船が沈んだことで、その人は教科書に載るほどの人物となった。
いったいなぜ?
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お待たせいたしました、正解を創りだすウミガメ第23回を開催いたします。
今回司会を務めさせていただきます、ハシバミです。どうぞよろしくお願いいたします。
前回はこちら→ https://late-late.jp/mondai/show/10397
5月といえば、そう! アレです。ソレも5月、そもそもコレが5月、ということは、そう、沈没です!
そんな連想ゲームから始まった創りだすですが、前回の勢いが凄まじかったので、要素選出は今回もリアルタイム式で行います。
それでは、さっそくルール説明へ参ります。
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★★ 1・要素募集フェーズ ★★
[5/15(金)21:00頃~質問が50個集まるまで]
まず、正解を創り出すカギとなる質問(要素選出)をしていただきます。
☆要素選出の手順
①出題直後から、YESかNOで答えられる質問を受け付けます。質問は1人4回まででお願いします。
②皆様から寄せられた質問の数が50個に達すると締め切りです。
③前回同様、要素候補が5個投稿された時点でその中から1つ要素が選ばれます。
わかりやすく言いますと、質問No.1〜5が集まった時点でその中から1つ採用、No.6〜10が集まったら1つ採用、・・・というように、採用された要素がリアルタイムで増えていき、参加者もそれを見られるということです。
一度に4つ質問してしまえば高い確率で要素採用となりますし、今までに採用された要素を見ながら自分の要素投稿内容を調整することもできます(それまで高難度な要素ばかりだったら簡単めな要素候補を投稿するなど)。
良質以外の物は「YesNo どちらでも構いません」と回答いたします。こちらは解説に使わなくても構いません。
※矛盾が発生する場合や、あまりに条件が狭まる物は採用いたしません。
▼矛盾例
田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね?(先に決まった方優先)
▼狭い例①
ノンフィクションですか?(不採用)
▼狭い例②
登場キャラは1人ですか?(不採用)
▼狭い例③
ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)
要素が揃った後、まとメモに要素を書き出しますのでご活用ください。
★★ 2・投稿フェーズ ★★
[要素選定後~5/24(日)23:59]
要素募集フェーズが終わったら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズ』に移行します。
各要素を含んだ解説案をご投稿ください。
らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだしましょう!
※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖版・ラテシン版)」もご参考ください。
** ラテシン版 **
http://sui-hei.net/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
** らてらて鯖 **
https://late-late.jp/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
☆作品投稿の手順
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
③まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。
④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
⑤今回も原則として簡易解説をつけていただきたいと思います。
作品の冒頭もしくは末尾に、問題文の問いかけに対する簡易解説(要約)をつけてください。文字数や行数の指定はありません。
※作品自体が簡易解説のような形である場合は、新たに要約をつける必要はありません。
★★ 3・投票フェーズ ★★
[投票会場設置後~5/30(土)23:59]
投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行します。
お気に入りの作品、苦戦した要素を選出しましょう。
☆投票の手順
①投稿期間終了後、別ページにて、「正解を創りだすウミガメ・投票会場」(闇スープ)を設置いたします。
②作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、気に入った作品に投票できます。
その他詳細については投票会場に記します。
※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構いません。
※自分の作品に投票は出来ません。その分の票を棄権したとみなします。
※投票自体に良質正解マーカーはつけません。ご了承ください。
③皆様の投票により、以下の受賞者が決定します。
◆最難関要素賞(最も票を集めた要素)
→その質問に[正解]を進呈
◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品)
→その作品に[良い質問]を進呈
◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計)
→全ての作品に[正解]を進呈
(※今回は最優秀作品賞=シェチュ王となります)
→見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題していただきます!
※票が同数になった場合のルール
[最難関要素賞][最優秀作品賞]
同率で受賞です。
[シェチュ王]
同率の場合、最も多くの人から票をもらった人(=複数票を1票と数えたときに最も票数の多い人)が受賞です。
それでも同率の場合、出題者も(事前に決めた)票を投じて再集計します。
それでもどうしても同率の場合は、最終投稿が早い順に決定させていただきます。
■■ タイムテーブル ■■
☆要素募集フェーズ
5/15(金)21:00~質問数が50個に達するまで
☆投稿フェーズ
要素選定後~5/24(日)23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後~5/30(土)23:59まで ※予定
☆結果発表
5/31(日)21:00 ※予定
◇◇ お願い ◇◇
要素募集フェーズに参加した方は、できる限り投稿・投票にもご参加くださいますようお願いいたします。
質問だけならお手軽気軽、でもメインはあくまで投稿・投票。
投稿は意外と何とかなるし、投票もフィーリングで全然OKです。心向くままに楽しみましょう!
もちろん投稿フェーズと投票フェーズには、参加制限など一切ありません。
どなた様もお気軽にご参加ください。
皆様の思考や試行、思う存分形にしてみて下さい。
◇◇ コインバッジについて ◇◇
シェチュ王……400c
最優秀作品賞…100c
最難関要素賞…10c
シェフ参加賞…5c
投票参加賞……5c
上記の通り賞に応じてコインを発行する予定ですので、皆様ぜひお気軽にご参加ください。
それでは、これより要素募集フェーズを始めます。質問は1人4回まで!
いざ、スタート!
【結果発表】お待たせいたしました!
要素選定が完了いたしましたので、これより投稿フェーズに移ります!
投稿フェーズの締切は 5/24(日)23:59 です。
要素一覧をまとメモに載せましたのでご活用ください。
①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。
②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。
④次の質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
⑤今回も原則として簡易解説をつけていただきたいと思います。
作品の冒頭もしくは末尾に、問題文の問いかけに対する簡易解説(要約)をつけてください。文字数や行数の指定はありません。
※作品自体が簡易解説のような形である場合は、新たに要約をつける必要はありません。
ちょっとした話をしよう、恐らく、この私の話が日本の歴史の教科書に記録されるかもしれぬな。
これは告白か、あるいは俗に言う⑤懺悔というものか?
私に語るチャンスを提供した慈悲深き諸君らよ、是非聞いていただきたい。
数年前のあの日、日本へと向かう貨物船の中にて、乗組員達は業務に勤しんでいたことだろう。
「知っているかい?これから向かう国日本では、相撲で勝利する事を"シロボシ"というらしいよ。勝者には証として"○"が与えられるそうだ。」
「そりゃあ奇妙な話だ、シロボシというからには"⑥☆"じゃないのか?」
「和の国の考える事はよく分からんね」
…もしかすると、こんな会話をしていたかもしれない。
いや失礼、こんな冗談を言う場ではなかった。
とにかく、その和やかになるハズだった船旅は、無事には終わらなかったのである。
突如発生した暴風雨により、船は修復不能な損傷を受け、沈没する事となる。
しかし、ここで1つ、疑問が生まれるのだ。
イギリス人やドイツ人の乗組員全員は生き残ったのに、日本人乗客は船内で溺死したのは何故だろうか?
脱出した船員たちは、特に最後に脱出した②殿の乗組員は、日本人乗客を見殺しにしたと言っても過言ではないだろう。
こうして、暴風雨が吹き荒れる凶悪な海に、その船と日本人乗客の死体が沈んだ訳だ。
当然だが、この事件を日本人は黙っていなかった。世論は船員たちへの罰を求めた。
しかしながら、船員たちに下った判決は無罪だ。日本人にとっては衝撃的な話だろう。
当時の日本の国際的な情勢や、領事裁判権というものを考えれば、ごく当たり前で正当な判決だったと思っているがな?
だが、よくよく考えれば、⑩この判決が火に油を注ぐ事になるのは、目に見えていたな。
当時の遺族達の無念の意や、国民達の怒りの記録は閲覧したさ。裁判で嫌という程な。
尤も、物書き達の③達筆な日本語とやらを解読できる腕は私には無いが。
…別に馬鹿にしている訳ではない。
正直な話をすると、このまま無罪判決の方が良かったという気持ちが強いに決まっている。
だがしかし、国内外を問わず、止む様子のない抗議の声に、司法は折れた。
裁判のやり直しだ。無罪判決は取り消され、私の白星はどこへやら、①裁判の結果はふりだしに戻った。
その後の結果は、諸君の知る通りという訳だ。
こうして私は椅子に縛られ、まもなく殺される訳だ。
私は諸君に、⑧人生最後の質問をされた、「言い残しておくことはあるか?」とな。
…そうだな、改めて懺悔しようではないか、
あの時、多くの日本人を見殺しにしなければ、私は生き続けられたのだろうか!?
処刑執行と共に、ドレークの⑦視界はぼやけ、④永遠の眠りにつくこととなる。
【⑨ノルマントン号事件】 完
簡易解説…タイトルの通り、歴史の教科書に掲載されている話です。
※この物語にはフィクション要素も含まれております。
10個目の要素選定から2分。どういうことなの?
しかしそのスピードを感じさせない見事な出来。
⑩の要素も綺麗に回収されています。……青酸カリや爆発を選んでいたらどうなったのかもちょっと知りたい。
[編集済]
「さぁ今週も始まりました、『著名人に聞く!』。今週のゲストはマヨネーズ業界の星、海野亀夫さんです。宜しくお願いします」
「どうも、よろしくお願いします」
「まず、海野さんについて簡単に説明させていただきます。海野さんは日本最大手の食品会社である海亀食品の創始者であり、現在は会長を務めていらっしゃいます。海亀食品の代名詞でもある海亀マヨネーズは海外でも人気で、世界シェアトップをキープし続けています。海野さん自身もマヨネーズ愛好家、いわゆるマヨラーとして有名です。ご自宅は②マヨネーズ御殿と呼ばれていますね。また、去年《問題文》教科書に載ったことでも話題になりました」
「ははは、改めて人から言われるのはなんだか恥ずかしいですね」
「早速ですが、質問に移らさせていただきます。海野さんが会社を立ち上げる切っ掛けはなんだったのでしょうか?」
「以前海外のマヨネーズが好きで取り寄せていたんですが、ある時その会社の船が商品を輸送中、⑩火災により《問題文》沈没するという⑨事件が起こったんです」
「当時業界最大手だったあの会社の事件ですね」
「ええ。そのせいでその会社が潰れてしまい、好きなマヨネーズを買うことが出来なくなってしまったんですよ」
「ニュースでも大々的に取り上げられていましたね。『マヨネーズの歴史は①振り出しに戻った』とすら言われていました」
「正にその通りだと思います。私もかなり落ち込み涙で⑦目の前がぼやけましたが、それで『いっそ自作しよう!』と思い立って作り始めた感じですね」
「マヨネーズへの執念があの味を創り出したのですね」
「味と言えば、海亀マヨネーズのレシピを知っているのは海野さんしかいないという噂は本当なのでしょうか?」
「いやぁ、流石にそんなことはないですよ。創業期に私が書いたレシピが③達筆すぎて何て書いてあるか読めないと、暗号扱いされたことから生まれた噂ですね」
「そんな真相があったのですね」
「海亀マヨネーズはレシピだけでなく容器についても海野さんの拘りが反映されているとお聞きしたのですが、その点はいかがでしょうか?」
「ええ、その通りです。私としては出し口は⑥丸形より星形が良いと思っているので、そこは拘りました。正直なところ、例のマヨネーズが星形の出し口を採用していたというのも大きいです」
「海野さんにとって、あのマヨネーズの存在はとても大きなものなのですね」
「はい。あのマヨネーズに出会わなければここまでマヨネーズが好きになっていなかったでしょう。それに、海亀マヨネーズについてもここまでの味にはならなかったと思います。今も海底で④眠り続けているあのマヨネーズの影響を多大に受けているので……⑤正直、そういう意味ではあの会社の人たちに対して少し申し訳ない気持ちもあります。本来ならあちらが今の私共のポジションにいたでしょうから」
「……それでは、⑧これが最後の質問です。あなたにとって、マヨネーズとは?」
「そうですね……人生そのもの、でしょうか。マヨネーズ抜きでは私の人生は成立しないと思いますので」
「ありがとうございます。最後に、この番組をご覧の皆さんにメッセージをお願いします」
「私の人生が詰まったマヨネーズを、皆さんも是非ご賞味ください。ただし、取り過ぎには気を付けてくださいね」
「今週の『著名人に聞く!』はここまでです。それでは皆さんまた来週、ごきげんよう」
【完】
【簡易解説】
ある会社が自社船の沈没により出た損害が原因で倒産した。
その会社の製品を愛用していた男は、入手できなくなった製品の代わりとして自作を試みるようになる。
やがて男の作る製品は世界トップクラスのものになり、有名になった男は教科書に載った。
※補足
昔はマヨネーズ容器の出し口は☆型が主流でした。
今は○型のキャップが主流ですが、今でもキャップを外して容器自体の出し口を見ると☆型だったりするものもあります。
[編集済]
「◯よりも☆」、そう来たか! という見事な回収。
マヨネーズ一本でここまで綺麗な、感動まで覚える物語に仕上げてくるとは、流石です。
[編集済]
天才ボクサー幕之内亀夫は、待合室で1人、もうこの世にいない母に宛てた手紙を書いていた。
手紙を書き終わった頃、スタッフが出番の訪れた彼を呼びに来た。
亀夫は静かに...ただ静かに、リングに向かって歩きだした。
観客席は当然のごとく満員だ。リングはいくつものライトで明るく照らされている。リング上でローブを脱いだ亀夫の身体は、鍛え抜かれた筋肉と、数え切れない程の傷にまみれていた。彼が今まで何度も死闘を繰り広げてきたことは、火を見るよりも明らかだった⑩。
それでも彼はリングに向かうという。今まで誰も達成できなかったウェルター級~ヘビー級の7階級制覇という記録達成がかかっていたからだ。
対戦相手の「バトルシップ・マルチネス」はヘビー級タイトルを10回も防衛しているまさに「世界最強の男」だった。彼はその名から日本では「船」という愛称で呼ばれており、その無敗の姿は「無敵艦隊」「不沈軍艦」とも称されていた。
亀夫と船は互いに睨みをきかす。そしてゴングが鳴り響き、割れんばかりの歓声の中、リングの中央で2人は激突した。
スピードは船の方が上回っていたものの、亀夫の恐るべき反射神経は、船のパンチの全てを見切っていた。逆に亀夫は少しずつ試合を自分のペースに持ち込んでおり、彼の必殺の右ストレートが、船の顔面をとらえるまで、時間の問題だった。
しかしその時、事件が起きた⑨。亀夫の視界が急にぼやけ⑦、平衡感覚が完全に失われたのだ。今まで無理をし続けていた亀夫の脳はとうに限界を迎えており、この土壇場でパンチドランカーの末期症状が出てしまったのだ。
そして亀夫がふらついた瞬間、船の強烈なアッパーが亀夫のアゴに決まり、亀夫はダウンしてしまった。
レフェリーの10カウントが進む中、亀夫は亡くなった母に懺悔していた⑤。
亀夫は貧しい母子家庭に生まれた。学生時代の亀夫は、貧乏な生活に嫌気がさし、家を飛び出し暴力に明け暮れる毎日だった。ボクシングに出会ったことで亀夫は更生し、少しは母を喜ばせれたものの、試合の度に死にかける亀夫を、母は心配してやまなかった。ファイトマネーで稼いだ金で、いくら母にマンションや高級車を買ってあげても、母の心が安らぐことは無かった。亀夫は母が生きている間に「本当の親孝行」ができなかったとずっと悩んでいた・・・。
それでも俺は、自分の夢だって諦められない。俺は「最強」のその先にある「伝説」になるという夢を叶えたいんだ!。お母さん、親孝行はあの世でちゃんとします。だから今だけは闘わせて下さい!。
亀夫は暗闇の中でそう念じた。
気がつくと亀夫は、立ち上がってファイティングポーズを取っていた。
試合は再びふりだしに戻る①。
再開のゴングを聞いて再び両者の拳は交わった。そして船は戦慄した。ダウンを取られ、もはやフラフラなはずの亀夫が、殴っても殴っても怯まず向かってくるのだ。
亀夫の執念の猛攻に船は次第にコーナーに追い詰められていく。そして逃げ場を失った船の顔面に、亀夫の拳が突き刺さった。後に船は「彼のパンチはとてつもなく痛かった。まるでグローブが〇では無く☆の形⑥をしていて、刺し殺されたのかと思ったよ!」と語っている。
亀夫の決死の一撃を喰らった船はマットに沈み、亀夫の7階級制覇という記録は樹立された。永遠にボクシングの教科書に載るほどの偉業を成し遂げた亀夫は、まさに「伝説の男」と呼ばれるようになった。
試合後インタビューにて、マイクを向けられた亀夫は「燃え尽きたぜ・・・真っ白にな・・・」とだけ答えると、その場に倒れ、そのまま永い眠りについた④。これが彼の最期のインタビューになった⑧。
あの試合から数年たった今でも、アメリカのボクシング殿堂博物館②には、亀夫のグローブとパンツが展示されている。その傍らには、亀夫が試合前に母に宛てて書いた手紙も展示されているのだが、達筆すぎて誰にも読めないらしい③。しかし問題は無いだろう。彼は自らの想いを天国で直接母に伝えられたのだろうから____。【完】
【簡易解説】
彼は「船」の愛称で知られる世界最強のボクサーをマットに沈めたために、教科書に載るほどの伝説のボクサーになった。
[編集済]
「船」を愛称とした解説。
達筆すぎて誰にも読めないことが、その想いは母にだけ伝われば良いとでも言うかのようで、また良い味を出しています。
[編集済]
【簡易解説】:船とともに沈んだ主君の代わりに国を平定し、後世の歴史教科書に記載されるほどになった男。彼とその友の真実は異説として僅かに残されるのみである。
皆さんは亀嘉について何か知っていることはありますか?
ええ、中世期の人で、この国で一番偉いお殿様②になった人ですよね。合っていますよ。
そうです。彼はこの国を平定し近代的な基礎を作り上げた人物です。それゆえに逸話には事欠かないのですが…
今日はちょっと時間が余ったので先生が好きな話、まぁあくまでゲテモノ扱いですけどね、それを少しさせてもらおうかなと思います。
実は亀嘉には顔がそっくりな影武者の様な存在がいて、
○○の海戦時に亀嘉の身代わりに死んだというのが定説なのですが、
実はその時死んだのは本物の亀嘉で、それ以降は影武者のような人、
便宜的に亀助とでもしましょうか、が亀嘉に成り代わっていたという説があるんですよ。
さっき配ったプリントを見てください。詩歌が載っていますね。達筆すぎて何て書いてあるか読めない③?
大丈夫です、古文書にはある程度決まった型や文字を使ったものが多いので、すぐに読めるようになりますよ。
その詩歌はざっとこんな内容です。
海の底で眠り続ける④自分の半身を助けられなかったのが自分の唯一の心残りだ、
あれのことを想うと今も目の前がぼやける⑦。
何もかもがふりだしに戻るより①はと思っていたが
懺悔して⑤許しを請うにはあまりにも罪深い事をしたのかと
自分の心は千々に乱れる。
―――どうでしょうか?
亀助が死んだかつての主君であり友に向けた、
彼の人生を自分が続けていってしまったことへの後悔と取ることもできると思いませんか?
まぁ、こじつけと言われればそれまでですが。
亀嘉はこれから数年後、何者かに襲撃を受ける、俗にいう○○事件⑨によって隠居先に火を付けられて自刃したと言われています。
燃え盛る火は見えた⑩とき、亀助としての自分が死んだあの戦場を思い出していたかもしれませんね。
歴史に主観を持ち込みすぎ?
人間がまとめるものである以上主観は入りますし、隙間に妄想をするくらい許してくださいよ。
皆さんも授業の成績が〇(可)よりも☆(優)⑥になりたいでしょう?
さて、チャイムが鳴りましたので今日はこれが最後の質問⑧になりますが、
皆さん、この講義を選んだ以上歴史に何かしらの興味をお持ちだと思いますので、
あなたの今興味のある事物は何ですか?それを来週お聴きしますので。
それでは今日はこれまでです。ありがとうございました。
おわり(約954字)
こういう歴史の異説、大好きです。
亀助が詩歌を残したのも、誰かに真実を知ってほしかったのかもしれません。
船が沈まなければ亀助が教科書に載ることもなかった、その因果関係も見事です。
[編集済]
【簡易解説】
軍艦の艦長だった男は、艦とともに沈んだ。
終戦後、海軍学校の教師になった部下が教科書を編纂する中で、
男が部下に託した手引きが参照され、男は教科書編纂者の一人として名を連ねることになった。
1------------------
戦艦「葦原」は、敵駆逐艦から放たれた魚雷により機関部を損傷。
友軍艦隊の航行序列から外れて[②殿を務める]こととなった。
あらかた敵艦隊からの砲雷撃を一身に受けた葦原は、いよいよ航行不能に陥り、轟沈を待つのみとなった。
艦長・赤城航一大佐は、わが海軍の「悪習」に従い、葦原と命運を共にすることを決断した。
私は、救命艇に乗り組んだ30余名の仲間たちと共に、[⑦悔し涙で霞んでしまう視界の中、]
葦原の勇壮なる艦体から[⑩もうもうと炎が上がるのをじっと見届けていた。]
2------------------
数ヶ月後。首都空襲を喰らい、あっけなく大敗を喫したわが国に帰投した私を待ち受けていたのは、国立海士学院の砲兵科教諭というポストであった。
どうやらわが国は、「二度と戦争を起こさないこと」よりも「次の戦争では負けないこと」を最優先の課題としたようである。
とはいえ、終戦直後で辺りは瓦礫の山。
食うにも事欠き[⑨略奪事件が頻発している]この時世では、仕事を与えられて糊口を凌げるだけでもありがたいことだ。
私は二つ返事で教職に就くことを承諾した。
国立海士学院。わが国の首都に構えられた、海軍直属の教育機関である。
わが国がこれまでに培ってきた海戦術の全てがカリキュラムに詰め込まれているといっても過言ではない。
学院に所蔵された資料の数々に目を通すのが愉しみではなかったというと嘘になる。
そして、そのような気持ちを抱いてしまう自分が情けなくなり、英霊諸柱に対して心の裡で[⑤懺悔する]こともままあった。
3------------------
「名取先生には、教科書を作っていただきたいんです」
着任初日。学院長から告げられたのはそんな一言だった。
いわく、さきの首都空襲で海士学院も被害を受け、建物こそ無事だったものの、所蔵資料のほとんどが焼失してしまったという。
海士学院としては、[①ふりだしに戻った]という気概で、教科書の刷新から始めたいそうだ。
つい数ヶ月前まで葦原の砲手であった私に、砲兵科の教科書編纂担当として白羽の矢が立ったらしかった。
「2ヶ月後には生徒の受け入れが始まりますから、急ぎでお願いしますね」
私に選択の余地は無いようだ。
4------------------
教科書の編纂は難航を極めた。
砲弾の射出角度がコサイン云々だとか、火薬の量がウン千グラムであるとか、理論上の話はいくらでもできる。
しかし、実戦では、それに加えて波の高さ、風向き、湿度、空気抵抗などを複合的に考慮しなければならない。
これらは、場数を踏んで「カン」を培うことによって体得するものであり、文章に落とし込むのは至難の業だ。
本文部分の進捗は全く芳しくなく、しかし何もしないというのはバツが悪かった私は、
縦書きじゃなくて横書きのほうが良いんじゃないか、重点項目は[⑥○よりも☆]で強調したほうが良いんじゃないか、
といったような些末な部分にばかりに気をかけて、時間を浪費するばかりであった。
私はどのようにしてカンを培ったんだっけ――――
そうだ、私は事あるごとに赤城艦長を質問攻めにしていたんだった。
「これが最後の質問です!」と言ってから1時間くらい質問を続けることも日常茶飯事だったから、赤城艦長にはひどく煙たがられてたものだ。
最終的には「これでも読んどけ!」と、お手製の「サルでもわかる砲術」なんて手引きを渡されたっけなぁ。
[③達筆すぎて何が書いてあるか読めなかったから、]結局読まずじまいだったけど。
・・・これなら行けるんじゃないか?
もしかしたら、あの手引きには、赤城艦長のノウハウが詰まっているかもしれない。
古文の先生に手伝ってもらって、あの手引きを解読してみよう!
5------------------
そこからはあっという間だった。
私の読み通り、あの手引きには赤城艦長の実践知が惜しみなく披露されていた。
手引きの内容と私の培った「カン」はほとんど一致を見ており、必要なのは軽微な修正のみだった。
そうして完成した教科書に、私は『サルでもわかる砲術』と名付けた。
教科書編纂者欄に記載された私の名前の横に、「赤城航一」の名前を添えて。
6------------------
国立海士学院の構内には、大きく構えた祭祀場が建立されている。
さきの戦争で名誉の死を遂げた英霊諸柱がここで[④眠り続けているのだ。]
祭壇に『サルでもわかる砲術』を置きながら、私はこう呟く。
「赤城艦長、[⑧これが最後の質問です。]私の教科書、なかなかの出来栄えだと思いませんか?」
(おわり)
[編集済]
「教科書に載る」を編纂者欄と捉える、これぞ水平思考です。
カンに拠るところを説明するのは難しく、しかしそれを成し遂げていた赤城艦長。
「最後の質問」の答えを聞くことができないのが切ないです。
[編集済]
どこまでも続く大海原に、波紋が広がっている。
雨が降っている。
海は、その時々によって様々な表情を見せる。船で出たくはないが、雨天の海も嫌いではない。
「海隊長」
イースト国、海軍基地。
窓枠に頬杖をつき、窓の外を眺める海(うみ)は、突然かけられた声に、我に帰った。
そこで微笑んでいるのは、波(なみ)。海が隊長を務める部隊で数少ない女性隊員の1人である。
彼女は、ある日突然、海軍基地に現れ、入隊を希望した。彼女の可憐すぎる容姿と女性であることで、隊内のほとんどのものが入隊に反対していた。が、形だけでも、と行った面接で、彼女は信じられないほどの身体能力を見せつけた。そして、入隊動機が、多くの者の心を打った。
波の家族は、ウェスト国に囚われているらしい。家族を助けるため、戦いたいと涙ながらに語った彼女の入隊を反対するものは、隊内にはいなかった。
今思えばその時から、彼女に惹かれていたのかもしれない。
だが、自意識過剰かもしれないが、波も自分の事を好いてくれていると思う。
世界は、戦乱の真っ只中にあった。
様々な国が入り乱れて戦争を繰り広げる中、ずっと対立を繰り返している二つの国がある。
イースト国とウェスト国。海の真ん中にぽつんと浮かぶ二つの島にある国だ。
二国の力は互角であり、戦争は永遠に終わることはないと思われていた。が、事件は起こった⑨。
なぜか、イースト国の行動が全てウェスト国に筒抜けなのだ。あっという間に戦況は傾き、イースト国は最後の防衛線であるウミガメ岬の防衛がやっとの有り様だった。
海の率いる部隊は、強かった。味方に的確な指示を飛ばし、自らも勇猛果敢に戦う姿は隊員たちの憧れであり、海は部下たちから強く信頼されていた。
海の部隊は、海戦の行く末を大きく左右する、移乗攻撃を行う。
ずっと最後の切り札として温存されてきた海の部隊。それが動くということは、最終決戦の開幕を意味する。明日は、かなりの危険を伴う戦いになるだろう。
「あの、今、少しいいですか?」
軽く頷き、歩き出した波についていく。たどり着いた先は、屋上だった。
「あの、海隊長…」
そう言ったものの、波はなかなか口を開かない。
それだったら、丁度良い。海も、波に話したい事があった。
「なあ、波。明日の戦い、もし2人とも生き延びることができたら、聞いて欲しいことがある」
すっと、波が真剣な顔になった。
「だから、何があっても生き残れ。俺も生き残る」
波は、頷いてくれると思っていた。が、予想に反して、波は泣き出しそうな顔をした。
「波?」
しばらく共に過ごすうちに分かったことだが、波は嘘をつけない。どうしようもなく、嫌な予感がした。明日はウェスト国も本気を出してくる。もしかしたら、波の家族を捕らえているやつも、そこにいるかもしれない。
「まさか、お前…」
「海隊長」
波が、海の言葉を遮る。そして、胸ポケットから手紙を取り出した。
「海隊長、明日の戦いが終わったら、これを開けてください。それまで、絶対に見ないでくださいね」
「…分かった。が、絶対に無茶をするな」
その言葉を聞くと、波はまた泣き出しそうな顔をして、走り去っていった。
翌日。海の率いる部隊でミーティングが行われていた。
「皆、分かっていると思うが、この戦いの結果がイースト国の運命を決める。今まで俺を信じてついてきてくれたこと、感謝している。最後まで、誇りを持って戦え。俺はお前らを信じている」
海が、胸に輝くバッジへと手を当てる。イースト国の紋章が美しい真円に刻印されたバッジは、海軍の一員であることの証明であり、海軍に所属するものの誇りだった。
他の隊員も、同じように輝く円へと手を当てた。
深夜、海軍はウミガメ岬へと突撃した。水平線に、火が見える⑩。敵の船の明かりだ。決戦の時が迫っていた。
海面に移る二つの国の船の影が、重なった。
戦いは、あっという間に、混戦状態に突入した。
海の部隊に課せられた任務は、少しでも多く敵国の船を沈める事。敵味方が入り混じり、右も左もわからない中、ただ指示を飛ばし、自らも敵に斬りかかる。
「A隊、船尾に回れ!」
「左舷、敵の応援部隊だ!D隊、対応しろ!」
「6号船が攻められている!H隊、大至急防御に回れ!」
じわじわと、ウェスト国軍を下がらせていく。そして、ついにウェスト国軍が叫んだ。
「撤退だーー!」
そう敵の隊長が叫び、ウェスト国軍が船へと戻っていく。ウェスト国の船が背を向け、一直線に水平線へと撤退していく。
その殿②を務める船の上に、なんと、波がいる。そのすぐ側には、敵の隊長もいる。すぐにでも砲撃を始めなくてはならないのに。
やはり、波は、敵の隊長と刺し違えるつもりなのだ。自らの手で、敵を討ちたいのだろう。つまり、波は…死ぬ気だ。
あの時、もっときつく止めておけば。いっそのこと、基地に残らせておけば。後悔が胸を苛むが、もう手遅れだ。
「波ーー!!戻れ!こっちだ!!」
声の限りに叫び、手を伸ばす。
波は一瞬こちらに目を向け…すっと、目を逸らした。
「波、波ーー!」
波が、ウェスト国の隊長の元へと歩いていく。
そして波は敵の隊長の前に立ち、頭を下げた。
その胸に輝くのは、イースト国を象徴する◯のバッジではなく…☆のバッジだった⑥。
星のバッジが象徴するのは…ウェスト国だ。
波の手を離れた真円のバッジが弧を描いて宙を舞い、荒れる海に一つの波紋を作った。
「な…み…?」
全てが間違っていたのだ。波は、刺し違えるつもりなどではなかった。
「海隊長!砲撃の許可をください!」
呆然とする海の耳に、部下の声が響く。
またとない好機だ。ここで敵の船を沈められれば、傾いている二つの国の均衡は、ふりだしにもどる①。
愛する1人の人と、自らの祖国のたくさんの人々。優先すべきものは決まっている。身勝手な選択は、許されない。
逡巡は一瞬だった。
「…許可する」
撤退していくウェスト国軍の船が、爆発した。砲撃隊が、追撃を始めたのだ。次々と船は沈んでいく。当然、殿を務めていた船も。
そして、イースト国軍は全ての船を沈没させた。
波紋が、大海原の上に広がっている。いつまでも消えぬ波紋を眺めながら、海は自らの手で殺してしまった人に…波に、懺悔した⑤。
その夜。海は部屋で、波が残した手紙を取り出した。
「なぜ…。どうして…」
答えなど、一つしかない。だが、脳はただ一つの答えを受け入れることを拒否していた。
震える指先で、手紙を開く。
「海隊長へ。
私は、ウェスト国の密偵でした。騙してごめんなさい。
今まで、本当にありがとうございました。
敵国の密偵の言葉など聞きたくないでしょう。だから、この手紙はもう捨ててください。
でも、ひとつだけ私の我が儘を聞いていただけるのなら、2枚目を開いてください。」
波は、嘘をつけない。だから、きっと、家族を囚われているのも嘘ではないだろう。波は、脅されて仕方なくあんなことをしたのだ。間違いない。きっとそうだ。
自分は、波に非がないことを証明したいのだろう。逃げ場を求めて、心は独楽鼠のように廻り続ける。
2枚目の手紙を取り出す。
「最後の質問をさせてください⑧。
もし、私があなたの事が好きだと言ったら、あなたはどう答えますか?
私は、ずっと、あなたの事が…〜〜〜〜〜〜〜」
「馬鹿…。最後、達筆すぎるだろ…。読めねえじゃねえか…③急いで書きすぎなんだよ…」
あっという間に目の前がぼやけ⑦、文字が歪む。
「馬鹿…」
呟いた言葉は、誰にも聞かれる事なく消えた。
次の日の朝。海は1人、昨日の戦場…波が眠り続ける④場所へと船を漕ぐ。
昨日の戦いが嘘だったかのように静まり返り、波紋一つ無い海へと、そっと囁く。
「答えなんてひとつしかないだろ。俺も、ずっと、お前のことが……」
どこまでも続く大海原に、波紋が広がっている。
だが、雨は降っていない。
海の、祖国を選択した行動は、国の誇りとして語り継がれた。
それから何百年も経ち、海は海軍を率いて国を救った英雄として、歴史の教科書に載ることになる。
[おわり]
[簡易解説]
海の活躍により、ウェスト国の海軍は沈んだ。情を捨て、追い詰められた国を救った英雄として、海は歴史の教科書に載った。
答えを聞けない覚悟があったのだろう波。
裏切ることを決意しながらそれでも想いを伝えたのは、本当に我儘でしょう。
それでも筆が追いつかないほどに溢れる想い、エモンガです。
[編集済]
【簡易解説】
新大陸を目指すため船を作っていた男。
それが上手くいかず、途中で海路から空路に方針転換し、飛行機の開発に成功。
そして新大陸の発見に加え人類初の有人飛行という偉業をも達成し、教科書に載った。
しかし……
【詳細解説】
国に仕える技術者の男。
彼には夢があった。
遙か海の彼方にあると伝説に語られる、新大陸の発見だ。
男はそのために多額の費用をかけて一隻の船を作り上げ、部下と共に大海原へ旅立った。
しかし、現実は厳しかった。
《問題文》船はあっさり沈没し、男を除いた乗員は海の藻屑となった。
人々は嘲笑った。
ありもしないものを必死に探す男を。
人々は忌み嫌った。
税金を無駄遣いした挙げ句、何の成果も得られなかった男を。
人々は憎悪した。
無謀な挑戦に巻き込み、大切な家族の命を失わせた男を。
しかし、そんな男にも味方がいた。
男の上司であり、同じ夢を追う理解者である②殿様だ。
「今回は残念だったな」
「⑤殿……本当に申し訳ありません。資金も部下も全て無駄に失い、①振り出しに戻ってしまいました。全て私の責任です……」
「無駄ではないとも、この方法では駄目だとわかったのだから。諦めたわけではないのだろう?」
「……ええ、勿論です!」
男は奮起し、新たな船の開発に乗り出した。
しかし、やはり現実は甘くない。
荒ぶる海を越えるのは並大抵のことではなく、多くの船と乗組員が水底で④眠り続けることとなった。
日々憔悴していく男を見かねた殿が、お忍びで男を食事に誘った。
「ここの自家製パンが美味くてな、お前にも一度食わせたかったんだ」
「……ありがとうございます、楽しみです」
しかし上手くいかないときはとことん上手くいかないらしく、自家製パンは売り切れていた。
「む、タイミングが悪かったか……まぁいい、〝パンがなければケーキを食べれば良い〟と言うしな。ここはケーキも美味いんだ、そっちの方が美味いという者もいるくらいさ」
その時、男は閃いた。
「……そうだ、海が駄目なら別のルートを通れば良いんだ!」
男はすぐさま研究に取りかかった。
男が目指したのは、海の上。
果てしなく広がる空だった。
それから幾許かの時が経ち、ついに男は一つの偉業を成し遂げた。
空を渡る機械……飛行機を作り上げたのだ。
所長と呼ばれる立場になった男に、部下たちが話しかける。
「やりましたね、所長!」
「ああ、皆のお陰だ。まぁ、完成と言っても塗装はまだだがね」
「その辺どうしますか? 完成優先で機体マークのデザインもしてませんが……無難に日輪でも入れておきますか? 国の象徴ですし」
「いや、案はもうあるんだ」
「そうなんですか? どんなのか教えてくださいよ」
「私たちの始まりは船からだった。上手くいかなかったとはいえ、あの失敗があってこそ今がある。だから、船乗りを導く星……北極星に因んで、⑥星のマークを入れよう。日輪も悪くないと思うがね」
後日、北極星をその身に刻んだ機体に乗り飛び立った男。
不眠不休で操縦を続ける中、ついにその瞬間は訪れる。
「⑩……火だ……文明の火だ……!」
夜を微かに照らすそれは、間違いなく人の営みによる光。
男は、ついに成し遂げたのだ。
しかし、⑨事件は起きてしまう。
一躍英雄となった男の偉業を祝うパレードの最中、観衆の中から一人の女が飛び出した。
男に身体ごとぶつかった女が取り押さえられ、そこに残されたのは……腹からナイフを生やした男。
女が叫ぶ。
「何が英雄だ、この人殺し! 私の息子を返せ!」
女は、男の最初の航海で海の藻屑となった乗組員の母親だった。
「船ならまだ良かった! 息子の死にも意味があったって思えた! でも、結局船じゃ駄目だったって! 無意味だったって! そんなのあんまりじゃないか!」
男は何も言い返せず、徐々に⑦ぼやける視界に女の悲痛な表情を納めながら、意識を手放した。
後年、《問題文》男についてある歴史の教科書にはこう書かれている。
『飛行機を発明し、人類初の有人飛行や新大陸の発見といった偉業を成し遂げた。しかしその過程で多くの人命を損なってもおり、その遺族により殺害されることで人生の幕を閉じた。尚、死の直前に書かれたとみられる主君宛ての手紙(画像1)が発見されており、主君への感謝や自らが失わせた命について悔やむ内容が記されていることから、自らの死を予感していたのではないかと言われている』
「……ん、そろそろ時間だな。ちょっと早いけど授業終わるか」
「あ、せんせー。⑧最後に質問良い?」
「おう、なんだ?」
「その手紙、フツーに読めるところと③めっちゃ達筆で読めないところがあるのはなんで?」
「達筆というか、書かれたタイミングと内容からして、思わず手が震えてしまったんじゃないかって言われてるな」
「なるほどねー、納得納得」
「他に質問ないか? ないなら終わりな。日直、よろしく」
「きりーつ、きをつけー、れーい」
「「「ありがとうございましたー」」」
【完】
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目的と手段を取り違えず、最適な手段を探しつづけた男は正しい。
しかし遺族の言うことも尤もです。
偉業の裏につきまとう犠牲とは、なんとも悲しい問題です。
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富嶽三十六景より、神奈川沖浪裏。俺の思う、父様の最高傑作はそれだった。
荒れ狂う海、翻弄される三隻の舟、必死で縁にしがみついて難を逃れんとする漕ぎ手たち。鎌首をもたげた大波がその頭上から降り落ち、彼等を飲み込むその瞬間を切り取った一枚。波飛沫のひとつひとつが海坊主の指先にでも見紛う自在さで躍動し、紙切れを飛び出して観るものの喉元へ迫る。富嶽三十六景とのたまいながら富士は背後に佇むばかり、その逆説が対比となって尚更波のでかさを雄弁に伝える。画面の迫力は類を見ない。
当世の錦絵ってのは版画の一種で、もともと本物そっくりに描くのは難しい。そもそもが大衆娯楽、写実よりも戯作、であるからして大概の絵は空想で描かれた。映えりゃ上等って了見だ。父様も時々街に出ることはあったが、描くときはいつも長屋の炬燵だった。
──だというのに。同じ錦絵、同じ版画ではありながら、父様の浪裏はあまりに真に迫っていた。
俺も多少は場数を踏んできたし、こと美人画にかけちゃ江戸の誰にだって劣らぬ自負がある。が、それでもやはり、あの画には未だ舌を巻くしかない。
あれは、魔性だ。お江戸の一時代に埋もれるような生半可じゃあない。それこそ海を渡り、時を超えて、百年二百年先の絵描きでさえ手本にするほどの代物だ。一体何を見れば、何を思えば、あのような画が描けるのか。気になりゃ訊くのが性分だ、駄目でもともと、一度問うてみることにした。
「懺悔だ」⑤
「…………へ?」
「二度も言うこっちゃねえ。聞こえてんだろうが」
俺は耳を疑った。仮にも父に向ける言葉じゃあないが、人でなしだったからだ。歳を経たとて円くなるよりか、却って角が増えたような有様。⑥相手がお武家様だろうが殿様だろうが気に食わない仕事は請けないような偏屈で、金勘定が莫迦げて下手で、片付けができず、飯も作らず、ひどい時にゃ食うのも忘れ、四六時中絵のことしか考えていない画狂老人。その質は俺にも受け継がれちまった以上悪くも言えないが、間違いなく堅気の精神じゃねえ。そんな人が、まさか懺悔とは。
「ちったあ考えてみやがれ唐変木。その舟、どうなったと思う」
「そりゃあ……ああ、そうか」
画面には波に傾いた三隻の舟。おそらくは魚なんかを運ぶ押送船。押し寄せる波。大浪。
──沈んだに決まっている。乗っていた人もまず助からんだろう。
題は神奈川沖浪裏。浪の裏だ。岸から眺めて思いつくような構図じゃない。あれがもし空想ではなく、写実の版だったとしたら。
その場面に在った舟は三隻ではない。四隻。列成す船団のしんがりに、もう一隻いたはずなのだ。②
「俺はあの浪に出会したんだよ。目の前で三十人は死んだ」
〇
父様は重々しく語った。しばらくそれを書き起こすことにする。
〇
ああ、その日は晴れだった。乾っ風の吹く冬晴れ。鮮魚を運ぶ高速船として運行する押送船は、空船になる帰路に客を乗せることもある。折よく港で見かけた際、そんな話をたまさか覚えていたもので乗り込んでみたという訳だ。俺は富士を何枚も描いちゃいたが、海原から望む富士には覚えがなかった。そいつを描こうという段になって、一度は見ておこうと思ったんだろう。
四隻の舟はゆるりと西上総を出港した。漕ぎ手たちは乗客と時折言葉を交わしながら六分ほどの力で舟を進め、客は客で潮の薫など堪能していた。沖から望む富士は思いの外小さく、あまり絵になる景色とは云えなかった。俺は少々興醒めしていたところで、船旅は退屈なものになる筈であった。
しかし、そうした時に限って事は起こるものだ。⑨
気付けば寝入っていたらしい。目が覚めたのは、にわかに漕ぎ手衆が騒ぎだしたからだろう。連中は風受けの帆を大急ぎで畳もうとしているようだった。またどうしてそう急ぐのか、などと問うまでもない。海風が猛っていた。
今となっても、あの日の海に何が在ったのかは解らず仕舞いだ。ただ現実に海は荒れ、船は揺れ、今にも転覆しようという塩梅だった。漕ぎ手も客も関係ねえ、成る可く身を屈め、我武者羅に櫂を動かして、一刻も早く陸に辿り着かんと海路を急いでいた。帆を仕舞った者から先を往き、四隻の舟は自然と列を成した。俺の舟はしんがりだった。
神奈川沖は既に恐ろしい荒れ様だった。寄せては返す三角波が蠱毒のごとく喰い合って更なる高浪を成し、そのまま無軌道に襲い掛かる。長細い船体は一度でも捕まれば一堪りも無かろうことは容易に想像がついた。空模様はなおも澄んだ暮色のまま、それが余計に不気味であった。俺も当然富士を眺めるどころではなく、必死に身を屈め舟底にへばりついて危機が過ぎるのを待った。
ひときわ大きな波を辛うじて抜けた。前方遠くに港が見える。側に座っていた乗客と顔を見合わせて、絞り出すような息をついた。助かった、と思った。
その時のことだ。
ごうん、と吠えた。何事かと辺りを見回す。と、ソレは眼前に起こっていた。ほんの三間そこらの至近距離、
海が、聳えて居た。
身の丈など比にもならぬ高浪。陸に打ちつければ歴史的な大津波となったであろう。その圧倒的な暴威たるや、最早波と呼べるかどうか。遥けく見遣る冠雪の富士が玩具にさえ見えるほどだ。そして、大口を開けた大蛇のごときその波の真下に、三隻の舟が投げ出されているのが見えた。見えてしまった。
懺悔しよう。俺はその様を、絶体絶命の具現とも思われるその景色を、美しいと思っちまった。
〇
──思うに。父様はまだ人であったのだ。
魔性だ、と感じていた。あれなる画を描けるのは最早人などではなく、魑魅魍魎の域に足を踏み入れた魔人であると内心決め込んでいた。あまりに無頓着で無鉄砲な立ち振舞いも、そうした印象を強めていたかもしれない。そして俺は、その生き様を模倣しようとしていた。離縁の折も、がさつだと散々罵られたものだ。
けれど。それは早合点というものだった。
父様の浪裏が見る者に訴えるのは、ただ隔絶した化生の業に拠るものではなかった。
懺悔だ。幾人をも目の前で見殺しにしておきながら、その景色すらも美しいなどと感じてしまう絵描きのおぞましき性に打ちのめされた男の、唯一つの罪滅ぼしであったのだ。その景色を忘れず、他の何よりも美しい絵画として白日の下へと描き出し、後世に残す。その業を以て弔い償わんとした。
その泥濘のごとき執念が、世の人々に正しく伝わったとは云えない。その苦々しき一枚こそを、世間は父様の最高傑作のひとつとして有難がっていたというのだから、内心では猛り狂っていたのかもしれない。
かの一枚について、俺が伝え聞いたのはそれきりだった。
何を見れば、何を思えば、あのような画が描けるのか。
それが、俺から父様への最後の問いとなった。⑧
〇
「父様あ!蕎麦の出前、ここに置いておくからな!」
妙に静かだった。じりじりと蒸し暑い夏日に蝉の声だけがこだまする。返事がないのはいつも通りだが、こうも暑けりゃあ癇癪交じりの四苦八苦が聴こえていたものだが。
はたと胸騒ぎがして、父様の作業部屋の戸を開く。筆やら硯やらが飛んでくるならそれでいい──
音の消えた作業場に、父様はいた。
背筋をしゃんと伸ばして正坐し、目を柔く閉じて眠り続けていた。④
見れば、絵筆や資料や描き損じがうず高く積まれていた炬燵の一角だけが丁寧に片付けられており、その上に一枚の半紙と筆、硯だけが整然と置かれている。
言葉も出ず、頭はすんなりと事を理解したようだった。想い出より、悲しみより、
──ああ、やっぱり人だったんだな。
などと間の抜けたことばかり頭に浮かぶ。いくら長命であろうが、人である限りは死ぬのだ。それこそ物の怪でもない限りは。少し遅れて、これは安堵であるようだと思い当たった。
ゆっくりと、机上の半紙に手を伸ばす。辞世の句であろうか、
「…………………」
読めなかった。文字が、視界が、ぼやけて霞む。慌てて、滴り落ちる熱い滴が紙を穿たぬよう離れ、井戸から水を汲んで顔を洗った。桶一杯がなくなるまで、手の平に水を掬っては目尻と鼻を擦って泣いた。
良き父であったとは思わない。
良き娘であれたとも思えない。
けれど、慕ってはいたはずなのだ。或いは師として、或いは家族として。世の常道と形は違えど、これが葛飾北斎、これが葛飾応為の在り方だった。父を弔って泣くことを、だから今は憚らずにいようと思えた。
立ち上がる頃には陽が傾き始めていた。
母屋に立ち戻って、今度こそ父様の遺した文を手に取る。
「べらんめえ、端から読ませる気なんざ無えってかい……」③
目を疑うほどの達筆だった。日頃の絵に銘打つ時はみみずがのたくったような字であるのに、こういう時だけ格好つける辺り、存外人間臭いのだと感じさせられた。口元が綻ぶ。
「……いいさ。勝手に読んだって罰は当たらねえだろう?」
絵筆ならまだしも、習字となればとんと分らん。であれば、今から学ぶのも悪くはないと思った。どのみち、今後の身の振り方は考え直さなければならないのだ。己の絵の腕を疑うことはもうないが、それでも父様の名で売れた絵のほうが多いというのだから、その死後まであやかり続けることは叶わない。絵師・葛飾応為としての人生は振り出しに戻ったと云わざるを得ない。①
それに、人でなしの父を模倣する必要はもうないのだ。父様のような絵を描きたい、とは今でも思う。が、あの画の魔性が傍若無人な生き様から生まれるのでないことを知ることができた。だから、生き方ひとつから見直してみようと思うのだ。父様にとってのそれが懺悔であったというだけ、俺にとっての精髄を、これから探してゆかねばなるまい。
八十過ぎた老練の極みにあって尚、猫一匹描けないと涙ながらに嘆いていた父様の姿を思い出す。遅すぎることはないのだろう、何事も。
泣き疲れたのか蝉の声もまばら、閑散とした夏の原を縁側からぼんやりと眺める。遠くに、青白い火の魂がふらふらと遊ぶのが見えた気がした。⑩
了
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☆ [正解]
ひと魂で ゆく気散じや 夏野原
葛飾北斎の辞世の句と伝わる。気散じとは現代語で気晴らしの意。
【簡易解説】
大波に襲われ、今にも沈みかけた船を描いた名画・神奈川沖浪裏。描き手の内心をよそにたちまち人気を博したその画は後世まで語り継がれ、二百年近くの年月を経た今もなお、葛飾北斎の名とともに歴史の教科書の一ページを飾っている。
神奈川沖浪裏。
誰もが知っているその光景のまさしく「裏」にそんな物語があったとは。
文体や言葉選びに、成程これが真相かと納得させられるだけの説得力がありました。
[編集済]
[正解]
【詳細解説】
プルルルル……プルルルル……ガチャ。
「はい、もしもし」
少し肌寒くなってきたある日。私は電話に出て、相手と幾ばくかのやり取りをする。
やり取りの後、受話器を置いて息をつくと、数十年前の思い出が蘇ってきた。
◇◇◇
私がまだ小学生だった頃。実家は金属加工の工場を営んでおり、モノづくりが身近な環境で育った。
金属が形を自在に変える様子を何時間も眺めたり、廃材を分けてもらって自分なりに組み立てたり。
振り返ると、かなり自由にさせてもらっていたし、この経験がなければ今の私はいないだろう。
そしてもう一つ、今の私を形作った忘れられない経験がある。我が家ではいまだに「ぽんぽん船事件」として語り草になっている。
これがきっかけで今の道を選んだといっても過言ではない、色んな意味で忘れられない事件だ。
事の始まりは私が6年生の夏休み、近所の同級生─池田という名前で、池ちゃんと呼ばれていた─が小さなぽんぽん船を買ってもらったことだった。
池ちゃんの家は裕福で、立派な日本庭園のある②御殿のような家に住んでいた。
もちろん、庭園には池もあり、そこでぽんぽん船を走らせようというのだ。
興味のありそうな同級生数人に声をかけたものの、みな旅行や用事で来られないそうで、私一人しか捕まらなかったようだ。
私は、誘われてからすぐに池ちゃんの家に押しかけ、ぽんぽん船を走らせた。
「こうやって船の上にロウソクを乗せて火をつけるんだよ。」
そう言って池ちゃんが火をつけ、船の中のパイプに近づけると、手のひらサイズの船がカタカタカタ……と音を立てながら進む。
私たちはその様子に釘付けになり、暑いのを気にせず日が暮れるまで走らせ続けた。
やがてそのうちに、私の心の中にはムクムクと「自分で作ってみたい!」という気持ちが湧いてきた。両親に相談すれば材料は廃材で揃えられるだろう。
私は家に帰るとすぐに両親にぽんぽん船のことを話した。もちろん快諾してくれ、翌日からぽんぽん船作りがスタートした。
父は、材料に使えそうな廃材を見繕ってくれ、作り方も教えてくれた。構造自体は単純で、不格好な船体ながら初号機はものの数時間で完成した。
嬉しくなった私は、すぐに船とロウソクとマッチを持って池ちゃんの家に走った。呼び鈴を鳴らすと、すぐに池ちゃんが出てくる。
「ねぇ、池ちゃん! これ見てよ!」
そう言いながら駆け寄ったその時、私は立派な石畳に足をとられ、見事に転んでしまった。それと同時に、ガシャ、と嫌な音が。
すぐに船を確認すると、転んだ衝撃で歪んでしまっていた。
「せっかく作ったのに……」
「え、もしかして、ぽんぽん船を作ったの!?」
驚く池ちゃんに私はうなだれることしかできない。
「そうだったんだけど……」
「もしかしたら走るかもしれないよ、やってみようよ」
船を拾って池に向かう池ちゃん。一方の私はとぼとぼと仕方なく着いて行った。
私が池に着くと、既に池ちゃんは準備を終え、ロウソクに火を点けたところだった。しかし、船は進まない。それどころか[問題文]船首から少しずつ沈んでいく。
「⑩火は見えるんだけどなぁ」
そうつぶやく池ちゃんに対して、
「多分、歪んだから水が入ってくるのかもしれない。せっかく作ったけど①振り出しに戻っちゃったな」
と私は俯きながら返した。
「じゃあ一緒に作ろうよ!」
池ちゃんが私の顔を覗き込みながら笑って言った。
その時、私の⑦目の前がぼやけたのは汗だったか涙だったか、今ではもう分からない。
ただ、嬉しくてたまらなかった。
歪んだぽんぽん船を持ち帰った翌日。ぽんぽん船を持った池ちゃんがうちの工場にひょっこりやって来た。
「なんで!?」
驚く私に「だって船作るならここの方がいいでしょ?」としれっと返す。
機械油やら金属の屑やらで薄汚れた工場に、池ちゃんの襟の付いた皴一つない水色の服が不似合いだった。
「汚れるし、お父さんお母さんにも叱られるよ!」
「ちゃんと話はしてきたし、おじさんもいいって言ってくれたよ?」
おじさんとは私の父だ。どうやら電話で話がついていたらしい。
「はぁ……服汚れても知らないからね!」私が呆れて言うと、
「お母さんが工場に行くならコレ!って言ってたんだけどなぁ」と池ちゃんはこぼしていた。
(のちに、天然な池田母がブルーカラー=青い襟付きの服を選んで着せていたのが分かるのだが、この時は二人とも意味が分かっていなかった)
さすがに工場内は危ないからと、工場の横の空き地で作業を始める。
私は一度作っているので手順は分かっているが、池ちゃんは廃材や工具を見るのも初めてなのだろう。
いちいち「これは何?」「なんでその形なの?」と私を質問攻めにしてきた。
最初はうっとおしく感じていた私も、毎回「へぇ!」「そうなんだ!」と返されると悪い気はしない。
一方で私が「なんで火を点けると進むんだろう?」「なんでカタカタ鳴るんだろう?」と疑問を口にすると、
「温まった水蒸気がパイプの外に出て進むんだよ」「ここの板がへこんで音が鳴るんだ」
と池ちゃんが返してくれる。
どうやら自分のぽんぽん船の説明書を読みこんだらしい。今まで適当に作っては直し、作っては直し、でやってきた。
だが、一つ一つの形の後ろには原理があることに改めて気付き、深く感心した。行き当たりばったりではなく、きちんと考えないといけない。
そのためにはたくさん勉強も必要だ。そう強く思った。
そのうち、だんだんと作業よりも質問コーナーの方がメインになってきたところで、
「そろそろ、本格的に作業しようよ。終わらなくなっちゃうよ」
と私が提案する。そうすると池ちゃんは
「うーん……、じゃあ⑧これが最後の質問! また一緒に何か作ってもいい?」
2人なら、もっとすごいものが作れる気がする、ノーベル賞だって取れるよ、と。
「のーべるしょう?」その時の私には聞いたこともない言葉だった。
「すごい発明をしたり、理科のすごい発見をした人が貰える賞なんだって」
池ちゃんも正しくは分かっていなかったが、得意げに説明してくれた。
私も何も分かっていないくせに、
「もちろん! まずはぽんぽん船を完成させないと」
なんて返していたのだからどっこいどっこいだ。
そうして作業を再開し、順調にぽんぽん船は組みあがっていく。
「ねぇ、せっかくだから色塗ろうよ」
「いいね! 模様もつけようか、水玉みたいにたくさん○描いてさ」
「⑥○よりも☆の方がカッコイイよ」
……思えば、あの頃から池ちゃんの方がセンスが良かった。今なら絶対に水玉模様より星の方がかっこいいと分かる。
しかし、当時の私はモノづくりに明け暮れていたので、見てくれは二の次だったのだ。
そんな会話をしながら、ついにぽんぽん船の二号機が完成した。
「できたね! 早くうちに持っていって走らそう!」
汗びっしょりの池ちゃんはキラキラした目で興奮が抑えきれない、といった様子。さっそく船を持って池田家へ向かう。
私は、昨日の間違いを繰り返すまいと慎重に船を運んで行った。一方の池ちゃんはまるで昨日の私のよう。
「はやく! はやく!」
「壊さないように運んでるんだから待って」
やっとのことで船を池に浮かべる。パイプに水を入れるのも忘れない。
その時、⑨事件は起こる。池の側の濡れた石に足をとられ、池ちゃんが滑って池に頭から突っ込んだのだ。
「池ちゃん!」
「えへへ、大丈夫大丈夫」
ずぶ濡れにはなったが、幸い、池が浅かったので、怪我はしていないようだった。
私は「池ちゃんが池に落ちた~」なんて軽口をたたきつつ、内心は後で怒られやしないかひやひやしていたが、今はとにもかくにもぽんぽん船だ。
池ちゃんが池からあがると、私が家から持ってきたマッチで火を点け、船の様子を見守った。
……カタカタカタカタ……
「「進んだ!」」
思わず2人で叫んでしまった。星模様のぽんぽん船がゆっくりではあるが、進んでいる。
池ちゃんのぽんぽん船に比べれば簡素なものだったが、2人で作り上げたものが、目の前で動いている。その事実だけで、胸がいっぱいになった。
ロウソクが燃え尽きるまで船を眺めていたが、池ちゃんがくしゅん、とくしゃみをした。いくら夏でもずぶ濡れのままでは寒いようだった。
「池ちゃん、今日はもう終わりにして着替えて来なよ。また明日やろうよ。それでいい?」
池ちゃんの体調の心配半分、怒られるんじゃないかと怯え半分で伝えると、池ちゃんはしぶしぶながら頷いた。
帰り際、池ちゃんのお母さんに挨拶と謝罪をすると、「この子が落ち着きないのが悪いんだから~」とお咎めなしだったが、私の母からはこっぴどく怒られた。
それでも、達成感で満ち足りた気持ちのまま、布団に入った。
明くる日。ぽんぽん船と、母から謝罪として持たされた水ようかんを手に池田家へ向かった。
呼び鈴を鳴らすと池ちゃんのお母さんが出る。
「ごめんなさいねぇ、あの子あの後、熱出しちゃって。今日は遊べないのよ」
あぁ、やっぱり風邪引いちゃったか。
「ごめんなさい、昨日池に落ちちゃったから。」私ももっと気を付けていれば。そうお母さんに⑤懺悔する。
「昨日も言ったけど、うちの子が悪いんだから気にしないで」
そうやって笑うお母さんに、水ようかんを渡す。
「母から水ようかんを持たされましたので、食べてください。あと、池ちゃんのお見舞いしてもいいですか?」
「あらそう? じゃあ顔見るだけでよければも寄っていって」
そう言って池ちゃんの部屋に案内される。部屋の本棚にはたくさんの図鑑や科学雑誌が並んでいる。部屋の反対にはベッドで④眠り続ける池ちゃんがいた。
「やっぱり寝てるわね。……あ、もしよかったらそこの図鑑とか読んでいいわよ? あなたに貸してあげるんだ、って言ってたから丁度いいんじゃないかしら」
「本当ですか! じゃあ少しだけ読ませてください!」
そうして適当に手にとった一冊をパラパラとめくる。今にして思えば小学生には難しい内容だったが、身近な現象を解説したその本に夢中になった。
「あ、ぽんぽん船のことも載ってる」
池ちゃんの知識はこの本からだったか。なるほど、確かに
その本にはたまに書き込みがされていた。池ちゃんの父のものなのか、③達筆すぎて何て書いてあるか読めないものがほとんどだったが、唯一読めたのは「ノーベル賞」の文字。
「さっき池ちゃんが言ってたのはこれかぁ」
記事を読むとアインシュタインやレントゲンなど教科書で読んだ偉人が並ぶ。
「こんなすごい賞なんだ……」
現実を知って、私は諦めるどころかやる気が湧いてきた。子供の全能感は恐ろしい。
「絶対にノーベル賞取るんだ……!!」
「……できると思うよ」
「池ちゃん、起きてたの!?」
さすがにこれは恥ずかしかった。
そしてその後、本当に私と池ちゃんは共にノーベル賞を目指して研究者になったのだった。
◇◇◇
「何の電話だったの?」
思い出に浸っていた私に声がかかる。
「……受賞が決まったって、ノーベル賞の」
そう言いながら顔を向けると驚いた顔が。
「え? じゃあもしかして」
「そうだよ! ノーベル賞取ったんだよ、私たち! あの時、池ちゃんの言った通りだね」
つい思い出の中の呼び方をしてしまった。
「やめろよ、『池ちゃん』なんて何十年も前の呼び方。それに、今は僕も君も『池田』だろ?」
「まあね。ちょっと思い出に浸っていたのよ、ぽんぽん船事件の」
その数年後、私は日本人女性初のノーベル賞受賞者として理科の[問題文]教科書に載ることになった。
【おわり】
【簡易解説】
小学生の「私」は、自分が作ったぽんぽん船が沈んだことで、科学への興味を再確認した。その後、同級生の池ちゃんに宣言した通りにノーベル賞を取り、日本人女性初のノーベル賞受賞者として教科書に載るほどの人物になった。
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②の要素を選んだ時点で「との」「しんがり」は想定していましたが、「御殿」、成程それもありました!
質問しあってそれぞれの得手で協力しあう、きっとそうしてノーベル賞にも辿り着いたのでしょう。
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とある離島に小説家がいた。名前は何だっただろうか?
今となっては覚えていない。私は彼のことを、有名な小説の真似、というわけではないが先生と読んでいた。
決してキャラクター名称を考えるのが面倒になったからではない。決してだ。
先 生 (さき うまれ)さんだったのかもしれないな。
先生は離島に生まれ、離島に育ち。人生のほぼすべてを文章を書くのに費やしてきた。
そして私は彼の作品を世に伝えるためだけに今日もこうして離島に足を運んでいる。
その日はあいにくの晴天で。先生がなかなか部屋から出てこなかった。どうせまだまだ眠り続けているんだろう
代わりと言っては何だが、先生の妻が私のことをもてなしてくれた。
しばらくの間彼女と談笑していると、いつものようにけだるげに先生が階段から落ちてきた。
何事もなかったかのように立ち上がる先生の顔には少しの擦り傷もなく、疲れている様子もなかった。
こんなことは日常茶飯事。先生から書類を受け取ると何時ものように鞄にしまい、立ち上がり家から立ち去ろうとする。
「今日はゆっくりしていきなさい」
そんな風に珍しいことを先生が言ってくれたが、船の時間もあったため足早に家から立ち去った。
去り際に先生がよくわからない手紙を渡してきた。達筆すぎて読めないが、これでも貴重品であることには変わりない。
「持っていきなさい。せめて君だけでも残ってくれればなんとかなるからね」
「これ、何ですか?」
そんな風に問いかけても返答は帰ってこずに先生はにこにこと笑うばかり。
そんな先生を訝しみながら先生の家を離れて船に乗り込んだ。
何か言いたげな奥さんの困ったような笑顔がいじらしかった。
「船の上というのは自然にもまれながらも自然界とは一番程遠く、人間に一番近い環境である」
これは、ポルトガルの哲学者ニック・ウーセーの言葉である。
こんな名言をどこで聞いたのだったか。実際に直面してみるとまさにその通りである。
事件というのは人間がいなければ起こらないもので。船というものはまさに事件を起こすために作られた場所であるようなものだと
そう痛感させられた。
今 私は沈みゆく船の上で事件に巻き込まれている。ほとんど事故のようなものであるが改めて言わせてもらおう。
これは事件であると。
始まりは一本のアラート。船内に響き渡ったアラートに驚いて飛び上がった猫が飼い主の顔にとびかかった。
怪我はなかったがその際に毛が目の中に入って視界がぼやけた。
計画の段階で星形ではないと意味がないとなされていた丸型レンチを見間違えて手に取った飼い主は船内の整備を行っていた。
それにより緩みに緩みまくった船内の環境は行きはよいよい帰りは恐いと帰りの道中で崩れていった。
などと適当なことを言ってみたが、実際はどうだったかは知らない。私には先生のような文才はないのだ。
誰だよニック・ウーセー。適当に考えたにせよなんかあるでしょうに。
多少恥ずかしくなってきた。ちょっと公開している。
まぁ実際にこういう崩れていく船内にいると意外に冷静になれるのだと知れたのは良かったと思う。先生に今度話してみよう。
沈んでいく原因は単なる天候不順。面白いことなんて特にない。先生が知ったら大笑いするだろうな。この事を一生隠して生きていくことを今度教会に懺悔しに行こうかとも思う。....ばれてしまえば意味もないか。
別に罪の意識がわくことでもないので、普通に笑い話にしよう。
普通に脱出ができるような環境であったため、女子供を優先し、脱出の経路の殿を務める。
ぼやなども起こっていたが、みんなが無事に出られたようで安心した。
教科書に載るような物語を無事本島に持って帰ることができてよかった。
しかし....あの手紙がまさか作者近影に合わせて書かれる話だとは思ってもみなかった。
しかもそれにこの船での出来事が乗っていた。
なぜ先生は私のこの船での物語をあらかじめ知っていたのだろうか?
結局担当を変えられて先生にまた会うことはこれ以降無かったが、このことは私の胸の中に一生隠しておこうと思う。
簡易解説 作者近影に書かれる先生の一言に、編集者が船での事故にあったということを笑い話として先生が書いた。
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階段から無傷で落ちるのが日常茶飯事の先生。
船の沈むことを知りながら「君だけでも残ってくれれば」という先生。
一体何者なのでしょう。確かなのは、こういう不可思議な話、好きです。
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【詳細解説】
「……博士、失敗です」
「くそっ、これでまた①振り出しか!」
博士は助手の報告を聞いて、苛立たしげに机に拳を振り下ろす。
その衝撃により机上のカップが倒れ、コーヒーが③達筆すぎて何と書いてあるか読めないような設計図を黒く染めた。
博士はそれを見て更に表情を歪める。
「やはり、いくら⑥日本帝国よりベトナム王国の方が待遇が良かったとはいえ、条件も確認せずに依頼を引き受けたのは失敗でしたね。これほど開発環境が厳しいとは」
「今更蒸し返すな、今は完成させることだけ考えろ! とりあえず報告が聞きたい、技師どもを呼んでこい!」
「全員昨晩から④眠り続けてますよ。納期近くて徹夜続きでしたからね」
「どいつもこいつも……!」
その後もなんだかんだで開発は続き、なんとか納期ギリギリに試作品が完成した。
それを見た依頼者が期待に目を輝かせる。
「おお、これが潜水艦か……!」
そう、博士たちが開発していたのは潜水艦。
世界初、海の中を走る船だ。
「試験航海の準備は?」
「万全です、今すぐにでも出発できます」
試験航海と言っても、本当のテストは既に済んでおり、安全は確認されている。
流石に今日ばかりは上機嫌の博士の答えを聞き、オペレーターとして残った助手を除いた一行は試作艦に乗り込んだ。
船は無事《問題文》海の中に沈み、航海を開始した。
それからしばらくは順調に航海が進んでいた。
しかし、安心していた博士を嘲笑うかのように⑨事件は起きる。
突如、艦内を衝撃が襲った。
「な、なんだ!?」
『機関室にて爆発を確認、⑩火災が発生している模様!』
「なんだとぉ!?」
乗組員の報告に目を剥く博士。
そんな彼に地上の本部から通信が届く。
『……博士』
「おお、お前か! 当艦は事故により沈没寸前だ、早く救助を寄越せ!」
『申し訳ありませんが、それはできません』
「ど、どういうことだ!?」
『⑤その事故は私の仕業ということですよ。日本帝国の②皇太子殿下からの命令でしてね……他国の先行を許すな、と。家族を人質に取られていて逆らえないのです。本当に申し訳なく思っています』
「き、貴様あああああ!」
『……⑧最後に、言い残すことはありますか?』
「……地獄へ堕ちろ!」
その声を最後に、通信が途絶える。
「……さようなら、博士」
助手は涙で⑦目の前をぼやけさせながら、尊敬する博士に別れを告げた。
後年、助手の日記が発見されたことで真相が発覚。
不当に損なわれていた博士の名誉は回復され、世界初の潜水艦の開発者として《問題文》教科書に載ることとなる。
【完】
【簡易解説】
男は世界初の潜水艦を作り上げた人物として教科書に載った。
【補足】
⑥は国旗のマークです。
また、当作品に登場する国家及び人物は架空の物です。
ご了承ください。
船が沈む=潜水艦、とは見事な水平思考です。
「◯よりも☆」を国旗を用いて回収するのもお見事です。
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簡易解説:『豪華客船が乗員乗客もろとも沈没する』と予言した少女。少女の言葉を信じた人たちの尽力により、船は沈んでしまったものの乗員乗客は全員生還した。この出来事により少女は『女神』として祭り上げられ、後世にまで知られる存在となった。
ひっく、ひっく。
女の子が、座り込んで泣いていた。
彼女の前にはヘアゴムの残骸。ゴムは引きちぎれ、大きな球体の飾りはひび割れ小さな欠片が散らばっていた。
明らかな人災だった。
彼女に近づいた。
どうしたの?
わたしのだいじなヘアゴム、こわされちゃった。
ママからもらった、たからものだったのに…
ぼろぼろとこぼれる大粒の涙をなんとかしてあげたくて、おれは魔法を使うことにした。
散らばった欠片を集めて、ちぎれたゴムを拾って、握りしめる。
その子は不思議そうにおれを見た。
ほら、よく見ててね。
いち、にの、さーん!
パッと開いた手のひらには、新品のヘアゴムが収まっていた。
全く同じではない。球体だった飾りは星形になっていた。
女の子の目はまんまるだ。
うまくいった。
はいどーぞ、と新しいゴムを渡す。
「【⑥丸い(〇)やつもいいけど、きみは星(☆)のほうが似合うとおもうよ!】」
なんて言って、女の子を立たせる。
それは遠い記憶。
まだ平和で自由な、幸せだった過去の話だ。
※※※※※※
超能力社会の始まりは、突然だった。
突然、同時多発的に発現した。時刻は14時。その時間に世界はひっくり返ったのだ。
何の脈絡もなく多くの人間に突然発現した超能力は、彼らの中で暴れまわった。
道端でうずくまり痛みに耐える人はまだ軽い。
俺は頭が割れそうだった。無遠慮に脳みそをかき回されてるような不愉快な激痛。
地獄絵図だった。
彼らの中で暴れまわった超能力は制御もままならないまま今度は外界を傷つけ始めた。
ビルが繊細な菓子のように崩れる。
車が宙を浮く。
煙のない場所から火災が起こる。
地面が割れて、抉れる。
俺は地獄を駆けた。俺と、同じように身体の中で暴れる能力を押さえつけて走る友達2人と、全身血まみれで痙攣する紅一点の友達を抱えて。
痛みに耐えながら3人で彼女を守りながら運ぶ。
たどり着いたその先は…。
のちにこの未曽有の大惨事は『大災害』と呼ばれ、時代の転換点として人々の記憶に刻み込まれた。
あれから、もう――――
「ん゛ん゛!!!」
「んぇ、ええええ!?」
地鳴りのような低い声と揺れで現実に引き戻された少年は、寝転がっていたソファから転げ落ちた。皮肉にもその衝撃で目が覚める。
ここは超能力者を管理する組織、の、とある一室で、特にやることもなくてテレビを見ながらウトウトしていたのだ。そのまま寝てしまったらしい。いつの間にかニュースが芸能のゴシップから豪華客船の出航についての話題になっていた。
「いってぇ~…」
「……」
ソファを蹴っ飛ばした張本人はものすごく不機嫌そうに彼を見下ろしていた。
何も言わない。
「いってーなぁ…起こすなら普通に起こせよ、ユージン」
ユージン、と呼ばれた張本人は無言のまま小さめのスケッチブックを開いた。
『タクが起きないのが悪い。あと俺に普通に起こせとか言うな。』
そう書いてある。筆談だ。
「あ~…スマン。前も同じこと言った気がする…。ハッチは?」
タク、と呼ばれた少年はばつが悪そうに謝り、もう一人の友人の行方を聞く。
ユージンは無言のまま首を横に振った。知らないらしい。
彼がしゃべらないのは自身の能力に起因する口枷のせいだ。普段はスケッチブックを持参しており、それで筆談しながら人とコミュニケーションをとっていた。
「…で、どうしたんだよ」
タクが立ち上がりながら聞くと、またもユージンはスケッチブックを開く。
どうやらあらかじめ何を聞かれるか分かっていたようだ。
『ヤヨに会った』
「!!」
タクは瞠目する。
ヤヨ。
「会えたのか!?どうやって!?」
『起こせって言われた。起こせなかったけど』
ヤヨ。
あの『大災害』が起きた時、俺たちでここまで連れてきた紅一点の友達。
それぞれ死にそうだったけど、ヤヨは本当に死んでしまいそうなくらい酷かった。
あれから3年経った。
負傷してないところなんてないくらいボロボロだった彼女の傷はとうに癒えているにもかかわらず、ヤヨは未だに目を覚まさない。
超能力に目覚めていることは確かだが、肝心の能力が不明なので組織により隔離・研究されており、助けを求めて連れてきた俺たちですら会うことはできなかった。
「お前の『声』でも起きないのか…」
『無反応だった。聞こえてないのかも。』
ユージンの能力は『声』だ。
『座れ』と言えば相手は座るし、『立て』と言えば相手は立ちあがる。そこに相手の意思は介在しない。
平たく言えば命令できるチート級の超能力である。
だからと言って口枷は死ぬほど悪趣味だと思うが。
『俺でダメだったから、次はタクが呼ばれると思う。』
「…そういうことか。あれだけ会わせてくれなかったくせに、都合がいいもんだな」
吐き捨てるようにタクが文句を言った瞬間、タイミングよく部屋の扉が開いた。
ぞろぞろと同じ服を着た大人たちが無遠慮に入ってくる。組織の職員だ。
「平原拓真。仕事だ。来い」
短くも有無を言わせない職員の言葉に、タクは無言で腰を上げた。
ユージンの存在はどうでもいいようだ。
睨みつける彼をおいて、扉は閉まった。
※※※※※※
「仕事だ。彼女の精神に入り込み、たたき起こせ。以上だ」
たたき起こせ?偉そうに。
タクの目の前には、久方ぶりのヤヨの姿があった。
すでに包帯も取れ、きれいなまま、彼女は眠り続けている。
命令されるのはかなり癪だが、タク自身も気にはなっていた。
なぜ起きないのか、と。
知りたい。
ようやく知ることができる。
俺にはそれができる。
タクは無言でヤヨの手を握る。
生きた体温。それだけでも嬉しく思う。
そのまま目を閉じ、集中する。
タク。平原拓真。
ごとん、と身体が崩れ落ちた。
けれど手は繋がれたままだ。
彼の超能力は、『精神潜行』。読んで字の如く、人の精神に潜り込む能力だ。
深く、深く、潜り込む。
毎回毎回、この感覚だけは慣れない。
潜る、潜る、まだ潜る。
暗い精神の奥から、光が見えた。
「……」
気がつけば、そこは広く真っ白な空間だった。
ここがヤヨの精神世界?
「やぁ、待ってたよ。タク」
背後から声を掛けられた。
長らく聞いてなかった、彼女の声。
振り向けば、そこにいる。
「…ヤヨ」
「久しぶり。3年ぶりかな?あっという間だね」
と言って、彼女は笑った。
あの時と変わらぬ声と笑顔に、目頭が熱くなる。
あぁ、よかった。
ヤヨはちゃんと、生きていた。
「ヤヨ…なんで、なんで起きてこないんだ。起きられないのか?もう身体も脳も問題ないって聞いてる。なのになんで、」
「起きようと思えば起きられるけど、起きないよ。まだやらなきゃいけないことがある」
そう言って彼女は踵を返して歩き始めた。
タクも慌ててついていく。
しばらく歩いた先に見えたのは、乱雑に散らばった大小さまざまな白い箱だった。
その先を覆いつくすかのような大量の箱を指さしながら、ヤヨは笑う。
「これ、何だと思う?」
「…なんだ?分からない」
「『未来』だよ」
未来。
「さっき言ったよね?『待ってたよ』って」
つまり、ヤヨの能力は、
「知ってたよ。タクがここに来ることは。そう視えたから」
「まさか、『未来視』…!?」
正解、と、タクのわずかに震える声を、ヤヨは笑って返した。
「ここにある箱は全部『未来』なんだ。3年前のあの日…あぁ、今は『大災害』って言われてるんだっけ?あの時に、一気になだれ込んできた。よく死ななかったと思うよ」
ヤヨの能力発現時の姿を思い出す。
身体中から血を噴き出しながら絶叫してのたうち回る姿を。
この広い空間を埋め尽くすほどの『未来』を受け止めながら、ヤヨはギリギリ耐え抜いたのか。
「…俺だったら、脳みそ焼き切れてるよ」
「あたしもマジでそうなるかと思った」
それで、と彼女はまた別の方向を指さした。
それにはきれいに整列した白い箱と、少し離れて整列した黒い箱があった。
「あそこに並べた白い方は、あたしが確認した『未来』で、黒い方が『過去になった未来』だ」
「『過去になった未来』?」
「…受け止めるのに必死で、それぞれこの箱たちがどんな『未来』なのか、まだあたしも知らないんだ。少しずつ中身を見て確認していくしかない。そうしてるうちに、『未来』だったハズのものが『過去』になってしまった、そういうのがあの黒い箱」
白い箱と黒い箱。
並べられている数は決して少なくない。
が、手を付けてない箱の膨大さを考えると…。
「で、本題がこの箱な」
ヤヨが持ち出したのも箱だ。
白いが、他の白い箱と比べてほんのり色がついてるようにも見える。
「これはもうすぐ起こる『未来』。だからうっすら黒くなり始めてる。そしてこの『未来』とほぼ同時期にタク、きみが会いに来ることを知った。だから、待ってた」
彼女の顔は真剣そのものだ。
いったいその『未来』はなんなのだろう。
「なにが起きるんだ?」
「【⑨事件が起きる】」
「事件?どんな?」
「船が沈んで、乗員乗客全員が死ぬ」
「!?」
想像以上に物騒な『未来』に、タクは面を食らった。
「この件がどう転ぶかで、世界の行く末も大きく変わる。ハッチやユージン、組織の力も借りて、なんとしてもこの『未来』を変えて!」
未来を、変える。
「…アツい言葉だな。未来を変えるって」
「茶化すなよ。あたしは真剣に言ってんだぞ」
「分かってるよ。俺が、俺たちが、その物騒な未来を変えてみせる。その事件の詳細は?」
「事件、とは言ったけど、実際事故か事件かは分からない。でも火災が起きるみたいだ。【⑩火が見えた】。脱出用のボートが格納されてるところが燃えたのかな、船の周りにはそういったボートは見えなかった」
「怪しいやつは見えなかったのか?」
「遠くから眺めてる感じだったし、人影はちらほら見えたけど誰が怪しいとかは分からない。あたしが視たのは燃える船が沈むところだけ」
「どんな船?」
「豪華客船」
豪華客船…?
そういえば…
「確かニュースでやってたな…。豪華客船が出航するって…」
「それだ!」
「なるほど…じゃあもう出航してるな…時間的に」
「はぁ!?だったら急いで行け!間に合わなくなるぞ!」
「えっ?あ、ちょっ、ちょっと待って待って!!」
「待てるか!」
「最後!【⑧これが最後の質問】だから!」
慌てて背中を押すヤヨを制止しながら、タクはどうしても聞きたかったことを口にした。
「なんだよ!」
「ヤヨ、お前…ちゃんと起きてくるか?」
まったく別方向の質問に、ヤヨは面を食らい動きを止める。
表情は見えない。
「…当たり前だろ。ここにある『未来』を整理したら、すぐ起きるよ」
「信じていいんだな?」
「もちろん」
「ハッチもユージンも俺も…信じて、待ってるからな」
「…うん」
「じゃあ、変えてくる」
「あたしも信じてるよ。みんなが嫌な『未来』を変えてくれることを」
「まかせろ」
「まかせた」
「じゃあな、ヤヨ」
「じゃあな、タク」
そう言って、ヤヨは優しく背中を押した。
もうタクは居なかった。
※※※※※※
水中から顔を出すように、意識が浮上する。
水面から顔を出した瞬間は、いつだって【⑦目の前がぼやけている】。
ぱちぱちと瞬きを数回して、ようやく地面に足がついた。
起き上がり、現実のヤヨの顔を覗く。
彼女は【④眠り続けていた】。
それでも彼女はきっと、世界中の誰よりも忙しい。
タクは握ったままだったヤヨの手を一度強く握り、ゆっくり放した。
『未来』が変わる、出発点。
※※※※※※
「はぁー、なんでタクとユージンがヤヨに会えて俺は会えねーの?その流れなら俺だって会ってもよくねー!?」
「…別に遊びに行ったわけじゃないんだけど…」
「まぁでも、ヤヨ元気だったぞ。心配しなくてもいいって」
事情を説明し、今はすでに出航してしまった船を追いかけている。
組織の実動部隊が手分けして水上バイクでむかっており、その一員であるハッチも文句をたれながらタク達と一緒に同行していた。
ユージンの口枷も外されている。
「にしてもユージンの声ひっさびさに聞いたぜ!そんな声だった気がする!」
「…うるさいな」
もともと無口な方ではあったけど、能力のせいでさらに口数が減っている。たぶん『黙れ』くらい言いたかったんだろうが、言ってしまうとハッチが口をきけなくなるのであれだけに留めたんだろうな、とタクは考えていた。
「あ、あれだな。豪華客船」
「火は?」
「まだ見えない。一応船員には話通してあるから、俺たちは船尾部から入るぞ。そこで他の部隊とも合流するから」
先程とは打って変わって、至極まじめに指示を出すハッチはやはり実動部隊の人間だ。ほぼ軟禁状態のタクやユージンとは違い、ハッチは割と自由に動くことが許されており、3人の中で1番頼りになる。
「船尾部から入ったら全員で不審物がないか捜索、安全が確認でき次第待機な!もしなんか怪しいブツを見つけたら触らず俺に言え!以上!」
「分かった」
「お前めっちゃカッコいいな…了解」
水上バイクは徐々に減速し、彼らは無事船内へと足を踏み入れた。
少し置いて他の部隊も到着し、ぞろぞろと隊員が入ってくる。
(…あ…?)
「…タク?どうした?」
「えっ…いや、別に」
何かを見ていたようだが、ユージンの問いかけにはとくに答えることはなかった。
ユージンもとくに気にしなかった。
そして始まる大捜索。
豪華客船だけあってかなり広く、それでいて入り組んでいる。
大勢で細かく捜索したが、結局不審物は発見されなかった。
「なかったな」
「…ここじゃなかっただけかもしれないし、そもそも爆発での火災じゃないかもしれない」
「あーなるほどなー。ところでユージン、タクは?」
「え…え?」
隣を見ると、誰もいなかった。
てっきり横にいると思っていたユージンは驚く。いつの間に。
「あいつ、どこ行った?」
※※※※※※
こつ、こつ、と足音が鳴る。
あまり音は鳴らしたくないが、仕方ない。
柱の物陰に、そっと何かを置いた。
置いた人物は薄ら笑いを浮かべる。
これが動けば、この船は―――
「お前が犯人か」
びくりと肩と心臓が跳ねる。
振り返るとそこには予知を伝えて余計なことをしてくれた少年が、タクが立っていた。
「ど、どうして…」
「気になったからつけてきた。ビンゴってやつか」
犯人が顔をしかめてマシンガンを向ける。
犯人は実動部隊の制服を身にまとった少女だった。
長い髪を一つにまとめ、鋭い視線を容赦なく刺してくる。
「…なぜ、私が怪しいと?」
「…見覚えがなかったから。そして見覚えがあったから」
「…バカにしてるの?」
「…してないよ。組織で君みたいな子見たことないのに実動部隊で【②殿にいた】から気になった。知らない子が入り込んでるなって」
「…そう、その段階からバレてたなんて、反超能力組織旗揚げの狼煙を上げる計画は【①ふりだしに戻って】しまったのね…」
反超能力組織。
いつかできそうだなと他人事のように考えていたが、いざ本当にできてしまって目の前で殺意を向けられると、やるせない気持ちになる。
「『大災害』なんてとんでもない。あれは人災でしょう!?超能力者のせいで街は壊滅状態になった!あれで、いったい何人の人が犠牲になったと思ってるの!?それなのにのうのうと生きて、我が物顔で道を歩いてるなんて、許せない!」
…あぁ、この子はきっと、
「私のママだって…!」
大切な人を失っている。
「…楽な人生よね。超能力に目覚めて、人の上に立ってるつもり?何様なの?」
「楽な人生…?」
「さぞ楽な生活をしてるんでしょうねってこと。便利だものね。その場から動かなくても物を動かせる。行きたいところにひとっ飛びできる。未来だって分かる!そんなあなたたちに、私たち無能力者の気持ちなんて分かるわけないでしょう!?」
「…分からないし、分かるわけない…」
タクの呟きに少女は勝ち誇ったように嗤う。
が、
「無能力者に能力発現時の衝撃がどれほどだったかなんて分かるわけないだろ!俺は割れるくらいの頭痛で立てなかった!友達は喉が灼けて息ができなかった!友達は全身の痛みに泣きながら明滅する身体に怯えてた!友達は未だに眠り続けてる!『大災害』経験者ならそんな人たちがいたことを知らないなんて言わせない!超能力者は楽な生活をしてる?笑わせるな!」
「!!」
タクの激昂に少女は明らかな動揺を見せた。
さらに彼は追い打ちをかける。
「超能力者が全員楽に生きてるなんて思ってる奴に、俺たちの気持ちなんて分かるわけないだろ!」
「う、う、うるさい!うるさいうるさいうるさい!!私は、私は!ママの仇を取るために…!ママを殺した超能力者を…!」
迷っている。
もう一押しすれば説得できる。
「…それで、きみのお母さんは喜んでくれるの?『仇を取って超能力者を殺してくれてありがとう』って、言ってくれるの?」
「そ、それは…」
「この船にも、子持ちのお母さんが乗ってるかもしれない。その子におんなじ思いをさせていいの?仇を取るために自分が仇になってるようじゃ、本末転倒だよ」
「あ…、あぁ…ぁあああああああ!!!!!!」
自身の迷いを無理やり断ち切るように、彼女は構えた腕と指先に力を込める。
タクは丸腰だ。逃げようとしたときには、もう、引かれていた。
予想外のこともあって、逃げ切れない―――!!
「う ご く な ! ! !」
聞こえた時には、すべてが制止していた。
タクも、彼女も、そしてなぜか放たれたはずの銃弾も、空中で止まっている。
「あっぶなー!!タクお前黙って消えるんじゃねーよ!めっちゃ探したじゃん!間に合わなかったら死んでたぞ!」
「…あ、タクは動いていいよ…」
ふっと身体の硬直が解けて自由が戻る。目の前の彼女は未だ困惑の表情をしながら固まっていた。
ユージンの『声』で彼女の動きを止め、ハッチの『念動力』で銃弾を止めたのだ。
振り向けば焦ったような顔の2人がいた。
柱の陰に置かれていた不審物はハッチにより回収された。
もう、大丈夫だ。
『声』の拘束は解かれたものの、彼女は力なくうなだれるだけだった。
そんな彼女に、タクは近づく。
「…俺さ、最初に『見覚えないけど見覚えある』って言ったと思うんだけど」
「……」
「君自身に覚えはなかった。でも、」
そこで区切って、指をさす。
「そのヘアゴムには、見覚えがある」
「!?」
彼女は弾かれるように顔を上げ、タクの顔を凝視する。
長い髪をひとつにまとめる星の飾りのついたヘアゴムは、ずいぶんと年季が入っており、年頃の女子が付けるにはかなり子供っぽいが、長年大切に使われてきたことが伺える。
「…あなた、まさか…!」
遠い、幼いころの記憶。
母子家庭でけっして贅沢できないなか、母が買ってくれたヘアゴム。
それを他の子供が妬んで寄ってたかって踏みつぶした。
悔しくて、悲しくて、母に申し訳なくて、座り込んで泣いていた。
そこに現れた男の子。
壊れたヘアゴムに魔法をかけて、母の愛情を繋ぎとめてくれたヒーロー。
飾りが球から星に変わっていた。
顔は覚えてなかった。が、確かに。
「あー、今これ言うとかなりこっ恥ずかしいな…」
面影が、あるような、気がする。
彼の顔と、あのヒーローの顔が、重なった。
「丸いやつもいいけど、君は星の方が似合うと思うよ」
『丸いやつもいいけど、きみは星のほうが似合うとおもうよ!』
「あ…うそ、あなたが…」
もっとちゃんと顔を目に焼き付けたいのに、目の前がぼやけてよく見えない。
水滴が床を濡らした。
「あ、あぁあ…ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい…う、うぁ、あぁあああああ……」
彼女は泣きながら【⑤懺悔した】。
「それにしても、お前すげーこと言ってたんだな。かっけー」
「うるさいな!若気の至りだよ!!」
「…それ、16歳が使う言葉じゃない…うわ!」
一件落着、とはいかなかった。
船が突然揺れたのだ。
波の揺れでは説明できない、人為的なものを感じる。
「は!?マジ!?これじゃなかったのかよ!」
「説明して」
「本当は3つ同時に爆破させる予定だった。それが2つになっただけ」
「…っとにかく出よう!」
「わ、私は…」
「いいから君も!犠牲者は出さないって約束してるから、付き合ってもらうぞ!」
遠慮する彼女の手を引いて、彼らは船から脱出した。
船は沈んだ。
ただ、犠牲者はいなかった。
完璧ではないけれど。
未来は確かに、変えられた。
豪華客船の沈没事故は、乗員乗客奇跡の全員生還と大々的に取り上げられ、世間を大きく賑わせるのだった。
※※※※※※
未来を変えるのは難しい。
タクはあの一室で考え込んでいた。
時間がなかったとはいえ、あらかじめヤヨから事の顛末を聞いていたにもかかわらず、船を沈没させてしまった。
完璧には変えられなかったことを、彼は今でも悔しく思っていた。
まさかの再会を果たした彼女も、いつの間にかいなくなってしまうし。
室内が静かな分、外の喧騒がよりハッキリと届いてるような気さえする。
寝てしまおうかな、と目を閉じようとした瞬間。
バン!!と扉が勢いよく開く音で背筋が伸びた。
「ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!!」
「うわぁあああビックリしたユージンかよなんだよいきなり!!」
ユージンだった。
事件が終わってまたも口枷がつけられているが、今は口よりも表情の方が雄弁である。
ものすごく何かを訴えている。
突き出されたスケッチブックになにか書いてあるが、【③達筆すぎて何て書いてあるか読めない】。普段はそれなりにキレイな字を書くユージンがここまで字体を崩す事態とはいったい。いやダジャレじゃない。
「ん゛―!ん゛―!!」
「読めねぇよ!!なんだよなんて書いてあるんだよ!」
「タク!!!いるか!!テレビつけてくれー!」
ハッチだ。
ユージンほどじゃないが慌てて部屋に入ってくる。テレビ?そういえば付けていなかった。
タクはリモコンでテレビをつけた。
目を疑った。
「…ヤヨ!?」
ヤヨがなんだか高そうな服を着て豪華なイスに座っている。
うつむいていて表情は見えないが…。
「寝てるぞ。ヤヨ」
ハッチが冷静に言う。
うつむいているのは単純に寝てるからか。起きたわけではないらしい。
その傍らには男。組織の最高責任者だ。
『えー、皆さんは先の豪華客船沈没事故について、記憶に新しいと思います。奇跡の全員生還。しかし皆さん!それは奇跡ではありません!!』
男の演説に、観衆はどよめいている。
やけに外の喧騒が聞こえると思ったら、実際人が多く集まっているようだ。
男は続ける。
『奇跡ではない、その理由は彼女です!』
ヤヨがスポットライトに照らされる。
『彼女は入江弥生!唯一無二の、予知能力者です!!彼女はこう言いました。「このままでは船もろとも全員が死んでしまう。船の沈没は避けられないが、全員救出なら間に合う」と!その予知を受け、我々は動いたのです!』
「はぁ!?沈没は避けられないとか言ってなかったぞ!」
『しれっと責任逃れしやがった。』
「我々は動いたのですって、いくつかの実動部隊しか動かしてないだろ!避難誘導ギリギリだったって他の隊員から聞いたぜ!」
テレビの前で総ツッコミを入れる彼らをよそに、男はさらに続ける。
『彼女がいれば、『最悪』には決してなりません!我々はどんな事象にも先回りできるのですから!未来は明るいも同然です!』
『彼女は『女神』です!我々を最高の未来へ導く『女神』なのです!!』
観衆が歓声を上げる。
耐えきれずに、タクがテレビを消した。皮肉にも歓声がよく聞こえるようになった。
「『女神』…って、都合よく祭り上げてくれたもんだな…」
「組織がなんかしでかしたら、全部ヤヨに擦り付けるんだろうな。失敗も言い訳も、全部」
『逃げたい』
ユージンの書いた『逃げたい』は、彼らの総意だった。
ヤヨを連れて、逃げてしまいたい。
飼い殺されるくらいなら。
けれど今の演説で、ヤヨの存在が知られてしまった。
予知能力者。
世間も世界も、放っておかないだろう。
「まぁ、少なくとも今は無理だな」
ハッチが立ち上がって背伸びする。
「タク、お前仕事増えるぜ。今んとこヤヨとやり取りできるのお前だけだからな。ヤヨが『女神』なら、お前は『天使』かな。うわ、笑える」
『天使とか、似合わない』
「誰が『天使』だ!」
「…でも、能力的にヤヨは確かに『神様』かもな。なぁ、タク」
「なんだ」
「ヤヨはいつ起きる?」
タクは言葉に詰まった。
「…分からない。…いつ起きるか、とは、聞けなかった…」
「そうか」
「いつ起きるか分からないけど、ヤヨが目覚めたその時は」
皆で逃げてしまおう。
入江弥生。
予知能力で、世界をよりよい未来へと導いた『女神』。
いずれ作られる能力史の教科書に、重要人物として掲載される。
そして、一緒に行動した超能力者の平原拓真、瀬尾祐司、八塚恭平の名も、ともに記録される。
彼らも知らない、遠い未来の話だ。
【終】
ある日突然、超能力に目覚めたら。
そんな非現実的な世界で、しかし現実問題として戦う少年少女。
冒頭の描写が最後に繋がるのがとてもエモンガでした。
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それは他の人々からすれば、何の変哲のない春の一日の、あっという間の出来事だった。何を気にするのでもなく漫然と過ごしていたって、どこかで何か事件は起きる⑨。その日はたまたまそれが、嵐の夕刻、海上であったということ。
某日、多くの乗客を乗せた船、「ミーハーちゃん3号」が沈没した。死者数を挙げるのも叶わず、行方不明者だけが山のような数に昇った。客船に乗った多くの者は、突如として訪れた嵐に呑まれ、海をさ迷う魂と消えてしまったのである。
だが、乗客の中には助かった者だっていた。自力で難破、漂流して生還した者、漁師船に同乗した者、そして最も多いのは、彼女のように救助された者だった。
沈没が確認され、救助要請が発せられてから幾分か。巨大な海を漂う彼女を発見した救助隊員は、他の人々と等しく彼女を救出した。彼女は絶望を呼ぶ嵐の中、こうしてどうにか生還を果たしたのだ。
そこで、彼女が運び込まれた病院や、彼女自身が、その異変を認知するのにそれほど時間は要さなかった。嵐の中海を漂流し、何日も眠り続けた④彼女が目を覚ましたとき、彼女が積み重ねてきた記憶は、振り出しに戻ってしまっていた①。彼女は事故の影響で完全に、記憶を失ってしまっていた。
彼女は自分がどこの誰か分からない。病院は身元を特定しようとしたが、彼女の身元を示すものは何もない。彼女が身に付けていたものと言えば、濡れすぎて色も変わった衣服と、首にかけたペンダントのみ。免許証や保険証の類いは一切合切見つからなかった。
彼女が路頭に迷う前に、病院は彼女の受け入れ先を探した。一時的でも何でも良いから、事故を奇跡で生き長らえた命を繋ぐ者を求めた。そこで、主治医との付き合いの縁でその役目を引き受けたのが殿村だった。
彼の喫茶店に引き取られた彼女にとって、ここからはもうひとつの漂流の経験とも言えるのかも知れない。
++++++++++
ここの洗い物は全て終わり、掃除も軽く済ませた。殿さん②に報告へ行くと、殿さんは私を労ってくれた。こんな雪国で、そろそろ冷え性の辛い自分に代わって手伝いをしてくれて、本当に助かる、と。名前が殿村だから、気軽に殿さん。殿さんが自分で決めた呼び方である。いつものように、それでお話は終わり。お風呂に入って、喫茶店の上にある寝床に潜って一日に区切りをつける。なぜって、任された仕事が終わったあとに私がすることは何にもないから。お風呂に入る時間だけが、私が自分を生きている時間だった。私を匿ってくれている殿さんにはもちろん感謝している。でも、この先私は一体、どうすれば良いのだろう。私は何を思い、何をして生活すれば良いのだろう。殿さんにいくら尋ねても、気長に穏やかに、この時を過ごしていれば何か分かる、と返されるだけ。三日目の夜、私はこれ以上ないくらい漠然とした、けれど安住のない不安でいっぱいだった。
お風呂をあがって寝間着に着替えて、布団に潜る。明かりを消すのがまだ怖くて、今日もペンダントを手に取った。布団近くの小型電灯の近くに置いてある、私に残された最後の記憶。覚えてはいないが、その頃着ていた衣服は結局全部捨ててしまった。
私の付けていたペンダントには、一枚の写真が入っている。デイジーの花畑をバックに、ピースを突き出して満面の笑みを向ける私。右下には誰かのネームサインが綴られているが、達筆すぎて何て書いてあるか読めない③。サインが読めたら、何か名前が分かったのに。貴重な手掛かりは不発している。
私はこの写真を見て、最初にこう考えた。このデイジーの花畑は、明らかに庭ではない。どこか出掛けた先だ。更に言うなれば、この写真は自撮りではない。誰か通りがかった人に撮って貰ったのか、タイマーを自分でセットしたのか。はっきりこちらとは、どちらも言えない。
でも、一つ確信したことがあったのだ。私には、少なくともたった一人、大切な人がいる。
この写真の笑顔に、向けられたピース。こんなに自然に笑えるのは、通りすがりの他人じゃなく、タイマーセットのカメラでもなく、カメラを構えた大切な人だから。きっと私は、笑顔になれるような大切な人と、花畑に遊びに出掛けたに違いない。それをペンダントに入れて御守りにしているのだから、それも尚更に。
眠りの世界に行くのが怖いとき、それが海に潜るほど息苦しく感じるとき。毎晩、私はペンダントを手に取って、それを抱く。空っぽで大きな不安から、守って欲しいから。何も知らない、大切な人に支えられたいから。
一層強く感じた不安は、雪国に降りしきる小さな雨の音のお蔭か。一昨日よりも昨日よりも、怖さが己を支配していた。まるで布団をすり抜けて、私の体にのしかかってくるかのような、黒い何か。貴方はどうして今、ここにいるの?貴方は今、何者なの?
貴方は何故、生きているの?
恐怖をやり過ごしたかった私がペンダントを必死に握りしめたとき、小さく何か、音がした。そして、私の手をすり抜けるものが、ひらひらと落ちていった。
小さな音でまた目の覚めた私は、ペンダントを握った手を開いてしまっていたことに気付いた。ペンダントを見ると、あの写真がない。ペンダントは開閉式だったのか、落ちてしまったそれは、横になった私のちょうど、胸の辺りに落ちていた。
そっと拾い上げて中にしまい直そうとする前に、私は気付いた。写真の裏の、短い一節に。
《あなたに籠れ火は 見えるかな》
これは、誰かの言葉?
台詞、いや、何かの詩だろうか。
ペンで書かれたその一節の背後の、楽譜のようなものに気づいてからは、それが詩の一節なのだと確信できた。でも一体なぜ、こんなところに詩の一節があるのだろう。
私がそれを決めたのは、翌日の夜のことだった。毎週火曜日はお店の早上がりの日。洗い物も掃除も済ませた私を、殿さんは自室に案内し、開放したのである。昨日の発見を、昨日の恐怖を過ごして考えたことに、殿さんの部屋を足せば、出てくる結論は明白だったのかも知れない。
ベットの下にひっそり隠れた、埃まみれのアコースティックギター。私はこの家に招かれて初めて、自分の意志で開拓した。中に入っていたギター本体を見ると、何故か安心できるような気がした。
殿さん殿さん!ちょっと良い、ですか?
接客するときと同じくらいに張り上げた声を聴いた殿さんは、直ぐ様こちらに来てくれた。どうかしたか、と返されるなり私が殿さんに尋ねたのは、ギターの弾き方である。
デイジーの花畑が教えてくれたように、私にはきっと大切な人がいる。きっと、あちらだって私を大切に想ってくれていたに違いない。否、そう信じる。私は結局身元が分からなかったそうだから、あちらは私が死んでしまったと思っているかも知れない。私が忘れてしまったどこかで、泣いているかも知れない。
それに反して生き長らえた私の使命とは、大切な人を見つけることだ。闇にしまわれた記憶を取り戻すためにも、大切な誰かにもう一度会うためにも、私はその人を見つけなければならない。名前も性別も、素顔だって知らない人を。
私がここに来た当初、殿さんはSNSに私のことをアップしようかと提案した。そのとき私が咄嗟に断った理由は、単に怖かったから。私の知らない誰かから、私を見つけて良かった、と聞くのが怖かったから。あのとき逃げていた私は、今でもSNSには頼らないと決めた。いつまでも受け身の態勢で、漠然と大きな不安に駆られて過ごすのが嫌だから。自分自身で動き出して、私がいた場所を知りたいから。
だから、私は色んなところを回って、大切な誰かを見付けたいんです。
色んなところを回っていれば、いつか私を知る人の元へ辿り着ける。そのとき、ただ単に放浪するより私を見つけてくれやすい方法がある。それは、チキンを振り回す大道芸人でも、青い色鉛筆ばかり買う風景画家でもない。
音楽で、有名になろうってのか。
殿さんが私の考えを先読みして言った。
ペンダントの写真裏に書かれた、詩のほんの一節。そして、背面の楽譜。ギターを見つけたときの、あの安心感。覚えてはいないけど、私はきっとギターを弾いていたに違いない。ギターを弾きながら色んなところを回れば、いつか出会えるハズだ。そしてそう願い信じることで、私はこの不安から抜け出したい。
匿ってくれた殿さんへの恩返しはまだ終わっていないから、ギターを弾くのは週に一回、火曜日だけ。徒に遠くへは行かないし、泊まるあてもないから直ぐに帰ってくる。そんな私の懇願を聞くより先に、殿さんは黙ってギターを取り出した。埃を拭く後ろ姿を見て、私はもう一度、殿さんへ精一杯の感謝を伝えた。
殿さんが丁寧に教えてくれたことや、恐らく私の体が覚えていたことも手伝って、私のギターは直ぐに板についた。写真裏にあった楽譜の旋律は、奏でられるようになった。
そこの詩を元にして、なんとか自分の曲も作った。
隠れてしまう 想いを探して
消さないように必死に 紡いでた火
あなたに籠れ火は 見えるかな
昔の私がどんな思いをのせて、あの一節を書いたのかは、まだ分からない。しかし、私が、今の私が書いた詩と共に、私は色んなところでギターを弾いた。喫茶店で働きながら、ギターを弾いて、同じ問いを投げ掛ける。
《私のことを、知りませんか?》
最初の頃は当たり前に、立ち止まって聴いてくれる人なんていなかった。強い意志があっても、それに追い付く技巧がなければ、振り向く人だって振り向かない。投げ掛けるハズの質問を一回もしない日の方が、初めは多かった。路上演奏が許可されているハズの地域で、雑音だから止めろと怒鳴る人もいた。
ただ、技術や日数が積み重なると、私の詩を好んでくれる人が少しずつ現れた。数少ない拠点に足を運んでくれる人、賞賛してくれる人、演奏の終わりに、私の元へ話を持ちかける人。
その「籠れ火」という詩は、愛する人への秘めたる恋を歌ったものなのですか?
そうかも知れない。当時の私には好きな人がいて、その情熱を隠したくて、籠れ、籠れって願っていたのかも知れない。
しかし、私にはまだ思い出せなかった。あとから付け足した詩は全て私の思うままに書いたものです、と返答することがせいぜいのこと。だけど、それを素敵だと言ってくれる人がいて、徐々に増えていくのは、この上なく嬉しかった。布団の中で不安に駆られる夜から、少しでも救われるような気がした。記憶を失ったあとの私を知る人ならば、そこにいるようになった。
《私のことを、知りませんか?》
問いを投げ掛けながら音楽を弾く日々が続いて、沢山の時間が流れた。といっても、ここまで有名になるまでにかかる時間としては、少ない方だろうか。確か殿さんはそう言っていた。私が続けた路上演奏は、身を結びつつあった。私のことを知る人や、好きでいてくれる人が、私の住む雪国の中に、多くあるようになった。そんな日のことだった。
長く私の観客でいる人から、MV撮影のお話を頂いたのである。MVといっても、私がギターを弾いている後ろ姿を撮るだけで、顔を撮ることはないし、とある音楽投稿サイトにて、私の応援BOXを作るための簡易なものだという。
私は初め、断ろうとした。SNSの世界は怖い。ただそれだけ。演奏したての頃に浴びたような罵声を被るのが怖い。それに大切な誰かを見つけるときは、離れてじゃなく、「再会」したい。ただ、それだけの理由。
そんな時に背中を押してくれたのも、殿さんだった。もちろん、そのサイトが小さなもので、私を元から知る人くらいしか見ない、というフォローも手伝ったが、大切な誰かを探すことに留まらず、自分を表現することを教えてくれた。
こうして私がMVに協力することを決めたのは、とても幸運なものだった。
++++++++++
今日の撮影依頼は、あるギタリストのMVを撮ること。依頼主はその人の大ファンらしく、あのサイトに投稿しようという、そういう経緯らしい。なんでもその人は記憶を失くした若い女性。なかなかにインパクトのある肩書きだ。
場所は雪国。冷え性の辛い人間には手厳しい場所である。機材を確認しながら、梓は撮影場所に向かう。仮にもし、依頼主の方も到着していたら、彼はどう振る舞ったのだろう。 再会というのは得てして劇的なものである。
梓が撮影場所の広場に向かっていると、目指す方角から音が聴こえた。透き通った世界に居るかのような声に、合わせて響くアコースティックギターの旋律。
梓には全て、聴き覚えのあるものだった。その声、その旋律は、いつも自分が一番近くで聴いていたものだった。
急な出来事に、頭が混乱する。いや、思うべきことは一つなのだから、フリーズしたといった方が自然だろうか。
ギターがラストに差し掛かる。梓は思わず走り出した。これは幻聴なのか。そんなことが、そんなことがあるのだろうか。ギタリストは若い女性、記憶喪失。
あのっ!
後ろ姿を捉えた梓は、短く叫んだ。この後ろ姿は。この声は。
相手は梓にびっくりした様に、訝りながら振り向いた。梓はその素顔で確信した。相手は記憶喪失なのに、また思わずして走り出し、彼女に飛び付いた。
お姉…ちゃん、椿お姉ちゃん!
飛び付いたまま泣きじゃくる梓を見て、椿は電流を走らせたように驚いた。私は覚えてはいない、けれど、これは。
ごめんなさい、ごめんなさいっ。私、お姉、ちゃんが、あの事故で、死んじゃったんだと、思ってっ。
これまでの苦しみを引っくるめて懺悔する⑤かの如く、梓が泣き叫ぶのを聞いた椿。彼女は、自分自身の記憶からの根拠ではない確信を胸に、あの質問をした。これが最後の質問⑧だという、確信を。
《私のことを、知ってるの?》
撮影用にと意気込んで着こなした椿のワンピースを際限なく濡らしながら、梓は何度も頷いていた。
梓にとっての、大切な人との再会だった。
撮影依頼を受けていたカメラマンの彼女の名前は、安藤 梓。その姉である安藤 椿は、乗船記録と行方不明者リストに記載された者のうちの一人だったことが、後に確認された。
++++++++++
こんにちはー、と元気の良い挨拶と共に入店したのは、梓さんだ。雨濡れの傘を畳みながら、こちらに手を振っている。グラスを出したばかりの私は御盆を持ったまま彼女を出迎える。ご案内するのはもちろん、殿さんと同じ席、特等席である。何たって私の探し求めた「大切な誰か」だというのだから。
梓さんを見つけたあとも、私の記憶は戻らなかった。あの日の夜に喫茶店でそれを知ったとき、梓さんは少し哀しそうな表情で、しかし私を受け入れてくれた。記憶が戻るのを待って、いや、例え戻らなくたって側にいる。私はそれでも、満たされない不安の元に、音楽活動を続けた。梓さんを見つけるのが一番の目的だったハズなのに、なぜか音楽活動を止めることが頭に浮かばなかった。
そうして、私は雪国圏を越えて有名になっていった。私の気持ちでは長い年月を過ごしたものを、「期待の新星」と呼ばれるようになり、つい先日、教科書に掲載されることが決まったのだ。
音楽の教科書に載る歌なんて、古くからある伝統的な季節詩ばかりなのが普通であろう。私が掲載されたのは一ページのほんの一角といえど、かなり思い切った出版である。出版社のモットーは、安定よりも新たな刺激を、「○よりも☆⑥」だという。
また、教科書には私の詩と一緒に、イメージとして梓さんの写真も掲載された。写真家の妹と音楽家の姉の同時掲載。これも巷では珍しいそうだ。
今日はその掲載の記念パーティー。だからこれから、あの詩を演奏する。
皆様へ
本日は足下の悪い中お集まり頂き、心より御礼申し上げます。
これを読んでいるのは、こういう堅苦しい挨拶に慣れていない私。教科書に載ったといっても、ほんの少しのスペースの話なのに、「皆様」は自分のことのように喜んでくれた。
私は、達成された目標、大きく掲げられた功績を手に入れてから、またペンダントを抱いて眠るようになった。抱いているのは梓さんではなく、紛れもない自分。カメラに向かって笑う私である。
私の乗っていた船は、天の悪戯によって沈没した。天によって運命が歪められたのなら、その歪みを直すのもまた、天の気紛れ。
では、挨拶が長いのもつまらないので、演奏に入ってしまい…
と、そこまで読んだとき、私のアナウンスは停止した。そのまま窓を指さしてしまったものだから、みんなそちらを振り向く。朝から昼まで降っていた雨は止み、空には大きな虹が架かっていた。
虹自体が珍しいものだったから。いや、不安に駆られた私の精神がそうさせたのか。或いは、そこに梓さんがいて、彼女が日向につられて手を挙げたから。
見慣れた店内の景色が徐々に霞み、目の前がぼやけた⑦。脳裏が映し出した景色は、雨上がりの花畑。
私は、お姉ちゃんが凄い音楽を作れるって信じてるから、凄いっ!って言うんだよ。
絶対に勝つ、なんて自信はどこにもないんだよ。
それでも、そう思えるなら諦めるなんて。
私は、どうしたいんだろうなぁ。
会社を辞める勇気なんて…
でも、お姉ちゃんは…
これが限界…
私だって…
辛い…
詩…
詩…
詩…
全て、思い出した。
写真を撮ったときの、突き出したピースサイン。
あのとき梓は、手を挙げていた。
5本の指を、全て開いて。
忘れていた詩は。
絶対に負けない夢。
追い求めた、秘める情熱。
或いは。
弱虫を鼓舞した、梓からの。
勝利。
「私なりの、ささやかなプレゼントを進呈しよう。」
「ほら、笑って笑って!」
一番近くで見てきた、梓への、「籠れ火」
そうか。私はもう、夢を叶えていたんだ。
梓の誇れる、安藤 椿に、なれたのかな。
私は、ピースサインを掲げた。
デイジーの花畑で見た、あの虹に向かって。手を挙げる梓に向けて。
隠れてしまう 想いを探して
消さないように必死に 紡いでた火
あなたに籠れ火は 見えるかな⑩
(本文総字数 7155字 要素数10+α)
【簡易解説】
その人の乗る客船は、嵐の中で沈没してしまった。救助され一命を取り留め、現地の人に匿ってもらった彼女であったが、事故の精神的外傷、後遺症により自身の記憶を失ってしまう。
彼女は自身が身に付けていたペンダントの写真を観察し、自分に大切な人がいることを知る。
また同時に、その写真裏の詩から、自分が音楽を志す人間だったとも分かる。
記憶を失った自分の生活が怖くなった彼女は、これらの事実を見て、自分の大切な人を見つけるため、また記憶を取り戻す手掛かりを掴むために、音楽活動をスタートさせた。
結果的に自身の中での音楽の意味を思い出せた彼女は、新進の音楽の教科書にその詩が載るほどになった。
彼女が教科書に載るほどになれたのは、記憶と大切な人を取り戻すため、という大きな意志のもとで活動できたため、といえるだろう。
終わり!
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デイジーの花畑、雪国、ささやかなプレゼント……見覚えのあるたくさんのキーワード。
すべてが絶妙に作用しあいながら紡がれる姉妹の物語は、とてもあたたかな籠れ火でした。
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弘法にも筆の誤り
意味
書の名人である弘法大師にも書き損じはある、の意で、その道にすぐれている人でも、時には失敗することがあるというたとえ。
例文
絶対王者と呼ばれている松山が沈没失格だなんてびっくりだ。弘法にも筆の誤りとはまさにこのことだ。
例文解説
あるところに松山繁文という男がいた。彼は競艇界で絶対王者と言われていた。
競艇は6艇で行うレースであるが、当時の平均順位がなんと、1.10位である。平均順位は2.00を超えればトップクラスなのだが、それを大幅に上回っている。松山はまさに絶対に負けない男、絶対王者なのであった。あまりにも強すぎたためか、そんな絶対王者の松山を知らない人は当時いなかったと言われている。
そんな彼は年末の大一番、賞金王決定戦に出場した。途中のトライアルを難なく突破し、迎えるレースは優勝賞金1億円の賞金王決定戦である。もちろん、そこでの松山の前評判は他の5選手と比べ、抜きんでていた。予想新聞は⑥〇でもなく、◎でもなく、絶対の自信の印である☆印をつけていたし、横断幕の数も松山へのものが一番多かった。横断幕の中には有名な書道家が書いたものもあり、③達筆すぎて何て書いてあるか読めなかった。
そうこうしているうちに、全艇ピットアウト。レースが始まった。松山の待機行動、スタートまでは完璧で負ける要素はなかった。しかしこのあと⑨大事件が起こる。松山のボートがほかのボートと接触してしまい大失速。接触された側はすぐに立て直しレースに復帰したが、松山のボートは動かず、ついには②殿(しんがり)まで順位が落ちてしまった。
そこで自分の艇の様子を確認した松山は絶望した。エンジンから⑩出火しており、ボートには穴が空き浸水してきていた。1着でゴールするどころか、完走することすら叶わず、松山は無念の沈没失格となった。松山と松山のボートはレスキュー艇に引きずられて、①ピットに戻っていった。
レース後、記者から優勝者へのインタビューなどはちゃんと行われた。しかし、絶対王者の松山があんな無残な負け方をしてしまったのだ。それを見た記者たちも黙っていなかった。皮肉なことに、優勝者へのインタビューのとき以上の数の記者が松山の元に詰めかけた。
寄ってきた記者にあれこれ尋ねられたが、松山はなかなか口を開かなかった。それもそのはずだ。勝ってインタビューを受けるはずが、負けてインタビューを受けさせられているからである。だが、ある記者が「⑧最後にどうして事故が起きたのか教えていただけますか。私はあなたを辱めたいのではありません。まさかの出来事に私はあなたを心配しているのです。」と言うと、松山は重い口を開いた。「⑦一瞬目の前がぼやけたんです。それで他艇との間隔を見誤ってしまって・・・。申し訳ありません。⑤今はただ懺悔の気持ちでいっぱいです。でも今はちゃんと見えていますので問題ありません。来年も精いっぱい走るので、ご声援よろしくお願いします。」彼の言葉に力はなかったが、その言葉に込められた悔しさや来年への決意は確かに感じられた。その記者も松山を励ますべく「来年も応援しています。」とだけ返した。
この事故は翌日のニュースで大々的に取り上げられ、多くの人々の耳に入り衝撃を与えた。引退の噂さえ流れるようになった。その記者も内心では松山の状態を心配していた。しかしその心配は杞憂に終わった。年が明けると、あの事故が嘘だったかのように松山は勝ちまくり、再び絶対王者にふさわしい走りを見せてくれた。そう、あれは弘法大師が一度筆を誤ったにすぎなかったのだ。たまにの失敗はあるとはいえ王者は王者。あの強さは正真正銘の本物であった。
追記
この事故のあとで、松山はこの教科書を特別にもらったそうだ。自分が教科書に載るなんてとんでもないと思いつつも、この教科書は今も松山の家の本棚に④眠り続けている。
☆簡易解説☆
競艇界で絶対王者と呼ばれていた松山が大レースでまさかの沈没失格。
このことはニュースに大々的に取り上げられ、国語の教科書のことわざ「猿も木から落ちる」の欄にも例文として使われることになった。
教科書に載る=例文、成程その手がありましたか。
しかし一度の失態が教科書に載ってしまうというのは恥じるべきか、それも絶対王者としての実力ゆえと誇るべきか……。
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出題時のルール説明にてシェチュ王に (※今回は最優秀作品賞=シェチュ王となります)と記載しておりましたが、間違いです。
説明通り、最も票数を集めたシェフ、すなわち投稿作品への投票数を合算した票数が最も多いシェフがシェチュ王となります。
投稿フェーズも残り僅かではございますが、矛盾する説明となっておりますため、上の通り訂正といたします。
一人一作の制限を設けていた際の文章を削除しわすれておりました……申し訳ございません。
引き続きよろしくお願いいたします!
【簡易解説】
とある国にて、戦争で傷付いた人々を勇気づけるために覆面レスラーとなった。
教会へ寄付するためのファイトマネーを稼ぐために数々の敵レスラーを打ち倒し、中でも「不沈艦」と呼ばれた巨大レスラーをマットに沈めた試合はとても有名である。
これらの行動により人々に希望を与え、世界的に有名となり、遂には道徳の教科書にまで掲載されるほどになった。
【以下簡易でない解説】
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※この番組は2018年8月20日に放送されたものです。
「父のことはよく知りません。私が小さいころに亡くなって、父の甥に引き取られましたから。しかし父をよく知る人物が私に会うと必ずこう言います。『あなたの父親は素晴らしいレスラーで、同時に素晴らしい人間だった』と」
父について尋ねると、真っ先にこう述べた。
世界最大にプロレス団体、丸々井レスリングで20年近くに渡り活躍し、幾度となく世界王座を獲得。”アイアンソルジャー”という二つ名と必殺のパワーボムと共に伝説のレスラーとして世界に名を轟かせた丸々井レスリング殿堂レスラー、マーシャス・オルテガ。
彼の父、フラナハン・オルテガも彼と同じく伝説と呼ばれたプロレスラーであった。
マーシャス・オルテガがプロレスを始めたのは、有り余る身体能力を100%活かせる場を求め続けてきた結果である。
しかしフラナハン・オルテガがプロレスラーとしてリングに上がり始めたきっかけは、極めて過酷なものであった。
1947年、中南米の小さな国、バンバビロニアン共和国の小さな教会を営んでいる両親の下に生を受けたフラナハン。
しかし当時のバンバビロニアンでは数年前の第二次世界大戦やそれによって勃発した内戦のに影響を受け、荒れ果てていた。略奪、強盗は日常茶飯事。殺人も珍しくはなく、少し周りを見渡せば何処かから火が立ち上っている様を容易に発見できたという⑩。
7歳の時に知り合い、以来公私共に数十年に渡って交流を続けてきたジン・アルバエスさんはこう語った。
「夜は略奪と騒動が起こす雑音で眠れないとよく言っていました。それと何故両親や兄弟があんなに神様を慕っているのかが分からないとも。昔から信仰より実利を取るタイプの人間でしたから」
4男1女の三男であったフラナハン。しかし両親や他の兄弟たちと違い信仰心が篤くなかった彼はやがてに両親と対立、17歳の時に遂に家出をした。
「兄が家を出た時のことはよく覚えています」
五兄弟の末っ子にして紅一点であるモニカ・オルテガさんは兄との数少ない思い出を語った。
「何か音がするから目が覚めてしまって。何事かと思ったら兄が両親と喧嘩しているのが見えて。両親は争いごとを好まなかったから喧嘩なんてほとんどしなかったのでとても驚いてしまいました。兄は神様に対しての信仰が薄い人でしたから、喧嘩はせずとも両親と意見が合わないことは少なくありませんでした。ヒートアップしてきてお互いがお互いに火に油を注いでいると目に見えて分かることをことを言ったりして⑩・・・最後は兄が『周りにはたくさんの孤児や貧民で溢れている。彼らに渡すべきなのは十字架や聖書とかでもなく、ご飯と衣服じゃないのか』、こう怒鳴って出て行ってしまいました。父は茫然としていて母はオンオンと泣いていました」
家を出てからはまともにな労働にありつけずその日暮らしの毎日。『三日に一回食事にありつければ良いほうだった』。フラナハンは後にそう語ったという。
そのまま2年が経ったある日、フラナハンは思いがけず「元」実家であった教会の近くに立ち寄った。そこで彼は思いもよらない光景を目撃したのである。
そこにあったのは、記憶の中にあった静寂さや閑散さからは程遠い、外にまで溢れた孤児や貧者、そして彼らを世話するために奔走していた両親や兄弟の姿であった。
「兄に言われたことが心に残ったのでしょう。それから父は思い悩むようになり、一週間後に孤児や貧者を引き入れようと言ったのです。皆驚きましたが、孤児や貧者の有様には心を痛めていたので全員賛成しました。それから色々と準備して引き入れたのですが、思ってた以上に過酷で・・・何より人手が足りませんでした。物資や設備を購入する資金も全く足りてないのに人を雇い入れる余裕など無かったのです」
金銭的にも設備的にも余裕がないことは誰の目にも火を見るより⑩明らかであった。フラナハンも例外ではなかったが、元から頑固な所があった彼は今更彼らに頭を下げて助けることなど出来なかったのである。
やがて教会では募金箱が設置されたが成果は芳しくなかった。一方で教会を訪れる孤児や貧者は膨れ上がる一方であった。この頃から近所の人たちが援助をするようになったが、それでも限界が近付きつつあった。
アルバエスさんは当時のフラナハンの様子をこう語っている。
「元々元気など出せるような状況ではないのは確かなのですが、日に日に気力が失われていくのを感じました。ある日から彼は今まで以上にお金を欲し働き口をより積極的に探し出すようになりました。毎日のように『直ぐにお金を稼げる方法はないか。賃金がたくさん貰える働き口はないか』と私に尋ねました。彼や彼の家族の近況は私も知っていましたし援助をしたいのは山々でした。私も教会の手伝いをしましたからね。しかし直ぐ大金が稼げる方法を聞かれても答えることができませんでした。そんな方法も働き口も知らなかったからです」
失意の日々を過ごしていたフラナハン。そんな彼に転機が訪れる。
「その日私とフラナハンはいつものように空き缶やくず鉄を集めていました。充分とはとても言えないのですが、それでも一番稼げる方法だったのです」
その時、アルバエスさんは偶然遠くの壁に貼られていたポスターを見つけた。
「初めは何と書かれているか分かりませんでした。私はフラナハンを呼びました。紙が貼られている、もしかしたら働き手の募集なのかもしれないと。二人で近付いてポスターを読みました。そこで初めてこのポスターがプロレスの興行の開催予告だと分かったのです」
1821年アメリカのコネチカット州スタンフォードで設立された丸々栄レスリング(現:丸々井レスリング)は、戦後アメリカの娯楽重要により急速に発展。アメリカ全土へと勢力を伸ばすと、この頃から世界進出と戦後復旧を目的として各地でチャリティー興行を行うようになる。二人が見つけたポスターも、丸々栄レスリングがバンバビロニアンで開くチャリティー興行の開催を知らせるものであった。
「当時は二人ともプロレスというものを全く知りませんでした。彼は下らないと言っていましたね。私は面白そうだと感じました。日々を生き抜くだけの生活に疲れていたので刺激が欲しかったのでしょう。一日くらい休んでも構わないだろう、その分別の日に一生懸命働けばいい、どうせ入場料もタダなのだから、と彼を説得しました。しばらくして、分かった、と言いました。彼も娯楽を欲していたのでしょう」
興行当日、二人は空き缶集めを早めに引き上げ、会場へと足を向けた。
「会場と言っても空き地にリングが置かれて、ちょっとした柵で観客席と隔てている程度でした。その観客席だって椅子は無いし、かといって立見席のようにスペースがそれぞれ確保されていたというわけではありません。それでもたくさんの人が集まっていました。ここら辺の人間ではないと思われる人もたくさん見かけました。やはり娯楽は欲しかったのでしょうね。当時はテレビもラジオも無く、本だって数が限られていたしそもそも文字を読めない人もたくさんいました。歌を歌ったりそれを聞いたりは出来たのでしょうが、音楽のレパートリーも限られていたのでそれにも限界があったのでしょう」
この興行に関する公式の記録は残っていない。しかしアルバエスさんはこう語った。
「とても盛り上がりましたよ。私含めてプロレスがどんなルールの下でどのように行われているかなんて全く知らない人が大半でしょうが、みんなプロレスラーの一挙手一投足に歓声を上げていました。フラナハンもエキサイトしているようでしたね。あんな顔をしてる彼を見るのは、本当に久しぶりでした。ひょっとすると初めてかもしれません」
興行後、募金募集を兼ねて行った握手会でフラナハンは一人のレスラーに尋ねた。アルバエスさん曰く、詳しいところは忘れてしまったがメインイベントに出場していたことは間違いないとのことだ。
「『プロレスラーってお金稼げるんですか?』と尋ねていました。質問されたレスラーは少し苦笑した後『正直人によるかな。安定して第一線で活躍してる人はたくさん稼いでると聞いたことはあるよ』と答えてました」
「その日以来、フラナハンは変わりました。金稼ぎを終えて帰宅した後、トレーニングを積むようになったのです。当時は効率的なトレーニングなんか知る由もなかったですからね。ひたすら物を上げ下げしたりジャンプしたり走りこんだり、それの繰り返しでした」
幸い彼は元々運動神経が良く体格にも恵まれていた。身体面ではなく、時期や運にも恵まれていた。アメリカ全土への進出をある程度済ませた丸々栄レスリングは、各国の優れたレスラーの収集と才能ある若者の教育のために外国への支部設置を開始。そのうちの一つである中南米支部がフラナハンが生活している地域の近くに設立されたのであった。
「この知らせを聞いた私と彼は大いに喜びました。しばらく準備をした後に彼はその支部へと足を向けました」
こうしてフラナハンは丸々栄レスリング中南米支部の門戸を叩いた。1969年、フラナハンが22歳の時であった。
晴れてプロレスラーとしての第一歩を踏み出したフラナハン・オルテガ。しかしトップレスラーへの道は並大抵のものではなかった。
「彼は、身体能力が高ければプロレスラーとしてすぐ活躍できると考えていたんだ。アイツ以外にもそう思ってた人は多く、俺もその一人だった。ところが、すぐにそれは甘い楽観的な考えであると誰もが思い知らされたんだ」
こう話すのは、サデス・ライナー。メキシコ出身でフラナハンと同時期に丸々井レスリングへ入団し、以後リング内外で盟友と呼び合った仲となる。
「プロレスラーとして身体能力が重要なのは言うまでもない。しかしそれ以外にも観客に試合をどう魅せるか、どのようなパフォーマンスで観客を盛り上げるか。そういった能力・・・というよりセンスに近いかもしれんが、そういったものも必要不可欠だった。実際にリングに立つことで思い知らされた。しかも支部での練習で、だ。本番はこれに観客が付いてくる」
言語の壁も大きな問題であった。
「丸々栄レスリングはアメリカの団体だから、ある程度は英語を理解する必要があった。支部の場所や試合する場所は中南米にあるが、まあ主な視聴者はアメリカに住んでる人間だから。俺たちはスペインが公用語だから、英語を学習するための講座も開かれたりした。読み書き聞き話し・・・ここで脱落した人もそれなりにいた気がするな」
「何よりも一番の壁は強大なライバルが多いことだ。事情は様々とはいえ、誰もが野心を持って入団したんだからな。誰もがトップを目指して悪戦苦闘する。ここら一帯は貧しい家庭の生まれが多いから、誰もがこれをキッカケに這い上がろうと必死だった。同期で頭一つ抜け出たとしても、すでに丸々栄レスリングで名を挙げているレスラーもたくさんいた。そういった状況なんだから、トップレスラーになれる人はほんの一握り程度。入ってから三年経つ頃には、同期が半分程になっていたな。当時は労働者保護の観点も世界的にあまり重視されていなかったしな」
こういった試練はフラナハンにも容赦なく襲い掛かった。
ライナーさんは当時のフラナハンをこう振り返る。
「フラナハンは適切な教育を受けてきていないようだった。最も、こういった人は当時のバンバビロニアンでは珍しくなかったけどな。他の人が英語を学習する中、フラナハンなどはスペイン語の基礎を改めて学習する必要があった」
しかし、フラナハンは当時から他の人と比べて頭一つ抜けていたという。
「フラナハンの何よりも驚異的なところは、吸収力だ。プロレスの技やテクニック、パフォーマンスのコツ、言語など、ここで教わったありとあらゆることをすぐに吸収し物にしてきた。アイツの出来の良さは同期でも評判だったし、逸材と見なすトレーナーも何人か見かけた」
ここでライナーさんはある物を持ってきた。3着のTシャツである。
「俺はアイツがいつかブレイクすると予感してたから、サインを書いて貰ったんだ。これは入団して1年くらい経った時のサインかな。入団者に支給されたTシャツの一つにサインを書くように頼んだんだ。この時は英語もほとんど出来なかったし字もとても汚かった。こっちは丁度興行に出場し始めた頃のサインだ。サインというか清書って感じだけど、大分様になってきてるだろう?字も綺麗だしね。アイツからこんな綺麗な字が生み出されることはちょっと面白いな。これは彼が世界的なスーパースターになってから書いてもらったんだ。もうプレミアが付いてるだろうね。この時には英語もスペイン語も上手いものだった。サインも大幅に上達してね。まあ清書なのは相変わらずだけど、もう達筆になりすぎて逆に何て書いてあるか分かんねえな③」
ある時、フラナハンとライナーさんに転機が訪れる。
「何年経ったかな・・・俺やフラナハンを含めた数名が興行でデビューする機会を与えられたんだ。まあその時は皆喜んでたが、それから数日後、フラナハンの顔が暗かったんだ。『何があったんだ?』と聞いてみたら、『素顔を晒したくない』だと」
彼の苦悩はアルバエスさんも感じ取っていた。
「『ようやくデビューのチャンスが与えられた』と嬉しそうに言ってました。祝福しようとしたら、みるみる彼の顔が暗くなっていったではありませんか。どうしたかと尋ねると、『顔のことを忘れてた』と」
ようやく掴んだチャンス。しかし表立って家族を助ける選択肢は存在しない。そうでなくても教会で汗をかき孤児や貧者を助けてる家族が、リングに立っている自分の姿を見たら何と思うか。
「しばらく悩んでいる彼を見ていましたが、ある日ふと思い出しました。あの興行で戦ったレスラーの中には、覆面を被って顔を隠している人もいました。そのことを伝えたのです。覆面を被って試合をすればいいのではないかと」
マスクマン。それは覆面を被って試合をするプロレスラー。素顔も本名も全てが秘密な存在。
「『確かに良いアイディアだが、それで試合ができるだろうか。視界が制限されるし・・・』と不安を口にしました。それに関してはトレーナーや先輩方に聞いてみるしかないと伝えました。プロレスを実際にやる上での注意点など知る由もありませんでしたから」
「アイツが急に覆面を被る、なんて言うから驚いたよ」
ライナーさんはこう振り返る。
「まあ顔を隠して試合をするならそうするのが一番だろうけどさ。でも覆面を被った状態で試合をするのは想像以上に大変らしいんだ。視界が制限されるのが一番だが・・・まあ他にも色々と苦難がある」
ライナーさんはフラナハンの結審の固さを感じつつ、あえて注意を述べたという。
「まあその頃にはアイツとも仲良くなってたしさ。だからアイツの決意の固さは分かっていたさ。それでもあえて注意点を指摘したら『覚悟の上』と。だから、それなら先輩マスクレスラーやトレーナーに相談するように言ったんだ。始めは少し残念だったんだ。覆面を着けた状態になれるのはどうしても時間がかかる。だからアイツと一緒にデビューが出来ない、とな。トレーナーの中でもそう考える人がほとんどだったし、本人ももしかしたら同じように思ってたかもしれない」
しかしここでもフラナハンの吸収力が発揮された。
「目を疑ったよ。ほんの2,3週間でマスクマンとしての戦い方をマスターしていたんだ。マスクを着けていない状態と同じように高いパフォーマンスを維持していた。いや、もしかしたらマスクを着けてる時の方が素晴らしいパフォーマンスをしていたかもしれない」
彼を知る誰もが、彼のポテンシャルの高さに舌を巻いたという。
「俺はアイツを絶賛したんだ。こんなに短期間でマスターできるなんて信じられないと。俺があそこまで何かを絶賛したのも、今まで生きてきた中でも片手で数える程度だろう」
彼の名前を呼び称賛するライナーさん。それに対しこう返しました。
『フラナハンではない。私はエル・エストレヤ』
エル・エストレヤ。エストレヤはスペイン語で「星」という意味である。
「戦争や災害で苦しみ怯えている人々がいる。そういう時はどうしても頭を抱えて〇の形・・・丸くなってしまう人が多い。しかし丸くなって災難が去るのを待つのではなく、毅然と立ち上がって立ち向かってほしい。星は人が立ち両手両足を広げた姿・・・☆を表している。〇よりも☆⑥、丸くなるのではなく星となって立ち向かってほしい。俺に対してそう言ったんだ。またしても舌を巻いたよ。こいつはすでにプロレスラーとして目指している高い高い目標を設定し、それを達成することを確信しているんだ、と」
こうして後に伝説のレスラーとして世界に名を轟かせるエル・エストレヤが誕生。リングに足を踏み入れた。1974年、彼が27歳の時であった。
「初めてそれを見たときは、とても奇妙だと感じました」
モニカさんはある日の朝の話を語っていた。
「朝の日課である教会周辺の外掃除をしていた時、近くの地面が少し土が盛られているというか、膨らんでいるのを見つけました。気になって掘り返すと小さい袋を掘り出して、中にはメモと・・・お金が入っていました。始めは目を疑いました。次に不安になりました。もしかして誰かが一生懸命隠したなけなしの財産を掘り出してしまったのではないかと。しかしメモには、私たちの教会宛てであることと、このお金で孤児や貧民を助けてほしいと書かれてました。両親に伝えると、さすがに驚いていましたが、『私たちも余裕は無い。どこのどなたかは分からないが、有難く使わせていただこう』と言いました。それ以来一週間に一回は先ほどのように小さい袋が埋められてて、中にはメモとお金が入っていました。おかげでほとんど限界を迎えていた教会は何とか立て直したし、食事や設備、人員も増やすことが出来ました」
「誰がお金を埋めてくれているのか、何度も確かめようとしました。しかしいつもいつの間にか埋められているのです」
「彼が教会にお金を与えていることは知っていました」
アルバエスさんはこう語った。
「レスラーとなった後も、練習や興行が終わったらこの家に帰ってきていました。だから尋ねたのです。自分の分は大丈夫なのか。教会や孤児、貧民を気に掛ける気持ちは立派だが、無理をして自分が倒れてしまえば元も子も無くなるし、教会も立ち行かなくなってしまうと。すると『俺は恵まれている方だ。こうして頑丈な体を与えられこのようなエキサイトな仕事でお金を稼ぐことが出来ているから。自分は健康で丈夫だから、薬代もいらないしほんの少しの生活費があれば充分生きていられる。しかし孤児や貧民はそうではない。今にも息絶えそうな人には、健康な人よりも多く食事や薬などが必要になるんだ』と答えました」
中南米支部で着実に支持を得ていったエル・エストレヤ。やがて彼は興行後に募金を始める。アルバエスさんにマネージャーとして丸々栄レスリング中南米支部へ入るように頼んだのも丁度この時だ。
「試合などでのサポートはあくまで建前。中南米支部のレスラーが評価されている、との話でした。場合によってはアメリカやもっと遠い所で試合をするかもしれない。その時はここで募金活動することは出来なくなってしまうので、俺の代わりに行ってほしい・・・というのが本音、とのことでした」
しかし、アルバエスさんは彼に別の思惑があるのを感じていた。
「中南米支部はこことそれほど距離がありませんから、試合をして寝床に就いた後、夜明けもしないうちに起きて教会へお金を置いていくことはそれほど難しい話ではありませんでした。しかし、もしアメリカで興行を行うとしたら、ほとんどその日のうちには帰ってこれなくなるでしょう。もしかしたら数か月は行きっぱなしになるかもしれません。その間お金を渡すことが出来なくなるから、代わりにお金を渡してほしい。直接そう言われたわけではありませんが、そう感じました」
時々、興行ですぐに帰れないことがあり、その時はアルバエスさんが教会の近くに金を埋めていた。あとからエストレヤが立て替えていたという。
エル・エストレヤは確かな実力を持っていた。しかしすぐブレイクするわけではなかった。
当時のエストレヤをライナーさんはこう語った。
「ファイトマネーが少ない、という愚痴はいつも聞いていた。勿論、俺を含めた親しい間柄にしかそのことは話してなかったようだけどね。どんな事情があるかは知らなかったから詳しく詮索はしなかった。代わりに『もっと大きい興行・・・いわゆるPPVて呼ばれるやつとかのメインイベントに出場したり勝ったりしたら、今以上に多くのファイトマネーがもらえると思う』と答えたよ」
エル・エストレヤ30歳、この頃から彼は興行の殿②、つまりメインイベントに出場することを強く求めるようになる。
しかし彼以外にもそのように望んでる人は非常に多かった。
その上現在メインイベントなどの主要な試合で活躍をしているのは、支部設立以前から活躍しており、設立時に移籍してきたレスラー。彼らには長年積んできた実績と信頼、名声があり、そういった人を越えることは極めて困難であった。
全くチャンスが無いわけではなかった。
1978年、当時の丸々栄中南米王者が怪我により王座を返上。これを受けて丸々栄レスリング中南米支部は次期丸々栄中南米王者決定トーナメントの開催を発表。そしてその決勝戦は中南米支部主催PPV&”Mexico Brawl”のメインイベントにて行われることとなった。エントリーされたのは16人。その中にエル・エストレヤも含まれていた。
同じくエントリーされたライナーさんはこう振り返る。
「名声を上げるのにまたとないチャンスだと感じたよ。俺もアイツも、エントリーされた誰もがそう感じたはずだ。それにアイツはPPVのメインイベントでの勝利を望んでいたからな。アイツにとっては自分の願いが一気に叶う大チャンスだと思ったわけだ」
「俺も興奮していたよ。何せ俺とアイツが順当に勝ち進めば、決勝でぶつかるわけだからな。俺とアイツなら世界中を驚かせるような試合が出来る。それをPPVのメインイベントでやれば、俺もアイツもブレイク間違いなしと考えたわけだ」
しかしこのカードが実現することはなかった。2回戦でエル・エストレヤが試合中に負傷。トーナメントを棄権することになったからである。
「非常に悔しがっていたよ。せっかくやってきたチャンスを潰してしまったわけだからな」
アルバエスさんも当時のエストレヤを振り返ってこう語りました。
「非常に荒れていましたよ。私が何度なだめても無駄でした。『せっかく今まで積み上げてきたものが台無しになった。振り出しに戻ってしまった①』と嘆いていましたね」
結局トーナメントはライナーさんが優勝。これをキッカケにライナーさんは中南米支部のトップレスラーと認識されるようになる。
それについては「ようやく苦労が報われた」と感じたとした上で、こう付け加えた。
「アイツとの試合だったらもっと盛り上がったのにな」
そんなある日、事件が起きる⑨。
アルバエスさんが教会にお金を置いていく姿を目撃されてしまったのである。
「迂闊でした。その日は少し遅れてしまいました。いつもは日の出前に全て終わらせるのに、その時は途中で日が出てしまっていたのです。慣れてきたこともあって緊張感が薄れていたのでしょう。日もまだ出ていないような時間に埋めた場合は、誰かに見られても正体までは分かりません。当時は街灯も懐中電灯もありませんでしたからね。しかし日が差し込むとすぐにバレてしまいます。ここら一帯は人もまばらなため、大体の人間は顔なじみだからです。その上私は教会に頻繁に顔を出していたため、その周辺の人たちにはすっかり顔を覚えられていたのです」
金を入れた袋を埋め終え顔を上げると、15から20歳ほどの少年がこちらを見ていたという。
「急いでその場から離れましたが、確実に見られたと感じました」
アルバエスさんの考えは当たり、数日後にはアルバエスさんが教会の近くに何か埋めたという話が広まりました。教会に出入りする人間は一週間に一回誰かが金銭を渡していくことを知っていたので、すぐに『アルバエスさんが教会にお金を渡していた』という話になった。
「ここまで話が広まってしまえば仕方がないので、全てを公表しました。エル・エストレヤが稼いだファイトマネーを教会に渡していたと。エストレヤは渋々認めました。彼は善行で名を上げることを良しとせず、純粋なレスラーとしての名声を欲していたからです」
しかし結果的にこれがエル・エストレヤをブレイクさせることになった。
「アイツは教会や孤児、貧民を助けるヒーローとして注目を浴びたんだ。団体としては分かりやすい善玉ヒーローだったからな。たぶん売り出し方とかも分かりやすかったんだろう」
ライナーさんはこう述べると同時に、こう付け加えた。
「でもこの一件だけがアイツを伝説とさせたかというとそうは思わねえな。アレはキッカケに過ぎなかった。この一件が無くても、別の何かを足掛かりにしてブレイクしていったと思うぜ。それに本来はあのトーナメントでブレイクしてたはずだったんだ」
エル・エストレヤは弱者を助けるヒーローとして注目を浴びた。
バンバビロニアンという時代と災禍に振り回された国の出身、リングネームに込めた思い、強大な敵に体一つで立ち向かい倒していく姿。ありとあらゆる要素が同じく戦火に苦しんできた人々の心に響き、エストレヤは中南米支部の一大スターとなった。当初は芳しくなかった募金も、この一件によりたくさん集まるようになった。
「嬉しそうにしてましたよ。『結果オーライってやつだな』って」
そう言うとアルバエスさんはクスリと笑った。
「彼の噂はアメリカにも届いてましたよ」
こう振り返るのは、当時32歳にして丸々栄レスリングの象徴と評されたレスラー、マルク・アンデルセンさんである。
「中南米支部にファイトマネーを全て寄付するレスラーがいると。少し気になっていました。それでメキシコで興行をやった後に中南米支部へ立ち寄って彼の試合を観たのです。逸材だと一目で分かりました。何もかもが想像以上でした。彼に対する観客の支持も、彼のレスリングスキルも。何より驚いたのは、観客の感情を揺り動かすスキルに長けていたことです。どんな動きをすればどんなことを言えば観客はどのような反応をしますか、彼は全て把握しているかのようでした。当時丸々栄レスリングで使われていたリングは今のと比べるとそれほど大きくありません。しかしその小さなリングで会場中の人間の心を掌握していたのです」
エストレヤが32歳の時、事件が起きる⑨。
アメリカ本社と中南米支部の合同興行での出来事。アメリカ本社側と中南米支部側で別れた3対3のタッグ戦。試合終了後、勝利したエストレヤのマスクを対戦相手の一人が剥ぎ取ろうとした。
会場は騒然となった。剥ぎ方が中途半端だったこと、マネージャーのアルバエスさんやスタッフが彼の姿を隠しながらリングを後にしたため素顔が公表されることはなかった。
「隠した後が大変でしたよ」
アルバエスさんがこう振り返る。
「控室に戻った後、『あの野郎、ぶっ殺してやる』と激怒しまして・・・マスクマンにとって覆面が神聖なものでそれを剥ぐことなど言語道断でした。その上彼にとってはそれ以上の意味もありましたからね」
アンデルセンさんはメインイベントのために準備していた際にエストレヤと遭遇したという。
「何か騒がしくて。それで様子を見に行ったら、エストレヤをスタッフが数名がかりで抑え込もうとしてました。あまり怒ったりするイメージがなかったのでとても驚きました。試合があったので途中で立ち去りましたが、聞くところによるとスタッフだけでは抑えきれなかったらしく、最終的には控室にいたレスラーが出てくるハメになったらしいです」
マスクを剥ぎ取ったのはジャッカル・スミス。当時は220cm200kgの大男。その体格とパワーを存分に活かし対戦相手を次々と撃破していった当時の団体を代表する極悪レスラーである。驚異的な体幹とタフネスさの持ち主であり、如何なる攻撃を受けても倒れるどころかよろけることすらない姿から”不沈艦ジャッカル”と呼ばれ恐れられていた。
「アイツが気に入らなかった」
スミスさんは当時の心境を振り返る。
「元から気に入ってなかった。教会へ寄付することが尊い行為だとは分かってはいたが、それで成り上がろうとする姿が納得できなかった。レスラーの名声はリングの中での行いのみで上下するものだと考えていた。それが試合後に爆発した。アイツも残りの二人も、俺をまともに攻めることが出来ず、俺以外の貧弱なマヌケどもを倒していい気になっている。あんな試合で俺に勝ったのかと思っているのか。そう考えたらとても腹が立った。気が付いたらヤツのマスクに手をかけていた」
この事件は世界中に広まり、誰もが”不沈艦ジャッカル”に怒りを覚えた。
丸々栄レスリングはこれをビジネスチャンスと捉えた。
エル・エストレヤを弱き者を救うヒーローと、対するジャッカル・スミスを極悪人と定め、アメリカで開催される団体最大のPPV”Wrestle Bout”のメインイベントに抜擢したのだった。それもただの試合ではなく『I Quitマッチ』として行われることとなった。
『I Quitマッチ』・・・通常の試合が3カウントやタップアウトで決着するのとは異なり、相手が『I Quit(参った)』と言うまで試合を続ける。反則は無し。つまり如何なる方法を用いてでも相手を痛めつけて負けを認めさせる試合であった。どちらかが対戦相手にハッキリと「降参」の意思を示すことになる上にその声はレフェリーが持つマイクで会場中に響き渡るため、敗者は極めて屈辱的な気分となる。そのため抗争の完全決着として用いられることが多かった。二人の並々ならぬ憎悪の感情を考えれば、これ以上ないほどに適した形式であった。
1979年4月13日、後にエル・エストレヤ生涯のベストバウトと名高い試合のゴングが鳴り響いた。
220cm200kg、それに対するは182cm90kg。その体格差は歴然であった。
試合は終始ジャッカル・スミスの優勢で動く。しかし何度マイクを向けても降参しない。元々大きかったエストレヤへの歓声や激励は大きくなっていく一方であった。
試合終盤、この頃になると歓声は爆音のようになっており、ジャッカル・スミスを僅かながら動揺させた。それでも執拗に攻撃を続ける不沈艦ジャッカル。しかしここで誰もが驚く事態が起こる。血だらけでグロッキー状態となっていたエル・エストレヤ。彼が毅然と立ち上がった。なおも攻撃を続けるジャッカル・スミス。だが一切ひるまない。それどころか鬼神のような表情でジャッカル・スミスに詰め寄る。大きく動揺する不沈艦ジャッカル。ここから試合は大きく動き出す。
当時放映された貴重な映像が残っている。
「試合時間は40分に差し掛かろうというところ。まさしく爆音といいましょうか、凄まじい歓声がエストレヤに浴びせられています。不沈艦ジャッカルは少し鬱陶しい様子。コーナーにもたれかかったエストレヤ、それに殴りかかって・・・おっと睨んだ!執拗に攻撃を受けたエストレヤ、しかしまだ闘争本能は生きている。少し戸惑ったかジャッカル・スミス!もう一回殴りつける!おおっと立ち上がった!!立ち上がりましたエル・エストレヤ!!信じられません!!あの出血であのダメージで!!220cmの不沈艦に立ち塞がります!!もう一発殴る!!ひるみません!!もう一発!!全くひるまない!!爆撃のような歓声!!もう一発!!!ひるまない!!!それどころか詰め寄った!!!不沈艦が後退した!!!大きく動揺している!!!182cmのエストレヤが、ギリシャ神話に出てくる巨人アトラスのように巨大に見えます!!!聞いてくださいこの歓声!!!QueenやBeetlesのライブコンサートでもここまで大きい歓声は聞かれないでしょう!!!あ、しかし喉輪を掴まれた!ジャッカル・スミス、必殺のチョークスラムでエストレヤを鎮めようと・・・おっと強引に腕を振り払った!!!そして・・・何ということだ!!!!!信じられません!!!!!エストレヤが不沈艦を持ち上げた!!!!!エストレヤが!!!!!ジャッカル・スミスに!!!!!ボディスラム!!!!!私の目が信じられません!!!!!不沈艦がマットに倒れこんだ!!!!!大ダメージ!!!!!そしてこれは・・・出たー!!!!!クロスフェイス!!!!!エストレヤのダイビングスプラッシュに並ぶ必殺技が炸裂!!!!!ジャッカル・スミス苦悶の表情!!!!!こんな顔見たことない!!!!!レフェリーが近付きます・・・おっと、技をかけながらマイクをこちらに向けろとアピール!!エストレヤ、何を喋るでしょうか!!」
『Ahh…This is Last Question⑧…DO YOU QUIT!?』
「直接尋ねた!!!マイクがジャッカル・スミスに向けられる!!!」
『A…a…I…I Quit…』
「決まったああああああああ!!!!!エル・エストレヤ!!!!!何という男だ!!!!!不沈艦が!!!!!マットに沈んだああああああああ!!!!!倒れこんだエストレヤ!!!!!そしてジャッカル・スミスは完全に落ちてしまってる!!!!!降参した直後に失神したか!!!!!何とか立ち上がって、観客にアピール!!!ふらつきながらコーナーに立ち、またアピール!!!観客からは怒号のような歓声!!!そしてジャッカル・スミスはまだ眠り続けている④!!!スタッフが担架を担いでやって来たが、これは載せるのも運ぶのも一苦労だ!!!」
試合中のことをスミスさんはこう振り返っています。
「試合はずっと俺が優勢であるという自信があった。目の前の相手は虫の息だし、あとは攻め込めばと思っていた。しかしあいつはこっちに目を向けた時、あいつの目の中に火が見えた⑩。闘争本能の火だ。構わず殴りかかったがひるまない。そしてその目でこっちを見ながら詰め寄った。大きく動揺した」
試合後、リング上でエストレヤは伝説的なスピーチを残しています。
『とても過酷な戦いだった。非常に苦しかった。試合の途中からずっと目の前がぼやけてた⑦。でも乗り越えられない壁ではないと感じていた。倒せない相手ではないと感じていた。そして倒した!皆に聞いてほしいことがある。そして頭の中のほんの片隅に留めておいてくれ。俺の故郷、バンバビロニアンは長く戦争の爪痕が残り苦しんできた。しかし最近はようやく立ち直り、また前へと歩みを進めようとしている。それでも災難は容赦なく降り注ぐだろう。無作為に、無差別に。そういった災禍に対して頭を抱えて縮こまってしまうのも無理はないかもしれない。しかし俺はこう思うわけだ。立ち向かえと。どんな災禍でもガッシリと立ち上がり立ち向かえば突破できると信じている。丸くなって災難が過ぎるのを待つのではなく、正面から星のように立ち塞がってほしい。『丸くなるな、星になれ』!』
その後、レスラー稼業と寄付活動を続け、34歳には丸々栄中南米王座を獲得、以後816日に渡って防衛する。この記録は2018年現在でも破られていない。35歳でついにサデス・ライナーと対戦。30分に及ぶ死闘の末に勝利。同年に一般人女性と結婚。その後も数々の強敵を打ち倒し、人々に勇気と希望を与えた。
1981年に第一子を設ける。しかし1982年、翌83年に父と母が相次いでこの世を去る。そして1985年7月、38歳の時、エル・エストレヤは引退発表した。引退の主な原因は長年に渡って激闘を続けてきたことによる慢性的な膝の怪我と内臓のダメージによるものだった。この頃には生まれ育った教会だけではなく、全世界の孤児や貧民の世話をしている施設にファイトマネーから資金援助を行うようになっていた。
同年8月の引退スピーチで彼は自らマスクを脱ぎ、本名と素顔を公開した。
そのスピーチの中で、迷惑をかけ続けプライドのために自らの正体を伝えることが出来ず、遂に亡くなってしまった父と母に対して涙ながらの懺悔を行った⑤。様々な表情を見せてきた彼が初めて人前で流した涙であった。同時に、自分の過去と考え、教会がエル・エストレヤの活動で有名になったことにより様々な支援を受けることができて安心したこと、そしてそれを知った時にかつての教会のように弱者を助けようと奔走しながら資金不足のためにそれが出来ないでいる人や組織を応援しようと思い実行した、などと語った。
「引退発表した後、兄が教会を訪ねてきました。当時は次男と四男は独立して、長男と私のみ残っていたのです」
モニカさんは当時をこう振り返る。
「まさかエル・エストレヤとしてファイトマネーを寄付し続けてくれていたなんて全く知りませんでした。彼はただひたすら家族や両親に対する謝罪を言葉にしていました。時々兄が私たちを放って遊んでいるのかと思ったりして・・・そんな私を恥じました。兄は家を出た時から引退するまでちっとも変わっていなかったのです」
引退後、チャリティー活動を続けながらも後進の育成に力を注ぐが内臓疾患は年々悪化。1987年9月16日、心不全により死去。40歳であった。
2018年現在。
丸々栄レスリングは2004年に丸々井レスリングと名前を変え、彼の命日ではエル・エストレヤ記念チャリティー興行を開催している。
父親を亡くした時は6歳だったマーシャス・オルテガさん。現在では37歳となり、父と同じくプロレスラーとなり、父と同じく世界中に名を轟かせた。
「少し運命みたいなものを感じずにはいられませんね。プレイスタイルは違っていたようですが、父には私と同じように図太い精神と信念を持っていました。怪我で早く引退したことも共通していますね」
彼は自虐的に笑った後、こう続けた。
「私は22歳で第一子を設けました。その子もプロレスラーとなり、今世界中を渡り歩き蹂躙・・・じゃなくて活躍しています。顔も若い頃の父にそっくりだそうです。最も父は公に素顔を晒したことなどほとんどありませんが」
これは日本の道徳の教科書。
エル・エストレヤ選手の生い立ちや経歴、功績が掲載されている。
その中には”不沈艦”ジャッカル・スミスをマットに沈めた試合とその試合後に行ったスピーチが掲載されている。
タイトルは『丸くなるな、星になれ』【問題文】
リングで強敵を倒し、人々に勇気を与えた伝説のレスラー、エル・エストレヤ。
彼の身体は教会の庭にある墓の下で両親と共に眠っている。
しかしその崇高な精神は今も生き続けている
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終
制作・著作
━━━━━
●●Ⓚ
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地の文が見事にドキュメンタリー番組のナレーションとして再生されます。
⑩の「火」が繰り返し様々な用法で登場するのが匠でした。
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【簡易解説】
黄金の船の置物が純粋な黄金製なのか、それとも化合物が混じっているか調べるように言われた男。
悩んでいたが、風呂に入った際に風呂からお湯がこぼれるのを見て、確かめ方を発見。
水を張った容器に置物とそれと同じ重量の金塊をそれぞれ沈めたところ、溢れた水の量が違っていたために化合物が混じっていると分かった。
その体験を基にとある原理を発見。
それは「アルキメデスの原理」。男の名はアルキメデス。当然物理の教科書に載っている。
【以下、簡易でない解説】
やあ!俺の名前はアルキメデス!古代ギリシャで数学やら物理学やってる人だよ!王様とも親しくやってたりするよ!やったね!
ある時、俺は王様に宮殿に呼ばれた。一体何の用だ?
「よく来たアルキメデスよ」
「まままままさか、俺に罰を与える気ですか!?」
「いや、頼みごとがあるんだけど」
「懺悔します王様⑤!王様が大事に取っておいたプリンを食べたのは私です!」
「いやお前が食ったんかいいい!!俺の大事なプリン!!どうしよう、誰も白状しないからもう100人近く拷問しちゃったよ!!いやプリンは今関係ないんだ!!」
「許してくださるんですか!?」
「許しはしねえよ!!でもそれどころじゃねえの!!・・・とりあえずこの船の置物を見ていただきたい」
「あ、これって長年王家が大事に受け継いできた歴史的な船の置物・・・」
「左様。我が王家の秘宝、黄金の船の像だ。まあこの大きさなら像というより置物に近いけど」
「私に下さるんですか!?」
「やらねえよ!?お前わりと一人で議論突っ走る癖あるよね!?まあいいや、そうじゃなくてだな。これが本物か偽物か確認してほしいのだ」
「偽物?」
「うむ。長年この秘宝を大事にしてきたのだが、ある日読んでた書籍に気になる記述があってな。本来は帆に〇が彫られているのが本物、と書かれていた。しかし私が今持っている置物には」
「・・・☆が彫られていますね」
「そう。もしかして偽物かと考えたが、調べるうちに☆が本物とか〇が本物とか、卍が本物とか色々出てきて分からなくなってしまった。」
「卍は普通に偽物では?」
「まあ私もそう思うけど、とにかく帆に彫られている形では判別できないという訳になった。唯一共通していたことは、『その船は純粋な黄金製である』という内容であった」
「ははあ、つまり・・・それが純粋な黄金製ではなく何か混ぜられていたとしたら偽物と?」
「そういうわけだ。これをお前に調べてほしい。この置物を一旦お前に渡そう」
「なるほど・・・いくつか質問していいですか?」
「無論」
「まず、これ分解していいですか?」
「え、何言ってるの?」
「分解して調べれば手っ取り早いかなって」
「止めて?それ王家の秘宝だよ?」
「でもこの辺引っ張ったら・・・」
「止めろおおおおお!!!秘宝に何してんのお前!?大体これ一体化してるの、バラバラとかにできないから!!」
「でもプラモデルみたいに分解して」
「お前完成してるプラモデル見かけたらとりあえず分解するタイプなの?やばいよお前!!とにかく分化せずに調べて!!!」
「じゃあ溶かしてもいいですか?」
「いいわけないだろ!!!分解するなって言ったのに何でもうワンステップ先へ行こうとするの!?分解も溶解もダメ!!そのままの形で調べて!!!」
「じゃあ最後の質問ですが⑧・・・」
「なによ」
「断ってもいいですか?」
「What?」
「俺このあと見たいドラマがあるので」
「麒麟の翼?」
「麒麟が来るですね。それ小説か映画なのでドラマはありません」
「まあ断ってもいいけど・・・そうしたらお前処刑な?」
「はい?」
「あと一週間以内に分からなくても処刑だよ」
「What?」
「王様の勅命だからな。断るとかそういう選択肢は無いんだよ」
「いや、でも」
「ほらよく言うじゃん。『王様の命令は』?」
「盤石!」
「お前去年のM-1観たの?」
「録画して320回くらい観ました!」
「そこまで来るとファンというより狂人だよね」
「かまいたちが一番好きです」
「すゑひろがりずじゃないんだ・・・まあともかく、今は国家の秘宝がもしかしたら偽物かもしれないという、王家を揺るがす大事件が起こっているのだ⑨。断るとか悠長なこと言ってられないんだよ」
「だったら他の学者に頼めば・・・」
「ここら辺の学者には大体頼んで皆処刑したからお前に頼んでるんだが?」
「王様すぐに処刑とか拷問とか止めてくださいよ!王様の悪い癖!」
「善処しよう」
「絶対治らないパターン!お願いします俺東京オリンピック見るまで死ねないんですよ!」
「だったら頑張って解明してくれ」
「俺のこと嫌いなんですか!?プリンなら謝ります!!」
「ならぬ」
「王様の肖像画に落書きしたことも謝ります!!」
「ならぬ」
「王様の王冠でハンドボールして遊んだことも謝ります!!」
「お前今までこの宮殿で何やらかしてくれちゃってんの!?」
「この通りです!!」
「ダメ!!!」
「くそっ、説得は振り出しに戻った①!!!」
「そもそもスタートすらしてねえんだよ!!!・・・まあとにかく頼んだ。研究に必要な物があれば何でも言ってくれ。報酬も望むものを好きなだけ与えよう」
「では麒麟が来るの製作再開を」
「私じゃなくて〇〇Kに言って」
とにかく困った。この置物が純黄金製か否かなんてどうやって確かめればいい?
とりあえず主な物理学の書籍は用意してもらった。これを読めば何か手掛かりが・・・ダメだ、達筆すぎて何て書いてあるか分かんねえ③!なんでこんな芸術的なフォントで書くんだよ、明朝体で書け明朝体で!
しかし本当に困った。場合によっては逃げ出そうとも考えたが、宮殿から出られそうな場所には漏れなく見回りがいる。黙って分解すれば分からねえよなとも思ったけど、ここ宮殿だしな~②。自宅でやっていいならバレないだろうけど、宮殿の中にも見回りとかいるから100%バレるよなコレ。
しかしどうすれば・・・あーもう分からん!!!一旦仮眠しよう。頭を働かせすぎて疲れたし、この状態で考え事しても良い方法が思い浮かぶ気がしない。寝よう。30分くらい。
・
・
・
・
・
やべえ寝すぎた!!!30分くらいで起きるつもりが、そのまま眠り続けて④7時間近く寝てしまった・・・さすがに寝すぎた。頭がボーッとする・・・
そういえば宮殿内には浴場もあったな。風呂入って頭シャキっとさせてくるか。
・・・いや、噂には聞いていたけど、想像以上にやべえな。
王家の浴場のお湯はめちゃくちゃ温度が高いって・・・
温度を確かめたわけではないが、分かる。だって滅茶苦茶湯気が立ち上ってるし。湯気ヤバすぎでしょ・・・立ち込めすぎて視界が悪いよ・・・目の前がぼやけちゃってるし⑦・・・あ、火は見えるわ⑩。湯気だらけの中でも浴槽の下の火は見えるわ・・・火っていうか炎だよねこれ。業火だよね。キャンプファイヤーに浴槽載せました、みたいな感じになってるんだけど、大丈夫?
しかしこれなら目が覚めそう・・・うわ、ナミナミじゃん。絶対入るとバシャーッってなるやつじゃん。まあいいや・・・
バシャーッ
やっぱりなった・・・てかやっぱり熱いな!!まあ目を覚ますには丁度いいかも。
・・・なんか変なおっさん来た・・・てかダルマみたいな体型だな・・・あれで入ったら・・・
バシャーッッッ
やっぱり盛大にバシャーッてなったわ。
・・・ん?
「思いついた!!!ありがとう変なおっさん!!!」
「うわあああ!!!なんだこの変なおっさん!!!」
「方法を思いつきました!!!」
「そうか!!どのようにしてやるのか!?」
「それぞれ同じ量の水を張った容器を用意して置物とそれと同じ重量の金塊を沈めます。もし置物が純金製だったら金塊と同じ量だけの水が溢れるはずです」
「何でそうなるの?」
「分かりません」
「分からんのかい」
「じゃあさっそく試しましょう」
「・・・や、ちょっと待って」
「はい?」
「そのやり方だと、船の置物と黄金を・・・」
「水に沈めます」
「待て待て待て!!!これ国の秘宝!!!そしてこれも黄金!!!水に沈めてもいいの!!?」
「そうは言っても・・・王様の言うことはー?」
「私がその王様なんだよ!!!」
「笑」
「何がおかしいんじゃボケェ!!!」
「まあまあ、まず船の置物を・・・右の容器にポーーーン!!!」
「置物おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「そして左の容器に黄金をポーーーン!!!」
「黄金んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!!」
「アハハハッハハハハハアハハ!!!!!」
「ねえ本当に分かるんだよね!?王家に対する鬱憤晴らしてるわけじゃないんだよね!!?」
結果、船の置物は黄金の塊より溢れた水の量は少なかった。つまり純金製ではないので偽物となった。
「うーん、やっぱり☆じゃなくて〇が彫られてるのが正解だったのか・・・」
「捨てちゃいます、その置物」
「いや、取っておく。なんつーか・・・〇より☆⑥の方が格好良くね?」
「それ重要?」
「この体験を基にアルキメデスは『アルキメデスの原理』を発見した。という逸話が残されています」
「・・・・・」
(何だこの物理の教科書・・・ワケの分からんこと載ってる・・・こんなことやった人間、本当にアルキメデスか?)
【終 ※諸説あります】
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しっかりとした簡易解説からの「やあ!俺の名前はアルキメデス!」のギャップたるや。
コントかというほどテンポの良いアルキメデスと王様のやりとりに笑いが止まりませんでした。
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投票会場設置はしばらくお待ちください。
(※本日昼〜夜には出題いたします)
現在【投票対象外】の投稿も受付けております!
タイトルに【投票対象外】を付けて投稿していただければ、サブ投票の対象とさせていただきます。[編集済]
時は江戸初期。
久しく戦はなくなり、侍勤めであった某も仕えた大殿の失脚に伴い職を失った。
いかにして食い扶持を稼ぐかと、女房姑にせっつかれ、始めたのが寺子屋であった。
もとより古典漢詩に造旨の深い方であったし、子供も嫌いではない。
丸い陣形より星の陣形の方が優れるかなどを考えるよりは性にあう(⑥)。
そう思っていろはの読み書きから儒学書指南まで手広く教えたが、なかなか繁盛はしないものだ。
困ったのは幼い寺子の多さであった。
我が家の蔵書にも限りがあるし、ものによっちゃあ達筆すぎて某が読むにも苦労した代物(③)。
年端もいかねぇ小僧たちにこれはちと難しい。
ただの読み聞かせで、こんこんと眠り続ける小童がでるのも何やら腹立たしい(④)。
はてさてどうやって教えるか。
ある夜寝床で思いついたのが、幼子の頃のおっかさんの読み聞かせ。
やれ桃が川から流れてくれば、いつのまにやら鬼退治。亀を助けりゃ竜宮城へ。
紡がれる寝物語に心が躍り、眠れなかったこともしばしば。
これはいいことを思いついたと笑みがこぼれたものの、鬼やら亀やら某も見たことがないものばかり。
見たこともないものは教えられん。
それならば自分で物語を作ればよいと思いついたものの、何をどう書けばよいやら悩むこと数刻。
眠気でぼやける目をこすり(⑦)、ふと耳を澄ますと軒下からなにやら物音がする。
ああこれはこの前の雨で住み着きやがった狸の野郎だと、ひとりごちて箒片手に庭に出るが、
どうも上手い具合に隠れてやがる。箒なんぞでは届きゃしない。
仕方なしに寝所へ戻るが、狸の奴は我関せずとかちかちと煩く物音を立てて寝られやしねぇ。
腹立ちまぎれに狸を懲らしめる方法を考えれば、出るわ出るわ。
先刻までの眠気はどこへやら、筆をとり思いつくままに物語を書き連ねた。
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さて今日は某の物語の初披露である。
それではまずは題から。「かちかち山」
うむ、狸の爪音の五月蠅さからとったが、なかなかよい食いつきだ。
自信満々諳んじる。
「むかしむかしあるところにいたずら好きの狸がいてな」
「ある日事件は起きた(⑨)。狸がおばあさんを殺してしまった」
「怒ったのは、おじいさんだ。」
「おじいさんは狸の背中に火をつけた!(⑩)」
物語を読み上げながら文字に書かせる。寺子もみな物語に興味津々といったところ。
調子に乗ったのが不味かった。
忘れちまったんだ。
次はどうだったのかとんと思い出せやしない。
思いつくにまかせて口走る。
「次にだ、からしをだな、狸の背に塗りたくってやったんだな、うん」
「からしを塗った後は・・・後は・・・。」
狸の背中に火でもつけるか、いやいや振出しに戻っていけねぇや(①)。
子供たちの目線が突き刺さる。
こんなことなら書き連ねた書を持ってくるべきだったと、後悔したとてもう遅い。
大船に乗ったつもりでまんまと沈んでいく思いであった。
大船・・・船・・・沈む。
ええいままよ。
「おじいさんは、ええと、船に狸の野郎を乗せて、その船をだな、沈めちまった」
「なんで船が沈んだかっていうとだな、ううむ、ああその船は泥船だったんだな」
筋書きはだいぶ変わっちまったが、なかなかどうしてそれらしい。
「狸はおばあさんを殺してしまったことをだな、謝りながら沈んでいったんだ(⑤)」
「さて最後に質問だ、おじいさんは狸のことを許したか?(⑧)」
最終的には徳なんてことも語って締め括る。
思いつきの割に、存外よい物語になったと得意満面。
実際この後から寺子の数が増え、某は物語をよく作るようになり、ついには教本なるものまでしたためた。
もちろん内容は某の作った物語が中心だ。著者として氏名も記してある。
このころには寺子屋の評判は時の将軍に届くほどで、若様の教本としても採用されたとかされないとか(②)。
某の作った物語たちが生き残っていくかは、神仏のみぞしるところだが、そう願ってやまないものである。
おしまい
【簡易解説】
かちかち山という物語を作ったことを機に、男は自ら幼子の教本を書くまでになった。
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かちかち山の誕生にそんな裏話があったとは。
単にかちかち山の物語が現代の教科書に載るのではなく、男が自ら教本を書くことになるとは、良い驚きでした。
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参加者一覧 20人(クリックすると質問が絞れます)
ご来場の皆様、紳士淑女その他の皆様。長らくお待たせ致しました! 結果発表のお時間です!
今回の創りだすでは、13人の素晴らしいシェフの方々によって、16作品が誕生しました。
また投票対象外作品も1作品投稿されております。
初めての方を含め多くの方にご参加いただけてとてもうれしいです。
みなさま、楽しんでいただけましたでしょうか……?
さてさてそれでは、ドキドキの結果発表です!
☆最難関要素賞
上位3要素の発表を……と行きたいところですが、いきなり第2位からの発表です。
*****
第2位(1票)
🥈「ふりだしに戻る」(休み鶴さん)
🥈「殿が関係する」(まりむうさん)
🥈「達筆すぎて何て書いてあるか読めない」(シチテンバットーさん)
🥈「事件は起きる」(フェルンヴェーさん)
🥈「火は見える」(すをさん)
第2位にどどんと5要素がランクイン!
いずれの要素も使おうと思えば使えるが、意味あるように自然に組み込むのが難しいという意見が見られました。
しかしそんな第2位もいずれも1票。ということは……。
第1位(9票)
🥇「〇よりも☆」(ごがつあめ涼花さん)
圧倒的な差をつけての最難関要素賞に輝きました☆
◯ってなに? ☆ってなに? 丸でも星でもないの?
と多くの人を混乱に陥れたこの要素……選者であるハシバミから懺悔いたします。
問題文でも触れた連想ゲームの通り、この問題には想定解がございました。
そうです、「榎本武揚だから」です。(※まとめも参照)
それを念頭に(なんとなく)置きながら要素を選出している中、この要素……選ばないわけにはいきませんでした。
(せめてものお詫びとして双六を創りました。なんでやねん)
もしやごがつあめさんには想定解がバレていたのでしょうか。
だとしてもこんな要素がぶち込まれるのは想定外です。
ごがつあめ涼花さん、おめでとうございます!
*****
次なる表彰は、匠、エモンガ賞!
1位発表とさせていただきます!
(2位3位は投票所にて発表しておりますので、併せてご確認ください!)
☆匠賞
匠の腕が輝いたのは…!!
(7票)
🥇『------号事件』(作・キャノーさん)
10個目の要素選定から2分という意味のわからないスピード投稿。
しかしながら投票理由として挙げられているのは史実に沿って無理のない要素回収。
特に最難関要素賞を受賞した⑥「〇よりも☆」の納得感が素晴らしい。
あれ、これもう答えでは? という見事な完成度でした。
キャノーさん、匠賞受賞おめでとうございます!
☆エモンガ賞
勝利のエモンガが微笑んだのは…!!
(8票)
🥇『波紋』(作・輝夜さん)
「美しい真円に刻印されたバッジ」――この時点で察した方もいらっしゃいました。
予想を裏切らず、期待を裏切らない切ない展開。
救われない二人の運命に、エモンガと叫ぶしかありません。
輝夜さん、エモンガ賞受賞おめでとうございます!
さてさて……これにてサブ受賞式は終了です。メイン表彰に移ります。
改めまして沢山の投稿、そして投票、ありがとうございました!
さてさて最優秀作品賞、気になる結果は…??
では、発表に移りましょう!
☆最優秀作品賞
第3位は……
こちら!
(4票)
🥉『池ちゃんと蒸気船と私 (※要知識)』(作・ほずみさん)
🥉『きみが目覚めた、その時は。』(作・リンギさん)
ポンポン船というアイデア、そこから教科書に載るまで。
発想への驚きと展開への納得感、そして物語への感動。
どの角度からも評価されたほずみさんの作品。
異能力という非現実要素をメインに扱いつつもリアルなストーリー。
そこから生まれるエモさと納得感。
匠賞、エモンガ賞ともに2位にランクインしているリンギさんの作品。
この両作品が第3位に選ばれました。
ほずみさん、リンギさん、おめでとうございます!
続いて……
第2位は……
こちら!
(5票)
🥈『アルキメですか?』(シチテンバットーさん)
成程と納得する真面目な簡易解説、からの本文!
コントのような解説に笑いが止まらない人が続出でした。
しっかり解説として納得させてからひたすら笑わせる手法で、見事に票を獲得されました。
シチテンバットーさん、おめでとうございます!
**
そして今回の激戦を勝ち抜いたのは、たった1作品!
発表します。
第1位に輝かれましたのは……
……こちら!
――懺悔しよう。俺はその様を、絶体絶命の具現とも思われるその景色を、美しいと思っちまった。
(8票)
🥇『画狂の浪裏』(作・すをさん)
今回の創りだすを制したのは、こちらの作品です!!!
誰もが知るあの作品。あの光景。
その裏を見事に描き出した文章に、気付けば引き込まれていた人も多いのではないでしょうか。
「船」から神奈川沖波裏を持ち出す発想力、そしてその物語の納得感と魅力で、最優秀作品賞に輝かれました!
すをさん、おめでとうございます!
そして
第23回、正解を創りだすウミガメ、シェチュ王に輝かれましたのは……
シェチュ王
👑すをさん👑
です! おめでとうございます!
それではこちらの王冠はすをさんに……
(^ ^つ👑ヽ (*^ ^*)
∧
すをさん、おめでとうございます!
以上をもちまして、結果発表を終わります!
なんどもミスをしてしまい申し訳ございませんでした。
ご指摘くださった皆様、暖かく(生温く?)見守ってくださった皆様、誠にありがとうございました。
おかげさまで最後まで無事進行することができました!
(ところでこれを書くにあたって前回出題時の文章をコピペして作業していたのですが、もしかして私、第20回を進行せずに信仰してました?)
……なにはともあれ、ありがとうございました!!!
※コインは順次ミニメにて送付いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ。
ハシバミさん、主催ありがとうございました!すをさん、シェチュ王おめでとうございます!ずっと憧れていた創りだすに参加することができ、とても嬉しく、楽しかったです。次回も楽しみにしております![編集済] [20年05月31日 21:22]
皆さんお疲れさまでした。主催してくださったハシバミさんありがとうございました。 受賞された方々、その中でもシェチュ王のすをさんおめでとうございます。 今回も素晴らしい作品が多かったです。 それだけに私は1票も得ることができず悔しい結果になりました。 次回も楽しみにしております。[20年05月31日 21:10]
船が沈んだことで、その人は教科書に載るほどの人物となった。
いったいなぜ?
■■要素一覧 ■■
①ふりだしに戻る
②殿が関係する
③達筆すぎて何て書いてあるか読めない
④眠り続ける
⑤懺悔する
⑥〇よりも☆
⑦目の前がぼやける
⑧これが最後の質問
⑨事件は起きる
⑩火は見える
■■ タイムテーブル ■■
☆要素募集フェーズ
5/15(金)21:00~質問数が50個に達するまで
☆投稿フェーズ
要素選定後~5/24(日)23:59まで
☆投票フェーズ
投票会場設置後~5/30(土)23:59まで ※予定
☆結果発表
5/31(日)21:00 ※予定
■■■■■■■■■■■■■
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【雪月花実卓】自作双六で遊んでみた
ーーーーーーーーーーーーー
身内間かつ自作ゲームのプレイなのでいつも以上にゆるぐだです。
っていつも書いている気がするのは気の所為気の所為。
前回:CKPゲームで遊んでみた→https://late-late.jp/mondai/show/4230(No.77-79)
投稿動画:mylist/xx10022287
Twitter:@SetsuGetsuKaTrpg
ーーーーーーーーーーーーー
!注意!
この動画には以下の成分が含まれます。
・身内間のゆるぐだ
・完全なる雑談
・大雑把なルール説明
・上記に基づくルール間違い、簡略化
→今回は自作ゲームなので我々がルールです
その他、視聴後はノークレームノーリターンでお願いします。
月「双六やろう」
雪「双六?」
花「なになに、お月さんからの持ち込みなんて珍しいじゃん」
雪「しかも双六なんて。そんな面白いのあったの?」
月「面白いかは保証できないね、自作だから」
雪「え、自作、月の?」
月「そりゃそうでしょ」
花「えええなにそれやりたい! やろう! 見せて!」
月「うん、だからやろうって言ってるんだけどね。はいこれ」
花「わあああすご……ろく? いやすごいけど。すごろくってこれ、ルートは?」
雪「ああ、何だっけ、出世双六?」
月「そう。種類でいうと飛び双六らしいけど、これも出世双六で合ってるよ」
花「え、なに、出世すごろくって一般常識なの? 私がおバカなの? おバカな花にも分かるように説明して」
月「説明しないとは言ってないでしょ。スタート位置からサイコロ振って、出た目に応じたマスに飛ぶの。ほら、スタートからだと奇数なら【留学】、偶数なら【漂流】」
花「あーなるほど、一本道じゃなくてあっちこっち行くってことね。なるほどなるほど。でも開始早々留学と漂流の二択なの?」
月「留学の対になるものが他に思いつかなくて」
花「うっそでしょ!? もっとあるでしょなんか……あるでしょ!?」
雪「ところで、いくつかのマスが隠されてるのは?」
月「それはゴールなんだけど、到達したら見せようかなって」
雪「へえ、よほどこだわってるんだ」
月「ん、んー、まあ出来についてはともかくね。あとこれマルチエンディングシステムだから」
雪「マルチエンディング」
月「せっかくだからね、面白いかなって。どれも上がりだけど点数が違うから、速さだけでは決まらないっていう」
花「はー、すごいねお月さん、さすがのこだわりよう。じゃじゃ、早速やろう! 誰からやる?」
月「花と雪でサイコロ振って、出目の低い方からでいいんじゃない? 私は最後でいいよ」
花「そう? じゃあそれでいこっか。えーっと、3!」
雪「5。じゃ、花からね」
花「はーい。というかナチュラルに低い方にしちゃったけど、すごろくなら出目高い方がいいよね。えーっと、あ、また3」
月「出世双六だしそうとは限らないけどね。じゃあ花は【留学】」
雪「じゃあ私。2だから早速【漂流】か」
月「2分の1だからね。あ、私は【留学】成功」
花「えーっと、4だから……【寝坊】?」
月「あ、そこは一回休み」
花「えっあっホントだ! 留学までして寝坊とかなにそれ〜」
雪「花はよくやるでしょ」
花「そうそう、目覚ましの音を聞きながら気づいたら目の前がぼやけてね、ってバカ!」(⑦)
月「貴重な実体験をありがとうございます。じゃ、雪振って」
雪「はいはい。6……は、書いてないけど」
月「書いてないのはそのまま待機。まあ一回休み状態だね」
雪「なるほど」
月「えっとじゃあ私か、5。【艦長】」
花「おおー、出世っぽい」
月「ぽいじゃなくて出世なんだけどね。じゃあ花は休みだから雪」
雪「4。私も【艦長】だ」
月「いいねぇ。じゃあ私は……【薩摩芋】」
花「なんで急にサツマイモ!?」
月「いや、なんか直接的な表現を避けたらこうなった。薩摩芋を食べるっていう」
花「全然意味分かんないんだけど……まあいいや、やっと振れるよ〜。1! ……って【漂流】じゃん!」
雪「眠り続けてたんだね」(④)
花「船で!? 漂流するまで!? 寝坊って問題じゃなくない!?」
雪「6。なんか出目高いな。【事故】」
月「早速船が事故ったね。私は……あー、【農家】コース行っちゃったか」
花「うわ、サツマイモ食べるだけで半分の確率で農家になるの? 凄いな……って二人とも進んでるのに私まだ漂流中だよ〜。今度こそ……5!」
月「あ、残念、ふりだしに戻ります」(①)
花「うっそでしょ!?」
月「まあ漂流したからね。最初に行ったとおり最後はゴールの点数で決まるし、まだまだ逆転できるよ」
花「ならいいけど〜」
雪「私は事故ったところか。えっと、【上司】……に船を取られる、一回休み。なにこれ」
月「まあ上司っていうか殿っていうか将軍っていうか」(②)
花「なんで突然将軍?」
月「ゴールしてからのお楽しみ。私は3。はい、【泥棒】に入られました」
花「そんな事件起こるの農家って……」(⑨)
雪「もう出世関係ないね」
月「まあ正直出世らしい出世は艦長とラストだけだね」
花「それもう出世すごろくじゃないじゃん! あ、私の番か、えーっと、やった、【留学】!」
雪「私は……あ、休みだった」
月「船取られちゃったからね。私は泥棒に入られて……ああ、次は【火事】だ」(⑩)
花「ねえさっきからお月さんの人生壮絶すぎない!?」
雪「それが人生だからね」
花「やだよぉそんな人生……でも私も漂流してた。幸せになりたい……あ、【結婚】!」
月「やったじゃん、もう一回振れるよ」
花「やったー! 2だからー【艦長】! やったー出世した!」
雪「おめでと。私も2だ、【沈没】。艦長になったのに上司に取られた挙げ句沈んだのか」
月「雪、また一回休みだね。さて、泥棒に入られて火事にあった後はー【新規事業】に手を出しまーす」
花「なんかお月さんだけ違うゲームやってるみたいだね……。ええっと、あ、私も【上司】に船取られたあ!」
雪「ご愁傷さま」
月「っと、雪は休みだっけ。このマス、ギャンブルなんだよね……自分でやることになるとは」
花「ギャンブル?」
月「そ。目を一つ指定して、その目が出れば50点、奇偶が合っていれば15点、奇偶も合わなければ20点減点」
花「へええ、いやほんとお月さんだけ別のゲームみたい。その下、なんて書いてあるの?」
月「【平凡エンド】」
花「平、え、全然読めないんだけど。というかここらへん全般的に字が、あの、達筆でいらっしゃいますね」(③)
月「私が読めるからいいの。最後はやっつけだったから一回休みとか待機とかのギミックがどんどんなくなっていったとかそんなんじゃないから」
雪「月って結構分かりやすいよね」
月「うーるーさーいー。で、ギャンブルねギャンブル。んーじゃあ指定は5で。行くよ……3。15点加算で【平凡エンド】」
花「って、そしたらお月さんもうゴールなんだ」
月「そういうこと。まあ点数次第だからね。同点ならゴール順だけど」
花「ふんふん、じゃあいっくよー……って、私休みだった」
雪「じゃあ私か。沈没したところだったから、2で【勝利】。え、何に?」
月「戦」
花「戦!? 戦してたの!? ええ怖……って私も【沈没】したぁ!」
月「ここで花が一回休みってことは雪が連続……と思ったけど雪もそのマスからだともうゴールだ」
雪「ほんとだ、エンド分岐だね」
花「え、じゃあ後は私がひたすらサイコロ振るだけ?」
月「まあそうなるね。うーん、ちょっとゴールに時間差できすぎかな」
雪「とりあえず振るね。6。【建国エンド】。建国?」
月「答え合わせは花がゴールしてからね。じゃあ花はひたすら振り続けて」
花「うう、虚しい……。もう一回休みも関係ないもんね。えいっ、うわしかも【敗北】!」
月「お、いいね」
花「何がいいの!? えっと次は、【投獄】……」
月「花もエンド分岐まで来たね」
花「もー……これもう駄目じゃない?」
月「いやいや、ここからでも最良エンドにいけるよ」
花「マジで!? 負けた上に投獄されてるんだけど」
雪「懺悔でもしたんじゃない? 罪を償って反省すれば許されて然るべきでしょ」(⑤)
月「というかまあこれも史実だからね」
花「ホントどういうことなの……行くよ、6!」
月「うわ、ほんとに行った。【史実エンド】」
花「え、なに? どういうこと?」
月「じゃあ全員ゴールしたから開けるね。はい。ゴールは五つあって、花の【史実エンド】が最高得点の50点。雪の【建国エンド】は二番目だね、40点。私の【平凡エンド】は20点で、ギャンブルの15点を足して35点。というわけで花の優勝です」
雪「あ、あー、建国ってそういう」
花「え、え、なに、どういうこと?」
月「ゴールにはちゃんと書いてあるでしょ。花は榎本武揚」
花「榎本武揚」
月「雪は新政府軍を打ち破って蝦夷共和国の独立に成功しましたとさ」
雪「将軍ってそういうことね」
花「え、なに、榎本武揚って誰」
月「出世双六はともかく榎本武揚は一般常識だよ。教科書に載ってるし」
雪「少なくとも資料集には載ってるね」
花「えええ」
雪「これ、史実エンドが最高得点ってことは辿り着きづらくなってるの?」
月「まあね。得点上位三つは【沈没】しないと行けない」
花「え、そこが分かれ道だったの!?」
月「ざっくり言えば【沈没】ルートと【農家】ルートかな。【農家】ルートに入ったらギャンブルで一発逆転を狙うしかない」
花「はへー……あ、あとさ」
雪「そろそろ尺ヤバイよ」
花「じゃあこれが最後の質問! この、これ、なに?」(⑧)
雪「ああ、この枠外の……歪な丸」
月「…………丸よりは星だと思うんだけど」(⑥)
花「え、星、ああまあ、言われてみれ、ば……?」
雪「で、なに……ああそうか、成る程、星ね」
花「なになに、説明してよー」
月「榎本武揚で星って言ったら一つしかないでしょ」
雪「月、絵はアレだからねぇ」
花「いいじゃん、私お月さんの絵も好きだよ、個性的で。で、なに?」
月「ただスペースが余ったから落書きしただけでしょ! ほらもう時間も押してるんだから! はい、ご視聴ありがとうございました!」
花「ちょっと、勝手に終わらせないでよ!」
雪「まあ、五稜郭だよね」
花「ごりょうかく? ってなに? 星なの?」
月「……一般常識だからね言っとくけど。はい、じゃあほら、今度こそちゃんとするよ」
「ご視聴ありがとうございました」
花「え、ねえホントに一般常識なの?」
【再生終了】
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【簡易解説】
榎本武揚を題材とした出世双六。その名が教科書にも載ることとなる【史実エンド】に辿り着くには、途中で【沈没】マスを通ることが絶対条件である。なお、蝦夷共和国が正式に認められる【建国エンド】でもおそらく教科書には載るが、いずれにしても【沈没】マスを経由する必要がある。
【歴史解説】
時は幕末、戊辰戦争。新政府軍により北へと敗走を余儀なくされた旧幕府軍は、ついに蝦夷地・箱館へ上陸する。箱館で新政府軍を迎え撃つ旧幕府軍であったが、悪天候により主力艦・開陽が座礁、沈没。これにより新政府軍の蝦夷地上陸を許すこととなる。その後各地で衝突し、奮戦やむなく旧幕府軍は新政府軍に敗れる。旧幕府軍の総裁であった榎本武揚は、しかしその才を認められ、新政府軍の一員に加わることとなった。
【つまり】
榎本武揚だから。
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