【正解を創りだすウミガメ】時をかける書物【第25回】

◆◆問題文◆◆

薄明かりの中。
震える手で本を開いた人は、時計を止めることを決めた。

一体どういうこと?


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さて、やって参りました、第25回正解を創りだすウミガメ。今回の主催を務めさせていただきます、輝夜と申します。このような大役はなにぶん初めてなもので、至らない点も多々あるかと存じますが、温かく見守っていただければ幸いです。

今回は7月、そう、かの有名な2人の男女が、一年に一度巡り会う月でございます。
きっと今頃、天の上には、つかの間の邂逅に思いを馳せ、一抹の淋しさとともに幸せに浸る2人がいることでしょう。彼らも、時を止めたいと願うことはあるのでしょうか。

申し訳ありません。つい前置きが長くなってしまいました。
毎度恒例、ルール説明へ参りましょう。

★★ 1・要素募集フェーズ ★★
[7/18(土)21:00頃~質問が50個集まるまで]

まず、正解を創り出すカギとなる質問(要素選出)をしていただきます。

☆要素選出の手順

①出題直後から、YESNOで答えられる質問を受け付けます。質問は1人4回まででお願いします。

②皆様から寄せられた質問の数が50個に達すると締め切りです。

③前回同様、要素候補が5個投稿された時点でその中から1つ要素が選ばれます。

わかりやすく言いますと、質問No.1〜5が集まった時点でその中から1つ採用、No.6〜10が集まったら1つ採用、・・・というように、採用された要素がリアルタイムで増えていき、参加者もそれを見られるということです。採用する要素は主に乱数で選出いたしますが、いくつかは私の方で選ばせていただきます。ご了承ください。

一度に4つ質問してしまえば高い確率で要素採用となりますし、今までに採用された要素を見ながら自分の要素投稿内容を調整することもできます(それまで高難度な要素ばかりだったら簡単めな要素候補を投稿するなど)。


このようにして選び出された10個の要素を織り込みながら、問題文の解説となるストーリーを“創り出し”てください。

選び抜かれた10個の要素。
自然に魅せるも、強烈に魅せるも、皆様次第でございます。
各要素が放つ個性豊かな輝きを、是非ご堪能ください。


なお、良質(=採用)以外の質問は「YesNo どちらでも構いません」と回答いたします。
こちらは解説に使う必要はありません。

※矛盾が発生する場合や、あまりに条件が狭まる物は採用いたしません。
▼矛盾例
 田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね?(先に決まった方優先)
▼狭い例①
 ノンフィクションですか?(不採用)
▼狭い例②
 登場キャラは1人ですか?(不採用)
▼狭い例③
 ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)

要素が揃った後、まとメモに要素を書き出しますのでご活用ください。

★★ 2・投稿フェーズ ★★
[要素選定後~7/28(火)23:59]

要素募集フェーズが終わったら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズ』に移行します。
各要素を含んだ解説案をご投稿ください。

らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだしましょう。

どんな世界を創りだすも皆様次第、一つとして同じもののない皆様の世界を覗かせていただくこと、誠に楽しみにしております。

※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖・ラテシン版)」も参考になさってください。
 ** ラテシン版 **
http://sui-hei.net/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
 ** らてらて鯖 **
https://late-late.jp/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1


☆作品投稿の手順

①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。

②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。

③まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。

④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完、など終了を知らせる言葉を必ずつけてください。

⑤今回も原則として簡易解説をつけていただきたいと思います。
作品の冒頭もしくは末尾などに、問題文の問いかけに対する簡易解説(要約)をつけてください。文字数や行数の指定はありません。
※作品自体が簡易解説のような形である場合は、新たに要約をつける必要はありません。


★★ 3・投票フェーズ ★★
[投票会場設置後~8/4(火)23:59]

投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行します。
お気に入りの作品、苦戦した要素を選出しましょう。


☆投票の手順

① 投稿期間終了後、アンケート(画面最上部バナー右から二番目!)にて、「第25回正解を創りだすウミガメ・投票会場」を設置いたします。
※闇スープ形式で投票会場を設置するのが恒例でしたが、今回も出題者の都合上、アンケート形式での投票となっております。お間違えのないようお願いするとともに、お手数お掛けする旨お詫びいたします。


② 作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、「メイン投票」枠として気に入った作品に投票できます。メイン投票はアンケート投票ページの「メイン投票・自由欄」から行ってください。
自由欄には各投票作品の、
1.タイトル
2.作者
3.票数
4.感想 をお願いします。

※メイン投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構いません。
※自分の作品に投票は出来ません。その分の票は無効となりますのでご注意ください。

また、今回もサブ投票枠として「エモンガ賞」「匠賞」を設置します。サブ投票は持ち票無制限、ただしエモンガと匠それぞれで各作品につき1票までの投票となっています。
アンケート会場の形式上、アンケート会場設置後に投稿されたロスタイム作品へのサブ投票を可能にするため、今回はサブ投票も自由欄への記述式とさせていただきます。お手数おかけし申し訳ありませんが、ご了承いただきますようお願い申し上げます。

その他、詳細は投票会場にて。

さらに、これまた恒例となりますが、「シェフ」「観戦者」の皆様それぞれに1票ずつ、「最難関要素賞」への投票をお願いします。これは、メイン・サブ投票とは異なり、投票したい要素の項目へチェックしてください。

③皆様の投票により、以下の受賞者が決定します。

 ◆最難関要素賞(最も票を集めた要素)
 →その質問に[正解]を進呈

 ◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品)
 →その作品に[良い質問]を進呈

 ◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計)
 →全ての作品に[正解]を進呈
 
→見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題していただきます!

※票が同数になった場合のルール
[最難関要素賞][最優秀作品賞]
同率で受賞です。
[シェチュ王]
同率の場合、最も多くの人から票をもらった人(=一人の方からの複数票を1票と数えたときに最も票数の多い人)が受賞です。
それでも同率の場合、出題者も(事前に決めた)票を投じて再集計します。
それでもどうしても同率の場合は、最終投稿が早い順に決定させていただきます。


■■ タイムテーブル ■■

☆要素募集フェーズ
 7/18(土)21:00~質問数が50個に達するまで

☆投稿フェーズ
 要素選定後~7/28(木)23:59まで

☆投票フェーズ
 投票会場設置後~8/4(火)23:59まで ※予定

☆結果発表
 8/5(水) 21:00 ※予定


◇◇ お願い ◇◇

要素募集フェーズに参加した方は、なるべく投稿・投票にもご参加くださいますようお願いいたします。(もちろん、投稿・投票できなかったからといってペナルティなどはありません!ご安心くださいね!!)
質問だけならお手軽気軽、でもメインはあくまで投稿・投票。
投稿は意外と何とかなるし、投票もフィーリングで全然OKです。心向くままに楽しみましょう!
もちろん投稿フェーズと投票フェーズには、参加制限など一切ありません。
どなた様もお気軽にご参加ください。心より歓迎いたします!

皆様の思考や試行、思う存分形にしてみて下さい!

◇◇ コインバッジについて ◇◇

シェチュ王……400c
最優秀作品賞…100c
最難関要素賞…10c
シェフ参加賞…5c
投票参加賞……5c

上記の通り賞に応じてコインを発行する予定ですので、皆様ぜひお気軽にご参加ください。


いつにも増して長い説明にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

さて、ここまで、落ち着いた語りを心がけて参りましたが、そろそろ、限界、です。興奮を、抑えきれなく、なってきました……!
だって、創りだすですよ?創りだすが始まるんですよ!?一生に一度しかない第25回ですよ!!(?)

……えー、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。

一度仕切り直します。

……さあ!これより、要素募集フェーズを始めます!!
要素投稿は、1人4個までですよ!!!

よーい…………

スタート!!!!!
[輝夜]

【新・形式】20年07月18日 21:01

【結果発表】ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました!

正解を創りだすウミガメ
新・形式
No.1[OUTIS]07月18日 21:0107月18日 21:05

大切な人を失うかナ?

YesNo どちらでも構いません

No.2[まりむう]07月18日 21:0207月18日 21:05

将棋の天才ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.3[まりむう]07月18日 21:0207月18日 21:05

誰かを救いたいですか?

YesNo どちらでも構いません

No.4[まりむう]07月18日 21:0207月18日 21:05

迷惑だといわれますか?

YesNo どちらでも構いません

No.5[OUTIS]07月18日 21:0207月18日 21:05

涙は流れるかナ?

Yes! 涙は流れます① [編集済] [良い質問]

No.6[まりむう]07月18日 21:0207月18日 21:06

雨がなかなかやまないですか?

Yes! 雨がなかなかやみません② [良い質問]

No.7[ぎんがけい]07月18日 21:0307月18日 21:06

このままでは大変なことが起こりますか?

YesNo どちらでも構いません

No.8[OUTIS]07月18日 21:0307月18日 21:06

どんなに足掻いても無駄かナ?

YesNo どちらでも構いません

No.9[OUTIS]07月18日 21:0307月18日 21:06

もうこの世に意味はないかナ?

YesNo どちらでも構いません

No.10[藤井]07月18日 21:0407月18日 21:06

磁石は関係ありますか?

YesNo どちらでも構いません

No.11[さなめ。]07月18日 21:0507月19日 21:06

ロマンチックな卵焼きですか?

1

YesNo どちらでも構いません

No.12[豚キムで白米]07月18日 21:0507月18日 21:08

豪雨は重要ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.13[ハシバミ]07月18日 21:0607月18日 21:08

逢いたい人がいますか?

YesNo どちらでも構いません

No.14[豚キムで白米]07月18日 21:0607月18日 21:08

四葉のクローバーは重要ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.15[藤井]07月18日 21:0608月05日 21:00

スタイリッシュな目玉焼きですか?

2

Yes! スタイリッシュな目玉焼きです③ [正解][良い質問]

No.16[ハシバミ]07月18日 21:0707月18日 21:09

祈りますか?

YesNo どちらでも構いません

No.17[豚キムで白米]07月18日 21:0707月18日 21:09

カラスは重要ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.18[藤井]07月18日 21:0707月18日 21:09

電気ケトルで氷を作るつもりでしたか?

YesNo どちらでも構いません

No.19[豚キムで白米]07月18日 21:0807月18日 21:09

煙草は重要ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.20[さなめ。]07月18日 21:0807月18日 21:09

恥ずかしげに笑いますか?

Yes! 恥ずかしげに笑います④ [良い質問]

No.21[PIAZU]07月18日 21:0807月18日 21:11

息が荒くなりますか?

YesNo どちらでも構いません

No.22[猫又]07月18日 21:0807月18日 21:11

鍵を探しますか?

YesNo どちらでも構いません

No.23[猫又]07月18日 21:0907月18日 21:11

物を捨てますか?

Yes! 物を捨てます⑤ [良い質問]

No.24[ぎんがけい]07月18日 21:0907月18日 21:11

時計が12時を示すときが重要ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.25[ぎんがけい]07月18日 21:0907月18日 21:11

目の前には海が広がっていますか?

YesNo どちらでも構いません

No.26[ぎんがけい]07月18日 21:0907月18日 21:12

あり得ないミスが起こりますか?

YesNo どちらでも構いません

No.27[藤井]07月18日 21:1007月18日 21:12

男の言い分はごもっともでしたか?

YesNo どちらでも構いません

No.28[PIAZU]07月18日 21:1107月18日 21:12

形がありませんでしたか?

YesNo どちらでも構いません

No.29[アルカディオ]07月18日 21:1107月18日 21:12

凍りますか?

Yes! 凍ります⑥ [良い質問]

No.30[「マクガフィン」]07月18日 21:1107月18日 21:13

提供時間がリクガメですか?

YesNo どちらでも構いません

No.31[さなめ。]07月18日 21:1207月18日 21:15

卵を取られてしまいましたか?

YesNo どちらでも構いません

No.32[ハシバミ]07月18日 21:1207月18日 21:15

もう後戻りはできませんか?

Yes! もう後戻りはできません⑦ [良い質問]

No.33[アルカディオ]07月18日 21:1307月18日 21:15

痛みを伴いますか?

YesNo どちらでも構いません

No.34[猫又]07月18日 21:1307月18日 21:15

約束は守れましたか?

YesNo どちらでも構いません

No.35[「マクガフィン」]07月18日 21:1407月19日 05:32

本にインクが零れたので、とけなかったものがとけるようになりましたか?

3

YesNo どちらでも構いません

No.36[さなめ。]07月18日 21:1507月18日 21:19

全部うまくなんていきませんか?

YesNo どちらでも構いません

No.37[ハシバミ]07月18日 21:1607月18日 21:19

ようやく願いが叶いましたか?

YesNo どちらでも構いません

No.38[アルカディオ]07月18日 21:1707月18日 21:19

思い出は重要ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.39[ごがつあめ涼花]07月18日 21:1707月18日 21:19

許されませんか?

Yes! 許されません⑧ [良い質問]

No.40[「マクガフィン」]07月18日 21:1807月18日 21:19

最後まで隠し通せましたか?

YesNo どちらでも構いません

No.41[ごがつあめ涼花]07月18日 21:1807月18日 21:21

何もかけませんか?

Yes! 何もかけません⑨ [良い質問]

No.42[ごがつあめ涼花]07月18日 21:1907月18日 21:21

おなかすいてませんか?

YesNo どちらでも構いません

No.43[ごがつあめ涼花]07月18日 21:1907月18日 21:21

質問していいですか?

YesNo どちらでも構いません

No.44[アルカディオ]07月18日 21:2007月18日 21:21

男の仕事が重要ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.45[PIAZU]07月18日 21:2007月18日 21:21

バレましたか?

YesNo どちらでも構いません

No.46[猫又]07月18日 21:2007月18日 22:13

風は強かったですか?

YesNo どちらでも構いません

1

No.47[「マクガフィン」]07月18日 21:2107月18日 21:26

呼吸を止めていましたか?

Yes! 呼吸を止めていました⑩ [良い質問]

No.48[シチテンバットー]07月18日 21:2307月18日 21:26

ギターは鈍器ですか?

YesNo どちらでも構いません

No.49[PIAZU]07月18日 21:2407月18日 21:26

明日がやってきますか?

YesNo どちらでも構いません

No.50[シチテンバットー]07月18日 21:2407月18日 21:26

木彫りですか?

YesNo どちらでも構いません

No.51[シチテンバットー]07月18日 21:2407月18日 21:28

キャパオーバー(■-■) [編集済]

-

ストーーーーップ!!これにて、要素投稿フェーズ終了です。ご参加ありがとうございました!
只今より、投稿フェーズに移行します!投稿フェーズの締め切りは、7/28(火) 23:59 となります。
要素一覧をまとメモに記載いたしますので、どうぞご活用ください。[編集済]
★投稿の際の注意★

①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。

②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
③まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。

④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。

⑤今回も原則として簡易解説をつけていただきたいと思います。
作品の冒頭もしくは末尾に、問題文の問いかけに対する簡易解説(要約)をつけてください。文字数や行数の指定はありません。
※作品自体が簡易解説のような形である場合は、新たに要約をつける必要はありません。
誠に申し訳ございません。
タイムテーブルに記載の投稿フェーズ締め切りが、7/28(木)となっておりますが、正しくは7/28(火)です。
深くお詫びいたしますとともに、お間違えのないようお願い申し上げます。[編集済]
No.52[キャノー]07月19日 05:5307月29日 00:17

タイトル【名探偵アカス ~動かない時~】

作・キャノー [良い質問]

No.53[キャノー]07月19日 05:5407月29日 00:17

名探偵の瞳が事件を捉えた瞬間から、真実への追求は始まる。



_____



ラテシン王国に移住して約2年、名探偵として有名になったこのワタシ『明(アカス)』は、助手の『秋(アキ)』と共にある館を訪れた。
その理由は、館の主人から依頼を受けたから。依頼の内容はペット探しが云々というショボいものだけど、本件と関係ないから省略よ!

主人から直々に招かれたとのことで、ワタシたちは非常に住人達からもてなされた。なんでも食事をしていって良いし、寝泊まりする部屋も貸してもらった。
といっても、この館は屋敷というには小さすぎるし、住み着いているのは十数人のようだけれども。プチ貴族というやつかしら?


アキ
「周りに飾られている美しい絵画、鼻を刺激する香ばしい花々、そしてワタクシが申し訳なくなってしまうような待遇!っという感じで敬語を使えばいいのか?」


アカス
「お世辞を言うぐらいなら黙ってろ!余計なことを言わずに紳士を貫き通しなさい…いつも言っているけれど、信頼は命よ。今回はペット探しに大金の依頼料が舞い込んでいるんだから、尚更。」


正直なところ、最初は特に事件も起きなかった。
館の住人からペットの話を聞き出し、館の周辺を調査する。ワタシのような名探偵じゃなくても、誰でも行うこと。

もっとも、途中で雨が降り始めたので、外の調査は中断したのだが。


_____



【17:00】


その部屋は、そこそこに広くて、館の住人全員が集まるには丁度良い広さだった。
大きな机の上に並べられる料理の数々を食べるためだけの場所、俗に言う食堂?いや、館という場に食堂というニュアンスはなんか違うか。食事室と呼称しよう。
とにかく、そんな場で行われる食事会に、ワタシたちは招かれるらしい。


ミツル
「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます!今回は名探偵様が食事会に参加するとのことで、館の者全員が心を躍らせ…」


そう語るのは、この館で働く使用人の『光(ミツル)』さんだ。
20代後半位の見た目をしたカッコイイ男性である。
若いながらも才能を認められ、1つしかないマスターキーの管理を任されているという。素直に凄いなこの人。


アキ
「いや、そういう長い前口上は要らな…ムググググゥゥ!!!」


って、何を言っているんだコイツは!


アカス
「あら失礼!口に何かが付いていますわ!
…今度変なことを言ったら、アナタには大雨の中出て行ってもらうわよ?(超小声)」


アキ
「ムググッ、ムグググゥ!!!(悪かった、悪かったからからその手を放せ!)


ワタシと助手が不本意ながらコントをしている間に、ミツルさんは話を続ける。


ミツル
「とにかく、名探偵様のお話を皆が聞いてみたいと要望されて…食事会に出席されていただけると助かります。」


ワタシが塞いでいたアキの口から手を離してやると、アキは満面の笑みでこう答えた。


アキ
「勿論勿論!上手い料理をいただけるなんて光栄です!
それに、この館では『灯(トモリ)』さんという方が料理人をされているそうで、あの方の料理は上手いと他の方から聞きました!」


随分と調子のいいところは、館という立派な場所にきても変わらないようだ。


ミツル
「そうなんですよ!トモリはとても腕のいい料理人で、彼女の作るディナーは格別ですよ!
あんな美しい方に料理を振る舞ってもらえるなんて、こんな幸せなことはないですよ!
20:00には食事会も行われますから、楽しみにしておいて損はないと思います!」


ん?明らかに態度が変わった。そしてデレデレとした顔だ。
これはトモリさんに恋をしているか、既に付き合っているかのどっちかだね。


アカス
「もしかして、ミツルさんはトモリさんの彼女だったりするんですか?」


ミツル
「いやいやいや!そんなことは無いですよ!まだ正式には付き合ってはいませんし!結婚を申し込むラブレターだって書きかけでまだ渡していませんし!?
…しかし、私とトモリが恋愛関係であることを、よく見ぬきましたね、流石は名探偵様!」


アキ
「いや、今のはアカスじゃなくても誰でも分かる。」


アカス
「失礼な発言は控えるようにお願いしたハズだけど、それだけは同意よ。」


こうしてワタシたちは、ミツルさんとの談笑を楽しんだ。
とその時、ワタシたちに近づく影が1つ。


ヤミヨ
「あらミツルさん!ご機嫌よう、それに名探偵様も!」


ミツル
「あ、『闇夜(ヤミヨ)』ちゃん!ヤミヨちゃんじゃないか!今日も相変わらず綺麗だねぇ!」


アキ
「…アイツは浮気性でも持っているのか?明らかに顔がデレているぞ」


アカス
「訂正するわ、失礼な発言は控えるようにお願いしたハズだけど、これにも同意よ…呆れるわ。」





まさかこれがミツルさんとの最後の会話になるなんて、名探偵でも誰でも予想できないのではないか。


_____



【??:??】


酷い豪雨は、館の屋根や壁を強く打ち付ける。
小声で喋っては聞こえなくなる程の轟音、そして太陽の光は実に届きにくくなってしまった。
そんな薄明りが照らす図書室で、『彼』は静かに図書室の鍵を掛けた。
自らの企みがバレないことを願って。





図書室には、死体だけが残った。


_____



【20:00】


トモリ
「アタシの作った全身全霊のディナー、どうぞ召し上がれ!」


件の料理人トモリは、両手でワゴンを押しながらやってきた。
美味しそうな料理が乗っけられた皿が沢山ある。ヤバい、正直ヨダレが出そうだ。


アキ
「なあアカス、ハンカチ持ってないか?」


アキに至ってはヨダレが出かけているし…粗相にも程があるけれど、このラインナップを見れば、そうなる気持ちも理解できなくはない。
一方でトモリさんは、皆の席にディナーを置き終わると、ラインナップの説明を始めた。


アキ
「そういえば、この料理界は館の住人全員が集まると聞いたけど、ミツルさんだけ居ないみたいだな?」


アカス
「あれだけトモリさんの料理の美味しさを力説していた彼が、この場に現れないなんて奇妙ね。」


そう思いながら、ディナーに目を向ける。
美味しそうなパンは自家製だという、隣にはジャムが置かれており、お好みで使えということだろう。
平たい皿の上には、美しい形と色つやをした玉子焼き、そして美味しそうなレタスや薄い肉が並んでおり、実にスタイリッシュだ(?)
湯気が上がっているクリームシチューの中には、人参やジャガイモといった日常的にありふれた食材が浮かんでいる。
牛ハラミ肉の軽い煮込みや、魚のグリル、国産野菜のサラダバー等、周りには大量の魚と肉と野菜が用意されている。
ここはホテルのビュッフェか何かなのか?流石は貴族。


トモリ
「以上が本日のメニューとなります!感想等があれば、ぜひアタシに聞かせてくださいね!」


アキ
「モグモグ…結構自分のやることに自信を持つタイプの女なんだな…ッカァー!美味ぇ!
それにしても、あそこまで行くと図々しい感じもするが、…それにしても、この肉も野菜も頬が落ちそうになるぐらいの絶品だ!妹にも食べさせてやりたかったよ!」


アカス
「シンプルにトモリさんのことを高く評価しているじゃない。ワタシも実際に美味しいと思いますわ。」


これを持ち帰って妹ちゃんに食べさせてあげたいけど、流石にそれはマナー違反よね


トモリ
「ありがとうございます!そう言って頂けると光栄です!」


アキ
「これはミツルさんのトモリさん推しにも納得だな!それにしても、そんなミツルさんが来ないのは何でなのかな?」


トモリ
「オカシイですね、真面目なミツルさんは食事会に必ず出席されるのに…アタシの料理にもいつも喰いつきにいくのに。」


アカス
「……………」



_____



【22:00】


「キャアァッッーーーーー!!!!!」


ある1人のメイドの悲鳴と共に、惨劇の幕は上がった。
もっとも、この豪雨でメイドの悲鳴は聞けなかったが。


「名探偵様、失礼致します!大至急図書室にお越しください!」


客室を恐ろしい程にノックした恐ろしい形相のメイドが、ワタシたちを呼びに来たのだ。
何故だろうか、名探偵と呼ばれるワタシは、非常に事件と出会ってしまうことが多い。

ワタシとアキは客室から飛び出し、図書室へと向かった。


_____



【22:15】


結論から言おう。



ミツルさんが死んだ。



は?いや、は?
意味が分からない。アキも同じように驚愕している。


図書室の扉の近くで、ミツルさんは倒れていた。
それだけなら気絶しているのかと思いたいが、周りのメイドたちが泣き叫ぶ様は『死』を実感させる。


…だがしかし、ワタシはすぐに冷静さを取り戻した。冷静にならなくてはいけないのだ。


アカス
「…皆様がワタシを呼んだのは、つまりはそういう事ですよね?
良いでしょう!この名探偵ナゾトキアカスが、見事にこの謎を解き明かしてみせましょう!」


アキ
「皆さん、ふざけた名前だと思うでしょう?こんな状況でジョークを言っている訳ではなく、これがアカスのニックネーム的なものなんです!
だからアカスの名乗りを変に思わないでください!」


アカス
「このニックネームを考えたのはアナタよね???」





…さて、軽く現場を見てみるとしましょう。


位置関係としては、まず図書室の扉があって、その近くにカウンターがある。そこから8m程離れた場所に倒れたハシゴがあるといった所かしら…。

被害者はミツルさん、20代後半ぐらいの男性、この館で働く使用人。
頭部からは出血の跡はない、頭部に殴打された跡がある…それ以外に外傷はないかな。即死かどうかは分からない、もしかすると数分生きていた可能性もあるかも。
気になる点として、ミツルさんの左腕にある腕時計かしら。時計の針は20:00を指したまま止まっている。というか腕時計の一部が割れており、動いていない。

それから、この『図書室』は高さが4m程あるのね…あらゆる所にハシゴが置かれている。部屋は小学校の図書館レベルだろうか。
つまりそこそこ広い部屋に大量の本がギッシリ保管されている感じ。

他に気になるのは、ミツルさんの近くの床に不自然に放置されている『開いた本』と『ペン』、そして死体から8m程離れた床に落ちている『倒れているハシゴ』と腕時計の割れた『ガラスの破片』ね。
それから傷跡に合いそうな『凶器』らしきものが見当たらないことかしら…?

…現場は【②中々止まない豪雨】のせいで、非常に暗いしうるさい。【⑩息を潜めれば】こっそり背後から近づいて殴り殺すことも、十分に可能な環境だと言えるだろう。




アキ
「可能性は2つ、ハシゴを使って高いところにある本を取ろうとしたミツルさんが転落した!つまり事故死!
もう1つは、誰かに殴られたミツルさんが、ダイイングメッセージを書こうとして、そこの本棚からテキトーに本を取って、ペンで犯人の名前を書こうとしたとか!
どちらにせよ、この事件は楽勝そうだな!」


アカス
「いえ、そうとも言い切れないわ。この本の開いているページを見なさい、『あやまっててんらくした』と書いてあるわ。きっとあのペンで書かれたものね。」


アキ
「じゃあ事故死ってことだな!」


アカス
「いえ、それは無いわ。本当に転落死なら、落ちた本人がわざわざそんなメモを残すとでも思う?ワタシならさっさと助けを呼びに行くわ。
実際に『倒れているハシゴ』から遠く離れた扉の近くに、ミツルさんの死体があるのよ。恐らく殴られた時は生きていて、その後逃げようとして息絶えたと考えるのが妥当かしら?
ま、それ以前の問題として、転落しただけなら頭部にこんな殴打された跡は付かないわ!絶対に誰かに殴られたのよ!」


それから、ミツルさんの死体を触ってみたり、血の乾き具合を判断してみた。
この感じ…恐らく死亡したのは4時間程前、18:00頃と断言できる。


アカス
「アキ、アナタは館の住人たちのアリバイを調べてきて頂戴。
…この状況で話を聞くのも難しそうだけど、アナタたちにも話を伺いたいわ。」


そう私が要望すると、第一発見者のメイド…(ヤミヨ)さんが口を開いた。


ヤミヨ
「勿論です…事の発端は、ご主人様が図書室に入ろうとしたことです。
いつもは開いているハズの図書室の扉の鍵が閉まっておりましたので、図書室の鍵を管理している私が呼ばれました。
それで私がこの手で扉を開けて、それで…それで!」


アカス
「分かりました、…お悔やみ申し上げます。」


…鍵が掛かっていた、か。
ミツルさんのポケットを調べると、簡単にマスターキーが見つかった。はぁ、密室か…。
この図書室は、たった1つしかない扉を経由しないと出入りできない。外側内側共に、『図書室の鍵かマスターキー』を使わないと鍵の開錠・施錠は不可能だ。

…これは?ポケットからペンが出てきたわ。
このペン、インクがほとんど無いわね、これだと文字を書きたくても書けないでしょう…。

そう思案すること十数分、アキがワタシに報告をしにきた。


アキ
「…ちょいといいか、アカス?ここは助手らしく館にいる全員のアリバイを調べてきたんだがな…20:00の食事会以降は、全員が常に2人以上で行動していたから、完璧なアリバイがある。」


アカス
「早いわね…密室の謎に焦点を当てるなら…ヤミヨさん、アナタはその鍵をどうしていたの?それから20:00より前は何をしていたのかしら?」


ヤミヨ
「大切な鍵ですから、紐を使ってポケットの中に固定しておりました。誰かに貸したり、盗まれたということもありません…。
私は17:00以降は常に誰かと一緒に行動しておりました。」


アキ
「ヤミヨさんの証言は本当だぜ、裏も取れている。ヤミヨさんは白だ。…というか、腕時計を見るにミツルさんが死んだのは20:00だろ?その時は皆にアリバイがあるんだから、やっぱりこれは事故死なんじゃないのか?」


アカス
「それじゃ、18:00付近のアリバイは?」


アキ
「それなら、トモリさんだけアリバイが無いみたいだけど…18:00の何が重要なんだ?」


アカス
「OK分かったわ、後はトモリさんが使った『凶器』と『密室トリック』さえ分かれば事件解決ね。」


アキ&ヤミヨ
「はぁ!?」







アカス
「この事件、本当の犯行時刻が18:00なのは間違いない。それは様々な死体を見てきて、検死の方法を学んできたワタシだからこそ断言できる。
そこに他殺を証明する殴打の跡、トモリさんだけ存在しないアリバイを加えれば、トモリさんが犯人になるのは間違いない。
20:00で止まった時計は、恐らくトモリさんが偽装したもの。ミツルさんを殺害した後、腕時計の時間をズラして時計を壊し、食事会の時間に犯行が行われたように誤認させる。
真偽不明のダイイングメッセージと倒れたハシゴも、トモリさんの偽装。転落死を匂わせることで、犯行を誤魔化そうとした?

…問題なのは、正体不明の消えた凶器、そして密室と鍵。
この部屋をざっと調べてみたけれど、紐と糸のような特殊そうな仕掛けは何もなかった。どうやってトモリさんは密室を作ったのかしら?」


アキ
「あのさ、本当にトモリさんが犯人なのか?アリバイが無いのは分かったけど、密室を作る方法がないなら、犯人とは言えねえだろ!
鍵を所有するヤミヨさんには完璧なアリバイがある訳だし、やっぱり事故死だよ事故死!」
もっともぉ?図書室に秘密の抜け穴があったとか、実はトモリさんが内側から鍵を閉めて図書室に潜伏していたとか…!そういう大どんでん返しがあったら話は別だが?」


アカス
「大丈夫かアキ?この図書室に妙な仕掛けは一切無かったし、トモリさんは20:00の食事会の時に居ただろ!18:00犯行説が崩れるじゃない!」


…待てよ、ちょっと待てよ?
図書室には仕掛けの痕跡は無かった、唯一アリバイのないトモリさんには20:00以降のアリバイはある、トモリさんは図書室に潜伏できない………


アカス
「…OK!真実は大体分かったわ!他殺であることに気を取られて、こんな単純な可能性を忘れていたなんて!ここにトモリさんを呼んで、彼女に自白を勧めてみるわ。」


アキ
「ということは、名探偵アカス様は真実が分かったんだな!その凶器と密室トリックが!」


アカス
「ん、いや?密室トリックはともかく、凶器の件は全く分かっていないけど?」




_____




アカス
「…以上の推理より、ミツルさんを殴ったのは貴方です、トモリさん!」


凶器や密室トリックの件は伏せて、今までの推理をワタシが告げると、トモリさんは驚き、次に諦めの表情を浮かべた。


トモリ
「………成程、アタシの負けよ。名探偵様の仰る通り、アタシがミツルさんを呼び出して、豪雨に紛れて殴り殺してやったのよ!
だって、ミツルさんはアタシというものがありながら、ヤミヨにばっかり良い顔をするのだから!浮気してるって知っちゃったから!
…殺人犯のアタシがこんなことを言う資格はないけれど、どうぞ警察に突き出すといいわ。もうアタシには何も残っていないもの。」


自白をしてくれたのはありがたいが…まだワタシには、やるべきことがある。凶器の謎を解きつつ、密室の真相をトモリさんに伝e


トモリ
「あ、でもね名探偵様、アナタの推理は1つ…いえ2つ…いや3つ程間違っていますわ。
まず腕時計の時間を偽装したりしていないし!ハシゴを倒したりもしていないし!!その妙なダイイングメッセージも残していません!!!」


アカス
「我ながら流石にそれは酷いんじゃないか???」


アキ
「いや、犯人であることを認めるのなら、さっさと他の件も認めたらどうだ?死人の時計を破壊したことや本への落書きはまぁ罪には問われないと思うぞ?
ハシゴに至っては罪ですらないし。偽装工作の件も罪には加算されないから安心して認めな!」


アカス
「…いえ、違うわ。まだよ、まだワタシの推理はまだ終わらない。終わっちゃダメなのよ!」


ここまで来たらヤケになれ。ワタシは超スピードで頭を回転させ、この事件の真相を追究する!


アカス
「警察に突き出す前に、トモリさんに言っておきたいことがあります。だって、トモリさんにはこれ以上嘘を吐くメリットが無いし、トモリさんも知らない真相がある!
聞いてください、ワタシがミツルさんの死体を見つけた時、1冊だけ開いた本が落ちていました。実に不自然です。そして傍には、ペンが落ちていました。」


トモリ
「待って!さっきからダイイングメッセージって言ってるけど、ミツルさんはアタシが殴り殺したのよ!?まさかダイイングメッセージが残っていたなんてことは…」


意味が分からないということに対する恐怖、そして予想外のことに対する驚愕。
コロコロと感情の揺れ動きが激しいようだ。犯罪を犯したのだから仕方ないと言えば仕方がないが、そんな様子のトモリさんを見ながら、推理を続ける。


アカス
「…アナタにとっては衝撃でしょうが、ミツルさんは殴られた後も何とか生きていたんですよ。
もっとも、ミツルさんが持っていたペンはインクがキレていて【⑨何も書けなかった】ようなので、わざわざ図書室のカウンターに行って、そこのペンを取ったみたいですが。どうやら、数mを移動して文字を書くぐらいの気力はあったみたいですね。」


トモリ
「そんな…そうでしたか、名探偵様がミツルさんを見つけた時点で、勝負は決していた訳なのね。それで、そのページからアタシの名前でも見つかったのかしら?」


アカス
「…先ほども言いましたが、本からは『あやまっててんらくした』という文字が確認出来ました。
どうやらミツルさんは、最期にトモリさんの名前ではなく、『偽のダイイングメッセージ』を遺そうとしたらしいですよ?
ちなみに、犯人の正体を誤認したという可能性はありません。後ろから殴られたとはいえ、トモリさんがミツルさんを呼び出しているのですから。」


トモリ
「い、言っている意味が分からないわ…だったら、何故ミツルさんはアタシを犯人だと言わずに事故死だって…!偽のメッセージって!」


アカス
「更に考えると、ミツルさんは多くの『偽装工作』をしていました。その1つが『腕時計』です。
ミツルさんの左腕からは、ガラスが割れて壊れてしまった腕時計が見つかりました。20:00で止まっていましたね…
最初は、犯人に殴り殺されて床に倒れた時の衝撃で、腕時計が壊れた物だと誤解していましたが…よく考えると、ミツルさんの死後硬直を考えるに20:00に犯行が行われたとは考えられません。」


ワタシがその言葉を告げた瞬間、トモリさんの表情が今度は混乱へと変わる。
何が起きているのか分からない、そんな様子のトモリさんを再び無視して尋ねる。


アカス
「というより、正直に聞きますが、トモリさんは20:00にミツルさんを殴りましたか?」


トモリ
「ア、アタシがミツルを………殺したのは、大体18:00の事よ。」


アカス
「でしょうね、やはり…トモリさんに殴られたミツルさんが、腕時計の時間を弄ったと考えるのが自然です。事件の真相はこうですよ!

ミツルさんを殴ったトモリさんは、全力で図書室から逃げ出した。でも、ミツルさんは生きていたんです!数分間だけ、朦朧とした意識の中で動けたハズです!
そしてミツルさんは、近くにあったハシゴを倒した後、最後に、ペンで偽のダイイングメッセージを書こうとした…でもインク切れで書けなかったミツルさんは焦ったんです!
そこで腕時計の時間をズラして、その腕時計を叩き割ったんです!ダイイングメッセージを書けないのなら、せめて『食事会』の時間を犯行時刻に仕立て上げることで、トモリさんのアリバイをでっち上げようとしたんです。

でもミツルさんは、部屋の扉を見てふと気づいたんです。マスターキーを使って密室にすれば、より事故死を演出することができる!
更に、扉の近くにあるカウンターにはペンがある!扉の近くまで行けば、偽のダイイングメッセージを本の中にあるページに記すことができる!
ですが、偽のダイイングメッセージを遺して、密室を作ったところで、遂に力尽きた。だから死体から離れた場所に、ハシゴが倒れていたり、割れた腕時計のガラスの破片があったりしたんです。それで整合性が取れなくなったようですね。死にかけの人に整合性や論理を求めるのも酷な話ですが。

…ミツルさんは、後はただ死ぬのを受けいれただけ。実に衝撃的で悲劇的な話じゃありませんか。
転落死に見せかけようとするなんてね…。」





ワタシは、あえてドラマティックに推理小説の主人公のような口調で、トモリさんに真実を告げたのだった。
…その方が名探偵っぽいし。








トモリ
「…どうして、どうしてっ!」


その場に崩れ去り、【①ただただ涙を流し続ける】トモリさんを横目に、ワタシは言葉を発することを続ける。


アカス
「さぁ…死んでしまった方の考えなんて、完璧に推理できる訳がありません。
ですが、ミツルさんがあなた宛てのラブレターを書いているという話を聞いています。だから、大体の理由は想像できますよ。
警察でもなければ、貴方の家族でもないワタシが、こんなことを言う資格はないのかもしれない。それでも言わせてください。
【⑦誰かを殴ったという過去からは、もう後戻りはできない】としても、【⑧罪を犯したことは許されない】としても、どうか罪を償ってください…!」


トモリさんは、静かに傾いた。
こうして、アタシの推理ショーは幕を閉じ


アキ
「そういえばよ、結局凶器は何だったんだ?」


トモリ
「あれ、気づいていなかったんですか?
まあ、凶器の『⑥肉を凍らせた』挙句、自然に調理してあんなに美味しいホテル風の料理に仕立て上げたのですから、当然ですよね!
【③スタイリッシュな目玉焼き】を演出するために傍に置かれた肉や、ビュッフェの肉が、解凍された凶器だったとは思いもしなかったでしょう!
後は、余った骨を【⑤捨ててしまえば】証拠隠滅は完了です。美味しく召し上がってくださりありがとうございます!」



アカス
「やっぱりアナタの罪は許されないわ!!!」


アキ
「まあ凶器を食べさせるぐらいならまだ…死体を隠滅しようとするよりかはマシだろ…」




















この殺人事件は、名探偵であるワタシの活躍によって速やかに解決された。
記者たちからインタビューを受ける助手のキアカアキは、【④恥ずかしげに笑いながら】ありきたりなコメントを口にする。
これが、名探偵という知名度や好感度を保つための秘訣なのだ。
さて、ワタシにもマイクが向けられたし、いつもの決め台詞を…


アカス
「ワタシの名前は謎解明、超天才な21歳の美少女探偵よ!」


アキ
「21歳で美少女は無理があるだろ!」





【簡易解説】


被害者のミツルは、トモリを庇いたいと思ったために、本に偽のダイイングメッセージを遺そうとする。
しかし、ペンのインクがキレていたため、自分の腕時計を利用して、警察の捜査をかく乱しようと考えた。



















【本編とは何ら関係のないエキシビジョン】


19歳のあの時から、ワタシの時は止まったままだ。

薄明かりの中。
震える手で本を開いた人は、時計を止めることを決めた?

ワタシに似ている状況じゃないか!

夜明け、小さな光が照らす薄明りの中、ラテシン王国の旅行本を手に取ったあの時から、ワタシたちはワタシたちの時を止めることを決意した。
【⑧許されない】罪を犯したワタシたちは、【⑦もう後戻りはできない】のだ。だからラテシン王国に逃げてきた。
だがしかし、希望ある明るい未来へ進むことも許されない。
19歳のあの時から、ワタシたちは毎日、内心ビクビクしながら生きている。
ワタシたちの心は、あの日に囚われたまま止まっている。


それでも、ワタシはあの時決めたのだ。
この先も、名探偵として、生き続けてやると。





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[編集済]

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No.54[リンギ]07月23日 22:2307月29日 00:17

悪魔の棲む館

作・リンギ [良い質問]

No.55[リンギ]07月23日 22:2307月29日 00:17



※簡易解説は1番下にございます。
※ホラー・グロ要素を含みます。ご注意ください。



「…肝試し?」
「そうそう!久世(くぜ)も一緒に行かないか?」

昨日で期末テストが明け、あとは夏休みを待つばかりと浮足立つクラスメイトに、久世と呼ばれた少年は肝試しの誘いを受けた。
昨日の夜更かしで普段より多めに出てくる欠伸を噛み殺しながら、久世は身体を、声を掛けてきたクラスメイト、井上の方へ向ける。井上はその行動に聞く気があるぞと期待を寄せながら、近くのイスに腰を下ろした。

「期末テストも終わったしさ、羽を伸ばして行こうぜ!」
「ずっと雨降ってるのに?」

もうすぐ夏休みなのは間違いないが、最近季節がズレているのか7月にして梅雨並みに雨の日が多かった。ニュースの1週間天気予報でもずっと雨予報、【②雨はなかなかやむ気配がない】。
雨の日にわざわざ肝試しするために外に出るのは億劫だ。断ろうかと思った。
が、

「大丈夫!行くのは廃墟の洋館だから、行ってしまえば雨は関係ないし!」
「…それ不法侵入じゃない?っていうか、廃墟の洋館って、はずれにあるあの?」
「そうそこ!久世は聞いたことないか?あの洋館のウワサ」
「ウワサ…」

あの洋館には悪魔が棲んでいて、訪れる人間を襲っている…。

聞いたことはあった。最近になってよく聞くようになった比較的新しいウワサだ。
もっとも、そんなものがあろうがなかろうが久世に行く気はなかったが。

「…やめとけば?」
「おー?なんだよ、お前怖いのかよ」
「ウンオレチョーコワーイ」
「うっわ絶対ウソだ!棒読みだ!」

けらけら笑ってツッコミを入れる井上とは対照的に、久世の表情はどこか不安げである。

「…マジメな話、その洋館に行くのはやめた方がいいと思う。肝試しならもっと別の場所もあるだろ」
「うーん…でも最初にそこに行くって決めたの俺じゃなくて香山だし…」
「え?他にもメンツいるの?」
「あ、言ってなかった。行くのは俺とお前と、香山と水島の4人だよ」

香山と水島。その2人も久世のクラスメイトである。席が近い井上と違ってあまり話したことはないが…。

「ってことは、お前を説得したところであんま意味ないんだ…」
「まぁ、香山も水島も俺以上にノリノリだから、止めるの無理だと思うけど」
「えぇー…」

久世は困ったように顔をしかめ、考え込む。
しばらく悩んで、結論。

「…分かった。俺も行く…」
「お!覚悟決めたか!よし、じゃあ今日の22時に洋館の前で現地集合な!また夜に!」

井上は嬉しそうに日時を伝えながら、教室を後にした。
久世はそれを見送って、大きくため息を零す。

今日の22時。準備しとかないとなぁ…。

欠伸が出た。




※※※※※※



「雨うっぜーなぁ」
「なー。おかげでここまで来るのに靴が泥だらけだよ」
「ここまでの道って舗装されてないから余計にな」
「で?久世っていつくんの?来るって言ってたんだろ?」
「お前ホントに久世誘ったんだな」
「もう来るだろ…あ、ほら」
「あぁ、きたきた」
「おーい!久世―!こっちー!」

ざぁざぁと雨の降りしきる洋館の前、傘をさして香山たちと雑談をしながら待っていると、ようやく久世が現れた。ビニール傘に白Tにジャージに普通の運動靴にリュックサック。だいぶ軽装だな。

「ごめん。遅かったかな」
「まぁまぁまぁ、こんなもんじゃね?」
「今日はよろしくなー、久世」
「よろー。ってか、お前俺らの名前分かる?」
「分かるよ…。赤キャップが香山で青の上着が水島で、こっちが井上だろ」

あまりの接点のなさに心配した香山が名前を確認させるが、さすがに名前と顔が一致しないなんてことはなかった。さすがクラス順位1位の秀才だ。

「さて、さっそく入りますか!」

玄関前に傘を置いて、水島が楽しそうに扉に手をかけ、押す。

ぎぃ、と小さく音を立てながら扉は開いた。

「…普通に開くんだ」
「え?」

久世の独り言を不思議に思う。

普通に開いた扉を抜け、中に入るとそこは広々とした空間で、いわゆるエントランスホールという奴だろうか。さすが洋館、土足が基本のようだ。
扉をゆっくり閉め、真っ暗になると俺たちはそれぞれ持ってきた懐中電灯で明かりを付ける。足元には、奥の扉へ向かう足跡がいくつか残っていた。今までも何人か肝試しにきていたことが伺える。
そして周り。廃墟という割には意外と家具が残っている。ボロボロではあるが、形はしっかり残っていた。扉の正面には大きな振り子時計が置いてあり、カチコチと音を鳴らしている。時間は10時10分を指していた。

「…………。」
「おぉお…すげぇ。やっぱ雰囲気あるな…」
「ルイー〇マンション思い出した」
「分かるー!」
「やべーじゃんオバキュ☆ムないから丸腰じゃん」
「ヤベー!!」
「ねぇ」

ゲームの話で盛り上がりかけた俺たちの話を、久世が遮った。
今まで黙って辺りを見回していた久世はハッキリ言った。

「帰ろう」
「「「は?」」」

まだ玄関をくぐっただけで何も起きてない。
今になって怖くなってしまったのか。

「今ならまだ引き返せる。帰ろう」
「いやいやいや!まだなんにも起きてないじゃん!」
「確かに雰囲気あるけどさすがに早くね?もうちょっとさぁ…」
「早くない。むしろ今しかない。早く帰ろう。早く!」

久世は俺の腕をつかんで玄関に連れて行こうとする、が。

「そんなに帰りたいなら1人で帰れよ。俺たちは奥の方まで見て回るし」
「えっ、でもそれは…」
「なに、1人で帰れないくらい怖いってこと?」
「そうじゃなくて…!」
「ごめん、俺も見て回りたいから離して…」
「………」

全員に振られて困ったように黙りこくってしまった久世をよそに、香山は奥の方へ歩き始めた。俺も水島もそれについていく。久世もさんざん悩んで、結局ついてくることに決めたようだった。



長く広い廊下を、2列で進む。
前に香山と水島、後ろに俺と久世。玄関前でのひと悶着で若干空気は気まずい。

「久世―、別に無理しなくていいぞー」
「…いいよ。俺だけ帰っても意味ないし…」
「なんだそれ」
「まぁまぁ…で、どうすんの?部屋とか見て回るんだろ?」
「う、うん…あ、じゃあこの部屋から…失礼しまーす…」

言外に「もう帰れば?」と促してくる香山の気持ちを知ってか知らずか、久世はしれっと言葉を返す。横から見てみても、意外と怖がっているようには見えない。

怖がってる様子はないのに、なぜ彼はここから離れさせようとするのだろう?

疑問に思っている間に、さっそく水島が部屋のドアを見つけ、誰も聞いていないのを承知で一声かけてドアを開けた。

ドアを開けて、懐中電灯で辺りを照らす。
照らされたのは…。

「うわあぁああ!?」
「えっ、なになに?」
「なんかあった?」

水島が驚いて飛びのく。怯えた顔で廊下の壁に背を付けた。
今度は香山と俺が部屋を見る。
懐中電灯が床を照らすとすぐに分かった。

「うわぁああ!!」
「ひっ…!」

最後に久世が部屋を照らしてのぞき込む。

「…し、たい…?」

そう、照らされたのは赤い血だまりと、苦悶の表情で大口を開けた男の頭。しかし目のあるべき場所に眼球はなく真っ暗に窪んでいる。さらに…

「な、は、はら、腹が…!!」

香山が照らしたのは男の胴体。しかしどうして胸から腹まで開いているのか。
開かれた腹の中は空っぽで、骨も内臓も何も見えない。
血だまりは男の大きい身体を全て覆うほどに広がっていた。

あまりの惨状に誰も動けない。









「…あぁ、結局4人で来たんだねぇ…」

聞きなれない男の声に反射的に顔を向ける。黒い服にぼさぼさの髪。
手には何かが滴った鉈―――…。
それがなにかなんて、言葉にするのもおぞましい。

あぁ、なんでこんなタイミングで、

「あ、あくま…!?」

『悪魔』に見つかってしまうのか!!
『悪魔』はニタニタと笑いながらこちらに小走りで近づいてくる!

「「あっ…あ、あ…うわぁあああああああ!!!!」」

香山と水島は絶叫しながら逃げた。
水島は1人で、香山は隣にいた俺の腕をつかんで、廊下の奥へ走り去ろうとする。
位置的に1番『悪魔』に近かった久世は―――!!

「あっははははははははははははははははははははあ!!!!!!!」


『悪魔』の狂ったような笑い声を一身に受け、鉈を思いきり振り上げられてるところで、


俺は目をそらして、久世を見捨てた。



※※※※※※



香山に引っ張られて逃げていたものの、最終的には香山ともはぐれて1人で洋館を彷徨っていた。
出ようにも間取りなんて分からない。ヘタに動くと最悪『悪魔』と鉢合わせしてしてしまう。
俺はすがる思いで適当な部屋に入り、隠れられそうな場所で息をひそめていた。

どくどくと心臓が鳴る。

もう懐中電灯は切って、スマホの懐中電灯を使っていた。
かなり充電を食ってしまうが、隠れるというならなるべく小さな光源の方がいい。

どくどくと心臓が耳を波打つ。
心音が邪魔して周りの物音に集中できないけれど、たぶん、自分以外の気配はない。


(ど、どうしようどうしよう!久世…!ごめん、あのときお前の言う通り帰っていれば!!)

香山は?水島は?
…久世、は?

エントランスホールの時点で、彼はなにかを感じ取っていたのだろうか。
もしかしたら霊感なんてものを持っていたのかもしれない。

けれど久世は『悪魔』の手に落ちた。
あの場に戻れば、きっと、あの部屋で惨殺されていた男のように、見るも無残な姿で…!!

うっかり想像しそうになって、慌てて首を振ってかき消した。
そのとき、コツ、コツ、と足音が聞こえ、少し落ち着いていた心臓がまた跳ね上がった。

スニーカーや運動靴の足音じゃない。つまり香山でも水島でもない。
その足音は徐々に近づいてくる。
俺は慌てて部屋の奥の方、縮こまれば何とか入れそうな棚を見つけ、入り込む。そして口を両手で覆い【⑩呼吸を止めた】。呼吸音すら立てなくない。できる限り気配を消して、ついに部屋のドアが開く音が聞こえた。


コツ、コツ、コツ。ドクンドクンドクン。
ズルズルズル……ドクンドクンドクンドクンドクンドクン。


ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン!!

足音と、なにかを引きずるような音と、それらを塗りつぶすほどに脈打つ心臓。

あぁ、心臓がうるさい!!心音で見つかってしまう!!

心臓を止めたいとまで思ったのは生まれて初めてだ。
そうこうしているうちに、足音と引きずるような音が遠ざかり、ドアの閉まる音も聞こえた。
…どうやらしのげたよう…

「おい!」
「!??!?!??!????!?!?!」

何とかしのいだと気を抜いた瞬間、突然隠れていた棚の戸が開き、身体と心臓が飛び跳ねた。
悲鳴も口元まで出かかったが、両手のおかげでギリギリ抑えられた。
心臓に悪い犯人は、

「靴脱げ!早く!」
「く、くぜ…?」

なんと久世だった。
小声でありながら有無を言わせぬ物言いだが、生存は絶望的と思っていただけに理解が追い付かない。
なに?くつ?なんで?

「聞いてるのか!早く靴脱げ!死ぬぞ!」
「は、ぁ、え…?」
「あーもう!」

固まってなかなか動かない俺にしびれを切らした久世は、勝手に俺の【⑤靴とついでに靴下も脱ぎ捨て】、早く早くと腕をつかんで裸足のままその場から移動した。
よく見ると久世も裸足だった。

引っ張られて連れてこられた先は、元いた部屋の天井裏収納スペースだった。ここからは俺が隠れていた棚がよく見えた。
おかげで久世が靴を捨てさせた理由がよく分かる。

「足跡が…」
「お前アイツに遊ばれてたんだよ。あのままドアから出てたら鉢合わせだった」
「ぅ…」

そう、足跡。
この洋館までの道中で靴に着いた泥が、足跡として残っていたのだ。連日の雨の影響で靴下まで染み込むほどだったから、未だに足跡の痕跡が、俺の隠れていた棚までまっすぐ残っていた。

と、バン!とドアが乱暴に開く音にまたも肩が跳ねる。
さっきより早い足音で棚の前に現れたのは、はやりあの男…『悪魔』だった。

「チッ…どこに逃げたぁ…?靴を脱ぎ捨てるとは意外と頭回るじゃないかぁ…遊んでないでさっさとブチ殺せばよかったなぁ…」

言葉を失った。
あの時がまさに、生死の分かれ目だった―――…。
思わぬ綱渡りをしていたことに身震いしながら、『悪魔』が部屋から出ていくところまで、天井裏からずっと見ていた…。

「…泣いてるの?」
「えっ?…あ、あれ…」

隣にいた久世に静かに聞かれ、俺は初めて泣いてることを自覚した。
自覚してしまえば、もう止められなかった。
【① ボロボロと際限なく涙が溢れ出てくる】。

「あ、あれ、ちょっ、ちょっとまって、ふっ、う、あ、まって、いま、いまなきやむから…」
「…いいんじゃない。仕方ない」
「うっ…」

特に泣き止ませようとも慰めようともしない久世に、少し救われた気がした。



※※※※※※


「あ、あの…ごめん。いい歳こいてボロ泣きしちゃって…はは、できれば忘れて?」

落ち着くまで一通り泣いて、【④気恥ずかしさを笑ってごまかした】。
別にいいよ、と普段通りを貫くのが逆にありがたかった。

「で…お前どうやってここまで…正直俺お前はもう死んでるとばかり…」
「…死ぬ気で逃げてきた。井上こそ、香山と一緒じゃなかったのか?」
「香山…途中ではぐれてそのまま…久世は見てないか?香山と水島」
「見てない、けど…これ」

久世がリュックから取り出したのは、青い上着だった。

「それ…!水島が着てたやつ…!」
「投げつけたのかもね。…廊下に、落ちてた」
「ウソだろ…」

『悪魔』に見つかり、せめてもの抵抗で上着を投げたのか。
…水島の生存も絶望的だ。

「なぁ、久世…お前、なんで帰りたがってたんだ?なんか、知ってたのか。この洋館のこと…」
「…いや、あのエントランスホールである程度予想がついたってだけ」
「えっ!?」

それはつまり入って軽く見渡しただけで?

「ホールのどこを見て…!?」
「時計と足跡。あぁ、あと入口の扉もだな。」
「え…なんか変だった?」
「…むしろなんで変に思わないんだ?廃墟なんて普通閉鎖されてるに決まってるだろ。押して普通に開く時点で違和感しかなかったよ」
「あ…」

言われてみれば、確かにそうだ。
あのときの呟きはそういうことか。

「そ、そうだよな…なんで気づかなかったんだ俺…!」
「それと足跡。入口から奥へ向かう足跡はたくさんあったけど、奥から入口へ向かう足跡はなかった…それって、誰も洋館から出てきてないってことだろ?まぁ別の出口があるのかもしれないけど、ひとつもないのはさすがにおかしいと思う」
「あぁ…」

すらすらと根拠を述べる久世はまるで名探偵のようだ。
それをあの時説明してくれれば…と、お門違いな怒りが湧きそうになる。

「最後に時計…。廃墟なのに普通に正確に時を刻んでる時計があるなんてありえない。あれは時計であると同時に監視カメラなんだ」
「監視カメラ?」
「あの男に鉢合わせた時、言ってた事覚えてるか?『結局4人で来たんだな』って。これって、俺たちがあそこで揉めたの知らないと出てこない言葉だろ。あの時計は入口の扉の真正面に置いてあったから、カメラが付いてればそりゃ丸見えだろうね」
「…で、でも、カメラなんて、わざわざ確認してきたわけじゃないんだろ?根拠ないんじゃ…」

そういうと久世はリュックから何かを取り出して俺に差し出してきた。
…本?

「…なにこれ。本…?」
「本、というか、記録かな。あの男の手記だけど、読んでみる?」

あの『悪魔』の手記。震える手でとりあえず受け取ったが…。
正直怖い。読まなくていいなら読まないでいたい。
けれど…

「戻れないよ」

久世が静かに言った。
スマホの灯りだけで薄暗い中、久世の端正な顔だけが不気味に浮かび上がるようだった。

「俺たちは死体を見た。そしてそれを、あの男に見られた」
「もう戻れない。ここに入る前の、何も知らない状態ではいられない」
「ソレを読もうが読むまいが、【⑦もう後戻りはできないよ】」

それは、後戻りできないんだから、どうせなら真実を知っておけ、ということなのか。

「…いやなら、無理しなくていい。返して」
「…ううん。読む。読むよ。大丈夫…」

ふぅ、と息を吐いて、どうしても震える手で、手記をめくった。





…全部を、読んだわけではない。
ただ、言葉にするのもおぞましくて、想像するのも疎ましくて、あんな奴が存在していることが許せない。負の感情で複雑だ。

この手記の中には、久世が言っていた『時計には監視カメラが付いている』ということ、そして奴がこの洋館に棲みつき、設置したカメラで誰が何人入ってきたか確認して襲っていたことがしっかり書かれていた。

『あの洋館には悪魔が棲んでいて、訪れる人間を襲っている…』

あの男は、正しく『悪魔』だった。

「…あの時計、壊せないかな」
「え?」
「あの時計を壊せば、カメラも一緒に壊れるよな?もう、こんなこと繰り返させない。時計をぶっ壊して、通報しよう」
「…通報するんだったら、別に壊さなくてもよくない…?」
「まぁ、通報すること考えたら、むしろ壊さない方がいいんだろうけど…俺がそうしたいんだ。こう、一矢報いる的な…」

久世は呆れたような顔をしているが、俺の中ではもう決めてしまった。
何を言われても俺は意見を変えないだろう。

「そう…じゃあ、止めないよ。井上はこのままエントランスホールまで行って時計を壊して、通報して。俺は香山と水島探すから」
「…え!?まさか1人で!?危ないだろ!俺も行くって!」
「いい、大丈夫。そんなことより…」
「そんなことより!?」
「俺もお前に聞きたいことがあるんだけど」

まっすぐ俺の目を見て言うから、言葉が詰まってしまった。
久世が、俺に、聞きたいこと?
なんだろう…。

「…なんで、俺のこと誘ったの?」

…は?

「聞きたいことって、それ…?」
「いやだって、あのメンツで俺を誘う理由が思いつかないから…」

久世を誘った理由。
あるにはある。けど、ものすごく個人的な理由で、あんまり…しかも本人に言うのは…ちょっと…

「あ、あー…それ、聞きたい…?」
「ぜひ」
「…うーん…じゃあ、引くなよ…?」

目の前でガチ泣きという恥をすでに晒してるので白状することにした。
なんで俺今日こんなに精神削られなきゃいけないんだ…。

「な…仲良く…なりたいと思って…」
「……は?」
「いや!そういう、マイノリティ的な意味じゃなくて!その、単純な興味で、えーと…」

久世はいつも1人だった。
あまり友達とかがいる印象はなくて、いつも1人で本を読んでるか寝てるかしてるおとなしい系のクラスメイト。
話しかければ普通にやり取りするが、どこか他人とは違う空気を纏う不思議な雰囲気に興味を持った。

「それで、香山たちに肝試しに誘われたからちょうどいいからって…さ、誘おうと思った…だけです…」
「………」

だんだんマジで恥ずかしくなって言葉が尻つぼみになる。
なんだこれ…なんの拷問だ…

「なんか言えって!いたたまれない!」
「え、いや…じゃあ、ありがとう?」
「ありがとう???」
「いや、マジメに言ってるよ。割と嬉しかったし」

久世は床の板を外し、下に降りる準備に取り掛かった。
…嬉しかった…?


「…『お前と仲良くなりたい』なんて、もう言われることはないと思ってたから」


その時の久世の顔が、笑顔なのにどこか寂しげに見えたのは。
薄暗いから、だったのだろうか。

「…あ、井上。これあげる」
「え、なにこれ」
「1階の見取り図。どうせ道に迷ってたんだろ。それ使えばお前でもホールまで行けるよ」
「お前さっきの手記といいこの見取り図といいどこから見つけてきたんだよ!?」
「…さぁ?」



※※※※※※



水島は絶望していた。
香山は床に倒れていた。

イスに括り付けられ、テーブルをはさんで目の前にはあの鉈男の背中。
死の予感しかしない。

鉈男が振り向き、テーブルに皿を置いた。

「ヒッ…!」

皿の上のものと目が合った。
皿の上には目しかなかった。
虚ろで白濁とした目玉が2つ、皿の上に転がっていた。

【⑥背筋が凍り】、喉がひきつり、意識が飛びかける。
もういっそ意識を飛ばしてしまいたいとすら思う。

そんな水島の心中も知らず、鉈男は楽し気に口を開いた。


「へへ…ほぉら、ちょっと【③スタイリッシュな目玉焼き】だよぅ…。あんまり焼きすぎると溶けちゃうから、軽く炙っただけだけど…【⑨何もかけずに】召し上がれぇ…」

そういいながら、鉈男はスプーンに目玉を乗せ、口元に運んでくる。
水島は必至で首を横に振るが、向こうはお構いなしである。

「やっ、やだ、やだ!」

それは誰の目玉なのか。
井上か、…久世か、はたまたあの部屋の死体のだろうか?
そういえばあの死体には目玉がなかった。それがコレなのか?

「人を殺すのもいいけど、死体をいじくりまわすのってもっと楽しいよねぇ…。俺、死体愛好家なんだよ…」

くつくつと喉の奥で笑う鉈男に、これ以上ないほどの嫌悪感が沸き起こる。
人を殺しておきながら、さらにその死体までオモチャにするなんて、【⑧許されるわけがない】!
諦めたのか飽きたのか、鉈男はスプーンを置き、うつぶせに倒れている香山に向き直る。

「赤キャップくんも…バラバラにしてあげようねぇ…お前に見せてあげるよ…」
「ぁ…!ぁ…!!」

はくはくと水島は口を動かすが、声が出ていない。
恐怖で声の出し方を忘れてしまったのかもしれない。

(香山…!香山!起きろ…!)

せめて起きてくれれば、逃げられるかもしれないのに!

鉈男の手が香山に触れる、その刹那。

ひゅん、となにかが鋭く飛んできた。

「いったぁ!?」

そのなにかは鉈男の頬の皮膚を切り裂き、水島の顔面スレスレ、目の前を通過した。

「――――!?」

刃物だった。誰が投げた。別人。まだ誰かいる。刃物を投げつけるようなヤバイ奴が、まだ―――…。
がくん、と水島の意識はそこで途切れた。



水島のスレスレを通過した刃物は、ドスンと壁に深々と突き刺さる。

鉈男は頬を手で覆いながら刃物が飛ばされてきた方へ顔を向けた。
そこにいたのは、パーカーのフードを目深にかぶった少年だ。素足のままぺたぺたと歩いてくる。
…あんな子供、いたか?

「誰だァ…?いつ入ってきた…?カメラは逐一把握して…!?」

部屋にあるモニターを確認した鉈男は瞠目する。
そこに映っていたのは、あの時の、あの4人組の1人だ。

そいつはまっすぐ、カメラを見ている。
カメラの存在がバレている。

そいつが両腕を振り上げ、なにかで殴りつけた!

ガシャン!!と割れるような音とともにモニターは砂嵐に呑まれ、もう何も映さなくなった。そのあともガシャン、ガシャンと破壊音が鳴り響いている。

「…あぁ、カメラだけじゃなくてスピーカーも置いてあったんですね…。さすがにそこまでは読めませんでした」

知っていたかのようにパーカーの子供は鉈男も気にせずに香山に近づいた。首に触れ呼吸を確認する。
…生きている。

「そちらは気絶…ですかね。まぁ、その方が好都合です」

フードを深くかぶっているせいで顔はよく見えないが、鉈男は目の前の存在に心当たりがあった。


「あ…あぁ、知ってる…知ってるぞぉ…!裏の界隈で有名な、『共喰い』、『死神』――――『同類殺し』!!」


少年―――『同類殺し』は壁に突き刺さったサバイバルナイフを引き抜き、鉈男に向き直る。

「『同類殺し』はともかく、『共喰い』やら『死神』やらは初耳ですね。ホントにそれ俺のことですか?」
「お前は…俺を殺しに来たってことかぁ…?」
「いいえ」

てっきり殺しに来たのだと思っていた鉈男は短くそれを否定され動揺する。
ならばどうして…

「俺はこの2人を探しに来ただけですよ。あなたには微塵も興味がありません」
「な…なぜだ…お前は『同類殺し』なんだろ…?だったら」
「あなたは『同類』ではないので対象にはなり得ません。良かったですね」
「は…?なんだ、死体愛好家は同類には含まれないってか…」
「死体愛好家?誰がですか?あなたは死体愛好家ではないでしょう」

…なんだと?

「俺も何人か死体愛好家は知っていますが、方向性は違えど彼らはちゃんと死体を丁重に扱ってますよ。身体も拭くし髪も梳かす人もいます。きれいな服を着せる人もいます。あんな杜撰な管理・扱いをしている愛好家はいません。…あんなの、真正の死体愛好家が見たら発狂しますよ。しかも同じ死体愛好家を名乗るなんて殺されても不思議じゃないですね」
「な…」
「…あなたは死体愛好家ではなく、ただ人を殺してオモチャにしたいだけ。一般人崩れの、半端者!」

『同類殺し』はナイフをくるりと回し、鉈男の頭を狙う。
鉈男はそのままナイフの柄で殴られ、なすすべもなく床にひれ伏し、気を失った。

『悪魔』と呼ばれた男は、あっさり討伐されたのだ。
もっとも、『同類殺し』にとっては『悪魔』でもなんでもない、取るに足らない相手だったが。
昨夜手にかけた『同類』たちの方がやりがいがあった。この程度で気絶するようでは大好きな『死ぬ瞬間』を見たところで微塵も満たされないし、到底『同類』にもなり得ないだろう。

「殺す価値もありません。あなたには法の裁きがお似合いですよ」

失神したままの香山と水島を見て、『同類殺し』はフードを取り、パーカーを脱いだ。

「こうなるなら、気絶させてでも止めるべきだった…ごめん、2人とも」

…じきに、井上の呼んだ警察がやってくるだろう。
水島を拘束する縄をナイフで切り落とし、『同類殺し』は―――久世は、ぼそりと呟く。

「…ここには『悪魔』なんか、いなかったよ」

その呟きは、誰に届くこともなく、汚い床に落ちて、消えた。


【終】

簡易解説:肝試しで廃墟の洋館にやってきた少年は、記録を読んでこの洋館が殺人鬼の住処であることに気づく。これ以上の被害を出さないため、玄関前にあった監視カメラの埋め込まれた時計を破壊し通報することを決めた。
[編集済]

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No.56[休み鶴]07月25日 13:1207月29日 00:17

真夜中のモノローグ

作・休み鶴 [良い質問]

No.57[休み鶴]07月25日 13:1407月29日 00:17

【簡易解説】
停電の手持無沙汰を紛らわせるために読み始めた本が面白かったので、翌朝のアラームを止めた。

-----------

折からの雷雨により、私の住む地域一帯が停電となった。

間の悪いことに、私はちょうど、生卵をフライパンに投下したところであった。
今からコンロの火を止めても、フライパンの余熱による熱変性は避けられない。[⑦もはや後戻りはできない状況であった。]
落ち着いて[⑤卵の殻を三角コーナーに捨て、]ガスコンロの炎だけを頼りに[③目玉焼きを作ったが、不格好・・・もといスタイリッシュになってしまった。]
誰に見られているわけでもないのに、[④恥ずかしくて思わず苦笑いがこぼれた。]
とは言え、せっかく作った食べ物を粗末にするなんてことは[⑧許されない。]歪な目玉焼きを[⑨何もかけずに]モソモソと頬張った。

暖房の余熱も失せ、室内が冷え込んできた。ここ数日は[⑥水たまりが凍る]ほどの厳寒である。
何かをして気を紛らわせないとやっていられない。
生憎、スマホはバッテリー切れだ。読書でもしようかと思い、毛布にくるまった。
非常時に備えてLEDランタンを買っておいてよかった。
[問:ランタンの明かりの下で、積ん読していたミステリ小説を震える手で開いた。]
序章だけでもなかなかに引き込まれる文章だ。これは夜を徹してでも読了しておきたい。
そう思った私は、明朝はゆっくり寝ていられるように[問:目覚まし時計のアラームを止めた。]

数時間が経ち、小説はいよいよ終盤を迎えた。
犯人の真に迫る独白には[⑩息が詰まり、]すべてを読み終えるころには、私の頬には[①涙が伝っていた。]
心地よい読後感が私を包み、そのまま眠りへと誘った。

[②雨はなかなか止まない。]

(おわり)
[編集済]

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No.58[イトラ]07月26日 01:5007月29日 00:17

なにもかけるな

作・イトラ [良い質問]

No.59[イトラ]07月26日 01:5007月29日 00:17

【簡易解説】
本に「なにもかけるな」と書いてあったので、部屋の鳩時計が12時を指して音楽がかかる前に時計を止めようと思った。



【以下詳細解説※ホラー注意】
初夏。陽も沈んだ夜の山道。私は恋人のヒロキの運転する大きなワンボックスカーの助手席で缶チューハイをあおっていた。
バックミラーをちらりと見ると、後部座席ではヒロキの友人ユウタと、ユウタの恋人マキがいちゃいちゃとしている。


足代が浮いたからと、誰から借りたのか黒い大きなハイエースに乗ってきたヒロキに誘われて、K県郊外の山中、4人でBBQをした帰り道だ。


後部座席のユウタとマキは私たちがいるにもかかわらず2人の世界にいた。上腕に大きくタトゥーの入ったユウタの左腕に抱かれ、乱れた茶色の長髪をかき上げながら、【恥ずかしげに笑う④】マキの姿は、女の私から見ても煽情的で、ああいう風には私はできないなと思った。


ちらりと運転席を見る。傷んだ金髪をオールバックにしたヒロキは変わらず煙草を咥えながら前を見て運転している。後ろの様子に気が付いているかは分からない。気が付いていたとして、運転中にその気になられても困るけれども。


後部座席の2人が私たちがいる事も忘れてそろそろ事を始めようとした頃、ヒロキが車を停めた。後部座席に向かって、「ユウタ、そろそろ仕事だぜ。」と声をかけ、車の外に出た。
なんだよ、盛り上がってきたところだったのによ、などと悪態をつきながら、ユウタも車の外に出る。


2人は車の後ろに回りトランクを開けた。中から段ボール箱を取り出すと、【そのまま山中に放り捨てた。⑤】そのままの調子でトランクにあった数個の段ボールを全て捨てると、2人は車の中に戻り、ヒロキはまた車を走らせた。
そういえば、BBQ中もずっとあの段ボールはハイエースの中にあった。


「ねえ、あの段ボール、何が入っているの?」ヒロキに尋ねる。
「ああ、注射器だよ、シャブの。カズさんから頼まれたんだ。車貸すからって。」
「はあ? そんなことするのに私ら誘って呑気にBBQしてた訳?」
「だからだよ。遊びに来た奴が不法投棄なんてするとは思われないだろ? カモフラージュだよ。」


ヒロキとユウタは、世間でいう所謂半グレで、ヤクザをやっている先輩からたまにこうした仕事をもらってくる。私まで巻き込んでくるのは正直止めてほしかったが、そうした仕事のおかげで羽振りがいいのも事実で、私もブランド物の服を買ってもらうのに不自由したことは無い。
学のない私たちが金を稼ぐにはそういうことをするしかなかった。こっちの世界に足を踏み入れて甘い蜜を啜ってしまえば、【もう後戻りはできないのだ。⑦】


急に稲光がしたかと思うと、ぽつぽつと雨が降り始めた。





数時間後、私たちはまだ山中にいた。途中で急に車がエンストしてしまい、雨の中私たちは立ち往生していた。


助手席の下のエンジンルームを見ていたヒロキが疲れた顔を上げ、首を横に振った。
「だめだ、完全にバッテリー上がってる。」

「ケンジに連絡したけど、明日にならないと動けねーって。」ユウタがスマホの画面を見ながらそう言う。「ここで一晩過ごさねーとな。」

「えー、やだぁ、帰りたぁい。車の中じゃ寝れないよぉ。JAFとか呼べないのぉ?」マキが口をとがらせて文句を言う。

「ばか、呼べるわけないだろ。そっから足がついたらどうする?」ヒロキがマキの訴えを却下した。
それはもっともだ。もし、逮捕されればそれだけでは済まない。ヒロキは今まで“上手くやってきた”から仕事をもらえているのだ。信用がなくなればあっという間に切り捨てられる。そうなったら逮捕されるより恐ろしい。そういう世界だ。


【降り出した雨はなかなか止みそうにない。②】激しくなる雨音だけが車内に響いていた。


窓の外の景色をぼーっと眺めていた私は、おもわずあっ、と声を漏らした。
マキがその声に気付き、私の視線の先を追い、指をさしながら言った。「あ、あそこに建物がある!」
皆がその方向を見た。


そこにはぽつんと建物が建っていた。木々に隠れて見づらいが、どうやらコンクリート製の建物のようだ。ラブホテルだったのだろうか? 見たところ朽ちた様子は無いが、ネオンサインは消え、窓からも光は漏れておらず、営業している様子はない。


「あそこで過ごすのがいいんじゃない?」マキが言う。
「ビニールシートやクッションは持ってきてるし、車よりは快適だろ。行こうぜ。」ユウタが同意する。
私もヒロキも反対する理由は無かった。
私たちは雨の中車から出て、その建物へ向けて走り出した。





建物の中は真っ暗で、人がいる様子は無かった。ヒロキが部屋の端のローテーブルの上にランタンを置くと、薄明かりが広がる。
私は雨で濡れた髪をタオルで拭きながら、部屋の中を見回した。少し埃っぽかったが、テーブルやソファなどの家具がそのまま残っていた。待合室だったのだろう。
壁には鳩時計やカレンダーなどもそのままあり、時計の針は正確に時を刻んでいて、カレンダーに至っては今年の3月の物が貼ってあった。
つい最近まで使われていたようだ。


ヒロキとユウタとマキは思いのほか内装がきれいだったことに安堵したのか、くつろぎ始めていた。3人は今日のBBQの残りの酒やらおつまみをテーブルに広げて、ソファーに陣取っている。


私は逆に不安を感じていた。こんな風に家具も何もかも残したままで廃業するだろうか? まるで、ある日突然、建物の中の人間がいなくなってしまったかのような、そんな妄想が広がった。
なんとなく酒宴に混ざる気分にならなかったので、部屋の中をうろうろとしていたら、ローテーブルの上に文庫サイズの本を見つけた。


埃を払ってその本を見るが、黒い表紙や背にはタイトルも何も書かれていない。ぱらぱらとページをめくるが、白紙のページが続いている。そのままページをめくっていくと、本の中ほどに一行だけ、こう書かれていた。



    【なにもかけるな⑨】



なにもかけるなとは何だろう? 私が一人首をかしげるのをよそに、3人はすっかりリラックスした様子で酒を飲んでいた。酔いも回ってきたのかだいぶはしゃいでいる。
ちょっと小便行ってくるわ、と言って、ユウタが席を立ち、奥の部屋へ向かった。





少しふらふらとした足取りでユウタは奥の部屋に入った。この部屋にまではランタンの灯は届かないので、かなり薄暗い。ユウタは酒でふわふわとした頭で、どうせ廃墟だしその辺で小便すればいいだろう、と思った。部屋の隅で用を足すことにしたユウタがふと目線を下げると、そこに携帯ストラップについているような小さな人形を見つけた。何の気なしにその人形に狙いを定め、小便をかけた。


闇の中で、<何か>が動いた。





ユウタがなかなか戻ってこない。そのまま寝てしまったのかと少し心配になり、皆で様子を見に行くことにした。


薄暗い部屋に入る。部屋の隅で横たわるユウタを見つけた。もう、こんなところで寝て、とマキが声を掛けながら近づき、そして悲鳴を上げる。私とヒロキも異変に気付く。ユウタの首は180°捻られ、両手両足は小枝のように折れ、腹からは腸が飛び出していた。身体の下は血だまりができている。【とうに呼吸を止めているのは明白だった。⑩】


誰もがこの状況を理解できないでいた。
マキが取り乱した様子で、救急車呼ばなきゃ、と言ってスマホで電話をかける。


その瞬間、<何か>がマキの耳から上の頭を刈り取り、私の後ろの方の壁から、ぺちゃ、と音がした。後ろを振り返ると、壁にへばりついたマキの茶色い頭髪と砕けた骨や脳に目玉、ケチャップをぶちまけたような赤い血液が目に入った。
私は、一昨日のお昼の情報番組で紹介されていた悪魔をモチーフにしたカフェの、【スタイリッシュで悪趣味な、目玉焼きの乗った③】ロコモコ丼を思い出してしまった。しかし、強烈に鼻につく錆びた鉄のような血の匂いと、かつて頭があったところから鮮血を吹き出して倒れているマキの姿は、胃の中のものをせり上げるのに十分だった。


私が吐瀉物を吐く。それを合図にしたかのように、ヒロキは悲鳴を上げながら出口へ駆けだしていく。しかし、数歩駆けたところで闇から伸びた<何か>によってヒロキの胴体は切断された。鮮血と臓物をまき散らしながら倒れるヒロキの身体を見て、私は理解してしまった。


ここには、人智を超えた<何か>がいる。


自分の吐瀉物にまみれながら、【血も凍る⑥】ような恐怖に身体に力が入らない。【涙が止めどなく流れる。①】
ああ、これは今まで罪を犯してきた罰なのだろうか。ごめんなさい、ゆるしてください、と言葉があふれ出す。


懺悔の言葉を口にしながら、私はふと先ほど読んだ黒い本の文言を思い出した。

なにもかけるな

ユウタは小便をかけた。マキも電話をかけた。ヒロキも走る、つまり駆けた。そうして死んだ。つまり、なにもかけないようにしていればあの<何か>に殺されることもないのではないか。

一縷の望みを望みを託すように、私は這いつくばってローテーブルのところまで行く。ランタンの頼りない明かりしかない薄暗い部屋の中、恐怖で震える手で本を開いた。



    なにもかけるな なにもかけるな なにもかけるな なにもかけるな



ああ、そうだ。この本は、あの<何か>から逃れるための道しるべだったのだ。あの<何か>に襲われた人が、ヒロキ達が残してくれたダイイングメッセージなのだ。このまま何もかけることなく、この場所を離れれば、助かるかもしれない。私はこの薄暗い部屋の中で一筋の光明を見いだした。


身体に力が戻った。私は立ち上がる。このまま走らないように、この場所を離れよう。そうすれば生きて帰れる。そう思ったとき、部屋の壁にある鳩時計が目に入った。
時刻は11時59分を指したところだった。もし、12時になれば、鳩時計なら音がなるだろう。それを<音楽がかかる>というのではないか? そう思ってしまった。


確証はない。しかし、大丈夫という保証もない。そうなってからでは取り返しがつかない。
時計を止めよう。私は決断した。残りは1分もない。しかし、焦って走ればそれで終わりだ。心臓の鼓動がいやに大きく聞こえる。


私の人生で最も濃密な1分だった。私は鳩時計のすぐ真下にきた。間に合った。
そして、私はそばにあったテーブルを踏み台にして立ち、鳩時計に手をかけた。



    なにもかけるな なにもかけるな なにもかけるな なにもかけるな なにもかけるな



【許されなかった。⑧】



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No.60[藤井]07月28日 05:3507月29日 00:17

10円のメッセージ

作・藤井 [良い質問]

No.61[藤井]07月28日 05:3607月29日 00:17


その帽子、すてきだね と声をかけたら
ヒカルはへにゃりと うれしそうに笑った。


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ぼくは生まれつき体がよわくて、家にこもりがちだった。
あまり長い時間外にいると倒れてしまう。
暑いのも、寒いのもだめ。
そんなだから、学校は休みがちだった。
ひとりでいるうちに、"うれしい" も "かなしい" も忘れてしまった。


ある時、編入生がやってきた。
その日ぼくはお休みしていて、何日かあとに学校に行くとぜんぜん見たことのない子がいた。
薄黄色の大きな帽子がよく目立つ。


「その帽子、すてきだね」

君はだれ?なんて尋ねるよりも先に自然とその言葉がこぼれた。
振り返ったその子は一瞬おどろいたように目を見開く。

「ほんと?」
「うん。土星みたいでかっこいい」
「……!えへへ」

へにゃりと笑うその子は、とてもとてもうれしそうだった。
その顔を見てぼくは心がぽかぽかになった。


その日からぼくたちは、ともだちだった。
だれが決めたわけでもないけど、疑いようもなくそうだった。




ぼくと同じように体のよわい彼--ヒカルは、びっくりするほど手先が器用だった。
なんでも帽子は自作なのだという。小さいころからずっと帽子を作りつづけているらしい。
ヒカルはあまり言葉を知らなかった。学校にもほとんど行ったことがなく、文字もかけなかった。[⑨]
たどたどしい言葉に身ぶり手ぶりを加えながらのコミュニケーションだったけど、ぼくたちはそれで十分すぎるほどに通じ合えた。



ヒカルと出会って数か月後、彼はぼくに手作りの帽子をプレゼントしてくれた。
頭の収まる部分は黄色く、広いつばは真っ白。
遊び心あふれるデザインがなんとも愛らしくて、ぼくは一目で気に入った。
ヒカルの帽子は日中の日差しからぼくを守ってくれた。

学校に行くときも家にいるときも、ぼくは毎日その帽子をかぶっていた。
学校では他の子たちから「スタイリッシュな目玉焼きだ!」なんてからかわれたりもして少しはずかしい気持ちもあったけど、それ以上にぼくは誇らしくて、自然と頬がほころんでいた。[③][④]

ぼくは "うれしい" を思いだした。



進級して迎えた秋。
ヒカルは長期欠席の末、学校を去ることになった。
一時は調子よく学校に通っていたけど、夏頃から急に体調が悪化したらしい。
退学の日、ヒカルはぼくに会いにきた。

「しばらく、やすむ。げんきなったら、また、あおう。……これ、でんわ」
「ぜったいだよ。まいにち連絡するね」

ヒカルから手渡された電話番号のメモをぼくはだいじに受け取った。
ヒカルのお母さんが書いてくれたのだろうか。優しい筆致だった。


それからヒカルとのやりとりは毎日の電話のやりとりのみになった。
手紙を書こうかとも思ったけど、文字の読み書きができない彼には大変だろうからとやめておいた。
日が流れるごとに声がか細くなっていくヒカルのことが、ぼくは心配でたまらなかった。



ある冬の日。
いつもはぼくから電話をかけていたのに、この日はヒカルのほうから電話がかかってきた。
途切れとぎれに紡がれる声は聞きとることすら困難なくらいで、ぼくは自分の呼吸音さえも邪魔に思えて、受話器片手に息を止めていた。[⑩]

もはや声のみのコミュニケーションではヒカルの伝えたいことを受けとれないと感じたぼくは、ヒカルに会いに行くことを衝動的に決めた。
今すぐに会いに行かないといけない気がした。
なんだか、いやな予感がしてならなかったのだ。



ぼくは生まれつき体がよわい。
暑いのも寒いのもだめだ。
真冬の、しかも夜に、ひとりで外出なんてしたことがない。
今までの経験から考えれば、途中で倒れてしまうことがたやすく想像できた。

けれどもヒカルをうしなってしまうことがふっと頭をよぎったとき、それは自分が動けなくなることと同義だった。
今会いに行かなければもう二度と会えなくなってしまうような気がした。


マフラーをぐるぐるに巻いて分厚いジャンパーを着て、小銭入れや薬やティッシュをリュックに放り込んで、ヒカルにもらった帽子を深くかぶって、わけもわからずぼくは家を飛びだした。
ヒカルの家は行ったことがないけど、そこそこ遠いことだけはわかっていた。


頼りない街灯に照らされる細い道を行く。
途中雨が降りだして、傘を持っていないぼくはあわてて高架下に駆けこんだ。
胸に手をあてて呼吸をととのえる。
しばらく待っても一向に降りやまない雨に、ぼくはふたたび足を踏みだした。[②]
スタイリッシュな目玉焼きは少しの間ぼくを雨から守ってくれたけど、やがてへにょりと項垂れた。
ぼくは、がんばってくれた帽子に「ありがとう」とつぶやいた。


吐く息は白く、雨は次第に雪まじりになる。
マフラーがずんと重くなった気がする。
頬をつたって流れ落ちる雨粒に、ぼくは "かなしい" を思いだした。[①]
このあと何かをうしなうのだろうという予感が強まった。


どれほど歩いたのだろう。
気づけば雨はやんでいて、夜の空気は冷やされ路面は凍結し始めていた。[⑥]
かじかむ指先はほとんど感覚がなく、呼吸はどんどん荒くなる。
なんとなくの方向を頼りに歩いてきたけど、今いる場所がどこなのか正確に把握できなくなっていた。

こうなるよりも前に、とっくにぼくは気づいていた。
きっともう、帰れはしない。[⑦]
ぼくは荷物を捨てた。
小銭入れだけをジャンパーのポケットに入れて、リュックを放りだした。
つめたくて重いだけのマフラーもはずして捨てた。[⑤]
すこしだけ身軽になったこの頼りない体を引きつれて、あとは行けるところまで行こうと思った。



静寂に包まれる夜道。
見つけたのは電話ボックスだった。
感覚のない手でドアを開け、倒れこむように中に入る。
意識が朦朧とし始めていた。
ヒカルとつながることのできる最後の手段だと思った。

番号は……何番だっけか。
何度もダイヤルしたはずだ。
毎日かけていたのだから。

……だめだ、思いだせない。
棚にある電話帳に手を伸ばす。
ばさり。
つかむ力がなく落としてしまう。
その場に座り込んでページをめくる。
ヒカルの苗字は。
薄暗い明かりのなかで薄暗い記憶を手繰りよせる。
ページをめくる指ががくがくと震える。

--あった。これだ。この番号。

よろよろと立ち上がり、小銭入れを開ける。
10円。
中身を確認していなかったとはいえ、なんでこれっぽっちのお金をここまでだいじに連れてきたんだろう。
まだ、首の皮一枚つながっている。
ヒカルに会いたい。



10円玉を投入しダイヤルする。
どくり、どくり。心臓が波打つ音が大きすぎて呼び出し音が遠い。
プルルル。プルルル。プルルル。
無機質な音。
かちゃり。




『--ただいま電話に出ることができません。ピーッという発信音のあとに』



プツッ。

ツーッ、ツーッ、ツーッ……。[⑧]





「……ありがとう」

ぼくは、がんばってくれた10円玉につぶやいた。




やれることは、ぜんぶやった。

あと、やり残したことは?

着信。着信の履歴は残せたはずだ。

公衆電話から。

あぁ。ぼくはだれにも知られず、どこへも帰ることができないのか。

せめてヒカルには、ぼくだってわかってほしい。

深夜に、公衆電話から、かけてきたのが、ぼくだって。



左手首につけた腕時計を見遣ると、3時46分をさしていた。


ぼくは腕時計の時間を止めることを思い立った。
公衆電話、3時46分頃。
その着信履歴がぼくからだと、もし、もしもだれかが、きづいてくれたら。
警察でもいい、ヒカルのお母さんでもいい。
そしてヒカルが知ってくれたら。
ぼくは最後に、やっと帰れる気がするんだ。





腕時計のねじを引き上げて--
その行為が完了できたかどうか、ぼくにはわからないけれど。



【END】



------------------------------------------------
▼簡易解説▼
体の弱いぼくと、その友達のヒカル。
字の読み書きができないヒカルと電話でのやりとりを続けていたが、電話口でヒカルの異変を感じたぼくは会いに行くことを決意し家を飛び出す。
真冬の夜、体力が奪われていく中やっとの思いで公衆電話に辿り着き、ヒカルの家に電話をかけたが繋がらなかった。
その場で自身の限界を悟ったぼくはせめて着信履歴が自分からのものだとヒカルに知ってほしくて、発信時刻を示すために自身の腕時計を止めることを決めた。
 
[編集済]

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No.62[シチテンバットー]07月28日 20:2607月29日 00:17

タイトル「伊部さん、どこへ行かれるのですか?」

作・シチテンバットー [良い質問]

No.63[シチテンバットー]07月28日 20:2807月29日 00:17

【簡易解説】
時間の進み具合を自在に調節できる時計を作り出した男。
動作を確認するために作動させたが、短い間に何度も日没と日の出見て、そして届けられた本の中を見たことで、調子に乗ってかなり長く時間を飛ばしたことに気付いたため慌てて時計を止めた。
薄明りだったのは時間が進んで夕暮れになっていたから。手が震えていたのは、男が締め切りを抱えていて、飛ばしすぎたことで間に合わなくなるのではと考えていたから。

【以下、簡易でない解説】
『そろそろお昼時ですね。伊部さん、何か欲しい物ありますか?』
「欲しいもの?」
『食パン切らしてることに気付いたので買いに行こうかと。それでついでに伊部さんが買ってきてほしいものがあれば、と思ったのです。今日は雨が降ってますし、出来るだけ外に出る回数を減らしたいので』
「ありがとうシオン君。んー・・・特にないな。というか料理作ってるの?」
『ええ、自分割と料理できるんですよ』
「そうなんだ知らなかった。何か料理上手な人って憧れるんだよな」
『そ、そうですか・・・?エヘヘ・・・④。恥ずかしいですけど悪い気はしないですね』
「俺はトーストもまともに焼けないしな」
『いやそのレベルは色々と無視できない問題では・・・伊部さん、何か作っているのですか?』
「いやちょっとな・・・よし、これで完成だ!!」
『おおう、それはおめでとうございます。今度は何を発明したのですか?』
「この時計だ」
『時計って・・・ただの懐中時計に見えますけど』
「俺がただの時計を作るわけないでしょうがい」
『それはたしかに・・・よく見るとデザイン中々洒落てますし、色んな機能が付いてるのかボタンがたくさんありますね。シチズン辺りにでも喧嘩を売りに行くのですか?』
「いきなり時計開発して時計関連の企業に殴り込みに行くとしたらそれこそおかしいでしょ」
『ではカシオ?』
「時計業界から離れてくれや。とにかく、これはただの時計ではないのだ」
『それは先ほども聞きました。その歳でボケてきたのですか?』
「そうか?すまないな・・・って今とてつもない暴言が聞こえた気がするのだが」
『ほっとけい』
「やかましいわ。ギャグマンガならこの辺り一面凍りついてるからな⑥」
『伊部さん、何か冷えてきてませんか?』
「アレ?ここってギャグマンガの世界だっけ?・・・ってエアコンの冷房が利きすぎてるんだよ。一瞬焦ったわ。まあいいや・・・これだな、時間の進行を自在に調節できる時計なんだ」
『時間の進行?』
「1秒は誰にとっても1秒だし、ここで1分過ごしたら別のところでも1分経過している。それは普遍的な事実だ。今こうしている間にも日本で1分経つ間にアフリカでは5分経過してるんですよ!とはならないだと?」
『それは当然ですよ』
「ああ、しかしその当然の事象を捻じ曲げてしまうのがコイツだ」
『捻じ曲げる?』
「ああ。浦島太郎って知ってるか?」
『ええ。亀を助けた浦島太郎が竜宮城に招待されて・・・』
「そこから戻ってきたら、故郷は変わり果てていたと。ちなみに浦島太郎はその後自分の名前が刻まれた墓を見つけた、という話もあるらしい」
『なるほど。ところで何故その話を?』
「浦島太郎が竜宮城から帰ってきたら故郷が全く変わっていたのは、竜宮城と地上で時間の進み具合が違っていたからだ。竜宮城にどれだけいたかは分からないけど、仮に竜宮城での1秒が地上での1日なら、竜宮城に1分いるだけで地上では60日経過する。地上での1年は竜宮城での6分と5秒。そして1時間竜宮城で過ごせば地上では3600日、おおよそ9年が経過している。仮に5時間いたとしたら・・・約49年だな。その土地の環境が変わるには十分な年月だし、これほど長い間失踪していたら死んだと見なされても不思議ではない」
『まあそうでしょうね。でも何故その話をしたのですか?』
「うむ。この時計はその状態を引き起こすのだよ。つまり周りとの時の進み具合を遅くしたり早くしたり出来る」
『うーん、分かるような分からないような』
「まあ百聞は一見に如かずって言うし、実際に動かした方が分かるだろうな。ほい、このバンドを手首に着けてくれ」
『これは?』
「これは時間の経過を時計と同期する物だな。あーつまり・・・このバンドをしている人は竜宮城側の、していない人は地上側の人間になる、というか・・・」
『つまりこのバンドを着けていれば時計で時間の経過をイジっても影響を受けなくなる、てことですね?』
「その通りだよシオン君。理解が早くて助かる。正確に言うと、影響をうけなくなるのはそのバンドを着けている本人と着用物だな。だから歩いている身体について行けなくて靴が脱げるといったケースは起こらない。ちなみにだが、今後研究が進めば・・・」
『進めば?』
「バンドのカラーが増える」
『そこですか。何かもっと機能が付くとか時間経過をイジるのがもっと細かに出来るようになるとか、そういうのじゃないんですか』
「まあまあシオン君、色は大事だぞ?今は黒しかないが後々カーキとかターコイズブルーとかスカーレットとかも増えるかもしれない」
『何でそこそこマイナーなのから増やすんですか。赤とか青とか基本的な所から増やしましょうよ。というか色そこまで大事じゃないですよ。大事なのは機能です、機能』
「昨日?すまないが調節できるのは時間の経過具合だけで時を戻すことは出来ないんだ」
『そっちじゃないですよそっちじゃ』
「まあ真面目なことを言えば、このバンドは今のところ哺乳類とその着用物にしか効果が無くてな。しかし研究が進めば他の生物や無機物にも有効になるかもしれない」
『始めからそう言ってくださいよ全く。まあいいでしょう、さっそく作動させましょう』
「おう、そうだったな。とりあえず・・・最初は2倍でいいかな。それではスイッチオン」

《カチッ》

『・・・何も起こりませんね』
「まあ部屋の中では効果は実感しづらいかもしれんな。だが確実に効果を発揮しているぞ。ほら、あそこを見てみろ」
『おっ、壁の時計の針がグルグルと動いている!』
「まあ時計の進み具合はこの懐中時計でも把握できるがな。窓を見た方が分かりやすいぞ」
『おおっ、人や鳥の動き、空や雲、雨の動きが速いです!』
「あ、とうとう降り始めたのか。おお、テレビもシャカシャカと動いているぞ。しかし2倍速だと何て言ってるか聞き取りづらいな・・・ん?何か臭わないか?」
『え?あっあーーー!!』
「ど、どうしたシオン君?」
『目玉焼き焼いていたことをすっかり忘れていました!』
「ええっ!?大変だ、すぐに消さないと!!それにシオン君、少し前に出かけるとか言ってなかったっけ?」
『注文を聞いて目玉焼きを取り出してから出ようと思ってたのですが・・・』
「そうだったか、すまなかった・・・大丈夫か?」
『・・・何とか火は消せましたが・・・』
「目玉焼きはご愁傷さま、と」
『はい、こんな変わり果てた姿に・・・』
「うわあ、何か訳の分からない焦げ方してて凄くスタイリッシュな感じになってる・・・③。美術館に置けば現代美術として扱ってもらえるかな?」
『うーん・・・あ、伊部さん、醤油と塩どっち派ですか?』
「俺は醤油派だなって、いやかけないよ?目玉焼きには醤油かけるけど、これには何もかけないよ⑨?食べないよ?かける言葉も無いよ⑨?まあ作ってくれたところ申し訳ないけど、捨てるしかないよな⑤」
『冗談です。ところで、もう少し速度を高めることは出来ますか?』
「ん?ああとりあえず上限は10000倍、下限は1/10000倍まで設定してあるからな」
『いきなり上限高すぎません?普通100倍とかから少しずつ上げていくでしょ』
「何か勢い余って出来ちゃった」
『余るものなんですか?』
「まあまあ、ここは思い切って上限の10000倍をやってしまおう。時計の耐久も知りたいし」

《カチッ》

『おおっスゴイ!!もはや人の動きを目で追えません!!』
「ふむ、テレビも速度10000倍にするともはや何を言ってるか分からないな。というか10000倍で映像が変わると目に悪い。消しておこう」
『伊部さん、空が暗くなってきました!!あ、また明るくなっていきます!!』
「まあ10000万倍ってことは我々の中で1秒経過する間に10000秒経ってるわけだからな。1秒経過で大体2時間半以上経つ訳だから、そりゃ太陽の移り変わりもとても速く感じるだろうよ」
『ところで、これってバンドを着けてない人にとっては、私たちが凄く遅くなっているように見られるわけですよね?』
「まあそうだな。今は10000倍だから、周りの人たちには我々がいつもの10000倍スローに動いているように見えるわけだ。先ほどシオン君は『バンドを着けていると時計による時間の進行具合を変えた影響を受けなくなる』と言っていたが、周りの人視点では『バンドを着けることで時計の影響を受ける』とも受け取れるかもしれないな。あれ?玄関の郵便受けに何か入ってる?」
『確認しますね・・・これは・・・』
「俺が毎週楽しみにしてる雑誌『週刊長瀞市通信』!?しかし今日は《27日》だぞ?アレは毎週土曜日に配達されるはずだが・・・」
『伊部さん、もう何回空が明滅したか分かりません。伊部さんの言っている『今日』はもうすでに過去の話です』
「ええ・・・ということは何日も経過してるんじゃないか・・・てか今気付いたけどこの日も雨降ってるのかよ」
『いえ、実験開始から降り始めた雨が止むことなくずっと降り続いている感じですね②』
「どんだけ降ってるんだよ。どおりで照明付いてるけど何かずっと薄暗いなと思っていたわ。まあいいや・・・それより今って何日だ?何日経過してるか分からないな・・・そういえば雑誌に日付載ってたけど・・・うわー、嫌な予感がする・・・」
『嫌な予感?』
「実は月刊誌のコラムの連載を担当してるんだよ。しかもそこの出版社は締め切りにメチャクチャ厳しくて、締め切り破ったら即連載打ち切りなんだ。病気だろうと何だろうと、締め切りを破ることは絶対に許されないんだ⑧。まあ締め切りまでまだ時間があったしそんなに長く書く必要もないから余裕こいてたんだけど・・・」
『そんなこと言ってる間に、また日が沈んで昇りましたよ。というかもうそろそろ夜です』
「流石に10000倍は進むのが早すぎるな。ていうか相変わらず雨降ってんな。ずっと薄暗いわ。というか、もはや照明でうっすらと明るい感じだわ・・・嫌な予感・・・手が震えてる・・・たのむぜほんと・・・」
『早く開けてください。また日が昇ってきましたよ』
「わ、分かってるわいそんなこと・・・う・・・ええい!!」
ペラッ
「この雑誌は・・・《8月1日》!?やべえ、流石に飛ばしすぎた!!時計を止めないと!!【問題文】」

《カチッ》

『あ、これって時間の経過を完全に停止することが出来るんですね』
「まあな。だからやろうと思えばザ・ワールドごっこも出来たりするぞ」
『私そのマンガ読んだこと無いので分からないんですよ、その例え。まあ一息つくためにお茶でも入れましょうか。あれ、急須が動かない』
「あ、そうだった。時間が停止している際はバンドを着けていない他の物質は完全に固定されてしまうんだった」
『完全に固定?』
「まあ一切の干渉が出来なくなる、て感じかな。だから時を止めてる間に階段を上ろうとしてる人を担いで下の段に降ろしたりすることは出来ないぞ」『だから分からないんですって』
「しかし呼吸が苦しくならないところを見ると、大気は対象外なのか?それとも着用者の周辺の大気はバンドの効果の適用範囲内なのか・・・まあそこら辺はまだ研究が必要だな。とりあえず・・・」

《カチッ》

「時間の経過を元に戻した。あー肝が冷えたよ」
『だったら何でもたもたしてたんですか』
「心の準備が出来てなかったというか、指が震えて上手く動かなかったんだよ」
『ところで、その締め切りとやらはいつまでなのですか?』
「《8月16日》、つまり・・・再来週の日曜日までだな」
『何というか、さっきまで7月下旬だったのに、あっという間に8月スタートしてしまいましたね』
「開始日が《7月27日》だったから、調子に乗って1週間ほど経過したのか。歳を取ると時間の経過が早く感じると言うしね。まあ今回は実際に早くしたんだけどさ」
『締め切りには間に合いそうですか?』
「問題ナッシングだよ。あの雑誌には8月1日と書かれていた。それに気付いて開けるまでどれくらいかかったかは分かんないけど、まあ経ってても数日程度だろう。正確な日付は後で確認するけど、長くても1週間もあれば大丈夫さ。それにしても時刻だけでなく現在の日付も分かるようにした方が良かったな、この時計。そうだ、丁度いいから今度のコラムはこの時計の研究について書こう。内容についてはこちらが決められるからな。全く、締め切りもこれくらい融通が利いたら嬉しいんだけど」
『・・・伊部さん』
「なに?」
『悪い知らせとさらに悪い知らせとそれ以上に悪い知らせがあるのですが、どれから聞きますか?』
「いやそれって普通良い知らせと悪い知らせだよね?それだと純度100%のバッドニュースじゃんか」
『悪い知らせですが・・・』
「俺の話聞いてる?」
『郵便受けにもう一冊『週刊長瀞市通信』が入っていました』
「What?」
『そしてさらに悪い知らせですが・・・この雑誌は《8月8日》のものです』
「へ?」
『そしてそれ以上に悪い知らせですが・・・先ほど確認しましたが、現在は《8月14日14時》です』
「」
『つまり、締め切りまであと2日と半分程度です』






























「な、な、な・・・・・」





「何じゃこりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





『落ち着いてください伊部さん!!』
「落ち着いていられるか!!!!!さっきの話聞いた時完全に場の空気が凍りついたわ⑥!!!!!信じたくなくて一回気絶すれば夢オチになるかな~とか考えて呼吸止めてたわ⑩!!!!!30行くらい止めてたわ!!!!!いや『夢オチになるかな~』ってなんだよ!!!!!意味分からんわ!!!!!」
『♪呼吸を止めてあなた真剣な目をしたから~⑩』
「♪そこから何も見えなくなるの星屑ロンリネス~・・・って歌ってる場合か!!!!!何でタッチ歌いだしたの!!!??何も見えないのは今後の展望だわ!!!!!そうだシオン君!!!!!君も手伝ってくれないか!!!!!」
『私ですか!?』
「そうだ!!!!!君も手伝えばこの窮地も脱せられるかもしれない!!!!!今はこの場を何とかしないと2人とも星屑ロンリネスになるぞ!!!!!」
『もう何言ってるんですか!?・・・そうだ、時計を使えばよろしいのでは!?』
「時計!!!??いやさっきも言ったと思うけど、この時計は時間の経過速度を変えるだけで逆行させることは出来ないんだ!!!!!後戻りは出来ないんだ⑦!!!!!」
『いや、そうではなくて!!時計で時間の経過を遅くすればいいのでは!?』
「へ?」
『以前下限が1/10000倍と言っていましたよね?時計で時間経過を1/10000倍にすれば間に合うのでは!?』
「そうか、その手があったか!!!君頭良いな!!!俺頭悪いな!!!そうと決まれば早速!!!」

《カチッ》

「時間経過1/10000倍・・・よしこれで時間に余裕が出来た!!!シオン君はパソコンで資料をまとめてくれ!!!俺はひたすら原稿を書く!!!」
『伊部さん、ボールペンですか?流石にキーボード入力覚えましょうよ』
「何か、スマホもパソコンも俺にはサッパリなんだよ。それに手書きすることが好きだし・・・って今そんなこと言ってる場合じゃない!!!」
『しかしボールペンもパソコンも動くのですか?』
「完全に時が止まっている状態でなければ問題ない!!!・・・うわああああああああ!!!??」
『どうしました伊部さん!?』
「か、紙が・・・紙が発火した!!???」
『発火!?』
「書いてるうちに何か紙が黒ずんでるな、と思ったら、火が出たんだよ突然!!!!!まあ何とか火は消したけど!!!!!」
『伊部さん!!これは一体!?』
「そうか!!!!!我々の周りの時間経過が1/10000倍ということは、逆に言えば周りは我々が10000倍の速さで動いているように見えるのか!!!!!つまり何気なくペンで書いていたつもりでも10000倍の速度で動かしているのだから、ペンとの摩擦で発火したという訳か!!!!!」
『なるほど!!』
「ちくしょう!!!!!この紙は捨てて⑤一からやり直すしかないか!!!!!まあまだそんなに書いてなかったけど!!!!!」
『伊部さん!!パソコンが全く立ち上がりません!!』
「そうか、我々の目線からはパソコンの動作が普段の1/10000の速度になっているわけか!!!!!それじゃあ使い物にならないな!!!!!このままじゃ何も書けないな⑨!!!!!」
『伊部さん!!』
「しかし・・・これでは等倍でやるか・・・使うとしてもせいぜい2,3倍程度・・・それで間に合うかどうか・・・もうダメだ・・・おしまいだ・・・何か涙も出てきた・・・」
『おや、伊部さんの目から流れて①零れ落ちた涙は普通に床まで落ちるんですね』
「ん?つまりバンドを着けている人の体液も時間経過変更の影響を受けないということか!!!!!またコラムに書くことが増えたな!!!!!そのコラムを書く時間が無いんだけどな!!!!!」
『大丈夫ですよ伊部さん!!時間経過が1/10000倍なので、好きなだけ嘆くことが出来ます!!』
「やかましいわ!!!!!」

この後時間経過を等倍に戻し気合と根性でどうにか締め切りには間に合いました。

【終】
[編集済]

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No.64[ハシバミ]07月28日 21:3107月29日 00:17

すべては闇の中

作・ハシバミ [良い質問]

No.65[ハシバミ]07月28日 21:3207月29日 00:17

【簡易解説】

柱時計の仕掛けによって開かれた地下室で本に挟まれていた手紙を読んだ男は、他の人が地下室に辿り着けないように柱時計を止めることにした。


【本文】

男の趣味はホラースポット巡りである。
配信もしなければ写真を公開することもない、本当にただの趣味だ。
いつものようにネットで探した情報をもとに、この日は町外れの屋敷へと訪れた。
二階の窓に女の姿が見えるだとか何とか。
屋敷の中は不自然に物が散乱している。
少なくとも、まっとうに引っ越していったわけではないようだ。
とは言え人の気配はなく、二階の部屋を回ってみても何もない。
ここも眉唾か。屋敷を後にしようとリビングを通った時、違和感に足を止めた。
如何にもという立派な柱時計。刻一刻と時を刻んでいる。
――この屋敷は、二十年前には無人になっているのではなかったか。
無論、ネットの情報が誤っていた可能性はある。
しかし部屋のホコリの溜まり具合は、時々こうして招かれざる客が入り込むことを勘案しても確かに二十年の時が経っているように思われる。
前にここを訪れた者がゼンマイを巻いたのだろうか。いやそもそもゼンマイ式なのだろうか。
雰囲気からゼンマイだろうと思っているだけで、よくよく見れば文字盤にそれらしき穴はない。
しかしどうにも気になって、文字盤の下の扉を開ける。
何もない――いや、奥行きが足りない。
あれこれと触っていると、カタリと板が外れる。
その奥にあったのは、大量の歯車だ。あちらこちらと複雑に繋がっていて、よく分からないがこれで時計が動き続けているのだろう。
一体どこがどうなっているのか。
あれこれと触っている内、どこかでカチリと音がした。
すわ壊したかと慌てて手を引くと、ゆっくりと、目の前の時計が動き始めた。
男が目を丸くしているうちに、時計があった床には扉が現れていた。

何かに導かれでもするように、男は扉を開けて地下へと降りていった。
懐中電灯だけが照らす地下は存外広く、部屋も一つではない。
扉に仕掛けのある部屋も多かったが、不思議なことに男が弄ると見事に仕掛けが解ける。
才能があるのかもしれない。
いくらものんきに考えている男も、流石に突き当りの部屋の中を見たときには息を飲んだ。
札束と、白骨。
何千円か、億に行くか、縁のない男にはただ大金であることしか分からない。
そして白骨。頭蓋骨は二つ。残る衣服から、男女の死体だろうか。
これは、どうしたものか。
戸惑いながらも男の目は、その白骨の側に一冊の本が落ちていることに気が付いた。
恐怖か、あるいはこの異様な状況への興奮か。
震える手で本を手に取り、開く。
本は普通の小説らしい。懐中電灯を小脇に抱えてパラパラとめくる内、中程のページに挟まれた便箋を見つけた。
神経質そうな細い線で綴られたそれは、追うごとに字が荒れていく。
異様な状況で、それでも夢中で文字を追っていた。


――――――――――――――――――――


後悔は死ぬほどしている。なのに私は未だに死ぬこともできず、有希子を見送ることしかできなかった。
これが罰だというのであれば甘んじて受け入れよう。
けれどもここが暴かれることになったら。
私に対する罰のみならず、有希子にもそれが及ぶことになる。
有希子は私が巻き込んだだけなのだ。
暴くなと言うつもりはない。私は。私は結局何も決められなかった。
自分で決められたことなど何一つとしてないのだ。
だから私はまた、委ねようと思う。
ここに辿りついたあなたに。この手紙を見つけたあなたに。この文章を最後まで読んだあなたに。


私は人を殺した。
父親を、母親を、赤の他人を殺した。
殺した理由を語るつもりはない。身勝手な理由だ。
人を殺し、あるだけの金を持って逃げた。
あてなどなかった。ただそのときは確かに、生きたいと願っていたのだろう。
そうでなければ金など必要ない。
逃げて、隠れて、小さな食堂で流れていたニュースで自分が指名手配されていることを知った。
当然だろう。これからどうするか。人の少ない土地に行くか、人の多いほうが紛れられるか。
金とて限りがある。働かなくては生きていけない。

……生きる必要が、あるのだろうか。
ひと月ほどが経った頃だろうか。ようやくそれに気がついた。
私には何もない。やりたいことも、逢いたい人も。生きる理由など何もなかったのだ。
せめて死ぬ前に腹一杯食べよう、どうせこの金も意味がなくなるのだと訪れた飯屋で、私は有希子と出逢った。
金はあれどまともな身なりでもなく、これまでの人生で一度も入ったことのないような店に入る勇気もなく。
サラリーマンで賑わう小さな定食屋で、彼女は明らかに浮いていた。
いや、今思えばそんなこともなかったのかもしれない。
地味ながらも小綺麗な服装に、きちんとまとめられた髪。
それは普通のOLと変わらないだろう。
だが私の目には、何故かはっきりと特別に映った。
カウンター席で隣になって、話しかけてきたのは彼女の方だった。
「あなた、死にたいの?」
出し抜けに彼女はそう聞いてきた。
私が面を食らっていると、「死ななくてもいいんじゃない。生きていた方が楽しいわよ」などと続ける。
人の事情も知らずに何を抜かす、とは思ったが、説明できる事情でもない。
しかし彼女はその後もあれこれと話し続け、私に帰る家がないと知るとあろうことか自分の住む屋敷へ来いと言う。
私の腕を掴んだまま歩きだすものだから、目立たないためにも従うほかなかったのだ。

そうして連れてこられたのがこの屋敷であった。
ここは彼女の祖父が建てた絡繰屋敷だという。
道楽だったそうだが、なかなか立派なものだ。隠し扉に隠し部屋、彼女は楽しそうに案内してくれた。
柱時計が動いていなければ辿り着けないというこの部屋が、有希子のお気に入りだった。
だから私はここで有希子とともに眠ることにしたのだ。

……いや、つい説明を急いてしまったか。
そう、この屋敷に連れてこられ、私はようやく有希子に全てを明かすことにした。
人を殺した。金を奪った。指名手配をされている。私は、死にたいのだと。
許されるはずもない罪を犯して、今更後戻りも何もできない。(⑧⑦)
こんな状況で生きていたって楽しいことなどあるはずもない。もう死ぬより他にないのだと。
有希子は少し考えるような素振りを見せてから、ふと窓の外を見て「雨」と呟いた。
「雨が降ってきたわね。今外になんて出たら凍え死んでしまうわ。雨宿りくらいしていきなさいな」(⑥)
私の話など聞いていなかったように言うものだから、私はまた言葉を失った。
死にたいと、言ったばかりのはずだったが。
そんな私の様子を見てか彼女は「死に方は考えているの? 折角の人生なんだもの、そのくらいちゃんと考えてから死になさいよ」と言った。
確かに何も考えてなどいなかった。確かに、凍死は嫌だと思った。
そう思ったときに、私の目からは自然と涙が流れていた。(①)
そのとき初めて私は、人を殺したことを後悔していたのだと思う。
有希子は何も言わず何も聞かず、ただそばに居てくれた。

有希子は相当な変わり者であった。
両親を初め親戚は既に他界していて、高校生の頃から十年以上一人でこの屋敷に住んでいたそうだ。
道楽で絡繰屋敷を持つような祖父を持つ身であるから金に困ることはなく、それこそ道楽で偶にアルバイトをしながら生活していた。
料理は普通に作れば美味いが、時々変なことをするのが困りものだった。
料理のできない私が文句を言える立場ではなかったが、肉やら野菜やらが混ざって何とか目玉焼きの形状を保っているものを、「スタイリッシュ目玉焼き」等と言っていたのは今も理解できない。(③)
初めに会ったときのまま、楽観的でマイペースで、悲しんだり苦しんだりしている姿など見せることはなかった。
ただ一度、私が「お前と結婚できたら良かった」と告げたときだけ、恥ずかしそうに笑っていた。(④)

私が有希子に想いを伝えたのは、その一度きりだった。
当たり前に幸せになるはずだった有希子人生を奪った私は、けれど幸せだった。
幸せだったんだ、本当に。
有希子は「雨、ようやく止んだね」と笑った。
雨宿りを始めて五十年経って、ようやく雨が止んだのだ。(②)
私がそれに気づいたときにはもう、有希子は息をしていなかった。(⑩)

それからのことは、あまり覚えていない。
死のうとしたが、死に方が分からなかった。何もしなくても直に死ぬだろう。
だのに私の身体は水を求め、飯を求め、睡眠を求めた。
同時に求めた有希子は手に入るはずもなく、けれど視界に映る全てが有希子を想起させ、多分、我慢できなくなったのだろう。
暫くして、幾つもあったはずの物が無くなっていることに気が付いた。
捨てる者など、私しかいない。(⑤)
今、屋敷の中は荒れていることだろう。
あなたはその経緯を知りたいだろうが、私にはそれをここに書くことができない。(⑨)
覚えていないからだ。
あれから何日経ったのか。何週間、何ヶ月。
どれだけの時間が経ったのかももう分からないが、ようやく私にも死が訪れた。
死ぬときすら己で選ぶことのできないまま。

そうして、初めに書いたことに戻る。
この屋敷にも、その内人が訪れるかもしれない。
その時に全てが暴かれることが、私には酷く恐ろしかったのだ。
けれどもうどうすれば良いのかが私には分からない。
親の言うことに従い、有希子に甘え続けているのみであった人生のツケが回ってきたのだ。
故に託す。委ねる。
ここに辿りついたあなたに、金と死体を前に本を開いたあなたに、この手紙を見つけて読んでいるあなたに。
金も死体も屋敷も、どうか好きにしてほしい。
この部屋の本棚の裏に金庫がある。鍵は四一三。そこに残りの金がある。
私は私の罪によって有希子を不幸にし、けれど自分だけが幸せを享受してきた。
せめてこの手紙を手にしたあなたに、幸いが訪れんことを。
身勝手に、願う。


――――――――――――――――――――


そっと便箋を畳む。
――さて、どうしたものか。
この白骨自体に、事件性はないらしい。この手紙を信じるならば。
だが金は盗んだもの――もしかしたら遺産の方かもしれないが――であるし、何より殺人犯だ。
さて、どうしたものか。
通報にいまいち気が進まないのは、ここに眠る男への同情か、保身か。
男は今まさに、住居侵入を犯しているのだから。
さて、どうしたものか。
畳んだ手紙を本の間に戻し、白骨の傍らに置く。
金庫は……まあ、いいか。
リビングに戻り、また柱時計をあれこれと触っていると、ガタガタと動いて扉を塞ぐ。
そこに、何もなかったかのように。
さて、どうしたものか。
何だったか、柱時計が動いていないと辿り着けない、か。つまり。
手のひら大の歯車に指をかけてみれば、あっけないほど簡単に外れた。
ついでに一つ二つと外し、先程までカタカタと動いていた棒も追ってみる。ああ、器物損壊。
幽霊を探して、とんでもないものを見つけてしまった。
一つため息をついて、屋敷を後にする。
カバンの中では、役目を終えた歯車が男の歩みに合わせてカラカラと音を立てていた。

【終】

-

No.66[ラピ丸]07月28日 23:2507月29日 00:17

シガミさん

作・ラピ丸 [良い質問]

No.67[ラピ丸]07月28日 23:2508月05日 21:00

【簡易解説】

 親友のいない世界に絶望して時限爆弾を作動させた君。しかし、故人の手記を読んで、もう一度やり直そうと決意したため、爆弾を止めた。


【解説】

 雨がなかなかやみません。② カーテンで閉め切り薄暗くなっている部屋の中もジメジメとしていて、ふと足下にある爆弾がうまく作動するのか不安になりました。
 いえ、爆弾と言ってもテロリズム的なあれだとか、誰か恨みがましい敵を討つといった不穏なやつではないのです。強いて言えば自分殺しなのかも知れませんが、もうこの段階になってそういった細かいことは気にしません。
 しかし、いくら雨がしつこいといっても予定の時間を超過してしまうわけにもいけません。いくら死にに行くとはいえ、社会人として時間厳守は絶対なのです。というわけで、私は手作りプラスチック爆弾のスイッチを起動しました。
 ウサギのタイマーが可愛らしく時間を刻みます。いわゆる時限爆弾です。たった五分の時限爆弾を造るのに5日かかるのはまったく非効率の極みですが、よくよく考えてみるとそんなに焦ることも、急ぐ必要もありませんでした。
 これから死ぬという訳なので、身の回りの整理をしなければなりませんでした。幸い、両親は他界し天涯孤独になっていたので親不孝を働く心配はありません。私も死んだ後に河原で延々石積みはしたくありませんから。お仕事から足を洗って、持っていたものもほとんどを売り飛ばし、飛びきれなかったお金達を率いて山奥に一戸建ての棺桶を購入しました。ここなら人間が一人爆散してもへっちゃらです。
 そんな具合で事前の準備をしっかりして、そして当日のスイッチオンも果たすと、やることがなくなってしまったので、今度はお腹がすいてきました。これから死ぬというのに、お腹は空気が読めません。まあ、もともとお腹は読むトコロでなく消化するトコロですが。最後の晩餐は、そうですね、今朝のバナナにしましょう。本当は大好物の目玉焼きがふさわしかったのですが、卵は今朝いただいた分で最後でした。油やフライパンがいくらあれど、卵がなくては卵焼きは作れません。残念。
 パタパタパタ、とキッチンへ。一本だけあったはずのバナナを探します。きっともぐもぐ食べている間に時間が来るでしょう。キッチンはリビングスペースの奥にある扉のさらに奥にあります。大工さんによると、元々洗面所だったところにキッチンをつけたんだそうです。ちなみに、元々キッチンだったところが今の洗面所です。何の都合があったのでしょうか、ヘンテコな交代です。と、つらつら考えながらキッチンに入りました。
 そこで私は、ええ文字通り自分の目を疑いました。キッチンには私の知らない白衣の女の人がいらっしゃったのです。しかも、私が今いただこうとしていたバナナをむしゃむしゃと召し上がっておられるのです。たいへんです。もちろん私の間食が奪われていることもなのですが、このままではこの方も私の自爆に付き合わせてしまうことになります。コレはいけません。
私は慌てて彼女に近づこうとしましたが、はたと困ってしまいました。彼女、ずいぶんと髪が長い人で、無造作に投げ出された髪の毛でフローリングが真っ黒になっています。コレでは足の踏み場がありません。
仕方がないので近づくのは諦めて、声をかけてみることにしました。
「あの、こんにちは」
 声を出してみて、びっくりしました。ここ数日誰とも会話をしていなかったのでうんと小さい声しか出なかったのです。これではきちんと伝わらないかも知れません。しかし、結論から言ってそれは杞憂でした。
「あい、どうしたの」
 女の人は何でもないように、まるでお母さんからお手伝いを頼まれる子どものように、ぶっきらぼうに答えたのです。
「あの、たいへん言いにくいことで申し訳ないのですが、この後ここは爆弾で爆発してしまうのでお逃げになった方がよろしいかと」
 女の人はあっはっはと楽しそうに笑います。
「そんなこと知っている。ヌシは森のクマさんかってんだ」
 なんと、この方は私の目論見をまるっとお見通しだと言うのでしょうか。今まで誰にも話したことがないのに知っているなんて、この方はきっとたいへんな知恵者か、あるいは頭の中を覗ける超能力者のはずです。
「あなたは、何者なのですか?」
「スタイリッシュな目玉焼きです」③
 驚きました。なんと、今朝食べた目玉焼きさんが人の姿で化け出てきたのです。この風体のどこら辺がスタイリッシュなのかは、私の中のスタイリッシュと目玉焼きさんのスタイリッシュの和訳が同じかどうかで決着をつけたいところではありますけれど。
 私はにわかに信じられずに、まじまじと見つめてしまいました。
「信じるなよ、嘘だって。まあ、そうだな。オレはシガミっていうもんだ。死に神ともいうか」
「なんだ、死に神ですか」
「おや、そんなに驚いていないな」
 シガミさんは、私が驚いていないことに驚いていたようでした。たいへん信仰深かった祖父に赤ん坊の頃から神様の存在を説かれていた私からしてみれば、そこまで想定外な出来事でなかった、というだけなのですが。
「シガミさんは、ということは、私が死んだらあの世に案内してくださると言うことですか」
「んー、そこら辺は、死んだときに話せば良いだろ。今じゃなくたって」
 シガミさんはどうでも良さそうに手をひらひらさせました。その表情はしかし、なんとも面白いおもちゃを見つけた子どものようで、かみ合っているようには見えませんでした。この人はちょっと変な方なのでしょうか。
「そんなことよりさ、オレはヌシと話がしたい。どうせもう死ぬまで暇なんだろ。少し話をさせろよ」
「お話しですか? でも、私にそんな面白いお話しが出来るとは思いませぬ」
「別に面白い話をしようとは、言ってねえ。なんでもいいんだ、話そうぜ」
 そこまで言われると、話すのを断る理由もありません。何せもう死ぬ命、死ぬまで暇なのです。
「しかし、本当に何を話せば良いのか見当がつきませぬ。お話しというのは話題があって成り立つのではないのですか」
「そう言われればそうだな、なら……」
 シガミさんは少し考えてこう言いました。
「ヌシの死について話そうか」

   ○

「よっこらせっと」
 キッチンから爆弾のある部屋に移動して、私たちは腰を落ち着けました。
「シガミさん、鼻はダメなんですね」
「なんて?」
「いえなんでも」
 シガミさんは床にあぐらをかいています。女の子にしては、はしたない座り方です。
 時限タイマーは残り四分を示しています。カップラーメンを造るのには十分な時間があるのですが、食べる時間が足りません。
「じゃあなにから話そうか……」
 シガミさんはあっさりとしています。目の前の私がもうじき死ぬというのに、何でもないような様子。死に神だから慣れっこなのかも知れませんけれど。シガミさんは平気な様子で質問をしました。
「何で死ぬ?」
「いや、そんなたいそうな、私の中ではたいそうですけれど、あなたにしてみれば何でもないようなことですよ」
「なんでもないね。ふーん」
「ところでなんですが、シガミさんは他の方の今際にも立ち会われたことがあるのですか?」
 ふと、こちらからも気になったことを訊ねてみます。もしも他の方の看取りをしていらっしゃるのなら、彼らがどんな最後を迎えたのか気になったのです。それに、シガミさんとは以前どこかでお会いしている気がします。誰かしらのお葬式に、もしかしたらいたのかも知れません。しかし、シガミさんは目をまん丸と見開くと恥ずかしげに笑います。④
「いやあ、ヌシが最初さ。初の大舞台ってわけだよ」
 いやはや、死に神も未経験だと恥ずかしいものなのでしょうか。神様も人間のような一面があるのかと妙な親しみを持ちます。けれど、シガミさんは一つ大きな誤解をしていました。
「大舞台と言うには、この家はみすぼらしく、私は小さいです」
「なんで? ヌシのタッパは人間の中ではでかい方だろ」
「違います。心の話です。私の器は小っちゃいのです」
 私ほどの人間を大舞台と言ってしまっては、他の皆様に申し訳が立ちません。しかし、シガミさんは誇らしげな顔で言いました。
「いんや、ヌシは間違いなくオレの最初で最後の大舞台さ」
 そこまで言われてしまっては、こちらも引くしかありません。そうですか、私が大舞台ですか。死ぬ前だというのに、なんだか嬉しくなってしまいました。
「ヌシは自分のことを小っさいといったが、コレまでの人生、そんなにダメでしょうもないことしか起こらなかったのか?」
 シガミさんはいぶかしげに言います。これはしかし訂正しなければなりません。
「いえ、私のお父さんもお母さんもとてもいい人でしたし、友人にも恵まれて、私の人生はそこまでダメダメでも、しょうもなくもありません」
「良いことばかりだった、と?」
 良いこと、で少し考えます。私の人生は、果たして良い人生だったのでしょうか。ええ、良い人生でしたとも。これ以上ないくらいに。そうです、私にとってこの上ない人生だったと断言できます。私が出会った人や、ものは、どれも素晴らしかったのです。
「人間関係のトラブルでもあったのか?」
 これまた少し考えます。会社でも、いい人達に巡り会えました。そりゃあ、多少のすれ違いこそありましたが、最終的には良い関係です。両親も、笑って最後を迎えていました。お友達もみんな、私によくしてくれました。ということは、ノーなのです。
「では、お金に困って?」
 お金は、たしかに私の住んでいた家は立派な大豪邸だったわけではないですけれど、不自由もありませんでしたし、生活をちょっぴり豊かにする程度には稼げていました。となると、コレもノーになります。
「病気、それとも怪我が?」
 私は感謝すべきことに両親にとっても丈夫に生んでもらえ、毎年の健康診断でも何ら差し障りはありません。おかげさまで四肢は獅子のごとく動きます。健康優良。ノーです。
「後悔はないのか?」
 はて、ここで私は困ってしまいます。前言撤回かも知れません。確かに私の出会った人たちは素晴らしく、不自由のなかったこの体ではあるのですが、しかし、後悔があるのかどうかと言われれば、誠に遺憾ながら後悔があることになってしまうのです。イエスなのです。
「その後悔が、死ぬ動機か」
 問い詰めるようなシガミさんに圧されて、答えることが出来ません。その通りこの後悔こそが、我が身を世界の塵芥に変えてしまおうと思い至った原因であることは間違いのない事実なのでございます。ただ、それをシガミさんにお教えすることは、いかにシガミさんが私の頭の中をまるっとお見通しといえども、躊躇われてしまうのでありました。石像のように押し黙った私に、シガミさんは続けます。
「心残りがあるんだろ。だから爆殺なんて方法を選んだんだろ」
「そんなことないです。たまたま、この方法になってしまっただけで」
 ついつい見え透いた嘘が口をついて出てしまいました。今の反応は九十九里浜の浜辺よりも浅いものでした。案の定、やっぱり、シガミさんはケラケラと笑いました。
「たまたま爆弾は出来ないよ。殺すにしてもいろんな方法がある。首つり、練炭、服毒、飛び降り、エトセトラ。その中でも、全くメジャーでなく、かつ周りに迷惑になりやすく、確実性もそこまで高くない爆殺を選ぶのか。わざわざ自分で手作りしてまで、ここまで入念の準備をしてまで。そこには、爆殺でないといけないという意思を感じざるを得ないだろ」
 シガミさんの言うとおりです。ぐうの音も出ずに、シガミさんを見つめます。
「なあ、教えてくれないか。どうせ時間もないんだ。最後の一興として、語ってくれよ」
 シガミさんはそして、ゆっくりと姿勢をおネエサン座りに崩して、聞く体制を整えました。ここまで準備されては、私も話さなくてはなりません。ゆっくりと、思い返してみることにしました。

   ○

 沢口さんは私の大親友でした。戦友と言っても過言ではないかも知れません。戦場を駆け抜けた記憶はありませんが。
 小学校の頃からいつも隣にいて、「まだ大丈夫」とふ抜けた私を引っ張って、後押ししてくれました。恥ずかしながら子どもの頃の私は泣き虫で弱みそで、そのくせ底意地だけがひねくれてねじ切れているような人間でしたので、沢口さんがいなければここまで生きていけることすら難しかったでしょう。
 何をするにもちょこちょこちょこ、どこへ行くにもついついつい、沢口さんにくっつく私はさながら金魚の糞でした。いえ、糞はそれまでに金魚に栄養を与えた物がなる姿。何の栄養も栄誉も与えないこちらは糞よりもたちが悪いのかも知れません。
 そんな私が彼女を卒業した契機は、大学進学でした。ここまで学力という壁をもなぎ払い何としてでも食らいつくようなうっとうしさを発揮していたのですが、文系理系の壁だけは壊せず、互いに別々の道を歩むようになってしまったのです。
 けれど、そう簡単に離れきるほど私は粘着力がマジックテープではありません。井の中の蛙大海を知らず、なんて言葉がありますけれど、井の中の金魚の糞である私には現代の大海原を行くのは厳しく、年に数回タイミングを見ては、彼女の下にやっかいになっていました。
「いくつになっても仕方ないな。まだ大丈夫、なんとかなるって」
 忙しいだろうにこんな糞のカスにも付き合ってくれる沢口さんは、そうか天使なのだとこのときになってようやく気がつきました。私は天使の老廃物だったのです。
 ところで、人間はどうして生まれたかを知っているでしょうか。一説によると、もともとこの大地は偉大なる神様と天使達が住んでいたそうです。しかし彼らがみんな天の国へと行ってしまった際に、天使達が自分たちの服を現世でのいらない物と見なしました。天に地上のいらない物は必要ありません。というわけで、天使達はその老廃物を捨てます。⑤ 天使に捨てられてしまった哀れな老廃物は、そこで一つの命となりました。それこそが「人間」のご先祖様だったと言うわけです。
 と、なれば天使の老廃物である私は、実は人間だったのだと気がつくことが出来ました。今思い返してみるとなんとも情けない話ですが、私はこれで自分に自信が持てたのです。
 大学を出た後、私は地方の銀行に、彼女は大手製薬メーカーの実験室に所属しました。何やら難しい病気の新薬を開発していたそうです、フィン……なんちゃらでしたっけ、そういった方面は疎いので理解出来ませんでしたが、頑張っていたことはわかりました。自然と、会う回数も減っていきました。
 代わりにはじめたのが、交換ノートでした。その時々に、思いつく物をつれづれなるままに書き連ねるという、実に他愛ない物です。しかしコレが結構なくせ者でした。思いつくまま、好きなように、好きな物を書けという、明文化はしていませんが、ルールがありました。ただ、例えば夕ご飯のリクエストを聞かれて「なんでもいいよー」というお父さんの返答が一番困るように、どこかに出かける際に「どこでも良いよー」と答える友だちが一番厄介なように、何でも好きな物といわれても私が書き連ねるようなものが思いつかなかったのです。
 文章の才能がある人をこのときばかりは羨ましくなりました。口下手は手も口下手だったのです。彼女はスラスラ書いてしまうのに、私は何もかけません。⑨ 最近読んだ本の紹介でお茶を濁します。しりとりを勝手に初めて話題をそらします。ええ、たいへんに苦戦を強いられたのです。
 長々と関係のない話をとお思いになるかも知れませんが、それは大きな誤解でございます。これが後に重要な事柄として出てくるのです。
  大学を出て四年程経ちました。銀行で相も変わらず窓口業務をなんとかかんとかこなしていた私に、沢口さんから久々の電話です。
「やあ、元気にしていた?」
 電話口の彼女は実にはつらつとしていて、研究職は体を壊しやすいという噂に少々の心配をしていた私には安堵の材料になりました。おかげさまで元気ですと伝えると彼女は嬉しそうに声を高らめます。
「アンタ、相変わらずだね。心配してたんだ、何よりさ」
 何と、天使から心配をされているとは光栄の極み。ますます力が湧いてくるという物です。
 ところで私は妙な感じも覚えていました。それは、この四年間、驚くべきことに我々が電話を一切していなかったことに関係します。交換ノートはしていたのに、電話はナッシングだったのです。ここで唐突にある日の電話を回想したのではなく、そもそもあの日の電話がずいぶん特別なことであったのです。つまり、この日私たちは四年ぶりに会話をしたのでした。
「何故の、電話なのですか。お話しするのは四年ぶりですが」
「ああ、簡単だよ。今度、そっちに帰省するのさ」
 またしても驚きです。彼女が四年ぶりに私たちの郷里に帰って来るというのです。ビッグでスペシャルなニュースです。
「それは真ですか!」
「あはは、マコトマコト。そういうわけだから連絡をば、ってね。交換ノートもその時持って行くから」
 これほどに嬉しいことがあるでしょうか。四年ぶりに私の天使様にお会いできるのです。私は天にも昇る幸福を、もうすでに感じてました。
「お仕事は、大丈夫なのですか?」
「へーきへーき、そのために追い込んでるんだから」
 なら今電話するのは問題では!?
「おっと、もう戻らないと。そういうわけだからじゃね」
「はい、またこっちで」
 そんな具合に、天使との電話は終わりました。
 事件が起きたのは、その夜でした。いえ、正確に事件が起きていた時間はもっと前の時間です。正しくは私が事件を知らされたのが夜だったのです。
 午後八時、お風呂を済ませてソーダアイスで喉を潤していた頃。ピリリリとケータイがなりました。駆けてきたのは、沢口さんです。
 お昼の時に何か伝え忘れたのかしらと、軽く電話に出ました。
「もしもし、警察です。この電話の持ち主のお知り合いでしょうか」
 不穏な感じがしました。
「沢口さんのお友達ですか。携帯の持ち主、沢口さんは本日実験室の事故で亡くなりました。ご家族と連絡を取りたいのですが、連絡先をお知りでしょうか」
 彼女は、天へとかえったのです。
 気がつくと、呼吸を止めていました。⑩ 涙は流れますが、どこか実感が湧きません。①
 死因は全身に及ぶ重度の火傷でした。実験の最中に起こった不意の爆発で部屋が炎上、特別な実験室だったらしく密閉された上で、かつスプリンクラーが切れていたため炎がごうごうと彼女らの命を奪っていったのだろうと。警察の方は殺人の可能性もあると言っていました。
 全身の力が抜けていく感じがしました。とうとう世界で私は孤独になってしまったのだとすら、感じました。
 私は、真に「人間」になりました。

   ○

 顛末を話し終えるとシガミさんは乾いた拍手をくれました。
「これが、ヌシの動機か?」
「はい。そうですね」
「しからば何だ、後悔っていうのはなぜ彼女を助けてやれなかったのか、ってトコロか」
 シガミさんがくだらなそうに吐き捨てます。けれど、それは違います。
 確かに、天使が天にかえったことは少し寂しいけれど、あの時の私に何か出来たとも思えません。後悔とは実現可能だったかも知れない過去に対して使う言葉です。全く不可能な事象に対しては使いません。
「じゃあ何だという。ヌシの後悔は、しかし必ずあるはずだぞ。オレの曇りなき眼で見抜いたのだ」
 死に神も曇り泣き眼を持っていたとは驚きです。
「馬鹿野郎。曇ってなくとも、見えている世界が美しいたぁ限らねえじゃねえか」
 そう言われればそうです。
「……寒くなってきたな」
 シガミさんは白衣をさすりました。どこか懐かしい感じがします。やはり以前お会いしたことがあるような。
「寒いと、火も凍りますかね」⑥
「なんだそりゃ。妙なジョークか、それとも」
「いえ、変な意味はないのですよ。そんなわけも、ありませんしね」
 シガミさんは見透かすように目を細めました。そして部屋をぐるりと見回します。
「つまり、後追いってやつか」
 本当に彼女はごまかせないようです。シガミさんの前では、どんな隠し事も秘め事も白昼の下にさらされてしまいます。きっと江戸を駆け抜けた天下の義賊も、いくつもの顔を持つ希代の怪人も、あらゆる犯罪を陰で操る悪の教授もお縄にかかってしまいます。
「爆弾という手法にこだわったのは沢口の死に方に合わせるためだ、だろう」
 確認をとられますが、事実なので返答の仕方に困ります。何も答えないのをイエスと受け取ってくれたのか、シガミさんは上機嫌になって続けます。
「このカーテンだって、よく見りゃ濡れてる。何かを吸っているんだ。多分可燃性の液体、ガソリンあたり。炎を出す算段か」
 私を救ってくれたのは、間違いなく彼女でした。大親友の彼女が命を落とした、もしかしたら天国で暇を潰しているかも知れません。ならば、私が話し相手になってあげるのです。もはやこんな世界にいても仕方がないと考えるのは、おかしいことなのでしょうか。
 親友としてこれまでたくさんの喜びや悲しみを分かち合ってきました。ならば、人生の最後も、爆発にあい、燃えさかる炎に身を包まれる苦しみを受けることが、親友の私に出来ることじゃないのですか。それをしないのに親友を自称するなど、許されるのでしょうか。いえ、決して許されません。⑧
「部屋が密閉されているのも、事故の再現をするためだ。ヌシはこうまでして、沢口の後を追おうとしたんだ」
「ダメなんですか」
 ついつい、反射的に反抗します。
「死に神のくせに、後追いはダメだとか、自殺をするなとか、そんな月並みなことしかいえないんですか。もう後戻りはできません。爆弾は作動させました。私はもうじき死ぬんです」⑦
「そんなことはどうだって良い。ヌシが死のうが生きようが、オレは変わらないし、関係ない。ただ、ヌシには後悔がある。オレはそれが気にかかる。なあ、死ぬってどういうことか、本当にわかっているのか? 命は取り返しがつかない。どんなに失敗しようが絶望しようが、この先に苦しみや辛さしか残っていなかろうが、未来はまだ未定なんだ。幸せや喜びが待っていると信じることは出来る。でも死んだら、もうこの世では何も起こせない。ヌシという魂は救われないままなんだ。それだけは、シガミとしてそれだけは、絶対にダメなんだ」
 シガミさんはそう言うと、ゆっくりと私の背後を指さしました。
「そこを見ろ。そこにお前の後悔がある」
 振り返って、目を見張ります。
 そこにあったのは、もう二度と手に入らないと思っていた交換ノートでした。
事故の後、沢口さんのご家族と会うことはありませんでした。どういう顔をすれば良いのかわからなかったからです。そうこうしているうちに、彼女の持ち物は全て神社で焼かれたと聞きました。交換ノートも、その時なくなった物だと思っていたのに。
震える手で恐る恐るページを開きます。
『7月22日。来週地元に戻ることになったよ。帰ったらまず、家族に会いたいかな。そんで、次はアンタに会うぞ。私の、一番大好きで、一番大切な親友。明日電話をする。聞いて驚け』
 間違いなく、彼女の字で書かれた、あの交換ノートでした。
 一番大好きで、一番大切な親友……。
 次のページをめくると、そこにあり得ない物を見つけました。
『8月15日。あの子、泣いていた。私のせいだ。でも、私がいなくても元気に生きて欲しい。おばあちゃんになるまで、死ぬんじゃないぞ』
 この日付は、彼女が死んだ後です。このページに記述があるのはおかしいはず。けれど、これは間違いなく彼女の字でした。
 ページはまだ続きます。
『8月14日。コレを交換できるのも、もう当分ない。今年は元気そう。よかった』
『8月16日。今年はなんだか元気がない。どうしたのか、辛いことでもあったのか』
 記述は今年まで続いています。コレは、死んだ彼女の日記……?
 彼女は、ずっと見ていたのでしょうか。彼女は、今もそばにいるのでしょうか。そんなことを救いにして、生きていても良いのでしょうか。
「私は、私は……」
 振り返ると、そこにシガミさんはいませんでした。
 そして、私は時計を止めることを決めました。

   ○

 シガミとは、妖怪の一種である。主に東北や北陸などの雪国で多く現れる。死に神、とも言われるが「しがらみ」が転じて生まれた妖怪とも言い伝えられている。死を覚悟した人間の前に、その人物が抱えるしがらみが人の形を持って会話をし、死のうとする人を現世につなぎ止めるのだそう。その際に、記憶の中で最も縁のある人物に化けて出るらしい。それはその人に死んで欲しくない誰かの魂が乗り移っているからだとも言われている。

【了】
[編集済]

- [正解]

No.68[まりむう]07月28日 23:5507月29日 00:17

後に残されたもの

作・まりむう [良い質問]

No.69[まりむう]07月28日 23:5507月29日 00:17

【簡易解説】日記の中に亡くなった祖父の遺書が挟まっており、その遺志を大切にするために時計を博物館に譲渡するため止めた。

【本文】
ある朝、私の祖父が亡くなってしまった。なんでも寝ている間に心臓発作を起こしてしまったらしく、祖父と同居していた私の伯父が朝祖父を起こそうとしたときにはすでに呼吸が止まっていて手遅れだったそうだ(10)。

数日後に私たち家族は葬式と遺品の整理のために祖父宅を訪れた。私が祖父の家を訪れてからというもの、まるで哀しみを象徴するかのごとく雨は降り始め、そしてその雨はなかなかやまなかった(2)。葬式中は私たちをはじめ参列者の皆が泣いていた(1)。葬式が終わって父が私に話しかけてくる。
「そういえば、お前が幼稚園ぐらいのころ、お父さんの作文を作らなければならないのに『何もお父さんの事分かんないから書けない』って言ってなぜかおじいさんについての作文を書いたことあったな。(9)
「そういえばそんなこともあったわね。あはは。」
そう恥ずかしげに笑いながらも私はいまだに祖父の死を受け入れることが出来ていない(4)。こうして祖父に関する新しい話をするのももうできないし、過去に後戻りすることもできないのだ(7)。それでもいつか気持ちを整理するためにも遺品の整理を行わなければならない。私はそう思いながら祖父の書斎に向かった。書斎は祖父がいかにも好きそうなアンティーク調な部屋であり、葬式の後の夕方という時間帯もあってどことなく部屋は暗い。私は書斎の電気をつけようとしたのだが、電灯が壊れているのだろうか、なかなかうまくつかない。仕方なく書斎の棚にあった懐中電灯を貸借し、遺品の整理を行うことにした。
私はさっそく、書斎の机の中を整理するために、引き出しを開けた。引き出しを開けると、1つの懐中時計が出てきた。少しほこりをかぶってはいるものの、まだ動き続けている。私はそれを見てこう思った。
「何だろう、この時計は・・・・。見た覚えはないけどなんか気になるな・・・。」

次に机の上を見てみた。机の上には祖父が死ぬ前日までつけていた日記が置かれていた。私にとっては偉大な祖父の日記だ。私はなぜか恐れおののきながら震える手でその日記を開いた。日記には祖父が過ごした日常がありありと記載されていた。スタイリッシュな目玉焼きを作ったこと、雪が降ったことで家の前の道が凍結し大変な思いをしたこと、そんな他愛もないことがありありと書かれていた(3)(6)。そしてあの懐中時計についてもたくさん書かれていた。なんでもその日記で言うには、懐中時計は「これは珍しい装飾がされているからきっと価値が高いだろう」なんだそうだ。おじいちゃんったら、私は少し笑いながらも祖父との過去の出来事をさらに思い出して泣いた。祖父は孫の私が帰省するたびに昔話や歴史上の出来事を語るのが大好きだった。ある時は誕生日プレゼントに文学全集や歴史小説を送ってきたこともあった。祖父はそれらのことも日記に書いていた。まあ私が成人するころに祖父が送った本を全部捨ててしまったけれど。今思うと祖父に許されないことをしたな(8)。そう思いながらページをめくると、1つの白い封筒があった。私は封筒に書いてあった文字を見た。

「遺書」

「え・・・。」私は戸惑いながらもなぜか読まないといけないと思い、封筒から手紙を取り出して祖父の遺書を読むことにした。遺書には私を含めた家族への感謝、遺産の配分などとともにこのような言葉が書かれていた。

「私の遺品はできるだけ大切に後世に残してほしい。机の引き出しにある懐中時計は特にだ。あの時計はきっと価値があるもののはずだ。死んだら地元の俺の知り合いが館長をやっている博物館に譲渡してほしい。彼と彼を慕うスタッフならこの時計の歴史的価値がわかるだろう。」

「博物館に譲渡?」私はなぜなのだろうと思いながらも家族を呼び出し、時計を見せながら遺書の内容について話した。すると伯父が博物館に連絡してみるという。もしかしたら博物館が保管する可能性もあるから時計が壊れないようにするためにも懐中時計の電池を外して電池を消耗させないようにした方がいいのではないか。私はアドバイスを受けて懐中時計の電池を外し、伯父に渡した。

葬式が終わってから数日して、伯父からあの時計について電話がかかってきた。というのも、やはり時計はかなり価値のあるものだったそうで、博物館が言うにはぜひ展示してほしいということだった。なんでも、祖父が日記にも書いていた通り、「珍しい装飾」というのが時計が作られた年代にしては、私が昔日本史の教科書でも学んだことがある「甘美文化」の影響が表れているらしく、甘美文化の始まりが通説とされていた時期よりも早いことを示しているのではないかという。それを聞いた私は日本史の教科書にも載っている出来事に影響を与える物が身近な遺品-後に残された物にあったとは、と驚いた。

今、私は祖父の懐中時計が展示された博物館に向かっている。祖父の遺品を思い出すために博物館に行くこと、それが祖父を思い出すために後に残された者としての責任なのではないかと考えているからだ。
「ねえじいちゃん、あなたの懐中時計が今博物館に展示されているからそれを見に行くのよ。」私は道中で心の中でつぶやく。ふと空を見上げると祖父の顔が満面の笑みで浮かんでくるように思えるのだった。(終)

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No.70[ぎんがけい]07月28日 23:5807月29日 00:17

『ヒーロー』

作・ぎんがけい [良い質問]

No.71[ぎんがけい]07月28日 23:5907月29日 00:17

簡易解説
恋人のサツキとのプロポーズを果たせずに亡くなったシュンスケは、死後に神となりサツキの生活を見守ることとなった。その中でサツキの乗った船が氷山に衝突しそうになってしまう。このままではサツキの命が危ないと感じたシュンスケは時間を止め、未来が書かれたノートを書き換えるという大きなタブーを犯した。その結果、神の世界で裁判にかけられたが、多くの神から称賛され、事件が起こる前のシュンスケとしてやり直せることとなった。

 
悲劇は突然やってくると言われているが、実際に突然やってくるなんて思いもしなかった。突然にクビを宣告されたのだ。

俺はシュンスケ、どこにでもいる普通のサラリーマンだ。さっきも言った通り、俺は突然に無職になった。こうなったらもう自暴自棄にならざるを得ない。【⑤身の回りにあるものを片っ端から捨ててやる。】中には恋人のサツキとの思い出の品もあったが、そんなものは関係ないとばかりに捨てまくった。数時間後、我に返った俺はすべてを悔いた。明日はサツキにプロポーズをする日だ。それなのに大切なものを捨ててしまうなんて。このままではプロポーズなんてうまくいくはずがない。

翌日、シュンスケはいつも通りにデートを行い、サツキにプロポーズしたが、サツキは異変に気付いていた。シュンスケがいつもつけているはずのお揃いのブレスレットをつけていないのである。サツキは当然のようにこのことを問いただした。シュンスケはこのことを隠しきれなかったことを悟り、昨日の一連の出来事を話した。
「実は昨日会社からクビを宣告されてしまって、自暴自棄になってブレスレットやその他の思い出の品を全部捨ててしまったんだ。すまん。許してくれ。」
「仕事のことは仕方ないよ。だって、シュンスケはいつもお仕事頑張ってたもん。でも、私との思い出の品を捨てたのは許せない。プロポーズも受け取れません。じゃあね。」
気づいたら、サツキは目の前にはいなかった。とてもショックだったのだろう。俺が送ったハンカチを忘れていったみたいだ。いや、わざと忘れたのかもしれない。

そして、帰路につくシュンスケである。彼女の言葉で目が覚めたのか、後悔の気持ちが一気に押し寄せてきた。「もっとサツキと一緒にいたかった。サツキを守ってやりたかった。」という想いが頭の中を駆け巡る。そのせいか【①涙も流れた。】普段全く泣かないはずのシュンスケが何年かぶりに泣いたからか、びっくりしたお天道様も泣き始めた。しかもものすごい大雨だ。雨に濡れたシュンスケはすべての活気を失っていたように見えた。

 泣きっ面に蜂とはこのことを言うのだろうか。シュンスケは雷に打たれた。即死だった。
死ぬ直前までサツキのことを考えていたシュンスケ。「サツキの作る手料理はおいしかった。中でも目玉焼き。あれこそが【③スタイリッシュな目玉焼き】ってやつか。もう一度食べたいなぁ。」と考えたのが最期。事態に気づいた周囲の人々が近寄ってきたときにはすでに彼は【⑩呼吸を止めていた。】

 翌日、サツキはこのことをニュースで知った。昨日はシュンスケをあれほど突き放したにもかかわらず、涙が止まらなかった。二人で一からやり直そうと考えていたサツキは、一からやり直すことすらも許されず全くのゼロになってしまった運命を憎んだ。神を憎んだ。昨晩から降り続いている雨は【②なかなか止むことを知らない。】

作者のぎんがけい自身、死後の世界がどのようなものかは知らない。しかし、一つだけ確実に言えることがある。それはシュンスケの死後の世界は普通の人とは大きく違うということだ。数日後、シュンスケは目を覚ました。正確に言うと、シュンスケの肉体は火葬でなくなってしまったため、シュンスケの魂が目を覚ましたとでも言っておこう。目を覚ますと、なんだか薄明るいというか不気味な場所で、白髪の男が立っていた。
「やっとお目覚めになられましたか。」
「ここはいったいどこだ。そしてあなたは誰ですか。」
「申し遅れました。ここの住人の田中です。ここはいわゆる死後の世界というか神の世界なのです。いきなりだと信じられないかもしれませんが、試しに自身の体を触ってみてください。」
「えっ!?自分の体を触れない!?でもそうか、俺は雷に打たれて死んだんだったな。でも、死後の世界がこんなものだったとは知らなかったぞ。どういうことだ。」
「実は最近この世界が人手不足、いや神手不足でして、ぜひあなたに神になってもらいたいと思いました。」
「うーん、よくわからないが、俺は何をすればいいんだ?」
「人間界を見守る。以上です。」
「以上ってなんだよ。もっといろいろやると思ってたわ。」
「では早速今日から神としてのお勤めよろしくお願いします。」
よくわからないが、シュンスケの神としての生活が始まったらしい。いきなりやれと言われてもわからないことだらけである。特に、目の前で大きなノートと時計が存在感を放っているので、このことを尋ねずにはいられなかった。
「すみません、あそこにある大きな時計とノートって何ですか。」
「あれはあなたが今後使うことはないと思いますが、一応説明しておきますね。時計は人間界の時間を司るものです。一応、止めたり早送りや巻き戻しをしたりする機能がついています。ノートは人間界でこれから起こる出来事が記されています。」
「へー、よくわからんけど面白そう。」
「ただ、今から言うことだけはわかっておいてください!!その時計を操作したり、ノートの内容を書き換えたりする行為は、人間の運命を変えてしまうという点で大きなタブー、つまり【⑧許されざる行為】に当たります。このタブーを犯してしまった場合、裁判にかけられ、最悪の場合、あなたという存在、またあなたを知っている方々のあなたが生きていたという記憶が抹消されてしまいます。」
「ちぇっ、わかったよ。何もしなければいいんだろ。」
「まあ、時計はパスワードを入力しないと操作できませんし、人間界の筆記用具では【⑨何も書けない】ようになってますからね。私の知ってるパスワードと私の持っているペンがないと何もできないというわけです。」
「ふーん」
シュンスケは最初は軽く聞き流したが、自分という存在、また自分を知る者の自分についての記憶が抹消されるという意味について深く考えると、背筋が【⑥凍った。】こんなことがあってはならないと自分に強く戒めた。

 この世界に来てからもサツキのことを忘れることができなかったシュンスケは人間界のパトロールの際には、サツキのことをずっと見守っていた。サツキのお風呂を覗くこともあったという。このことを咎められないなんて何と素晴らしいことだろうと感じていた。ある日シュンスケはいつも通り、サツキが出かけているさまを見守っていた。なんとその日、彼女が向かったのは自分の墓であった。そこでサツキは自分の墓に向かって、こう話しかけていた。
 「シュンスケ、どうして死んじゃったの。早すぎるよ。あのときは突き放してごめんね。でも私、シュンスケともう一度やり直したかったの。また思い出を作り直せばいいって。それなのに、それなのに・・・。」
これをシュンスケは見つめることしかできなかった。抱きしめようとしても慰めようとしても、体はすり抜けるし言葉も通じない。シュンスケは自分の無力さに肩を落とした。

 そのまた数日後、サツキはどうやら船で海外旅行に行くらしい。いよいよ夜が深くなっていく中で、サツキが船に乗るのを見てシュンスケはこう思った。
(そういえば、あいつ海外旅行に行きたいって言ってたなぁ。お互い仕事が忙しかったし、特にサツキの方が仕事忙しかったからなぁ。旅行に行ってる間だけはゆっくりしておくれ。)
まったく、こいつはどんだけサツキのことが好きなんだ。うらやましい限りだ。数時間後、日付を跨ごうとしたときにシュンスケは異変に気付く。船が目的地とは全く別の方向に進んでいるのだ。なんだか嫌な予感がしたシュンスケはパトロールをやめ、元の世界に戻った。そして、例のノートを開いた。薄明りの中で読みにくかったが、そこにはこう書いてあった。
「〇月〇日、ラテラル号は氷山に衝突し沈没する。その事故により、乗客乗組員全員が死亡する。以下に死ぬ者の名を記す。」
恐る恐る名前の欄をのぞき込んだところ、皮肉なことにそこにはサツキの名前があった。そう、シュンスケの嫌の予感とはまさにこのことでこのままではサツキの明るい未来が台無しになってしまう。なんとしてでもサツキの命を守りたいシュンスケの頭に、あの田中の言葉が思い浮かんだ。例の時計を操作したり、ノートの内容を書き換えたりする行為は、大きなタブーである。だがしかし、彼の辞書に「タブー」の文字などなかった。いや、なぜかなくなってしまった。

 シュンスケは寝ている田中の部屋に忍び込み、パスワードが書かれた紙とペンを盗んだ。シュンスケもこうも簡単に盗めるとは思っていなかったが、盗んだからには最後までやり遂げるつもりのようだ。ここまできたら【⑦もう後戻りはできない。】もちろんシュンスケは最後までやり遂げた。人間界の時を司る時計を止め、未来が書いてあるノートを書き換えた。全ては愛するサツキのため。そして時計を再び進めた。その結果、船は何事もなかったかのように目的地に向かって進み始めた。シュンスケは【④恥ずかしげに笑った。】シュンスケの子供のころの夢は正義のヒーローになることだったが、今こうして大切な人の命を救うヒーローになったのだ。大の大人がヒーローだなんてなんだか恥ずかしいが、シュンスケ自身もこんな喜びは初めてだった。

 後日、シュンスケは神の世界での裁判にかけられた。最初はシュンスケの行いを非難し、存在の抹消を求める神が多かったが、裁判長と田中はそうは思わなかった。2人は生前のシュンスケの行いを日頃から見ていたらしく、クビになり自暴自棄になるまでのシュンスケは恋人を大切にする素晴らしい人間だったと述べた。その結果、それを聞いた多くの神から称賛を受けた。ついには無罪放免どころか、人間として、いやサツキの恋人としてやり直してほしいとのことで、事件が起こる前に時を戻して人生をやり直せることになった。それから、シュンスケとサツキは結婚し、子供にも恵まれた。非常に幸せな家庭を築いているようだ。サツキの作るスタイリッシュな目玉焼きはシュンスケと子供の大好物であるため、この幸せな家庭の秘訣はスタイリッシュな目玉焼きと言っても過言ではなかろう。


(完)

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No.72[アルカディオ]07月29日 00:0007月29日 00:17

目玉焼きは仲介人

作・アルカディオ [良い質問]

No.73[アルカディオ]07月29日 00:0107月29日 00:17

「らっしゃいらっしゃい!!!キヨシおじさんのスタイリッシュな卵料理屋だよ!!!」
俺の名はキヨシ。卵料理屋だ。実家の出簿野市を飛び出し遠く離れた羅帝神市で卵料理屋を経営してる。
「すみません!出簿野式スタイリッシュ目玉焼き1つ!!!」「はいよ!!!」
この店の目玉、それは目玉焼きだ。決して上手いことを言ったわけじゃないぜ。このスタイリッシュな目玉焼き…③は俺の出身の出簿野式、凍らせた…⑥卵を解凍してから焼く、そうすると旨味が増す、俺の小さい頃からのお気に入りだ!!!
「うめええええええっ!おじさん、これ最高に美味いっす!!!」
お客のその言葉を聞くと、俺も涙が出るくらい感動するぜ…!さすが俺の故郷、出簿野さまさまだぜ!!!
…まあもう二度と、帰ることはないと思うがな。
そしてその晩、俺と一緒にこの店を経営してる10年以上の仲のポールが売上を計算しながら俺に言った。
「今月も黒字だろうな。キヨシすげぇよ!!!お前が考えたスタイリッシュ目玉焼きのおかげだよこれ!!!」「なーに大したことねえよ、お前だって色々考えてるじゃねえかポール。」「大したことねえよそんなの!現に売上何ヶ月も連続でお前の目玉焼きがトップだぞ?」「ははは、そりゃ良かった。」
ここまでは良かった。でもここから先が、俺の運命を色んな意味で狂わせた。
「しかし俺は羨ましいぞキヨシ。こんなのが毎日食える出簿野の人間がな。」「…ああ、お前は生まれた時からずっと羅帝神だったな。」「小中高全部な。1回出簿野行きてえんだよなぁ…。てか行こうぜ?」「あ、いや…」「行こうぜ!!!案内してくれよ!!!」
…とても無理だとは言えなかった。そして3日後には俺たちは出簿野市へ行くことになった。20数年前からの趣味であるバイクで、40過ぎた親父2人が、高速道路を走って。
出簿野市へは4時間ほどで着いた。ぶっちゃけポールこそはしゃいでいたが俺にとっては地獄の4時間だった。…この出簿野市の光景は、もう見たくなかった…
「なあポール、一応コンビニに車止めはしたけどどうするんだよ昼飯?」「そんなの目玉焼きに決まってるだろ!出簿野に来て卵食べないやつがいるか?」「…しゃーない、行くか。」
ポールは若いやつみたいに楽観的だ。ちなみにもう1回言うが俺もポールも40代。もうおっさんだ。俺たち2人若い頃はやんちゃしたもんだが、この歳になってこれ以上何をはしゃぐことがあるんだ、と俺は言いたい。
しかも今回、場所が場所である。
え?どうして俺がそんなに地元を嫌うかって…?
それは…だな…
「あそこなんかいいんじゃないのか、『らてら亭』。」
ポールが目と鼻の先の店を指さした。良かった、俺の知らない店だ。
「じゃすみません、目玉焼き1つ。」「…俺は出簿野ウミガメ風バーガーで。」「かしこまりました。」「なんだよ…キヨシ卵食わねえのか?」「飽きるくらい食ってるだろ卵なら…。」
ぶっちゃけ本当の理由はそうじゃない。出簿野で卵料理を食べること、それは…
「…あれ?」
突然俺の近くの席の家族連れが俺に声をかけてきた。俺はこいつの顔に見覚えがある。こいつは…
「兄ちゃんじゃないか?間違いない!キヨシ兄ちゃんだよ!!!」
やっぱり、俺の弟。キヨタカだ。
「いつ帰ってたんだよ!!!連絡くらい寄こしてくれたって良いじゃないか!!母さん心配してたぞ!!」「お父さん、この人誰?」「お前のおじさんだよ!!!」
俺が黙って見てるのをいい事にキヨタカは子供…つまり俺の甥っ子と子供のようにはしゃいでいる。ポールと言いキヨタカと言い、歳を考えろお前ら。
「…行くぞポール、店を変えよう。」「ちょ、え!?」
驚くキヨタカ一家を無視し、同じく驚くポールを無理やり連れて俺は店を出ようとした。
「ちょちょちょちょちょ、キヨシ!お前の家族だろ?挨拶くらいしろよおい!」「出来るわけねえだろ、俺もう25年は帰ってねえぞ地元!!」「んなこと言ってもよぉ!」「だから嫌だったんだよ出簿野来るの!!!もういい分かった、俺は羅帝神に帰って明日から店やるからお前だけ出簿野観光してろ!!」
店の中で40過ぎたオヤジが大声を出して喧嘩をする。キヨタカは慌てだし、キヨタカの嫁と子供、他の客は絶句していた。何度でも言うが俺とポールは40代。青春真っ只中の中高生では無いのだ。
「お前もうここまで来て後戻りなんか出来るわけねえだろ!!!…⑦」「ポールお前…」
後戻りはできない、もっともな話だ。しかし地元を捨てた時点で俺はもう後戻り出来ない。狭い闇をさまよってる気分だ。
「に、兄ちゃん…俺はいいからさ、一回家帰ろうぜ。な?母さんと父さんにはちゃんと説明するから。」「俺からも頼むよキヨシ。な?」「…分かったよ。」
キヨタカとポールの説得により俺は実家に25年振りに帰ることに決めた。俺は店の他のお客さんに謝った後出簿野ウミガメバーガーを食べ店を出た。金はポールの分含めてキヨタカが持ってくれた。
そうして俺はバイクで実家に向かう。キヨタカは嫁息子を置いてくるため、ポールはさすがに俺の家族間の問題に巻き込めないために俺一人で向かう。
そして実家前。
俺は躊躇しながらも呼び鈴を鳴らす。
「はーい。」
中から老婆の声が聞こえてきた。
「はいはい。…え?」
お袋…と思われるその老婆は俺を見て言葉を失った。そして何も言わずに家の中に戻っていった。
「やっぱりダメか…。」
5分ほどして老爺がやってきた。きっと親父だ。親父は今にも爆発しそうな態度で俺の前に現れた。
「親父、お袋、ただい…」「どの面下げて戻ってきたこの親不孝者!!!」
親父は勢いよく怒り出した。やっぱり、こうなるのが落ちか。
「散々みんなを心配させおって、え?都会で夢掴むって言って勝手に家飛び出してったきり連絡ひとつよこさず今更のこのこ現れよって!!お前なんかもう家の子じゃない!!!とっとと俺の前から消えろ!!!」…⑧
突きつけられたのは紛れもない正論ではあったが俺の我慢も限界だった。この25年たしかに俺は自分勝手なことをしたが…
それでも、人の人生頭ごなしに否定しやがって。
「ああ消えてやるよ!!お前を消してからな!!!」「親に向かってなんだその口の利き方は!!!」「うるせえ!!!親じゃないって言ったのどこの誰だ!!!」
俺はそう叫ぶと70過ぎた親父を勢いよくぶん殴った。
「やりやがったなこの野郎!!!」
親父も立ち上がって殴り返す。年に似合わない力で。そうしてしばらく俺と親父で殴りあった。お袋は止め方がわからずあたふたしている。そして…
「うっ!!!」
突然親父が苦しみ出した。
「あんた大丈夫かい!?」「ああいつもの事だ少し休めば治る、とりあえずこのバカを俺の前から追い出してくれ…」
親父は苦しみながら俺に対する愚痴をこぼした。彼らは俺に対して歓迎の言葉をかける気もない。…⑨こうなれば俺ももうここにはいられない。
「兄さん遅れてごめ…え!?」
このタイミングでキヨタカが来た。遅い。俺はキヨタカを無視して1人ポールが待つホテルへとバイクで向かった。
25年前、意見の相違で家を追い出された時から結局なんにも変わってなかった。やっぱり親父も親父、お袋もお袋、キヨタカもキヨタカだ。
そして晩…
「ほーん、でご両親とは会えたの?」
楽観主義のポールが俺に軽いノリで聞いてくる。
「会えたよ。まあ後悔したがな。用意しろ、これから羅帝神帰るぞ。」「そりゃ無理だよ、もう俺酒飲んだし。」
…まあ仕方の無い話だ。仕方の無い、明日朝イチで羅帝神に戻り、そしてこの出簿野の地を踏むことは二度とないだろう。
しかしポールは気楽だな。歳とって丸くなったというか、昔は俺より心配性なところあったのに。呑気にカバー付きの本なんか読んでる。
「ポールお前何読んでんだ?」「…いや、何も。」
ポールはばつが悪そうにしている。さしずめ観光ガイドであろう。
「…まあいいや、なんの期待持ってるか知らんが、出簿野観光はなしだからな。」「…はいよ。」
気がついたら今度あいつは携帯をいじっている。…ちょっと丸くなりすぎなんじゃないのか?
翌朝
やらかした。朝6時に起きた…にも関わらずやらかした。
『キヨシへ、やっぱ俺観光してくるわ、ごめんな。ポールより』
そう書いてある置き手紙がホテルのベッドの横に置いてあった。
最悪だ。
俺は必死にいたくない出簿野の町でポールを探し回った。まだ夜が開け切ってない。天気も悪い。コンディションも俺の状況のように最悪だ。
「てかこんな朝から観光ってどこに…」
いや違う、あいつは観光になんか行ってない、だとすると…
「あの野郎!!」
もし俺の想像通りならポールは…
あいつは、余計なことばかりする。
…だが、全然変わってないな。
あのお人好しの野郎…!
俺はポールがいるであろう場所に向かった。
…俺の、実家に。
さすがに正面からは入りづらいので裏から覗いてみる。そして…
「よお。」
ポールが現れた。何ごともなかったかのような顔をしている。
「お前ふざけんなよ?誰がやってくれと頼んだこんなこと。」「朝の観光じゃねえかよ!お前も厳しいな親父さんに似て。」「人の家に観光に行くバカどこにいるんだ?え?」「ここにいるじゃねえか。」
ポール…俺を挑発でもしてるのか?
「ああキヨシ、お前一生そのままでいるつもりか?」「え?」
急にポールが真剣な口調になった。
「当たり前だろ。昨日何があったかは話したはずだ。」「俺らだってもう若くねえんだよ!昨日俺が店で言ったこともう忘れたか?キヨシ、今しかねえんだよ!」「なくていいんだよ!!もう捨てたんだよ昔のことは!…⑤」「いいことない!お前はこの25年で色んなもん失ってきてその度に辛い思いしてきたろ?それなのになんで分からないんだよ!!今ならまだ間に合うんだぞ!!!」「ポール…」
…思えばこの25年、色々なものを失ってきた。その度に後悔してきた。
なのに…間に合うものを捨てるなんて…
俺はなんて馬鹿なんだ!!!
「…行ってくるよポール。」「行ってら。」
俺はようやく決心した。…だが現実はそう甘くない。昨日の件もあって扉が重い。さっきの決心が嘘のように後悔が押し寄せる。息が詰まってくる。
…いや!
深呼吸し、少し息を止める。…⑩
そしてようやく、俺は呼び鈴を鳴らす。
「キヨシ…。」
お袋が出てきた。お袋はしばらく俺を見つめた。
「中へ入りなさい。」
お袋は険しい顔のまま俺を家の中に入れる。
廊下を歩く間雨が少し降り出した。時間が経つにつれどんどん強くなる。俺は傘なしで外に出てたポールが心配になった。それほど、久々に中に入った家には興味も関心も抱けなかったということだ。
「23歳、バイクで骨折。」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。親父である。23歳の時にバイク事故で骨折したのは紛れもない俺であるがその時には俺はもう既にこの家にはいなかったはず。なぜそれを親父が…
「31歳、航海して遭難。船長の決死の策で生き延びる。」
思い出した、これは俺が書いていた日記の文面だ。なんでそれを親父が…?俺は父のいる部屋まで走って行った。
「親父…それ…!」「40歳、卵料理屋『スイヘーズ』開店。スタイリッシュな卵料理で…」「やめろ親父!」「地元の目玉焼きの味を持ち込む!!!」
親父は大声でその文章を読んだ。そしてこう続ける。
「家のレシピでやってるのか、その目玉焼きは。」「ああ。」「だったら作ってみろ。冷凍卵なら家にいくらでもある。」
俺はいやいやながら台所に入り、冷凍庫から冷えた卵を取り出す。そして3人前を作り始める。親父は俺の日記を読みながら何か小物を取りだした。
外の音が強くなる。雨はまだ降り続く。…①天候が悪いせいでなかなか明るくならない。時刻はもう8時前である。
俺は黙々と目玉焼きを作り続ける。いい味ができる焼き時間は体内時計で既に身につけてある。
…完成。
出簿野式スタイリッシュ目玉焼き。
俺はそれを親父とお袋に向けて出す。
「6分25秒。」
親父は静かにそう言った。
「え?」「家の家系で代々言い伝えられている目玉焼きの焼き時間だ。お前の目玉焼きはそれに従って作られている。」「親父…」
親父の震える手の片方には俺の日記、もう片方にはストップウォッチ。恐らくさっき取り出した小物はこれだろう。ストップウォッチに書かれた時間は「6分25秒」。おそらく目玉焼きの焼き時間をこっそり覗いて計っていたのだろう。
「お前は…俺の知らないところで家の味を…守ってくれてたんだな…。」
親父は涙を流していた。…①大の大人がこぼすには大きすぎる涙だ。
「普通の目玉焼きひとつ作れなかったお前も…成長したな…。」
親父は泣きながら俺に言う。
「親父…。」
俺も泣きたくなってきた。そして詫びたくなってきた。今までの悔いを。
「ごめん親父…!俺が勝手なことしたせいで、みんなに心配かけて…!俺はこの家の人間なんかじゃない…!」「俺こそすまなかったキヨシ…!俺の方こそもっとお前としっかり話すべきだった。本当にすまない…!お前は間違いなくうちの子だ…!」
俺と親父は互いの非を詫びあった。空はいつの間にか晴れていた。そして…
「やったなキヨシ。」「おかえり、兄ちゃん。」
背後にはポールとキヨタカがいた。
思えば彼らに出会わなかったら、25年のわだかまりも解けなかったわけだ。今俺の周りにいる4人には感謝してもしきれない。
…ようやく、失わないうちに大切なものを取り戻せた。
「さあキヨシ、ポールくんと一緒にこの味を多くの人間に伝えるんだ!それがキヨシのしたいことだろう?」「これまでもここからもキヨシの道よ。キヨシのしたいようにしなさい。」「兄ちゃん、頑張れよ!俺も遠くから応援するから!絶対食べに行くから!」「じゃあ行きますかキヨシ。明日から営業再開だ!」

「おう!!!」
俺は恥ずかしげに笑って返事をした。…④
でもみんな忘れてないか?これは青春物語ではなく、40代のオヤジのオッサン臭い物語だということを。


簡易解説
縁を切った息子が25年ぶりに帰り日記を見て卵料理屋をやっていることを知る。
そしてストップウォッチで焼き時間が一課の者であることを確認し再び復縁することを決めた。

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これにて、投稿フェーズを終了いたします!シェフの皆様、投稿お疲れ様でした!!
投票会場設置まで、しばらくお待ちください。設置が完了いたしましたら、URLを貼らせていただきます。[編集済]
現在、ロスタイム投稿も受け付けております!
タイトルに【投票対象外】や【ロスタイム】を付けて投稿していただければ、サブ投票の対象とさせていただきます。
投票会場はこちらになります。
https://late-late.jp/enquete/show/226

参加者一覧 18人(クリックすると質問が絞れます)

全員
OUTIS(4良:1)
まりむう(6良:2)
ぎんがけい(6良:1)
藤井(6良:2正:1)
さなめ。(4良:1)
豚キムで白米(4)
ハシバミ(6良:2)
PIAZU(4)
猫又(4良:1)
アルカディオ(6良:2)
「マクガフィン」(4良:1)
ごがつあめ涼花(4良:2)
シチテンバットー(5良:1)
キャノー(2良:1)
リンギ(2良:1)
休み鶴(2良:1)
イトラ(2良:1)
ラピ丸(2良:1正:1)
ついにやって参りました、「第25回正解を創りだすウミガメ」結果発表のお時間です!!
梅雨真っ盛りでなかなか雨が止みませんが(②)、そんなことは気にせず、思いっきり盛り上げて参りましょう!
落ち着いた語りは最初からかなぐり捨てていきます!(⑤)

さて、今回は、全11作品の物語が創りだされました。数こそ少なめですが、一万字超えの大作から、鮮やかに短くまとまった七百字まで、数々の素晴らしい作品が並んでおります!!主催者として感無量です!!

さあ、皆様結果発表を待ちわびておられると思います。ここで長々と前置きすることは許されませんね。(⑧)
早速発表いたしましょう!!まずは、最難関要素です!!


◇最難関要素賞◇

第2位(1票)

🥈②雨がなかなかやみません(まりむう)
🥈④恥ずかしげに笑います(さなめ。)
🥈⑤物を捨てます(猫又)
🥈⑥凍ります(アルカディオ)
🥈⑨何もかけません(ごがつあめ涼花)

第2位からの発表となりました!
なんと、同時に5要素がランクインです!
しかしいずれも1票です。ということは……


発表いたします。最難関要素賞に選ばれたのは……


第1位(5票)

🥇③スタイリッシュな目玉焼きです(藤井)

はい。知ってました。開始8分で確信しました。
スタイリッシュ?!しかも目玉焼き?!と多くの方を混乱に陥れた要素です。本筋に絡めて回収することが非常に困難で、大苦戦した方も多かったかと思います。はい、私もです。
失敗作の目玉焼きから、独自のスタイルを貫く目玉焼き、文字通りの目玉焼き、さらには目玉焼きのように見える他のものまで、様々な「スタイリッシュな目玉焼き」が創りだされました!

藤井さん、おめでとうございます🎉



◇匠賞◇

続いては匠賞です!今回、大接戦となっております。

第3位(2票)

🥉『伊部さん、どこへ行かれるのですか?』(作・シチテンバットー)
🥉『すべては闇の中』(作・ハシバミ)
🥉『後に残されたもの』(作・まりむう)
🥉『目玉焼きは仲介人』(作・アルカディオ)

同時に4作品がランクインです!
投票数を見てお察しの方もいらっしゃると思いますが、今回は見事に票がばらけておりまして、入賞作品数が非常に多いです。テンポ良くいきますよ!


第2位(3票)

🥈『悪魔の棲む館』(作・リンギ)
🥈『10円のメッセージ』(作・藤井)
🥈『シガミさん』(作・ラピ丸)

第2位も、同時に3作品がランクインとなります!

そしてこの大接戦を勝ち抜き、匠賞を受賞したのは……

第1位(4票)

🥇『名探偵アカス 〜動かない時〜』(作・キャノー)
🥇『真夜中のモノローグ』(作・休み鶴)
🥇『なにもかけるな』(作・イトラ)


問題文や要素と絡めながら、見事な謎解きを披露した『名探偵アカス 〜動かない時〜』
たった700字で鮮やかに問題文と要素を回収して見せた『真夜中のモノローグ』
「何もかけません」という要素を巧みに操り、その面白さから多くの方を魅了した『なにもかけるな』
同時に3作品が受賞です!

キャノーさん、休み鶴さん、イトラさん、おめでとうございます🎉



◇エモンガ賞◇

次はエモンガ賞です!
どんどん発表いたしますよ!

第3位(2票)

🥉『悪魔の棲む館』(作・リンギ)
🥉『なにもかけるな』(作・イトラ)
🥉『伊部さん、どこへ行かれるのですか?』(作・シチテンバットー)
🥉『すべては闇の中』(作・ハシバミ)
🥉『時ノ護の住まう塔』(作・輝夜)※主催者作品・投票対象外

5作品がランクインです!
はい。お察しの通り、エモンガ賞もとてつもない大接戦となっております。


第2位(3票)

🥈『後に残されたもの』(作・まりむう)
🥈『ヒーロー』(作・ぎんがけい)
🥈『目玉焼きは仲介人』(作・アルカディオ)

これまた同時に3作品がランクインしました!
大接戦中の大接戦です。大接戦の最上級が知りたいです。


そして栄えあるエモンガ賞を獲得したのは………

第1位(6票)

🥇『10円のメッセージ』(作・藤井)
🥇『シガミさん』(作・ラピ丸)


「ぼく」のヒカルへの想いに、心を奪われた方多数の『10円のメッセージ』
不思議な雰囲気を持ちながら、自然に世界観に引き込まれる『シガミさん』
大差をつけてこちらの2作品が受賞です!

藤井さん、ラピ丸さん、おめでとうございます🎉


今回はなんと、匠エモンガ合わせて全作品がランクインという異例の事態となりました!
ネタバレを避けるため事後報告という形になってしまいましたが、あまりにも数が多いため、第2位以下の結果発表でのコメントは割愛させていただきました。
全作品ランクインですよ?!空からスタイリッシュな目玉焼きが降ってきたくらいの衝撃です!(?)(③)
本当に、素晴らしい作品揃いでした!


えー、前置きが長くなりました。
皆様お待ちかねの本投票です!ここから先は、後戻りはできませんよ!(⑦)
心の準備はよろしいでしょうか?

では、発表いたします!!

◇最優秀作品賞◇

第3位(4票)

🥉『真夜中のモノローグ』(作・休み鶴)
🥉『10円のメッセージ』(作・藤井)


創りだすでは非常に難度の高い、700文字という驚異の文字数に多くの方を唸らせた『真夜中のモノローグ』
そして、2人の少年の切ない物語に、時計に託された「10円のメッセージ」にエモンガの声続出の『10円のメッセージ』
同時に2作品がランクインです!

休み鶴さん、藤井さん、おめでとうございます🎉


第2位(6票)

🥈『なにもかけるな』(作・イトラ)

「何もかけません」という要素を駆使した、鮮やかな回収が多くの方を魅了しました!
締めの「許されなかった」に痺れます。

イトラさん、おめでとうございます🎉


さて、いよいよ最優秀作品賞の発表となります。思わず息を止めてしまうほどの緊張感です……。(⑩)
緊張で凍りついた(⑤)体をほぐして、深呼吸してから発表いたします。

さあ、最優秀作品賞を受賞したのはっ……!

カチ……カチ……カチ……

……時計の音でいまいち緊迫感が出ないので止めますね。急に静かになると、小さな音が妙に気になるものです。


失礼しました。
今度こそ発表いたします!大接戦を制し、栄えある最優秀作品賞を受賞したのは……!







——どんなに失敗しようが絶望しようが、この先に苦しみや辛さしか残っていなかろうが、未来はまだ未定なんだ。



第1位(7票)

🥇『シガミさん』(作・ラピ丸)

時計を時限爆弾とする発想、そして語り手である「私」の持つ独特な雰囲気に多くの方が惹きつけられました!
匠の技が光る、余韻が残り続ける締めに魅了された方も続出したようです!
そしてなんと、今回唯一のスリーポイントシュートを獲得した作品となります!

ラピ丸さん、おめでとうございます🎉


そして、今回のシェチュ王はもちろんこの人!


👑ラピ丸さん👑


おめでとうございます!
皆様、盛大な拍手をお願いいたします!!!

また、見事シェチュ王に輝いたラピ丸さんには、次回である「第26回正解を創りだすウミガメ」の出題権が賞与されます!!

本当に、おめでとうございます!!



最後になりましたが、ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。安心できるとは言い難い進行でしたが、皆様に温かい目で見守っていただき、どうにか最後まで運営することができました。無難な言葉になってしまうのが悔しいですが、本当に楽しく、心に残り続ける創りだすとなりました。……あれ、目から水が……。(①)
失礼しました。恥ずかしいので笑って誤魔化します。(④)

毎度恒例となっている主催者からの感想ですが、文字数が溢れに溢れてしまったので、まとメモの方に掲載させていただきます。気がついたらこの文字数になっていました。自分でも長すぎるとは思ったのですが、短くしようとしたら逆に何も書けなくなってしまったのです……。(⑨)
拙い文章ですが、シェフの皆様に頂いた感動を、少しでもお伝えできることを願っております。

これにて「第25回正解を創りだすウミガメ」閉幕となります!
改めまして、皆様、本当にありがとうございました!!

(コインは順次ミニメにて配布いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ。)
20年07月18日 21:01 [輝夜]
相談チャットです。この問題に関する事を書き込みましょう。
シチテンバットー[1問正解]
輝夜さん、お疲れさまでした。ラピ丸さん、シュチュ王オメです。ウンウン唸りながら創ったためか、印象強い作品となりました。[編集済] [20年08月16日 23:29]
アルカディオ[4歳]
運営ありがとうございました!ラピさんおめでとうございます![20年08月06日 02:19]
藤井
輝夜さんありがとうございました。100%納得のいくものは書けなかったけど、終わってみれば何だかんだで思い入れのある作品になりました。とても嬉しい感想をいただいたからだと思います。問題文と要素を丁寧に掘り下げて繋ぎ合わせていく作業は楽しかったです。 そしてラピ丸さん、シェチュ王おめでとうございます。サブ票含め全票突っ込むくらいには心惹かれた作品でした。 拙作に票やコメントをくださった方々、ありがとうございました。そしてスタイリッシュな目玉焼きで遊んでくださりありがとうございました。[20年08月06日 00:33]
2
イトラ
輝夜さん、主催ありがとうございました。そして、拙作が2位。投票してくださった方、ありがとうございます。まさかこんなに皆さんに評価して頂けるとは思っても見なかったので、とても嬉しいです。ありがとうございました![20年08月05日 23:58]
ラピ丸
輝夜さんありがとうございました!! なんと、私がシェチュ王に!? 嬉しい!! 手が震えて、電源を落としてしまいかけましたよ、危ない危ない。投票してくれた皆さんありがとうございます!![20年08月05日 21:45]
4
ハシバミ
輝夜さん、主催ありがとうございました。ラピ丸さん、シェチュ王おめでとうございます! 拙作への投票、感想もありがとうございます。アンケート結果も楽しみにしております。[20年08月05日 21:33]
リンギ
ラピ丸さんシェチュ王おめでとうございます!輝夜さん主催お疲れさまでした![20年08月05日 21:18]
輝夜
そして、この場を借りてお詫び申し上げます。アンケート会場に改行が反映されていないようなのです……。コピペではなく、文字数が原因だったようです。感想が一箇所にまとまっている方が見やすいかと思いあの形式にいたしましたが、かえって見辛くなってしまいました。本当に申し訳ありません……。[20年08月05日 21:11]
まりむう
ラピ丸さんおめでとうございます。輝夜さんありがとうございました。[20年08月05日 21:10]
輝夜
ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました!!ラピ丸さん、おめでとうございます!皆様の素晴らしいご作品のおかげで、どうにか最後まで運営することができました。本当に嬉しく、楽しかったです!![20年08月05日 21:07]
1
休み鶴
おおー!!ラピ丸さん、シェチュ王おめでとうございます!地の文が嗜好にぶっ刺さりました!輝夜さん、進行まことにありがとうございました!私個人としても、まさか匠賞1位と3位入賞をいただけるとは思っておらず、感無量です!ありがとうございました![編集済] [20年08月05日 21:07]
キャノー[『★良質』]
輝夜さん、創りだすの運営ありがとうございました!熱い感想はジックリ拝見致します。ラピ丸さん、シェチュ王おめでとうございます!そして藤井さん、よくも苦しめてくれましたね(勿論おめでとうございます!)[20年08月05日 21:06]
ぎんがけい
結果出ましたね。主催の輝夜さんお疲れ様でした。またシェチュ王のラピ丸さんおめでとうございます。アンケート結果をみるのが楽しみです。[20年08月05日 21:04]
輝夜
完全に宣伝になりますが、こっそり投稿?いたしました。大体1万字です。[編集済] [20年07月29日 00:44]
1
輝夜
皆様のご作品を夢中になって読んでいて、私がうっかり締め切るのを忘れてしまっていたので……笑 他の方の滑り込みの勢いもすごかったことですし、今回は投票対象とさせていただきます![編集済] [20年07月29日 00:42]
1
アルカディオ[4歳]
投票先にしていただけるとは感激です…![20年07月29日 00:36]
輝夜
まりむうさん、ぎんがけいさん、アルカディオさん、ご投稿ありがとうございます!滑り込みが大量に……。今回は伸びが緩やかで心配していたのですが、杞憂だったようです。ありがとうございます![編集済] [20年07月29日 00:07]
アルカディオ[4歳]
スーパーグレーゾーンに飛び込みました[20年07月29日 00:02]
ぎんがけい
滑り込みました。[20年07月28日 23:59]
まりむう
投稿しました。かなりグダグダですがこれでよければ。[20年07月28日 23:56]
輝夜
ラピ丸さん、ご参加&ご投稿ありがとうございます![20年07月28日 23:34]
ラピ丸
投稿しました……。10000は越えていません[20年07月28日 23:26]
ラピ丸
こんばんわ。参加します。で、投稿します[20年07月28日 23:23]
輝夜
藤井さん、シチテンバットーさん、ハシバミさん、ご投稿ありがとうございます![20年07月28日 21:38]
ハシバミ
投稿しました。間に合った……[20年07月28日 21:33]
シチテンバットー[1問正解]
投稿しました。10000字はいってないはず。[20年07月28日 20:54]
藤井
投稿しましたー。明るいお話が書きたかったけどむりでした。[20年07月28日 06:18]
1
輝夜
イトラさん、初参加&ご投稿ありがとうございます! 楽しんでいただければ嬉しいです![20年07月26日 13:42]
1
イトラ
初参加&投稿しました。ホラー被っちゃった。特に意識したわけではないんですが、文字数4242字になりました。[20年07月26日 01:52]
1
輝夜
休み鶴さん、ご参加&ご投稿ありがとうございます! 短文にまとめるのも素晴らしい技術ですよ![20年07月25日 14:23]
1
休み鶴
参加・投稿いたしました。先達のお二方とは打って変わって短い文章です。(700字程度) 持ち票を3にしたかったのです・・・。[20年07月25日 13:15]
1
輝夜
リンギさん、ご参加&ご投稿ありがとうございます![20年07月24日 08:26]
1
リンギ
参加&投稿させていただきました。ご査収ください。自分もだいたい一万字です。【追記】しれっと加筆修正しました。[編集済] [20年07月23日 22:24]
1
輝夜
え、嘘ですよね?!キャノーさん、ご投稿ありがとうございます![編集済] [20年07月19日 09:05]
1
キャノー[『★良質』]
投稿致しました!前作(第5回)よりも半分ほどボリュームを少なくしましたが、それでも長いです。大体1万文字です。[20年07月19日 05:57]
1
輝夜
さなめ。さん、ご指摘ありがとうございます。いきなりやらかしてしまい申し訳ございません……。ヒントを出しましたので、ご確認お願いいたします。[20年07月18日 21:36]
1
輝夜
③について、乱数くんに文句を言いに行ってきます……。[20年07月18日 21:31]
5
輝夜
シチテンバットーさん、お待ちしておりました!よろしくお願いします![20年07月18日 21:29]
藤井
最難関要素賞いただきました。ありがとうございました(気が早い)[20年07月18日 21:29]
9
シチテンバットー[1問正解]
参加しまする。[20年07月18日 21:23]
輝夜
ごがつあめ涼花さん、ご参加ありがとうございます!よろしくお願いします![20年07月18日 21:21]
輝夜
アルカディオさん、ご参加ありがとうございます!よろしくお願いします![20年07月18日 21:17]
ごがつあめ涼花[★歴史の1ページ]
とりあえず、要素は参加します[20年07月18日 21:17]
輝夜
OUTISさん、お待ちしておりました!よろしくお願いします![20年07月18日 21:16]
輝夜
PIAZUさん、よろしくお願いします…(小声)[20年07月18日 21:15]
輝夜
ハシバミさん、お待ちしておりました!よろしくお願いします![20年07月18日 21:14]
輝夜
ガフィンさん、お会いできて嬉しいです〜!よろしくお願いします![20年07月18日 21:13]
輝夜
猫又さん、ご参加ありがとうございます!よろしくお願いします![20年07月18日 21:12]
アルカディオ[4歳]
参加します![20年07月18日 21:11]
OUTIS
藤井さん…何しれっととんでもない要素突っ込んでくれているのかナ?かナ?[20年07月18日 21:11]
3
輝夜
さなめ。さん、またお会いできて嬉しいです!よろしくお願いします![20年07月18日 21:10]
1
OUTIS
しれっと参加させてもらってるヨ[20年07月18日 21:10]
輝夜
豚キムで白米さん、はじめまして!よろしくお願いします![20年07月18日 21:07]
輝夜
ふ、藤井さん!?ファンです!じゃなくて、よろしくお願いします![20年07月18日 21:06]
ハシバミ
参加します![20年07月18日 21:05]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
投稿できるかはわかりませんが、参加するのです^ ^ 今回から創りだす3年目なのですね〜![20年07月18日 21:05]
猫又
お邪魔します[20年07月18日 21:05]
さなめ。[ラテアート]
参加します![20年07月18日 21:05]
豚キムで白米[★称号付与権]
面白そう! 参加します![20年07月18日 21:03]
藤井
さんかしますッ[20年07月18日 21:03]
輝夜
ぎんがけいさん、よろしくお願いします![20年07月18日 21:03]
輝夜
まりむうさん、よろしくお願いします![20年07月18日 21:02]
ぎんがけい
今回も参加します。よろしくお願いします。[20年07月18日 21:02]
まりむう
参加します。[20年07月18日 21:01]
出題者からの感想

①『名探偵アカス 〜動かない時〜』(キャノーさん)
早すぎません?!まだ9時間しか経ってませんよ?たった9時間で1万字ですか?!
すみません冷静にいきます。
前半は、テンポの良い文章と、アカスとアキのくすりと笑わせられる会話、そして不可解な謎に引き込まれ、夢中で読み進みました。
そして後半です。エモンガでした。
殺されてもなお愛する人のことを一途に想うミツルはもちろんですが、内心に葛藤を抱えながらも謎を解く探偵アカスと助手アキに心を打たれました。前作を拝見いたしましたが、前作のアカス達の状況と、本作のミツルの状況がどこか似ているんですよね。ミツルが大切な人を庇って操作を撹乱したことを知ったアカスは、きっと自分と重ねたのではないでしょうか。それでも、名探偵として生き続けることを決めたアカスの、そしてその隣に立ち続けることを決めたアキの、迷いを抱えながらも前に進もうと足掻く姿に強く惹かれました。シリーズ化を切望いたします!いつか2人の時間が動き出すことを願って。
また、「凍ります」の回収もとても好みです。「体が凍りついた」などの比喩表現や情景描写として使いやすい要素ですが、犯人を遠まわしに示唆する凶器として、「凍ります」が回収されているところが匠だと感じました!本質に絡む、自然で見事な回収でした。凶器に使われた食材は勘弁願いたいですが……。
そして、ミステリーとしても見事な作品でした。密室、行方不明の凶器、不可解なダイイングメッセージと、とても興味をそそられる状況の目白押しです。
その状況で、謎が鮮やかに解かれていく謎解き部分が素晴らしかったです!創りだすは要素や問題文が決まっているため、やや先が読みやすい傾向にありますが、本作には綺麗に裏をかかれました。時計を止める、とした時点でアリバイ工作は想定しておりましたが、「犯人が罪を隠すため」のアリバイ工作ではなく「被害者が犯人の罪を隠すため」のアリバイ工作というのは意表を突かれました。素晴らしい納得感です。予想外の外を行く手法、お見事でした!


②『悪魔の棲む館』(リンギさん)
ス、スタイリッシュな目玉焼き……。(震え声)
失礼しました。最初は、登場人物達の掛け合いに笑わされ、楽しく読ませていただきました。肝試し、懐かしいです。
そして、怒濤の後半です。怖かったです。小心者なんですよ……。
心臓の音の描写、物音の描写や周りの風景描写がリアルで、画面越しでも伝わってくる臨場感が素晴らしく、夢中になって読ませていただきました。怖かったですが。
>>「な…仲良く…なりたいと思って…」
>>「…『お前と仲良くなりたい』なんて、もう言われることはないと思ってたから」
ここで、もう嫌な予感しますよね。
>>この程度で気絶するようなら大好きな『死ぬ瞬間』を見たところで到底満たされないし、『同類』にもなり得ないだろう。
>>「こうなるなら、気絶させてでも止めるべきだった…ごめん、2人とも」
この明らかな矛盾を感じる二文から、久世の複雑な心情が伝わってきます。
『同類殺し』という二つ名が与えられるほどのことを久世はやってきて、なおかつそれを快楽と感じています。実際、「死体愛好家」としての在り方を語るシーンには、どこか歪んだ魅力と言いますか、惹きつけられるものがありました。しかし、『仲良くなりたい』と言われて少し久世の心は揺らいだのではないでしょうか。その揺れ動く感情が、「ごめん」という言葉に集約されています。エモンガです。
そして要素については、⑤の回収の仕方が特にお見事です!「脱ぎ捨てる」とかなり使いにくい複合語として要素を使いながら、「脱ぎ捨てる」ことに必然性があり、その必然性が②の要素にも絡んでくるところに匠を感じました。さらに、②が単なる情景描写ではなく、物語に絡めて回収されているのが素晴らしいです!


③『真夜中のモノローグ』(休み鶴さん)
すっきりとまとまった解説、脱帽の一言です! 
ここまで短いのにも関わらず、全ての要素が無理がないどころか大きな納得感を伴って回収されているところが圧巻です。
「停電、極寒」という舞台設定によって、問題文の「薄明かり」「震える手」そして要素の「雨が止まない」「凍る」や、目玉焼きの失敗による「スタイリッシュな目玉焼き」が全て自然に回収されています。そして、それだけでなく、「スタイリッシュな目玉焼き」から「何もかけない、(無駄にすることは)許されない」への繋げ方もお見事です。いやもう全部あげてたらきりがないです。全て繋がってるんですよ。前回、すをさんも仰ってましたが、本当に要素の使い方が秀逸です。
あまりにも美しいので、勝手に計算しました。文字数は、大体「要素&問題文:地の文=1:3」になります。これってすごい比率じゃないですか?!四文字に一文字が要素または問題文なんですよ?!?!言葉を失う技術です!!!!
……すみません取り乱しました。
問題文についても「時計を止める」を、「目覚まし時計のアラームを止める」とすることで、日常的な動作に落とし込む手法に脱帽です。時計、と設定した時点で様々な形態の時計を想定しておりました。しかし、その中でも「目覚まし時計」というのは、止める、という動作が日常的に行われるため「時計を止める」という一見意味不明な奇行を奇行でなくする素晴らしい効果があります。
読み始めた本が面白くて翌朝のアラームを止める、という、一度は経験したことがあるような事柄とすることで、ウミガメとして大きな納得感を生み出しています。さすがは数々の素晴らしい問題を生み出しておられる休み鶴さんだと感嘆いたしました!


④「なにもかけるな」(イトラさん)
⑧の要素にここまで恐怖を覚えるとは思いませんでした……。
⑧の要素は、ひらがなであることで様々な解釈が生まれるかと思い選出いたしましたが、イトラさんはその解釈の広さを存分に生かしてくださっています。この要素は③の要素とセットで使いやすい分、謎の本質に関わらない部分で使わざるを得ないことも多いかと感じましたが、本作は、本質に関わっているどころか本質そのものであるところに感嘆の息が漏れました。私は新参者ですので断言はできませんが、ここまで一つの要素に特化した解説も珍しいのではないでしょうか。「かける」という言葉に焦点を当てる、とても面白い発想だと感じました。
さらに、結末もお見事です!「手をかける」は完全に盲点でした。あえてシンプルに「許されなかった」と要素を使うことで、余韻がいつまでも残り続けます。
正解の手段としては物を投げつけたりして直接触らないことでしょうか。あ、でも、物が当たって時計が「欠ける」もアウトですかね?だったら壁から外して電池を抜きますか。うっかり「掛け」直さないように注意すれば大丈夫ですかね?いや、でも電池を外すために手を「かける」ことになりますね。だったら……。
えー、すみません脱線しました。つい夢中になって考えてしまうラストシーンでした。
問題文ですが、「時計を止める→時間を止める」という発想がしやすい中、時間ではなく時計から流れる音楽を止める、というのは予想外で、納得感を感じました。
そして、非現実要素を取り入れていながら、納得感を伴っていることが素晴らしいです!私も今回ファンタジーに挑戦して実感いたしましたが、非現実要素は、非推奨問題の例3のように、一歩間違えると「なんでもあり」になってしまうため、納得感を生み出しにくくなってしまうんですよね。その点において、イトラさんの、「かける」という言葉がキーであるとし、「音楽をかけない」ために時計を止めるという解説は、非現実要素を逆手に取って納得感を生み出す素晴らしい発想でした!


⑤『10円のメッセージ』(藤井さん)
すみません、とても支離滅裂な感想になる気がします。うまく感情を言語化できる気がしません。感想を書いているだけで泣きそうです。
冒頭は、病気がちでずっとひとりだった2人が出会い、心を通わせてともだちになっていく姿が目に浮かぶようでした。地の文のひらがなの多さや「心がぽかぽかになった」などの柔らかい表現から、本当に「ぼく」が語っているような、「ぼく」がとつとつと言葉を紡ぐ感じがまっすぐに伝わってきて、心を打たれました。
そして、ヒカルの異変にいてもたってもいられずに「ぼく」が家を飛び出すシーン。自分でもたどり着けないことが分かっていても、ヒカルに会うために、深夜雨の中を必死で歩いていく「ぼく」の姿に心を抉られました。
>>スタイリッシュな目玉焼きは少しの間ぼくを雨から守ってくれたけど 、やがてへにょりと項垂れた。
この一文に今のヒカルが投影されているようで、震えました。そこにヒカルの「ぼく」を守りたい、でも守れない、という意思と想いを感じてしまうのは考えすぎでしょうか。切なくて、辛くて、それでもとても美しい一文だと感じました。
そして最後のシーンですが、大切な、何よりも大切な数秒間の「10円のメッセージ」に涙が溢れました。自分が「ぼく」にここまで感情移入していることにその時初めて気がつきました。それくらい、物語に没入し、「ぼく」に深く共感させられました。読了後、しばらく放心していました。正直、今も半分くらい放心状態です。
感情を切り捨てて、回収についても書かせていただきます。まず問題文ですが、着信履歴というのは意表を突かれました。「止まった時計」そのものではなく、止まっている時計の時間と合致する「公衆電話からの着信履歴」が重要だというのは、一歩他の事象を挟んで「止まった時計」に意味を持たせる素晴らしい回収だと感じました。
そして、③の回収の仕方が本当に素敵です。心がほっと温まるような表現でした。
月並みな表現しかできず悔しいですが、本当に、感動いたしました。



⑥『伊部さん、どこへ行かれるのですか?』(シチテンバットーさん)
……私の腹筋を返してください。面白すぎです。ずっと笑っていました。笑った部分を引用しようかとも思ったのですが、ほぼ全文になってしまうので諦めました。
これだけ悲壮感の漂う要素と問題文でありながら(すみません。反省しています)、しっかりとコメディに落とし込む手法、さすがとしか言いようがありません。本当に毎回楽しみにしております。
そして問題文ですが、時計に関する設定に感嘆いたしました。明らかな非現実要素でありながら、「時間は戻せない」「時間を止めたら他のものに干渉できない」など現実的な制約が課せられていて、時計の存在に説得力があります。そしてその制約を説明する際に、説明口調で冗長にならずに、要素を回収しながらも分かりやすく読みやすく、なおかつしっかり笑わせてくるところが匠の技です!本当に笑いました。
回収としては、問題文の文をとても丁寧に、一つ一つ回収してくださっていると感じました。
予想以上に時間が経っていたことに気がついたきっかけである「本」しかり、締め切りが近いことへの恐怖が原因である「手の震え」しかり、時間の流れを変えたことがきっかけである「薄明かり」しかり、メインのトリックとなる「時計を止める」という部分にしっかりと絡んでいるのが素晴らしいです!加速された世界の中ではパソコンが使えないため、日付を知るきっかけが「本」正確には週刊誌である必然性があり、「本」の部分の回収として深く納得いたしました。
そして、要素についてですが、「スタイリッシュな目玉焼き」は、本筋と絡めて回収することが難しく、さらっと使わざるを得ない要素かと思っておりました。しかし、本作は時間の流れを変えたことに対する弊害とすることで「時間の流れを変える時計」の効果を感覚的に読者に理解させるのに一役買っていて、見事な回収だと感じました。
ストーリー、会話の面白さはもちろんですが、さらに匠の技が光る作品でした!


⑦『すべては闇の中』(ハシバミさん)
これまたうまく言語化できそうにありません。支離滅裂警報です。ひとつだけ最初に書かせていただきますと、とても、美しいと感じました。
まず順番に、タイトルですが、読了後、とても綺麗で洗練されていると感動いたしました。「真相は」「隠し部屋は」=すべては「闇の中」。物理的な暗さと比喩表現としての「闇」という、何重もの意味を込めて物語の結末を「闇の中」という一言で纏め上げています。素晴らしく美しいです。私事で恐縮ですが、ハシバミさんのタイトル、毎回とても好みなのです。
そして問題文についてですが、本に挟んだ手紙という形がお見事です。自分の全てを綴った大切な手紙ですから、虫の害や湿度などの保存環境を考えたときに、同じ紙製の本に挟むというのは自然な行動かと思います。問題文にも、「本を開く」としか書いておりませんので、本の内容ではなく、本の中に挟まっていた物に着目するというのは、水平思考的な発想の転換を感じました。
最後に、②の要素についてです。本当に、鳥肌が立ちました。
>>有希子は、「雨、ようやく止んだね」と笑った。
  雨宿りを始めて50年経って、ようやく雨が止んだのだ。(②)
「雨宿りという名目の元、有希子が死にたいと思っている男を家に繋ぎ止め続けて50年」ということを「雨宿りを始めて50年」と表現することで、「なかなか雨が止みません」という要素に2人の関係性が凝縮され、素晴らしい深みを与えています。たった11文字の要素に、これほどの切なさと悲哀を投影する一文、本当に美しいです。そして、「雨が止んだ」という一言で、2人の関係性の変化が、2人の想いが、直接表記するよりずっと深く心を抉るようにして伝わってきます。繰り返しがしつこくなりますが、美しいです。
>>私がそれに気づいたときにはもう、有希子は息をしていなかった。(⑩)
⑩の要素を選んだことを後悔しました。辛いです。切ないです。たった一文に込められた、絶望や後悔、慟哭が、こちらにもまっすぐに伝わってきます。ハシバミさんのご作品に共通する部分かと思いますが、一文に、一言に何重もの意味を込め、登場人物たちの心情を投影する表現が本当に素晴らしく、言葉を失います。とても洗練された、美しい物語でした。


⑧『シガミさん』(ラピ丸さん)
先に、支離滅裂警報を発令させていただきます。
まずは、主人公の、淡々としていながら少しユーモアも感じさせる語り口が素敵だと感じました。常体が大多数を占める創りだすですが、全体を敬体で表記することで独自の雰囲気を作り出すと同時に、語り手の性格や考え方が自然に伝わってきます。
>>いくら死にに行くとはいえ、社会人として時間厳守は絶対なのです。
>>これから死ぬというのに、お腹は空気が読めません。まあ、もともとお腹は読むトコロでなく消化するトコロですが。
なんと言いますか、大切な人を亡くして死に向かいながらも、こういった一歩引いたところから自分を見つめているような、どこか飄々とした姿に非常に惹かれました。本作全体に漂うこういった雰囲気に、強く引きつけられます。
>>命は取り返しがつかない。どんなに失敗しようが絶望しようが、この先に苦しみや辛さしか残っていなかろうが、未来はまだ未定なんだ。
一歩間違えれば理想論だと言われかねない、様々な人が訴えてきた言葉ですが、この状況でシガミさんに伝えられる事で、まっすぐに私の心にも響きました。「時計を止める」という一言に込められた、「私」の決意や覚悟に強く心打たれます。創りだすとしての評価に照らし合わせる気にもならないほど、深く、心に届く物語でした。
と言っても創りだすですので、心を殺してあえて回収のみに触れさせていただきますと、時計を「時限爆弾」とするのは素晴らしい発想だと感じました。「普通の時計ではなく、時計の形状をした他のもの」というのは、問題文の回収としてやや無理がでてしまうことが多く、納得感が失われがちですが、「時限爆弾」というのはその形態が時計であることに必然性があり、強く納得感を感じました。
そして最後の余韻が素晴らしいです。あえて全てを明かさず、最後を描写しないことで、じんわりとした余韻が心に残り続けます。読了後もまだ現実に戻って来れないような、現実と物語の合間を漂っているような(抽象的な表現しかできずすみません)、そんなラストが非常に印象的でした。


⑨『後に残された物』(まりむうさん)
淡々とした語り口がとても印象に残りました。全体を通して動きや行動の描写が多く、例えば「悲しみ」も、「涙を流した」という行動の描写によって表現されています。そのことによって、「私」の抱える感情は読者の想像に委ねられ、読者が想像することによって深く「私」の感情に同期するため、強い共感を生み出しています。非常に引き込まれ、感情移入して読ませていただきました!
>>(前略)そんな他愛もないことがありありと書かれていた。
「私」が祖父に大切にされていたことが、まっすぐに伝わってくるシーンでした。葬式の間も祖父の死に実感が湧かずに、受け入れることができていない「私」が、祖父の愛情が詰まった日記を読み、涙を流す。そしてここにも、「悲しい」などの感情を表す、直接的な言葉や比喩はほとんど含まれておらず、「泣いた」という行動の描写のみになっています。でも、いや、それだからこそ鋭く伝わってくる「私」の想い、本当にエモンガです。
「私」のことを大切に思っていたことが伝わる日記に、遺書を挟むというのは、かなり辛いことをしますね……。でも、祖父は「私」が自分の死を受け入れられないことを想定していて、あえて日記の間に挟んだように思いました。
そして回収についてですが、「博物館に寄贈するので、電池の消耗を抑えるために時計を止めた」というのは完全に予想外でした。時計を動かす「電池」に着目し、そこから「電池の消耗を抑える(時計の良い状態を保つ)」ために時計を止めるというのはとても面白い発想です。「時計(時間)を止める」ことが1番の目的ではなく、「時計を止めて良い状態を保つ」というのが1番の目的というのは、問題文と思考をずらした、まさに水平思考だと感嘆いたしました。「良い状態を保つ」必然性のある「博物館に寄贈」という行動も、そしてその行動のきっかけとなった「本に挟まれた遺書」というのもさらなる納得感を生み出しています。
2人の愛情に心打たれる、素敵な物語でした!


⑩『ヒーロー』(ぎんがけいさん)
何度目かの支離滅裂警報です。
エモンガでした。ぎんがけいさんは匠よりの作品を書かれる方だと思っていたので、少し意外でしたが、エモンガよりのストーリーにも非常に引き込まれました。
仕事を失ったショックで一時的に感情が振り切れ、全てを捨ててしまったシュンスケと、全てを捨てられたことで一時的に感情が振り切れ、シュンスケとの別れを決めたサツキ。どちらの行動も一時的な感情に振り回されただけで、きちんと話せば確実に和解できたはずです。でも、シュンスケの突然の死によって、その機会は失われてしまいます。残されたサツキは、相当苦しかったでしょう。
>>抱きしめようとしても慰めようとしても、体はすり抜けるし言葉も通じない。
そしてその苦しみを目にしながら、何もできないシュンスケも。もうエモンガです。
そして後半、さらなるエモンガです。もうエモンガ攻撃です。心が痛いです。自分という存在が抹消されるほどの禁忌を、愛する人を救うために犯すシュンスケの姿に、深く心を抉られました。
「もう後戻りはできない」に込められた覚悟、決意の大きさに、タイトルの意味を深く実感いたしました。禁忌を犯していても、正しいとはいえない行動をとっていても、シュンスケは間違いなく「ヒーロー」でした。
「時計を止める」という部分ですが、「人間界の時間を司る時計」というのは非常に驚かされる発想でした。そしてその超常的な力が当然自由に使えるわけはなく、「許されない」こと、とすることで、「時計を止める」という行動に想像を絶するほどの重みを与えています。手が震えるのも当然です。
その重みに震えながらも、愛する人の未来を思うシュンスケの葛藤と決断、本当にエモンガでした!


⑪『目玉焼きは仲介人』(アルカディオさん)
唐突ですが、アルカディオさんは、等身大の人物を描くことが本当にお上手だと毎回思います。
>>でもみんな忘れてないか?これは青春物語ではなく、40代のオヤジのオッサン臭い物語だということを。
締めの一文ですが、本当にこの一文に作品の魅力が凝縮されていると感じました。大の大人にも、当然悩みも葛藤も、触れたくない過去もあります。いかにも小説の主人公然とした人物ではなく、等身大の悩みを持つ「キヨシ」という人物が織りなす物語に、非常に惹かれました。そういった人物を描きながら、卑屈な印象を与えず、その不器用さを余すところなく人物の魅力へと繋げる手法が素晴らしいです!
要素ですが、「スタイリッシュな目玉焼き」の回収、とても好みです。この物語において、目玉焼きはキーアイテムとなっているため、ただの目玉焼きではなく「スタイリッシュな目玉焼き」だというのが非常に重要になってきます。
そして、一見意味不明な「スタイリッシュ」の部分ですが、キヨシが名付け、謳い文句として売り出している、ということでこれまたキヨシの魅力に繋がっています。前作やウミガメゼロも拝見しておりますが、どれもキヨシという人物像に強く惹きつけられております。是非もう一度お会いしたいです。経歴がさらにぶっ飛んだことになりそうですが。その一風変わった経歴もまとめてキヨシの魅力なのです!
問題文の回収ですが、「ストップウォッチ」というのは素晴らしい発想だと思います。止めることは当然で、「ウォッチ」とつくくらいですから間違いなく時計です。読了後、感嘆の息が漏れました。そして、測るのが目玉焼きの焼き時間というのは予想外でした。さらに時計を止めるのがキヨシではなく父というのも予想外でした。
「スタイリッシュな目玉焼き」を全面に押し出し、「目玉焼き」によって描かれた家族の関係性に、一人ひとりの人物に強く惹かれる物語でした!

シェフの皆様、素晴らしいご作品をありがとうございました!!

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◆◆問題文◆◆

薄明かりの中。
震える手で本を開いた人は、時計を止めることを決めた。

一体どういうこと?

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要素一覧
①涙は流れます
②雨がなかなかやみません
③スタイリッシュな目玉焼きです
④恥ずかしげに笑います
⑤物を捨てます
⑥凍ります
⑦もう後戻りはできません
⑧許されません
⑨何もかけません
⑩呼吸を止めていました

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作品一覧(敬称略)
①『名探偵アカス 〜動かない時〜』(作・キャノー)
②『悪魔の棲む館』(作・リンギ)
③『真夜中のモノローグ』(作・休み鶴)
④『なにもかけるな』(作・イトラ)
⑤『10円のメッセージ』(作・藤井)
⑥『伊部さん、どこへ行かれるのですか?』(作・シチテンバットー)
⑦『すべては闇の中』(作・ハシバミ)
⑧『シガミさん』(作・ラピ丸)
⑨『後に残されたもの』(作・まりむう)
⑩『ヒーロー』(作・ぎんがけい)
⑪『目玉焼きは仲介人』(作・アルカディオ)

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【タイムテーブル】

☆要素募集フェーズ
 7/18(土)21:00~質問数が50個に達するまで

☆投稿フェーズ
 要素選定後~7/28(火)23:59まで

☆投票フェーズ
 投票会場設置後~8/4(火)23:59まで ※予定

☆結果発表
 8/5(水) 21:00 ※予定

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時ノ護の住まう塔


【詳細解説】

「時間とは神の領域。そして、時計とは、神の世と人の世の交わる場所に在るもの。忘れるな、新たな時ノ護(ときのもり)たちよ。時計とは、我らのものではない。我らが神より賜ったお力の一つだと、その胸に刻みなさい」

 部屋の中は、ほとんどが闇に沈みこんでいる。頭上から差し込むかすかな光が数字の形に切り取られ、床に複雑な模様を描き出していた。
 その光の下では、両手を広げても到底足りぬほどに大きな円盤が互いに重なり合い、規則的にひそやかな音を立てている。その光景は、どこまでも清らかで、見るものに畏怖や畏敬の念を抱かせる。
 その影の中にひっそりと佇む、三つの人影があった。

 クロノー王国は、広大な領地を持つ大国だ。その中央にそびえ立つ白亜の時計塔は、クロノー王国が神に愛された国である証、国の希望であり要。時計には神が宿るとされ、長年、クロノー王国の発展をはるか高みから見守ってきた。
その時計塔で暮らし、時計に寄り添い、時計を護りながら一生を終えるものを、時ノ護(ときのもり)と呼ぶ。

 人影の一つ、先代時ノ護の姿はⅫの影が作り出す闇の中に溶け込んでいる。透き通った声と、わずかな衣擦れの音からしか存在を感じ取れないほどに、その姿は部屋と同じ空気をまとっていた。

「時計は国民の希望。その命に代えても、時計を護りなさい。それが、時ノ護の定め。時ノ護の存在価値」

 先代時ノ護が突如口を閉じ、部屋に沈黙が訪れた。訝しく思ったのも一瞬。部屋にいる誰もが、それを感じた。
 体の芯を揺らすような、圧倒的な力と威厳を持つ荘厳な音。息を止めるような重圧と、包み込むような慈悲を同時に内に秘める、神の声。

 時計が、なっていた。

 長短の二本の影が、 Ⅻの形に切り取られた影に向かってまっすぐに伸びている。
 心の臓を直接揺らすような響きの中、先代時ノ護の透き通った声が空気を揺らす。

「リアナ。サルーナ。そなたら双子を、次なる時ノ護に命ず。未来永劫、時計とともにあらんことを」

 高らかに宣言された先代時ノ護の声と厳かな時計の音が、ほとんど同時に虚空にとけて消える。

 クロノー王国に、新たな、双子の時ノ護が誕生した瞬間だった。

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 こと、と音を立てて、湯気を立てる皿が目の前に置かれた。だが、その中心に鎮座する料理は、なんというか、奇怪としか表現しようのない代物だ。
「リー姉さん、これは……卵焼き?」
 そう聞いた瞬間、姉さんが微妙な顔になる。慌てて、言葉を続ける。
「黄身の黄色と、真っ白な白身が混ざり合って、ちょっとロマンチックだね! なんか、ロマンチックな卵焼き!」
 さらに姉さんが微妙な顔になる。
「……目玉焼き」
 小さく唇をとがらせて、姉さんが呟く。
「え? あ、うん、目玉焼きだね! えっと、最先端というか、おしゃれというか、そう、スタイリッシュな目玉焼き!(③)」
 もう、自分でも何を言っているのか分からない。
「……それ、褒めてないでしょ」
「いや、スタイリッシュって褒め言葉だよ! ここまでスタイリッシュな目玉焼き作れる人なかなかいないよ?」
 私は、必死で弁解する。だが、話せば話すほど墓穴を掘っている気がする。
 突然、姉さんが吹き出した。肩を震わせながら、口を開く。
「私が料理苦手なの、知ってるでしょ。寝坊したのはルーナなんだから、頑張って食べて」
「嫌じゃないよ! 本当にスタイリッシュだと思ったんだから!」
 こらえきれないというように、姉さんが声を立てて笑い始める。体が震えるたび、柔らかい茶色の髪が太陽を反射してあたりに優しい光を振りまく。
「スタイリッシュな目玉焼きって、何、最初はロマンチックだったし……」
 その先は笑いに飲み込まれ、言葉になっていない。笑い転げる姉さんを遮るように、私は叫ぶ。
「いただきます!」
「……ど、ぞ」
 どうぞ、と言いたいらしいが、笑い声でほとんど何も聞き取れない。急いで口に目玉焼きを運ぶ。奇怪な形状のそれを思い切って口に含んだ瞬間、卵の自然な甘みが広がった。やや柔らかすぎるような気もするが、余分な味付けのない、姉さんらしい味だった。
「美味しいよ」
 そう言い、姉さんに微笑みかける。本心からの言葉であることは伝わったのだろう。姉さんは、ようやく息をつき、少し恥ずかしげに微笑んだ。(④)
「ありがとう」
 姉さんの私より少しだけ低く、暖かな声が、朝の静謐な空気を揺らした。

 時計塔に隣接する館での朝食から、私たちの1日は始まる。

 見守りのため、姉さんと二手に分かれて建物をゆっくりと回っていく。
 時計塔の、重厚感のある扉に手を伸ばす。細かい装飾が施された扉から伝わってくる、手に吸い付くような感触に軽く背筋が震えた。
 扉を開けると、ひんやりとした空気が足元を滑り抜けた。目の前には、はるか彼方へと続いているような錯覚を抱かせる階段が、渦を巻きながら伸びている。初めて見たときは、かなり閉口したものだ。
 階段に足をかけ、ひたすらに足を動かしていくと、周りの光景が次々と色を変えていく。

 振り子室。神の手、とも例えられる、様々な意匠が施された振り子が、まるで空中をたゆたっているかのように揺れている。クロノー王国建国以来、一度も休むことなく。

 時ノ護、と聞くと大抵の人は神の依り代のようなものだと感じるらしい。溢れるほどの威厳と、包み込むような慈悲と慈愛を持つ存在だと。
 だが、私もリー姉さんも人間だ。あの日、時ノ護と告げられるまでは、私たちはただの人間だった。時計塔に住み、代々時ノ護に伝えられる知識を少しだけ得ているだけで、今の時ノ護は特別な力など何も持たない。
 正直なところ、「時計を護る」と言っても明確な仕事があるわけではないのだ。ただ時計塔に住み、その埃を払うだけ。時計がそこに在り、動き続ける理由を誰も知らないように、時ノ護がどのような存在なのかを知るものはいない。時ノ護である私でさえも。

 重すぎる荷だと思ったことはある。毎日この国になりひびく鐘は、国民全てが幼い頃から聞き続け、無意識のうちに待ち望む神の言葉だから。
 気負うことはないと思えるようになったのはリー姉さんのおかげだ。

 そう、あれは、私たちが時ノ護になって数日が経った頃のことだった。

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 身体が不意に暖かいものに包まれ、目が覚めた。柔らかく、どこか安心する匂いの毛布が、私の体を包みこんでいる。
「ごめんルーナ、起こしちゃったね」
「嘘っ?! 私、寝てた? 仕事中なのに、ごめん」
 自分でも気づいていなかったが、かなり疲労が溜まっていたらしい。冬は骨の髄まで冷え込む時計塔だが、机に突っ伏したまま何もかけずに眠ってしまったようだ。(⑨)
 無性に寂しさがこみ上げてきて、寝起きでぼんやりとした頭のまま、そっとリー姉さんの手を握る。気がついたら、口から本音がこぼれ出していた。
「……なんで、私たちなの? 私たち、何をすればいいの?」
 姉さんの目が揺れた。姉さんに聞いてもどうにもならないことは分かっていても、口から溢れ出る言葉は止まらない。
「勝手に、時ノ護にされて、神さまに仕えろ、時計を護れ、なんて言われて、姉さんは納得できるの?」
 ゆっくりと、一言一言を噛みしめるように、姉さんが言葉を紡ぐ。
「納得は……できるできないじゃなくて、しなきゃいけないんだよ。なんで私たちなのかは、分からない。それを決めるのは、私たち時ノ護じゃないから。でも……今やるべきことをやるしかないの」
 自分のことをなんの抵抗もなく時ノ護と呼んだ姉さんに、あっさりと時ノ護であることを受け入れた姉さんに、腹が立って仕方がなくて……受け入れられた姉さんが、どうしようもなく羨ましかった。どこに向けることもできずに心の中で渦を巻いていたどろどろとしたものが、そこで爆発した。
「いやだよ! 時ノ護なんて、なりたくなかった! 神さまに仕えるなんてこと、私にできるわけないじゃん! もうお母さんにも会えないんだよ!!」
 泣き叫びながら手を振り回す私を、姉さんが強く抱きしめた。(①)
「離して! 離してよ!!」
 どれだけ暴れても、私の手がその柔らかい頬にあたっても、姉さんは抱きしめる腕を解こうとはしなかった。私の呼吸が整い、溢れる液体が尽きた後も、姉さんは、ずっと、私を離そうとしない。
「ルーナ、大丈夫。今までの時ノ護も、一緒だよ。みんな、怖くて、不安で、でも時ノ護として生きたんだよ」
 そういう姉さんの声は、少し震えているように聞こえた。
「大丈夫。ルーナには、私がいるよ」
 冷え込む部屋の中で、私たちは、ただ互いの温もりを感じていた。

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 そう。今思えば、姉さんの言葉は、泣きじゃくる幼い妹に向ける言葉としては、あまりにも酷だった。
 納得しなきゃいけない、と世の中の無情さを突きつけるような言葉と、その言葉を口にした時の姉さんの苦しげな声は、今でもありありと思い出せる。
 あの時、姉さんも、きっと私と同じ気持ちだったのだろう。怖くて、重圧に押しつぶされそうで、現実のこととは思えなくて……。
 それでも、妹に涙を見せまいとこみ上げる感情を抑え、あまつさえ励まそうとするなど、今の私にもできるかわからない。
 姉さんのおかげで、私は時ノ護であることを受け入れることができた。今まで、姉さんの存在にどれだけ救われてきたことか。
 

 気がつけば、足が目的地の床を捉えていた。
 時計機械室。本に記されたこの言葉の意味を、私は理解できない。でもこの場所が時計機械室という名前であり、時計塔の心臓部であることは、誰に知らされるでもなく分かっていた。
 自分自身がまるでちっぽけなものになったかのように錯覚させる、巨大な、巨大という言葉では言い表せないほどに大きな円盤の数々が、途切れることなく連なり、重なり合っている。
 数え切れないほど訪れているはずのこの場所だが、何度訪れても、感嘆の息を漏らさずにはいられない。

 いつものように、内部の埃を軽く払っていく。動きはもう体に染み付いていて、別段意識することもなく体が動く。いつも通りの仕事が終わり、階段を降りようとした、その時。

 どこか遠くの方で、鋭い金属音が響いた。

 時計塔が、悲鳴をあげているような気がした。明らかな異変を訴える、不規則で暴力的な意思を秘めた音が、質量を持ったかのような破壊力で空気を震わせている。

 行きはゆっくりと登った階段を、限界の速さで駆け下る。いつもは静けさに包まれている時計塔の中に、耳障りな足音が響く。
 足がもつれた。虚空に投げ出されかけた上体を、手すりを掴むことで必死で引き戻す。心臓は早鐘のように打ち、体は空気を求めて叫んでいる。
 ようやく階段の終わりが見えてきても、決して足を緩めることはない。苦痛を訴える心臓と肺、足を無視して、ひたすらに走る。走る。
 音が聞こえて来た場所、おそらく連絡塔への道のりが、ひどく遠く感じた。やっとのことでたどり着き、開いたままになっている扉から、部屋の中に駆け込もうとした時。

 突如、低い、男の声が聞こえた。

 まさか、そんな。ここに住むのは、私とリー姉さんだけのはず。
 先ほどの破壊音と、今聞こえた声。その事から導き出される、たった一つの結論を、にわかには信じられない。確固たる地面だと確信していた足元が揺らぐような感覚に、体が震える。

 足音を殺し、息を潜めて声の元へ近づいていく。(⑩)

 そこで目に入ったのは、ひどく歪み、徹底的に破壊された鐘だった。
 今までは塔の最上部に吊るされていたはずの鐘が、床に墜落している。床には大きな亀裂が走り、辺りには鐘を吊り下げていた鎖の破片が散らばっていた。かつての優美な曲線は、奇跡的に難を逃れた鐘の上部から微かに窺い知れる程度で、息をのむようだった美しさは見る影もない。明らかに何者かの作為を感じる光景だった。
 助けを求めなくては、と思ったところで、冷水を浴びせかけられたような心地になった。

 今破壊されたのは、この時計塔の心臓部である時計ではなく、外部への連絡用の鐘だ。貴重な物ではあるが、時計とは比べ物にならない。男たちの目的が、この鐘なわけはない。
 つまり。男たちの狙いは、外からの救援を断ち、私たち時ノ護を孤立させること。周囲に民家はないから、今の音もきっと誰にも聞こえていない。
 私たち時ノ護というここの番人を孤立させ、消し……邪魔者がいなくなったら。
 きっと、時計塔へと魔の手を伸ばす。

 ——時計は国民の希望

 先代の、直接頭の中に響くような声が、昨日のことのように鮮明に蘇る。

 それだけは、させない。この命に代えても、時計塔は守る。それが時ノ護たるものの定め。あの時に覚悟は決めた。
 心の中で自らに言い聞かせるように唱え、震える手を握りしめる。


 だが。その決意は、恐ろしいほど簡単に揺らぐことになる。


 一歩進んだことで、暗闇の中でうごめく人影が見え始める。その手前に、黒い塊があった。いや、違う。光を反射して輝いているのは、黒ではなく、柔らかい茶色だ。茶色、それは。
 リー姉さんの、髪の色。
 

 咄嗟に叫びかけた声を抑えられたのは、我ながら奇跡のようだった。燃え盛る熱が、身のうちを焦がす。すっと周囲の音が遠のき、視界が赤く染まる。この熱の赴くまま、あの男たちに飛びかかれたらどれほど楽なことか。  
 音を立てないように、美しい装飾がうっすらと施された鎖の破片を手に取り、さらに一歩前に出る。
 その瞬間、姉さんが、気が遠くなるほどゆっくりと、首をこちらに向けた。瞳は焦点が合っておらず、顔は苦痛にひどく歪んでいる。その瞳が私を写した瞬間、強く光を放った。衣擦れの音もしないほどわずかに、姉さんは首を振る。

 姉さん、と叫んで駆け寄りたい衝動を、必死で殺す。
 まだ、助かる可能性はある。助けるためには、軽率な行動は命取りだ。姉さんは、私に忠告してくれた。
 そのことが胸に染み込むにつれ、狭まっていた視野は少しずつ元に戻り、男たちの作り出す喧騒が耳に届く。

 この様子だと、ほぼ間違いなく出入り口は封鎖されているだろう。でも、私1人では何も出来ないのは自明の理だ。
 ……時計塔には、予備の鐘や秘密の出入り口などはないだろうか。そうすれば、誰か外の人に助けを求められる。
 時ノ護に代々伝わる本。あれに、時計塔の全てが記されている。もしありかが記されているとしたら、その本の中だろう。万に一つ、もしかしたらそれ以上に少ない確率だが、それにかけるしかない。
 非常事態にしか開いてはいけない、と言われていたが、今は間違いなく非常事態だ。

 脳内に書庫への地図を呼び出し、必死で頭を回転させる。
 だが私は、決定的なことに気がつけていなかった。
 長く降り続いている雨の音に紛れ、近づいてくる複数の足跡。(②) 気がついた時には、もうすぐそばまで迫ってきていた。地面から伝わってくるさざなみのような振動に気がついた瞬間、ひゅっと音を立てて喉がなり、心臓の音が痛いほどうるさくなる。
 先程あれだけの物音を立てて階段を駆け下りたのだ。もう1人の存在に気がつかれていて当然だろう。自らの迂闊さを呪うが、もう手遅れだ。今から移動すれば、確実に物音で気がつかれる。
 なにか。なにか男たちの注意をそらすことができれば。周囲を歩き回る物音から察するに、男たちは私の存在に気がついていても、私がここにいることには気がついていない。
 不意に、脳に電流がかけぬけたような衝撃が走った。男たちが私のいる方向から目を離した瞬間、手に持った鎖の破片を振りかぶり、時計塔とは反対の方向へ精一杯の力で投げ捨てる。(⑤)
 きん、と乾いた金属質な音が響いた瞬間、私は家具や扉の影をたどりながら、時計塔に向かって脱兎のごとく駆け出した。足音は慌てた様子の男たちが立てる騒音に紛れ、響くことはない。
 気づかれない。これなら、きっと。
 そう自分に言い聞かせ、高速で脈打つ心臓をなだめながら、時計塔の近くにある書庫へと走る。

 書庫に駆け込み、内側から鍵をかける。ここの鍵を持つのは時ノ護だけのはずだが、安心は出来ない。リー姉さんはもう、男たちの手の中にあるから。
 ……リー姉さん。
 暗がりに沈む姿を思い出した瞬間、こみ上げるものを抑えきれず、頬を温かい液体が伝った。(①) 泣いている暇などない。今この瞬間も、姉さんは。
 そう思うものの、一度決壊した堰は、元に戻ろうとしない。幼い子供のように泣き叫びたい衝動を必死で抑え、頬を伝う液体はそのままに、本を探す。
 書庫にはうっすらと淡い光が差し込み、ゆっくりと舞う埃を浮かび上がらせている。これほどの事態だというのに、いっそ不自然なまでに静謐な空気を漂わせる書庫に、波立っていた心を柔らかく撫でられたような気がした。

 目的のものは、部屋の中央にあった。

 震える手で、本を開く。紙をめくるたびに、古い紙の独特な香りが辺りに立ち込める。はやる心を抑えつけ、一つ一つの記述に目を通していく。

 どれだけの時間が過ぎただろうか。求めた答えは何一つ見つからないまま、指先が一番最後の一枚を捉える。
 だが、そこに記されていたのは、求めた答えではなかった。
 秘密の出入り口も、緊急用の鐘も、この時計塔には存在しない。

 視界が歪み、かすかな光が引き伸ばされて渦を巻く。
 
 リー姉さん。あれから、どれくらいの時間が経ってしまっただろうか。現実逃避かもしれない。だが、ただ無性に時計が見たかった。本を握りしめたまま、窓へと向かう。
 書庫の窓を開けると、雨が吹き込んできた。しっとりと濡れていく髪には構わず、窓から身を乗り出すようにして時計を見上げる。水滴が目に入りそうになり、慌てて手で庇を作る。

 今は。12時、少し前。

 不意に、握りしめた本の最後の一ページが脳裏をよぎった。
 寒さが、それとも興奮か。震える手で、もう一度本を開く。


 ……12時、少し前。


 冷たい水滴が頬を伝う。


 ああ、見つけた。外に異変を知らせる、唯一の方法。

 12時の鐘がなる前に、時計を止める。
 非常用の鐘が鳴るのではなく、今まで決して絶えることのなかった鐘がならなければ。外に与える影響は、非常用の鐘が鳴った時とは比にならない。
 12時になってからでは遅い。確実に、大人数に気がついてもらうには、ただ時計を止めるだけでは不十分だ。

 止め方は、この本の最後に記されている。拍子抜けするほど簡単に。
 時計機械室。全ての鍵を握るその場所に辿り着けさえすれば。私が今時計塔の手前にいるのだから、この先は安全だ。

 だが。でも。

 時ノ護が、時計を止める。そんなこと、許されるわけがない。(⑧)
 それに、誰も、時ノ護でさえも、時計の動かし方、合わせ方は知らない。時計は、神さまのものだと伝えられているから。一度止めたら、取り返しのつかないことになる。

 ——その命に代えても、時計を護りなさい
 ——未来永劫、時計とともにあらんことを

 再び、先代の声が頭の中に響く。12時まで、あとわずか。悠長に悩んでいる時間など、ないというのに。
 震える体は、凍りついたように動こうとしない。(⑥)

 でも、でも……!

 肩を震わせ、目に涙を浮かべながら笑うリー姉さんの姿が、目の前に浮かぶ。あの時の温もりが、体を包みこんだような気がした。
 不意に、口の中に、朝の卵焼き……ではなく目玉焼きの味が蘇る。そう、あの、スタイリッシュな目玉焼き。(③)
 溢れる涙はそのままに、小さく微笑む。揺れていた心が、静かに定まっていく。


 リー姉さん、少しだけ待ってて。すぐに助けるから……!


 時計塔の扉を開け放ち、階段に足をかける。ここから先は、もう後戻りはできない。(⑦)
 でも、もう迷いはしない。
 2段目に、足をかける。今までに、数え切れないほど踏みしめた板を強く蹴り、私は走り出す。

 12時まで、あとわずか。

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 右、左、右、左。

 走り始めてすぐに、下りとは比べ物にならないほどの疲労が私にのしかかった。視界は白く染まり、体を動かすたびに脇腹に裂けるような痛みが走る。

 右、左、右、左。

全く言うことを聞かず、鉛のように重い足を、意志の力だけで持ち上げる。一歩。また一歩。

 右、左、右、左、み……。

 不規則ながらも絶えることはなく響いていた足音が、急に乱れた。
 危険を感じた時にはもう遅く、なすすべもなく私は前に倒れこみ、体に殴られたかのような衝撃が走る。右足が引っかかったのだ、と理解するのにひどく時間がかかった。
 身をよじるようにして身体を起こし、悲鳴をあげて痛みを訴える全身を無視して、さらに一歩を踏み出す。

 右、左、右、左。

 心に浮かぶのは、ただ一つの想い。

 間に合って。

 かすむ視界が、最後の一段を捉えた。一気に部屋に駆け込み、本に記されていた、部屋の一角に備え付けられた棒へと手を伸ばす。
 長年共に過ごしていながら、初めて触れる時計の心臓は予想外にひんやりとしていて、火照った身体から熱を奪っていく。
 ここを握って、下ろす。それで、全てが終わる。

 指先が白くなるほど強く棒を握り、全体重をかける。
 だが、いくら力を込めようとも、まるで時計が止められることを拒んでいるかのように、棒は全く動こうとしない。

 お願い。動いて。
 脳が焼き切れそうなほど、強く願う。

 それでも頑として動こうとしない時計に、怒りが、突如うねりとなって吹き上げた。
「姉さん1人救えなくて、何が神さまよ!!」
 床に、手に握る棒に、水滴が飛び散る。(①)
「あなたは神さまなんでしょ?! 国を守ってるんでしょ?! だったら、姉さんを助けてよ!!」
 
 その声が届いたかはわからない。叫んだことで力が強まっただけかもしれない。でも。

 微かな、けれど確かな。耳触りでありながら、どこか荘厳な音が、部屋を揺らし。
 先ほどまでの重さが嘘だったかのように、棒が下がった。

 その刹那、響いた音を、私は一生忘れることはないだろう。
 救いと、恐怖。安堵と、絶望。何重もの相反する感情を乗せた、何もかもを震わせるような音だった。

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 12時。

 道行く人も。雨に負けぬよう、大きな声を張り上げ、客を呼び止める人も。料理をする人も。男も、女も、大人も、子供も。
 全ての人が、心のどこかで神の声を待ちわびる。今日も、その先も、何十年経とうとも、その音がなりひびくことを疑いもせず。

 だが、12時の少し前で、時計はその動きを止めていた。

 最初に異変に気がついたのは誰だったか。
 異様な静けさに包まれる中、不安に駆られる人々が、天までそびえ立つような白亜の塔へと目を向ける。降り続く雨で視界は遮られ、人々は必死で目を凝らす。

 ざわめきが、街を駆け抜けていく。恐怖に体を震わせる人もいれば、好奇心に目を輝かせる子供もいる。血相を変えた、屈強な男たちや騎士団が時計塔へと走っていく。

 混乱する街の中、人々の想いを一身に受け止める時計塔は、静かに沈黙を守っていた。

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 こと、と微かな音を立てて、湯気を立てる皿が目の前に置かれた。その中心には、通称、スタイリッシュな目玉焼きが鎮座している。
 やや顔色は悪いものの、いつも通りのリー姉さんが、微笑んで皿を並べている。

 あの男たちは、反王家を掲げる集団の一部だったらしい。私の予想通り、最終的な狙いは時計だったようだ。
 だから、あの時の私の決断は、当然許されるものではないが、一概に罪だと断ずることはできないのだとか。
 私たちのことは、今日、結論が出る。結果によっては、私も、姉さんも……。
 軽く首を振って、沈みかける思いを振り払う。
「リー姉さん、ありがとう」
「……ルーナ、大丈夫だよ。私がいる」
 そう言って、姉さんが私の頭を撫でる。震える心を見透かされたようで、少しだけ恥ずかしかった。自分でも気がつかないうちにこわばっていた体が、ゆっくりと解けていく。
 もしかしたら、このスタイリッシュな目玉焼きが、最後の晩餐だったりして。そう思うと、震えるような恐怖とともに、なぜか、無性に笑いが込み上げてきた。
「大丈夫だよ。……このスタイリッシュな目玉焼きがあればっ!」
「えっと、喜んで良いのかどうか、微妙な気分なんだけど」
「喜んで良いの! ……大好きだよ」
 このスタイリッシュな目玉焼きも、もちろん姉さんも。
 そう口にするまでもなく、姉さんには伝わっているだろう。

 妙に柔らかいそれをすくい上げ、口元へと運ぶ。

 柔らかく、優しい味が、口の中に広がった。


 完


【簡易解説】
時計を神として崇める国、クロノー王国。ある日、時計塔が襲撃され、時計塔から外への連絡手段が絶たれてしまう。時計の時報を鳴らさないことによって外へ異変を知らせ、助けを呼ぶため、本で時計の止め方を調べ、時計を止めた。
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