ダフネの一生

簡易解説
「不死の霊薬」を飲んでしまうと死んでも自分の意識を保持したまま他人の体に乗り替わることになる。
乗り替わられたほうの意識は消失し、外見はそのままで、意識は女のものとなる。
女は死んでも死にきれず、さまざまな人間に乗り替わる経験をし、他人の人生を自分が奪ってしまうことに嫌悪感を抱くようになった。
そして、もう自分は死んでしまいたいと願うようになったが、彼女の人生の終わりはいまだ見えない。


女は小さな町の平凡な村娘であった。
生まれつき病弱で、同世代の子と外に出て遊ぶことも満足にできなかった。
「私はなんのために生きているのかしら」
ほのかに薬品の匂いのするベットの上で、毎日そればかり考えていた。

そんなとき、彼女の住む町を"プロヴィンス商会"と名乗る露天商が訪れた。
彼女の両親は彼女がもう長くないことを知っており、せめて最後の思い出になればとプレゼントをすることにした。
なんでも好きなものを買ってもよいと言われた彼女だったが、いままで見たこともないような品の数々に目を丸くするばかりだった。
「凍らない水」「アールズ山の溶岩」「踊るキノコ」・・・。
どれも彼女には聞き覚えのないものだった。
そのなかでもひときわ彼女の目を引いたのが紫色の瓶に入った透き通る液体だった。
それは「不死の霊薬」という名前で売られていた。
「不死」。
そんなことばに弱っていた彼女は惹かれてしまったのかもしれない。
彼女はこれがいいと両親に告げ、「不死の霊薬」を買ってもらった。

「不死の霊薬」。
そんなものは聞いたことがないし、効能もよくわからない。
しかし、どうせ自分はもうすぐ死ぬ身なのだという一種の諦めに似た感情が彼女を突き動かした。
彼女はその薬を一息に飲み干したのだった。
しばらく経っても効果はなかった。
なんだ、やっぱりなにかのいたずらだったのだと思い彼女はそのまま眠りについた。

翌日、彼女が目を覚ますと、そこはまったく見覚えのない土地であった。
辺りには異臭がたちこめ、ぼろきれをまとった人々が道行く人々に足蹴にされていた。
彼女はここが、死後の世界かと思ったが、土ぼこりや突き飛ばされたときの痛みなど妙に現実味を帯びていた。
彼女は自分はここに「生きている」のだと悟った。
それからは彼女は混乱するなかで、「乞食」となってその日暮らしをしていった。
彼女が猛スピードで向かってくる馬車に轢かれたのはわずか３日後のことだった。

次に目覚めたとき、彼女は護衛隊の騎士団の部屋にいた。
周りの騎士からは「団長、どうなさったのですか。まるで昨日とは別人みたいですよ」と声をかけられた。
彼女には意味が分からなかったが、隣国の兵士に胸を貫かれるまでの数年間、「騎士」として過ごした。

次に目覚めると、彼女の様子を心配そうに見つめる男の姿が目に入った。
このころから、彼女は自身に何が起こっているのか理解しつつあった。
あのときに飲んだ「不死の霊薬」。
それは、死んだとしても自分の意識を保持したまま他人の体に乗り替わることになるという薬だったのだ。
どうせ死んでも蘇るのだ、どうせ他人の人生だ、そう彼女は思うようになった。
病弱だったあの頃にはできなかったような遊びや美食を堪能したあと、
彼女は自暴自棄となり、「快楽殺人犯」に成り下がっていた。
どうせ、なにをしても生き返る。
そのような想いが彼女のなかにはあった。
彼女の悪事はすぐに明らかとなり、保安部隊に射殺された。

次に目覚めたとき、ひどい自己嫌悪に襲われた。
死んでも記憶は引き継がれるのだ。
彼女は自分がしたことを猛省し、今度は世のためになることをしようと考えた。
記憶が引き継がれることを利用し、知識を蓄え、「学者」となった。
病弱な人々を助ける新薬も数多く開発した。
しかし、志半ばで、彼女は薬の調合を誤り、猛火の渦に飲み込まれた。

次に目覚めると、彼女はバルコニーに立っていた。
見下ろすと大勢の群衆が彼女に向って手を振っていた。
横には王冠を携えた国王らしき人物が座っていた。
彼女は「女王」であった。
彼女は一気に血の気が引いたように感じた。
彼女が現女王に乗り替わってしまったということは、本物の女王の意識を乗っ取り、
間接的に殺したということになるのではないか。
他人の人生を自分が奪ってしまうことに嫌悪感を抱くようになった。
そもそも彼女には女王などという重責に耐えられるはずもなかった。
女王としての暮らしは病弱だったあの頃とくらべものにならないほど贅沢なものだったが、
彼女は毎日こう願っているのだ。

「ああ、早く死にたい」、と。