川でも眺めようよ。」
雨の中、どこかで彼女が笑ったような気がした。
[了]
[編集済]
✳︎
参加者一覧 20人(クリックすると質問が絞れます)
※結果だけを知りたい方は投票会場の方をご覧ください
てーーんてーーけてーーんてーーん てけてけてんてんてーーん
賞状 創り出すに参加してくれた全ての皆様
貴方たちは、今大会において優秀な成績と大会を大いに盛り上げてくれたことをここに賞します。
令和二年 八月三十三日 今大会主催者 ラピ丸
と、言うわけで結果発表のお時間です。長かった企画も終わりの時大詰めでございます!!
今回はおかげさまで素晴らしい17作品が集まりました。さらに投票は全十六票が集まりました。主催者としては嬉しい限りです!! 皆さんはどうですか?
今回、集計していて手に汗握るほどの大接戦! その子細は皆様の目でご確認ください!
それではドッキドキの結果発表行ってみましょう!!
☆最難関要素賞
上位三つは以下の要素です!
第三位(一票)
②夜は重要
⑨隠そうと思えば隠せた
初っぱなからアクセル全開なイメージ。今回の要素軒並み凶悪なのが並んでいましたが、納得の第三位です。何隠すの、何を。
第二位(三票)
④レーザービームを放つ
⑧そうならなかったはず
⑩シャーペンより鉛筆派
……いつもなら最難関賞とっててもおかしくないラインナップです。すさまじい第二位でした。ビーム打つな。
第一位(四票)
⑤水曜の朝が一番しんどい
栄えある第一位は⑤の「水曜の朝が一番しんどい」でした!! 意味が! わかんない!! よ!! 何で水曜なの!? しんどいって何!? 使いづらさダントツナンバーワンでした!! シチテンバットーさんおめでとうございます!!
サブ賞
それぞれ一位を発表したいと思います!!
☆匠賞
③『空に昇るは』(作・OUTIS)
⑬『変わらないもの』(作・輝夜)
見事上記二作品が匠の栄冠を手にしました!!
片や宙高くを目指した物語、片や地中に埋まった思いの物語。ある意味対照的な二作品に巧いの声が集まりました! OUTISさん、輝夜さんおめでとうございます!!
☆エモンガ賞
⑦『天に白球』(作・リンギ)
⑰『天地、離れても』(作・ごがつあめ涼花)
これまた二作品がエモンガに輝きました!!
気持ちいい晴れが印象的な天に白球。雨降る橋が記憶に残る天地、離れても。どちらも天を冠する作品でエモっていました!!
リンギさん、ごがつあめ涼花さんおめでとうございます!!
☆スッキリ賞
⑩『いのち ~ぼくとハタの一週間~』(作・OUTISさん)
初導入のスッキリ賞に輝いたのはこちらの作品!
日記形式で猫との思い出を綴ったこちらが見事選ばれました!
スッキリ賞は導入したてと言うこともあり皆さん評価基準がバラバラだった模様。そんな中投票してくださって本当にありがとうございました!!
OUTISさんおめでとうございます!
さてさていよいよ大詰め……
作品賞に参りましょう!!
今回も、例に漏れずの大混戦!!!!
どのような結果となったのか、それでは第三位から!!
☆最優秀作品賞
第三位は……
四票獲得の……
こちら!
🥉⑩『いのち ~ぼくとハタの一週間~』(作・OUTIS)
🥉⑪『さよならの価値は』(作・「マクガフィン」)
🥉⑬『変わらないもの』(作・輝夜)
以上三作品となりました!!
スッキリ賞受賞作、ミスター創り出す渾身の快作、匠の力作ととんでもない顔ぶれ! 三者三様素晴らしい作品ばかり!! どれも魅力的でした!!
OUTISさん、「マクガフィン」さん、輝夜さんおめでとうございます!!
続きまして
第二位は……
五票獲得……
この三作品!!
🥈⑧『地獄の沙汰も金次第』(作・ほずみ)
🥈⑨『枯れゆく前に』(作・藤井)
🥈⑰『天地、離れても』(作・ごがつあめ涼花)
です!! おめでとうございます!!
最後まで第一位とせっていた三作。ほずみさんの作品は六文銭が印象的なちょっぴりホラー。藤井さんの作品はサイダーの爽やかさが読後に余韻となるドラマ。ごがつあめさんの作品はしとしとと降る雨に打たれたような作品。
いずれも美しく、自然と惹かれてしまうものでした。好き好きスッキ!
ほずみさん、藤井さん、ごがつあめ涼花さんおめでとうございます!!
さあ、数ある逸品を抑え、見事一位に選ばれたのは……
六票獲得
――『好きな子には、いつだってかっこよく思われたいやろ?』
🥇⑦『天に白球』
見事、☆最優秀作品賞に選ばれたのはこちらの作品でした!!!!
青々とした空に、一点刻み込むような白。それは五十円の穴から覗く景色で、懐かしいあの頃へと我々を誘ってくれます。なんて……ええんや……
言葉のチョイスや作品としての構成の巧みさに舌を巻きます。とっても素敵すぎて、昇天するああ……
と、言うわけで☆最優秀作品賞おめでとうございます!!
最後に、☆シェチュ王の発表です!!
長かった戦いよさらば!!
みごと第二十六回正解を創り出すウミガメのシェチュ王に選ばれたのは……
もう、おわかりですよね
シェチュ王
👑リンギさん
です!! おめでとうございます!!!!!!!!!
本当に凄い!!!!!
これにて、第26回創り出すは終了となります!!
皆様お忘れ物はないようお気をつけてお帰りくださいませ♪
おっと、あぶないあぶない
私が忘れ物をするところだった。
それでは、シェチュ王はリンギさんにバトンタッチ!!
今度こそ、お疲れ様でした!!!!!
遅ればせながら、ラピ丸さんありがとうございました!&リンギさんおめでとうございます! 私の作品にも投票・感想くださった方がいてホントにうれしかったです。初参加の素晴らしい思い出になりました。[20年09月05日 19:19]
うわー!わー!!ありがとうございます!シェチュ王の名に恥じないよう次回の主催頑張らさせていただきますね。投票・コメントしてくださいった方々、そして主催のラピ丸さんありがとうございました![20年09月04日 15:59]
ラピ丸さん主催お疲れ様でした。そしてリンギさんシェチュ王おめでとうございます。素晴らしい作品ばかりで一票しか入れられないので投票は非常に迷いました。その他参加された方々もお疲れ様でした。[20年09月03日 23:16]
ラピ丸さん、主催ありがとうございました!お疲れ様でした。今回も、本当に楽しませていただきました!そしてリンギさん、シェチュ王おめでとうございます!!感想は後ほどじっくりと読ませていただきます(^^)[20年09月03日 22:10]
◆◆問題文◆◆
お盆のある日に墓参りに来た男。
彼は墓前に五十円玉をお供えしてから手を合わせた。
一体なぜ?
——————————
要素一覧
①専門家の話を聞く
②夜は重要
③しかく
④レーザービームを放つ
⑤水曜の朝が一番しんどい
⑥指でなぞっても掠れない
⑦時代の移ろいを感じる
⑧そうならなかったはず
⑨隠そうと思えば隠せた
⑩シャーペンより鉛筆派
——————————
①『思い出の50円玉』(作・クラブ)
えっとね、早すぎます。なんでこんな短時間でこんな良い物書けるの? 自分もゲーム大好きなのでちょっとうるるときました。弟ちゃんの語り口調がとっても好き! 兄弟仲いいで賞を贈呈します。
②『リフレクト・リフレイン』(作・休み鶴)
友だちの墓参りに数年越しに訪れる……。はい、エモーい。さいこーう。もうなんなんですか? 私の涙涸らす気ですか? そうは問屋がおろし金ですよ(号泣)。締め方最高で賞授与。
③『空に昇るは』(作・OUTIS)
ツイったの話になるんですが、ダメな宇宙兄弟っておっしゃってて。何のことだろうなと作品を見たら納得しました。妹ちゃん……なんで……。この世はままならないで賞あげる。
ところで、この輝夜さんってまさか……
④『王様が死んでそれから』(作・きの子)
粗暴なおじいちゃんと孫の話。こういう近くて遠い距離感というのもまたエモいんですよ。「頼むから化けて出ないでくれよ」が最高風速でエモでした。漢って感じのキャラが良い! まさに漢で賞。
⑤『汚泥に浸かる』(作・キジ猫)
復習もの。今回ほとんどなかった印象。だからこそキラリと光るこの異質さ。どろりとした感情が背をおして足を引っ張る描写がたまらなくすこでした。すこスコーン。幸せになって欲しかったで賞。
⑥『4.0g =』(作・ハシバミ)
後悔の物語。これはあの時選ぶことが出来たはずの過去を悔いているのがエモポイントの一作ですね。人生の苦さを痛感させられて、それを本気で悔いている主人公が刺さりました。ビター賞受賞。
⑦『天に白球』(作・リンギ)
言わずもがな。五十円の使い方が巧かったですね~。夏の青空にボールが放たれる図が頭の中で浮かび上がってきてまさに魅せる内容だったな、と感じました。高校球児万歳! すがすがしいで賞。
⑧『地獄の沙汰も金次第』(作・ほずみ)
自分は今回投稿された作品の中でもかなりコレ好きでした。というのも、六文銭と五十円のリンクのさせ方が巧く、五十円玉六枚の映像がさらにミステリアスでそそられたからです。普通にこの解説のウミガメ参加したい。五十円賞。
⑨『枯れゆく前に』(作・藤井)
導入部からタイトル、落ちまで、構成が見事すぎて完敗しました。夏休み最後のなんともいえない寂しさが作品の随所にあふれていて、とても好きでした。廣瀬さん、私も一目会ってみたい……。シャワシャワ賞。
⑩『いのち ~ぼくとハタの一週間~』(作・OUTIS)
日記の形式になることでスッキリ短くなってました。あの黒い四角が涙でにじんだところだと気がついた瞬間にエモさが爆発。危険ですよコレ……。きっと彼は生き物に優しい大人になるでしょうね。成長賞。
⑪『さよならの価値は』(作・「マクガフィン」)
読んでる途中で最悪の事態が過ぎりました。もしや妹も姉の為に寿命売ってるんじゃ……と。最後のブロックを読んで、杞憂だと胸を下ろすのですがね笑。ガフィンさんそこまで凶悪じゃなくて良かったです。こってり賞。
⑫『猫と想いの集会場』(作・さなめ。)
他の作品よりも暗くなりすぎず、未来を描いている作品。猫ちゃんに救われて、もう一度模倣するために五十円を墓前に置くシーンは思わずうるりときてしまいました。ユキグニいい猫で賞。
⑬『変わらないもの』(作・輝夜)
フィクションの中で歴史を辿る物語。過去と現代がクロスしつつ、現代の時間が過ぎていくのがたまりませんでした。丁寧な記述で緊張と緩和を使い分ける。五十円が一番コロコロ表情を変えていました。解答二十面賞。
⑭『50円と50人の命』(作・まりむう)
50円から50をキーワードにした物語でした。事故現場での慰霊の募金。思いを馳せている瞬間こそが一番の弔いなのかも知れないと感じました。ダムの被害者に黙祷を。祈りを捧げるで賞。
⑮『ジン子殺ミジ事件』(作・休み鶴)
こっちも好き! 事件がちょっぴりあり得そうで、少し寂しく、少し誠実な姿がとてもよきでした。なんでここまで巧くまとめられるのか。見習いたいです、師匠と呼ばせてください南無南無。ミニマム賞。
⑯『伊部さん、これは悪霊ではないのですか?』(作・シチテンバットー)
安心と安全のシチテンさん。墓参りだというのに、作中で誰も殺してくれなかった。見事です。会話も軽妙で聞き心地がよく、スピード感に圧倒されました。次回も期待してますね! 創り出すー1グランプリ優勝。
⑰『天地、離れても』(ごがつあめ涼花)
ごがつあめさんは、いつも象徴的な物の中にテーマを隠すのが非常に巧いです。言葉の選び方や、物語の展開、全部見習いたい。今回は雨が鍵でした。しとしとと降る滴に彼女の姿を見いだすとエモ肌が立ちます。レイン賞。
自分が正解した問題・出題者への賛辞・シリーズ一覧・良い進行力など、基準は人それぞれです。
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Goodって?
「トリック」「物語」「納得感」そして「良質」の4要素において「好き」を伝えることができます。
これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。
ブクマ・Goodは出題者にとってのモチベーションアップに繋がります!「良い」と思った自分の気持ちは積極的に伝えていこう!