男の涙

解説が長いです、ご了承ください。
下の方に要約を載せています。


男は中途失聴したピアニストである。

数多くの賞を受賞し、数々のトロフィーを総なめにしてきたピアニストの男がいた。
そんな男がある日、全く音を聞き取ることができなくなってしまった。
これまでも男にとって辛い経験は数多くあった。技術あるピアニストになるための努力は惜しまなかったし、その努力の過程で辛いことも山ほどあった。
しかし中途失聴者になったことは、音楽家の自分にとっては生命線を絶たれてもおかしくないことであり、自死すら思い浮かべるほど絶望するようなことであった。
今までの苦労はなんだったのかと、自分のことを理不尽に否定されたような気持ちに陥った。
しかしそれすら乗り越えようと男は必死に足掻いた。
自分にとって失聴などどうということはない、中途失聴者であっても自分は自分でいられるのだという証明のために、男はピアニストであることをやめなかった。

そして、男はある曲を弾ききった。
大勢の観客の前で、どんなピアニストにも弾けないような曲を完璧に弾ききった。
男は達成感に満ち溢れた。自分はまだやれるのだということを確信しながら、曲を弾ききった余韻に浸っていた。

しばらくして、男は我に帰った。
時間にして10分、15分は経っていただろうか。
ふと、観客がいることを思い出した。
そして男は目を見張った。
客席の方を見ると、客席を立っている観客の全員が、未だに拍手をしていた。
男に対して絶え間ない拍手を送り続けていた。
それを目にして、男には湧き上がるものがあった。
諦めずにピアノを続けてきてよかったという感動。
聴く人の心を心の底から動かすことができたのだという喜び。
そして悲しさ。
「ああ、この拍手を聞くことができないなんて、なんてひどい病気に見舞われたんだろう」

要約
男はピアニストだったが、ある日、中途失聴者となってしまう。
男は中途失聴となりながらもピアノを続ける。
辛い経験を経ながら、なんとか乗り越え、ある曲を演奏した。
その演奏を聴いた観客が拍手をくれたが、その拍手の音を聞くことができないということに対して、自分の運命を呪った。

この物語はフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。