生活必需品

激務続きで体力的にも精神的にも追い詰められていた女は、その日なにか吹っ切れたような表情で会社を出た。
デスクに積み上げられた資料の山。
胸の奥に降り積もった理不尽な言葉の山。

そういえば今朝、自宅のトイレットペーパーがほぼ無くなった。洗顔料もあと僅かだったことを思い出す。いつもなら帰り道のドラッグストアで買い足すところだ。
しかし女の足は店の前を素通りした。
買い足す必要など、もう無いのだ。
明日はもう、来ないのだから。


数十メートル先の踏切で警報音が鳴り始め、遮断機が降りる。煌々と光るそのランプに、弾かれたように女は走り出した。

その背中には、一寸の迷いも無かった。


[解説]
女は会社を出た時点で自殺することを心に決めており、生活用品を買い足す必要がないと思ったから。