新元号問題【決定者の希望】

要約
カメオは総理大臣秘書官。そして彼が見ていたテレビは24時間以内のその場所の未来を見ることができる。新元号が異なると他の未来も変わるため、カメオはそのテレビを使って被害を最小限に抑えることのできる元号を片っ端から探していた。

解説
総理大臣秘書官のカメオは、総理大臣、そして官房長官と共に記者会見室にいた。
と言っても、ここで会見を行っていた訳ではない。新元号発表まで遂に24時間を切り、新たな時代の幕開けに希望を膨らませながらも、平成時代が終わってしまうことに若干の寂しさを感じた総理大臣が官房長官と思い出を語り合っていたのだ。

「さて明日君がしっかり元号が言えるかどうか確認しておくとしようか」
「ちょっと総理、縁起でもないことを言わないで下さいよ」

総理大臣が電話をかけ、しばらくすると黒服の男たちが厳重に閉ざされた箱を運んできた。総理は自らが所持していた鍵で中を開ける。
中には時代を感じさせるブラウン管型のようなテレビが入っていた。それを箱から出し机に置くと、総理大臣は慣れた手つきでスイッチを押しダイヤルを回した。
すると、多くの記者が集まりその後官房長官が現れる記者会見室の映像が流れ出した。そして緊張した面持ちでその映像の中の官房長官は言う。

「新元号は『安久』です」

そう、このテレビは只の趣を感じさせるテレビではない。最新技術が注ぎ込まれた恐らく世界でこれ一台しか無い「未来が見えるテレビ」なのだ。このテレビの存在はトップシークレットであるため、存在を知る者はごく僅かだ。
厳密には新元号は現時点ではまだ決定しておらず、明日の午前中に行われる有識者会議で3つの候補から最終決定がなされる。だが実際には新元号はほぼほぼ決まっており、それが「安久」なのである。そのため未来ではその元号がそのまま反映されているのだ。
その映像にちゃんと新元号を正しく言えた自分の姿が映っていることを確認した官房長官は、ホッと胸を撫で下ろす。だが安心したのも束の間、その後の映像には驚くべきものが映し出されていた。
官房長官の新元号発表直後、物凄く大きな揺れが会場を襲う。次々と倒れていく人々。だが倒れるのは人間だけではなく、壁や天井も倒壊してしまった。揺れが収まり、咄嗟に机の下に潜り込んだ官房長官が無事なのは確認されたが、他の記者たちは殆どが瓦礫の下敷きになってしまった・・・
これを見た3人は暫く言葉も出ず、ただぼうっと映像の続きを見ていた。だがすぐに救助が来ないことがわかると、やはりこの会場だけでなく多くの場所が震災に見舞われていることが予測できた。
ハッとカメオは意識を戻し、総理大臣に話しかける。

「あの、総理、大丈夫ですか？」
「あ、あぁ、問題無い。だがどうしたものか」

この映像を公開すれば、震災の被害は最小限に抑えられるだろう。しかしそれ以上にこのテレビの存在が騒動となり、日本は、いや世界は混乱の渦に巻き込まれてしまう。
すると官房長官があることを思い付いた。

「あの、別の新元号にする、というのはどうでしょうか」

それを聞いた総理大臣は一言「成る程」と呟き、その後3人は新元号が二番目の候補「安永」に決定することを念じた。念じた人物がその映像の時間までの行動で念じた状況を作り出すことができる場合、未来を変えることができ、テレビの映像も変化する。
総理大臣は再度ダイヤルを回し、官房長官の発表の時間まで巻き戻す。

「新元号は『安永』です」

その発言の直後、やはり地震が起こった。だが「安久」の時に比べ揺れが小さいのか、揺れが収まった時の瓦礫の数が少ない。下敷きになった人も先程より少数のようだ。
未来を変えることは、時として何の因果もないものの未来も変えてしまうことがある。今までの経験から、そのことを3人はよくわかっていた。
元号が違うと震度も異なる。それがわかった3人は三番目の候補「安始」も試してみた。だが発表後揺れが起こるとすぐに瓦礫が落ち、官房長官までも下敷きになってしまった。
その映像を見た直後、総理大臣はカメオに言う。

「君はここに残って一番被害の少ない元号を見つけ出してくれ。これは命令だ」

そう言い残すと総理大臣は官房長官を連れて会見室を後にし、その入り口には門番をつけてカメオ以外会見室の立ち入りを禁止した。


その10時間後・・・


「新元号は『望晴』です」

その発言の直後、大きな揺れが起こる。そう考えたカメオの予想は見事的中したが、カメオは全く嬉しくなかった。
もう何回この惨事を見ただろうか…いや、同じように見えて元号が違うとその揺れも確実に異なる。実際今回は官房長官が瓦礫に押し潰されたが、もう死んでいるようにみえる。これは同じような瓦礫が降った「望幸」の時とはまるで違う・・・
カメオは半ば間違い探しの要領で被害の程度を把握していた。そして念ずる時に手帳に書いたその元号に、揺れが他より小さいと思われる場合は○を、官房長官が瓦礫の下敷きになった時は×を、というように印を添え、それぞれの元号の特徴を記録していった。この時には既にカメオには感情は無く、被害の違いだけがカメオの原動力となっていた。


その8時間後・・・


「雲珍」の映像を見終わったカメオは、総理大臣に電話をかけた。

「もしもし！？」
「あの、総理・・・」
「その声はカメオ君か！どうだ、一番被害の少ない元号は見つかったか！？」
「いやそれが・・・」
「もしや相当おかしな元号になったのか？いや、それでもいい！官邸が、私の家が、いや国民の命が最優先だ！！で、その元号は何だ？」
「いや、そうではなく・・・」

「会見場を、変えましょう」

その後官邸に熊が出没したというデマを総理自らが流し、また5分前という有り得ない早さで緊急地震速報を出したお陰で、未来が見えるテレビの存在が知られることなく最小限の被害に抑えることができましたとさ。めでたし、めでたし。