生まれて初めて雪を見た少女は、大切な写真を破くことに決めた。
一体なぜ?
こんにちは!こんばんは!「マクガフィン」です!!
久しぶりに創りだすの司会を務めさせていただきます。お手柔らかにどうぞ!
前回の創りだすはこちら→https://late-late.jp/mondai/show/13725
先日、日本でも桜の開花と降雪が同時に観測されました。あながち季節外れとも言えなくなった春の雪ですが、皆さんは一体どんな雪を、写真を、描き取るのでしょうか?
それでは恒例のルール説明に行ってみましょう!!
★★1・要素募集フェーズ★★
[4/10(土)21:00頃~質問が50個集まるまで]
まず、正解を創りだすカギとなる質問(要素選出)をしていただきます。
☆要素選出の手順
1.要素の投稿
出題直後から、YESかNOで答えられる質問を受け付けます。質問は1人4回まででお願いします。
今回も、ある程度の矛盾要素をOKとします。
皆様から寄せられた質問の数が50個に達すると締め切りです。
2.要素の選出←特殊ルールアリ‼︎
今回の要素は全部で8個選出されるのですが、ここで今回限りの特殊ルールが存在します。
要素8個の内訳はというと・・・
①ランダム要素2個
②主催者選出3個
③要素質問についたハートの数が多いもの3個
となっておりまして、質問が50個出揃った段階で、または少し時間を置いた段階で、質問右下のハートを多く獲得していた質問(それほど厳密には集計しませんのでご留意を)が3個選出されます。
ハートをつける数やタイミング等に制限はありませんので、この要素面白そうだな!と思った質問には好きなだけハートを押してください。
頃合いを見て3つの要素を選んだのち、ランダム要素及び主催者選出要素を選出いたします。
ただし、該当する要素が条件が狭まりすぎるものであった場合は、主催者判断でその他の質問を代替採用することがあります。
選ばれた質問には「YES!」または「NO!」の返答とともに『[良い質問]』(=良質)がつきます。
※良質としたものを以下『要素』と呼びます。
※条件が狭まりすぎる物は採用いたしません。
[矛盾例]田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね? →今回もOKとします。
[狭い例]ノンフィクションですか?(不採用)
[狭い例]登場キャラは1人ですか?(不採用)
[狭い例]ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)
要素が揃った後、まとメモに要素を書き出しますのでご活用ください。
★★2・投稿フェーズ★★
[要素選定直後~4/22(木)23:59]
要素募集フェーズが終わったら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズ』に移行します。
各要素を全て含んだ解説案をご投稿ください。
らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだしましょう!
※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖版・ラテシン版)」もご参考ください。
ラテシン版
http://suihei.net/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
らてらて鯖:
https://latelate.jp/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
☆作品投稿の手順
1.投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
2.すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
3.まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
投稿フェーズ終了後にタイトル部分のみを[良質]にします。タイトル並びに本文は投稿フェーズ期間内では編集可能としますが、投稿フェーズ終了と同時にタイトルと本文共に編集出来なくなるためご注意ください。
4.次の質問欄に本文を入力します。
「長文にするならチェック」がなくなりましたので、主催が長文許可を忘れてなければそのまま質問欄にて改行込みでのコピペが可能です。
つけ忘れていた場合は、お手数ですが適当な文字を入力した後に質問の編集画面に飛び、作品をコピペしてください。
5.本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
※作品のエントリーを辞退される際は、タイトルに<投票対象外>を付記して下さい。
また、少しでも気軽にご参加いただくために、今回の創りだすでは次回主催辞退制度を採用しております。
仮にシェチュ王を獲得しても次回の主催を務める時間・自信がない…という方は、投稿フェーズ終了後に設置される投票所にて、その旨をお伝えください。
シェチュ王辞退を他の参加者に知られたくない方は、投票所の相談チャットにて「出題者のみに表示」にチェックを入れて書き込むか、「マクガフィン」までミニメールを送ってください。
★★3・投票フェーズ★★
投票会場設置後~4/29(木・祝)23:59
※作品数・投票数の多寡に応じて、期間を変更する場合がございます。
☆投票の手順
1.投稿期間終了後、別ページにて、「正解を創りだすウミガメ・投票会場」(闇スープ)を設置いたします。
2.作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、気に入った作品に投票できます。
それぞれの「タイトル・票数・作者・感想」を質問欄で述べてください。
また、「最も組み込むのが難しかった(難しそうな)要素」も1つお答えください。こちらの投票数は「シェフ」と「観戦者」で共通です。
※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構いません。
※自分の作品に投票は出来ません。その分の票を棄権したとみなします。
※投票自体に良質正解マーカーはつけません。ご了承ください。
またこれらとは別にサブ投票として「匠賞」「エモンガ賞」「スッキリ賞」を設けさせていただきます。
これらの詳細は投票会場にてご説明いたします。
3.皆様の投票により、以下の受賞者が決定します。
◆最難関要素賞(最も票を集めた要素):その質問に[正解]を進呈
◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品):その作品のタイトルと本文に[正解]を進呈
◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計):全ての作品のタイトルと本文に[正解]を進呈
見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題していただきます!
[最難関要素賞]および[最優秀作品賞]・・・同率で受賞です。
[シェチュ王]・・・獲得票数が同率の場合、最も多くの人数から票を獲得したシェフが受賞です。(投票者の頭数です。)
それでも同率の場合、出題者が事前に投じた3票を計算に入れて、再集計します。
それでもなお同率の場合は、最終作品の投稿が早い順に決定させていただきます。
◇◇コインコードについて◇◇
シェチュ王……400c
最優秀作品賞…100c
最難関要素賞…10c
シェフ参加賞…5c
投票参加賞……5c
上記の通り、賞に応じてコインコードを発行する予定です。皆さま是非お気軽にご参加くださいませ。
※「最優秀作品賞」および「最難関要素賞」については、1名分のコインコードしか用意がございません。
このため同率受賞の場合は、先に投稿された要素/作品の投稿者の方にコインコードを贈呈させていただきます。あらかじめご了承ください。
■■タイムテーブル■■
☆要素募集フェーズ
4/10(土)21:00頃~質問が50個集まるまで
☆投稿フェーズ
要素選定直後~4/22(木)23:59
☆投票フェーズ
投票会場設置後~4/29(木・祝)23:59
☆結果発表
4/30(金)21:00(予定)
※諸事情により予定日時が変更される可能性がございます。
以上でなが〜い説明も終了となります。なかなかややこしくて混乱なさるかとも思いますが、とりあえず細かいルールはそのフェーズが始まった時にでもご確認ください。
今回の創りだすでは、要素募集は楽しく!投稿フェーズは少し長く!次回主催辞退してもいいよ!ということで、参加したことがない方、最近足が遠のいている方でも気軽に参加できる敷居の低さを目指しております。
どうぞ皆様、投稿や投票へのご参加もよろしくお願いいたします( ´ ▽ ` )
さて、それではこれより第34回正解を創りだすウミガメ、開始となります!!
まずは要素募集フェーズから。
要素投稿は一人4個まで、50個集まったら終了、気になった要素はいつでも好きなだけハートをぽちぽち!
OKですね??
それでは張り切って参りましょう!
Let’s Go! Go! Go! Go!
結果発表致しました!栄えあるシェチュ王の座に輝いたのは…!?
21:40になったら要素を選出しますので、それまでにLet's ぽちぽち〜!
これより投稿フェーズに入ります!
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。
④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
それでは、作品投稿フェーズへと移行します。
皆様の作品を心からお持ちしております。
あなたの好きな動物はなに?(9)
きまぐれな猫?忠実な犬?百獣の王ライオン?それとも、爬虫類や虫かしら?
私が一番好きなのは…
・・・
私の8歳の誕生日。
クリスマスソングをかけながら、皆からプレゼントをもらう幸せな時間。(10)
旅好きのパパは「日本に行った時のだよ」って、木彫りの熊と一枚の写真をくれた。
私はその写真に目を奪われたわ。
小さく、ふわふわで、つぶらな瞳に長い耳。
あまりの可愛さに、私は人生いちばんの衝撃を受けた。
「これ、なんて動物なの!?」
「ウサギだよ。」
「ウサギ!?でも、図鑑に載ってる子とはずいぶん違うわ。」
「このウサギはね、一部の国にしかいない貴重な種類なんだ。」
「とってもカワイイ…。ねえパパ、この子を家に迎えたいわ。」
パパは水を一杯コップに注いで、言った。(14)
「そのウサギはね、環境の変化にとても弱いんだ。」
パパはコップの水を一気に飲んで、続けた。(19)
「環境が変わると、この水みたいにすぐに消えてしまうんだよ。」
「なにいってるのよ。お水が消えたのは、パパが飲んじゃったからじゃない。」
私はふてくされて、ベッドに行ったわ。
その時決めたのよ。いつか必ず日本に行って、このウサギちゃんに会うって。
・・・
そして今。18になった私は、進学を理由に日本に留学に来たってワケ。
日本には四季っていうのがあって、今は冬。とっても寒いわ。
でも負けない、なんとしてもウサちゃんに会うんだか…ら…?
私は目を疑った。
まさに目の前、道端にお目当てのウサちゃんがいるではないか。
「ワ、ワオ…かわいい…。」
「よお、姉ちゃん。そんなに可愛いかい。」
余りにじろじろ見ていたせいか声をかけられてしまった。
でもかわいいは万国共通よね。ああ、なんでそんなにかわいいの…。
「ええ、とってもかわいいわ…。」
「そうかそうか。まあ魂込めて創ったからなあ、その雪ウサギ。」
……は?つくった?
ふと見渡すと、他にも真っ白な生き物がたくさんいる。
丸まった猫、お座りする犬、咆哮をあげるライオン。あの蛇なんか躍動感満点で、いまにも這ってきそうな……(27)
そのあたりで、父親の十年越しのいたずらに気づく私。
さっきまでの感動の震えは止まって、新たな震えが始まった。(32)
そりゃもう、雪のウサギを溶かす程のヤツがね。
・・・
好きな動物は何?って聞かれたら、やっぱり今でもウサギだけど。
かならず最後に、こう付け加えることにしてる。
「ただし、生きてるのに限る」(39)
……あ、雪ウサギがきらいなワケじゃないよ。
さっぽろ雪まつりは、毎年楽しいしね。(46)
・・・
簡易解説:雪の降らない国に住んでいた少女は、雪像のウサギを生き物だと勘違いしていた。その勘違いの元が父のくれた写真だったので、怒りを込めて引き裂くことにしたのである。あとで実家に郵送するつもりらしい。
-終-
投稿フェーズ開始から1時間で創りだされたという速さも驚きですが、父親の娘に対するかわいらしい悪戯と、それに気づくまでの微笑ましいストーリーに心が暖かくなります。
問題文の影響もあって悲劇を描いた作品が多い中でのハートフルな物語に感服です。
[編集済]
【解説】
ある秘密結社は、×に4つの点を加えたマークを目印にしていた。つまり『※』に似たマークである。もちろん、実際の宗教とは何ら関係ない。⑦
その秘密結社は、少女を人柱にある儀式を行おうとしていた。そのため、少女を幼いころからさらい、9つになる今日まで監禁していたのである。少女が連れ去られた日は、1年に1度行われる、村人が1番楽しみにしているお祭りの日だった。①⑧
少女は首にさげた、家族との写真が入っているロケットをお守り代わりに、日々を耐えしのいだ。
ある日、夜に監視の目が弱まるのを悟った少女は、夜に脱出できる可能性に賭けた。②
外に出た少女は、初めて見た雪があまりに美しかったので、息を飲んだ。④
追手から逃れるため、少女は茂みを這って進んだ。追手は競うように、少女と同じように這って茂みを進んだ。が、無事に少女は逃げ切った。⑤
夜を越せば、近くの村に辿り着くことができるだろう。安心して涙が流れてきた。③
ロケットの中の写真を破いたのは、写真を燃やして暖をとる際に、家族が映っている部分を取っておくためである。⑥
「……やっぱ、あたしなんかに頼らないほうがよかったんじゃないか?」
「そ、そんなことないって!」
――――――
以下、この解説ができるまでの過程。
暇な人以外は読まないでください! 時間をドブに捨ててしまいます!
「生まれて初めて雪を見た少女は、大切な写真を破くことに決めた。一体なぜ?」
「なにそれ、水平思考ゲーム?」
「よくわかってるねぇ。私が最近ハマっているサイトで、これを八つの要素で解決しろって問題が出されてるんだ」
「なにそれめんどくさそう。参加するやつみんなドMだろ」
「優勝者には鞭で叩いてもらえる権利が与えられる」
「本当にドMなのかよ」
「無知の知ってムチムチって感じがしていいよね」
「無恥はお前だよ」
「それで一緒に考えてもらおうと思って」
「まあいいけど……」
「なんだかんだで付き合いいいね。それじゃあ、早速考えよう。組み込めそうな要素から組み込んでいこっか」
「②の『よるにかけます』と、⑤の『はってきそうです』がひらがななのが引っかかるな」
「おっ、察しがいいね。②だと、『夜に駆ける』『夜に書ける』『夜に架ける』『夜に欠ける』『夜に賭ける』『「寄る」に賭ける』とか、いっぱいあるよね」
「口でいわれてもわからないけど、よくそんなに思いつくな」
「ここでちょっとライバルに揺さぶりをかけようと思ってね。ネタを削ってやった」
「…………? よくわかんねーけど、すげぇ意地悪な顔してるぞ」
「とにかくこれはパターンが多いから、逆に後から考えたほうがいいと思う」
「ん。⑦の『※です』とか意味わかんねぇな」
「これが今回、一番難しそうだね。難しい要素は、ギャグ的に回収したほうがいい」
「なるほどな」
「⑥の『震えは止まります』は雪にひっかけられそうだね」
「んー、でも逆にならねぇか? 雪は寒いだろ」
「死ねば震えなくなるんじゃない?」
「怖。サイコパスかよ」
「この界隈の人はみんなサイコパスだよ」
「否定しないんだな。……じゃあ殺すのか?」
「でも⑦をギャグで回収しといて死ぬとか意味わかんなくない?」
「急に常識を語るな。あたし、『じゃあ殺すのか?』って悪役みたいなこといっちゃったぞ」
「お似合いだったよ」
「あ?」
「ひっ……!」
「本気でビビるなよ」
「凄みが洒落にならないんだよ。え、ええと⑥ね。震えといえば地震だね。監禁されていた少女は地震によって建物が倒壊したことで、はじめて外に出られたっていうのはどう?」
「それ、安直ってやつなんじゃねーの?」
「そんないちいち捻ってたら全部の要素がこじれてエラいことになるって。安直じゃなくてシンプルっていっていただきたい。まあこれで基本的なラインはしっかりしたし、写真を破くのも火にくべるためってことでいいんじゃない?」
「でも破く必要ないだろ?」
「逆に考えるんだよ。大切な部分を守るために破いたと」
「なるほどな。だったら、火をくべたなら地震で震えるくだりいらなくないか? 地震で建物が壊れて少女が無事でいられる理由も、なんか理屈が弱いし」
「ほんとだ……。じゃあどうやって脱出させよう」
「脱出した経緯は必要ないんだろ? 脱出したところから初めていいだろ」
「めちゃくちゃ的確なアドバイスだ……さては経験者だな? やーい、このドM!」
「あ?」
「ひっ……! さ、③の『何か液体が流れます』は涙でいいかな」
「だからビビるなって」
「それにしても③の要素は広がりがあっていい要素だなー。これ考えた人、きっと気配りもできるし頭がいいんだろうな」
「急にどうしたんだよ。あとこの要素考えたやつ、要素出すの4つまでって書かれてるのに5つ出してるクソバカじゃねーか。気配りも何もあったもんじゃねーだろ」
「うるさいな。とりあえず、ここまででできた解答はこんな感じだね」
夜に監視の目が弱まるのを悟った少女は、夜に脱出の可能性を賭けた。②
写真を破いたのは、写真を燃やして暖をとる際、大切な部分を取っておくためである。⑥
その写真には、涙をさそう重大な秘密が隠されていたのDEATH☆※③
※DEATH☆=です☆⑦
「流石に⑦は無理がないか? ノリがクソ古いインターネットだし」
「ない!」
「あるよ」
「ないもん。こんなのいつまで続けてても水掛け論。次の議題に移ろう」
「お前が一緒に考えてくれって頼んだこと忘れてないよな?」
「ではなぜ監禁されてたのか!」
「勢いで誤魔化すなよ。まあいいけど。お前が困るだけだし」
「監禁されてた期間は1年、2年どころじゃないよね」
「雪を見たことがないくらいだからな。暖かい場所だったら別だけど」
「それはもう直前の人がやってるから駄目」
「そういうもんなのか」
「これから後に『夜に駆ける』『夜に書ける』『夜に架ける』『夜に欠ける』『夜に賭ける』『「寄る」に賭ける』を使うときは、私の許可を取れよ。おい、わかっただろうな? お前だよお前! これ読んでるお前!」
「やめろよ。友だちが狂うとこなんて見たくねーぞ」
「こんな私を、友だちっていってくれるのか……?」
「悪の道に堕ちた騎士かよ」
「①1番人気です、④飲み込みます、⑤はってきそうです、⑦※です、⑧1年に1度行われます……面倒な要素ばっか残ってるね」
「結局⑦は却下するのか」
「あれだけいわれたら、誰だって自信なくしちゃうよ」
「そこまでいってないし、むしろ自信があったことに驚きだよ」
「『這って』『貼って』『張って』……」
「また悪い顔してんぞ」
「漢字を決めようか。『這って競う』はどう?」
「何を競うんだよ」
「追いかけっこ? 少女といえば小さいでしょ? だから大人が通れない隙間も通れると思うんだ。ここに這う必然性が生じるわけ」
「でも『這う』も前の解答に使われてねーか?」
「私はいいの」
「とんだ暴君だ」
「飲み込むのはロケットとか?」
「首につるす?」
「ここで飲めるわけねーだろとか突っ込んできたら、ここぞとばかりに攻め立ててやるつもりだったのに」
「見積もりがセコすぎる。そこに写真が入ってたんだな」
「でもロケットを飲み込んでも殺されたら意味がないから、そこに必然性を加えないと」
「それなら死んだらロケットを回収できない状態にしたらよくないか?」
「んな状況ないから。ばか。あほ。まぬけ」
「そこまでいわれるのかよ。そうだな、断崖に追い詰められて、そこから落ちたら死体を回収できないとか。生きた状態で回収するしかなくなる」
「おみそれしました」
「あ、それだとロケット投げたら少女を追う必要がなくなるのか?」
「そうだよバカ」
「あ?」
「ひっ……! の、飲み込むだと、他にも息を呑むとかあるよね」
「それでいいか。外の美しさに息を飲むと」
「そゆこと」
「あ?」
「ひっ……! な、なに……?」
「いや、ビビるから面白くなって。あ?」
「ひっ……! や、やめてよ……」
「あたしそんなに人相悪いのか?」
「悪いのは柄だよ」
「…………」
「ああっ! 本気で落ちこんでる! ごめんね!」
「…………」
「沈黙が怖い……! そ、そうだ! ①と⑧は1がかぶってるし、1番人気の1年に1度行われるお祭り、とかでいいんじゃないの?」
「…………」
「⑦の※ですってどうクリアすればいいかな……。『※』は×に点が4つか……。点が4つ……うーん、何も思い浮かばない……」
「……秘密結社が『※』マークを目印にしてるとか」
「普段だったら秘密結社とかクソダサいっていうところだけど、さすがにそれをいえる空気じゃない……!」
「思い切りいってるが?」
「まあ、それでいってみようか!」
【解説】に続く。
(おしまい)
[編集済]
解説部分の圧倒的なスッキリ感と「家族が映った部分を残すために写真を破る」という画期的な発想に慄いていたら、その製作過程を描いた軽妙なやりとりに笑いを堪えられませんでした。
自分も同じだと共感するシェフの方、なるほどこうやって考えるのかと得心がいった観戦者の方も多いことでしょう。これが葛原イズムです。
簡易解説:母親を亡くした少女は地下に幽閉され虐げられながら育つが、引き取られた先の家族との写真を大切にしていた。しかしある夜、とある女性が会いに来て、共に外に出ることを決意する。その女性こそ少女の実の母親であり、本当の家族と再会した少女は引き取られた先の家族写真を破り捨て決別することを決めた。
『これはね、あなたのことなのよ』
お母さんはわたしの手のひらに直接なにかを書き込んだ。くすぐったくて思わず手を動かしてしまったら、書いたマークが少しゆがんだ。
『? これ、なぁに?』
『これはね―――…』
××××××
ぶるり、と凍えるような寒さで目が覚めた。
粗末な薄い布と裸足ではしのげない寒さに身を震わせた。
「ほら、コメ、ごはん持ってきてやったわよ」
心底面倒くさそうな声が聞こえ、私は身体を起こす。
目の前には鉄格子越しに義理の姉がぼんやりと見える。鉄格子のなかにいるのは私の方だ。
目が覚めたことで思考も現実に戻ってきた。
私が『コメ』と呼ばれていること。
もうお母さんはいないこと。
新しい家で地下暮らしをしていること。
…私が嫌われていること。
「こんな年末の忙しい時期に眠っていられるなんて、いいご身分だこと!!」
たっぷりの嫌味とともにパンが投げ込まれた。
私は黙ってパンを拾って静かに食べる。鼻で笑う音が聞こえた。
「あぁ、そうそう。明日お城でパーティがあるの。【⑧1年に1度行われる(46)】忘年パーティよ!私たちはそれに行ってくるからご飯はナシね」
「分かりました」
「ふふ、きっと王子様もお見えになるわね…。パーティで1番輝くのはこの私よ!コメもそう思うわよねぇ?」
「はい。お義姉さまはとても美しくいらっしゃるので、きっと【①1番人気だと思います(9)】」
「お前ごときが私を『姉』」などと呼ばないで頂戴!虫唾が走るわ!」
「…失礼しました」
実際『義理の』姉なのに…という口ごたえを【④飲み込み(19)】、素直に謝罪した。
機嫌を損ねてしまったらしい。
義理の姉は怒りながらその場を去って行ってしまった。
「……」
私は懐から1枚の写真を取り出し、眺める。
それには義理の家族と私が一緒に映っていた。私もこの『家族』の一員なのだという確たる証拠にして、心の拠り所。
たとえ辛く当たられても、いつか。
いつかきっと、『家族』として…。
ふと、視線が写真から自身の手のひらに移る。
手のひらのマークが薄くなって消えかけている。
【⑦『※』(39)】のマークだ。義理の姉が私を『コメ』と呼ぶのはこのマークが理由である。
このマークは、既に亡き本当のお母さんがよく描いてみせてくれていたものだ。
確か意味も聞いているハズなのだけど、何分昔のことなので覚えていない。
覚えていないけど、この『※』のマークは確かに実のお母さんとの絆だった。
写真と、このマーク。
これさえあれば、私は寂しくない。
私は素足を重ね、身を縮めた。
××××××
次の日。義理の姉が言っていたパーティがある日だ。
この日はいつもよりやけに寒くて、薄い布を纏って身を縮めて震えていた。
眠ってしまおう。
眠って、温かな夢を見よう。
冷たい現実なんて忘れてしまえるくらいに。
固く目を瞑った、その時。
べちゃ、べちゃ、べちゃ…
この場にあり得るはずもない音が聞こえてくる。
私の目はさえてしまった。
どくんどくんと心臓が緊張で鳴り響く。
べちゃ、べちゃ、べちゃ…
なにかが【⑤はってきそうな(27)】濡れた物音。私から【③何か液体が流れた(14)】。
こんなに寒いのに汗?いやまさか、涙?
徐々に近づいてくる物音に、私の恐怖は最高潮だった。
そうして、現れたのは―――…
「…あなた…」
身体を、特に足元を濡らした、優しそうな女性だった。
そのどこか懐かしい雰囲気のせいか、敵意はまったく感じない。
私は少しだけ安堵し、意を決して話しかけた。
「あの…どちら様、ですか…?」
「こんばんは。私は人攫いよ」
「ひ、人攫い…?」
いたずらっぽく笑う女性に、なぜかひどく安心感を覚えた。
「…なんて、違うわね。取り戻しにきただけだもの」
女性は私と目線を合わせ、まっすぐに私を見つめる。
…このまなざしを、知っている…。
「遅くなってごめんなさい。六花」
「りっか…!?」
「そう、あなたの名前は六花(りっか)よ。私の娘…」
お母さん…!?
なぜ、どうして、亡くなったはずじゃ、
と、動揺している間に鉄格子の扉は放たれ、私とお母さんとの間にある壁はなくなった。
「生きているかもしれないって情報を聞いたときから、寝る間を惜しんで探したのよ…!さぁ、こんな暗くて寒いところからは早く出ましょう!」
「で、でも…ここの人たちは…!」
「彼らはあなたを攫って行った泥棒よ。…家族写真、撮ったんじゃない?」
「え!?なんでそれを!」
「彼らは1枚だけ本当の家族のような写真を撮って、それを相手に持たせるの。そうすることで家族意識を持たせて逆らいにくくさせる。…卑劣だわ」
「……」
「さぁ、行きましょう」
「待ってください」
私の腕を引こうとした女性の手を振り払った。
女性は驚いていたが、この人こそが本当の人攫いである可能性もあるのだ。
母恋しい気持ちに付けこむようなら、許せない。
「あなたが、本当に私のお母さんなら、このマークの意味、分かりますよね…?」
「…!」
私は手のひらに残る『※』のマークを女性に見せつける。
女性は目を見開き固まっている。
…まさか、やはり、この人は本当のお母さんでは…
「…それはね、あなたのことなのよ」
今度は私が目を見開き固まる番だった。女性は優しく私の腕を引き、地下から家の中へ、そして家の外へ出ようとする。
今のセリフを、私は良く知っている。
ただ、その先は―――
「『六花』っていうのはね、雪の異名で、雪の結晶のことなの。『※』ってマーク、雪の結晶にそっくりでしょ?だから、これはあなたのことなのよ」
雪―――?
『ゆき』とはなんだろう、と疑問がわいた瞬間、ぶわりと冷たい風が身体を覆った。
その風にまざっている一際冷たい何かが―――!
「ひぇっ!?さ、さむ…!」
「あ、ごめんなさい。あなたのコートとブーツよ」
急いでコートとブーツを着用し、せめてもの暖を取る。
落ち着いたころ、改めて外の世界を目の当たりにした。
私に外の世界の記憶はない。私にとってあの地下の牢屋が世界のすべてだった。
白。
地面も空も、全てが、白。
天からふわふわと落ちてくる小さな白い粒。
これが、雪?
「これが、私?」
「ふふ、そうね。私があなたを生んだときも、こんな風に雪が積もっていたわ…」
「え?」
私がお母さんの顔を見上げれば、お母さんも私を見ていた。
優しい母親の眼だ。
「今日がチャンスだったの。年に一度、お城でパーティがある今夜が、あなたを連れ出す最高のチャンスだった。【②この夜に賭けたのよ(10)】」
そう言ってお母さんは私を抱きしめた。
強く強く抱きしめられて、お母さんの体温が直に感じられるようになる。
「そして、今日が、あなたの誕生日よ、六花。やっと、やっと言えるわ…」
「お母さん…!おかあさん…!!」
「誕生日おめでとう、六花」
私も持てる力の限り、お母さんを抱きしめた。
【⑥もう寒さは感じない(32)】。
私は本当の『家族』に出会えた。
偽りの家族は、もう、捨ててしまおう。
私はあの写真をびりびりに破って、あの『家族』と訣別することに決めたのだった。
【終】
タイトルの通り、少女の置かれた状況はシンデレラにそっくりです。しかし、彼女が幸せを手にするその過程は原作より何倍も感動的なものだと言えるでしょう。
特徴的な要素と問題文とをこれ以上ないほど上手く絡めることで、家族の絆が強く感じられる作品でした。
[編集済]
私が生まれた、ストラフトン山の麓にある、緑が芽吹き、穏やかで暖かな風が吹く、この小さな村には昔からずっと続く儀式がある。
1年に1度、その年に13歳になる娘を1人、神の巫女として捧げ、仕えさせる儀式。⑧(46)
そうすることで、神の威光により、この村に安寧が訪れるのだという。
儀式は村の長老様と神官様しか参加できない決まりだから見たことはないけれど、今まで巫女に選ばれた村の姉様達も、「私は神に仕えることができて光栄だわ。」と言っていた。
だから、村の大人達が、今年の巫女を私に決めたと聞いた時も、すんなりと受け入れられた。
お母様が村のみんなの前で、「ヨルが一番賢くて信心深いからって、みんな一番に推薦してくれたのよ。」①(9)なんて言うものだから、むしろ誇らしかった。
私が巫女に決まった夜、なんとなく目が覚めてしまって、何か飲み物でも飲もうかと起き出した時、お父様とお母様の部屋で、泣きじゃくるお母様とそれをなだめるお父様の声を耳にしてしまった。
「なぜヨルが巫女に選ばれてしまったの…なぜヨルなの…」「しょうがない。村のためなんだ。誰かが犠牲にならなければならない。俺だって悔しいよ。でもどうにもならないことなんだ…」
その夜はぐるぐると考えが頭の中を駆け巡ってしまった。②(10)巫女になった後、私はどうなってしまうのだろう?前に巫女になった姉様達とは、それからもう顔を合わせていない。巫女に選ばれることは誇らしいことだと思っていたのに、なぜお母様は泣いていたのだろう?なぜお父様は悔しいのだろう?犠牲になるとはどういうことだろう?
この村に安寧をもたらすという神は、一体本当はどういう存在なのだろう?
私が巫女になると決まってから数日後、お父様が村の外の行商から譲り受けたというライカのカメラを持ってきて、皆で家族写真を撮ろうと言った。カメラなんて高価なものはこの村では見たことが無かったから、写真を撮るときには少し緊張してしまったけれど、現像した写真を見たら、ちゃんと笑っていて安心した。
私とお父様とお母様、5歳の弟のヨゼフ。みんな笑っていた。
お父様が写真を一枚私に渡して、「この写真をずっと持っていてくれ。神の巫女になっても、ヨルは私たちの大切な家族だから。それだけは変わらないから。」と言った。普段は厳しいお父様の目が潤んでいた。お母様が私を強く抱きしめ、声を押し殺して泣いた。それにつられてヨゼフも泣いた。
私は悟った。ああ、この心優しい家族たちには、もう二度と会えないのだ、と。
私は死ぬのだ、と。
~~
儀式の日。
巫女の装束に身を包み、私は村の神殿の中にいた。懐にはお父様から貰った大切な家族写真を入れて。
神殿の中を、環状に並べられた数十本の蝋燭の明かりのみが薄暗く照らしている。その周りに、長老様と神官様数名が、等間隔で並んでいる。
私はその蝋燭の輪の中央にある、窪みの中に溜められた水の中に入るよう、長老様に促された。ひんやりとした水の感触を足に感じる。
長老様が私に語りかける。「ヨルシカ・アーカムソンよ。お前はこれから、我等が御神の使いとなり、定められた神のみこころに従い、この世の安寧の為に、自身のつとめを全うするのだ。よいな?」
長老様の言葉に、はい、と答える。目をつむり、手を合わせる。跪いて、祈りを捧げる。冷たい水の感触が膝まで伝わる。
「それではこれより儀式を始める。」長老様がそう告げると、私の頭に液体がかけられた。蜂蜜のような甘い香りと、アルコールのつんとした香りが鼻腔の中に入り込む。液体は私の身体を伝って流れ、③(14)私の足元の水の中に広がっていった。
神官様達が祝詞を唱え始める。
“いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく
ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ
あい! あい! はすたあ!”
今まで聞いたことのない言語。私は不安でたまらなかった。合わせた手に力が入る。
“いあ! いあ! いたくぁ! いたか くふあやく
ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ
あい! あい! いたくぁ!”
ふと、私の足元で異変を感じた。足元に溜まった水が、私の身体を伝って登ってきている。
お腹や背筋を水が登ってくる感覚は、まるで水の分子一つひとつが小さな虫になって這ってきそうな、ぞわぞわとした嫌なものがあった。⑤(27)
そうしているうちに、水は私の顔まで上がってきて、耳や鼻に入ってきた。固く結んだ口にも水がぬるりと入り込み、口腔の中にぞわぞわと広がっていく。そして、ついに水は私の全身を飲み込んでしまった。④(19)
水の中に取り込まれ、祝詞の言葉は不明瞭にしか聞こえなくなる。
“おー※あいの※いず※※あ※ま※※すー※だい”
“ばとわ※あ※のうりー※※※※じすぶぇ※です※※ちあ※きゃ※なと※※けいぷ”
⑦(39)
息苦しさと、皮膚や耳の穴の中や口腔内を蠢く水の感触の不快感が私を襲う。
だんだんと明確になっていく死への恐怖。
私は震えが止まらなかった。
かろうじて私の正気を繋いでいたのは、懐に入れた家族写真。
写真に写る家族の笑顔が、愛が、私に人としての意識を繋ぎ止めていた。
お父様、お母様、助けて。
両親の事を想いながら、意識は遠のき、だんだんと目の前が暗くなっていった。
~~
目を覚ますと、視界一面の白、白、白。
ごうごうと唸りをあげる風の音と風圧が私の顔面を襲う。
これが吹雪だと理解するのに、私は少し時間を要した。
一年中暖かな気候が続くストラフトン山では、雪など降ったことはなく、私は知識としてしか知らなかったからだ。
私の知識では、雪は冷たいものだと思っていたが、しかし、不思議と寒さは感じなかった。
遠くから雷鳴が聞こえる。私は猛吹雪の吹き荒れる中、ただただ立ち尽くしていた。
これが死後の世界だろうか?
そんな事を考えていたら、目の前の白の中に何かがいるのが見えてきた。
まず目に入ったのは、燃えるような鮮紅の光だ。それが目だと理解するのに時間を要したのは、それがあまりにも巨大だったからだ。
段々とその輪郭が見えてくる。“それ”は人に似た輪郭をしていたが、途方もなく巨大であった。
その身体の輪郭と吹雪の境界線は曖昧で、まるで弟のヨゼフが落書きで黒く塗りつぶして描いたようだ。
ふと、眼下を見下ろす。
私の育った村が、あれだけ雄大だったストラフトン山が小さく見えた。
私は、山よりも巨大な“それ”の掌の上に立っていた。
私は理解した。私の育った村の温和な気候は、所詮“それ”の気まぐれで成り立っていたこと。目の前の“それ”が人智を越えた存在であること。“それ”の前では人類なんてちっぽけな存在であること。“それ”が神とあがめられる存在であること。
きっと、“それ”が吹雪を纏った腕をひと薙ぎするだけで、辺りの大地が全て凍てつき、草木も生えない不毛の地となることが容易に想像できた。
“それ”が為すことに、人間の意思などこれっぽっちも意識されないであろう。人間とはなんてちっぽけな存在だろう。
私はふと自分の手を見た。その手は白く凍りついている。寒さを感じなかったのは、私自身がもうこの吹雪と変わらないものになったからだ。
私の心は躍った。私は矮小な人間から、神の一部となったのだ。もう恐怖の感情などなかった。身体の震えは止まっていた。⑥(32)
ふと私は懐に違和感を覚える。取り出すと、それは家族写真、私がまだ人間であった頃の写真だ。
人間である事への未練など、とうに無かった。
私は写真をビリビリと破る。写真の破片は吹雪とともに舞い散って消えた。
“それ”は鮮紅の目を遙か上空の宇宙へ向けると、私を伴い飛び立った。
これから、外宇宙への永い旅が始まる。
簡易解説
巫女の少女は吹雪を纏った神の一部となったことで気が触れてしまったので、人間であった頃の大切な写真を破いてしまった。
終
私は元ネタとなったものには全く詳しくないのですが、それでも儀式の描写や神となった少女の心情には本能的な恐怖を禁じ得ません。作品全体を通して読者に訴えかける神秘性は、イトラさんだからこそ描けたものなのではないでしょうか。 [編集済]
世の中の人から病院というのはとても閉鎖的な空間だと思われているらしい。調子の悪い人や怪我を負った人、はたまた回復が見込めなかったり、体の動かせなくなったりした老人などが家族から隔離され、快適な自分の空間を奪われる狭い部屋に押し込められる。それが世間一般的な病院のイメージなのだそうだ。
しかし、私はそれに納得できない。なぜなら、生まれてこのかたずっと病院で過ごしてきた私にとって、病院は世界の全てであり自由に歩き回ることのできる掛け替えのない空間だからだ。
することがないのでいつものようにベッドの上で横になり本を読んでいると、廊下の方からコツコツという足音が聞こえてきた。病院で働いている看護師たちとは違う固い足音、彼らは迅速に動けるようグリッブの効く底の厚い靴を履くことが多い。もしやと思いベッドの近くに置いてある時計の上部を抑えてみた。
17時15分。合成音声の無機質な音が響く。仕事終わりの母が図書館に寄ってから来るとちょうどこれくらいの時間になるはずだ。普段、私が読んでいる本はあまり書店に置かれていないので、母はよく図書館で本を借りてくれた。
「やっほー、元気?」
レースのカーテンの開かれる音と共に母がやって来た。
「うん、元気」
読みかけの本にしおりを挟みベッドの脇に置く、すると廊下の方から看護師のものと思われる忍び笑いが聞こえてきた。母の入院患者に対する元気という声かけと、それに対する私の能天気な返事が可笑しかったのだろう。確かに、病院で行われるのに相応しい会話ではないのかもしれない。
「どうしたの? 変な顔して」
「別に、何でもない」
心の中で苦笑していたのが顔に出てしまったのか、母に質問された。看護師さんたちの笑い声は母に聞こえていなかったようなので敢えて説明などせず適当に誤魔化した。
「それにしても暑くなってきたね。梅雨が終わったと思ったらもう夏だ」
母は備え付けの椅子に腰を下ろすと日々の愚痴を語り始めた。職場での不満、雨の鬱陶しさや高温の不快さ。母の話を聞いていると外の世界は非常に住みづらく、やはり病院の中が一番なのだと考えさせられてしまう。
「お母さん、お願いがあるんだけど」
一通り母の話を聞いた後、母に会話の主導権を握られぬようそう切り出した。しかし、母の返事は手厳しいものだった。
「だめ」
「まだ何も言ってない」
「病院の中を散歩したい、でしょ。だめ、そういう約束」
やっぱりだめか。私は苦々しい気持ちでゆっくりと息を吐いた。
私はずっとこの病院で生活している。自宅に帰ったことは一度もない。生まれた直後の私は未熟児で身体の様々な機能が欠落しており、一人で呼吸することもままならなかった。医療機器の力を借りて辛うじて生きていた私の将来を両親は心配していたそうだが、両親の心配をよそに私の体は成長するとともに徐々に正常な働きをするようになった。
最初の誕生日を迎える前に自力で生命活動を維持できるようになり、物心つく頃には一人で歩けるようになっていた。まだまだ治療中ではあるが、慣れ親しんだ病院の中に限り今の私は健常者と同じように動くことができる。
すると当然一日中ベッドの上に寝転がっていることが苦痛になってくる。私と同じ年齢の子たちは外を走り回っているし、女の子に至っては化粧というものを覚え始めているらしい。私だって走り回りたい、化粧は……別にいいや。あれはどうにも性に合わなかった。とにかく、私はベッドの上にいることに飽きてしまったのだ。
以前、私が暇を持て余したときの話だ。昼食を食べ終えた私は腹ごなしに病院の中を散歩することにした。お昼後の病院は中々騒々しい。看護師さんたちが入院患者たちの配膳の片づけをしているためだ。廊下で曲がり角に差し掛かった時、私は角の向こう側に人や配膳車があるのが分かっていた。だから道の隅に寄って角を曲がろうとした。しかし、角の向こう側にいた看護師は配膳車の操縦を誤り、私の方に突っ込んできた。その結果、配膳車に乗せられていた食器は騒々しい音を立てながら廊下にばら撒かられ、看護師さんたちの仕事が一時間遅れた。
私に落ち度はなかった、看護師さんも自分の非を認め謝ってくれた。しかし、母だけが私のことを許してくれなかった。その日以降、母は私に一人で病院の中を散歩することを禁じた。その理由は、「一生懸命働いている看護師さんたちの邪魔になるから」だそうだ。そんなの横暴だ、同じ失敗は繰り返さない、と抗議したものの母さんは一度下した決定を覆さなかった。
「ねえ暇」
散歩の許可が貰えなかったので抗議の意味を込めてぶっきらぼうに母に話しかけた。母は面会時間のほとんどを愚痴に費やすのであまり面白い反応を期待していなかったのだが、意外にも愚痴以外の反応があった。
「久美の興味ありそうな話、看護師さんから聞いてきた」
「えっ、なになに」
予想いていなかった展開に興味を覚えた私はベッドから体を起こし母さんの方へ耳を傾ける。
「今度、七夕の夜に星の鑑賞会をするらしいよ」
「へえ、もうそんな時期か」
病院に勤務している看護師さんたちは、入院している子供のためによく催し物を企画してくれる。その代表例が七夕の鑑賞会だ。毎年、病院の屋上を開放すると望遠鏡を準備して希望者に織姫星と彦星を見せてくれるのだ。私は星の鑑賞自体に興味はなかったけれど、数少ない定期的に行われるイベントなので去年だけと言わず毎年参加していた。もちろん、今年も参加するつもりだ。
「それだけじゃなくて、実はもう一つ話があるんだ」
そう言うと母さんは急に声を落とし、私の耳元で囁き始めた。
「幽霊が出たらしいよ」
幽霊、その言葉を聞いて私の心臓は大きくドクンと跳ねた。
母の説明によると幽霊が出たのはここ昨晩の話らしい。新人の看護師さんが深夜の見回りをしていると霊安室の辺りからペタペタペタという何かの移動する音が聞こえてきたそうだ。看護師さんは慌てて音のする方へ懐中電灯を向けてみたがそこには何もない。それでも近くから人の歩く音のようなものが聞こえてくる。まるで足元から何か這ってくるような……⑤気配を感じた看護師さんは、恐怖に耐え切れなくなり悲鳴を上げて逃げ出したそうだ。
「それで今朝看護師さんがその場に戻ってみると、本当に何かが這ったような跡がついていたらしいよ」
「ふぅん」
「あれ? 面白くない?」
「そんなことないよ、すごく面白い、うん」
母さんの話はとても私好みの話だった。もし幽霊が存在するのなら、あの世が存在するということだ。人が死んだらどうなるのかという話は、幼いころから死を意識させられてきた私にとってとても興味がある。それなにの私の反応が薄かったので、母さんは意外そうにしていた。
「じゃあ久美にとっておきのプレゼント」
「えっなになに」
プレゼント。それはとても素敵な言葉だ。何の変哲もない病院生活を彩ってくれる心の温かくなる存在、それがプレゼント。さすがお母さん、私の喜ぶツボを押さえている。
「はい、どうぞ」
「……何これ」
母が出してきたのは勉強の本だった。国語、英語、数学。おそらく、仕事終わりに図書館で借りてきたものだろう。
「いつも暇だ暇だって言ってるからこれで好きなだけ勉強してね。久美の年齢の子たちは勉強しているだから、久美もこれくらい出来ないとね、っておい、こら、逃げるな」
残りの面会時間の間、私は勉強の大事さを説く母の言葉を子守歌に布団を頭からかぶっていた。
「失敗したなあ」
深夜、私はベッドから体を起こしながらつぶやいた。母さんの小言から逃れるため一時期的に布団の中に避難していた私だったが、いつの間にか本格的に寝入ってしまっていた。目を覚ましたらとっくに面会時間が過ぎており、母さんの姿は見当たらず夜の配膳の真最中だった。
たくさん寝てしまったので全く眠たくない。ベッドの近くに置いてある時計の上部を触ってみた。
0時45分。
消灯時間はとっくに過ぎている。看護師さんたちも夜勤の人以外はほとんどいない時間帯だ。
「でも、これってチャンスだよね」
そう言うと、私は静かにベッドから降り始めた。
すぅー、はぁー。
私は夜の病院を散歩しながら深呼吸した。昼間、見舞客や車いすの往来で騒がしい廊下に今は私しかいない。いつも忙しそうに働いている看護師さんたちも今はいないので、ぶつかる心配をして壁際を歩く必要もない。この空間が私だけのものになっている。
人によっては夜の闇を恐れることがあるというが、私にはその気持ちが分からない。夜になれば人がいなくなるので周囲に気兼ねすることなく歩き回れるし、配膳車に当たる心配もしなくていい。他人から心配という名の善意を押し付けられることもない。夜の闇は、私から様々な重荷から解放してくれる。
一度、廊下の真ん中で両手を広げながら歩く自由を体験してしまうと、規則や時間に縛られた昼の生活が煩わしくてしょうがない。
「なんだか嬉しそうだね」
浮かれる気持ちから鼻歌を歌いそうになったとき、不意に後ろから声をかけられた。
「……いたのなら言ってよ」
「ごめん、とても楽しそうだったから」
私と同じ深夜の徘徊者、コウイチがそこにいた。
コウイチと私が出会ったのは先月の夜だ。梅雨が明け、病院の人たちが慌ただしく働いていた日の深夜、寝苦しさを覚えた私は上手く寝付けることが出来ず夜の病院を散歩してみることにした。
普段は看護師さんたちのお世話になっている私だが、一人で病院の中を歩くことに抵抗はなかった。むしろ、この病院には私しか知らないであろうことがたくさんあった。例えば、柱の角に台車がぶつかって出来たへこみ、経年劣化で欠けてしまった階段のすべり止め、そんな小さな傷を細かく把握しているのは私だけだろう。世の中のことはあまり知らないけれど、この病院のことについては看護師さんたちよりも詳しいという自信があった。だから、夜の病院を散歩することに恐怖は感じなかった。
初めて体験する夜の病院はとても新鮮だった。無人の受付、動くことをやめたエレベーター、施錠されたリハビリルーム。それらは昼間の時間と全く違う表情で、私に非日常を与えるには十分だった。足の裏に感じるリノリウムの床の冷たさも心地よく、闇を独り占めした私は謎の高揚感を得て、自然と足が速くなりやがて夜の廊下を駆け始めた……②。
「廊下を走ると危ないよ」
そのとき、私を注意したのが同じように夜の病院を徘徊していたコウイチだった。
「あのときはビックリしたよ。ただでさえ廊下を走るのは危ないのに、しかもそれが真っ暗な夜だからね。危険だと思ったから声を出しちゃった」
私の隣でコウイチが当時のことを懐かしんでいた。
コウイチは私の徘徊仲間で違うフロアに入院している年下の男の子だ。昼間は薬の影響でほとんど意識が無いらしく、深夜になるとこうして目を覚まし病院の中を徘徊している。
たまに私と会うときは、こうして二人で時間を過ごし一緒に朝を迎えることが良くあった。
「今日もそうだけど、もっと早く声をかけてほしかったな。一人だと思ったから走り出したんだよ。私だって、周りに人がいれば夜だろうと走らない。危険だからね」
「いやいや、そもそも昼だろうと夜だろうと廊下は走っちゃだめだよ」
私を嗜める声が上から降ってくる。年下だと言うのにコウイチは私より背が高いらしい。少し、生意気だと思った。
「今日は何して遊ぶ?」
隣にいるコウイチに尋ねた。鬼ごっこやかくれんぼなど、コウイチは様々な遊びを教えてくれた。本来二人でする遊びではないらしいのだが、今まで体の都合で遊べなかった初心者の私には二人で遊ぶのがちょうどよかった。
「そうだな、うーん」
夜の闇は私だけのモノだと思っていた。しかし、今はコウイチがいる。私以外の人間がいると昼間の様に見えない息苦しさを感じると思っていたが全然そんなことはなかった。私が想像していた以上に夜の懐は広いらしい。コウイチ一人分くらいなら増えてもいいかなと思えた。
「じゃあ宝物探しをしよう」
「宝物探し?」
「うん、ついてきて」
コウイチの案内で私たちは地下への階段を降っていった。
「ここがどこだか分かる?」
先を歩いていたコウイチが歩みを止めた。私はくんくんと鼻を動かす。一階と比べて空気が淀んでいた。少し黴臭い。
「うん、分かるよ。ここは霊安室だ」
「おお、正解」
コウイチはとても驚いていたがこれくらいのこと私なら朝飯前だ。一体何年この病院で生活していると思っているのか。
「ここで何をするの? さっき、宝物探しって言ってたけど」
「実はあらかじめ、この近くに宝物を隠しておいたんだ。久美にはそれを探してほしい」
コウイチの話を聞いて面白そうだと思ったが、一つ気になることがあった。
「その宝物ってコウイチが用意したの?」
「……そうだよ」
コウイチの返事には不自然な間があった。私は面会時間に母から聞いた幽霊の噂話を思い出す。話を聞いた時点で悪い予感がしていたが、どうやら私の考えは当たっていたようだ。
私は膝を曲げて床に手で触れる。床面の冷たさを感じたあと、指先に微かなざらつきがあった。そのざらつきはおそらくホコリだろうと予想した。霊安室は普段あまり人が来ない場所なのでほかの場所と比べて掃除が行き届いていないはずだ。
さらに床面を調べていると指先の感触に僅かな変化が生じた。さっきまでのざらつきが消えて、床の滑らかさだけが伝わってくる。私は不用意に歩き回っていないし、コウイチも動いていない。ということは、事前に誰かがこの辺りにやって来たということだ。
私はホコリのない箇所の周辺を丹念に調べた。すると、廊下の真ん中から外れた壁際近くで何か丸いモノを発見した。それを手のひらに乗せて立ち上がる。
「コウイチの言う宝物ってこれ?」
「そう! それ!」
コウイチは弾んだ声を上げる。それは、およそ子供の持ち物に似つかわしくない金属製の指輪だった。
「ねえコウイチ。これってコウイチの持ち物?」
コウイチは私の質問に対して何か答えようとした。けれど、結局何言わず言葉を飲み込んだ……④。私はもう一度自分の考えを頭の中で整理してから、ゆっくりとコウイチに話しかけた。
「この指輪、看護師さんが落としたものじゃないの?」
昨晩、霊安室の近くで幽霊騒ぎがあった。新人の看護師さんが何かの這う気配を感じたが懐中電灯の灯りでは心許なく正体を見極められなかったというものだ。
実は、その幽霊とはコウイチのことではなかったのだろうか。
深夜の徘徊をしている最中、コウイチは巡回中の看護師さんと遭遇しそうになったので慌てて身を低くして隠れた。看護師さんはコウイチを見つけることが出来ず幽霊と勘違いした。そして恐怖のあまりその場から逃げるとき、指輪を落としてしまったのではないか。
「看護師さんが朝になってここに戻ってきたのは、大切なものを落としたから探しに来たんじゃないかな。その時、コウイチの動いた跡を見つけたから幽霊が噂になった」
「久美すごいな。そこまで分かるんだ。頭がいいんだね」
コウイチに褒められたが全く嬉しくなかった。むしろ、私は不機嫌になる。
「要は、自分で指輪を見つけられなかったから、私に探させたってことだよね」
おそらく、コウイチは看護師さんが指輪を落とすのを目撃したとき、罪悪感から指輪を探して看護師さんに返そうと思ったはずだ。しかし、夜の闇が濃すぎたせいで見つけることが出来なかった。そこで、この病院に詳しい私に指輪を探させることにしたのだ。宝物探しという名目で。
「……ごめん」
長い沈黙のあと、コウイチは一言だけ謝った。コウイチの反応は私の考えが正しかったということだ。
幽霊の話を聞いた時点でコウイチが関係していることは予想できた。だから私は初め、コウイチが徘徊中に見つかってしまったのではないかと思った。
夜の徘徊が見つかれば看護師さんたちの見回りは強化され、私たちの自由な時間は無くなるだろう。しかし、それはしょうがないことだ。私だっていつ見つかるか分からないのだから。もし、昨晩コウイチが見つかっていたとしても私はコウイチを恨まなかったはずだ。
しかし、今夜のコウイチの振る舞いは面白くなかった。コウイチは私を利用しようとした。正直に言ってくれれば、いくらでも協力していたのに。
途端にコウイチといることに息苦しさを覚えた。夜の闇は広く、コウイチといても深く呼吸することができた。それなのに今はいくら息を吸って吐いても苦しい。強い薬を飲まされたときのような圧迫感が体を覆っている。
こんな苦しいのは嫌だ。
私は喘ぐようにコウイチとの関係の修復を図った。
「今度、七夕の夜に鑑賞会があるの。一年に一度の催し物だよ……⑧。一緒に行こ」
「……行かない」
「もういい」
それ以上会話する気になれなかった。私は両手をぎゅっと握りしめるとその場から立ち去った。
七夕の夜の鑑賞会は毎年屋上で行われる。いつも施錠されている屋上の扉が解放され、一年に一度だけ子供たちは夜更かしを許された。屋上の真ん中には看護師さんたちが設置してくれた望遠鏡があり、子供たちが星を眺めるため我先にと群がっていた。望遠鏡の他にはお菓子やジュースが用意されていて、雰囲気は鑑賞会というよりもちょっとしたパーティーのようだ。あちらこちらから子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
私はほかの子たちの様に鑑賞会を楽しむ気になれず、塔屋を背もたれにして配られたお菓子を摘まんでいた。私は屋上という場所が苦手だった。
この病院のことなら誰よりも詳しい自信のある私だったが、屋上だけは例外だった。屋上にはたくさんの室外機や配管があるだけなので普段誰も来ない。当然私も数えるほどしか訪れたことがなく、よく知らない場所ではしゃぐ気になれなかった。
それでも私が鑑賞会に参加するのは、少しでも刺激が欲しいからだ。体調さえよければ植物の様に穏やかに過ごせる入院生活だが、正直、味気なく感じる瞬間がある。そのような時間を少しでも減らすため、このようなイベントには出来るだけ参加するようにしていた。
することがないので指先についたお菓子の食塩を舐めとっていると、パシャッという音が聞こえた。
「久美ちゃん、元気?」
声の主は最近仲良くなった看護師さんだった。
「ひょっとして今、写真撮りました?」
「うん、お菓子を食べてる久美ちゃんがあまりにも可愛かったから」
看護師さんたちは広報活動として、今日の鑑賞会を記事にして病院の掲示板に貼り出すはずだ。そこに私が意地汚く指を舐めている写真が掲載されている場面を想像してゾッとした。
「その写真、絶対に使わないで下さいね」
「なんで? すごく可愛いのに」
「いいから、絶対にです」
「ちぇっ」
看護師さんは渋々了承してくれた。そして一息つくためか、私の横に腰を下ろした。
「久美ちゃんのお母さんから聞いたんだけど、今度手術するんだって?」
「はい」
看護師さんは噂話ではなく、仕事の一環として手術の話を聞かされたのだろう。隠す必要がないので普通に会話する。
「これが最後の手術です。無事終われば、私は退院することになります」
予定されている手術を終えれば、私の体から悪い部分はなくなる。病院にいる必要はなくなり、他の同年代の子たちと同じような生活をすることになるはずだ。
「そっか。寂しくなるね」
「そうですね」
返事したあとお菓子を食べようとした。しかし、上手く掴めない。どうして掴めないのかと思ったら、私の体は小さく震えていた。その振動が伝わったのか、看護師さんが心配そうに声をかけてきた。
「手術、怖いの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「大丈夫。久美ちゃんを手術するのはとても技術のある先生だから。この病院で一番人気のある……①先生だよ。手術は必ず上手くいくから」
看護師さんは私を力強く励ましてくれた。それに対し私が曖昧に返事していると、別の看護師さんがやって来て他の場所でも写真を撮るよう指示をした。
「絶対に大丈夫だから、ねっ、安心して」
そう言い残すと看護師さんは夜の屋上を軽やかに移動し仕事に戻っていった。
「あの看護師さん、全然分かってないね」
さっきまで看護師さんの座っていた場所の逆から声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。わざわざ確認する必要もない。母を相手にしているときよりもぶっきらぼうな口調で返事した。
「盗み聞きするなんて趣味が悪いね。いったい、いつからいたの?」
「久美が指先をぺろぺろ舐めているときから」
くそ、ほとんど最初からじゃないか。
「いつも言っているでしょ。いたのなら声をかけてよ」
「この前、怒らしたまま別れたから話しかけるのが怖くて……。無視されなくてよかったよ」
私の隣で、コウイチが安堵の溜息をもらしていた。
「勘違いしないでよ。コウイチのこと、許したわけじゃないんだからね」
「うん、そうだね。分かってる、久美は怒ったままだ」
コウイチの言う通り私は怒ったままだが、それを冷静に指摘されるのも面白くない。思わず感情的になりそうになったが私はグッと我慢した。
普段忘れがちだが、私たちは病院に入院している患者だ。皆、大なり小なり体に悪い部分を抱えている。私は生まれたときからずっとこの病院で生活しているが付き合いの長い友達はいない。なぜなら、病院の中で知り合った子供は、体が良くなって退院するか、症状を悪化させて死んでしまうかの二通りしかないからだ。
全身を癌細胞に蝕まれ苦しみ抜いたあの子、身体がほとんど成長せず医療器具の負担に耐えられなくなったあの子、私たちが明日もまた会える保障などどこにもない。いつ、最後の別れになるか分からないのだ。
それを嫌というほど体験してきた私だからこそ、たとえ怒っていたとしてもコウイチを無視することなどできなかった。
「それで何の用? 鑑賞会には来ないんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけど、ここに来れば久美に会えると思って」
「あっそ。お菓子貰った? 貰ってないなら私の分、分けようか?」
「いや、大丈夫」
コウイチはお菓子を断った。鑑賞会でお菓子を食べていない子供は、身体の都合で医師に止められている子供だけだ。ひょっとしたら、鑑賞会に来ないつもりだったのもお菓子を食べないのも体調的な理由があるのだろうか。そう考えると、少しだけ心が落ち着いた。
「確認だけど、久美は手術が怖いわけじゃないよね」
「う~ん、怖くないわけじゃないけど」
「ちなみに、手術する先生は誰?」
私はコウイチの質問に答えた。先ほど看護師さんが言っていたようにこの病院で一番人気があり、技術のあるベテランの先生だ。
「その先生なら知ってる。僕が緊急入院したとき手術してくれた先生だ」
コウイチの説明によると、コウイチが今こうして私と話せているのは、その先生が手術をしてくれたおかげだそうだ。
「お腹にある手術痕が漫画に出てくる紋章みたいなんだ。お母さんもカッコいいねって褒めてくれた」
コウイチは手術痕を特別なファッションの様に自慢した。どうして男の子というのはこういう下らないことを嬉しがるのだろう。コウイチはきっと、包帯でぐるぐる巻きにされた左腕も喜ぶタイプだ。
「その先生なら心配する必要はないね」
「うん」
コウイチに言われるまでもない。いったい、私がどれだけその先生のお世話になっていることか。
あれは私が初めて七夕の鑑賞会に参加したときだ。当時、生きることを半ば諦めかけていた私は、竹に吊るす短冊に「天国へ行けますように」と書くつもりだった。まだ自分では文字が書けなかったので近くにいた看護師さんにそう書くよう頼んでいると、たまたまその場面を先生に目撃された。
「残念だけど久美ちゃん、その願いはしばらく叶わないよ。僕が必ず手術を成功させるからね。だから、短冊には他の願い事を書こうか」
先生にそう諭された私は、仕方なく別の願い事を考えることにした。そのとき、隣にいた看護師さんのホッとした表情は今でもはっきり覚えている。
当時の私は自分の願い事がどれだけ場違いなものか理解していなかった。体の弱い子供がたくさんいる中で死を意識させる言葉を書く。それがどれだけ無神経なのか。
当時のことを思い出すと顔から火が出るくらい恥ずかしい。そして、その恥ずかしさと同じくらい先生の振る舞いに感心した。あのときの記憶がある限り、私の先生に対する信頼は揺るぎようがなかった。
「久美が心配しているのは手術が成功するかどうかじゃない。手術が成功したあとのことを考えているんだ」
コウイチは的確に私の悩みのタネを見抜いた。先ほど、手術痕を特別な印の様に捉えていた人間と同じ発言とは思えない。コウイチもやはり入院しているからこそ私と同じ考えができるのだろう。
「そうだね。手術が成功したら病院にいる理由がなくなる。そうしたら私は他の子と同じような生活をしなくちゃいけない」
体が健康になれば私は我が家へ帰ることになる。やがて学校へ通うことにもなるだろう。今までほとんど病院から出たことのないこの私が、だ。
仕事終わりに面会に来てくれる母の話を聞く限り、外の世界は決して快適なものではないらしい。理不尽や不条理が満ち溢れ、私のような温室育ちが耐えられるか甚だ疑問だ。
だから、私が手術後のことを不安に思うことは仕方のないことだと思った。私は退院することでこれまでの人生がガラリと変わってしまう。それは、生まれ変わり新しい生を受けるということに等しい。
辛いことが多く上手くいくかどうか分からない生活を強いられるくらいなら、いっそこのまま病院に引き籠っていたい。そう思うことは悪いことなのだろうか。
看護師さんには私の葛藤が手術に対する不安のように映っていたようだが、コウイチは違った。きちんと私の悩みを捉えていた。そして、その上で彼は私にアドバイスをくれた。
「大丈夫、何とでもなるから」
「本当に?」
「うん、生きてさえいれば何とでもなる」
生きてさえいれば。
その言葉は少しの抵抗もなく私の心にしみ込んできた。
私は幼いころからたくさんの死に触れてきた。仲の良かった友達、年老いて天寿を全うした老人、突然の事故で緊急搬送された大人。色んな人の死を間近で感じてきた。
だから知っている。死んでしまっては何もできない。母の愚痴を聞くことも、味の薄い病院食を食べることも、看護師さんに痛くない注射のコツを教えることも、夜の病院を徘徊することも。そして、こうしてコウイチと話すことも。これらは全て、生きているからこそ出来ることだ。
病院の外は未知の世界だ。知らないことがたくさんあって辛いことばかりかもしれない。とても生きづらくて、昼間の病院なんか目じゃないくらい息苦しい可能性だってある。
でも生きてさえいれば、何度でも取り返しがつくのだ。生きてさえいれば、何かしらの可能性を残すことが出来る。
コウイチの言葉で私は思い出すことが出来た。生きることは、とても尊いことなのだ。
「ありがと」
私はコウイチに礼を述べた。不安が全て解消されたわけではないが、もう大丈夫だと思えた。手の震えもいつの間にか止まっている……⑥。
「これくらいお安い御用さ」
「ねえ。お腹の傷、触ってみてもいい?」
不意に私はコウイチの手術痕が気になった。紋章のような痕とはどのようなものだろう。震えの治まった指で触ってみたくなった。
「えっ、駄目だよ。触らせない」
コウイチの返事は素っ気ないものだった。いつもより声を抑えようとしている。手術痕のことがかっこよく思えても、お腹を触られるのが恥ずかしいのかもしれない。
「いいじゃんケチ。それじゃあ、私の手術が終わったあと見せてよ。すごくカッコいいんでしょ?」
私がそう頼むとコウイチは時間をたっぷりかけて渋々いいよ、と返事した。
「やった。絶対見せてね。約束だよ」
このとき、私はムリヤリ約束をしてコウイチの口数を減らすような真似をしなければよかった。もっとコウイチの口が滑らかになるような話題で、今生の別れとなるコウイチとの会話を楽しんでおけばよかったのだ。
「それじゃあ包帯を外すね」
すっかり馴染みになった看護師さん手が私の顔に触れる。少しずつ包帯が解かれていくと共に私の視覚に明確な変化が起こった。今まで働くことのなかった両目が、生まれて初めて仕事を行い始めたのだ。
「どう久美、見える?」
見えるというのがどういう感覚なのか正直分からない。それでも、私の頭は初めて体験する様々な情報を処理していた。すぐ近くにある暖かく柔らかそうな物体から母の声が聞こえる。ということは、これがいつも愚痴ばかりこぼしている母ということだろうか。想像していたよりも穏やか外見をしていた。
「……うん、見えてる」
私が返事すると母は小さな五本の棒の集まりをひらひらと動かし始めた。あまり急に動かさないでほしい。視覚がまだ正常に働いていないので、眺めていると気持ち悪くなる。
「いったん休憩していい?」
私は両目を瞑りいつもの闇の中に引き戻る。慣れ親しんだ闇の中に戻ると母が近くにいるのだろうなという感覚があった。私は恐る恐る両手を伸ばし、先ほどまで見えていた五本の塊を掴む。触った感触に覚えがあった。この感触は母の手だ。ということは、あれが人間の手ということだ。
私は視覚で得た情報と触覚で得た情報をリンクさせる。これで、人間の手がどのような形をしているのか記憶した。
「手術は成功したみたいだね。これでいつでも家に帰れるよ」
暗闇の向こう側から嬉しそうな母の声が聞こえた。
私の体に最後まで残っていた不良、それは両目の視力の欠如だった。
私は生まれたときから両目と脳を繋ぐ神経に障害があった。しかしそれでも、病院での生活を不自由に感じることはなかった。病院の建物はそれほど大きくなかったし、歩き回ることで構造を把握することが出来た。耳をすませば人の動きも分かったので危険を回避することもできた。
しかし、私が健常者と同じように動くことが出来たのは慣れ親しんだ病院の中だけだ。一歩建物の外に出るとそれまで居心地のよかった暗闇は途端に私の動きを妨げる帳となった。ちょっとした段差、急にやってくる自転車。白杖を持っていたとしても関係ない。それらは私の外出を妨げるための悪意ある障害のように思えた。
ようやく両目の手術の目途が立ち始めたとき、私は自分が健常者になったときのことを考えた。これまでの生活が一変する。細かいことまで把握している病院の中ではなく、一つも分からない外の世界で生活すること。それは希望や憧れよりも恐怖や不安の方が強かった。
そんなとき、私はコウイチと出会った。外の世界のことを知り命の尊さも理解しているコウイチの言葉には説得力があり、私は彼の言葉をすんなり受け入れることが出来た。コウイチの存在が、私の心にある負の感情を中和しくれた。
目が見えるようになったらコウイチに会いに行きたい。
術後の私はそのことだけを支えにして、拭いきれない将来への不安を抑えていた。
「はい、これでオッケー」
看護師さんが包帯を全て解いてくれた。これで私と世界を隔てる壁は取り除かれた。私はこれから視力のある感覚に慣れていかなければならない。
「そうそう、久美ちゃんにプレゼントがあるんだ」
「プレゼントですか」
その言葉を聞いたとき、思わず心が弾んだ。
プレゼント。それはとても素敵な言葉だ。プレゼントは何の変哲もない病院生活を彩ってくれる。
「うん。前に指輪を拾ってくれたでしょ。そのお礼として用意しておいたんだ」
私と看護師さんが仲良くなれたきっかけは、私が彼女の落とし物を届けてあげたことだ。その指輪は以前、霊安室で宝物を称されコウイチに探させられたもので、コウイチを幽霊と勘違いした看護師は彼女だった。
「はい、これ」
そう言って看護師さんは四角く薄い物体を差し出した。
「なんですか?」
「写真だよ。七夕の夜に撮ったやつ。目が見えるようになったら渡そうと思ってて」
風景を小さく切り取られたその物体には、室内とは違う景色が写っていた。なるほど、これが写真というものか。時の流れの一瞬を保存することが出来るなんてとても便利なものだ。
私は看護師さんから写真を受け取る。写真の中央には指先を舐めているひ弱そうな生物が写っていた。おそらく、これが私だろう。折角忘れかけていたというのに、余計なことを思い出してしまった。
行儀の悪い私の横に、背の高い少年が写っていた。数か月前のことなので記憶が定かではないが、たしかこのとき私の横にはコウイチがいたはずだ。ということはこれがコウイチに違いない。コウイチは思っていた以上に背が高く大きな目をしていた。この少年が手術痕を紋章のようでカッコいいと言っていたのか、私はなんだかおかしな気持ちになった。
ちょうどいい。看護師さんにコウイチのことを聞いてしまおう。
コウイチが入院している病室を知らない私は看護師さんに尋ねることにした。
「すみません、コウイチが入院しているのは何号室ですか?」
コウイチ?
看護師さんと母が同時に声を上げた。母にはコウイチの話をしたことがなかったので知らなくても当然だが、看護師さんは知っていてもおかしくない。情報が足りなかったのだろうか、ちょうどもらったばかりの写真にコウイチが写っていたのでそれを使うことにした。
「ほら、この子です。私の横に座っている男の子」
看護師さんと母は変な顔をした。苦しんでいるような怒っているような。やがてそれが、不審を表す顔なのだと思い至った。
「えっとごめんね久美ちゃん、どの男の子」
「この子です、この子」
私は写真の端を指さす。そこにははっきりと、私の方を見ている男の子がいた。
看護師さんと母は変な顔をしたまま無言で見つめ合い、やがて意を決したように母がぼそぼそと話し始めた。
「久美まだよく目が見えていないみたいだね。だってそこには、誰も写っていないよ」
「うそ」
そんな馬鹿な。私は働き始めた目に神経を集中させて写真を見つめる。何度確認しても、写真には背の高い男の子が写っていた。これがコウイチでなければ、私は一体なにと話していたのだろう。
「あっ」
それまで無言だった看護師さんが短く声を上げた。どうやら、何か思い出したらしい。
「久美ちゃんの言っているコウイチって子、ひょっとして入院した日に一番人気の先生に執刀してもらった子のことかな」
「そうです」
それは以前コウイチから聞かされていた話と辻褄が合う。看護師さんの言っている子がコウイチで間違いないはずだ。
「でも、それっておかしんだよね。だって」
看護師さんの話を最後まで聞くと、私は居てもたってもいられなくなり病室を飛び出した。
視力を頼りに移動する病院は私の知っている病院とまるで違った。動き回る人々、左右から圧迫を強要してくる壁面、そして、今まで私の人生とは無縁だった色という概念。
多すぎる情報を避けるため私は横を向いた。すると廊下の横に遠くまで見渡せる四角い空間があった。きっとこれが窓なのだろう。
窓の外には一面に白い塊が広がっていた。これが空というものか。それは想像と少し違っていた。なんだかモコモコしていてフワフワしていて、暗闇の中で想像していた枕のような外見だと思った。
空からはたくさんの小さな塊がゆっくりと降りてきていた。それらは不規則な動きをしており、ずっと眺めていると目を動かすのに疲れて気分が悪くなった。
初めそれらが雨なのだろうと考えた。しかし、私の記憶にある雨とかなり違う。私の記憶にある雨は、あちらこちらで水のはじける音を立てる騒がしいものだ。今目の前で舞っている物体はとても静かで、目を瞑ると存在を感じることが出来ない。
私は床の冷たさで凍えている足の感覚から現在が冬であることを思い出した。そうだ、これはきっと雪だ。最後にコウイチと話してから季節が二つも変わってしまったのだ。
早くコウイチに会おう。
視覚に頼っていると新しい景色を見るたびに戸惑ってしまう。いっそ何も見えない方が早く移動できるのではないか。そう考えた私は目を瞑り慣れ親しんだ暗闇の中に戻った。
看護師さんから聞いたコウイチの病室に辿り着くと私は両目を開けた。目で扉と私の間にある距離を測るのが難しい。扉にぶつからないように注意しながらゆっくりとノックした。
「はい」
ゆったりとした声と共に扉が開き、中からとても大きな体の女性が現れた。話し声を聞いていると心が落ち着いてくる、何だかいい匂いのする女性だ。
「あら、あなたは?」
「えっと……、コウイチくんの友人です」
徘徊仲間と説明するわけにはいかないのでそう答えることにした。この回答も間違っていないはずだ。
「まあまあ、コウイチにあなたのような可愛らしい友達がいたのね。さあ入って、コウイチに挨拶をしてちょうだい」
私は促されるまま入室した。その瞬間、嗅覚が妙な臭いを感じとる。この匂いは一度嗅いだら忘れようがない。部屋の中には、死の匂いが漂っていた。
「コウイチ、お友達が来てくれたよ」
女性はベッドの上で横になっている人に話しかけた。その人は、女性の声に反応せず寝転がったままだった。一瞬、眠っているのかと考えたが、顔の部分が隠されていた。
嫌な予感がする。現実を認めたくない私は女性に一つお願いしてみることにした。
「すみません、……紋章を見せてもらってもいいですか?」
私の言っている意味が分からなかったのか、女性は妙な表情を浮かべた。しかし、すぐに表情を変えた。思い当たることがあったらしい。
「ええ、どうぞ」
そう言うとシーツと衣類を捲り、寝転がっている人のお腹を露わにした。
「こんなものがカッコいいなんて変なこと言う子だと思ったの。でも、痕を気にするよりよっぽどいいよね」
お腹の真ん中には、線を二つ重ねて隅に点を四つうったような手術痕があった……⑦。なるほど、たしかに想像していたよりもカッコいいかもしれない。
そのとき私はようやく理解した。目の前で横になっている人物はコウイチで、私が術後の安静を強いられている間に彼は死んでしまったのだ。
コウイチの死を実感した瞬間、不意に景色がはっきりと見えなくなった。目の前の輪郭が不明瞭になり、世界がふやけていく。
なんだ、手術は失敗していたのか。それとも、目を働かせすぎるとこうなるのか。
予想外の展開に混乱した私は慌てて目を覆った。
「ああ、ごめんごめん。この子のために泣いてくれるのね」
泣く? 私は今泣いているのか?
初めての経験に私は大いに戸惑った。とにかく止めなければと思い指先で水源を抑えたがその行為に全く意味はなかった。次々と私の目から液体は溢れ続ける。その液体は顔を流れ……③、顎先まで行くと床の上に落ちて跡を残した。いくつもいくつもそれが続く。
涙というものはこんなに止まらないものなのか。
必死に涙を堪えようとしたが私はその方法を知らなかった。しかも、息が詰まり嗚咽が体の中からせりあがってきた。
「優しい子なんだね、ありがとう」
そう言うと女性は私を抱きしめてくれた。その女性とは初対面だというのに、私は自分の心が落ち着いていくのが分かった。
「ありがとう……ございます」
呼吸が落ち着くと絞り出すようにお礼をいった。
「いいのよ、コウイチのために泣いてくれたんだから」
そういう女性も鼻声になっていた。辛いのは私だけじゃない。いつまでも女性に甘えているわけにはいかなかった。
「それにしてもちょうどいいタイミングね。これ以上遅くなるとコウイチに会えなくなっていたかもしれないから」
女性の説明によるとこのあとコウイチは地下にある霊安室に運ばれ、翌日には病院の外に運び出されていたという。もし、私の包帯を取る日があと一日でも遅かったら、私はコウイチと再会できないままだった。
「あっ、そうだ」
私は鼻を啜りながら看護師さんから貰った写真を取り出し女性に見せた。
「それはなに?」
しかし、女性の反応は母や看護師さんと同じものだった。やはり、この写真に写っているコウイチは私にしか見えないらしい。
「お願いがあるんです」
私はそう言うと写真を半分に破った。ちょうど、私とコウイチが離れ離れになるように。そして、私が写っている方を女性に差し出した。
「この写真を、コウイチくんの棺に入れておいてもらえませんか」
コウイチを火葬するとき、この写真を入れておけば一緒に燃やしてもらえると思った。天国があるかどうか分からないけれど、肉体と一緒に燃えてしまえば天国まで持っていけるかもしれない。
「うん、分かったよ」
女性は最初片手でそれを受取ろうとしたのだが、何か思い直したように両手で落とさないよう受け取ってくれた。
「必ず棺に入れるからね。今まで、コウイチと仲良くしてくれて本当にありがとう」
女性は何度目になるか分からないお礼を口にした。私がここにいる限り彼女はお礼を言い続けるかもしれない。名残惜しかったけれど私は部屋から出ていくことにした。
「ああ、そう言えば」
ドアを開け病室から出ていこうとしている私の背中に、女性が話しかけてきた。
「コウイチとはどうやって仲良くなったの? 入院してからは寝たきりで、ほとんど意識なんかなかったのに」
私は女性からの質問に曖昧に返事をして病室を後にした。
それから私は視力のある生活に慣れていった。両目で距離感を測り、目を細めて遠くのものを見るコツを掴んだ。何回かの視力検査を終えたとき、先生から退院の許可をもらった。病院生活が残り少なくなる中、私は看護師さんに一つの我儘を言った。看護師さんは病院の先生方に相談して、私の願い事を叶えてくれた。
「思っていたよりも寒いなあ」
冷気を含んだ風が私の頬に当たり熱を奪っていった。見上げれば雲一つなく太陽しか見えないのだが、冬の気候は病院育ちの私が想像していたよりも過酷なもののようだ。
「じゃあ私は仕事に戻るから。風邪ひかないように気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
私は屋内に戻る看護師さんを見送りながらお礼を言った。私が看護師さんに言った我儘、それは退院するまでにもう一度屋上に行きたいというものだった。
私は看護師さんが屋上からいなくなったのを確認するとポケットから写真を取り出した。その写真は七夕の夜に屋上で撮影されたもので、私にしか見えないコウイチが写った写真だった。
「この辺かな」
私は何度も写真を確認し写っている場所を特定した。移動したあとに改めて写真を凝視する。ここだ、間違いない。
写真に写っているコウイチはカメラに気づいていないのか、明後日の方向を向いていた。いや、もしかしたら自分が写真に写るはずないと思っていたのかもしれない。
私はコウイチが写っている場所の隣に腰を下ろした。当然そこにコウイチはいない。しかしそれでも、なんだか照れくさい気持ちになった。
コウイチのお母さんや看護師さんの話によると、コウイチは緊急入院したその日に手術を行い、それ以来寝たきりでほとんど意識はなかったそうだ。とても病室の外を歩ける状態ではなかったらしい。
それでは一体、深夜の廊下で会っていたコウイチは何だったのだろうか。
私はそのことについてたくさん考えた。けれど、明確な答えが出てこなかった。やがて私はそのことについて考えることを止めた。大事なのは、私がコウイチと意思の疎通を出来ていたという事実だけだ。
私はコウイチの腰かけていた場所を撫でてみる。屋上はリノリウムの床など比較にならないくらい冷たかった。あっという間に指先が赤く染まる。
この赤く染まった指先は私が生きているという証拠だ。コウイチはもうどんな冷たさに触れても赤く染まることがない。
生きてさえいれば。
コウイチの言っていた言葉を思い出す。私はこれからこの言葉にたくさん助けられるだろう。
私はもうすぐこの病院を出ていく。新しい生活が始まれば辛いことがたくさんあるはずだ。今までは患者だから優遇されていたこともあった、でもこれからはそんな甘えは許されない。人付き合いや学業、楽しみよりも不安の方が遥かに上回っている。
けれど、私はきっと大丈夫だ。生きてさえいれば何度でもやり直すことが出来る。生きてさえいればコウイチのことを思い出すことが出来る。そう考えるだけで、なんとかなりそうな気がした。
私は写真を丁寧に畳むとポケットにしまった。コウイチは天国まで私の写った写真を持っていってくれただろうか。途中で失くしてしまったかもしれない。コウイチが私の顔を忘れてしまったら私がコウイチを見つけ出さなければならないので、この写真は大切に扱う必要があった。きっと私は死ぬまで、この写真を大事にするだろう。
私は生まれてからずっと闇の中で生きてきた。死ぬまでひっそりと夜に包まれ呼吸し続けると思っていた。しかし、永遠だと思っていた闇が取り払われた。
空を見上げてみる。冬の太陽が淡く輝き、体を優しく照らしてくれた。
明けないと思っていた夜が明けた。私はこれから光の中で呼吸する。
<了>
問題文や要素を物語の中に丁寧に落とし込む手腕もさることながら、病院を舞台としたストーリーの完成度に圧倒されます。久美とコウイチの状態は終盤になってから明かされますが、それを知ってから読み返せば、至る所に散りばめられた伏線に気づきます。
「生きてさえいれば。」物語の中央を走るこの台詞は、久美の、そして読者の心に響き続けることでしょう。
[編集済]
[正解]
手紙を書きおえ、封筒にしまう。あとはこれを渡してもらうだけ。
ああ、ついにこの日が来た。
手帳に挟んだ写真を眺める。幼いころの自分の写真。これがついに揃うんだ。
「大きくなったら、自分でまた来るわ。そのときはまた、案内してくださる?」
勝手な物言いではあるけれども、自由のない幼子のささやかな願い。
けれども彼は幼子の戯言と聞き流した。
「大きくなるころにはお嬢様は俺のことなど忘れていますよ」
忘れない。忘れる。忘れない。忘れる。子供じみた言い合いを何度か繰り返し、挙げ句には「今よりずっと綺麗になるから、再会しても気がつけないかも」なんて言い出して。
今思えばもっと上手に返すこともできたのかもしれないけれど、そこはご愛嬌。
街に出る前に撮ってもらった写真を、撮った当人の前で半分に破いたのだ。
「これを持っていなさい。もう半分を、必ず持ってくるわ。それなら分かるでしょう?」
大切にする。現像された写真を受け取ったときにそう言ったけれど、それはその日の思い出を大切にしたかったから。
だから何も間違っていないのだと差し出した半分を、彼は苦笑しながらも受け取ってくれた。
覚えているかしら。まだ持ってくれているかしら。そんなこと、行ってから考えればいい話。
だってもう、すべての準備は済んでいるのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
拝啓
日脚伸ぶ立春のみぎり、いかがお過ごしでしょうか。同じ家で過ごしてはおりますが、年を経るごとに顔を合わせる機会も減ってまいりますから、こうして筆をとることといたしました。
お父様にお手紙を差し上げるのは、いつぶりになるでしょうか。学校の課題で何度か差し上げた記憶がございますので、それ以来でしょうか。
さて、今回筆をとりましたのは、お父様にお伝えしたいことがあるためです。
初めに分かっていただきたいのは、私はけっして不満を言いたいわけではないということです。いえ、確かに不満は言います。書きます。それは、今まで私が飲み込んできたものです。④(19)
けれどそれは、私が望んでしたことです。お父様や、周りの方々の期待に応えること。それは私の義務で、使命で、望みでもありました。
一度だけ、わがままを申し上げたことを覚えておいででしょうか。お父様からすれば一度ではないかもしれません。ですが少なくともあのときは一度だけと、その覚悟で申し上げました。
ですからお父様が話を聞いてくださったことがとても嬉しかったのです。
七つになったばかりのころです。初めて飛行機に乗りました。初めて街を歩きました。初めて雪を見ました。初めて。
あのころは幼心に限界を感じていたのだと思います。飲み込んだ不満が喉を這い上がってくるような、目から零れ落ちていくような。⑤(27)③(14)
ですがあの日。街を歩いたあの一日で、私は確かに救われました。お父様とお話するときに震えていた両の手も、あの日以来すっかり落ち着いたのですから。⑥(32)
私の話運びが下手で誤解をさせていたのでしたら申し訳ございませんが、けっしてお父様を責めたいわけではないのです。これはすべて、解決したことなのです。
あの日は懇意にしているという写真館の青年に街を案内していただきました。見るものすべてが新しい私に、大変良く付き合ってくださったものです。
お店や公園や、いろいろなところを歩きました。そうしているうちに、空からはらはらと落ちてくるものがありました。
こちらでは見ることの叶わぬ雪。物語や画面の中でしか見たことのなかった雪に、いたく興奮したことを覚えています。
そんな私に、青年は祭りのことを教えてくださいました。年に一度、その時期にはおそらく街に一番多く人が訪れるという、雪まつりのことを。⑧(46)①(9)
雪の降り積もった光景、大小様々な雪像、夕方から夜にかけてライトアップされる様子。②(10)
想像するだけで心が踊るというもの。
だから、約束したのです。大人になったら、またあの街を訪れると。今度は雪まつりのときに。その折にはまた、街を案内してほしいと。
さて、もう私が手紙を書いた真意はお分かりでしょう。私、約束を果たしに行ってまいります。
ご心配なさらないでください、私はここに戻ってまいります。
あれから私もたくさん考えたのです。たくさん考えて、やはり私のやりたいことはこの家にあると分かりました。けれどそのためにもやはり、行かねばならぬのです。
一度のわがままと申し上げました。それは変わりません。これはわがままではなく、決意です。私が私として、この家で生きていくという、決意なのです。
一度で満足するはずがないと決めつけるのは簡単でございましょうが、今行かねば、私はあの日の約束がずっと胸につかえることとなりましょう。
これは私が、ただ私のために決めたことでございます。けれども確かにこの家に、お父様に向き合った結果と、どうかご理解ください。
それでは、お土産を楽しみにお待ちくださいませ。思いのままに筆をとってしまいましたので、乱筆乱文のほど、ご容赦ねがいます。
かしこ
※お父様がこの手紙を受け取られるころには私はもう空の上ですので、あしからず。⑦(39)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カラン。
ドアベルの軽い音とともに扉が開く。随分と身なりの良い女性が、伴の一人も連れずに扉をくぐってきた。
「写真を一枚、作ってくださる?」
作る。不思議な言葉選びをする女性は、鞄の中から一葉の写真を取り出した。
真ん中ほどで半分に破かれたその一片には、確かに見覚えがある。
「どうぞ、こちらへ。お約束のお品をお持ちいたします」
(おわり)
[編集済]
写真を破る理由を再会のための目印とする回収が鮮やかな作品でした。回想と手紙が物語の多くを占めるという構成も強く印象に残り、再会した2人の紡ぐ明るい未来の予感を引き立たせています。ハシバミさんならではの爽やかな読後感は、流石というほかありません。 [編集済]
【詳細解説】
雪が降っていた。
北方に位置する雪国、グランディニーリ王国。王都から少し離れた山奥に、その離宮はあった。
雪のヴェールを纏い、儚い美しさを持った尖塔の先に、優しく雪が舞い降りる。全ての音を雪が吸い込んでいるかのようで、夜の山は恐ろしいほどに静まりかえっていた。
前触れもなく、冷たい空気をよく響く音が揺らした。コン、という硬い音は、夜の闇を揺らし、尾を引いて消える。
離宮に続く一本の道の前、石畳が露わになった場所に、1人の男が足を踏み入れていた。冷たい風が吹き抜け、彼の肩ほどまで伸びた黒髪を揺らす。
降りしきる雪が、彼の黒いローブの上に舞い降り、鮮やかな模様を描いた。風で乱れた長めの髪が、静かに離宮を見つめる黒い瞳を覆い隠す。
彼はしばし、離宮を見つめたまま沈黙していた。やがて、空中に手を伸ばし、記号を描き始める。2本の棒を交差させ、その間に点を配置しただけのこの簡単な記号は、僅かなりとも魔力を持つ人以外に見えることはない。⑦(39)
長い詠唱を経て、記号が淡い紫色の光を放つ。
一瞬の間の後、降りしきっていた雪がぴたりと止んだ。
空中に残っていた最後のひとひらが、静かに舞い降りる。
その時にはすでに、彼の姿はその場にはなかった。
何事もなかったかのように静まり返る空間を、冷たい風が吹き抜けていった。
—————————
「ツィアーナ様、おはようございます」
耳馴染んだ低い声が耳に届き、私は本から顔をあげた。
「ジルベルト、おはよう」
ふわりと笑い、読んでいた本を閉じると、そのままジルベルトを伴って自室に向かう。そっと見上げた彼の横顔は、半分が肩ほどまで伸びた黒髪に遮られている。その、柔らかい光を湛えた黒い瞳が好きだった。
私が通るたびに、この離宮に勤める使用人たちが手を止めて頭を下げる。私が通り過ぎた後、嫌悪感も露わに私を見つめるその人たちを見て、軽く目を閉じた。慣れているとはいえ、気持ちの良いものではない。
「ツィアーナ様じゃない。呪われた子なのでしょ?」
「ええ、だってあの方が来てからなのよ、この離宮にだけ雪が降らなくなったの」
そう、慣れたものだ。このような陰口にも。
ただ、困ったことに、慣れていない人が隣にいた。怒りを露わにして、先ほどまで陰口を言っていた使用人たちを睨みつけている。
「ジルベルト、いいのよ。事実なのだから」
「ツィアーナ様っ……」
納得できない、というのが見え見えのジルベルトの表情に、綻びかける口元を引き締める。普段は温厚なジルベルトが、私が嫌がらせを受けた時にこうして怒りを露わにした。それが少しくすぐったいようで、でも胸の奥が温まるような感じがする。
「ジルベルトが私の代わりに怒ってくれたから。大丈夫よ、ありがとう」
複雑な表情のジルベルトを横目で見つめながら、自室のドアを開ける。中にジルベルトを招き入れ、お茶を入れるためにお湯を沸かし始める。小さく手を振って詠唱すると、やかんの下に小さな火が灯った。
「ツィアーナ様。使用人にやらせればいいでしょう。あなたは正当な血を引く王家の娘なのですよ?」
「誰もやりたがらないのよ。それに、魔法を使えばその方が早いから。魔力だけはたくさんあるのだから、有効活用しなければでしょう」
「確かにあなたの力は俺に匹敵しますが……それなら俺がやりますよといつも言っているのですが」
「え?」
ジルベルトは王宮魔術師だ。この国に数十人といない王宮魔術師という身分を持つジルベルトに、私が匹敵しているとはどういうことか。だが、すぐに悟る。
「ああ……私には『過去干渉』があるから」
それを聞いたジルベルトが、複雑な顔をする。
「そう、ですね」
『過去干渉』に触れてほしくないというのが分かりやすく伝わってくるジルベルトの態度に、苦笑する。私たちが『過去干渉』と呼ぶこの力を持つが故に、私は王宮を追い出され、この離宮に隔離されている。力を使うことは禁じられ、離宮の外に出たことはなかった。
どれだけ足掻いてもどうしようもないのだから、もう諦めて受け入れたのだから、気にしなくていいのだと何度言っても、ジルベルトはとても気を使う。
お湯が沸いた時特有の、細く高い音が響き始め、微妙に気まずい空気を打ち砕いた。立ち上がってお茶を淹れようとやかんに手を伸ばした瞬間に、私は自分の席にいた。
何が起こったかを悟った私は、小さくため息をつく。
「ジルベルト……急に転移させないでと言っているでしょう。かなりびっくりするのよ」
「俺がやりますよと先程も言ったのですが……っ?!」
仕返しに、やかんに手を伸ばしたジルベルトを席に転移させる。目を見開いたジルベルトの顔を見て、その間抜けな顔に、思わず笑い出した。
「ツィアーナ様っ!」
動揺してあらぬ方向に視線を向けているジルベルトに見つからないように、小さく詠唱してやかんの前に転移する。手を伸ばした瞬間に、やはり私は自分の席にいた。
「ツィアーナ様、さすがに魔力の流れで分かります……」
小さく笑いながら、ジルベルトがやかんの前に転移する。その瞬間、私が席に転移させる。
「お茶ぐらい入れさせてくださいよ」
そういうジルベルトの顔は笑っていて。この顔が大好きだと心から思う。私のために怒るその姿も。私が転移させた時のあっけに取られた顔も。
ジルベルトがいるのは雪が降らなくなった原因を突き止めるため。私のそばにいるのは原因が分かるまでの期限付きだと知ってはいても、王女と魔術師では身分差がありすぎるとわかっていても、その温かい優しさに、惹かれずにはいられなかった。
そう、私はジルベルトが好きだ。
ふと顔を上げた時には、またジルベルトがやかんの前にいた。小声で詠唱し、ジルベルトを席に転移させるのと引き換えに、私はやかんの側に転移する。
「交換転移ですか……。本当にツィアーナ様は規格外の方ですね……」
「教えたのはジルベルトでしょう。私はジルベルトに魔法を教わるまで、魔力の使い方など何も知らなかったのだから」
ジルベルトがやってきた日、私は彼に魔法を教えてくれるように頼み込んだ。なんのために、と聞かれると答えるのは難しいけれど、もしかしたら、抗う力が欲しかったのかもしれない。私を否応なしに押し流す大きな何か、運命と称されることの多い何かに、抗える強さが。
そう、あの時は逆らおうとしていた。この離宮から出ることを諦めようとはしていなかった。
最初は渋ったジルベルトも、王女に頭を下げられ続けることにさすがに恐怖を覚えたのか、根負けして教えてくれるようになった。最初は私を王女として扱い、距離を置いていた彼だが、しばらくするうちにその距離は縮まっていった。
だが、これでいいのか、という思いはある。抗おうとする気力のようなものが数年の内にすっかり抜け落ちてしまった私に、ジルベルトに魔法を教わる資格はあるのだろうか、という迷いは、片時もこの胸を離れない。
それでも離れられなかったのだ。ジルベルトの隣というこの場所を。
「本当にツィアーナ様の成長ぶりには目を見張るものがありますよ……」
そういいながら、ジルベルトはやかんを手元に転移させる。
「あっ、それは卑怯よ!」
「正当な手です」
得意げにいうジルベルト。私たちのやかんを狙った攻防は、沸かしたお湯が冷め切るまで続けられた。
「ツィアーナ様、そういえば面白い魔術具を手に入れたのですよ」
「面白い魔術具?」
攻防も一段落つき、温かいお茶が注がれたカップを前に、私たちは向かい合って座っている。
「これです」
そう言って机の上に置かれたのは、黒い塊だった。黒光りする表面には魔法陣が描かれ、これが魔術具であることは明らかだ。だが、用途に全く想像がつかない。
ジルベルトはその魔術具を手に取り、目に近づける。
「ツィアーナ様、笑ってください」
「え?」
その瞬間、魔術具が白く光った。目を焼く強い光に、思わず目を閉じる。恐る恐る目を開けた時には、机の上に一枚の紙があった。そこに描かれた精巧すぎる絵に、息を飲む。④(19) 職人が何月もかけてかきあげるような緻密さだ。これを一瞬で作り出したというのか。
ただし、描かれているのは私の顔だ。しかも、驚いて目を見張った状態の。
「南方では普通に流通している魔術具だそうですよ。最近輸入されたものの中で1番人気があるのだそうです。①(9) これは絵ではなく写真と呼ばれているらしいですよ」
じっと絵……いや、写真を見つめる私の表情で大体のことを察したのか、ジルベルトが説明してくれる。説明しながら机の上に広げられていくのは、精巧な写真の数々だ。美しい夕日、どこまでも続く青い海、今にも這ってきそうなベレス。⑤(27)
「ベレス?! こんなに近くで?」
ベレスは山の奥に住む魔物の類で、細長い円柱状の自在に曲がる体をもつ。何よりも危険なのはその毒で、牙の届く距離に近寄るのは自殺行為と言えた。
「この魔術具、遠隔操作もできるのです。ベレスの近くに転移させて撮りました。すごいでしょう?」
「すごい……けれど、私のこんな顔を保存しないで……」
顔を見合わせて、私たちは笑う。その瞬間、ジルベルトは魔術具を持ち上げて光らせた。
出てきた一枚の写真。そこには自分で見ても弾けるような笑顔の私が描かれていて。
「ツィアーナ様は笑顔の時が1番可愛いですよ」
そう笑いながら写真を差し出す彼は、やはり卑怯だと思う。
熱くなった頬を隠すようにジルベルトの手から魔術具を奪い取る。
使い方が分からず、手の中で魔術師を回したり振ったりする私を見て、ジルベルトが苦笑する。
「何をなさりたいのですか? お手伝いします」
「写真が欲しいのよ。……ジルベルトと一緒の」
後半は消え入るような声だった。自分の言葉の大胆さに、改めて恥ずかしさに襲われながら縮こまる。ジルベルトは目を見開いていた。
「全く、あなたという人は……」
小さく紡がれた言葉はうまく聞き取れず、私は首を傾げる。
「え?」
「いえ、お気になさらず。貸してください」
そう言って私の手から魔術具を取り、少し離れたところに転移させる。
「笑ってください」
「急に笑ってと言われても難しいの!」
「え……」
困り顔のジルベルトを見ていると、笑いが込み上げてきた。無理といった直後に笑い始めていることがどこか悔しく、私は魔術具から視線を逸らし、窓の外を向く。でも、そんなことはジルベルトは分かっているようで。
「笑っていますね。前を向いてください」
笑いながらジルベルトの方に向き直ると、微笑みを湛えた顔がすぐ近くにある。想像以上に近い距離に、心臓が跳ね上がった。
「撮りますよ」
その声と同時に、魔術具が光る。しかも2回。
不思議に思ってジルベルトを見つめていると、少し照れたような顔でジルベルトは笑う。
「俺も欲しいのです」
やはり彼は、少し卑怯だ。
出てきた写真をそそくさと受け取り、折りたたんでポケットにしまう。そして慌てて話題を逸らした。
「ありがとう。で……雪についてだけれど、進捗はどう?」
「申し訳ございません。変わりありません」
そう言ったジルベルトの瞳がふっと曇る。今日の本題はそれだったのだし、いつかは話さなければならないことだったが、話題を逸らすためにこの話題を出したことを後悔する。
雪が降らなくなったこの離宮。ジルベルトはその原因を何年も調べ続けている。私は幼い時にこの場所に連れてこられたため、雪、というものを実際に見たことはないのだが。
「ツィアーナ様」
「何?」
その声音に、恐ろしくなるほどに不安定なものを感じ取って、私は首を傾げる。真っ直ぐに私を見つめていたジルベルトの瞳が、激情に揺れた。
「ジルベルト……?」
ぐっと目を閉じ、ジルベルトは顔をあげる。
「話しておかなければいけないことがあります」
そういうジルベルトの黒い瞳は、先ほどまでとは打って変わって、怖いほどに真剣な光を湛えていた。
その口が、開く。
「この離宮に雪が降らないようにしているのは、俺です」
「え? ジルベルトは陛下のご命令で調査しているのでしょう? そんなわけ……」
「全て、お話しします。長くなりますが、聞いてください」
その真剣な瞳に呑まれるように、私はこくりと頷いた。
「ツィアーナ様は、『過去干渉』について、どこまでご存知でしょうか?」
『過去干渉』。過去に起こった事を思い浮かべることで、願った過去に遡り、干渉して歴史を変えられる力です。目的を果たすと干渉したツィアーナ様は消え、歴史は遡った時間から再び始まります。
過去を変えることで、未来も変わります。『今』は消え、変えられた過去から新しい歴史が始まります。そのような絶大な力を持つのが、『過去干渉』です。
そしてもう一つ。『過去干渉』は、ツィアーナ様だけではなく、ツィアーナ様に触れた他の人も過去に遡らせることができるのです。万が一、服が遡れずに全裸で過去に遡ったら困るでしょう? だから、触れたもの全てに発動するようになっているのだと思います。詳細はまだ謎に包まれているのですが。
そのネックレスは、ご存知だと思いますが、それはツィアーナ様の『過去干渉』を封じるためのものです。それをかけている間、ツィアーナ様の力は発動しません。『過去干渉』は、ツィアーナ様の意識がなくても発動します。無理やりツィアーナ様の力が利用される可能性を考えて、付けていただいています。普段は迷彩と浮遊の呪文をかけているので、日常生活に支障はないと思います。
前置きが長くなりました。覚悟して聞いてください。
ツィアーナ様は、『過去干渉』を使い、一度大きく歴史を変えています。今私たちが生きる世界は、一度ツィアーナ様の力によって変えられた世界です。
単刀直入に言いましょう。
ツィアーナ様は、本来なら亡くなっているはずでした。
1年に1度行われる、雪まつりの日のことでした。⑧(46)
その時、ツィアーナ様は離宮に住んでいたのですが、突然、雪崩が離宮を襲いました。雪まつりのために山の雪を切り崩したことが原因らしいのですが。
そして、誰も、助かりませんでした。
すぐに、ツィアーナ様のお母様、王妃様が駆けつけられました。ツィアーナ様は、すぐに救出されましたが、回復させることは誰にもできませんでした。
徐々に弱っていくツィアーナ様の姿を見て、王妃様はツィアーナ様の手を握り、『過去干渉』を発動させました。
けれど、王妃様は過去に戻ることはできたものの、『過去干渉』を持つが故に隔離されていたツィアーナ様を離宮から連れ出すことは、王妃様といえど不可能でした。そこで、王妃様は俺に会いに来られました。
今話したことは全て、俺が王妃様に聞いたことです。ネックレスも、王妃様に頂きました。王家の宝物庫にあったものらしく、王妃様が見つけ出してくださったのです。……それを思うと、過去にもツィアーナ様のような力を持つ方が王家にいたのかもしれません。
話を戻しましょう。王妃様は、俺に、雪崩が起きぬよう、離宮に雪が降らないようにする魔法をかけるように仰ったんです。
俺はそのお言葉に従いました。
それが、この離宮に雪が降らない理由です。
雪崩が起きる日が過ぎた後も魔法を解かない理由ですか?
俺は、この世界に『修正能力』のようなものがあると考えています。
例えば。幼いツィアーナ様が『過去干渉』を発現なさった時のことを覚えていますか? 城にあった花瓶を割ってしまった時のことです。幼いながら、ツィアーナ様は焦られたのでしょう、『過去干渉』を無意識下に発動させて花瓶を割りそうな過去のツィアーナ様を止めました。花瓶は無事でした。
しかし、その数日後、城の使用人が同じ花瓶を割っているんです。
単なる偶然なのでしょうか? 俺はそうは思いません。花瓶は割れる定めだった。その定めを遂行するために、世界が修正をかけたと考えています。
だから、俺は魔法を解くのが怖いのです。
確かに俺がここにきたのは、陛下が、雪が降らない原因を突き止めるように仰ったからです。しかし、同時に俺は、王妃様からツィアーナ様を守るようにも言われています。
世界が変えられたことを知っているのは、王妃様と俺、そして今からツィアーナ様もです。
「俺は、誰にどのようなことを言われようと、雪が降らないようにする魔法を解くつもりはありません。お許しください」
信じられない、というのが正直なところだった。お伽噺を聞いているような。現実に起こった出来事とは到底思えない。だが、私の『過去干渉』は現実にある力だ。ジルベルトが嘘をついているとも思えない。
訳もなく涙が出そうだった。同時に叫びたいような衝動に駆られた。
絡み合った感情に、なんと名前をつければいいか分からなかった。
だから私は、話を逸らす。
「なんでジルベルトは、突然こんな話を?」
「ツィアーナ様は、知っておくべきだと思ったのです」
その黒い瞳の奥に揺らめく複雑な感情を感じ取って、私はそれ以上の追求を諦める。
感情が上手く整理出来なかった。一度に多くのことを知りすぎた。自分でもよく分からない胸の奥を1度しっかりと見つめたくて、私はジルベルトに告げる。
「ごめんなさい、ジルベルト。少し1人にして」
「……分かりました」
部屋に僅かに魔力が流れ、彼は転移した。
自らの足を抱きしめ、胎児のように丸くなる。そのまま、私は目を閉じた。
—————————
深夜。窓から差し込む月明かりが、ツィアーナの部屋をぼんやりと浮かび上がらせていた。
僅かに魔力が流れ、ツィアーナの部屋に1人の男が転移してくる。すぐに自らに迷彩の魔法をかけ、その姿は闇に溶け込んだ。
椅子の上で丸まり、静かに眠っているツィアーナの姿を、ジルベルトは見つめた。その頬に液体の流れた筋を見つけ、ジルベルトは頬を歪める。③(14)
浮遊魔法と転移魔法を巧みに使い分け、ツィアーナを寝台に寝かせた。ジルベルトはしばらく、その幼さが残る寝顔を見つめていた。
許してください、と心の中で語りかける。
今まで真実を隠し続けていたことを。
肝心な時に、何一つ力になれなかったことを。
俺があなたを、愛することを。
軽くツィアーナが身じろぎした。起こしてしまったのかとジルベルトは焦るが、すぐに始まった規則正しい寝息に安堵する。
薄桃色の唇が微かに動き、言葉を紡ぐ。
「……ジルベルト」
細い声は、夜の冷え切った空気を涼やかに鳴らした。
ジルベルトの瞳が、激情に揺れる。
湧き上がる強い想いを抑えきれず、ジルベルトは眠るツィアーナに手を伸ばした。
だが、すぐに彼は手を戻す。
ツィアーナ様は、俺などが触れていい人ではない。
自らを戒めるように、ジルベルトは目を閉じる。そのまま静かに詠唱すると、ジルベルトは転移した。
—————————
とても幸せな夢を見ていたような気がする。
夢の残滓を辿ろうとするものの、手繰る端から記憶の彼方に消えていき、すぐに私は諦めた。腕を伸ばし、伸びをする。
いつものように支度して、部屋を出ると、図書館へ向かう。図書館で本を読んでいると、たいていジルベルトがやってきて、そこで挨拶するのが日課だった。
席に座り、本を開く。夢中で文字を追っていると、いつも時間は飛ぶように過ぎていく。
だが。幸せな時間は、突如として鳴り響いた鐘によって終わりを告げた。急な来客を告げる鐘に、私は玄関へと向かう。
逆光の中、玄関に佇む人影があった。私の姿を認めると、彼は1枚の紙を差し出す。そこに描かれた王家の紋章に、目を見張った。
「ツィアーナ様。ジルベルト様をお呼び頂けますか」
ジルベルトに何の用、と聞こうとした瞬間、低い声が空気を揺らす。
「私ならここにいます」
暗い玄関の片隅に、闇に紛れ込むようにして、彼は立っていた。その目は鋭く、見る者の背筋を震わせる。その時の彼は、この世界に数十人といない王宮魔術師の顔をしていた。
使者の出で立ちをした男は、先程とは別の紙をジルベルトに差し出すと、無感情に言い放った。
「ジルベルト・アドルナート。陛下からの勅命で、そなたには城に帰還することが決定した。案ずるな、雪の調査には他の者をよこす」
「えっ……?」
嘘、だ。
信じない。ありえない。そんな訳ない。
言葉にならない感情のかけらが、胸の内を傷つける。
「ツィアーナ様……」
ジルベルトの声に顔を上げ、酷く歪んだ彼の姿に、自分が泣いていることに遅れて気がついた。
彼は静かに前を見つめていた。その表情に、彼はこんな日が来ることを予感していたのだと分かった。
ジルベルトはもたれかかっていた壁から体を起こし、私の方へ近づいてくる。そして屈みこみ、私の耳に口を寄せた。使者の人に聞こえないぎりぎりの音量で、私に囁く。
「ツィアーナ様、俺の力が及ばず、本当に申し訳なく思っています。……これからは、ツィアーナ様自身でご自分の身をお守りになって……雪を止めてください。以前に教えた、天候魔法と反転魔法、そして広範囲展開を組み合わせるだけです。あなたなら、それができます。俺が保証します」
「そんな、ジルベルト……。陛下のご命令を成し遂げられずに帰還命令なんて、そんなの、そんなの……」
死刑宣告と同じじゃない。
飲み込んだ言葉を、ジルベルトは察したらしい。彼は、優しく、本当に優しく微笑んだ。
「俺は、あなたが大切なんです」
そう言う彼の仕草の、声の、表情の。内に秘められた強い感情に、心が震えた。
「いいよ、魔法なんて解いて! 原因を見つけたことにすればいいでしょう! 言い訳なら作れる! だから、だからっ……」
その先は言葉にならなかった。意志とは関係なく涙が溢れ、頬を濡らした。
初めてジルベルトの表情が崩れた。彼は、海に映る灯台の光のような、揺れる光を目に灯した。
「すみません。ツィアーナ様のお言葉とはいえ、それはできません」
その目とは裏腹に、凛とした声で告げられたその言葉を聞くや、私はジルベルトの魔法に無理矢理干渉した。存在さえ知っていれば、ジルベルトの魔法の癖さえ知っていれば、発見は容易だった。加えて、離宮の外からの干渉や強い魔術師に対する防御魔法も、私には意味がなかった。
ため息が出るほどに巧妙な、無駄のない隠蔽魔法の核を叩いて破壊し、現れた複数の魔法を繋ぎ止める要を探す。そこで、殴られたような衝撃を受けた。
ジルベルトが防御結界を張ったのだと、現実に引き戻されてから気がつく。
「ツィアーナ様は本当に規格外ですね……。ですが、俺が本気で練った要です。そんなに簡単に破壊されては困ります」
「ジルベルト様。ご同行願います」
一向に動こうとしない私たちに痺れを切らしたのか、使者の男が口を開く。
「行かせない!」
一言叫ぶや、使者の男とジルベルトの間に立つ。ジルベルトに背を向けて、私は真っ直ぐに男を見つめた。
「ツィアーナ様、あまりお心を傾けないよう。彼は調査に派遣された魔術師に過ぎませんよ」
「あなたこそ、誰に向かってそのような口を聞いているの?」
怒りと悲しみで、胸が張り裂けそうだった。毅然とした態度で、男を見つめる。
「私はこの国の王の娘、ツィアーナよ」
目に見えて、男が怯んだ。私はそのまま1歩、前に出る。
その瞬間、肩に手を置かれ、私は驚いて後ろを振り向く。ジルベルトの深い黒の瞳が、すぐ近くにあった。
「ツィアーナ様……どうぞ、お元気で」
静かに告げると、彼は真っ直ぐに男に向かって歩き出す。
ジルベルトを止めようと走り出しかけて、私は愕然とした。体が動かない。あの一瞬で、彼が拘束魔法をかけたのだ。
「ジルベルト、ジルベルトっ……!!」
そのままジルベルトは玄関を開け放ち、外に出る。
「荷物は後で転移させればよろしいですか?」
風に乗って、言葉が届く。そのままジルベルトは、静かに詠唱した。
彼の姿は、枯れた枝を晒す木々の中に、溶け込むように消えた。
それまでの間、彼は1度として振り返ろうとしなかった。
—————————
頭の上を通過する冷たい空気に、意識が覚醒した。
玄関から動きたくなかった。日常に戻りたくなかった。日常に戻って、その日常に慣れたら、彼のいない日常が当たり前になってしまいそうで怖くて。
今が非日常なのだという意識から離れたくなくて、私は玄関で1晩を過ごした。
雪を止める魔法をかけようと思った。ジルベルトが願ったことなのだから、かけなくてはならないと思った。でも、できなかった。魔力を使い切ってしまったのだ。ジルベルトの魔法に干渉した時に。彼の魔法はあまりにも強固で、私も後先考えず魔力を注ぎ込んだため、昨日の夜の時点で私の魔力はほぼ残っていなかった。
だが、今は少しずつ魔力が戻ってきている。体内を巡る魔力の流れを感じ取りながら、静かに息を吸う。起き上がろうと、足に感覚を集中させる。
その瞬間、玄関の床から伝わってくる今までにない冷たさ。
背筋が震えた。嫌な予感が胸を焦がした。
目を開けたくなかった。目を開けるのが怖かった。でも、いつまでも逃げている訳にもいかないのは、よく分かっていた。
静かに目を開ける。そこで目に飛び込んで来たのは。
ひらひらと窓の外を舞う、白いもの。ゆっくりと地面に落ち、乾いた石畳を湿らせていくそれ。
人はそれを、雪と呼ぶ。
魔法が効力を失うのは。
術者が魔法を解いた時、そして。
術者が、術を維持できない状態になった時。
何か叫んだ気がした。でも何も言えなかったような気もした。
私に関わったばっかりに。私のためにジルベルトは雪を止めて、それで。
感情に名前をつけることなどできなかった。そんな余裕など欠片もなかった。自分が何を思っているのか分からなかった。思考の全てを押しやる奔流をなんと名付ければいいか、私は知らない。
壊れたように流れ落ち、床に落ちて弾ける涙も、なぜ出ているのか分からない。自分に涙を流す機能が残っていることさえ驚きだった。
ただ叫び、慟哭する。溢れ出す何かは、体から外に出ていって、でもそれと同時に中からさらに溢れ出す。体が破裂しないのが不思議なくらいだ。このどうしようもない何かを、どうすればいいのか分からない。
身を焦がすような渦に巻き込まれ、そのまま私は胸元に手を伸ばす。
冷たい何かが、手に触れた。
ジルベルトによって迷彩の魔法をかけられていたはずのネックレスが、はっきりとその姿を晒していた。
それを見た瞬間、溢れ出す何かが止まった。
ネックレスを握りしめ、引きちぎる。首に鈍い痛みが走るが、構ってなどいられない。
もし私が『過去干渉』を発現しなかったら。私は離宮には来ない。私は雪崩で死なない。ジルベルトと会うこともない。ジルベルトは、王宮魔術師として生きられる。
手に持ったネックレスを見つめる。これを、過去の私にかけるだけ。
まだ終わってはいない。嘆くのはまだ早い。不思議と迷いはなかった。
何もかも諦めてきた。離宮に閉じ込められるのも、蔑みの目で見られるのも諦めた。でも。
これだけは、諦めない。
過去を変えたら、『今』が消える。私とジルベルトの道は交わらなくなる。だから。
私はポケットから小さく折り畳んだ写真を取り出した。私とジルベルトが並んで映った、大切な写真。でも、過去を変えたら、この未来、私とジルベルトが出会った未来は消える。『過去干渉』がどんなものか、詳細は誰にも分からない。少しでも危険要素は排除しなければならない。だから、矛盾を引き起こすこの写真は、持って行けない。
写真を握りしめ、震える手で引き裂いた。2回、3回。これから消える『今』へ、別れを告げるように。
小さな紙片となった写真が、空を舞った。その光景は、室内に雪が降っているかのようで。
発動しろ、と叫ぶ。
私を、遠い昔へ、私が『過去干渉』を発現する前の時代へ。飛ばせ。
そして。視界が、真っ白になった。
[編集済]
❄️
私は知らない部屋にいた。夜なのだろう。暗闇に沈む部屋は、肺を凍らせるほどに冷えきった空気で満たされていた。
すぅ、すぅと規則正しい寝息を、私の耳は捉えた。すぐに短く詠唱し、姿を隠す。そのまま、確信めいた思いを抱きながら寝台へ向かう。
そこに寝ていたのは、まだ幼い少女だった。その姿を見て、私は確信する。
この子は、私だ。『過去干渉』を発現させる前の。
許して、と心の中で語りかける。
あなたの力を隠すことを。
あなたの未来を変えることを。
誰よりも愛した人との出会いを、奪うことを。
眠る『私』に、握りしめたままのネックレスをかけた。
短く詠唱して、ちぎれた鎖を治す。そして迷彩と浮遊の魔法をかける。魔法をかけた痕跡が残らぬよう、細心の注意を払いながら。ジルベルトに規格外と言われるほどの腕だ。誰にも見破らせはしない。
私が消えても、『私』がいる。かけた魔法は、術者を『私』だと認識するだろう。だから、効果は続く。問題はない。
慎重に、かつ大胆に、魔法をかけていく。②(10) 身体中に魔力が駆け巡る。思い通りに魔力が流れる。いつの間にか、寒さによる手の震えは止まっていた。⑥(32)
『私』がネックレスの存在に気が付かなければ。そうして、『過去干渉』が発現しなければ。少なくとも、母が亡くなった、私がいるこの時間から10年後までは。
『私』は王宮で暮らす。私は消える。ジルベルトと会うことはない。
それでいいのだ。ジルベルトさえ生きていれば。
さらさらと、私の体が崩れ始めた。足の先から、白い光の欠片となって空中に消えていく。
「目的を果たすと干渉したツィアーナ様は消え、歴史は遡った時間から再び始まります」
かつて聞いたジルベルトの声が蘇る。
目的は果たした。私たちの道はもう交わらなくなるが、ジルベルトは救われた。
彼が好きだった。この気持ちも一緒に消えてしまうのなら、少し惜しいような気もする。
す、と息を吸い込む。冷たい空気が体を滑り抜けて、少し頭がはっきりした。私の体から舞い上がる白い光の欠片を見つめながら、雪みたいだな、と思う。首を傾けて、窓の外を見つめる。
雪が降っていた。
了
【簡易解説】
過去に遡り、干渉する能力を持つ少女。
少女の住む離宮には雪が全く降らなかったため、少女は雪を見た事がなかったが、それは少女の愛する魔術師が魔法をかけていたからだった。
ある日魔術師が王に呼び出されて姿を消し、雪が降り始める。それによって魔術師の死を悟った少女は、彼を救うため、過去に干渉することを決意。過去に干渉すれば魔術師と少女が出会うことはなくなるため、存在していると矛盾を引き起こす、2人で写った写真を破いた。
[編集済]
完全なハイファンタジーでありながら、それを読者に押し付けることなく、逆に輝夜さんの世界観へと誘う文章力は圧巻の一言です。
雪、そして写真という問題文における重要な要素が持つ意味が明らかになったとき、涙を流さぬものはいないでしょう。それほどまでの強い覚悟を持って実行に移した2人の幸福を誰もが祈る、そんな作品でした。
[編集済]
はじめに…
この解説はダークモードに合わせたものとなっています。お手数かけますが、ご対応頂ければ幸いです②(10)。
(読むのに支障はありません)
僕は局地的に降り続けている雪の調査の為に派遣され、森の中を歩き続けている。通信機器はこの寒さで動かなくなってしまったが、空を見れば明らかに雲が集まっているので迷う心配はない。
降雪域にある思兼村には、
『はってきそう』⑤(27)
と呼ばれる儀式があるらしい。八滴贈と漢字が当てられることが多く、由来は調べても出てこなかった。
村までの道のりも険しく、そもそも村に行ったことがあるという人自体いない。
思兼村が天気村と云われる所以であり由縁だと聞いたので、おそらく晴れ乞いや雨乞いの類いだと思うけど…
――――――――――――――――――
私達家族三人、幸せに暮らしたって記録にしようね。
「ちょっと待って。もう一回!」
「まま、はは」
「ほら、やっぱり喋った!」
「どっちもセツナのことだね…」
「写真、面白い!もっとやる!もっと!」
「はいはい、分かったから今日はお休みして、おーやーすみ。」
「えー?まだやるー」
お母さん、助けて…熱い…苦しい…痛い…
個体番号400 心肺停止。⑥(32)
脳波が検出されません。
死亡を確認しました。
お母さんは大人達から魔女って呼ばれてるの。
かっこいいでしょ!
面倒見が良いから子供達からも人気があって、自慢のお母さんなんだ。①(9)
ラボのような場所で、二人が会話している。
「シオナ。これを貴方にあげる。」
「写真。でも真っ白。」
「この写真達は雪の素なの。」
「お母さん、ゆきって何。」
「―ッ。そうだわ…うっかりしてた、まだ教えてなかったわね。ちょっと待ってて。」「これのことよ。」
|△ × ✶ ❃ ※ ✲ ✼ ❉ ✾ ✱ ✹ …⑦(39)
「これは花、これは星、これは雨が降った後の蜘蛛の巣に似てる。宝石みたい、でもそれにしては」
ぐすっ
「お母さん、どうして泣いてるの。悲しいの。」
「んーん、ぜーんぜん。シオナがとっても飲み込みが良いお利口さんだから、お母さん嬉しくなっちゃったのよ④(19)。」
「一年後に雪が降るから、それまではこの写真、大切にしてくれる?」
「うん、分かった。」
助けられないことは分かっていた。
もう手遅れだってことも。
だからせめて、
これだけは
コード411 を認証。
個体番号407の死亡を確認。
「村長!どうすれば!」
411か…あの魔女め、最後の最後でらしくないミスをしたな。驚かせやがって。
「ククク、アハハハ…」
「、村長?」
「ああいや、すまない。問題ないさ。神託の書によると雪が降るようだが、少しすれば晴れる。雪が解ければ水だ。目的は達成した。八天気操は成功だ。アマツのやつもあっちで会えて喜んでることだろうな」
八意天気操作システムへの接続を開始…
接続完了。
情報の共有を行います。
写真を一枚ずつ、半分に破っていく。ー枚が二枚に、二枚が四枚に、四枚が八枚、十六枚、三十二枚、六十四枚、百二十八枚、千枚を超え、数え切れない程千切った写真は、もはや塵程の大きさにまで小さくなり、風に運ばれて空へ飛んでいく。(問題文)
全ての写真を破り捨てたシオナは、泣いているように見えた。③(14)
感情の発露を確認しました。
個体番号407に登録します。
『孤独』の数値が一定値を超えました。
デフォルト天候
コード411 [雪のち晴れ]↓
コード407 [暴風雪]
に変更
ロード中…
個体番号406の死亡を確認
個体番号39の死亡を確認
個体番号403の死亡を
個体番号388の死亡
個体番号100の死
個体番号222の
個体番号123
個体番号1の
個体番号9
個体番号
個体番
個体
個
システムに重大な損傷が発生しました。
お母さん。雪、綺麗だね。
お母さん。約束、守ったよ。
お母さん。ねぇ、褒めてよ。
お母さん。お母さん…
システムを停止します。
システムの修正を完了。
再起動します。..
「あ、起きた。」
「…不審者を発見。攻撃を」
「え!?ストップ!ストーップ!!」
「僕はシオヤ。研究員で、ここの天候だけ不自然だったから調べに来たんだ。君は?」
「私はシオナ。名前、似てるわね。」
『今は村の入口の近くにテントを張って報告書を書いている。奇妙なことに村と外との境界線が雪ではっきりと浮かび上がっていたので、寒さはともかくテントが雪で潰されてしまうことはないだろう。
村の入口付近で少女が倒れていたので保護した。
目覚めたので事情聴取を行ったところ、村で何が起きたのか全く覚えていなかった。』
僕は一通り聞いた後、テントの中で使えないタブレットを下敷きに、これまたボールペンのインクが凍って使えない為シャーペンを走らせていた。
不意に手が止まり白い息が漏れるが、それはこの寒さのせいではない。
シオナが持っていたスマホのような端末による情報―感情を獲得したヒューマノイドだの、人々の感情と連動したりして天候を操るシステムだの、やけにSFじみた話―を書いても寒さで頭がおかしくなったのかと言われることは目に見えているからだ。
だが、この異変の説明はつく。ヒューマノイドを作る程の技術力も、端末がこの環境下で動いていることと関係あるのかもしれない。
そうなると、今度は報告する方がシオナに危険が及ぶ可能性もある。それに
「ねぇ、あなた。…もしかして、何か知ってるの?」
シオナに黙っているのに読まれてしまっては意味がない。
手が止まっているのを変に思ったのか、シオナはそう聞いてきた。
幾人もの人を観察したシステムの情報から感情を学んだ為、彼女は機微に聡い。
真実を話してしまうのは簡単だ。何ならさっきの映像を見せてしまえばいい。
けど、
「すまない。僕にも分からないんだ。」
「そう。謝ることはないわ。私に聞くぐらいだから、知る訳ないもの。一応確認しただけよ。」
下手に刺激すると危険だ。攻撃と言っていたし、感情を制御出来ずに癇癪を起こされても困る。
その後もしばらく考えていた。そしてまだ報告書を書き終えていないことを思い出した僕は、また少し考えた後、筆箱から消しゴムを取り出した。
その後、本部から村の経過観察を命じられた。何か思い出すかもしれないからと言って、一年に一度はシオナを連れて墓参りに来ている。(46)
ここへ来ると、シオナは立ち止まってあの悲しそうな表情を浮かべる。記憶が無くても何か感じるのだろうか。
僕は崩れてしまった雪を積み、横面に「セツナ」「ユキ」「アマツ」と彫って黙祷する。
数分が経ち、
「ねぇ」
と声をかけられる。
そして目を開け、後ろを振り返ると彼女は決まってこう言うのだ。
「あなたは、いなくなったりしないわよね?」
未だ、雪は止んでいない。
簡易解説
セツナは隠し持っていたヨウ化銀をカムフラージュする為に未使用の白い感光紙(写真用紙)に大量に含ませ、娘のユキに似せたガイノイドであるシオナに持たせた。シオナは指示に従い感光紙を破り、風で空へと舞い上がった。感光紙に含まれるヨウ化銀は雪の成長を助ける作用があり、思兼村の壊滅を手助けした。
あるいは…
(完)
「八天気操」という唯一性の強い要素回収を基軸に展開される、ヒューマノイドたちの切ない物語に読者は強く惹かれます。作品全体を通して、あえて多くを語らないことで読者に解釈を委ねているようにも思えます。
最後の一文が生み出す余韻が印象的な作品でした。
[編集済]
「我らがタスカリ様に栄光あれ!!!」
1年に1度…⑧の”国民記念祭”で国民が”タスカリ様”という毛深い獣の貴重な写真に向けて声高に叫ぶ。
彼らからすれば、どうやらこの”HRP共和国”を作った神格らしいのだが見ていてその威厳や風格は感じられない。なんなら国民のこの態度にも違和感を覚えている。
…そう、ここはいわゆる”独裁国家”なのである。
国民はタスカリ様のもとに生まれ、国民のすべての行為はタスカリ様に捧げるもの、そのような思想をもって構成された国である。
早い話が国民の一番人気である。…①
その支配力もすさまじく、国民はこの国の国土でのみ活動することを許されている。陸路はなく、航路空路は断絶されておりしいて言うならば政府や外交官が必要最低限の貿易や会談で行くくらいである。
とはいえ統制はしっかりしている方で反逆者はこの国からは1度も出たことがない、何度か起こる紛争でさえそれは愛国心ゆえのものであり決してHRPを陥れるものではない、のだとか。
まあ、私は知らないけどね。
私がその思想に目覚めたのは3年ほど前だった。
生活に必要なお金を稼ぐために海で船釣りをしていたのだけど、その時に事故を起こしたのだ。
船の角から異臭がした。何かと思って確認してみると見慣れない謎の液体が流れている。…③そう、船は燃料漏れを起こしていた。
「う~わやっべ…」
HRPにはそういった海でのアクシデントを助ける機関がないので自力でなんとかしなければならない…のだがあいにく船の操縦分野はともかく機械分野に関しては全くのド素人でありどうにもしようがない。
そのうち、船はどんどん沈んでいった。
私も…
………
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…
電子音の鳴る空間で私は目を覚ました。
「あ、ああ…ここは?」
目を開けると白い天井。横を見ると医療用機器。
間違いない、ここは病院である。
「おお、気が付いたか!!!」
私のベッドの脇で髭を生やした男がそう言うと紙とペンを別の部屋から取ってきて目覚めたばかりの私に質問を始めた。
「まず…君の名前と性別と年齢、あと出身地を言ってくれるかい?」
「ユーリ。14歳、性別は女でHRP共和国出身。」
「HRP…まさか本当に…」
彼はHRP出身者がまるで宝石レベルで貴重なものであるかのような顔をして、そして言った。
「よ~く聞け。ここはHRPじゃない。」
「…え?」
偶然にも多少の言い回しや訛りを除いて言語は一致した。
そのため彼が言うどんな事実もまるわかりだ。
「ここはムニムニという国だ。君はどうやら漂流したらしい。」
「ムニムニ…?あ、あの…私帰りたいんですけど…。」
「困ったことに君をそのまま返すとHRPから勝手に国外にやったって難癖と因縁が付けられちまうんだよ。最悪国際問題。まあ俺は医者で政治家でも外交官でもないからわかんねえけど。まあほとぼりが冷めるまでは、ムニムニで過ごすといい。」
「そんな…。」
当時は少なからず私もHRP並びにタスカリ様への尊敬の念を持っていたのでこの宣告はショックだった。最初の方はそのせいでずっと震えていたが、ムニムニで1日、また1日過ごしているうちにその考えは変わり、震えは止まっていった。…
「お~いユーリ、今日は動物園に行こう。」
退院してからは、私を担当してくれたアンダーソン医師が直々に私の面倒を見てくれた。その日はムニムニに入国して数か月ほどたっていた。
「どうぶつ…えん?」
「なんだ知らないのか。いろんな動物がいるところだ。」
「…え?」
「百聞は一見に如かず、さあ行こう。」
私は何もわからないまま動物園に向かった。
その道中のこと。
「お、雪だ。」
「ゆ、ゆき…?」
私の頭上から何か白いものが降ってきた。
「要は氷の細かいやつだ。多分HRPじゃ降らないだろうな。知ってもなさそうだし。」
「知りませんでした!」
思えばここに来てから知ったことはかなり多かったように思える。
この雪だってそうだ。HRPには気候のせいで降らないのと、単純に教わらなかった影響で知らなかった。ほかの国ではかなり
「しかしHRPもなかなかひどいぜ…。なんたって情報統制が並の独裁国家のレベルじゃない。」
アンダーソン医師はぼそっと呟いた。
その時まで私は情報統制についてそこまで考えたことがなかったが、自分を取り巻く不自然な状況のせいでそれを信じずにはいられなかった。
誘拐にしては監禁場所が大規模すぎるし拷問にあっているわけでもない。
「さあ、ついたぞ。動物園だ。」
そして私は動物園にたどり着いた。
そこは私の想像を絶する景色だった。
「うわあ…」
「閉園まで好きなだけいなさい。」
「は、はい!」
HRPでも見ることができた動物から名前だけ知っていた動物、さらには情報統制でまったく知らなかった動物まで、さまざまだった。
そして中でも一番目を引いたもの、それは&amp;quot;ペンギン&amp;quot;という動物だった。
そう、そのペンギン、どっからどう見ても&amp;quot;タスカリ様&amp;quot;なのである。
神格に見つかってしまった、そう思い少し怖くなったが…
「あ、そこのお客さん!今&amp;quot;ペンギンちゃんと触れ合おう!&amp;quot;って企画やってるんですよ!どうです?」
「…え?触れ合えるんですか?」
「ああ、触れ合えますよ~!今雪も降ってますし楽しいと思いますよ~。」
思えば”ペンギン”の檻には猛獣の檻にあった※…⑦がない。そこまで危ない生物でもないということなのか…?
私は恐る恐るそのペンギンと触れ合ってみた。
かわいい。
かわいすぎる。
そしてこの瞬間、私は”タスカリ様伝説”が嘘であることも確信した。現実を飲み込むことにもそう抵抗はなかった。…④
あ、こっちに向かって這ってきそう、やっぱかわいい。…⑤
しばらく愛でたのち、私は”偽りの神”と別れを告げ、そして雪降る空を見上げ、祖国を相手にする覚悟を決めた。
その後私は2年半以上かけて念入りに準備をした。
HRPじゃ知りえなかったことを積極的に学び、私は力を付けていった。
ムニムニ政府はHRPのいいうわさをあまり耳にしていなかったこともあり全面的に協力してくれた。
そして今日、夜中に警備の薄いところをダッシュでかけぬけて私は祖国に帰ってきた。…②
皆が脳死的に愛でている、”ペンギン”の写真を破るべく。
今の”HRP”に”NO”を突き付ける、HRPN、始動。
~fin~
簡易解説
情報統制が並の独裁国家レベルではない”カルト国家”HRP出身のユーリ。
ひょんなことから国外での生活を歩むことになり、その結果雪やペンギンなど自らの祖国では知ることのできなかったものを知った結果レジスタンスと化し、自らの国の自由を取り戻すべく戦いに出たのであった。
※このお話を書くにあたり初代シェチュ王HIRO・θ・PENさんに名称使用許可をいただきました。ありがとうございます。
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雪を見たことがない理由と写真を破く理由との組み合わせが一本の線で綺麗につながっており、高い納得感を導いています。
と、真面目に感想を書こうとしたのですが、随所に登場する超内輪ネタの印象が強すぎて思わず笑ってしまいました。ペンギンのかわいさを再確認できる作品でした。
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蝋燭の灯りの中、霞む視界に映るコップを手に取る。
樽を傾けて、中の水を掬う。
この地下室で新たな水樽が見つからない限り、これが最後のチャンスだ。
近くにいた男が、掠れた声を出す。
「頑張ってくれ、君の才能が、私たちの最後の希望だ……。」
みんなに見守られながら、出来る限り細心の注意を払い、私は材料の調合を始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
王国では、流行り病への対処が議論されていた。
この病気は、身体が著しく弱るが、絶対に死ぬことはできず永遠の苦しみを味わうことになる、恐ろしい病気であった。
家を一歩も出ない者、全く気に留めない者、そしてその両者の争い。
王国に責任を求める者。国民に責任を求める者。架空のものに責任を求めだす者。
不安と不満により、王国は混迷を極めていた。
正体の掴めない未知の病原菌に、王国は対抗策を講じなければならない。
しかし、王国にはどうしても行わなければならないことがあった。
大勢の住民や観光客が城下町に集まる、1年に1度のフェスティバル⑧。
王国はこのフェスティバルの存在によってここまで成長してきた。
今後の関係のために諸外国から客人を呼び、王国一丸で持て成す。
そのために王国は莫大な投資を行ってきた。
これが開催できないとなると、王国と国民の両方に莫大な経済的、いや、それ以上の損失が発生してしまう。
既に先日、隣国から開催を期待している旨を伝えられたばかりだ。
「国民に伝える。感染者は、城の地下の空き部屋に詰め込み、封鎖する。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
溶液の化学反応が終わるまで、暫く時間がある。
いつの間にか慣れてしまっていた頭痛も、今日は少し酷く感じる。
隣に座るアリョーナが、震えた声で私を励ます。
「薬は確実にいい結果をもたらしているわ。貴方を見れば分かる。大丈夫よ、私がついてるから。自分を信じて。」
私は打ちっぱなしのコンクリートの模様⑦を見つめながら、時が過ぎるのを待った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
歩くこともままならないまま、知らない場所に連れてこられて、訳も分からず泣くしかなかった私。
そんな私に声を掛けてくれたのが、アリョーナだった。
彼女は数年前まで私の家でメイドをしていたらしい。私の記憶にもその優しげな顔が微かに残っている。
彼女は、私が年を重ねるごとに、私と我々の置かれている事情を少しずづ話してくれた。
私は、王国の中では有名な貴族の一家に生まれた娘だったらしい。
しかし生まれつき身体が弱く、1歩も外にも出られないような、常に看病のいる子だった。
後継ぎとなる息子の誕生を待ち望んでいた両親にとって、虚弱な娘は余りにも手間のかかる無駄な存在だった。
私の両親は、私に浄化されていない川の水を無理矢理飲み込ませた④。
流行り病に感染させることで、王国の政策に便乗する形で私の存在を消し去ろうとしたのだ。
アリョーナは、当時7歳だった私に、体調が悪そうなときも毎日勉強を教えてくれた。
それと同時に、私は閉じ込められた人たちの話を聞いてまわることにした。
子どもと離れ離れになった親。王国の決定に反対した学者。海外赴任中だった者。
憤る者。諦める者。衝動に駆られる者。
多種多様な話を聞いていく中で、私には次第に1つの目標ができあがっていた。
ここから、みんなを救いたい。みんなのために。
私は少しづつ研究の準備を始めた。
幸い、閉じ込められた部屋は城の倉庫だったので、材料や書物などはあった。
各々の得意分野を繋ぎ合わせれば、何か一歩を見つけられるかもしれない。
私に不可能は重労働は、比較的筋力が衰えてない者に託した。
感染者の多くが視力をほぼ失っている中、私は比較的視力を失っていなかった。
私は彼ら全員の目と手先となることで、研究は始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
調合が完了した。
この地下に水はもう無い。これが失敗すれば、全てお終い。
最後のチャンス。これが成功すれば、外に出られる。
苦しみながらも私を助けてくれたみんなと共に。
この治療液に賭ける②しかない。
お願い。
覚悟を決めた私は、床に寝転がった。
スポイトをで液体を吸い上げる。
額、目、口、耳、首の順に、8滴そう⑤っと垂らして③いく。
液体が染み込んでいく皮膚が少しヒリヒリする。
みんなが見守る中、私は未来を信じて目を閉じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
20年の時を経て、地下からやってきた大勢の人間。
最も人気の多い①1階は、死者の逆襲によって大混乱に陥る。
逃げ惑う者。泣き叫ぶ者。返り討ちにされる者。
我々は力強く階段を踏みしめ、ここから最上階を目指す。
20年間の我々の恨みを晴らす時だ。
玉座の上で愚者が哭く。
血は断ち切られた。
首は冠と共に空を舞う。
我々は、城を後にした。
私のために、みんなありがとう。
アリョーナと一緒に、みんなで帰路へ着く。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は写真立てを手に取った。
私の居ない家族写真。
20年も経ってるから、大した実感も何もないけど。
7歳のときから変わらない長さの指で、私は写真を抜き取った。
家を出ると、白い埃の様なものが舞い上がっていた。
「これが雪よ。ねぇ、初めて見たでしょ?」
アリョーナの声は、もう震えていない⑥。
彼女の笑顔が、私の緊張の糸を切る。
私は、アリョーナの温かい手を握りしめた。
「うん。きれいだね。」
私の家には、もう誰もいない。
1枚の写真は16枚の紙片になり、風に乗って飛んで行った。
(完)
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流行り病に国際的なイベント…どこか現代日本を感じさせる世界観の中で、強い思いを持って現状を打破せんとする主人公たちの姿に胸を打たれます。
要素の回収が粋なものばかりであり、創りだすのさらなる可能性を感じさせる作品でした。
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雪の写真が大好きだった。
園の先生がある年のクリスマス、私にこっそり一枚の写真をくれた。⑧
「これ、あなたとあなたのお母さんが写ってる写真なの。周りにあるのは【雪】なのよ」
雪は私たちが住んでいた場所には降らない。
きっと珍しい雪が映ったこの写真がみんなに知られれば一番人気になってしまう。①
「だからこっそりしまっておくのよ」
先生はそう言った。
写真の中の私とお母さんの周りには何か液体の様なものが流れている。③
これが雪か。
そして数年が経ち、現在。
私は園から旅立った。
今は「はってきそう」という草を探して旅をしている。⑤
※はってきそうとは、彼女たちの方言で漢方のことを指す。
と本には載っていた。
※によると、私が探しているのは漢方らしい。⑦
旅の道中お腹が減ったのでラーメン屋に寄った。
ラーメンを飲み込むと、すぐに空腹からの震えは止まった。④⑥
「今日の夜から朝にかけて、雪が降るでしょう」②
天気予報がそう告げるのを聞き、私は驚いた。
生で雪が観れるのだ。
私は外で待っていた。
だが、夜になって空から降ってきた雪は、私の思っていたそれとは全く違っていた。
この白いのが雪だとしたら、先生がくれた写真の雪は何だ?
この写真は本当にお母さんとの写真なのか?
私はもう写真が信じられなくなり、気持ちの悪いそれを破って捨てた。
【完】
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コンパクトでシンプルな作品にも関わらず、終盤に畳み掛けるように浮き彫りになる疑問に、どこか得体の知れない恐ろしさを感じさせます。
謎の「雪」とは何か?その写真を渡した先生の目的とは?読み解こうとするほど深みにはまる、味わい深い作品でした。
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私が中学生になったばかりの頃、母が入院することになりました。
元来身体の弱かった母にとって、女手1つで私を育てることは負担だったのでしょうか?
いつも穏やかに微笑んでいたから、「私が頑張れば、きっとすぐに良くなる」と思っていました。
中学2年生になり、私は学業よりもアルバイトに精を出していました。
母の貯金はあとわずかです。
私には父がいません。
しかし、顔も知らない父の借金は、私たちを這ってでも追いかけてきます⑤。
私は病室で母に伝えました。
「私、中学卒業したら就職するよ」
母は、せめて高校まではと、頑として反対し続けていました。
数ヶ月後、母は1日だけ退院を許されました。
迎えに行った時の母はとても顔色が良く、もう本当にそのまま退院して2人で過ごせるんじゃないかと思ったくらいです。
「服を買いに行ってから、写真を撮りましょう」
「え、服なんて要らないし。写真って、何で?」
「ごめんね、ごめん」
母は唇を噛み締めていました。
切れた唇からは血が流れています③。
「お母さん…」
私は言葉を飲み込みました④。
そうして私と母はスーツを買いに行き、履歴書に貼る写真を撮りました。
~~~
「ついに今年から始まるらしいよ、ミスコン」
「年に1回のお楽しみ企画になりそうだな⑧」
入社して半年。リツコの耳に入ってきた言葉は、自分には縁遠い単語だった。
(ミスコン…?)
リツコは中学を卒業し、15歳でこの会社に入った。
周りは自分より大人ばかりで、同期で入社したのは2つ歳上の男の子が1人だけだ。
リツコは事務とは名ばかりの電話番兼お茶くみ係で、何だか時代遅れな会社だとは思ったけれど、こちらも切羽詰まっているので雇って貰えただけ有り難い。
彼の方は、営業部署に配置されている。
「菱田くんかな」
「いや、佐々木さんでしょ」
菱田くん、とはリツコと同期の男の子のことだ。
佐々木さんは、リツコに仕事を色々と教えてくれる年配の課長である。
(ミスコンって言ってたよね?2人とも男性だけど…)
彼らには、色々と助けてもらった。
菱田くんはちょっと慌てものだけど、同期ということもあって顔を合わせれば会話も交わすし、よく笑う明るい性格の人だ。
佐々木さんはいつも穏やかで、リツコに優しく声を掛けてくれる。
おかげで、入社してから緊張で止まらなかった震えが、最近は治まってきていた⑥。
「ま、1番人気は佐々木さんだな①」
「菱田くんはまだ先があるからねぇ。来年に期待(笑)」
「あ、あの」
リツコが思い切って声をかけると、会話していた2人の男性社員がぎょっとしたようにこちらを見た。
給湯室でお茶をくんでいたリツコは、彼らにとって空気みたいなものだったのだろう。
「あ、えっと海野さん、いたの?」
「はい…あの、ミスコンって」
彼らは目配せをして、リツコの問いかけを無視した。
数日後、リツコが事務処理をしていると、
「これ、シュレッダーお願い」
デスクにドサッと白い紙の束が置かれた。
「…はい、分かりました」
リツコは席を立ち、シュレッダーへ向かった。
なぜ、何も印刷されていない紙束をシュレッダーに掛けないといけないのだろうか?
不審に思いながらも、リツコは黙々と紙束を細切れにした。
「さて、では皆さん。今年から始まりました、ミスコンの優勝者を発表しまーす!」
仕事納めの夕方から夜にかけての②忘年会。
そのトリとして行われたのは、半年前にリツコが耳にして気になっていた『 ミスコン』だった。
ドンドンうるさい音楽が流れ、プロジェクターに映し出されたのは、
※ここ、おかしくないですかぁ(笑)?
※新入社員かよ。もうちょっと頑張りましょうwww
※読めない漢字使わないで下さいよ、おじさん
佐々木さんのPCに送られた、大量の注釈(※)マークのまとめ画像だった⑦。
皆がこぞって、佐々木さんの連絡メールに対して※を付けて返信していたのだ。
そんなこと知らなかった。
佐々木さんは、いつも穏やかに微笑んでいたから。
「ということで、栄えある初回。ミスが1番多かったで賞、まぁいわば役立たずで賞、つまりミスコン第1位は佐々木さんで~す!」
わぁ、と歓声が上がり、佐々木さんはプロジェクターの前に立たされた。
プロジェクターの電源が落とされ、彼の頭上からはらはらと白い雪が舞う。
―――違う、これは雪じゃない。こんな汚い雪、見たことない。
「……!」
戦慄のあまり、リツコは思わず立ち上がった。
佐々木さんに降り積もる大量の紙吹雪は、リツコが命じられシュレッダーにかけたものだった。
~~~
私は会社を辞めようと決意しました。
もちろん、散々悩みましたよ。
どうしても理解できなかったし、我慢できなかったから。
父の借金の事だけじゃない。
佐々木さんのことが気がかりで、もやもやとした気持ちでいました。
結局私は、どこか遠くに逃げるか、ホームレスになる覚悟で退職届を出しました。
中卒は堪え性がないだの、外聞が悪いからだのと罵られていたその時、佐々木さんと目が合いました。
その目を見て、引き留めようとした上司の机から履歴書を引っ張り出し…あの、母との思い出が詰まった写真付きの履歴書です。
私はそれをビリビリに破いて、入社1年足らずで会社を去ったのでした。
ふう、長々とお話ししてすみません。
この会社は、今も存在します。
なんで潰れないのかしら。
私に脅しめいた口止めのメールが来たこともありました。
でも怖くはありません。
私のそばには、佐々木さんと菱田くんがいるんですから。
ミスコンの件で、佐々木さんも会社を辞めました。
目が合った時、彼はニッコリ笑っていたんです。
手にしていたのは私と同じ退職届。
私たちは、度々会うようになりました。
私の境遇を知り、弁護士を紹介してくれたり…本当に良くしてもらいました。
しばらくして怪しい男…そう、「あなた」にスカウトされた私は、佐々木さんに相談しました。
怪しい男だなんて、ごめんなさい。
今は信頼しているからこそ、生い立ちを話すことにしたんです。
でも、垢抜けない少女だった私が芸能界入りしてドラマや映画に出演できたのは、やはり義父…現マネージャーの手腕によるものでした。
ええ、佐々木さんのことです。
スカウトされた当時、私は佐々木さんとの養子縁組を終え、海野ではなく佐々木リツコとなっていました。
最初は張り切りすぎて、ステージパパなんて呼ばれていましたね。
「リツコのパパかぁ」
なんて喜んでいましたよ。
ふふ、あんまりいい意味じゃないのに。
でも義父は穏やかでふわふわしてますが、実はすっごく鋭いこと、もうご存知ですね?
それから菱田くんも。
私と同じく、あの件にどうしても怒りがおさまらなかったんです。
彼、本当はお笑い芸人になりたかったんですって。
昔からちょっとおっちょこちょいで、でも明るくて楽しい人でしたから。
今は冠番組を持つ売れっ子芸人です。
義父は菱田くんのマネージメントもしていて、毎日楽しそうで…。
あの大切な写真はもう戻ってこないけど。
ええ、後悔なんてしていないし、今、とても幸せなんです。
(簡易解説)
雪=紙吹雪
こんな汚い雪を見たことがない。
自分が作った紙吹雪が、イジメやストレス発散のための催しに悪用され、リツコは務めて1年足らずで会社を辞めることを決意した。
今は亡き母と一緒に撮りに行った、思い出の証明写真ごと履歴書を破り捨てて。
終
[編集済]
今回の創りだすに寄せられた中でも、この作品に描かれた等身大の悲劇は特に強いリアリティを持って胸に迫るものがありました。だからこそ3人の近況を聞いた読者の心にはあたたかな希望が残るのだと思います。
雪が比喩であったり、写真が履歴書だったりと問題文の解釈にも独創性の光る作品でした。
[編集済]
この後、主催者の方で投票会場を設置するのですが、その準備の方に3,40分ほどお時間をいただきます。
その間にしれっと投稿・編集なさったものも投票対象にカウントいたしますので、ご随意に…
それではしばしお待ちください。
今後投稿いただく方は、タイトルと共に【ロスタイム】と記してください。本投票は対象外となりますが、サブ賞に関しては投票可とします。
こちらが投票会場となります!よろしくお願いします^ ^
その物語はお伽話と呼ぶにはどうしようもなく現実で、しかし史実と呼ぶには酷く不可解だった。
*
「おや、いらっしゃい」
カラン、と。
黒い服を着た一人の少女が入店した。
黒髪を高く結った、皮下脂肪のない少女であった。分厚い不幸の皮膚を頭からかぶったみたいな、悲愴な面持ちである。
「ご用件は?」
「あ、あの、えっと………そ、その、」
情けない立ち姿だ。指を前に組んで俯いた顔は、ゾッとするほどやつれている。
髪も伸ばしっぱなしで、もう何年も点滴で生活しているような感じ。まるで病室から一歩も外に出られずに生きてきたかのような。
これは長くなりそうだ。
店主の男は、ジャケットの内側からメビウスを出して、箱の底を指で弾いて一本飛び出してきたのを咥えた。
テーブルに適当に置かれていたマッチで火をつけ、片目を歪めて溜息をつくように煙を吐き出す。
男は少女から視線を外し、窓を見た。
雨が降っていた。
車が走る音と、モーター音が何処からともなく聞こえた。遠くに見える信号機の、赤いランプが滲んでいる。
「こ、ここは、なんでも願いを叶えてくれるって、ホントウですか?」
少女は息も途切れ途切れになりつつやっと言葉を紡ぐ。男は少女を全く見ずに、煙草の灰を落としながら答える。
「あー……それは完全にデマだね」
不健康な青っぽい蛍光灯の下で、少女の顔がみるみる白くなっていく。
男の言葉に心臓が激しく脈打ち、息が詰まる。眼球が震えるようだった。全身から力が抜け、細い足が絡まり、埃をかぶった床の上にドサッと崩れ落ちる。
………嘘よ。デマだなんて。
そんなの……あんまりだ。
少女は涙をドロドロ流して、赤ん坊のようにしゃくり上げていた。③
「大丈夫?」
「えっ、エグッ、もっ、もういやだぁぁ……」
「あらら」
少女は自身を抱き締めて泣いた。細い体を折りたたんで、苦しそうに泣いた。男は立ってそれを見下ろしていた。その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
「こ、ごごなら、嫌な記憶っ……消じでくれるって」
「あ、それはやってる」
少女の傍にしゃがんで、被せるように男が言う。
「えっ」
少女が涙でビショビショになった顔を上げる。
「魔法使いでもないし、なんでも願いを叶えることはできないけど、記憶を抜き取ることはやってるよ」
少女はクシャッと顔を歪めると、また床に突っ伏して泣き出した。今度は安堵の涙か。
「……とりあえず床汚いから、そっちの椅子座りなよ」
促されるまま、少女が椅子に座る。鼻を啜る湿っぽい音が聞こえた。男はそれを横目に電卓を取り出す。
「そうだね……大体、三百万くらいかな」
「さ、さんびゃく……」
電卓に表示された数字を、少女は信じられないといった顔で覗き込む。
「そう、三百万円」
「え……は、は、払えないです」
「そりゃ残念。貯金してまたおいで」
安堵から一転、冷たい声に突き放された少女の顔が強ばる。
「ろ、ローンは組めますか」
「君、必死だね。うちは前払いでしかやってないよ」
「う、あ……じゃ、じゃあどうすればいいんですか」
「知らないよ……」
男は煙を細く吐いた。
「とりあえずさ、どんな記憶消したいの?」
刹那、少女の脳裏に、家の奥から響く這うような低い声が蘇る。⑤
少女は恐怖に胸を上下させ、足の指をぎゅうと丸くする。キーンと頭の中で小さな機械音が聞こえて、息が上がる。血が頭から爪先に下がっていく音がノイズみたいに聞こえた。それは窓外に降る雨音かも知れなかった。
「ぁ……う」
「……………」
溺れるようにして肩を震わせる少女の姿に、トラウマという文字を思い出す。男はきっかり2分黙って、自分の吐いた煙越しに彼女のつむじを見詰めていた。
*
鼻をかむ音が響く。少女の横に置かれたゴミ箱は、クシャクシャになったティッシュで満杯だった。常に下がった眉がしなる。目の輪郭が湿って赤かったが、震えは止まっている。⑥
「なるほど。それで、父親からの虐待の記憶を消したい、と」
男は4本目の煙草に火をつけた。
「……で、いくら持ってんの?」
「ご、ごせんえん」
「………帰れ」
ビャッと少女のヒステリックな泣き声が響く。
「良い病院紹介してあげるから、そこ行きなさい。ね?」
「お、お願いじまずーー!!何でもずるがらぁあ……」
泣き喚くのもお構い無しに、男は少女の肩に手を置いて店の出口まで連れていく。
「うううぅ……グス……」
「ハイ、気を付けて帰ってね」
雨はやんでいた。夜霧が深い。
男に入口を塞ぐように立たれ、少女は泣きながら暗闇の中を歩いていくしかなかった。
男は店の中に戻ると、ハーっと大きな溜息をつく。
追加でティッシュを買った方が良さそうだ……あと部屋の掃除……流石に埃が溜まりすぎている……それから……。
考えながら部屋をぐるりと見回して、あることに気付く。
部屋の隅に、黒い傘がポツンと残されていた。それは、先程までここにいた少女のものであった。
………忘れ物だ。
思わず目を閉じて自分の額に手を乗せ、頭痛を堪えるような顔をして。男は、もう何度目かもわからない深い溜息をついたのだった。
*
追いつくだろうか。男は雨上がりの道路を足早に歩いて行く。しかし、視界の端に映ったものにすぐに足を止めることとなった。………まさか。
少女はいた。自動販売機の横に、影に紛れるように蹲っていたのだ。みすぼらしいシルエットがまるで捨て猫みたいだ、と男は思った。
「ねぇ、お客さん」
声に反応して、少女の肩がビクリと揺れる。俯いた顔は長い前髪に隠れて見えない。
「送ってくよ。家どこ」
「…………明日、父が迎えにくるんです」
震える声で少女は言った。
「お母さんが死んじゃって、他に、行くところがなくて」
少女はゆっくりと顔を上げ、ポケットからくたびれた紙を取り出す。
「だから私、北の国に逃げようと思うんです……ぜ、全部捨てて、綺麗な雪を見に行くんです。母の本に挟まってた、この写真みたいなところに……」
目を閉じて、長い睫毛を輝かせて彼女は呟く。
くたびれた紙は、一枚の写真だった。美しい雪原と、満天に輝く星々が写っている幻想的な一枚。
男はこういう時の癖で微笑んだ。少女は男の考えていることが分からぬようで、戸惑いと怯えをその白い頬に浮かべる。
「いいね。その記憶くれよ」
「え…」
少女が目を見開く。それに構わず男は話し続けた。
「絶望の環境下で、君がしがみついている一縷の希望。君のノスタルジアの世界にしか存在しない、現実逃避的で甘美な桃源郷……」
男が少女の目線に合わせるように膝を折る。
「とても価値のあるものだよ。君の希望をくれるのなら、依頼をきいてやってもいい」
澆薄な猫撫で声が響く。
屈んだ拍子に、男の長いコートが濡れたコンクリートに触れて汚れた。
「俺と一緒に住む?」
少女は、唖然とした表情で男を見詰め返した。自動販売機の人工的な光に照らされて、男の眼鏡が白く反射している。
大きな瞳が揺れ、薄い唇がかすかに震えた。そしてなんとか男を見上げて……。
「………はい」
少女はやっとの思いで言った。ピンと張り詰めた血管を、爪で弾いたような小さな声だった。
肩をキュッと上げて喉で泣いて、目を固くつむって頷けば、止まっていたはずの涙が一条流れ落ちる。
冷たい夜の香りが、湿っぽい風に乗って通り過ぎていった。寂しい体に、夜はよく染み込んだ。
*
「———お久しぶりです……いえ、こちらの方こそ先日はありがとうございました……」
ドアの向こう。
少し離れた客室からは店主の男、キジマのやけに作り込まれた声が聞こえて来る。その声色はすこぶる丁寧で紳士的である。
……お茶を準備しなくては。
少女が台所へと駆けていく途中、キジマではない歳のいった男の笑い声が廊下に漏れ出ていた。
ティーポットとカップをトレーに並べる。客室に入れば、髪を短く整えた老齢の男がキジマと話していた。
夕焼け色の紅茶を差し出すと、客人は柔和にありがとう、と返した。
「それにしても少し気を付けたほうがいいだろう。また彼らの活動が活発になってるそうじゃないか……」
「気を付けるもなにも、私は私の仕事をするまでですよ」
そう返すキジマの目は存外冷ややかだった。
しかし客人は嗜めるように言葉を続ける。
「そうは言っても、年に一度のアレも近い……私は暫く身を隠すよ。用心に越したことはないからね……」
客人は一口だけ口をつけるとその優美な曲線を描くカップをテーブルの上に戻す。
二人の会話を少女はぼんやりと聞いていた。
「先日の依頼についてはこちらに……」
世間話がひと段落すると、そう言ってキジマは書類を客人に手渡す。
彼は紙面をゆっくり端から端まで目を通すと、ひとつ頷いて、丁寧にそれを鞄にしまった。
「うん、確かに。今回も丁寧な仕事をしてくれて嬉しいよ。ところで……」
すると突然彼はこちらに視線を移す。
「君、新しい人? いつ入ったの?」
「は、は、はい、えーと、えーと……」
答えようとして、少女は「あれ?」と思う。
「いつ……いつ……?」
私は、いつからここにいるのだろうか。というか、なんだってこんな場所にいるのだっけ。
「わ、私、アレッ……な、なぜここに……うっ……わ、わたしは……」
視界がぐらりと歪むような心地がした。頭の中が真っ白になって、思考が霞む。血液が溶けるような雑音が、体の中で暴れるようだった。
「ひと月前だよ」
瞬間、その酷く不快な音は止んで視界が開ける。
「君が来て、ちょうど一ヶ月だ」
目に映ったのは、キジマの姿。少女の顔を覗き込むように腰を曲げていたので、視界に入ったのだ。
「忘れちゃったの? アミカ」
男は呟くように話した。低く、埃っぽいけれど優しい声だった。
*
「君に頼まれた過去に関連付けされた記憶は、ほぼ抜き取ってある。対価も頂いたし、君はこれから何をするも自由だ」
客人が帰ったあと、キジマはそう話した。頭の中で書類を整理するみたいな話し方だった。
「……消した記憶のこと……教えて貰えませんか」
「聞いてどうするの?」
「知りたいんです」
「やめときなよ」
キジマのため息が煙に変わって、蛍光灯の下で渦巻いた。アミカはなんとなくその煙を見た。
「抜き取った意味がなくなる」
とても、苦しかったということは覚えている。今の私は、持っていたはずの記憶を持っていない私……。
そもそも「私」とは何なのか。
もし、私の記憶が全部、他の誰かと入れ替えられたら。それは、「私」と言えるのだろうか。
胸にさざ波のように寄せるやるせない気持ちに、思わず唇を強く噛み締める。
失われた物は、二度と元には戻らない。
沈黙が外の雨音を強調していた。
灰色の光が差し込み、カーテンが揺れる。
タバコの湿った香りがした。
*
「あなたに人の心はないの!?」
女のヒステリックな声が響く。
「三百万だなんて……足元を見るにも程があるわ!!」
「高いですかね? 今どき美容整形の方がこれより取るかと……」
「たかだか目に見えない記憶を取るだけでしょう!?!?」
女がバンッとテーブルを叩く音に、アミカは思わずビクリと肩を震わす。
「うちの子はね!!こんなところで負けるわけにはいかないのよ!!立ち止まってる暇はないの!!置いて行かれちゃうのよ!?」
「んーー………君が一番大事な思い出って何?」
「ほら言いなさい、早く!!」
「ギ、ギターを……」
「違うでしょう!?もっと沢山良い思い出あるでしょう!?」
女の金切り声が、頭の中で反響する。
女の横に、暗い表情をした少年が体を俯いていた。髪の下に隠した、彼の孤独が表皮に色濃く現れていた。
あぁ、彼は……。
女が叫べば叫ぶほど、少年はただでさえ小さく縮こまらせた体を、更に萎縮させる。
私は、これをよく知っている。
彼は……私だ。
アミカは両手を握りしめた。そうしないと指先が震えてしまう気がした。
「君はギターが好きなの?」
ニコリ。そう音が聞こえてきそうなほど、キジマは完璧に笑みを浮かべてみせた。
「ギターがこの世から消えてしまったら、死んでしまいたいくらい好きだったりする?」
その瞬間、少年の顔色が変わる。眼球が落ちそうなほど目を見開き、汗をかいて、キジマの笑顔を見て小さな声で叫んだ。
「い、いやだ……お願いだからもうギター捨てないで……良い子にするから……!!」
手を震わせながら細い息を吐き、足をそろそろとたたみ、小さくなって頭を抑えた。彼は目を瞑っていた。身を守る虫みたいだった。
「では、イジメの記憶と引き換えに、ギターの記憶を……」
しかし、キジマの言葉は遮られる。
「キ、キジマさん」
「…………何」
「わ、私の思い出では代わりになりませんか。この方からそれを奪ってしまうのは、なんだかすごく……やってはいけないことな気がするんです。きっと、この方もたないです。奪ってしまったら……」
「そうだね。それで? それが俺と何の関係があるの?」
キジマは微笑んだまま言葉を返した。
アミカは彼を見詰めて「はっ、」と息を吐く。「はっ、はっ。」と駆け上がった息をした。悲哀が膨張したような怒りだった。
「ひ……ひとでなし!!」
アミカは叫んだ。キジマの顔色が変わったが、彼女はそれに気が付かなかった。涙で視界が滲んでいるからだ。
『そうやってまた、お前は人を殺すのか。放置した毒はやがて全身に回る……お前の妹のようにな』
脳内に嫌な声が響いた。悪魔の声だった。
……煩い、とキジマは頭の中で吐き捨てる。
そして唐突に立ち上がると、嫌な声を振り払うように首を振る。
「店仕舞いだ」
「ちょっと!!まだ話は終わって……!!」
「俺は忙しいんだ。少なくともアンタよりはな」
「はぁ!?許せない!!然るべきところに報告してやるから!!」
女と少年が扉の向こうに消えていく。バタン、と扉が閉まる音が響いて、部屋の中に静寂が戻ってきた。
静かな部屋に、水みたいに重い空気だけが残されていた。
*
アミカは夜中に目が覚めた。苦しい夢を見ていた気がする。覚えがある沈みゆく感覚と、何かが指の隙間から零れゆき、大切なものが消えていく感覚。
嫌だ、怖い、失いたくない。
アミカは小さく呻くと、助けを求めるように口を開いて———。
そこに映ったのは、もはや見慣れた簡素な天井。
アミカは肩で息をして、よろよろとベッドから立ち上がると黒い窓枠の外を見た。そこには闇の中に月が薄らと霞んで浮かんでいるだけだった。冷や汗が滲んでいた。
「……頭が痛い」
それは割れるような痛みで、これでは到底もう一度床に着くことなど出来そうではない。
確か頭痛薬が書斎の机の上に置いてあったはず。
そう考えて、そろそろと軋む床の上を歩いた。
もう深夜だし、流石にキジマも仕事を諦めて私室で寝ているだろう。
あの親子が帰ったあと、キジマはいつになく寡黙であった。アミカは、その後書斎にこもってしまった彼の思い詰めたような顔を思い出す。
人には色々あるのだ。彼にも辛いことが沢山あったのだろう。
それでも……と。そう思ってしまう私は子供なのだろうか。
そんなことを考えながら、眠りについてるであろうキジマを起こさないよう慎重に廊下を歩む。
そして書斎にたどり着き、呆れた。
「…………」
彼は、どうやら力尽きたらしく、デスクライトだけが暗い部屋に淡く光り、キジマは机に突っ伏す体勢で意識を飛ばしていた。
アミカはため息をついて仕方なしにソファーの上の毛布をとると、それをキジマの体にかけてやる。
ライトの灯りを消そうとして、ふと机の右上の方に置かれた本に目をやった。
(……悪魔との契約)
そのタイトルになぜか心がざわつき、本を手に寄せると、キジマが突っ伏している仕事机の対角線上に位置するソファに置いて飛ばし飛ばしでページをめくる。
パラパラと読み進め、それは概ね、悪魔との契約によって願いを叶える方法についての話だと理解する。
しかし、契約には代償が必要であり、一番価値のあるものは人の記憶だという。特に、思い入れの強い記憶や思い出が高い価値を持つ。また、記憶を取引する際には、「物」の代償も不可欠であり、「物」は取引する記憶と関連の深いものであればあるほど良く———。
「俺は憑かれてるんだよ。悪魔に」
「っ」
気がつけば背後に、音も立てずにいつの間にか起きたらしいキジマが立っていた。
「……それは、どういう意味ですか?」
キジマが本のページを指でそっと撫でる。
「『ただし、悪魔との契約によって得られたものは、その後何をもってしても覆すことはできない。
たとえ、契約によって覆すことを願ったとしても』」
「え?」
キジマが指でなぞった場所に視線を落とせば、米印でページの端に注意書きが書かれていた。⑦
それは、彼が言った内容と同一のものであった。
「キジマさんは……覆したいものがあるんですか?」
「……それは」
キジマは少し考える素振りをして、やがて白んだ窓の外へと視線を逃すと無感情に返答する。
「妹を、救いたかったんだ」
「……妹さんを?」
キジマはそれ以上答えなかった。
「明日も早いし、もう寝ようか」
「……私、頭痛薬が欲しくて」
「なんだ、具合が悪いの? 医者を呼んだほうがいいかな」
「いや……その、なんだか、怖い夢を……みて」
子供っぽいことを言ってしまった気がして、アミカは頬を赤らめた。キジマはフッと頬を緩める。
「子守唄が必要ならそう言ってくれよ」
彼のいつも通りの意地悪なからかいに、アミカはやけに安心した。
キジマは部屋までアミカを見送ると、ベッドの傍にある椅子に座って暫く話をした。文字通り寝物語であった。
話をされるものだから、最初、アミカはなんとか起きようと目を開けていた。けれどそれに気付いたキジマが彼女の両目の上に手をかぶせた。そうすれば必然、暗闇が訪れる。煙草の香りのする手は少し冷たかった。
「良い。寝なさい」
その言葉を聞いて、アミカはカクンと眠った。
彼なりに彼女に気をつかっていたのだ。冷たい秘密のような男だけれども、彼はこうして本当に弱っているときには不器用に優しかった。けれどあまりにも眠くて、礼も言えずにアミカは布団を握って眠った。
彼の冷たさはまるで何かを恐れているみたいだ、と眠りに落ちる途中、アミカは思ったのだ。
*
日中はいつものように掃除をして、客人の相手をして時間が過ぎていった。今日はやっかいな客も来ることなく、特にトラブルもなかった。
それは、日が暮れた頃のことであった。突然電話が鳴り響く。
「———はい、はい……いえ、私も知りませんね……心当たりと言われましても……あなたの方が知ってるはずでしょう?………いやぁ、お力になれず申し訳ない……はぁ、そうですか………それでは」
電話が切れる。キジマが溜息をついて、長い指で自分の髪の毛をかき混ぜる。
「……アミカ、店の外確認してくれない?」
「え、あ……はい」
言われて、アミカは扉を開けて外を見る。闇に目を凝らすが特に何もない。首を傾げる。確認といっても一体なにを……考えながら部屋の中に戻ろうと何気なく視線をずらして……。
「キャーーー!!!」
悲鳴をあげた。扉の横、影の中に人が蹲っていたのだ。
「お、お、お、おば、おばけ」
「やっぱりいたか」
「………え?」
後ろから覗き込んで言ったキジマの言葉に、もう一度視線を戻すと、そこにいたのは先日店を訪れたあの少年であった。
「さっき君のお母さんから電話がかかってきたよ。家を飛び出したきり帰ってこないってね」②
ギターを抱き締めるように蹲った少年が、顔を上げる。街頭に照らされた不健康な頬が赤く腫れていた。
*
「ひ、ひとでなし!!キジマさんのひとでなしー!!」
アミカが白い頬を赤くして、力一杯叫ぶ。テーブルを挟んで、キジマと少年が座っている。そして座っている少年の横に、キジマと相対するようにアミカが立っていた。
キジマは頭を抱えて俯いた。
「捨て猫を全部拾ってたら家がパンクしちゃうよ」
「でっ、でも」
「それにこの店はこの子の母親にもバレてるんだよ」
「でも、でもっ」
アミカの目に涙が浮かぶ。
「困ったらすーぐ泣く」
呆れたようにキジマが言う。
顔を悔しそうに歪めて、アミカは言葉につまった。
「…………このままじゃ」
それは、水面に浮かんだ埃みたいに小さな声だった。
「このままじゃ僕は、母さんを殺してしまう」
赤く腫れた頬が痛々しい。前髪が顔に影を作る。
「知らないよ。勝手にやれ」
アミカは思わず言葉を失った。目眩がする程の怒りにシーンと胸のあたりが冷えてくる。何かを言おうと唇を震わせ、しかし堪えるように口を引き結ぶ。そして、キジマを怒りと失望の籠った目で静かに睨み付けた。
「……とりあえず今日は泊まってもらいましょう」
少年が、アミカに促されて立ち上がる。
客室から出る際に、アミカがこちらにチラと視線を流す。
「最低です……ホントに最低」
その言葉を残して、扉は閉じられた。
「………君は知らないんだよ」
キジマは椅子に深く座り、ゆっくり首を回す。煙を唇からこぼしながら誰にも聞かせるでもなく呟いた。
*
部屋の一角から、ボロロンとギターの音が零れ落ちた。
「お上手です!なんて言う曲なんですか?」
アミカの言葉に、少年はその横顔を綺麗に色づかせた。それはほんの少しだけ、戸惑いを漂わせながら。
「……アニメの……エンディングの曲。知らない?今期一番人気だったやつなんだけど……」①
そのアニメの名前を告げられて、アミカは困ったように微笑む。
「ごめんなさい。わからないです」
すると、打って変わって少年は焦ったように視線をさ迷わせる。
「……じゃ、じゃあこれは」
次々に色々な曲が奏でられていく。それとともにアニメの名前を教えてくれたが、アミカは知らないものばかりだった。
「私、アニメは詳しくなくて」
「……………」
そう伝えると、少年は顔を強ばらせる。
「ごめん……」
「えっ」
「僕は君を喜ばせられない……」
「えっ!?」
「許して……追い出さないで……」
少年の演奏は確かに人を惹きつける魅力があった。その優しく丁寧な音色に心を馳せながら、アミカは口を開く。
「……そんなことしなくていいんですよ」
それは泣きたくなるくらい素直な声だった。ぱちっ、と少年の目が大きくなる。その優しい、甘やかすような言葉を聞いて、クシャリと顔を歪めた。
無理やり唾液を嚥下して、苦しそうに息を吐く。
「人を喜ばせられなきゃ……僕には、生きてる価値が……ない」
喉を振り絞るような声だった。アミカは迷って、しかし少年の背中に触れた。 アミカは体温をうつすようにジッと触れた。少年の呼吸がだんだん落ち着いていく。
彼は脱力し、ジッと体を弛緩させ。
「ただ、抱きしめて欲しかっただけなんだ……」
と震える声で呟いた。
その言葉にアミカの瞳からも涙が零れ落ちる。
言葉が嗚咽に絡まって、条件反射みたいに涙がドロっと流れて止まらなかった。
二人分の泣き声が、湿った夜に響いていた。
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回答はまだです。
*
ドンドンと扉を乱暴に叩く音がする。キジマはゆっくりと立ち上がった。
……こんな時間に誰だ。
「悪いけど今日は終わりだよ。また明日来てく——」
扉を開いた途端、キジマは片目をギュッと瞑った。
脳幹に鋭い痛みが襲ったのである。言い終わる前にガツンと鈍器で殴られたのだ。キジマは床に倒れ伏した。そして、右側の頭を両手で覆って痛みをやり過ごす。
手が液体にヌルついた。見れば血が手に付いていて、一気に気分が悪くなった。
「……また、面倒なのが」
脳裏に客人の言葉が過ぎる。そうか、今日は反対組織で定められてるとかいう粛清日だったか……なんて厄介な。
「この店では、記憶操作……脳をいじるという、本来あるべき人間の姿を奪う冒涜的所業によって膨大な利益を得ていると通報があった」
布で顔を覆った男がそう告げた。
「こっちにも2人いたぞ!!」
「いたいーーーっ!!!やめてくださいーーーっ!!!」
叫び声が聞こえた。アミカと少年が、引き摺られるように連れてこられる。
「嘆かわしい……己の心の強さを信じず、余りにも安易な方法でこの世の苦しみから逃れようなど……なんて哀れで愚かな娘達だ」
男はそう言うと、キジマに銃口を向ける。キジマはそれを無感情に見詰めていた。
「…………いつもジッと耐え忍んでいれば、嫌なことは全部過ぎ去ってくれるものだと思っていた。でもだめなんだ……」
『なんだ……助けが欲しいのか?』
不意に声が降ってくる。聞き覚えのある嫌な声だ。
キジマが顔を上げれば、目の前で真っ赤な唇が弧を描いていた。文字通り悪魔の微笑みであった。
時が過ぎるのがスローモーションのようで、キジマはゆっくりと瞬きをした。
「俺達が自由になれるのに、今までの代償で足りるか」
悪魔が視線をアミカに移す。
『なんだ、あの小娘に恋でもしたのか。とんだ劣情だな。お前、小娘の写真もまだ壊していなかったな』
キジマは何も言わずに目を閉じた。頭から流れた血が目に染みたのである。
『フン……まぁいい。悪魔を動かすのに同情は無意味だ。代償など足りるわけがないだろう。……だがお前の命があればいい』
『お前の味を、ヤツらは待っているのだからな』
キジマは溜息をつこうとした。が、空気が喉に絡まって細い息が漏れただけだった。
目を閉じる。目元に皺が寄って影が差す。
「……タバコ吸いたい」
それは声に出ていただろうか。擦り切れた布みたいな低い声は、悪魔の微笑みに飲み込まれて消えていった。
*
キジマは、アミカと少年をベッドに寝かせるために立ち上がる。
安らかな寝息が聞こえる。
キジマは少女の軽すぎる身体を壊さないように抱き上げて、薄い氷上を歩むかのような足取りで廊下を歩くと、ベッドに優しく寝かせた。
アミカみたいな子は、この世界には必要だ。たとえ虚飾や建て前でも構わない。人間が生きるためには希望が必要なんだ。
アミカの体に毛布をかける。長いまつ毛が微かに揺れた。
「俺も救って欲しかったな」
キジマはぽつりと眠れる少女へと言葉を溢す。
彼女たちの世界は、今、夜なのかもしれない。
彼女といると信じたくなる。夜はいつかは明けると。雨に濡れた頬も、風が乾かしてくれるのだと。
誰だって、ただ幸せになりたい、それだけなのだ。
願わくば、彼女たちの人生に幸多からんことを。
*
アミカは目を覚ました。
空気がピンと張り詰めていた。あまりにも静寂で、まだ夢の中にいるみたいな心地だった。
横を見れば、少年が静かな寝息を立てていた。
「……キジマさん?」
名前を呼んで、ハッとする。突然わけもわからぬ人達が店に押し入ってきて、キジマに銃口が向けられて、そして———。
「キジマさん!!!」
アミカは店の中を駆けた。部屋をひとつひとつ覗いて、キジマの名前を呼ぶ。しかし、彼はどこにもいない。
不安が増大して、思考が絡まりはじめる。
アミカは店を飛び出した。
そのままキジマの名前を呼ぼうとして、しかし固まる。
目に入ったのは、見慣れた薄暗い道路ではなかった。
そこに広がっていたのは、まさに銀世界であった。
「……ここ、は」
ジワーっと皮膚が厚ぼったくなっていく感覚がする。寒い。吐く息が白い。冷えた空気とハラめく雪が桜のように舞っていた。暗闇に目を凝らす。
と、雪原の上に探していた後ろ姿を見つける。
「キジマさん!!!」
アミカは雪に足をとられながら、キジマのもとへ走っていった。
「よ、よかった……もう会えないかと思って……」
言いながら涙が零れ落ちる。俯いて震えるアミカの視界に、キジマは無言で一枚の写真を差し出した。
「……え?」
「これ……本当は破くなりして壊さなきゃいけなかったんだけど……俺の命と引き換えに見逃して貰ったんだ」
写真には美しい雪原と、満天に輝く星々が写っている。
「さよならだ。アミカ」
写真を呆然と眺めていれば、突然言われた言葉にアミカはバッと顔を上げる。
「何、言ってるんですか。ちゃんと……ちゃんと説明してください!!」
悲痛な声が響く。
「言ってくれなきゃわからないです!!いつも……いつも何でも悟ったような顔して……キジマさんはズルいです!!」
アミカはキジマにしがみつくと、震える手で彼の胸をドン、と叩いた。
「……捨てないで……ください」
キジマの手が、アミカの頬に触れる。顔を上げれば、キジマの顔が近付いた。
カサついた唇が触れる。煙草の煙が唇から少し入り込んで、アミカはそれを飲み込んだ。④
苦く、切ない口付けであった。
「大丈夫だよ」
アミカはその瞬間に思い出した。孤独な日々に寄り添う幻想を。
涙を流しながら、写真を抱きしめたその瞬間までありありと。
「——…」
そして、瞬きの間にアミカは一人で雪の上に佇んでいた。
純白の雪と、頭上には宝石を散りばめたような星々があった。
「……キジマさん?」
先程まで目の前にいたはずなのに。
周りを見渡す。もう一度名前を呼ぶが返事はない。
ドクンと心臓が嫌な音をたてた。手が震える。嫌だ。怖い。
アミカは右手に残された写真を見た。そして、キジマの言葉を思い出すと、それを戸惑いなく破り捨てた。
「お願い……お願いだから……戻ってきて……忘れたままでいいから……お願い」
一枚の写真は、細かい紙片となり、風に吹かれて飛んでいった。キジマの命と引き換えに、と彼は言っていた。写真を破り捨てれば、彼が戻ってくるかもしれない。そう考えたのだ。
俯けば、あとからあとから涙が零れ落ちてきた。アミカはメソメソ泣きながら立ち上がる。
名前を呼ぶ。どこを見ても真っ白である。
なんて、殺風景な世界だろうか。
アミカは目の前に広がる雪原にも、頭上に輝く星空にも何の感慨も抱くことができなかった。
キジマの名前を呼びながら、真っ白な雪の上を歩く。しかし、とうとう彼が戻ってくることはなかった。
ただ、頬を流れる涙が、酷く熱かったのを覚えている。
終
[編集済]
回答はまだです。
参加者一覧 20人(クリックすると質問が絞れます)
さて、みなさん、お待たせいたしました!
第34回正解を創りだすウミガメ、結果発表のお時間です!!
思い返せば今回の創りだすも、4月10日のハートぽちぽち合戦に始まり、20日間に渡って「問題一覧」ページの一番上に陣取ってきました。
なかなかに難しいお題であっただろうことは十分自覚しているつもりですが、それにも関わらず13人のシェフから13作品(ロスタイム含む)が投稿され、16名の方に投票していただきました。
この場を借りて、改めて御礼申し上げたいと思います。ありがとうございました*\(^o^)/*
それではみなさんお待ちかねの結果発表!!
サブ賞もたくさんあることですし、テンポよく参りましょう!
サブ賞は各ジャンル一位のみ、最難関要素と最優秀作品賞はベスト3を発表していきます!
(投票所の方では全ての開票結果をまとめておりますので、そちらもどうぞ!)
準備はよろしいですか??
テンション上げて、GO GO!!
◆最難関要素賞◆
第2位
🥈①1番人気です(アルカディオさん)
🥈⑤はってきそうです(HIRO・θ・PENさん)
・・・3票獲得
あれ?3位は?乗せ忘れ?と思ったそこのあなた!そうじゃないんです。
今回、全部で8つの要素の中で、票を獲得したのは3つの要素だけでした。
2位の2つはどちらもいろんな解釈ができそうではありますが、その分どうやって入れようか、他の要素と組み合わせようか、というところで苦労なさる方が多かった印象です。
特に「はってきそうです」は様々な漢字が当てられており、見ていて楽しかったです^ ^
そして栄えある…あるのか?
最難関要素賞に輝いた…輝いたのか?
のは、こちらの要素!
🥇※です(クラブさん)
・・・7票獲得
まあ、そうでしょうね!!!
要素募集フェーズにて、ハート要素とランダム要素を選出した段階で、あれ?あんまり尖った要素がないな…?と思ったマクガフィン。
記号の要素!?これだ!!と飛びついて採用したのがこちらの要素でした。
本の注釈であったり、何かの模様、マークであったりと、この難要素を華麗に回収した作品がやはり評価されている気がしないでもないです。しないでもない。
こちらの要素を投稿されたクラブさんには、正解マーカーと葛原さんの愛のムチを贈呈します!
それではサブ賞に参りましょう!
まずはこちら!
◆匠賞◆
🥇②『雪かぶり姫』(作・リンギ)
🥇⑪『吹雪のよるに』(作・みづ)
・・・6票獲得
同率受賞!!
リンギさんの作品は、最難関要素も獲得した「※」のマークを問題文に登場する雪と絡めた綺麗なストーリーが話題になりました。シンデレラのお話をもとに違和感なく要素を回収した手腕はまさに匠ですね!
みづさんの作品では、なんと言っても問題文の「雪」それから「写真」これらの解釈が一線を画した巧さを持っていました。非現実要素を用いた解説が多い中で、問題文中の言葉をよく噛み砕くことでリアリティと納得感のある解説を導いています。匠ィ!
続いてはこちら!
◆エモンガ賞◆
🥇⑥『Crossroads』(作・輝夜)
・・・7票獲得
文句なし!!
ツィアーナを守るために国すら敵に回し、自らの命を投げ出すジルベルト。そしてツィアーナもまた彼を守るために、愛する彼を救うために、ジルベルトと自分とが交わる未来ごと消してしまう……
嗚呼エモンガ!!彼女らの互いを想うその気持ちをエモンガと言わずして、何をエモンガと言いましょう!!!
最後はこちら!
◆スッキリ賞◆
🥇①『WHYと会うと。』(作・クラブ)
・・・6票獲得
圧倒的…!!
投稿フェーズ開始から1時間、総字数約1200文字…しかしそれだけにとどまりません。父娘2人の、どこかクスッと笑ってしまうようなストーリーを読んでいたら、いつのまにか要素も問題文も回収されている!?嘘でしょ!?
起承転結がはっきりしており、問題文回収もスマートです。二重の意味でスッキリ!と思える作品でした!
さて、大変長らくお待たせしました。
これより、みなさんが最も気になっているであろう、本投票。第34回創りだすのシェチュ王を決める、最優秀作品賞を発表して参ります。
心の準備はよろしいですか?
それでは第3位から!行きますよー!!
◆最優秀作品賞◆
第3位
🥉⑤二片一葉の写真(作・ハシバミ)
・・・5票獲得
再会の符牒とするために写真を破る!?
一見ネガティブな意味合いを持ちそうな問題文に、そんなコペルニクス的転回をもって堂々と対峙してみせたハシバミさんの作品が第3位にランクイン!!
手紙という形式で背景の説明と要素回収を同時にやってのけ、女性と写真館の男との再会シーンはあえて詳しく語らない。その結果生み出された爽やかな読後感に、多くの読者が心を掴まれました!
第2位
🥈⑥『Crossroads 』(作・輝夜)
・・・7票獲得
エモンガ賞を獲得した輝夜さんの作品が、第2位を獲得!!
ストーリー自体ももちろん素敵なのですが、その長作かつファンタジックな世界観がするすると頭に入ってくるのは、輝夜さんの文章力のなせる技でしょう!「初めて見た雪」「大切な写真」これらの言葉がこれほどまで胸に迫るのは、読者がすでに魔法にかけられている証です。
投票締め切りまで、結果は全く読めませんでした。それもそのはず、第2位とわずか1票差。まさに劇的な優勝でした。
それでは発表します。
全13作品の中から、最優秀作品賞に輝いたのは……
第1位
生きてさえいれば、なんとかなる。
🥇④『夜の闇で呼吸する』(作・たまにんじん)
・・・8票獲得
衝・撃・的…!!!
久美は実は目が見えなかった!?コウイチの正体とは!?読み進めるごとに明かされる驚愕の真実に、思わずもう一度読み返したくなった方も多いのではないでしょうか。至る所に張られた伏線の意味を知った先にあるのは、少年と少女、2人の奇跡のような触れ合いでした。
「生きてさえいれば。」何度も繰り返されるこの言葉に、タイトルを見事に覆した最後の一文に、震える体を抑えることはできません。
匠3位、エモンガ2位も同時に獲得しており、まさにあらゆる面で評価された作品なのではないでしょうか。
余談ではありますが、前回の第33回にて最優秀作品賞を獲得した2作品は、かたや入院している少女が登場する物語、かたや目が見えない人物が光を手に入れるまでの物語でした。
これら2つを繋ぎ合わせたかのようなたまにんじんさんの作品が最優秀作品賞を獲得したのは、どこか運命的なものを感じております。
それでは最後に、唯一称号の行き先を発表いたします。
と、言っても今回はシェフ全員が1作品ずつの投稿。
ということは……もうおわかりですね??
第34回正解を創りだすウミガメ、
シェチュ王の座に輝いたのは……
👑たまにんじんさん👑
です!!!
第10回と合わせて2度目の栄冠を手にしたたまにんじんさん、本当におめでとうございます🎉🎊
と、ここでもうひとつご連絡が。
今回シェチュ王を獲得したたまにんじんさんですが、事前に次回主催者辞退の申請を承っております。
これにより、来月、第35回創りだすを開催していただくのは…
見事第2位を獲得しました、
輝夜さん!
よろしくお願いいたします(*'▽'*)
それでは、長かった創りだすもこれにて閉幕となります。
ご参加いただいた皆様に多大なる感謝を申し上げるとともに、次回以降、またご一緒できることを楽しみにしております!
それではみなさん、さようなら……
あっといけない!
まだ私の頭に王冠が残ったままだ!
ふぅ、すみません。お騒がせしました。
それではたまにんじんさん、改めて第34代◇シェチュ王◇獲得、おめでとうございます!
(っ≧∇)っ 👑 ヽ(・ω・ヽ*)
さて、今度こそ本当におしまいです。
これからも続いていく創りだすに乾杯!
それでは皆様ご一緒に!
Let’s らてらて〜!
マクガフィンさん、主催お疲れ様でした。今回の問題文はかなり難しいと感じた分、力作揃いでとても面白かったです!たまにんじんさん、シェチュ王おめでとうございます![21年05月01日 22:10]
「マクガフィン」さん主催お疲れ様でした。ブランクがあったので参加しようかどうか悩んでいたのですが、問題文を見て参加してみたいなと思い参加させていただきました。前回、創りだすを主催したとき、仕事の都合で時間が作れず皆さんにご迷惑をかけてしまたので今回は主催を辞退させていただきます。輝夜さん、大変申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。拙作を読んでくださった皆様、誠にありがとうございました![編集済] [21年04月30日 23:45]
たまにんじんさん、シェチュ王おめでとうございます・:*+.(( °θ° ))/.:+ 拙作に投票してくださった方、ありがとうございます(ノ)・θ・(ヾ) マクガフィンさん、MCお疲れ様でした( ‐θ‐)b 輝夜さん、次回MCよろしくお願いします(*・θ・)ゞ 超久々の参加、楽しかったです!余裕あればまた参加させていただきます!皆さま、お疲れ様でしたっ カンシャノアイサツ(ノ)・θ・(ヾ)ホッペアリアリ[編集済] [21年04月30日 22:41]
マクガフィンさん、主催お疲れ様でした!どれも素晴らしい作品だった…。本当に、久しぶりに創り出すに参加できて楽しかったです!皆様お疲れ様&ありがとうございました。[編集済] [21年04月30日 21:40]
ガフィンさん、主催ありがとうございました!お疲れ様でした。たまにんじんさん、優勝おめでとうございます🎉「生きてさえいれば」の言葉が深く印象に残る、素敵な作品でした。そして、次回主催、承りました!私の作品に票を投じてくださった方々、本当にありがとうございます!精一杯主催させていただきますので、どうぞ次回もよろしくお願いいたします![21年04月30日 21:15]
生まれて初めて雪を見た少女は、大切な写真を破くことに決めた。
一体なぜ?
◇要素一覧◇
①1番人気です(9)
②よるにかけます(10)
③何か液体が流れます(14)
④飲み込みます(19)
⑤はってきそうです(27)
⑥震えは止まります(32)
⑦※です(39)
⑧1年に1度行われます(46)
【■■タイムテーブル■■】
☆投稿フェーズ
要素選定直後~4/22(木)23:59
☆投票フェーズ
投票会場設置後~4/29(木・祝)23:59
☆結果発表
4/30(金)21:00(予定)
自分が正解した問題・出題者への賛辞・シリーズ一覧・良い進行力など、基準は人それぞれです。
自分専用のブックマークとしてお使い下さい。
Goodって?
「トリック」「物語」「納得感」そして「良質」の4要素において「好き」を伝えることができます。
これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。
ブクマ・Goodは出題者にとってのモチベーションアップに繋がります!「良い」と思った自分の気持ちは積極的に伝えていこう!