首筋のロマンス

【長め解説】

僕の前の席の橋本サヤカは、きれいな黒髪が自慢だ。
窓から風が吹きこむとそよそよとなびいて、この世ならざる美しさ。可愛くて優しくて、本当に天使みたいな子なんだ。

でも僕は知っている。
彼女が髪をのばしているのは、隣のクラスのアイツのためだってことを。
「ミノル君って竹内君と同じ部活だよね。竹内君の好みとか聞いてもらえないかな？」
数ヶ月前、可愛くお願いされてしまった。
くっそ、憧れの橋本さんに頼られたら断れないじゃんか……
僕は竹内のヤツが黒髪ロング好きだということをリサーチしてきてあげた。
「あーあ。何やってんだろな俺」
毎日少しずつのびていく彼女の髪を、僕は後ろの席から複雑な思いで見つめるのだった。


◆◆


ある日、彼女は髪を切ってきた。それはもうバッサリと。
僕の前の席につくと、その白い首筋に赤い虫刺され跡が見えた。

艶めかしく感じてドキリとする。

「すごく切ったね！ 似合ってる！」
「サヤカちゃん、可愛い〜」
「本当？ ありがとう！」
照れ笑いしながら女子とワイワイしている彼女の顔はどことなく元気がない。
あんなに張り切ってのばしていたのに、どうして切ってしまったんだ？ もしかして……

始業ベルが鳴り、女子たちが自席に帰っていくと、彼女は僕の方へ振り向いた。そして、「失恋しちゃった」と寂しそうにささやいた。
（やはりな！ ）と心の中でガッツポーズ。
にやけそうになるのをこらえて、僕は心から悲しそうな顔をしてみせた。
「そうか……残念だね。あとで話きくよ」
はにかみながら頷き、彼女は前に向き直った。

新鮮な後ろ姿。
僕はいつのまにか、君のこと手の届かない天使のように思ってたみたいだ。赤く腫れた虫刺され跡が生身の人間であることを思い出させてくれた。
諦めるもんか。僕はいつか君をふりむかせる。……きっと！