「ごめん」 「良いよ。私もごめん」
「ごめん」 「良いよ。俺もごめん」
ケンカの仲直りをする時は、どちらかが一輪の真っ赤な薔薇を贈ると共に謝り、相手もそれを受け取って謝る。 それが誠司と香奈の夫婦の決め事だ。
この夫婦、今朝も些細なことでケンカをした。
仕事を終えた誠司は、自宅の最寄駅の改札口を出て家路についていた。
近所の花屋の前を通り過ぎてしばらくすると誠司は、香奈が薔薇を買っていなければ良いなと思った。
いったい何故?
「ごめん」 「良いよ。俺もごめん」
ケンカの仲直りをする時は、どちらかが一輪の真っ赤な薔薇を贈ると共に謝り、相手もそれを受け取って謝る。 それが誠司と香奈の夫婦の決め事だ。
この夫婦、今朝も些細なことでケンカをした。
仕事を終えた誠司は、自宅の最寄駅の改札口を出て家路についていた。
近所の花屋の前を通り過ぎてしばらくすると誠司は、香奈が薔薇を買っていなければ良いなと思った。
いったい何故?


SP:ほずみさん! スペシャルサンクス!
らてらておぶざまんす?2022-11
No.10[「マクガフィン」]11月03日 00:5811月03日 00:59


花屋で起きた事件に香奈が巻き込まれたことを心配していますか?

前半NO後半YES! 花屋で事件は起きてません! [良い質問]
参加者一覧 3人(クリックすると質問が絞れます)
全員



正解:花屋と自宅の間で遭遇した真新しい事故現場に、一輪の薔薇が落ちていたから。
物語:
謝るというのは難しいことだ。 時には、どちらが正しいかを脇に置いてでも関係修復に努めねばならない。
夫婦関係を続けていくにあたって、誠司と香奈はいかにして仲直りをするかを話し合って決めた。
謝ろうと思っていても、いざ相手を目の前にするとなかなか言葉が出ない。
そこで、謝ろうと思ったのならまずは一輪の真っ赤な薔薇を買うことにした。 赤い薔薇なのは香奈の趣味である。
薔薇の花を買ってしまえば、後はもう渡すしか無い。 渡したのなら謝るしかない。 そこまでされたら、許すしか無い。
そしてリビングのテーブルに置かれた花瓶に薔薇を挿し、一緒に食事をする。 これでもうお互いに言いっこ無しとするのだ。
この、花屋でワンステップ挟んで後は自動的に・・・というやり方が誠司と香奈には合っていたらしく、なかなか素直に気持ちを伝えられない2人にしては比較的早く仲直りができていた。
・・・それでも、自分の方から謝るというのは難しいことに変わりは無く。
帰り道の途中にある花屋の前で一瞬足を止めた誠司だが、此度のケンカで自分の方から謝ることにはまだ納得がいかず、今日のところは薔薇を買うこと無く帰宅することにした。
花屋を出てから5分ほど。家までもあと5分と掛からないといったところだろうか。曲がり角の先にある大きな交差点で、車線の一部を警察が封鎖しているのが見えた。
その空間だけ時間が止まったかのような異様な雰囲気に妙な胸騒ぎを感じながらも近付くと、黒いアスファルトを更に黒く染めるようにナニカが道路を濡らしていた。 ドクン、と心臓が不整脈を起こす。
日常にありながら非日常的な殺伐としたこの空気。間違いない、交通事故だ。
近くに停車させられた自動車が無い辺り、轢き逃げだろう。
サッサと立ち去るようにと警察に交通整備されながらもなお封鎖された現場を盗み見ると、沈み切ったこの空間において場違いな真っ赤な一輪の薔薇が落ちていた。
一瞬にして誠司の顔から血の気が引いた。
献花? いや、警察の様子からして事故が起きたのはつい先刻のことだ。もう花を用意して供えるなんて不謹慎だし、部外者が投げ込んだものを警察が放置するワケが無い。
薔薇の花を買った人が事故に遭った。 ごくごく単純なその可能性を考えるしか無い。
誠司は気付けば自宅へと走り出していた。
(そんなワケが無い。そんなワケが無い。)
そう心の中で繰り返しながら、誠司はがむしゃらに走った。
自宅に辿り着くとひったくるようにドアノブを掴んでひねる。 開かない。鍵が掛かっている。誠司の真っ青な顔が真っ白になっていく。
(いや、香奈が1人で家にいる時に鍵を掛けていることはあることだ。大丈夫。)
そう自分に言い聞かせて鍵穴に鍵を差そうとするが、ブルブルと震える手は一向に鍵穴を捉えることができない。
両手で鍵を握り全身で手の震えを押さえ付けるようにしてどうにかこうにか差し込むと、急いで開錠して家に入る。
夕日が差し込む我が家はしんとしていた。 リビングのテーブルに鎮座する花瓶に、薔薇は活けられていなかった。
静まり返った自室にしばらく立ちすくむ間に、誠司は少し冷静さを取り戻した。 そうだ、電話だ。電話を掛けよう。
ケータイを取り出して香奈の電話番号を選び、一瞬躊躇った後にコールする。
プルルルルとコール音が1回鳴る。 誠司の息が詰まる。
コール音が2回鳴る。 ケータイを取り落としそうなほどに手汗が噴き出す。
コール音が3回鳴る。 コール音が聴こえなくなりそうなほどに心臓がバクバクと音を立てていた。
4回目のコール音が鳴る、その直前に電話が繋がった。
誠司はハーッと息を吐いて目を閉じた。
『こちら救急隊員です! 香奈さんのお知り合いの方ですか!』
誠司の手からケータイが滑り落ちた。
誠司は、毎日薔薇の花を買うようになった。
毎日毎日、誠司は花瓶に薔薇を挿す。 自宅から持ち出して、病院の一室で眠り続ける香奈の傍らに置かれた夫婦の花瓶に。
誠司は「色」を感じ取れなくなっていた。 世界はモノクロームに塗り潰された。
花屋で手に取っている薔薇の花が何色かも分からぬまま、毎日毎日病室の花瓶に薔薇を活けた。
モノクロームの世界を生きる誠司には当然、信号の色が分からなかった。
幾度となく車に轢かれそうになり、「死にたいのか!」と怒鳴られた。 その度に、死にたい、と思った。
この日もまた、モノクロームの病室で何色かも分からない一輪の薔薇を花瓶に挿す。
仲直りの証は、後悔と贖罪の印となっていた。
誠司は香奈の眠るベッドの隣に置かれた椅子に座ると、香奈の手を握った。
怖いほどに冷たい香奈の手を、今すぐにでも離してしまいたくなった。
だから、必死で握った。 香奈の体から命の火が抜け落ちないように。自らにも迫る死の気配から逃げすがるように。
だけど、もう限界だと思った。
香奈の手を握ったまま、誠司は深くうなだれた。
呻くように、「ごめん」と呟いた。
「良いよ」
誠司が顔を跳ね上げると、眩しそうに薄く目を開けた香奈が天井を見上げたまま、「私も、ごめん」と呟いた。
香奈の彷徨うような眼が誠司の顔を捉えるとやわらかな微笑みを浮かべる。
香奈の視線は次に、すぐ傍の花瓶に活けられた一輪の薔薇を見付けた。
「綺麗な薔薇だね」
誠司も釣られて薔薇を見る。 真っ赤な真っ赤な薔薇が、夕日を浴びて更に赤く輝いていた。
モノクロームの世界が息を吹き返したかのように薔薇色に染まっていった。
この世界の美しさに、誠司は涙を流し続けた。
物語:
謝るというのは難しいことだ。 時には、どちらが正しいかを脇に置いてでも関係修復に努めねばならない。
夫婦関係を続けていくにあたって、誠司と香奈はいかにして仲直りをするかを話し合って決めた。
謝ろうと思っていても、いざ相手を目の前にするとなかなか言葉が出ない。
そこで、謝ろうと思ったのならまずは一輪の真っ赤な薔薇を買うことにした。 赤い薔薇なのは香奈の趣味である。
薔薇の花を買ってしまえば、後はもう渡すしか無い。 渡したのなら謝るしかない。 そこまでされたら、許すしか無い。
そしてリビングのテーブルに置かれた花瓶に薔薇を挿し、一緒に食事をする。 これでもうお互いに言いっこ無しとするのだ。
この、花屋でワンステップ挟んで後は自動的に・・・というやり方が誠司と香奈には合っていたらしく、なかなか素直に気持ちを伝えられない2人にしては比較的早く仲直りができていた。
・・・それでも、自分の方から謝るというのは難しいことに変わりは無く。
帰り道の途中にある花屋の前で一瞬足を止めた誠司だが、此度のケンカで自分の方から謝ることにはまだ納得がいかず、今日のところは薔薇を買うこと無く帰宅することにした。
花屋を出てから5分ほど。家までもあと5分と掛からないといったところだろうか。曲がり角の先にある大きな交差点で、車線の一部を警察が封鎖しているのが見えた。
その空間だけ時間が止まったかのような異様な雰囲気に妙な胸騒ぎを感じながらも近付くと、黒いアスファルトを更に黒く染めるようにナニカが道路を濡らしていた。 ドクン、と心臓が不整脈を起こす。
日常にありながら非日常的な殺伐としたこの空気。間違いない、交通事故だ。
近くに停車させられた自動車が無い辺り、轢き逃げだろう。
サッサと立ち去るようにと警察に交通整備されながらもなお封鎖された現場を盗み見ると、沈み切ったこの空間において場違いな真っ赤な一輪の薔薇が落ちていた。
一瞬にして誠司の顔から血の気が引いた。
献花? いや、警察の様子からして事故が起きたのはつい先刻のことだ。もう花を用意して供えるなんて不謹慎だし、部外者が投げ込んだものを警察が放置するワケが無い。
薔薇の花を買った人が事故に遭った。 ごくごく単純なその可能性を考えるしか無い。
誠司は気付けば自宅へと走り出していた。
(そんなワケが無い。そんなワケが無い。)
そう心の中で繰り返しながら、誠司はがむしゃらに走った。
自宅に辿り着くとひったくるようにドアノブを掴んでひねる。 開かない。鍵が掛かっている。誠司の真っ青な顔が真っ白になっていく。
(いや、香奈が1人で家にいる時に鍵を掛けていることはあることだ。大丈夫。)
そう自分に言い聞かせて鍵穴に鍵を差そうとするが、ブルブルと震える手は一向に鍵穴を捉えることができない。
両手で鍵を握り全身で手の震えを押さえ付けるようにしてどうにかこうにか差し込むと、急いで開錠して家に入る。
夕日が差し込む我が家はしんとしていた。 リビングのテーブルに鎮座する花瓶に、薔薇は活けられていなかった。
静まり返った自室にしばらく立ちすくむ間に、誠司は少し冷静さを取り戻した。 そうだ、電話だ。電話を掛けよう。
ケータイを取り出して香奈の電話番号を選び、一瞬躊躇った後にコールする。
プルルルルとコール音が1回鳴る。 誠司の息が詰まる。
コール音が2回鳴る。 ケータイを取り落としそうなほどに手汗が噴き出す。
コール音が3回鳴る。 コール音が聴こえなくなりそうなほどに心臓がバクバクと音を立てていた。
4回目のコール音が鳴る、その直前に電話が繋がった。
誠司はハーッと息を吐いて目を閉じた。
『こちら救急隊員です! 香奈さんのお知り合いの方ですか!』
誠司の手からケータイが滑り落ちた。
誠司は、毎日薔薇の花を買うようになった。
毎日毎日、誠司は花瓶に薔薇を挿す。 自宅から持ち出して、病院の一室で眠り続ける香奈の傍らに置かれた夫婦の花瓶に。
誠司は「色」を感じ取れなくなっていた。 世界はモノクロームに塗り潰された。
花屋で手に取っている薔薇の花が何色かも分からぬまま、毎日毎日病室の花瓶に薔薇を活けた。
モノクロームの世界を生きる誠司には当然、信号の色が分からなかった。
幾度となく車に轢かれそうになり、「死にたいのか!」と怒鳴られた。 その度に、死にたい、と思った。
この日もまた、モノクロームの病室で何色かも分からない一輪の薔薇を花瓶に挿す。
仲直りの証は、後悔と贖罪の印となっていた。
誠司は香奈の眠るベッドの隣に置かれた椅子に座ると、香奈の手を握った。
怖いほどに冷たい香奈の手を、今すぐにでも離してしまいたくなった。
だから、必死で握った。 香奈の体から命の火が抜け落ちないように。自らにも迫る死の気配から逃げすがるように。
だけど、もう限界だと思った。
香奈の手を握ったまま、誠司は深くうなだれた。
呻くように、「ごめん」と呟いた。
「良いよ」
誠司が顔を跳ね上げると、眩しそうに薄く目を開けた香奈が天井を見上げたまま、「私も、ごめん」と呟いた。
香奈の彷徨うような眼が誠司の顔を捉えるとやわらかな微笑みを浮かべる。
香奈の視線は次に、すぐ傍の花瓶に活けられた一輪の薔薇を見付けた。
「綺麗な薔薇だね」
誠司も釣られて薔薇を見る。 真っ赤な真っ赤な薔薇が、夕日を浴びて更に赤く輝いていた。
モノクロームの世界が息を吹き返したかのように薔薇色に染まっていった。
この世界の美しさに、誠司は涙を流し続けた。
相談チャットです。この問題に関する事を書き込みましょう。






ブックマーク(ブクマ)って?
自分が正解した問題・出題者への賛辞・シリーズ一覧・良い進行力など、基準は人それぞれです。
自分専用のブックマークとしてお使い下さい。
Goodって?
「トリック」「物語」「納得感」そして「良質」の4要素において「好き」を伝えることができます。
これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。
ブクマ・Goodは出題者にとってのモチベーションアップに繋がります!「良い」と思った自分の気持ちは積極的に伝えていこう!
物語:7票良質:6票ブクマ:6
自分が正解した問題・出題者への賛辞・シリーズ一覧・良い進行力など、基準は人それぞれです。
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Goodって?
「トリック」「物語」「納得感」そして「良質」の4要素において「好き」を伝えることができます。
これらの要素において、各々が「良い」と判断した場合にGoodしていきましょう。
ただし進行力は評価に含まれないものとします。
ブクマ・Goodは出題者にとってのモチベーションアップに繋がります!「良い」と思った自分の気持ちは積極的に伝えていこう!