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とても仲が良く、愛用の車で遊びに行くことも多かった夏海一家。
ある日。
夏海たちは、夏海の母のお気に入りだった、ウミガメ臨海図書館に向かっていた。
何度も通り、見慣れた道を走っている時、夏海は初めて、昔、その道が海であったことに気がついた。
その道に普段と変わったところは無かったのだが、一体なぜ気づいたのだろうか?
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簡易解説
ある日、夏海の母が亡くなって以来、今まで母が座っていた車の助手席に夏海は座るようになる。その結果、車のカーナビが自然に目に入るようになった。夏海の家の車は愛用品で古いものであったため、搭載されていたカーナビも古いものである。よって、カーナビにはつい最近作られた道路は表示されない。海の上を走る自分たちの車を示すアイコンを見た夏海は、今走っている道がつい最近作られたものであり、それまでは海だったことに気がついた。
とても長い解説
お母さんはもういない。
体が弱くて、夏海に何もできなくてごめんねぇ、と心の底から悲しそうに謝るような人だった。いつだってその物腰はゆったりしていて優しくて、鈴の音みたいな笑い声をたてる人だった。
私はそんなお母さんが大好きで、大好きで仕方なくて、いつだって傍にいたくて。ちっちゃくなったお母さんをポケットにいれて、学校まで持ち歩けたらいいのにな、なんて考えたこともあった。
何もできないなんてことなくて、お母さんがいるだけで私は幸せだったのに。
「その日」から、どれだけ経ったのか、もう考えたくない。
お父さんだってどうしようもなく苦しいだろうに。笑顔の消えた私を気遣ってか、遊びに行こう、と誘ってくれた。
正直、行きたくなんてなかった。2人のお出かけなんて。2人しかいないのに。3人で出かけた時の弾むような、世界が明るく見えるような気持ちなんてどこにもなくて、私は俯いて家の外に出た。
久しぶりの外。久しぶりの車。愛用の黒い軽自動車は、変わらずに私たちを迎えてくれた。お父さんは当然のように、助手席の扉を開いた。かつてお母さんのためにやっていたように。
お父さんははっと目を見開き、困ったような顔をした。きっと無意識だったんだろう。
私は当然のように、助手席に乗り込む。お父さんは、私のために扉を開けてくれたんだ、ということにする。……ああ、ここに座っていた人はもういないんだ、なんて思いたくなかったな。
車が走り出してからは、静かに音楽に耳を傾けていた。お父さんの好きな昔の歌。私の好きな最近の歌。お母さんの好きだった洋楽。歌詞なんて分からないから飛ばして、なんて私が言うと、お母さんは笑って飛ばしてくれたっけ。
段々と図書館に近づいてきて、海が遠くに見えるようになった。
「お父さんと初めて出会ったのが真夏の海……の近くの図書館だったから。だから、夏海」
目を落とした先に、カーナビが写った。
私たちの車を表す赤い三角形は、真っ青な海の中を走っていて。
そっか、昔はここ、海だったんだ。古いカーナビだから、新しい道は表示されないんだろう。
そういえば、カーナビをしっかり見るのは初めてだったな、と思う。私はいつも後ろの席にいて、窓の外に見える海に目を奪われていて、カーナビなんて見たこともなかった。
そっか、お母さんはいつもこの景色を見てたんだ。
青い海の中の赤い三角が、滲んで赤い丸になった。
「そういえば、この車も古くなったな」
お父さんが口を開く。
「……うん」
「買い換えるか?」
「絶対に嫌!」
お父さんはきっと私を気遣ったんだと思う。思い出の詰まったこの車にいるのが辛いのか、と。
でも違う。
「……思い出が詰まってるから、大事にしたいの」
「そうか。……俺も同じだ」
俺。聞きなれないお父さんの一人称に、お父さんの本音が見えた気がした。
首を傾げて、窓の外を見つめる。遠くで真夏の海が、きらきらと光っている。
きっとこの車は、いつまでも、海の上を走り続けるのだろう。
物語:8票納得:1票
物語部門
キャノー[『★良質』]>>
解説を読んで、物語の組み込み方が芸術的だと思いました。問題文にある謎としっかりリンクし、「一体なぜ気づいたのだろうか?」という問いかけへの答えも、色々と想像を巡らされます。