星宙

「お父さん、昔はあんなにかっこよくて髪もふさふさだったのに。今ではこんなにツルツルの禿げ頭だなんて」

「寄る年波には誰も勝てん。私が死ねばかっこいい銅像だけが残るから良いんだよ。それにこれはハゲじゃなくて自分で剃ってるからこうなっているだけであって……」

「はいはい、その話はもう聞き飽きたよ」

　実家の一室にて、くどくどと語る父の禿げ頭を撫でながらカメコは笑った。背も曲がりこじんまりとして、髪もすっかり抜け落ちて頬もこけてしまったその姿は、最早かつての面影を完全に失っている。立派な銅像を見れば見る程、その姿の変わりようは際立っていく。

　父は何故それでも、銅像の見える位置から寝室を変えないのだろうとカメコは心の底から不思議に思った。変わっていく自分の姿と変わらないかつて体現した理想の姿。その比較に毎日苛まれることに抵抗は無かったのかと。

「……父さん」

「ん？どうした」

　しかしカメコは問わない。そこにある感情を知るにはきっと自分はまだ父のことを知らなさすぎると思っているから。

「ううん、何でもない。それより今日の昼御飯は何にする？」

「昼御飯ならさっき食べたろうが」

「ちっ、覚えてたかボケ老人のくせに」

「おい」

　いつか父のことを理解できる日が来たら良いな、と思いながらカメコは静かに手帳を開く。10月のある日を境に様々な予定の上に×が沢山書かれた手帳、水分で滲んだページを眺めながらカメコはそっと溜息を吐き手帳を閉じる。
　――あともう少しだけ、せめて後悔の無いように。