それはまるで小説のような事実

3年前、俺は大学の同人誌サークルで彼女に出会った。
長い髪の彼女に俺は一目ぼれをしていた......のだろう。
最初の製作会議で、お互いの自己紹介をするとき、彼女はそっと、自分の髪を払って耳にかけてある小さな機械を見せてくれた。
それの存在は有名な文学小説や、漫画で登場することがあり知っていた。

2年前、俺は彼女と共に何回目かになる合同誌の製作を行ってた。
1年もたてば、LINEを使っての会話にもなれてきた。
サークルの仲間たちも声を使った会話も勿論だが、案外SNSを介したコミュニケーションをとる方が気楽な奴も多いらしく、俺たちのチームでは専ら、制作ログを残すのも兼ねてLINEをつかっての会話が多かった。
しかし、そんな中俺と彼女は互いに気が合ったのか二人だけで出かけたりなどすることが多くなっていった。
彼女との会話は、多くの場合はLINEでやり取りをしていた。
パンケーキの店にでも入ったら、写真を撮った後は、ずっとLINEで感想を言いあったりするが、はたから見れば、無言でお互いにスマホを見て喋らないという異様な姿に見えただろう。
正直に言えば、LINEだけでも十分ではあった。
しかし、俺はもっと彼女と早く話したいと思っていた。
そして、自分の気持ちをどう伝えようかと考えたとき、俺はあることを閃いて、彼女には内緒で手話教室に向かうことにしたのだ。

1年前、俺は彼女とデートに出ていた。
そして、そこで俺は今まで彼女に見せなかった身振りを行う。

「私、カメオは、あなたの事がちゅきです。」
「練習した。秘密で。今日これが、告白したい。」
「カメコ、ちゅき」

ぎこちない手話は正直に言えば、伝わってるのかどうか怪しい。
しかし、彼女は俺の拙い手話に涙を流していた。

「ありがとう。私もあなたの事が好きです。」
彼女が手話で返してくる。
一方通行だった会話はその日から俺たちは少しずつ二人だけの相互の会話へと変わっていった。

そんな俺たちの事を、サークルメンバーが、漫画にしてTwitterや、インスタや、フェイスブックにアップロードしやがった。
（そいつは、俺達に『この話漫画にしていい？』って聞いてきたから「いいぞ」って答えたけどな！）
すると、その漫画は10万RTや、10万イイね！を貰うような事態になり、纏めサイトなんかでも紹介されたのである。

当然、そんなことになってるのを見て俺たちも最初は驚いたが、世間は漫画を通じて俺たちの事を祝福してくれてるみたいで、嬉しく思った。

今日は彼女との映画デートの日だ。
今話題になっている洋画で期待が膨らむ。

洋画だと字幕があり、二人で映画を見に行くときは暗黙の了解となっていた。

待ち合わせにしている駅のロータリーは賑わっており、名物の時計塔は待ち合わせの時刻よりほんの少し前の時間を示していた。

もう少しで彼女がここに来るだろうと、俺は時計塔の下の方に目を向けると、一組の男女がいた。

……俺はその二人に目が釘付けになってしまった。

多くの人たちがスマホに目を向け、前を向いている人も誰一人として、二人の事を気に留めないだろう。

「俺は、カメミのことが好きです。ずっと、ずっと前から好きでした。」
「うまくちゃんと話せるように、練習をしてきました。」

「……これって、あの漫画でしょ。……もう、キミも同じことするなんてちょっとびっくりだよ。」
女は泣いていた。
泣かせたのは男。

「ありがとう。私もあなたの事が好きです。カメタ君」

しかし、俺以外の誰もが彼女が泣いている理由に気づくことはないだろう。

いうなればこれは再演なのだ。
去年、俺は彼女に同じことをして彼女を泣かせた。
本来は俺の前に居る二人のためだけの再演なのだ。

俺のしたことに多くの人は親指を立てた。
二人は俺たちの出来事を知っていた。
だから、二人はあの日の俺達を擬ったのだろう。

リーン、ゴーン。

時計塔が12時を告げ、鼓笛隊と踊り子達人形たちは時計塔名物の行進曲を流して踊りだす。

辺りが行進曲に包まれる中、ふと自分の肩を誰かがそっと叩いた。

振り返ると、そこには彼女が居た。

「お待たせ、早く行きましょう。今日の映画は楽しみだったのだから」

「あぁ。けれど。上演の時間までまだ沢山ある。
昼食がたべたい。」

「いいわよ。私はなんでも良いわ。」
「なんでも良いは、困る。
あー……。
また、スパゲッティーでもいいか？」

俺たちは駅のロータリーから離れる。
その時、チラリと俺は時計塔の下の方を見る。
既に二人の姿はロータリーを行き交う人々に埋もれ見えなくなっていた。

答え
1年前にカメオが手話で告白を行い、その時のエピソードがSNS上で話題になった。
その後、カメオの目の前でSNSで話題になった告白と同じことをする二人を見つけたから。