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御崎ハルカは幼稚園の三年生だ。
ある日、彼女は父親の御崎ケイにこんなことを尋ねた。
「友達はね、みんなお父さんと毎日お風呂に入ったり一緒に寝たりしているって。ハルカ、ほとんどしてもらったことない。ハルカにもやって!」
それを聞いたケイはハルカの頭を撫でようとして、手を止めた。そして代わりに肩を軽く抱いた。
「ごめんねハルカ。それは……できない。他のことだったらなんだってしてあげたいけれど。だから、どうか我慢してくれないか?」
ケイはハルカを確かに愛していたし、偽りなく何でもしてあげたかった。だが彼には、今回のハルカのお願いだけは叶えたくないと考える理由があったのだ。
その理由を推測してみせよ。
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一言解説:
ハルカの髪の毛を手に取る機会を極力減らし、本当の親子かどうかという問題から目を背けるため。
経緯:
ケイの妻、ハルカの母親は、産後すぐに死んでしまった。父子家庭となったケイはハルカを絶対に守り抜くと、幸せにすると自分に誓った。
だが彼には一つ気がかりがあった。それは、亡くなった妻が浮気をしていたのではないかという疑念だった。確証はない。だが、もし一人だけ残ったハルカが自分の娘ではなかったとしたら……。ケイはかぶりを振った。このことについて考えるのはやめよう。
ケイの賢明な子育てによって、ハルカはすくすく育った。顔立ちも、亡くなった妻に少しだけ似てきた。
自分にはあまり似ていないけれど。
ケイの中に、とうの昔に封印したはずの疑念が再び芽生え始める。
意識してしまうと、ふとしたときに確かめたくなる衝動に駆られるようになった。お風呂でハルカの髪を洗ってやる瞬間、上がった時にタオルで頭を拭いてやる瞬間、一緒に寝そべった布団に残ったハルカの長い髪の毛を見た時ですら。これさえあれば、本当の親子なのか確かめられる。DNA鑑定をすれば、ほぼ確実に。
だがそんなことをすれば、もうハルカのことを愛する理由がなくなってしまうかもしれない。たった今、ハルカのことを愛しているのは本当だ。でも親子でないという証明が成立してしまったとき、今と同じようにハルカを愛せるだろうか?
もし確かめなかったら、妻の愛が本物だったのかもう知ることはできない。ハルカを育ててきたのも、妻への義理がなかったとも言い切れない。それに何年も後になって知るのはハルカにとっても酷なのではないか。やるなら今だ、今のうちに確かめておくのだ……。
ケイには分からなかった。分からないまま、日々を葛藤の中で過ごした。
そしてある日、彼は決意した。妻は不貞を働いていないと、ハルカとは血のつながった親子だと、盲目的に信じることにした。
そのために、自分の決意を揺らがしかねないハルカの髪の毛のことをできるだけ意識の外に追いやる工夫を始めた。
ハルカには自分でお風呂に入れるようにしつけた。身体の水気を自分で拭えるように教えた。いままでは一緒の布団を使っていたが、部屋はそのまま布団だけ分けるようにした。ハルカの頭に触れないように気を付けるようになった。
全てはハルカとの幸せな生活のため、全てはハルカのためなのだ。
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