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ここはちまたで人気のかばん屋さん.
どうやら世界に先駆けた画期的なかばんの研究開発に成功したようで,開店から閉店時間まで客足は絶えない.
その評判を耳にしたある男が,どうやら新しいかばんを買いに来たようだ.

店主「いらっしゃいませ.」

男 「やあ.なにやら画期的なかばんを作ったらしいじゃないか.私にその新しいかばんをみせてくれないか?」

店主「どうぞご覧になってください.こちらがそのかばんです.」

そう言うと店主は戸棚から一つのリュックサックを取り出した.

男 「ふむ.リュックか!ちょうど欲しかったところなんだ.新作はこの一点だけかい?」

店主「ええ.しかしこれはただのリュックではありません.」

男 「ほう.それはどういうことかな?」

店主「このリュックに入るサイズの物なら,際限なく物を詰め込むことのできるリュックです.」

男 「ますますわからなくなったぞ.」

店主「ええ.皆さん初めはそうおっしゃいます.理由は簡単.リュックに収納されている間だけは,『入れた物体の実体が消えてしまう』のです.
   つまり,どんなに物を入れても重いと感じることもありません.もちろんリュック自体も極限まで軽量化してあります.」

男 「まだよくわからんが.それが本当なら,試しにそこの金魚の入った鉢をリュックに入れてみてもいいかな.」

店主「どうぞお試しください.」

そういうと店主は,カウンターに置いてあった金魚鉢を男に差し出し,男はそれをリュックの中に入れた.
男は恐る恐るリュックの中を覗いた.そこには深淵の闇が広がっていた.

店主「試しにリュックを逆さまにしてみては?」

男 「水がこぼれて金魚だって死んでしまうじゃないか?」

店主「構いませんよ.さあ.逆さまにしてみて下さい.」

男はこわばった手つきでリュックを逆さまにしてみる.
リュックからは塵一つ出てこなかった.
丁寧に中をまさぐってみてもリュックの底をつくばかりで,金魚鉢は消えてなくなってしまっているようだった.

男 「これじゃあまるでマジックじゃないか?」

店主「いいえ.たしかに金魚鉢はリュックの中に入っています.その証拠に...」

そういうと店主は棚に置いてあったラジオのスイッチを入れ,リュックの中に放り込んだ.
リュックの中からは,サッカー解説者のまくしたてるような実況中継が聞こえてくる.

店主「ご覧の通り,このリュックの中の物体は『実体』がないだけであって『痕跡やその性質』はリアルタイムで確実に存在しているのです.
   たとえ麻薬を中に入れたって,検査機に引っかかってしまうでしょう.企業秘密ですので仕組みはお話しできませんが.」

店主「リュックの中に入れたものを取り出すときには,手を入れ,取り出したい物を心で念じ,手を引き抜くだけでいいのです.」

店主はそういうとラジオを取り出し,スイッチをオフにして元の棚に戻した.
男も言われたとおりに試してみた.たしかに金魚鉢が出てきた.中の金魚も変わった様子はない.

男 「背負ってみてもいいかな?」

店主「ええもちろん.どうぞ.」

もう一度金魚鉢をリュックに入れた男は,さっとそれを背負い,店の中を歩いてみる.

男 「これはすごい!本当に軽すぎる!」

店主「値段は6500円です.このリュックをお買い上げになりますか?」

男 「値段も申し分ないな!しかし私には必要ない.」

店主「なぜです!?これまでこの画期的なリュックをお買い上げにならなかったお客様はいません.」


男 「世の中には,普通のリュックが好きな奴がいるってことさ.」

いったいこの男にとって画期的なリュックの何が気にくわなかったのだろうか?
19年03月21日 03:44 [yy] [1問出題]
【ウミガメ】
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物語部門
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良質部門