【正解を創りだすウミガメ】雨のち晴々【第22回】

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◆◆ 問題文 ◆◆

暗がりで静かに佇む男。
その目の前で雷が落ちたことで、男は忘れていた歌を思い出した。

一体どういうこと?



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第22回正解を創りだすウミガメがいよいよ始まったにゃん!今回は私「マクガフィン」が主催を務めさせていただくにゃん!よろしくにゃん!

………やめましょう。
えー失礼しました、せっかくの第22回、ニャンニャン回ですから猫要素を入れてみようかと思った結果、ただただ恥ずかしくなってしまいました。

さて、何かとイレギュラーなご時世ではありますが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?自宅から出られずやることがない…と嘆くそこのあなた!同じ問題文・要素から広がる創りだすワールドにお出かけしてみませんか?

前回から日も空かず、忙しなくて申し訳ありませんが、今回もサクッとルール確認していきましょう!
前回はこちら
https://late-late.jp/mondai/show/10136


★ 1・要素募集フェーズ ★
[4/11(土)21:00頃~質問が50個集まるまで]


まず、正解を創り出すカギとなる質問(要素選出)をしていただきます。


☆要素選出の手順

①出題直後から、YESかNOで答えられる質問を受け付けます。質問は1人4回まででお願いします。

②皆様から寄せられた質問の数が50個に達すると締め切りです。

③今回の特殊ルールとして、要素候補が5個投稿された時点でその中から1つ要素が選ばれます。

わかりやすく言いますと、質問No.1〜5が集まった時点でその中から1つ採用、No.6〜10が集まったら1つ採用、・・・というように、採用された要素がリアルタイムで増えていき、参加者もそれを見られるということです。

一度に4つ質問してしまえば高い確率で要素採用となりますし、今までに採用された要素を見ながら自分の要素投稿内容を調整することもできます(それまで高難度な要素ばかりだったら簡単めな要素候補を投稿するなど)。

良質以外の物は「YesNo どちらでも構いません」と回答いたします。こちらは解説に使わなくても構いません。

※矛盾が発生する場合や、あまりに条件が狭まる物は採用いたしません。
▼矛盾例
 田中は登場しますか?&今回は田中は登場しませんよね?(先に決まった方優先)
▼狭い例①
 ノンフィクションですか?(不採用)
▼狭い例②
 登場キャラは1人ですか?(不採用)
▼狭い例③
 ストーリーはミステリー・現実要素ものですよね?(不採用)

要素が揃った後、まとメモに要素を書き出しますのでご活用ください。


★ 2・投稿フェーズ ★
[要素選定後~4/21(火)23:59]


要素募集フェーズが終わったら、選ばれた要素を取り入れた解説を投稿する『投稿フェーズ』に移行します。
各要素を含んだ解説案をご投稿ください。

らてらて鯖の規約に違反しない範囲で、思うがままに自由な発想で創りだしましょう!

今回も原則として簡易解説をつけていただきたいと思います。

※過去の「正解を創りだす(らてらて鯖版・ラテシン版)」もご参考ください。
 ** ラテシン版 **
http://sui-hei.net/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1
 ** らてらて鯖 **
https://late-late.jp/tag/tag/%E6%AD%A3%E8%A7%A3%E3%82%92%E5%89%B5%E3%82%8A%E3%81%A0%E3%81%99%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A1


☆作品投稿の手順

①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。

②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、まだ前の方が投稿の最中である可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。

③まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。

④次の質問欄に本文を入力します。
「長文にするならチェック」がなくなりましたので、主催が長文許可を忘れてなければそのまま質問欄にて改行込みでのコピペが可能です。

⑤本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。


★ 3・投票フェーズ ★
[投票会場設置後~4/28(火)23:59]


投稿期間が終了したら、『投票フェーズ』に移行します。
お気に入りの作品、苦戦した要素を選出しましょう。


☆投票の手順

①投稿期間終了後、別ページにて、「正解を創りだすウミガメ・投票会場」(闇スープ)を設置いたします。

②作品を投稿した「シェフ」は3票、投稿していない「観戦者」は1票を、気に入った作品に投票できます。
その他詳細については投票会場に記します。

※投票は、1人に複数投票でも、バラバラに投票しても構いません。
※自分の作品に投票は出来ません。その分の票を棄権したとみなします。
※投票自体に良質正解マーカーはつけません。ご了承ください。

③皆様の投票により、以下の受賞者が決定します。

 ◆最難関要素賞(最も票を集めた要素)
 →その質問に[正解]を進呈

 ◆最優秀作品賞(最も票数を集めた作品)
 →その作品に[良い質問]を進呈

 ◆シェチュ王(最も票数を集めたシェフ=作品への票数の合計)
 →全ての作品に[正解]を進呈
 

→見事『シェチュ王』になられた方には、次回の「正解を創りだすウミガメ」を出題していただきます!

※票が同数になった場合のルール
[最難関要素賞][最優秀作品賞]
同率で受賞です。
[シェチュ王]
同率の場合、最も多くの人から票をもらった人(=複数票を1票と数えたときに最も票数の多い人)が受賞です。
それでも同率の場合、サブ賞である匠票・エモンガ票も合算します。
それでも同率の場合、出題者も(事前に決めた)票を投じて再集計します。
それでもどうしても同率の場合は、最終投稿が早い順に決定させていただきます。


■■ タイムテーブル ■■

☆要素募集フェーズ
 4/11(土)21:00~質問数が50個に達するまで

☆投稿フェーズ
 要素選定後~4/21(火)23:59まで

☆投票フェーズ
 投票会場設置後~4/28(火)23:59まで ※予定

☆結果発表
 4/29(水・祝)21:00 ※予定


◇◇ お願い ◇◇

要素募集フェーズに参加した方は、できる限り投稿・投票にもご参加くださいますようお願いいたします。
質問だけならお手軽気軽、でもメインはあくまで投稿・投票。
投稿は意外と何とかなるし、投票もフィーリングで全然OKです。心向くままに楽しみましょう!
もちろん投稿フェーズと投票フェーズには、参加制限など一切ありません。
どなた様もお気軽にご参加ください。



◇◇ コインについて ◇◇
シェチュ王……400c
最優秀作品賞…100c
最難関要素賞…10c
シェフ参加賞…5c
投票参加賞……5c
上記の通り賞に応じてコインを差し上げますので、皆様ぜひお気軽にご参加ください。


ここまで長い説明をお読みいただきありがとうございました!
それでは、これより要素募集フェーズを始めます。質問は一人4回まで!

れでぃーーごーー!!
[「マクガフィン」] [☆☆編集長]

【新・形式】20年04月11日 21:00

結果発表致しました!皆様のご参加、心より御礼申し上げます!

正解を創りだすウミガメ
新・形式
No.1[ごがつあめ涼花]04月11日 21:0004月11日 21:03

空が青いから、ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.2[シチテンバットー]04月11日 21:0104月11日 21:03

男は貧しい農夫ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.3[靴下]04月11日 21:0104月11日 21:03

金曜日の夜ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.4[シチテンバットー]04月11日 21:0104月29日 21:25

薬を探しに森にやって来ますか?

1

YES!!薬を探しに森にやってきます!① [正解][良い質問]

1

No.5[シチテンバットー]04月11日 21:0204月11日 21:03

望みを一つだけ叶えてもらいますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.6[シチテンバットー]04月11日 21:0204月11日 21:04

大きなアレがほしいですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.7[弥七]04月11日 21:0204月11日 21:04

五月雨を「ごがつあめ」と読みますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.8[靴下]04月11日 21:0204月11日 21:04

鶏肉が取りにくいですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.9[Hugo]04月11日 21:0304月11日 21:04

義手をつけていますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.10[ごがつあめ涼花]04月11日 21:0304月11日 21:15

性別を間違えますか?

1

YES!!性別を間違えます!② [良い質問]

1

No.11[リンギ]04月11日 21:0304月11日 21:09

それは紛れもなくヤツですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.12[靴下]04月11日 21:0304月11日 21:09

焼肉が焼きにくいですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.13[靴下]04月11日 21:0404月11日 21:09

そろそろ乗り換えますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.14[ごがつあめ涼花]04月11日 21:0704月21日 00:50

いちばん、は重要ですか?

1

YES!!「いちばん」は重要です!③ [良い質問]

2

No.15[Hugo]04月11日 21:0704月11日 21:34

祝福を受けますか?

YES NOどちらでもかまいません

1

No.16[ラピ丸]04月11日 21:0704月11日 21:10

醤油ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.17[ラピ丸]04月11日 21:0804月11日 21:10

「くらい」は関係ありますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.18[ラピ丸]04月11日 21:0804月11日 21:10

ネクタイが黄色ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.19[ジャンプ]04月11日 21:0804月11日 21:10

晴れていたのに、雷が落ちてきましたか?

YES NOどちらでもかまいません

No.20[ラピ丸]04月11日 21:0904月11日 21:15

歓迎されましたか?

1

NO!!歓迎されませんでした!④ [良い質問]

1

No.21[Hugo]04月11日 21:1004月11日 21:14

豚を食べることはできないと言いますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.22[ジャンプ]04月11日 21:1004月11日 21:15

馬は出てきますか?

YES!!馬が出てきます!⑤ [良い質問]

1

No.23[リンギ]04月11日 21:1004月11日 21:14

乱入者はいますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.24[ごがつあめ涼花]04月11日 21:1204月11日 21:14

丸よりも、三角ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.25[Hugo]04月11日 21:1304月11日 21:14

セミロングの方のセミですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.26[ジャンプ]04月11日 21:1304月11日 21:26

車椅子に乗っていますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.27[ハシバミ]04月11日 21:2204月11日 21:26

白旗をあげますか?

YES!!白旗をあげます!⑥ [良い質問]

No.28[ハシバミ]04月11日 21:2304月11日 21:26

電気をつけることはできませんか? [編集済]

YES NOどちらでもかまいません

No.29[リンギ]04月11日 21:2404月11日 21:26

メガネを取ったら美形ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.30[弥七]04月11日 21:2504月11日 21:26

血液はオレンジの香り、ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.31[ジャンプ]04月11日 21:2804月11日 21:35

小説を読みますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.32[フェルンヴェー]04月11日 21:3304月11日 21:35

夕日は綺麗ですか?

YES!!夕日は綺麗です!⑦ [良い質問]

No.33[フェルンヴェー]04月11日 21:3404月11日 21:35

傘をもってますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.34[ひややっこ]04月11日 21:3404月11日 21:35

解読不能ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.35[イナーシャ]04月11日 21:3404月11日 21:35

空を見上げますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.36[すを]04月11日 21:3504月11日 21:38

呪いは解けますか?

YES!!呪いは解けます!⑧ [良い質問]

No.37[OUTIS]04月11日 21:3504月11日 21:38

大切な人を失うかナ?

YES NOどちらでもかまいません

No.38[さなめ。]04月11日 21:3604月11日 21:38

生粋のにゃんこみたいですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.39[OUTIS]04月11日 21:3604月11日 21:38

失ったものは取り戻せないかナ?

YES NOどちらでもかまいません

No.40[ししゃも]04月11日 21:3604月11日 21:38

ケータイ電話を使用したことがありませんか?

YES NOどちらでもかまいません

No.41[イナーシャ]04月11日 21:3604月11日 21:40

あらゆるものを犠牲にしてでも欲しい何かがありますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.42[OUTIS]04月11日 21:3604月11日 21:40

間に合わなかったかナ?

YES NOどちらでもかまいません

No.43[さなめ。]04月11日 21:3604月11日 21:40

1羽の折り鶴は重要ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.44[ひややっこ]04月11日 21:3604月11日 21:40

触れることは許されませんか?

YES NOどちらでもかまいません

No.45[さなめ。]04月11日 21:3704月11日 21:40

意外と可愛いですか?

YES!!意外と可愛いです!⑨ [良い質問]

No.46[ししゃも]04月11日 21:3704月11日 21:42

双子は重要ですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.47[イナーシャ]04月11日 21:3704月11日 21:42

魔法は関係ありますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.48[すを]04月11日 21:3704月11日 21:42

その時は笑顔でしたか?

YES!!その時は笑顔でした!⑩ [良い質問]

No.49[きっとくりす]04月11日 21:3704月11日 21:42

お父さんが怖いですか?

YES NOどちらでもかまいません

No.50[ひややっこ]04月11日 21:3704月11日 21:42

めでたしめでたしにしてみせますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.51[イナーシャ]04月11日 21:3804月11日 21:43

座り込みますか?

YES NOどちらでもかまいません

No.52[すを]04月11日 21:3804月11日 21:43

最初で最後でしたか?

YES NOどちらでもかまいません

No.53[さなめ。]04月11日 21:3804月11日 22:28

編集済み [編集済]

1

YES NO編集しなくてもかまいません

1

ストップ、ストーーップ!50質問で締め切らせていただきます(^^)
No.54[ししゃも]04月11日 21:3804月11日 21:43

月がきれいですね、と言われますか?

YES NOどちらでもかまいません

要素募集へのご参加ありがとうございました!
それではただいまより、投稿フェーズへと移ります!
投稿フェーズの締め切りは4/21(火)23:59となります。[編集済]
★投稿の際の注意★

①投稿作品を、別の場所(文書作成アプリなど)で作成します。
質問欄で文章を作成していると、その間他の方が投稿できなくなってしまいます。
コピペで一挙に投稿を心がけましょう。

②すでに投稿済みの作品の末尾に終了を知らせる言葉の記述があることを確認してから投稿してください。
記述がない場合、前の方がまだ投稿中の可能性があります。
しばらく時間をおいてから再び確認してください。
③まずタイトルのみを質問欄に入力してください。
後でタイトル部分のみを[良質]にします。

④次に質問欄に本文を入力します。
本文の末尾に、おわり、完など、終了を知らせる言葉を必ずつけてください。
No.55[OUTIS]04月11日 22:0704月22日 00:13

【末路】

作・OUTIS [良い質問]

No.56[OUTIS]04月11日 22:0704月29日 00:05

私は、もうどうしようも無かった。
そこそこの大学を出て、有名な企業に就職できたものの最初から歓迎はされていなかったんだ。④
それに気づかずにあの時は馬鹿みたいにニコニコと笑顔で・・・⑩
そのうち会社の居心地が悪くなってプライベートで趣味でも始めようかと競馬に手をだしたのも悪かった。⑤
有り金を全部すっちまった。
賭け事ってのは呪いみたいなもんだな。
金が無くなっても借金してまでやっちまう。
でも、そんな呪いも今日で解ける。⑧
俺はもうこんな人生お手上げだ、白旗だ。⑥
俺みたいな大馬鹿者にゃちとこの人生はきつすぎた。
馬鹿につける薬は無い、馬鹿は死んでも治らないっつーけどさ、せめて俺みたいな大馬鹿者にゃあ自殺って選択肢の薬が欲しいわけよ。①
そんなわけで、持ってきたロープを取り出して木に括り付ける。
まあ、事務仕事やってたせいか首吊る縄をうまく結べるってのは皮肉だいな。
さて、死ぬか。
縄に首をかけて・・・
パァーンッ
何かが弾けるような音がして、視界が白に包まれた。
目の前の木に、雷が落ちたようだ。
それを見ている俺は・・・頭を打ったみたいだな、足を滑らせた気がする。
目の前で木がボウボウと燃えている。
真っ赤な炎。
~燃えろよ燃えろよ、炎よ燃えろ♪
ふと、子供の頃林間学校で歌った歌が頭の中で流れ始めた。
昔は良かったなぁ・・・
そう言えば、昔好きな女の子が居たな・・・あいつ、どうしてるかな。
最初は男だと思ってたんだっけ、なんでだっけな。②
ああ、そうだ。いっつも喧嘩口調でぶっきらぼうだったんだ。
何でもかんでも一番目指してて。③
そう、林間学校のときにも雷が落ちて・・・
あの時だ、キャッなんて声出すもんだから、意外と、可愛いなって、思って。⑨
それで、告白、したっけな、どうでもいいか。
パチパチ パチパチ
火の粉が、舞ってらぁ。
綺麗だなぁ・・・
あの時は、何でも綺麗に・・・見えて、夕日も・・・綺麗だったなぁ・・・⑦
そこで男の意識は途絶えた。
【簡易解説】
雷が落ちて木が燃えた様子がキャンプファイヤーに似ていた為、林間学校で歌った歌を思い出した。
ー了ー
[編集済]

あれっ、見間違いでしょうか?私の目には投稿日時がとんでもない速さに見えるんですが…前回主催した時もOUTISさんがトップでした。いささか早すぎます(^◇^;)
ある方も仰っていましたが、(良い意味で)普段のOUTISさんの作品のイメージとは異なり、くだけた口語が新鮮な一人称主体の作品でした。それが自死直前の自暴自棄な心情と相まって不思議なリアリティを伝えています。雷→キャンプファイヤーという連想もお見事でした。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.57[イナーシャ]04月12日 00:2304月22日 00:13

『世界で一番大切な人』

作・イナーシャ [良い質問]

No.58[イナーシャ]04月12日 00:2804月29日 00:06

【詳細解説】
『人間の国の王女が受けた呪いを解くため、霊薬の材料を集めろ』
それが今回カメオが受けたクエストだ。
指定された材料は『世界樹の葉』。
『世界樹の葉』はそれ単体でも回復薬として機能するほど癒やしの力が強いが、世界樹があるエルフの森はエルフにしか立ち入ることが出来ない。
故に、エルフの冒険者であるカメオに依頼が回ってきたのだろう。
カメオは①世界樹の葉を求め、エルフの森を訪れた。

(懐かしいな……)

この森、危険な魔女が住んでいるため立ち入りが制限されているのだが、子供の頃からフリーダムだったカメオは構わず遊びに行っては大人たちに叱られていた。
とはいえ、カメオも意味も無く決まりを無視していたわけではない。

(あいつ、元気かな……)

カメオには幼馴染みがいた。
エルフの里では珍しい、人間の男の子。
里で大勢の護衛を引き連れていたのが酷く目立っていた。
ある日、そんな彼が一人⑦綺麗な夕日が差す森の中で佇んでいたのをカメオが見つけ、声をかけたのが最初だった。
その後しばらくしてカメオは魔女から呪いを受け、それが原因で里から追放されてそれっきりなので、付き合いとしては決して長くないのだが。

(おっと、今は仕事に集中しよう)

その後カメオは無事世界樹の葉を手に入れ、⑤愛馬に乗って人間の国の王城を訪れた。

「……何の用だ?」
「王から依頼を受けた冒険者だ。通行証もある」
「……通ってよし」

(④歓迎されてないな……まぁ仕方ないか)

カメオはかつて受けた呪いのため、顔が醜く変じてしまっていた。
自分で鏡を見ても気持ち悪くなるくらいなので、他者が悪感情を抱くのも仕方が無い。
とはいえ、仕事で訪れている以上回れ右して帰るわけにもいかない。
カメオはため息を堪え、城の門を潜った。

しばらく後、カメオは混乱していた。
普通、国からの依頼であっても納品するのは役人相手だ。
今回は物が物なので謁見の間で直接王に渡す可能性はあるな、と考えてはいた。
しかし、直接王女の私室に通されるのは想像の埒外である。
その上、王女のこの発言である。

「久し振りですね、カメオ」

カメオとしては、初対面のつもりだった。
しかも様子を見る限り、顔見知り程度ではなく明らかに親しみを持たれている。
その笑顔はなんとなく見覚えがあるのだが、答えには至らない。
まさかこの状況で「誰?」とも言えず、固まるしかない。
そして状況は更に動く。

「ラテコおおおおおお! おまえまた勝手に王命出したな!? せめて一言言えと言ってるだろうが!」
男が乱暴に扉を開けて怒鳴り込んできた。
衝撃で燭台の一つが倒れ、部屋の一角が暗がりになる。
それでも人の顔が判別できる程度の光量はあり、カメオはその男の顔に見覚えがあることに気付いた。

「あれ、おじさん……?」
「ん? その呼び方に、その耳……もしや、カメオ君か? なんと、久しいな! エルフの里で別れたきりだから、十年振りか……」

彼はあの幼馴染みの父親だった。
追放される直前、二人で森に立ち入っていたことがバレて大目玉を食らったのでよく覚えている。
彼が何故、こんなところに……しかもよく見れば、頭に王冠らしき物を被っている。
混乱し、無言で佇むほか無いカメオ。

「お父様、感動の再会を邪魔しないでいただけます?」
「ッ、こんっの……馬鹿娘がああああッ!」

全く動じずブレない少女と、彼女を娘と呼び特大の雷を落とす幼馴染みの父。
その光景が、かつての想い出と重なった。

「まさか、ラテオ……?」
「ええ。また会えて嬉しいですよ、カメオ」

……②幼馴染みの男の子は、幼馴染みの女の子だった。

確かに、思えば男の子にしては可愛い顔付きだった。
⑨⑩不意に浮かべた笑顔が意外に可愛かったのに動転して挙動不審になったりしてたし。

その後、混乱しつつもラテオ……いや、ラテコから事情を聞いた。
エルフの長との秘密交渉のため、身分を隠し変装もして里に来ていたこと。
追放されたカメオをずっと探していたこと。
カメオらしきエルフの冒険者が調査の過程で浮上し、今回の依頼に至ったこと。
王命を勝手に使ってまで調べていたと聞いて、カメオは頭を抱えるほか無かった。

「滅茶苦茶しすぎだろ……」
「バカをやらかして魔女の怒りに触れた愚かな女の身代わりに呪いを受けた貴方を見殺しにできるわけがないでしょう?」
「手段を選べって言ってんの!」

「わかる」とばかりに深く頷くおじさん、もとい国王。

「まぁいいや……これでお前の呪いが解けるなら無駄って事もないだろうし。というか呪いに縁ありすぎじゃないか?」
「あ、それは嘘です」
「お前ほんといいかげんにしろよ?」

ラテコが滅茶苦茶過ぎておじさんの頭皮が心配になるカメオ。

「ああ、無駄にはならないので安心してください。貴方の薬を作りますので」
「俺の?」
「何を不思議そうな顔をしているのですか。私のせいで呪いを受けたのですから、私が責任を取るのは当然でしょう?」

まぁ、その理屈はわかる。

「なので結婚しましょう」

うん、その理屈はわからない。

「傷物にしたんだから責任取らなきゃですよね?」
「それ男が言う奴じゃない?」
「じゃあ責任取ってください」

『ごめんなさい、僕のせいで……』
『呪いくらい大したことねーよ! 俺の顔なんかどうでもいい、ダチが……お前が③一番大切だからな!』
『……本当ですか? これからも、ずっと?』
『ホントだっての! 約束だ!』
『……じゃあ、指切りしましょう』
『おう!』
『『ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます、ゆーびきった!』』

「……あの日から、私にとっても貴方が③一番大切な人になったんですよ?」
「……その言い方は卑怯だろ……」

カメオは⑥白旗を揚げ、ラテコの申し出を受け入れた。

⑧呪いが解け美しい顔を取り戻したカメオと、十年越しの思いを遂げたラテコ。
後日行われた二人の結婚式には多くの人が詰めかけ、二人は国中から祝福されましたとさ。

【完】



【簡易解説】
少女が父親に叱られた(雷を落とされた)場面に立ち会ったことで、昔同じようなことがあったのを思いだした男。
それをきっかけに少女が長らく会っていなかった幼馴染みであることに気づき、同時にかつて指切り歌と共に幼馴染みと交わした約束を思い出した。
[編集済]

ハイファンタジーの世界観を描くことで、ひとつひとつの要素を無理なく回収している印象です。2番手にして『雷が落ちる』を叱る意味で使っていただけたので、主催者としてもしめしめと喜んでました。
『あの日から貴方が一番大切な人になった』には胸を掴まれる心地がしました。2人のハッピーエンドにエモンガです。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.59[ジャンプ]04月12日 15:4704月22日 00:13

「消えた歌」

作・ジャンプ [良い質問]

No.60[ジャンプ]04月12日 15:4804月29日 00:07

【解説】
男の母親は歌手だった。男は母親の歌う歌が大好きだった。

ある夕日が綺麗⑦な日、男と母親が一緒に歩いていると、そこに車が突っ込んで来た。
男は軽傷で助かったが、母親は亡くなってしまった。
男は、そのショックで、事故以前の記憶を忘れてしまった。
医者は男の記憶を取り戻すために様々な治療を試したが、どれも効果はなく、男の記憶を取り戻す方法はないと、ついに白旗を上げてしまった⑧。

何をする元気も無くなってしまった男は、明かりもつけずに部屋の隅で佇んでいた。

そんな男を心配する青年がいた。男の弟だ。
弟は、男が早く元気になるようにと、毎日のように遠い森まで馬⑤を走らせて、薬草を探した①。それを男のところに持って行ったが、歓迎されることはなかった④。
男が曇らせた顔のまま「お嬢さん、また来たの…」と言うのを聞き、弟は、男の記憶が戻っていないことを知るのだった。
弟は、意外と可愛い⑨中性的な顔立ちをしていたため、男は、弟を女性と間違えていたのだった②。

ある大雨の日、男がぼんやりと窓の外を見ていると、家の近くに雷が落ちた。
雷を見て、男は、全てを思い出した。
まるで、男にかかっていた呪いが解けた⑧かのように。

優しかった母のこと。
大好きだった母のこと。
悲しかった母との別れ。
そして、幼かったころ、雷を怖がる男のために歌ってくれた、男が1番③大好きだった優しい歌声を。

男の中の止まっていた時計は、再び動き出し、母のような歌手になるという夢も見つけ、歩き出した。
その時の男の顔は、希望に満ちた笑顔だった⑩。

【簡易解説】
男は歌手の母親を事故で亡くした。
その際に、事故以前の記憶を無くしてしまった。
しかし、目の前で雷が落ちたのを見て、記憶を取り戻した。
それは、幼い頃、雷を怖がる男のために母親が歌ってくれたからだ。
【終了】

創りだすとしては短めの作品ながら、要素も物語も欠けることなく十全に描かれています。ウミガメの解説らしく端的にまとめる力、私も欲しいです。
記憶喪失を持ち出すことで、雷をきっかけに思い出すという一連のストーリー展開を納得感のあるものにしていると感じました。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.61[リンギ]04月12日 21:5404月22日 00:13

かなりや(※要知識問題) [編集済]

作・リンギ [良い質問]

No.62[リンギ]04月12日 21:5504月29日 00:08

※簡易解説は1番下にございます。


最近変な夢を見るんだ。
いっつも同じ夢なのさ。


俺は【①薬草を探しに森にきてンだ】。かごにいっぱいのヨモギやらアカザやらが入ってて、さぁ帰んべってなったとき、はたと気づくんだ。

…帰り道が分かんねーんだ。

薬草を取りにきたことは覚えてんのに、そのあとの行動はどうすればいいのか、てんで分からねぇ。
しばらく森ん中を彷徨ってた。

そうしてるうちに開けた場所に出るんだ。
何が見えたと思う?…夕日だよ。
森かと思ったら山だったのさ。まぁ森も山も大差ねぇ。そこはいいんだ。

その夕日がな、いやにキレイなんだ。見惚れちまうくらいに。

風流とはてんで縁のねぇこの俺がだぜ?異常だろ?
…おい笑うとこじゃねぇぞ。ったく。

…あぁ、いつの間にか、拾ってきた薬草はどっかいってたな。

しばらく見惚れてたら、後ろから気配がするんだ。
振り返ったら変な緑色をした【⑤馬がいた】。馬の上には鳥も止まってたな。緑の馬と、黄色い鳥と、誰か。姿はぼやけて分からねぇ。
たぶん男だ。…なんでか嫌な感じがした。

【⑦夕日は綺麗】だが、それに半比例してそいつらはなんだか気持ち悪くてなんねぇ。

そいつらはじりじり寄ってくる。
俺は逃げようとするが、逃げられねぇ。
なんでか穴の中にいるのさ。訳が分からねぇが、夢だからな。脈絡なんてあったもんじゃねぇ。
四方八方土で、見上げればさっきの馬と鳥と男さ。
土が降ってくンだ。埋めようとしてやがんだ…。
そこで…。

「…で、目が覚めるってわけ」

からん、とロックの氷が溶けて音を立てた。
薄暗いカウンターで話を終えた男は、無言で酒をあおった。

「…ここ毎日見るんだ。気味が悪くてダメだ」
「なるほど?誰でもいいから吐き出したかったわけね?は~ぁ、アンタにとってアタシは都合のいい女ってわけ。薄情な男~!」
「誰が女だ誰が。ヒゲ生やしておいて間違えようがねぇだろ」

露出の多い服とアゴヒゲの女…ではなく男に、呆れを零す。
この2人はいわゆる幼馴染であり、間違える間違えない以前の関係だ。

「ウミオ、もう1杯くれ」
「もう!アタシのことはウミコかママって言いなさいよ!もう1杯ね!」

ウミコが酒の準備をしている間、男は夢のことを思い出していた。

(森、山、夕日、黄色い鳥に、馬…?男…?)

なにかが引っかかるような。
これらの要素が自分の脳裏をかすめているのは確かなのだが。

「…なんか心当たり、ないの?」

作った酒を差し出しながら問いかける。
ない、と短く答え酒を受け取る。

「…じゃあ、他になんか見てない?ホントにその夢しか見てないの?」

深く掘り下げようとするウミコに怪訝な顔をしながらも、男は夢の記憶を掘り起こしてみる。

「どうだかな…。関係あるかは分かんねぇが、断片的に覚えてンのはなんかの…植物?木?」
「曖昧ねぇ~」
「うっせぇよ。夢なんだからしゃーねぇだろ。ホントに嫌な夢なんだよ。帰り道は分かんねーわ、埋められそうになるわ、あとぶたれそうにもなったっけな。散々だ。ただ…」
「…ただ?」

「なにかが沸き上がるような、不思議な気分にもなる…」

じっと見つめるウミコをよそに、一気に酒を飲み干す。
立ち上がり勘定の準備をする。ウミコもそれを見て動いた。

「それにしても毎日同じ夢を見るなんて、まるで呪いね」
「呪い…」

馬鹿馬鹿しい。

そう吐き捨てると、ウミコは低い声で言い放った。

「そうね。…大事なことを丸々すっぽり忘れてるなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるわ」
「あぁ?」
「なんでもないわよ!さぁさ、勘定が済んだならとっとと帰った帰った!」

ひらひらと追っ払うウミコに盛大にため息をつきながら、男は帰っていった。

「…ホント、どうしようもないバカな男…。呪われて然るべきだわ…」

男の背中をにらみながら零したそんな言葉を、男は知らない。

「黄色い鳥、ね…」







夢を見たんだ。
いつもの、あの、呪いの夢。
まただ。また俺はかごにたくさんの薬草を入れて、帰り道も分からず彷徨っている。
なんでなんだ?なんで俺は帰り道が分からねぇんだ?

これじゃあまるで迷子、
もしくは知らないところに置き去りにされて捨てられた子供みたいじゃないか。

そして毎回、開けた場所で夕日に見とれて、緑の馬とその上にとまる黄色い鳥と、謎の男に会う。

こっから先は、二択だ。

穴に落ちて、埋められそうになるか、ムチでぶたれるか。
趣味じゃねぇよ。気色悪い勘違いはよしてくれ。

…この夢に関して、思い出したことがある。
そこで黄色い鳥とあの男が、口を開くんだ。

何を言ってるのかは分かんねぇ。
なにかを口ずさんでいる。

それが、どうしようもなく、なにかを思い起こさせるんだ…。
でも、それがなにかが分かんねぇ…。

分かんねぇのが、怖いんだ…。
それじゃ駄目だと、俺のどこかで騒いでンのに、それでいいんだと、なだめてくる俺もいる…。

この夢はなんなんだ?
俺は、なにか、とんでもねぇことを、しでかしちまったのか…?

夢を見たんだ。
いつもの、あの、呪いの夢…




「アンタ…こんなところでなにしてんの…!?」

店を閉め、自宅に帰ろうとしていたウミコは、なぜか店の前にいる男に驚愕した。
前にきたときから1週間。久々に顔を出したと思ったら。
電気も消えて真っ暗になったところに立っている男、というのは本当に肝が冷える。

「なぁ、ウミオよ、店もっぺん開けてくれよ。昔なじみのよしみでよ…」
「アンタなに言ってんの…!?どうしちゃったのよ!」

ウミコの問いかけにも答えず、壊れたように夢の話を繰り返す男。

「この夢はなんなんだ?もう俺はダメだ…。【⑥白旗】だよ。もう、耐えられねぇ…!俺は、なにか、とんでもねぇことを、しでかしちまったのか…?」
「……」

「分からねぇ…分からねぇよ…!俺がいったい何をしたってンだ!?」
「…そうよ。アンタはとんでもないことをしでかしたのよ」

ウミコの言葉に、初めて男は彼女の顔を見た。
…彼女、ではない。

その顔は明らかに、怒れる男の顔だった。

「ウミオ…?」
「あぁそうだよ!!てめーはとんでもねぇことをしでかしちまったんだよ!!大事な大事な女房を存在ごと忘れるっていうなァ!!!」

女房?俺に女房なんて…
『ウミオ』に戻った彼は、男の胸倉をつかみ、さらに続けた。

「こンの唐変木が!!ユキコを忘れるたぁどこまでバカなら気が済むってんだ!!ユキコが死んで落ち込むだけならまだしも、忘れるだと!?テメーはとんでもねぇ屑野郎だ!!」

ユキコ?
ユキコ…?

「その夢はなぁ!呪いだよ!ユキコが、どうか自分のことを思い出してほしいってテメーにかけた、いじらしい呪いだ!!いい加減思い出しやがれ!彼女のことを!『かなりや』のことを!!馬鹿野郎!!!」

幼馴染が落とした雷が、男の全身を駆け巡った。

森、夕日、薬草、迷子、ヨモギ、アカザ、緑の馬、黄色い鳥、かなりや、男…?

違う。【②男じゃない】。あれは、ユキコだ。
あの黄色い鳥、アレがかなりやか…?
ユキコと、かなりや。

かなりや―――?


歌を忘れた かなりやは
うしろの山に 捨てましょか…
いえいえそれは なりませぬ…


電流が走った。
自身に沸き上がった記憶とあの夢が、一気につながる。

「あ…あぁ…!!」
「…思いだしたなら、【④来るべき場所はこの店じゃないだろ】。…地面に額こすりつけてユキコに謝ってきな、屑野郎!!」

幼馴染の叱咤に、男は崩れ落ちそうな足に力を入れ、走り出した。







あぁ、そうだ。そうだった!
今ならわかる。あの夢の意味が!

薬草を取りにきた。ユキコのために!!
ヨモギは咳止め、アカザは喉の痛み止め。
そしてあの緑の馬、あれはおそらくウマノスズクサのことを指している。最後まで見つからなかったんだ。

男の脳内で、ユキコの姿がよみがえる。
歌声とともに。

歌を忘れた かなりやは
うしろの山に 捨てましょか…
いえいえそれは なりませぬ…

ユキコは歌が好きだった。
とくに『かなりや』は十八番で、よく歌ってくれたものだ。
そこらの歌手より、男はユキコの歌声の方がずっとずっと好きだった。

息を切らしながら、男は真夜中の道を全力で駆け抜ける。

帰り道が分からなかったのは、きっと歌詞だ。
人に教えられるくらい繰り返し見たあの一連の流れは、【③『かなりや』の1番の歌詞だった】。

夕日は、ユキコとの出会いだろう。
美しい夕日に向かって『かなりや』を歌う男…もとい女が、ユキコだった。
長身で髪が短かったから、最初は男だと思ったんだ。下世話だが胸も小さかった。

声を掛けて女だって知って、歌を褒めたら、ありがとう、と笑った。

夕日に照らされたユキコの笑顔は【⑨意外と可愛くて】、きっとあのときにはもう惚れていた。

それなのに、なんだ、この体たらくは!!


歌を忘れた かなりやは
せどのこやぶに うめましょか…
いえいえそれは なりませぬ…

歌を忘れた かなりやは
柳のむちで ぶちましょか…
いえいえそれは かわいそう…

脳内で歌うユキコの声が、徐々に大きくなる。

歌を忘れたかなりや。
それはきっと、いや確実に、俺のことだ。


男がたどり着いたのは、墓場だった。
気味が悪いとか、そんなことを考えてる余裕はない。
男はある墓の前でようやく足を止めた。

ユキコの、墓だ。

男は墓石を乱暴に抱きしめて。

「あ、あぁ、あぁあああ!!!ユキコ!ユキコすまねぇ!!俺がバカだった!!俺が愚かだった!!俺が、俺がだらしねぇせいでお前を死なせちまった!!薬草程度で治る病気じゃなかったんだな…!ケチってないで医者に見せてやれば…!すまねぇ!許してくれなんて言わねぇから!せめて謝らせてくれぇ…!!」

わぁわぁ泣き出した。

全てを思い出したのだ。

ユキコは、死んだ自分の女房で、病気をただの風邪だと言い張る優しさに騙され、甘えて、つけこんで。なにもせず死なせた。
薬草を取りに行ってくると家を出て、【⑩いってらっしゃいと言ったその時の笑顔】は、帰ってきたときには消えて、なくなっていた。

知らなかった、気づかなかったではすまない。
夢の中で会ったときに感じた嫌な感じは、きっと罪悪感だ。

罪悪感に堪えきれず、忘れることで保身に走った、クズな男。
それが、自分だったのだ。

「すまねぇ…!すまねぇユキコ…!」

こんな無様な姿で言えることではないが、好きだったのだ。
本当に、好きだったのだ。
ユキコも、歌も、歌声も。

かなりやのように美しく歌い、こちらを見て微笑む、
俺だけのかなりや。


歌を忘れた かなりやは
ぞうげの船に 銀のかい…
月夜の海に 浮かべれば……
忘れた歌を 思い出す…


男は疲れ果て、墓を抱きしめたまま、瞼を閉じる。

(あなたに、船と櫂は、いらなかったわね)

眠りに落ちる寸前、そんな声が、聞こえた気がした。


夢の【⑧呪いは、解けていた】。




「…思いだしたのね。アイツ」
(えぇ、やっと)

暗い部屋でつぶやく男…いや、女が2人か。
目に見えるのは1人だが、そこにもう1人いることは、見える1人が分かっていればいいことだ。

「ホント、あの唐変木のどこがいいんだか…。アンタの男を見る目が心配だったわ。昔から」
(あら、あれでいいところもたくさんあるの、ウミオくんも知ってるでしょ?いつもはオラオラしてるくせに、夢のことでさすがに参ってたところとか、【⑨意外と可愛い】ところもあるのよ)
「アンタ、意外とドSね?美しく歌ういいかなりやがアンタで、歌を忘れたダメなかなりやがアイツってわけ。なによ、ちょっとお似合いじゃない」
(うふふ)
「…でも、あんな、女房が死んだことも忘れるような薄情な男じゃなくて、最初からアタシにしとけば、アンタは死なずに済んだかもしれないのに…」
(…ありがとう、ウミオくん。私のことが視えるおかげで、あの人は立ち直ったわ。きっともう、これで大丈夫)
「…タダで、とは言わないわよね?」
(…『かなりや』でいいかしら?)
「…えぇ」

歌を忘れた かなりやは
うしろの山に 捨てましょか
いえいえそれは なりませぬ…


【終】

引用楽曲:かなりや
作詞:西條八十 作曲:成田為三


簡易解説:毎晩同じ夢を見る男に、忘れてることがあるだろと雷を落とす幼馴染。それによりよみがえった記憶と夢がつながり、男は忘れていた歌を、『かなりや』を歌う妻の姿を思い出した。
[編集済]

いやはやこれは…要素を回収するための無理やりな夢だと軽んじていた私を許してください。まるで脈絡のないように見えていた夢も、男の過去と歌詞を知ることで突然鮮やかに色づきはじめます。今回の問題文を見てこの象徴的な歌を思いついたリンギさんには敬意を表します。
ウミオとユキコのラストシーンにも揺さぶられました。構成まで含めてエモい作品でした。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.63[ジャンプ]04月16日 15:0104月22日 00:13

「あなたのための歌」

作・ジャンプ [良い質問]

No.64[ジャンプ]04月16日 15:0204月29日 00:09

◆◆ 解説 ◆◆
一人が一台ロボットを持っていることが当たり前になった時代。
ロボットには犬などのペット型、馬⑤などの乗り物型、色々な種類のものがあったが、1番普及していたのが、人型のアンドロイドだ。
アンドロイドは、様々なことができるように、多くの知識や技術を持っていた。しかし、人間の言うことを聞くように感情は搭載されていなかった。
アンドロイドは、修理をしたりパーツを変えたりすることでほぼ永久に生きることができた。なので、アンドロイドは、様々な家で働いた。
新しい家で働くことになる度に、記憶は消された。前の家での記憶は、知識や技術と違い、新しい家では不必要だからだ。

男もそんなアンドロイドの1台だった。
他のアンドロイドと同じように、様々な家で働いた。
「あなたが新しいアンドロイド? 他のより安かったわりには、意外とかわいいのね。⑨まあ、見た目なんて関係ないけど」
「男のアンドロイドだったのかよ。なんだ買って損した」②④
「森にある薬屋に行ってくれる? どこにあるかくらい、自分で調べなさいよ」①
「なんで、呪いが解けてめでたしめでたしなんだよ?⑧ 全然面白くないー!! もっと、面白い話しろよ!」
こき使われることばかりだったが、感情のない男は、白旗を上げる⑥こともなく、ただひたすらに働いた。

時代は流れ、アンドロイドに変わる便利な技術が登場し、アンドロイドは廃棄されることになった。

最後の家での記憶も消され、捨てられた男。
その目の前に雷が落ちてきた。体の機械にも、雷の一部が走る。
その時、男の体の中の回路が繋がり、忘れていたはずの記憶を思い出した。

それは、1番最初に男が働いた家で勉強を教えていた女の子が歌ってくれたハッピーバースデーの歌だった。

「アンドロイドさんは、誕生日ないの? だったら、今日私と初めて会った日が誕生日ね!」と言って歌ってくれたのだ。
男はその時、初めて自分に向けられる、人間の笑顔を見た。⑩

いつのまにか雨が上がり、綺麗な夕日⑦を浴びながら男はハッピーバースデーの歌を歌い、目を閉じた。


◆◆ 簡易解説 ◆◆
男はアンドロイドだった。
長年こき使われ、全ての記憶を消され、廃棄された。
目の前に雷が落ちてきて、男の機械の体にも雷が走った。
雷で回路が繋がり、男は、ただ1人、自分を大切にしてくれた女の子の記憶が蘇った。
それは、誕生日のない男のために歌ってくれた、ハッピーバースデーの歌だった。
【終了】
[編集済]

出ましたアンドロイド!今回の問題文を作るにあたって、雷が落ちる→電気が流れる、の流れも想定のひとつとしてあったので、この展開、しかもアンドロイドが登場するとは、主催者冥利に尽きます。
感情を持たないはずの男は、何故歌を歌ったのか?最後の一文が胸に刺さります。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.65[藤井]04月17日 02:3104月22日 00:16

『いちばんの先』

作・藤井 [良い質問]

No.66[藤井]04月17日 02:3204月29日 00:11


「なつかわ らいくん」
「はい」

中学校に入学したての頃。
担任が一人ひとりの名前を呼んでいく。


「お前、ライって言うの?」
「そうだよ」
「どんな字?」

後ろの席の奴が肩をつついて尋ねてきた。
俺はこの質問がすごく嫌いだ。

「……雷って書いて、ライ」
「カミナリ?ははっ、お前カミナリ様じゃん」

両親はどうして俺にこんな名をつけたのだろう。
幼い頃はさして気にもしなかったが、漢字を習い成長するにつれて、俺は自分の名前がコンプレックスになった。
そしていつしか、雷と名づけた親を恨むようにさえなっていた。


そんな中、家族旅行で遊園地に遊びに行った時のことだ。
道中、些細なことから親と口喧嘩になった俺は勢い余って言ってしまった。

「大体ずっとムカついてたんだよ、こんな変な名前つけやがって」

その瞬間、母がひどく傷ついた表情で黙りこんだ。
隣にいた父の眼光が鋭くなった。
がしゃり。胸の奥で何かが壊れる音がする。
言ってはいけないことを言ってしまった。
俺は本能でそう察した。


その直後、不思議なことが起こった。
遊園地に着き、メリーゴーランドを前にして俺はごしごしと目をこする。
電飾を纏ってきらびやかなはずのその馬たちは、一切の色を持たなかった。[⑤]
そんなはずはない。モノクロのメリーゴーランドなんてあるもんか。
そう思う間もなく、辺り一帯から瞬時に色彩が失われていった。
灰色の空。淡々とした世界は生気を失い、まるで死んだ街にいるようだった。

恐ろしくなった。
親にひどい言葉を浴びせた俺に降りかかった呪いなのだろうか。
家に帰ってからも、その後もずっと、この目に映る世界には色がなかった。


この症状は何なのか、どうすれば治るのか。親に相談することもできず、インターネットの検索欄に文字を打ち続けた俺はやがてひとつの情報に辿り着いた。
ここからずっと遠く、森の奥に住む人物がどんな病気にも効く万能薬を持っているのだという。
明らかに危ない情報に思えたが、藁にもすがる思いで俺はその森へと向かった。[①]



地図を頼りに辿り着いた場所は森の奥深くにある少し開けた場所で、小さな小屋がぽつんと建っていた。
恐る恐る扉をノックする。
こん、こん、こん。

「はぁーい。どちらさま?」
「あの……何にでも効く薬があるって聞いて来たんですけど」

キィ、と扉が開く。
中から出てきたのは自分と同じ年格好の女の子だった。

「あれ、男の人?」
「……はい」
「声聞いて女の人かと思っちゃった。こんにちは」[②]

少女の言葉に胸の奥がどろりとする。
俺は名前同様、男にしては高い自分の声がひどくコンプレックスだった。

「私はいろは。あなたは?」
「……ライ、です」
「ライ、よろしくね。ひさびさのお客さん、嬉しいな」

にこりと笑ういろはもやはりモノクロに映ったが、不思議と華やかな感じがした。

俺は事の経緯を彼女に話した。名前のことで親にきつく当たったこと、その後世界から色彩が失われてしまったこと。
どうすれば治るのか、色々調べた結果ここに辿り着いたこと。

「ライは自分の名前が嫌いなの?」
「……あぁ」
「どうして?」
「変、だから」
「変?素敵な名前じゃない」
「からかわれてばっかりだから」

いろはは腑に落ちないといった顔をした。雷という字を書くということは、何となく話したくなかった。

「色がなくなっちゃったのは不思議だけど、私はライが自分の名前を嫌うことの方が不思議。綺麗なのに」

綺麗?
自分の名前をそんな風に言われたことがなかった俺は思いっきり眉をひそめた。それを見ていろはがクスクスと笑う。

「久しぶりに人と話してるから楽しいってのも勿論あると思うんだけど……でも、それを抜きにしても、ライと話すのはなんだか心地がいい。何だろう、声が落ち着くの」

俺はとうとう理解が追いつかなくなった。
大嫌いなこの名前を綺麗と言われ、更にはコンプレックスであるこの声を落ち着くと表現されたのだ。
ものすごく変な気分になった。

「私はね、ちょっと不思議な力を持ってるの。あなたのその症状もきっと治すことができるわ。……でもね、今はまだ治してあげない」
「な、なんで?」
「だってそしたら私は用無しになっちゃうでしょ?もう少し遊んでよ」
「遊ぶって……?」
「また、会いにきて。そして私とお話をしてほしい。症状はちゃんと治してあげる。だけど、もう少し先でもいい?」

どうしてか、俺は断る気にはなれなかった。
色彩のない世界から一刻も早く抜け出したかった。しかしそれ以上に、いろはがくれる言葉は俺が望んでも手に入らない--否、望むどころか、想像すらしたことのないものだったのだ。

「ライにひとつお願いがあるの」
「何?」
「私ね、実はカミナリがすっごく苦手なの。一人じゃ耐えられないくらい苦手。だからね、空に雨雲が立ち込めたら急いで私のところに来て」
「はぁ……」
「あ。でもライは色がわからないんだったら、いつでも雨雲みたいに見えるのかしら?だったらいつでも来てね。なーんて」

いろははぺろりと舌を出していたずらに笑った。
初対面の俺に物怖じしない彼女が見せた臆病な一面は、少し可愛らしく思えた。[⑨]
それにしても、カミナリが苦手とは。

「……俺も雷なんだけどな」
「うん?何か言った?」
「いや、なんでもない」

俺はいろはにまた来ることを約束し、モノクロの視界のまま家へと帰った。





その後、俺は暇を見つけてはいろはに会いに行った。
と言っても用もなしに度々会いに行くのは気恥ずかしかったので、なるべく天気の悪い日を選んで行った。
いろはが雷を怖がるといけないから、という理由づけができるからだ。



「ライ!来てくれたのね」
「雷鳴ってるからな」
「ライが来てくれなかったらどうしようってずっと考えてたの」

この日の空は真っ黒。激しい雨の中、遠くで雷が鳴っている。
いろはの表情は固かった。よほど怖いのだろう。

「ねぇ、なんかしゃべって。黙らないで」
「そんな無茶振りされても……」
「じゃあ歌って」
「絶対イヤ」
「なんで!」
「自分の声嫌いだから」

俺はこの時初めて自分の声がコンプレックスであることを伝えた。
いろはは目を丸くして、はっきりとした口調でこう言った。

「私は好きよ」

どくり、心臓が脈打つ。

「ライが嫌いだって言うその名前もその声も、私は好きよ。あなたが好きになれないのなら、そのぶん私が大切にするわ」

彼女は何なのだろう。
わからないけれど、雷に怯える彼女を俺はどうにかして安心させてやりたいと思った。
自分だって"雷"なのに。おかしな話だ。

深く息を吸い込んで、躊躇いながらもメロディーを紡ぎ出す。
人前で歌うことなんてもう何年ぶりか分からなかった。
こんな声でもいろはの心を落ち着かせることができるのなら。

「……歌!歌!ねぇ、もっと歌って!」
「だめ、一番だけ」
「どうして!二番は?」
「無理、恥ずかしい」
「なんでー!」

先程まで怯えきっていたいろはに、いつの間にか笑顔が戻っていた。[⑩]
あぁ。
俺にとっての色彩は、彼女なのかもしれない。

「ふふ。一番だけ歌うのがライなりの精一杯なのね。ありがとう。私のために歌ってくれて」[③]
「……こんなんで少しでも気が紛れるなら」
「嬉しいわ、とても」

気がつくと雷はずいぶんと遠ざかっていた。
ふっと気が抜けたようにいろはが目を閉じる。
俺は囁き声でもう一度、ひとりごとのように歌った。
一番を歌い終わるころには、いろはは静かな寝息を立てていた。
安心、してくれたのだろうか。
やがて俺も眠りに落ちていった。




----------

目が覚めると、そこは色鮮やかな世界だった。[⑧]
なぜだか俺は家から少し離れた湖のそばにいた。
沈みゆく夕日が辺りをオレンジに包み込んでいく。
あまりの美しさに俺は息を飲んだ。[⑦]

俺はここで何をしていたんだろうか?
色彩豊かなその風景とは反するように、記憶はひどくぼやけている。
よくわからないが、とりあえず家に帰ろう。
……それにしても、世界はこんなに美しかっただろうか?
こんなにも、眩しかっただろうか。



帰宅すると、台所から母が顔を覗かせた。

「おかえり、雷」

呼ばれ慣れたはずの名前が妙に心地よく感じるのは気のせいだろうか。
そして、満ち足りた気分の中でどこかひとかけら足りないようなこの感覚は何なのだろう。
わけもわからず、なんだか落ち着かなかった。

しかしそんな違和感も、日々の中で次第に薄れて気にならなくなっていった。




○ ● ○ ● ○ ● ○

手を握り、目を閉じて、意識をひとつにして願う。
そうすれば、その人の持つ病気や症状が夢のように消える。
この身に宿った不思議な能力を私は持て余していた。


「人を癒してばかりで私自身の願い事を叶える能力はないなんて、損した気分だわ」
「あら。いろはの願い事って何かしら?」

口を尖らせた私に母が優しく微笑みかける。

「そうね。……雷が来ませんように!」
「カミナリ?」
「そう。だって怖いんだもの!こないだ近くに落ちたでしょう?私死ぬかと思った。もう二度とここに来てほしくないの」[④]
「じゃあ、その願い事を短冊に書いておくといいわ」
「そうしたら叶うの?」
「そうね……」

柔らかな母の手がそっと頬を撫でる。

「あなたが本当の意味で誰かを癒した時に、その願い事が叶うはずよ。ママがおまじないをかけておいてあげる」
「本当の意味で癒す……?」
「そうよ。いろはにはまだ少し難しいかしら?」



幼き頃の記憶が脳裏に浮かび、ふわりと消えた。


ライが来なくなってしまったのは、私がライを本当の意味で癒すことができたから?
だから私の願い事が叶って、雷が来なくなったから、ライも私に会いに来てくれなくなったのだろうか。
そう、彼が来る日はいつも悪天候だった。私が雷を怖がるといけないからって。

窓の向こうは泣けるほどの晴天。
もしもあなたが色彩を取り戻したのなら、もう私に用は無いかもしれない。雷が来ないなら、怖がる私を宥めに来る必要もない……。

こんなことならいっそ、雷が来てほしい。
私はそう思って短冊にペンを走らせた。

雷とともにやってくるのが彼ならば、あれほど来ないでと懇願した雷すら、今は来てほしい。
私は雷を待っている。




○ ● ○ ● ○ ● ○

久しぶりに荒れた天気になった。
空には真っ黒な雨雲が立ち込めて、遠くで雷が鳴っている。

「ひでー雨だなぁ。この後どうする?カラオケでも行く?」
「そうだなー。夏川も来るだろ?」
「あー……まぁ、聴き専でもいいなら」
「お前ほんっと歌わねーよな。たまには歌えばいいのに」
「得意じゃないんだよ、歌とか」

今日は気の知れた友人らとボウリングに来ていた。本当なら外で遊ぶはずだったのだが、生憎の天候で屋内施設をハシゴしている。
次第に雨は強くなり、雷も近づいてきているようだった。
俺はなぜだか落ち着かない気分になった。

「……何か……忘れてるような……」
「ん?何を?スマホでも置いてきたか?」
「いや、そういうんじゃなくて。何か……行かなきゃいけない場所があったような……ごめん、ちょっと俺抜けるわ」
「えぇ。マジで?この天気ん中どこ行くわけ?」
「わかんない。また後で連絡する、じゃあな」
「わかんないって……」

驚く友人らに片手を上げて、俺は足早にその場を後にした。
どこに行かなきゃいけないのか、わからないのに足は迷いなく進む。まるで何かに引っ張られているみたいだ。

急いで行かなきゃ。
どこへ?
わからない。
でも、俺が行かなきゃ、だめなんだ。




気がつくと家から随分と離れた森に辿り着いていた。
降り止まない雨の中、導かれるように奥へと進む。薄暗闇に包まれた森の中では、スマートフォンのライトと時折上空を照らす稲光が頼りだった。


しばらく進んだところで、ふと足が止まった。
喉の奥から不思議とメロディーが込み上げてくる。
こんな時に、どうして?



「--!」


誰かの声に重なるように、目の前で空が割れるような破裂音とともに雷が落ちた。
あまりの衝撃に驚いた俺は思わず膝をついた。
しかし次の瞬間、喉の奥の方から熱が沸き上がる。
口を開くと、まるでそうすることを最初から知っていたかのように身体が勝手に歌い出した。
懐かしいメロディー、聞き覚えがある。
俺はどこでこの歌を聞いたんだったか?
違う。俺が歌っていたんだ。
歌わなければ。
大きな声で、ちゃんと聴こえるように。
なんのために?
誰のために?



--そうだ、

怖がる君を、安心させたいと
そう思ったんだ。



「ライ!!」
「……っ、いろは!」


向こうから駆けてくる少女を見た瞬間、俺の身体はまるで雷に打たれたようにビリビリと電撃が走った。
こんな大切なことを、なぜ今まで忘れていたのだろう?


「ライ!あぁ、私ね、雷が来るようにって願ったの。そしたらライが来てくれた!」

目から大粒の涙を流しながらいろはが言った。
その小さな手でしがみついて、何度も俺を揺さぶる。

「私初めてよ。雷を待ってたことなんて今まで一度もない!ねぇ、あなたって、雷みたいね」
「……雷だよ、俺は。雷って書いて、ライって読むんだ」
「……!!本当に?すごい!だから雷が……ライが来てくれたのね」

泣きながら笑ういろはをそっと腕の中に包んで、俺はゆっくりと歌を歌った。
雨は次第に小降りになる。

「……ライ、これ、二番?」
「そうだよ」
「……!嬉しい!二番まで歌ってくれるなんて!」
「いろはが俺の声、好きだって言ってくれたから」




俺の目に映る世界は、本当の意味で色彩を取り戻した。
気がつけば、自分の名前も、声も、好きになっていた。


俺は数年越しに、両親にあの日の出来事を詫びた。
そして、良い名を付けてくれてありがとう、と添えた。




----------

ある夏の晴れた日。
森の奥で、木の幹に相合傘を彫って遊んでいるいろはを後ろから眺めていた。
覗き込むと、『雷』の隣に『彩華』と書かれている。

「これでいろはって読むのか?」
「そうよ」
「華やかに彩る……いろはにぴったりだな」
「ふふ、雷もぴったりね」



この笑顔には敵わない。
--そう。きっと、最初から。[⑥]




 fin. 




○ ● ○ ● ○ ● ○

《簡易解説》

自分の名前と声を好きになれない雷(ライ)に対し、私は好きだと告げる少女いろは。
ライは、雷(かみなり)が苦手ないろはが少しでも心を落ち着けられるようにと、得意でない歌を歌った。
その後、少女が短冊に記した『雷が来ないように』という願いによって意図せず二人は引き離され、ライは記憶を失ってしまう。
数年後、荒れた天気の日に本能でいろはの住む森へと訪れたライ。目の前で起こった落雷に身体が反応し、無意識に歌を歌い出した。
雷に怯える彼女が少しでも安心できるように歌わなければ。そう身体が覚えていたのだ。

[編集済]

『色のない世界』『願いを叶える力』そんな一見現実味のない設定も、ふと自分を省みてみれば、なんてことない日常の中にそれに近しいものが転がっているのがわかります。嫌いな自分も、無くした記憶も、きっと自分の敵じゃない。そう思わせてくれる作品でした(何を言ってるんだろう)。
意図せぬ短冊のダブルミーニングが、エモと匠を演出している、美しい作品でした。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.67[イナーシャ]04月19日 02:2104月22日 00:16

『欲張り』

作・イナーシャ [良い質問]

No.68[イナーシャ]04月19日 02:2304月29日 00:12

【詳細解説】
あるところに、オレンジ畑と共に生きる男がいた。
男はオレンジの食べ過ぎで《30》血液からオレンジの香りがするほどのオレンジ好きで、「《6》大きなアレ(オレンジ)が欲しい」とオレンジ農家にまでなってしまったオレンジジャンキーである。
男の作るオレンジは極上で、有識者に最も優れたオレンジ農家は誰かと問えばほぼ確実に「《11》それは紛れもなくヤツさ」と答えられるほどだった。
しかしある日突然、何故か男の片手片足が腐り落ちてしまう。
治療費はもとより、《9》義手や《26》車椅子の代金もかさみ、男は徐々に《2》貧しくなっていった。
《3》昨晩も花の金曜日だったというのに、晩酌する余裕すらない始末。
それどころか、このままでは薬代すら危うくなる日も近いだろう。
そこで男は《35》空を見上げ《1》青空が広がっていることを確認すると、自分で①森に薬草を取りに行くことにした。
ついでに野生の鶏でも捕まえられれば今晩の食卓に華を添えられるのだが、この体では《8》鶏もとりにくいし、《12》焼肉も焼きにくいので無理だろう。
森には豚や⑤馬も出るが、鶏すらダメならそれらも当然無理だ。
《16》醤油ベースのタレで食べる焼肉は最高だが、現状ではどうやっても《21》食べることは出来ないだろう。
そんな益体もないことを考えながら、男は出発の準備を進める。
お気に入りの《18》黄色いネクタイを締め、急な雨に備え《33》傘も持つ。
いよいよ出発……というところで、声をかけられた。

「パパ、お出かけ……?」
「ああ、ちょっと森に薬草を採りに行ってくるよ」
「危ないからやめよう……? 薬草なら私たちが採りに行くから……ね?」
「そうだよ! 私たちに任せて!」

彼女らは男の娘、それも《46》双子の姉妹だ。
姉は大人しい性格で、よく《31》小説を読んでいる。
そのせいか目が悪く眼鏡をかけているが、《29/⑨》眼鏡を外すと意外と美形で結構可愛いと密かに人気があるらしい。
妹は活発な性格で、その運動神経の良さは《38》生粋のにゃんこみたいと言われている。
反面勉強は苦手で《7》五月雨を「ごがつあめ」と読んだり、「蝉がうるさい」という姉に対し「それって《25》セミロングの方のセミ?」と返すアホの子でもある。
髪が短くスカートも履かないのでぱっと見では②男の子と間違われることも珍しくないが、それはそれで可愛いと評判だ。
二人とも男にとって大切な存在である。
気持ちは嬉しいが、流石に野生動物がいる森に姉妹を行かせるわけにはいかない。

「危ないから、二人は家で待っててくれ。明日の朝には帰ってくるから」
「本当……? パパ、ちゃんと帰ってくる? お母さんみたいにいなくならない?」
「《49》お父さん、恐い顔してる。いなくなる前のお母さんみたいな顔よ」

男は言われて初めて、顔が強ばっていることに気付いた。
この体で森に入るということで緊張しているのかも知れない。
男は努めて表情を解す。

「約束する、絶対二人を置いてどこかに行ったりしないから」

時間はかかったものの男は娘たちを説得し、今度こそ出発した。

⑦綺麗な夕日を背に歩いていた男だったが、森の小道を歩いている途中、ふと立ち止まる。
先ほどの娘たちとの会話もあり、男は《37》失ってしまった妻のことを思い出していた。
あるとき、男の体の状態と一家の財政難について家族で話していたとき、突如《23》乱入してきた者がいた。
その者は男の妻に対し言った。
「私の妻になるなら《47》魔法で《5》望みを一つだけ叶える。今まで散々苦労しただろう、《13》そろそろ他の男に乗り換えても罰は当たらないのではないか?」と。
しかし当然と言うべきか魔法使いは一家から④歓迎されず、妻も「あなたは《24》対抗(○)にもなれない、精々単穴(▲)よ」と断ってくれた。
財政悪化以降趣味の競馬を止めていた妻だったが、感情の高ぶりからかついつい競馬用語が出ていたのは思わず笑ってしまった。
⑩その時、一家は辛くとも皆笑顔だった。
しかしそう、この時気付くべきだったのだ。
単穴とは、展開次第で逆転可能な馬のこと。
しばらく後、状態が悪化し苦しむ男を見た妻は男の元から去った。
何も告げず、《43》一羽の折り鶴のみを残して。
妻の不在と折り鶴、そして悪化が止まった己の体。
全てを察した男は妻を捜し回ったが、全てが遅かった。
《39》失った物は、もう取り戻せない。
男は、《42》間に合わなかったのだ。

《41》妻にはあったのだ、あらゆるものを……自分すら犠牲にしてでも欲しいものが。
妻にとってそれは、男の命だったのだろう。
残された男には、想像することしか出来ないが。
妻にとってのそれが男の命なら、男にとってのそれは娘たちの健やかな成長である。
男は改めて気合いを入れ直し、再び車椅子を進め始めた。

やがて夜が訪れたが、《17》くらいのも薬草探しに関係がある。
懐中電灯など持っていないので当然《28》電気をつけることも出来ないが、目的の薬草は夜に花が光るのでそれを目印に探すのだ。
男は順調に薬草を集めていく内、いつしか開けた場所に出ていた。
そこには目当ての薬草ではない、しかしそれよりも美しく煌めく一輪の花が咲いていた。
男は機械音痴なので、スマホの説明書を読んでも《34》解読不能の暗号にしか見えずこれまで《40》スマホなど使ったこともなかったが、もし持っていればなんとか写真を撮ろうと努力しただろう。

男はそう思ったところで、ふと既視感を抱いた。
前にもこんなことがあったような気がする……
確か、この後は……
男の考えが結論に至る前に、《19》雨もないのに天から落とされた雷がその花を撃ち抜き……あまりにも見慣れた姿の女が現れた。
その女は、半透明で空中に浮いていたが……男の妻の姿をしていた。

その時だ、男の封じられた記憶が蘇ったのは。
幼い頃の花の妖精との出会い。
いつしか互いに恋をし、妖精の《15》祝福を受け結ばれたときの喜び。
当初は反対していたが最終的に⑥白旗を揚げた妖精の長から告げられた禁止事項。
『結婚は認めるが《44》触れることは許されない』
しかし欲張りだった……愛が深かった男は禁を破り子を設け、それが妖精の長にバレた。
そしてその罰として呪いを受け、手足が腐り……《53》妖精に関係する記憶を奪われた。
妖精の姿となった妻を見て、それらを全て思い出した。

思い出した今ならわかる。
あの時家を訪れた魔法使いは妖精の長だった。
あれは当然嫁取りなどではなく、禁を破った男から妻を引き剥がすためのものだったのだろう。
妻は呪いの進行を止める代わり、長によって森に連れ戻されたのだ。
今考えてみれば、男が作っていたオレンジの出来がよかったのも妖精の祝福が影響していたのだと思う。
男の幸せは全て妻によって与えられ、そして妻によって命を守られたのだ。
全てを悟った男は思わず《51》座り込み、俯いた。

「……《54》月が綺麗ですね。あの時も、こんな夜でした」

妻は普段と変わらない声音で男に語りかける。
今、妻はどんな顔で男を見ているのだろうか。

「まだ、私たちも神様から見捨てられていないみたいですね。今晩が《52》最初で最後のチャンスでした」

チャンスという言葉に思わず顔を上げる男。
男の目に映ったのは、これまで毎日見てきた……しかしそれでも一向に飽きない愛しい人の微笑み。

「妖精の歌を覚えていますか?」
「……ああ、もちろん」

妖精の歌はそれそのものが祝福だ。
③互いに一番愛しいと思う場合のみ効果をもたらす愛の歌。
男もかつて妻から受けたものである。

「あの夜を、もう一度。祝福を以て⑧呪いを払いましょう。長からは怒られてしまうかもしれませんが……なんとか《50》めでたしめでたしにしてみせましょう」

妖精が歌う。
月の光が降り注ぎ、その光が男の体を包み、そして……



あるところに、オレンジ畑と共に生きる男がいた。
欲張りな男は今も変わらず、愛する妻や愛しい娘たちと共に幸せに暮らしている……

【完】



【簡易解説】
記憶を奪われ、妻である花の妖精と引き離された男。
男がたまたま森を訪れたところ、奇跡的に妻の本体である花がある場所に辿り着く。
男は雷と共に出現した妻を見て、記憶を取り戻した。
[編集済]

なんとまあ、選出されていない要素候補まで全て使ってしまうとは!『欲張り』なのは完全にイナーシャさんですね。要素募集フェーズで「こんなの無理やん!」と思った要素が世界観の中に埋没している様を見るのは、してやられたという快感を伴っていました。
作品の頭と末尾のリフレインも綺麗でした。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.69[イナーシャ]04月19日 03:3004月22日 00:16

『VRしりとり』

作・イナーシャ [良い質問]

No.70[イナーシャ]04月19日 03:3604月29日 00:13

【詳細解説】
「今日は何するんだ?」
「ふっふっふ……今日はこれよ!」
「……『VRしりとり』? わざわざVRにする必要あんのかこれ……」
「演出が凄いらしいわよ?」
「ふーん……まぁいいや、やろうぜ」
「オッケー!」



「で、ダイブインしたわけだが……」
「無駄に画質良いわねー……アバターの再現度も凄いわ」
「演出も気になるし、始めようぜ」
「それもそうね。先行は……私か。『りんご』!」
「またベタな……」
「おー、出たわね。どれ、一口……あら、美味しい」
「え、食えんの? しかも味覚再現ありか……技術の無駄遣い感が凄い」
「感心するのも良いけど、次アンタの番よ」
「おっとすまん、じゃあ……『ゴリラ』で」
「さっきベタって言った口でそれ?」
「いいじゃんゴリラ。⑨意外と可愛いんだぞ」
「自分がゴリラ顔だからって雌ゴリラに……」
「んなわけあるか。あとサイズ的に②そいつ雄だぞ」
「そんなのどーでもいいわよ……『ラクダ』」
「『抱っこ』」
「『降伏』」
「……ゴリラがラクダ抱っこして⑥白旗上げてるのシュールすぎるだろ。『クエスト』」
「なんか森生えて冒険者まで出てきたわよ」
「①薬草採取クエストかね? てか次言え」
「はいはい、『豚テキ』。あーおいし」
「お前食ってばっかじゃねーか……あ」
「冒険者呪われてるじゃないのよ。ていうか、まだいたのね……」
「世話の焼ける……⑧『キュア』」
「そこはディスカースとかじゃないの? 『アイス』」
「その辺適当っぽいな。『スーパーコンピュータ』」
「なんか、政治家っぽい人が〈二位じゃダメなんですか?〉って言ってるけど……」
「昔話題になったらしいぜ?③一番なのが重要だ云々と」
「へー……『対決』」
「今度は⑦夕日をバックに殴り合いか……確かに凝ってるな。『粒』」
「……これ何の粒なの? 謎だわ……『ぶぶ漬け』」
「それだときっと……ああ、やっぱ京都の女将さん的な人がセットか」
「④歓迎されてない感が凄いわね……食べるけど」
「次どうすっかな……⑤『桂馬』」
「『真っ暗がり』」
「見えねぇ……『リラ』」
「私も見えないわー。リラって何? お金?」
「トルコの通貨だよ。ほら、次」
「うーん、ちょっと待ってね……」
「……」
「『落雷』!」
「うおっ!? 目の前とか超ビビるんだが!? つーかいきなりはやめろや!」
「へいへいへーい、ピッチャーびびってるー!」
「くっそ……つか今ので頭の中の全部吹っ飛んだわ……」
「はやくはやくー」
「わかってるっての! えー……あ、『いろは歌』!」
「む、やりますなー」
「そう簡単に負けるかっての!」



「いえーい、大勝利!」
「いい笑顔しよってからに……」



「……⑩その時のかーさんの笑顔があまりにも可愛くてなぁ」
「パパとママ、昔から仲良かったんだねぇ……」

【完】



【簡易解説】
回答が具現化するVRしりとりで遊ぶ男と女。
女が「落雷」と言ったところで次の答えに窮した男だったが、なんとか「いろは歌」という答えを捻り出した。
[編集済]

しりとりという発想は無かった!もはや反則レベルの要素回収法です(褒め言葉)。ゴリラがラクダ抱っこして白旗あげてるの想像しちゃいました(^◇^;)
⑩の回収が逆に虚をつかれてぐっときました。ぜひシリーズ化してください。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.71[ジャンプ]04月19日 15:0704月22日 00:16

「カメオと魔女の薬」

作・ジャンプ [良い質問]

No.72[ジャンプ]04月19日 15:0804月29日 00:16

◆◆ 解説 ◆◆
男は人気の作曲家だ。
最初は、その女性にも見える意外とかわいい見た目から、注目された。②⑨
だから、一部の人達からは見た目だけだと揶揄された。④
そんな人達も、男の曲を聞いて驚いた。
その実力は本物だったからだ。

男の作った曲は、必ずオリコン1位を取る。③
男の作った曲を使えば、
商品が売れる。
アーティストに人気が集まる。
ドラマの視聴率が上がる。

男の元には、連日のように仕事が舞い込んだ。
男は何曲も何曲も作曲した。
作曲すればするほど、仕事も増えた。


しかし、ある日、男は曲が作れなくなってしまった。
ワンフレーズも思い浮かばないのだ。
いわゆるスランプだ。
それでも、なんとか作曲をしようとする男だったが、そんな状態で作った曲を世に出せるはずがなかった。

そんな男の様子を見かねたマネージャーは男に言った。
「少し休んだ方がいいわよ」
「休むなんてできるわけないじゃないか! 俺の曲をどれだけの人が望んでいるか知っているだろう? 早く、曲を…売れる曲を書かないと…」
「…仕事は、キャンセルしたわ。1週間分の休みを取れるようにね」

男は、愕然とした。
今、注目されている今こそ、曲を作らなければいけないというのに…。

「何も相談せずに決めたのは悪かったと思ってる。でも、こうでもしないと、休まないでしょ。あなたは、少し作曲から離れて休んだ方がいいのよ」
「…………」

男はマネージャーに促され、渋々実家に帰った。


「おかえり」
「ただいま。今日だけ泊まったら、すぐ帰るから」
「もうちょっとゆっくりできないの?」
「無理だよ。仕事があるんだ」
そう言うと男は、母親の入れたお茶も飲まず、曲を作りはじめた。

母親はそんな男のことを心配そうに見ていた。男が休みも取らず、仕事ばかりしているのを知っていたからだった。
しかし、母親が何を言っても、男は聞く耳を持たなかった。

翌日、大雨によって、飛行機は運休になった。実家も停電した。
その中でも、男は曲を考えていた。

そんな時、男の目の前に雷が落ちた。

窓からその様子を見た男と母親は、慌てて外に飛び出した。
雷は納屋に落ち、納屋が燃えていた。
何とかして火を消そうとしたが、古い木製の納屋を前に、2人は何もすることができなかった。⑥
やがて、雨によって納屋の火は消えたが、納屋も中の物も、ほとんど燃え尽きてしまった。

残ったのはわずかなものだけだった。
男と母親はそれを集めた。

その中には、たどたどしい線で書かれた楽譜があった。

「あなたが小さな頃に書いた楽譜ね」
母親はそれを見て少し笑った。⑩
「燃えなくてよかったわ。あなたの大事な物でしょ」


「……シラーレソレ、レミソーレソ…」
楽譜を見て、男は思い出した。
これは、男が始めて作曲した曲だと。
母親に読んでもらった絵本の楽しさを曲にしたものだったと。

「なんだよ。この、めちゃくちゃな楽譜は…」
楽譜を持つ男の手は、震えていた。

「…なんなんだよ。この…楽しそうな、楽譜は…」


男は気づいた。
自分は、作曲が好きだったことに。

しかし最近は、売れる曲を作ろうとして、作曲することを楽しいと感じていなかったことに。


スランプという呪いから開放された男は、ある曲を作った。⑧




数ヶ月後、とある本屋で男の子が絵本を選んでいた。

「ママ、これがいい!」
「『カメオと魔女の薬』…。これってあの有名な作曲家の?」
「今日幼稚園で、お歌聞きながら、先生が読んでくれたんだ。カメオくんがね、森に魔女を探しに行くんだよ。おばあちゃんが病気でね、だからね、魔女に薬を作ってもらうんだ」①
「じゃあ、これにしよっか。多分、幼稚園で聞いたお歌のCDついてるよ」
「CDついてるの? やったー! 馬が出てくるとこのお歌がね、カッコイイんだよ!」⑤

親子はとても嬉しそうに、綺麗な夕日の中を手を繋いで歩いて行った。⑦


◆◆ 簡易解説 ◆◆
男は人気の作曲家。しかし、ある日スランプになり、曲が作れなくなってしまう。
休みを取り帰郷した男。
男の目の前の納屋に雷が落ち、納屋が燃えてしまった。
その中から出てきたのは、男が初めて作った曲の楽譜だった。
男はその楽譜を見て、初めて作った歌と作曲が好きなことを思い出した。
スランプを抜け出した男の作った曲は、色んな人を笑顔にさせたのだった。
【終了】

『歌を思い出す』ことに焦点を当てた、ウミガメらしい作品でした。しかしその中にも作曲家の苦悩と純粋な頃の喜びが丁寧に描写されており、音楽の力もまた感じさせます。
今回分かったこと・・・ジャンプさんの描く夕日は綺麗である
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.73[ハシバミ]04月19日 16:3704月22日 00:16

「題知らず」

作・ハシバミ [良い質問]

No.74[ハシバミ]04月19日 16:3804月29日 22:44

  こと夏はいかが鳴きけむほととぎす今宵ばかりはあらじとぞ聞く
  ――ホトトギスは他の夏にはどの様に鳴いただろう。今宵ほど素晴らしく鳴いたということはないであろうが。

 それほどの名誉ならばこそ、己で成し遂げようと思うものではないか。積み上げられた草紙を前に、もはやため息も尽きた。勅撰集の編纂を任された、この中より相応しい歌を探してくれ、などと。
 ……いや。そういえばホトトギスはウグイスに托卵をするのであったな。成る程、つまり俺はウグイスか。
 やる気もないまま草紙を手繰る。相応しい歌。はて、何に相応しい歌なのか。和歌集、日記、歌物語。雑多な中から、果たして何を選べば良いものか。
 一つ二つと紙を捲る内、字の読めぬほどに暗くなっていたことに気づく。日が落ちた、いや、雲に隠れたか。灯を入れなければ。腰を上げたところで、はたと明るくなる。ほんの一瞬。そして――音。雷だ。荒れる前に蔀戸を落とさねば。進路を変える。――はて。
 ぽつ、ぽつと大粒の雨が地面を打つ。次第に狭まる間隔に、再び轟くいかづちに、何かを思い出す。歌。……ああ、歌だ。


 * * * * *


 薬は趣味であった。父はそれなりに評価のある歌詠みで、朝廷に仕える役人でもある。故に俺も当然に同じ道を期待される。だが。俺には悲しいくらいに歌の才がなかった。それはもう、全く。
 出仕するにも歌はつきものである。せめてと知識だけは身につけ、古歌と漢詩から引くことでどうにかそれらしい振る舞いで誤魔化してきた。そのために歌集に漢籍にと書物を漁る中、ひときわ興味を惹かれたのが薬、とりわけ薬草であった。
 庭先に勝手に映える草が薬になる。それは歌なんかよりもよほど魅力的なことだ。
 庭の草を抜き、道端の草を抜き、山の草を抜き。奇異の目で見られていることに気づく。そろそろ真面目に出仕を考えねばならぬ歳だと、母の目も厳しくなってきた。はてどうしたものか――そうだ、今日は森へ行こう。(①)
 我が家は少しばかり高い土地にあり、南へ降りたところに森がある。なにやら屋敷もあるようだが、どのようなものが住んでいるかは聞こえてこない。人の家に入るわけにも行かずに近寄らないでいたが、あそこにはどうにも珍しい薬草のある予感がする。今の内に確かめねばなるまい。何も囲いの中に入ろうというわけではない。中に屋敷があろうと、森は森だ。
 そうと決まれば話は早い。母にばれぬようにそっと家を出る。言い訳は後で考えよう。

 果たして森の中は、想像以上の収穫であった。草、花、木。そこらでは滅多にお目にかかれない植物で溢れている。これは茹でると旨い、これは腹痛に効く。
 一つ二つと抜きながら歩みを進めていると、葉の擦れる音が聞こえた。風ではない。耳をすませば、とたとたと走り回る足音も聞こえる。屋敷の者だろうか。囲いを越えた記憶はないが、家主であれば挨拶くらいはすべきだろう。足音の方へ進むと、少し開けた場所に出た。

「あら。あら? どなた?」

 こちらを見咎めて小首をかしげる。肩口で切りそろえられた振分髪、見るからに上等な着物。そこにいたのは、七歳ほどの少女であった。

「私は……ええと」

 どう説明したものか。どう見ても身分のある少女だ、近くに伴もいるだろうと見回すが、見当たらない。

「ご心配なさらずとも、他に人はいないわ。そうじゃなきゃ、わたしはここに来られないもの」
「え……と、この奥の屋敷の姫様ではないのですか?」
「姫だなんて。確かにわたしの家はこの奥よ。森の中。だけどお父様もお母様も、私が出歩くのをよく思わないの。つまらないわ。私も渋谿の波を見に行きたいのに」

 渋谿の波。その文句には覚えがある。

「馬並めて、ですか」
「ええ、ええ、そう、そうよ! まあ、ふふ、知っていらっしゃるのね」

 馬並めていざ打ち行かな渋谿の清き磯廻に寄する波見に。(⑤)
 万葉集にもとられている大伴家持の歌だ。一人で森を走り回るなどとんだお転婆であるが、身なり相応に教養はあるらしい。こちらの返しにぱっと笑顔になるさまなどはなかなか可愛らしくもある。(⑨)

「歌がお好きなのですか」
「ええそうよ、歌は自由だもの。馬の出る歌もたくさんあるでしょう? わたしも馬に乗って旅をしたいわ」

 前言撤回。お転婆にも程がある。

「旅に焦がれる気持ちもありましょうが、せめて牛車では」
「いやよ牛車なんて。景色も見えないし遅いもの。わたしは馬に乗って景色を見て、匂いを嗅いで、風を感じたいの」
「はあ……」

 旅の醍醐味というのはよく分からない。面倒なだけだろう。……こういうところも、歌の才がない所以である。
 出歩くのを歓迎されない、と話していたか。(④)身分ある姫君であればそれも仕方なかろうが、却って憧れが募るのだろう。

「ねえ、あなたはどうしてこのようなところにいらしたの? こんな何もないところ。迷い込む場所でもないでしょうに」
「とんでもない! 何もないだなんて、ここはめったに見られない植物の宝庫ですよ!」
「あら、そうなの? わたしはあまり詳しくないものだから……あなた、学者さん? それとも薬師さんかしら」
「ああ、いや、私は……何でもありません」

 何でもないのだ、俺は。いつまでもそうしてふわふわしているつもりなのかと、母に呆れられるのも当然である。
 少女も困惑した様子で首をかしげていたが、なぜかにっこりと笑って言った。

「それは良かったわね」

 今度は俺が首をかしげる番だった。一体何が良いと言うんだ。

「だって、何でもないということは何にでもなれるってことでしょう? それって素敵なことじゃない」
「それはそう……でしょう、か」
「ええそうよ。ね、あなたのなりたいものは? やりたいことはなにかしら」
「それは」

 何にでもなれる。そんなはずはない。道は決まっているんだ。やりたいことなんて。……やりたいことなんて、ない。薬は趣味だ。歌を学ぶのも嫌いではない。だがそれで何になれるわけでもない。
 
「一番よ。一番やりたいことをやればいいの。あなたにはそれができるんだもの」(③)

 は、と顔をあげると、少女は笑っていた。自由に出歩くことも叶わないと口を尖らせていた少女が、笑っていた。本心なのか、無理をしているのか。こんなとき、なんと言うのが正解なのか。
 たしかに少女と比べれば、俺はずっと自由であるのだろう。けれど本当に自由なわけではない。何でも選べるわけではない。――本当に? だって、考えたこともない。
 言葉に詰まっていると、少女はくすくすと笑いだす。

「ごめんなさい、そんなに困らせるつもりはなかったのよ。……でも、そうね。もしよかったら、またお話し相手になってくださらない?」
「話し相手に?」
「ええ。こんな話、他にできる人もいないんだもの。歌のことや、植物のことも。聞かせて下さいな」
「それは……構いませんが。ですが、私がお屋敷に行っても良いものでしょうか。それこそ、歓迎されないのでは」

 屋敷の前の森に出ることすらよく思われていないのだ。こんな身分もない男が訪ねて通されるとは思わない。

「そういえばあなた、どうして奥に屋敷があるのを知っていらしたの? 森に囲まれて、外からは見えないでしょう」
「ああ、いえ。私の家は北の高台にありまして、開けたところにお屋敷があるのが見えたのですよ」
「そう……そうだわ。ならわたし、ここに出たときは白い旗を掲げるわ」(⑥)
「白い、旗?」
「ええ。白い旗、白い衣を。それが見えたらここに来てちょうだい。ね、お願い」

 たしかにこの場所も開けているから、白い衣が掛かっていれば家からも見えそうだ。しかしよくもそんな珍妙なことを思いつく――いや、そうか。

「成る程、私は夏というわけですか」
「ええ、ええそうよ。お願い、夏の君」

 ぱっと嬉しそうな顔になる。よほど歌が好きらしい。春過ぎて夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香具山。香具山に干された着物で夏の来たことを知ったように。少女は、白妙で俺を呼ぼうというのだ。

「分かりました、白妙の君。けれど私も常に伺えるわけではありませんから、それはご勘弁くださいね」
「ええ、わたしにもそのくらいの分別はありましてよ」


 それから、日に何度か森を確認するようになった。大体二、三日毎に白旗は確認できた。時間もまちまちで、五日ほど空くときもあった。そういうときは我慢していた分を取り戻すように、いつもよりも更にお喋りになっていた。
 相変わらず少女には自由がなく、俺にはやりたいことも、かといって諦めて出仕する覚悟もなかった。それでも取り留めなく少女と話を交わす日々は、楽しかった。

「まあ、きれいな夕日ね。ねえ、夕日のきれいな翌日は晴れるのよね」(⑦)

 そんな生活が三ヶ月ほど続いたときだったろうか。

「そうですね。しかし天気ばかりは、確実なことは言えますまい。神の怒りが落ちるやもしれません」
「天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは」
「それは誰の歌です?」
「わたしのよ。神の怒りだろうが呪いだろうが、構うものですか。神が鳴ろうと、来てくださいね」
「無茶をおっしゃる」

 思う仲。いや、これは大した意味もないだろう。雷なんぞに邪魔されてたまるか、と。少女は言うのだ。だから、俺は何も言えなかった。

 翌日は晴れた。全く気持ちのよい天気であった。家を出るときに南を見やれば、はっきりと白妙の衣が干してあった。だけど俺は、もうそこにはいけない。神の怒りなどではない、ただ、俺の意思で。


 * * * * *


 意思の強さ故か、弱さ故か。覚悟があった故かなかった故か。未だに分からない。出仕の決まったあの日、俺はもう少女と会わないことを決めたのだ。全く勝手に。
 やりたいこともわからないまま、ずるずると先延ばしにしていた出仕に引きずられる姿など見せたくなかったのか。少女と話すと何もかもを捨てたくなってしまうと思ったのか。分からない。分からないが、会ってはいけないと思った。
 最後と分かっていたあの日に何も言わなかったのも、揺らいでしまいそうだったからだ。ただ、自分が。
 そうして十余年、記憶にも蓋をして。

「天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは」

 今の今まで、思い出すことすらしなかった。酷い話だ。せめてきちんと別れを告げてやるべきだった。少女は、あれからも衣を干したのであろうか。一体、どれほどの間。

「おや懐かしい」

 青年が灯りを片手に室に入ってくる。確か彼も貫之殿に草紙を押し付けられていた一人だ。

「てっきりもうお忘れになったのかと。……ああ、雷の音で思い出されたのでしょうか」
「……一体、何の話だ。何故お前がこの歌を知っている」
「ふふ、簡単な話ですよ。それは私が作った歌だからです」

 作った――私が? つまりこの青年が。……作った、つまり。(②)俺が言葉を発せないでいると、彼はくすくすと笑い出す。

「幼い頃、私は体が弱かったもので。それで出歩くのを良しとされていなかったわけですが、あの成りもその一環です。上に兄が二人おりまして、母としては娘が欲しかったと、そういう気持ちもあったのでしょうが」
「いや……しかし、だって、話し言葉も」
「そうすると母が喜ぶもので。まあ、私も随分と楽しんではおりました。貴方とお会いしていた頃は、そろそろ男の成りへ戻そうとされていた時期でしたから、余計に」

 お転婆なのは元来の性格らしい。要は遊ばれていたということだろう。罪悪感が一気に半分ほど吹き飛んだ。ああ……そうだ。
 机に戻り、筆をとる。青年は怪訝そうな顔をしながらも手元を照らしてくれた。
 
「暗いですよ。何を――おや、私の歌を書き付けてどうするのです」
「勅撰集に推薦してやる」
「え」

 当てつけのように言ったが、正当な評価だ。良いと思う歌であれば題も詠み人も問わぬと、予め言われている。

「……せめて詠み人知らずとしてくださいね。流石に七つの時の歌に己の名が晒されるのは恥ずかしい」
「そうか? 俺は好きだけどな。俺には詠めない、まっすぐな歌だ」

 純真で、情熱的で。俺にはないものだ。俺はどうやら、感情というものを言葉に表すのが苦手らしい。身につけた技巧はそれらを誤魔化すためであったが、なかなかどうして楽しかった。だから今、こうして歌と向き合うことは嫌いではない。勅撰集などと思っていたが、要は自分の良いと思う歌を選べばいいというだけの話だ。
 朝廷にはこれまで触れることのできなかったような書物も山とある。新しいものにも触れられる、地方の話を聞くこともできる。
 これが俺のやりたいことなのか。なりたいものなのか。それはまだ、分からないけれど。

「私は貴方の理知的な歌も好きですけど、ね。夏の君」

 「夏の君」とわざとらしく強調して、楽しそうに笑う。そういえば、初めて――ではなかったわけだが、朝廷で顔を合わせたときは妙に嬉しそうにしていた。(⑩)彼はひと目で、俺が「夏の君」であると気づいていたわけだ。
 あの日から香具山に夏が来ることはなくなったけれど。幾年を経て、再びまみえたそのときに。神の呪いは、確かに解けていたのだ。(⑧)

  天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは
  ――たとえ大空を踏み轟かして鳴る雷であろうと、わたしたちの仲を裂けるものですか。


――――――――――――――――――

【引用】
こと夏はいかが鳴きけむほととぎす今宵ばかりはあらじとぞ聞く(貫之集・巻九/紀貫之)
馬並めていざ打ち行かな渋谿の清き磯廻に寄する波見に(万葉集・巻十七・三九五四/大伴家持)
春過ぎて夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香具山(万葉集・巻一・二八/持統天皇)
天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは(古今和歌集・巻十四・七〇一/詠み人知らず)

――――――――――――――――――

【簡易解説】
勅撰集に載せる和歌の選定を手伝わされる男。
太陽が暗雲に隠れすっかり暗くなった部屋で、蔀戸を落とそうと立ち上がる。
そこで雷が落ちるのを見て、昔聞いた「鳴る神」――雷の歌を思い出した。

《おしまい》
[編集済]

古き良き大和言葉に馴染みのない和歌。見事な情景描写もさることながら、2人のやりとりひとつとってもすぐに古典の世界観へ放り込まれた心地です。それでいてあえて感情的にならない再会のシーンでは、古今東西変わらぬエモンガの妙を見せつけられた感覚を味わっています。
下調べに裏打ちされた、これ以上なく風流な和歌の引用に心掴まれる作品でした。投稿ありがとうございました!
[編集済]
[正解]

No.75[ひややっこ]04月19日 17:1004月22日 00:16

『どうしてこうなった』

作・ひややっこ [良い質問]

No.76[ひややっこ]04月19日 17:1104月29日 00:20

簡易解説

平安時代のとある貴族の男と中身が入れ替わってしまった女子高生。
想い人といい感じになるために試行錯誤していた貴族の男(in女子高生)は、雷が鳴った瞬間、雷に関する短歌を思い出して、女性に贈ったのだった。

***

どうしてこうなった。
私はただ、下校中に美しい夕日に見とれていただけだ。⑦
すると後方から、同じクラスの海子が私に向かって猛突進してきたのだ。
彼女に悪気がないことはわかっている。海子は私を見ると勢いよく抱きつかずにはいられないという、はた迷惑な習性を持っているだけなのだ。
助走をつけ、寸前でジャンプし、飛びついた彼女の頭は私の後頭部に直撃した。
海子は石頭だ。
薄れゆく意識の中、やはり普段から躾をしておくべきだったと後悔していた。

「……様、亀長様!」

間近で聞こえた声にはっと我に返る。

「どうしたのですか、ぼんやりなされて」

不思議そうに私をのぞき込む三人の顔。
これでもかというほどファンデーションを厚く塗りたくり、ずいぶんと狭い範囲に毒々しいほどの真紅の口紅を塗った顔。眉はほんの少ししかなく、丸く整えられている。
オカメだ。あの旅館とかに飾られていて、十中八九、丑三つ時にカタカタ揺れるおなじみのお面。まさにオカメそのものな女性三人に、私は囲まれている。
もう一度言わせてもらう。どうしてこうなった。

「もう、ただでさえ亀長様は遅刻なさっているのですから、海子姫はかんかんですよ」
「ええと、すみません。亀長というのは私のことですか」
「あら、面白い冗談をおっしゃる。貴方様以外に誰がいらっしゃいますか」

甲高い笑い声が広がる。こっちからしたら全く笑い事ではない。
そして大きく口を開けて笑うせいで、口元の化粧にヒビが入ってるから。どんだけ厚く塗ってんだよ。怖いから。
私はとりあえず現在の自分の姿が知りたかった。

「あの、すみません。鏡とかってありますかね」
「ええ、ありますけど。なぜ?」
「ウミコヒメ?に会う前に、身だしなみを整えておきたくて」
「なぁにおっしゃいますか。亀長様の美貌が崩れるわけありませんのに」

そういいながら海子姫の召使らしき女性たちは、私に手鏡を渡す。
覗き込んでみると、そこには、マロがいた。
顔真っ白だし、眉毛はまろまゆだし。まごうことなきマロだ。正直イケメンかどうかは判断がつかない。そもそもこの時代――おそらく平安時代――の美的感覚がわからない。
なぜ女子高生の私が平安時代のマロになってしまったんだ。呪いだ。悪い夢なら覚めてくれ。

「ほらほら、早くしてくださいまし。海子姫はずっと奥で待っていらっしゃいますよ」
「えっと、本日はどういったご用件で」
「まあ!ひどいわ。海子姫と結婚してくださるのでしょう?」
「ケッコン」
「そうですよ。もうわたくしたち一同楽しみにしているんですから」
「ナルホド」

私はその場で頭を抱えた。完全に入れ替わる性別を間違えた。見合いってことか?冗談だろう。自慢じゃないが、生まれてこの方彼氏いたことのない私に何ができるっていうんだ。②
すまないな、亀長様。私は確実に破談に持っていくことになる。

「姫様もあの御性格ですから、なかなか貰い手がつかなくて……。だから貴方様が貰いたいとおっしゃったとき、一家総出でお祭り騒ぎですよ」
「はぁ」
「海子姫は素直じゃないからあんな態度とってますけど、本当は亀長様にメロメロですよ」
「メロメロですか」
「はい!あとはもう、ちょっとかっこいい台詞をおっしゃってくだされば、イチコロですとも」

にやりと笑った女性のおしろいに、またピシッとヒビが入る。
おいおい、ずいぶんな言われようだな海子姫。
そして私は皆さんのご期待に沿えるような、かっこいい言葉をささやける男ではない。しがない女子高生だ。
そもそもこの時代の女性のツボがわからない。御簾に壁ドンしたらおそらく大惨事だよな。
三人に急かされて、奥の部屋へと向かう。襖を開けば、仄暗い部屋の中、御簾が垂れていた。おそらくその後ろにいるのが海子姫だ。

「ずいぶんのんびりとしたお出ましですこと」

あ、すっごい怒ってる。いっそ「お帰りください」な雰囲気だ。④
おそらく海子姫はプライドが高くて、とげとげしいタイプらしい。
顔に冷や汗が流れ落ちる。化粧が取れてお化け見たくならないか不安だ。

「た、大変失礼いたしました」
「その程度の謝罪で私の怒りが収まると思って?!」

ヒステリーを起こす海子姫。確かに、大和撫子が良いとされるであろうこの時代に、この沸点の低さは嫁の貰い手に困るのも頷ける。
遅刻した亀長も悪いが、何もそこまで怒らなくてもいいではないか。

「あなた、体調を崩したわたくしのお見舞いに来てくださるって、文をくださいましたよね?『午の刻』に来てくださると」⑤

午の刻。私のあいまいな古文知識では確か正午当たり。

「今、酉の刻ですわよ?!」

酉の刻。大体、十八時。
……前言撤回だ、海子姫。六時間の遅刻は許すまじ。往復ビンタくらいしてやってもいいよ。亀長様どうしようもない男だよ。

「もう本当に……申し訳ありません」
「それに貴方、私を待たせておいて、森に行ってたそうじゃないですか」

いや本当に何してんだよ、亀長。そこは他の女性のところに行ってたとかじゃないのかよ。それはそれで酷いけどな。

「え、えーっと、体調を崩された海子姫のために、よく効く薬草を採取しようと思いまして……結局見つからなかったのですが」①

我ながら苦しい言い訳だ。もう少し何かなかったのか、私。

「そ、そうですか……。なら、先にそう言ってくれればいいのですよ」

しかし、返ってきた反応は想像していたものとは全く違う。ずいぶんと語調が柔らかくなっている。照れすら混じっている。
ちょろい、ちょろすぎるぞ海子姫。そして私の心は罪悪感で瀕死だ。
とりあえず、第一難関を超えた私。次に襲ってきたのは、沈黙という名の強敵だった。
話題がない。「沈黙を破る」は私の苦手なことランキング第二位だ。

「ほ、本日はお日柄もよく」
「今日雨ですけどね」

やっちまったー!私は心の中で絶叫する。おおっと120デシベル。ジェット機級だ!
だって仕方ないじゃないか。こんな特殊な状況で私の持ち札なんざ「本日はお日柄もよく」か「ご趣味は?」しかないもの!

「では、好きな食べ物は」
「……その質問、前回もされましたよね」

やっちまったー(二回目)!
というか、もうちょっと話題あっただろう、亀長様!私が言うのもなんだけど、もう少し面白い話してあげようよ!

「お団子ですわ」
「いいですね!」
「まあ、あなたはお嫌いだとおっしゃいましたけど」
「……」

なんてこと言ったんだ、亀長様。好きなもの相手に尋ねて「まあ僕は嫌いですけど」って答えたんだとしたら、とんでもない男だ。
うすうす勘付いてはいたが、おそらく亀長様、「残念なイケメン(マロ)」ってやつだ。海子姫が愛想を尽かさないのがすごい。
でも、ある意味二人はお似合いなのかもしれない。応援してあげたいところだが、海子姫をイチコロにするという言葉が私には思いつかない。
完全に降参だ。こんなことならば、源氏物語とかをもっと読んでおくべきだった、と後悔していた時だった。⑥
突如、雷鳴が轟いた。ずいぶん大きい音がしたから、かなり近いところに落ちたようだ。

「ひっ」

短く悲鳴が上がる。

「海子姫、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫よこのくら……ひぃっ!」

ドシャアン!先ほどよりもずっと大きい音がする。その衝撃で畳が揺れた。

「いやぁあ!」

海子姫の声がしたかと思えば、御簾からにゅっと日本の腕が伸びて、私の腰に絡みつく。
そちらに視線を向ければ、小刻みに震える海子姫が必死になってしがみついていた。ひどい怯え方だ。
さすがに気の毒になってあたりを見回す。庭へと続く障子が少し開いていた。ここを閉めれば、少しはましになるかもしれない、と立ち上がろうとする。しかし、巻き付いた姫によって思うように身動きが取れない。

「姫、障子を閉めたいのですが」
「……いかないで」

消え入りそうな声が聞こえた。
なるほど。これは、意外とかわいいかもしれない。このギャップを味わえなかった亀長様は、お気の毒だ。きっと日ごろの行いが悪いせいだろう。⑨
次の瞬間、障子の隙間から閃光が見えた。爆発音のような巨大な雷鳴に、思わず肩を跳ねさせる。
姫からはすすり泣く声が聞こえる。気絶しなかっただけ大したものかもしれない。
彼女が少しでも落ち着くように、優しく背中をさする。
雷の距離はだんだんと遠のいていっているようだった。

「……お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえいえ、かわいらしかったですよ」

私がくすくすと笑いながら返せば、海子姫はむっとして言う。

「あなたはずいぶんと余裕だったようで。私の情けない姿は面白かったですか?」

その言葉に、今度は私の脳内で雷が落ちた。いつだったか、国語の資料集か何かで見つけた一番のお気に入り。もしかしたら、女性たちの言う「かっこいい言葉」になるのかもしれない。③

「天の原 ふみとどろかし なる神も 思ふなかをば さくるものかは」
「え……」

天空で大きな音を響かせる雷も、思いあう二人の仲を裂けるものではない。
私は目を細めて言った。

「あなたがいるのだから、雷など気にしていられなかったのですよ」

私の言葉に、海子姫は花が咲いたように笑った。⑩

ゴロゴロ、ドシャーン!

不意に、静まっていた雷が鳴り響いた。

「いぃやああぁぁぁ!!!」

海子姫が私に飛びつく。その頭が、勢いよく私の顎に直撃する。
海子姫は、石頭だった。あれ、デジャヴ。
薄れゆく意識。そうだ、最初にここに来てしまった時と同じ感覚。ようやく、この呪いから解放されるのだ!⑧
私は海子姫の亀長様を呼ぶ声を聴きながら、目を閉じた。

***

飛び交う銃声、舞う砂ぼこり。
目の前でウエスタンハットをかぶった男が、銃をくるくると回し、ホルスターに入れる。
そして加えた葉巻を口から外し、フッと宙に吐き出すと、こちらを見て、にやりと笑った。

「おいおい、どうしたんだいミスター・タートル。シケた面して、男前が台無しだぜ。ハッハッハッ!」

どうしてこうなった。





※短歌は古今和歌集(詠み人知らず)より引用しました
[編集済]

冒頭の簡易解説を読んでなんとなく察してはいましたが、今回の創りだすにてここまで笑いを追求した作品は他にはありません。二人の間で交わされる会話で畳み掛けられました。
最後の和歌もかっこよく決まった…と思いきや、まさかのギャグオチ。ひややっこのセンスもキレッキレです。
こんなご時世だからこそ、笑顔が一番!投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.77[ビッキー]04月20日 01:2104月22日 00:16

忘れないうちに、またね。

作・ビッキー [良い質問]

No.78[ビッキー]04月20日 01:2104月29日 00:21

ああ、ばあさん。
どうして、そんなところに、いるのかね。
腰を、また悪くするじゃないか。
ほれ、こっちに、座んなさい。
ほれ、頑固なんだから、昔から。
そういうところ、だからな。

そうだ、ばあさん。愚痴を聞いてはくれないか。なに、そんなに長くはならないさ。
あのね、最近、どうしても、忘れっぽいんだよ。それで、よくね、みんなに怒られてしまうんだよ。どうしたものかね。ばあさんは、なんでも、覚えてたもんなあ。私は、ダメだなあ。何をしても、みんなに迷惑を、かけてばかりなんだ。そりゃあ、煙たがられるのも、無理ないのかも、しれんなあ。(④)
もう、ばあさん以外に、愚痴を聞いてくれる人も、いないんだよ。はは。寂しかあないさ。いつだったか、話したじゃないか。老いには勝てないのさ。参ったなあ。(⑥)

ああ、ばあさん。この変にしておこう。ほれ、聞こえんかな?もうお昼時なんだ。ふふ。ばあさんも、耳が、遠くなったんじゃないか?ふふ。どれ、ほら、お味噌汁のいい匂いが、してきたじゃないか。ばあさんには敵わないが、彼女もいいものを、作れるようになってきたんだ。毎日、密かに、楽しみなのさ。ふふ。

「ご飯できたよー!」

お、ほら、ばあさん、行こうか。
え?どうして。なーに、そんなことは、気にしないでいい。私が立っていれば、いいんだ。そうだろう?ほら、みんなのところへ、行こうじゃないか。どれ、よっこらせと。
歩くのも、一苦労だよ、全く。あれ?ほら、ばあさん。全く、頑固なんだから。大丈夫だよ。全く。先行ってるぞ。


「おじいちゃん座んないの?」

「あ、ああ。今から婆さんが来るからな。
ほら、椅子が、足りんだろう。」

「、、座りなよ。おじいちゃん、うまく箸も持てないんだから。ほら、じゃあ椅子、おじいちゃんの隣に置いておくから。はい。」

「いーんだよ。ユカリ。放っておけって。
もう物が分からないんだよ。」

ばあさん。ほら。ユカリが、やってくれたぞ。全く。最初から、来れば良かったんだ。
見ろ、ばあさん。この味噌汁は、ユカリが作ったんだぞ。ばあさんの血が、しっかり、流れとると思わんか?そのうち、ばあさん、越えられてしまうかもな。ふふ。冗談さ。そう不機嫌に、ならなくてもいいじゃないか。

ん?ユカリか?そうだなあ、生まれてきたときは、父親似で、男みたいでな、(②)どうしたものかと思っていたが。意外と、可愛らしく、なったじゃないか。(⑨)ユカリは、昔から、ばあさんにだけは、べったりなんだよなあ。私には、ちーっとも懐いて、くれんかったな。ん?はは。そうだね、そんなこともあったなあ。
そういえば、いつだったか、ばあさん、体を壊してしまってね、珍しく。ふふ、覚えてるかい?ユカリ、大層焦ってね、泣いて泣いて。大変だったんだ。薬を探してくる、なんて言って、森で迷子になったり、してたっけな。(①)ふふ、知らなかったかい?まだ、小さかったからなあ。え?大袈裟じゃあないさ。ユカリは、ばあさんが大好きで、、。
ほら、ばあさんが元気になって、会いに行った時は、もう、はちきれんばかりの、笑顔だったじゃないか。(⑩)
お前が、体調を崩すと、泣いてばかりなんだ。ほら、この間だって、、。いや、、。ダメだなあ。ユカリ、大泣きでなあ、、。
どうしてだったか。ダメだなあ、ばあさん。
ふふ、気になってしまうかい?悪いなあ。いつもの、悪い癖だな。すまないね。

「ご馳走様。ユカリ。味噌汁、上手になったな。じゃあ、私は、縁側に」

ほら、ばあさん、行こう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ユカリ、どうして言わなかったの?」

「え、だってなんか、言いにくいじゃん。」

「舌までボケちゃったのかなあ。」

「んー、、。えーちゃんと味噌汁自分で作れるようになろうかな。」

「分かんないよ。おばあちゃんも実はインスタントで作ってたのかもよ」

「えーそれはないよ。あーおばあちゃんに作り方教えてもらっておけば良かったなー。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ああ、ばあさん。中に入ろうか。
雨が降ってきたね。風邪をひいてしまうよ。
え?ダメダメ。またユカリが泣いてしまうじゃないか。ふふ。
しかし、これは、ひどくなるかもなあ。
ふふ、雨といえば、ばあさん。いつだったか、花火の帰りに、雨に打たれたことがあったね。ずぶ濡れだったけなあ。ふふ。
無我夢中だったもんだから、あいつが、迷子になったのも、気がつかなかったなあ。
ふふ。可哀想なことを、したもんだね。
息子に怒られたのは、あれが初めてだったかも、しれないね。お詫びに、動物園に、連れて行ったんだっけな。でも、あいつ、結局馬に噛まれて、泣きながら、、。(⑤)
ん?なんだって?おお、本当だ。光ってるなあ。これは、嵐になるかもなあ。こういうのは、急に、くるんだよなあ。

「おじいちゃん!そっち暗いからこっちきなよ!こたつつけたよ!ってうわ!!!!!!もー本当やだーー!」

「なんだ、ユカリ、怖いのか、雷。ふふ。」

「怖いよ!うちは雷が怖い家系なんだから!」

「い、いやパパは怖くないぞ」

「おばあちゃん、パパは雷に震えてたって言ってたよ。背中さすってもらってたんでしょ?」



ああ、そうだったけなあ。ばあさん。背中さすってたっけなあ。家系か。ふふ。あいつは確かに、怖がってたなあ。


ドン!!バリバリバリ!!!!!


「きゃーーーーーわーーーー!!!!
無理無理無理ーーーー!!電気!電気!」

「ちょっ、ねえ!パパ!電気は!?」

「いや、ちょ、待って。やばいやばい。
どうしよう。」

「ねえ!ちょっとだれか!みんなどこ!?
怖い怖い!、、わ、え。」

「ユカリ。こうやって、背中をさすると、どうだい?怖くないぞ。おじいちゃんが、ここにいるからな。おばあちゃんの、おまじないなんだよ。」

そうだ。それから。こうやって真っ暗な時は、ばあさん、歌を歌ってたな。泣く子も黙る。綺麗な声だった。ふふ。若かったんだなあ。ばあさん。透き通ってて、いい声だったっけなあ。そうそう、こんな、、。

「…」

「親父、それ、、。懐かしいな。」

「え、なに?なんの歌?」

「死んだお袋がよく小さい頃、、。」

「ねえ!!パパ!!」

「あ、、。すまん、口滑った。」




ああ、そうだね。ばあさん。
どうして忘れてしまっていたんだ。
ダメだなあ。私は最近、忘れっぽいんだよ。
急に思い出してしまったなあ。約束したっけな。一人で大丈夫って。心配かけんように。
ふふ。もう、私の愚痴も、聞いてくれないのかい。そういえば、ばあさん。この先の、歌詞がね、思い出せないんだよ。何だっけな。
いつも、こうなんだよ。大事なことを、忘れてしまうんだな。おい、ばあさん。聞いているのかい?続きさ、続き。ばあさん。教えて、くれないのかい?

「もう、会えないのかい、、。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



記憶は時に人を呪うと、誰かが言っていた。
あの日、きっと確かにおじいちゃんはおばあちゃんの死を受け入れたんだと思う。
おじいちゃんは、何も思い出したくなかったんだと思う。きっと誰よりもおばあちゃんを大切に思ってたから。
暗くて怖い夜が明けて、おじいちゃんは毎朝自分でお味噌汁を作った。お味噌汁は自分で作らないと、もう出てこないと、気付いたからだと思う。おじいちゃんは独りで進み出した。彼を縛る記憶は、もうないのだろう。(⑧)



「おじいちゃん!こっちきなよー!日沈んだら身体冷えちゃうよー」

「ユリカ、それよりこっちにきてご覧。」

「、、、、。はいはい、、。うっ!さっむいな〜外は、、。」

「綺麗な、夕日じゃないか。(⑦)ばあさんに見せて、やりたくてなあ。ふふ。代わりに、ユリカに、見てもらおうと、、。」

「おじいちゃん、私はユ、カ、リだよ。」

「ふふ。こりゃあいかん。いかんなあ。」



おばあちゃんがいなくなった今、私はいちばん忘れたくない人なんだって。(③)
私にそう伝えると、おじいちゃんは包み込むように、大事な物を確かめるように、私の背中をさするのだった。








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幼い少年少女を描いた前作品とは打って変わって、今回は悲しみを抱えるおじいさん。どちらも描写が難しいところでしょうが、句読点を多用する一人語りによって一言一言が胸に訴えかけてきます。過去を思い出すということの意味を、読者に考えさせる物語でした。
⑧や③の回収が限りなく好みです。投稿ありがとうございました!
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No.79[くろだ]04月20日 04:5004月22日 00:27

許してあげない

作・くろだ [良い質問]

No.80[くろだ]04月20日 04:5004月29日 00:23

リビングで静かに眠る少女が一人。

食卓机に突っ伏してすやすやと寝息を立てている。その机には少女が作ったのか、ひとりでは食べきれないほどの料理。

少女は夢の中で大切な思い出の中にいた。

運動会のクラス対抗リレーにでる4人の選手を決めるくじ引き。私は見事引き当てた。しかもアンカーである。初めはほとんどみんなに反対された(④)。足の速い子には特に。実際私の400mの記録はクラスでも真ん中くらいだから、仕方ないんだけど。
「海子あんまり足早くないじゃんか」
「あーあ、今年はびりっけつだ。」
「やめなよ、海子ちゃんだって好きでなったんじゃないんだよ!」
確かにそうだけど・・・。

すごい悔しくて、私たくさん走ってたくさん練習した。私だっていちばんじゃないと嫌(③)だったの。だってお父さんが来てくれるんだもん。いつもいーつも仕事だからって、授業参観はもちろん今まで一回も学校の行事になんか来てくれなかったのに。それが今度の運動会の日はたまたま会社が休みだからって。お弁当頑張って作ろうかな。髪型が短くてよく男の子に間違えられる(②)けど、お母さんに教わったお料理は得意なんだから!花嫁修業だなんて笑ってたっけ。

本番当日。運動会も大詰め、綺麗な夕日(⑦)の中ではじまるクラス対抗リレー。割れんばかりの声援がうるさいくらい。「赤組―!負けるなー!」「白にげきれ!」「青はやけくそだー!ちくしょー!」「黄色逆転ねらえ!」

乾いたピストルの音、いよいよリレーが始まる。

私に回った時点で2位。1位との差はまだ巻き返せないことはない。文句を言ってた子達も今日は味方。たくさんの声援が私の背中を押してくれるような気がして、まるでエンジンがついたみたい。1位の子の背中が迫る。肩が並んだ。

私はゴール係に受け取った白い旗をかかげる(⑥)。

やった!私一着だよ!お父さん!
手にした旗を振りながらはちきれんばかりの笑顔で(⑩)、観客席のお父さんを探す。

いた!私はお父さんのもとに走っていく。リレーの時より、鳥より、何なら馬が走るよりずっと速く(⑤)!

こんなに速く走っているのに、なぜか遠ざかっていくお父さん。いつの間にか自分がどこにいるかもわからない。
お父さん、お父さん・・?どうして?どうして帰ってきてくれないの・・・。



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暗がりで静かに佇む男が一人。

さきほどまで男は仕事をしていた。窓を背にした机で、パソコンの画面を見つめる目線は、ここのところの残業とたまりにたまった疲労を物語っている。いつの間にか外では大雨が降りだし、雷も近い。念のためと保存作業をして電源を落とすと、案の定雷が落ちたらしく停電した。古い建物だから予備電源なんてありはしない。雨はやまないし、雷もまだ近い。どうしたものかと暗がりでしばらく考えていると、再び窓の外に落ちた雷で机の上が一瞬明るく照らし出される。卓上カレンダーの今日の日付に○がしてある。なんだ、なにか忘れていないか。

そうだ今日だった。

急いで帰り、玄関を開ける。傘をさしていたにもかかわらず右肩がひどく濡れている。

机で寝てしまった海子の横に座り、優しく頭をなでる。こうしていると、小さい頃読んであげた絵本を思い出す。
「あるところに仲良しな家族が住んでいました。ある日女の子はお母さんのために薬をさがしに森に行きました(①)。・・・。」
君はあの絵本がとっても好きだったね。なんでだったかなぁ。

海子にはこのままもう少し眠り姫でいてもらおうかな。目が覚めたらきっと怒るだろうから。

ごめんね、仕事が忙しいのは本当だったけれど、大事な君の誕生日を忘れていたなんて。どうかしていたんだ。海子のためなんて言い訳をしていたけれど、向き合うのが怖くて、忙しさに飲まれていたかったんだ。あいつを守れなかった自分を呪っていた。もうやめよう(⑧)。海子をちゃんと、大切にしよう。

運動会の時も思ったけど、本当に料理が上手になったね。味付けがあいつそっくりでちょっと泣きそうだったんだ、お父さん。海子の好きなお店のケーキも買ってきた。目が覚めたら一緒に食べよう。プレートの文字はお父さんが書いたんだ。意外とかわいい文字だなんて笑わないでくれな(⑨)。


ハッピーバースデー海子

優しいお父さんの歌声に、私は実は目を覚ましたのだけれど。もう少しこのままなでてもらおうかな。
もう少しだけ。


終わり。

簡易解説
男は雷の光で照らされたカレンダーで娘の誕生日(と歌)を思い出し、忘れていたことを詫びながら歌を歌う。

[編集済]

『リビングで静かに眠る少女が一人』『暗がりで静かに佇む男が一人』の呼応に唸らされました。娘の象徴的な夢の後に父の想いが語られることで、近くて遠い親子のふとした心の触れ合いがあたたかいものとして感じられます。
雷を光源として用いる解説もお見事でした。
投稿ありがとうございました!
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No.81[くろだ]04月20日 12:3704月22日 00:27

天空の城ラテラ

作・くろだ [良い質問]

No.82[くろだ]04月20日 12:3704月29日 00:26

暗がりで静かに佇む男
ウミオ「あれ、このシーンどっかでみたな」
カメオ「ああ、これ天空の城ラテラやん。えーと話の筋はたしか

空から少女が落ちてくる。
受け止める少年。

朝、床から起き上がりラッパを吹かせて鳩を放つ少年。音に気付いて起きた彼女を、少しでも和ませようと父さんの事や空飛ぶ城ラテラの事を話していると、彼女もぽつりぽつりと話してくれた。海賊に追われているらしい。なんでも両親の残した牧場で、馬の世話をしているとさらわれたらしい(⑤)。玄関扉からは誰かの声がする。もしや。こうなったらどうにかして逃げないと、彼女に帽子をかぶせておさげを隠し、服も貸してあげよう。

訪問者は彼女を男だと思ったらしい(②)。うまくいった。横をすり抜ける。軍と怪しい男にも追われて、親方や森に薬を探しに行ったウミじいさんに助けてもらい逃走を続けた(①)。途中では彼女の持つ不思議な浮遊石で空を飛んだり、なかなかの大冒険。しかしあえなく捕まってしまう。

白い旗のあがる軍の要塞で、少年は独房、少女は別室で監禁された(⑥)。少年にラテラをあきらめるように諭す少女。そんな、そんな簡単に諦められるはずないじゃないか・・・。言い返せずに要塞から釈放されるものの、なんと自宅には彼女をさらった海賊が!奴ら彼女のことをあきらめていないらしい。僕だってあきらめてなるものか。女首領に直談判、他の構成員には歓迎されていないようだが、なんとか認めてもらえたようだ(④)。「30秒で支度しな」すこし厳しい。

なんとか要塞から少女を救い出すものの、天空の城ラテラを探すカギとなる浮遊石は男に奪われてしまった。それでも彼女が石の光が射した方角を覚えていてくれたおかげで、引き続き海賊船には乗れるようだ。「きれいな夕日の方を指したから・・・きっとその先にラテラが」(⑦)。途中女首領の部屋をちらっと除いたが、若いころの肖像画は意外とかわいかった(⑨)。彼女もあんな感じになるのだろうか・・・。

軍艦に追われながらも僕と彼女は海賊船のいかだに乗ってラテラにたどり着くことができた。一番乗りだ(③)。あまりに牧歌的な風景に思わず笑顔がこぼれる2人、笑いながらくるくると踊っていたら落ちそうになり真顔になる(⑩)。探索を始めると、どうやら軍艦も到着しており、件の男はラテラの中央部に消えたらしい。

男はラテラの秘密を知っていたのだ。空に浮かぶ巨大要塞としての中枢がある場所も、彼女の持っていた浮遊石が鍵となることも。暗い部屋で一人、ラテラを司る黒い石に浮遊石をかざす。その瞬間雷が・・・」

ウミオの脳にも落雷がごとき衝撃が走る。

ウミオ「ああああ思い出したわ、めっちゃテレビでやってるやつ」
カメオ「バルスまでやらせて、そこで呪いが解けてラテラ解放されんねんから(⑧)・・・。エンディングの歌わかる?」
ウミオ「わかるわかる、あの、ナイフとパン渡すやつな?」
カメオ「せやな」


お わ り

簡易解説
とあるシーンを見ていた2人。1人の解説によりもう1人が電撃的に内容を思い出し、ついでに歌も思い出した。
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この問題文にこの要素、言われてみれば確かにぴったりだったかもしれません。元ネタを知った上で読むと、おおあのシーンかと膝を叩くこと何度も。
カメオのあらすじ説明が上手すぎて、電撃的に思い出すのにも頷けます。
投稿ありがとうございました!
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No.83[Hugo]04月21日 19:1004月22日 00:27

綿密な計画

作・Hugo [良い質問]

No.84[Hugo]04月21日 19:1104月29日 00:30

簡易解説
 家でパソコンをいじっていた男。夕方ごろ、すぐそばに雷が落ちパソコンが壊れてしまった。新品のものを買うため久々に電車を使ったところ、駅の発着のメロディが聴こえてきた。そういえばこんな曲もあったなあと思い出すことになった。

本文
 案ずるより産むが易しとの言に従い書くだけ書いてみた文章も終盤に差し掛かった。第22回創り出すのタフな要求を満たす作品をなんとか完成させられると思ったそのときだった。
 顔面を照らす強烈な閃光、そしてほとんど遅れることなく鼓膜を破る轟音が響いた。あまりのことに唖然としてしまった。こんな近くに雷が落ちるとは。
 ところで、雷が落ちると言うと「雷」という何らかの物体が雲の上なり宇宙なりから落っこちてくるというイメージを抱きたい。実際にそう思うかはさておき。棚ぼたの要領で、こうとても重いものが上から転がり落ちてきたみたいな。
 話を戻すと、今しがた文章を完成させかかっていたパソコンが、その雷の影響かプツリと画面を映さなくなってしまった。急ぎ電源ボタンを押すが反応しない。終わりだぁ。

 その他自宅の電機類が結構やられてしまっていた。こういうとき一般人類は冷蔵庫を心配するだろうが、僕の場合は酒類を少しとコストコのパンを大量に詰め込んであるだけなので平気なのだ。パンが三密状態でイースト菌感染間違いなし。
 さて困ったことに世間を騒がせるコロナウィルスの影響でパソコンを買いにいくこともできない状態だった。不要不急の外出を避けろということだ。いやしかし考えてみれば急を要する案件であるのは確かだ。一方で、取り急ぎ必要というわけではない。
 密林ことアマゾンの注文では間に合うかどうか、見積もり何日か。冷や汗が頬を伝う土曜日の夜。考えても解決に至らないならと開き直り、ビールの冷たいうちに孤高に飲もう。白旗だ。
 酔いが回ってくると過去の後悔を始める嫌な質だった。以前SNSで、絡んだことのない人間の「コロネ」という発言に太陽のコロナを説明したwikipediaのリンクを無言でリプライしたときのことが真っ先に思い浮かぶ。申し訳ないというかなんというか、自らを社会的に公開処刑してるだけ。
 バカは死んでも治らない。墓場まで持ってく秘密、教えない。つける薬があればいいし、偉人の爪の垢を煎じて飲むのでも効果があるのなら。薬を探してどこまでも、火の中、水の中、草の中、森の中、土の中、雪の中、あの子のスカートの中まで行くようであればやっぱり馬鹿。ファイアレッドより昔との噂。このご時世はネット、どんな薬でもやはり密林で探すのが一番だな。

 一晩寝て、やっぱりパソコンを買いにいくことにした。無いと困る。バイトが休みで細やかな電車賃もボディーブロー。でも背に腹は変えられぬ、どうでもいい苦労。骨折り損だが儲けはくたびれだけじゃない。ところで背と腹のどっちを捨ててどっちを守ってるんだろう。切腹というから腹を守ってるのか、背中の傷は武士の恥ということで背中を守っているのか。
 どちらにせよ、死ぬときは笑顔でいたい。期待でも悲願でもないが、病気か呪いで死ぬのは例外。とても嫌だ。彼岸は健康体で拝みたい。神社に祈願でもすれば呪いは解けそうな気がする。コロナはアビガンが頼みの綱なのか。
 情報が錯綜している。誰の進言を実行すればいいのだろう。空海?それは真言宗、密教。そういえば、仏陀の像を初めて見たときは女の人かと思っていた。本当は男性らしいし、厳密には両性のモチーフだという。
 店に着くと店員が一言、よく来られましたね。歓迎されているのか、真綿で首を絞めているのか。表裏一体、密接な関係。でも本当に歓迎してるならいらっしゃいませって言ってるか。実際閉店ギリギリだったし迷惑だったかもしれない。計画性を持ちたい。
 兎に角。兎よりも馬の方が角をつける印象。アルミラージ、かユニコーン。後者に丸。電車に乗った。降りたくない、しばらくは。重い荷物で疲れてしまった。車窓から眺める夕日が綺麗。未明の空も好き。
 しばらく自宅に籠っていたから電車に乗るのは久しぶりだった。感慨に浸る。あんまりないことじゃないか。とある駅に停まったとき、地元にゆかりのメロディが流れた。これも最近聞いていなかったから、すっかり忘れていた。歌詞を思い出しながら、それが主題歌だったアニメの空想に浸る。あの丸っこいデザインのキャラが昔は嫌いだったが、今見ると意外と可愛げがある。到着までまだ時間がかかる。のんびりしていよう。

 雷が落ちた。これは言い間違い。だいたい「靴紐を固く結びすぎた」を「靴を固く結びすぎた」と言ったり「目から鱗が落ちた」を「目が落ちた」と間違うのと同じ。はにかみながら訂正。雷から「田」が落ちた。最寄り駅から一歩出ればどしゃ降りの雨に晒されるだろう。
 傘はない。
 買いたてのパソコンを庇いながら走った。

おしまい
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作者と読者の評価が一致しない、というのはこれまたよくある話で、ご自身では悲しいと呻いてらしたこの作品も、フゴさんの文章力に惚れ込んだ私としてはそれを十全に味わうことができたと感じています。
時事も含めつつ展開される思考の中で回収される要素も、雷が落ちてから歌を思い出すまでの時間差も、フゴさんにしか描けない作品だったと思います。
投稿ありがとうございました!
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No.85[Duffyφ]04月21日 20:1004月22日 00:30

斜陽と屈折

作・Duffyφ [良い質問]

No.86[Duffyφ]04月21日 20:1004月29日 00:33

《詳細解説》
もう白旗です。ここに遺書を綴ります。きっとこれも燃え尽きるでしょうが。[⑥]
私は決して自殺したわけではありません。全てはあの女のせいなのです。

「うう…薬草を…辛い…」
そう呻く上を見て私は薬草を取りに馬に乗り、森へと向かったのです。[①][⑤]
その道中のことでした。彼女と出会ったのは。

「金がないのです。少し占いをしていきませぬか?」
美しい透明な玉と鏡。よく分からないものを持ち、布を顔にかけた彼女はそう私に尋ねました。
「申し訳ない。私は今少し忙しくてね。」「否、でもあなたは見るに、高貴な身分のお方のようだ。高貴な者は貧しい者を助けてくれるのではないのですか?」「ええい、うっとうしい。私は今から薬草を取りに向かうのだ。この世で一番偉い者にお使いを任されているのだ。」[③]

私がそう言うと彼女は黙りこみ、布を捲りました。見てはいけないものなのかと思ったが、意外と可愛い普通の女性でした。[⑨] 彼女は透明な玉と向き合い、ぶつぶつ呟き始めました。あっさりと聞き流しましたが、今思い出すと彼女なりの呪いだったのでしょう。

「こんな貧しい私を歓迎して受け入れるということさえ、してくれないのですね。人としての心がないお前に呪いをかけました。家路に気をつけるんですね。」[④]
「そんな簡単なことで呪いがかかる訳がない。さらばだ。」

呪い?そんな馬鹿なことあるわけないでしょう。結局私はすぐに森にある薬草を取ることができました。開けた草原に咲く瑠璃色の花がそれです。少し開けている場所で、美しい夕日もよく見える場所です。[⑦]ただ、この辺りにはそんな場所、いくらでもあります。開発なんてされていないのですから。さっきの女がいた所からでも、夕日はよく見えるはずでしょう。
まあそんなことはどうでもいいです。帰路についた私は彼女の言葉を思い浮かべました。「結局、呪いなんてかかってなかったんだな。」そう私は嗤いました。

しかし。もうすぐ森から抜ける、、そんな時私が見たのは、ボーボー鳴りつづける森でした。真っ赤に染まった森でした。火が燃え盛る森の姿でした。もうすぐ外に出られるのに。
戸惑っていると、雨が降り始めました。とんでもない豪雨です。「良かった。この雨なら炎も収まってくれるだろう。」そう思っていました。しかし目の前の炎は全く消えません。取り敢えず森の中でやり過ごそうと逃げようとした途端、目の前に雷が落ちました。
雷が落ち燃え盛る木々。後ろの山火事に囲まれた私は、四面楚歌です。

燃え盛る炎を見て、私は思い出しました。彼女がぶつぶつ呟いていた台詞。あれは、紛れもない和歌でした。それも…とてつもない怨みと「殺意」の。

後ろを振り向きます。火の奥にうっすら映っていたのは、鏡と透明な玉をしまいながらこちらを見る女。呪いは解けています。きっとそもそもかかっていないのです。[⑧]豪雨になってようやく道具をしまった彼女。あそこは夕日がよく見える場所です。きっとあれを使って何かをしたのです。信じられないことかもしれません。私も分かりません。呪いに思えるかもしれません。でも…私はあいつが怪しくて怪しくてたまりません。


こちらを見る彼女は笑顔でした。[⑩]彼女は、今も皆様のそばに潜んでいます。早く、早く捕まえてください。


追伸、平仮名混じりの文、そして自分のことを「私」と呼んでいますが、私は男性。亀夫といい、かのうへにお仕えしています。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」なんて。最期に冗談くらい言わせてくださいな。[②]


もう雨は止みました。私もどうにか逃げ出せましたが、いつになったら家に帰れるかわかりません。今から炎へ身を投げます。さようなら。終



【簡易解説】
時は平安。天皇のため薬草を取りに来た男の使いは、道中貧しく時代錯誤な女占い師に出会う。お金を要求されるが男はこれを断り、占い師に恨み言を言われる。薬草を取った帰り、山火事に会った男は逃げようとするも、雷により四方を炎に囲まれる。この時男は女が呟いていた殺意に溢れた和歌を思い出しこれが呪いではなく正真正銘の焼殺計画であることに気づくのだった。


[編集済]

今回何作かあった平安時代編ですが、これほど『呪い』にフォーカスした作品はありませんでした。遺書の形式で描かれる中、女の行動の一部始終が実は用意周到な計画であったとは!と、驚きを隠せないのは私だけではないでしょう。雷から火事にかけての描写が好みです。
今後の展開も気になる作品でした。投稿ありがとうございました!
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No.87[イナーシャ]04月21日 21:5404月22日 00:30

『スキヤキ』

作・イナーシャ [良い質問]

No.88[イナーシャ]04月21日 21:5504月29日 00:34

【詳細解説】
青天の霹靂。
知っての通り、突然起こった衝撃的な出来事を表す言葉だ。
晴天は青空、霹靂は雷鳴。
即ち、晴れた日に雷が落ちるということ。
それがこの言葉の由来だ。
確かにそれは衝撃的な出来事だろう。
いや、事実衝撃的な出来事だったと言うべきか。
実際、それは私の目の前で起こったのだから。
愛しいあの人を巻き込んで。

あの日、私はあの人に連れられて⑤競馬場を訪れていた。
あの人にベタ惚れだったと自認する私だが、賭け事が好きすぎる点だけは④あまり歓迎していなかった。
いつぞやは大きく負けた後に小さく勝って喜ぶ様を見て、①賭け狂いに付ける薬はないものかと『密林』なる通販サイトを開いたものである。
あの人はそんな私を見て、私を競馬の沼に引きずり込むことを画策したらしい。
なんとも浅はかであるが、そんなところも可愛らしいと思ってしまう私も安い人間なのかもしれない。
ともあれ競馬場にやってきた私たちは、競馬場デートと洒落込んだ。

「ふむ……要は一着の馬を当てれば良いのか」
「そうだねー。三連単とかもあるけど、なんにしても③一番は凄く重要だよ!」

「む、あの⑥白旗は何だ?」
「あー、スタートやり直しの合図だね。皆戻っていくでしょ?」

「……賭け事はよくわからないが、馬とは⑨意外と可愛いものだな。あの馬は……雄か?」
「だよね、つぶらな瞳がとってもキュート! ちなみに、②あの馬は雌だよー」

競馬場を後にする頃には、あの人だけでなく私も笑顔になっていた。
一日を振り返りながら会話を楽しんでいた私たち。
ささやかながら幸せな一時、それは突然打ち砕かれた。
発光、轟音、衝撃。
それら全てが同時に訪れ、数瞬後には悲鳴が溢れた。
そんな中、私は悲鳴すら発することも出来ずにいた。
見てしまったのだ。
数歩前を後ろ向きで歩いていたあの人に、雷が直撃する瞬間を。

その後のことはよく覚えていない。
ただ、無様に泣き喚く私に対しあやすように⑩微笑んだ彼女が、嫌みなほどに⑦綺麗な夕日に彩られる様が……絶望的なまでに美しかったことだけを、覚えている。

もう、二年も前の話だ。
何故、辛い記憶に蓋をしていた私があの時のことを唐突に思い出したのか。
私は、あの件以来雷がトラウマになってしまっていた。
暗い室内に一人佇んでいた私が突然の雷鳴に我を失い、積んだままになっていた段ボール箱の山にぶつかってしまったのはそのためだ。
どうも、目の前と言って良いほど近くに大きいのが落ちたらしい。
自嘲しつつ倒れて散らばった荷物を集めようとしたその時、聞こえてきたのはあの人が好きだった曲。
視線を巡らせると、小さなオルゴールが横倒しになって口を開けていた。
……あれは、もしかして。
手に取ってみれば、間違いようもない。
私が初めて彼女に贈ったプレゼントだ。
そうだ、あの段ボール箱に入っていたのは……彼女の遺品。
頭を巡るのは、あの人との記憶。
出会いから別れまでの様々な出来事。
最後に浮かんだのは、オルゴールを送る切っ掛けになったときのこと。

『人生って楽しいことばっかりじゃなくて、辛いこともいろいろあるけどさ』
『それでも……泣くのは我慢できなくても、せめて涙はこぼさないように』
『そういう生き方を出来れば良いなって思うんだよね』
『だから、辛いことがあったらこの曲を聴いて自分に言い聞かせるんだ』
『上を向いて歩こう、って』

⑧……自分もそろそろ、下を向いて涙を零す日々を終わりにするときかも知れない。
窓を開け、静かな夜の空気に触れる。
見上げた先には、満天の星空が広がっていた。

【完】



【簡易解説】
かつて落雷事故で恋人を失った男。
以来記憶に蓋をしていたが、トラウマとなった雷に驚き荷物を倒した結果、そこから零れ落ちたオルゴールから彼女の好きだった曲が流れる。
男はそれを聞いて彼女のその曲への想いを思い出し、上を向いて歩くことを決めた。
[編集済]

まず1小節目に読者を惹き込む魅力があります。2人の楽しそうな光景から一転して悲劇。そしてそれを思い出している今の私。この構成の妙も光った作品だと思いました。
彼女がたどり着いた結論は、今の私たちにも必要なものなのかもしれませんね。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.89[ラピ丸]04月21日 22:2404月22日 00:30

「呪いの歌」

作・ラピ丸 [良い質問]

No.90[ラピ丸]04月21日 22:2504月29日 00:35

【簡易解説】
男にはどこで聞いたのかわからない歌があった。
文化祭の日、落ちた雷の看板をきっかけに、その看板を作っていた人が歌っていたのを聞いたのだと思い出した。


【解説】

「なにをしにこんなところまで?」

 百円均一で買った安物の布を腰に巻きつけただけの、実にチープな小人・太田くんが僕にそう尋ねた。

「薬を、この森にある万病に聞く薬を探しに来たのです」①

 頭に乗ってる折り紙の冠が落ちないよう気にしつつ応える。セリフが棒読みなのは、練習量が足りないから。

「おおそれはそれは、お疲れでしょうこの先にある私の家へいらっしゃい」「よろしいのですか?」「もちろんです。あなた様のような高貴なお方ならば」

「ストップ!」

 台本をメガホン代わりにふりまわす監督、もとい委員長が僕らを止めた。

「太田くん、そこは雨風吹き荒れる嵐の中って設定だからさ、もっと声を張ってくれないと。信憑性が足りないんだよ」

 怒声が体育館にこだました。

「文化祭までもう三日しかないんだよ! うちのクラスが一番よく出来てないとダメなんだ。しっかりしてくれないかな!」

 年に一度の文化祭が近い。僕のクラスでは委員長プロデュースの演劇をする予定なのだが、なかなか完成度があがらないため焦りだしているのだ。
 そもそも演劇をすることになったのも委員長の独断で、この案自体クラスメイトにはあまり歓迎されていなかった。④モチベーションが維持できないのは致し方ない事なのだけれど。

「や、やっぱり、相手の王子役が代理の三崎くんだからいまいち気合が乗らないと言いますか……。委員長本人にやってもらったらもっとできると思うんだけど」

 太田くんが僕を指さして力ない反論。しかし、

「だから、何回も言わせないでくれるかな? オレは本番まで喉を酷使するわけにはいかないの。このシーンの後には大事な歌のシーンもあるんだから」

 委員長は幾度となく聞いた無茶苦茶な理論を口にして取り付く島もない。
 こんな具合で準備期間の間委員長はほとんど練習に参加してしてこなかった。本人曰く最大の見せ場だという歌のシーンについては一度も披露をしていない。自分で作った歌だそう。

「あの、委員長、そろそろ終了の時間です」
「なに、もうそんな時間か。太田くん、明日までにしっかり練習して来いよ。解散!」

 鶴の一声で現場は解散となった。すかさず太田くんに一人の少女が駆け寄ってくる。

「正人、大丈夫?」

 ショートカットで、遠目から見ると男の子にも見えるこの子は、太田くんの彼女・北見さんだ。男勝りな性格で、むしろ太田くんがこの子の彼女なのではと思うこともしばしば。②最近は委員長になじられる太田くんのことを心配して、大道具係なのに稽古中は舞台袖にピッタリ張り付いている。

「ああ、大丈夫だよ。ごめん、僕がしっかりしてないから心配かけちゃって」
「違う、正人はしっかりやってるって。委員長が横暴なだけだよ」
「三崎くんも迷惑かけてごめん」

 三崎とは僕の事。

「迷惑だなんて思ってない。……もしきつかったら役を降りてもいいんだぞ」
「大丈夫、大丈夫だから」
「正人、いこ」

 北見さんに手を引かれて出ていく太田くん。出口から覗くきれいな夕日とは対称的に二人の表情はうかなかった。⑦



 次の日、太田くんは学校を休んだ。
委員長は「プレッシャーに負けた弱みそだ」と腹立たし気になじっていたけれど、足手まといがいなくなってすっきりするといったようにも見えた。
三十八度の発熱があったのだと北見さんは言う。

「ここ数日の心労が出たんだ、きっと」
「そうだね。これ以上委員長からのストレスを受けなくていいって考えるしかないかな」

 委員長はいつも一番にこだわっている。体育祭も、テストも、マラソンも。一番であることを求めている。③

「一番が、狂気的に好きなんだよアイツ。周りがそれでどんな嫌な目に合ってるのか気づきもしない。ああいう人間が、それこそ一番たちが悪い。ああいうのにはさっさと白旗上げて勝ちを譲るのが楽なんだ」⑥

 思わず愚痴っぽくなってしまったが、北見さんは静かに聞いてくれていた。
 その時、彼女がメロディーを口ずさんだ。どこかで聞いた覚えのある曲だ。でも、題名が思い出せない。

「なんの曲?」

 尋ねる僕に北見は、

「呪いの曲。これで彼にいちばんを届けてあげるんだ」

 彼女の方を見て、背筋が凍った。北見さんは笑っていたのだ。⑩



「ヒ、ヒヒーン」

 文化祭当日、僕らの演劇発表の時間。
 僕は唯一の出番である馬役を終えて、ズコズコ袖にひっこんだ。⑤
 クラスメイトに「アカデミーバリだ」「意外とかわいいじゃん」とからかわれながら着替えを終えたら、あとは劇の成り行きを見守るのみだ。⑨

「ええい、ならばこのわたくしが森に入ってあなたの望む薬をお持ちしましょう」

 委員長は、悔しいがなかなか様になっていた。少々鼻につく演技だが、悪くない。
 反対の袖にスタンバイする太田くんが見えた。熱が引いたので復帰したのだ。委員長は嫌な顔をしていたが。
 太田くんといえば、北見さんが口ずさんでいたあの歌、どこで聞いたのか思い出せない。最近聞いたはずなんだが……。

「危ない!」

 鋭い声に顔をあげると目の前には雷を模した飾りが落ちていた。どうやら背景の飾りが落下したらしい。客席からは見えない位置だったため、劇は続いていた。

「ごめん、しっかり取り付けてなかった。怪我無い?」
「うん、大丈夫」

 そこで、思い出した。
 あの曲は、大道具係の北見さんが雷を作っていた時に歌っていたものだ。
だとすると……、

「呪いって、もしかして」

 呪いの謎が解けるのはその数秒後だった。⑧



 演劇は失敗した。
 委員長の独唱シーンで委員長が歌をとちったのだ。
 そのメロディーこそ僕があの日聞いた、北見さんが口ずさんでいた歌だった。

 でも、それはおかしいのだ。
 委員長は歌のパートはもったいぶって本番まで一度も披露したことがなかった。その上自分で作ったオリジナル。北見さんが事前にこの歌をしっているはずがない。

 ただ、北見さんが作曲者だったら話は別だ。委員長は楽器ができず、クラスの誰かに作曲を頼んでいた。そしてそれが北見さんだったとすれば辻褄は合う。
 そして『呪い』という言葉。
 こう考えていった時、僕の中には嫌な想像が浮かんでいた。

 もしも委員長の失敗が失敗でなかったとしたら。彼が練習していた曲は、あの時かかった曲とは別だとしたら。それが土壇場で違う曲に差し替えられたのなら、彼は当然歌えなくなる。本番前には誰にも披露してなかったのだ、差し替えられたと気づくものは、彼と作曲者しかいない。

 ……いや、真相を追う意味はもはやない。
 事実として、彼は今日一番の恥をかいた。もう今までのような態度はとれないだろう。あれだけのことをやらかしたのなら。
 クラスメイトの多くも今日の失敗を少なからずいい気味だと喜んでいた。彼は道化のように見えた。

 それでいいじゃないかと、僕は僕に言い聞かせた。

【了】
[編集済]

これまた何とも現実的で起こり得そうな世界観の中に、用意周到な復讐が『呪い』という言葉で象徴的に描かれています。そしてその目線が委員長でも北見さんでも、太田くんですらない第三者であることが不穏な雰囲気と想像にすぎない謎を印象的に見せています。
「呪いの謎が解ける」や文字通り「雷を落とす」の回収は想定の上をいかれて感嘆しています。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.91[ごがつあめ涼花]04月21日 22:3804月22日 00:30

あめあめ、ふれふれ。

作・ごがつあめ涼花 [良い質問]

No.92[ごがつあめ涼花]04月21日 22:3904月22日 07:45

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「やべっ、雨降ってきたっ。」


びちゃびちゃ、ざぶざぶ。


雨の中走ってると、次第に靴が濡れてくるのが分かる。
ランドセルの中の教科書も、きっとびしゃびしゃになってる。サイアクだ。
こうなるなら、ちゃんと傘を持ってきたらよかったな……母さんにまーた怒られるよ…。
いや、今は、とにかく雨宿りをできる所を探さないと!

そうやって周りを見渡してみると、大きな木を見つけた。

「ここは……家の中だけど、まぁいいや、オジャマします!」

塀を飛び越える。
ちょっとだけ、雨が止むまで木の下にいるだけだから、見つからないはず…!見つかったら…………まぁ、その時に考えればいいやっ。

入った木の下でランドセルを開けてみると、やっぱり濡れてる。ノートの名前の部分なんてにじんじゃって、【6年⚫組 ⚫⚫た はるや】……なんて、読めなくなってる。

「どうするかなぁ……。」

ハンカチで濡れた頭を拭きながら、ぼんやりと呟く。

すると、

「……誰か、いるの?」

「!?」

目の前から声が聞こえてきて、顔を上げた。目の前には家の窓。曇っていてよく見えないけど、人がいるのは分かる……やべ、見つかった!?どうしよ、逃げるか…!?
ランドセルの中に取り出していたノートを詰めて、木から離れて、急いでその場から逃げようとした。


「……待って!」


呼び止められて足を止める。


「雨宿りしてるの?」


「…………うん。」


「なら、いいよ。そこにいて。」


「ありがと…?」

なんだかあっさり許してもらえたからびっくりしたけど、そういうことなら、と、木の下に戻る。
それにこいつ、さっきはトッサだったから逃げようとしたけど、オトナの声じゃない。むしろ、オレらと同じくらいの歳のような……?


「なぁ、お前、大崎小?」


「…!! うん。」


「何年?」


「えっと……6年?」


「マジで?同い年かよ、何組?」


オレも6年だけど、こんな声の奴いたっけな……?
でも、窓の奥のヤツは、申し訳なさそうな声で、


「しらない。」


なんて言うんだ。


「はぁ?なんでだよ。」


おかしくね?だって、知らなきゃ自分のクラスに行けないじゃん。でもそいつは、もっと変な答えを言うんだ。


「学校行ったことないの。お母さんがね、行くなって言うから。」


「行くなって、なんだよそれ。」


「小学校でゆっくり勉強するよりも、家で勉強した方が自分のためになるんだって。」


「意味わかんねぇよそれ。だって、学校って勉強するだけじゃねぇじゃん。オレは勉強嫌いだし……。」


そういえば、同じクラスになったことがないけど、1年からずっと学校に来てない奴がいるって話があったっけ。
確か、名前は……


「ユウキ……だっけ、お前。」


「あ、そう。知ってるんだ?」


「ユウキって奴が1年から学校来てないって、幽霊だって言われてたのを思い出した。」


「ふふふっ、幽霊か、変なの。」


「お前が来ないからだろ。」


「まぁ、そうだね。ほんとは学校に行きたいんだ。学校で、こうやって皆とお話したい。」


「行けばいいじゃんか。」


「ダメ。お母さんが許してくれない。……お母さんは、『いちばん』になって欲しいんだってさ。」


「1番?学校に行かなかったら……1番になれるのか?」


「勉強して、いちばんを取って……いい大学に行って欲しいんだって。」


「ほんっっとに意味わかんねーな。そんなに1番が大事か?
そもそも、1番って何のだよ、勉強以外にも、1番なんて取れるぞ。オレもかけっこなら1番だし。」


お前もサッカーとかかけっことかすればいいじゃん、なんて言うと、窓の中のそいつは笑った。ほんとに、変なヤツだ。

それからもオレは他愛もない話をそいつと続けた。変なヤツだけど………話すのは、そんなに嫌じゃなかった。

そんなことをしていると、次第に雨も止んできた。


「晴れてきたな。」


「え?……………ほんとだ!」


「じゃあそろそろ……って、お前!?」


「? どうしたの?」


曇っていたガラスを拭いて外の景色を確認したソイツは、若干長めの茶色い髪をした、少女だった。


「お前…女だったのかよ。」


「? そうだよ?」


「だって、ユウキって…」


「あぁ〜、苗字の方。私、【悠木 一葉】っていうの。」


そう言って、ソイツ……カズハは、笑って答えた。

いや、分からねぇよ。だって、少し前に声変わりしたジュンも、こんな声だったし……。てっきり男かと思って話してた。


「ねぇ、君は、なんて言うの?」


カズハがまたニコニコしてこっちに聞いてくる。見えなかったけど、ガラス越しにオレと話してた時もずっと笑顔だったのかな。


「…はるや。【広田 晴矢】。」


「晴矢………ハルヤ!いい名前!
ねぇ、ハルヤ。また来てくれる?」


「まぁ…また雨が降ったら雨宿りに来るかもな?」


そう言ったら、カズハは、今までよりももっとキラキラした笑顔に変わった。


「やったぁ、また来てね!待ってるから!」


本当に嬉しそうな笑顔で……なんだか分からないけど、オレはこの笑顔をずっと忘れないような気がした。
雨上がり、雲が晴れた夕日は確かに綺麗だったけど、この笑顔の方がずっと綺麗に見えたんだ。



オレはその日から、雨の日に傘を持って行くのをやめた。
それから、ちょっとだけ家に帰るのが遅くなった。行くところが、できたからな。

_________

あれから5回目くらいの雨の日。
今日は、カズハに「ハルヤは、学校でどんなことをするの?」と聞かれて、オレは自分の学校についての話をしていた。


「__それでな?休み時間に、運動場でサッカーをするんだ。去年までは6年がずっと使ってて出来なかったから、今年初めて出来たんだ。点が決まるとすっごい楽しい!」


「へぇ、楽しそう!」

カズハは相変わらずオレの話をニコニコして聞いてた。改めて見てみると、コイツの笑顔は意外と可愛いなと思った。
クッタクのない?って言うんだっけ。そんな感じで、クラスにいたら絶対すげーモテてた。ナオヤとかは間違いなくタイプだと思う。

まぁ、そういうオレも、こいつの笑顔に………ホレたんだ。一目惚れ…とか、そういうやつかもしれない。でも、実際どうかのかはわかんねぇ。恋とか、したことねーもん。


「カズハは?好きなこととかないの?」


だから、カズハのことをオレはもっと知らないといけないなって。というか、知りたい。


「私はね…絵本が好き!」


「絵本って…子どもっぽくね?」


「まだ子どもじゃん、私たち。」


「まぁ、そう言われればそうだけど。」


「ハルヤは?ハルヤは、好きな絵本とかないの?」


「絵本読まないから、『桃太郎』くらいしか知らねー。」


「…なら、私が教えてあげる!あのね、これはこないだ読んだ絵本なんだけど……」


カズハは好きな絵本のストーリーを語り始めた。
それは、俺が名前だけ知ってる話だったり、全く知らない話だったり。色々だった。
楽しそうに話すカズハを見てると、ほんとに絵本が好きなんだなーって思った。


「___それでね。この男の子は、森の魔女のところに行けば妹の病気を治す薬があるかもって、森に行くの。でもね、その魔女が悪い魔女でね。」


「どうするんだ?」


「森の動物さんの力を借りるの。鹿が魔女の気を引いて、その隙に小鳥が魔女の家から薬の入った小瓶を奪うんだ。」


「へぇー、すごいな。てっきり魔女と戦うのかと思ったけど、違うのか。」


「やっぱり男の子って、そういうの好きなんだ?」


「そりゃそうだろ。正義が勝つ!みたいな、悪をバッタバッタとなぎ倒すヒーローはかっこいい。」


「そういうヒーローに憧れるよね?」


「もちろん!誰でも憧れるぞ、ヒーローは。」


『水平戦隊 カメレンジャー』のカメレッドのポーズを決める。オレにとっての憧れだ。あぁいう風にオレだってなりたいなって思う。


「私もね。絵本の中のお姫様みたいになりたいなーって思うの。」

「お姫様?なんで?」


「だって、憧れない?王子様と結ばれて、ハッピーエンドとか。」


「別に。」


「えー!なんでよ〜。」


「オレはヒーローになりたい訳じゃねーもん。
ヒーローはいきなり力を与えられるんだ。願っててもなれねーよ。」


「でも、憧れるんだ?」


「だって、なれなくてもヒーローみたいにかっこよく生きることは出来るだろ?」


「ヒーローみたいに、生きる…?確かに、そうか…。」


「なんつーか………ハッピーエンドを待ってるだけじゃ何も変わらないし、自分で変える力を持ってる、でも、持ってなくても戦うヒーローはかっこいいって思う。カズハだってお姫様になる訳じゃねーだろ。カズハはカズハだ。当たり前だけどさ。」


「あーー………そっか。その考え方はー……なかったな?」


「何でだよ。」


「なんでもない〜♪ ね、じゃあ今度はハルヤの好きなヒーローの話、聞かせてよ!」


ほんと、変な奴。でも、話してるとほんとに楽しいんだよな。

今度はオレがかっこいいヒーローの話をする。今年から始まったカメレンジャーに、去年のスマイルレンジャー………。話すことはいっぱいある。

けど、時間はムゲンじゃない。オレが全部話す前に、雨の勢いが弱くなってく。


「もうすぐ、晴れるね。」


「そうだな。……あー!もっと話したいことがあるのになぁ!」


「ほんとに……。この雨がずっと続けばいいのにね。」


「そうだなぁ。」


ずっと雨なら、ずっとこうやって話せるからな。

そしてカズハは、「そうだ!」と何かを思いついたように声を上げると、



____あーめあーめ、ふーれふーれ、かーあさーんが〜。



楽しそうに、歌った。
その時の笑顔は、何故か、今までの笑顔よりもずっと輝いて見えて。オレはずっと見てたいと思った。

だから、俺も一緒になって歌った。



__ぴっち、ぴっち、ちゃっぷ、ちゃっぷ。らん、らん、らん!



ちょっと子供っぽいけど。それでも、雨が止むまでオレたちは歌い続けた。

_____________


雨の日はいつも憂鬱だった。ただでさえ寂しいのに、外も暗いから、心の中にまで雲がかかるみたいだった。

でもね、そんな雲を晴らしてくれる男の子が現れたんだ。名前も、晴れって書いて、ハルヤって言うんだ。

雨の時だけは、私は1人じゃないんだ。1人で寂しい家が、2人の楽しい空間になる。ずっと雨ならいいのにってくらいにね。

私とハルヤだけ。誰にもジャマされない2人だけの空間なんだよ。

だから、ね。


「この家から男の子の歌う声が聞こえたって、隣の斉藤さんに言われたんだけど。一葉、どういう事か説明してくれるかしら。」



邪魔しないでよ、お母さん。


____________


あれから何日も雨が降らなくて、友達とサッカーは出来るんだけど、なんだか満たされない日々が続いた。

でも、今日ようやく雨が降ったんだ!やっと…やっと、カズハに会える。
それが凄く楽しみで、授業中もソワソワが止まらなかった。

そして最後の授業の終わるチャイムが鳴ると、礼も待たずに直ぐにランドセルを持って外へと飛び出した。

帰り道を、濡れてもお構いなく走る。ここを曲がればすぐカズハの家に着く。
話したいこと、あれからまたいっぱい出来たんだ。だからさ……!!

けれど、家でオレを待ってたのは、カズハじゃなかった。


「貴方かしら。勝手に家に上がってる小学生は。」


背が高くて、イアツテキな感じ。学校の先生みたいなおばさんが玄関でオレを待ってた。


「だ、誰だよ。カズハはどこだよ!?」


「一葉にはあなたを追い出すまで奥で待っていてもらってます。そもそも貴方が一葉の名前を軽々しく出さないで。
ハァ……目上に対するその態度といい、本当に子供って感じね。
これ以上うちの一葉に絡まないでくれるかしら、貴方といるせいで勉強の進度が遅れてるの。どう責任を取ってくれるのかしら?」


「そんなこと知らねぇし、アンタにいちいち言われる筋合いもねーよ。」


おばさんが呆れた態度で答える。初めからこっちの言うことなんて相手にされてないこの感じ、物凄く腹が立つ。


「あのねぇ。私は一葉の親なの。だから一葉を一番にさせるために何でもやってる。貴方みたいなのばっかりがいる小学校に行っても成績が下がるだけだから行かせてない。」


「でも、カズハは学校に行きたがってた。」


「子供が娯楽に手を伸ばすのは当然でしょう、それくらいは私にもわかるわ。でも私は大人として、親としてそれを止めないといけない。
『一葉』って名前に込められた意味が分かるかしら?大きな木の中で、風が吹いても一番最後まで落ちない葉っぱになって欲しいって思いを持ってつけた名前。私はあの子にそうなって欲しい。だから、あの子にとって一番は重要だし、そのためには貴方はいらないの。」


「そんなの知らねえよ!!1番がそんなに大事か?重要か?違うだろ?コイツは…カズハは、お前の人形でも何でもねぇぞ!?葉っぱでもねぇ、カズハはカズハだろ!?」


「ハルヤ!!!………っ!?」

ぱしん。

家の中からカズハがドアを開けて出てこようとして、でもそんな彼女の頬をコイツは叩いた。躊躇もなく、無表情に叩くその様が、ひどく怖かった。


「一葉!あなたは勉強してなさい!」

「……………はい………。」


弱々しく絞り出した声。涙を潤ませ、こちらを見つめながらカズハはドアを閉める。


「お前、な、なんで…そんなに…」


何でそんなに何も感じずに自分の子どもを叩けるんだ、と言おうとしても、声が震えて上手く言葉にならない。怖い。背の高さの違いもあって、目の前にいるコイツがバケモノみたいに見える。

そんなオレに、何も感じていないような表情のままバケモノは告げる。


「とにかく、これ以上ここに来るのなら学校と貴方の家にも連絡します。場合によっては警察を呼ぶことも考えます。それだけよ。
もう貴方の顔も見たくない。二度と来ないでくれるかしら。ガキが。」


ばたん、とドアが閉められて、雨の中にオレだけが取り残された。


………………

…………




ぴちゃん、ぴちゃん。

ただ、ぽつぽつと帰り道を歩く。ランドセルが濡れてても今は気にならない。

全然言ってる事わかんねえよ。オレはどうすればいいんだよ。
カズハと離れろ、関わるなっていきなり言われても、無理に決まってるだろ……。

オトナはいつだってそうだ。オレたちのことを見下ろして、こっちの言ってることなんて何も聞いてくれない。

ほっといてくれよ。こっちに入ってこないでくれよ……。


「ただいま……。」


「晴矢、おかえり。…って!濡れてるじゃないの?また傘置いてきたの?」


「……いいだろ。そんなの。」


「良くない!……あぁ、でも今はそれより大切な話があるんだった。」


そう言って母さんは真剣な目でこっちを見てくる。
でもそんな表情から出た言葉は、叱られるよりも何倍も、何倍もオレをどん底に落とすものだった。


「お父さんが転勤することになって、急だけど、来月から引っ越す事になったの。」



___あぁ、ほんとうに、オトナは大嫌いだ。



____________



ずっと、絵本の中のお姫様に憧れていた。

お母さんは、友達を作っちゃダメ、遊んじゃダメって言うから。ずっと、私の友達は小さい頃に貰った絵本だけ。

絵本の中のお姫様はね、皆誰かに幸せにしてもらうんだ。

灰かぶりのシンデレラには、魔法使いが。
塔の上に閉じ込められたラプンツェルには、ちょっと背が高めの美青年が。
毒りんごで眠りについた白雪姫には、キスをしてくれる王子様がいて………だから私にも、いつか白馬の王子様が来て……なんてずっと願って、夢見てるうちに自分の歳を両手で数えられなくなってた。

もう夢を見るのは諦めた方がいいかな、なんて思ってた。どうしようも無いと思ってたけど………そんな時に君が来たんだ。

君が、私をこの世界から連れ出してくれる王子様なのかなーなんて、夢見たりしたけど、それは結局ダメだったみたいだ。
現実は、そうは甘くない。この窓から見える雨模様の中………今日は君はいない。

私はお母さんのもとでいちばんを目指して………それで………その後は?


『カズハはカズハだ。当たり前だけどさ。』


『1番がそんなに大事か?重要か?違うだろ?コイツは…カズハは、お前の人形でも何でもねぇぞ!?』



「………っ。」



違う。違うんだ。私は絵本のお姫様でもなんでもない。1番最後に残る葉っぱになるつもりも無い。

私は私だ!だから、誰かに幸せにしてもらうのなんて待ったらダメなんだ。

窓を開け、そのまま外に出る。
それから、行先も何も決めてないけれど………ひたすら走った。靴は履いてないから、小石がぶつかって痛いし、靴下が濡れる嫌な感覚がする。それでも知ったもんか。

私は自分で幸せを掴むから。ここでそれが出来ないなら、こんな籠から出ていってやる。

走る。走って………でも、私は私だ。外なんて今まで全然出たことがない私だ。すぐに疲れて、走るペースも次第にゆっくりになって…


「あっ……。」


水たまりに足を滑らせて、転んでしまった。
ひんやりとした空気の中、じんじんと痛みが直に伝わって来て、すり傷が雨水で沁みる。


「うぅ…、立たなきゃ……。」


立とうと思っても、痛みが邪魔をして上手く立ち上がれない。

そんな時だった。


「カズハ!大丈夫か!」


さぁぁ、と。前からハルヤの乗る自転車がこちらに向かって駆けてきた。

差し伸べてくれた手を取り、立ち上がる。


「これ、レインコート。カズハにって、持ってきた。」


渡されたレインコートを着る。ハルヤは物凄い真剣な眼差しをしてこっちを見ていた。


「ハルヤ、どうして…。」

「逃げよう!二人で!」


そう言って自転車に座れと手を伸ばすハルヤは、まるで、私がずっと夢見てた、白馬に乗った王子様のようで。だから、私は迷わず後ろに乗った。やっぱり、ハルヤがそうだったんだね。

だから、私も息を強く吐き出して言った。


「………うん!」


どこまで逃げるか、これからどうやって生きるかも分からない。
けれど、ハルヤがいるなら、どこまでも行けるし、きっとなんでもできるって思った。

_________________



『___続いては天気のニュースです。』



「…………一葉?テレビなんて見てる場合じゃないでしょう。遅れを取り戻さないと。入るわよ?

…えっ!?一葉!?どこ………まさか!!!」



『先程、⚫⚫県に大雨特別警報が発表されました。』



「…もしもし!?警察ですか?うちの娘が………」



『この時期としては異例の雷雨が予想されます。河川の氾濫、浸水に最大級の警戒をしてください。繰り返します____』


_________________



その日の雨は、いつにも増して激しくて__『空の蛇口を開けっ放しにしたみたい』なんて、カズハが言った。

確かにそうだと思った。それに、多分蛇口は壊れてるみたいだ。
坂道を登っているとそれがよく分かる。さっきから大量の水が上から下へと流れていってる。
そんな坂道の向こうには、少し高い山があった。

「この山を越えたら、県の外に出るみたいだから、しばらくは誰にも見つからないと思う。」


「大丈夫?…危なくない?」


「そんなこと言ってられないだろっ。まぁ、流石に山道はデコボコしてて無理が出ると思うから、そしたら自転車は捨てないと。」


「ハルヤの自転車が捨ててあったら、こっちに逃げたって…バレると思うよ。」


「あ、そうだよな……。じゃあもう山に入る前にどっかに置いといた方がいいか。」

カズハに言われて、自転車をその点の適当なところ…できるだけ、見えないところに置く。


「カズハ、ケガしてるけど…走れるか?」


「全力で走ったら痛いと思うけど…。なんとか。」


「わかった。痛かったら言えよ。」


山の中に入ると、雨はさらに激しくなって、雷の音まで聞こえてきた。
整備されてない純粋な山道だから、足場も悪くて、気を抜くと滑り落ちてしまいそうだ。
カズハが滑らないように、カズハと手を繋ぎ、もう片方の手で近くにある木を掴みながら上へ、上へと登っていく。

…そうやって1時間くらい登って、あとちょっとで峠を越えるかな、と思ったその時。



ぴっしゃーん!


「ひぃっ!?」


真っ白に瞬く視界と、耳をつんざく轟音に、ふと足が止まる。ちょっと遅れて、ごろごろ、と遠くからも音がして………あぁ、雷が落ちたんだな、と分かった。
確か、雷は近いほど音と光のタイミングが一緒だって聞いた事がある。これは相当近かったんだな…。気をつけないと。

…っと、後ろに握る手が震えてるのに気づいた。振り返ると、カズハがうずくまって震えてる。


「雷、怖いのか?」


「うん………どうしても、だめで……ううっ。」


カズハの目が潤み出す。足も震えていて、オレが手を離したらすぐに滑ってしまいそうだ。
一旦雷か震えが落ち着くまでは、暫くここにいた方がいいか……。

オレもしゃがんで、カズハに寄り添う。大丈夫、怖くないっていう風に。
雷なんて怖くない。雨なんて_____!!


あぁ。そうだよな。そうしようか。
今にも泣きそうなカズハに向けて、口ずさむ。


「あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれ__ 」


「え…」


「大丈夫、雨なんて、雷なんて怖くない。雨が無かったら、オレたちは出会ってすらないんだからさ。
だから、カズハ。歌おう。」



雨がオレたちを繋げてきた。雨の間だけ、2人は誰にも邪魔なんてされなかった。
そんな雨が、怖いはずなんてない。ましてや、雷なんてさ。


「……………そっか、そうだよね。私たち…ずっとそうだった。」


今まで余裕のなかったカズハの表情が、いつもの笑顔に戻る。
カズハと一緒に微笑み、声を合わせる。


_____あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれ!


ざあざあ、ごろごろと、雷雨の降る山の中のはずなのに、オレたち2人の歌声しかもう聞こえなかった。



_________________


結論を言うと、私たちはあっさり見つかって捕まった。

魔法使いがシンデレラにかけた魔法の呪文も、深夜12時を過ぎれば解けてしまうように。夜更け過ぎに、私たちを探しに来た警察の捜索隊に囲まれた。

見つからないと思った自転車を置いた場所が見つかって、一緒に私たちの進んだルートがバレたみたい。私もハルヤも抵抗したけど、子どもと大人の体格差じゃ勝負にすらならないよね。すぐになすすべがなくなって、ハルヤが無茶をして怪我をする前に私が白旗を上げた。
それから私たちは車に乗せられて、それぞれの保護者のところに連れて行かれちゃった。

私もお母さんの所に戻されたんだけど、こっぴどく叱られるのかと思ったら……泣きながら抱きつかれて、びっくりして、こっちまで泣いちゃったよ。こんな感じだけど、親と子どもだもんね。私たち。

この件でお母さんも考えを改めたみたいで。私が今してるだけの同じ量だけちゃんと勉強をするなら、中学からは学校に行って友達を作って良いって。嬉しい。すごく嬉しいけど、ちょっと複雑なんだよね。


カーテンを開ける。今日の天気は雨だ。でも、窓の向こうの木の下には誰もいないんだ。


ハルヤは、結局引っ越した。どこに行くかは聞いたけど、かなり遠くて、とてもじゃないけど行ける距離じゃない。
それに、あれ以来会ってないから、さよならの挨拶も言えてない。

だから、どうしているかも私は分からない。けど…。

遠くの空を見る。そっちは、雨が降ってるかな?降ってたらいいな。


雨が、私たちを繋いでくれてる。ハルヤが教えてくれたこと。
たとえ離れても、それはずっと変わらないはず。


またきっと、会えるよね?………ううん。もうお姫様みたいな奇跡を願ってるだけじゃダメなんだ。いつかきっと、会いに行くよ。


___大好きだよ、ハルヤ。



[編集済]

No.93[ごがつあめ涼花]04月21日 22:4004月29日 00:37

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「やべっ、雨降ってきたっ。」


びちゃびちゃ、ざぶざぶ。


雨の中、ひたすら走る。
今日から高校の入学式だって言うのに、寝坊した上に、雨まで降ってきた。オレ、今日傘持ってきてねえよ…。
向こうのバス停では、オレが乗るはずだったバスがもう出発の準備を済ませて、発車してしまった。…最悪だ。


まぁ、ここまで来たらどうせ遅刻だし、急ぐ必要も無い。バス停の屋根の下でゆっくり待つとしよう。

それにしても、こうやって傘を忘れて日陰で雨宿りをしたことが前にもあったな…。あれは確か……


どっしゃーーん!!!!


その時、目の前で突然雷が落ちた。同時に、あの時の記憶が鮮明に蘇る。


__あぁ。そうだ、オレはあの時…………。


「あーめ、あーめ、ふれ、ふれ。かーあさーんが〜。」


気づけば、自然に歌を口ずさんでいた。

これは、雷を怖がるアイツに歌ってあげた歌。
これは、オレとアイツ……カズハとの繋がりを、確認するための歌。

空を見上げる。きっとこの空の向こうに、あいつもいるんだろうな。

あっちも、雨だといいな………。


と、その時だった。


「じゃーのめで、おーむかーえ、うーれしーいな。」


後ろから、女の声がして、振り返る。そこにいたのは、オレと同じ高校の制服を着て、茶色い髪をゴムで留めた……………


「…………っ!!!!」


色んな思いが込み上げる。謝りたい。喜びたい。泣きたい。これまでに何があったか喋りたいし、聞いていたい。


そんなオレを見て、その女生徒__カズハは、オレの手を取って言う。


「ハルヤ、歌おう?」


あぁ、そうだ、今は、そうだな。
あの時みたいに目を合わせて。オレは、カズハは、歌った。



__ぴっち、ぴっち、ちゃっぷ、ちゃっぷ、らん、らん、らん。




頬を雨の雫が伝う。

今この場所には、オレたち2人しかいない。


【おわり】



【簡易解説】
かつて目の前で雷が落ちた時、雷を怖がる少女に、「大丈夫だ、怖くない」と励ますために歌ってあげた歌があった。

それから何年かして___あの日のように雨宿りをしていた少年は、目の前で雷が落ちたことで、その歌を思い出した。

エモンガ!!!!
雨をきっかけに出会った2人が語る憧れ。それはもしかしたら、少し大きくなった私たちが忘れていたものかもしれません。彼らが『オトナ』になったときにも、真っ直ぐな心を持ち続けてほしいと切に願います。
今回の問題文に対して、歌を『思い出す』部分よりも『刻み込む』場面を中心に据えて展開されるのも印象的です。アフターストーリーの構成に定評のある涼花さんの本領発揮といったところでしょうか。タイトルとユーザー名とバッジが綺麗に繋がる作品でした。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.94[すを]04月21日 23:3904月22日 00:30

『雷雲の晴れ間に』

作・すを [良い質問]

No.95[すを]04月21日 23:4204月29日 05:57

  

 僕はきっと、雷と出会ったのだと思う。



 それは鈍く霞む夕闇の駅前、中学三年の三月、塾帰りの家路に聴いた叫びだった。

 その日は確か、進路を報告しに行ったのだった。昔からとかく体が弱くて、また要領も悪かった僕は、せめて勉強くらいはと県内トップの公立校を受験し、あえなく不合格の烙印を押された。結局、家から遠い第二志望の私立に進学することを伝えて、重い足取りで駅へと引き返した。もともと大して栄えていない駅前が、その日はなおさら人通りも少なくて、ひどくうらぶれた様相だった。陽の沈みかけた空には冷え冷えとした夜が覗く。見上げると、胸の裡にまで黒が染み込んでくるように感じられた。
 そんな中、エレキアコースティックの伴奏に乗った歌声だけが異質に、静けさに呑まれまいと抗うように耳に届いた。

 夏虫が火に入るような危なっかしい足取りで、僕は声のするほうへ歩いた。出所はたぶん、ホームを挟んで反対側の北口あたりだ。

 路上ライブなんて、別段珍しいものでもない。たいていは似たり寄ったりで、この日にしてもそう、どちらかといえば下手くそだった。高い声を無理矢理濁らせるような、無茶な歌い方。声が遠くて歌詞もよく聞き取れなかったから、アンプが古いんだろうか、とか思った。それなのに、何故だか足が向かっていた。

 線路を跨ぐ連絡通路を抜けて、急ぎ足で階段を降りる。歌声を探して、そして見つけた。

『■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 小柄な少年だった。彼の発する熱量に、僕は圧倒されていた。歳の頃は同じくらいだろうか、僕よりも小さな躰、僕よりも細い声、それでも誰にか負けんと破壊的なまでに叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。その姿が眩しかった。よく見れば、マイクなんて持っていない。アンプはギターに繋がるのみで、彼の声を拾ったりはしない。彼は文字通り身ひとつで、降り積もる静寂と闘っていた。拙くて、青臭くて、格好よくなんてなくて、それなのに目が離せなかった。冷淡に過ぎ行く人々のなかで、僕だけが足を止めて聴き入っていた。周りのすべてに噛みつくような姿に痺れ、身を焦がされる思いだった。

 空気そのものの抵抗に耐え、熱を伴い、暗闇を裂いて瞬くひかり。僕には、彼がそんなふうに見えていた──それなのに。

 どんな顔をしていただろうか。
 どんな声をしていただろうか。
 どんな詞を歌っただろうか。
 あるいは、なにか言葉を交わしただろうか。



 思い出せないのだ。



 あれだけ鮮烈なひかりでさえ、荒波に藻掻くような日々に滲んで、いつしか消えてなくなってしまった。何よりも忘れたくない、大切な記憶だったはずなのに。そのことを狂いそうに口惜しくも思う。けれど。

 けれど、それでも。確かに。



 僕はあの日、雷と出会ったのだ。



         ○


 
 高校生活は意外なほどつつがなく進んでいた。気付けば二度目の七月が過ぎようとしている。申し訳程度の夏季補講は出席者もまばらで、茹だるように散漫な真夏日の午後だ。

 私立の高校なら珍しくもないが、僕の通う亀緒学園は自由な校風というやつに定評があった。校則が比較的緩く、教師陣も課題さえ出せばとやかくは言わない、というような。部活動に打ち込むも自由、放課後遊び歩くのも自由、教室の隅で黙々と勉学に励むも自由。積極的に人と関わらない生徒を放任しておいてくれたのは、僕には有難かったと云えるかもしれない。友達と呼べる人間には心当たりが乏しいけれど、敵意や害意を向けてくるような相手もいない。そんな、淡々とした一年間と少し。

 図書室は休暇中も開放されていた。冷房が効いていて教室よりも静か、おまけに誰もが読書に夢中だから、独りで自習するには丁度良い。そうしたわけで毎日ここに入り浸っていたが、近頃は少しばかり様子が異なっていた。

「あのさ磐城、今大丈夫?ここ訊いていいかな」
「まぁ、うん。……二次関数の最大最小?まず平方完成、頂点と正負を求めて……そう、後は変域を考えればいい」
「あー……、なるほど。あとごめん、こっちもいい?」
「ああ、こっちはもう一工夫要るな。軸に変数があるだろ……」

 彼女、井浦遥は今年からのクラスメートで、こうして僕に話しかけてくれる数少ない人物だ。

 出席番号の関係上、最初の席で前後になり、その頃から時々声をかけてくれていた。が、差し向かいで勉強するようになったのはここ数日のことに過ぎない。当初の僕といえばひどいもので──今も相手に慣れただけだが──勉強を教えてほしいという申し出一つにも過剰な緊張を催したものだ。あまりの身構えように、却ってあちらを委縮させてしまう始末。むしろ不始末と云うべきなのか。少なくとも、彼女に害意はない、と理解するまではそんな調子が続いた。

「ありがと、助かりました。……にしても磐城、いつ見ても勉強してない?模試とかずっと一番だよね、もしかして勉強好き?」

 五時のチャイムが鳴って図書室が閉まると、井浦さんが出たところの自販機でペットボトルのサイダーを買い、質問のお礼だ、と押し付けてきた。続けて、冗談めかした調子で問う。

「まさか。ただまぁ、それくらいしかなかったから」
「何が」
「……一番になれること。僕にとってはたぶん、それが重要なことだった」③
「……そっか。よくわかんないけど、応援する」

 口から飛び出した答えは、我ながらよくわからないものだった。それでいて、どういうことかと訊かれたら黙るしかないような、0点の答え。失敗した、と思う。けれど、井浦さんは少し面食らったような顔をしつつも、聞き流してくれた。彼女は時々、わざと鈍感になってくれているようなところがある、気がする。そうしたところに僕は、ある意味で救われているのかもしれない、などと大袈裟だが思うことがある。

 彼女は優しい。けれど、あるいはだからこそ、どうしたって言えないこともある。




 僕は中学時代、いじめを受けていた。

 二年生の頃からだった。特に何をしたわけでもない。むしろ、何もしなかったから標的にされたのかもしれない。「おまえって何にもできないよな」と、何度となく指さして嘲笑われた。筆箱を隠されるとか、下駄箱に鳥の死骸が入っているとか、あるいは脈絡なく物陰に連れ込まれて集団で殴る、蹴る。そういうのも多かった。どこにでもある典型的な、明るみに出るほど露骨でもなく、無視できるほど軽くもない、ひどく無邪気で残酷な暴力だった。そして、始まりに理由がなかった以上、終わりもひどく呆気なかった。「飽きた」と、その一言ですべてが過去になった。

 僕は賢くなかったから誰かに訴えるなんて考えもしなかったし、強くなかったから逆らおうとも思わなかった。ただ、毎日が終わるころに独りで泣いて、ひたすら怯えながら嵐が去るのを待ち続けた。両親にだけは心配かけまいと堪え続け、自分が弱いからいけないのだと、枕を濡らしながらいつも思った。事が明らかになったのはほとぼりが冷めてからで、家族の前で一度だけ泣いた。

「おまえって何にもできないよな」声が頭から離れなかった。せめて何かができたのなら、僕はあんな目に遭わなかったのだろうか。虚弱で貧弱で創造性に乏しくて、ヒトが怖くてたまらない僕に、何が。それから、僕は机にかじりつくようになった。苦手なりに、成績は遅々と伸びた。

 そして三月、受験に落ちた。親も先生も気遣ってくれた。ひたすらに悲しくて、けれど涙は出なかった。まだ足りないのか、と、変に冷静な頭で思った。第二志望の私立は家から遠くて、同じ中学の人間はほとんどいないと聞いて、そこに通うと決めた。通っていた塾には高校部もあったが、会いたくない人が大勢いるからと通うのはやめた。勉強はひとりでもできた。ひとりでも、勉強だけはできた。

 僕にはそれくらいしかない。一番になれるものはそれしかない。何かできることがあれば、それで一番になれば、きっと誰も僕を否定しない。傷つけない。笑わない。一番になりたい。一番に。一番に。一番に。一番に。一番に。

 呪いだった。呪いじみた妄執だ。自分でも幼稚な理屈だと思う。けれど、それに縋らなければ、ここに立っていることすらままならないのだ。

 だって僕は、ヒトが怖い────




「磐城、どうかした?」
「──いや、何にも。大丈夫、あと、ありがとう。また躓いたら訊いてね」
「助かる!」

 怪訝そうな声で我に返った。疑問形の語尾にもなんとなく気遣いが滲む声。慌てて返事をして、床に置いていた鞄を拾い上げる。図書室が閉まった以上、このあと自習するならクラスの教室に移るか、職員室横の面談スペースを拝借するかしかない。

「……い、磐城はさ、どっか行くの?やっぱり」
「? 帰って日本史の暗記かな。この時間だと吹奏楽部の音が気になって」
「えと、そっか……。じゃなくて、あーいや、ごめん言い方かな……」
「あー、数学の質問ならまだ受け付けるけど」 

 荷物を担ぎあげた拍子に、眼前で固まっていた井浦さんと目が合った。一瞬ふしぎな間があって、それから質問が飛んでくる。よくわからないまま返した言葉は要領を得ていないらしく、少し申し訳なくなった。いまいち噛み合わないやりとりに痺れを切らしたのか、井浦さんは少し大きな声になって、 

「……じゃなくて!夏休み、空いてますか!予定!」

 言い切った。その内容が予想外で僕は面食らってしまい、返答はしどろもどろだ。もっとも、それは向こうも似たようなもので、

「え。いや、空いてる、けど」
「じゃあ、さ……」

 半端なところで言葉尻がすぼんで、その先をじっと待つ。

「うちで!バイトしませんか!!」


「へ?」


 蒸し暑い夕凪の廊下に、間の抜けた声がこだました。



         ○



 八月はトントン拍子でやって来た。猛々しく息吹く若葉の緑、ごつごつした足元、それに全身から吹き出す汗が、これは日常ならぬ学びの場なのだと教えてくれる。座学しか知らない僕には何もかもが新鮮通り越して未知の世界だ。正直言って、かなりしんどい。

 相変わらずの猛暑の中、延々と家具や農具やよくわからない何物かを運び出しては軽トラの荷台に積んでいく。単純作業だが、これは確かに人手が要る。その点では人を雇ったのも理解できるけど、人選については確実に間違えていると思う。何せ四階にある教室に辿り着くだけで青息吐息になるのだから、僕の体力を甘く見てもらっては困る。なお、辛口になられると凹む。どうしろと。くだらないことを考えても気が紛れなくなってきた。まずいな……。

「……あのさ父さん、ちょっとここらで休憩しない?」
「ん。予定よりは早いが、疲れたか?」
「えっと、うん、なんとなく」
「そうか?……うん、じゃあ昼にしようか。磐城くんもそれでいいかい?」
「……あっ、はい。手伝います!」
「いい、いい。休んどきな。あっちで家内が準備してくれてる」

 井浦さんの一声でようやく作業が中断すると、どっと疲れが出た。お邪魔している以上は食事の支度も手伝いたかったが、今は素直に休んだ方がよさそうだ。庭の水道をお借りして首元のタオルを濡らし、倒れこむように縁側に腰かけた。膝に手をついて俯くと、垂れてくる滴が既にぬるくて、いっそ頭から冷や水をかぶろうと立ち上がる。ちょうどその折、台所からぱたぱたと足音。

「いやーお疲れ!これ差し入れね」

 言うが早いか、戻ってきた井浦さんが軒下にどかっとバケツを置いて、そのまま隣に腰を下ろした。中にはサイダーが二本、氷水に浸されていて、彼女はそこから手に取った一本を僕にくれた。つられて座りつつ受け取る右手から氷水が膝に垂れて、ひやりとした感触に呻いた僕を井浦さんが笑った。疲れたねーとか、うん、疲れた、とか、冷えたペットボトルを首や腿に押し当てながら、たらたらと意味もないことを駄弁っているうち、昼食ができたと声がかかった。ぱっと跳ねるように立ち上がった彼女の後ろを、僕はゆっくりとついていった。




 バイトしませんか。

 聞けば、先月井浦さんのお爺さんが亡くなったのだという。慌てて哀悼の意を述べようとする僕を、気にしないで、と遮る彼女の様子は穏やかで、実際ピンピンコロリの大往生というやつだったらしい。亡くなる二日前にも軽トラで野菜を届けてくれたとか。そんなわけで悲壮感はないが、要するに、僕が駆り出されたのは、遺品整理だった。何でもお爺さんは山中を拓いた出作り小屋に住んでいて、そこから家具や何かも積み出す以上、一人っ子の井浦家だけでは頭数が心許ない。そこに友達を連れていきたいと言ったら快諾してもらえたのだという。友達、という何気ない響きに、こっそり感動したのはここだけの話だ。
 ご家族の想い出と向き合う時間に僕などが首突っ込んでいいものか疑問だったが、そのあたりはご両親にも了解を取ってあるらしい。無論、僕の方では緊張しきりだったが、実際ご両親は親切な人だった。僕が勉強を教えている、という話は以前からしていたようで、娘が世話になっているなら挨拶させろ、という話だったらしい。とてもよくしていただいた。

 一応、学校での会話のあと、受けた提案を一度家に持ち帰って父母にお伺いを立ててみることにした。金銭の発生する労働である以上、念のためといった確認だったが、結果は快諾だった。もともと塾に通う予定もなく、何事もなければ家で机に向かうだけで夏休みを食い尽くそうとしていた僕を、内心では心配していたらしい。
 僕としてもありがたい話だった。流石に九月まで四十日も籠っていては新学期に体が保たないし、それ以前に、友達からお誘いを受けたこと自体が初めてだったからだ。翌日、許可が下りた旨を話すと、井浦さんはたいそう喜んでくれた。

 それから改めて彼女の家に電話し、つっかえつっかえ一通りの挨拶を済ませて、諸々の準備の末、今に至る。昼休憩折り返しの時点で相当に堪える重労働ではあるが、汗を流すのが気持ちいいと感じたのは小学校以来かもしれない。




 昼食を終えると、今度は母屋から離れて蔵の整理をすることになった。中は時代も用途もてんでばらばらに雑然としていて、付喪神でもいそうな感じだった。ガラクタ同然の何かから、なにかの剥製やら、いつのものかもわからない鋤やら鍬やら、奥の方を見れば戦国時代の甲冑のようなものまで見える。ひとまず使えそうか否かで分けて、処分方法はあとで考えるという。ほとんどは見ても何か分からないような品ばかりだったが、中には見覚えのあるものもちらほら。

「あ、すいません、これって鞍ですかね。馬の鞍」
「そだよ。んで、これが鐙でしょ、あっちが腹帯、蹄鉄、手綱――」
「もしかして飼っていらしたんですか?」
「そうとも。というか、今も一頭飼っとるよ。⑤晩飯の前に乗ってみるかい?」
「いえあの、乗れ……ますかね……?」
「乗れる乗れる。馬のほうが慣れてるから」

 聞けば、馬搬、馬耕と呼ばれる耕法らしい。馬に慣れが必要なぶん手間はかかるが、慣れれば機械より効率的で、特に山中で活躍する。日本史では牛馬耕なる農業手法があると習ったが、まさか現存するとは思っていなかった。そも、標高八〇〇メートル近いこの山小屋で、お爺さんは自給自足とも云えそうな生活を送っていたという。無論、電気もガスも通っているし米や日用品は町で買ったというが、相当に手広く農業を行っていて、一部の野菜は地元のレストランにも卸していたとか。聞けば聞くほどパワフルな祖父君だ。

 そうこうして歓談交じりに作業は着々と進み、五時を回る頃には同じ蔵とは思えないほどに片付いた。竹箒とはたきで埃を払って、ようやく本日は仕事納めらしい。外に出て大きく伸びをすると、みな一様に背中がぱきぱきと音を立てた。それが可笑しくて、三人で大声出して笑った。日が沈むまでにはまだ間がありそうだった。




 それから夕食までの間、先の話通り馬に乗せてもらうことになった。厩舎は母屋の裏手からそう遠くないところにあって、井浦さんに案内してもらった。

 今飼っているのは一頭きり、木の下という名の、鹿毛の風合いが美しい雄の馬だった。数えで十五歳ほど、人間換算ならそろそろ還暦というところらしい。

「木の下って変わった名前だと思わない?競走馬なら所属とか血統とかでシンプルにつけちゃうことが多いらしいけど、お爺ちゃん由来は教えてくれなくてさ」

 手際よく馬具を準備しながら、何気ないふうで問われる。僕は木の下の背を恐る恐る撫でながら聞いていたが、ふと思い当たって声を上げた。

「んー、もしかしたら平家物語かも」
「へ?わかるの?」
「源頼政の嫡男の伊豆守仲綱が、鹿毛の名馬を持っていたって話があったはず。こないだの模試の古文で読んだんだ」
「あ、頼政って以仁王と一緒に挙兵した人だっけ!……えーと、それで、木の下って名前にどう繋がんの?」
「よく知ってたね……。読み取れた限りだと、美しい“鹿毛”と木の下の“陰”の掛詞らしい。よほど忠実で優れた馬だと名高いから、権勢を誇った平宗盛が欲しがったとか」

 ただし、この話には続きがある。愛馬を手放すのを渋りつつも、仲綱は父頼政の諫言に従い、最終的には宗盛に木の下を引き渡してしまう。そして、自分の言うことに一度は背いた仲綱に腹を立てた宗盛は、譲り受けた馬を仲綱への当てつけのように虐げ辱めるのだ。こうした横暴と傲慢とが、頼政を平家打倒へと駆り立てる一因となったとも語られる。
 これは流石に言わずにおいた。楽しい話ではないし、井浦家がこの馬を手放すと決まったわけでもないのだ。声には出さず、悪い輩に引き取られるなよー、と内心で語りかける。馬は感情の機微に敏いというから、案外伝わっているかもしれない。一声力強く、木の下が眼下でぶるんと啼いた。

「それこそよく知ってたよね……。古典の掛詞の、そのまたリスペクトで付いた名前ってわけねー。お爺ちゃん、風流人で教養人だったんだ」

 ありがと、ずっと気になってたからすっきりしたよ。少し興奮気味の晴れやかな顔で、井浦さんが言った。このしたー、おまえ名馬なんだってさー!、と抱き着くと、馬も心なし嬉しそうだ。




 それを僕は、どんな顔で眺めただろうか。⑩

 これまで、僕にとって勉強は自己防衛の殻であって、潰れないため生きるための道具に過ぎなくて、ある種の呪いですらあった。楽しいとも、意味があるとも思えなかった。

 けれど。産廃みたいに思っていた知識が、誰かの笑顔を引き出した。なにげない、とても些細な出来事なのに、それが何故か、とてつもなく不可思議なことのように思われてならなかった。




 しばらく、井浦さんに横で先導してもらいながら、ぽくぽくと近くの林を歩いた。時刻はとうに夕刻だが、遮蔽物もない山肌の森林は割りに明るく、目に入る植生を時々解説してもらったりした。

「あ、ちょっと見て磐城、あれむかごだよ、むかご!」
「むかごって、山芋の?」
「そ!それも自然薯!たまにお爺ちゃんが送ってくれたんだけど、この辺りだったんだね」

 自然薯といえば言わずと知れた高級食材だ。たまに掘り当てる達人みたいのをテレビで見るけれど、あれはヤラセではなかったのか。

「確か、むかごも食べられるんだっけ」
「ん!けど、これはちょっと小さいかなー。むかごの旬は秋頃で、本体の旬は冬頃なんだ」
「本体……?」
「本体!なに、根茎って言ったらよかった!?あっちょ、笑うなぁっ!!」

 言い回しがなんとなくおかしくて笑うと、井浦さんはちょっと怒った顔で馬を引く手を放してしまった。途端に体勢が不安になって、しばらくおろおろしてしまう。そのざまをしばらく眺めてにやにやしてから、井浦さんが戻ってくる。ちょっとした腹いせだったらしい。普段は大人びた感じのする彼女に、意外な可愛げ⑨を発見してしまった。
 帰りは役割を交代して、僕が牽引をやらせてもらったが、たとい手を離したとて、井浦さんが慌てるとは思えなかった。





「あのさ、季節になったらまた掘りに来ない?自然薯」



 散歩もあらかた満喫して、厩舎に戻る帰り路、傍らの井浦さんが出し抜けに言った。

「遺品整理って言ったけどさ、全部処分しちゃうつもりはないんだ。先祖からの土地ってのもそうだけど、やっぱ想い出とかあるし。……だから、この山とか森も、残してもらえるよう頼むつもり」

 とうとうと続く言葉の先を、聞き漏らすまいと黙って傾聴する。

「今日、楽しかったんだよ。あたし兄弟も親戚もいなくてさ、お爺ちゃんがいなくなったら、こうやって山遊びするのも終わりかな、って思ってたんだけど、それでもさ。……今日、磐城と一緒に話したり、歩いたり、そういうの、楽しくて」

 茜色の逆光に隠れて、彼女の顔は見えない。ただ声だけは、これまで聴いたどの声よりも湿度を帯びていたように思う。それだけ、この場所が彼女にとって大切だったのだろう。これまでを知らなくても、今日の彼女を見ていれば推し量ることができた。



「来よう」



 応えたい、と思った。言葉は勝手に衝いて出てきた。



「君さえよかったら、何度だって来よう。夏でも秋でも冬でも来よう。馬に乗って、芋掘って、あの縁側でサイダー飲んで、またいくらでも話をしよう。お爺さんの話とか、君の話とか、もっと聞かせてほしい、から」


 転がるように話し終えると、数度大きな咳が出た。普段使わない喉を急に酷使したからか、やたらいがらっぽくて敵わない。まだ何か言おうと口を開けたまま四苦八苦していると、黙り込んでいた井浦さんが馬から降りて、僕の隣に立った。

「ありがと!またここ来て、芋掘ろう!約束!」
「……うん。約束だ」

 謳うように言う彼女の声に、もう涙の気配はなかった。一方の僕はといえば、いまだ喉のいがいがが治らず、風邪っ引きみたいな返事だ。ひどく、格好がつかない。

「ちょっと?また来るまでに体丈夫にしといてよー?」
「あはは……芋食べるまでは死ねないね……」

 さっきまで真面目な約束をしていたのが嘘みたいだ。これではあまりに締まらない。けど、これでいい、ような気がする。少なくとも、湿っぽいよりは、ずっと。

 そうそう、自然薯って生薬にもなるんだって。
 ああ、確か山薬とも呼ばれてたっけ。
 なんだ、知ってんじゃん!漢方としての効能は、胃腸虚弱や体力低下の改善ほか、要は滋養強壮――あっはは!ぴったりだ!
 そうだね、ぴったりだ。僕ら、薬を探しに山に入る①、と。
 なんか昔の人みたいじゃない?
 あはは、確かに。君のお爺さんも同じことをしてたのかもだ。
 あー、どうりで。やたらパワフルだった秘訣はそれだったんだ。
 がぜん、冬が来るのが楽しみになってきたね――――。

 くだらない軽口を叩きながら、馬を挟んで厩舎へ歩く。それだけの道程がとても長く楽しく感じられた。
 八月、山麓、夕涼み。見下ろせば谷、見上げれば空。草木まばらな森を抜ければ、どこまでも緑と茜が広がっている。それを何に例える必要もなかった。ただ、夕焼けがとても綺麗だった⑦。




 それから、それから。母屋に戻ると、時計の針はまだ六時半を回っていなかった。陽は地平線を待たずして山陰に沈んだけれど、暮れなずむ残り灯でも充分に辺りは明るくて、今日は長い一日だな、と思った。

 僕らが散歩している間にご両親が準備してくださったようで、夕食は流しそうめんだった。乾麺は僕の母の地元名産、お土産にと持たされたものだったが、それ以外は井浦家で用意していただいた。麺を流す台までも自家製のを引っ張り出してきたというから仰天した。僕も井浦さんも小さな子供みたいにはしゃいで、すごい勢いで流れ落ちる麺を奪い合ったけれど、瞬発力で僕に勝ちの目はなかった。
 ひとしきり食べて、少し眠くなり始めたあたりで、ようやく今日はお開きとなった。名残り惜しいけれど体がすごく重くて、これはそろそろ帰らなきゃと思い立った。

 帰り際、とりあえず帰宅時間を伝えようとスマートフォンを起動した。長いこと放置していた割に通知は二件で止まっていて、どちらも家族のグループトーク。母と父から。受信時刻は19時32分と37分、ついさっき。『帰り、何時頃?』『楽しんでるか』今から帰る旨、晩御飯にそうめんをいただいた旨を簡潔に入力して、送信する。楽しかったか?言うまでもない。帰ったら久々に話そうと思う。

 それから端末をリュックサックにしまおうとして、そういえば僕には友達がいなかったことに気付いた。ふと井浦さんのほうを見ると、悪戯っぽい顔でスマートフォンを取り出している。意図がわかって、再び通話アプリを開いて……さて、やり方がわからない。ちょっと貸して、と言われるがままだ。2、3回タップして追加方法を選択すると、端末を僕に返して、自分のを勢いよく振り始めた。わけがわからないままそれに倣うと、僕の画面には“はるか”とアカウントが表示された。たぶん、向こうにも“磐城啓”と表示されたはずだ。




 帰路は往路と同様、軽自動車で井浦さんに送っていただいた。この場合の井浦さんとは当然ながらお父君のことだ。後部座席に井浦さん――井浦遥さん――も乗りたがったが、片付けを手伝ってくれと母に頼まれて大人しく引き下がった。運転席と助手席でふたり、車内ではぽつぽつと、時折道案内を挟みながら今日の話やこれまでの話をした。

 あまり友達がいないこと。今年に入って井浦さんが話しかけてくれること。勉強を教えていること。彼女は呑み込みが早いこと。今日は楽しかったこと。だいたいは既にご存知だっただろうけれど、僕はそんなことを話した。それをうんうんと聞き受けながら、井浦さんも時々話した。お爺さんは農業で生計を立てていたが、ご自分は跡を継がず就職して町に住んでいること。今日はお爺さんの山小屋に家族で泊まること。遥さんが最近、勉強が楽しいと言っていたこと。一番の友達ができたとも。それを聞いた時が一番うれしかった。

 話しているうちに、家に着いた。

「ああ危ない、忘れるところだったよ、バイト代」

 家の前の路肩に停車して、井浦さんが僕に一枚の古封筒を差し出した。

「いえ、こんなによくしていただいた上にお金まで。あの、すみません、受け取れません」
「いいんだいいんだ、本当助かったよ。ちと細っこいが根性あるし、よく気が利くし。それに、遥があんなに楽しそうにしてるのは、ちょっと久しぶりに見た。だからまぁ、そっちのお礼も兼ねて、な。……というか、そのまんま持って帰ると家内に叱られちゃうんだな、僕が」

 困ったように井浦さんは頭をかいて言った。そう言われては受け取らないわけにもいかず、おっかなびっくり封筒を受け取る。その場で中身を改めるような無礼はしないが、手のひらの感触でわかった。新品のお札が一枚。恐縮した。

「それじゃあ、また遊びに来とくれ。山のほうでも、うちのほうでも」
「……はい!今日は、ありがとうございました!」

 一礼して車を降り、出たところでお辞儀して、玄関のドアを開ける前に振り返ってもう一礼。

 最後まで頭の上がらない僕に苦笑して、

「娘と仲良くしてやってくれね」

 井浦さんが言った。車が動き出すと同時に窓が閉まっていく。あの子、僕より親父に懐いててねぇ、と独り言のように聞こえた気がした。もう一度目礼。それは見えていたかどうか、軽自動車は夜道を引き返していく。見えなくなるまで見送ってから踵を返した。



 帰るなり風呂に入った。いつもより随分長湯して上がると、両親は今から夕食のようだった。時計を見ればまだ九時を回っていない。味噌汁だけお椀によそって食卓に着き、それからはしばらく今日の話をした。



 寝る前、一件のメッセージが届いていた。



『よろしくね、友達』



 返信を返すなり、画面をスリープさせるのも忘れて枕に突っ伏した。今日は本当に長い一日だった。



『こちらこそ、友達』



         ○



 次にあの山小屋を訪れたのは、それから二週間ばかり後だった。

 その間は普段通りの夏休みだ。がら空きの補講を受けた後は図書室に場所を移して自習する。時間が合えば相席して、時々分からないところを聞かれる。その頻度もあまり多くなくて、井浦さんは結構忙しいようだった。アルバイトか付き合いか、すわ先日の続きなら手伝おうかと持ち掛けてみようとも思ったが、家のことにあまり首を突っ込むものではないと思いとどまった。そも、先日からして僕が呼ばれたわけはいまいちわからない。友達になれた、と思い上がりこそすれ、僕は彼女のことをあまり知らなかった。

 友達、と一口に言っても、その響きの重さは人によって千差万別だ。たとえば1/1と1/100。僕にはただ一人しかいないからといって、同等の精神的リソースを求めるのはお門違いで筋違いだろう。

 そう、諦めていた部分があった。傷心未満の些末な疼き。呑み下して終わろうとしていたところ、再びの音沙汰。

『連絡空いてごめん!ちょっと見せたいものあって』
『空いてる日と時間を教えてください!』

 口語そのままの飾らないメッセージ。返信内容は考えるまでもない。他に誘う人などないのだから。 

『いつでも大丈夫です』
『じゃあ今からね!迎え行くから!』
『!?』

 驚きのあまり筆箱を机から落として周囲から顰蹙を買ったが、委細気にもならなかった。今から、って。それに、迎え?あれこれ考えつつ校門を抜けて指定された場所まで赴くと、答えは目の前に現れた。




「んじゃ、出発!」
「……あまり、期待はしないでほしいんだけど」
「しんどくなったら代わるからさ!ほら、頑張れ男の子!」

 返事代わりに、思い切り足を動かす。比例して、景色が勢いよく走り出した。風を切る感覚は馴染み深いのに、背中の違和感が半端ない。足の負担も二倍近い。

 井浦さんは自転車で来た。つまり、ここからは二人乗りだ。

 しんどくなったら代わる、とは言うが、それは避けたい事態だった。二人乗り自体ハードルが高いのに、女の子の背中に掴まって山道を漕がせるというのは流石に憚られるというか、男として人として何か致命的に不味い。何があってもこのハンドルは手放せない。そう誓った。


 結果として、一時間と経たないうちに着いてしまった。四輪では通れなかった近道があるようで、最初に来た時よりも明らかに短い道のりだ。曇り空で気温が上がりきらなったのも幸いした。とはいえ、その分急になった勾配の終盤は二人でひいこら自転車を押して歩くことになったのだが。頭よりも先に、長らく運動から遠ざかっていた僕の足腰が白旗を上げた。⑥

「ふー、お疲れ。酔ってない?」
「ぜぇ、大丈夫。はぁ。というか自転車って酔わないでしょ」
「そりゃ、ふつうはないけど。磐城は貧弱そうだからさー」
「いや、ひどくないかな!?」

 建てっぱなしのガレージに愛馬を押し込んで、振り返る彼女がからかってくる。流石に酔いはしないものの、息は絶え絶え、腰から下が悲鳴を上げている。大きく伸びをすると背筋の張りも自覚された。ほら元気出して、と軽くはたかれて、慌ててしゃんと背筋を伸ばす。会うたび遠慮がなくなってきた彼女だが、それを怖いとか苦手だとか思わない自分にふと気付いた。



「それで、見せたいものがあるって言ってたけど」
「言ったー。一服したらついてきて」

 一杯だけお茶をごちそうになって、それからそそくさと後をついて歩く。脇に厩舎が見えたが、中に馬の気配はなかった。水浴びでもしているのだろうか――疑問には思いつつも足を進める。すぐに、見慣れた景色に行き着いた。

「……蔵?」
「そ、蔵。近くば寄って目にも見よ!ってね」

 以前、整理中に馬具をみせてもらったあの蔵だ。中は変わらず薄暗くて、しかし埃臭さはない。随分綺麗に掃除されている――そこで、視界が急に明るくなった。次いで、耳をつんざく音、音。

「どうよこれ!あの後ね、土蔵をスタジオに改装してみたんだ!」

 長く忙しそうだったのは、ここを改装していたからだったようだ。天井には電球がついているし、全体的に見違えるほど清潔になっている。まだ使えそうなものも含めてあれだけ雑然としていたのに、一体どこにやったのか。

 得意げに案内してくれる井浦さんの手には年代物のギターが握られていた。僕にはメーカーも型も分からないが、やや大きめのボディを抱えるようにして持つ姿はなんとなく様になっていて、チューニングも手馴れている。

「……格好いいね」

 蔵の変容だとか、音楽やってたんだとか、そういう驚きを口にしようとして、出てきたのは小学生みたいな感想だった。気の利いた言葉なんて出てこない自分が少し恨めしい。けれど、

「あり、がと。嬉しい」

 返ってきた言葉に顔を上げて、これでいいのだと悟った。少し照れたような、それでいて誇らしげにも見える笑みがすべてを物語っていた。
 今日はこのために呼ばれたのだ。様変わりした蔵は前よりもずっと広くて、その中にギターひとつ、アンプひとつ、パイプ椅子ひとつ、少年と少女。ふたりだけのちっぽけなライブハウス。時間を置き去りにして伸び伸びと歌声が響く。どれも楽しそうに歌うから、つられて体を揺らしていた。聞いたことのない曲なのに、すぐに口ずさめるような懐かしい響き。懐かしい、という感覚がどこから来るのかはわからなくて、しかしそれも気にならないくらい心地好い時間だった。その時は本当に楽しくて、僕も彼女も笑っていた。⑩




 その時、までは。








 ――あたしさ、音楽が好きなわけじゃなかったんだと思う。

 気付けば夕刻だった。母屋に戻り、歌い疲れて休む彼女に、熱いお茶を淹れて戻る。蝉時雨はとうに止んでいた。雨でも降りそうな曇天を眺め、縁側に腰掛けていた井浦さんがゆらりと振り向いた。その表情には、さっきまでの楽しげな姿とは一転して、何かを決意したような悲壮さが滲んでいた。息を吹きかけ、お茶を少し冷ましてから呷るまでの束の間が、ひどく長く感じられた。

 それから、絞り出すような呟きがひとつ。重い言葉が僕の胸に沈み込む。

 きっかけもこの家だった、という。

「お爺ちゃんがね、時々ここで弾いてて。あたしもやりたい、って言ったら教えてくれて。小さいころからしょっちゅうここに通って、畑の手伝いの合間にギター触らせてもらって。下手くそでも無茶苦茶でも、何でも褒めてくれた。それが嬉しくって。褒めてもらいたくて、ずっと入り浸ってた。畑いじったり、馬に乗ったり、ギター弾いたり。別に、音楽じゃなくてもよかったんだ」

 とうとうと語る井浦さんの顔は穏やかなのに、どこか悲しげな翳りを含んでいて、僕は何を言っていいかわからず、ただじっと傍で聞いている。

「……父さんは、お爺ちゃんと仲が良くなかったんだ。それで、時々喧嘩はしてたんだけど、あたしの受験が終わった頃、噴火、しちゃって。二人とも、見たことない剣幕だった。それから、なんとなくここには来難くて」

 なんとなく、という言葉には、彼女なりの気遣いが含まれているのだと思う。彼女がお爺さんに会いに行けば、父親がいい顔をしないことは明らかで、けれど彼女はそれを父のせいにしないように、なんとなくという言葉を使う。

 ふと、車で送ってもらった時のことを思い出した。彼女の父の、『あの子、僕より親父に懐いててねぇ』と、少し悲しげに呟いて去っていった時の顔を。あれはきっと、彼なりの愚痴だったのだろう。娘と仲良くしてやってくれ、と僕に言ったその顔は他にも何か言いたげで、なんとなく、と我慢する娘とよく似ていた。

「で、それから会わずじまい。丸一年以上も空いて、次に見たのは棺桶の中だった。そんで、遺品整理って言ってもちょっとしんどくて。あたしたちだけだと何かの拍子に止まっちゃいそうで、だから無関係な磐城を連れてきたの」
「お葬式でさ、お爺ちゃんには借金があるんだって聞かされて。いつも元気で、あたしの前では最強だったお爺ちゃんはちょっと嘘つきだった。……多分さ、父さんはお金で苦労してたお爺ちゃんのこと見てたから、跡は継がずに就職したんだと思う。あたしにも、勉強しろって厳しく言ってた。それが嫌で、よく逃げ出して……。だからお爺ちゃんに懐くのを、あんまりよく思ってなかったんだと思う」

 ぽつぽつと吐露する内容はところどころ飛び飛びで、けれど言葉の端から止めどなく流れ出す感情が隙間を埋めるから、彼女の苦しんできた事情はおおむね理解できた。おそらく、空になった蔵の中身は、ほとんどは借金のかたになったのだろう。老いた賢馬も、どこかの牧場に渡ったのかもしれない。

 勉強して、進学して、普通の仕事に就いて、安定した暮らしを送る。父からはそう望まれ、けれどその期待が窮屈で、彼女は祖父に助けを求め、憧れた。ギターが好きなのではなく、認められたかっただけなのだ。そして、父親は尚更祖父を厭い、娘が音楽や畑作業に傾倒することを疎んだ。安定した道から逃避することを歓迎しなかった。④第三者である僕でさえ、その気持ちはわかるのだ。彼女もよく理解していて、だからこそ苦しんだ。

 そして、父親と祖父は決裂した。受験の終わった後、というからには、もしかすれば第一志望に落ちたのかもしれない。もともと僕らのいるクラスはそういう人ばかりだ。だとすればきっとその出来事が、ひびの入っていた関係に致命打を与えたのだ。
 井浦さんはきっと、祖父が亡くなってからは、明るく振舞いながらも内心途方に暮れていたはずだ。残された想い出の残滓だけを、僕となぞりながら追憶していた。


「……ごめん。こんな、困らせるようなこと言うつもりじゃなくて、違くて。だから、ほんとは、音楽じゃなくて、聞いてもらうのが好きだったんだって。今日楽しかったねって、言って終わるつもりだったのに……。本当にごめん、幻滅したよね」

 嘘だ。と、思った。

 井浦さんは、もうほとんど泣いていた。いつもよりずっと低い声、早口。胸の裡に溜め込み続けた言葉が溢れ出したようだった。手の中の湯飲みが傍目にも震えているのがわかる。感情に堰をして、閉じ込めようとして、いま必死に闘っている。

 けれど、その蓋を閉じきってはいけないように思うのだ。それを閉じたら、封じ込んだまま慣れてしまったら。それはきっと、呪いになる。誰かに怒ることをやめて、殻の中で自分だけを責める、無間地獄の呪い。彼女には、そうなってほしくはない。強く思う。だから、言わなければいけないのだ。全て吐き出してしまわなければ。

 それならば。僕は聞き届けなければならない。彼女の悲しみを、孤独を、やりきれない怒りを。行き場をなくした思いが自縄自縛の鎖へと変わる前に、全部受け止めて、引き受けて、その痛みに寄り添わなければ。何故、どうしてそこまで、決まっている、だって、




 君が、呪いを解いてくれたのだから。⑧




 一番であること、僕から生まれた自縄自縛、ヒトが怖くて、否定されるのが怖くて、勉強で一番になれば逃れられると妄信して、ただただ独りで己を呪い続けていた。その殻を砕いてくれたのは、他でもない君だった。君だけが僕の友達でいてくれた。自分を閉じ込める殻でしかなかった灰色の知識でさえ、君は笑って耳を傾けてくれた。一番であること、それだけに縋って生きてきた僕に、自然体で立っていられる居場所をくれた。その時点ですでに、呪いは解けていたんだ。

 ──だから。

「言えよ」

「え」

「言いたいこと全部言えよ!!音楽なんか嫌いだって!承認欲求の捌け口だって!僕のこと利用してたって言ってくれよ!分かるよそんくらい!!元いじめられっ子の疑心暗鬼なめてんじゃねぇよ!」

「え、え、」

「親の思い通りに子が育ってたまるかって!バレるような嘘なんかつきやがって爺さんのバカって!どいつもこいつも情けねえ了見してんじゃねえって!!言えよ!!!!」
 
 ──だから。たとえ嫌われたって、怒られたって、傷つけたって、傷ついたって構わない。泣き寝入りなんか赦すものか。君には、僕を救ってくれた君には、怒る権利があるはずなんだ。




「………………………………せぇよ」


「うるっせえよ!!!あんたが父さんやお爺ちゃんのこと語んな!!!!」


 八月、夕闇、俄雨。薄暗い雨の窓辺に立ち込めた沈黙が、裂ける。


「嫌いになんかなれるかよ、そんな簡単に割り切れないよ!!父さんの言うことは正しかった、お爺ちゃんは優しかった!!誰も、誰も悪くなんかないって知ってるよ!!どうしたらよかったんだよ!!!」




 雨滴と涙に顔を濡らしながら、井浦さんは僕の眼前に雷を落とした。⓪大声で怒鳴る、という意味の慣用句だが、まさしく僕にとって、今の彼女は雷だったのだ。

 空気そのものの抵抗に耐え、熱を伴い、暗闇を裂いて瞬くひかり。渦巻く雨空を切り裂いて叫ぶその姿が、霞がかっていたかつての記憶と重なる。背丈も、声も、性別すら違うのに②、どうしようもないほど重なるのだ。

 思い出した。あの日彼が──いいや、彼女が歌った歌も、こうだった。⓪

 ただただ自分の弱さを憎んで、強くなりたいと叫ぶ唄。誰も彼も悪くなくて、自分を責めるほかない唄。あの時と同じ青臭さ。あの時と同じ孤独。燃え尽きそうなほどの熱。僕の胸の底で燻り続けた熾火と同質の苦悩。


 ──どうしたら、よかったんだろうねぇ。

 ──わかんないよ。ずっと悩んできたんだけどさ。
 
 一人で悩めど答えは出ない。言葉を交わせど尚わからない。もしかすれば一生わからないままかもしれない。それでも、せめてこれからは。

「一緒に考えようよ」

 雷雨の後には晴れ間が覗く。僕がそうであったように、君もそうであればいい。弱い僕にできることなどあまり多くはないけれど、せめて。側で聞き続けることくらいは。

 二人、時を忘れて話し続けるうちに、俄雨は止んでいた。どちらからともなく見上げた空にはやはり、綺麗な夕空が広がっていた。





                了

1

No.96[すを]04月21日 23:4604月29日 00:40

【簡易解説】
中学時代の経験から自己肯定感を失い、勉強で一番を取り続けることに固執するようになった少年は、一人の少女との出会いをきっかけに成長し、自縄自縛の殻を破っていく。
その中で少女の抱える苦しみに触れた少年は、彼女の本音を引き出し、暗闇を裂くような雷を落とされて、かつて聞いた歌を思い出す。

※雷を落とす:大声で怒鳴ること。
[編集済]

前回、圧倒的な文章力で鮮烈なデビューを果たしたすをさん。今回は特に、読者に創りだすであることを忘れさせる力を強く感じました。叙情的な描写も美しいですが、個人的に登場人物のやりとりが好みです。リアリティというよりも、現実を小説に落とし込んだらまさにこれだ、という台詞の数々がたまりません。
誰もが密かに抱える微かな、それでいて確かな歪みを描いた今回の作品、彼らの揺れ動く感情をずっと見守っていたいです。
投稿ありがとうございました!
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No.97[シチテンバットー]04月21日 23:4804月22日 00:30

【タイトル】
呪いと鎧と冒険者

作・シチテンバットー [良い質問]

No.98[シチテンバットー]04月21日 23:4904月29日 00:41

【簡易解説】
試験の一部に歌を歌うテストがあるが、歌い出しをド忘れしてしまった。しかし前の人もまた歌い出しを忘れて歌えず、教師の雷が落ちた。それを見ていて不安になった近くの人が歌い出しを呟いたため、思い出すことが出来た。

【以下簡易でない解説】

ここは皆が知ってるソレとは少し違う世界の日本。


靴の紐をギュッと結び、一つ伸びをした後で大きく息を吐き、一歩目を踏み出した。
彼の命運と人生を賭けた試験が始まる。


鬱蒼とした森を抜け、雲を貫く山を登りきった所に「国立冒険者養成施設霧山学院」通称「きりがく」は存在する。・・・森だとか山だとか書き連ねたが、平地からロープウェーが通っているため行くことは容易である。七学年制、三食付き、全寮制。義務教育を終え冒険者を志した日本各地の少年少女が訪れる。冒険者として知識・体力・精神を研磨するのに最適な環境が整えられており、ここを卒業することで冒険者のライセンスを正式に獲得することが出来る。
四学年制とはいえ、進級するには毎年度末に行われる「進級試験」の筆記・実技の両部門に合格する必要があり、それをクリアできないと留年となる。さらに第四学年生は進級試験の代わりに「卒業認定試験」を受験し、やはり筆記・実技の両部門に合格しなければ卒業資格を得ることが出来ないのだが、これが非常に難解である。そのため、ライセンスを獲得するまでに三、四回留年することはザラであり、二桁留年を重ねてもまだ卒業出来ない人も少なくない。一度も留年せずに卒業したという「経歴」だけで食いっぱぐれる事は無いとまで言われている。
とにかく冒険者のライセンスを得ること自体がとてつもなく過酷なものである事は理解いただきたい。

さて、先ほど登場したこの男「藤堂晴」通称「ハル」、入学以来全ての進級試験を一発でパスし卒業試験の筆記も合格ラインを越えたという確信を持った上で実技に挑んでいる。
“ほんの少し前、冒険者という職はあまり歓迎されませんでした④”
教師がかつて語った話をもう一度頭の中で再生する。
“現在と比べたら、という話ですが。危険な地を歩き獰猛な獣を倒し依頼を達成する冒険者は、開発が進み様々な物質が容易に手に入れられる現代社会においてはあまり重要な職ではないと言う人もいます。魔物の凶暴化が頻発する現在はそうでもありませんが、冒険者を給料泥棒やら無駄の塊などと宣う人も少なくありません”
“そしてかつてより必要とされる冒険者の数が少なくなっていってることも事実です。しかし優秀な冒険者が欲しい企業は確かに存在します。そういった企業が欲しいのは素質のある優秀な冒険者です。つまり卒業するまでにあまりにも時間がかかると・・・まあ就職で不利になる可能性が高いです。逆にそれほど回数を得ずに卒業すれば優秀と見なされるでしょう”
ハルは幼い頃から冒険者を夢見ていたし、冒険者の厳しさも知っていた。だからこそ一度も留年せずに卒業しライセンスを得ることが極めて重要だと理解したのだった。そのために授業だけでなく講座にも積極的に参加し、実技も磨きあげてきた。
鍛練は積んできた。知識も頭に詰め込んだ。後はこれが実を結ぶかどうかだ。

実技試験の内容は、まず一人一人に3つの「依頼」を提示する。物質の納品、猛獣や盗賊の討伐など種類や難易度も様々だが、なるべく重複しないようにしているらしい。中には極秘任務もあるらしく、その場合は他人に内容を漏らした時点で即座に失格になるという厳しいものである。
任務は最長五日間。正確には「五日間以内に全ての任務を達成する」ということ。
試験の舞台は学園周辺の湖や森、山など。といっても普段の鍛練からよく使用される場所なので、魔術やら魔法やらで改造している。そこに盗賊や町人などに扮した教職員やスタッフ、学園により飼われてる獣が解き放たれている。最低限の服と一日分の水や食料、採取用のサバイバルナイフを除いて武器やアイテム、装備は基本現地調達。基本的に死ぬような事態は起こらないが万が一放って置くと確実に死ぬような状況になった場合はスタッフが助けに入る。当然試験はその時点で失格になる。他にも様々なポイントで合格と失格が分かれてるとか様々な場所で監視されてるとかの噂程度の話は聞くが、試験の公平性のためか公表されてる概要は多くない。

ハルは依頼内容を見返すためにタブレットー入学時に生徒全員に配られ、各連絡はこの端末に送られるーを取り出した。
一つ目は「ヒイロヨモギ草、カナリゲンキデ草、サスガニ草それぞれ10株の採取と納品」。ヒイロヨモギ草は森に自生している薬草で、その名の通り緋色で目立ちやすい。調合しなくてもそれ単体で薬として使える、あまり冒険者にとっては欠かせない薬草だ。カナリゲンキデ草は調合すると栄養ドリンクや気付け薬になる。基本的にどこでも見られるので採取に苦労はしない。サスガニ草は湿気があり薄暗い所に自生するとされているが、あまり数が多くない上に他の草と似通っているため探し当てるのは難しい。調合すると・・・こちらも難易度は高いが、極めて効能が高い解毒薬になる。探し物は得意でないハルにとっては骨が折れそうな依頼だ。
二つ目は「山腹に巣食う盗賊の撃退および旗の納品」。盗賊はある一点をアジトに構え、通りかかる人々や近くの町や村から強奪を行う。盗賊のアジトには例外無く旗が掲げられており、これが盗賊の誇りとなるらしい。要するにこの依頼は「盗賊のアジトを襲撃して壊滅させ、旗を奪って持ってこい」ということになる。規模は一人で十分対処できる程度から熟練の冒険者複数名でも手を焼くレベルまで様々。あくまで試験だからそこまで規模が大きくないことを願いたいが。盗賊の規模は後々調べるとして、ここから盗賊のアジトまでは中々距離がありそうだ。偵察、戦略を練る、実行などを考えると、ここにいちばん時間を使うだろう。
三つ目は「ガゼルオオトカゲの討伐およびガゼルオオトカゲの肝3つの納品」。ガゼルオオトカゲは各地に生息する鋭い爪と牙を持つオオトカゲ。凶暴で殺傷力は高いがあまり頭は良くないので、油断は出来ないが工夫や戦略次第であまり苦労せず倒せる。肝の採取には時間がかかるが、落ち着いてやれば失敗はしないだろう。ガゼルオオトカゲは場所を問わずそれなりに見かけるので、これは一つ目と二つ目の合間にどうにか出来そうだ。

ハルはまず一つ目の依頼にとりかかることにした。現在地から森が一番近いし、まだ装備も整ってない段階で盗賊やトカゲを相手にしたくはなかった。
とりあえずヒイロヨモギ草を探しに森に入ったハル①。思いの外早く見つけてしまった。10株納品するとのことだったが、紛失や負傷に備えて30株採取した。長い棒切れも拾った。武器としては少し頼りないが、武器未所持よりかはいくらかマシであろう。

続いて湖に行くことにした。カナリゲンキデ草は湖にも生えてるし、サスガニ草の生息条件とも一致するからだ。
湖に行くのに一番近い道は、洞窟を通ることだった。ここを避けるとどうしても時間がかかる。
暗い洞窟を通っていると・・・小規模の人混みに出会した。どうやら検問を行っているらしい。自分の目の前の人が何やら話している。相手はそれなりの装備に武器を携えた数名・・・十中八九村人に扮したスタッフだろう。というかそのうちの一人にものすごく見覚えがある。間違いなく戦闘学部体術学科の教師だ。授業や講座で何度も顔を会わせてるから間違いない。
冒険者へ町や村の警備が依頼されることもあり、仕事がない時は町や村へ駐在する冒険者もいるのだが、それだけだとどうしても心許ないのか冒険者に任せきりにするわけにはいかないのか、所謂自警団を組んでいる所もある。自警団は武器の調達や整備、パトロールの他に、こういった検問を設置することもある。身分を証明出来ない、または身分が疑わしい場合は身体検査などを受けることになる。
身分を証明出来る場合はそれを提示すればいい。例えば冒険者はライセンスを提示すればいい。ハルたちは冒険者ではないので学生証がそれらの代わりになるのだが・・・
「きりがく生徒・・・この身分証明、本物か?」
村人に扮した教師が声を上げる。
そう、中には冒険者の身分を偽装する輩も少なからず存在するのだ。
冒険者を気取ってるならまだいい。いや実際はまったくよくないのだが、まだマシである。最悪なのは、盗賊など悪意を持った人間が身分を利用して悪行を働こうとした場合である。医療免許や警察手帳など何かしらの身分を証明する物を偽装すると罪に問われる。冒険者ライセンスも例外ではないのだが、そういった事件は毎年何件かは必ず起こっている。
冒険者ライセンスには紙幣と同様偽装防止工作がいくつも存在する。公共施設やコンビニなど人がたくさん来る施設、美術館や博物館など希少価値のある何かが存在する施設などにはそれを確認する装置などがある。しかしここは一般人が設置した検問。そういった物は無い。
そのため身分を証明するために・・・
「えーと・・・そうだ、『不死鳥の鎮魂歌』を歌ってみろ。一番でいいから」
その身分に就いてる人しか知り得ない何かを言うことを要求する。例えば医師なら医療に関すること、といった具合だ。検問を担当する人の中にその職に就いてる人がおり、その人が正誤を判断する。認められれば通過。認められなければ・・・まあ色々と面倒なことになる。
ここでは古くからきりがくに伝わり毎年クリスマスに合唱部が披露することで知られている「不死鳥の鎮魂歌」を歌うように言われた。きりがくには校歌を始めとしてきりがく関係者は皆知ってるがそうでない人はまず知らない歌が多く存在する。きりがく生徒や関係者、さらにはきりがく卒の冒険者の身分証明にはもってこいである。
検問をしてる人の中にきりがく卒の冒険者がいるのでそれで判断する、という設定なのだろう・・・

とここでとんでもないことに気付いてしまった。何と不死鳥の鎮魂歌の歌い出しが思い出せない!!!
ハルは大いに焦った。他のきりがくに伝わる主な歌はアカペラで歌えるのに、不死鳥だけはどうしても思い出せない。歌い出しさえ何とかなれば後は思い出せるはずだが、歌い出しさえ思い出せない!!!
非常にマズい。検問でこういうことが聞かれるということは知ってたし、そのために歌を覚えることの重要さも教えられた。中には10番まである歌もある。だから全部覚えろとは言わない。しかし2,3番までは覚えることが望ましい。1番は絶対に覚えろ。こういうので歌わされるのはほとんど1番だ。1番は重要なんだ③。そう言われたことは鮮明に覚えてるのに肝心の1番が思い出せない!!!
何だったっけ、メロディーは覚えてる。イントロは完璧だ。歌い出しさえ上手く行けば順々に思い出せるだろう。それで歌い出しは・・・
「あつあつのアップルパイ」・・・違う!こんな童謡チックじゃない!かなり動揺してんだな、童謡だけに。そんなこと言ってる場合じゃない!
「不死鳥の名の元に」・・・違う!!何か違和感がある!!そもそも不死鳥の鎮魂歌というタイトルなのに歌詞には不死鳥という単語が出てこないんだった!!そこは印象に残ってるのに何故思い出せない!!
「馬が地を駆ける」・・・違う!!!何でここで馬が出てくるんだ⑤、アホじゃないのか!!!

ふと顔を上げると、前の人も明らかに焦っていた。どうやら彼もド忘れしてしまったらしい、いやそもそも覚えてすらなかったのか?
「・・・『不死鳥の鎮魂歌』を歌えないのか!?ほんとうにきりがく生徒なのか!?身分を偽装しているんじゃないだろうな!!怪しいやつめ、連れていけ!!!」
ハルの目の前で自警団員・・・に扮した教師の雷が落ちると共に前の人は小屋へ連れていかれた・・・たぶん失格になるのだろう。
先程の雷が嘘のように静まり返った、暗い暗い洞窟の中。
すると何か細々と聞こえてきた。どうやら後ろに並んでた人が何か呟いているらしい。
「雲々の合間に・・・光が差して・・・」

その瞬間ハルの頭にアドレナリンが駆け巡った!!!
そうだった思い出した!!!【問題文】歌い出しは「雲々の合間に光が差して」だった!!!そしてそれに連続するように全て思い出した!!!危ないところだった!!!
後ろの人は不安になって確認のために呟いたのだろう、しかしそれがハルの運命を大きく分けることになったのだった。運を味方に付けることも一流の冒険者の秘訣であるとかつて誰かが言ってた気がする。当初はその意味が分からなかったが、今ハッキリと理解できた!!!「言葉」でなく「心」で理解できた!!!

・・・興奮のあまり好きな漫画のフレーズが湧き出たりしながらも、ハルは無事検問を通過できた。
・・・たぶん興奮と喜びのあまりかなり気色悪い笑顔を浮かべてたと思う⑩。
その際に防弾チョッキを受け取り、さらに洞窟内で鉄パイプも発見した。棒状の武器は彼の戦い方にとても合っていたのでこれはとても嬉しい発見だった。盗賊も流石に銃器は持ち運んではいないだろうが、物理的攻撃にも耐性があるので嬉しい。

湖に着いた後はカナリゲンキデ草をいくつか採取した。残念ながらサスガニ草は1株しか見つけられなかったが、まあアジトへ行くまでに湿気があって薄暗い場所はいくつかあるだろうと思うことにした。

仕方がないので山の中腹へ行きアジトを捜索することにした。一応首尾よくこなせていると思うが、万が一のことを考えれば時間はいくらあっても足りないように思える。

捜索してる途中・・・何か物音がした。
太陽が夕焼けへと変貌してることに気が付き、そろそろ寝床を探そうとしてる時だった。
こういった自然を舞台にした依頼を行うときは、野宿が原則である。運よく山小屋を見つけられるときもあるが、毎度毎度その偶然が起きるとは限らない。完全に日が暮れてしまう前に安全な寝床を見つけねばならない。小さな洞窟、捨てられた巣穴、開けた平原・・・突然の雨風や獣の襲撃を可能な限り避けて凌げられる場所ならどこでも構わない。夜中の探索?体力の温存、視界の確保、夜行性の凶暴な獣との遭遇の可能性、ありとあらゆる点で論外である。
とにかくハルが寝床を探してる時に物音が聞こえた。
危険だと感じて離れるべきか?音の根源を確かめるために近付くか?どちらも大きく間違っている訳ではない。トラブルから可能な限り遠ざかることも大事だが、何を理由に音がしてるのか、それを知ることで今後どのように動くかを練ることも出来るからだ。
最終的にハルは後者を取った。
近付く度に音が大きくなり、音の詳細が分かってくる・・・誰かが争っているらしい。獣の咆哮と人の声が聞こえる。
そしてとうとう音の根元へたどり着いた。
正体の一つは地面に横たわっているのはコバルトオオヤマネコ。猫特有の身体能力と猫とは思えないほどの鋭い爪、頭脳を巡らせた策略で敵を追い詰める危険な獣だが、すでに息絶えていた。
正体のもう一つは・・・大きな剣に付着した血を拭いているところだった。あの人が獣を倒したのだろう・・・しかしなんだ?他の装備は冒険者が身につける一般的なソレなのに、頭に着けているのは・・・何というか、ハルは外国の豪華な城とかだと鎧がズラッと並んでるイメージを持っているのだが、その鎧の頭部を着けているのだった。かなりチグハグである。

「あの・・・」
思わず声をかけていた。色々と気になったからだろうか、「不死鳥の鎮魂歌」の1番以来ほとんど人と話をしてなかったからだろうか。
しかし改めて近付くと、やはりその頭部がとても浮いて見える。しかし大きいな・・・ハルも175はあるのだが、それよりもいくらか背が高い。
『なんだ?分け前がほしければ構わないぞ』
「いやいいんだ」
『真面目なんだな』
「依頼に関係ないからね」
他の冒険者が残した跡から採取を行うこと自体は禁止されておらず、むしろ緊急時には必要ともされている。しかしそれを繰り返すだけでは冒険者としての実力が身につかない。だから試験では倒した本人がその場を離れたら即座に残した跡を片付ける、と開始前に説明があった。要するに誰かのおこぼれには授かれないのだ。
『ふむ・・・ところで回復薬はあるか?先程の戦闘で少し傷付いてしまってな』
「あ、ヒイロヨモギ草ならあるけど」
『助かった。では3株ほど貰おう』
ヒイロヨモギ草は手頃な回復薬として重宝されているが、やはり調合せずにそのまま使用する場合は回復力があまり高くない。だからこそ余分に多く採取したのだった。コバルトオオヤマネコ相手にわずかヒイロヨモギ草3株のダメージとは・・・かなりの手練れらしい。
『さて薬草の礼といってはなんだが、近くに寝床に丁度よさそうな所を見つけた。僕も一緒にしていいならそこに来るか?』
「マジ?丁度探してたところなんだ」
『こちらも丁度回復薬を探していたんだ。お互い様さ』
というわけで二人は山の小さな洞穴で体を休めることにした。洞穴に着いたとき、まだ試験が始まったばかりだというのに夕日が綺麗だななどと明後日なことを考えてたりした⑦。

洞穴の中でお互いに話をした。相手のことについて色々と分かった。
相手の名前が『卯虎真凛』通称「マリン」だということ。
マリンも今まで一度も留年していないこと。
それどころか(自慢ではないが、と前置きして)学園でも一、二を争う成績であること。
頭の鎧に関しては、武器は手に入れたがマトモな装備もなく日が暮れ始めたので、焦って手に入れた鎧を確認もせずに被ってしまったこと。
そしてそれが呪いの装備なので取れなくなってしまったこと(迂闊だったと恥ずかしそうにしていた)。
冒険者には大きく四つのタイプに分けられる。剣などの道具を使うことで実力を発揮するタイプ(マリンはこれに該当する)、抜群な身体能力で圧倒するタイプ(ハルはこれに該当する)、頭で勝負し策略や計画を練るタイプ、そして魔法や魔術を扱うタイプだった。ハルもマリンもきりがく生として冒険者の素質は申し分なかったが、魔法や魔術の才能はサッパリだったため呪いを解くことが出来なかった。
結局頭のソレはそのままにすることになった。昔は呪いの装備を着けたら直ぐ様呪いを解除することがセオリーになっていた。しかし呪いを無理に解こうとするあまり、依頼の進行に遅れが出たり最悪依頼が失敗したりするケースもあったため、現在ではその装備での進行が困難な場合や呪いに生命力を吸い取るなどの危険な効果が付与いる場合でない限りは無理に外す必要はないとされた。帰還すれば呪いを解除する担当の人が必ず一人はいるし、きりがくも例外ではなかった。
問題の鎧だが、危険な効果は無く単に外れなくなるだけらしい。マリンはスピードで相手を翻弄するのではなく大剣で相手をなぎ倒すタイプなので戦闘には支障は無し。唯一心配な視界も『特に問題ない』とのことだった。そもそもこういったケースもケースに備えてこのような鎧を着ての戦闘も訓練していたという。
一頻り話した後に、マリンがこう続けてきた。
『僕はここを拠点にしようと思う。君はどうする』
「俺?」
『君は盗賊の討伐の依頼を受けてるのだろう?近くにアジトがあるのを見つけたんだ』
「え、マジで!?それで規模は?」
『正直大したことないって感じだ。武器も貧相なら防具も貧相。体つきはそれなりだったが、まあ多少ダメージを負うとしても君と僕で問題なく制圧できるだろう』
「そうか・・・しかしお前はそれでいいのか?」
『僕もアジトに用があるからね。それに一人でやるより二人でやった方がいいだろう。一人の依頼に複数名で挑むことは別に禁止されていない』
「うーん、それならお願いしようかな。助けがほしければいつでも言ってくれ。よろしく!」
『いいとも、僕も君を助けるとしよう。こちらこそよろしく』
こうしてハルとマリンの共闘体制が組まれた。

長いように思えた五日間の試験も四日目に差し掛かった。その間にハルはカナリゲンキデ草を必要数採取し、ガゼルオオトカゲの肝も確保した。サスガニ草はマリンが群生地を発見しなければ確実に見つけられなかっただろう。マリンはマリンで依頼を進めていたらしい。三日目の夕方に生け捕りしたオウゴンオニゴキブリを持って帰ったとき、ハルは試験でありとあらゆる猛獣を前にした以上の恐怖に駆り立てられた。ハルは虫が嫌いなのだ。
その間にもアジトの偵察や戦略を練り終え、四日目についに襲撃となった。
装備や武器も整えてきた。マリンの頭の鎧は相変わらずだが、大剣もかなり強力なものを仕立てあげたし、ハルも手持ちの鉄パイプを黄金パイプへと持ち変えていた(『わざわざ黄金を鉄パイプ状にして武器にする必要はあるのか?』とマリンは怪訝な顔をした)

アジト襲撃は思ったより呆気なかった。
マリンの見立て通り相手は武器も防具もお粗末で、マリンのパワーにもハルの身体能力にも置いてきぼりになっていた。
数少ない誤算は、盗賊が馬に乗って襲撃してきたことだ⑤。動物愛護の観点から、人々の暮らしや自然に対し害を与える獣を除いては無闇な動物への攻撃は禁止されているからだ。馬も例外ではない。馬を傷つけないように注意する必要があったが、大きな支障にはなり得なかった。
最後は盗賊のボスと思わしき人間が投降し、戦闘は終わった。
アジトにはハルとマリンの手で旗が降ろされ、代わりに白旗が挙げられた⑥。これはアジトが降伏したこと、この盗賊一団が壊滅したことを指していた。

ハルは旗、マリンはいくつかの武器を採取、そしてアジトで飼われていた馬に乗り、拠点へと帰還した。
『これで晴れて』
馬から降りて一息つくなりマリンが切り出した。
『君は依頼を全て達成したというわけだ』
「ああ、マリンのおかげだよ」
『買い被らないでくれ。紛れもなく君の実力さ』
「いや、アジトの制圧もお前がいなければもっと時間がかかってただろうし、サスガニ草を今も探し続けるハメになってたと思う」
『それを言うなら君のコバルトオオヤマネコへのアドバイスも見事なものだった』
「それほどでも・・・」
『ただし、虫嫌いは克服しなければだな』
「止めてくれよ・・・」
『ハハハ・・・それで、明日君はもう帰って納品するだけなのかな?』
「うーん、そうだね」
『そうか。僕はあと少し採取したら全て終わりさ』
「なんかあっという間だったな」
その時洞穴に赤い光が差し込んだ。
「・・・綺麗だな⑦」
『そうだね』
「こんな綺麗な夕日、また見ることが出来るかな」
『出来るさ。これから何度でも』

五日目。試験最終日。
ハルは馬に乗りきりがくへと帰還した。馬のお陰で過酷な坂道もさほど苦もなく登りきれた。
納品を済ませて五日ぶりの風呂に入った後、プレイルームでくつろいでいた。
正午になって、ボーッとしていたハルに話しかける者がいた。

『ハル!』

背の高い黒髪のセミロングの女性が座ってるハルを見下ろして微笑んでいる。

『待たせたね。僕もようやく試験を終えたんだ』
「・・・誰?」
『え、ああ・・・』

『これで分かるかな?』

そう言うと女性は

五日間の間で見飽きるた鎧を頭に着けた。

「お、お、お・・・」
『ようやく呪いを解いてもらったんだ⑧。視界が開くっていいね。君の顔もようやくハッキリ見えるってことだ』

「おめえマリンかああああああ!!???」

『いかにもマリンだが・・・どうした?』
「おま、お前、女だったのかよ!!!」
『!? まさか僕を男と勘違いしてたのか君は・・・②』
「だってお前『僕』って・・・」
『女が自分を僕と呼んだらいけないのかい?』
「でもそのパワーって・・・身長も・・・」
『まあたしかに女性のイメージから外れてるという自覚はあるよ』
「ていうかお前・・・そんな顔してたんだな・・・」
『五日間一緒にいて顔を全く知られてないというのも奇妙な話だよね』
「いや・・・意外と可愛いなって・・・⑨」
『なっ・・・!?』
途端にマリンは赤面した。
「えっいや、正直ゴリラみたいな人かと思ってたから・・・」
『ゴリラっ今可愛いって・・・なっなっなっ』
どうやら褒められなれてないのか?
「マリン可愛い!文武両道!!見返り美人!!絶世の美少女冒険者!!!!可愛い!!!!!」
『なあああああああっ!!!やめろおおおっ!!!皆見てるだろおおおおおおっ!!!』

試験を終えた休息の時間を過ごす二人。
この二人がいつしか日本を、そして世界を驚かせることになるのだが、その話はまたいつか機会があれば。

【終】
[編集済]

ナットクカン!!!
歌のテストでの一場面を切り取ることで、どこか物語系の匂いのする問題文を日常のあるあるに落とし込んでいます。しかしそれをシチテンワールドに再輸入することで、要素を丁寧に回収すると共に老若男女が楽しめる作品に仕上げる手腕、お見事です。
2人が世界を驚かせる続編が読みたくてたまらないです。投稿ありがとうございました!
[編集済]

No.99[すを]04月21日 23:5404月22日 00:30

(編集済み) [編集済]

No.100[OUTIS]04月21日 23:5904月22日 00:30

【ミュージカル】

作・OUTIS [良い質問]

No.101[OUTIS]04月21日 23:5904月29日 00:43

 文化祭の準備が始まる日、俺達は体育館に集められて説明を聞かされた。
「…であるからして、今年度の文化祭では部活動の催し物は2つ以上の部活動が合同して行う事を条件とします。」
俺、科学部部長こと女狩井美幸(めかるい・みゆき)は落胆していた。
というのも、今年からは部活動の壁を越えた交流とやらを目的に部活による催し物は基本的に2つ以上の部活が合同で行わなければならなくなったのだ。

結果、今日は科学部全員が集まっての会議となった。
「今年の文化祭は何もしないで終わるか?」
「先輩には悪いっすけど、うちとやろうなんて奇特な部活あるわけ無いでしょうし…」
「最後くらいはでかいのやりたかったなぁ…」
なんて、後輩たちと話していると
「ここが科学部か、いかにも陰湿な所だな。」
そう言って一人の生徒が入ってきた。
明らかに俺達を馬鹿にする態度の彼女に、俺達はムッとして…怯えていた。
そう、俺達は生粋のコミュ障だ。特に、俺は持病があるせいで理解してくれる仲間達とワイワイ話すならともかく、見ず知らずの他人と、それも女と話すなんてできるわけが・・・
「女?」
おかしい、ここは男子校だ。女子生徒がいるわけがない。②
そう思ってよく見ると、その人物は確かにズボンを履いている。長い黒髪にキリっとした目つき、女性のようにも見えるが、ここに居る以上男子生徒であろう。
「な、なんだよ、突然やってきて。」
「科学部、僕ら歌唱部の催しを手伝え。」
「は、はい!?」
今こいつは何て言った!?
「いい返事だ。お前たちにも準備があるだろう、明日の放課後から練習や用意を始めるぞ。」
いきなり入ってきて無理やり話を進める、一番苦手なタイプだ。
「えっと、どうしてうちの部活が?」
「他にもう空いている部活が無いからに決まっているだろう、誰が好き好んでこんな部と…」
どこまでも失礼な奴だ。けれど、この手の奴に俺達が意見なんてできるはずもなく抵抗することなく白旗をあげ、俺達の文化祭は歌唱部との合同となった。⑥

「さて、催し物の内容だが演劇…というよりミュージカルをしようと思う。」
「みゅ、みゅーじかる?」
「ああ、僕ら歌唱部の歌を最大に生かせる催し物だろう。」
「で、でも俺達歌なんて歌えないし…」
「科学部は舞台づくりや背景でもやっていればいい。」
「わ、わかりました。」
本当に癪に障る奴だな…
「さて、劇の内容だが荊姫にしようと思う。
 そこで、科学部には何か使えそうな舞台装置を用意してもらう。」
「舞台装置?」
「そう、スモークを吐き出す機械なんかが有名だな。科学部というくらいだし、そういう変な物の一つや二つあるだろう?」
「ま、まあ…無くはないけど…」
そんなふうに歌唱部にいいようにこき使われていたある日だった、何かが落ちるような鈍い音と共に絶叫が響き渡ったのは。

「全治1月だそうだ。」
一人の歌唱部が階段から転げ落ちて骨折した。元々人が少なかったこともあり王女の役が居なくなってしまった。人が足りないから催しは出来ない。そう思っていた矢先だった。
「お前、王女の役をやれ。」
歌唱部の部長が俺に向けてそう言ってきたのは。
「お、俺が?」
無理だ。そんなの出来るはずがない。
「眠っているだけだ、どうせ台詞なんて無いだろうしな。王子と違って歌唱シーンは適当に別の奴が歌えばいい。」
「無理に決まってる!俺がそんな、主役なんてできるわけがない!」
「時間は有限だ、さっさと練習を始めるぞ。」
せめてもの抵抗は虚しく無視され、強引に主役をさせられる事になった。

 その日は、舞台の飾りである森を作っていたときの事。
持病の発作が起こり、薬を飲む事になった。
「おい!女狩井!大丈夫か!?しっかりしろ!」
何故か、あいつが俺の事を心配していたのをうっすらとした意識の中で覚えている。
その日の帰り道で鞄の中に薬が無い事に気が付いて、雨の中学校まで取りに戻ることになった。
「絶対あの時にしまい忘れたんだ。」
そう思い部隊装飾の森の中で薬を探していると①
~♪
歌声が聞こえる。
誰も居ないはずの音楽室に明かりが点いている。
「おい、誰かいるのか?」
不審に思って音楽室を除いてみると、そこには歌唱部の部長が一人でミュージカルの歌を練習していた。
「お前、こんな時間まで練習してたのか?」
「なんだ、女狩井。お前も居たのか。」
少し驚いたようにこちらを見るあいつ。いつも自己中でナルシストな面ばかり見ていたせいで、努力する姿は新鮮だった。
「うん、ちょっと薬を忘れちゃって… そういえば、今日すごい心配してくれて、その、ありがとね。」
少しだけ、こいつと素直に向き合ってみてもいいかな。そう思えた。
「お前が居なくなったら、もう代役が効かないからな。」
「そっか、そうだよな。お前って自己中に見えるけどとことんストイックなだけなんだな。」
そういえば、こいつの歌も改めて聞くとすごい綺麗なんだよな。
「なあ、もう少しその歌を聴かせてくれないか?」
「まあ、いい。聞かせてやる。」
そう言って、歌い始めて少し経った時。

がららぁん。

雷が鳴って、部屋が真っ暗になった。
「ひゃっ!?」
あいつが急に小さくしゃがみこんでしまった。
「おい、大丈夫か?」
そう言って自然と隣に座る。
「おい、大丈夫、大丈夫だから。」
なんとかパニックになっているのを落ち着かせようと声をかける。
「…大丈夫か?」
「あ、ああ… なんとか。」
「お前、雷怖いのか?」
「い、いや。怖くなんて…」
なんだか、いつものこいつらしくない。
「意外と、可愛い面もあるんだな。」⑨
「か、可愛いっていうな!少し、トラウマがあるだけで…」
そう言って真っ赤になった。
「そっか、そりゃ仕方ないよ。雷みたいな強烈な出来事って記憶に残りやすいっていうしな。」
「お前、絶対馬鹿にしてるだろ…」
「してないしてない。あっ、そうだ名前教えてよ。」
そういえば、俺はこいつの名前をまだ知らなかった。
「名前?お前、僕の名前を知らないでずっと作業してたのか?」
「…しょうがないじゃん。俺、お前みたいなの苦手だったし。」
「かねぼし、金星翔(かねぼし・しょう)だ。」
「変わった名前だな。よろしく、翔。俺の事も名前で呼んでくれよ。」
「…お前には言われたくないけどな、わかったよ。深雪。」
少し、こいつとの距離が縮まったような気がする。
「そうだ、さっきの続き聞かせてよ。」
「…ああ、そうだった。」
そう言って、翔は歌い始めた。
それは、どこか心が落ち着くようで。
気が付いたら口ずさんでいた。
「ねえ、歌、教えてよ。」
気が付くとそう口に出していた。
「テストしてやる、少し歌ってみろ。」
そう言われてさっきのフレーズを口ずさむ。
「なんだ、意外と上手いじゃないか。」
「そう、かな。」
その日から、俺達は部活が終わっても一緒に残って歌の練習をするようになった。

本番が近づいたある日。
「なあ、お前が王子役をやってみないか?」
「俺が!?だって、王子の役は歌の代役が効かないし…」
「お前なら、十二分に歌える。下手な歌唱部のやつよりも上手いくらいだぞ。」
「そ、そうかな。」
「ああ、お前が王子役をして僕が王女役をすれば大成功間違いなしだ。」
その言葉に、少し胸が躍った。
「わかった、やってみよう。」
幸い、ミュージカルだったおかげで追加で覚える台詞は少なく、歌は一緒に練習していた内容だけで済んだ。

 本番当日、劇が始まった。まずは最初の王女が生まれ誕生パーティが開かれるシーン。
招かれた11人目の魔女が祝福を与えていると、
「やあやあ、他の奴らは呼ばれたのに私だけ呼ばれなかったのは一体全体どういうワケだい?」
そう言ってやってきたのは招かれざる客、13人目の魔女。④
「この私を招かなかったこと、愛娘を失って後悔するがいい!」
そう言って魔女は王女に呪いをかける。
それは、15の誕生日に糸車の針で命を落とすというとても強い呪いだった。
そんな中、まだ祝福をかけていなかった12人目の魔女がやってきて言いました。
「私が、この呪いを弱めてみせましょう。」
彼女のおかげで呪いは弱められ、命を落とすのではなく100年の眠りにつくという内容になりました。

少し時間は進み、王女の15の誕生日。
ビビビビビー ガラララ
   ビビビビビー ガラララ
わが科学部とっておきの舞台装置、テスラコイルが放つ雷が妖しい雰囲気を醸し出す中、王女様は糸車の針が刺さり、城ごと荊に包まれ100年の眠りについてしまった。
「流石だな。」
舞台袖で翔の演技を見ていたが、とても自然な演技で美しかった。まるで本当に女性かと錯覚してしまうほどに。

またまた物語は進み100年後。
ついに俺の出番だ。
白馬に乗って森から荊に包まれた城の前に出る。⑤
さあ、翔と練習した歌を歌おうと口を開けた瞬間、頭が真っ白になった。
初めて客の前に出たせいか、緊張のせいか、歌詞を忘れてしまったのだ。
沈黙が、場を包んだ。

Side:翔
舞台袖で出番を待っていると、王子の衣装に身を包んだ深雪が固まっていた。
(まさか、あいつここまで来て歌がトンだか!?)
それはまずい。僕が関わった以上、最上の結果でないと。
なんとかして思い出させる方法…
ふと、以前の雷の日の出来事が思い出された。
『雷みたいな強烈な出来事って記憶に残りやすいっていうしな。』
もしも、あの日の出来事が少しでも印象に残っていたら…
「おい、科学部!」
「「は、はい?」」
「頼む!雷を、雷を落としてくれ。」
「えっと、今、雷ですか?」
「落とせないのか?」
「いえ、できますけど…いいんですか?」
時間が無いというのに、押し問答をしている暇はないんだ!
「いいから!早く落としてくれ!」
「わ、わかりました。ど、どうなっても知りませんからね?」
そう言って機械操作を始める科学部。
瞬間、荊姫の眠る城に雷が落ちた。

Side:深雪
ビビビビビー ガラララ
   ビビビビビー ガラララ
城に、雷が落ちた。
その雷はあの日の出来事を、初めて翔と一緒に歌の練習した日の事を思い出させてくれた。
あの時は、ちょうと歌い出しの時に雷が落ちて…
「~♪」
そう、気が付くと歌い始めていた。
一番最初のフレーズさえ思い出すことが出来れば、忘れていても案外後はスラスラと謳えるものだ。③
王子は、禍々しい雰囲気を漂わせる城へ向かって駆けだした。

舞台は変わり、城の中。
王女の元へたどり着いた王子は、眠っている王女の呪いを解くために口づけを…
「!?」
すると王女は眠りから目覚めた。呪いが解けたのだ。⑧
翔は少しの動揺を見せたが、それ以降は見事に演じて見せた。最終的には、王子一人で歌うはずの曲をアドリブでアレンジして一緒に歌い始めた。
しかし、それはまるで最初からそうあるべきだったかのように自然だった。
結果として、科学部と歌唱部の催し物は大成功で幕を閉じた。

 劇が終わった後、俺達は一緒に帰ることにした。
「今日の劇、大成功だったな。」
「そうだな。」
「俺達、もうこれで話す事も無いのかな。」
「別に今後も普通に話せばいいじゃないか。」
「え?」
「部活は違っても僕ら、友達だろ?」
「…」
「どうしたんだよ、真っ赤になって。」
「いや、お前がそんな事言うなんて思ってなかったから。ほら、なんか自分が一番で対等な存在なんて居ないみたいな…」
「酷いな、君はそんな目で僕を見てたのか?」
「仕方ないだろ!…てか、夕日が綺麗だな。」⑦
そう。実際ふと目に入った夕日はとても綺麗で、儚く貴重で美しいものに見えた。
「なんだよ、その露骨な話の切り替えは。
 …でも、確かにきれいだな、夕日。」
その時の俺達は、きっと夕日に負けず劣らずの笑顔だっただろう。⑩
―終―

【簡易解説】
文化祭でミュージカルを企画していた二人。
男は、雷の日をきっかけに歌を練習し始めた。
男は本番で歌を度忘れしてしまったが、一緒に練習していた男が舞台装置で雷の日を再現したおかげでその日のことを少し思い出し、歌い出しを思い出したおかげで問題なく歌え劇は大成功に終わった。
―焉—

あれっ、見間違いでしょうか?私の目には投稿日時がとんでもなくギリギリに見えるんですが…今回の創りだすはOUTISさんに始まりOUTISさんに終わる回となったようです。
最初こそ良い印象を持たなかった相手と触れ合う中で、徐々に打ち解けていく王道のストーリーが、文化祭という舞台設定によってより確かな実感を伴って胸に響きます。
男が「思い出した」というより「思い出させられた」という方が適切な、能動的な雷は、ここで科学部設定が活きてくるのか!と驚かされました。
投稿ありがとうございました!
[編集済]

滑り込みが大量に…感謝感謝の中、ここで締め切りです!皆様お疲れ様でした!投票会場設置までしばしお待ちを…
そして今回、投票対象外投稿の希望がありましたので、ロスタイム投稿を受け付けます。締め切り後ではありますが、寄稿してくださるという方はタイトルに【ロスタイム】を付けてください。このアナウンス以下の作品は投票対象外となります。
No.102[フェルンヴェー]04月22日 00:0804月29日 00:47

【ロスタイム】「君の声を」

作・フェルンヴェー [良い質問]

No.103[フェルンヴェー]04月22日 00:0904月29日 00:47

 ある時私は大海を泳ぐ鯨であり、またある時は大空を飛ぶ燕であった。何度も繰り返す生の記憶はどれも朧気であったが、殊更強く覚えているのは私が馬だったときの記憶だ。⑤
 草むらを掻き分けるように広大な大地を進んでいく。その時の私には胸焦がすような衝動が何より大事で、止まってしまうことを恐れるように、自らの脚をひたすら動かし続けたものだ。
 すると突然、耳をつん裂くような痛みが身体を突き抜けた。痛みはそのままじんわりと全身を覆い、振り払うことは叶わない。その時私は何を思ったのか、この痛みを和らげる麻酔のような何かを求めて森を目指したのだ。その森の中に、私の求める何かがあるような気がしていた。①
 気付けば仲間の馬達とはとうに離れてしまっていて、私は永らく一匹で走っていた。
 躓いて、進んで。そうして鬱蒼とした木々の間を抜ければ、ぽっかりと拓けた空間に辿り着く。其処にいたのは私だけだった。其処にある何だってこちらを見向きもせず、ただ、私だけがあった。一体いつ振りであろうか、脚を止めて見渡してみれば、薄い紫紺の夕空を背景に、影絵の様に木々が浮かび上がっている。凪いだ森林の隙間を青く透き通った氷のような空気が流れていた。
 すると突然、踏みしめた地が激動し、視界を真白な光が覆った。目の前に雷が落ちたのだ。稲妻の燈した炎は何とも美しく、胸中渦巻く激情をどうにかしたくて、久方ぶりに私は声を上げた。しかし、どんなに喉を震わせようとも、想像しうる己の声は耳に届かない。
 やけに静かなその場所で、私は孤独だった。小鳥の囀りさえ聞こえない。思えば雷鳴の轟く音でさえも聞いていなかった。広い、広いこの世界で、溢れているはずの音のひとつでさえも、この耳は拾ってなどいなかったのだ。
 鳥の鳴く声も、雨の奏でる音も、神鳴りも、チリチリと燃える炎の音も、この地を駆ける足音も、生きとし生けるものが立てる豊かな調べも、仲間の鳴き声も、何一つ私は感ずることが叶わないのであった。
 私は孤独であった。
 音の消えたこの世界に、たった独りで取り残されてしまったことに、気付いたのだ。その時、やっと。
 鈍い痛みが、そのまま私を暗闇に引きずり込んだ。
  
 ______________________
 五月に入り、咲き誇っていた桜もすっかり散り果て、新入生を迎えて賑わっていた大学の雰囲気も幾分か落ち着いたように感じられた。
 順調に大学三年に進級したレイは、欠伸を噛み殺しながら深夜のコンビニバイトに勤しんでいた。大学と自宅の丁度中間にあるこのコンビニは、最寄り駅から徒歩五分ほどかかり、更には住宅地に位置する為、深夜の時間帯ともなると客足はかなり少ない。
 深夜勤務は雑誌類やドリンク、弁当類の搬入があり、それらの個数チェックと陳列作業には手を焼くが、それ以外の時間は基本暇だった。どうしても欲しいバイクがあったこともあり、一晩一万円という好条件で、レイはこの春から働き始めたのだった。
 レジの真正面の壁に取り付けられたアナログ時計に目をやると、そろそろ午前三時をまわりそうだ。その日は大量の雑誌搬入がある日だった。
 レイが搬入された雑誌をたらたらと陳列していると、客の来店を告げる電子音が店内に流れた。適当にいらっしゃいませーと呟き、顔も上げずに作業に取り掛かっていると、今しがた入店したらしき客が雑誌コーナーにやって来た。そして屈んで作業するレイのすぐ隣までやって来ると、男性ファッション雑誌を手に取りパラパラと捲り始める。
(この時間に立ち読みかよ……てか邪魔くせぇ)
 レイは苛立ちを覚え、それを隠しもせずありありと表情に浮かべて隣の人間を仰ぎ見る。
 そこに立っていたのは、どこか中性的な雰囲気を纏った若い男だった。
 自分よりも年下だろうか。背は高くなく、身体は細い。深夜にファッション雑誌を手に取るだけあって、少し長めの髪はふわりとウェーブしており、服もスタイリッシュでお洒落な部類に入るような男だった。クマのある少しやつれたような顔は整っているが、無表情で雑誌を眺めている様はどこか近付き難い雰囲気を醸し出している。
 ふと目が合った。
 男がレイの非難を込めた視線に気付いたのか、隣に視線を向けたためだ。レイは微かに狼狽した。じっと、隣の男に見入ってしまった自分に気付かれた、そう感じてしまったからだ。レイはわざとらしく溜息を大きく吐くと、陳列作業を中断してレジに向かった。レジに立ち、早くしろ、という態度で店内に一人だけの客に険しい視線を走らせた。
 男は割とすぐに立ち読みをやめ、弁当とペットボトル飲料を持ってレジにやって来た。先程見ていた雑誌を買わないことにまた少し苛ついた。
「弁当温めますかー」
 ペットボトルを袋に入れながら、いつものセリフを適当に呟くが返事がない。訝しんで顔を上げれば、レイの顔をじっと見て、こくこくと頷いている。その様子にレイが一瞬瞠目していると、その男はレイが持っている割り箸を指差し、そして片手を左右に振る。
「え?割り箸いらないんですか?」
 すると男はまたこくこくと頷いた。
(変なやつ…)
 弁当を温めている間、目の前のおかしな男をいじってやろうと思いつき、声をかけた。
「その髪型、おしゃれですね~」
 男にしては長めの髪は中性的な雰囲気に拍車をかけており、どこぞの芸能人でもまねしているのか、スカしているようにも思えた。少し厭味ったらしく言葉を紡いで、どう反応するのかとニヤニヤしながら男を見ると、店の外に目を向けた男からはまるで反応は無かった。
(無視かよ!!)
 レイは嘲られた気分でいらいらしながら商品を手渡した。男は無言で受け取り店から出て行った。
「なんだあいつ。スカしやがって」
 静かな店内にレイの忌々し気な声が虚しく響いた。
  
 ______________________
 それから二日後、レイが勤務する深夜のコンビニにまたあの男がやって来た。今回はかごを持ち、弁当や飲み物以外にも雑誌や菓子類など様々な商品でかごを一杯にしてレジに現れた。
「弁当温めますかー」
 そう言ってすぐに男の顔を確認すると、前回と同様レイの顔をじっと見て頷いている。そして割り箸もいらないというジェスチャーをする。その間、ずっとレイの顔を見つめてくるものだから居心地が悪い。
 弁当を温めている間にそれ以外の商品を袋詰めし、会計を済ませた。温め終了を知らせる音が鳴り、後ろのレンジに弁当を取りに行ってカウンターへ戻る。が、男がいない。視線を巡らせば、男は先程のビニール袋を手に店を出るところだった。
「あ、弁当!忘れてますよ!」
 レイが声を張り上げえても男は振り向きもせずに、すたすたと店を出て行ってしまった。
「はあ?なんだあいつ!あほか!?」
 悪態をつきながらも、レイは急いで弁当を袋に入れると、ビニール袋を手に男を追いかけた。
「ちょっと!弁当!」
 駐車場を横切って歩いて行く男に再度声をかけるが、やはり振り向かない。レイは苛立ちながらも男に駆け寄り、自分の目線よりはるかに低い位置にある細い肩に手をかけた。すると男は弾かれた様に振り向いた。その目は大きく見開かれ、驚きを表している。
「弁当!忘れてるって!」
 レイの顔を見て、続いて手元の弁当が入った茶色いビニール袋を確認した男は、おずおずと手を出してそれを受け取った。そしてビニール袋を持った左手を前に出し、その上を一回右手で切るような動作をする。
(え?手話…か?)
 レイが驚きで固まっていると、男は更に自身の耳を指差した後、胸の前で両手を使ってバツを示した。
(そうか…耳、聞こえないのか…)
 レイに軽く会釈して立ち去る男の後ろ姿が暗闇で見えなくなるまで、レイは動くことが出来ずに、その場で彼の後ろ姿を見つめ続けた。
  
 ______________________
 翌日の午後、大学近くの本屋で、レイは『よくわかる!初心者のための手話』という本を手に取っていた。ページを捲り、昨夜あの男がした動作と同じものを探す。すると、存外はじめの方のページでそれらしいものを見つけた。
『ありがとう』
 それを見て、レイは胸のつかえが取れた様な気がした。そして、何故だか心が温かくなるような、また同時に心が苦しくなるような感覚すらも抱いた。世の中には聴覚が不自由な人もいて、見た目だけでは判断出来ないという当たり前のことを、今更ながら改めて認識したのだ。レイは今までに聴覚障がいの人と関わったことは一度も無かった。時折テレビで見かける手話も自分には一生関係の無いこととして一切関心を払わなかった。
 話さないのではなく、話せない人に対して、馬鹿にされているのだと単純に受け取り、苛立った自らの短絡さに恥を感じられる程度には、レイは素直な人間だった。名前も知らないあの男が雑誌を見つめる無表情な顔、レジで自分をじっと見つめる顔、弁当を渡した際の驚いた顔が、何度も脳裏に蘇った。
 何故自分はあの男が気になっているのか。同情して感情的になっているのだろうか。
 ……わからない。
 レイは小さく溜息を吐くと、本を閉じて元の場所に戻したのだった。
  
 数日後の深夜、またあの男がコンビニにやって来た。男はいつも通り雑誌コーナーをまわり、今は飲料コーナーで立ち止まっている。
 レジから男を眺めるレイは、以前は腹が立った立ち読み行為も、今は少しも気にならなかった。耳から情報が入らないのだから、目からの情報は好きなだけ立ち読みでもして得てくれればいいというような心情だった。
 男はゆっくりとレジにやって来た。今日は飲み物二本しか買わないようだった。これでは弁当を温めるか、というやり取りが出来ない。
 レイは今まで訊いたこともないのに、ストローお付けしますか、と男に問いかけた。しかし男は自身の財布に目を向けており、あのレイをじっと見つめる目を見ることは出来なかった。レイは少し落胆し、答えは聞いていないがストローを二本ビニール袋に入れた。
 その時、がやがやとガラの悪い連中が入店してきた。金髪頭にだらしなく着崩した服装で一目瞭然の不良集団だ。男が商品を受け取って店を出ようと歩き出した際に、不良の一人と軽く接触した。男は不良少年に軽く頭を下げるとすたすたと出口に向かって歩き出す。
「てめぇ、待てこらぁ!人にぶつかっといて、スカしてんじゃねぇぞ!」
 威勢よく馬鹿丸出しで不良が喚くが、聞こえるはずもない男はそのまま店を出て行った。
「シカトかよ、オイ!!」
 不良はまた喚くと、男を追って店を出て行った。その仲間も薄ら笑いを浮かべながらその後を追って出て行く。
(まずいな…)
 いつもなら、店の外に出た客同士のトラブルになんて干渉しない。面倒なだけだ。しかし、あの男は不良を無視したわけではない。聞こえないのだ。レイは小走りで店の外に向かった。駐車場の隅で、男が不良に囲まれ、そのうちの接触した少年に肩を掴まれ何やら言い掛かりをつけられている。レイが近付くと、男の表情が見えた。まるで無表情だった。
「おい、いい加減にしろよ。警察呼ぶぞ」
 自分たちより数十センチも背が高いレイのドスの効いた声が響き、不良達は水を打ったように静まり返る。
 しかしレイの言葉を聞き、果敢にも一人の少年が殴り掛かってきた。それをやすやすと片手で受け止め、本来とは逆方向に腕を捻じり上げる。
「お前らが無駄に広がって歩くから、他の客の邪魔になってるんだよ。悪いのはお前らだ。二度と来るな」
 レイに掴まれている不良以外の連中が、仲間を見捨ててそそくさと立ち去っていく。
「いってぇ、すいません!はなしてくれ!」
「……お前、友達選べよ」
 必死に訴える少年をあっさり解放すれば、足をもつれさせながら仲間の後を追って逃げて行った。
 薄暗い駐車場に、男と二人きりになった。声をかけようにも、相手は聞こえない。どうしようかと思案していれば、男はポケットからスマホを取り出し画面をタップすると、それをレイに見せてくる。
『ありがとう、たすかった』
 画面を確認し、間近にある男の顔に目を向けると、スマホの明かりで僅かに照らされた顔に微笑みが浮かんでいる。レイの心がふと温かくなる。
「あ、いや…別に…」
 しどろもどろに答えていると、男は会釈して歩き出した。男の後ろ姿が見えなくなるまで、レイはその場に立ち尽くして呆然と細身の後ろ姿を見つめ続けた。
  
 ______________________
 それから二週間ほどの間、レイは週四でバイトに入っていたが、あの男は一度も現れなかった。あの不良との一件が原因だろうか。そうだとしたら、他の店員は彼の耳が不自由なことを知らずに、はじめの頃の自分のように誤解しているのではないだろうか。または、近隣の他のコンビニに移ってしまったのだろうか。レイはあの男のことが気になって仕方がなかった。理由は深く考えなかった。ただ、無性に気になるのだった。
  
 その日、友人に半ば強制的に誘われた合コンに向かうべく、レイは電車に揺られていた。最近はバイトばかりで女っ気のない生活を送っていたレイを心配した友人による計らいであったが、レイも21歳のまだまだ若い男である。合コンをきっかけに素敵な女性とお近づきになれるのではと、僅かに期待を膨らませて集合場所の駅に向かう。
 気合が入りすぎたのか集合時間よりもはるかに早い時刻に到着してしまった。レイはスマホをパンツのポケットにしまうと、流れる人並みに視線を向けた。そうして見知った人間の姿を探していたレイは目を見張る。改札から、最近見かけなくなっていたあの男が現れたのだ。最初に見たときのようなお洒落な出で立ちで、小さめのバッグを肩から下げており、進行方向を真っすぐに見つめて歩いている。何処かに向かっているのだろうか。気が付くと、レイは男のところに駆け寄り、低い位置にあるその細い肩に手をかけていた。驚いて振り向いた男と目が合う。
「あー…あの…」
 何も考えずに咄嗟に動いてしまった自分の浅はかさに、自分自身が一番驚いていた。一方男はまじまじとレイのことを見て、少しして軽く会釈してきた。誰なのか気付いたようだ。何か話したい。どうして最近買い物に来ないのか。客の勝手であることは百も承知だが、また来てほしいと思っていることを伝えたかった。しかし、会話をすることが出来ない。
 その時、レイはあの晩の男の行動を思い出した。慌ててポケットからスマホを取り出すと、画面をタップして男に見せる。
『最近買い物にこない どうした』
 ぶっきらぼうな文章を見て男は微かに笑みを浮かべると、自身もスマホを取り出し画面をタップする。
『あの店はヤンキーにからまれるから』
 画面を見てレイは「もう大丈夫だって!」と思わず声を上げたが、はっとしてまた画面をタップする。
『もうだいじょうぶだから 俺がいるときはまた来て』
 文章を確認した男が顔を上げ、いくぶん高い位置にあるレイの顔をじっと見つめた。そして、男はまた微笑みを浮かべて、一度ゆっくりと頷いた。レイの胸に言いようのない喜びが込み上げる。男がいつものように会釈して歩き出そうとするのを、また肩に手をかけ引き留める。
『連絡先しりたい』
 そう打って画面を見せると、男は目を見開いて驚いている。その様子にレイは僅かに後悔のようなものを感じた。引かれただろうか。
 しばし逡巡した様子の男は、それでも電話番号とメールアドレスが表示された画面をレイの前に差し出した。急いで登録するレイの様子をじっと男が見つめているのを、舞い上がったレイは気付かない。
「メールする!」
 思わず声を出したレイを、じっと見つめていた男はまた頷いた。
「え?言ってることわかんの?」
 驚いて呟いたレイに男はまた首を縦に振る。
『少しなら読話できる』
(…読話?)
 肩を寄せて画面を見せ合う変わった様子の二人の背後から「レイ」と名を呼ぶ声がした。レイが振り返ると、そこには友人が立っていた。
「何してるんだ?今日の参加者か?」
「あ、いや、違うけど…」
 珍しく狼狽えるレイを不思議そうに見つめる友人。それを目にした男は、軽く手を上げて挨拶すると、今度こそその場を去っていった。隣に立つ友人に構わず、レイはその後ろ姿が人ごみに紛れて見えなくなるまで目で追い続けた。
「…おい、レイ」
 自分の名を呼ぶ友人の声で我に返ったレイは、バイト先の知り合いだと説明する。その妙に浮かれた様子を友人が不思議そうに見ていた。
  
 その後集合した女子の面々は、女子力全開といった風貌で一般的には可愛らしいと言われるだろう女子達だった。合コン自体も盛り上がった雰囲気だった。女子の一人がレイに狙いを定めたようで何度も秋波を送られていることには気付いていたが、レイは終始スマホを触り一人の世界を作っていた。先程連絡先を交換した男とのメールのやり取りに夢中だったのだ。合コンそっちのけでスマホに食いついて分かったことがある。
 名前はミズキということ。
 予想外に年上で24歳。
 職業はデザイナー。
 そして何より驚いたのは、性別は女性だったということだ。②
 中性的な雰囲気に加え、初めて会ったときに男性ファッション雑誌を手に取っていたこともあり、レイは彼女のことを完全に男性だと思い込んでいた。職業柄ファッションデザインなども手掛けることがあり、ファッション雑誌も性別問わずチェックしているとのことだ。彼女は特に気にしたそぶりは見せなかったが、レイは失礼なことをしてしまったと、申し訳ないのと恥ずかしいので仕方がなかった。その後もメールのやり取りは続き、レイはすっかり合コンのことなど頭の中から抜け落ちていた。その様子を見かねた友人が軽く非難しても、レイの耳には入らない。レイはたかがメールのやり取りで、ここ数年感じたことの無かったような高揚感を感じていた。

 ______________________
【読話(どくわ)】
 声が十分に聞こえなくても唇の動きから発話の内容を読み取る技術を指す。読唇(どくしん)とも言う。
  
 パソコンの画面に目を走らせながら、レイは小さく息を吐いた。彼女がしばしばレイの顔をじっと見つめる理由が分かった。
 講義と講義の間の空き時間を利用して、レイは学生が自由に利用できるパソコンルームで無機質な光を放つ画面に食いついていた。日頃はスマホで事足りると、あまりパソコンは使わないのだが、最近は時間が空けばこの場所を利用している。検索する事柄は専ら聴覚障がいや手話に関することばかりだ。
 時計に目をやれば、あと五分程で正午になる。道理でお腹が空いてきたわけだと座ったまま身体を伸ばしてほぐしていると、キーボードの隣に置いてあったスマホの画面が光った。レイは素早い動きでスマホを手に取ると、送られてきたメールを確認する。
 ミズキと連絡先の交換をしてから、レイは毎日、一日に何回もメールを送っている。最初の頃はそれこそ自分がされたら引くだろうというほどミズキ自身について尋ねまくった。ミズキは短く素っ気ない文ながらも必ずレイの質問に返事をくれた。先日、ミズキからレイが通う大学の学部を尋ねられた際に商学部だと答えると、『福祉の学部かと思った』と返された。その理由について尋ねても、一向にそれについての答えは返ってこなかった。しかしながらその質問は、ミズキがレイに関心を示しているということだと解釈したレイにとって、とても喜ばしいものだった。そのため、ミズキが結局質問に答えなかったことも大した問題ではなかった。
 五日ほど前、連絡を取り合うようになってから初めてミズキが来店した際に、彼女はレイの姿を見つけると片手を上げて挨拶してきた。整った顔にはレイが見たいと思っていた微笑みがあった。その姿を見たレイの心臓が微かに跳ねる。彼女のことをよく知るようになってから、度々この感覚に襲われる。
 ミズキの自分に対する対応の変化を見て、自分とメールでやり取りしているのは、間違いなく彼女なのだと安心していた。疑っていたわけではないが、通話で本人と確認してわけでもなかったため、どこか不安が付き纏っていた。電話番号も教えてもらったが、通話することはないだろうと思うと、胸が軋んだような気がした。もしかしたら普通に電話に出るのではと思い、一度だけ彼女の電話番号にかけてみたが、呼び出し音が数秒鳴っただけで、すぐに留守番電話に切り替わってしまう。その数分後に『無言電話でいいなら出るけど』というメールが来た。電話で話すことは出来ないのだとやっと納得して、今度こそはっきりと、これが悲しいという感情だったのだと自覚したのだった。
 彼女は一体どんな声なのだろうか。一度でいいから聞いてみたいと、ふとそんなことを思った。
  
 その日もまた、雑誌搬入があるシフトだった。もうまもなく搬入車がやってくる時刻だ。
 店内に来客を告げるチャイムが鳴り響く度に、レイは期待を込めて客の姿を確認するが、待ち望む人は未だやって来ない。
 午前三時をまわり、レイはおざなりに大量に搬入された雑誌の検品作業をしながら、一人の人物を思い浮かべていた。自動ドアが開き、本日何度目かの入店の音が響く。視界の端でドア付近を収めれば、そこには待ち望んでいた姿があった。入店後真っすぐにレジの方向を見てから、店内を探すように眺めたミズキは、雑誌コーナーにレイを見つけると以前のように片手を上げて挨拶してきた。レイも同様に片手を上げて挨拶し、作業を放り出してミズキに歩み寄る。
 ミズキの前に立つと、レイは記憶を辿りながら胸の前で両手をたどたどしく動かした。
「えーと、し、ご、と、…お、つ、か、れ…?合ってるか?」
 その様子を見たミズキは僅かに眉間に皺を寄せ、レイの顔を仰ぎ見ると流れるように両手を動かしだす。
「あ、いや、これしかわかんない!丸暗記してきただけだから!」
 レイが慌てて両手を振りながら伝えると、ミズキはぴたりと手話をやめ、苦笑いを浮かべて頷いた。
「ちょっと雑誌見ててくれるか?今検品だけ全部終わらせるから」
 ミズキがまた頷く。先程の自分の拙い手話を見たミズキの表情は微妙だった。間違っていたのかもしれない。ネットで調べたのだが、簡単そうに見えて、その実自分でやってみると結構難しい。
 検品作業が終わったレイはミズキの隣に立ち、メモ帳を取り出してミズキに見せた。ミズキが来たら見せようと書いていたものだ。
『今度、飲みにいかないか』
 それを見たミズキはしばし固まった後、左右に首を振って拒否を示した。レイはそれこそ崖から突き落とされたようなショックを受け、『なんで』とペンを走らせた。するとミズキがレイからペンを奪い、メモ帳に何やら書き出した。
『お酒は飲めない』
 初めてミズキの書いた文字を目にしたが、整った美しい書体で驚いた。すぐ上に書かれた自分の字とはかけ離れている。そしてそれ以上に、文字を書いているときに自分の顔のすぐ真下に見えたミズキの睫毛の長さに驚いた。
『それなら普通に食事しにいこう』
 めげずに誘うが、再度首を振って拒否される。
『なんで、ショックなんだけど』
 書きながらわざとらしく不貞腐れた表情を作って彼女を見やると、ミズキはあの無表情だった。途端にレイも真顔になる。
『人目が気になるから、やめておいた方がいい』
 ミズキの書いた一文に、何も言えなくなった。目に見えて意気消沈したレイの肩を宥めるように軽く叩くと、ミズキはドリンクコーナーに歩いて行った。
 人目が気になる。
 レイにとって考えたことのない感覚だった。それをミズキは常に感じながら生活している。そんな人目なんか気にする必要ないじゃないか、と言うことは容易い。何故なら自分はそれを感じたことがないのだから。自分には障がいが無いのだから。
 立ち尽くすレイのポケットでスマホが振動した。働かない頭のままのろのろと手を伸ばし画面を確認する。
『外は無理だけど、うちで一緒にご飯食べる?』
 ミズキからのメールだった。振り返って姿を確認すれば、少し離れたところでミズキがスマホを片手にニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべてレイを眺めている。
「いっ、いく、行く!いつ!?」
 打って変わって喜びをありありと浮かべた表情で首を縦に振って話すレイの様子に、ミズキもにっこりと微笑む。
 今まで見た彼女の笑顔の中で、一番自然な笑顔だった。
 その笑顔がまたレイの心臓を跳ねさせた。明日からまた大学で、家で、彼女のことを思うとき、きっとこの笑顔を何度も思い出すのだろう。⑩
  
 ______________________
 先日、初めてミズキのアパートに入れてもらった。レイがバイトしているコンビニから歩いて数分に位置している。部屋の中は小綺麗に整理整頓されており、リビングと寝室が別になっている割と広めの間取りで、家具なども整然と並んでいた。
 驚いたのは雑誌や本の多さだった。リビングの家具の中で異様に本棚だけは大きい。その中に本が隙間なくびっしりと並んでいた。そして、テレビ以外の音楽関係の電子機器は当たり前だが存在しなかった。
 テレビをつけると、字幕放送が設定されていた。音量は限りなく低かったが消音ではなかった。レイの好きなように音量を変えていいとリモコンを渡された。
 ミズキは料理がそれなりに上手だった。いつも深夜にコンビニ弁当を買っていく姿から、てっきり料理はしないものなのかと思っていたが、一人暮らしが長いため料理は出来るようになったのだという。それなら何故コンビニ弁当を買うのかと尋ねると、夜中は面倒だと答えられた。
 まさか『レイに会うために』などという返事があるはずもないのに、レイはほんの少し落胆したのだった。
  
 ミズキの仕事が休みで、かつレイのバイトがない日は、レイはほとんど毎回ミズキの部屋に通うようになった。最初の頃は流石に断られるのも覚悟で『行ってもいいか』と恐る恐る連絡していたレイに対し、ミズキは一度も拒否しなかった。その分、レイが部屋を訪ねても、まるでそこにレイが居ないかのように過ごしていた。きっと一人のときと同じように、ミズキは読書をしたり、ネットをしたり映画を観たりと自由に過ごしていた。そして、自分のついでだと言ってレイにも食事を作ってくれた。
 レイがネットで調べた、美味しい、という手話を見せるとミズキは無言で俯いてしまう。間違えてしまったのかとミズキの顔を窺うが、見えないように顔を背けられてしまう。しかしその耳が赤く染まっているのに気付き、彼女が照れているのだと理解すると、レイも何だか気恥ずかしくなった。
 レイがミズキの頭をぽんぽんと軽く宥めるように叩くと、振り向いた彼女は何やら因縁でもつけるかのような険しい表情で、強烈なデコピンをしてきた。額を押さえて痛がるレイにミズキはしてやったりという表情でレイを眺めている。
(むかつく…けど…)
 ミズキは話せない分、態度や行動、その表情で彼女の感情を表している。そばにいてだんだんとそれを理解してきたのだった。
 ミズキの部屋にはノートサイズのホワイトボードがあり、それを用いて筆談で会話をした。簡単な会話は読話で対応してくれた。しかし、ふとした時にミズキは両手を動かしては、はっとしてその手を止めてホワイトボードに文字を書くという行動をとっていた。それを見て、自分も手話を覚えてもっと彼女とすらすらと会話がしたいと思うようになっていた。
  
 ある日、レイがミズキに手話を教えてくれないかと頼むと、彼女は真剣な表情で頷き、早速ゆっくりと両手を動かして見せた。短く簡単なものだった。それを見て、レイも真剣にその動作を真似する。それを見たミズキは胸の前で腕を組むと、よく出来たとでも言うかのような表情で大きく頷いた。
「今のどういう意味なんだ?」
 レイが問うと、ミズキがホワイトボードに書き出す。
『私はあほです』
「なんだそれ!ふざけんなって!」
 文句をつけるレイを見て、ミズキは声を出さずに笑っている。楽しくて仕方がないとでもいうかのようなその笑顔は最初の頃の彼女の印象からは考えられないほど無邪気で、予想外なほど可愛かった。⑨
 どうやらミズキはレイに手話を教える気はないらしい。これは彼女に頼っても無駄だ、自分で学ばなければならないとレイは思った。しかし、今までのようにインターネットの知識では限界がある。やはり専門書を買うことにした。
  
 ______________________
 翌日、大学近くの本屋でレイは手話の参考書を選んでいた。イラストが多く分かりやすいものや、DVD付のものなど、よく見てみれば様々な種類があり、どれにしようかとしばらく悩んでいると、背後から声をかけられた。
「レイ先輩ですよね?」
 振り返ると、細くて可愛らしい容姿の女子がレイに微笑みかけている。
(…確か、前の合コンの時の…)
 前回の友人主催の合コンの時に、レイに何度も話しかけてきていた女子だった。確か同じ大学の後輩だったはずだ。
「手話の本探しているんですか?」
「え?…あぁ」
 レイのすぐ隣に近づいた彼女が、手元の本を覗き込んでくる。それにしても随分と距離が近い。
「福祉のボランティアでもするんですかー?福祉系だと就職に有利だって言いますもんね!」
 上目遣いでレイを見上げながらそう言う。その言葉にレイの思考が一瞬凍りついた。
  
『福祉の学部かと思った』
  
 ミズキの言葉が蘇る。
  
「そんなんじゃねぇよ。…友達が耳聞こえないから」
「…友達って男の人ですかー?」
「…いや、女性だけど」
 女の軽いテンションに、面倒だと思いながらも返事をする。
「へー、そうなんですかー。聾者と友達だなんて何だか意外ですね!その人のために勉強するんですかー?すご~い!やさしいんですねぇ~。でもお…」
「…なんだよ」
「大変ですよねぇ。…なんか、面倒じゃないですか?障がい者って。卑屈っぽいっていうか、なんていうかー…」
 思わず目の前の女を頭の先から足の先まで、ゆっくりと眺めた。その視線に、女は綺麗に巻かれた髪をはらうと、つやつやと塗られた唇に笑みを浮かべる。
「お前みたいなやつの方が面倒だ」
 低く怒りを込めたレイの声に、女は怯んで離れる。睨みつけるレイに「すみません」と小さな声で呟き立ち去った。レイは手元の手話の本に目を落とす。間抜けなほど満面の笑みで手話をするイラストが表紙に描かれていた。
  
 ミズキに今すぐ会いたいと思った。
  
 ボランティアなんかじゃない。就活のためでもない。ミズキのために覚えたいのでもない。
 自分がそうしたいからだ。
 自分がミズキと手話でもっと沢山会話をしたいのだ。そうして彼女と同じ時間を共有したい。ただそう思うからだ。
 いつか、『人目が気になる』と言っていた彼女を思い出した。この悔しさを、このやり切れなさを、そしてこの悲しみを。彼女は擦り切れるほど何度も、何度も握りしめていたのかと思うと。
「……むかつくよな、ミズキ」
 レイはDVD付きの本を選択し、レジへと歩いていった。
  
 ______________________
 こめかみから頬を伝って流れる汗が不快極まりない。しかし目の前の光景にレイは上機嫌だった。
 炎天下のなか、普段は暑さを嫌って長時間外にいることの少ないミズキが、真剣な眼差しでレイの愛車を色々な角度から眺めていた。流れる汗も気にせず、時にはハンドルを握ったりしている。一言も発さない彼女だが、その様子からレイのバイクに興味津々であることが分かる。
 バイト代がついに目標金額に到達し、念願かなって手に入れることが出来たバイクを、誰よりも一番にミズキに見せたくて彼女のアパートを訪れたのだ。③昨夜の夕方に納車して、今日の正午ごろにアパートに着いて今に至る。
 レイが先日『バイクを買う』と伝えたときには、特に興味無さそうな、いつもの涼しい顔で流された。『二人乗りしてツーリングに行こう』と誘うと、相変わらずのすまし顔で、それでも彼女にしては珍しく素直に頷く。彼女は平静を装っていたが、レイはその口元が微かに綻んでいるのを見逃さなかった。
「どこに行きたい?」
 ミズキの部屋に入り、よく冷えた麦茶を一気飲みした後、レイは何とか覚えた手話を使いながらミズキに問いかけた。テーブルの向かいに座ってちびちびと麦茶を飲んでいた彼女は動きを止め、しばらく考え込む。そしてホワイトボードに手を伸ばすと、『海に沈む夕日がみたい』と書かれたものを見せてきた。
「…夕日、海、ですか」
 レイは呟くとスマホを取り出して調べ始める。無言で小さな画面をタップするレイの姿を見たミズキは、『無理ならいい』と伝えたが、「絶対に行く」とレイは譲らなかった。
「…よし、大体わかった。行けるぜ!いつ行く?」
 その言葉にミズキが短く手話で答える。
『今から』
「え?まじで?」
 目の前のミズキは珍しく目を輝かせながらにこやかに頷いた。
 その後適当に昼食をとり、身支度を整えて出発した。
 教習所で乗って以来の運転で、昨日今日と少しばかり慣らし運転をした程度での予期せぬ長距離運転に、レイは内心しり込みしていた。しかし、初めて見るミズキの姿にそれもたちまち高揚へとすり替わっていた。
 初めてミズキが外出に対して自ら希望し、熱意を持って実行しようとしている。更にそれはレイと二人での小旅行であり、且つ海に沈む夕日を見に行くという何ともロマンがあり、夏らしいもので、レイは俄然意気込んでいた。
 スマホによれば、高速を使わずとも日没までには日本海側に到着できるとのことだった。主要な国道を通って行けば、それほど難しい経路でもない。途中休憩しながらでも十分に間に合うだろう。
 初めて二人乗りするというミズキは、必要以上にレイの腰に強くしがみ付いていた。肌に降り注ぐ真夏の太陽と、腰にまわった腕と背中から伝わるミズキの体温で、暑くて暑くて仕方がなかった。
 信号待ちの際に自身にしがみ付く細い腕を軽く叩く。
「信号待ちの時は力抜いてて大丈夫だ、疲れるぞ!」
 レイが半分顔を後方に向けてミズキに話し掛ける。予想外に直ぐ間近にミズキの顔があり、内心大きく胸が波打った。
 直射日光に当てられて、ミズキの白い頬が薄っすらと紅潮していた。海に着く頃には、お互い相当日焼けしてしまうだろうと思った。
 途中何度か道の駅やコンビニで休憩を取りながら進んできたが、思っていたよりも早めに海辺に到着し、日没まで時間的にまだ余裕があった。スマホで夕日スポットを検索し、スピードを下げて海辺の道路を走って人気のない砂浜を目指した。すでに海水浴をしに来た客は帰路に着いたようで、僅かにちらほら見かけるだけだった。沖の方にはサーフボードで波を楽しむ人影も見えた。
 砂浜に降り立つと、レイは波の届かない場所に座り込み、先程購入したお茶で喉を潤す。腕や顔がひりひりと痛む。たった一日で随分日焼けしてしまった。
 ミズキの姿を探すと、レイから十メートル程離れた場所で、ジーパンを捲り上げ素足になり、波打ち際まで歩いて行くところだった。しばらく休んでから、レイもズボンを捲り上げ、波打ち際のミズキの元へと歩み寄る。ミズキは海水に浸かった両足に目を向け、楽しそうに微笑んでいる。
 遠くの砂浜にいる集団からがやがやとした話し声や笑い声が聞こえてくる。目を凝らして様子を窺うと、どうやら花火の準備をしているようだった。自分と同じくらいの大学生だろうか。
 レイは足元の海水を蹴った。飛び跳ねた飛沫が、ミズキに少し掛かる。ミズキは少しむっとした表情をすると、レイと同じように此方にめがけて海水を蹴り上げた。二人は子供のように暫く水の掛け合いを続けた。ついには手まで使いだしたミズキの跳ね上げた海水がレイの顔にクリティカルヒットする。驚いて一瞬反応が遅れたが、慌てて顔を拭う。反撃しようとミズキの姿を探せば、彼女はいつの間にかレイを置き去りにして砂浜の方へと走って行ってしまっていた。そしていつものニヤニヤとした笑みを顔に浮かべて、真っ白なタオルを掲げてこちらに手を振っている。
「逃げるなんてずるいだろ」
 レイが不満げに非難すると、彼女はにっこりと微笑んでタオルを差し出す。
『わたしの勝ち』
(…白旗をあげるが勝ちってか?)⑥
 独断と偏見で勝利を得たミズキは終始ご機嫌であった。
  
 波と戯れた後は、少し間を空けて砂浜に座り日没を待った。立てた膝の上に額を乗せ全身の力を抜くと、慣れない運転を続けたせいで蓄積された疲労がどっと押し寄せ、レイは急激な眠気に襲われた。
 どれくらいの時間が過ぎただろうか。
 ふと波の音に紛れて、高くか細い、空気を震わすような音が聞こえてきた。起き抜けの呆けた意識で聞いていると、音程が様々に唐突に変化し、音の長さも長かったり途切れたり、端的に言うとめちゃくちゃな音色だった。けれどどこか懐かしいその音色に集中し始めて、はたとレイは思い至った。
 レイが息を呑んでミズキを見た。
 目を細め、水平線を眺めながら、楽しそうに口笛を吹くミズキがいた。
  
 初めて彼女の音を聞いた。
 
 レイが聞きたいと願う彼女の声ではないけれど、それは間違いなくミズキの音だった。
 レイが呆然として見つめているのに気が付いたミズキは、忽ち口笛をやめてしまった。
『下手でしょう、聞こえないからわからない』
 ミズキが照れたように笑いながら、ゆっくりと手話をする。レイが首を振り、もっと聞きたいと伝えても、彼女はそれ以降口笛を吹こうとはしなかった。
 それでも我を忘れてミズキの姿を見つめ続けるレイの肩を叩いて、ミズキは水平線を指差す。
 真っ赤な太陽が海原を染めながら沈もうとしているところだった。潤んだ赤いビー玉のように海に沈んでいく様は、何とも言えず綺麗だった。⑦
 なぜ、ミズキはこの海に沈む夕日を見たいと言ったのだろうか。隣のミズキに目を向けると、彼女は真っすぐに夕日を見つめていた。その表情から感情を読み取ることは出来なかったが、あのふとした瞬間に見せる人形のような無表情ではなく、どこか透徹とした表情だった。
 オレンジ色に染まったミズキの横顔は美しかった。
  
 ミズキの望みを、ひとつ自分が叶えることができた。例えばそれが彼女の思い付きであって、それほど思い入れがなかったものだったとしても、ただ彼女が楽しそうに笑ってくれるのであれば、それだけで自分はこんなにも幸せな気分になれる。
 ミズキは幸せなのだろうか。自分は今、どうしようもなくそう感じていると伝えたい。けれど、やはり気恥ずかしくて絶対口にはできそうにない。
 そう思いながらレイは自嘲的に笑った。きっとこの状況がいけない。自分らしくなく、どうにも感傷的な思考になっている。
  
 この日この瞬間二人で夕日を見たことを、きっと自分は一生忘れることはないだろうと、そう思ったのだった。
[編集済]

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No.104[フェルンヴェー]04月22日 00:0904月29日 00:47

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 あの日、二人で海に沈む夕日を見に行ってから、少しだけ変化したことがある。
 ときどき、ミズキが口笛を吹くようになった。それはふとした瞬間に、きっとミズキが上機嫌の時や、なにか楽しみがある時に聞こえてくるように思う。
 ミズキの部屋でパソコンを開いてレポートを作成しているレイの元に、魚が焼けるにおいと共に、調子外れの口笛が聞こえてきた。思わず口元を緩めながらキッチンへ顔を向けると、てきぱきと手を動かしながら口笛を吹くミズキの姿があった。
 ミズキは、他人との接触が少なくて自身の興味関心のある事柄や場所に関しては、レイのバイクに座って一緒に出向くようになった。と言ってもまだ片手で足りる程しか出掛けたことはないのだが、それでもその変化がレイにこの上ない充足感を与えていた。
  
 ある日、いつものようにアパートの階段を上って顔を上げれば、丁度ミズキの部屋のドアが開いたところだった。出てきた人物に、どこかに行くのかと尋ねながら手を上げて挨拶しようとし、しかしそのままの状態でレイの動きが固まった。ミズキの部屋から出てきたのは、全く見知らぬ女性だったのだ。部屋を間違えたのだろうかと思わず確認するが、そんなことはない。その間に女性はドアを閉めて、手際よく鍵をかける。その様子に更に混乱する。そうしてすっかり動転して突っ立ったままのレイに、ようやく気付いた女性は一瞬不思議そうな顔をした後、何かに思い至ったように目を輝かせて声を上げた。
「もしかしてレイ君!?」
「…え?」
(なんで俺の名前を知ってるんだ、ていうか…)
「あんたは…?」
「私は、チサト。ミズキから聞いてない?一緒に働いてて、たまにミズキのマネージャーみたいなこともしてます。よろしくね」
 チサトさんは言いながら、レイと先程閉めたドアに交互に視線を走らせる。
「さっき急に仕事が入って、今丁度作業してもらってるところなんだけど…」
 その言葉にレイは慌ててメールを確認すると、急な仕事が入ってしまったため会えないとの旨を伝えるメールが少し前に入っていた。
「そうなんですか。メール入ってたの気付かなかったです。……今日のところは帰ります」
 そう言ってレイは落胆しつつも踵を返す。その後ろ姿を引き留めるように声がかかった。
「ね、せっかく来たのにとんぼ返りは悲しくない?奢るからさ、ちょっと付き合ってよ」
 振り向けばにっこりと微笑んだチサトが逃さないとばかりに肩を掴んでいた。
  
 涼しい店内は、カウンターもテーブル席もほぼ満席で、ふたりはかろうじて空いていたカウンター席に滑り込んだ。最近オープンしたばかりの喫茶店で、チサトはフルーツがふんだんに使われた見た目もお洒落なケーキを幸せそうに頬張っていた。
「チサトさんは、ミズキと随分仲がいいんですね」
 先程ミズキの部屋の鍵を閉めていた彼女を思い浮かべながら呟く。合鍵だろうか。
「まあ、付き合い長いしね。というかなに、あの子、私のこと全然話してくれてないわけ?君はあれでしょ、最近ミズキのとこに居ついてる学生でしょ、よく話聞くよー」
 そう言って大きめのイチゴを口の中に放り込み、「むしろ最近は専ら君の話題ばかりだよ」と言って微笑む。
 レイはその言葉に単純に驚いた。ミズキが自分のことを他人に話しているということがにわかには信じられなかった。そしてその直後には、レイの胸の内にあたたかな感情が込み上げてきた。
「結構色々話すんですね」
「まぁね。付き合い長いし。ミズキと私は姉妹みたいなものだから」
「え?」
 チサトの言葉に思わず疑問を投げかけると、チサトは更にレイを驚愕させた。
「あの子これも言ってないの?私たち、施設で一緒に育ったんだよ。いわゆる孤児院ってやつ」
「………」
 黙り込んだレイに、別に隠す事じゃないしね、とチサトは笑顔で言った。
「…ミズキは、声でないんですか?」
 レイが呟くように問い掛けた。周りの音にかき消されるかと思ったが、チサトは耳が良いのかしっかりと伝わったようだった。
「声?出せるよ。出さないけどね」
「なんで」
 明らかにテンションの落ちているレイに構わず、チサトはあっけらかんと答えた。
「さぁ。出したくないんじゃない?昔は声出してたけど、最近は全然出さないねぇ。そういえば」
 会話が途切れると、チサトはまだ食べるつもりなのかメニューを見ながら、隣で小さく口笛を吹きだした。至って普通の、淀みなくメロディを奏でる口笛だった。
 レイはミズキの途切れ途切れで音程もめちゃくちゃな口笛を連想し小さく笑った。
「ミズキもたまに口笛吹きますよね。へたくそだけど」
 笑みをこぼしながら呟くレイに視線を向け、チサトも笑みを浮かべた。
「そうそう。気分乗ってる時とか、たまにね。ミズキは中途失聴だから、こどもの頃に聞いた音楽は覚えてるんだよきっと」
 チサトの言葉に、思わず動きが止まる。
「…そうなんですか。生まれつきじゃなかったんだ」
「うん。小学校に入る少し前くらいかな、病気で急に耳がダメになっちゃったんだ。だからそれまでに聞いてた音楽は覚えてるだろうし、言葉も話せる」
 眉を寄せ、困ったような笑顔で話すチサトの眼差しは、優しげで憂いを帯びたものだった。
「子供の頃、いつも一緒に歌ってたんだよ。海に沈む夕日見ながら。一緒に口笛も練習してた」
「え?夕日?」
 レイは驚き、思わず声が出ていた。
「私たちが育った施設、海の近くにあったんだ。ミズキは海に沈む夕日を見るのが好きで、いつも一緒に堤防から夕日見てたよ。あの子ああ見えて意外とロマンチストだから」
「………」
 言葉が出て来なかった。レイはあの日二人で夕日を見た時の、ミズキの透徹とした美しい横顔を思い出していた。

 その後連絡先を交換して別れたのだが、こちらの姿が見えなくなるまで、彼女はずっと手を振っていた。
 良い人だと思った。
  

 チサトと会った次の日のことだった。その日は雨が降っていた。
『どうして教えてくれなかったんだ、施設で育ったって』
 ミズキの部屋に着き、テーブルの脇に腰掛けるや否や、レイは自身の不機嫌の原因を吐き出すようにホワイトボードに書き出した。それを見たミズキが驚いたように顔を強張らせる。
『誰に聞いたの』
「チサトさん」
 ミズキが大きな溜息を吐きゆっくりと手話をする。
『なんで話さなければならないの』
 レイは返答に窮した。冷静に考えてみれば、ミズキの言うとおりだった。レイがしつこくメールでミズキにあれこれと連絡ををしていた時、自身の過去をすべて曝け出して教えるかどうかはミズキ本人の自由だ。ミズキがレイに打ち明けたくない事柄だったら、それを責める権利はレイには無い。頭では理解している。
 しかし知りたい。彼女の全てを理解したかった。
『ミズキのことを全部知りたい』
 レイが書いた文字のすぐ下に、すかさずミズキが文字を書いた。
『ストーカー』
「茶化すなよ」
 レイが真剣な眼差しでミズキを見据えて言った。その視線を真っすぐに受け止めたミズキは再び大きな溜息を吐くと、乱雑に掌で文字を消し、またすらすらと何やら書き出した。その表情は不満を表している。
『だから言いたくなかったんだ、めんどくさい』
 ミズキの書いた文字を目で追うと、レイは思わずペンを握るミズキの手首を掴んだ。
「めんどくさいって何だよ。俺はただ、」
 みなまで言わせず、ミズキが思い切りレイの手を振り払った。目を見張ってミズキの顔を見ると、皮肉めいた笑みを浮かべ、いつもと異なる乱暴な素振りで手話をし始めた。見たこともない動きとその速さで、レイにはほとんど理解できなかった。
「おい、わかんねぇよそれじゃ」
 レイがやめさせようと再びミズキに手を伸ばす。するとミズキがレイの手を力いっぱい叩きつけた。
「ってぇな!おい!落ち着けよ!」
 ミズキがホワイトボードに手を伸ばし、今まで見たこともないような乱雑な筆跡で忙しなく文字を書いた。
『同情するな めいわくだ』
「…なんだよそれ…」
 低く唸る様な声でレイが呟いた。腹の奥底がどろどろとした醜悪な感情で重くなっていく。
 どうしてわかってくれないのか。
 ただ、自分はミズキの全てを知りたいだけなのに。
  
『大変ですよねぇ。なんか、面倒じゃないですか?障がい者って』
  
 心ない人間の言葉が脳裏を過ぎった。それもまた、一理あるのかもしれない。
 しかし、たとえそうだとしても。
 自分にとって、ミズキは。
「…違う!!」
 レイは再びミズキの手首を掴んだ。
「同情なんかじゃない!面倒なんかじゃない!俺は、お前が、」
 突然、ミズキがレイに掴まれていない方の手でレイの頬を殴りつけてきた。咄嗟にレイがミズキの手首を放すと、ミズキは手元にあったホワイトボードを手に取り、『帰れ』と殴り書きしてレイの方に投げつける。。
  
 どうして。
  
 ミズキは立ち上がると、隣の寝室に逃げ込みドアを勢いよく閉めた。
「っくしょう…いってぇ」
 頭に血が上ったレイは荷物を手に取り、わざと足音を大きく立ててミズキの部屋を後にした。
 玄関を閉めるとすぐに中でばたばたと足音が聞こえた。追ってきたと思った刹那、振り返ったレイの耳にミズキがカギをかける冷たい音が耳に届いたのだった。
  
  
 家に向かいながら、先程の出来事を思い返す。
 興奮が冷めると、罪悪感がレイを襲った。
 そもそもどうしてこんなことになってしまったのか。思いを巡らすと、自分の勝手で独り善がりな願望の顛末にすぎなかった。
 ただ、知りたいだけ。
 そういえば、以前同じような自分の行動が災いして、彼女と別れたことがあった。過去を暴かれるという事は、人によっては苦痛をもたらし、人間関係を破綻させてしまう行為なのだとようやく思い出した。今さら思い至るとは、自分の学習能力の無さに自嘲が漏れた。ミズキに謝らなければならない。傷つけるつもりはなかった。嫌な思いをさせてしまい申し訳ない。
 ただ、自分は。
 初めて会った日、レジで自分をじっと見つめて頷く顔。
 人を食ったような、にやにやとした顔。
 時折見せる、人形のような感情を無くした顔。
 彼女には似合わない、赤くなった日焼け顔。
 夕日でオレンジ色に染まった、美しい横顔。
 ミズキが自分に見せる顔は、いつだって鮮明に思い起こすことができる。
 ミズキは、突然現れた自分をすんなりと受け入れてくれた。その居心地の良さに甘えていた。
 ミズキを見て、何度も何度も心臓が跳ねていた。
 その意味を考えないようにしてきたが、もう無理だった。
  
 自分はどうしようもなくミズキが好きだ。
  
 ただ、それだけだ。
 好きだから、知りたい。
 好きだから、そばにいたい。
  
 ミズキに会いたいと今までにも何度も思ったことがあったが、こんなにも強くそう思ったのは今までになかった。
 ふと、夜風に当たる頬が冷たいことに気が付いた。
  
 人を好きになって、涙が出たのは初めてだった。
  
 ______________________
 空調の効いた自室でノートパソコンに向かいながら、レイは机上のスマホを手に取り画面に触れた。新着メールも着信の知らせも何も無い、見慣れた待ち受け画面が時刻を表示するだけだった。つい数分前に同様の行動を取ったばかりで、その時から今まで何の反応も示さなかったのだから結果はわかっているはずなのに、何度も何度も小さな画面を確認せずにはいられない。おかげで課題のレポートに全く集中できず、一向に進捗しない状態だ。
  
 ミズキと喧嘩別れのようになってしまってから五日経つ。その間、レイは幾度となくミズキにメールを送っていた。主に謝罪の内容で、直接会って謝りたいと何度も送信した。それに対し、ミズキからの返信は無い。
 他にも、今まで同様にミズキの仕事の有無の確認なども送ってはみたが、それに対しても返信が来る様子は無かった。
  
 ミズキと知り合ってから四ヵ月ほど経過したが、このようにミズキがメールを無視し続けるということはかつて無かった。そしてミズキの部屋に訪ねて行くようになってからは、三日とあけずに会っていた。たった五日ではあるが、ミズキとの接触がこれほど途絶えたのは初めてだった。
 この五日間、ずっとずっと、ミズキの事を考えている。
 レイは大きな溜息を漏らすと机に両肘をついて頭を抱え込んだ。
  
 その日、バイトに向かう途中にミズキのアパートに立ち寄った。部屋の窓から明かりは確認できず、不在か或いは寝ているのかと思ったが、レイは構わず玄関の呼び出しチャイムを押した。ミズキの部屋のチャイムは聴覚障がい者用に改造されたもので、チャイムを押すとミズキの目に付く場所に設置されたライトが点滅して来訪者を知らせるようになっていた。その為在宅であってもミズキが寝ている場合には気づかれないことが多く、その場でスマホを使って呼び出すことも多々あった。
  
 何度かチャイムを押してみるが、部屋の中で人が動くような気配はない。レイはいつものようにスマホを手に取りメールを打ち始めた。しかしすぐに思い直し、電話を掛けることにした。
 ミズキからずっとメールを無視されている。返信が来ない度に、腹の底に鉛が溜まっていくかのように重く苦しくなっていく。これ以上この感覚を味わいたくはなかった。
 電話を掛けたものの、数秒コール音がしただけですぐに留守番電話サービスに切り替わった。これはいつものことだった。その着信に気がついて、ミズキが玄関に歩いて来てくれるのではないかと期待した。
 数分経過しても、レイが待ち望む姿が現れることはなかった。
  
 翌日、レイは改めてミズキの部屋を訪問した。仕事がある場合でも、在宅している午後の時間帯を狙って行った。けれど、昨日と同じくミズキが現れることは無かった。
 さらに、ミズキの携帯電話番号に電話を掛けると、圏外もしくは電源が入っていない、というアナウンスが流れた。
 無情に流れるそのアナウンスに、レイはしばらくその場から動くことができなかった。
  
  
「何日か前に『しばらく休む』ってメール寄越して、それっきりずっと休みっぱなし」
 レイの対面に座ったチサトは、呆れたと言わんばかりの素振りを見せた。
「なんで休んでるんですか?」
「知らないよ。連絡取れないし」
 言いながら彼女はイチゴのタルトを口に運ぶ。最終手段とばかりに、その日レイはチサトと会う約束を取り付けていたのだった。
 チサトに尋ねれば、今ミズキがどうしているのかわかるのではないかと期待して来た。しかし、それすらも叶わなかった。
  
 レイは絶望的な気分になり、自身の頭を抱え込み溜息を漏らした。溜息をつくと幸せが逃げるといつか誰かが言っていたが、だとしたら自分の幸せはもはや幾何も残っていないのではないだろうかと思うほど、レイはあの日からずっと溜息ばかりの自分に嫌気が差した。
  
「…ミズキってさ、意地っ張りでしょう」
 チサトが呟いた。今までよりも覇気の無い、小さな声だった。
「昔からなんだ。プライドが高いっていうか、同情されんのをすごく嫌がってさ」
「…そうですね」
 力の無い掠れた声が出た。レイは喉を潤そうとコーヒーに手を付ける。
「あ、君も怒られた?私もだよ。私もいっつもそれで怒られてる。でもさ、仕方ないと思わない?実際ミズキは可哀相なんだから」
 一瞬チサトの言葉に耳を疑い、顔を上げてその表情を窺った。チサトは相変わらず口元に笑みを浮かべてはいたが、その目には憂いのような感情が見て取れた。
「親姉妹がいない上に耳も不自由なんてさ、可哀相でしょ。同情だって愛情だって情は情よ。優しくしてくれる人の情けに、素直に甘えたらいいのよ。それなのに、あの子はそうしないんだよね。人生損してる」
 ミズキが知ったらきっと怒り狂うに違いないチサトの言葉は、決してミズキを蔑むわけではなく、むしろミズキに対する慈愛に満ちているように感じた。ミズキとチサトは姉妹のように育ったと言っていた。レイの知らないミズキを知り尽くしているのであろう彼女の言葉なら、懐疑心なく受け入れられた。
「ところでさ、ミズキとどうやって仲良くなったの?あんなに人見知りのあの子と」
 これまでとは打って変わってチサトが明るい調子でレイに話し掛けた。レイはその質問に答えようと、ミズキとの出会いを思い返した。
 レイになど微塵も関心が無さそうな無表情のミズキに、どうしたわけか心が惹かれて仕方がなかった自分がいた。
 小さなきっかけを手繰り寄せ、半ば強引に、ミズキの世界に自分を割り込ませて住み着いた。
 ミズキと過ごした何気ない日々を思い起こすと、そこには無自覚な幸せが溢れていた。
 今、ミズキに拒絶されている現実に打ちのめされ、途方もなく胸が痛んだ。
 深呼吸してからぽつりぽつりと話し出したレイに、チサトは微笑みを浮かべながら耳を傾けていた。
  
 バイトの時間が迫り、そろそろ帰ると椅子から立ち上がろうとしたレイにミズキが声を掛けた。
「何があったかわからないけどさ。ミズキのこと、見捨てないでやってね」
 チサトの的外れな言葉に、今まさに見捨てられそうなのは自分の方だと言いかけたが、敢えて自ら情けない男に成り下がるほど低いプライドは持ち合わせていないので口を噤んだのだった。

 ______________________
 ミズキと連絡が途絶えて十日目、レイはいつもの午後の時間帯を狙ってミズキの部屋の前にいた。
 相変わらずミズキからの返信は一度も来ていない。返信が来ないことに慣れてしまい、いちいち落ち込まなくなってきていた。
 いつものように呼び出しチャイムを押す。どうせ今日も出て来ないだろうとどこかで思うようになっていた。
 もしかしたらこの部屋にずっといないのかもしれない。もしくは体調を崩して寝込んでいるのかもしれない。
 これではまるでストーカーのようだと自覚している。それでも自分が動かなければ、きっと会えないままで終わってしまうような気がしてならなかった。
 このままミズキとの関わりが途絶えてしまうなど、とてもじゃないが耐えられそうにない。
 会って謝りたい。
 そして今までのように、そばにいさせてほしい。
 それ以上は望まない。
 だからどうか赦して欲しい。
  
 一縷の望みを胸に再度呼び出しチャイムを押した。
 すると、部屋の中から足音がした。だんだんと玄関に近づいて来る。レイの心拍数が一気に上がった。
 まさか。今日も会えないのだろうとはなから諦めていた。けれど、やっと、やっとミズキに会える。
 ゆっくりとドアが開く様子をレイは息を呑んで見つめた。
  
「…なんだ。勧誘なら何であろうとお断りだ」
 現れたのは、ミズキと似ても似つかない厳つい大男で、レイは顎が外れそうになった。
 レイは後ずさるとアパートを見渡した。やはりこの部屋で間違いはないはずだ。
「え?ここミズキの部屋だよな?なんで!?」
 レイの言葉を聞いた男は検分するように睨みつけていた視線を緩め、驚いたように呟いた。
「ミズキの知り合いか?」
「そうだけど!あんたこそ何なんだよ!?」
 驚いて興奮したように話すレイに再びキツい目つきで静かにしろと男は言い、外に出て後ろ手にドアを閉めた。暗にレイを部屋に入れるつもりはないとでも言うようなその行動に、レイは眉間に皺を寄せ目の前の男を睨みつけた。
「おい、あんた誰だよ。ミズキは中にいるのか?」
「…あぁ。寝てる」
 そう言うと男は疲れたように溜息を吐く。
 チサト以外で、ミズキの知人を見たのは初めてだ。ここ数ヶ月この部屋に通いつめているが、自分以外を部屋に招いているのを見たことはない。自分とチサトはしばらくミズキと連絡が取れない状態であるというのに、この男はまるで自宅にいるかのような、寛いだ様子で家主に代わり我が物顔で来客に応対している。
 ミズキには身内がいないとチサトは言っていた。この男は一体ミズキの何なのだろうか。
「ミズキは今日の午前に退院してきた。あとは自宅でしばらく安静にしてれば大丈夫だそうだ。今は眠っているからこのまま寝かせてやってくれ」
 男の言葉にレイは目を見張り、一瞬呼吸をするのも忘れてしまうほどだった。
「え…?退院って…入院してたのか?病気なのか?」
「聞いてないのか?」
「…ずっと連絡がつかなかった」
「………」
 男は俯くレイを無言で眺める。
「あいつから聞いてないんじゃおれからは言えないな。悪いな、今は個人情報がどうのってうるさいんだ。それに守秘義務もある」
「…なんだよそれ」
 不満を隠さずに詰め寄るレイに構わず男はドアノブに手をかけ、開いた隙間に半分身体を入れながら業務的に言った。
「あいつが回復した頃また来てやってくれ。じゃあな」
「え、おいちょっと!」
 混乱するレイをよそに、男はまるで我が家に戻るかのようにドアの中に消えていった。立ち竦むレイの目前で、ガチャリと鍵をかける冷たい音が響いた。
  
 結局ミズキに会うことはできなかった。しかしながら、ミズキが今日まで入院していたということはわかった。病状も何も分からず仕舞いで、それについても気になるところだが、安静にしていれば大丈夫なのであれば一先ず安心していいのだろう。レイにとって、それとは別に胸を撫で下ろす事実がひとつあった。それはつまり、ミズキが故意にレイからの連絡を無視していたとは限らないということだった。
  
 ______________________
 自室の机上で充電していたスマホに手を伸ばし時間を確認すると午前十一時を回っていた。相変わらずミズキからのメールは来ておらず、このところ習慣になってしまっている溜息が漏れた。
 アドレス帳からチサトの番号を探し出し、発信をタップした。呼び出し音をしばらく聞いていたが、出る気配がないので終話マークを押し電話を切った。机上に戻すと、すぐにチサトからの着信があった。
『あ、ごめんごめん、チサトです。レイ君だよね?』
 電話の向こうはガヤガヤとしていて、チサトの声は聞き取りにくかった。
「今電話大丈夫ですか?」
 チサトがちょっと待ってね、と言うとわずかに無言の時間があり、向こう側の喧騒が聞こえなくなった。どうやら移動してくれたようだった。
『お待たせ。なんかあった?ミズキのこと見つけた?』
「いや、それが…まだ会えてないんだけど、入院してたみたいです」
『…あー、入院。…そっかぁ。失踪したわけじゃなかったんだ』
 チサトはおどけた調子で笑いながら返答した。あまり驚いていない様子にレイはなんだか拍子抜けした。
 レイはミズキが昨日退院したらしい事、詳しい病状は分からない事、まだ自宅療養が必要らしい事をチサトに伝えた。
「なんか、見たことない男が出てきてびっくりしました。背が高くていかつい顔の男だった」
 するとチサトが『あぁ、田中さんだ』と応えた。
「知ってるんですか?」
『うん。変な人じゃないから大丈夫だよ。福祉事務所の職員だから。あの人ミズキの担当なのよ。すごくぶっきらぼうだったでしょ』
 電話の向こうでチサトが笑っている。レイはチサトの言葉を聞いて、胸のつかえが取れた心地がした。
 あの男は仕事でミズキと関わっている人間だった。そういえば、個人情報だの守秘義務がどうのと言っていた。それにしてもあんなに威圧感のある男が福祉に関わる仕事に就いているとは予想外だった。
『それじゃミズキはまだまだ仕事に復帰できないだろうなぁ。私も近々ミズキの家に様子見に行ってみるよ。連絡ありがとね』
「こっちこそ、ありがとうございます」
  
 チサトとの電話を切ってから、すぐにミズキにメールを送った。
 入院していたと聞いた、知らずに何度もメールを送って申し訳なかった、やはり謝りたいので回復した頃に連絡をしてほしい、そのような内容だった。
  
 これを機に、何度もしつこくミズキにメールを送るのは控えようと決心した。
 安静にしていなければならない病人にしつこく縋り付くのは気が引けた。ミズキが回復するのはいつ頃になるのかは分からないが、毎日ではなく頃合いを見てまた連絡するか、アパートを訪ねてみることにした。
  
 そうは思いながらもミズキからの返信を期待したが、レイの期待に応えることなくスマホは沈黙を守ったままだった。
  
 ______________________
 それからまた数日が過ぎた。天気予報では朝方から天気が荒れるらしいが、どうなのだろうか。睡魔と闘い大口を開けて欠伸をした丁度その時、久々の来客を告げるチャイムが鳴り響いた。
「…いらっしゃいませー」
 適当に言いながら出入り口に目を向けると、眠気が一気に吹っ飛んだ。
「よぉ。眠そうだな」
 相変わらずいかつい表情の田中がそこに立っていた。
「あぁ、どうも。朝早いですね」
 レイの様子に田中は片方の口角を上げた表情で応えた。そのまま缶コーヒーを手に取りレジに置く。ポケットから小銭を取り出しながら、バイトは何時までだと田中が問い掛けてきた。
「六時までですけど」
 田中が自身の腕時計に目を向け、あと一時間かと呟いた。そしてジャケットのポケットから何やら取り出し、レイの目前に翳して見せた。
 鍵だった。
「それ…」
 鍵に付いているキーホルダーに見覚えがあった。夏にミズキと二人で夕日を見に行った時、途中立ち寄った道の駅でレイが買ったキーホルダーだった。ミズキが気に入って自身の部屋の鍵に付けて愛用してくれていたのだ。
「話がある」
 呆然とするレイに強い口調で田中が言った。
「この近くの公園、すぐそこの小さい寂れたとこだ。バイトが終わったらそこにすぐに来い」
 混乱しながら田中に顔を向ける。レイを真っ直ぐに射抜くような強い視線に僅かに怯んだ。
「ここで話せばいいだろ」
「いいから来い。必ず来いよ」
「…その鍵、俺に寄越せよ」
 田中の手に握られているミズキの鍵に視線を向けた。
「公園で渡す。渡してほしかったら来い。いいな」
 命令するような上からの口調に憤りを感じながらも、ミズキの現状が気になって仕方がないので黙って頷いた。
  
 六時を迎えすぐに公園に向かった。遠くに潜む雲は重たそうだ。
 公園の中央あたりにぽつんと設置してあるペンキのはがれたベンチに田中は座っていた。腕を組み前のめりに首を下げている。眠っているのだろうか。
「何ですか話って」
 目の前まで歩み寄り声を掛けた。のろのろと頭を上げた田中は目を瞬かせている。その目は赤く、やはり居眠りしていたようだった。
「あぁ、来たか。まぁ座れ」
 田中は自身が座っている隣を親指で指したが、レイは首を振って断った。
「先日の夜中の一時過ぎか。吐き気と眩暈と頭痛が急激にひどくなったみたいで、自分じゃ対処しきれなくなって俺に連絡を寄越した。持病なんだが、あんな酷い発作はごくたまにしか起きないからな。病院行って点滴打って今は自宅で療養中だ」
「………」
「知っての通りあいつは話せない。電話ができないっていうことは救急車も自力じゃ呼べない。だから担当の俺にメールで連絡がくるようになってる。お前はバイト中だしな。そう説明しろとミズキからの伝言だ」
「え…?」
「お前がやきもち妬かないようにちゃんと説明しろとミズキから言われたんだ」
 田中の言葉に、レイはぽかんと口を開けたまぬけな表情で固まった。
「単刀直入に聞くが、お前はあいつのことが好きなのか」
 田中が事務的にとんでもないことを言った。レイは弾かれたように田中を見た。先ほどレジで自分に向けられたのと同じく、射抜くような強い目に睨まれている。
「…そうだ」
「…お前に覚悟はあるのか。あいつとこの先、どうなるつもりだ。お前はどうしたいと思ってる」
 怒りを抑えたような低い声で、言い逃れは許されない空気を纏っていた。
「ずっと一緒にいるつもりだ。俺が大学出て働き出したら一緒に暮らす」
「ミズキのやつはそれを了承してんのか?」
 レイは返答に窮した。
 事実、ミズキは了承してくれていない。レイが先のことや一緒に暮らしたいと思っていることを話しても、ミズキはいつも適当にはぐらかして煙に巻いてしまうのだ。
「いや、まだ…」
「だろうな。あいつが何で渋ってるのか、お前わかるか?」
 答えることができない。
 わからないのだ。
 どうして了承してくれないのか本当にわからず、密かに悩んでいた。
「…ミズキは聴覚障がい2級だ。聴覚障がいの中で最も重い等級だ。あいつは様々な福祉制度を利用して、国から補助を受けたり、非課税の待遇を受けて生活してる。その中には一定の収入がある同居人がいる場合には受けられなくなる制度がいくつもある。お前と同居するには、ミズキはそういった待遇を手放さなくてはならない。だがお前に捨てられたとしたら、また一からやり直さなくちゃならないわけだ。想像するだけでも面倒でつらい作業だ」
「金か?そんなの俺が稼げば問題ないはずだ。一緒に暮らしたら、あいつを離したりしない。捨てたりなんか絶対しない」
「お前本当に何もわかってないな」
 田中はレイを諌めるように声を掛け、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ミズキは金のことを心配してるんじゃない。まして自分の身がかわいいわけでもないだろうよ。ミズキはな、いつでもお前が自分から離れられるようにしてんだよ。自分の為じゃない、お前の為にだ」
 田中の言っている意味がわからない。
 混乱し黙り込むレイの目の前で、田中は苦しそうに顔をゆがめて言葉を紡ぐ。
「…ミズキのような障がい者が世間一般の人間からどう思われてるか、お前知ってるか?…自分たち健常者よりも劣った存在。哀れな人間。自然淘汰されるべき存在。税金の無駄遣い…」
 レイは息を呑んだ。
「…お前!それがそういう仕事してる人間の言うことか!?いい加減にしろよ!!」
 怒りのあまり身体の震えが止まらない。それを田中が冷めた目で見つめる。
「これくらいでブチ切れてるようじゃ、どうせ無理だ。現実も受け止められないようなガキがあいつと付き合っていけるわけないんだよ」
「……うるせぇ」
「いいか、聞け」
 目を逸らすレイを覗き込むようにして田中が語り掛ける。
「俺だってこんなこと言いたくない。だがな、事実そういう人間もいる。それが現実だ。ミズキの友人としてのお前は、そういう奴らに良く見られる。今時の若者にしては奉仕精神に溢れた、情の深い好青年と受け取られる。ミズキのような『可哀相な人』と仲良く友達として一緒にいてあげてるんだ、なんて優しいんだってな。だがお前とミズキがそういう関係ってことになると、世間の目はまるで変わってしまうんだ」
 レイは何も言うことができず震える拳を握りしめ、只々田中の口から語られる痛烈な言葉を聞くことしかできない。
「せっかくいい大学を出て、社会で働いて認められたとしても、ミズキと愛し合うお前は世間一般の人間から見たら、劣った人間の部類に入れられる。それがどういう意味か分かるか?お前も同類として『可哀相な人』と見られるってことだ。ミズキはそれをわかってるんだ。お前にそんな思いをさせたくないとも思ってんじゃないのか」
 レイは『人目が気になる』と言って一緒に外出したがらず、部屋から出ると手話もせずに筆談しようとするミズキの姿を思い出した。
 なぜそこまで自分が聴覚障がい者であることを隠そうとするのか解せなかった。
 しかしそれは、まさかレイのことを思っての行動だったというのか。
 目を泳がせながら黙り込むレイに畳み掛けるように田中が言葉を続けた。
「親に捨てられる子供の実状は、多くが障がい児だそうだ。…結婚している夫婦が、どちらかが事故やなんかで突然障がいを負った場合、離婚してしまうケースも多い。それが現実だ。いいか、そういうことなんだ。障がい者と人生を共にするなんて、綺麗事じゃすまないんだ。それを背負って生きていく覚悟はお前にあるのか?お前の親にありのままを話してミズキとの関係を認めさせることができるのか?障がい者との結婚なんて歓迎されるものじゃない。一生をあいつと共にするというのは、そういうことなんだぞ」④
 教え諭すように、一語一語を噛みしめるように田中が言った。
 目を背けたくなるような現実を突き付けられ、レイは絶句し目を伏せた。
 履き慣れて少し汚れた自分のスニーカーが、視界の中でじわじわと歪んできてよく見えない。
「ミズキはわかってんだよ。……一度、あいつはそれで大事な相手を失ってる。お前に同じ思いをさせたくないってきっと思ってるんだろう。どうしてそんなこともわからないんだよ」
 何も言い返すことができない。レイは歯を食いしばって零れそうになる涙を堪えた。田中の前で涙を流すなど、これ以上情けない失態を演じるわけにはいかない。
「ミズキはな、今まで十分すぎるくらい苦しんできた。これ以上、あいつが苦しむ姿は見てられない。今のお前じゃいずれまたミズキを苦しめる。自覚がないんじゃタチが悪すぎる」
「………」
 田中の一言一句が棘のように突き刺さり、レイは為す術もなく打ちのめされていた。
「…ほらよ」
 身体を震わせ俯くレイの前に田中が鍵を差し出した。
「やっと、症状が落ち着いたあいつが最初になんていったと思う?お前に会いたいんだそうだ」
 レイは震える手で田中から鍵を受け取り、強く握りしめた。
  
 ______________________
 レイは覚束ない足取りでアパートに辿り着いた。ドアを開けて部屋に入れば、ミズキが微笑んでレイを迎えた。
「その…もう、身体は大丈夫なのか?」
 言いたい事や訊きたい事はたくさんあるはずなのに、何から話せばいいのかすぐには整理がつかず、しどろもどろになりながらも咄嗟に口から零れ出たのはミズキの身体を気遣う言葉だった。それに対してミズキは微笑みながらゆっくりと頷いた。
「そうか、良かった…」
 レイはひとまず安堵の溜息を吐くと、ミズキの姿を改めてじっくりと眺めた。なんだか以前よりもさらに痩せたようだ。頬が少しこけている。髪も幾分か伸びたようで、ところどころはねている。
『たくさんメールしてもらってたのに返事できなくごめん』
 久しぶりに見たミズキの美しい字だった。先ほど堪えた涙が再び目に溢れてきた。しかしミズキの前で涙を流すわけにはいかないと必死で堪える。
 ミズキはもう怒ってはいないのだろうか。
 それでも、やはり自分のけじめとして謝りたい。そして、また以前のように何気ない時間を一緒に過ごしたい。俯いていたレイが顔を上げると、ミズキがまた目の前にホワイトボードを突き出した。
『泣くなばか』
「な!?泣いてねえよ!」
 ミズキが嬉しそうに笑っている。
「嫌な思いをさせて、本当に悪かった。もっと頼って欲しかったんだ」
 ミズキの目を真っすぐ見つめ、何度も何度も練習した手話で謝った。
 それをじっと見ていたミズキがゆっくりと手話でレイに話し掛ける。
『レイは、ただうちに来てご飯食べてごろごろして、たまにバイクに乗せてくれる。それでいいの。こんな所に来ても何も面白くもないのに、私が冷たい態度をとっても懲りずにまたすぐにやって来る。ただ、私に会いに来る』
 ミズキはふっと息を吐いて小さく笑い、ホワイトボードに手を伸ばした。レイは我を忘れてミズキをじっと見つめていた。
『そういうのがうれしいんだ』
『世話をしてほしいわけじゃない』
『気をつかわれたいわけじゃない』
『わかってよ』
 ミズキの書いた美しい筆跡の文字を目で追い、そのまま顔を上げてミズキと向き合った。相変わらず穏やかに微笑んでいる。
 ミズキはとうに自分を赦していた。
 ミズキはレイを拒絶していたわけではなかったのだ。
 それどころか、三日と空けずに押しかけては居座っていた自分の存在を、嬉しいと言った。
 レイは再び目の奥から水分がやってくる感覚を察知し、慌ててコーヒーの入ったマグカップに顔を向ける素振りを装い俯いた。
 少し落ち着いたレイが、真剣な顔でミズキを見て口を開く。
「約束してくれないか」
 レイが苦しげな表情で言った。
「この先ずっと、俺のそばにいるって。一生離れないって約束してくれ」
 その言葉に驚いたようにミズキが目を見張り、レイをじっと見つめた。そしてミズキは悲しげな表情でゆるゆると左右に首を振る。
『そんな約束はできない』
「なんでだよ…」
 詰るレイに見せるように、ミズキがペンを走らせた。
『これ以上迷惑はかけられない』
 レイの握りしめた掌に力が篭った。
『ずっと謝りたかった、私のせいでレイの人生がおかしな方向に狂った』
『レイにはこれからどんな未来だってある、わざわざ辛い道を選ばなくても幸せになれる未来がある』
『私がそのじゃまをしてる』
 それを読んだレイの視界が薄っすらとぼやける。
『だけど』
 一拍ほど逡巡したミズキが再度ペンを取り、ゆっくりと書き記した。
『私の耳が聞こえないってわかってても、レイは私に声をかけ続けてくれた』
『本当にうれしかった、レイのことを好きになってしまった』
『私のせいで悩ませてもうしわけない』
 レイは何も言うことができなかった。気が付けば窓の外では雨が降っており、とても遠くで雷が鳴った。獣の呻きのような音を立てて、風が吹き荒んでいる。なんとか言葉を紡ごうと、レイが口を開いた瞬間だった。一際大きな雷鳴が轟いた。そして電灯がぱっと消えて、部屋が暗闇に包まれる。
 少ししてごそごそと人の動く気配がした。
 レイは「大丈夫か」と声をかけようとして、はっとして口を噤む。手を伸ばすが空を切るばかりだった。目が慣れるまで待つしかないとそう思ったとき、細い音色が空気を震わせた。音の方に手を伸ばせば、指先が何かに触れる。その手をそっと包むように、優しい手が添えられた。暗闇の中で二人は静かに手を握り合った。
 相変わらずミズキの口笛は旋律がめちゃくちゃで音も途切れ途切れであった。しかし、レイはふとその優しくか細い音色にメロディーを感じた。懐かしく心に寄り添うようなそのメロディーはレイの心を静かに揺さぶった。
(ああ……すっかり忘れていた……確かこれは……)
 何の前触れもなく突然部屋に光が戻った。それと同時にミズキの口笛も鳴りやむ。
 レイはホワイトボードを手繰り寄せると、そこに頭に浮かんだ童謡の名を記した。それを見たミズキはぱっと笑顔になると、何度も頷く。少女のように無邪気な笑顔だった。
 それを見たレイの胸に堪え切れないほどの熱い感情が沸き上がり、堪らずミズキを抱きしめた。ミズキの背に回ったレイの腕は微かに震えており、ミズキの肩が温かくなる。
 レイは声を押し殺して泣いていた。
 レイの背をそっと撫でるミズキの手は苦しいほどに優しく、それが更にレイの目に涙を溢れさせた。

  降りしきる雨の中、遠くで雷の音が鳴り響いた。
 
 ______________________
 何度も見る夢があった。繰り返し見たその記憶の終わりはいつも哀しいものだった。

 夢と現実の境界線、そこにはいつものように馬がいた。独りしゃがみ込んだ馬のその上空、青い空を風切るように一羽の鳥が旋回している。私は今一度喉を震わせた。するとはるか上空を飛んでいたその鳥は、ひらりと私の肩に下りてとまった。
 私の声に呼応するように鳥が鳴いた気がした。聴こえるはずもない声が聞こえた気がしたのだ。
 気付けば全身を覆っていたあの鈍い痛みは消えていた。

 霞んで消えていく、何処か、最果ての世界の記憶。夢の世界に落ちきる直前、悲しみも、喜びも、孤独も、幸せも、全てが私自身だった。それが、私になったのだ。

 何となく、この夢を見るのはこれで最後だと、ミズキは直感した。

 目が覚める直前、優しい世界で、私は懐かしい音と共にあった。
  
 ______________________
 助手席でうたた寝をするミズキの肩に手を掛け揺り起こす。
「そろそろ外に出よう」
 半目の寝ぼけた顏で辺りを見回したミズキは状況が掴めていないようだった。
「もうすぐ日が昇る。早く出よう」
 レイの言葉にミズキは頷き、のろのろとコートの袖に腕を通した。
  
 車から降りて歩き出すが、街灯がなく暗くて足元が良く見えない。レイはスマホのライトを点け足元を照らした。頬に当たる風は冷たい。季節はすっかり冬だった。
「危ないから、手」
 そう言ってレイは自分のすぐ後ろを歩くミズキの手を取った。ついさっきまで眠っていたせいか、ミズキの手は普段よりも温かかった。そのまま手を繋いで砂浜に向かってしばらく歩いた。
 堤防の階段を下り砂浜に立つと、一層潮の香りが強くなった。
  
 東の空が明るくなってきた。真っ暗だった空が紫色に変わり、輝いていた星の光が少しずつ翳っていく。
 砂浜にはレイとミズキの二人以外誰もいなかった。
 レイは駐車場の自販機から買った缶コーヒーをポケットから取り出しミズキに手渡した。ミズキはすぐには飲まずに両手で握りしめたり頬に当てたりしている。レイは波の届かない位置に立ちプルタブを開けた。
 コーヒーを飲みながらミズキの姿を眺めた。夏のように靴を脱いで海に浸かることはしないが、波打ち際まで歩いて行って波を追いかけるようにうろうろしている。その姿に思わず笑みがこぼれた。
 黙って見つめ続けていると、波の音と共にミズキの口笛が聞こえてきた。ミズキの表情はここからは見えないが、上機嫌なのだろうと思った。
  
 海と空の境目から、まるであらゆる呪いを解くかのように眩い光を発しながら太陽が昇ってきた。⑧
 夕日のように焼けつくような赤い色ではなく、明るい黄色い光がとにかく眩しかった。空が黒から青、そして黄色とグラデーションのように美しく変化していく。
 先ほどまで動き回っていたミズキは太陽に向かって立ち竦んでいる。レイの位置からはミズキの背中しか見えない。ミズキの手にはまだ缶コーヒーが握られていた。
 レイはミズキの元へ歩いて行った。
 ミズキは夕日を見ていた時とは異なる表情をしていた。朝日に明るく照らされた顏は、驚きと感動を表し高揚しているように見えた。その意外な姿に、レイの心臓が跳ねた。
 彼女のこの表情も、きっとこの先ずっと自分は覚えているのだろう。
  
「きれいだろ」
 手話をしながらミズキに語り掛けた。ミズキは柔らかい表情で頷いた。
『初めて見た。夕日と全然違う。感動する』
 全身に朝日の眩しい光を受け、にこやかに手話をするミズキは、夕日を見て何を考えているのかわからない遠い目をしていた人物とは別人に思えた。
 人間らしく、温かい情を持った、普通の女性だった。
  
「なぁ、ミズキ」
 レイはミズキの正面に立ち声を掛けた。
「俺が今から言うことを、怒らないで、逃げないで、最後まで聞いてほしい。お願いだ」
 俺が何度も練習した手話をしながらミズキに語り掛ける。本当は手話なんか必要ないのかもしれない。ミズキは唇の動きを見れば、何を言っているのか理解できる。けれど、レイは手話で伝えたかった。
 真剣な表情で手話を始めたレイの様子に驚いたように目を見開いたミズキは、じっとレイを見つめ、少ししてから『わかった』と手話で応えた。
  
「俺はミズキのことが好きだ。ただ俺の中には、正直ミズキに対する同情もある。孤独だったりつらい思いをした過去は可哀相だと思う。だからもう寂しいとか辛いとか、そういう思いをさせたくないんだ。もしするなら、俺も一緒にミズキの痛みを分かち合いたい。ミズキには、笑ってへたくそな口笛を吹いててほしいんだ。それをずっとそばで聞いていたいんだ。ずっと、この先もそばにいさせてほしい。俺はミズキが大事だ。何よりも大事なんだ。ミズキと一緒に生きていきたい」
  
「愛してるんだ」
  
 必死な形相で、たどたどしい手話で何とかレイが言い切った。
 ミズキはあの感情の読めない無表情でレイをまっすぐに見つめていた。レイはその何を考えているのか掴めない目にわずかに怯みながらも、自身の真心が届くと信じて真正面からその視線を受け止めた。
 ミズキが俯き、小さく息を吐いた。レイは固唾を飲んでミズキの返答を待った。
 再び顔を上げたミズキは、目を潤ませ目元を赤く染めながらも、いつものにやにやとした人を食ったような笑みを浮かべていた。
 そしてゆっくりと『ばか』と手話をした。
 レイは満面の笑みを浮かべ、あの初めてミズキから教えてもらった手話をゆっくりとしてみせた。
『私はあほです』
 それを見たミズキが、彼女らしくなく歯を出して笑った。
 本当に楽しそうに。
 目を細めた拍子に、ミズキの両目から涙が零れ落ちた。
  
 レイは腕を伸ばして力いっぱいミズキを抱きしめた。ミズキもレイの背に腕をまわし、必死に抱きしめ返した。
 言いようのない幸福感に包まれるレイの耳に、いつか聞きたいとずっと願ってやまなかった声が届いた。

  
  
「愛してる」
  
  
 -完-
  
[編集済]

⭐︎

No.105[フェルンヴェー]04月22日 00:1108月27日 20:11

【簡易解説】
雷が落ちたことで停電してしまった部屋の中、一寸先も見えない暗闇で女は自分の居場所を知らせるかのように口笛を吹いた。
耳の聞こえない彼女の口笛はめちゃくちゃな旋律であったが、男はその中に懐かしいメロディーを感じる。そしてふと、幼い頃に聞いたことのある、けれども今この瞬間まですっかり忘れていたひとつの童謡を思い出した。
中途失聴である彼女は、子供の頃に聞いた音楽は覚えている。彼女が口笛で奏でるそのメロディーが、まだ耳が聴こえていた頃に聞いた童謡であることに気付いたのだ。

吸い込まれそうなほど魔的な引力を持つ冒頭だったり、聴覚障がいという難しいテーマに真正面から立ち向かう覚悟だったり、それをこれ以上なく美しく活かす問題文回収だったり、ミズキとのすれ違いに悩むレイの狂おしいほどの葛藤だったり、思わず目頭が熱くなるラストだったりと、褒めるべき部分はたくさんあるでしょうが、たった一つの文句を感想にかえます。
投票させてほしかった。

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参加者一覧 21人(クリックすると質問が絞れます)

全員
ごがつあめ涼花(7良:3)
シチテンバットー(6良:2正:1)
靴下(4)
弥七(2)
Hugo(6良:1)
リンギ(5良:1)
ラピ丸(6良:2)
ジャンプ(10良:4)
ハシバミ(4良:2正:1)
フェルンヴェー(6良:2)
ひややっこ(5良:1)
イナーシャ(12良:4)
すを(7良:3)
OUTIS(7良:2)
さなめ。(4良:1)
ししゃも(3)
きっとくりす(1)
藤井(2良:1)
ビッキー(2良:1)
くろだ(4良:2)
Duffyφ(2良:1)
※こちらはワクワクドキドキを重視した長めの結果発表となっております。手早く結果だけ見たい方は、投票所の解説にてご覧ください!

た、大変だ!創りだされた作品たちを読み返していたら、結果発表1時間前!もう時間がない!⑦-②
エキシビションも書かず、発表まで遅れたらもう二度と許してもらえなくなっちゃう!⑲-② 主催者の名折れだ、ペテン師だと言われてしまう…③-②


失礼、取り乱しました。
さて、今回の第22回正解を創りだすウミガメ、結果発表のお時間です!22回目にふさわしく、全22作品(+ロスタイム1作品)もの物語が創りだされ、私としても歓喜しております!

そんな大盛り上がりを見せた今回、勝利の栄冠を手にしたのは誰なのか!?
まずは要素から見ていきましょう!


◇最難関要素賞◇

🥉⑤馬が出てきます(ジャンプ)
・・・3票

中途半端にリアリティがあり、かといって馴染みはない馬に翻弄された方も多かったようです。関係ないですが、上記のような書き方すると馬が跳ねてるみたいですね。あんまり暴れると乗ってる人が困るかも。⑨-②

続いては…

🥈⑧呪いが解けます(すを)
・・・4票

非現実的で使いにくかったようです。確かに呪いと言われれば仮面とか人形とか思い浮かべちゃいますよね。⑩-② ⑫-② 比喩として織り込んだ方も多くいた印象です。

そして栄えある最難関要素賞は……


🥇①薬を探しに森にやって来ます(シチテンバットー)
・・・9票

圧倒的一位はやはりこちら!一つの要素なのにたくさんの要素から成っているみたいで、怒りをあらわにする方もいましたね。喧嘩するならシチテンさんとしてください。⑥-②
ということでシチテンさん、最難関要素賞おめでとうございます(?)🎉



◇匠賞◇

続いては匠賞!一癖も二癖もある問題文と要素を巧く組み入れたのは……?


🥉⑥『いちばんの先』(作・藤井)
🥉⑦『欲張り』(作・イナーシャ)
🥉⑧『VRしりとり』(作・イナーシャ)
・・・5票獲得

こちらの3作品が3位!
非現実要素にお題を取り込んでみせた『いちばんの先』!
そして不採用の要素候補も含めて54個の要素を回収した『欲張り』!これまた本当に欲張りだと思います。腐ったみかんであっても捨てたら怒られそう。⑰-②
さらにリンゴから始まるしりとりで見事にお題を回収して見せた『VRしりとり』!②-②
どれも個性の光る作品でした。

続いては……

🥈⑩『題知らず』(作・ハシバミ)
・・・6票獲得

まさかの設定被り(らてらて風に言えば結婚?⑮-②)かと思いきや、要素回収の圧倒的巧さはそんなもの気にしません。平安時代という舞台をあそこまで丁寧に彩れる方はそう多くはないはずです。

そして栄えある匠賞は………


🥇㉑『呪いと鎧と冒険者』(作・シチテンバットー)
・・・7票獲得

最難関要素賞受賞者は、やはり伊達ではなかった!!
ファンタジーの世界観ながらも、歌を歌うテスト⑤-②を始めとして、まるでいつのまにかお題をスルーしているような、創りだすを感じさせないほどに匠な作品でした!⑭-②
2人のアフターストーリーも気になります。きっとスマイリー共和国と戦うと思います(?)④-②

シチテンさん、またしてもおめでとうございます🎉



◇エモンガ賞◇


🥉⑲『あめあめ、ふれふれ』(作・ごがつあめ涼花)
・・・9票獲得

前回、仮面をつけた少女を描いてエモンガ賞を獲得した涼花さん、今回もランクインです!⑪-② 2人の何気ないやりとり、そして覚悟。エモンガの生みの親はやはりエモンガでした。関係ないですが、絶対涼花さんの性別勘違いしてる人いっぱいいます。㉒-②


続いては……

🥈⑳『雷雲の晴れ間に』(作・すを)
・・・10票獲得

半数の方から票を得てもなお一位でないとは!『僕はあの日、雷と出会ったのだ。』の一文に心掴まれた人も多いはず。同じ歌でもただの大声でなく、爆発するマインスイーパーでもなく、雷。⑯-② そして誰もが共感する苦しみを持つ2人が、支え合って人間として合格だと思える、そんな描写はまさにエモンガです。⑬-②


そして栄えあるエモンガ賞は………


🥇⑥『いちばんの先』(作・藤井)
・・・12票獲得

おめでとうございます!20人中12人から票を投じられた藤井さんの作品がエモンガ賞!出逢い、忘れてまた出逢う。そんな非日常の中にも、きっと誰しもに通じる愛があったのだと思います。⑧-②




さて、残すところは本投票。皆様もきっとお待ちかねですね!!
それでは参りましょう^ ^

◇最優秀作品賞◇


🥉⑥『いちばんの先』(作・藤井)
・・・5票獲得

ここでエモンガ王者が登場!匠賞にもランクインする良いとこ取りの作品が見事3位を獲得しました!自分を好きになれた主人公を描く綺麗すぎるストーリーに感動です。㉑-②
おめでとうございます🎉

続きましては………


🥈⑲『あめあめ、ふれふれ』(作・ごがつあめ涼花)
・・・7票獲得

雨に打たれてずぶ濡れになりながらも、なおあめあめふれふれと歌う、その姿に多くの方々が魅了されました。⑳-②
ごがつあめという名前もバッジも、この作品のためにあったのでは??
おめでとうございます🎉


さて、いよいよ最優秀作品賞の発表です。
総投票数47票の大激戦を制したのは……!?







「天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは」





🥇⑩『題知らず』(作・ハシバミ)
・・・9票獲得


おめでとうございます🎉🎊
今回唯一、お一人から複数票を獲得した作品が、並いる猛者たちを抑えて最優秀作品賞に輝きました!!
今でこそ旧跡①-②になるであろう平安時代の雅な一つの物語。これを好きと言わずしてなんと言いましょう!!⑱-②


そして今回のシェチュ王はもちろんこの人!


👑ハシバミさん👑

本当におめでとうございます!雷と和歌を存分に輝かせた、古参実力派のハシバミさんが二冠目を獲得です!!


結構発表でやりたいことばかりやってしまったマクガフィンですが、次回は安心安定のハシバミさんに全てを託して、幕を閉じたいと思います!ありがとうございました!にゃんにゃん

それでは来月も楽しみましょう!
Let’s 創りだす〜!!
相談チャットです。この問題に関する事を書き込みましょう。
シチテンバットー[1問正解]
マクガフィンさん、主催お疲れさまでした。ハシバミさん、FAオメです。最優秀作品に二票いただきました。そして匠で一位をいただきました。ありがとうございます。そして最難関要素賞もいただきました。ごめんなさい()。今後のためにどの辺が匠だったか尋ねて回りたいです(迷惑)。[20年05月01日 21:31]
ハシバミ
「マクガフィン」さん、主催ありがとうございました。拙作に投票・感想くださった皆様、ありがとうございました。……見間違いではありませんよね? 安心安定なんてことは全然ありませんが、精一杯務めさせていただきます。こと月はいかが鳴きけむほととぎす今宵ばかりはあらじとぞ聞く。改めまして、本当にありがとうございます![編集済] [20年04月29日 22:41]
2
ラピ丸
ガフィンさん司会ありがとうございましたーー。ハシバミさんおめでとうございます!! 設定の中に見事に落とし込んでて、一番目で引き込まれましたー! 読ませる力がすごい! おめでとうございます!![20年04月29日 22:32]
1
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました!ハシバミさんおめでとうございます!今回初めてのご参加という方もたくさんいらっしゃってとても嬉しかったです!次回ハシバミさん回もぜひとも楽しみましょう![20年04月29日 21:13]
2
「マクガフィン」[☆☆編集長]
フェルンヴェー投稿ありがとうね〜!投票対象外にしなくて良かったのにって思ってます。[20年04月22日 00:46]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
すをさんおつかれさまなのです( ̄^ ̄)ゞ ゆっくり休んでくださいませ(^^)[20年04月22日 00:45]
Hugo
済みました!すみませんでした!![20年04月22日 00:44]
1
Hugo
ありがとうございます(土下座)。今回もご迷惑を、、[20年04月22日 00:40]
すを
遅ればせながら、滑り込み参加失礼しました。ならびに、心神耗弱につき質問欄にてお騒がせしました。前回に引き続き周りのクオリティがやばい…[20年04月22日 00:34]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
フゴさん、簡易解説のみでしたらOKです!朝には編集不可にしてしまう予定ですが、大丈夫でしょうか?[20年04月22日 00:33]
イナーシャ
皆さん投稿お疲れ様でした。力作揃いな上に数も多いので、投票悩みますね……[20年04月22日 00:30]
Hugo
簡易解説忘れ編集大丈夫ですか、、?[20年04月22日 00:29]
フェルンヴェー
ロスタイム投稿失礼します。とても長くなってしまい申し訳ないです。ハッピーエンドが書けて楽しかったです。[20年04月22日 00:13]
2
「マクガフィン」[☆☆編集長]
もう最後怒涛すぎて何が何やらですが、すをさんシチテンさんOUTISさん、滑り込みありがとうございます!シチテンさんは今回も最後じゃない!びっくり!![20年04月22日 00:08]
シチテンバットー[1問正解]
また最後尾じゃなかった()[20年04月22日 00:07]
シチテンバットー[1問正解]
今回こそ最後尾なはず。[20年04月22日 00:00]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
存分に粘ってください!ありがとうございます![20年04月21日 23:48]
藤井
しめきり間際で続々とガフィりだす民[20年04月21日 23:46]
3
「マクガフィン」[☆☆編集長]
涼花さん!まにあった!投稿ありがとうございます!忙しいし思いつかないっておっしゃってたので諦めかけてたのですが、嬉しい誤算です(^^)[20年04月21日 22:48]
ごがつあめ涼花[★歴史の1ページ]
滑り込み失礼しました~。今回全然出てこなくて諦めてたんですけど、ガフィンさん主催だったり藤井さんが参加してたこともあり絶対今回作品出したいな??って感じでなんとか絞り出しました~。どういう風に見られるか、ドキドキです。[編集済] [20年04月21日 22:45]
3
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ラピ丸さん、投稿ありがとうございます!お久しぶりということで、嬉しいのです〜(^^)[20年04月21日 22:30]
ラピ丸
投稿しましたー! 仕上がってよかった[20年04月21日 22:28]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
イナーシャさん!よ、4つ目!?一言で言うとアンビリバボーです。投稿ありがとうございます![20年04月21日 22:11]
イナーシャ
四個目投稿しました。ギリギリセーフ。誤字修正もしました。一行抜けてたのでそれも追加しました。[編集済] [20年04月21日 21:57]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
わあだっふぃーさん!Cindyからの刺客現る!投稿ありがとうございます!ギリギリ…果たしてこれはギリギリなのか?という点もお楽しみいただければと思います^ ^[20年04月21日 20:58]
Duffyφ
超ギリギリですが投稿&投票のみ参加させていただきます!よろしくお願いいたしますm(_ _)m[編集済] [20年04月21日 19:56]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
フゴさん、投稿ありがとうございます!悲しくない。断じて悲しくないです。[20年04月21日 19:44]
Hugo
悲しい。投稿しました[20年04月21日 19:13]
イナーシャ
『欲張り』にて番号の振り忘れがあったので修正しました(内容はそのまま)。これで今度こそ要素コンプのはず……[20年04月20日 19:12]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
くろださんまで複数投稿!?今回みなさんインスピレーションすごくないですか〜!?投稿ありがとうございます![20年04月20日 15:13]
1
くろだ
2つ目もなげます~。暗がりで佇み、目の前で雷が落ちる男はこの人しか知らなかったので。ミニメ対応感謝です。[20年04月20日 12:43]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
くろださん、投稿ありがとうございます!続々と集まる作品たち、果たして3票で足りるのでしょうか??[20年04月20日 08:38]
1
「マクガフィン」[☆☆編集長]
おー!ビッキー投稿ありがとう(^^) 徹夜は眠いけど夜の方が書けるのはわかる。ゆっくりお休みくださいませ〜[20年04月20日 08:33]
1
くろだ
ちょっと苦しい仕上がりですが投げます。和歌の風流がすぎるで候。今回も選ぶのが死ぬほど大変そうです。[編集済] [20年04月20日 04:58]
ビッキー
参加させていただきました(^^) 楽しかった、けど徹夜疲れた。おやすみん。[20年04月20日 01:35]
1
ハシバミ
>ひややっこさん 私のはググって目についたものを選んだだけですし、お気になさらず〜。[20年04月19日 20:00]
1
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ひややっこ、久々の投稿感謝だよ〜!かぶっちゃってもお気になさらず。みなさん優しいので怒らないでくれるはずです。[20年04月19日 17:50]
1
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ハシバミさん、投稿ありがとうございます!ネタバレ防止で詳しくは言えませんが、そういうパターンも密かに期待してました^ ^ きちんと調べてらっしゃるのがハシバミクオリティ![20年04月19日 17:48]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ジャンプさん、初参加で3作目ですと!?イナーシャさんでびっくりしてたらもうひとパンチくらいました(^^;; 投稿ありがとうございます![20年04月19日 17:47]
1
ひややっこ
すいません!ハシバミさんとすごくかぶっちゃいました!投稿してから気づきました![20年04月19日 17:15]
ひややっこ
投稿しました。楽しかったです。[20年04月19日 17:13]
ハシバミ
投稿しました。一応ざっくり調べはしましたが、まあ雰囲気で……。[20年04月19日 16:46]
ジャンプ[スープパートナー]
3作目投稿させてもらいました。よろしくお願いします![20年04月19日 15:12]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
イナーシャさん、3作投稿すごい!ありがとうございます(^^) 2作目が本当に欲張りでびっくり!なんか最近この手の凄技インフレしてません??[20年04月19日 09:48]
イナーシャ
三個目投稿しました。作ってから気付いたんですが、これ前回のシチテンバットーさんのと発想丸被りですね……[20年04月19日 03:39]
イナーシャ
二個目投稿しました。いろんな意味で欲張り……?あと一個目、ネタバレ感あったので簡易解説と詳細解説の順番入れ替えました。他はいじってません。[20年04月19日 02:28]
藤井
とろタッキーもガフィりだそう。みんなでほとけき焼こう。[20年04月17日 21:41]
2
とろたく(記憶喪失)
藤井さんおるん!!??!?!? びっくりしすぎて思わずチャットに書いてしまいました[20年04月17日 19:24]
4
「マクガフィン」[☆☆編集長]
藤井さん!ふじいさんだ!投稿ありがとうございます!お久しぶりにガフィりだしてもらえてとっても嬉しいです〜!ほとけきも焼いてください。[20年04月17日 10:33]
1
藤井
正解をガフィりだしに来ました。今回は解説というより物語色が強くなっちゃったけどガフィーさん回だしまぁいいか(?) あとちょいちょい被っちゃってごめんなさい。でも書きたいこと書けて満足です。パン焼いて寝ます。[20年04月17日 02:55]
6
「マクガフィン」[☆☆編集長]
くろださんへ 今回も匠票及びエモンガ票は行う予定です。 マクガフィンより[20年04月16日 18:23]
1
くろだ
すでに激エモ作品が集まっているじゃないですかこわい・・・ちなみに今回はエモ・匠の投票は行われますか? マグガフィンさん了解ですありがとうございます。[編集済] [20年04月16日 17:24]
1
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ジャンプさん、早くも2作目の投稿とは!みなさんが苦戦する中、な、なんて早さだ…ありがとうございます![20年04月16日 16:55]
1
ジャンプ[スープパートナー]
考えるのが楽しくて、2作目を投稿させてもらいました。皆さんの作品を読むのも楽しみにしています![20年04月16日 15:04]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
リンギさん、投稿ありがとうございます!リンギさんも十分早いはずなんですけどね( ̄▽ ̄;)[20年04月12日 22:37]
リンギ
投稿させていただきました。ご査収ください。まだ1日しかたってないのに既に3つも投稿されてるのおかしくない…!?【追記】ちょっと編集しました。[編集済] [20年04月12日 21:56]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ジャンプさん、投稿ありがとうございます!初参加の方がいてくださるというのは嬉しいものです^^[20年04月12日 16:07]
1
ジャンプ[スープパートナー]
投稿しました。よろしくお願いします。[20年04月12日 15:50]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
くろださん、歓迎いたします!これって戦争なのよね…[20年04月12日 09:41]
1
「マクガフィン」[☆☆編集長]
OUTISさん、イナーシャさん、投稿ありがとうございます!早すぎる〜!ほんとに速筆な人の頭の中を見てみたいのです(^^;;[20年04月12日 09:39]
2
くろだ
ああ、今回は要素参加したいと思っていたのにすっかり忘れて・・・というか既に投稿されているとは。恐ろしい速度ですね。[編集済] [20年04月12日 01:11]
1
イナーシャ
投稿しました。ちょっと長めかもです(当社比)。しかしOUTISさん早いな……![編集済] [20年04月12日 00:30]
1
ジャンプ[スープパートナー]
「マクガフィン」さん、ありがとうございます![20年04月11日 21:53]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ジャンプさん、作品の投稿数に制限はございませんので、お好きなだけどうぞ(^^)[20年04月11日 21:51]
1
ジャンプ[スープパートナー]
投稿は、1人1回ですか?[20年04月11日 21:50]
リンギ
この何とも言えない悔しさを投稿にぶち込もうじゃありませんかOUTISさん…![20年04月11日 21:43]
すを
投稿はもちろんのこと、要素募集フェーズから戦争は始まっているんですね…[20年04月11日 21:43]
1
「マクガフィン」[☆☆編集長]
30質問くらいで止まったかなーと思ったら!笑笑[20年04月11日 21:42]
2
イナーシャ
勢いが凄すぎてオーバーしてましたw[20年04月11日 21:41]
OUTIS
リンギさん、同じ4つ目の質問を使いそこねた者どうし仲良くやろうじゃないカ・・・[20年04月11日 21:39]
1
リンギ
怒涛の質問ラッシュで4つ目の質問を使い損ねた人です。[20年04月11日 21:38]
1
すを
あっという間に質問50個貯まりましたね…[20年04月11日 21:38]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
きっとくりすさん、フェルンヴェー、OUTISさん、すをさん、さなめ。さん、ししゃもさん、歓迎いたします![20年04月11日 21:36]
ししゃも
参加賞のコインが欲しいので参加します![編集済] [20年04月11日 21:35]
さなめ。[ラテアート]
参加します![20年04月11日 21:35]
すを
遅ればせながら質問考えます![20年04月11日 21:35]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
来たねひややっこ!歓迎するよ![20年04月11日 21:34]
OUTIS
参加しますヨ 忘れてましやヨ[20年04月11日 21:34]
1
フェルンヴェー
参加します![20年04月11日 21:34]
きっとくりす
参加します。[20年04月11日 21:34]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
イナーシャさん、歓迎いたします![20年04月11日 21:34]
ひややっこ
参加します![20年04月11日 21:33]
イナーシャ
参加させていただきます。[20年04月11日 21:33]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ハシバミさん、歓迎いたします![20年04月11日 21:23]
ハシバミ
参加します![20年04月11日 21:22]
ラピ丸
NOきましたね〜[20年04月11日 21:19]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
念のためですが、要素投稿は1人4質問までなのでお間違えなく〜(^^)[20年04月11日 21:15]
3
靴下[バッジメイカー]
お、NO良質来ましたね〜![20年04月11日 21:11]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ジャンプさん、はじめまして!歓迎いたします![20年04月11日 21:11]
1
ジャンプ[スープパートナー]
参加します![20年04月11日 21:09]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
ラピ丸さん、歓迎いたします![20年04月11日 21:07]
ラピ丸
久しぶりに参加します![20年04月11日 21:07]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
フゴさん、リンギさん、歓迎いたします![20年04月11日 21:04]
リンギ
参加させていただきます。[20年04月11日 21:03]
Hugo
参加します[20年04月11日 21:02]
「マクガフィン」[☆☆編集長]
靴下さん、涼花さん、シテチンさん、弥七さん、歓迎いたします![20年04月11日 21:02]
弥七
参加します!^ ^[20年04月11日 21:01]
シチテンバットー[1問正解]
参加しまする。[20年04月11日 21:00]
ごがつあめ涼花[★歴史の1ページ]
参加します〜![20年04月11日 21:00]
靴下[バッジメイカー]
参加します![20年04月11日 21:00]
------------------------------------
◆◆ 問題文 ◆◆

暗がりで静かに佇む男。
その目の前で雷が落ちたことで、男は忘れていた歌を思い出した。

一体どういうこと?

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要素一覧
①薬を探しに森にやって来ます
②性別を間違えます
③いちばん、は重要です
④歓迎されませんでした
⑤馬が出てきます
⑥白旗をあげます
⑦夕日は綺麗です
⑧呪いは解けます
⑨意外と可愛いです
⑩その時は笑顔でした


[タイムテーブル]

要素募集フェーズ
4/11(土)21:00〜要素候補が50個集まるまで

投稿フェーズ
要素選定後〜4/21(火)23:59まで

投票フェーズ
投票会場設置後〜4/28(火)23:59まで

結果発表
4/29(水・祝)21:00(予定)


解説でマクガフィンがやりたかったこと
→「2」にまつわる回だったので、歴代創りだすの2番目の要素を回収したかった。
1-2 遺跡
2-2 りんご
3-2 ペテン師
4-2 スマイリー共和国
5-2 歌を歌う
6-2 喧嘩の原因は男にある
7-2 もう時間がない
8-2 そこには愛がある
9-2 取っ手が取れる
10-2 仮面
11-2 仮面
12-2 人形
13-2 人間として合格
14-2 いつのまにか通り過ぎていた
15-2 結婚する
16-2 マインスイーパーを爆発させる
17-2 腐ったみかんを捨てる
18-2 好き…?
19-2 もう一度だけ許すことはできない
20-2 ずぶ濡れになる
21-2 綺麗だった
22-2 性別を間違える

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これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。

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